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特許7193083エクソソームの遺伝子機能を抑制することができる複合体、がんの増殖及び/又は転移抑制剤
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2022-12-12
(45)【発行日】2022-12-20
(54)【発明の名称】エクソソームの遺伝子機能を抑制することができる複合体、がんの増殖及び/又は転移抑制剤
(51)【国際特許分類】
   C07K 16/28 20060101AFI20221213BHJP
   C07K 19/00 20060101ALI20221213BHJP
   A61K 48/00 20060101ALI20221213BHJP
   A61K 31/7088 20060101ALI20221213BHJP
   A61K 47/68 20170101ALI20221213BHJP
   A61K 47/62 20170101ALI20221213BHJP
   A61P 35/00 20060101ALI20221213BHJP
   A61P 35/04 20060101ALI20221213BHJP
   C12N 15/113 20100101ALI20221213BHJP
【FI】
C07K16/28
C07K19/00
A61K48/00
A61K31/7088
A61K47/68
A61K47/62
A61P35/00
A61P35/04
C12N15/113 Z ZNA
【請求項の数】 13
(21)【出願番号】P 2018500234
(86)(22)【出願日】2017-02-17
(86)【国際出願番号】 JP2017005994
(87)【国際公開番号】W WO2017142083
(87)【国際公開日】2017-08-24
【審査請求日】2020-02-13
(31)【優先権主張番号】P 2016028924
(32)【優先日】2016-02-18
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
【前置審査】
(73)【特許権者】
【識別番号】504132272
【氏名又は名称】国立大学法人京都大学
(73)【特許権者】
【識別番号】508319602
【氏名又は名称】学校法人京都薬科大学
(74)【代理人】
【識別番号】110000796
【氏名又は名称】弁理士法人三枝国際特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】山吉 麻子
(72)【発明者】
【氏名】村上 章
(72)【発明者】
【氏名】芦原 英司
(72)【発明者】
【氏名】小堀 哲生
【審査官】春田 由香
(56)【参考文献】
【文献】国際公開第2014/167969(WO,A1)
【文献】国際公開第2013/099925(WO,A1)
【文献】特表2014-523884(JP,A)
【文献】XIONG, B. et al.,MiR-21 regulates biological behavior through the PTEN/PI-3 K/Akt signaling pathway in human colorectal cancer cells,International Journal of Oncology,2013年,Vol.42, No.1,p.219-228,ISSN 1019-6439
【文献】FIORI, M. E. et al.,Antitumor effect of miR-197 targeting in p53 wild-type lung cancer,Cell Death and Differentiation,2014年,Vol.21, No.5,p.774-782,ISSN 1350-9047
【文献】Sweeny, L. et al.,A novel extracellular drug conjugate significantly inhibits head and neck squamous cell carcinoma,Oral Oncology,2013年,Vol.49, No.10,p.991-997,doi:10.1016/j.oraloncology.2013.07.006
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
A61K 39/00-39/44
A61K 31/00-31/80
A61K 48/00
A61K 45/00-45/08
A61K 9/00- 9/72
A61K 47/00-47/69
C07K 16/28
C07K 19/00
C12N 15/113
JSTPlus/JMEDPlus/JST7580(JDreamIII)
CAplus/MEDLINE/EMBASE/BIOSIS(STN)
PubMed
CiNii
医中誌WEB
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
エクソソーム表面抗原を標的とする抗体又はエクソソーム表面抗原を標的とする抗体断片と遺伝子又はその発現産物の抑制剤を含む複合体であって、前記エクソソーム表面抗原がCD63又はCD9であり、前記抗体又は前記抗体断片と前記遺伝子又はその発現産物の抑制剤は直接又はリンカーを介して共有結合するか、或いは、非共有結合的に結合しており、前記遺伝子又はその発現産物の抑制剤は抗miRNA核酸であり、前記抗miRNA核酸はエクソソームに含まれるmiRNAと相補鎖を形成することでがんの増殖又は転移に関与するmiRNAの機能を抑制する核酸である、複合体。
【請求項2】
前記抗miRNA核酸がanti-miR21核酸である、請求項1に記載の複合体。
【請求項3】
エクソソーム表面抗原がCD63である、請求項1又は2に記載の複合体。
【請求項4】
前記抗体又は前記抗体断片はシステイン、アルギニン、リシン及びオルニチンからなる群から選ばれる少なくとも1種のアミノ酸を含むペプチドで修飾され、前記遺伝子又はその発現産物の抑制剤は前記ペプチドと共有結合(S-S結合)、配位結合又は非共有結合的に結合してなる、請求項1~3のいずれか1項に記載の複合体。
【請求項5】
前記ペプチドは、グリシン又はアラニンをさらに含む、請求項に記載の複合体。
【請求項6】
前記ペプチドは、ポリリシン又はポリアルギニンである、請求項に記載の複合体。
【請求項7】
前記ペプチドがポリアルギニンである、請求項に記載の複合体。
【請求項8】
前記抗体又は前記抗体断片が抗CD63抗体又はそのCD63結合断片である、請求項1~9のいずれか1項に記載の複合体。
【請求項9】
前記抗体又は前記抗体断片が抗CD63抗体である、請求項1~のいずれか1項に記載の複合体。
【請求項10】
エクソソーム表面抗原を標的とする抗体又はエクソソーム表面抗原を標的とする抗体断片が抗CD63抗体又はそのCD63結合断片であり、遺伝子又はその発現産物の抑制剤がanti-miR21核酸である、請求項1~8のいずれか1項に記載の複合体。
【請求項11】
前記抗体又は前記抗体断片がモノクローナル抗体、一本鎖抗体、Fab、Fab'、F(ab')2、Fv又はscFvである、請求項1~10のいずれか1項に記載の複合体。
【請求項12】
請求項1~11のいずれか1項に記載の複合体を含む、がんの増殖及び/又は転移抑制剤。
【請求項13】
請求項1~12のいずれか1項に記載の複合体を含む、がんの治療剤。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、エクソソーム(exosome)の遺伝子機能を抑制することができる複合体、がんの増殖及び/又は転移抑制剤に関する。
【背景技術】
【0002】
近年、T細胞、血小板、上皮細胞、免疫細胞やがん細胞をはじめとする多様な細胞がエクソソームと呼ばれる直径40~100nmの小胞を放出することにより、遠く離れた細胞まで情報を伝達する機構が見出された。
【0003】
とりわけ、血中に分泌されたエクソソームに含まれるmiRNAなどの遺伝子の発現産物が、がん細胞の増殖能並びに転移能を支配するという新たなメカニズムが示唆されており、非常に注目を浴びている。
【0004】
エクソソーム内のmiRNAの機能を抑制するために、miRNAに相補的な配列を有する修飾核酸(アンチセンス核酸)を用いる手法が一般的である(非特許文献1~3)。しかし、血中に存在するmiRNAはエクソソームに内包されているため、血中にアンチセンス核酸を投与しても直接ターゲッティングするのは困難である。
【0005】
エクソソームを薬物輸送担体として用いる手法は多数知られている(非特許文献3~5、特許文献1~2)。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0006】
【文献】特開2010-285426
【文献】特開2014-185090
【非特許文献】
【0007】
【文献】G. Hutvagner, M. J. Simard, C. C. Mello and P. D. Zamore, PLoS Biol., 2004, 2, E98.
【文献】U. A. Orom, S. Kauppinen and A. H. Lund, Gene, 2006, 372, 137-141
【文献】S. Davis, B. Lollo, S, Freier and C. Esau, Nucleic Acids Res., 2006, 34, 2294-2304
【文献】Lai CP, Mardini O, Ericsson M, Prabhakar S, Maguire CA, Chen JW, et al.Acs Nano. 2014; 8(1):483-94
【文献】Smyth T, Petrova K, Payton NM, Persaud I,Redzic JS, Graner MW, et al.Bioconjugate Chem. 2014; 25(10):1777-84
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
本発明は、エクソソームに含まれるmiRNAなどの遺伝子又はその発現産物の機能を阻害する新たな手法を提供することを主な目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0009】
本発明は、以下の複合体及びがんの増殖及び/又は転移抑制剤を提供するものである。
項1. エクソソーム表面抗原を標的とする抗体又は抗体断片と遺伝子又はその発現産物の抑制剤を含む複合体であって、前記抗体又は抗体断片と前記遺伝子又はその発現産物の抑制剤は直接又はリンカーを介して共有結合するか、或いは、非共有結合的に結合している、複合体。
項2. エクソソーム表面抗原がCD9、CD63、CD81又はCD147である、項1に記載の複合体。
項3. 前記抗体又は抗体断片はシステイン、アルギニン、リシン及びオルニチンからなる群から選ばれる少なくとも1種のアミノ酸を含むペプチドで修飾され、前記遺伝子又はその発現産物の抑制剤は前記ペプチドと共有結合(S-S結合)、配位結合又は非共有結合的に結合してなる、項1又は2に記載の複合体。
項4. 前記ペプチドは、グリシン又はアラニンをさらに含む、項3に記載の複合体。
項5. 前記ペプチドは、ポリリシン又はポリアルギニンである、項3に記載の複合体。
項6. 前記ペプチドがポリアルギニンである、項5に記載の複合体。
項7. 前記遺伝子又はその発現産物の抑制剤は抗miRNA核酸であり、前記抗miRNA核酸はエクソソームに含まれるmiRNAと相補鎖を形成することでmiRNAの機能を抑制する核酸である、項1~6のいずれか1項に記載の複合体。
項8. 前記抗体又は抗体断片が抗CD63抗体である、項1に記載の複合体。
項9. 前記遺伝子又はその発現産物の抑制剤がエクソソーム中に存在するmiRNA又は遺伝子の抑制剤である、項1に記載の複合体。
項10. 遺伝子又はその発現産物の抑制剤がmiRNA抑制剤である、項1に記載の複合体。
項11. 前記抗体又は抗体断片がモノクローナル抗体、一本鎖抗体、Fab、Fab'、F(ab')2、Fv又はscFvである、項1に記載の複合体。
項12. 項1~11のいずれか1項に記載の複合体を含む、がんの増殖及び/又は転移抑制剤。
【発明の効果】
【0010】
本発明によれば、特にがん転移と増殖に関与するエクソソームに含まれる遺伝子機能を効果的に抑制することができる。
【図面の簡単な説明】
【0011】
図1】本発明の複合体(conjugate)の作用機序の概念図
図2】実施例1の蛍光標識抗体の製造スキームを示す模式図
図3】実施例1の結果を示す共焦点レーザー顕微鏡写真
図4】実施例2の複合体の製造スキームを示す模式図
図5】実施例2及び比較例1の結果を示す共焦点レーザー顕微鏡写真。上段の「anti-CD63 IgG + RNA(Cy5)」が比較例1であり、下段の「anti-CD63 IgG-9r + RNA(Cy5)」が実施例1である。phalloidin は、細胞骨格を構成する重合アクチン(F-actin)と特異的に結合するオリゴペプチドで、細胞骨格の染色に用いた。
図6】実施例3の製造スキームを示す模式図
図7】細胞内に取り込まれたanti-CD63抗体/anti-miR複合体のmicroRNAに対する機能阻害効果
図8】エクソソームmiR21依存性の細胞増殖抑制
図9】in vivoにおけるanti-CD63抗体/anti-miR核酸複合体のin vivoにおける効果
【発明を実施するための形態】
【0012】
遺伝子又はその発現産物の抑制剤は、エクソソーム中に含まれる遺伝子の機能の抑制剤であり、例えば低分子化合物、miRNA抑制剤、DNA抑制剤、mRNA抑制剤、tRNA抑制剤、rRNA抑制剤、piRNA抑制剤、non-coding RNA抑制剤、アプタマー、抗体、F(ab’)2断片、一本鎖抗体断片、Fv断片、一本鎖Fv断片、アフィボディ、ナノボディ、選択的抗体足場(例えば、ダイアボディなど)が挙げられる。
【0013】
本発明の1つの好ましい実施形態において、遺伝子又はその発現産物の抑制剤としては、低分子化合物、抗miRNA核酸が挙げられる。低分子化合物としては、シスプラチン、5FU(5-フルオロウラシル)、ドキソルビシン、アクチノマイシン、マイトマイシン、シクロホスファミド、メルフェラン等が挙げられる。
【0014】
抗体又は抗体断片としては、モノクローナル抗体、一本鎖抗体、Fab、Fab'、F(ab')2、Fv、scFvが挙げられる。
【0015】
miRNA(microRNA)は、エクソソームに含まれる15~30個程度、特に18~25個程度の塩基を含むRNAである。本発明において、エクソソームとは、哺乳動物細胞から放出される小胞を広く含む。哺乳動物としては、ヒト、サル、ウシ、ヒツジ、ヤギ、ウマ、ブタ、ウサギ、イヌ、ネコ、ラット、マウス、モルモットなどが挙げられ、特にヒトが好ましい。哺乳動物細胞は、特に腫瘍細胞、樹状細胞、マクロファ-ジ、T細胞、B細胞、血小板、網状赤血球、上皮細胞、線維芽細胞などが挙げられ、特に腫瘍細胞が挙げられる。エクソソームの直径は30~200nm程度、好ましくは30~100nm程度である。
【0016】
抗体又は抗体断片の標的となるエクソソーム表面抗原としては、CD9、CD63、CD81、CD147等が挙げられる。抗体又は抗体断片の標的となる好ましいエクソソーム表面抗原は、CD9、CD63であり、より好ましくはCD63である。
【0017】
本発明の複合体は、エクソソーム表面抗原を標的とする抗体又は抗体断片と遺伝子又はその発現産物の抑制剤を必須の構成要素として含む。
【0018】
エクソソーム表面抗原を標的とする抗体又は抗体断片としては、抗CD9抗体、抗CD63抗体、抗CD81抗体、抗CD147抗体、或いはこれらの抗体の断片等が挙げられ、好ましくは抗CD9抗体、抗CD63抗体又はその抗体断片であり、より好ましくは抗CD63抗体又はその抗体断片である。
【0019】
抗miRNA核酸は、エクソソームに存在するmiRNAの相補配列を含み、miRNAと相補鎖を形成することでmiRNAの機能を抑制することができる。抗miRNA核酸は、miRNAの相補配列のみから構成されていてもよく、miRNAの相補配列の5’末端側もしくは3’末端側に任意の配列が付加されていてもよい。付加される配列の塩基の数は、50個以下、好ましくは40個以下、より好ましくは20個以下、さらに好ましくは10個以下、特に5個以下であり、最も好ましい抗miRNA核酸は、標的のmiRNAに対する相補鎖のみからなる。抗miRNA核酸は、DNA、RNA、或いは、核酸誘導体であり、好ましくはRNAである。核酸誘導体としては、核酸の塩基部分、リボース部分、リン酸ジエステル結合部分等の原子(例えば、水素原子、酸素原子)もしくは官能基(例えば、水酸基、アミノ基)が他の原子(例えば、水素原子、硫黄原子)、官能基(例えば、アミノ基)、もしくは炭素数1~6のアルキル基で置換されたものまたは保護基(例えばメチル基またはアシル基)で保護されたもの、またはこれらの部分が非天然型の成分(例えば、ペプチド結合)で置換されたものをいう。このような核酸誘導体としては、例えば塩基部分をペプチド結合で連結したペプチド核酸(PNA)、グリコール核酸(GNA)、トレオース核酸(TNA)、架橋化核酸(BNA)、塩基のアミノ基の水素原子を炭素数1~6のアルキル基で置換した核酸、リボース部分の水酸基の立体配置を変換した核酸、およびリン酸ジエステル結合部分の酸素原子を硫黄原子で置換したホスホロチオエートを含む核酸等が挙げられる。
【0020】
抗miRNA核酸は、標的となるmiRNAの相補配列を1個含んでいてもよく、2個以上(例えば、2~10個、好ましくは2,3,4,5個)の相補配列を直接或いは適当な塩基を介在させて複数含んでいてもよい。また、相補配列は、1種類の配列を複数含んでいてもよく、多種類の相補配列を各々含んでいてもよい。抗miRNA核酸は、1本鎖だけでなく、2本鎖核酸であってもよい。2本鎖核酸としては、dsRNA、siRNAが挙げられ、shRNAのようなヘアピン構造を有するRNAも抗miRNA核酸に含まれる。2本鎖核酸には、DNA-RNAハイブリッドも含まれる。
【0021】
機能抑制の対象となるエクソソームの遺伝子又はその発現産物は、特にがんの増殖、転移に関与するものである。
【0022】
遺伝子又はその発現産物の抑制剤、例えばmiRNA抑制剤は、抗体又は抗体断片と直接又はリンカーを介して共有結合してもよく、非共有結合的に結合してもよい。非共有結合的な結合としては、イオン結合、配位結合、疎水性相互作用が挙げられる。例えば、抗体又は抗体断片が少なくとも1個のシステイン残基を含むペプチドで修飾されている場合、SH基を有する遺伝子又はその発現産物の抑制剤はシステインのSH基を介して、S-S結合により共有結合することができ、或いは、金属イオンを介して、-S-(金属イオン)-S-の配位結合により結合することができる。システイン残基の数は、1つであってもよく、2つ以上であってもよい。抗体又は抗体断片がアルギニン残基を含むペプチドで修飾されている場合、抗miRNA核酸のようなアニオン性の遺伝子又はその発現産物の抑制剤は、アルギニン残基のカチオンとイオン結合により非共有結合することができる。また、抗体又は抗体断片がリシン残基又はオルニチン残基を含むペプチドで修飾されている場合、抗miRNA核酸のようなアニオン性の遺伝子又はその発現産物は、リシン残基又はオルニチン残基のカチオンとイオン結合により非共有結合することができ、或いは、リシン残基又はオルニチン残基の末端のアミノ基(NH)を介して直接又は適当なリンカーを介して共有結合することもできる。
【0023】
抗体又は抗体断片に直接又はリンカーを介して結合されるペプチドは、リシン(Lys、K)、アルギニン(Arg、R)、オルニチン(Orn)から選択される塩基性アミノ酸から構成されるペプチドが好ましい。ペプチドは、リンカー長の調整のためにグリシン又はアラニン残基を含んでいてもよい。塩基性アミノ酸は、リシン(Lys、K)、アルギニン(Arg、R)がより好ましい。1つの好ましい実施形態のペプチドは、ポリアルギニン又はポリリシンである。ペプチドにおけるアミノ酸の数は、アニオン性の遺伝子又はその発現産物の抑制剤(例えばmiRNA抑制剤)を結合できる限り特に限定されないが、例えば4~50個、好ましくは5~40個、より好ましくは6~30個、さらに好ましくは7~25個、特に好ましくは8~20個である。例えば、ペプチドが塩基性アミノ酸のみから構成される場合、ペプチドに結合できるアニオン性の遺伝子又はその発現産物の抑制剤(例えばmiRNA抑制剤)の数は1個又は2個であり、好ましくはペプチドとアニオン性の遺伝子又はその発現産物の抑制剤は、1対1で結合する。ペプチドは、1つの抗体又は抗体断片に対し1~10個、1~8個、1~6個、1~4個。或いは1~2個結合させることができる。ペプチドを抗体に複数結合させることで、複数のmiRNA抑制剤を含む複合体を得ることができる。エクソソーム内のmiRNA の種類は200種類を超えるとされており、標的となるmiRNAが多数存在する場合には、抗体1個に複数のペプチドを結合させ、多種類のmiRNA抑制剤を結合させることができる。また、エクソソームにCD9、CD63、CD81、CD147などの表面抗原が多数存在する場合には、抗体の数を増やして対応してもよい。
【0024】
本明細書において、「ペプチドで修飾された抗体又は抗体断片」とは、ペプチドが抗体又は抗体断片に共有結合していることを意味する。ペプチドが結合される場所は、抗体又は抗体断片の定常領域(CH1、CH2、CH3)、Fc領域などの定常領域が挙げられる。抗体又は抗体断片へのペプチドの結合は、常法に従い行うことができ、例えば下記のスキーム1に従い行うことができる。
【0025】
【化1】
【0026】
(式中、Abは抗体又は抗体断片であり、Ab に結合したNH2は、Abの結合に大きく影響しない領域(例えばCH1,CH2,CH3、Fc領域などの定常領域)のアミノ酸のアミノ基である。Pは、システイン、アルギニン、リシン及びオルニチンからなる群から選ばれる少なくとも1種のアミノ酸を含むペプチド又は遺伝子又はその発現産物の抑制剤である。)
抗体又は抗体断片(1)と化合物(2)を反応させてアミジン化合物(3)とし、これと化合物(4)を反応させてペプチド或いは遺伝子又はその発現産物の抑制剤が結合した抗体又は抗体断片(5)を得ることができる。ペプチド或いは遺伝子又はその発現産物の抑制剤が結合した抗体又は抗体断片(5)を得るための具体的な反応条件は、ACS Chem. Biol. 2011, 6, 962-970などの記載を参考にして当業者は容易に決定することができる。上記のスキーム1は単なる例示であり、ペプチド或いは遺伝子又はその発現産物の抑制剤が抗体又は抗体断片に直接もしくは適当なリンカーを介して共有結合している限り、全て本発明に含まれる。
【0027】
ペプチド、遺伝子又はその発現産物の抑制剤が抗体又は抗体断片と結合するときのリンカーとしては、―O―、-CO-、-CONH-、―NHCO―、-NH2-、―(OCH2CH2)n―、マレイミド基とスクシンイミド基を末端に有する二価のリンカー等が挙げられる。
【0028】
ペプチドが結合した抗体又は抗体断片は、抗miRNA核酸と水などの溶媒中で混合することで、複合体を形成する。
【0029】
本発明の複合体は、図1に示すように、血管内に注入されると抗体又は抗体断片部分でエクソソームと結合する。このとき、遺伝子又はその発現産物の抑制剤(図1ではanti-miR)はエクソソームの外に存在するが、エクソソームが細胞内に取り込まれると、エクソソームとともに細胞内に取り込まれ、細胞内でエクソソームが壊れて遺伝子又はその発現産物の抑制剤(図1では抗miRNA核酸)が放出されると、遺伝子又はその発現産物の機能を抑制することができる。機能が抑制される遺伝子又はその発現産物ががんの増殖、転移に関わる場合には、本発明の複合体はがんの増殖及び/又は転移抑制剤になる。がんの増殖及び/又は転移抑制のために、本発明の複合体は、成人1日当たり1μg~1g程度を投与すればよい。
【実施例
【0030】
以下、本発明を実施例によりさらに詳細に説明するが、本発明はこれらに限定されるものではない。
【0031】
実施例において、anti-CD63抗体はコスモバイオ製、anti-CD 9抗体とanti-CD81抗体はabcam製、anti-TSG101抗体はabnova製を使用した。
【0032】
実施例1:蛍光標識抗体の細胞内取り込み(図2)
エクソソーム表面抗原を認識する抗体が、エクソソームとともに細胞内に取り込まれるかどうかを検証した。
【0033】
マルチウェルガラスボトムディッシュ(松浪硝子工業株式会社製)にHela細胞(子宮頸ガン細胞)を9000個/wellで加え、5% CO2 インキュベータで、37℃で24時間インキュベートした。各ウェルに蛍光標識抗体(anti-CD63抗体、anti-CD9抗体、anti-CD81抗体、抗TSG101抗体)を加え、さらに5% CO2 インキュベータで、37℃で24時間インキュベートした。上清を除去し、1×PBSで細胞を洗浄し、4%パラホルムアルデヒド100μLを加え、室温で5分間インキュベートして細胞を固定した。1×PBSで細胞を2回洗浄し、1×PBS 中のHoechst33342を200μL(最終濃度5μM)加え、室温で10分間インキュベートして、生細胞を染色した。1×PBSで細胞を2回洗浄し、共焦点レーザー顕微鏡撮影を行った。結果を図3に示す。図3に示すように、anti-CD63抗体(CD63)で処置した細胞において、抗体の標識基であるフルオレセインの蛍光がハッキリと観察された。anti-CD9抗体(CD9) 、anti-CD81抗体(CD81)に関してもフルオレセインの蛍光が僅かながら観察された。anti-TSG101抗体(TSG101)を用いた場合には、蛍光発光は観察されなかった。
【0034】
Hela細胞を用いた上記の例では、anti-CD63抗体が取り込まれているが、Hela細胞に代えてCal27細胞を用いたときには、anti-CD9抗体が優先的に取り込まれる。
【0035】
anti-CD63抗体とanti-CD9抗体は、細胞培養上清に存在するエクソソームに結合した後、細胞内に取り込まれることが示唆された。
【0036】
実施例2及び比較例1:抗体/核酸複合体の細胞内取り込み(図4)
エクソソーム表面抗原を認識する抗体が、エクソソームとともに細胞内に取り込まれるかどうかを検証した。
【0037】
マルチウェルガラスボトムディッシュ(松浪硝子工業株式会社製)にHela細胞(子宮頸ガン細胞)を9000個/wellで加え、5% CO2 インキュベータで、37℃で24時間インキュベートした。各ウェルにanti-CD63抗体-9r/核酸複合体(anti-CD63 IgG-9r + anti-miR(Cy5))を添加した。使用したanti-miR(Cy5)は、5’-Cy5-aguca auagg gugug ugaga gacuu acug- 3’(ファスマック社製、配列番号1)である。
【0038】
比較例1として、anti-CD63 IgG -9r/核酸複合体の代わりにanti-CD63 IgGとanti-miR(Cy5)を添加した。
【0039】
細胞骨格の染色にphalloidinを用いた。Phalloidinは細胞骨格を構成する重合アクチン(F-actin)と特異的に結合するオリゴペプチドである。
【0040】
5% CO2 インキュベータで、37℃で24時間インキュベートした。上清を除去し、1×PBSで細胞を洗浄し、4%パラホルムアルデヒド100μLを加え、室温で5分間インキュベートして細胞を固定した。1×PBSで細胞を2回洗浄し、1×PBS 中のAlexa488標識phalloidine溶液を200μL(最終濃度100 nM)加え、室温で20分間インキュベートした。phalloidine溶液を除去し、1×PBS 中のHoechst33342を200μL(最終濃度5μM)加え、室温で10分間インキュベートして、生細胞を染色した。1×PBSで細胞を2回洗浄し、共焦点レーザー顕微鏡撮影を行った。結果を図5に示す。図5に示すように、抗CD63抗体/核酸複合体(anti-CD63 IgG-9r + anti-miR(Cy5))は、細胞内に取り込まれることが示された。
【0041】
実施例3:anti-CD63抗体/anti-miR核酸複合体のmicroRNA機能阻害効果(図6)
anti-CD63抗体/ anti-miR核酸複合体が細胞内に取り込まれた後、microRNA機能阻害効果を発揮するかどうかを評価した。
【0042】
96ウェルプレートにHela細胞(子宮頸ガン細胞)を4500個/wellで加え、5% CO2 インキュベータで、37℃で24時間インキュベートした。各ウェルにルシフェラーゼmRNAを標的とするmicroRNA(miR-Luc)を導入した(Lipofectamine RNAiMAX)。5% CO2 インキュベータで、37℃で18時間インキュベートし、ルシフェラーゼ発現プラスミド(pGL4.13&pGL4.73)を導入した(Lipofectamine 2000)。5% CO2 インキュベータで、37℃で6時間インキュベートし、anti-CD63抗体/anti-miR核酸複合体(anti-CD63 IgG-9r + anti-miR-Luc)、anti-miR-Lucのみ(300nM)、あるいは、anti-CD63抗体のみ(600nM)を添加し、5% CO2 インキュベータで、37℃で24時間インキュベートし、ホタルルシフェリンを添加してルシフェラーゼアッセイを行った。前記複合体は、anti-CD63抗体(300nM)/anti-miR核酸(300nM)、又は、anti-CD63抗体(600nM)/anti-miR核酸(300nM)であった。結果を図7に示す。
【0043】
anti-CD63抗体/anti-miR核酸複合体は、細胞内に取り込まれた後、microRNAに対する機能阻害効果を発揮することが確認された。
【0044】
実施例4:anti-CD63抗体/anti-miR核酸複合体のエクソソーム内包型microRNAに対する機能阻害効果
anti-CD63抗体/ anti-miR核酸複合体がエクソソーム内包型microRNAに対する機能阻害効果を発揮するかどうかを評価した。
【0045】
96ウェルプレートにCal27(口腔上皮がん細胞)を50000個/wellで加え、5% CO2 インキュベータで、37℃で24時間インキュベートした。細胞をスクラッチした後にhypoxia(0.1% O2)又はnormoxia(20% O2)条件下で培養し、エクソソーム(10μg/ml)を添加した。次いでhypoxia exosome添加系において、anti-CD63抗体/anti-miR核酸複合体(anti-CD63 IgG-9r + anti-miR21)、anti-CD63抗体 + anti-miR-21(リンカー無し)または無添加(コントロール)の系で、5% CO2 インキュベータで、37℃で24時間インキュベートし、スクラッチによる創傷治癒(% Wound closure)を観察した。結果を図8に示す。
【0046】
anti-CD63抗体/anti-miR核酸複合体は、エクソソームmiR21 dependentな細胞増殖を抑制することが明らかになった。
【0047】
実施例5:anti-CD63抗体/anti-miR21核酸複合体のin vivo機能阻害効果(図9)
anti-CD63抗体/ anti-miR21核酸複合体がin vivoにおいてもmicroRNAに対する機能阻害効果を発揮するかどうかを評価した。
【0048】
Cal27(口腔上皮がん細胞)を500,000個/200μL/PBSをヌードマウス(nu/nu BALB)の臀部に移植し、14日後に腫瘍系を測定した。Cal27とともにPBSのみを投与したもの(PBS)をコントロールとし、anti-CD63抗体/anti-miR21核酸複合体(anti-CD63 IgG-9r + anti-miR21)又は、anti-CD63抗体 + anti-miR21(各々単体投与)を投与したものと比較した。結果を図9に示す。
【0049】
本発明の複合体は、in vivoでの腫瘍増殖の抑制に有効であることが明らかになった。
図1
図2
図3
図4
図5
図6
図7
図8
図9
【配列表】
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