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特許7192972エンジンシステムの制御方法、及び、エンジンシステム
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2022-12-12
(45)【発行日】2022-12-20
(54)【発明の名称】エンジンシステムの制御方法、及び、エンジンシステム
(51)【国際特許分類】
   F02D 45/00 20060101AFI20221213BHJP
   F02D 41/14 20060101ALI20221213BHJP
【FI】
F02D45/00 368F
F02D41/14
【請求項の数】 4
(21)【出願番号】P 2021515714
(86)(22)【出願日】2019-04-26
(86)【国際出願番号】 JP2019018035
(87)【国際公開番号】W WO2020217484
(87)【国際公開日】2020-10-29
【審査請求日】2021-10-20
(73)【特許権者】
【識別番号】000003997
【氏名又は名称】日産自動車株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】110002468
【氏名又は名称】特許業務法人後藤特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】坂寄 洋介
【審査官】戸田 耕太郎
(56)【参考文献】
【文献】特開2004-360591(JP,A)
【文献】特開2010-19106(JP,A)
【文献】特開2006-233973(JP,A)
【文献】特開2003-314347(JP,A)
【文献】特開2009-144536(JP,A)
【文献】特開2005-42788(JP,A)
【文献】特開平5-300371(JP,A)
【文献】特開2017-226262(JP,A)
【文献】特開2009-156106(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
F02D 45/00
F02D 41/14
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
燃焼室を備えるエンジンと、
前記エンジンに燃料を供給する燃料噴射弁と、
前記エンジンからの排気の流路に設けられる空燃比センサと、を備えるエンジンシステムにおいて、
前記燃料噴射弁を制御することにより、前記空燃比センサにより取得される空燃比測定値を用いて、前記燃焼室内における空燃比が目標値となるようにフィードバック制御するエンジンシステムの制御方法であって、
前記フィードバック制御においては、前記燃焼室内の前記空燃比を入力、前記空燃比センサにより取得される前記空燃比測定値を出力としたプラントをシステム同定することにより得られる式(1)で示される伝達関数が用いられ、
前記フィードバック制御で用いられる空燃比測定値に対して、前記フィードバック制御で用いられる伝達関数に基づき、該伝達関数を離散化することにより求められるローパスフィルタを用いたフィルタ処理が行われる、
エンジンシステムの制御方法。

G(z):伝達関数
、a、b、及び、b:プラントにおけるシステム同定により定められるパラメータ
【請求項2】
請求項1に記載のエンジンシステムの制御方法であって、
前記フィルタ処理は、前記燃焼室への吸気流量が最大となる場合における前記伝達関数が示す遅れよりも応答速度の早い成分をカットする、エンジンシステムの制御方法。
【請求項3】
請求項1又は2に記載のエンジンシステムの制御方法であって、
前記フィードバック制御は、スライディングモード制御に基づいて行われる、エンジンシステムの制御方法。
【請求項4】
燃焼室を備えるエンジンと、
前記エンジンに燃料を供給する燃料噴射弁と、
前記エンジンからの排気の流路に設けられる空燃比センサと、
前記燃料噴射弁を制御することにより、前記空燃比センサにより取得される空燃比測定値を用いて、前記燃焼室内における空燃比が目標値となるようにフィードバック制御するコントローラと、を備えるエンジンシステムであって、
前記コントローラにおいて、前記フィードバック制御においては、前記燃焼室内の前記空燃比を入力、前記空燃比センサにより取得される前記空燃比測定値を出力としたプラントをシステム同定することにより得られる式(2)で示される伝達関数が用いられ、
前記フィードバック制御で用いられる空燃比測定値に対して、前記フィードバック制御で用いられる伝達関数に基づき、該伝達関数を離散化することにより求められるローパスフィルタを用いたフィルタ処理が行われる、
エンジンシステム。

G(z):伝達関数
、a、b、及び、b:プラントにおけるシステム同定により定められるパラメータ
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、エンジンシステムの制御方法、及び、エンジンシステムに関する。
【背景技術】
【0002】
内燃エンジンにおいては、燃焼室と連通する排気流路に設けられる空燃比センサを用いて排気中の空燃比(空気と燃料との質量比)を測定し、空燃比測定値に応じて燃焼室への燃料供給量を変化させることで、燃焼室内の空燃比がフィードバック制御される。このように空燃比をフィードバック制御することによって、燃焼室において燃料を任意の空燃比で燃焼させることができる。
【0003】
同時に、空燃比センサにより測定される空燃比測定値は、燃焼室内において燃料が正常に燃焼しているか否かの診断に用いられる。近年の環境問題への意識の高まりを受けて燃焼状態の診断には高い即時性が求められており、応答性が高い空燃比センサが用いられている。しかしながら、空燃比センサの応答性が高くなると、空燃比測定値にノイズが混入してしまうおそれが高くなる。そして、ノイズが混入した空燃比測定値を用いて空燃比のフィードバック制御を行ってしまうと、ノイズが増幅されてしまい、燃焼室内における空燃比のフィードバック制御が不安定になるおそれがある。
【0004】
そこで、空燃比センサの空燃比測定値を、そのままの値で燃焼状態の診断に用いるとともに、フィルタ処理を行うことでノイズを除去し、ノイズが除去された空燃比測定値を燃焼室内の空燃比の制御に用いる。なお、フィルタ処理によって、空燃比測定値に含まれるノイズが抑制される(JPH6-50204A)。
【発明の概要】
【0005】
空燃比測定値に対するフィルタ処理に用いられるフィルタは、複数のパラメータに応じて加重平均により構成されることがある。このようなフィルタは、減衰率などのフィルタ内の複数のパラメータを変化させ、パラメータ毎にフィルタからの出力結果を比較することにより、最適化される。そのため、パラメータに応じた複数のフィルタを評価する必要があり、適合工数が大きくなるという課題があった。
【0006】
本発明の目的は、空燃比測定値に対するフィルタ処理に用いられるフィルタを、適合工数の少ない方法により実現する、エンジンシステムの制御方法、及び、エンジンシステムを提供することである。
【0007】
本発明のある態様によれば、エンジンシステムの制御方法は、燃焼室を備えるエンジンと、エンジンに燃料を供給する燃料噴射弁と、エンジンからの排気の流路に設けられる空燃比センサと、を備えるエンジンシステムにおける制御方法である。制御方法は、燃料噴射弁を制御することにより、空燃比センサにより取得される空燃比測定値を用いて、燃焼室内における空燃比が目標値となるようにフィードバック制御する。フィードバック制御においては、燃焼室内の空燃比を入力、空燃比センサにより取得される空燃比測定値を出力としたプラントをシステム同定することにより得られる伝達関数が用いられる。フィードバック制御で用いられる空燃比測定値に対して、伝達関数が示す遅れよりも応答速度の早い成分をカットするフィルタ処理が行われる。
【図面の簡単な説明】
【0008】
図1図1は、本実施形態のエンジンシステムの概略構成図である。
図2図2は、空燃比センサの検出値の処理に関するブロック図である。
図3図3は、フィルタの伝達特性を示す図である。
図4図4は、伝達関数を示すシステム構成図である。
図5A図5Aは、空燃比の時間変化を示すグラフである。
図5B図5Bは、空燃比の時間変化を示すグラフである。
【発明を実施するための形態】
【0009】
以下、図面を参照して、本発明の実施形態について説明する。
【0010】
図1は、本実施形態に係るエンジンシステム100の概略構成図である。このエンジンシステム100は車両に搭載されており、エンジンシステム100には、内燃機関であるエンジン1と、エンジン1に吸気を送る吸気通路10と、エンジン1からの排気が通る排気通路20とが設けられるとともに、エンジンシステム100の全体がコントローラ30により制御されている。
【0011】
吸気通路10は、外部から取り込まれた吸気をエンジン1に供給するように構成されている。吸気通路10においては、吸気流の上流側から順に、エアフロメーター11と、圧力センサ12と、スロットル噴射弁13とが配置されている。
【0012】
エアフロメーター11、及び、圧力センサ12は、それぞれ、吸気通路10における吸気の流量及び圧力を測定し、測定した結果をコントローラ30へと出力する。
【0013】
スロットル噴射弁13は、コントローラ30によって駆動制御され、吸気通路10内の開度を調整することで、エンジン1に供給される吸気流量を調整する。スロットル噴射弁13によって吸気流量が調整された吸気は、エンジン1の燃焼室2に導入される。
【0014】
エンジン1には燃料噴射弁14が設けられており、燃料噴射弁14を所定のタイミングで制御することにより、燃料がエンジン1の燃焼室2内に噴射され、燃焼室2にて燃料と空気との混合気が形成される。エンジン1のシリンダヘッドには点火プラグ15が設けられており、この点火プラグ15を用いて燃焼室2内の混合気が燃焼される。なお、本実施形態においては、燃料噴射弁14が、燃焼室2に燃料を噴射するように構成されたがこれに限らない。燃料噴射弁14が吸気通路10に設けられ、吸気通路10内にて燃料と空気との混合気が構成され、混合気が燃焼室2に供給されるように構成されてもよい。
【0015】
エンジン1の燃焼室2において燃焼により生成される燃焼ガスは、排気通路20を介して外部へと排出される。排気通路20には、排気流の上流側から順に、空燃比センサ21と、排気を浄化する触媒22と、排気により発生する音を減少させる消音器23とが配置されている。触媒22は、三元触媒や、酸化触媒などである。
【0016】
空燃比センサ21は、排気中の酸素濃度を測定し、測定結果をコントローラ30へと出力する。コントローラ30は、空燃比センサ21により測定される酸素濃度に基づいて、測定された排気中の空燃比を示す空燃比測定値を求める。後述のように、取得された空燃比測定値は、コントローラ30における燃焼状態の診断、及び、エンジン1の燃焼室2内における空燃比の制御に用いられる。
【0017】
コントローラ30には、エアフロメーター11により測定される吸気流量や、空燃比センサ21により取得される排気中の空燃比測定値などに加えて、クランク角センサ(不図示)、アクセル開度センサ(不図示)などの検出値が入力される。コントローラ30は、これらの検出値に基づいて、スロットル噴射弁13の開度制御、燃料噴射弁14を用いた燃料噴射制御、及び、点火プラグ15を用いた点火時期制御などを実行する。
【0018】
コントローラ30は、中央演算装置(CPU)、読み出し専用メモリ(ROM)、ランダムアクセスメモリ(RAM)及び入出力インタフェース(I/Oインタフェース)を備えたマイクロコンピュータによって、所定のプログラムを実行可能に構成される。コントローラ30を複数のマイクロコンピュータで構成することも可能である。
【0019】
また、エンジン1においては、燃料と酸素とは完全燃焼するのが好ましいため、コントローラ30は、空燃比センサ21により取得される空燃比測定値を用いて、エンジン1の燃焼室2内の空燃比が目標値と一致するように、燃料噴射弁14から供給される燃料量を制御する。なお、エンジン1における燃料に対する大気の重量比は、空気過剰率λとも示され、空燃比制御は、λコントロールと称されることもある。
【0020】
図2は、空燃比センサ21により取得される空燃比測定値の処理に関するブロック図である。
【0021】
空燃比センサ21は、酸化ジルコニウム等の酸素濃度に応じて電圧が変化する金属により構成される。まず、空燃比センサ21により測定される電圧を示すアナログ信号は、コントローラ30のA/D入力部31へと入力される。
【0022】
A/D入力部31は、ASIC(特定用途向け集積回路:Application Specific Integrated Circuit)により構成され、入力された電圧信号をデジタル変換し、デジタル変換された電圧値を出力する。A/D入力部31から出力される電圧値は、コントローラ30におけるハードウェア処理に関する入出力を制御するBIOS(Basic Input Output System)32を経て、変換部33へと出力される。
【0023】
変換部33は、予め記憶された空燃比センサ21による検出電圧と酸素濃度とを対応付けたテーブルを用いて、空燃比センサ21により取得された電圧に応じた酸素濃度を求め、その酸素濃度に基づいて空燃比を算出する。そして、変換部33は、算出された空燃比を、補正部34へと出力する。
【0024】
補正部34は、予め記憶されたテーブルを用いて、変換部33により求められた空燃比に対して排気状態に応じた所定の補正を行い、空燃比測定値を求める。求められた空燃比測定値は、診断部35、及び、フィルタ36へと出力される。
【0025】
診断部35においては、空燃比測定値が正常な範囲であるか否かを判断する。診断部35は、空燃比測定値が正常な範囲にない場合には、エンジン1が正常に動作しておらず失火等のおそれがあると判断する。コントローラ30は、診断部35の診断結果に応じて運転者へ警告などを表示してもよい。
【0026】
一方、フィルタ36においては、空燃比測定値において発生するノイズの除去が行われ、フィルタ処理された空燃比測定値が、空燃比制御部37へと出力される。
【0027】
なお、フィルタ36の前後において、トレンド処理を行ってもよい。トレンド処理においては、フィルタ36の前段において所定のトレンド値(平均値)を予め減算しておき、フィルタ36の後段においてトレンド値を加算する。このようなトレンド処理を行うことで、起動初期のような初期値がない場合に、フィルタ処理後の値の変動を抑制することができる。
【0028】
空燃比制御部37は、フィルタ36によりノイズが除去された空燃比測定値を用いて、エンジン1の燃焼室2内の空燃比の目標値を求め、目標値を下位のコントローラ(不図示)へと出力する。そして、下位のコントローラは、空燃比制御部37により算出された目標値となるように燃料噴射弁14を制御することで、燃焼室2内の空燃比を制御する。
【0029】
なお、空燃比制御部37においては、フィードバック制御が行われる。一般に、フィードバック制御においては、制御対象となるプラントをシステム同定することで、プラントをモデル化した伝達関数を求め、当該伝達関数を用いてフィードバック制御がなされる。伝達関数は入力に対する出力の遅延を示しているので、伝達関数を用いることでプラントの出力からプラントの現在の状態を推定できる。そして、推定された状態に基づいてプラントを制御することができる。
【0030】
また、空燃比制御部37によるフィードバック制御においては、スライディングモード制御が行われる。スライディングモード制御においては、制御対象は状態空間表現により示され、その状態空間において制御対象の状態変数を所定の超平面上に拘束し、超平面上においてシステムの状態を原点に向かってスライドさせるように制御する。このようなスライディングモード制御は堅牢性が高い。また、近年においては、状態空間における計算は、計算機により高速化されており、プラントのシステム同定を比較的容易に行うことができる。
【0031】
このように、空燃比制御部37におけるフィードバック制御においては、エンジン1の燃焼室2内における空燃比を入力、空燃比センサ21により取得される空燃比測定値を出力とするプラントをシステム同定することにより求められる伝達関数が用いられる。例えば、空燃比制御部37においては、次式に示されるような二次の伝達関数が用いられる。
【0032】
【数1】
【0033】
式(1)におけるa0、a1、b0、及び、b1のパラメータは、プラントにおけるシステム同定により定められる。具体的には、スライディングモード制御が行われる場合におけるシステム同定は、プラントにおける入出力の観測値を複数用いて、コンピュータを用いた行列計算により行われ、その結果、式(1)内のパラメータが得られる。
【0034】
プラントにおいては、エンジン1の燃焼室2内における空燃比は、空燃比センサ21により空燃比測定値として取得されるまでに遅延があり、この遅延を伝達関数により示すことができる。すなわち、空燃比制御部37は、伝達関数を用いることで空燃比測定値から燃焼室2内の空燃比を推定し、この推定された空燃比に基づいて、燃焼室2内の空燃比を制御できる。
【0035】
本実施形態においては、フィルタ36は、式(1)に示され、空燃比制御部37におけるフィードバック制御に用いられる伝達関数が流用される。これは、伝達関数がプラントにおける空燃比の検出の遅れを表現したものであるため、伝達関数をフィルタとして用いることで、伝達関数が示す遅れよりも応答速度の早い成分、すなわち、空燃比センサ21において取得不可能な高周波成分をカットすることができるためである。
【0036】
なお、フィルタ36のサンプリング周期は、変換部33、及び、補正部34のサンプリング周期よりも長くてもよい。これは、フィルタ36からの出力が利用される空燃比制御部37は、診断部35と比較すると即時性の要求が比較的低いので、サンプリング周期を長くしてもよく、また、サンプリング周期を長くすることでより多くのノイズを除去できるためである。
【0037】
図3は、式(1)の伝達関数のフィルタ特性を示す図である。この図においては、x軸が周波数を示し、y軸が出力強度を示している。
【0038】
空燃比制御部37においては、エンジン1へ供給される吸気流量に応じて、図示される3種類の伝達関数が切り替えられて用いられている。これらの3種類の伝達関数は、低い周波数の信号を透過させるローパスフィルタであり、吸気流量が多いほどカットオフ周波数fcutが高い。これは、吸気流量が多いほど、エンジン1の燃焼室2内における空燃比の入力から、空燃比センサ21により取得される空燃比測定値の出力までの遅延が小さいことに起因する。
【0039】
この図においては、実線、一点鎖線、及び、二点鎖線で示される特性のうち、吸気流量が最大のものが実線で示され、吸気流量が最小のものが二点鎖線で示されている。吸気流量が最大の場合におけるカットオフ周波数fcut_aが一番大きく、吸気流量が小さくなるほど、カットオフ周波数fcut_b、カットオフ周波数fcut_cの順に小さくなる。
【0040】
また、プラントにおいては、伝達関数により表現できないカットオフ周波数よりも高い周波数の信号は、モデル化できないので、ノイズとみなすことができる。上述のように、吸気流量が最大の場合における伝達関数であって、カットオフ周波数fcut_aが最大となる伝達関数をフィルタ36として用いることで、プラントにおいて発生しうるノイズを効率よく抑制することができる。
【0041】
図4は、フィルタ36のシステム構成図である。この図においては、式(1)の伝達関数について離散化されたシステムが示されている。
【0042】
この図のシステムにおいては、ブロック401に入力された値が、フィルタ36の内部処理を経て、最終的にブロック416から出力される。前半部分のブロック401~406においては伝達関数における分母部分の処理(1/(1+a1-1+a0-2))がなされ、後半部分のブロック411~416においては伝達関数における分子部分の処理(b1-1+b0-2)がなされる。そして、フィルタ36においては、両者が直列に接続されており、ブロック401において入力を受け付けると、最終的にブロック416からフィルタ処理後の値が出力される。
【0043】
前半部分においては、ブロック402からの出力が遅延ブロック403を経ることにより1次遅延成分が得られ、この1次遅延成分に対してブロック404によりa1を乗じることで1次遅延フィードバック成分が求められる。そして、ブロック402からの出力に対して、遅延ブロック403、405を経ることにより2次遅延成分が得られ、この2次遅延成分に対してブロック406によりa0を乗じることで2次遅延フィードバック成分が求められる。そして、ブロック402において、空燃比センサ21からの入力値から、ブロック404により得られた1次遅延フィードバック成分と、ブロック405により得られた2次遅延フィードバック成分とが減算されて、伝達関数の分母部分が求められる。
【0044】
後半部分においては、ブロック402からの出力が遅延ブロック411を経ることにより1次遅延成分が得られ、この1次遅延成分に対してブロック412によりb1を乗じることで1次遅延フィードバック成分が求められる。そして、ブロック402からの出力が遅延ブロック411、413を経ることにより2次遅延成分が得られ、この2次遅延成分に対してブロック414によりb0を乗じることで2次遅延フィードバック成分が求められる。そして、ブロック415において、ブロック412により得られた1次遅延フィードバック成分と、ブロック414により得られた2次遅延フィードバック成分とが合算されて、伝達関数の分子部分が求められる。
【0045】
このように、この図に示されるシステムは、前半部分のブロック401~406による式(1)の分母部分と、後半部分のブロック411~416による式(1)の分子部分とが直列に接続されている。このシステムは、式(1)の伝達関数を離散化したものであり、式(1)の伝達関数と等価である。
【0046】
図5A、5Bは、本実施形態と比較例とにおけるタイミングチャートを示す図である。
【0047】
図5Aは、燃料が噴射されて空燃比がステップ変化する場合における、空燃比のタイミングチャートである。図5Bは、図5Aと同様の制御がされる場合において、目標値への収束後の空燃比のタイミングチャートである。これらの図において、空燃比センサ21により得られる空燃比測定値が実線で、目標値が点線で示されている。さらに、本実施形態の式(1)のフィルタ36からの出力値が一点鎖線で、比較例として加重平均フィルタがフィルタ36として用いられる場合の出力値が二点鎖線で示されている。
【0048】
図5Aに示されるように、本実施形態の式(1)のフィルタ36は、比較例における加重平均フィルタが用いられる場合と比較すると、空燃比センサ21からの出力値に対する追従性が同程度である。また、図5Bに示されるように、本実施形態の式(1)からなるフィルタ36を用いて得られる値は、空燃比センサ21からの出力に含まれる高周波のノイズが抑制されている。さらに、本実施形態のフィルタ36を用いて得られる値は、比較例よりも全体的に空燃比センサ21からの出力値との差がより小さい。
【0049】
このように、本実施形態の式(1)のフィルタ36は、比較例における加重平均フィルタと同程度の性能である。さらに、フィルタ36は空燃比制御部37において用いられる伝達関数が流用されるので、開発工数を抑制することができる。
【0050】
なお、本実施形態においては、空燃比制御部37によるフィードバック制御においては、プラントをモデル化した式(1)に示される伝達関数が用いられ、フィルタ36において式(1)に示される伝達関数が流用されたが、これに限らない。フィルタ36においては式(1)に示される伝達関数が用いられ、空燃比制御部37のフィードバック制御においては式(1)以外の伝達関数が利用されてもよい。
【0051】
本実施形態によれば、以下の効果を得ることができる。
【0052】
本実施形態のエンジンシステム100によれば、コントローラ30における空燃比制御部37においては、燃焼室2内の空燃比を入力、空燃比センサ21により取得される空燃比測定値を出力とするプラントをシステム同定することにより得られる伝達関数を用いてフィードバック制御が行われる。そして、フィルタ36は、当該伝達関数と等価なローパスフィルタが用いられる。
【0053】
この伝達関数は、プラントにおける空燃比の検出の遅れを表現しているので、伝達関数を経た出力は、空燃比センサ21において取得可能な周波数のみを含むことになる。そのため、当該伝達関数をローパスフィルタとしてフィルタ36において用いることにより、プラントにおいて応答不能な高周波のノイズをカットすることができる。
【0054】
さらに、空燃比制御部37においてはフィードバック制御が行われており、このフィードバック制御において、プラントをシステム同定することにより得られる伝達関数が用いられる。そのため、空燃比制御部37におけるフィードバック制御に利用される伝達関数を、フィルタ36に流用できる。その結果、フィルタ36を設計するための追加工数が不要になり、全体の開発工数の削減が可能となる。
【0055】
本実施形態のエンジンシステム100によれば、図3に示されるように、吸気流量が大きくなるほど、ローパスフィルタである伝達関数のカットオフ周波数が大きくなる。そこで、吸気流量が最大となる場合のプラントにおいてシステム同定により得られるフィルタ36を用いることで、より高い周波数のシングナルがフィルタ36を透過することになる。
【0056】
プラントから出力される信号からノイズを分離するフィルタを設計するため、プラントにおいて応答可能な最大周波数を必要な信号として通過させる必要がある。そこで、吸気流量が最大となる場合における伝達関数をフィルタ36に用いることで、より高い周波数の信号がフィルタ36を透過するので、ノイズの抑制を効率よく行うことができる。
【0057】
本実施形態のエンジンシステム100によれば、空燃比制御部37におけるフィードバック制御に、スライディングモード制御が用いられる。スライディングモード制御は、堅牢性が高く、また、計算機によって比較的容易にシステム同定を行うことができる。そのため、スライディングモード制御がなされる場合のプラントのシステム同定は計算機で行うことができるので、開発工数の削減効果が大きくなる。
【0058】
本実施形態のエンジンシステム100によれば、フィルタ36は、空燃比制御部37におけるフィードバック制御に用いられる伝達関数を離散化したものである。離散化された伝達関数をフィルタ36に用いることで、空燃比制御部37への入力のサンプリング周期を変化させることができる。そのため、サンプリング周期を変化させることで、フィードバック制御の安定性と即時性との両者を備えたエンジンシステム100を実現することができる。
【0059】
以上、本発明の実施形態について説明したが、上記実施形態は本発明の適用例の一部を示したに過ぎず、本発明の技術的範囲を上記実施形態の具体的構成に限定する趣旨ではない。
図1
図2
図3
図4
図5A
図5B