(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B1)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2022-12-12
(45)【発行日】2022-12-20
(54)【発明の名称】人工皮革およびその製造方法
(51)【国際特許分類】
D06N 3/00 20060101AFI20221213BHJP
D01F 6/92 20060101ALI20221213BHJP
D01F 8/14 20060101ALI20221213BHJP
D06N 3/14 20060101ALI20221213BHJP
【FI】
D06N3/00
D01F6/92 301M
D01F8/14 Z
D06N3/14
(21)【出願番号】P 2022516338
(86)(22)【出願日】2022-03-10
(86)【国際出願番号】 JP2022010655
【審査請求日】2022-06-06
(31)【優先権主張番号】P 2021044292
(32)【優先日】2021-03-18
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
(31)【優先権主張番号】P 2021158860
(32)【優先日】2021-09-29
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
【早期審査対象出願】
(73)【特許権者】
【識別番号】000003159
【氏名又は名称】東レ株式会社
(72)【発明者】
【氏名】大浦 遥
(72)【発明者】
【氏名】萩原 達也
(72)【発明者】
【氏名】大森 美佐男
(72)【発明者】
【氏名】松▲崎▼ 行博
【審査官】鈴木 祐里絵
(56)【参考文献】
【文献】特開2001-348728(JP,A)
【文献】特開2015-10294(JP,A)
【文献】特開昭61-078828(JP,A)
【文献】特開昭60-032824(JP,A)
【文献】特開2019-027001(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
D06N1/00-7/06
B32B1/00-43/00
D01F1/00-9/04
C08G63/00-64/42
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
平均単繊維直径が1.0μm以上10.0μm以下の極細繊維からなる不織布を構成要素として含む繊維絡合体と、高分子弾性体とからなる人工皮革であって、以下の要件を満たす、人工皮革。
(1)前記極細繊維が
酢酸マンガン(II)・四水和物由来のマンガン系化合物を含有するポリエステル系樹脂からなる
(2)前記マンガン系化合物の平均粒子径が0.01μm以上0.20μm以下である
(3)前記極細繊維が、マンガン元素を極細繊維100質量%中、0.1ppm以上50.0ppm以下含有する
【請求項2】
前記極細繊維が、さらにリン系化合物を含有する、請求項1に記載の人工皮革。
【請求項3】
前記極細繊維に含まれるマンガン元素モル当量Aと、前記極細繊維に含まれるリン元素モル当量Bとが下記式(I)のモル比の関係を満たす、請求項2に記載の人工皮革。
20≦B/A≦200 ・・・(I)
【請求項4】
前記極細繊維が、さらにカーボンブラックを含有する、請求項1~3のいずれかに記載の人工皮革。
【請求項5】
前記繊維絡合体が、前記不織布のみからなる、請求項1~4のいずれかに記載の人工皮革。
【請求項6】
前記繊維絡合体が、織物をさらに含み、前記不織布と前記織物とが絡合一体化されてなる、請求項1~4のいずれかに記載の人工皮革。
【請求項7】
島成分として、平均粒子径が0.01μm以上0.20μm以下である
酢酸マンガン(II)・四水和物由来のマンガン系化合物が含有されてなるポリエステル系樹脂を
用い、海成分として、前記島成分と溶剤溶解性の異なる熱可塑性樹脂を用いて海島型複合紡糸する、海島型複合繊維形成工程と、
前記海島型複合繊維からなる繊維絡合体を形成する、繊維絡合体形成工程と、
前記海島型複合繊維から、前記海成分を溶解除去し、平均単繊維直径が1.0μm以上10.0μm以下の極細繊維を形成する、極細繊維形成工程と、
前記繊維絡合体に高分子弾性体を付与する、高分子弾性体付与工程と、を有する、請求項1~6のいずれかに記載の人工皮革の製造方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、引張強度や引裂強度、品位、緻密感に優れる人工皮革に関するものである。
【背景技術】
【0002】
主として極細繊維からなる不織布を構成要素として含む繊維絡合体と高分子弾性体とからなるスエード調の人工皮革は、耐久性の高さや品質の均一性などの点において、天然皮革と比べて優れた特徴を有しており、自動車内装材、家具、雑貨、衣料用途など幅広い分野で使用されている。その中でも、自動車内装材として、シート材の用途においては、繰り返しの乗り降りに耐えられ得るような耐久性(強度)や耐摩耗性などの特性が求められており、インストルメントパネルやダッシュボード材の用途においては、光照射に耐えられ得るような耐光性などの特性が特に求められている。
【0003】
前記のような用途において、繊維絡合体として用いられる不織布には、一般に、濃色で均一な発色性を実現するために顔料を添加する場合がある。また、原料を重合する時の反応速度向上のために触媒を添加する場合において、人工皮革の明度を高めるために酸化チタンを添加する場合がある。しかしながら、無機粒子(金属化合物)が多く含まれるような原料を用いると、場合によっては繊維の強度や剛性が低下することがある。その結果、繊維を絡合する過程の初期に不織布の厚み方向にヘタリやすくなるため、絡合性が悪くなり、人工皮革としての強度や品位、緻密感が損なわれてしまう傾向にある。そこで、無機粒子を多く含む原料を用いた人工皮革において、強度、品位、緻密感を両立するための手法がかねてより求められている。
【0004】
このような技術として、例えば、特許文献1には、極細繊維重合触媒として、原綿に欠点を生じやすいアンチモン触媒に代わって、チタン原子またはアルミニウム原子を用いることで、紡糸性を高め、全行程での総合収率を高めようとする方法が提案されている。そして、特許文献2には、ポリエステル繊維にリン酸アルカリ金属塩を含ませることで、吸湿性と耐加水分解性に優れたポリエステル繊維を得ようとする方法が提案されている。また、特許文献3には、ポリエステル繊維にマンガン化合物を含ませることで、耐光性に優れたポリエステル繊維を得ようとする方法が提案されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【文献】特開2008-231638号公報
【文献】特開2015-81277号公報
【文献】特開2003-20329号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
特許文献1に開示された方法で得られる人工皮革は、アンチモン触媒に代わってチタン原子またはアルミニウム原子を用いるため、紡糸性が高まり、総合収率がある程度改善されるものの、得られるポリマーの色調が黄味を帯びてしまい、耐熱性に劣るという課題がある。
【0007】
特許文献2および3に開示された方法で得られるポリエステル繊維は、特段の添加剤を用いることなく、吸湿性や耐光性等の機能をある程度、繊維に付与することができるため、紡糸性をある程度向上できる。しかしながら、繊維をさらに細くする場合には糸強度や剛軟度を維持しにくく、繊維が絡合していく過程において、不織布の厚み方向にヘタリやすくなるという課題がある。
【0008】
そこで本発明は、上記の事情に鑑みてなされたものであって、その目的は、無機粒子(特に、金属化合物)を多く含むような極細繊維からなる不織布を構成要素として含む繊維絡合体と、高分子弾性体とからなる人工皮革において、強度(特に、引張強度・引裂強度)、品位、緻密感を兼ね備えた人工皮革を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0009】
上記の目的を達成すべく本発明者らが検討を重ねた結果、人工皮革の繊維絡合体を構成する極細繊維中にマンガン化合物を添加し、かつ、その添加量および平均粒子径を規定の範囲とすることで、紡糸の操業性を損ねることなく加工が可能であるだけでなく、極細繊維の強度低下を抑え、さらには、品位や緻密感も兼ね備えた人工皮革を得られることを見出した。
【0010】
本発明は、これら知見に基づいて完成に至ったものであり、本発明によれば、以下の発明が提供される。
【0011】
すなわち、本発明の人工皮革は、平均単繊維直径が1.0μm以上10.0μm以下の極細繊維からなる不織布を構成要素として含む繊維絡合体と、高分子弾性体とからなる人工皮革であって、以下の要件を満たす。
(1)前記の極細繊維がマンガン系化合物を含有するポリエステル系樹脂からなる
(2)前記のマンガン系化合物の平均粒子径が0.01μm以上0.20μm以下である
(3)前記の極細繊維が、マンガン元素を極細繊維100質量%中、0.1ppm以上50.0ppm以下含有する。
【0012】
本発明の人工皮革の好ましい態様によれば、前記の極細繊維が、さらにリン系化合物を含有する。
【0013】
本発明の人工皮革の好ましい態様によれば、前記極細繊維に含まれるマンガン元素モル当量Aと、前記極細繊維に含まれるリン元素モル当量Bとが下記式(I)のモル比の関係を満たす
20≦B/A≦200 ・・・(I)。
【0014】
本発明の人工皮革の好ましい態様によれば、前記極細繊維が、さらにカーボンブラックを含有する。
【0015】
本発明の人工皮革の好ましい態様によれば、前記繊維絡合体が、前記の不織布のみからなる。
【0016】
本発明の人工皮革の好ましい態様によれば、前記繊維絡合体が、織物をさらに含み、前記不織布と前記織物とが絡合一体化されてなる。
【0017】
また、本発明の人工皮革の製造方法は、好ましくは、島成分として、平均粒子径が0.01μm以上0.20μm以下であるマンガン系化合物が含有されてなるポリエステル系樹脂を、海成分として、前記島成分と溶剤溶解性の異なる熱可塑性樹脂を用いて海島型複合紡糸する、海島型複合繊維形成工程と、前記の海島型複合繊維からなる繊維絡合体を形成する、繊維絡合体形成工程と、前記の海島型複合繊維から、前記海成分を溶解除去し、平均単繊維直径が1.0μm以上10.0μm以下の極細繊維を形成する、極細繊維形成工程と、前記繊維絡合体に高分子弾性体を付与する、高分子弾性体付与工程と、を有する。
【発明の効果】
【0018】
本発明によれば、繊維を絡合させていく過程での不織布の厚み方向のヘタリを抑えることができるため、繊維絡合体がより絡合したものとなり、繰り返しの摩擦に耐えられるような耐久性(強度)、耐摩耗性に優れるということだけでなく、品位に優れ、かつ、表面の緻密感にも優れた人工皮革を得ることができる。
【発明を実施するための形態】
【0019】
本発明の人工皮革は、平均単繊維直径が1.0μm以上10.0μm以下の極細繊維からなる不織布を構成要素として含む繊維絡合体と、高分子弾性体とからなる人工皮革であって、以下の要件を満たす。
(1)前記極細繊維がマンガン系化合物を含有するポリエステル系樹脂からなる。
(2)前記マンガン系化合物の平均粒子径が0.01μm以上0.20μm以下である。
(3)前記極細繊維が、マンガン元素を極細繊維100質量%中、0.1ppm以上50.0ppm以下含有する。
【0020】
以下に、これらの構成要素について詳細に説明するが、本発明はその要旨を超えない限り、以下に説明する範囲に何ら限定されるものではない。
【0021】
[繊維絡合体]
本発明で用いられる繊維絡合体を構成する極細繊維は、耐久性、特には機械的強度、耐熱性等の観点から、ポリエステル系樹脂からなる。
【0022】
前記のポリエステル系樹脂としては、例えば、ポリエチレンテレフタレート、ポリトリメチレンテレフタレート、ポリテトラメチレンテレフタレート、ポリシクロヘキシレンジメチレンテレフタレート、ポリエチレン-2,6-ナフタレンジカルボキシレ-ト、およびポリエチレン-1,2-ビス(2-クロロフェノキシ)エタン-4,4’-ジカルボキシレート等が挙げられる。中でも最も汎用的に用いられているポリエチレンテレフタレート、または主としてエチレンテレフタレート単位を含むポリエステル共重合体が好適に使用される。
【0023】
また、前記のポリエステル系樹脂として、単一のポリエステルを用いても、異なる2種以上のポリエステルを用いてもよいが、異なる2種以上のポリエステルを用いる場合には、2種以上の成分の相溶性の観点から、用いるポリエステルの固有粘度(IV値)差は0.50以下であることが好ましく、0.30以下であることがより好ましい。
【0024】
本発明において、固有粘度は以下の方法により算出されるものとする。
(1)オルソクロロフェノール10mL中に試料ポリマーを0.8g溶かす。
(2)25℃の温度においてオストワルド粘度計を用いて相対粘度ηrを下式により算出し、小数点以下第三位で四捨五入する
ηr=η/η0=(t×d)/(t0×d0)
固有粘度(IV値)=0.0242ηr+0.2634
(ここで、ηはポリマー溶液の粘度、η0はオルソクロロフェノールの粘度、tは溶液の落下時間(秒)、dは溶液の密度(g/cm3)、t0はオルソクロロフェノールの落下時間(秒)、d0はオルソクロロフェノールの密度(g/cm3)を、それぞれ表す。)。
【0025】
極細繊維の断面形状としては、加工操業性の観点から、丸断面にすることが好ましいが、楕円、扁平および三角などの多角形、扇形および十字型、中空型、Y型、T型、およびU型などの異形断面の断面形状を採用することもできる。
【0026】
極細繊維の平均単繊維直径は、1.0μm以上10.0μm以下とする。極細繊維の平均単繊維直径を、1.0μm以上、好ましくは1.5μm以上とすることにより、染色後の発色性や耐光および摩擦堅牢性、紡糸時の安定性に優れた効果を奏する。一方、極細繊維の平均単繊維直径を10.0μm以下、好ましくは6.0μm以下、より好ましくは4.5μm以下とすることにより、緻密でタッチの柔らかい表面品位に優れた人工皮革が得られる。
【0027】
本発明において極細繊維の平均単繊維直径とは、人工皮革断面の走査型電子顕微鏡(SEM)写真を撮影し、円形または円形に近い楕円形の極細繊維をランダムに10本選び、単繊維直径を測定して10本の算術平均値を計算して、小数点以下第二位で四捨五入することにより算出されるものとする。ただし、異形断面の極細繊維を採用した場合には、まず単繊維の断面積を測定し、当該断面を円形と見立てた場合の直径を算出することによって単繊維の直径を求めるものとする。
【0028】
そして、本発明の人工皮革は、前記の極細繊維がマンガン系化合物を含有するポリエステルからなる。このようにすることで、優れた引張・引裂強度を有する人工皮革を得ることができる。さらに、このマンガン系化合物の粒子径の平均が0.01μm以上0.20μm以下であり、かつ、前記の極細繊維が、マンガン元素を極細繊維100質量%に対し、0.1ppm以上50.0ppm以下(0.0001質量%以上0.0050質量%以下)含有する。極細繊維中においてイオン状態で存在するマンガン元素は還元能力のある金属であるため、極細繊維を形成する段階で、例えば、海島型複合繊維を紡糸した際には、島成分(例えば、ポリエチレンテレフタレート、PET)および海成分(例えば、ポリスチレン、PST)の酸化分解で発生するラジカルを失活させるなどして、更なる酸化分解を抑制することができる。その結果、極細繊維発現型繊維である海島型複合繊維としての剛性を高めることができる。これにより、ニードルパンチ初期に厚み方向にヘタリにくくなるため、絡合効率を高め、強度に優れた人工皮革を製造することが可能である。
【0029】
ここでいう粒子径とは、マンガン系化合物が極細繊維中に凝集して存在している状態での粒子径のことであり、一般に二次粒子径とよばれるもののことをいう。
【0030】
この粒子径の平均(以下、単に平均粒子径と記載することがある)を0.01μm以上、好ましくは0.02μm以上、より好ましくは0.04μm以上とすることにより、マンガン系化合物が島成分と海成分の界面にも存在でき、酸化分解で発生するラジカルを失活することができる。また、粒子径の平均を0.20μm以下、好ましくは0.18μm以下、より好ましくは0.16μm以下とすることにより、紡糸時の安定性と糸強度に優れたものとなる。
【0031】
また、極細繊維に含まれるマンガン元素を極細繊維100質量%に対し、0.1ppm(0.0001質量%)以上、好ましくは0.2ppm(0.0002質量%)以上、より好ましくは0.3ppm(0.0003質量%)以上、さらに好ましくは、0.5ppm(0.0005質量%)以上、特に好ましくは1.0ppm(0.0010質量%)以上とすることにより、極細繊維および海島型複合繊維の剛性を高めることができる。また、極細繊維に含まれるマンガン元素を極細繊維100質量%に対し、50.0ppm(0.0050質量%)以下、好ましくは45.0ppm(0.0045質量%)以下、より好ましくは40.0ppm(0.0040質量%)以下、さらに好ましくは30ppm(0.0030質量%)以下とすることにより、紡糸時の安定性と糸強度に優れたものとなる。
【0032】
本発明において、粒子径の平均は以下の方法により算出されるものとする。
(1)極細繊維の長手方向に垂直な面の断面方向に厚さ5~10μmの超薄切片を作製する。
(2)エネルギー分散型X線分光法(TEM-EDX)にて超薄切片中の繊維断面を観察する。
(3)分析対象となる領域に電子線を照射することで原子特有のX線が発生するため、そのエネルギーと発生回数を計測し、マンガン原子を含む粒子を特定する。特定したマンガン原子を含む粒子のすべての粒子径を測定する。
(4)測定したすべての粒子径について、平均値(算術平均)を算出する。
【0033】
また、本発明において、極細繊維に含まれるマンガン元素の質量割合は以下の方法により測定されるものとする。
(1)人工皮革を酸にて十分に溶解させ、サンプル溶液を得る。
(2)ICP発光分光分析装置により、マンガン元素の測定を行い、サンプル溶液に溶解させた人工皮革中の極細繊維の質量割合からマンガン元素の質量割合を算出する。
【0034】
本発明におけるマンガン系化合物としては、酢酸マンガン、硝酸マンガン、硫酸マンガン、塩化マンガン等を用いることができる。溶解性および触媒活性に優れる観点から、マンガン系化合物が酢酸マンガンであることが好ましい。
【0035】
本発明において、イオン状態で存在するマンガンに対し、極細繊維全体の電荷を0に近づけるために、極細繊維を構成するポリエステル系樹脂には、耐湿熱性、耐熱性の観点からリン系化合物を含むことが好ましく、極細繊維に含まれるマンガン元素モル当量Aと極細繊維に含まれるリン元素モル当量Bとが下記式(I)のモル比の関係を満たすことが好ましい
20≦B/A≦200 ・・・式(I)。
【0036】
極細繊維に含まれるマンガン元素モル当量Aと極細繊維に含まれるリン元素モル当量Bとのモル比(B/A)を20以上(20≦B/A、以下同様)、より好ましくは25以上、さらに好ましくは30以上とすることにより、イオン状態で存在するマンガンに対し、極細繊維全体の電荷を0に近づけて安定とすることができる。また、極細繊維に含まれるマンガン元素モル当量Aと極細繊維に含まれるリン元素モル当量Bとのモル比(B/A)を200以下(B/A≦200、以下同様)、より好ましくは150以下、さらに好ましくは120以下、特に好ましくは90以下とすることにより、紡糸時の安定性と糸強度に優れたものとなる。
【0037】
本発明において、極細繊維に含まれるリン元素の質量割合は以下の方法により測定されるものであり、測定したリン元素の質量割合とマンガン元素の質量割合をそれぞれモル換算し、リン元素モル当量Bをマンガン元素モル当量Aで割り返すことにより、B/Aを算出することができる。
(1)人工皮革を酸にて十分に溶解させ、サンプル溶液を得る。
(2)ICP発光分光分析装置により、リン元素の測定を行い、サンプル溶液に溶解させた人工皮革中の極細繊維の質量割合からリン元素の質量割合を算出する。
【0038】
本発明におけるリン系化合物としては、リン酸、リン酸トリメチル、リン酸二水素ナトリウム、リン酸水素二ナトリウム、リン酸三ナトリウム等を用いることができる。中でも、耐加水分解性に優れる観点から、リン系化合物がリン酸トリメチル、リン酸二水素ナトリウムであることが好ましい。
【0039】
本発明において、前記の極細繊維が、さらにカーボンブラックを含有することが好ましい。カーボンブラックは、細かい粒子径の黒色顔料が得られやすく、またポリマーへの分散性に優れる。そのため、極細繊維がさらにカーボンブラックを含有することで、優れた濃色で均一な発色性を有しながら、優れた染色堅牢性、耐摩耗性、強度を達成することができる。
【0040】
なお、極細繊維を形成するポリエステル系樹脂には、カーボンブラックの他に、種々の目的に応じ、本発明の目的を阻害しない範囲で、酸化チタン粒子等の無機粒子、潤滑剤、熱安定剤、紫外線吸収剤、導電剤、蓄熱剤および抗菌剤等を添加することができる。
【0041】
本発明の人工皮革は、その中において、前記のポリエステル系樹脂からなる極細繊維から構成された不織布を構成要素として含む繊維絡合体が構成要素の1つである。
【0042】
本発明において、「不織布を構成要素として含む繊維絡合体」であるとは、繊維絡合体が不織布である態様、後述するような、繊維絡合体が不織布と織物とが絡合一体化されてなる態様、さらには、繊維絡合体が不織布と織物以外の基材と絡合一体化されてなる態様等のことを示す。
【0043】
不織布を構成要素として含む繊維絡合体とすることにより、表面を起毛した際に均一で優美な外観や風合いを得ることができる。
【0044】
不織布の形態としては、主としてフィラメントから構成される長繊維不織布と、主として100mm以下の繊維から構成される短繊維不織布がある。繊維質基材として長繊維不織布とする場合においては、強度に優れる人工皮革を得られるため、好ましい。一方、短繊維不織布とする場合においては、長繊維不織布の場合に比べて人工皮革の厚さ方向に配向する繊維を多くすることができ、起毛させた際の人工皮革の表面に高い緻密感を有させることができる。
【0045】
短繊維不織布を用いる場合の極細繊維の繊維長は、好ましくは25mm以上90mm以下である。繊維長を90mm以下、より好ましくは80mm以下、さらに好ましくは70mm以下とすることにより、良好な品位と風合いとなる。他方、繊維長を25mm以上、より好ましくは35mm以上、さらに好ましくは40mm以上とすることにより、耐摩耗性に優れた人工皮革とすることができる。
【0046】
本発明に係る人工皮革を構成する不織布の目付は、JIS L1913:2010「一般不織布試験方法」の「6.2 単位面積当たりの質量(ISO法)」で測定され、50g/m2以上600g/m2以下の範囲であることが好ましい。前記の不織布の目付を、50g/m2以上、より好ましくは80g/m2以上とすることで、充実感のある、風合いの優れた人工皮革とすることができる。一方、前記の不織布の目付を、600g/m2以下、より好ましくは500g/m2以下とすることで成型性に優れた、柔軟な人工皮革とすることができる。
【0047】
本発明の人工皮革においては、その強度や形態安定性を向上させる目的で、前記の不織布の内部もしくは片側に織物を積層し絡合一体化させることが好ましい。
【0048】
前記の織物を絡合一体化させる場合に使用する、織物を構成する繊維の種類としては、フィラメントヤーン、紡績糸、フィラメントヤーンと紡績糸の混合複合糸などを用いることが好ましく、耐久性、特には機械的強度等の観点から、ポリエステル系樹脂やポリアミド系樹脂からなるマルチフィラメントを用いることがより好ましい。
【0049】
また、前記の織物を構成する繊維には、機械的強度等の観点から、無機粒子を含有しないことが好ましい。
【0050】
前記の織物を構成する繊維の平均単繊維直径を好ましくは50.0μm以下、より好ましくは15.0μm以下、さらに好ましくは13.0μm以下とすることにより、柔軟性に優れた人工皮革が得られるだけでなく、人工皮革の表面に織物の繊維が露出した場合でも、染色後に顔料を含有する極細繊維との色相差が小さくなるため、表面の色相の均一性を損なうことがない。一方、平均単繊維直径を好ましくは1.0μm以上、より好ましくは8.0μm以上、さらに好ましくは9.0μm以上とすることにより、人工皮革としての製品の形態安定性が向上する。
【0051】
本発明において織物を構成する繊維の平均単繊維直径は、人工皮革断面の走査型電子顕微鏡(SEM)写真を撮影し、織物を構成する繊維をランダムに10本選び、その繊維の単繊維直径を測定して10本の算術平均値を計算して、小数点以下第二位で四捨五入することにより算出されるものとする。
【0052】
前記の織物を構成する繊維がマルチフィラメントである場合、そのマルチフィラメントの総繊度は、JIS L1013:2010「化学繊維フィラメント糸試験方法」の「8.3 繊度」の「8.3.1 正量繊度 b) B法(簡便法)」で測定され、30dtex以上170dtex以下とすることが好ましい。
【0053】
織物を構成する糸条の総繊度を170dtex以下とすることにより、柔軟性に優れた人工皮革が得られる。一方、総繊度を30dtex以上とすることにより、人工皮革としての製品の形態安定性が向上するだけでなく、不織布と織物をニードルパンチ等で絡合一体化させる際に、織物を構成する繊維が人工皮革の表面に露出しにくくなるため好ましい。このとき、経糸と緯糸のマルチフィラメントの総繊度は同じ総繊度とすることが好ましい。
【0054】
さらに、前記の織物を構成する糸条の撚数は、1000T/m以上4000T/m以下とすることが好ましい。撚数を4000T/m以下、より好ましくは3500T/m以下、さらに好ましくは3000T/m以下とすることにより、柔軟性に優れた人工皮革が得られ、撚数を1000T/m以上、より好ましくは1500T/m以上、さらに好ましくは2000T/m以上とすることにより、不織布と織物をニードルパンチ等で絡合一体化させる際に、織物を構成する繊維の損傷を防ぐことができ、人工皮革の機械的強度が優れたものとなるため好ましい。
【0055】
[高分子弾性体]
本発明の人工皮革を構成する高分子弾性体は、人工皮革を構成する極細繊維を把持するバインダーであるため、本発明の人工皮革の柔軟な風合いを考慮すると、用いられる高分子弾性体としては、ポリウレタンが好ましい。
【0056】
本発明において、高分子弾性体として好ましく用いられるポリウレタンは、有機溶剤に溶解した状態で使用する有機溶剤系ポリウレタンと、水に分散した状態で使用する水分散型ポリウレタンのどちらも採用することができる。また、本発明で好ましく用いられるポリウレタンとしては、ポリマージオールと有機ジイソシアネートと鎖伸長剤との反応により得られるポリウレタンが挙げられる。
【0057】
上記のポリマージオールとしては、例えば、ポリカーボネート系ジオール、ポリエステル系ジオール、ポリエーテル系ジオール、シリコーン系ジオールおよびフッ素系ジオールを採用することができ、これらを組み合わせた共重合体を用いることもできる。中でも、耐加水分解性、耐摩耗性の観点からは、ポリカーボネート系ジオールを用いることがより好ましい態様である。
【0058】
上記のポリカーボネート系ジオールは、アルキレングリコールと炭酸エステルのエステル交換反応、あるいはホスゲンまたはクロル蟻酸エステルとアルキレングリコールとの反応などによって製造することができる。
【0059】
また、アルキレングリコールとしては、例えば、エチレングリコール、プロピレングリコール、1,4-ブタンジオール、1,5-ペンタンジオール、1,6-ヘキサンジオール、1,9-ノナンジオール、1,10-デカンジオールなどの直鎖アルキレングリコールや、ネオペンチルグリコール、3-メチル-1,5-ペンタンジオール、2,4-ジエチル-1,5-ペンタンジオールおよび2-メチル-1,8-オクタンジオールなどの分岐アルキレングリコール、1,4-シクロヘキサンジオールなどの脂環族ジオール、ビスフェノールAなどの芳香族ジオール、グリセリン、トリメチロールプロパン、およびペンタエリスリトールなどが挙げられる。本発明では、それぞれ単独のアルキレングリコールから得られるポリカーボネート系ジオールでも、2種類以上のアルキレングリコールから得られる共重合ポリカーボネート系ジオールのいずれも採用することができる。
【0060】
また、ポリエステル系ジオールとしては、各種低分子量ポリオールと多塩基酸とを縮合させて得られるポリエステルジオールを挙げることができる。
【0061】
低分子量ポリオールとしては、例えば、エチレングリコール、1,2-プロピレングリコール、1,3-プロピレングリコール、1,3-ブタンジオール、1,4-ブタンジオール、2,2-ジメチル-1,3-プロパンジオール、1,6-ヘキサンジオール、3-メチル-1,5-ペンタンジオール、1,8-オクタンジオール、ジエチレングリコール、トリエチレングリコール、ジプロピレングリコール、トリプロピレングリコール、シクロヘキサン-1,4-ジオール、およびシクロヘキサン-1,4-ジメタノールからなる群より選ばれる一種または二種以上を使用することができる。
【0062】
また、ビスフェノールAに各種アルキレンオキサイドを付加させた付加物も使用可能である。
【0063】
また、多塩基酸としては、例えば、コハク酸、マレイン酸、アジピン酸、グルタル酸、ピメリン酸、スベリン酸、アゼライン酸、セバシン酸、ドデカンジカルボン酸、フタル酸、イソフタル酸、テレフタル酸、およびヘキサヒドロイソフタル酸からなる群より選ばれる一種または二種以上が挙げられる。
【0064】
本発明で用いられるポリエーテル系ジオールとしては、例えば、ポリエチレングリコール、ポリプロピレングリコール、ポリテトラメチレングリコール、およびそれらを組み合わせた共重合ジオールを挙げることができる。
【0065】
ポリマージオールの数平均分子量は、ポリウレタン系エラストマーの分子量が一定の場合、500以上4000以下の範囲であることが好ましい。数平均分子量を好ましくは500以上、より好ましくは1500以上とすることにより、人工皮革が硬くなることを防ぐことができる。また、数平均分子量を好ましくは4000以下、より好ましくは3000以下とすることにより、ポリウレタンとしての強度を維持することができる。
【0066】
本発明で好ましく用いられる有機ジイソシアネートとしては、例えば、ヘキサメチレンジイソシアネート、ジシクロヘキシルメタンジイソシアネート、イソフォロンジイソシアネート、キシリレンジイソシアネート等の脂肪族系ジイソシアネートや、ジフェニルメタンジイソシアネート、およびトリレンジイソシアネート等の芳香族系ジイソシアネートが挙げられ、またこれらを組み合わせて用いることもできる。
【0067】
鎖伸長剤としては、好ましくはエチレンジアミンやメチレンビスアニリン等のアミン系の鎖伸長剤、およびエチレングリコール等のジオール系の鎖伸長剤を用いることができる。また、ポリイソシアネートと水を反応させて得られるポリアミンを鎖伸長剤として用いることもできる。
【0068】
本発明において、高分子弾性体として好ましく用いられるポリウレタンは、耐水性、耐摩耗性および耐加水分解性等を向上させる目的で架橋剤を併用することができる。架橋剤は、ポリウレタンに対し、第3成分として添加する外部架橋剤でもよく、またポリウレタン分子構造内に予め架橋構造となる反応点を導入する内部架橋剤も用いることができる。ポリウレタン分子構造内により均一に架橋点を形成することができ、柔軟性の減少を軽減できるという観点から、内部架橋剤を用いることが好ましい。
【0069】
架橋剤としては、イソシアネート基、オキサゾリン基、カルボジイミド基、エポキシ基、メラミン樹脂、およびシラノール基などを有する化合物を用いることができる。
【0070】
また、高分子弾性体には、目的に応じて各種の添加剤、例えば、「リン系、ハロゲン系および無機系」などの難燃剤、「フェノール系、イオウ系およびリン系」などの酸化防止剤、「ベンゾトリアゾール系、ベンゾフェノン系、サリシレート系、シアノアクリレート系およびオキザリックアシッドアニリド系」などの紫外線吸収剤、「ヒンダードアミン系やベンゾエート系」などの光安定剤、ポリカルボジイミドなどの耐加水分解安定剤、可塑剤、耐電防止剤、界面活性剤、凝固調整剤、カーボンブラックおよび染料などを含有させることができる。
【0071】
一般に、人工皮革における高分子弾性体の含有量は、使用する高分子弾性体の種類、高分子弾性体の製造方法および風合や物性を考慮して、適宜調整することができるが、本発明においては、高分子弾性体の含有量は、繊維絡合体の質量に対して10質量%以上60質量%以下とすることが好ましい。前記の高分子弾性体の含有量を10質量%以上、より好ましくは15質量%以上、さらに好ましくは20質量%以上とすることで、繊維間の高分子弾性体による結合を強めることができ、人工皮革の耐摩耗性を向上させることができる。一方、前記の高分子弾性体の含有量を60質量%以下、より好ましくは45質量%以下、さらに好ましくは40質量%以下とすることで、人工皮革をより柔軟性の高いものとすることができる。
【0072】
[人工皮革]
本発明の人工皮革においては、表面に立毛を有することが好ましい。立毛は人工皮革の片側表面のみに有していてもよく、両面に有することも許容される。つまり、人工皮革の表面のうち、立毛を有する側の表面を立毛面とすると、人工皮革の少なくとも一方の表面が立毛面であってもよく、両側の表面が立毛面であってもよい。
【0073】
表面に立毛を有する場合の立毛形態は、意匠効果の観点から指でなぞったときに立毛の方向が変わることで跡が残る、いわゆるフィンガーマークが発する程度の立毛長と方向柔軟性を備えていることが好ましい。
【0074】
より具体的には、表面の立毛長は200μm以上500μm以下であることが好ましく、250μm以上450μm以下であることがより好ましい。立毛長を200μm以上とすることで、表面の立毛が高分子弾性体を被覆し、人工皮革の表面への高分子弾性体の露出を抑制することで、優れた品位、緻密感を有する人工皮革を得ることができる。また、人工皮革を構成する不織布に織物が絡合一体化されている場合には、表面の立毛長を上記の範囲内とすることで人工皮革の表面付近にある織物の繊維を十分覆うことができるため好ましい。一方、立毛長を500μm以下とすることで、意匠効果と耐摩耗性に優れる人工皮革を得ることができる。
【0075】
本発明において、人工皮革の立毛長は以下の方法により算出されるものとする。
(1) リントブラシ等を用いて人工皮革の立毛を逆立てた状態で人工皮革の長手方向に垂直な面の断面方向に厚さ1mmの薄切片を作製する。
(2) 走査型電子顕微鏡(SEM)にて人工皮革の断面を90倍で観察する。
(3) 撮影したSEM画像において、人工皮革の断面の幅方向に200μm間隔で立毛部(極細繊維のみからなる層)の高さを10点測定する。
(4) 測定した10点の立毛部(極細繊維のみからなる層)の高さについて、平均値(算術平均)を算出する。
【0076】
本発明の人工皮革においては、人工皮革の立毛が前記の立毛面を被覆する割合(立毛被覆率)が50%以上100%以下であることが好ましい。立毛被覆率を50%以上とすることで、人工皮革の表面への高分子弾性体の露出を抑制できるため、優れた品位、緻密感を有する人工皮革を得ることができる。本発明においては、立毛(極細繊維)に含まれるマンガン系化合物の粒子径の平均値と含有量を規定の範囲とすることで、立毛(極細繊維)の糸強度を高くすることができるため、立毛被覆率が50%以上と高い場合でも摩擦によって繊維が脱落しにくい人工皮革を得ることができる。
【0077】
立毛被覆率は、立毛面について、SEMにより立毛の存在がわかるように観察倍率30倍~90倍に拡大し、画像分析ソフトを用いて合計面積9mm2あたりの立毛部分の総面積の比率を算出した値のことを指すものとする。総面積の比率は、撮影したSEM画像について、例えば、米国国立衛生研究所(NIH)にて開発された画像分析ソフトウェアである「ImageJ」などを用い、立毛部分と非立毛部分を閾値100に設定して2値化処理することで算出できる。また、立毛被覆率の算出において、立毛ではない物質が立毛として算出され立毛被覆率に大きく影響している場合、手動で画像を編集しその部分を非立毛部分として算出する。
【0078】
画像分析システムとしては、前記の画像分析ソフトウェア「ImageJ」が例示されるが、画像分析システムは、規定の画素の面積比率を計算する機能を有する画像処理ソフトウェアからなることであれば、画像分析ソフトウェア「ImageJ」に限らない。なお、画像処理ソフトウェア「ImageJ」が通用のソフトウェアであり、アメリカ国立衛生研究所により開発された。該画像処理ソフトウェア「ImageJ」は、取り込んだ画像に対し、必要な領域を特定し、画素分析を行う機能を有している。
【0079】
本発明の人工皮革は、JIS L1913:2010「一般不織布試験方法」の「6.1 厚さ(ISO法)」の「6.1.1 A法」で測定される厚みが、0.2mm以上1.2mm以下の範囲であることが好ましい。人工皮革の厚みを、0.2mm以上、より好ましくは0.3mm以上、さらに好ましくは0.4mm以上とすることで、製造時の加工性に優れるだけでなく、充実感のある、風合いに優れたものとなる。一方、厚みを1.2mm以下、より好ましくは1.1mm以下、さらに好ましくは1.0mm以下とすることで、成型性に優れた、柔軟な人工皮革とすることができる。
【0080】
また、本発明の人工皮革はJIS L1096:2010「織物及び編物の生地試験方法」の「8.19 摩耗強さ及び摩擦変色性」の「8.19.5 E法(マーチンデール法)」で測定される耐摩耗試験において、押圧荷重を12.0kPaとし、20000回の回数を摩耗した後の人工皮革の重量減が10mg以下であることが好ましく、9mg以下であることがより好ましく、8.5mg以下であることがさらに好ましい。重量減が10mg以下であることで、実使用時の毛羽落ちによる汚染を防ぐことができる。
【0081】
また、本発明の人工皮革は、JIS L1913:2010「一般不織布試験方法」の「6.3.1 引張強さ及び伸び率(ISO法)」で測定される引張強さが任意の測定方向について20~200N/cmであることが好ましい。
【0082】
引張強さが20N/cm以上、より好ましくは30N/cm以上、さらに好ましくは40N/cm以上であると、人工皮革の形態安定性や耐久性に優れるため、好ましい。また、引張強さが200N/cm以下、より好ましくは180N/cm以下、さらに好ましくは150N/cm以下であると成型性に優れた人工皮革となる。
【0083】
[人工皮革の製造方法]
本発明の人工皮革の製造方法は、以下のとおりとすることが好ましい。すなわち、
島成分として、平均粒子径が0.01μm以上0.20μm以下であるマンガン系化合物が含有されてなるポリエステル系樹脂を、海成分として、前記の島成分と溶剤溶解性の異なる熱可塑性樹脂を用いて海島型複合紡糸する、海島型複合繊維形成工程と、
前記の海島型複合繊維からなる繊維絡合体を形成する、繊維絡合体形成工程と、
前記の海島型複合繊維から、前記の海成分を溶解除去し、平均単繊維直径が1.0μm以上10.0μm以下の極細繊維を形成する、極細繊維形成工程と、
前記の繊維絡合体に高分子弾性体を付与する、高分子弾性体付与工程と、を有するものである。以下に、各工程の詳細について説明する。
【0084】
<海島型複合繊維を形成する工程>
本工程においては、島成分として、平均粒子径が0.01μm以上0.20μm以下であるマンガン系化合物が含有されてなるポリエステル系樹脂を、海成分として、前記島成分と溶剤溶解性の異なる熱可塑性樹脂を用いて海島型複合紡糸して、極細繊維発現型繊維を製造する。
【0085】
極細繊維発現型繊維としては、溶剤溶解性の異なる熱可塑性樹脂を海成分(易溶解性ポリマー)と島成分(難溶解性ポリマー)とし、前記の海成分を、溶剤などを用いて溶解除去することによって島成分を極細繊維とする海島型複合繊維を用いる。海島型複合繊維を用いることによって、海成分を除去する際に島成分間、すなわち繊維束内部の極細繊維間に適度な空隙を付与することができるため、人工皮革の風合いや表面品位の観点から好ましい。
【0086】
海島型複合構造を有する極細繊維発現型繊維を紡糸する方法としては、海島型複合繊維用口金を用い、海成分と島成分とを相互配列して紡糸する高分子相互配列体を用いる方式が、均一な単繊維繊度の極細繊維が得られるという観点から好ましい。
【0087】
島成分として、平均粒子径が0.01μm以上0.20μm以下であるマンガン系化合物が含有されてなるポリエステル系樹脂を用いる場合には、前記のマンガン系化合物をポリエステル系樹脂に予め混練し、チップを形成することが好ましい。このようにすることで、チップが含有するマンガン系化合物の量を容易に調整することができ、海島型複合繊維、極細繊維が含有するマンガン系化合物の量やマンガン系化合物の平均粒子径も容易に調整することができる。この際のマンガン系化合物の含有量は、ポリエステル系樹脂100質量%に対して、0.1ppm以上50.0ppm以下(0.0001質量%以上0.0050質量%以下)のマンガン元素を含有するように混練することが好ましい。
【0088】
また、後工程で極細繊維となる島成分に、リン系化合物を含有させることも好ましく、さらに、前記のポリエステル系樹脂に含まれるマンガン元素モル当量Aと、前記のポリエステル系樹脂に含まれるリン元素モル当量Bとが下記式(I)のモル比の関係を満たすようにすることも、前記の理由から、より好ましい。
20≦B/A≦200 ・・・(I)。
【0089】
海島型複合繊維の海成分としては、ポリエチレン、ポリプロピレン、ポリスチレン、ナトリウムスルホイソフタル酸やポリエチレングリコールなどを共重合した共重合ポリエステル、およびポリ乳酸などを用いることができるが、製糸性や易溶出性等の観点から、ポリスチレンや共重合ポリエステルが好ましく用いられる。
【0090】
本発明の人工皮革の製造方法において、島成分の強度が2.0cN/dtex以上である海島型複合繊維を用いることが好ましい。島成分の強度が2.0cN/dtex以上、より好ましくは2.3cN/dtex以上、さらに好ましくは2.8cN/dtex以上であることによって、人工皮革の耐摩耗性が向上するとともに繊維の脱落に伴う摩擦堅牢度の低下を抑制することができる。
【0091】
本発明において、海島型複合繊維の島成分の強度は以下の方法により算出されるものとする。
(1) 長さ20cmの海島型複合繊維を10本束ねる。
(2) (1)の試料から海成分を溶解除去したのちに、風乾する。
(3) JIS L1013:2010「化学繊維フィラメント糸試験方法」の「8.5 引張強さ及び伸び率」の「8.5.1 標準時試験」にて、つかみ長さ5cm、引張速度5cm/分、荷重2Nの条件にて10回試験する(N=10)。
(4) (3)で得られた試験結果の算術平均値(cN/dtex)を小数点以下第二位で四捨五入して得られる値を、海島型複合繊維の島成分の強度とする。
【0092】
<繊維絡合体を形成する工程>
本工程では、紡出された極細繊維発現型繊維を開繊したのちにクロスラッパー等により繊維ウェブとし、絡合させることにより不織布を構成要素として含む繊維絡合体を得る。繊維ウェブを絡合させ不織布を構成要素として含む繊維絡合体を得る方法としては、ニードルパンチ処理やウォータージェットパンチ処理等を用いることができる。
【0093】
不織布の形態としては、前述のように短繊維不織布でも長繊維不織布でも用いることができるが、短繊維不織布であると、人工皮革の厚さ方向を向く繊維が長繊維不織布に比べて多くなり、起毛した際の人工皮革の表面に高い緻密感を得ることができる。
【0094】
不織布として短繊維不織布とする場合には、前記の海島型複合繊維を形成する工程において得られた、海島型複合繊維に対して、好ましくは捲縮加工を施し、所定長にカット加工して原綿を得たのちに、開繊、積層、絡合させることで短繊維不織布を得る。捲縮加工やカット加工は、公知の方法を用いることができる。
【0095】
さらに、繊維絡合体が織物を含む場合には、前記の方法によって得られた不織布と織物とを積層し、そして絡合一体化させる。不織布と織物の絡合一体化には、不織布の片面もしくは両面に織物を積層するか、あるいは複数枚の不織布ウェブの間に織物を挟んだ後に、ニードルパンチ処理やウォータージェットパンチ処理等によって不織布と織物の繊維同士を絡ませることができる。
【0096】
ニードルパンチ処理あるいはウォータージェットパンチ処理後の海島型複合繊維からなる不織布の見掛け密度は、0.15g/cm3以上0.45g/cm3以下であることが好ましい。見掛け密度を好ましくは0.15g/cm3以上とすることにより、人工皮革が十分な形態安定性と寸法安定性が得られる。一方、見掛け密度を好ましくは0.45g/cm3以下とすることにより、高分子弾性体を付与するための十分な空間を維持することができる。
【0097】
前記の繊維絡合体には、繊維の緻密感向上のために、温水やスチームによる熱収縮処理を施すことも好ましい態様である。
【0098】
次に、前記の繊維絡合体に水溶性樹脂の水溶液を含浸し、乾燥することにより水溶性樹脂を付与することもできる。繊維絡合体に水溶性樹脂を付与することにより、繊維が固定されて寸法安定性が向上される。
【0099】
<極細繊維を形成させる工程>
本工程では、得られた繊維質基材を溶剤で処理して、単繊維の平均単繊維直径が1.0μm以上10.0μm以下の極細繊維を形成させる。
【0100】
極細繊維の形成は、溶剤中に前記の繊維絡合体を浸漬させて、海島型複合繊維の海成分を溶解除去することにより行うことができる。
【0101】
海成分を溶解除去する溶剤としては、海成分がポリエチレン、ポリプロピレンまたはポリスチレンの場合には、トルエンやトリクロロエチレンなどの有機溶剤を用いることができる。また、海成分が共重合ポリエステルやポリ乳酸の場合には、水酸化ナトリウムなどのアルカリ水溶液を用いることができる。また、海成分が水溶性熱可塑性ポリビニルアルコール系樹脂の場合には、熱水を用いることができる。
【0102】
<高分子弾性体を付与する工程>
本工程では、極細繊維または海島型複合繊維を主構成成分とする繊維絡合体に、高分子弾性体の溶液を含浸させ、高分子弾性体を固化することにより、高分子弾性体を付与する。高分子弾性体を固化する方法としては、高分子弾性体の溶液を繊維絡合体に含浸させた後、湿式凝固または乾式凝固する方法があり、使用する高分子弾性体の種類により適宜これらの方法を選択することができる。
【0103】
高分子弾性体としてポリウレタンが選択される場合に用いられる溶媒としては、N,N’-ジメチルホルムアミドやジメチルスルホキシド等が好ましく用いられる。また、ポリウレタンを水中にエマルジョンとして分散させた水分散型ポリウレタン液を用いてもよい。
【0104】
なお、繊維絡合体への高分子弾性体の付与は、海島型複合繊維から極細繊維を発生させる前に付与してもよいし、海島型複合繊維から極細繊維を発生させた後に付与してもよい。
【0105】
<人工皮革を半裁し、研削する工程>
前記の工程を終えて、高分子弾性体が付与されてなる人工皮革は、製造効率の観点から、厚み方向に半裁して2枚の人工皮革とすることも好ましい態様である。
【0106】
さらに、前記の高分子弾性体が付与されてなる人工皮革あるいは半裁された人工皮革の表面に、起毛処理を施す。起毛処理は、サンドペーパーやロールサンダーなどを用いて、研削する方法などにより施すことができる。起毛処理は人工皮革の片側表面のみに施しても、両面に施すこともできる。
【0107】
起毛処理を施す場合には、起毛処理の前にシリコーンエマルジョンなどの滑剤を人工皮革の表面へ付与することができる。また、起毛処理の前に帯電防止剤を付与することで、研削によって人工皮革から発生した研削粉がサンドペーパー上に堆積しにくくなる。このようにして、人工皮革が形成される。
【0108】
<人工皮革を染色する工程>
染色処理としては、例えば、ジッガー染色機や液流染色機を用いた液流染色処理、連続染色機を用いたサーモゾル染色処理等の浸染処理、あるいはローラー捺染、スクリーン捺染、インクジェット方式捺染、昇華捺染および真空昇華捺染等による立毛面への捺染処理等を用いることができる。中でも、柔軟な風合いが得られることから、品質や品位面から液流染色機を用いることが好ましい。また、必要に応じて、染色後に各種の樹脂仕上げ加工を施すことができる。
【0109】
<後加工工程>
また、上記の人工皮革には、必要に応じてその表面に意匠性を施すことができる。例えば、パーフォレーション等の穴開け加工、エンボス加工、レーザー加工、ピンソニック加工、およびプリント加工等の後加工処理を施すことができる。
【0110】
以上に例示された製造方法によって得られる本発明の人工皮革は、天然皮革調の柔軟な触感と優れた強度、品位、緻密感を有しており、家具、椅子および車両内装材から衣料用途まで幅広く用いることができるが、特にその優れた強度から車両内装材に好適に用いられる。
【実施例】
【0111】
次に、実施例を用いて本発明の人工皮革についてさらに具体的に説明するが、本発明はこれらの実施例のみに限定されるものではない。次に、実施例で用いた評価法とその測定条件について説明する。ただし、各物性の測定において、特段の記載がないものは、前記の方法に基づいて測定を行ったものである。
【0112】
[測定方法および評価用加工方法]
(1)極細繊維の平均単繊維直径(μm):
極細繊維の平均単繊維直径の測定においては、株式会社キーエンス製「VHX-D500/D510型」走査型電子顕微鏡を用いて極細繊維を観察し、前述の方法で平均単繊維直径を算出した。
【0113】
(2)極細繊維に含まれるマンガン系化合物の粒子径の平均(μm):
測定は前述の方法で行った。なお、極細繊維の長手方向に垂直な面の断面方向の超薄切片は、前述の方法でSorvall社製ウルトラミクロトーム「MT6000型」を用いて作製した。得られた切片は、透過型電子顕微鏡(日立ハイテクノロジーズ製「H7700型」)を用いて前述の方法で観察した。次いでマンガン系化合物の粒子径については、観測した全ての粒子について、画像解析ソフト(三谷商事株式会社製「WinROOF」)を用いて測定した。
【0114】
(3)極細繊維に含まれるマンガン元素の質量割合(ppm):
極細繊維に含まれるマンガン元素の質量割合について、株式会社日立ハイテクサイエンス製ICP発光分光分析装置「PS3520VDD II」を用いて前述の方法で測定を行い、質量割合を算出し、モル換算した。
【0115】
(4)極細繊維に含まれるリン元素の質量割合(ppm):
極細繊維に含まれるリン元素の質量割合について、株式会社日立ハイテクサイエンス製ICP発光分光分析装置「PS3520VDD II」を用いて前述の方法で測定を行い、質量割合を算出し、モル換算した。
【0116】
(5)繊維ウェブの圧縮回復率(%):
試験片に載せる厚板として、20×20cmで0.93g/cm2の平板を用いたこと以外は、JIS L1097:1982「合成繊維ふとんわた試験方法」に準じ、繊維ウェブの圧縮回復率を測定した。85%以上の圧縮回復率のものを性能良好とした。
【0117】
(6)人工皮革表面の立毛被覆率(%):
前述した立毛被覆率の測定において、走査型電子顕微鏡として、株式会社キーエンス製「VHX-D500/D510型」を、画像解析ソフトとして、「ImageJ」(アメリカ国立衛生研究所)を用いた。
【0118】
(7)人工皮革の立毛長(μm):
前述の人工皮革の立毛長の測定において、走査型電子顕微鏡として、株式会社キーエンス製「VHX-D500/D510型」を用いた。
【0119】
(8)人工皮革の耐摩耗性:
摩耗試験器としてJames H. Heal & Co.Ltd.製「Model 406」を、標準摩擦布として同社の「Abrastive CLOTH SM25」を用いて耐摩耗試験を行い、人工皮革の摩耗減量が10mg以下であった人工皮革を合格とした。
【0120】
(9)人工皮革の引張強さ:
人工皮革の任意の方向について2cm×20cmの試験片を2枚採取し、JIS L1913:2010「一般不織布試験方法」の「6.3.1 引張強さ及び伸び率(ISO法)」で規定される引張強さを測定した。測定は2枚の平均をシート状物の引張強さとした。
【0121】
(10)シート状物の外観品位:
シート状物の外観品位は、健康な成人男性と成人女性各10名ずつ、計20名を評価者として、下記の評価を視覚で判別を行い、最も多かった評価をシート状物の外観品位とした。評価が同数となった場合は、より高い評価をそのシート状物の外観品位とすることとした。本発明の良好なレベルは「AまたはB」とした
・A:非常に均一な外観品位である
・B:均一な外観品位である
・C:バラツキの大きい外観品位である
・D:非常にバラツキの大きい外観品位である。
【0122】
(11)シート状物の緻密感:
シート状物の緻密感は、健康な成人男性と成人女性各10名ずつ、計20名を評価者として、下記の評価を触覚で判別を行い、最も多かった評価をシート状物の緻密感とした。評価が同数となった場合は、より高い評価をそのシート状物の緻密感とすることとした。本発明の良好なレベルは「AまたはB」とした
・A:非常に均一な緻密感である
・B:均一な緻密感である
・C:バラツキの大きい緻密感である
・D:非常にバラツキの大きい緻密感である。
【0123】
[ポリエチレンテレフタレート]
以下の各実施例、比較例で用いたポリエチレンテレフタレートA~Kは、それぞれ表1に示すとおりの平均粒子径の酢酸マンガン(II)・四水和物と、リン酸と、リン酸トリメチルと、ポリエチレンテレフタレートFについては、さらにカーボンブラックとを、表1に示すとおりの含有量(ICP測定によりポリエチレンテレフタレート、酢酸マンガン(II)・四水和物、リン酸、リン酸トリメチル、カーボンブラックの合計を100質量%として含有量を算出、ただしリン酸およびリン酸トリメチルについては、リンの含有量と各々の成分の添加量の比から含有量を算出)となるように添加したものである。なお、表1において、ポリエチレンテレフタレートAは「PET A」と表記しており、ポリエチレンテレフタレートB~Kについても同様である。また、固有粘度(IV値)は、上記の酢酸マンガン(II)などを添加した後の測定値である。
【0124】
【0125】
[実施例1]
<海島型複合繊維を形成する工程>
島成分と海成分からなる海島型複合構造を有する海島型複合繊維を、以下の条件で溶融紡糸した。
・島成分: ポリエチレンテレフタレートA
・海成分: MFR(メルトフローレート、ISO 1133:1997に規定の試験方法で測定)が65g/10分のポリスチレン
・口金: 島数が16島/ホールの海島型複合繊維用口金
・紡糸温度: 285℃
・島成分/海成分 質量比率: 80/20
・吐出量: 1.2g/(分・ホール)
・紡糸速度: 1100m/分。
【0126】
次いで、150℃としたスチームボックス中で海島型複合繊維を2.81倍に延伸した。
【0127】
<繊維絡合体を形成する工程>
まず、前記で得られた海島型複合繊維を、押し込み型捲縮機を用いて捲縮加工処理した後、51mmの長さにカットし、単繊維繊度が4.2dtexの海島型複合繊維ウェブを形成した。この海島型複合繊維から得られる極細繊維の平均単繊維直径は4.4μm、極細繊維の強度は3.5cN/dtex、極細繊維中のマンガン系化合物の粒子径の平均は0.10μm、マンガン元素含有量は3.6ppm、マンガン元素モル当量(A)とリン元素モル当量(B)のモル比(B/A、以下、同様)は22.2であった。
【0128】
そして、上記のようにして得られた海島型複合繊維ウェブを用いて、カードおよびクロスラッパー工程を経て積層ウェブを形成した。そして、2500本/cm2のパンチ本数でニードルパンチ処理して、目付が440g/m2で、厚みが1.94mmの不織布(繊維絡合体)を得た。ここでの繊維絡合体の圧縮回復率は89.3%であり、ニードルパンチ初期の繊維絡合体の厚み方向でのヘタリは起こりにくく、絡合性を高めることができた。
【0129】
<極細繊維を形成させる工程>
上記のようにして得られた不織布を96℃の熱水で収縮処理させた。その後、濃度が12質量%となるように調製した、鹸化度88%のポリビニルアルコール(以下、PVAと略記することがある)水溶液を熱水で収縮処理させた繊維絡合体に含浸させた。さらにこれをロールで絞り、温度125℃の熱風で10分間PVAをマイグレーションさせながら乾燥させ、シートの質量に対するPVA質量が45質量%となるようにしたPVA付シートを得た。このようにして得られたPVA付シートをトリクロロエチレンに浸漬させて、マングルによる搾液と圧縮を行う工程を10回行った。これによって、海成分の溶解除去(脱海)とPVA付シートの圧縮処理とを行い、極細繊維束が絡合してなるPVA付シートを得た。
【0130】
<高分子弾性体を付与する工程>
上記のようにして得られたPVA付シートに、ポリウレタンを主成分とする固形分の濃度が12質量%となるように調製した、ポリウレタンのジメチルホルムアミド(以下、DMFと略記することがある)溶液を浸漬させた。その後、ポリウレタンのDMF溶液に浸漬させたPVA付シートをロールで絞った。次いで、このシートを濃度30質量%のDMF水溶液中に浸漬させ、ポリウレタンを凝固させた。その後、PVAおよびDMFを熱水で除去し、濃度1質量%に調整したシリコーンオイルエマルジョン液を含浸し、繊維絡合体の質量とポリウレタンの質量の合計質量に対し、付与量が0.5質量%になるようにシリコーン系滑剤を付与し、120℃の温度の熱風で10分間乾燥させた。これによって、厚みが1.4mmで、繊維絡合体の質量に対するポリウレタン質量が34質量%となるポリウレタン付シートを得た。
【0131】
<半裁、起毛する工程>
上記のようにして得られたポリウレタン付シートを厚みがそれぞれ1/2ずつとなるように半裁した。続いて、サンドペーパー番手が240番のエンドレスサンドペーパーで半裁面の表層部を0.25mm研削して起毛処理を行い、厚み0.45mmの立毛シートを得た。
【0132】
<染色、仕上げ工程>
上記のようにして得られた立毛シートを、液流染色機を用いて染色した。その後、100℃で7分間、乾燥処理を行って、極細繊維の平均単繊維直径が4.4μmで、目付が175g/m2、厚みが0.55mm、立毛被覆率が85%、立毛長が330μmの人工皮革を得た。得られた人工皮革は、優れた耐摩耗性と高い強度を有し、かつ優れた品位と緻密感を有していた。結果を表2に示す。
【0133】
[実施例2]
実施例1に記載の海島型複合繊維ウェブを用いてカードおよびクロスラッパー工程を経て積層ウェブを形成したのち、固有粘度(IV値)が0.65のポリエチレンテレフタレートからなるマルチフィラメント(平均単繊維直径:11μm、総繊度:84dtex、72フィラメント)に2500T/mの撚りを施した撚糸を、緯糸と経糸の両方に用いた、織密度が経95本/2.54cm、緯76本/2.54cmの平織物(目付75g/m2)を前記積層ウェブの上下に積層した。その後、2500本/cm2のパンチ本数でニードルパンチ処理して、目付が700g/m2で、厚みが3.0mmの繊維絡合体を得た以外は、実施例1と同様にして、極細繊維の平均単繊維直径が4.4μmで、目付が320g/m2、厚みが0.9mm、立毛被覆率が85%、立毛長が330μmの人工皮革を得た。得られた人工皮革は、優れた耐摩耗性と非常に高い強度を有し、かつ優れた品位と緻密感を有していた。結果を表2に示す。
【0134】
[実施例3]
島成分として、ポリエチレンテレフタレートAに変えて、ポリエチレンテレフタレートBを用いたこと以外は実施例1と同様にして、繊維ウェブの圧縮回復率が87.3%、極細繊維の強度が3.1cN/dtex、極細繊維中のマンガン系化合物の粒子径の平均が0.16μm、マンガン元素含有量が3.6ppm、マンガン元素モル当量とリン元素モル当量のモル比(B/A)が11.7である人工皮革を得た。得られた人工皮革はわずかに耐摩耗性と強度は劣るものの、優れた品位と緻密感を有していた。結果を表2に示す。
【0135】
[実施例4]
島成分として、ポリエチレンテレフタレートAに変えて、ポリエチレンテレフタレートCを用いたこと以外は実施例1と同様にして、繊維ウェブの圧縮回復率が85.4%、極細繊維の強度が2.8cN/dtex、極細繊維中のマンガン系化合物の粒子径の平均が0.04μm、マンガン元素含有量が1.2ppm、マンガン元素モル当量とリン元素モル当量のモル比(B/A)が140.3である人工皮革を得た。得られた人工皮革はわずかに耐摩耗性と強度は劣るものの、優れた品位と高い緻密感を有していた。結果を表2に示す。
【0136】
[実施例5]
島成分と海成分からなる海島型複合構造を有する海島型複合繊維を、以下の条件で溶融紡糸し、次いで、90℃とした紡糸用油剤液浴中で極細繊維発現型繊維を3.4倍に延伸した以外は実施例1と同様にして、人工皮革を得た。
・島成分:ポリエチレンテレフタレートA
・海成分: MFR(メルトフローレート、ISO 1133:1997に規定の試験方法で測定)が65g/10分のポリスチレン
・口金: 島数が16島/ホールの海島型複合繊維用口金
・紡糸温度: 285℃
・島成分/海成分 質量比率: 55/45
・吐出量: 1.0g/(分・ホール)
・紡糸速度: 1100m/分
【0137】
繊維ウェブの圧縮回復率は86.9%であり、ニードルパンチ初期の不織布の厚み方向でのヘタリは起こりにくく、絡合性を高めることができた。この人工皮革を構成する極細繊維の平均単繊維直径は2.9μm、極細繊維の強度は3.5cN/dtex、極細繊維中のマンガン系化合物の粒子径の平均は0.12μm、マンガン元素含有量は3.6ppm、マンガン元素モル当量とリン元素モル当量のモル比(B/A)は22.2であった。この極細繊維発現型繊維を用いて得られた人工皮革は、優れた耐摩耗性を有し、かつ優れた品位と緻密感を有していた。結果を表2に示す。
【0138】
[実施例6]
島成分として、ポリエチレンテレフタレートAに変えて、ポリエチレンテレフタレートDを用いたこと以外は実施例1と同様にして、繊維ウェブの圧縮回復率が88.2%、極細繊維の強度が3.4cN/dtex、極細繊維中のマンガン系化合物の粒子径の平均が0.08μm、マンガン元素含有量が1.2ppm、マンガン元素モル当量とリン元素モル当量のモル比(B/A)が62.5である人工皮革を得た。得られた人工皮革は、優れた耐摩耗性と非常に高い強度を有し、かつ優れた品位と緻密感を有していた。結果を表2に示す。
【0139】
[実施例7]
島成分と海成分からなる海島型複合繊維を、以下の条件で溶融紡糸し、次いで、90℃とした紡糸用油剤液浴中で海島型複合繊維を3.0倍に延伸した以外は実施例1と同様にして、人工皮革を得た。
・島成分: ポリエチレンテレフタレートA
・海成分: MFR(メルトフローレート、ISO 1133:1997に規定の試験方法で測定)が65g/10分のポリスチレン
・口金: 島数が16島/ホールの海島型複合繊維用口金
・紡糸温度: 285℃
・島成分/海成分 質量比率: 90/10
・吐出量: 1.8g/(分・ホール)
・紡糸速度: 1100m/分
【0140】
繊維ウェブの圧縮回復率は86.2%であり、ニードルパンチ初期の不織布の厚み方向でのヘタリは起こりにくく、絡合性を高めることができた。この人工皮革を構成する極細繊維の平均単繊維直径は5.7μm、極細繊維の強度は3.3cN/dtex、極細繊維中のマンガン系化合物の粒子径の平均は0.13μm、マンガン元素含有量は3.6ppm、マンガン元素モル当量とリン元素モル当量のモル比(B/A)は22.2であった。この極細繊維発現型繊維を用いて得られた人工皮革は、優れた耐摩耗性を有し、かつ優れた品位と緻密感を有していた。結果を表2に示す。
【0141】
[実施例8]
島成分として、ポリエチレンテレフタレートAに変えて、ポリエチレンテレフタレートEを用いたこと以外は実施例1と同様にして、繊維ウェブの圧縮回復率が85.1%、極細繊維の強度が2.9cN/dtex、極細繊維中のマンガン系化合物の粒子径の平均が0.20μm、マンガン元素含有量が3.6ppmである人工皮革を得た。得られた人工皮革はわずかに耐摩耗性と強度は劣るものの、高い品位と緻密感を有していた。結果を表2に示す。
【0142】
[実施例9]
島成分として、ポリエチレンテレフタレートAに変えて、ポリエチレンテレフタレートFを用いたこと以外は実施例1と同様にして、繊維ウェブの圧縮回復率が89.0%、極細繊維の強度が3.6cN/dtex、極細繊維中のマンガン系化合物の粒子径の平均が0.10μm、マンガン元素含有量が3.6ppm、マンガン元素モル当量とリン元素モル当量のモル比(B/A)が22.2である人工皮革を得た。得られた人工皮革は、優れた耐摩耗性と高い強度、濃色で非常に均一な発色性を有し、かつ優れた品位と緻密感を有していた。結果を表2に示す。
【0143】
【0144】
[比較例1]
島成分として、ポリエチレンテレフタレートAに変えて、マンガン系化合物を含まないポリエチレンテレフタレートGを用いたこと以外は実施例1と同様にして、繊維ウェブの圧縮回復率が80.5%、極細繊維の強度が2.8cN/dtexである人工皮革を得た。得られた人工皮革は高い強度を有するものの、ニードルパンチによる絡合性が悪く、耐摩耗性や外観品位、緻密感に劣る人工皮革であった。結果を表3に示す。
【0145】
[比較例2]
島成分として、ポリエチレンテレフタレートAに変えて、ポリエチレンテレフタレートHを用いたこと以外は実施例1と同様にして、繊維ウェブの圧縮回復率が83.2%、極細繊維の強度が2.9cN/dtex、極細繊維中のマンガン系化合物の粒子径の平均が0.003μm、マンガン元素含有量が1.2ppm、マンガン元素モル当量とリン元素モル当量のモル比(B/A)が210.2である人工皮革を得た。得られた人工皮革は高い耐摩耗性を有するものの、ニードルパンチによる絡合性が悪く、強度や外観品位、緻密感に劣る人工皮革であった。結果を表3に示す。
【0146】
[比較例3]
島成分として、ポリエチレンテレフタレートAに変えて、ポリエチレンテレフタレートIを用いたこと以外は実施例1と同様にして、繊維ウェブの圧縮回復率が84.1%、極細繊維の強度が2.2cN/dtex、極細繊維中のマンガン系化合物の粒子径の平均が0.3μm、マンガン元素含有量が3.6ppm、マンガン元素モル当量とリン元素モル当量のモル比(B/A)が7.5である人工皮革を得た。得られた人工皮革は高い外観品位を有するものの、ニードルパンチによる絡合性が悪く、強度や耐摩耗性、緻密感に劣る人工皮革であった。結果を表3に示す。
【0147】
[比較例4]
島成分として、ポリエチレンテレフタレートAに変えて、ポリエチレンテレフタレートJを用いたこと以外は実施例1と同様にして、繊維ウェブの圧縮回復率が82.1%、極細繊維の強度が3.0cN/dtex、極細繊維中のマンガン系化合物の粒子径の平均が0.06μm、マンガン元素含有量が0.04ppm、マンガン元素モル当量とリン元素モル当量のモル比(B/A)が106.5である人工皮革を得た。得られた人工皮革は高い耐摩耗性を有するものの、ニードルパンチによる絡合性が悪く、強度や外観品位、緻密感に劣る人工皮革であった。結果を表3に示す。
【0148】
[比較例5]
島成分として、ポリエチレンテレフタレートAに変えて、ポリエチレンテレフタレートKを用いたこと以外は実施例1と同様にして、繊維ウェブの圧縮回復率が83.4%、極細繊維の強度が2.4cN/dtex、極細繊維中のマンガン系化合物の粒子径の平均が0.14μm、マンガン元素含有量が60.0ppm、マンガン元素モル当量とリン元素モル当量のモル比(B/A)が24.2である人工皮革を得た。得られた人工皮革は高い外観品位を有するものの、ニードルパンチによる絡合性が悪く、強度や耐摩耗性、緻密感に劣る人工皮革であった。結果を表3に示す。
【0149】
【0150】
表2に示すように、実施例1~9の人工皮革は、人工皮革を構成する極細繊維に含まれるマンガン系化合物の平均粒子径を特定の範囲とすることで、マンガン系化合物が島成分と海成分の界面にも存在でき、酸化分解などで発生するラジカルを失活することができたため、複合繊維の剛性を高めることができたものと考えられる。また、人工皮革を構成する極細繊維に含まれるマンガン系化合物の含有量を特定の範囲とすることで、極細繊維および複合繊維の剛性を高めることができたため、ニードルパンチ初期に厚み方向にヘタリにくく、高絡合で外観品位、緻密感に優れた人工皮革を得られた。さらに、紡糸時の安定性と糸強度に優れた人工皮革を得られた。
【0151】
一方、表3に示すとおり、比較例1の人工皮革のように、人工皮革を構成する極細繊維にマンガン系化合物を含有しない場合、比較例2および3の人工皮革のように、極細繊維に含まれるマンガン系化合物の平均粒子径が規定の範囲外である場合、あるいは、比較例4および5の人工皮革のように、極細繊維に含まれるマンガン系化合物の含有量が規定の範囲外である場合には、極細繊維の強度が著しく低下し、ニードルパンチ初期に厚み方向にヘタリやすくなり、絡合性が低下するため、耐摩耗性や強度、外観品位、緻密感に劣る人工皮革となった。
【要約】
無機粒子(特に、金属化合物)を多く含むような極細繊維からなる不織布を構成要素として含む繊維絡合体と、高分子弾性体とからなる人工皮革において、強度(特に、引張強度・引裂強度)、品位、緻密感を兼ね備えた人工皮革を提供するために、本発明の人工皮革は、平均単繊維直径が1.0μm以上10.0μm以下の極細繊維からなる不織布を構成要素として含む繊維絡合体と、高分子弾性体とからなる人工皮革であって、以下の要件を満たすものである。
(1)前記極細繊維がマンガン系化合物を含有するポリエステル系樹脂からなる。
(2)前記マンガン系化合物の平均粒子径が0.01μm以上0.20μm以下である。
(3)前記極細繊維が、マンガン元素を極細繊維100質量%中、0.1ppm以上50.0ppm以下含有する。