(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2022-12-12
(45)【発行日】2022-12-20
(54)【発明の名称】樹脂積層金属板及びその製造方法
(51)【国際特許分類】
B32B 15/08 20060101AFI20221213BHJP
C08F 2/48 20060101ALI20221213BHJP
【FI】
B32B15/08 L
C08F2/48
(21)【出願番号】P 2018069015
(22)【出願日】2018-03-30
【審査請求日】2021-03-04
【前置審査】
(73)【特許権者】
【識別番号】000006839
【氏名又は名称】日鉄建材株式会社
(73)【特許権者】
【識別番号】504145342
【氏名又は名称】国立大学法人九州大学
(74)【代理人】
【識別番号】100106909
【氏名又は名称】棚井 澄雄
(74)【代理人】
【識別番号】100175802
【氏名又は名称】寺本 光生
(74)【代理人】
【識別番号】100134359
【氏名又は名称】勝俣 智夫
(74)【代理人】
【識別番号】100188592
【氏名又は名称】山口 洋
(72)【発明者】
【氏名】大石 浩
(72)【発明者】
【氏名】高原 淳
(72)【発明者】
【氏名】檜垣 勇次
【審査官】河内 浩志
(56)【参考文献】
【文献】特開平10-296895(JP,A)
【文献】特開2007-044996(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
B32B 1/00- 43/00
B29C 63/00- 63/48
65/00- 65/82
C08F251/00-283/00
283/02-289/00
291/00-297/08
C08F 2/00- 2/60
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
金属板と、
前記金属板の表面に形成され、疎水性樹脂をマトリックスもしくは連続相として含む厚さ1μm~2mmの疎水性樹脂膜と、
前記疎水性樹脂膜の表面に形成され、前記疎水性樹脂膜の表面と共有結合した親水性樹脂を含む親水性樹脂層と、を備え、
前記親水性樹脂の密度は、0.01本鎖/nm
2以上であることを特徴とする、樹脂積層金属板
を製造する樹脂積層金属板の製造方法であって、
前記疎水性樹脂膜を作製する工程と、
前記疎水性樹脂膜の表面に、光重合法もしくはリビングラジカル重合法により親水性樹脂を共有結合させることで、前記疎水性樹脂膜上に前記親水性樹脂層を形成する工程と、
前記親水性樹脂層が形成された前記疎水性樹脂膜を前記金属板上に積層する工程と、を含むことを特徴とする、樹脂積層金属板の製造方法。
【請求項2】
前記親水性樹脂は、双極イオン含有樹脂を含むことを特徴とする、請求項1に記載の樹脂積層金属板
の製造方法。
【請求項3】
前記疎水性樹脂膜は、前記疎水性樹脂として、熱可塑性樹脂を含むことを特徴とする、請求項1または2に記載の樹脂積層金属板
の製造方法。
【請求項4】
前記疎水性樹脂膜は、前記熱可塑性樹脂として、ポリエステル樹脂、ポリ塩化ビニル樹脂、ポリオレフィン樹脂、フッ素樹脂、及びアクリル樹脂からなる群から選択されるいずれか1種以上を含むことを特徴とする、請求項3記載の樹脂積層金属板
の製造方法。
【請求項5】
前記疎水性樹脂膜は、前記疎水性樹脂として、熱硬化性樹脂を含むことを特徴とする、請求項1~4の何れか1項に記載の樹脂積層金属板
の製造方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、樹脂積層金属板及びその製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
例えば特許文献1~6に開示される通り、金属板の表面特性を改善するための技術として、ポリマーブラシが金属板の表面に形成された樹脂積層金属板が知られている。この技術では、金属板の表面にポリマーブラシとなる樹脂層を高分子鎖単位で高密度に共有結合することで、結合した樹脂(高分子鎖)の分子機能を長期間に渡って金属板の表面に付与可能となる。具体的には、親水もしくは疎水性の樹脂が分子レベルの間隔で金属板に共有結合した樹脂層を形成する。これにより、セルフクリーニング機能、低摩擦抵抗を応用した潤滑機能(摺動機能)、高分子鎖間の強固な引力を利用した接着機能などを高いレベルで金属板の表面に発現させることが期待できる。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0003】
【文献】特開2002-020894号公報
【文献】特表2004-538132号公報
【文献】特開2017-042415号公報
【文献】特開2016-138260号公報
【文献】特開2008-246992号公報
【文献】特開2006-307110号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
ところで、樹脂層は、疎水性樹脂あるいは親水性樹脂で構成される。樹脂層が疎水性樹脂で構成される場合、樹脂層が汚れ(特に油性の汚れ。以下同じ)を弾くことでセルフクリーニング機能が発言される。一方で、ポリマーブラシが親水性樹脂で構成される場合、親水性樹脂(高分子鎖)の間に水が入り込むことによって、樹脂層が多量の水分を保持する(トラップする)。これにより、樹脂層を構成する親水性樹脂が金属板の表面に対して略垂直に立ち上がり、水分との接触角が小さくなる。これにより、高いセルフクリーニング機能が実現される。具体的には、樹脂層の表面に付着した汚れが容易に水分で置換される。したがって、水のみで汚れを落とすことができる。樹脂層を親水性樹脂で構成することによって、より高いセルフクリーニング機能を発現できることが多い。このため、親水性樹脂によるポリマーブラシが特に注目されている。
【0005】
しかし、従来の技術では、金属板に直接親水性樹脂が共有結合している。このため、樹脂層に含まれる水分は、金属表面に直接接触する。したがって、金属板を長期にわたり使用した場合は、この水分が金属板の表面を腐食する可能性があった。この結果、金属板の表面が材料破壊して機能を長期に亘って保持できない場合があった。
【0006】
そこで、本発明は、上記問題に鑑みてなされたものであり、本発明の目的とするところは、樹脂積層金属板の表面機能をより長期に亘って保持することが可能な、新規かつ改良された樹脂積層金属板及びその製造方法を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0007】
上記課題を解決するために、本発明のある観点によれば、金属板と、金属板の表面に形成され、疎水性樹脂をマトリックスもしくは連続相として含む厚さ1μm~2mmの疎水性樹脂膜と、疎水性樹脂膜の表面に形成され、疎水性樹脂膜の表面と共有結合した親水性樹脂を含む親水性樹脂層と、を備えることを特徴とする、樹脂積層金属板が提供される。
【0008】
ここで、親水性樹脂の密度は、0.01本鎖/nm2以上であってもよい。
【0009】
また、親水性樹脂は、双極イオン含有樹脂を含んでいてもよい。
【0010】
また、疎水性樹脂膜は、疎水性樹脂として、熱可塑性樹脂を含んでいてもよい。
【0011】
また、疎水性樹脂膜は、熱可塑性樹脂として、ポリエステル樹脂、ポリ塩化ビニル樹脂、ポリオレフィン樹脂、フッ素樹脂、及びアクリル樹脂からなる群から選択されるいずれか1種以上を含んでいてもよい。
【0012】
また、疎水性樹脂膜は、疎水性樹脂として、熱硬化性樹脂を含んでいてもよい。
【0013】
本発明の他の観点によれば、上記の樹脂積層金属板を製造する樹脂積層金属板の製造方法であって、疎水性樹脂膜を作製する工程と、疎水性樹脂膜の表面に、光重合法もしくはリビングラジカル重合法により親水性樹脂を共有結合させることで、疎水性樹脂膜上に親水性樹脂層を形成する工程と、親水性樹脂層が形成された疎水性樹脂膜を金属板上に積層する工程と、を含むことを特徴とする、樹脂積層金属板の製造方法が提供される。
【0014】
本発明の他の観点によれば、上記の樹脂積層金属板を製造する樹脂積層金属板の製造方法であって、金属板上に疎水性樹脂膜を積層する工程と、疎水性樹脂膜の表面に、光重合法により親水性樹脂を共有結合させることで、疎水性樹脂膜上に親水性樹脂層を形成する工程と、を含むことを特徴とする、樹脂積層金属板の製造方法が提供される。
【発明の効果】
【0015】
以上説明したように本発明によれば、樹脂積層金属板の表面機能をより長期に亘って保持することが可能となる。
【図面の簡単な説明】
【0016】
【
図1】本発明の実施形態に係る樹脂積層金属板の概略構成を示す断面図である。
【発明を実施するための形態】
【0017】
以下に添付図面を参照しながら、本発明の好適な実施の形態について詳細に説明する。なお、本明細書及び図面において、実質的に同一の機能構成を有する構成要素については、同一の符号を付することにより重複説明を省略する。
【0018】
<1.樹脂積層金属板の全体構成>
まず、
図1に基づいて、本実施形態に係る樹脂積層金属板1の全体構成を説明する。樹脂積層金属板1は、金属板10と、疎水性樹脂膜20と、親水性樹脂層30とを備える。つまり、本実施形態では、金属板10と親水性樹脂層30との間に疎水性樹脂膜20が形成されている。親水性樹脂層30はポリマーブラシを構成する層である。以下、各構成について詳細に説明する。
【0019】
(1-1.金属板の構成)
金属板10の種類は特に制限されず、広く公知の金属板を使用できる。金属板10の例としては、鋼板、ステンレス板、Al板、Cu板、真鍮板、Ti板、クロム板、ニッケル板、亜鉛板、マグネシウム板などが挙げられる。ここで、鋼板の例としては、ブリキ板、薄錫めっき鋼板、電解クロム酸処理鋼板(ティンフリー鋼板)、ニッケルめっき鋼板等の缶用鋼板、溶融亜鉛めっき鋼板、溶融亜鉛-鉄合金めっき鋼板、溶融亜鉛-アルミニウム-マグネシウム合金めっき鋼板、溶融アルミニウム-シリコン合金めっき鋼板、溶融鉛-錫合金めっき鋼板等の溶融めっき鋼板、電気亜鉛めっき鋼板、電気亜鉛-ニッケルめっき鋼板、電気亜鉛-鉄合金めっき鋼板、電気亜鉛-クロム合金めっき鋼板等の電気めっき鋼板、冷延鋼板等が挙げられる。鋼板への被覆は片面又は両面の何れに行ってもよい。鋼板にはクロメート処理がされていても、されていなくてもよい。但し、金属板10の表面の腐食を防止してより長寿命化する目的で公知のクロム、もしくはジルコニア、チタン、ヴァナジウムなどの非クロム系の防錆処理(化成処理)が施されていることが好ましい。
【0020】
(1-2.疎水性樹脂膜の構成)
疎水性樹脂膜20は、金属板10の表面に形成される。疎水性樹脂膜20は、疎水性樹脂をマトリックスもしくは連続相として含む膜である。本実施形態では、親水性樹脂層30と金属板10との間に疎水性樹脂膜20が介在するので、親水性樹脂層30が多量の水分を保持しても、この水分が金属板10に直接接触することを抑制することができる。したがって、樹脂積層金属板1を長期間使用しても、金属板10が腐食されにくくなる。
【0021】
ここで、疎水性樹脂は、23℃の大気中で24時間放置した場合の吸水率が5%以下となる樹脂を意味する。ここで、吸水率は、測定対象の樹脂を上記条件下で放置した後の質量変化分を放置前の樹脂の質量で除算することで得られる。つまり、吸水率は、樹脂が吸収した水分の質量%である。吸水率が5%超の樹脂をマトリックスもしくは連続相として含む樹脂膜を金属板10の表面に形成した場合、当該樹脂膜は水分に対するバリア性が弱い。このため、樹脂積層金属板を長時間使用した場合、金属板10の表面が腐食する場合がある。
【0022】
疎水性樹脂の例としては、熱可塑性樹脂、及び熱硬化性樹脂等が挙げられる。熱可塑性樹脂としては、例えば、ポリエステル樹脂、ポリ塩化ビニル(PVC)樹脂、ポリオレフィン樹脂、フッ素樹脂、アクリル樹脂、ポリアミド樹脂、及びポリカーボネート樹脂等が挙げられる。ここで、ポリエステル樹脂の例としては、ポリエチレンテレフタレート(PET)、及びポリブチレンテレフタレート(PBT)等が挙げられる。フッ素樹脂の例としては、ポリフッ化ビニル(PVF)、ポリフッ化ビニリデン(PVDF)、及びポリクロロトリフルオロエチレン(PCTFE)等が挙げられる。アクリル樹脂の例としては、ポリメチルメタクリレート(PMMA)等が挙げられる。
【0023】
熱硬化性樹脂の例としては、ウレタン樹脂、ポリイミド樹脂、シリコーン樹脂、及びメラミン樹脂等が挙げられる。ウレタン樹脂としては、例えば、ポリウレタン樹脂、及びアクリルウレタン樹脂等が挙げられる。メラミン樹脂の例としては、例えばポリエステルメラミン樹脂等が挙げられる。シリコーン樹脂の例としては、アクリルシリコーン樹脂、及びシリコーンゴム等が挙げられる。
【0024】
疎水性樹脂膜20は、上記で列挙した樹脂の何れか1種で構成されていてもよいし、複数種類で構成されていても良い。上記で列挙した樹脂のうち、水分に対するバリア性、金属板10への密着性、樹脂積層金属板1の加工性の観点からは、ポリエステル樹脂、ポリ塩化ビニル樹脂、ポリオレフィン樹脂、フッ素樹脂、アクリル樹脂、ウレタン樹脂、シリコーン樹脂、及びメラミン樹脂が好ましい。
【0025】
疎水性樹脂膜20の厚さは1μm~2mmでなければならない。厚さが1μm未満では、親水性樹脂層30に吸着した水分に対するバリア性が不十分となる。この結果、金属板10の表面が水分により腐食する場合がある。一方、厚さが2mm超では、疎水性樹脂膜20を金属板10上に積層する際に、当該疎水性樹脂膜20に応力が残留し、樹脂積層金属板1の使用中に疎水性樹脂膜20が金属板10から剥離する場合がある。さらに樹脂積層金属板1の加工時に疎水性樹脂膜20のスプリングバックによる歪が発生して樹脂積層金属板1の加工精度が劣る場合がある。
【0026】
疎水性樹脂膜20の厚さは、水分に対するバリア性および金属板10に対する密着性を確保する目的で、2μm~1mmが好ましい。さらに、疎水性樹脂膜20の金属板10への積層時の操作性を考慮すると、厚さは4μm以上であることがより好ましく、加工時の歪を軽減する観点からは、厚さは400μm以下であることがより好ましい。
【0027】
また、疎水性樹脂膜20は、金属板10の表面に強固に密着していることが望ましい。具体的には、疎水性樹脂膜20自体がピール強度を測定できるレベルに厚く強固である場合は、金属板10上に積層した疎水性樹脂膜20のピール強度が10N/25mm以上であることが好ましい。また、ピール強度の測定が不可である場合は、金属板10上に積層した疎水性樹脂膜20を10×10mmのサイズでクロスカットをしたのち、クロスカットした部分をテープで剥離する。このとき、クロスカット部分の80%以上がテープ剥離しない程度以上の密着強度があることが望ましい。上記の条件が満たされない場合、ブラシなどで樹脂積層金属板1を長期間洗浄すると、疎水性樹脂膜20が金属板10から剥離する場合があり、目標の耐久性を発現できない場合がある。
【0028】
疎水性樹脂膜20を金属板10上に積層する方法は特に問われず、公知の積層法により疎水性樹脂膜20を金属板10上に積層すれば良い。例えば、疎水性樹脂膜20を予め作製しておき(すなわち、疎水性樹脂をフィルム状に成型しておき)、この疎水性樹脂膜20を金属板10上に積層(すなわち、ラミネート)してもよい。この際、接着剤を使用して疎水性樹脂膜20を金属板10上に積層してもよいし、接着剤を使用せずに熱融着により疎水性樹脂膜20を金属板10上に積層してもよい。この方法は、疎水性樹脂膜20が自己保持性を有する場合、例えば疎水性樹脂が熱可塑性樹脂となる場合に好適である。なお、疎水性樹脂膜20上に後述する親水性樹脂層30を形成した後に、疎水性樹脂膜20を金属板10上に積層しても良いし、疎水性樹脂膜20を金属板10上に積層した後に、疎水性樹脂膜20上に親水性樹脂層30を形成してもよい。
【0029】
また、疎水性樹脂を溶剤に溶かすか、もしくは溶融状態にする等の工程により疎水性樹脂を塗料化し、この塗料を浸漬塗布、ロールコート、バーコート、カーテンコートなどの塗布法により金属板10上に積層してもよい。この場合、金属板10上に形成された疎水性樹脂膜20上に親水性樹脂層30を形成することになる。この方法は、疎水性樹脂膜20が自己保持性を有しない場合、例えば疎水性樹脂が熱硬化性樹脂となる場合に好適である。また、粉体状にした疎水性樹脂を金属板10上に焼付け塗布してもよい。この場合、金属板10上に形成された疎水性樹脂膜20上に親水性樹脂層30を形成することになる。
【0030】
疎水性樹脂膜20と金属板10の表面とを上記の好ましい条件で生産効率よく密着するとの観点から、疎水性樹脂膜20をラミネート、ロールもしくはカーテンコートにより金属板10に積層する方法が好ましい。いずれの場合も、必要に応じて樹脂表面をコロナ処理、プラズマ、表面エッジング法などの公知の方法で活性化することが好ましい。また、疎水性樹脂膜20および金属板10との親和性がある接着剤を介すことが好ましい。さらに、金属板10の表面もクロメートや燐酸処理などの公知の活性化を目的とした化成処理を施していることが望ましい。
【0031】
(1-3.親水性樹脂層の構成)
親水性樹脂層30は、疎水性樹脂膜20上に形成され、疎水性樹脂膜20の表面(より具体的には、疎水性樹脂膜20の表面を構成する疎水性樹脂)と共有結合した親水性樹脂を含む。このように、親水性樹脂層30を構成する親水性樹脂が疎水性樹脂に共有結合しているので、親水性樹脂層30は、所謂ポリマーブラシとして機能する。これにより、樹脂積層金属板1は、優れたセルフクリーニング機能、潤滑機能(摺動機能)、接着機能などを高いレベルで樹脂積層金属板1の表面に発現させることができる。つまり、親水性樹脂層30が多量の水分を保持することで、水分との接触角が小さくなる。これにより、高いセルフクリーニング機能、潤滑性能(水潤滑性能)が実現される。さらに、親水性樹脂層30が高い接着機能を発現する。
【0032】
ここで、親水性樹脂は、23℃の大気中で24時間放置した場合の吸水率が5%超となる樹脂を意味する。あるいは、親水性樹脂は、水溶性樹脂であってもよい。水溶性樹脂とは、25℃、1barでの水100gに対する溶解度が0.1g以上である樹脂をいう。吸水率が5%以下、もしくは水溶性でない樹脂を使用して疎水性樹脂膜20上に樹脂層を形成した場合、水分と当該樹脂層との界面張力が大きく(すなわち、水分との接触角が大きく)、樹脂層の表面に付着した汚れ(特に油性の汚れ)を水分で十分に置換できない。したがって、セルフクリーニング機能が発現できない。さらに、水分を十分に吸着することができず、水潤滑機能が発揮できない。
【0033】
親水性樹脂は、具体的には、親水性モノマーを主成分とする(例えば、親水性樹脂を構成する全モノマーのうち50mol%以上のモノマーが親水性モノマーとなる)樹脂である。以下、親水性樹脂の具体例を説明する。もちろん、親水性樹脂はこれらの具体例に限定されず、上記の条件(23℃の大気中で24時間放置した場合の吸水率が5%超となる)を満たすものであればどのようなものであってもよい。
【0034】
親水性モノマーは、例えば、親水性を有する官能基、または親水性を有する官能基に変換可能な官能基を有する親水性置換基含有モノマーである。親水性置換基含有モノマーは、例えば、アミド基、硫酸基、スルホン酸基、カルボン酸基、水酸基、アミノ基、アミド基、オキシエチレン基又はその前駆体となる官能基等に代表されるような親水性基を有するモノマーである。
【0035】
親水性モノマーは、上記の他、アルカリ金属含有モノマー(分子中にアルカリ金属を含むモノマー)、双極イオン性モノマー(双極イオン性基含有化合物:永久陽電荷の中心及び陰電荷の中心を有する化合物)等であってもよい。上記で列挙した親水性モノマーを単独で使用しても、2種以上を併用しても良い。
【0036】
親水性置換基含有モノマーの具体例としては、(メタ)アクリル酸、(メタ)アクリル酸エステル(メトキシエチル(メタ)アクリレート、2-メトキシエチル(メタ)アクリレート等のアルコキシアルキル(メタ)アクリレート、ヒドロキシエチル(メタ)アクリレート等のヒドロキシアルキル(メタ)アクリレート)、アクリロニトリルが挙げられ、更に分子内にC-N結合を持つモノマーなども挙げられる。分子内にC-N結合を持つモノマーとしては、(メタ)アクリルアミド;N-アルキル置換(メタ)アクリルアミド誘導体(N-エチル(メタ)アクリルアミド、N-n-プロピル(メタ)アクリルアミド、N-イソプロピル(メタ)アクリルアミド、N-シクロプロピル(メタ)アクリルアミド;N-メトキシメチル(メタ)アクリルアミド、N-メトキシエチル(メタ)アクリルアミド、N-エトキシエチル(メタ)アクリルアミド等のアルコキシアルキル(メタ)アクリルアミド);N,N-ジアルキル置換(メタ)アクリルアミド誘導体(N,N-ジメチル(メタ)アクリルアミド、N,N-エチルメチル(メタ)アクリルアミド、N,N-ジエチル(メタ)アクリルアミド等);ヒドロキシ(メタ)アクリルアミド;ヒドロキシ(メタ)アクリルアミド誘導体(N-ヒドロキシエチル(メタ)アクリルアミド等のヒドロキシアルキル(メタ)アクリルアミド);環状基を有する(メタ)アクリルアミド誘導体((メタ)アクリロイルモルホリン等)などが挙げられる。
【0037】
アルカリ金属含有モノマーの具体例としては、アクリル酸アルカリ金属塩(アクリル酸ナトリウム、アクリル酸カリウムなど);メタクリル酸アルカリ金属塩(メタクリル酸ナトリウム、メタクリル酸カリウムなど)、(メタ)アクリル酸アミン塩;イタコン酸アルカリ金属塩(イタコン酸ナトリウム、イタコン酸カリウムなど);3-ビニルプロピオン酸アルカリ金属塩(3-ビニルプロピオン酸ナトリウム、3-ビニルプロピオン酸カリウムなど);ビニルスルホン酸アルカリ金属塩(ビニルスルホン酸ナトリウム、ビニルスルホン酸カリウムなど);2-スルホエチル(メタ)アクリル酸アルカリ金属塩(2-スルホエチル(メタ)アクリル酸ナトリウム、2-スルホエチル(メタ)アクリル酸カリウムなど);3-スルホプロピル(メタ)アクリル酸アルカリ金属塩(3-スルホプロピル(メタ)アクリル酸ナトリウム、3-スルホプロピル(メタ)アクリル酸カリウムなど);2-アクリルアミド-2-メチルプロパンスルホン酸アルカリ金属塩(2-アクリルアミド-2-メチルプロパンスルホン酸ナトリウム、2-アクリルアミド-2-メチルプロパンスルホン酸カリウムなど);スチレンスルホン酸アルカリ金属塩(スチレンスルホン酸ナトリウム、スチレンスルホン酸カリウムなど)などが挙げられる。
【0038】
双極イオン性モノマーの具体例としては、4級アンモニウムカチオン、N-アルキルイミダゾールカチオン、N-アルキルピリジニウムカチオン等を陽電荷含有残基、硫酸アニオン、リン酸アニオン、ホウ酸アニオン、カルボキシレート等を負電荷含有残基として含有するアクリル酸エステル系モノマー、メタクリル酸エステル系モノマー、スチリル系モノマー、(メタ)アクリルアミド系モノマー等があげられる。より具体的には、4級アンモニウムカチオンとリン酸アニオンの塩からなるメタクリル酸エステル系モノマーの2-メタクリルオキシエチルホスホリルコリンや、4級アンモニウムカチオンと硫酸アニオンの塩からなるメタクリル酸エステル系モノマーである3-(N-[2-メタクリロイロキシエチル]-N,N-ジメチルアンモニオ)プロパンスルホネート、4級アンモニウムカチオンと硫酸アニオンの塩からなるメタクリルアミド系モノマーの(3-(メタクリロイルアミノ)プロピル)ジメチル-3-スルホプロピル)アンモニウム塩、4級ピリジニウムカチオンと硫酸アニオンの塩からなる、1-(3-スルホプロピル)-2-ビニルピリジニウムヒドロキシド等が挙げられる。また、2-(メタクリロイルオキシ)エチルトリメチルアンモニウムクロライド、2-メタクリロイルオキシエチルホスホリルコリン、[2-(メタクリロイルオキシ)エチル]ジメチル-(3-スルホプロピル)アミニウムヒドロキシド等が挙げられる。
【0039】
上記で列挙した親水性置換基含有モノマーおよびアルカリ金属含有モノマーのうち、優れた摺動性、耐久性が得られる観点から(メタ)アクリル酸、(メタ)アクリル酸エステル、(メタ)アクリル酸アルカリ金属塩、(メタ)アクリル酸アミン塩、アクリロニトリル、(メタ)アクリルアミド、ジメチル(メタ)アクリルアミド、ジエチル(メタ)アクリルアミド、イソプロピル(メタ)アクリルアミド、ヒドロキシエチル(メタ)アクリルアミド、メトキシエチル(メタ)アクリルアミド、メトキシメチル(メタ)アクリルアミド、(メタ)アクリロイルモルホリン、3-スルホプロピルメタクリル酸カリウム塩が好ましい。さらに、(メタ)アクリロイルモルホリン、メトキシメチル(メタ)アクリルアミド、(メタ)アクリルアミド、2-メトキシエチルアクリレートがより好ましく、メトキシメチル(メタ)アクリルアミド、2-メトキシエチルアクリレートが特に好ましい。
【0040】
双極イオン性モノマーのうち、水分との親和性の観点から、2-(メタクリロイルオキシ)エチルトリメチルアンモニウムクロライド、2-メタクリロイルオキシエチルホスホリルコリン及び[2-(メタクリロイルオキシ)エチル]ジメチル-(3-スルホプロピル)アミニウムヒドロキシドが好ましい。樹脂積層金属板1を医療材料などに使用する場合は、生体組織に対して優れた適合性から、双極イオン性モノマーは、2-メタクリルオキシエチルホスホリルコリンが好ましい。
【0041】
上記で列挙した親水性モノマーのうち、双極イオン性モノマーが最も好ましい。双極イオン性モノマーを含む親水性樹脂、すなわち双極イオン含有樹脂は、水分との親和性が非常に高い。なお、親水性樹脂層30を構成する親水性樹脂は、これらの例示に限定されることなく、23℃の大気中で24時間放置した場合の吸水率が5%超、もしくは水溶性樹脂であればよい。
【0042】
親水性樹脂の高分子鎖の長さは、好ましくは10~50000nm、より好ましくは100~50000nmである。この範囲内では、高分子鎖が長いほど良好なセルフクリーニング、摺動、接着機能が発現できる。逆に、高分子鎖の長さが10nm未満であると、これらの機能が得られにくい傾向がある。高分子鎖の長さが50000nmを超えると、これらの機能の更なる向上が期待できない。さらに、高価なモノマーが必要になるために原料コストが上昇する傾向がある。さらに、表面処理(すなわち親水性樹脂層30の形成)による表面模様が肉眼で見えるようになり、樹脂積層金属板1の美観を損ねる傾向がある。
【0043】
ここで、高分子鎖の長さは、親水性樹脂の数平均分子量とモノマーユニットの大きさから換算できる。ここではモノマーユニットが直線状に並んだとして見積もってよい。数平均分子量は、例えば以下の方法で測定される。すなわち、親水性樹脂層30を疎水性樹脂に共有結合する際に副生する親水性樹脂ホモ体(疎水性樹脂に共有結合しなかった親水性樹脂)を回収する。これらの副生物は、疎水性樹脂に共有結合した親水性樹脂と同一の分子量である場合が多く、これをゲルミッションクロマトグラフィー(GPC)などの公知の方法で測定することで、親水性樹脂の数平均分子量を測定することができる。
【0044】
親水性樹脂層30の厚さは特に制限されないが、数十nm程度の厚さがあれば、十分に親水性樹脂の機能を発現することが可能である。
【0045】
親水性樹脂層30における親水性樹脂の密度は、0.01本鎖/nm2以上であることが好ましい。ここで、親水性樹脂の密度とは、疎水性樹脂膜20の表面の単位面積(nm2)あたりに結合した親水性樹脂の本数を意味し、「グラフト密度」と同義である。親水性樹脂の密度(=グラフト密度)は、0.01本鎖/nm2以上であることが好ましく、0.02本鎖/nm2以上であることがより好ましい。
【0046】
親水性樹脂の密度を0.01本鎖/nm2以上にすることにより、親水性樹脂層30が水分を吸着したときに浸透圧が発生し、親水性樹脂の高分子鎖が疎水性樹脂膜20の表面から垂直に延伸する。この結果、高分子鎖の自己エントロピーが小さくなり、分子運動が低くなる。これにより、摺動、接着機能、セルフクリーニング機能が向上する。この効果は、親水性樹脂の密度が大きいほど顕著になるが、密度が0.05本/nm2以上では上記効果はほぼ一定になる傾向がある。一方、親水性樹脂の密度は、0.15本鎖/nm2以下が好ましく、0.1本鎖/nm2以下がより好ましく、0.05本鎖/nm2以下がさらにより好ましい。親水性樹脂の密度が大きくなりすぎると、親水性樹脂高分子鎖の排除体積効果により、各親水性樹脂が垂直に延伸しにくくなる。さらに、親水性樹脂を疎水性樹脂膜20上で成長させる処理(後述)において、親水性樹脂の高分子鎖が十分に長く成長しなくなる場合がある。一方、密度が0.01本鎖/nm2未満の場合は、親水性樹脂層30が水分を吸着したときの浸透圧が小さくて、親水性樹脂鎖の分子運動が大きくなる。この結果、摺動、接着機能、セルフクリーニング機能が十分でない場合がある。
【0047】
なお、親水性樹脂の密度(本鎖/nm2、s)は、元素分析等により疎水性樹脂膜表面から伸長して形成された高親水性樹脂の総質量(グラフト量、w)を求め、その値、疎水性樹脂膜20の表面積(S、nm2)、親水性樹脂の数平均分子量(Mn)ならびにアボガドロ数(Av)を用いて次の数式1より算出される。
s=(w/Mn)Av/S (数式1)
【0048】
疎水性樹脂膜20の表面を起点として、親水性樹脂を疎水性樹脂に共有結合させる方法としては、疎水性樹脂膜20の表面(より具体的には、疎水性樹脂膜20の表面を構成する疎水性樹脂)に親水性樹脂のモノマー(例えば上述した親水性モノマー)をグラフト重合させて、親水性樹脂の高分子鎖を成長させる方法(所謂Graft-from法)や、疎水性樹脂膜20の表面の官能基と反応する官能基を有する親水性樹脂を当該疎水性樹脂に化学結合(共有結合)させる方法(所謂Graft-to法)がある。
【0049】
Graft-from法の概要は以下の通りである。まず、重合開始剤を疎水性樹脂膜20の表面と共有結合させた後、プラズマ照射、光照射、加熱などの方法で疎水性樹脂膜20の表面の重合開始剤を活性化する。そして。この活性種を基点として、疎水性樹脂膜20の表面に接するように配置された親水性樹脂のモノマーを重合させる。この方法によれば、生成する親水性樹脂の高分子鎖の末端が、疎水性樹脂膜20の表面と共有結合する。
【0050】
Graft-from法には、光重合法(光グラフト重合法)、リビングラジカル重合法、プラズマ照射グラフト重合法、放射線照射グラフト重合法等が挙げられる。ここで、リビングラジカル重合法の概要は以下の通りである。すなわち、疎水性樹脂膜20の表面にフリーラジカル重合開始剤、光重合開始剤、原始移動ラジカル重合開始剤を共有結合させる。ついで、プラズマ、若しくは、電子線にて疎水性樹脂膜20の表面を処理することで、表面に活性種であるラジカルを発生させる。ついで、その活性種を有する疎水性樹脂膜20の表面と、親水性樹脂のモノマーとを重合する。重合可能な2重結合を有する化合物(例えば、上述した親水性モノマー)を反応させることにより親水性樹脂のグラフトポリマー鎖を成長させることができる。
【0051】
なお、光重合法の場合は、重合開始剤を疎水性樹脂膜20の表面に塗布した後、親水性樹脂のモノマーを疎水性樹脂膜20の表面に配置する。そして疎水性樹脂膜20の表面を光照射することにより、重合開始剤と疎水性樹脂膜20の表面とを共有重合させた後、逐次的に親水性樹脂のモノマーを重合させることもできる。
【0052】
なお、Graft-from法は、以下の公知文献にも記載されており、本実施形態では、これらの方法を特に制限なく使用することができる。例えば、新高分子実験学10、高分子学会編、1994年、共立出版(株)発行、P135には、表面グラフト重合法として光グラフト重合法、プラズマ照射グラフト重合法が記載されている。また、吸着技術便覧、NTS(株)、竹内監修、1999.2発行、p203、p695には、γ線、電子線等の放射線照射グラフト重合法が記載されている。特開昭63-92658号公報、特開平10-296895号公報及び特開平11-119413号公報には、光グラフト重合法の具体的方法が記載されている。上記記載の文献、及びY.Ikadaetal,Macromoleculesvol.19、page1804(1986)等には、プラズマ照射グラフト重合法、放射線照射グラフト重合法が記載されている。
【0053】
上述したGraft-from法のうち、重合操作のハンドリング、反応速度、分子量の制御のしやすさから、光重合法もしくはリビングラジカル重合法が好ましい。
【0054】
そこで、以下、光重合法の具体例を説明する。もちろん、本実施形態に適用可能な光重合法はこれに限定されない。まず、ラジカル重合開始剤、アニオン重合開始剤、カチオン重合開始剤などの光活性のある重合開始剤を疎水性樹脂膜20の表面に塗布する。光重合開始剤を例示すると、p-tert-ブチルトリクロロアセトフェノン、2,2′-ジエトキシアセトフェノン、2-ヒドロキシ-2-メチル-1-フェニルプロパン-1-オンの如きアセトフェノン類;ベンゾフェノン、4,4′-ビスジメチルアミノベンゾフェノン、2-クロロチオキサントン、2-メチルチオキサントン、2-エチルチオキサントン、2-イソプロピルチオキサントンの如きケトン類;ベンゾイン、ベンゾインメチルエーテル、ベンゾインイソプロピルエーテル、ベンゾインイソブチルエーテルの如きベンゾインエーテル類;ベンジルジメチルケタール、ヒドロキシシクロヘキシルフェニルケトンの如きベンジルケタール類、などが挙げられる。光重合開始剤は、疎水性樹脂に溶解あるいは分散した状態で用いることができるが、溶解するものであることが好ましい。疎水性樹脂への溶解性、汎用性の観点から、ベンゾフェノン、キサントン、9-フルオレノンなどのベンゾフェノン系化合物が最も好ましい。
【0055】
ついで、先に例示した親水性置換基含有モノマー、アルカリ金属含有モノマー、及び双極イオン性モノマーのうち、ビニルモノマー等の2重結合を含有する親水性モノマーを疎水性樹脂膜20の表面に塗布する。そして、300~400nmの紫外光を疎水性樹脂膜20の表面に照射することで、親水性モノマーを重合させる。ここで、光源には、高圧水銀灯、メタルハライドランプ、LEDランプなどを利用できる。より具体的な光源としては、高圧水銀ランプ、365nmの中心波長を持つLED、375nmの中心波長を持つLEDなどを使用することが出来る。光源としては、355~380nmのLED光を照射することができる光源がより好ましい。特に、ベンゾフェノンの励起波長366nmに近い365nmの中心波長を持つLEDなどが効率の点から好ましい。光源の波長が300nm未満では、改質対象物(すなわち重合開始剤)の分子を切断させて、ダメージを与える可能性がある。このため、光源から照射される光は、300nm以上の光が好ましく、改質対象物のダメージが非常に少ないという観点から、355nm以上の光が更に好ましい。一方、400nmを超える光では、光重合開始剤が活性されにくく、重合反応が進みにくいため、400nm以下の光が好ましく、380nm以下の光がより好ましい。
【0056】
つぎに、リビングラジカル重合法の具体例を説明する。もちろん、本実施形態に適用可能なリビングラジカル重合法はこれに限定されない。まず、ラジカル重合開始剤を疎水性樹脂膜20の表面と共有結合させる。この疎水性樹脂膜20の表面に、上記のビニルモノマー、および必要に応じてルテニウムや銅等の遷移金属触媒錯体を塗布する。ついで、ビニルモノマーをリビングラジカル重合して、親水性樹脂層30を疎水性樹脂膜20の表面に形成する。
【0057】
ここで、リビングラジカル重合法には公知の方法が選択でき、ニトロキシドを介するリビングラジカル重合法、原子移動ラジカル重合法、可逆的付加・脱離連鎖移動重合反応(RAFT)法などが利用できる。そして、各々の重合法に対応して、ヒドロキシルアミン誘導、α-クロロケトンなどの有機ハロゲン化合物、トリチオカーボネートやジチオエステルなどのチオカルボニル化合などを開始剤に選択できる。これらの開始剤は、当該開始剤に疎水性樹脂の種類に応じて官能基を導入することで、疎水性樹脂膜20の表面と共有結合できるように変性される。また必要に応じて、疎水性樹脂膜20の表面にも当該官能基と共有結合できる官能基を導入してもよい。
【0058】
ラジカル重合開始剤の変性のしやすさから、原子移動ラジカルを利用したリビングラジカル重合法が好ましい。原子移動ラジカル重合法を利用したリビングラジカル重合法をより具体的に例示すると、α-ブロモイソブチリルブロミドなどのα-クロロケトンを酸ブロマイド化し、これをヒドロオキシアルケンとエステル化する。さらにこの生成物をシラン化合物によりヒドロシリル化(オキシシラン化)することで、ヒドロシリル化した原子移動ラジカル重合開始剤を作製する。一方、疎水性樹脂膜20の表面もシランカップリング剤などでシアノール化する。そして、この疎水性樹脂膜20の表面にヒドロシリル化した原子移動ラジカル重合開始剤を塗布し、原子移動ラジカル重合開始剤を疎水性樹脂膜20の表面と共有結合させる。この後、上記のビニルモノマーを疎水性樹脂膜20の表面に塗布して、リビングラジカル重合する。
【0059】
光重合法、リビングラジカル重合法ともに、重合温度、圧力などは、適宜、重合開始剤、重合するモノマーの種類に応じて選択できる。また、重合後は、副生物として疎水性樹脂膜20の表面と共有結合していない親水性樹脂ホモ体が生成している。従って、水もしくはメタノールなどの親水性樹脂には良溶媒、かつ疎水性樹脂には貧溶媒である溶媒で疎水性樹脂膜20の表面を洗浄し、親水性樹脂ホモ体を除去することが好ましい。
【0060】
光重合法、リビングラジカル重合法のうち、重合時に金属板10から溶融する微量イオンの影響が少なく、かつ反応条件がマイルド、反応速度がより速い光重合法が好ましい。リビングラジカル重合法では、金属板10に疎水性樹脂膜20を積層した後に親水性樹脂層30をグラフト化すると、金属板10から金属イオンが溶出して、重合が進みにくい場合がある。
【0061】
Graft-to法の具体例は以下の通りである。すなわち、主鎖末端若しくは側鎖に疎水性樹脂と反応する官能基を有する親水性樹脂を準備し、この官能基と疎水性樹脂膜20の表面の官能基とを化学反応させることで、親水性樹脂層30を疎水性樹脂膜20上に形成する。疎水性樹脂と反応する官能基としては、疎水性樹脂膜20の表面の官能基と反応し得るものであれば特に限定はないが、例えば、アルコキシシランのようなシランカップリング基、イソシアネート基、アミノ基、水酸基、カルボキシル基、スルホン酸基、リン酸基、エポキシ基、アリル基、メタクリロイル基、アクリロイル基等を挙げることができる。
【0062】
主鎖末端若しくは側鎖に疎水性樹脂と反応する官能基を有する親水性樹脂として特に有用なのは、トリアルコキシシリル基、アミノ基、カルボキシル基、エポキシ基、イソシアネートを末端もしくは側鎖に有するユニットをもつ親水性樹脂である。
【0063】
Graft-from法、Graft-to法を比較すると、Graft-to法では、嵩が大きくなった親水性樹脂の高分子鎖が、逐次疎水性樹脂膜20の表面と共有結合して疎水性樹脂膜20の表面を覆う。このような嵩の高い高分子鎖に覆われた疎水性樹脂膜20の表面は排除体積効果により、嵩高い高分子鎖をさらに共有結合させることができない。この結果、グラフト密度が疎になりやすい。一方、Graft-from法では、重合が疎水性樹脂膜20の表面から開始するので、重合初期には排除体積効果が発生しない。この結果、基点の密度に対応した親水性樹脂を疎水性樹脂膜20の表面と共有結合できる。この結果、基点を高密度に疎水性樹脂膜20の表面に固定できれば、高密度で親水性樹脂を疎水性樹脂膜20の表面と共有結合できる。従って、Graft-to法よりもGraft-from法が好ましい。
【0064】
親水性樹脂が疎水性樹脂膜20の表面と共有結合していることは、例えば以下の方法で確認できる。すなわち、疎水性樹脂膜20の表面に親水性樹脂を共有結合させた後に、親水性樹脂には良溶媒、かつ疎水性樹脂には貧溶媒である溶媒で十分に疎水性樹脂膜20の表面を洗浄する。これにより、疎水性樹脂膜20と共有結合していない親水性樹脂ホモ体は除去される。この後、元素分析などで、親水性樹脂層30中の元素、あるいは元素の質量比を解析することにより、親水性樹脂が疎水性樹脂膜20に共有結合していることを確認できる。
【0065】
このように、本実施形態によれば、疎水性樹脂膜20の表面に親水性樹脂層30を形成することで、水のみで金属板10表面に付着した汚れ(特に油性の汚れ)を除去できるセルフクリーニング機能を発現可能となる。さらに親水性樹脂層30が多量の水分を保持するので、高度な水潤滑機能を発現することもできる。さらに、当該親水性樹脂層30同士がバインダーになって、当該樹脂積層金属板1同士を強固に接合することもできる。すなわち、高い接着機能も発現できる。この上、親水性樹脂層30を構成する親水性樹脂は疎水性樹脂膜20に共有結合しているので、当該樹脂積層金属板1の表面をブラシなどで洗浄しても、親水性樹脂層30が剥離することなく、長期にこれらの機能を発現できる。また、金属板10表面と親水性樹脂層30との間には、疎水性樹脂膜20が存在する。これにより、親水性樹脂層30が多量の水分を保持しても、疎水性樹脂膜20がバリア層になり、金属板10の表面を腐食しにくい。従って、耐食性も兼備可能となる。つまり、樹脂積層金属板の表面機能をより長期に亘って保持することが可能となる。
【0066】
本実施形態に係る樹脂積層金属板1は、様々な分野に使用可能である。例えば、樹脂積層金属板は、その高いセルフクリーニング機能を活かして、自動車、車両、船舶等の輸送機器の内外装材、輸送コンテナ、産業機器、土木・建築材料、標識パネル、家具、OA機器筐体、弱電部品、筐体、インテリア・照明部品、装飾品等に使用することができる。また、樹脂積層金属板は、その高い水潤滑機能を活かして、歯車、軸受け、レール等の各種摺動部材、金型等に使用することができる。さらに、樹脂積層金属板1は、その高い接着機能を活かして、接着接合部品等に使用することができる。
【0067】
<2.樹脂積層金属板の製造方法>
つぎに、樹脂積層金属板の製造方法について説明する。樹脂積層金属板の製造方法には以下の2通りの方法が挙げられる。
【0068】
(2-1.第1の方法)
第1の方法では、まず、疎水性樹脂をフィルム状に成型することで、疎水性樹脂膜20を作製する。ついで、上述した方法により、疎水性樹脂膜20の表面に親水性樹脂を共有結合させる。ここで、疎水性樹脂膜20の表面に親水性樹脂を共有結合させる方法は、Graft-from法が好ましい。さらに、Graft-from法のうち、光重合法、リビングラジカル重合法が好ましい。さらに、光重合法、リビングラジカル重合法のうち、光重合法が好ましい。これにより、疎水性樹脂膜20の表面に親水性樹脂層30を形成する。ついで、親水性樹脂層30が形成された疎水性樹脂膜20を金属板10上に積層する。積層の具体的な方法は上述した通りである。
【0069】
(2-2.第2の方法)
第2の方法では、金属板10上に疎水性樹脂膜20を積層(形成)する。ここで、金属板10上に疎水性樹脂膜20を積層する方法は上述した通りである。ついで、上述した方法により、疎水性樹脂膜20の表面に親水性樹脂を共有結合させる。これにより、疎水性樹脂膜20の表面に親水性樹脂層30を形成する。ここで、疎水性樹脂膜20の表面に親水性樹脂を共有結合させる方法は、Graft-from法が好ましい。さらに、Graft-from法のうち、光重合法が好ましい。リビングラジカル重合法では、重合反応中に金属板10から金属イオンが溶出して、重合が進みにくい場合がある。
【0070】
第1の方法、第2の方法いずれの方法であっても本実施形態に係る樹脂積層金属板1を作製することができる。なお、疎水性樹脂膜20が自己保持性を有するのであれば第1の方法、第2の方法いずれも実施可能であるが、疎水性樹脂膜20が自己保持性を有しない場合には、第2の方法を実施可能である。
【実施例】
【0071】
<1.実施例1~13>
つぎに、本実施形態の実施例について説明する。本実施例では、以下の試験を行うことで、本実施形態の効果を確認した。
【0072】
(1-1.金属板の準備)
金属板として、0.45mm厚さの2種類の亜鉛系合金めっき鋼板(新日鉄住金製スーパーダイマー(K08)(以下、「SD鋼板」とも称する)、溶融亜鉛めっき鋼板(Z18)(以下、「GI鋼板」とも称する)、SUS板(SUS430-2B,0.6mm厚)、Al板(A5052、1.2mm厚)、0.3mm厚チタン箔(新日鉄住金製JISH4600規格品)を準備した。そして、これらの金属板にアルカリ脱脂処理を施した後、クロメート液を塗布し、約45mg/m2のクロメート膜を金属板表面に形成した。
【0073】
(1-2.PETフィルムの準備)
疎水性樹脂膜の例であるPETフィルムを準備した。具体的には、2層Tダイスを使用して、20質量%の白色顔料を含む白色PBT/PETアロイ層(PBT(東レ社製トレコン1200S)/PET(ユニチカ社製SP1344)=70/30(体積比))およびPET系アロイ層(PET(ユニチカ製SP1344)/VLDPE(超低密度ポリエチレン、ダウ製DFDA-1137)/相溶化剤(住友化学製ボンドファスト7L)=87/10/3(体積比))からなる単色フィルム(ストライプ型エンボス模様付与)を得た。この単色フィルムの総厚さは100μmで、白色PBT/PETアロイ層が90μm(上層)、PET系アロイ層が10μm(下層:接着剤層と接する層)とした。当該単色フィルムを白色PETフィルムと称す。なお、上層を形成する白色PBT/PETアロイ樹脂、下層を形成するPET/ゴム/アイオノマー=87/10/3アロイ樹脂を23℃の大気中で24時間放置した場合の吸水率は、ともに0.1%であった。したがって、何れの樹脂も疎水性樹脂である。
【0074】
(1-3.PVCフィルム、PPフィルム、PVFフィルムの準備)
PVCフィルム、PP(ポリプロピレン)フィルム、PVFフィルムとして、それぞれLE301柄フィルム(100μm厚、オカモト社製)、アートボンドPPフィルム(145μm、凸版印刷社製)、テドラーフィルム(38μm厚、デュポン社製)を準備した。各々の原料樹脂を23℃の大気中で24時間放置した場合の吸水率は、それぞれ0.5%、0.01%、0.4%であった。したがって、いずれの樹脂も疎水性樹脂である。
【0075】
(1-4.フィルムを使用した疎水性樹脂膜積層金属板の作製)
金属板の表面に接着剤をバーコーターで塗布した。ついで、接着剤を塗布した金属板を表1の温度(ラミ温度)に加熱したのち、フィルムを積層、加圧した。加圧後、金属板を室温まで冷却して疎水性樹脂膜積層金属板を得た。金属板、フィルム、及び接着剤の種類を変更して8種の疎水性樹脂膜積層金属板(1)~(8)を作製した。疎水性樹脂膜積層金属板(1)~(8)の組成を表1にまとめて示す。
【0076】
さらに、日鉄住金建材社製ハイカラーを準備した。日鉄住金建材社製ハイカラーは、上記のGI鋼板表面上にポリエステル樹脂塗料を焼付け塗装したものである。日鉄住金建材社製ハイカラーを塩酸でエッジングして積層した塗膜を回収し、塗膜の厚さ及び吸水率を測定した。この結果、塗膜の厚さは20μmであり、塗膜を23℃の大気中で24時間放置した場合の吸水率は0.15%であった。したがって、日鉄住金建材社製ハイカラーは、疎水性樹脂膜積層金属板の一種である。本実施例は、日鉄住金建材社製ハイカラーを疎水性樹脂膜積層金属板(9)とした。
【0077】
(1-5.疎水性樹脂積層金属板表面の元素分析)
疎水性樹脂膜積層金属板の表面近傍の元素分率を、X線光電子分光(XPS、APEXアルバックファイ(株)社製)により求めた。本結果をXPS分析結果(I)と称す。
【0078】
【0079】
(1-6.積層法(I)による樹脂積層金属板の作製)
実施例1~12では、積層法(I)により樹脂積層金属板を作製した。積層法(I)は、疎水性樹脂膜を予め金属板上に積層した後に疎水性樹脂膜の表面に親水性樹脂を共有結合させるものである。以下、詳細を説明する。
【0080】
(1-6-1.メタクリロイルオキシエチルトリメチルアンモニウムクロリド(MTAC)の精製)
MTACモノマーの水溶液を、脱水したテトラヒドロフラン(THF)に滴下し、MTACモノマーを再沈殿させた。これにより、MTACモノマーを精製した。
【0081】
(1-6-2.疎水性樹脂膜積層金属板の表面精製)
疎水性樹脂膜積層金属板の表面をメタノールで洗浄し、汚染物を除去した。
【0082】
(1-6-3.光重合法によるグラフト化)
疎水性樹脂膜積層金属板(1)~(9)の表面にMTACモノマーを光重合法により共有結合させた(すなわち、表面をグラフト化した)。具体的には以下の処理を行った。
【0083】
ベンゾフェノン0.5gを褐色サンプル管に収め、アセトン4.5gに溶解させた。調製した溶液を1,000rpm、1分間の条件で疎水性樹脂膜積層金属板の表面(55×75mm2)にスピンコートした。ついで、MTACモノマー8.0gを、純水2.0gに溶解させた。ついで、ベンゾフェノンを塗布した疎水性樹脂膜積層金属板の表面をMTAC溶液が十分に覆うようにMTAC溶液を当該表面に展開した。ついで、1.5kWの紫外線(M015-L312,アイグラフィックス社製)を2分30秒間、室温にて疎水性樹脂膜積層金属板の表面に照射した。これにより、ポリメタクリロイルオキシエチルトリメチルアンモニウムクロリド(PMTAC)高分子鎖を疎水性樹脂膜の表面と共有結合させた。これにより、実施例1~9に係る樹脂積層金属板を作製した。樹脂積層金属板の組成を表2にまとめて示す。
【0084】
光照射後、当該樹脂積層金属板を水中で5時間撹拌し、副反応生成物であるホモPMTACを除去洗浄した。洗浄後、X線光電子分光(XPS)(XPS、APEXアルバックファイ(株)社製)により、表面近傍の元素分率を求めた。本結果をXPS分析結果(II)と称す。XPS分析結果(I)と(II)とを比較した結果、(II)ではPMTAC鎖に起因するCl、N元素の分率が、(I)に比較して増加した。この結果、PMTAC高分子鎖を各々の疎水性樹脂膜の表面と共有結合できた。さらに、ホモPMTACの25℃、1barでの水100gに対する溶解度は、0.1g以上であった。このため、PMTAC高分子鎖が親水性樹脂であることが確認できた。そして、PMTAC高分子鎖の分子量をSEC(Waters社製、SEC-MALS)で測定した。この結果、Mn=1,972,000、Mw=2,720,000であった。当該Mn、およびXPSの元素分率解析結果を使用して、数式(1)よりグラフト密度を算出した。結果は0.05本鎖/nm2であった。なお、上記の配合は、55×75mm2の金属表面面積をポリマーブラシで修飾する場合の配合である。
【0085】
(1-6-4.PMTAC以外の親水性樹脂のグラフト)
疎水性樹脂膜積層金属板(1)を新たに2つ準備し、これらの疎水性樹脂膜積層金属板(1)の表面には、PMTAC以外の親水性樹脂を光重合法によりグラフト化した。具体的には、親水性樹脂のモノマーをMTACからジヒドロキシプロピルメチクリレート(DHMA)、または2-メタクリロイルオキシエチルホスホリルコリン(MPC)に変えた他は、上記1-6-3.と同様の処理を行った。これにより、疎水性樹脂膜の表面にポリジヒドロキシプロピルメチクリレート(PDHMA)高分子鎖、またはポリ2-メタクリロイルオキシエチルホスホリルコリン(PMPC)高分子鎖を共有結合させた。これにより、実施例10、11に係る樹脂積層金属板を作製した。樹脂積層金属板の組成を表2にまとめて示す。
【0086】
また、XPS分析結果(I)と(II)とを比較した結果、PDHMA高分子鎖、またはPMPC高分子鎖がいずれも疎水性樹脂膜の表面と共有結合していることを確認できた。さらに、ホモPDHMA及びホモPMPCの25℃、1barでの水100gに対する溶解度は、いずれも0.1g以上であった。したがって、PDHMA高分子鎖及びPMPC高分子鎖はいずれも親水性樹脂であることが確認できた。また、PDHMA高分子鎖及びPMPC高分子鎖のグラフト密度はいずれも0.04~0.06本鎖/nm2であった。であった。
【0087】
(1-6-5.リビングラジカル重合法によるグラフト化)
疎水性樹脂膜積層金属板(1)を新たに準備し、この表面に親水性樹脂をリビングラジカル重合法により共有結合させた。具体的には以下の処理を行った。
【0088】
脱水ジクロロメタン80mlに5-ヘキセン-1-オール23.6ml(200mmol)と脱水トリエチルアミン41.6ml(300mmol)を加えて第1の混合液を作製した。当該第1の混合液を氷浴につけ、脱水ジクロロメタン70mlとα-ブロモイソブチリルブロミド37.1ml(300mmol)の混合液(第2の混合液)を、当該第1の混合液に滴下し、第3の混合液を作製した。第2の混合液の滴下後、氷浴で6.5時間、常温で10時間第3の混合液を撹拌した。析出した塩を濾別し、濾液を減圧留去して濃縮した。濃縮液を、1規定の塩酸250mlで2回、飽和重曹溶液250mlで2回、水300mlで1回洗浄し、有機層を回収した。回収した有機層に硫酸マグネシウムを加えて乾燥し、硫酸マグネシウムをろ過により除去した。濾液を蒸留精製し、無色透明で粘度の高い液体の1-(2-ブロモ-2-メチル)プロピオニルオキシ-5-ヘキセン(BPH)を得た。上記のBPH10g(40mmol)にトリエトキシシラン25ml(7.5mol)、カルステット触媒を0.3ml加え、313Kで24時間撹拌した。反応終了後、未反応のトリエトキシシランを減圧留去した。150℃で減圧蒸留により生成物((2-ブロモ-2-メチル)プロピオニルオキシヘキシルトリエトキシシラン(BHE))を精製した。
【0089】
ついで、脱水トルエン20mlに3-アミノプロピルトリエトキシシラン(APTES)0.2mlを溶解した。表面洗浄した疎水性樹脂膜積層金属板(1)(10×40mm)を調整した脱水トルエン/APTES液に浸漬し、55℃で40時間加熱後してAPTESを疎水性樹脂膜積層金属板(1)の表面に固定した。加熱後、トルエンで洗浄した。さらに、当該疎水性樹脂膜積層金属板(1)をpH4.5に調整した塩酸に24時間浸漬することで、アルコキシ基を加水分解してシアノール化した。その後、疎水性樹脂膜積層金属板(1)を純水で洗浄し、減圧乾燥した。
【0090】
エタノール8.9gと28質量%アンモニア水溶液を攪拌混合し、これに上記で作製した疎水性樹脂膜積層金属板(1)(表面にシラノール化したAPTESが固定されたもの)を浸漬した。浸漬した液に、8.9gのエタノールに溶解した0.2gのBHEを攪拌しながら滴下した。室温で5時間放置した後、疎水性樹脂膜積層金属板(1)をエタノールで洗浄し、減圧乾燥した。これにより、重合開始剤(BHE)を疎水性樹脂膜積層金属板(1)の表面に固定した。
【0091】
ついで、2.07gのMTACを溶解した水/メタノール混合液(体積比1/4)5mlに、重合開始剤を固定した疎水性樹脂膜積層金属板(1)を浸漬した。さらに、混合液中に0.5molエチルブロモイソプチレート/メタノール溶液0.1mlを加え、混合液から酸素を除去するため、混合液を30分間アルゴンでバブリングした。ついで、3mlのメタノールに2,2’-ビピリジル34.4mgと臭化銅(I)14.3mgとを溶解し、酸素を除去するため、これを凍結脱気した。凍結脱気後、当該混合液1.5mlを疎水性樹脂膜積層金属板(1)が浸漬されている混合液に加えた。そして、疎水性樹脂膜積層金属板(1)が浸漬されている混合液をバイオシェーカーで333Kに加熱し、80rpmで48時間攪拌した。これにより、PMTAC高分子鎖を疎水性樹脂膜積層金属板(1)の表面と共有結合させた。これにより、実施例12に係る樹脂積層金属板を作製した。
【0092】
加熱攪拌後、当該樹脂膜積層金属板をメタノールで洗浄した。光重合法でのグラフト化と同様に、XPSで表面近傍の元素分率を求め、この結果、すなわちXPS分析結果(II)とXPS分析結果(I)とを比較し、PMTACが疎水性樹脂膜の表面と共有結合していることを確認した。さらに、回収したホモPMTACから分子量を測定した。Mn=2,440,000、Mw=2,533,000であった。また、グラフト化密度は、0.02本鎖/nm2であり、光重合法よりも小さかった。光重合法に比較して素反応工程が多く、一部に失活原料が発生した結果と推定される。さらに、本リビング重合法でのPMTACの疎水性樹脂膜への共有結合化は、10×40mmサイズまでは有効であったが、55×75mm2までスケールを拡大すると、安定して共有結合化できなかった。この原因としては、スケールが大きくなると酸素が重合系に混合し、ラジカル捕捉剤として作用して高分子量の高分子鎖をグラフト化できなかったことに起因すると考えられる。
【0093】
(1-7.積層法(II)による樹脂積層金属板の作製)
実施例13では、積層法(II)により樹脂積層金属板を作製した。積層法(II)は、疎水性樹脂膜上に親水性樹脂層を形成した後、この疎水性樹脂膜を金属板上に積層するものである。以下、詳細を説明する。
【0094】
まず、白色PETフィルムの表面をメタノールで洗浄した。ついで、上記1-6-3.と同様の処理を行うことで、白色PETフィルムの表面にPMTAC高分子鎖を共有結合させた。ついで、白色PETフィルム表面を水で洗浄し、ホモPMTCAを除去した。
【0095】
ついで、PMTAC高分子鎖が共有結合した白色PETフィルムを、疎水性樹脂膜積層金属板(1)の作製時と同様の工程によりSD鋼板に積層した。これにより、実施例13に係る樹脂積層金属板を作製した。その後、上記1-6-3.と同様に樹脂積層金属板の表面の元素分率を求めた。元素分率の測定結果、すなわちXPS分析結果(II)をXPS分析結果(I)と比較した。この結果、実施例1よりも若干、PMTCA高分子鎖起因の元素分率が減少したが、PMTCA高分子鎖が疎水性樹脂膜の表面と共有結合していることを確認できた。なお、PMTCA高分子鎖起因の元素分率の減少は、白色PETフィルム積層時の加熱により、PMTCA高分子鎖の一部が熱劣化したことに起因すると推定できる。グラフト密度は0.05本鎖/nm2であった。
【0096】
(1-8.性能評価)
つぎに、実施例1~13に係る樹脂積層金属板の性能を評価するために、以下の性能評価試験を行った。結果を表2にまとめて示す。
【0097】
(1-8-1.接触角)
樹脂積層金属板の表面の親水性を確認するために、湿潤下で樹脂積層金属板の表面の1μl水滴に対する接触角を、ThetaT-2000(Biolin Scientific社製)で測定した。評点○:20°以下、△:20°超60°以下、×:60°超。
【0098】
(1-8-2.初期セルフクリーニング機能の評価)
ユニットバス壁材の防汚性評価に使用されているモデル汚染物を樹脂積層金属板の表面に付着した。なお、モデル汚染物は表2に示すとおりである。1時間静置した後、樹脂積層金属板を蒸留水に浸漬して1分間超音波洗浄した。洗浄前後の汚染物の重量もしくは残留接触面積を定量比較した。評点◎:100%除去可能、○:0超10%以下残留、△:10超20%以下残留、×:30%以上残留。
【0099】
(1-8-3.セルフクリーニング機能の耐久性評価)
樹脂積層金属板を5%市販バス洗浄剤水溶液に浸漬し、垂直に500g重を加えながら、ナイロンスポンジで長手方向に10,000回摺動した。試験後樹脂積層金属板の表面を蒸留水で5分間超音波洗浄し、洗剤を除去した。ついで、上記初期セルフクリーニング機能と同様の試験を行い、セルフクリーニング機能の耐久性を評価した。
【0100】
(1-8-4.水潤滑性の評価)
水中で、樹脂積層金属板の表面をガラス球で摩擦した。この際の動摩擦係数を測定し、水潤滑性を評価した。ガラス球は、室温にて、垂直荷重0.49N(応力換算137MPa)、滑り速度10-5~10-1m/s、振幅20mmの条件にて直線摺動した。動摩擦係数には、この滑り速度範囲内で最大値を採用した。評点◎:動摩擦係数0.05以下、○:0.05超0.08以下、△:0.08超0.10以下、×:0.1超。
【0101】
(1-8-5.腐食耐久性の評価)
質量%NaCl水溶液を用いて、JISZ2371:2000に規定される中性塩水噴霧試験に準拠して2000時間の塩水噴霧試験を行った。試験後の腐食発生状況を目視で評価した。評点○:錆びなし、△:白錆発生、×:赤錆発生
【0102】
<2.比較例1~6>
以下の比較例では、実施例1で回収した副生ホモPMTACをホモPMTACとして使用した。
【0103】
(2-1.比較例1)
比較例1では、SD鋼板の初期セルフクリーニング機能、水潤滑性、腐食耐久性を評価した。初期セルフクリーニング機能の試験では、いずれのモデル汚染物も水のみで除去することは不可能であった。さらに水中での動摩擦係数も0.45と高く、水潤滑性が殆ど認められなかった。腐食耐久性の試験では、白錆びが発生した。
【0104】
(2-2.比較例2)
比較例2では、疎水性樹脂膜積層金属板(1)の初期セルフクリーニング機能を評価した。毛髪用化粧品のみ水洗浄除去可能であったが、他は不可であった。
【0105】
(2-3.比較例3)
比較例3では、金属板上に親水性樹脂をコーティングした。具体的には、ホモPMTACを水に溶解し、SD鋼板上に塗布した。ついで、当該鋼板表面の湿潤下での接触角を上記1-8-1.と同様に測定した。接触角は78°で、十分に親水化していない。金属板表面のPMTAC高分子鎖の密度が低く、PMTAC高分子鎖からなる親水樹脂層に水分子が進入しても浸透圧が立たないと考えられる。この結果、PMTAC高分子鎖が金属板の表面から垂直に延伸することもなく、表面が十分に親水化しなかったと考えられる。
【0106】
(2-4.比較例4)
比較例4では、金属板の表面に直接親水性樹脂のポリマーブラシを形成した。具体的には、SD鋼板の表面を実施例12と同様の処理によりシアノール化した。これに実施例12と同様の処理によりBHEを結合した。BHE結合後、MTACをリビングラジカル重合法により(具体的には、実施例12と同様の処理により)、鋼板表面から成長させた。これにより、表面にPMTAC高分子鎖が共有結合したSD鋼板を得た。ついで、当該SD鋼板の初期セルフクリーニング機能及び腐食耐久性を評価した。モデル汚染物に対して初期には実施例12と同等のセルフクリーニング機能を発現できた。しかしながら、塩水噴霧試験後には、表面一面に赤錆びが発生した。金属板の表面に直接親水性樹脂のポリマーブラシを形成しているため、水分子へのバリア性がなく、腐食耐久性を発現できなかった。
【0107】
(2-5.比較例5)
比較例5では、疎水性樹脂膜積層金属板上に親水性樹脂をコーティングした。具体的には、疎水性樹脂膜積層金属板(1)の表面に、メタノールに溶解したホモPMTACを塗布、乾燥した。乾燥後、親水性樹脂をコーティングした疎水性樹脂積層金属板の初期セルフクリーニング機能を評価した。疎水性樹脂膜と親水性樹脂高分子鎖とが共有結合していないため、超音波洗浄中に親水性樹脂層が剥離した。このため、当該疎水性樹脂膜積層金属板のセルフクリーニング機能を再度試験した(耐久性評価を行った)ところ、セルフクリーニング機能は消失していた。
【0108】
(2-6.比較例6)
比較例6では、金属板上に親水性樹脂膜を形成し、その上にさらに親水性樹脂膜を形成した。具体的には、SD鋼板表面に、水に溶解したホモPMTACをバーコートした後真空乾燥して、SD鋼板上に厚さ20μmの親水性樹脂膜を形成した。ついで、実施例1と同様にして、親水樹脂膜にPMTAC高分子鎖を共有結合した。当該樹脂積層金属板の腐食耐久性を評価した。この結果、金属板の表面一面に錆びが発生した。親水性樹脂層/金属板間に疎水性樹脂膜でなく親水性樹脂膜が存在するため、腐食耐久性が発現できなかった。
【0109】
【0110】
以上の通り、本実施形態の要件を満たす実施例1~13では、極めて優れた表面機能を有し、かつ、その表面機能をより長期に亘って保持することができるが、比較例1~6では、このような結果が得られなかった。
【0111】
以上、添付図面を参照しながら本発明の好適な実施形態について詳細に説明したが、本発明はかかる例に限定されない。本発明の属する技術の分野における通常の知識を有する者であれば、特許請求の範囲に記載された技術的思想の範疇内において、各種の変更例または修正例に想到し得ることは明らかであり、これらについても、当然に本発明の技術的範囲に属するものと了解される。
【符号の説明】
【0112】
1 樹脂積層金属板
10 金属板
20 疎水性樹脂膜
30 親水性樹脂層