(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2022-12-12
(45)【発行日】2022-12-20
(54)【発明の名称】異常診断システム
(51)【国際特許分類】
G01M 13/045 20190101AFI20221213BHJP
G01M 17/08 20060101ALI20221213BHJP
【FI】
G01M13/045
G01M17/08
(21)【出願番号】P 2018196493
(22)【出願日】2018-10-18
【審査請求日】2021-09-10
(73)【特許権者】
【識別番号】000102692
【氏名又は名称】NTN株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】110001195
【氏名又は名称】弁理士法人深見特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】山口 宗
(72)【発明者】
【氏名】高橋 亨
(72)【発明者】
【氏名】畠山 航
【審査官】森口 正治
(56)【参考文献】
【文献】特開2017-227492(JP,A)
【文献】特開2017-181255(JP,A)
【文献】特表2002-541448(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
G01M 13/00-99/00
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
第1継ぎ目を有する軌道に沿って移動する対象物に固定されて前記対象物の振動を測定する第1振動測定装置と、
前記軌道上の特定点に向かってトリガ信号を送信する送信装置と、
前記第1振動測定装置によって測定された第1振動データを解析する解析装置とを備え、
前記送信装置は、前記軌道に沿って前記第1継ぎ目から第1距離だけ離間して配置され、
前記第1振動測定装置は、前記送信装置からトリガ信号を受信することに応じて振動測定を開始し、
前記解析装置は、前記トリガ信号が前記第1振動測定装置によって受信された第1受信時刻、前記第1振動データが最初にしきい値を超えた第1時刻、および前記第1距離を用いて前記第1受信時刻から前記第1時刻までの前記対象物の第1移動速度を算出し、前記第1移動速度を用いて前記対象物の異常診断を行なう、異常診断システム。
【請求項2】
前記対象物は、鉄道車両の車軸軸受であり、
前記鉄道車両は、
第1車軸および第2車軸を含む第1台車と、
前記第1車軸の両端部にそれぞれ取り付けられた第1車輪および第2車輪と、
前記第2車軸の両端部にそれぞれ取り付けられた第3車輪および第4車輪と、
前記第1車軸を回転可能に支持する第1車軸軸受と、
前記第2車軸を回転可能に支持する第2車軸軸受とを備え、
前記第1車軸と前記第2車軸との間の距離は、第2距離であり、
前記第1振動測定装置は、前記第1車軸軸受に固定されており、
前記解析装置は、前記第1時刻、前記第1時刻の次に前記第1振動データが前記しきい値を超えた第2時刻、および前記第2距離を用いて、前記第1時刻から前記第2時刻までの前記第1車軸軸受の第2移動速度を算出する、請求項1に記載の異常診断システム。
【請求項3】
前記軌道は、第2継ぎ目をさらに有し、
前記第1継ぎ目と前記第2継ぎ目との間の距離は、第3距離であり、
前記解析装置は、
前記第2時刻、前記第2時刻の次に前記第1振動データが前記しきい値を超えた第3時刻、および前記第3距離を用いて、前記第2時刻から前記第3時刻までの前記第1車軸軸受の第3移動速度を算出し、
前記第3時刻、前記第3時刻の次に前記第1振動データが前記しきい値を超えた第4時刻、および前記第2距離を用いて、前記第3時刻から前記第4時刻までの前記第1車軸軸受の第4移動速度を算出し、
前記第1~第4移動速度を用いて、前記第1受信時刻から前記第1振動測定装置による振動測定の終了時刻までの、時刻と前記鉄道車両の移動速度との関係を導出する、請求項2に記載の異常診断システム。
【請求項4】
前記鉄道車両は、
第3車軸および第4車軸を含む第2台車と、
前記第3車軸の両端部にそれぞれ取り付けられた第5車輪および第6車輪と、
前記第4車軸の両端部にそれぞれ取り付けられた第7車輪および第8車輪と、
前記第3車軸を回転可能に支持する第3車軸軸受と、
前記第4車軸を回転可能に支持する第4車軸軸受とをさらに備え、
前記第3車軸と前記第4車軸との間の距離は、前記第2距離であり、
前記異常診断システムは、前記第3車軸に固定された第2振動測定装置をさらに備え、
前記第2振動測定装置は、前記送信装置からトリガ信号を受信することに応じて振動測定を開始し、
前記第2振動測定装置がトリガ信号を受信した第2受信時刻は、前記第1受信時刻よりも遅く、
前記解析装置は、
前記第2振動測定装置によって測定された第2振動データを解析し、
前記第2受信時刻、前記第2振動データが最初に前記しきい値を超えた第5時刻、および前記第1距離を用いて前記第2受信時刻から前記第5時刻までの前記第3車軸軸受の第5移動速度を算出し、
前記第5時刻、前記第5時刻の次に前記第2振動データが前記しきい値を超えた第6時刻、および前記第2距離を用いて、前記第5時刻から前記第6時刻までの前記第3車軸軸受の第6移動速度を算出し、
前記第6時刻、前記第6時刻の次に前記第2振動データが前記しきい値を超えた第7時刻、および前記第3距離を用いて、前記第6時刻から前記第7時刻までの前記第3車軸軸受の第7移動速度を算出し、
前記第7時刻、前記第7時刻の次に前記第2振動データが前記しきい値を超えた第8時刻、および前記第2距離を用いて、前記第7時刻から前記第8時刻までの前記第3車軸軸受の第8移動速度を算出し、
前記第1~第8移動速度を用いて、前記第1受信時刻から前記第2振動測定装置による振動測定の終了時刻までの、時刻と前記鉄道車両の移動速度との関係を導出する、請求項3に記載の異常診断システム。
【請求項5】
前記第1~第4車輪の各々は、特定車輪径を有し、
前記第1車軸軸受は、前記第1車軸の外周面に沿って回転するように構成された複数の転動体を含み、
前記解析装置は、前記第1移動速度および前記特定車輪径を用いて前記第1車軸の回転周波数を算出し、
前記解析装置は、前記第1振動データの周波数分析を行ない、前記回転周波数および前記第1車軸軸受の諸元を用いて算出された前記複数の転動体の通過周波数および前記複数の転動体の自転周波数を用いて、前記第1車軸軸受の損傷の有無、および損傷部位の判定を行なう、請求項2~4のいずれか1項に記載の異常診断システム。
【請求項6】
前記第1振動測定装置は、
振動センサと、
前記送信装置からのトリガ信号を受ける受信部と、
前記第1振動データが保存される記憶部とを備える、請求項1~5のいずれか1項に記載の異常診断システム。
【請求項7】
前記送信装置は、トリガ信号として赤外光を送信し、
前記受信部は、受光素子を含む、請求項6に記載の異常診断システム。
【請求項8】
前記送信装置は、トリガ信号として電波を送信する、請求項6に記載の異常診断システム。
【請求項9】
前記記憶部は、着脱可能に構成されている、請求項6~8のいずれか1項に記載の異常診断システム。
【請求項10】
前記第1振動測定装置は、前記第1振動データを前記第1振動測定装置の外部に送信する通信部をさらに備える、請求項6~9のいずれか1項に記載の異常診断システム。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、軌道に沿って移動する対象物の振動を測定する異常診断システムに関する。
【背景技術】
【0002】
軌道に沿って移動する対象物として、たとえば鉄道車両の車軸軸受を挙げることができる。鉄道車両において車軸軸受に異常が発生した場合、異常な振動が発生して鉄道車両の安全性が損なわることがある。そのため、車軸軸受に異常が発生したまま走行を継続することは好ましくない。車軸軸受に異常が発生した場合には、車軸軸受の補修などの処置が必要となる。
【0003】
車軸軸受の補修には長時間を要する場合があるが、通常運転の長時間の停止には多大な損失が発生し得る。そのため、通常運転に備えて行なわれる保守点検において、異常の兆候を早期に発見するために、車軸軸受の異常診断を行なうことがある。
【0004】
車軸軸受の異常診断を精度よく行なうためには、振動データが測定された時点の鉄道車両の移動速度が必要である。鉄道車両の移動速度を取得する方法として、車軸軸受の回転周波数から鉄道車両の移動速度を求める方法が知られている。たとえば、特開2006-77945号公報(特許文献1)には、車軸軸受に取り付けられた回転速度センサから車軸の回転速度信号を取得して車軸の異常診断を行なう異常診断装置が開示されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
特許文献1に開示されている異常診断装置においては、回転速度センサが車軸軸受毎に必要になるため、回転速度センサ自体のコストおよび取付の手間(コスト)がかかる。
【0007】
本発明は上記のような課題を解決するためになされたものであり、その目的は、コストを抑制しながら、異常診断の精度を向上させることである。
【課題を解決するための手段】
【0008】
本発明に係る異常診断システムは、第1振動測定装置と、送信装置と、解析装置とを備える。第1振動測定装置は、第1継ぎ目を有する軌道に沿って移動する対象物に固定されて対象物の振動を測定する。送信装置は、軌道上の特定点に向かってトリガ信号を送信する。解析装置は、第1振動測定装置によって測定された第1振動データを解析する。送信装置は、軌道に沿って第1継ぎ目から第1距離だけ離間して配置されている。第1振動測定装置は、送信装置からトリガ信号を受信することに応じて振動測定を開始する。解析装置は、トリガ信号が第1振動測定装置によって受信された第1受信時刻、第1振動データが最初にしきい値を超えた第1時刻、および第1距離を用いて第1受信時刻から第1時刻までの対象物の第1移動速度を算出し、第1移動速度を用いて対象物の異常診断を行なう。
【発明の効果】
【0009】
本発明に係る異常診断システムによれば、トリガ信号が第1振動測定装置によって受信された第1受信時刻、第1振動データが最初にしきい値を超えた第1時刻、および第1距離を用いて算出された対象物の移動速度を用いることにより、コストを抑制しながら、異常診断の精度を向上させることができる。
【図面の簡単な説明】
【0010】
【
図1】実施の形態に係る振動測定装置が鉄道車両に固定されている様子を示す図である。
【
図3】実施の形態に係る異常診断システムの機能構成を説明するための機能ブロック図である。
【
図4】振動データを用いた一般的な異常判定方法の流れを示すフローチャートである。
【
図5】
図3の異常診断システム100において、振動測定が行なわれる様子を鉄道車両の上面方向から見た図である。
【
図6】
図3の異常診断システム100において、振動測定が行なわれる様子を鉄道車両の側面方向から見た図である。
【
図7】
図3の振動測定装置の制御部によって行なわれる処理を説明するためのフローチャートである。
【
図8】
図3の送信装置の制御部において行なわれる処理の流れを示すためのフローチャートである。
【
図9】
図6の振動測定装置によって測定された振動データの波形、および時刻と鉄道車両の移動速度との関係を併せて示す図である。
【
図10】
図3の異常診断システムにおいて、2つの台車の振動測定が行なわれる様子を示す図である。
【
図11】
図10の振動測定装置によって測定された振動データの波形、および時刻と移動速度との対応を併せて示す図である。
【
図12】
図9に示される台車に関するデータ、
図11に示される台車に関するデータ、ならびに時刻と鉄道車両の移動速度との関係を併せて示す図である。
【
図13】実施の形態の変形例に係る異常診断システムの機能構成を説明するための機能ブロック図である。
【発明を実施するための形態】
【0011】
以下、本発明の実施の形態について、図面を参照しながら詳細に説明する。なお、図中同一または相当部分には同一符号を付してその説明は繰り返さない。
【0012】
図1は、実施の形態に係る振動測定装置20が鉄道車両10に固定されている様子を示す図である。台車15は、2つの車軸13を含む。2つの車軸13の軌道方向の間隔は、距離L2(第2距離)である。軸箱11は、車軸13に取り付けられる車軸軸受110(対象物)を支持する。車軸13の軸方向の両端部に車輪12がそれぞれ取り付けられている。車輪12の径は、車輪径R1(特定車輪径)である。車輪12が車軸軸受110により回転自在に支持されることにより、鉄道車両10は平行に敷設された2本のレール40(軌道)に沿って移動することができる。
【0013】
振動測定装置20(第1振動測定装置)は、軸箱11にボルト14によって締結されている。ボルト14としては、たとえば六角ボルトを用いることができる。振動測定装置20は、軸箱11に固定されていることにより、軸箱11が支持する車軸軸受の振動を測定することができるとともに、振動測定装置20と軸箱11との接触面において車軸軸受110の異常とは無関係に発生する接触共振を軽減することができる。振動測定装置20は、トリガ信号を受信することにより振動測定を開始する。
【0014】
図2は、
図1の車軸軸受110の断面図を示す図である。
図2に示されるように、車軸軸受110は、内輪112と、外輪114と、保持器116と、複数の転動体118とを含む。車軸軸受110は、たとえば、自動調芯ころ軸受、円すいころ軸受、円筒ころ軸受、および玉軸受などを含む。車軸軸受110は、単列のものでも複列のものでもよい。
【0015】
内輪112は、車軸13にはめ込まれて固定され、車軸13と一体となって矢印Drの方向に回転する回転輪である。外輪114は、内輪112の外周側に配置されている静止輪である。
【0016】
保持器116には、複数の転動体118を保持するための複数のポケットが等間隔に設けられている。保持器116は、複数の転動体118を保持した状態で内輪112の外周面と外輪114の内周面との間に配置される。内輪112の回転に伴って複数の転動体118が外輪114の内周面(軌道面)に沿って回転すると、保持器116は複数の転動体118とともに内輪112の外周面と外輪114の内周面との間を回転する。
【0017】
車軸軸受110の内部には、金属である構成要素(たとえば内輪112、外輪114、保持器116、および転動体118)の周囲に油膜を形成して、金属同士の接触を抑制するために、グリースGrcが封入されている。
【0018】
実施の形態においては、上記で説明した振動測定装置20に加えて、振動測定装置20に赤外光を出射するための送信装置、および振動測定装置20によって測定された振動データを解析するための解析装置を含む異常診断システムによって、車軸軸受110の異常診断を行なう。
【0019】
図3は、実施の形態に係る異常診断システム100の機能構成を説明するための機能ブロック図である。
図3に示されるように、異常診断システム100は、振動測定装置20と、トリガ信号Trgを送信する送信装置30と、解析装置400とを備える。
【0020】
送信装置30は、トリガ信号Trgを送信する。振動測定装置20は、送信装置30から送信されたトリガ信号Trgを受信する。トリガ信号としては、たとえば赤外光あるいは電波(300万メガヘルツ(3テラヘルツ)以下の周波数の電磁波)を用いることができる。
【0021】
トリガ信号として赤外光を用いる場合、送信装置30から振動測定装置20への通信は、赤外線通信を用いて行なうことができる。送信装置30が出射する赤外光の波長は、たとえば870nm~1000nmである。赤外線通信のフォーマットは、たとえばNEC(登録商標)フォーマット、家製協(一般財団法人家電製品協会、AEHA(Association for Electric Home Appliances))フォーマット、あるいはSONY(登録商標)フォーマットを挙げることができる。送信装置30においては、所定の周波数(たとえば30kHzから50kHz)のキャリア周波数で赤外光の強度をON・OFFしながら赤外光を出射する。このように出射する赤外光をキャリア周波数で変調することにより、赤外光の出射に必要な電力を抑制しながらノイズのレベルよりも大きい強度の赤外光を出射することができる。
【0022】
振動測定装置20は、制御部210と、受信部220と、振動センサ230と、記憶部240と、電源部250とを備える。トリガ信号が赤外光である場合、受信部220は、赤外線センサを含む。
【0023】
制御部210は、受信部220がトリガ信号Trgを受信した場合、振動センサ230からの振動データを記憶部240に保存する。制御部210は、CPU(Central Processing Unit)のようなコンピュータおよび揮発性メモリを含む。振動センサ230は、たとえば加速度センサを含む。
【0024】
記憶部240は、たとえばSDカードあるいはUSB(Universal Serial Bus)メモリのような着脱可能な不揮発性メモリ(不図示)を含む。記憶部240に保存されたデータは、当該不揮発性メモリによって取り出すことができる。記憶部240には、制御部210に読み出されて実行されるOS(Operating System)、各種アプリケーションのプログラム(たとえば赤外光をトリガ信号Trgとする振動測定制御プログラム)、および当該プログラムによって使用される各種データが保存される。記憶部240は、たとえば、不揮発性の半導体メモリであるフラッシュメモリ、または記憶装置であるHDD(Hard Disk Drive)を含んでもよい。記憶部240に保存されたデータは、有線接続によって解析装置400に転送されてもよい。
【0025】
電源部250は、不図示の電池の電力を制御部210、受信部220、振動センサ230、および記憶部240のような負荷に供給する。
【0026】
解析装置400は、たとえば振動解析ソフトウェアがインストールされたPC(Personal Computer)を含む。解析装置400には、振動測定装置20によって測定された振動データが保存された不揮発性メモリが装着される。解析装置400は、当該不揮発性メモリから振動データを読み込んで振動解析を行なう。解析装置400には、台車15に含まれる2つの車軸13間の距離L2、および車輪径R1が保存されている。また、後に
図5を用いて説明する距離L1,L3も保存されている。
【0027】
図4は、振動データを用いた一般的な異常判定方法の流れを示すフローチャートである。以下ではステップを単にSと記載する。
図4に示されるように、S1において振動データが測定される。続いてS2において、振動データの周波数解析が行なわれる。最後にS3において周波数解析のピーク値が所定のしきい値を超えているか否かを判定することにより車軸軸受110の異常判定が行なわれる。
【0028】
鉄道車両10において車軸軸受110に異常が発生した場合、異常な振動が発生して鉄道車両の安全性が損なわることがある。そのため、車軸軸受110に異常が発生したまま走行を継続することは好ましくない。車軸軸受110に異常が発生した場合には、車両の運転を停止して、車軸軸受110の補修などの処置が必要となる。
【0029】
車軸軸受110の補修には長時間を要する場合がある。通常運転の長時間の停止には多大な損失が発生し得る。そのため、たとえば通常運転に備えて行なわれる保守点検において、車軸軸受110の異常診断が行なわれることがある。
【0030】
車軸軸受110の異常診断を精度よく行なうためには、振動データが測定されたときの鉄道車両の移動速度が必要である。この点、保守点検が行なわれる比較的狭い場所において移動速度を一定に保って運行することは困難である場合が多い。振動データを測定している間、鉄道車両の移動速度にはバラツキが生じるため、一定の移動速度であることを前提に異常診断を行なうと異常診断の精度が低下し得る。
【0031】
鉄道車両10の移動速度を取得する方法として、回転速度センサを車軸に取り付けて車軸の回転速度信号を取得する方法が知られている。しかし、当該方法によると、回転速度センサが車軸軸受毎に必要になるため、回転速度センサのコストおよび取付の手間がかかる。
【0032】
レール40は、継ぎ目を有するのが通常である。鉄道車両10がレール40の継ぎ目を通過する場合、レール40の継ぎ目には段差があるため、レール40の平坦な部分を通過している場合よりも、振幅の大きい振動波形(衝撃波形)が発生することが多い。そこで実施の形態においては、レール40の継ぎ目と送信装置30との距離を予め計測しておく。トリガ信号Trgが振動測定装置20によって受信された受信時刻、鉄道車両10がレール40の継ぎ目を通過した時刻、およびレール40の継ぎ目と送信装置30との距離を用いて台車毎の移動速度を算出することができる。鉄道車両10がレール40の継ぎ目を通過した時刻は、振動測定装置20によって測定された振動データが予め定められたしきい値を超えた時刻が、鉄道車両10がレール40の継ぎ目を通過した時刻として検出される。
【0033】
実施の形態に係る異常診断システムによれば、車軸軸受毎に回転センサを取り付ける必要がなく、また、レール40が通常有する継ぎ目を利用して鉄道車両10の移動速度を算出するため、コストを抑制しながら、異常診断の精度を向上させることができる。
【0034】
図5および
図6は、
図3の異常診断システム100において、振動測定が行なわれる様子を示す図である。
図5は、鉄道車両10の上面方向から鉄道車両10を見た様子を示し、
図5は、鉄道車両10の側面方向から台車15を見た様子を示す。
図5(b)(
図6(a))、
図6(b)~
図6(e)の各時刻をそれぞれta0,t1~t4(ta0<t1<t2<t3<t4)とする。
図5(b)および
図6(a)はいずれも時刻ta0の鉄道車両10の様子を示す。
図5および
図6において、矢印M1は、鉄道車両10の進行方向を示す。
【0035】
なお、
図6に示される台車にもう1つの台車を加えた2つの台車について、後に
図10を用いて説明する。当該2つの台車、該2つの台車に固定された2つの振動測定装置、および複数の車輪12を区別するために、
図6および
図10に示される台車15、振動測定装置20、および車輪12にはアルファベットの添え字が付されている。
【0036】
図5に示されるように、送信装置30は、レール40に沿って継ぎ目G1から進行方向M1の反対方向に距離L1(第1距離)だけ離間して配置されている。送信装置30は、レール40上の特定点P1に向かってトリガ信号Trgを送信する。レール40は、継ぎ目G1(第1継ぎ目)、および継ぎ目G2(第2継ぎ目)を有する。継ぎ目G2は、レール40に沿って継ぎ目G1から進行方向M1に距離L3(第3距離)だけ離間して配置されている。
【0037】
図5(a)に示される鉄道車両10は、進行方向M1の方向に進む。
図5(b)および
図6(a)の時刻ta0(第1受信時刻)において、進行方向M1に対して台車15A(第1台車)の前輪である車輪12Aが特定点P1を通過し、振動測定装置20Aがトリガ信号Trgを受信する。
【0038】
図6(a)に示される台車15Aは、進行方向M1の方向に進む。
図6(b)の時刻t1(第1時刻)において、車輪12Aが継ぎ目G1を通過する。振動測定装置20Aは、時刻t1において車輪12Aが継ぎ目G1を通過することによって発生した衝撃波形を測定する。
図6(c)の時刻t2(第2時刻)において、台車15Aの後輪の車輪12Bが継ぎ目G1を通過する。振動測定装置20Aは、時刻t2において車輪12Bが継ぎ目G1を通過することによって発生した衝撃波形を測定する。
【0039】
図6(d)の時刻t3(第3時刻)において、車輪12Aが継ぎ目G2を通過する。振動測定装置20Aは、時刻t3において車輪12Aが継ぎ目G2を通過することによって発生した衝撃波形を測定する。
図6(e)の時刻t4(第4時刻)において、車輪12Bが継ぎ目G2を通過する。振動測定装置20Aは、時刻t4において車輪12Bが継ぎ目G2を通過することによって発生した衝撃波形を測定する。
【0040】
図7は、
図3の振動測定装置20の制御部210によって行なわれる処理を説明するためのフローチャートである。
図9に示されるように、制御部210は、S201において初期化処理を行ない、処理をS202に進める。初期化処理においては、たとえば制御部210に含まれるCPUおよび揮発性メモリなどの初期化が行なわれる。制御部210は、S202においてトリガ信号を受信したか否かを判定する。トリガ信号を受信した場合(S202においてYES)、S203において振動センサ230によって測定された振動データを記憶部240に保存し、処理をS202に戻す。
【0041】
トリガ信号を受信していない場合(S202においてNO)、処理をS204に進める。制御部210は、S204においてユーザによって測定終了操作が行なわれたか否かを判定する。測定終了操作としては、たとえばスイッチ操作である。測定終了操作が行なわれていない場合(S204においてNO)、制御部210は処理をS202に戻す。測定終了操作が行なわれた場合(S204においてYES)、制御部210は処理を終了する。
【0042】
図8は、
図3の送信装置30の制御部において行なわれる処理の流れを示すためのフローチャートである。
図8に示されるように送信装置30の制御部はS301において初期化処理を行ない、処理をS302に進める。送信装置30の制御部はS302においてトリガ信号を送信し、処理をS303に進める。送信装置30の制御部はS303においてユーザによって送信終了操作が行なわれたか否かを判定する。送信終了操作は、たとえばスイッチ操作である。ユーザによって送信終了操作が行なわれていない場合(S303においてNO)、処理をS302に戻す。ユーザによって送信終了操作が行なわれた場合(S303においてYES)、送信装置30の制御部は処理を終了する。
【0043】
解析装置400は、以下の式(1)~(4)に基づいて、台車15A(あるいは車輪12Aに対応する車軸軸受)の移動速度V1(第1移動速度)、移動速度V2(第2移動速度)、移動速度V3(第3移動速度)、移動速度V4(第4移動速度)をそれぞれ算出する。
【0044】
V1=L1/(t1-ta0) …(1)
V2=L2/(t2-t1) …(2)
V3=L3/(t3-t2) …(3)
V4=L2/(t4-t3) …(4)
移動速度V1は、時刻ta0からt1までの台車15Aの移動速度である。移動速度V2は、時刻t1からt2までの台車15Aの移動速度である。移動速度V3は、時刻t2からt3までの台車15Aの移動速度である。移動速度V4は、時刻t3からt4までの台車15Aの移動速度である。
【0045】
解析装置400は、移動速度V1~V4をそれぞれ以下の式(5)~(8)で表される時刻ta1~ta4における移動速度とする。
【0046】
ta1=(t1-ta0)/2 …(5)
ta2=(t2-t1)/2 …(6)
ta3=(t3-t2)/2 …(7)
ta4=(t4-t3)/2 …(8)
図9は、
図6の振動測定装置20Aによって測定された振動データの波形、および時刻と鉄道車両10の移動速度との関係Va(t)を併せて示す図である。
図9において、しきい値Ath(>0)は、振動測定装置20Aによって測定された振動データにおいて衝撃波形を検出するためのしきい値である。
図9において時刻ta5は、振動測定装置20Aによる振動測定の終了時刻である。
【0047】
図9に示されるように、時刻t1は、振動データの振幅の絶対値が最初にしきい値Athを超えた時刻である。時刻t2は、振動データの振幅の絶対値が時刻t1の次にしきい値Athを超えた時刻である。時刻t3は、振動データの振幅の絶対値が時刻t2の次にしきい値Athを超えた時刻である。時刻t4は、振動データの振幅の絶対値が時刻t3の次にしきい値Athを超えた時刻である。しきい値Athは、実機実験あるいはシミュレーションによって適宜算出することができる。
【0048】
なお、解析装置400は、車軸軸受110の異常診断にあたっては、衝撃波形を含まない区間の振動データを用いて周波数解析を行う。たとえば、解析装置400は、しきい値Athを超えた時刻を含む所定の期間のデータを衝撃波形のデータとして、2つの衝撃波形に挟まれた区間の振動データを用いて周波数解析を行う。
【0049】
解析装置400は、時刻t1,t2,t3,t4を検出し、式(1)~(4)を用いて移動速度V1~V4をそれぞれ算出するとともに、式(5)~(8)を用いて時刻ta1~ta4をそれぞれ算出する。解析装置400は、移動速度V1~V4および時刻ta1~ta4を用いて、時刻と鉄道車両10の移動速度との関係Va(t)を算出する。関係Va(t)は、時刻ta0~ta1,ta1~ta2,ta2~ta3,ta3~ta4,ta4~ta5の各区間の時刻と移動速度との関係を補完する近似式である。
【0050】
解析装置400は、移動速度V1~V4および車輪径R1を用いて回転周波数Frを算出する。解析装置400は、以下の式(9)~(11)に基づいて、内輪112に対する転動体118の通過周波数Fi、外輪114に対する転動体118の通過周波数Fo、および転動体118の自転周波数Fbを算出する。
【0051】
Fi=(Fr/2)×(1+(d/D)×cosα)×z …(9)
Fo=(Fr/2)×(1-(d/D)×cosα)×z …(10)
Fb=(Fr/2)×(D/d)(1-(d/D)2×cos2α) …(11)
式(9)~(11)において、「Fr」は回転周波数(Hz)、「d」は転動体の直径(mm)、「D」はピッチ円直径(mm)、「α」は接触角度、「z」は転動体数を示す。また、第n次(nは自然数)の各周波数は、それぞれn×Fi,n×Fo,n×Fbと表すことができる。
【0052】
解析装置400は、衝撃波形が除かれた振動データを用いて車軸軸受110の異常診断を行う。具体的には、解析装置400は、回転周波数Fr、通過周波数Fi、通過周波数Fo、および自転周波数Fbを用いて、車軸軸受110の損傷の有無、および損傷部位の判定を行なう。
【0053】
実施の形態に係る異常診断システムにおいては、1台の台車の振動データを用いて時刻と鉄道車両との関係を近似する場合について説明した。時刻と鉄道車両との近似式の精度を高めるために、複数台の台車の振動データを用いて当該近似式を導出することが好ましい。
【0054】
図10は、
図3の異常診断システム100において、2つの台車15A,15Bの振動測定が行なわれる様子を示す図である。
図10(a)の時刻は、
図6(a)と同じ時刻ta0である。
図10(b)~
図10(d)の各時刻をそれぞれtb0,t5,t6(ta0<tb0<t5<t6)とする。
【0055】
図10(a)に示されるように、台車15B(第2台車)の2つの車軸間の間隔も台車15Aと同様に距離L2である。進行方向M1に対して台車15Bの前輪である車輪12Cの軸箱に振動測定装置20Bが固定されている。台車15Bは、台車15Aに後続している。
【0056】
図10(a)に示される鉄道車両10は、進行方向M1の方向に進む。
図10(b)の時刻tb0(第2受信時刻)において、車輪12Cが特定点を通過し、振動測定装置20Bがトリガ信号Trgを受信する。
【0057】
図10(c)の時刻t5(第5時刻)において、車輪12Cが継ぎ目G1を通過する。振動測定装置20Bは、時刻t5において車輪12Cが継ぎ目G1を通過することによって発生した衝撃波形を測定する。
図10(d)の時刻t6(第6時刻)において、台車15Bの後輪の車輪12Dが継ぎ目G1を通過する。振動測定装置20Bは、時刻t6において車輪12Dが継ぎ目G1を通過することによって発生した衝撃波形を測定する。
【0058】
図10には図示していないが、時刻t7(第7時刻)において、車輪12Cが継ぎ目G2を通過する。振動測定装置20Bは、時刻t7(>t6)において車輪12Cが継ぎ目G2を通過することによって発生した衝撃波形を測定する。時刻t8(第8時刻)において、車輪12Dが継ぎ目G2を通過する。振動測定装置20Bは、時刻t8(>t7)において車輪12Dが継ぎ目G2を通過することによって発生した衝撃波形を測定する。
【0059】
解析装置400は、以下の式(12)~(15)に基づいて、台車15B(あるいは車輪12Cに対応する車軸軸受)の移動速度V5(第5移動速度)、移動速度V6(第6移動速度)、移動速度V7(第7移動速度)、移動速度V8(第8移動速度)をそれぞれ算出する。
【0060】
V5=L1/(t5-tb0) …(12)
V6=L2/(t6-t5) …(13)
V7=L3/(t7-t6) …(14)
V8=L2/(t8-t7) …(15)
移動速度V5は、時刻tb0からt5までの台車15Bの移動速度である。移動速度V6は、時刻t5からt6までの台車15Bの移動速度である。移動速度V7は、時刻t6からt7までの台車15Bの移動速度である。移動速度V8は、時刻t7からt8までの台車15Bの移動速度である。
【0061】
解析装置400は、移動速度V5~V8をそれぞれ以下の式(16)~(19)で表される時刻tb1~tb4における移動速度とする。
【0062】
tb1=(t5-tb0)/2 …(16)
tb2=(t6-t5)/2 …(17)
tb3=(t7-t6)/2 …(18)
tb4=(t8-t7)/2 …(19)
図11は、
図10の振動測定装置20Bによって測定された振動データの波形、および時刻tb1~tb4と移動速度V5~V8との対応を併せて示す図である。
図11において、時刻tb5は、振動測定装置20Bによる振動測定の終了時刻である。
【0063】
図11に示されるように、時刻t5は、振動データの振幅の絶対値が最初にしきい値Athを超えた時刻である。時刻t6は、振動データの振幅の絶対値が時刻t5の次にしきい値Athを超えた時刻である。時刻t7は、振動データの振幅の絶対値が時刻t6の次にしきい値Athを超えた時刻である。時刻t8は、振動データの振幅の絶対値が時刻t7の次にしきい値Athを超えた時刻である。
【0064】
解析装置400は、時刻t5,t6,t7,t8を検出し、式(12)~(15)を用いて移動速度V5~V8をそれぞれ算出するとともに、式(16)~(19)を用いて時刻tb1~tb4をそれぞれ算出する。
【0065】
図12は、
図9に示される台車15Aに関するデータ、
図11に示される台車15Bに関するデータ、ならびに時刻と鉄道車両10の移動速度との関係Vb(t)を併せて示す図である。解析装置400は、移動速度V1~V8および時刻ta1~ta4,tb1~tb4を用いて、時刻と鉄道車両10の移動速度との関係Vb(t)を算出する。
【0066】
実施の形態に係る異常診断システムにおいては、振動測定装置の記憶部は着脱可能に構成されている場合、および当該記憶部が解析装置に有線接続される場合について説明した。
図13に示される実施の形態の変形例に係る異常診断システム100Aのように、振動測定装置24の記憶部240に保存されたデータが通信部260によって解析装置400あるいは外部端末に送信されてもよい。無線通信としては、Wi‐Fi(Wireless-Fidelity,登録商標)、無線PAN(Personal Area Network)、あるいは近接無線通信を挙げることができる。近接無線通信としては、トランスファージェット(登録商標)、NFC(Near Field Communication)、RF-ID(Radio Frequency IDentification)、およびIrDA(Infrared Data Association)を挙げることができる。
【0067】
以上、実施の形態に係る異常診断システムによれば、コストを抑制しながら、異常診断の精度を向上させることができる。
【0068】
今回開示された実施の形態および変形例はすべての点で例示であって制限的なものではないと考えられるべきである。本発明の範囲は上記した説明ではなくて特許請求の範囲によって示され、特許請求の範囲と均等の意味および範囲内でのすべての変更が含まれることが意図される。
【符号の説明】
【0069】
10 鉄道車両、11 軸箱、12,12A~12D 車輪、13 車軸、14 ボルト、15,15A,15B 台車、20,20A,20B,24 振動測定装置、30 送信装置、40 レール、100,100A 異常診断システム、110 車軸軸受
112 内輪、114 外輪、116 保持器、118 転動体、210 制御部、220 受信部、230 振動センサ、240 記憶部、250 電源部、260 通信部、400 解析装置。