IP Force 特許公報掲載プロジェクト 2022.1.31 β版

知財求人 - 知財ポータルサイト「IP Force」

▶ 株式会社島津製作所の特許一覧

<>
  • 特許-イオンを分析するための装置 図1
  • 特許-イオンを分析するための装置 図2
  • 特許-イオンを分析するための装置 図3
  • 特許-イオンを分析するための装置 図4
  • 特許-イオンを分析するための装置 図5
  • 特許-イオンを分析するための装置 図6
< >
(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2022-12-12
(45)【発行日】2022-12-20
(54)【発明の名称】イオンを分析するための装置
(51)【国際特許分類】
   H01J 49/06 20060101AFI20221213BHJP
   H01J 49/40 20060101ALI20221213BHJP
   H01J 49/00 20060101ALI20221213BHJP
   H01J 49/02 20060101ALI20221213BHJP
   H01J 49/42 20060101ALI20221213BHJP
【FI】
H01J49/06 500
H01J49/40
H01J49/00 310
H01J49/00 500
H01J49/00 540
H01J49/02 500
H01J49/42 250
H01J49/06 700
【請求項の数】 17
(21)【出願番号】P 2021525577
(86)(22)【出願日】2019-11-19
(65)【公表番号】
(43)【公表日】2022-01-19
(86)【国際出願番号】 EP2019081834
(87)【国際公開番号】W WO2020109091
(87)【国際公開日】2020-06-04
【審査請求日】2021-06-23
(31)【優先権主張番号】1819372.2
(32)【優先日】2018-11-28
(33)【優先権主張国・地域又は機関】GB
(73)【特許権者】
【識別番号】000001993
【氏名又は名称】株式会社島津製作所
(74)【代理人】
【識別番号】110001069
【氏名又は名称】弁理士法人京都国際特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】アリーナ ジャイルズ
(72)【発明者】
【氏名】ロジャー ジャイルズ
【審査官】中尾 太郎
(56)【参考文献】
【文献】特表2007-527595(JP,A)
【文献】特表2008-523554(JP,A)
【文献】特表2010-512633(JP,A)
【文献】国際公開第2007/060755(WO,A1)
【文献】国際公開第2018/114442(WO,A1)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
H01J 49/06
H01J 49/40
H01J 49/00
H01J 49/02
H01J 49/42
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
イオンを分析するための装置であって、
各イオン群が異なる時間窓の間に放出され、それぞれのm/z値窓にm/z値を有するプリカーサイオンから最初に形成されるように、所定の順序で第1の質量分析計からイオン群を放出するように構成された第1の質量分析計であって、前記第1の質量分析計が、各イオン群を放出するときに、前記イオン群が放出される前に前記第1の質量分析計に保持される他の何らかのイオンの少なくともいくつかを保持し続けるように構成されている、第1の質量分析計と、
輸送チャネルの周りに配置された複数の電極を有するイオン輸送装置であって、前記第1の質量分析計から放出された少なくともいくつかのイオン群を受け取るように構成されている、イオン輸送装置と、
前記輸送チャネル内に輸送ポテンシャルを生成するために前記イオン輸送装置の前記電極に印加される電圧を制御するように構成された制御手段であって、前記輸送ポテンシャルが、前記輸送チャネルに沿って移動するように構成された複数のポテンシャル井戸を有し、前記制御手段が、前記イオン輸送装置によって受け取られた各イオン群が前記輸送ポテンシャル内の1つ以上の選択されたポテンシャル井戸によって前記輸送チャネルに沿ってそれぞれ輸送されるように前記輸送ポテンシャルを生成するように構成されている、制御手段と、
プロダクトイオンを生成するように各イオン群のプリカーサイオンをフラグメンテーションするように構成されたフラグメンテーション手段と、
前記イオン群が前記フラグメンテーション手段によってフラグメンテーションされ、前記輸送チャネルに沿って輸送された後、各イオン群を使用してそれぞれの質量スペクトルを生成するように構成された第2の質量分析計と
を含み、
前記装置が、前記イオン輸送装置内の各イオン群をそれぞれ輸送する前記1つ以上の選択されたポテンシャル井戸のいずれかの側または両側に空の1つ以上のポテンシャル井戸を残すように構成されていることを特徴とする、装置。
【請求項2】
前記装置が、各イオン群を使用して生成された前記質量スペクトルに基づいて2次元質量スペクトルデータを導出する導出手段を含み、2次元質量スペクトルデータは、複数のプリカーサイオン群のそれぞれのフラグメンテーションから生じるプロダクトイオンのそれぞれの質量スペクトルを含むデータを含み、各プリカーサイオン群は、異なるm/z値窓内のm/z値を有する、請求項1に記載の装置。
【請求項3】
前記装置が、異なるそれぞれの期間に前記イオン輸送装置によって受け取られる各イオン群を受け取るように構成された群収集手段を含み、複数の群収集電極が、前記群収集手段の群収集領域の周りに配置され、前記制御手段が、前記群収集手段によって受け取られた各イオン群について、
前記群収集領域によって受け取られた前記イオン群が前記群収集領域内に収集されるように、前記群収集領域内に収集ポテンシャルを一時的に生成し、
前記イオンを前記輸送チャネル内の前記輸送ポテンシャルの1つ以上の選択されたポテンシャル井戸に導入するようにポテンシャルを前記群収集領域内に生成するように、前記群収集電極に印加される電圧を制御するように構成されている、請求項1または2に記載の装置。
【請求項4】
前記群収集手段が、前記イオン輸送装置の一部であり、前記群収集電極が、前記イオン輸送装置の電極であり、前記群収集領域が、前記イオン輸送装置内の領域である、請求項3に記載の装置。
【請求項5】
前記フラグメンテーション手段が、イオンが前記イオン輸送装置のフラグメンテーション領域を通って輸送されるときにイオンをフラグメンテーションするように構成された前記イオン輸送装置の一部を含む、請求項1~4のいずれか1項に記載の装置。
【請求項6】
前記イオン輸送装置のフラグメンテーション領域を通って輸送されるときにイオンをフラグメンテーションするように構成された前記イオン輸送装置の前記一部が、UVPD、HAD(水素付着解離)、NAD(窒素付着解離)、OAD(酸素付着解離)、ECDまたはETDのうちの1つ以上によってイオンをフラグメンテーションするように構成されている、請求項5に記載の装置。
【請求項7】
前記装置が、前記フラグメンテーション領域内に各イオン群を10ms以上保持し続けるように構成されている、請求項5または6に記載の装置。
【請求項8】
前記フラグメンテーション領域が20mm以上である、請求項5から7のいずれか1項に記載の装置。
【請求項9】
前記フラグメンテーション手段が、前記第1の質量分析計を含み、前記第1の質量分析計が、そのプリカーサイオンが、CIDを引き起こすように十分に高い運動エネルギーで前記イオンを放出することによってイオントラップからプリカーサイオンが放出されている間にそれらのプリカーサイオンをフラグメンテーションするように構成されたイオントラップである、請求項1~のいずれか1項に記載の装置。
【請求項10】
前記第1の質量分析計がイオントラップである、請求項1~のいずれか1項に記載の装置。
【請求項11】
各m/z値窓が、2Th未満の幅である、請求項1~10のいずれか1項に記載の装置。
【請求項12】
前記イオン輸送装置が、複数の引き出し電極を含み、前記制御手段は、そのイオン群を運ぶ前記1つ以上の選択されたポテンシャル井戸が前記輸送チャネルの1つ以上の引き出し領域に到達したときに、前記輸送チャネルから各イオン群を引き出すように構成された引き出しポテンシャルを生成するように前記引き出し電極を制御するように構成されている請求項1~11のいずれか1項に記載の装置。
【請求項13】
前記第2の質量分析計が、好ましくは飛行時間型「ToF」質量分析計であり、前記引き出しポテンシャルが、各イオン群を前記ToF質量分析計に引き出すように構成されている、請求項12に記載の装置。
【請求項14】
前記装置が、前記第1の質量分析計の上流に予備分析計を含み、前記予備分析計が、所定の順序で前記第1の質量分析計からプリカーサイオン群を放出するように構成されている、請求項1~13のいずれか1項に記載の装置。
【請求項15】
イオンを分析するための装置であって、
各イオン群が異なる時間窓の間に放出され、それぞれのm/z値窓にm/z値を有するプリカーサイオンから最初に形成されるように、所定の順序で第1の質量分析計からイオン群を放出するように構成された第1の質量分析計であって、前記第1の質量分析計が、各イオン群を放出するときに、前記イオン群が放出される前に前記第1の質量分析計に保持される他の何らかのイオンの少なくともいくつかを保持し続けるように構成されている、第1の質量分析計と、
輸送チャネルの周りに配置された複数の電極を有するイオン輸送装置であって、前記第1の質量分析計から放出された少なくともいくつかのイオン群を受け取るように構成されている、イオン輸送装置と、
前記輸送チャネル内に輸送ポテンシャルを生成するために前記イオン輸送装置の前記電極に印加される電圧を制御するように構成された制御手段であって、前記輸送ポテンシャルが、前記輸送チャネルに沿って移動するように構成された複数のポテンシャル井戸を有し、前記制御手段が、前記イオン輸送装置によって受け取られた各イオン群が前記輸送ポテンシャル内の1つ以上の選択されたポテンシャル井戸によって前記輸送チャネルに沿ってそれぞれ輸送されるように前記輸送ポテンシャルを生成するように構成されている、制御手段と、
プロダクトイオンを生成するように各イオン群のプリカーサイオンをフラグメンテーションするように構成されたフラグメンテーション手段と、
前記イオン群が前記フラグメンテーション手段によってフラグメンテーションされ、前記輸送チャネルに沿って輸送された後、各イオン群を使用してそれぞれの質量スペクトルを生成するように構成された第2の質量分析計と
を含み、
前記フラグメンテーション手段が、前記第1の質量分析計と前記イオン輸送装置との間に位置する領域にイオン光学素子を含み、前記イオン光学素子が、イオンを加速してCIDによるイオンのフラグメンテーションを引き起こすように構成されている、装置。
【請求項16】
イオンを分析するための装置であって、
各イオン群が異なる時間窓の間に放出され、それぞれのm/z値窓にm/z値を有するプリカーサイオンから最初に形成されるように、所定の順序で第1の質量分析計からイオン群を放出するように構成された第1の質量分析計であって、前記第1の質量分析計が、各イオン群を放出するときに、前記イオン群が放出される前に前記第1の質量分析計に保持される他の何らかのイオンの少なくともいくつかを保持し続けるように構成されている、第1の質量分析計と、
輸送チャネルの周りに配置された複数の電極を有するイオン輸送装置であって、前記第1の質量分析計から放出された少なくともいくつかのイオン群を受け取るように構成されている、イオン輸送装置と、
前記輸送チャネル内に輸送ポテンシャルを生成するために前記イオン輸送装置の前記電極に印加される電圧を制御するように構成された制御手段であって、前記輸送ポテンシャルが、前記輸送チャネルに沿って移動するように構成された複数のポテンシャル井戸を有し、前記制御手段が、前記イオン輸送装置によって受け取られた各イオン群が前記輸送ポテンシャル内の1つ以上の選択されたポテンシャル井戸によって前記輸送チャネルに沿ってそれぞれ輸送されるように前記輸送ポテンシャルを生成するように構成されている、制御手段と、
プロダクトイオンを生成するように各イオン群のプリカーサイオンをフラグメンテーションするように構成されたフラグメンテーション手段と、
前記イオン群が前記フラグメンテーション手段によってフラグメンテーションされ、前記輸送チャネルに沿って輸送された後、各イオン群を使用してそれぞれの質量スペクトルを生成するように構成された第2の質量分析計と
を含み、
前記イオン輸送装置が、異なるそれぞれの期間に前記輸送ポテンシャルによって前記輸送チャネルに沿ってそれぞれ輸送された各イオン群を受け取るように構成された群再収集領域を含み、複数の群再収集電極が前記群再収集領域の周りに配置され、前記制御手段が、前記群再収集領域によって受け取られた各イオン群について、
前記群再収集領域によって受け取られた前記イオン群が前記群再収集領域に再収集されるように、前記群再収集領域内に収集ポテンシャルを一時的に生成し、
前記イオンを導入して前記輸送チャネル内の前記輸送ポテンシャルの前記1つ以上の選択されたポテンシャル井戸に戻すように、前記群再収集領域内にポテンシャルを生成するように、前記群再収集電極に印加される電圧を制御するように構成されている、装置。
【請求項17】
イオンを分析するための装置であって、
各イオン群が異なる時間窓の間に放出され、それぞれのm/z値窓にm/z値を有するプリカーサイオンから最初に形成されるように、所定の順序で第1の質量分析計からイオン群を放出するように構成された第1の質量分析計であって、前記第1の質量分析計が、各イオン群を放出するときに、前記イオン群が放出される前に前記第1の質量分析計に保持される他の何らかのイオンの少なくともいくつかを保持し続けるように構成されている、第1の質量分析計と、
輸送チャネルの周りに配置された複数の電極を有するイオン輸送装置であって、前記第1の質量分析計から放出された少なくともいくつかのイオン群を受け取るように構成されている、イオン輸送装置と、
前記輸送チャネル内に輸送ポテンシャルを生成するために前記イオン輸送装置の前記電極に印加される電圧を制御するように構成された制御手段であって、前記輸送ポテンシャルが、前記輸送チャネルに沿って移動するように構成された複数のポテンシャル井戸を有し、前記制御手段が、前記イオン輸送装置によって受け取られた各イオン群が前記輸送ポテンシャル内の1つ以上の選択されたポテンシャル井戸によって前記輸送チャネルに沿ってそれぞれ輸送されるように前記輸送ポテンシャルを生成するように構成されている、制御手段と、
プロダクトイオンを生成するように各イオン群のプリカーサイオンをフラグメンテーションするように構成されたフラグメンテーション手段と、
前記イオン群が前記フラグメンテーション手段によってフラグメンテーションされ、前記輸送チャネルに沿って輸送された後、各イオン群を使用してそれぞれの質量スペクトルを生成するように構成された第2の質量分析計と
を含み、
前記装置が、複数のイオン輸送装置を含み、各イオン輸送装置が、前記輸送チャネルの周りに配置された複数の電極を有し、各イオン輸送装置の前記輸送チャネルが、前記第1の質量分析計から放出されたイオン群のそれぞれのサブセットを受け取るように構成されている、装置。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、イオンを分析するための装置に関する。
【背景技術】
【0002】
エレクトロスプレーイオン源などの多くの荷電粒子源は、個別に分離した荷電粒子のバンチ(bunch、群)ではなく、(時間的に連続した)荷電粒子の連続的な流れを生成する。しかしながら、荷電粒子を分析するように構成された多くの分析装置にとって、荷電粒子は、連続的な流れとしてよりもむしろ、バンチごとに分析されることが好ましい。そのような分析装置の例は、飛行時間型(「ToF」)分析計である。
【0003】
したがって、荷電粒子を輸送チャネルに沿って、1つ以上のバンチにより輸送するように構成された輸送装置が開発されている。
【0004】
そのような輸送装置の例は、国際公開第2012/150351号(米国特許第9536721号、米国特許第9812308号としても公開)に記載されている。以下「A機器」とも呼ぶこの輸送装置は、不均一な高周波電界を使用し、その疑似ポテンシャルは、それぞれが荷電粒子のそれぞれのバンチを輸送するのに適した複数のポテンシャル井戸を有する。
【0005】
デジタル手段ではなくアナログ手段によるものではあるが、A機器と同様の品質を有するポテンシャルを生成する輸送装置は、米国特許出願公開第2009/278043号にも開示されている。
【0006】
そのような輸送装置の別の例は、英国特許第2391697号に記載されている。以下「T波」機器、イオンガイドまたは衝突セルとも呼ぶこの輸送装置は、それぞれが荷電粒子のそれぞれのバンチを輸送するのに適した複数のポテンシャル井戸を含むDC電界を生成する。「T波」機器では、半径方向の閉じ込め場を生成するように、積層リングシステム内の交互のリング電極に逆位相でRF波形が印加される。進行するDCポテンシャルが電極に順次印加されて、半径方向に捕捉されたイオンを機器に沿って付勢するDC障壁を生成する。捕捉されたイオンをバンチごとに分離するために、複数のDC障壁が形成されてもよい。
【0007】
このように、A機器およびT波機器の双方において、輸送チャネル内に輸送ポテンシャルを生成するために複数の電極が制御され、この輸送ポテンシャルは、輸送チャネルに沿って荷電粒子を1以上のグループ/バンチにより輸送するように構成された複数のポテンシャル井戸を有する。
【0008】
国際公開第2018/114442号は、国際公開第2012/150351号に記載されているA機器の原理を実施する輸送装置を記載しており、例えば、輸送ポテンシャルが連続的に生成されるチャネルに荷電粒子のバンチが直接注入される方法と比較して、荷電粒子のこぼれおよび/または散乱を減らすのに役立つ方法で荷電粒子のバンチを選択されたポテンシャル井戸に提供するように、「バンチ形成ポテンシャル」が「バンチ形成領域」内に生成された。
【0009】
質量分析では、様々なMS/MS技術がよく知られている。これらの技術は、典型的には、プリカーサイオンの選択、それらのプリカーサイオンのフラグメンテーションによるプロダクトイオンの生成、およびその後のプロダクトイオンに基づくスペクトルの生成を含む。
【0010】
従来のMS/MS分析では、プリカーサイオンが選択されるたびに、プリカーサイオンが選択されると同時に選択されていないプリカーサイオンが廃棄される傾向がある。
【0011】
しかしながら、プリカーサイオンの損失を回避しようとするいくつかのMS/MS技術が提案されている。
【0012】
米国特許第6770871号は、プリカーサイオンの損失を回避しようとするMS/MS質量分析計を記載している。米国特許第6770871号のMS/MS質量分析計は、第1の質量分析計、好ましくはイオントラップ、娘イオン生成のための衝突セル(衝突誘起解離(CID)またはCIDと同等のフラグメンテーションを提供する赤外多光子解離(IRMPD)によるフラグメンテーションを意味する)、および第1の質量分析計の走査速度よりもはるかに速く分析を実行する第2の質量分析計(好ましくはTOF)を有する。第6コラム39~52行目は、第2の(好ましくはToF)イオン検出器は、MS/MS質量スペクトルデータの良好な分解能を提供するために第1のものよりもはるかに速い旨を述べている。図1および図2は、米国特許第6770871号によって提案された装置の概略図を提供し、図4は、例示目的のために計算された例示的な2次元MS/MSスペクトル(またはプリカーサイオン×プロダクトイオンスペクトル)を示している。
【0013】
本発明者らは、米国特許第6770871号によって提案された装置の以下の制限に留意した:
・ イオンは、衝突セル内の滞留が短く、ToFによる質量分析に直接進む。したがって、米国特許第6770871号は、十分に高速であるため、フラグメンテーション方法としてCIDに制限されていることが分かる。CIDは、翻訳後修飾(「PTM」)情報を保存しないため、プロテオミクス研究における価値が限られている。
・ 第2の分析計は、第1の分析計に対して高速でなければならないが、これは、イオントラップから放出されたプリカーサイオンが一体に保たれず、それらが衝突セルを通って移動するにつれて時間および空間においていくらか広がり、それから生成されたプロダクトイオンは、ToF分析計のプッシャ領域に進むにつれて時間的にさらに広がり、さらにまた、この時間的な広がりは質量に依存するためである。したがって、ToF分析計は、ToFの「プッシャ領域」に入るときに時間分散イオンバンチを「サンプリング」するのに速くなければならず、これは、通常<20%の低デューティサイクルではあるが、十分な質量範囲のCID由来のプロダクトイオンを分析することができる。
・ プリカーサイオンおよびプロダクトイオンの「拡散」のさらなる結果は、隣接する放出されたプリカーサイオンからのイオンが混合され、プリカーサイオン軸上の分解能を制限することである。このため、この先行技術システムのユーザは、クロマトグラフィ分解能、プロダクトイオン軸における質量分解能、娘イオンの質量範囲、前駆分析物の透過率または複雑さの間で妥協せざるを得ない。第7コラム13~27行目は、ToFプッシャ周波数に限界があるという事実に起因するMS/MS質量スペクトルの分解能の主な限界を実証している。
・ 娘イオンが十分に冷却されるのに十分な時間がないという事実より、分解能および透過率のさらなる低下がもたらされる。
・ 最後の重要な制限は、米国特許第6770871号に開示されている3Dイオントラップでは電荷容量が限られているということであり、電荷が約4000を超えるとイオン間の空間電荷力が分解能の損失をもたらし、放出時間の変化をもたらす。したがって、統計的に有意なMS/MSスペクトルを提供するためには、相当な数のMS/MSスペクトルを平均する必要があり、この先行技術のシステムはLCと一緒に用いることができない。
【0014】
本発明者らは、(2002年に出願された)米国特許第6770871号の開示を実施する市販の装置を知らないが、プロトタイプは作製されたようである[7]。本発明者らは、これは上記の制限限界によって説明され得ると考えている。
【0015】
米国特許第7507953号(例えば、図1を参照)は、1乃至複数の線形イオントラップ(LIT-MS)からのイオンの3Dトラップを置き換えることによってMS/MS機器の性能を改善する方法を記載し、LITによって生成された細長い「リボン」によって放出されたイオンを受け入れるための様々な衝突セル形状を開示している。これらの方法は、米国特許第6770871号の空間電荷の問題を解消する方法を教示している。MS/MSシステムの基本的な構成は、米国特許第6770871号と実質的に同等であり、したがって、米国特許第6770871号に列挙された全ての制限を共有する。それは、前駆体を走査するためのトラップ、フラグメンテーションセルおよび高速走査質量分析計(TOF)である。米国特許第7507953号は、LITおよびTOFの走査速度およびイオンがLITから最終質量分析計(TOF)までの移動に費やす時間に起因するMS/MS実験の主な制限を論じている。第16コラム12~32行目を参照のこと。
【0016】
本発明は、上記検討に鑑みてなされたものである。
【発明の概要】
【課題を解決するための手段】
【0017】
本発明の第1の態様は、
イオンを分析するための装置であって、
各イオン群が異なる時間窓の間に放出され、それぞれのm/z値窓にm/z値を有するプリカーサイオンから形成されるように、所定の順序で第1の質量分析計からイオン群を放出するように構成された第1の質量分析計であって、前記第1の質量分析計が、各イオン群を放出するときに、前記イオン群が放出される前に前記第1の質量分析計に保持される他の何らかのイオンの少なくともいくつかを保持し続けるように構成されている、第1の質量分析計と、
輸送チャネルの周りに配置された複数の電極を有するイオン輸送装置であって、前記第1の質量分析計から放出された少なくともいくつかのイオン群を受け取るように構成されている、イオン輸送装置と、
前記輸送チャネル内に輸送ポテンシャルを生成するために前記イオン輸送装置の前記電極に印加される電圧を制御するように構成された制御手段であって、前記輸送ポテンシャルが、前記輸送チャネルに沿って移動するように構成された複数のポテンシャル井戸を有し、前記制御ユニットが、前記イオン輸送装置によって受け取られた各イオン群が前記輸送ポテンシャル内の1つ以上の選択されたポテンシャル井戸によって前記輸送チャネルに沿ってそれぞれ輸送されるように前記輸送ポテンシャルを生成するように構成されている、制御手段と、
プロダクトイオンを生成するように各イオン群のプリカーサイオンをフラグメンテーションするように構成されたフラグメンテーション手段と、
前記イオン群が前記フラグメンテーション手段によってフラグメンテーションされ、前記輸送チャネルに沿って輸送された後、各イオン群を使用してそれぞれの質量スペクトルを生成するように構成された第2の質量分析計とを含む、装置を提供する。
【0018】
このようにして、複数のプリカーサイオン群のフラグメンテーションから生じるプロダクトイオンについて質量スペクトルを生成することができ、各プリカーサイオン群は、例えば2次元質量スペクトルデータまたはより複雑な形態の質量スペクトルデータ(以下を参照)の生成に使用するための異なるm/z値窓内のm/z値を有し、先行技術と比較して、より高いスループットで、よりイオンのロスが少なく、異なるm/z値を有するプリカーサイオンから形成されたイオンの群の分離が改善される。
【0019】
これらの利点を実現するために、(プリカーサイオンおよび/またはプロダクトイオンを含む)各イオン群の実質的に全てのイオンが、好ましくは異なるイオン群の混合を実質的に回避するように、輸送ポテンシャルによって輸送されている間、輸送ポテンシャルの同じ1つ以上の選択されたポテンシャル井戸(好ましくはただ1つの選択されたポテンシャル井戸)に留まることが好ましい。例えばイオンが隣接するポテンシャル井戸に漏れることを防止することによって、この効果を達成するのに役立ついくつかの特徴を以下により詳細に説明する。
【0020】
上述したように、第1の質量分析計は、各イオン群を放出するときに、イオン群が放出される前に第1の質量分析計に保持される他の何らかのイオンの少なくともいくつかを保持し続けるように構成されている。これは、所与のイオン群が放出される前に第1の質量分析計に保持される他のイオンがある場合、それらのイオンの少なくともいくつかが第1の質量分析計によって保持され続けるべきであることを意味する。ここで「何らかの」の語に留意されたい。場合によっては、所与のイオン群が放出されているときに第1の質量分析計に他の何らかのイオンが存在しない可能性がある(その場合、第1の質量分析計によって保持されるイオンは残っていない)。これは、例えば、1つを除く全てのイオン群が第1の質量分析計から放出され、第1の質量分析計に保持される全てのイオンが、放出される最終イオン群のm/z値窓内のm/z値を有する場合とすることができる。
【0021】
好ましくは、第1の質量分析計は、各イオン群を放出するとき、イオン群が放出される前に第1の質量分析計に保持される他の何らかのイオンの50%以上、好ましくは実質的に全てを保持し続けるように構成されている。
【0022】
各イオン群を放出するときに、イオン群が放出される前に第1の質量分析計に保持される他の何らかのイオンの少なくともいくつかを保持し続けるように第1の質量分析計を構成することによって、装置は、ほとんどの従来のMS/MS装置によって起こるように、イオンの群が放出されるたびに第1の質量分析計から他の全ての(選択されていない)プリカーサイオンを失うことを回避することができる。したがって、前記装置は、「保持され続けるプリカーサイオン」技術を実施するものとして記載され得る。
【0023】
第1の質量分析計が、各イオン群を放出するときに、イオン群が放出される前に第1の質量分析計に保持される他の何らかのイオンの実質的に全てを保持し続けるように構成されている場合、第1の質量分析計に当初保持されるほぼ全てのイオンが装置による分析に使用され得るため、装置は、「ほぼ無損失」の技術を実施するものとして記載され得る。第1の質量分析計は、イオン群が形成されるプリカーサイオンを保持するように構成されてもよい。プリカーサイオンは、例えば、試料に由来するものであり得る。
【0024】
イオン群を質量分析計から放出するときに他のイオンを保持し続けるための技術が以下に記載される。
【0025】
当然ながら、各イオン群を輸送する1つ以上の選択されたポテンシャル井戸は、他のイオン群を輸送するポテンシャル井戸とは異なるべきであり、すなわち、各イオン群は、各群からのイオンの混合を回避するために、異なるポテンシャル井戸によって輸送されるべきである。
【0026】
以下のことを明確にしておく。各イオン群は、2つ以上の選択されたポテンシャル井戸によって運ばれてもよいが、イオン群ごとに1つのポテンシャル井戸が好ましい。2つ以上の選択されたポテンシャル井戸において各群を運ぶことは、スループットを低下させる可能性があるが、依然として本発明のシステムであり得る。
【0027】
ポテンシャル井戸は、好ましくは、例えば国際公開第2012/150351号に記載されている技術にしたがって生成された疑似ポテンシャル井戸である。
【0028】
前記装置は、各イオン群を使用して生成された前記質量スペクトルに基づいて2次元質量スペクトルデータを導出する導出手段を含むことができる。2次元質量スペクトルデータは、複数のプリカーサイオン群のそれぞれのフラグメンテーションから生じるプロダクトイオンのそれぞれの質量スペクトルを含むデータであり、各プリカーサイオン群は、異なるm/z値窓内のm/z値を有すると理解され得る。
【0029】
前記装置は、2次元質量スペクトルデータを、例えば、プリカーサイオンのm/z値に対応する第1の軸(MS1軸)およびプロダクトイオンのm/z値に対応する第2の軸(MS2軸)を有する2Dプロット上に表示する表示手段を含むことができる。そのようなプロットは、MS1×MS2スペクトルと呼ばれることがある。
【0030】
好ましくは、前記制御手段は、各イオン群についてそのイオン群が前記輸送ポテンシャルによって前記輸送チャネルに沿って輸送される前記1つ以上の選択されたポテンシャル井戸、および(例えば、そのイオン群に対応するm/z値窓の中央を表すm/z値を示すデータの形態で)そのイオン群が形成されたプリカーサイオンのm/z値を示す対応データを、各イオン群について記憶するように構成されている。そのような対応データは、一般に、第2の質量分析計によって生成された質量スペクトルから2次元質量スペクトルデータまたは他のより複雑な形態の質量スペクトルデータを導出するために必要とされる。ここで参照される「より複雑な」形態の質量スペクトルデータは、例えば、第2の質量分析計によって生成された質量スペクトルを含む質量スペクトルデータであってもよく、前記装置は、(以下により詳細に記載されるように)第1の質量分析計に加えて予備分析計を含む。
【0031】
前記装置は、異なるそれぞれの期間に前記イオン輸送装置によって受け取られる各イオン群を受け取るように構成された群収集手段を有することができ、複数の群収集電極は、前記群収集手段の群収集領域の周りに配置され、前記制御手段は、前記群収集手段によって受け取られた各イオン群について、
前記群収集領域によって受け取られた前記イオン群が前記群収集領域内に収集されるように、前記群収集領域内に収集ポテンシャルを一時的に生成し、
前記イオンを前記輸送チャネル内の前記輸送ポテンシャルの1つ以上の選択されたポテンシャル井戸に導入するようにポテンシャルを前記群収集領域内に生成するように、前記群収集電極に印加される電圧を制御するように構成されている。
【0032】
このようにして、各イオン群は、輸送チャネル内の輸送ポテンシャルの1つ以上の選択されたポテンシャル井戸に別々に導入され得る。
【0033】
この目的のために使用することができるイオン輸送装置の一部を形成する例示的な群収集手段は、例えば国際公開第2018/114442号に記載されており、群収集手段は、イオン輸送装置の「バンチ形成領域」と呼ばれる。
【0034】
群収集手段は、国際公開第2018/114442号の「バンチ形成領域」に関連して記載されている任意選択の特徴のいずれかを含むことができ、その内容は、参照により本明細書に組み込まれる。
【0035】
したがって、例えば、収集ポテンシャルは、イオンを群収集領域に収集するためのポテンシャル井戸を含むことができる。ポテンシャル井戸は、好ましくは、輸送チャネルに沿って延在する長手方向軸に対して荷電粒子を軸方向に閉じ込めるように構成されている。
【0036】
したがって、例えば、収集ポテンシャルに含まれるポテンシャル井戸は、静的なものとすることができる。
【0037】
したがって、例えば、収集ポテンシャルは、例えば、ポテンシャル井戸に加えて、半径方向の閉じ込めポテンシャルを含むことができ、半径方向の閉じ込めポテンシャルは、イオンを群収集領域内の半径方向(例えば、輸送チャネルに沿って延在する長手方向軸に対して半径方向)に閉じ込めるように構成されている。半径方向の閉じ込めポテンシャルは、ACポテンシャル、例えばRFポテンシャル、例えば多重極の電極にRFポテンシャルを印加することによって生成されるRF多重極場(RF=高周波)とすることができる。
【0038】
したがって、例えば、ポテンシャル井戸は、上流ポテンシャル障壁および下流ポテンシャル障壁を有することができ、上流ポテンシャル障壁は、下流ポテンシャル障壁よりもイオン輸送装置の入口に近い。
【0039】
前記群収集手段は、好都合には前記イオン輸送装置の一部とすることができ、前記群収集電極は、前記イオン輸送装置の電極であり、前記群収集領域は、前記イオン輸送装置内の領域である。
【0040】
あるいは、群収集手段は、イオン輸送装置とは別個であってもよく、例えばイオン輸送装置の上流、好ましくはすぐ上流に配置されてもよい。
【0041】
本開示の文脈において、別の構成要素に関して「下流」と記載されている1つの構成要素は、イオンが他の(上流の)構成要素と相互作用した(例えば、通過した)後にそれらのイオンと相互作用するように構成されているその(下流の)構成要素を指すことを意図している。同様に、別の構成要素に関して「上流」と記載されている1つの構成要素は、イオンが他の(下流の)構成要素と何らかの相互作用を有する前にそれらのイオンと相互作用するように構成されているその(上流の)構成要素を指すことを意図している。
【0042】
制御手段は、好ましくは、イオン群の放出、群収集領域(群収集手段が存在する場合)におけるイオンの収集、および輸送ポテンシャルの生成が、イオン輸送装置によって受け取られる各イオン群が輸送ポテンシャル内の1つ以上の選択されたポテンシャル井戸によって輸送チャネルに沿ってそれぞれ輸送されるように調整されるように、第1の質量分析計、群収集手段(存在する場合)、およびイオン輸送装置の動作を調整するように構成されている。当業者は、本開示に基づいて、そのような動作を調整するように制御手段を容易に構成することができる。
【0043】
いくつかの例では、前記フラグメンテーション手段は、前記第1の質量分析計を含むことができる。例えば、前記第1の質量分析計は、プリカーサイオンがイオントラップから放出されている間にそれらプリカーサイオンをフラグメンテーションするように構成されたイオントラップとすることができる。したがって、以下のことを明確にしておく。イオン群は、イオン輸送装置によって受け取られる時点までに、部分的または全体的にプロダクトイオンから構成され得る。
【0044】
前記フラグメンテーション手段が前記第1の質量分析計を含む場合、前記第1の質量分析計は、CIDを引き起こすように十分に高い運動エネルギーで前記イオンを放出することによってイオントラップからプリカーサイオンが放出されている間にそれらのプリカーサイオンをフラグメンテーションするように構成されたイオントラップとすることができる。当業者が理解するように、これは、例えば、プリカーサイオンが最小のフラグメンテーションを有するまたはフラグメンテーションを有しないイオントラップから放出される場合(例えば、装置の別の部分で、CID、またはECD、ETDなどの別のフラグメンテーション技術、または以下に記載される他の技術を使用してイオンをフラグメンテーションすることが望ましい場合)と比較して、上昇した緩衝ガス圧、放出が起こるマシューパラメータqの上昇した値、および/またはイオントラップからイオンを放出するための励起場の上昇した強度を有するイオントラップによって達成され得る。
【0045】
上述したようにプリカーサイオンがイオントラップから放出されている間にそれらのプリカーサイオンをCIDによってフラグメンテーションすることは、エネルギーが典型的にはフラグメンテーションされた(プロダクト)イオンを保持し続ける必要性によって制限される従来のイオントラップ質量分析計(共鳴CIDとして知られる)内で行われる従来のCIDと比較して利点を提供する。それは、励起電圧であり、プリカーサイオンに蓄積されるエネルギーの量は、従来のCIDでは、イオンをイオントラップに保持し続けるために使用される疑似ポテンシャルの深さによって制限される(共鳴CIDは、典型的には、放出したいイオンの経時周波数に一致する周波数で追加のまたは補足のAC電圧を印加することを含む)。
【0046】
(上述したように)それらのプリカーサイオンがイオントラップから放出されている間にそれらのプリカーサイオンをCIDによってフラグメンテーションする場合、例えば放出スリットまたは他の開口を介して、イオントラップからのプリカーサイオン(および生成されたプロダクトイオン)の放出中に、励起が起こるため、エネルギーは同じように制限されない。同様に、「低質量カット」制限が適用されないため、高い値のqが放出のために選択され得る。ここで、共鳴CIDが従来のイオントラップで行われる場合、例えばMS実験(連続的な質量選択および共鳴CIDステップを含む)では、(プリカーサイオンのm/zよりも低い)プロダクトイオンのm/zがMLMC/Mprecursor=qeject/qboundayによって与えられるため、比較的低い値のqが選択されなければならないことに留意されたい。ここで、MLMCは、イオントラップに保持され続け得る最も低いm/zイオンのm/zであり、それは、より低いm/zのイオンは安定していない状態であり、qejectは、放出が行われるマシューパラメータqであり、qboundaryは、より高い値を有するイオンが安定ではなく、したがってイオントラップによって捕捉されない、安定領域の境界におけるマシューパラメータqである。
【0047】
より高いqejectの値は、より高いエネルギーを有するイオンの放出をもたらすが、これは、イオンがイオントラップを脱出するためにより高い疑似ポテンシャルに打ち勝たなければならないためである(疑似ポテンシャル井戸の深さは、qVRFに比例し、VRFは、RFトラップ電圧である)。この場合、選択されたプリカーサイオンおよび生成されたプロダクトイオンは、全てともに放出され、他の場所に記載されているように外部領域内に捕捉されるため、LMCは適用されない。
【0048】
いくつかの例では、フラグメンテーション手段は、第1の質量分析計の下流かつイオン輸送装置の上流に配置されたフラグメンテーション装置を含むことができる。
【0049】
例えば、前記フラグメンテーション手段は、前記第1の質量分析計とイオン輸送装置との間に位置する領域にイオン光学素子を含むことができる。イオン光学素子が位置する領域は、後述するように集束領域とすることができる。前記イオン光学素子は、イオンを加速してCIDによるイオンのフラグメンテーションを引き起こすように構成され得る(例えば、前記イオン光学素子へのDC電圧の印加によって)。この場合、プロダクトイオンは、イオンがイオン輸送装置に入る前に(好ましくは、存在する場合、さらに群収集手段に入る前に)形成され得る。
【0050】
いくつかの例では、フラグメンテーション手段はイオン輸送装置の一部を含む。
【0051】
例えば、前記フラグメンテーション手段は、CID、IRMPD、UVPD、HAD、NAD、OAD、ECD、ETDなどの任意の1つ以上の公知のフラグメンテーション技術によって、イオンが(輸送ポテンシャルによって)前記イオン輸送装置のフラグメンテーション領域を通って輸送されるときにイオンをフラグメンテーションするように構成された前記イオン輸送装置の一部を含むことができる。そのような技術は、周知であり、以下に詳細に記載される。
【0052】
いくつかの例では、前記イオン輸送装置のフラグメンテーション領域を通って輸送されるときにイオンをフラグメンテーションするように構成された前記イオン輸送装置の前記一部は、UVPD、HAD、NAD、OAD、ECDまたはETDのうちの1つ以上によってイオンをフラグメンテーションするように構成されている。以下により詳細に記載されるように、これらのフラグメンテーション技術は、低速であり、完了するまでに数10ミリ秒または数100ミリ秒かかる可能性がある。そのような技術は、以下により詳細に記載されるように、本装置によって実施され得る。
【0053】
したがって、いくつかの例では、前記装置は、例えば、1ms以上、または10ms以上、または100ms以上などの比較的長い時間、例えばより遅いフラグメンテーション技術が実行され得るように、前記フラグメンテーション領域に各イオン群を保持し続けるように構成され得る。長いフラグメンテーション期間が必要であるが、装置のスループットを維持することが望まれる場合、スループットは、適切に長い長さのフラグメンテーション領域を有することによって達成され得る(以下を参照)。
【0054】
イオン輸送装置の一部が、イオンが(上述したように)イオン輸送装置のフラグメンテーション領域を通って輸送されるときにイオンをフラグメンテーションするように構成されている場合、イオン輸送装置は、好ましくはフラグメンテーション領域の下流(好ましくはすぐ下流)に位置するイオン冷却領域を含むことが好ましく、装置は、イオンが(輸送ポテンシャルによって)冷却領域を通って輸送されるときにイオンを冷却するように構成されている。
【0055】
イオン輸送装置の一部が、イオンが(上述したように)イオン輸送装置のフラグメンテーション領域を通って輸送されるときにイオンをフラグメンテーションするように構成されている場合、イオン輸送装置は、好ましくはフラグメンテーション領域の下流(例えばすぐ下流)に位置する圧力勾配領域を含むことが好ましい。装置は、イオンが(輸送ポテンシャルによって)圧力勾配領域を通って輸送されるときにイオンを取り囲むガス圧を減少させるように構成されたガス圧減少手段(例えば、1つ以上の差動圧送チャンバおよびガス流制限開口)を含むことができる。圧力勾配領域の出口端の圧力は、入力端の圧力よりも3倍以上低い因子とすることができる。圧力勾配領域の出口端の圧力は、10-3mbar以下とすることができる。
【0056】
実施されているフラグメンテーション技術(上記を参照)に応じて、フラグメンテーション領域は、例えば、装置が依然として高いスループットを有することを可能にしながら、より遅いフラグメンテーション技術が実行され得るように、例えば、20mm以上、または30mm以上、さらには40mm以上など、比較的長くすることができる。40mmのフラグメンテーション領域が必要とされる場合があり、例えば、実施されるフラグメンテーション技術は、1kHzのウェルレートおよび4mmの波長を有する装置において10msの移動時間を必要とする。
【0057】
イオン輸送装置内のフラグメンテーション領域によって実施されるフラグメンテーションの例が、図4および図5を参照して以下に記載される。この例では、フラグメンテーション領域において実施されているフラグメンテーション技術はCIDである。
【0058】
フラグメンテーション手段が、(上述したように)イオンがイオン輸送装置のフラグメンテーション領域を通って輸送されるときにイオンをフラグメンテーションするように構成されたイオン輸送装置の一部を含む場合、フラグメンテーションプロセスは、ポテンシャル井戸内のイオンにエネルギーを付与させることができ、各群のイオンを隣接する井戸にこぼさせることができる。
【0059】
したがって、各イオン群をそれぞれ輸送する前記1つ以上の選択されたポテンシャル井戸のいずれかの側(好ましくは両側)に空の1つ以上のポテンシャル井戸を残すように装置が構成されることが賢明であるとすることができる。このようにして、フラグメンテーションプロセスの一部として隣接するウェルにこぼさせるようにされた特定のイオン群からの何らかのイオンは、他の群からのイオンとの混合を回避することができる。
【0060】
前記イオン輸送装置は、異なるそれぞれの期間に前記輸送ポテンシャルによって前記輸送チャネルに沿ってそれぞれ輸送された各イオン群を受け取るように構成された群再収集領域を含むことができ、複数の群再収集電極が前記群再収集領域の周りに配置され、前記制御手段は、前記群再収集領域によって受け取られた各イオン群について、
前記群収集領域によって受け取られた前記イオン群が前記群再収集領域に再収集されるように、前記群再収集領域内に収集ポテンシャルを一時的に生成し、
前記イオンを導入して前記輸送チャネル内の前記輸送ポテンシャルの前記1つ以上の選択されたポテンシャル井戸に戻すように、前記群再収集領域内にポテンシャルを生成するように、前記群再収集電極に印加される電圧を制御するように構成されている。
【0061】
そのような再収集領域は、例えば、イオン輸送装置(上記を参照)に実施されたフラグメンテーションプロセスが各群のイオンを隣接する井戸にこぼさせる場合に、イオンをそれらの元々意図された1つ以上の選択されたポテンシャル井戸に戻すのに有用とすることができる。群再収集領域は、国際公開第2018/114442号に記載されている教示および原理を使用して容易に実施され得る。
【0062】
群再収集手段は、国際公開第2018/114442号の「バンチ形成領域」に関連して記載されている任意選択の特徴、または上述した群収集手段のいずれかを含むことができる。
【0063】
第1の質量分析装置は、イオントラップを含むことができる。イオントラップは、線形イオントラップとすることができる。第1の質量分析計は、複数のイオントラップを含むことができる。
【0064】
本発明の第1の態様によれば、第1の質量分析計は、各イオン群を放出するとき、イオン群が放出される前に第1の質量分析計に保持される他の何らかのイオンの少なくともいくつかを保持し続けるように構成されている。
【0065】
各イオン群が異なる時間窓の間に放出されかつそれぞれのm/z値窓内のm/z値を有するプリカーサイオンから形成され、そのイオン群が放出される前に第1の質量分析計に保持される他の何らかのイオンの少なくともいくつか(好ましくは実質的に全て)を保持し続けるように、所定の順序で質量分析計から複数のイオン群を選択的に放出する技術は周知である。そのような技術は、例えば、共鳴イオン放出の周知のプロセスを含むことができ、例えば、米国特許第6770871号、米国特許第7507953号、「Practical Mass Spectrometry Volume 1」、Raymond E.MarchおよびJohn F.J.Toddの第4章を参照されたい。好ましくは、例えば、「A digital ion trap mass spectrometer coupled with atmospheric pressure ion sources」(Dingら、J Mass Spectrom、2004年5月、39(5);471~84)に開示されているように、デジタルイオントラップが使用される。
【0066】
イオンはまた、「A new linear ion trap mass spectrometer」(Hager、Rapid Communications in mass spectrometry、2002、16、512~526)に記載されているように、質量選択的軸方向イオン放出として知られているプロセスである線形イオントラップから軸方向に放出されてもよい。このタイプの放出は、例えば、本発明の第1の質量分析計に使用され得る。
【0067】
各m/z値窓は、10Th未満の幅、より好ましくは5Th未満の幅、より好ましくは2Th未満の幅とすることができる。各m/z値窓は、好都合には約1Th幅とすることができる。より広いまたはより狭いm/z値窓も可能である。隣接する窓は、例えば重なり合う窓を避けるために、例えば少量だけ互いに離間されてもよい。
【0068】
各時間窓は、好ましくは10ms以下、より好ましくは1ms以下であり、0.5ms以下とすることができる。
【0069】
狭いm/z値窓(好ましくは約1Th幅)および広い時間窓は、得られる情報量を最大化するのに役立つ場合があるが、分析時間を長くする。以下の詳細な説明において例が与えられる。
【0070】
本明細書では、ポテンシャル井戸が輸送チャネルに沿って固定位置を通過する速度を意味する「ウェルレート」を参照することができる(例えば、ヘルツ単位で測定した場合)。各イオン群が単一の選択されたポテンシャル井戸によって受け取られ、占有されたポテンシャル井戸の間に占有されていない井戸が存在しない場合、ウェルレートは、1/w以下であるべきであり、ここで、wは、時間窓の幅(秒単位)である。明らかに、各イオン群が複数の選択されたポテンシャル井戸によって受け取られるか、またはイオンが受け取られる選択されたポテンシャル井戸の間にポテンシャル井戸が空のままである場合、ウェルレートとwとの間の関係は、異なっていてもよい。
【0071】
装置は、例えば第1の質量分析計とイオン輸送装置との間の集束領域に配置された装置の軸に向かって各イオン群を集束させるように構成された1つ以上のイオン集束電極を含むことができる。以下のことを明確にしておく。軸は、直線である必要はなく、例えば、1つ以上の湾曲領域を含むことができる。
【0072】
好ましくは、複数のイオン群は、所定の順序で放出される。好都合には、この所定の順序において、各群のm/z値窓は、前の群よりも増分的に高くても低くてもよいが、他の順序も可能である。イオンに関する先験的情報が利用可能である場合(例えば、標的化分析において)、プリカーサイオンを所定の質量窓内に選択的に放出することも可能である。イオン輸送装置(および存在する場合には群収集領域)は、好ましくは、イオン群を別個に所定の順序で受け取る。
【0073】
前記イオン輸送装置は、好ましくは、複数の引き出し電極を含み、前記制御手段は、そのイオン群を運ぶ前記1つ以上の選択されたポテンシャル井戸が前記輸送チャネルの1つ以上の引き出し領域に到達したときに、前記輸送チャネルから各イオン群を引き出すように構成された引き出しポテンシャルを生成するように前記引き出し電極を制御するように構成されている。
【0074】
第2の質量分析計は、引き出し電極によって引き出された後に各イオン群を使用してそれぞれの質量スペクトルを生成するように構成され得る。
【0075】
引き出しポテンシャルは、輸送チャネルに沿って延在する軸に対して非平行(好ましくは実質的に直交)な方向にイオン輸送装置の出口を通ってイオン輸送装置の外に各イオン群を引き出すように構成され得る。これを達成するための構成は、例えば、国際公開第2018/114442号に記載されている。
【0076】
直交引き出しに関連して本発明者らによって特定された1つの問題は、いくつかの実施形態では、隣接するポテンシャル井戸内のイオンを破壊/引き出すことなく、単一の標的ポテンシャル井戸からイオンを引き出すことが困難な場合があるということである。
【0077】
したがって、このタイプの引き出しのために、各イオン群をそれぞれ輸送する1つ以上の選択されたポテンシャル井戸のいずれかの側(好ましくは両側)に空の1つ以上のポテンシャル井戸を残すように装置が構成されることが賢明である。このようにして、1つのイオン群の直交引き出しは、他のイオン群の破壊/引き出しをより容易に回避することができる。
【0078】
しかしながら、引き出しポテンシャルは、輸送チャネルに沿って延在する軸に対して直交する方向にイオン輸送装置の出口を通ってイオン輸送装置の外に各イオン群を引き出すように構成される必要はない。例えば、引き出しポテンシャルは、輸送チャネルに沿って延在する長手方向軸に対して平行な方向にイオン輸送装置の出口を通ってイオン輸送装置の外に各イオン群を引き出すように構成されてもよい。
【0079】
前記第2の質量分析計は、好ましくは飛行時間型(「ToF」)質量分析計である。前記引き出しポテンシャル(引き出し電極が存在する場合、上記参照)は、各イオン群を前記ToF質量分析計に引き出すように構成されてもよい。
【0080】
輸送チャネルは、1つ以上の引き出し領域を含むことができる。その/各々の引き出し領域は、輸送チャネルの輸送領域内に配置されてもよい。このようにして、荷電粒子は、バンチごとにその/各々の引き出し領域に輸送され得る。
【0081】
前記装置は、前記第1の質量分析計の上流に予備分析計を含むことができ、前記予備分析計は、所定の順序で前記第1の質量分析計に送達されるイオン群を放出するように構成されている。これは、上述したように、より複雑な形態の質量スペクトルデータをもたらすことができる。
【0082】
予備分析計は、第3の質量分析計によって放出される各イオン群が異なる時間窓の間に放出されかつそれぞれのm/z値窓内のm/z値を有するイオンから最初に形成されるように、所定の順序で第1の質量分析計に送達されるイオン群を放出するように構成された第3の質量分析計を含むことができ、第1の質量分析計は、第3の質量分析計によって放出された各イオン群を受け取るように構成されている。
【0083】
一例では、第3の質量分析計は、複雑な分子イオンの断片を貯蔵し、第3の質量分析計によって放出された各イオン群が異なる時間窓の間に放出され、かつそれぞれのm/z値窓内のm/z値を有するイオンから形成されるように、それらをイオン群に放出するように構成されたイオントラップとすることができる。
【0084】
一例では、第3の質量分析計(単独で、または第1の質量分析計と組み合わせて)は、N回のプリカーサ質量選択から生じるプロダクトイオンが第1の質量分析計から群で放出される前に、同じN回の質量選択およびフラグメンテーションを実行するように構成され得、ここで、Nは1以上の整数値である。このようにして、第1の質量分析計内のプリカーサイオンは、N回前の質量選択およびフラグメンテーションから生じるプロダクトイオンとすることができる。
【0085】
例として、第3の質量分析計は、第3の質量分析計によって放出された各MS1イオン群が、第1の質量分析計におけるフラグメンテーションのために第1の質量分析計に送達され(質量選択およびフラグメンテーションの1回の予備ラウンド、すなわちN=1)、MS2イオンを生成するように、第3の質量分析計からMS1イオン群を放出するように構成され得る(第3の質量分析計によって放出された各MS1イオン群は、異なる時間窓の間に放出され、それぞれのm/z値窓内のm/z値を有するMS1イオンから最初に形成される)。次いで、各MS1イオン群から得られたMS2イオンは、上述したように第1の質量分析計、イオン輸送装置および第2の質量分析計によって処理され得、それによってさらなるラウンドの質量選択およびフラグメンテーションを実行することができる。この場合、第3の質量分析計によって放出されたMS1イオン群のm/z値の第1の軸、第1の質量分析計から放出されたMS2イオン群のm/z値の第2の軸、および各MS2イオン群のフラグメンテーションから生じるMS3イオンの質量スペクトルを示す第3の軸を有する3次元質量スペクトルデータが表示され得る。
【0086】
別の例では、第3の質量分析計は、米国特許第7507953号によって教示されているように、限定されているが比較的広い質量範囲、例えば100Thの範囲内でプリカーサイオン群を放出するように構成されたイオントラップとすることができる。この例では、第1の質量分析計によってイオンが部分的に処理され得、それによって第1の質量分析計内のイオンの空間電荷密度を減少させることによってその性能を改善することができる。例えば、第3の質量分析計は、第1の質量分析計として作用するイオントラップと同じ分解能要件を有することなく、より多くのイオンを保持し続けることができる。例えば、研究されているm/z窓が500から1000Thであり、第3の質量分析計が50Thの質量窓において第1の質量分析計にイオンを通過させた場合、第1の質量分析計は、第1の質量分析計が一度に500Thから1000Thの範囲のイオンを保持しなければならない状況と比較して、各窓に10倍多くのイオンを保持することができる。
【0087】
質量範囲を連続的に狭めるためにいくつかのイオントラップが同様の方法で配置され得、それによってイオントラップによって(集合的に)提供される全体的な空間電荷容量を増加させ、各下流のイオントラップ内のイオンの空間電荷密度を減少させる。
【0088】
(質量分析計以外の)他の形態の予備分析計も可能である。例えば、予備分析計は、イオン移動度分析計、示差移動度分析計、または液体クロマトグラフもしくはガスクロマトグラフなどのクロマトグラフィ装置とすることができる。予備分析計は、イオンの電荷状態を選択するように、またはイオンの電荷状態を単一の電荷状態に、例えば全てが単一に帯電したイオンに変換するように構成されてもよい。
【0089】
第1の質量分析計、イオン輸送装置、制御手段、フラグメンテーション手段、および第2の質量分析計は、上述した方法で各プリカーサイオン群を処理するように構成されてもよい。
【0090】
第1の組の例では、装置は、ただ1つの第1の質量分析計および1つのイオン輸送装置を含むことができ、イオン輸送装置は、第1の質量分析計から放出された各イオン群を受け取るように構成されている。これは、以下の詳細な説明に記載された全ての例において採用される構成である。しかしながら、以下の他の組の例が実証するように、第1の質量分析計からの異なるイオン群は、異なるイオン輸送装置に向けられることができるため、イオン輸送装置が第1の質量分析計から全てのイオン群を受け取る必要はない。
【0091】
第2の組の例では、前記装置は、複数のイオン輸送装置を含むことができ、各イオン輸送装置は、前記輸送チャネルの周りに配置された複数の電極を有し、各イオン輸送装置の前記輸送チャネルは、前記第1の質量分析計から放出されたイオン群のそれぞれのサブセットを受け取るように構成されている。
【0092】
この第2の組の例では、装置は、複数の群収集手段を含むことができ、各群収集手段は、イオン輸送装置のそれぞれについて、異なるそれぞれの期間にそのイオン輸送装置によって受け取られる各イオン群を受け取るように構成されている。各群収集手段は、上述したように、例えば前記群収集手段の群収集領域の周りに配置された複数の群収集電極を用いて構成されてもよく、前記制御手段は、前記群収集手段によって受け取られた各イオン群について、
前記群収集領域によって受け取られた前記イオン群が前記群収集領域内に収集されるように、前記群収集領域内に収集ポテンシャルを一時的に生成し、
前記イオンを前記輸送チャネル内の前記輸送ポテンシャルの1つ以上の選択されたポテンシャル井戸に導入するようにポテンシャルを前記群収集領域内に生成するように、群収集電極に印加される電圧を制御するように構成されている。
【0093】
この第2の組の例では、前記装置は、複数の第2の質量分析計を含むことができ、各第2の質量分析計は、イオン輸送装置のそれぞれ1つの輸送チャネルに沿って輸送された各イオン群を使用して質量スペクトルを生成するように構成されている。あるいは、単一の第2の質量分析計を使用して、全てのイオン輸送装置によって輸送されたイオンを分析することができる。
【0094】
この第2の組の例では、前記制御手段は、前述のように各イオン輸送装置の電極に印加される電圧を制御するように構成され得る。
【0095】
この第2の組の例では、前記装置は、複数の群収集手段を有することができる。
【0096】
この第2の組の例では、複数のイオン輸送装置のそれぞれは、前述のように構成され得る。例えば、フラグメンテーション手段は、各イオン輸送装置の一部を含むことができ、各イオン輸送装置の一部は、例えば任意の1つ以上の公知のフラグメンテーション技術を使用して、イオンが(輸送ポテンシャルによって)そのイオン輸送装置のフラグメンテーション領域を通って輸送されるときにイオンをフラグメンテーションするように構成されている。
【0097】
イオン輸送装置が1つしかない装置では、各イオン群が収集されて次の群が到来する前に輸送することができるように、第1の質量分析計からの放出間に時間ギャップが必要になる場合があるため、第1の組の例に対する第2の組の例の利点は、装置のスループットおよび感度を向上させることができるということである。1つのイオン群が1つのイオン輸送装置に収集されている間に、別のイオン輸送装置が次のイオン群を受け取るように構成され得るように、複数のイオン輸送装置がある場合、そのような時間ギャップは、低減/回避され得る。
【0098】
第3の組の例では、装置は、複数の第1の質量分析計および複数のイオン輸送装置を含むことができ、各第1の質量分析計は、イオン輸送装置のそれぞれ1つによって受け取られかつ上述した方法で処理されるそれぞれのイオン群を放出するように構成されている。複数の第2の質量分析計があってもよく、各第2の質量分析計は、フラグメンテーション手段によってフラグメンテーションされかつ輸送チャネルのそれぞれ1つに沿って輸送された後、各イオン群を使用してそれぞれの質量スペクトルを生成するように構成されている。
【0099】
この第3の組の例では、以下のさらなる改善が達成され得る:予備質量分析計(例えば、イオントラップ)を使用して、プリカーサイオンは、例えば実験をスピードアップして空間電荷を低減するために第1の質量分析計のそれぞれが異なる質量窓においてイオンを受け取るように、異なる質量窓に分割され得る。予備質量分析計(例えば、イオントラップ)を使用して、同じ質量窓におけるプリカーサイオンは、例えば電荷スループットを高めるように、複数の(例えば、等しいサイズの)部分に分割されて各第1の質量分析計によって受け取られることができる。
【0100】
本発明はまた、記載された態様および好ましい特徴の任意の組み合わせを含むが、そのような組み合わせが明らかに許容できないかまたは明示的に回避される場合を除く。
【0101】
次に、本発明の原理を示す実施形態および実験が以下の添付の図面を参照して記載される。
【図面の簡単な説明】
【0102】
図1】イオンを分析するための例示的な装置の概略図である。
図2図1に示される装置100を実装する装置200をシミュレートするために使用される構成を示している。
図3図2に示されるイオン注入領域209の3D図である。
図4】イオン輸送装置にCIDを実装するように構成された、図1に示される装置の例示的な実装の概略図である。
図5図4に示される装置のフラグメンテーション領域313をより詳細に示している。
図6】イオン輸送装置の前にCIDを実装するように構成された、図1に示される装置の例示的な実装の概略図である。
【発明を実施するための形態】
【0103】
一般的に言えば、本発明の1つ以上の態様を実施しようとする装置および対応する方法を説明する。
【0104】
開示された装置および方法の利点は、以下を含むことができる:
・ 2次元質量スペクトルデータのほぼ無損失な生成。用語「ほぼ無損失」は、好ましくはプリカーサイオンの損失を実質的に回避する方法における2次元質量スペクトルデータの生成を指す。これは、プリカーサイオンが選択されるたびにかなりの数のプリカーサイオン(分析のために選択されないイオン)を廃棄することを含む傾向がある従来のMS/MS技術とは対照的である。
・ より高い速度で、液体クロマトグラフィ法と適合する方法で取得された広範なm/z範囲のプリカーサイオンおよびプロダクトイオンを網羅する2次元質量スペクトルデータを作成することであって、これは、全ての先行技術の方法と比較して感度および情報コンテンツの大幅な改善を提供する。
・ 本明細書において教示される装置および方法によって生成される2次元質量スペクトルデータは、より少ない干渉を含むことが予想され、したがって、プリカーサイオンの同定を改善するのに役立つ。
・ 改善された時間枠で2次元質量スペクトルデータを生成するのに十分なスループットを依然として提供しながら、「低速」フラグメンテーション方法、例えば電子移動解離(ETD)および水素付着/脱離解離(HAD)を含む多くのフラグメンテーション方法の潜在的な適応。
【0105】
本明細書に開示されるフラグメンテーション方法は、より良好な構造情報を提供し(例えば、ペプチドの骨格開裂を提供し、したがってPTM情報を保存する)、および/またはインタクトなタンパク質のフラグメンテーションに適用可能であると考えられ、いくつかは、単一に荷電したペプチドに関連することができる。これらの「低速」フラグメンテーション方法の主な制限は、それらが低速であるため、スループット、したがって先行技術のMS/MS装置における適用を大幅に制限するということである。
【0106】
以下に記載される例示的な装置は、組み合わされて同期されるイオントラップおよびバンチング装置を含むことができる。
【0107】
以下に記載される例示的な装置は、以下の特徴のうちの任意の1つ以上を含むことができる:
・ 単一のm/z値のプリカーサイオン種を質量選択的に放出する手段。例えばイオントラップ
・ バンチごとに広い質量範囲を有するイオンを輸送することができるイオン輸送装置
・ イオン輸送装置は、輸送されたイオンに対して高い滞留時間を有するように構成され得る
・ イオントラップからプリカーサイオン種を受け取り、それらをイオン輸送装置によって提供される選択されたポテンシャル井戸内に配置するために、群収集手段(選択的バンチ注入手段とも呼ぶ)が使用され得る
・ イオン輸送装置は、ToF分析計などの下流装置に高い反復速度でイオンバンチを送達するように構成され得る
・ フラグメンテーション手段が使用されてプリカーサイオンをフラグメンテーションすることができ、これは、イオンがイオン輸送装置によって輸送される前に(プリカーサイオンは、共鳴放出プロセス中に、したがってイオントラップを出る前にフラグメンテーションされ得ることに留意されたい)および/またはイオンがイオン輸送装置によって輸送されている間に有効とすることができる
・ イオン輸送装置は、実質的に熱エネルギーによって高真空領域または超高真空領域にイオンを送達するように構成され得る。
【0108】
本発明は、背景技術の節で述べたA機器に関連して行われた開発作業に鑑みて考案されたものであり、本発明者らの言葉によると、既存の市販のMS/MS装置と比較して性能に「量子的な飛躍」を提供するMS/MSシステムのためのA機器の使用と見なすことができる。注:国際公開第2012/150351号の91ページ22行目から92ページ18行目には、Q-ToFおよびQ-q-Q MS法のスループットを改善するためのフラグメンテーションについて言及されているが、国際公開第2012/150351号には、現在特許請求されている発明にしたがってA機器を使用するという開示/示唆はない。
【0109】
新規性があると考えられる本開示の態様は、以下を含む:
・ 第1の質量分析計(例えば、イオントラップ)と第2の質量分析計(例えば、ToF分析計)との間に、移動疑似ポテンシャル波イオン輸送装置(好ましくは、上記A機器)を挿入すること
・ イオントラップからプリカーサイオンを時系列で質量選択的に放出すること。
・ イオン輸送装置内の移動疑似ポテンシャル波の単一の選択された疑似ポテンシャル井戸内に質量選択されたプリカーサイオンを捕捉すること
・ プリカーサイオンが移動疑似ポテンシャル波イオンガイドに沿って移動するときにプリカーサイオンをフラグメンテーションすること
・ イオントラップの共鳴放出時間窓を移動疑似ポテンシャル波イオンガイド(A機器)と同期させること
ここで、以下に留意されたい:
・ イオントラップからのイオンの注入は、好ましくは、例えば時間的に同期して、イオン輸送装置内のイオンの輸送と調整される
・ 所与のイオン群を輸送するために使用される選択されたポテンシャル井戸が使用されて、そのイオン群のプリカーサイオン質量またはm/z値窓を識別することができる。
・ 移動疑似ポテンシャル波イオンガイドの単一の標的疑似ポテンシャル井戸内にイオン群を配置するための適切な注入方法は、国際公開第2018/114442号に概説されている。
・ 疑似ポテンシャル波イオンガイド(好ましくはA機器)の内部を移動するプリカーサイオンのフラグメンテーションが使用されて、ほぼ無損失の方法で2次元質量スペクトルデータを得ることができる。
・ プリカーサイオンのフラグメンテーションのための延長された時間は、本明細書に教示される技術によって許容され得る。これは、イオンフラグメンテーション(解離)の公知の「遅い」方法の実施を可能にするが、同時に高スループットで質量分析のためにイオンを送達するため、重要な結果および利点を有する。これらの方法は、タンパク質中のPTM(翻訳後修飾)の同定に有利な選択的骨格開裂を提供することが知られている。タンパク質の大部分が生物系内で翻訳後修飾を受けることが現在知られているため、PTM局在化は、一般に、全ての生物学的に関連するプロテオミクス研究に必要であることに留意されたい。
・ したがって、個々の質量分離されたプリカーサイオンに由来するプロダクトイオンが直接分析され得、すなわち、広い質量範囲のプロダクトイオンが単一のToF分析によって分析され得る。したがって、ToF分析はまた、上述したA機器の疑似ポテンシャル井戸の進行と同期される。結果として、(i)(先行技術のシステムとは異なり)100%に近いデューティサイクルが達成され得る。(ii)ToF質量分析計によって必要とされる時間は、到来するイオン群よりもはるかに短い必要はなく、したがって、ToF分析計は、先行技術によって必要とされるように非常に高速で走査される必要はなく、これは、長い飛行時間を有するToFシステムとともに使用される機会を本発明に与え、したがって、質量スペクトルにおいて高い分解能を達成することができる。
【0110】
次に、本発明の態様および実施形態を添付の図面を参照して説明する。さらなる態様および実施形態は、当業者にとって明らかであろう。本明細書で言及される全ての文書は、参照により本明細書に組み込まれる。
【0111】
可逆タンデム質量分析のための開示されたシステムにおけるイオンのフラグメンテーションのための本発明の一般的な実施形態が図1に示されている。
【0112】
図1には、第1の質量分析計101、イオン輸送装置103、および制御手段102を含む、イオンを分析するための装置100が示されている。
【0113】
制御手段102は、例えば、汎用コンピュータまたは専用リアルタイムコンピュータの形態をとることができ、専用FPGAベースのプロセッサなどのファームウェアを含むことができる。
【0114】
この例では、イオントラップ101、好ましくは線形イオントラップ(「LIT」)の形態をとる第1の質量分析計101は、各イオン群が異なる時間窓の間に放出されかつそれぞれのm/z値窓内のm/z値を有するプリカーサイオンから最初に形成されるように、所定の時間順序でイオン群を放出するように構成され、イオントラップ101は、各イオン群を放出するときに、イオン群が放出される前に第1の質量分析計に保持される他の何らかのイオンの少なくともいくつかを保持し続けるように構成されている。この場合、イオントラップ101は、共鳴放出(公知の技術)によってイオン群を群収集手段107に放出するように構成されている。
【0115】
イオン輸送装置103は、輸送チャネルの周りに配置された複数の電極を有し、輸送チャネルは、イオントラップ101から放出された各イオン群を受け取るように構成されている。
【0116】
イオントラップ101からのイオン放出の分解能は、好ましくは、イオントラップ101内に実質的に他の何らかのイオンを保持し続けながら、異なる時間に、1Thだけ分離されたm/z値を有する前駆体の群を放出するように構成されている。それは、M Thのm/z値を有するイオン群が1つの時間窓内に放出され、M+1 Thのm/z値を有するイオンがイオントラップ101内に残ることが望ましいことを意味する。放出されたイオンは、群収集手段107(「イオン注入ユニット」または「バンチ形成領域」とも呼ぶ)に到達する前にイオン光学素子111の領域を通過することができる。イオン光学素子111の役割は、エネルギーを低減/増加させること、および/またはイオンを装置のイオン光軸に向かって集束させることとすることができる。好ましい実施形態では、イオントラップ101は、イオン光学素子111および群収集手段107内の圧力と比較して、比較的低いガス圧(例えば、約10-4mbar)で動作する。この例では、イオントラップ101から群収集手段107へのイオンの放出中のイオンのフラグメンテーションが回避され得る。これを達成するために、イオントラップ101から放出されるイオンのq(マシューパラメータ)の値、ならびに群収集手段107内のガスの圧力および種が適切に調整され得る。例えば、緩衝ガスとしてヘリウムガスがイオントラップ101に使用され、圧力範囲10-2から10-3mbarのアルゴンまたはヘリウムガスが群収集手段107に使用され得る。いくつかの実施形態では、イオントラップ101の放出スリットがガス制限ダイヤフラムを設けてもよく、および/またはガス制限開口が集束領域111に使用されてもよい。群収集手段107は、この例の場合のように、イオン輸送装置103の一体部分であってもよい。
【0117】
イオントラップ101から選択的に放出された同じm/z(または比較的狭いm/z窓)質量のプリカーサイオンを収集するために使用され得かつイオン輸送装置103の一体部分であるイオン輸送装置の一部を形成する例示的な群収集手段は、例えば国際公開第2018/114442号に記載されており、群収集手段は、イオン輸送装置の「バンチ形成領域」と呼ばれる。
【0118】
したがって、群収集手段107は、イオン輸送装置のバンチ形成領域と考えることができ、注入領域と考えることもできる。
【0119】
群収集手段107によって実行されるサイクルの第1の部分では、イオン輸送装置103の群収集領域(例えば、イオン輸送装置の軸を中心とする所定の軸位置において)内にイオンを閉じ込めて冷却する収集ポテンシャルが生成され得る。サイクルの第2の部分では、輸送ポテンシャルが、輸送装置103に沿って選択された井戸内で群収集領域107からイオンを輸送するために群収集領域内に生成される。サイクルの第2の部分のポテンシャルは、好ましくは、イオン輸送装置103の内部に同じ形態のポテンシャル井戸を有し、これは、通常、イオン輸送装置103の他の領域に永続的に存在する(装置が動作しているとき)。そのような技術は、国際公開第2018/114442号に既に開示されている。
【0120】
この例では、装置100は、プロダクトイオンを生成するように各イオン群のプリカーサイオンをフラグメンテーションするように構成されたフラグメンテーション手段を含む。この例では、フラグメンテーション手段は、イオンがイオン輸送装置103のフラグメンテーション領域113を通って輸送されるときにイオンをフラグメンテーションするように構成されたイオン輸送装置の一部を含む。
【0121】
フラグメンテーション領域113では、プリカーサイオンが解離されてプロダクトイオンを生成すると同時に、移動ポテンシャル井戸によってイオン輸送装置103内で輸送され得る。プリカーサイオンおよび何らかの結果として生じるプロダクトイオンの双方を含むイオン群は、好ましくは、それらがイオンフラグメンテーション領域113を出るのと同様に、同じ選択されたポテンシャル井戸内に留まる。次いで、プロダクトイオンおよびプリカーサイオンは、イオンを緩衝ガスとの熱平衡に到達するように再冷却するために、イオン輸送装置のイオン冷却領域114内を通過することができる。必要に応じてかつ有利には、イオン冷却領域114内の緩衝ガスは、周囲温度より低い温度に冷却されてもよい。イオン冷却領域114は、プリカーサイオンおよび生成されたプロダクトイオンが単一のポテンシャル井戸内に存在しながら同時に輸送および冷却される、イオン輸送装置103の領域である。次いで、プロダクトイオンおよびプリカーサイオンは、イオン輸送装置103の圧力勾配領域115(または「差圧領域」)内を必要に応じてかつ有利に通過することができる。装置100は、イオンが(輸送ポテンシャルによって)圧力勾配領域を通って輸送されるときにイオンを取り囲むガス圧を減少させるように構成された1つ以上の差動圧送チャンバおよびガス流制限開口を含むことができる。圧力勾配領域115内の緩衝ガスは、必要に応じてかつ有利には、周囲温度未満に冷却されてもよい。勾配領域15の出口端の圧力は、入力端の圧力よりも3倍以上低くすることができ、10-3mbar以下とすることができる。
【0122】
イオン輸送装置103は、好ましくは複数の引き出し電極(図示せず)を含み、制御手段102は、引き出し電極を制御して、イオン群を運ぶ選択されたポテンシャル井戸が輸送チャネルの引き出し領域105に到達したときに、輸送チャネルのイオン引き出し領域105から各イオン群を引き出すように構成された引き出しポテンシャルを生成するように構成されている。
【0123】
この例では、引き出しポテンシャルは、輸送チャネルに沿って延在する軸に対して非平行(好ましくは直交)な方向にイオン輸送装置の出口を通ってイオン輸送装置103の外に各イオン群を引き出すように構成されている。
【0124】
好ましくはToF質量分析計である第2の質量分析計117は、2次元質量スペクトルデータの生成を可能にするように(例えば、第2の質量分析計117によって生成された各質量スペクトルは、2DプロットのMS2軸に沿ってデータを提供する)、引き出し電極によって引き出された後に各イオン群を使用してそれぞれの質量スペクトルを生成するように構成されている。
【0125】
図1をさらに参照すると、イオンフラグメンテーション領域113が存在する。これは、プロダクトイオンを生成するためである。領域113は、イオン輸送装置103の長さの小部分であってもよく、またはその大部分を実質的に占めてもよい。103の内部および113の後に位置する第2のバンチ形成領域114があってもよい。これは、フラグメンテーション方法がプリカーサイオンの運動エネルギーを増加させ、それによりエネルギープロダクトイオンをもたらす場合に使用され得る。これは、いくつかのバンチごとのイオンの広がりをもたらし得る。第2のバンチ形成領域は、これが起こるのを防止する。一例はCIDであり、プリカーサイオンは、フラグメンテーション領域113内の軸に沿った加速によって励起され得る。
【0126】
この例では、イオンがイオン輸送装置103のフラグメンテーション領域113を通って輸送されているときにイオンをフラグメンテーションするように構成されたイオン輸送装置の部分は、電子捕捉解離(ECD)および電子移動解離(ETD)などの低速フラグメンテーション技術、ならびに水素付着解離(HAD)、酸素付着解離(OAD)および窒素付着解離(NAD)、オゾンIDなどの他の公知の技術を含むことができる任意の1つ以上の公知のフラグメンテーション技術によってイオンをフラグメンテーションするように構成され得る。
【0127】
これらの「遅い」方法を使用すると、典型的には、例えば1~10msさらには100ミリ秒など、反応が起こりかつプロダクトイオンが形成されるのに時間がかかる。後者の方法は、中性ガス状原子または分子をフラグメンテーション領域113に導入することを含むため、実施が比較的容易である。これらの方法は、典型的には、イオンの運動エネルギーを実質的に増加させず、したがってプロダクトイオンを増加させず、それによってプリカーサイオンがイオン輸送装置内で単一のバンチごとに留まることを可能にする。これらのフラグメンテーション方法はまた、タンパク質の翻訳後修飾(PTM)の発見を可能にする(タンパク質の少なくとも90%が翻訳後修飾を受けるため、ほとんどの生物学的に関連するプロテオミクス研究にはPTM局在化が必要であることに留意されたい)。IRまたはUV領域において光子によってエネルギーを導入するものなどの他のイオンフラグメンテーション方法も適用可能であり、これらの方法は、当該技術分野においてIRMPDおよびUVPDとして知られている。
【0128】
イオンは、同じポテンシャル井戸内に捕捉された同じイオンバンチ内に留まることができるため、イオンは、長期の滞留時間にわたってイオン輸送装置内を移動することができる。滞留時間は、使用される1つ以上の解離方法に合わせて調整され得る。滞留時間は、イオン輸送装置103(上記のように、好ましくは疑似ポテンシャル井戸を実施するA機器である)を通るポテンシャル井戸の伝播、またはイオン輸送装置103の長さを調整することによって達成され得る。好ましくは、イオン輸送装置103内のイオンの滞留時間は、数10ミリ秒から数100ミリ秒、例えば10msから1000msの範囲内である。A機器内の疑似ポテンシャル井戸の伝播は、それに応じて変調周波数を設定することによって容易に制御され得る。変調周波数を低くすると滞留時間を長くすることができるが、第2の質量分析計へのイオンバンチが導入頻度が低くなる。装置を長くすることにより、滞留時間をより長くすることができ、なおかつスループット(ToF分析計へのイオンパケット送達速度)が維持される。
【0129】
先行技術とは対照的に、娘イオンの透過率または質量範囲の損失なしに良好な解離収率に到達することができる。
【0130】
第2の質量分析計117は、イオン輸送装置103から引き出された各イオン群の質量スペクトルを測定するために使用され得る。第2の質量分析計117は、そのような装置が周知であるため、図1に概略的な形態でのみ示されている。上記の引き出し電極は、第2の質量分析計117の一部を形成することが好ましい。イオン引き出し電極は、好ましくは、RF電圧の特定の位相で引き出し領域105からイオンを引き出し、第2の質量分析計117への引き出しに適した空間的および時間的特性を提供することができる。引き出し領域105の好ましい実施形態は、イオン輸送装置103の軸に直交する方向におけるイオンバンチの引き出しを提供する国際公開第2012/150351号に記載されている。
【0131】
いくつかの実施形態では、フラグメンテーション手段は、イオントラップ101を含むことができる(イオンがイオン輸送装置103のフラグメンテーション領域113を通って輸送されるときにイオンをフラグメンテーションするように構成されたイオン輸送装置103の部分に加えて、またはその代わりとして)。この場合、イオントラップ101は、イオンがイオントラップ101を出る前にCIDを実行するように構成され得る。これを達成するために、イオントラップ101内の緩衝ガス圧力、q(マシューパラメータ)の値、およびイオントラップ101からイオンを放出するための励起場の強度のいずれか1つ以上が全て適切に増加され得る。これは、高エネルギーイオン放出を提供し、それによって高エネルギーCIDをもたらすことができる。これは、エネルギーが通常フラグメントイオンを保持し続ける必要性によって制限される従来のイオントラップ質量分析計における従来のCIDと比較して利点をもたらす。この場合、エネルギーは制限されない。高エネルギーCIDは、フラグメントイオンのより広い分布、特により多量の低質量フラグメントの生成をもたらす。これは、より質量の大きいプリカーサイオンのフラグメンテーションにおいて特に有用である。放出プロセス中にCIDが達成される実施形態では、イオントラップ101とイオン輸送装置103との間にイオン光学素子を配置して、フラグメントイオンを収集し、イオン輸送装置103に到達する前に減速するのを助けることが好ましい場合がある。この方法は、低質量カット(LMC)が問題にならないため、従来のイオントラップ質量分析計と比較してさらなる利点を有する。すなわち、LMCは、より低い質量に拡張され、したがってフラグメントイオンの質量範囲が拡張され得る。
【0132】
いくつかの実施形態では、フラグメンテーション手段は、集束領域111内にイオン光学素子を含むことができる(イオンがイオン輸送装置103のフラグメンテーション領域113を通って輸送されるときにイオンをフラグメンテーションするように構成されたイオン輸送装置103の部分に加えて、またはその代わりとして)。この場合、集束領域111内のイオン光学素子は、イオンを加速するように前記イオン光学素子にDC電圧を印加することによってCIDによるイオンのフラグメンテーションを引き起こすように構成されてもよい。この構成では、イオン輸送装置103に入る前、かつ群収集手段107に入る前に、プロダクトイオンが形成され得る。
【0133】
他の実施形態(図示せず)では、イオン引き出し電極は、代わりに、イオン輸送装置103の軸に平行な方向に引き出し領域からイオン群を引き出すように構成されてもよい。並列引き出しは、パルス化される必要はなく、これは、空にされるべき標的井戸に隣接する空の井戸を残す必要を回避することができる(一方、いくつかの例では、直交引き出しは、空の井戸を標的井戸に隣接したままにする必要があり得る)。
【0134】
第2の質量分析計117は、分析されるべき次のバンチがイオン引き出し領域105に到達する前に、イオン群に含まれる全てのイオンの質量スペクトルを記録することができる。イオン引き出し領域105のいくつかの実施形態では、群収集手段107によって達成され得るイオン輸送装置103内の全ての利用可能なポテンシャル井戸にイオンを配置しないことが好都合とすることができることに留意されたい。好ましい実施形態では、第2の質量分析計117は、飛行時間型(「ToF」)分析計とすることができる。この質量分析計の引き出し領域105へのイオンバンチ送達速度は、イオン輸送装置がA機器である場合、イオン輸送装置103の変調周波数によって定義され得る。ToF分析計の典型的な変調周波数は、0.2~16kHzとすることができる。1kHzの変調周波数は、500μsの時間間隔でイオン群を第2の質量分析計117に送達することができる。プリカーサイオンがイオン輸送装置103によって生成された輸送ポテンシャルの全ての利用可能な疑似ポテンシャル井戸に配置されない場合、イオン送達の周波数送達は低下する。例えば、変調周波数が2kHzであり、プリカーサイオンがイオン輸送装置103の利用可能な5つおきの疑似ポテンシャル井戸に配置された場合、第2の質量分析計117へのイオン送達速度は、効果的に2kHzになる。制御手段102は、好ましくは、例えば、第2の質量分析計117の動作がイオン輸送装置103の動作と同期されるように、様々な構成要素の動作を調整するように構成されている。より具体的には、引き出しパルスは、引き出し領域へのイオン群の送達と同期されるべきであり、好ましくは、イオン群の位相空間配向と同期されるべきである(これは、上記のRF電圧の位相に関する)。A機器の場合、引き出しパルスは、変調波形および電圧波形の双方と同期される必要がある。A機器の輸送波形の全ての位相に対して同じ位相の電圧波形が使用されることが好ましいことに留意されたい。
【0135】
第2の質量分析計117は、高分解能ToF分析計とすることができる。分析計は、例えば、静電トラップまたは多回転ToF分析計とすることができる。変調周波数は、使用される分析計のタイプに一致するように調整され得る。イオンは、装置の軸に対して軸方向または半径方向(直交)にイオン輸送装置から引き出され得る。
【0136】
図1の装置100は、イオン群内の全てのイオン(すなわち、プロダクトイオンの全ての質量)を分析して、単一の引き出し事象によってイオン輸送装置103内で輸送されてフラグメンテーションされた単一のイオンバンチ内のイオンの全集団の単一の質量スペクトルを提供することができる。
【0137】
図1の装置100は、高い前駆および生成質量範囲ならびに分解能と組み合わせて、かつ高感度(検出の下限)で、クロマトグラフィタイムスケールでほぼ無損失の2次元質量スペクトルデータを提供するように構成され得る。
【0138】
この装置100は、最終的なデータに依存しない質量分析を提供することができ、実質的に100%のデューティサイクルで、質量単離ステップでの従来の損失なしに、多くのペプチドの混合物中の複数のペプチドの高透明度の骨格開裂スペクトルの能力を提供する。装置100は、これまで可能であったよりも、翻訳後修飾(PTM)を有するより弱く発現されるタンパク質が発見されることを可能にする。
【0139】
後続の図では、先の図と共通の特徴を記載するために、同様の参照符号が使用されている。そのような特徴は、必要な場合を除いて、例えば前の例との違いを強調するために必要な場合を除いて、さらに詳細に記載されない場合がある。
【0140】
図2は、図1に示される装置100を実装する装置200をシミュレートするために使用される構成を示している。
【0141】
このシミュレーションでは、イオンは、イオントラップ201に貯蔵され、共鳴放出によってイオントラップ201からイオン輸送装置203に質量選択的に放出された。この例では、単一の線形イオントラップがシミュレートされた。イオンは、共鳴放出によってLITから直交して放出された(共鳴放出によるLITからのイオンの放出は周知であり、それは市販のイオントラップ機器において広く使用されている)。示された例では、LITから放出されたイオンは、イオン輸送装置203の軸に向かってイオンを閉じ込めるのに有効な一対のRF多重極を通過する。イオン放出の分解能に影響を及ぼす因子は、LITの精度、高次多重極成分の補正または平衡化(高次場成分は、引き出しスリットまたは他の幾何学的単純化の存在から生じる)、走査速度およびガス圧である。イオントラップを構築するための様々な方法があり、場成分を補正することは当該技術分野において周知である。最大30kのスペクトル分解能が達成されている。走査速度が遅いほど、より高いイオン放出の分解能を提供する。
【0142】
図2はまた、集束領域211および群収集領域207内の軸に沿って印加され得るDCプロファイル219を示している。DCプロファイル219は、収集ポテンシャルとも呼ばれることがある。集束領域211および群収集領域207は、ともに、注入領域209として見ることができる。
【0143】
イオントラップ201から放出されるプリカーサイオンは、典型的には0~40eVの広いエネルギー分布を有することができる。それらはまた、40°の範囲の広い角度分布を有することができる。集束領域211内のセグメント化された多重極イオンガイド、例えば六極子または八極子は、RF供給電圧に接続されてもよく、イオンを広い角度幅で閉じ込めるのを助ける。図2に示される例では、この多重極イオンガイドは、六極子であるが、八極子も同様に使用され得る(実際に、下流の四極子とのより良好な互換性を提供することができる)。集束領域211はまた、緩衝ガス分子との衝突を介していくらかのイオン冷却を提供することができる。注入領域209は、注入領域内のガス圧力を設定するためのガス供給部を有することができる。図3を参照すると、群収集領域207は、いくつかの実施形態では、イオン輸送装置203の物理的な一部とすることができる。イオン輸送装置203は、セグメント化されていない連続した極215およびセグメント化された極216(図216を参照)から構成され得る。収集領域207において、双方の組の極は、好ましくはセグメント化されるべきである。
【0144】
群収集領域207の電極は、RF閉じ込めポテンシャルに加えて、DC収集ポテンシャル、すなわちDCプロファイル219を生成するための追加のPSUを有することができる。本例では、バンチ形成領域は、全て双曲線プロファイルおよび内接半径2.5mmの8つのセグメント化された電極を含む。この例では、セグメント化された電極は、0.2mmの厚さを有し、電極の間隔は2mmである。これは、もちろん、群収集領域207の一例示的実施形態にすぎず、他の実施も可能である。
【0145】
動作中、漸進的に増加するイオンm/zのイオンが放出されるように、イオントラップ201(図2を参照)が走査され得る。例えば、イオントラップは、500Thから1000Thまで走査されてもよい。すなわち、500Thのプリカーサイオンが最初に放出され、次いで放出されるイオンのm/z値(1Thの窓幅を有する)を1000Thまで漸進的に増加させる。したがって、ここでの走査範囲は、500Thである。イオントラップ201の分解能は、好ましくは1000よりもはるかに大きくなければならない。走査が250msで完了する場合、走査速度は、毎秒2000Thとなる。したがって、好ましくは、この場合にはA機器であると仮定されるイオン輸送装置203は、2000Hzの変調周波数fによって構成されるべきである。群収集領域207は、毎秒2000Thの走査速度を提供するために、それに応じて0.5msのサイクル時間を有することができる。このサイクル時間内に、収集ポテンシャルDCプロファイル219は、サイクル時間の一部に印加されてもよく、輸送ポテンシャルは、サイクル時間の第2の部分の間に印加される。イオンをバンチ形成領域207からイオン輸送装置203に輸送するために移動疑似ポテンシャル井戸を提供する輸送ポテンシャルは、国際公開第2018/114442号から周知である。この態様は、国際公開第2018/114442号に記載されている原理にしたがって実施され得る。
【0146】
質量分析計201の走査は、輸送ポテンシャルの波形の収集ポテンシャルおよび位相と同期されるべきである。
【0147】
多重極および収集領域におけるガス圧(アルゴンまたはヘリウム)は、10-2mbarとすることができる。
【0148】
収集ポテンシャルは、±300Vおよび2MHzのRF閉じ込めポテンシャルと、収集ポテンシャルを提供するためのいくつかのDC電圧とを含むことができる。DC電圧は、8つのセグメントの全てにおいて機器の軸に沿ってDCプロファイル219を提供するために使用され、例えば、-2V、-2V、-2V、-14V、-14V、-14V、+16V、+16Vの電圧が装置のシミュレーションにおいて使用された(図2)。サイクルの輸送段階では、輸送ポテンシャルが群収集領域207に印加され、ポテンシャル最小値、好ましくは疑似ポテンシャル最小値が、上述した収集ポテンシャルによって収集されたイオン群の正確な位置に生成される。この段階では、DCプロファイルは維持されない。次いで、イオン群は、群収集領域207からイオン輸送装置203の残りの部分に運び去られることができる。次に、収集ポテンシャルは、次の群収集サイクルの第1の部分に再印加され、LIT201から次のプリカーサイオン群(前のバンチのイオンよりも1Th大きくすることができる)を受け取る準備が整う。
【0149】
ここで再び図1を参照すると、質量選択されたプリカーサイオンがイオントラップ101から放出されかつ移動疑似ポテンシャル井戸に配置されると、それらは、フラグメンテーション領域113に輸送される。イオンフラグメンテーション領域113は、イオン輸送装置103内に位置する。本発明は、当該技術分野において公知のイオン解離の複数の方法を可能にする。プリカーサイオンのバンチは、イオンフラグメンテーション領域113の入口に輸送され、プリカーサイオンに由来するプロダクトイオンを含むイオン群は、フラグメンテーション領域113の出口端から輸送される。イオン群は、プリカーサイオンに由来するプロダクトイオン、および場合によってはいくらかの残りのプリカーサイオンを含むことができる。対応データが使用されて、例えばMS/MS質量スペクトルデータを生成するためのプリカーサイオンのm/z値を判定する際に使用するために、特定の疑似ポテンシャル井戸に注入されたプリカーサイオンの公称m/zを識別するために、特定の疑似ポテンシャル井戸を関連付けることができる。
【0150】
本発明はまた、イオン輸送装置の軸に沿った別々の領域で実行され得る2つ以上のフラグメンテーション方法の組み合わせを可能にする。
【0151】
本発明のイオンフラグメンテーション領域113の実施形態について記載する前に、当該技術分野において利用可能な方法の概要が提供される。
【0152】
CID:分子振動は、プリカーサイオンと緩衝ガス原子/分子との衝突によって励起され、分子鎖は、開裂を受けやすい部位で解離される。これは、プリカーサイオンがかなりの量の運動エネルギーを得ることを必要とするため、トラッピング井戸の深さは、CIDの重要な態様である。CIDは、迅速解離法を提供し、一般に、非共鳴CIDは、分析のスループットを制限する。
【0153】
IRMPD:CIDと同様のフラグメンテーションを提供し、プリカーサイオンがフラグメンテーションするために複数の光子を吸収する赤外線レーザーを使用する。吸収されたIR光子はまた、CIDのような分子振動を励起する。主な違いは、親イオンが有意な量の運動エネルギーを得ないことである。CIDまたはIRMPDによる開裂を受けやすい部位は、ペプチド骨格(アミノ酸配列からなる)におけるa-xおよびb-yである。いくつかのアミノ酸配列パターンは開裂を受けにくいため、完全な構造解析が達成され得ず、(ペプチド骨格からの)側鎖が保存されていないため、修飾部位(PTM)の情報を得ることができない。大きなタンパク質イオンは、CIDおよびIRMPDによってフラグメンテーションされ得ないため、CIDおよびIRMPHは、トップダウン法には利用できない。
【0154】
UVPD:紫外線光子解離は、別の断熱解離法である。市販の1.2μJのUV光パルスは、2kHzから3kHzのパルスレートで使用される。UVPDは、結合を選択的に開裂せず、したがって良好な配列情報を提供し、PTM同定およびトップダウン法に利用可能である。UVPDは、電荷状態に敏感ではなく、正イオンおよび負イオンに利用可能である。この方法は、ECDおよびETDよりも速いが、それでも数ミリ秒から数10ミリ秒かかる可能性がある。
【0155】
HAD、NAD、OAD:さらなる方法は、当該技術分野において公知であるHAD、NAD、OADである。これらの方法は、水素、窒素および酸素の脱離/付着解離を表す。ラジカルは、分子を加熱素子、例えば、タングステンキャピラリ(約2000℃)に通し、標的プリカーサイオンを含むイオントラップに注入することによって、分子の熱解離によって生成される。フラグメンテーションスペクトルは、プリカーサイオンへの/プリカーサイオンからの電子の付着/引き抜きに起因する、c/zおよびa/xタイプのプロダクトイオンを提供することが示されている。プリカーサイオンの電荷状態は、低エネルギー中性ラジカルがフラグメンテーションを開始するときに維持される。これらの方法は、単一に荷電した正イオンおよび負イオンを含む、プリカーサイオンの任意の荷電状態に対して利用可能である。
【0156】
ECD、ETD:これらは、電子を利用する断熱解離法である。開裂される結合は、アミノ酸配列にあまり依存せず、c-zイオンが生成される。ECD/ETDは、PTM同定に適している(側鎖は、ECDおよびETDにおいてほとんど開裂されず、トップダウン法に適用可能であるため)。しかしながら、それらは、正の多重荷電イオンにのみ利用可能である。EID(電子誘起解離)は、ECDと同様の別の方法であるが、より高い電子エネルギー(約10eV)を利用する。ECD/EIDは、FT-ICRのコストが高いために主に使用されるが、最近では、電子をイオントラップ内に閉じ込めるために使用される印加磁界を有する他のプラットフォームでも使用され得る。ETDは、q-TOF、LIT-Orbitrap、LIT、QITおよびFT-ICR機器でも市販されている。
【0157】
反応が遅く、完了するまでに数10ミリ秒または100ミリ秒かかるため、これらの方法のいくつか(例えば、UVPD、HAD、NAD、OAD、ECDまたはETD)には欠点がある。
【0158】
CIDおよびIRMPDは、ECDおよびETDとともに、それらが配列に関する異なる情報を提供するため、相互に相補的であることが当該技術分野において知られている。EThcDは、ETDの後にCIDが続くことを説明するためにいくつかの製造業者によって使用される。先行技術では、ETD反応が、1つのイオントラップで起こり、次いで別のイオントラップでCID反応が起こる。方法が組み合わせられて使用される場合、分析のスループットはさらに低下する。
【0159】
いくつかの実施形態では、イオンフラグメンテーション領域113において実施される解離方法は、ETDとすることができる。この方法は、一般に、負の試薬イオンを生成するための負イオン源を必要とし、ETDに適した負イオン種は、当該技術分野において知られている。電子移動解離中、プリカーサイオンおよびプロダクトイオンは、前の段落において記載されたように単一の群で搬送される。米国特許出願公開第2009278043号に概説されているように、ETD領域は、緩衝ガス、HeまたはArを含有してもよい。
【0160】
いくつかの実施形態では、イオンフラグメンテーション領域113において実施されるフラグメンテーション方法は、ECDとすることができる。この方法は、電子源を必要とし、適切な電子源は、当該技術分野において知られている。電界が時間的に一定である間に波形が電子を導入する機会を提供し、電子のより効率的な導入および電子エネルギーを制御する可能性を提供するため、デジタルトラップ方法がECDに特に適していることも当該技術分野において知られている。電子のエネルギーは、上述したECDおよびEIDの方法を区別する。イオントラップのデジタル方法(ここでは、A機器に移動疑似ポテンシャル井戸を提供するために使用される)は、電子密度の増加およびより効率的な反応を提供する。先行技術に記載されているように、電子をさらに閉じ込めるために、イオントラップ領域に磁界が印加され得る。2つ以上の電子源が使用されて、電子密度がイオンフラグメンテーション全体にわたって十分であることを確実にすることができる。
【0161】
いくつかの実施形態では、イオンフラグメンテーション領域113において実施される解離方法は、HAD、NAD、またはOADとすることができる。これは、H、N、またはOガスをフィラメント管に、典型的には2000℃で通過させて、H、N、またはOの熱的に解離したラジカルを生成することによって達成され得る。ラジカルは、中性ガスとして、1つ以上の毛細管または管を介してイオンフラグメンテーション領域に導入される。
【0162】
いくつかの実施形態では、イオンフラグメンテーション領域113において実施される解離方法は、UVPDとすることができる。これは、UVレーザー光をイオンフラグメンテーション領域に導入することによって達成され得る。レーザーは、軸方向または半径方向に導入され得、UV光子がフラグメンテーション領域の長さに沿って存在することを確実にするために1つ以上のUVミラーを使用することができる。
【0163】
いくつかの実施形態では、イオンフラグメンテーション領域113において実施されるフラグメンテーション方法は、図4および図5に示すようにCIDとすることができる。
【0164】
CIDは、図5に示すように、DC軸方向ポテンシャル327の導入によって、フラグメンテーション領域113の軸に沿ってイオンを加速することによって達成され得る。動作中、イオン輸送装置303の移動ポテンシャル井戸は、群化されたプリカーサイオンを本明細書ではCID領域323と呼ぶフラグメンテーション領域に輸送し、プリカーサイオンは、加速されて衝突誘起解離プロダクトイオンを生成する。このプロセス中にプリカーサイオンおよびプロダクトイオン運動エネルギーを得るために、いくらかのイオンが隣接するポテンシャル井戸にこぼれることがあり、これは、質量分析計の性能を低下させる。これを改善するために、バンチ改質領域325がフラグメンテーション領域313に追加され得る。バンチ改質領域325は、バンチ形成領域307と同等の方法で動作し、原理および動作は、上述されており、国際公開第2018/114442号に記載されている。この手法を使用して、CIDは、イオンフラグメンテーション領域313内で実行されてもよく、プリカーサイオンに由来するプロダクトイオンおよび残りの何らかのプリカーサイオンのバンチは、単一のバンチ内の単一の移動ポテンシャル井戸内に含まれるフラグメンテーション領域313の出口端から輸送されてもよい。
【0165】
当業者であれば、上述した装置に様々な変更を加えることができることを理解するであろう。これがどのようにして達成され得るかのいくつかの例を次に説明する。
【0166】
例えば、イオンを供給するために使用される第1の質量分析計101に関して:
・ この第1の質量分析計101は、有利には、2つ以上のイオントラップから構成されてもよい。イオンは、イオン輸送装置へのその後の放出の前にイオンを(イオン輸送装置にイオンを放出する)最終LITに送達するように、1つ以上のイオントラップ間で質量選択的に(比較的低い質量分解能、5、10で)移動させることができる。
・ 第1の質量分析計101が線形イオントラップ(「LIT」)を含む場合、LITは、LITの長さ、すなわち>10mm、20mm、30mm、またはそれ以上に応じて、イオンがより広いリボン状の雲でLITから放出されるように、軸方向(すなわち、輸送装置の軸に直交する方向)に拡張され得る。そのような拡張されたイオン雲は、バンチ形成領域107内の局所的なバンチに収集され、バンチ形成領域107に向かって拡張されたビームを収束させることができるイオン光学系(集束系)111によって受け入れられることができる。
・ 第1の質量分析計101がLITを含む場合、放出されたイオンがイオン光学系111またはバンチ形成領域107に向かって収束されるように、LITは、湾曲した軸を有することができる。
・ いくつかのLITが使用されて、単一イオン光学領域111にイオンを注入することができる。
・ いくつかのLITが使用されて、下流でバンチ形成領域107に収束され得るいくつかのイオン光学領域111にイオンを注入することができる。
【0167】
そのような変更は、第1の質量分析計101の充電容量を改善するのに役立つことができる。LITは、約10000イオン/mmの容量(空間電荷効果が性能の態様を低下させ始める前)を有することができるため、30mmの軸方向長さを有するイオン雲を収容することができるLITは、装置の分解能が影響を受ける前に少なくとも300,000個の電荷を含む。2つ以上のイオントラップを使用することで、第1の質量分析計101のイオン容量を最大限に飛躍させることができる。
【0168】
図6は、図4に示すCIDの例の変形例を示し、第1の質量分析計401は、放出プロセス中にイオンフラグメンテーションを開始するように構成されている。この例では、生成されたプロダクトイオンとともに、質量選択されたプリカーサイオンが群形成領域407に入る。ここで、群形成領域407または質量分析計401内でフラグメンテーションが開始され得るため、別個のフラグメンテーション領域(例えば、図1のフラグメンテーション領域113)は省略され得る。放出中のプリカーサイオンのフラグメンテーションは、例えば、質量分析計401からイオンを共振的に放出するために使用される双極子電圧の強度を増加させること、質量分析計401とイオン光学領域411との間のDCオフセット電圧を制御すること、イオントラップのqパラメータを調整すること、または401および411の緩衝ガス圧力を調整することによって、起こり得る。この例は、図6に簡略化された形式で示されており、CIDフラグメンテーションに限定される。
【0169】
いくつかの例では、広帯域励起手段が適用されて、例えばイオン輸送装置内の解離ステップの前後に、所定の値を超える高m/zプロダクトイオンを除去することができる。これは、イオン輸送装置の効率的な搬送範囲外のイオンを除去するためである。これは、イオン輸送装置内で搬送するには効率が悪いイオンを除去するためである。
【0170】
いくつかの例では、装置100はまた、MS1分離ステップが上流QMF(四重極質量フィルタ)における従来の方法によって実行されるMS2×MS3スペクトルを生成するための装置として使用されてもよい。この場合、第1のMS1段階は、損失なしではない可能性がある。
【0171】
いくつかの例では、イオン輸送装置103は、湾曲した軸を有することができる。
【0172】
いくつかの例では、イオン輸送装置103は、複数の引き出し領域105を有することができる。
【0173】
いくつかの例では、イオン輸送装置103は、1つ以上の輸送チャネルからなることができる。1つ以上の輸送チャネルは、1つ以上の質量分析計1によって供給され、1つ以上の質量分析計2にイオンを送達することができる。
【0174】
前述の説明では、以下の特徴が望ましいと考えられる:
・ イオン源、典型的にはESIイオン源、およびイオンをイオントラップに運ぶ手段。
・ 少なくとも1つのイオントラップおよびプリカーサイオン種を質量選択的に放出する手段。
・ 閉じ込められたバンチごとにイオンを長距離にわたって輸送することができるイオン輸送装置。
・ 質量選択的に放出されたプリカーサイオンをイオン輸送装置内のイオンの閉じ込められたバンチに配置する手段。
・ イオン輸送装置の一部に沿ったイオン輸送時間の少なくとも一部の間に有効な、プリカーサイオンをフラグメンテーションする少なくとも1つの手段。
・ イオン輸送装置内の閉じ込められたバンチごとにイオンを分析することができる第2の質量分析計。
・ 輸送装置、質量分析計1および2、ならびに注入装置に電圧を供給するためのPSU。
【0175】
フラグメンテーションは、MS/MS技術において不可欠であるため、輸送装置の移動する井戸は、例えばA機器によって行うことができるように、広いm/z範囲(M2/M1>10)のイオンを閉じ込めることができることが望ましい。
【0176】
図示のシミュレーションでは、振幅320V(o-p)、周波数1.6Hz、およびそれぞれ45°の位相差を有する8つの位相を有する波形を使用した。本発明者らは、実際に、これが輸送ポテンシャルを提供するために国際公開第2012/150351号に開示されているようなデジタル法(矩形波)によって達成され得ることを見出した。電圧波形(例えば、米国特許出願公開第2009/278043号に教示されているように)を提供するためのRF発生器に基づくアナログ設計を試みたが、不成功であることが判明した。基本的に、この類似の方法を達成することは困難であると思われる。
【0177】
好ましい動作パラメータは、以下の通りである:
・ イオンバンチング領域107内のガス圧は、1×10-2mbarのArまたはHeで最適化された。国際公開第2018/114442号に記載されているように、許容範囲は、1×10-4mbarから1mbarである。また、注入領域内のCIDが望ましい場合、圧力およびガスの種類は、この要因によって決定される。通常、それは許容領域内に留まる。
・ 今日まで、移動疑似ポテンシャル井戸を生成するA機器が本発明者らによって使用されてきた。具体的には、2.5mmの内接半径を有するセグメント化された四重極電極構造を使用し、装置のいくつかの部分は、連続ロッドから形成された少なくとも1つの極を有することができ、これは、イオンがイオン引き出し領域105(好ましい実施形態-3Dの例については図2を参照)において軸に直交する方向に引き出される場合に重要である。あるいは、イオンがイオン輸送装置103の軸に平行な方向にToF分析計に移動される場合、リングガイドが使用され得る。本発明は、国際公開第2012/150351号に記載されているような多くのイオンガイド構造を備えることができる。装置全体で共通の電極構造を有することは必須ではない(提案された構成は、必ずしも最適なものではない)。
・ A機器の長さは、状況に応じて特定される。
・ 第1の質量分析計101は、好ましくは線形イオントラップである。
・ 第2の質量分析計117は、好ましくはToF分析計である。
・ A機器のように、移動疑似ポテンシャル井戸が生成されたイオン輸送装置103を使用することが好ましい。しかしながら、本発明は、DCポテンシャル井戸を移動させることによってバンチングが提供されるイオン輸送装置に適用可能であるが、負および正に帯電した粒子を同時に使用するフラグメンテーション方法は、DC波では使用できないことに留意されたい。
【0178】
前述の説明、または以下の特許請求の範囲、または添付の図面に開示された特徴は、それらの特定の形態で、または開示された機能を実行するための手段、または開示された結果を取得するための方法もしくはプロセスに関して表現され、必要に応じて、別個に、またはそのような特徴の任意の組み合わせで、本発明をその多様な形態で実現するために利用され得る。
【0179】
本発明は、上述した例示的な実施形態と併せて説明されてきたが、本開示が与えられると、多くの同等の変更および変形が当業者にとって明らかであろう。したがって、上記の本発明の例示的な実施形態は例示的であり、限定的ではないと考えられる。記載された実施形態に対する様々な変形は、本発明の精神および範囲から逸脱することなく行うことができる。
【0180】
以下のことを明確にしておく。本明細書で提供される任意の理論的説明は、読者の理解を改善する目的で提供される。本発明者らは、これらの理論的説明のいずれにも拘束されることを望まない。
【0181】
本明細書において使用される任意の節の見出しは、組織化の目的のためだけであり、記載される主題を限定するものと解釈されるべきではない。
【0182】
以下の特許請求の範囲を含む本明細書全体を通して、文脈上別段の要求がない限り、「備える(comprise)」および「含む(include)」という語、ならびに「備える(comprises)」、「備える(comprising)」、および「含む(including)」などの変形語は、記載された整数もしくはステップまたは整数もしくはステップの群を含むが、任意の他の整数もしくはステップまたは整数もしくはステップの群を除外しないことを意味すると理解される。
【0183】
本明細書および添付の特許請求の範囲において使用される場合、単数形「1つ(a)」、「1つ(an)」、および「その(the)」は、文脈が明らかにそうでないことを指示しない限り、複数の指示対象を含むことに留意しなければならない。範囲は、本明細書では、「約(about)」1つの特定の値から、および/または「約(about)」別の特定の値までとして表現され得る。そのような範囲が表現される場合、別の実施形態は、1つの特定の値からおよび/または他の特定の値までを含む。同様に、先行詞「約(about)」を使用して値が近似値として表される場合、特定の値が別の実施形態を形成することが理解されよう。数値に関する「約(about)」という用語は、任意選択であり、例えば+/-10%を意味する。
【0184】
シミュレーションデータ
実施例1
図2を参照すると、ほぼ無損失の2次元質量分析を実行するように構成された第1の質量分析計、進行波を有する輸送装置、および第2の質量分析計の組み合わせは他にはない固有のものであり、先行技術に記載されたMS/MS方法の制限を回避することを可能にする。本発明者らは、背景技術の節で言及された先行技術に記載されているMS/MS方法のいくつかが実施化されているようには見えないことに留意する。
【0185】
図2では、国際公開第2018114442号に既に概説されているように、バンチング(収集)ポテンシャルを使用した注入領域209へのイオン注入。質量分析計(LIT)201からA機器であるイオン輸送装置203の注入領域209へのイオンの放出の新たなシミュレーションが実行された。イオン光学系211の有無でシミュレーションが行われた。
【0186】
簡単な説明は以下の通りである:
シミュレーションでは、イオントラップから収集領域207内へのイオンの放出中にCIDが発生し得ると考えた。ただし、そのようなCIDが発生する条件は回避され得ることに留意されたい。全てのプリカーサイオンおよびそれらのプロダクトイオンは、収集領域207内に形成された同じ所定のイオンバンチ内に留まることが望ましい。これらの例示的なシミュレーションでは、m/z=786.4Th(Glu-Fibイオン)のプリカーサイオンのバンチが選択された。これらのイオンは、フラグメンテーションを受け、m/z=168.7Th、683.8Thおよび1285Thのプロダクトイオンを等しい確率でもたらすことを可能にした。したがって、プロダクトイオンの質量範囲は、(m/z)max/(m/z)min=7.6であった。プリカーサの初期条件は、0eVから40eVの範囲の運動エネルギーのほぼ均一な分布、-20°から+20°の範囲の軸に対する運動量の角度のほぼ均一な分布であった。シミュレーション実験では、LIT201から質量選択的にプリカーサイオンが放出された。その後、それらは、収集領域207の内部に収集され、180μsの時間内に進行波によって収集する準備が整った。同じ条件で収集されたプリカーサイオンに対するプロダクトイオンの比として表される質量均一性は、0.94以上であった。集束領域211がない場合、プリカーサイオンの収集効率は40%であった。
【0187】
図2に示すように、集束領域211に使用されるセグメント化された多重極を用いてさらなるシミュレーションが行われた。これは、プリカーサイオンの損失が減少し、透過率が約80%に倍増することを見出した。さらに、プロダクトイオンの収集効率は、収集されたプリカーサイオンの94%のままであった。したがって、集束領域211に使用されるセグメント化された多重極は、高エネルギーおよび角度広がりを持つイオンを効果的に導入することが分かった。
【0188】
イオン輸送装置内のイオンの伝播を示すシミュレーションは、先行技術文献米国特許出願公開第2014061457号に示されている。引き出し領域5からのイオンの引き出しは、国際公開第2018114442号にも示されている。国際公開第2018114442号および国際公開第2012/150351号のシミュレーションは、参照により含まれる。
【0189】
引用された先行技術と比較した本発明の利点を要約する。プロダクトイオンおよびプリカーサイオンは、画定されたバンチとして、すなわちいかなる空間的またはエネルギー的分散もなく、第2の質量分析計に提示される。先行技術のシステムでは、イオンは、画定されたバンチではなく、時間的および空間的に分散されかついくらかの質量分離を伴って第2の質量分析計に到達する。したがって、MS2データは、いくつかの単一のToFスペクトルおよび低デューティサイクル内で、プッシャ領域におけるいくつかのサイクルにわたって得られる。これらの問題を解決するために、第2の質量分析計は、引用された先行技術に記載されているように、可能な限り最高の周波数で動作しなければならない。したがって、引用された先行技術では、第2の質量分析計は、飛行時間が制限されたToF分析計でなければならない。最大分解能は、飛行時間に関連する。
【0190】
先行技術のシステムの代替の動作モードでは、プリカーサイオンおよびプロダクトイオンは、衝突セルの出口で収集(捕捉)され、次いで第2の質量分析計にパルス化され得る。
【0191】
このモードには2つの制限がある:
1)質量範囲は、限定される:広いm/z範囲のイオンの速度の範囲:単純に、m/z範囲がある場合、全てのイオンが同時にプッシャ領域に存在するわけではない。すなわち、一部のイオンは、既にプッシャ領域を通過していることがあり(低いm/z)、一部は、まだ到達していないことがある(重いm/z)。
2)イオンを収集して冷却するのに時間が必要であるため、スペクトルの周波数が低下する。さらにまた、引用された先行技術のMS/MSスキームでは、イオンは、<1msの短時間で移動する。
【0192】
その結果、以下の通りである:
1)CIDまたはIRMPD以外の方法によるフラグメンテーションの時間はない。
2)イオンは、冷却に利用可能な時間なしに、比較的高いエネルギー(熱エネルギーkTよりも高い)で第2の質量分析計に到達する。したがって、ToF分析計において妥当な分解能を達成するために、位相空間が必然的に切断され(速度の悪い望ましくないいくつかのイオンを遮断する)、これは、先行技術のシステムにおける感度の低下をもたらす。
【0193】
参考文献
本発明および本発明が関係する最新技術をより十分に説明および開示するために、いくつかの刊行物が上記引用されている。これらの参考文献の完全な引用が以下に提供される。これらの参考文献のそれぞれの全体が本明細書に組み込まれる。
1.国際公開第2012/150351号(米国特許第9536721号、米国特許第9812308号としても公開)
2.米国特許出願公開第2009/278043号
3.英国特許第2391697号
4.国際公開第2018/114442号
5.米国特許第6770871号
6.米国特許第7507953号
7.「A Qit-q-Tof mass spectrometer for two-dimensional tandem mass spectrometry」、Wangら、Rapid Communications in Mass Spectrometry、2007年、21:3223-3226 [https://onlinelibrary.wiley.eom/doi/pdf/10.1002/rcm.3204]
8.「Practical Mass Spectrometry Volume 1」、Raymond E.MarchおよびJohn F.J.Todd、第4章。
9.「A digital ion trap mass spectrometer coupled with atmospheric pressure ion sources」(Dingら、J Mass Spectrom、2004年5月、39(5);471-84)
図1
図2
図3
図4
図5
図6