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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2022-12-12
(45)【発行日】2022-12-20
(54)【発明の名称】補聴器のための指向性信号処理方法
(51)【国際特許分類】
   H04R 25/00 20060101AFI20221213BHJP
   H04R 3/00 20060101ALI20221213BHJP
【FI】
H04R25/00 J
H04R3/00 320
【請求項の数】 14
【外国語出願】
(21)【出願番号】P 2021123022
(22)【出願日】2021-07-28
(65)【公開番号】P2022027584
(43)【公開日】2022-02-10
【審査請求日】2021-07-28
(31)【優先権主張番号】10 2020 209 555.8
(32)【優先日】2020-07-29
(33)【優先権主張国・地域又は機関】DE
(73)【特許権者】
【識別番号】508115093
【氏名又は名称】シバントス ピーティーイー リミテッド
(74)【代理人】
【識別番号】100094525
【弁理士】
【氏名又は名称】土井 健二
(74)【代理人】
【識別番号】100094514
【弁理士】
【氏名又は名称】林 恒徳
(72)【発明者】
【氏名】トビアス ダニエル ローゼンクランツ
【審査官】西村 純
(56)【参考文献】
【文献】独国特許発明第102019205709(DE,B3)
【文献】特開2018-186500(JP,A)
【文献】米国特許出願公開第2010/0310084(US,A1)
【文献】米国特許出願公開第2009/0175466(US,A1)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
H04R 1/00-31/00
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
補聴器(2)のための指向性信号処理方法であって、
前記補聴器(2)の第1の入力変換器(24)によって、周囲の音信号(28)から第1の入力信号(E1)を生成し、
前記補聴器(2)の第2の入力変換器(26)によって、周囲の前記音信号(28)から第2の入力信号(E2)を生成し、
前記第1の入力信号(E1)及び前記第2の入力信号(E2)に基づいて、第1の指向性信号(Xr1)及び第2の指向性信号(Xr2)をそれぞれ形成し、
ここで、前記第2の指向性信号(Xr2)は、第1の有効信号源(14)の方向に相対的な減衰を有しており、
前記第1の指向性信号(Xr1)は、第2の有効信号源(18)の方向に相対的な減衰を有しており、
前記第1の有効信号源(14)の第1の有効信号(S1)の増幅のための第1の利得パラメータ(G1)と、前記第2の有効信号源(18)の第2の有効信号(S2)の増幅のための第2の利得パラメータ(G2)とを決定し、
ここで、基準指向性信号(Xref)に対して基準指向特性(62、63、64)が定義されており、
前記第1の利得パラメータ(G1)及び/又は前記第2の利得パラメータ(G2)に基づいて、前記基準指向特性(62、63、64)に関連し、第1の修正利得パラメータ(G1’)と第2の修正利得パラメータ(G2’)とを決定することにより、前記第1の利得パラメータ(G1)が前記第2の利得パラメータと同一の場合に、前記第1の修正利得パラメータ(G1’)によって重み付けされた前記第1の指向性信号(Xr1)と、前記第2の修正利得パラメータによって重み付けされた前記第2の指向性信号(Xr2)との和として形成される出力指向性信号(Xout)が、線形スケーリングされた基準指向性信号(Xref)に変換され、
ここで、2つの前記修正利得パラメータの少なくとも1つ(G2’)が、対応する基礎となる前記利得パラメータ(G2)と異なるものである、補聴器(2)のための指向性信号処理方法。
【請求項2】
前記第2の有効信号(S2)が、前記出力指向性信号(Xout)によって、前記基準指向特性(62、63、64)に対して前記第2の利得パラメータ(G2)の分だけ増幅されるように、前記第2の修正利得パラメータ(G2’)を決定し、及び/又は、
前記第1の有効信号(S1)が、前記出力指向性信号(Xout)によって、前記基準指向特性(62、63、64)に対して、前記第1の利得パラメータ(G1)の分だけ増幅されるように、前記第1の修正利得パラメータを決定する、請求項1に記載の方法。
【請求項3】
前記第2の修正利得パラメータ(G2’)を、前記第2の利得パラメータ(G2)と修正係数との積として形成し、
前記修正係数は、前記基準指向性信号(Xref)を前記第1の指向性信号(Xr1)と前記第2の指向性信号(Xr2)との線形結合として表現したときの、前記第2の指向性信号(Xr2)の線形係数に相当するものである、請求項1又は請求項2に記載の方法。
【請求項4】
前記第1の修正利得パラメータ(G1’)を、前記第1の指向性信号(Xr1)が前記第2の有効信号源(18)の方向に最小の感度を有するときの前記第1の利得パラメータ(G1)として決定する、請求項1~請求項3のいずれか一項に記載の方法。
【請求項5】
前記第1の入力信号(E1)と前記第2の入力信号(E2)とに基づいて、第1の中間信号(Z1)と第2の中間信号(Z2)とを形成し、
前記第1の指向性信号(Xr1)を、前記第1の中間信号(Z1)の前記第2の中間信号(Z2)との重ね合せとして形成し、その際に、関連する第1の重ね合せパラメータ(a1)を決定し、及び/又は、
前記第2の指向性信号(Xr2)を、前記第2の中間信号(Z2)の前記第1の中間信号(Z1)との重ね合せとして形成し、その際に、関連する第2の重ね合せパラメータ(a2)を決定する、請求項1~請求項4のいずれか一項に記載の方法。
【請求項6】
前記第1の修正利得パラメータ(G1’)を、前記第1の利得パラメータ(G1)と第1の修正係数との積として形成し、
前記第2の修正利得パラメータ(G2’)を、前記第2の利得パラメータ(G2)と第2の修正係数との積として形成する、請求項1~請求項5のいずれか一項に記載の方法。
【請求項7】
前記第1の修正利得パラメータ(G1’)を、前記第1の利得パラメータ(G1)と第1の修正係数との積として形成し、
前記第2の修正利得パラメータ(G2’)を、前記第2の利得パラメータ(G2)と第2の修正係数との積として形成し、
前記基準指向性信号(Xref)を形成する、前記第1の中間信号(Z1)と前記第2の中間信号(Z2)の重ね合せに対して、第1の基準重ね合せパラメータ(aref1)と第2の基準重ね合せパラメータ(aref2)とが定義されており、
前記第1の修正係数を、前記第2の重ね合せパラメータ(a2)と前記第2の基準重ね合せパラメータ(aref2)との積に基づいて形成し、及び/又は、
前記第2の修正係数を、前記第1の重ね合せパラメータ(a1)と前記第1の基準重ね合せパラメータ(aref1)との積と、前記第2の基準重ね合せパラメータ(aref2)との差異に基づいて形成する、請求項5に記載の方法。
【請求項8】
前記出力指向性信号(Xout)を、前記第1の修正利得パラメータ(G1’)によって重み付けされた前記第1の指向性信号(Xr1)と、前記第2の修正利得パラメータ(G2’)によって重み付けされた前記第2の指向性信号(Xr2)とに基づいて形成する、請求項6又は請求項7に記載の方法。
【請求項9】
前記第1及び前記第2の重ね合せパラメータ(a1、a2)、前記第1及び前記第2の基準重ね合せパラメータ(aref1、aref2)、並びに、前記第1及び前記第2の利得パラメータ(G1、G2)に基づいて、第1の有効重ね合せパラメータ(aeff1)及び第2の有効重ね合せパラメータ(aeff2)を決定し、
前記出力指向性信号(Xout)を、前記第1の有効重ね合せパラメータ(aeff1)によって重み付けされた前記第1の中間信号(Z1)と、前記第2の有効重ね合せパラメータ(aeff2)によって重み付けされた前記第2の中間信号(Z2)との重ね合せに基づいて形成する、請求項7に記載の方法。
【請求項10】
前記第2の指向性信号(Xr2)が前記第2の中間信号(Z2)によって与えられる場合には、前記第1の有効重ね合せパラメータ(aeff1)を、前記第1の基準重ね合せパラメータ(aref1)から形成する、請求項9に記載の方法。
【請求項11】
前記第1の重ね合せパラメータ(a1)と、前記第1の修正利得パラメータ(G1’)と、前記第2の修正利得パラメータ(G2’)とに基づいて、第2の有効重ね合せパラメータ(aeff2)を決定し、
前記出力指向性信号(Xout)を、前記第1の中間信号(Z1)と、前記第2の有効重ね合せパラメータ(aeff2)によって重み付けされた前記第2の中間信号(Z2)との重ね合せに基づいて形成する、請求項7に記載の方法。
【請求項12】
前記第2の指向性信号(Xr2)が前記第2の中間信号(Z2)によって与えられる場合、前記第2の有効重ね合せパラメータ(aeff2)を、前記第1の重ね合せパラメータ(a1)と、前記第2の修正利得パラメータ(G2’)と前記第1の利得パラメータ(G1)との比と、から形成する、請求項11に記載の方法。
【請求項13】
前記基準指向性信号(Xref)の前記基準指向特性(63)を、無指向性の指向特性(62)として選択する、又は、人間の耳のシェーディング効果を模造するように選択する、請求項1~請求項12のいずれか一項に記載の方法。
【請求項14】
補聴システムであって、
周囲の音信号(28)から第1の入力信号(E1)を生成するための第1の入力変換器(24)と、前記周囲の音信号(28)から第2の入力信号(E2)を生成するための第2の入力変換器(26)とを有する補聴器(2)と、
請求項1~請求項13のいずれか1項に記載の方法を実行するように適合された制御ユニットと、を備えた補聴システム。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、補聴器の第1の入力変換器によって、周囲の音信号から第1の入力信号を生成し、補聴器の第2の入力変換器によって、周囲の音信号から第2の入力信号を生成し、第1の入力信号及び第2の入力信号に基づいて第1の指向性信号及び第2の指向性信号をそれぞれ形成する、補聴器のための指向性信号処理方法に関する。第2の指向性信号は第1の有効信号源の方向に相対的な減衰を有し、第1の指向性信号は第2の有効信号源の方向に相対的な減衰を有し、第1の有効信号源の第1の有効信号の増幅のための第1の利得パラメータと、第2の有効信号源の第2の有効信号の増幅のための第2の利得パラメータとを決定する。
【背景技術】
【0002】
補聴器では、周囲の音が少なくとも1つの入力変換器によって入力信号に変換される。この入力信号は、修正されるべき装着者の難聴度に応じて、周波数帯域ごとに、特に個々に装着者に合わせた方法で処理及び増幅される。処理された信号は、補聴器の出力変換器を介して出力音信号に変換され、装着者の聴覚に導かれる。信号処理の過程では、入力信号又は前処理された中間信号に対して自動利得制御(AGC)が行われることが多く、また、入力信号がある限界値までは線形に増幅され、限界値以上では入力信号のレベルピークを補うために低い増幅率が適用されるダイナミック圧縮が行われることもある。これは特に、突発的な大きな音のイベントが、補聴器の追加の増幅のために、装着者にとって大きすぎる出力音信号につながるのを防ぐことを目的としている。
【0003】
しかしながら、このようなダイナミック圧縮を内蔵したAGCはまず、音の方向に関係なく、音の事象に反応する。補聴器を装着している人が、複数の対話者との会話など、複雑な聴取状況にある場合、1人の対話者が短い叫び声や大きな笑い声などで圧縮を引き起こし、それによって他の対話者の会話の寄与が顕著に低下し、補聴器装着者の明瞭度が低下することがある。
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
本発明は、補聴器における指向性信号処理の方法を提供することを課題としており、本方法は、特にAGC及び/又はダイナミック圧縮と組み合わせて、複数の有効信号源を有する複雑な聴取状況にも適する。
【課題を解決するための手段】
【0005】
上記の課題は、本発明によれば、補聴器のための指向性信号処理方法によって解決される。本方法では、補聴器の第1の入力変換器によって、周囲の音信号から第1の入力信号を生成し、補聴器の第2の入力変換器によって、周囲の音信号から第2の入力信号を生成し、第1の入力信号及び第2の入力信号に基づいて、第1の指向性信号及び第2の指向性信号をそれぞれ形成し、ここで、第2の指向性信号は、第1の有効信号源の方向に相対的な減衰を有しており、第1の指向性信号は、第2の有効信号源の方向に相対的な減衰を有しており、第1の有効信号源の第1の有効信号の増幅のための第1の利得パラメータと、第2の有効信号源の第2の有効信号の増幅のための第2の利得パラメータと、を決定する。
【0006】
本発明によれは、ここで、特に第1の指向性信号と第2の指向性信号との重ね合せとして表現される基準指向性信号に対して基準指向特性が定義されることになる。その際、第1の利得パラメータ及び/又は第2の利得パラメータに基づいて、基準指向特性に関連し、第1の修正利得パラメータと第2の修正利得パラメータとを決定することにより、第1の利得パラメータが第2の利得パラメータと同一の場合に、第1の修正利得パラメータによって重み付けされた第1の指向性信号と、第2の修正利得パラメータによって重み付けされた第2の指向性信号との和として形成される出力指向性信号が、線形スケーリングされた基準指向性信号に変換され、2つの修正利得パラメータの少なくとも1つが、対応する基礎となる利得パラメータと異なるものである。有利であり、その一部においてそれ自体が発明的である実施形態は、従属請求項及び以下の説明の対象である。
【0007】
必要な特性を備えた出力指向性信号は、対応する上記の重ね合せとして、又は少なくとも1つの適切な中間信号に基づいて形成することができ、その際、2つの利得パラメータが等しいときに必要な特性が満たされるように、出力指向性信号の形成が行われる。
【0008】
その際、第1の指向性信号は、一方で、さらなる信号処理のために形成することができ、それによって、特に第1の指向性信号の信号部分が出力指向性信号にきちんと含まれる。信号部分からの出力指向性信号が少なくとも1つの適切な中間信号の信号部分から形成される場合、すなわち、例えば、それぞれの場合に前方及び後方指向性のカーディオイド指向性信号に基づいて第1及び第2の指向性信号、並びに、出力指向性信号が形成される場合、第1の指向性信号は、特に、第1及び/又は第2の修正利得パラメータを決定するために生成される。その理由は、方向情報、特に、第1の指向性信号から得られる第2の有効信号源に関する方向情報が、このために決定的に有利となるためである。
【0009】
好ましくは、出力指向性信号に基づいて、補聴器の出力変換器によって出力音信号に変換される出力信号が生成される。その際、特に周波数帯域に依存したバックグラウンドノイズの抑制、及び/又は、フィードバック、及び/又は、さらには信号処理ステップを、出力指向性信号からの出力信号の生成の際に実行することができる。特に、本方法は周波数帯ベースにおいて実施することができ、それによって、第1及び第2の利得パラメータ、第1及び第2の指向性信号、基準指向性信号、並びに、最終的に第1及び第2の修正利得パラメータ、出力指向性信号が、各周波数帯又は個々の周波数帯のグループに対して、個別に決定又は定義される。
【0010】
この場合、入力変換器には、特に、音信号から対応する電気信号を生成するように調整された電気音響変換器が含まれる。特に、第1又は第2の入力信号がそれぞれの入力変換器によって生成される際に、例えば、線形前置増幅及び/又はA/D変換の形で前処理を行うこともできる。これに対応して生成された入力信号は、その際、特に電気信号によって与えられ、その電気信号の電流及び/又は電圧の変動が、空気の音圧変動を本質的に表す。
【0011】
好ましくは、その際、第1の有効信号源の方向は、補聴器の規定通りの使用方法によって定義される補聴器のユーザの正面方向に関して、前方半空間に向けられる。特に好ましくは、その際、第1の有効信号源は、少なくともほぼ正面方向に位置していることで、特に、正面の信号源の対応する近似を、信号処理のために行うことができる。好ましくは、第2の有効信号源の方向は、正面方向について±45°の角度範囲外、特に好ましくは±60°の角度範囲外に向けられている。特に、第2の有効信号源の方向は、後方半空間に向けられる。
【0012】
第1の指向性信号の相対的な減衰において、ここでは、特に、関係する指向特性が、第2の有効信号の方向に、全方向に平均化された感度に比べて減少した感度を有し、特に局所的な、好ましくは全体的な最小値を有することを意味すると解される。好ましくは、第1及び第2の指向性信号は、それぞれ第2又は第1の有効信号源の方向に可能な限り完全な減衰を有する。
【0013】
特に、本発明は以下の問題を解決する。それぞれが別の有効信号源の方向に、相対的な、好ましくは完全な減衰を示す2つの指向性信号に基づいて出力指向性信号が形成される場合、例えば、このように形成された出力指向性信号による第2の有効信号の増幅は、第2の指向性信号の重み付けに用いられる、対応する利得パラメータに依存するだけでなく、第2の有効信号源の方向にも依存する。それは、この点に関して、第2の指向性信号が非自明な方向依存性を有するからである。このとき、第1の指向性信号が、第2の有効信号源の方向に完全又はほぼ完全な減衰を示す場合、上記方向依存性は、第1の指向性信号の修正項によって補償することができない。また、第1の指向性信号による第1の有効信号の増幅についても同様である。
【0014】
そのため、それぞれの指向性信号自体の寄与によって、対応する修正を行う必要がある。本発明においては、これは、それぞれの指向性信号の「スケーリング」の修正によって、すなわち、それぞれの利得パラメータを適応させることによって解決される。それによって、一方では、修正利得パラメータによって、対応する指向性信号の方向依存性の考慮がなされる。
【0015】
他方では、基準指向特性は、両方の有効信号が同じ利得パラメータによって増幅される場合に達成されるべき「通常状態」として予め設定されている(ここでの仮定は、これらが、特に、異なる方向からのみ入射する同一の有効信号に適用されることである)。この場合、個々の「同じ大きさ」の有効信号の増幅によって、基準状態、すなわち、例えば、無指向性の指向特性、又は、耳介によるフィルタリングをモデル化した指向特性が得られる。
【0016】
このように、関係する有効信号を受け取る指向性信号の指向性の影響を、増幅度の対応する修正によって補償することで、正面の有効信号源からの有効信号だけでなく、例えば後方半空間からの有効信号も、その具体的な方向に依存せずに増幅することが可能となる。その際、また、指向性信号を必要があれば形成する中間信号のレベルにおいても、同等の定式化が可能である。
【0017】
これに対し、基準指向性信号は、好ましくは、2つの指向性信号に基づいて表現され、それによって、この表現における対応する係数に基づいて、修正利得パラメータを決定することができる。ここで、特に可能なのは、例えば、第2の修正利得パラメータのみが、第2の利得パラメータの真に非凡な修正を行い、一方、第1の修正利得パラメータは第1の利得パラメータと同一であることである。しかしながら、両方の、すなわち第1及び第2の修正利得パラメータは、それぞれの基礎となる第1及び第2の利得パラメータと異なっていてもよい。これは特に、2つの有効信号源が、共に補聴器に対して好ましい方向(例えば正面方向)に位置していない場合に当てはまる。
【0018】
有利には、第2の有効信号が、出力指向性信号によって、基準指向特性に対して第2の利得パラメータの分だけ増幅されるように、第2の修正利得パラメータを決定し、及び/又は、第1の有効信号が、出力指向性信号によって、基準指向特性に対して、第1の利得パラメータの分だけ増幅されるように、第1の修正利得パラメータを決定する。これによって、2つの有効信号のそれぞれが、それぞれの有効信号源の方向に応じて、個々の有効信号のための「適切な」利得パラメータを用いて、出力指向性信号によって増幅されることが達成される。
【0019】
これは、例えば第2の有効信号に由来する出力指向性信号における信号寄与、すなわち例えば対応する第2の指向性信号が、第2の修正利得パラメータに基づいて重み付けされ得ることによって、第2の指向性信号(又は、第1の有効信号源の方向に相対的な減衰を有する少なくとも1つの適切な中間信号に基づいて形成された同等の信号)の方向依存性が、第2の修正利得パラメータの修正を介して補償されることで初めて可能となる。出力指向性信号における第1の有効信号の信号寄与についても同様である。特に、第1の修正利得パラメータは、第1の利得パラメータと同一であってもよい。
【0020】
適切には、第2の修正利得パラメータを、第2の利得パラメータと修正係数との積として形成し、修正係数は、基準指向性信号を第1の指向性信号と第2の指向性信号との線形結合として表現したときの、第2の指向性信号の線形係数に相当するものである。
【0021】
数学的な定式化は次のように実現できる。入力信号E1及びE2をまとめてベクトルE=[E1,E2]を形成すると、2つの入力信号に基づいて形成される第1の指向性信号Xr1は、2つの入力信号の重みw=[w1,w2]に基づいて、少なくとも近似的に表すことができる、すなわちXr1=E・wである(ただし、2つの入力変換器間の音響所要時間が通常与えられる1サンプル未満である限り)。同様に、第2の指向性信号Xr2は、重みu=[u1,u2]を用いて、Xr2=E・uとして表すことができる。
【0022】
そして、出力指向性信号Xoutは、(スカラー!の)第1及び第2の修正利得パラメータG1’、G2’を用いて次のように表される。
(i) Xout=E・(G1’・w+G2’・u)
また、基準指向性信号Xrefを同様に基底E1,E2において表すと、それに対応する重み付けベクトルwref=[wr1,wr2]が得られ、Xref=E・wrefとなる。第1及び第2の指向性信号Xr1,Xr2に基づいて、基準指向性信号は、それらの線形独立性(相対的な減衰は、そのつど異なる有効信号源に向けられるため)によって、次のように表すことができる。
(ii) Xref=a・Xr1+b・Xr2 それによって、
(ii’) wref=a・w+b・u(両ベクトル成分の)
【0023】
ここで、式(ii’)のh(α)との左乗算が行われる。その際、h(α)=[h1(α),h2(α)]は、例えば、音源から第1の変換器への、又は第2の変換器への音の伝播を考慮した、補聴器の(測定された、推定された、又はモデル化された)伝達関数を表す。α=0°では、正面音源に関する第1の入力変換器から第2の入力変換器への相対的な伝達関数に変化する。αは、好ましくはh(α)・u=0となる角度(すなわち、第2の指向性信号が好ましくは少なくともほぼ全減衰するその方向、すなわち第1の有効信号源の方向の角度)である。このことから、h(α)・wref及びh(α)・wが分かれば、aの値を決定することができる(2つのスカラー積は、特に、w1、w2及びαの異なる値に対して集計することができる)。aの値に基づいて、bの値も式(ii’)の2つの成分のうちの1つにおいて決定することができる。
【0024】
そして、以下の修正利得パラメータは、
(iii) G1’=a・G1、
G2’=b・G2
G1=G2の場合に、式(i)に従って、出力指向性信号Xoutにおいて、G1によってスケーリングされた基準指向性信号Xrefに変化するという所望の特性を満たすこと、が示される。
【0025】
第1の修正利得パラメータを、第2の指向性信号が第1の有効信号源の方向に最小の感度、及び、好ましくはこの方向で可能な限り完全な減衰を有する場合、特に好ましくは第1の指向性信号が最大の感度を有する場合、第1の利得パラメータとして決定すると、有利であることが分かる。第1の指向性信号Xr1の最大感度の方向が、第2の指向性信号が最小感度を有する第1の有効信号の方向にある場合、これは特に、第1の指向性信号の正規化のために使用することができ、この方向の感度が1に設定され、したがって、h(α)・w=1が適用される。さらに、この方向において、第2の指向性信号による減衰が少なくともほぼ完全である場合、すなわちh(α)・u≒0である場合、式(ii)においてa=1を設定することができ、その結果、式(iii)においてG1’=G1、すなわち第1の利得パラメータと第1の修正利得パラメータの同一性が得られる。
【0026】
好ましくは、第1の入力信号と第2の入力信号とに基づいて、第1の中間信号と第2の中間信号とを形成し、第1の指向性信号を、第1の中間信号と第2の中間信号の重ね合せとして形成し、その際に、関連する第1の重ね合せパラメータを決定し、及び/又は、第2の指向性信号を、第2の中間信号と第1の中間信号の重ね合せとして形成し、その際に、関連する第2の重ね合せパラメータを決定する。具体的には、第1の中間信号及び第2の中間信号として、その際、特に前方及び後方指向性のカーディオイド指向性信号Xc,Xaが用いられる。そして、第1の重ね合せパラメータa1又は第2の重ね合せパラメータa2が以下の表現から生じ、特に適応して決定することができる。
(iv) Xr1=Xc+a1・Xa
Xr2=a2・Xc+Xa
重要な特別なケースとして、a2=0、すなわち、第2の指向性信号Xr2は、後方指向性のカーディオイド指向性信号Xaによって与えられ、したがって、第2の中間信号Z2によって与えられる。これは、例えば、第1の有効信号源が、後方指向性のカーディオイド指向性信号のノッチ(Kerbe)の領域にあるか、そこにあると想定される場合であり、その第1の有効信号源に対して第2の指向性信号は、相対的な、好ましくは最大の、特に好ましくは全減衰を有している場合である。
【0027】
有利な実施形態においては、第1の修正利得パラメータG1’を、第1の利得パラメータG1と第1の修正係数aとの積として形成し、第2の修正利得パラメータG2’を、第2の利得パラメータG2と第2の修正係数bとの積として形成する。
【0028】
好ましくは、基準指向性信号Xrefを形成する第1の中間信号Z1と第2の中間信号Z2との重ね合せに対して、第1の基準重ね合せパラメータaref1と第2の基準重ね合せパラメータaref2とが定義されており、第1の修正係数aを、第2の重ね合せパラメータa2と第2の基準重ね合せパラメータaref2との積に基づいて、特にその積と第1の基準重ね合せパラメータaref1との差異に基づいて形成し、及び/又は、第2の修正係数bを、第1の重ね合せパラメータa1と第1の基準重ね合せパラメータaref1との積と、第2の基準重ね合せパラメータaref2との差異に基づいて形成する。好ましくは、出力指向性信号Xoutを、第1の修正利得パラメータG1’によって重み付けされた第1の指向性信号Xr1と、第2の修正利得パラメータG2’によって重み付けされた第2の指向性信号Xr2とに基づいて、式(iii)に従って以下のように形成する。
(v) Xout=G1’・Xr1+G2’・Xr2
(v’) =a・G1・Xr1+b・G2・Xr2
【0029】
式(iv)及び(ii)に基づいて、Xrefはそれぞれ前方及び後方指向性のカーディオイド指向性信号Xc又はXaに依存して(つまり、2つの中間信号Z1及びZ2に依存して、並びに、ここでZ1=Xc及びZ2=Xa)与えられる。
Xref=(a+b・a2)・Xc+(a・a1+b)・Xa
(ii’’) Xref=aref1・Xc+aref2・Xa
【0030】
ここで、式(ii’’)における、前方又は後方指向性のカーディオイド指向性信号Xc又はXaに割り当てられた線形係数は、それぞれ第1又は第2の基準重ね合せパラメータaref1又はaref2として解釈することができ、すなわち以下である。
(vi) aref1=a+b・a2
aref2=a・a1+b
【0031】
式(v’)における修正係数a,bは、2つの基準重ね合せパラメータaref1,aref2に依存して次のように求められる。
(vii) a=(aref1-a2・aref2)/(1-a1・a2)
b=(aref2-a1・aref1)/(1-a1・a2)
【0032】
aref1=1という特殊なケースでは、式(vii)は次のように変形する。
(vii’) a=(1-aref2・a2)/(1-a1・a2)
b=(aref2-a1)/(1-a1・a2)
【0033】
さらなる有利な実施形態においては、第1及び第2の重ね合せパラメータa1、a2、第1及び第2の基準重ね合せパラメータaref1、aref2、並びに、第1の利得パラメータG1及び第2の利得パラメータG2に基づいて、第1の有効重ね合せパラメータaeff1及び第2の有効重ね合せパラメータaeff2を決定し、出力指向性信号Xoutを、第1の有効重ね合せパラメータaeff1によって重み付けされた第1の中間信号Z1と、第2の有効重ね合せパラメータaeff2によって重み付けされた第2の中間信号Z2との重ね合せに基づいて形成する、特にXout∝aeff1・Z1+aeff2・Z2として形成する。
【0034】
さらに、式(iv)及び(iii)の定義によって、式(v)から以下の表現が導き出される。
(viii) Xout=G1・[(a+b・a2・G2/G1)・Xc+(a・a1+b・G2/G1)・Xa]
【0035】
同様の表現は、第2の利得パラメータG2の括弧外への取り出し(G2で因数分解)によって得られ、式(viii)において選択された表現(G1で因数分解)は、G1≧G2の場合に特に有利である。ここで、式(viii)における、前方又は後方指向性のカーディオイド指向性信号Xc又はXaに割り当てられた線形係数は、それぞれ第1及び第2の有効重ね合せパラメータaeff1又はaeff2として解釈することができ、すなわち、
(ix) aeff1=a+b・a2・G2/G1
aeff2=a・a1+b・G2/G1
となり、a,bは式(vii)による表現によって与えられるので(又は特別な場合は式vii’によってaref1=1)、式(viii)は次のように変形する。
(viii‘) Xout=G1・(aeff1・Xc+aeff2・Xa)
【0036】
G1=G2の場合、式(vi)に従って、第1及び第2の有効重ね合せパラメータaeff1,aeff2は、第1又は第2の基準重ね合せパラメータaref1,aref2に変形する。これを使用して、まず2つの修正係数a,bを式(iii)に従って2つの利得パラメータG1,G2に割り当て、最後に2つの有効重ね合せパラメータaeff1,aeff2を基準重ね合せパラメータaref1,aref2に依存して表現することができる。
【0037】
そして、式(v)又は式(viii’)に従って選択されるXoutの具体的な形は、Xrefに実際に使用される2つの表現(ii)、(ii’’)のいずれかに応じて行われることが好ましい。特に、式(ii’’)に対しては、aref1=1という値が設定され得る。
【0038】
第2の指向性信号Xr2が第2の中間信号Z2によって、すなわち、特に後方指向性のカーディオイド指向性信号Xaによって与えられる(及び、それによって式(iii)においてa2=0が成立する)場合には、第1の有効重ね合せパラメータaeff1を、第1の基準重ね合せパラメータaref1から形成する、すなわちaeff1=aref1である。
【0039】
さらに、式(v)から、Z1=Xc、Z2=Xaについて若干の変形後に、次のような表現になる。
(x) Xout=Geff・(Z1+(aeff2/aeff1)・Z2)
ここで、有効利得パラメータGeff=(G1’+G2’・a2)であり、有効重ね合せパラメータの比aeff2/aeff1=(G1’・a1+G2’)/Geffである。G1=G2の場合、出力指向性信号Xoutがスケーリングされた基準指向性信号Xrefに変形し、その結果、有効重ね合せパラメータaeff1、aeff2が関連する基準重ね合せパラメータaref1、aref2に変形する必要があるという要件と、この場合、出力指向性信号Xoutが第1の利得パラメータG1によって増幅されること、すなわちGeff=G1であるという追加要件とに基づいて、以下の式が得られる。
(xi) G1=Geff =G1・a+G2・b・a2
aref1=aeff1=a+b・a2
aref2=aeff2=a・a1+b
【0040】
第2の指向性信号Xr2が第2の中間信号Z2(特に後方指向性のカーディオイド指向性信号Xaの形において)によって与えられ、したがってa2=0が適用され、また、第1の基準重ね合せパラメータaref1=1に設定されている上記の特別な場合には、第1の修正係数a=1(式vii’を参照)である。したがって、第1の修正利得パラメータG1’は、第1の利得パラメータG1と同一である。第2の修正係数bについては、b=aref2-1となる。この結果、出力指向性信号は次のようになる。
(xii) Xout=G1・(Z1+a1・Z2)+G2・(aref2-a1)・Z2
【0041】
G1=G2の場合、式(xii)は、第2の基準重ね合せパラメータaref2を用いて、G1によってスケーリングされた基準指向性信号Xref=Z1+aref2・Z2に変換されることは明らかである。
【0042】
その際、有利には、第2の指向性信号Xr2が第2の中間信号Z2によって与えられる場合、第2の有効重ね合せパラメータを、第1の重ね合せパラメータa1と、第2の修正利得パラメータG2’と第1の利得パラメータG1との比G2’/G1とから形成する。
【0043】
第1の指向性信号Xr1=Z1+a1・Z2に基づいて、次に、上記特別な場合(式ixにおいてaref1=1、a2=0、それによって、aeff1=1)において、式(x)に基づいて、特に、第2の有効信号が第2の中間信号によって大幅に独占的に高められる場合に、式(xii)と同等の定式化が得られる。
Xout=G1・(Z1+(aeff2/aeff1)・Z2)
(xiii) =G1・{Z1+[a1+(aref2-a1)・G2/G1]・Z2}
その際、aeff2における(aref2-a1)・G2の項は、第2の修正利得パラメータG2’を形成する。なお、注意すべきは上記の場合、第2の指向性信号Xr2は第2の中間信号Z2によって与えられ、それによって、第2の重ね合せパラメータa2=0に設定されることである。これによって、式(x)においては、有効利得パラメータGeffがG1(a=1)となり、それは、式(xiii)において考慮されている。
【0044】
基準指向性信号の基準指向特性を、無指向性の指向特性として選択する、又は、人間の耳のシェーディング効果を模造するように選択する場合、さらに有利である。
【0045】
信号処理の中間信号として、例えば、少なくとも第1の指向性信号の形成のために、そのつど前方指向性及び後方指向性のカーディオイド指向性信号Xc、Xaが使用される場合において、基準指向性信号Xref=aref1・Xc+aref2・Xaにおける2つの基準重ね合せパラメータaref1、aref2に対して無指向性の基準指向特性の場合、値aref1=1、aref2=-1が適用される。多くの状況においては、初期状況として、可能な限り無指向性の聴覚が望まれる。
【0046】
基準指向特性によって人間の耳のシェーディング効果が模造される必要がある場合、基準重ね合せパラメータaref1、aref2は、基準指向性信号Xref=aref1・Xc+aref2・Xaが、人間の耳の耳介でのシェーディングから生じるような所望の空間感度を模造するように、あらかじめ決定されることが好ましい。ここで、aref1、aref2の決定は、一般的な耳のモデル(例えばKEMAR)を用いて行うことができ、また、対応する測定値によって補聴器の装着者に合わせて個別に調整することもできる。
【0047】
好ましくは、第1の指向性信号は、第2の有効信号源の方向に最大の減衰を有し、及び/又は、第2の指向性信号は、第1の有効信号源の方向に最大の、特に全体の減衰を有する。このようにして、それぞれの有効信号がそれぞれの他の指向性信号に与える影響、ひいては相対的な利得パラメータに与える影響を、特に効果的に最小化することができる。
【0048】
有利には、第1の指向性信号は、特に第1の中間信号及び第2の中間信号に基づいて、適応型指向性マイクロフォンを用いて生成され、及び/又は、第2の指向性信号は、特に第1の中間信号及び第2の中間信号に基づいて、適応型指向性マイクロフォンを用いて生成される。このようにして、関係する指向性信号は、一方では2つの有効信号源のうちの1つの方向においては、可能な限り低い、好ましくは最小の感度を持ち、この方向では高い、好ましくは最大の減衰が起こり、他方、それぞれのもう1つの有効信号源の方向においては、可能な限り高い、好ましくは最大の感度を持つようにすることができる。
【0049】
さらに、第1の遅延パラメータによって実施され時間遅延された、第1の入力信号と第2の入力信号との重ね合せに基づいて、第1の中間信号が生成される場合、及び/又は、第2の遅延パラメータによって実施され時間遅延された、第2の入力信号と第1の入力信号との重ね合せに基づいて、第2の中間信号が生成される場合、有利である。特に、その際、第1及び第2の遅延パラメータは、互いに同一になるように選択することができ、特に、第1の中間信号は、補聴器の好ましい平面に関して、第2の中間信号に対して対称的に生成することができ、その際、好ましい平面は、好ましくは、補聴器を装着しているときの装着者の前頭面に割り当てられる。指向性信号を装着者の正面方向に合わせることは信号処理を容易にし、それによって、装着者の自然な視線方向が考慮される。
【0050】
好ましくは、第1の中間信号は前方指向性のカーディオイド指向性信号として生成され、及び/又は、第2の中間信号は後方指向性のカーディオイド指向性信号として生成される。入力変換器の間隔に対応する音響伝搬遅延を用いて、2つの入力信号を重ね合せることによって、カーディオイド指向性信号を形成することができる。それによって、重ね合せ時のこの伝搬遅延の符号に応じて、最大の減衰方向は正面方向(後方指向性のカーディオイド指向性信号)と、正面方向に対する逆方向(前方指向性のカーディオイド指向性信号)とのいずれかになる。最大感度の方向は、最大減衰の方向と逆になる。このような中間信号は、適応型指向性マイクロフォンに特に適しているため、さらなる信号処理が容易になる。
【0051】
本発明はさらに、周囲の音信号から第1の入力信号を生成するための第1の入力変換器と、周囲の音信号から第2の入力信号を生成するための第2の入力変換器とを有する補聴器と、上記の方法を実行するように適合された制御ユニットと、を備えた補聴システムを開示する。特に、制御ユニットは、補聴器に組み込まれていてもよい。この場合、補聴システムは補聴器から直接与えられる。本方法及びそのさらなる実施形態について述べた利点は、その趣旨に即して補聴システムにも転用することができる。
【0052】
以下において、本発明の実施例を、図面を参照してより詳細に説明する。その際、それぞれ図面は概略的に示される。
【図面の簡単な説明】
【0053】
図1】一人の補聴器装着者と2人の対話者との会話状況を示す。
図2図1の会話状況における補聴器のための好ましい指向性信号処理を示す。
図3a図2による指向性信号処理の結果得られる出力信号の指向特性を示す。
図3b図2による指向性信号処理の結果得られる、代替的な出力信号の指向特性を示す。
【発明を実施するための形態】
【0054】
全ての図において、対応する部品及びサイズには同じ参照符号が付される。
【0055】
図1の上部においては、第1の対話者4及び第2の対話者8との会話状況における、補聴器2の装着者1が、概略的平面図で示される。第1の対話者4は装着者1に対して第1の方向6に位置し、第2の対話者8は装着者1に対して第2の方向10に位置する。第1の対話者4は、ここでは装着者1の主対話者であり、第2の対話者8は、散発的な音声寄与によってのみこの会話に参加している。説明されている会話状況は、図1の上部と下部とは同じである。第1の対話者4の音声寄与が第1の有効信号S1を形成し、第2の対話者8の音声寄与が第2の有効信号S2を形成する。
【0056】
補聴器2の出力音信号において、補聴器2の装着者1のための第1の有効信号S1及び第2の有効信号S2のレベルピークを減衰させるために、図1の上部に示すように、第2の対話者8が位置する第2の方向10において最大かつ好ましくは完全な減衰を示すように、適応型指向性マイクロフォンによって第1の指向性信号Xr1が最初に生成される。これは、有効信号S2は、第1の指向性信号Xr1によって捕捉されないことを意味する。第1の指向性信号Xr1に基づいて算出される圧縮係数は、結果的に、第1及び第2の対話者4及び8によってそれぞれ与えられる2つの有効信号源14、18に関して、前者にのみ反応することになる。この場合、第1の有効信号源14(すなわち第1の対話者4)の第1の有効信号S1に関して、各瞬間の最適な信号利得が決定され、それによって、暗黙のうちに対応する圧縮比も決定する第1の利得パラメータG1が決定される。
【0057】
図1の下側の表記においては、上側の表記と同様に、同じ聴取状況において、第2の指向性信号Xr2が示されており、この信号は、第1の方向6、すなわち第1の対話者4の方向において最大の及び好ましくは完全な減衰を有する。第1の方向6は装着者1の正面方向と一致するので、第2の指向性信号Xr2は後方指向性のカーディオイド指向性信号Xaとして形成される。したがって、第2の指向性信号Xr2に基づいて決定され、それに割り当てられた第2の利得パラメータG2は、任意の瞬間に、第2の有効信号S2に対する最適な利得、特に、関連する圧縮比を示している。
【0058】
装着者1に対する補聴器2の出力音信号において、第1の対話者4及び第2の対話者8の両方の会話の寄与によるレベルピークを、圧縮によって装着者1にとって快適なレベルまで低減することができるように、一方では、そのような出力音信号は、それぞれの場合に対応する利得パラメータG1,G2によって重み付けされた第1及び第2の指向性信号Xr1,Xr2の線形結合から形成され得るだろう。第1の指向性信号Xr1も、前方指向性のカーディオイド指向性信号に基づいて、及び、後方指向性のカーディオイド指向性信号Xaに基づいて、適応型指向性マイクロフォンによって形成されるため、このような線形結合によって、指向特性が第1の指向性信号Xr1と同様の形態の出力音信号が得られることになるだろう。しかしながら、その際、最大減衰のノッチ22が第2の方向10から遠ざかる。一方で、もしかするとこのことは、第2の有効信号源18から離れた、望ましくない、完全に「耳が聞こえない」領域をもたらすが、他方では、このような線形結合が第1の対話者4の音声寄与に依存する結果として、その向きが変動する可能性もある。
【0059】
図2は、図1に記載された状況に従った補聴器2のための指向性信号処理方法をブロック図で模式的に示しており、この方法は、特に、それぞれの対話者4,8によって与えられる有効信号源14,18の2つの有効信号S1,S2のレベルピークを減衰させることを意図している。補聴器2には、音信号28から第1の入力信号E1又は第2の入力信号E2をそれぞれ生成する第1の入力変換器24と第2の入力変換器26とが配置されている。その際、音信号28は周囲の音であり、したがって、その周辺の音には、第1及び第2の有効信号S1,S2も含まれる。例えばA/D変換などの可能な前処理は、入力変換器24,26に既に含まれるべきであり、さらに、それら変換器は、好ましくは無指向性のマイクロフォンをそれぞれ有している。
【0060】
ここで、第1の入力信号E1は、第1の遅延パラメータT1によって遅延された第2の入力信号E2と重ね合され、そこから第1の中間信号Z1が形成される。同様に、第2の入力信号E2は、第2の遅延パラメータT2によって遅延された第1の入力信号E1に重ね合され、そこから第2の中間信号Z2が形成される。本実施例では、一般性を制限することなく、第1及び第2の遅延パラメータT1,T2は、そのつど同一であり(T1=T2)、さらに、第1の中間信号Z1が前方指向性のカーディオイド指向性信号Xcによって与えられ、第2の中間信号Z2が後方指向性のカーディオイド指向性信号Xaによって与えられるように選択される。第1の中間信号Z1及び第2の中間信号Z2に基づいて、図1による第1の指向性信号Xr1=Z1+a1・Z2が、第1の重ね合せパラメータa1の決定のもとに、適応型指向性マイクロフォン40によって、第2の対話者8の寄与、すなわち第2の有効信号S2が第1の指向性信号Xr1において最大に抑制されるように生成される。第1の指向性信号Xr1に基づいて、第1の有効信号S1に対する第1の利得パラメータG1が決定される。したがって、決定された第1の利得パラメータG1は、第1の指向性信号Xr1による第1の対話者4の信号寄与の最適な利得及び圧縮を表している。
【0061】
適応型指向性マイクロフォン42によって、第1の中間信号Z1及び第2の中間信号Z2から第2の指向性信号Xr2を生成することができ、これによって第1の対話者4の寄与、すなわち第1の有効信号S1を最大限に抑制することができる。第1の対話者4は、本例では、装着者1に対して正面方向に位置するので、第2の指向性信号Xr2は、上記したように、後方指向性のカーディオイド指向性信号Xaによって与えられる。第2の指向性信号Xr2は、この際、一方では、後方指向性のカーディオイド指向性信号Xaであると恒久的に仮定することができる。他方、第1及び第2の中間信号Z1,Z2から第2の指向性信号Xr2を形成するために、適応型指向性マイクロフォン42によって、第1の対話者4の位置の変化を考慮することもできる。
【0062】
第1の利得パラメータG1と同様に、さらに、第2の利得パラメータG2は、第2の指向性信号Xr2に基づいて決定される。第2の利得パラメータG2は、第2の指向性信号Xr2による第2の有効信号S2の最適な利得及び圧縮を表している。
【0063】
さらに、基準指向性信号Xrefのための、基準指向特性63が定義されている。基準指向性信号Xrefは、2つの中間信号Z1、Z2を次のように重ね合せたものになる。
Xref=aref1・Z1+aref2・Z2
基準指向信性号Xrefは、同基準指向信性号Xrefが所望の基準指向特性63を有するように選択された、すなわち、例えば、人間の耳介の空間フィルタ効果を模造するように、特に周波数帯域的に模造するように選択された、関連する第1の基準重ね合せパラメータaref1及び第2の基準重ね合せパラメータaref2を有する。また、一部又は全ての周波数帯において、基準指向性信号Xrefに無指向性の指向特性が選択されてもよい(それにより指向性効果が失われる)。基準指向性信号Xrefは、基準指向特性63及び基準重ね合せパラメータaref1,aref2を定義するためのものであり、ここでは必ずしも2つの中間信号Z1,Z2から独立した信号として生成する必要はなく(対応して破線で示される)、むしろ基準重ね合せパラメータaref1,aref2をあらかじめ定義しておくことができる。特に、基準指向性信号Xrefの基準指向特性63が正面方向に減衰しないように、aref1=1に設定され得る。
【0064】
以下の計算では、Xr2=Z2=Xa、及び、それによってa2=0であること考慮し、さらにaref1=1に設定される。
【0065】
第2の利得パラメータG2、第1の重ね合せパラメータa1、及び、基準重ね合せパラメータaref2に基づいて、第2の修正利得パラメータG2’が次のように決定される。
G2’=G2・(aref2-a1)
【0066】
ここで、第1の利得パラメータG1によって重み付けされた第1の指向性信号Xr1=Z1+a1・Z2に基づいて、また、この場合、第2の中間信号Z2に対応し、第2の修正利得パラメータG2’によって重み付けされた第2の指向性信号Xr2に基づいて、出力指向性信号Xoutが次のように形成される。
Xout=G1・Xr1+G2’・Z2
(xii’) =G1・(Z1+a1・Z2)+G2・(aref2-a1)・Z2
【0067】
例えば、第1の有効信号S1及び第2の有効信号S2がある周波数帯において同じ大きさである場合、この周波数帯においては2つの有効信号S1、S2にそれぞれ同じ利得パラメータG1=G2が割り当てられる。この場合、出力指向性信号Xoutでは、第1の重ね合せパラメータa1に比例した寄与分が互いに打ち消し合い、出力指向性信号Xoutは、G1によって増幅(「スケーリング」)された基準指向性信号Xrefとして、Xout=G1・(Z1+aref2・Z2)に変換される。
【0068】
図示したように、第1の指向性信号Xr1と、第2の中間信号Z2としての後方指向性のカーディオイド指向性信号Xaとに基づいて、出力指向性信号Xoutを生成する代わりに、第1の重ね合せパラメータa1、第2の修正利得パラメータG2’、及び、第1の利得パラメータG1に基づいて、第1の有効重ね合せパラメータaeff1及び第2の有効重ね合せパラメータaeff2を以下のように形成することによって、出力指向性信号Xoutを生成することもできる。
aeff2=a1+G2’/G1
(xiv) =a1+(aref2-a1)・G2/G1
【0069】
本実施例での特別なケースでは、第1の有効重ね合せパラメータaeff1はaeff1=1という値を有しているが、特にa2≠0のような非凡な値を取ることもできる。
対応して形成された出力指向性信号は以下のようになる。
Xout=G1・(aeff1・Z1+aeff2・Z2)
ここで、式(xiv)にしたがったaeff2、及び、aeff1=1を用いると、式(xii’)に示す形となる。その際、本生成の結果、出力指向性信号Xoutは以下の様な指向特性を有する。すなわち、その指向特性は、第1の有効信号源14の方向(すなわち、第1の有効信号S1の方向)では、基準指向性信号Xrefに対して係数G1による利得又は減衰を有し、第2の有効信号源18の方向(すなわち、第2の有効信号S2の方向)では、基準指向性信号Xrefに対して係数G2による利得又は減衰を有する(図3a及び図3bも参照)。
【0070】
最後に、出力指向性信号Xoutに基づいて、特に、追加の周波数帯域依存のノイズ抑制を含み得る信号処理ステップ50を介して出力信号Youtが生成され、この出力信号Youtは、補聴器2の出力変換器52によって出力音信号54に変換される。
【0071】
図3aにおいては、図1に示した装着者1の聴取状況に対して、図2において説明したように生成された出力指向性信号Xoutの指向特性60が示されている。ここでは、基準指向特性62(破線)が、無指向性の指向特性として与えられている。理解を容易とするために、ここでは第1の利得パラメータG1は0dBとして選択され、一方、第2の利得パラメータG2は-6dBとして選択される。その結果、出力指向性信号Xoutの生じる指向特性60は、第2の方向10(すなわち、第2の有効信号源18の方向)において、無指向性の基準指向特性62からの顕著な相違を有する。
【0072】
図3bにおいては、無指向性の基準指向特性62の代わりに、基準指向特性64を有する基準指向性信号Xrefが選択されており(破線)、この基準指向性信号Xrefは、耳介による周囲の音のフィルタリング及びそれに対応するシェーディング効果をモデル化する。ここでもまた、第1の利得パラメータG1は0dBとして選択され、一方、第2の利得パラメータG2は-6dBとして選択される。その結果、出力指向性信号Xoutの生じる指向特性66は、第2の有効信号源18の方向において無指向性の基準指向特性64からの顕著な相違を再び示す。その際、この方向において、基準指向性信号Xrefの定義によって、耳介のシェーディング効果の結果として、基準指向特性64に含まれる追加の減衰が行われる。
【0073】
以上、本発明を好ましい実施例によってかなり詳しく図解及び説明したが、本発明は開示された実施例によって限定されるものではなく、本発明の保護範囲から逸脱することなく、当業者によって、そこから他の変形例を導き出すことができる。
【符号の説明】
【0074】
1 装着者
2 補聴器
4 第1の対話者
6 第1の方向
8 第2の対話者
10 第2の方向
14 第1の有効信号源
18 第2の有効信号源
22 ノッチ
24 第1の入力変換器
26 第2の入力変換器
28 音信号
40 適応型指向性マイクロフォン
42 適応型指向性マイクロフォン
50 信号処理ステップ
52 出力変換器
54 出力音信号
60 指向特性
62 (無指向の)基準指向特性
63 基準指向特性
64 基準指向特性
66 指向特性
a1 第1の重ね合せパラメータ
aeff1 第1の有効重ね合せパラメータ
aeff2 第2の有効重ね合せパラメータ
aref1 第1の基準重ね合せパラメータ
aref2 第2の基準重ね合せパラメータ
E1 第1の入力信号
E2 第2の入力信号
G1 第1の利得パラメータ
G2 第2の利得パラメータ
G2’ 第2の修正利得パラメータ
S1 第1の有効信号
S2 第2の有効信号
T1 第1の遅延パラメータ
T2 第2の遅延パラメータ
Xa 後方指向性のカーディオイド指向性信号
Xc 前方指向性のカーディオイド指向性信号
Xout 出力指向性信号
Xr1 第1の指向性信号
Xr2 第2の指向性信号
Yout 出力信号
Z1 第1の中間信号
Z2 第2の中間信号
図1
図2
図3a
図3b