(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2022-12-12
(45)【発行日】2022-12-20
(54)【発明の名称】ニッケル粉体とその製造方法
(51)【国際特許分類】
B22F 1/00 20220101AFI20221213BHJP
C22C 19/03 20060101ALI20221213BHJP
B22F 9/28 20060101ALI20221213BHJP
H01B 5/00 20060101ALI20221213BHJP
H01B 1/02 20060101ALI20221213BHJP
H01B 13/00 20060101ALI20221213BHJP
【FI】
B22F1/00 M
C22C19/03 M
B22F9/28 Z
H01B5/00 F
H01B1/02 A
H01B1/02 Z
H01B13/00 501Z
(21)【出願番号】P 2020527409
(86)(22)【出願日】2019-06-17
(86)【国際出願番号】 JP2019023910
(87)【国際公開番号】W WO2020004105
(87)【国際公開日】2020-01-02
【審査請求日】2020-12-18
(31)【優先権主張番号】P 2018122789
(32)【優先日】2018-06-28
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
(73)【特許権者】
【識別番号】390007227
【氏名又は名称】東邦チタニウム株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】110000408
【氏名又は名称】弁理士法人高橋・林アンドパートナーズ
(72)【発明者】
【氏名】西島 一元
(72)【発明者】
【氏名】小林 諒太
(72)【発明者】
【氏名】六角 広介
(72)【発明者】
【氏名】浅井 剛
【審査官】池田 安希子
(56)【参考文献】
【文献】国際公開第2011/037150(WO,A1)
【文献】特開2005-008981(JP,A)
【文献】国際公開第2015/156080(WO,A1)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
B22F 1/00
C22C 19/03
B22F 9/00- 9/30
H01B 5/00
H01B 1/02
H01B 13/00
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
バルク濃度が0.01重量%以上1.0重量%以下の硫黄を含有する
ニッケル粒子を含み、
前記
ニッケル粒子の表面から4nmの位置における硫黄の局所濃度が2原子%以上であり、
前記
ニッケル粒子の個数平均粒子径は50nm以上400nm以下であり、
前記
ニッケル粒子の前記表面における硫黄の前記局所濃度が半減する位置は、前記表面から2nm以上4nm以下の範囲に存在し、
前記バルク濃度と前記局所濃度はそれぞれ、誘導結合プラズマ発光分光分析装置、および走査透過型電子顕微鏡に備えられるエネルギー分散型X線分光分析器によって見積もられる
ニッケル粉体。
【請求項2】
前記
ニッケル粉体の焼結開始温度が600℃以上である、請求項1に記載の
ニッケル粉体。
【請求項3】
前記
ニッケル粒子の前記表面から14nmの深さまで硫黄が分布する、請求項1に記載の
ニッケル粉体。
【請求項4】
塩素による
ニッケルの塩素化によって
ニッケル塩化物のガスを生成すること、および
硫黄を含むガスの存在下、ガスである前記
ニッケル塩化物を還元することによって
ニッケル粒子を生成することを含み、
前記還元は、前記
ニッケル粒子の硫黄のバルク濃度が0.01重量%以上1.0重量%以下、前記
ニッケル粒子の表面から4nmの位置における硫黄の局所濃度が2原子%以上、前記
ニッケル粒子の個数平均粒子径が50nm以上400nm以下、前記
ニッケル粒子の前記表面における硫黄の前記局所濃度が半減する位置が前記表面から2nm以上4nm以下の範囲に存在するように行われ、
前記バルク濃度と前記局所濃度はそれぞれ、誘導結合プラズマ発光分光分析装置、および走査透過型電子顕微鏡に備えられるエネルギー分散型X線分光分析器によって見積もられる、
ニッケル粉体を製造する方法。
【請求項5】
前記還元は、前記
ニッケル塩化物を単離することなく行われる、請求項
4に記載の方法。
【請求項6】
前記硫黄を含むガスは二酸化硫黄を含むガスである、請求項
4に記載の方法。
【請求項7】
前記還元は、前記
ニッケル粒子の前記表面から14nmの深さまで硫黄が分布するように行われる、請求項
4に記載の方法。
【請求項8】
前記還元は、前記
ニッケル塩化物の前記ガスと硫黄を含む前記ガスの混合ガスを還元性ガスと処理することによって行われる、請求項
4に記載の方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明の実施形態の一つは、金属粉体、およびその製造方法に関する。あるいは本発明の実施形態の一つは、金属粉体の品質管理方法、金属粉体の特性推定方法、または焼結温度の予測方法に関する。
【背景技術】
【0002】
微細な金属粒子を含む集合体(以下、金属粉体)は種々の分野で利用されており、銅やニッケル、銀などの高い導電性を示す金属の金属粉体は、例えば積層セラミックコンデンサ(MLCC)の内部電極などの電子部品の原材料として幅広く利用されている。MLCCは、誘電体材料を含むセラミック層と金属を含む内部電極の積層を基本構造として有している。この積層は、誘電体材料を含む分散液と金属粉体を含む分散液を交互に塗布した後に加熱を行い、誘電体材料と金属粉体を焼結することで形成される。例えば特許文献1や2では、加熱時の金属粉体の焼結特性を制御するための方法が開示されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0003】
【文献】特開平11-80816号公報
【文献】特開2014-189820号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
本発明の実施形態の一つは、硫黄の濃度やその分布が制御された金属粒子を含む金属粉体、およびその製造方法を提供することを課題の一つとする。あるいは本発明の実施形態の一つは、高い焼結開始温度を有する金属粉体、およびその製造方法を提供することを課題の一つとする。あるいは本発明の実施形態の一つは、焼結開始温度のばらつきの小さい金属粉体、およびその製造方法を提供することを課題の一つとする。あるいは本発明の実施形態の一つは、金属粉体の品質管理方法や金属粉体の特性推定方法、または焼結温度の予測方法を提供することを課題の一つとする。
【課題を解決するための手段】
【0005】
本発明に係る実施形態の一つは、金属粉体である。この金属粉体は、金属と、硫黄を含む金属粒子とを含む。金属粒子中の硫黄のバルク濃度は、0.01重量%以上1.0重量%以下であり、金属粒子の表面から4nmの位置における硫黄の局所濃度は2原子%以上である。バルク濃度と局所濃度はそれぞれ、誘導結合プラズマ発光分光分析装置、および走査透過型電子顕微鏡に備えられるエネルギー分散型X線分光分析器によって見積もられる。
【0006】
本発明に係る実施形態の一つは、金属粉体を製造する方法である。この方法は、塩素による金属の塩素化によって金属塩化物のガスを生成すること、および硫黄を含むガスの存在下、ガスである金属塩化物を還元することによって金属粒子を生成することを含む。還元は、金属粒子の硫黄のバルク濃度が0.01重量%以上1.0重量%以下、金属粒子の表面から4nmの位置における硫黄の局所濃度が2原子%以上となるように行われる。バルク濃度と局所濃度はそれぞれ、誘導結合プラズマ発光分光分析装置、および走査透過型電子顕微鏡に備えられるエネルギー分散型X線分光分析器によって見積もられる。
【0007】
本発明に係る実施形態の一つは、金属粉体の焼結温度を予測する方法である。この方法は、金属粉体から選択される金属粒子の表面から4nmの位置における硫黄の局所濃度を測定することを含む。硫黄の局所濃度は、エネルギー分散型X線分光分析器が備えられた走査透過型電子顕微鏡を用いて測定される。
【図面の簡単な説明】
【0008】
【
図1】本発明の実施形態の一つに係る金属粉体製造装置の還元炉の模式的断面図。
【
図2】実施例、および比較例の金属粉体に含まれる金属粒子の硫黄濃度のプロファイルを示す図。
【
図3】実施例、および比較例の金属粉体の焼結開始温度と硫黄のバルク濃度との関係を示す図。
【発明を実施するための形態】
【0009】
以下、本発明の各実施形態について、図面などを参照しつつ説明する。但し、本発明は、その要旨を逸脱しない範囲において様々な態様で実施することができ、以下に例示する実施形態の記載内容に限定して解釈されるものではない。
【0010】
図面は、説明をより明確にするため、実際の態様に比べ、各部の幅、厚さ、形状等について模式的に表される場合があるが、あくまで一例であって、本開示の解釈を限定するものではない。本明細書と各図において、既出の図に関して説明したものと同様の機能を備えた要素には、同一の符号を付して、重複する説明を省くことがある。
【0011】
<第1実施形態>
本実施形態では、本発明に係る実施形態の一つである金属粉体100の構造と特性を説明する。
【0012】
1.構造
金属粉体100は複数の金属粒子102の集合体であり、金属粒子102は金属と硫黄を含む。金属はニッケル、銅、銀などから選択され、典型的にはニッケルである。金属粉体100の個数平均粒径は50nm以上400nm以下、100nm以上300nm以下、あるいは100nm以上250nm以下であってよい。換言すると、金属粉体100から選択される複数(例えば600個)の金属粒子102の粒径の平均値は金属粉体100の個数平均粒子径として上記範囲に収まりうる。上記個数平均粒子径としては、例えば走査電子顕微鏡により金属粉体100に含まれる金属粒子102を観察し、複数の粒子(例えば600個)の粒径を測定し、その平均値を採用することができる。粒子径は粒子を内接する最小円の直径である。
【0013】
金属粉体100は硫黄を含有する。具体的には、金属粉体100の硫黄のバルク濃度は、0.01重量%以上1.0重量%以下、あるいは0.01重量%よりも高く0.6重量%以下、あるいは0.15重量%以上0.6重量%以下、あるいは0.16重量%以上0.6重量%以下である。換言すると、金属粉体100から選択される複数(例えば0.5gに相当する個数)の金属粒子102の硫黄のバルク濃度の平均値は上述した範囲に収まる。ここで硫黄のバルク濃度とは、金属粒子102の重量に占める硫黄の重量の割合である。金属粉体100から選択される一つの金属粒子102の硫黄のバルク濃度、あるいは複数の金属粒子102の硫黄のバルク濃度の平均が金属粉体100のバルク濃度として算出される。
【0014】
硫黄のバルク濃度は、誘導結合プラズマ発光分光によって測定することができる。例えば、SIIナノテクノロジー株式会社製誘導結合プラズマ発光分光分析装置(SPS3100)を使用して測定すればよい。具体的な測定方法を例示すると、まず金属粉体100を酸で溶解させた後、測定波長182.036nmでICP発光分光分析を行うことで硫黄のバルク濃度を得ることができる。
【0015】
金属粒子102は、表面近傍のみならず、表面から粒子内側に向かって比較的離れた内部にも硫黄を含有する。具体的には、硫黄の濃度は、金属粒子102の表面から内部に近づくにつれて減少するものの、表面から4nmの位置における硫黄の濃度(以下、金属粒子102の特定位置における硫黄の濃度を局所濃度と呼ぶ)は2原子%以上である。なお、該表面から4nmの位置における硫黄の濃度は4原子%以下であってよい。金属粉体100から選択される複数(例えば10個)の金属粒子102の上記位置における硫黄の局所濃度の平均値は、上述した範囲に収まる。
【0016】
また、金属粒子102の表面における硫黄の局所濃度の2分の1の局所濃度を有する位置(以下、半減深さ)は、表面から2nm以上4nm以下の範囲に存在しうる。すなわち、金属粉体100から選択される複数(例えば10個)の金属粒子102の半減深さの平均値は、上述した範囲に収まりうる。
【0017】
上述した硫黄の局所濃度は、例えば走査透過型電子顕微鏡に備えられるエネルギー分散型X線分光分析器(STEM-EDS:Scanning Transmission Electron Microscope-Energy Dispersive X-ray Spectroscope)によって見積もることができる。具体的な測定方法を例示すると、まず、金属粉体100を樹脂に分散し、樹脂を硬化する。その後、クロスセクションポリッシャー(CP)を用いて断面を露出させ、集束イオンビーム(FIB)を用いて平面サンプリングによる薄膜試料を作製する。試料の厚さは100nm程度とすることで、金属粒子102がこの厚さを有する薄膜へ成形される。その後得られた薄膜に対して金属粒子102の中央を通る直線上でEDS測定を行うことで局所濃度を得ることができる。EDS測定の条件としては、例えば加速電圧200kV、プローブ径1nm、ピッチ幅3nm、一点あたりの測定時間15秒という条件を選択することができる。
【0018】
2.特性
金属粒子102を含む金属粉体100は、高い硫黄のバルク濃度を有すること、および金属粒子102の表層部における硫黄の広い分布に起因して高い焼結開始温度を有しており、例えば600℃以上の範囲に焼結開始温度を示す。なお、焼結開始温度は700℃以下であってもよい。以上の特性に基づき、金属粒子の表層部の硫黄の局所濃度を測定し、局所濃度が上述した条件を満たす場合には、その金属粒子の集合体である金属粉体が高い焼結開始温度を有すると判断することが可能である。したがって、本実施形態により、金属粉体の特性を予想するための有効な方法が提供される。
【0019】
実施例に示すように、硫黄の広い分布と高いバルク濃度は金属粉体100の高い焼結開始温度と相関することが示唆される。なお、仮に硫黄のバルク濃度が同じである場合は硫黄分布が広い(表層において深くまで硫黄が存在する)と焼結開始温度改善の観点で有利である。このことを利用すると、硫黄の表層における分布やバルク濃度を測定することによって金属粉体の焼結開始温度を推定する、あるいは見積もることが可能である。例えば、金属粉体から任意に選択される金属粒子をSTEM-EDSによって分析し、金属粒子の表面から4nmの位置における硫黄の局所濃度が2原子%以上であるという条件を満たした場合、その金属粒子を含む金属粉体の焼結温度が600℃以上であることが推定可能である。換言すると、本実施形態により、金属粉体の焼結を行わなくても、表面層の硫黄濃度を測定することで金属粉体の焼結挙動を推定することができ、金属粉体の品質を管理するための有効な方法が提供される。
【0020】
上述したように、例えば金属粉体をMLCCの内部電極用の原材料として使用する場合、誘電体を含む分散液と金属粉体を含む分散液を交互に塗布した後に焼成を行う。誘電体を含む分散液には、BaやTi系の酸化物粉末やバインダとして機能する高分子材料、溶媒、分散剤などが含まれ、金属粉体を含む分散液にも金属粉体のみならず、バインダや溶媒、分散剤などが含まれる。焼成の際、これらのバインダや溶媒、分散剤が蒸発あるいは分解するとともに酸化物粉末や金属粉体が焼結し、それぞれ誘電体膜と内部電極を与える。通常、誘電体の焼結開始温度は金属粉体のそれよりも高いため、焼成時に金属粉体の焼結が先に開始する。その結果、焼成時に誘電体と内部電極間に間隙が生じ、この間隙に起因して内部電極と誘電体膜間で剥離が生じることがあり、これはMLCCの特性や歩留まりの低下を招く。
【0021】
これに対し、本実施形態に係る金属粉体100は高い焼結開始温度を示すため、酸化物粉末等の焼結開始温度とより近い温度で焼結が開始する。その結果、焼成時において内部電極と誘電体の間に高い密着性が確保でき、剥離を抑制することができる。このため、金属粉体100は、優れた特性を有する種々の電子部品を提供するための原料として利用することが可能である。
【0022】
以上述べたように、本実施形態によって、焼結を行わなくても金属粉体の焼結挙動が推定できるため、MLCCの電極用材料として高い信頼性を有する金属粉体を製造するための品質管理方法を提供することが可能である。
【0023】
<第2実施形態>
本実施形態では、金属粉体100の製造方法の一例を説明する。
【0024】
金属粉体100は気相法を利用して製造される。すなわち、金属を塩化して得られる金属塩化物(以下、単に塩化物とも記す)の蒸気、あるいは金属塩化物を加熱して得られる蒸気を硫黄含有ガスの存在下還元することで製造される。ただし、高い純度の塩化物蒸気が得られ、かつ、塩化物蒸気の供給量を安定化できるため、金属の塩化によって塩化物の蒸気を生成することがより好ましい。金属を塩化するための装置(塩化炉)は公知のものを利用すればよいので説明は割愛する。
【0025】
塩化物を還元するための装置である還元装置110の断面模式図を
図1に示す。還元装置110は、塩化物を還元して金属粉体100を生成すると同時に硫黄を金属粒子102に導入する機能を有する。還元装置110は、還元炉112、還元炉112を加熱するためのヒータ114を基本的な構成として備える。還元炉112には第1の輸送管116が連結され、これを介して還元炉112に金属塩化物のガスが導入される。還元炉112にはさらに、還元性ガスである水素やヒドラジン、アンモニア、メタンなどを供給するための第1のガス導入管118が設けられる。第1のガス導入管118には図示しない還元ガス供給源が接続される。バルブ120が第1のガス導入管118に取り付けられ、これによって還元ガスの供給量が制御される。
【0026】
第1の輸送管116には硫黄含有ガスを供給するための第2のガス導入管122が設けられる。第2のガス導入管122には図示しない硫黄含有ガス供給源がバルブ124を介して接続され、バルブ124によってその供給量が調整される。この構成により、塩化物のガスと硫黄含有ガスの混合ガスに対して還元性ガスを接触させることができる。第1のガス導入管118、第2のガス導入管122はさらに不活性ガス供給源と接続されてもよく、これにより、キャリアガスとしての不活性ガスを混合して還元性ガスや硫黄含有ガスを還元炉112に供給することができる。この構成により、塩化物のガスと硫黄含有ガスの混合ガスが還元炉112に供給される。図示しないが、第2のガス導入管122を第1の輸送管116と接続せずに還元炉112に接続し、塩化物のガスと硫黄含有ガスをそれぞれ個別に還元炉112に供給してもよい。
【0027】
ヒータ114によって加熱された還元炉112内で塩化物が還元性ガスによって還元され、これによって金属粒子102が生成されるとともに、硫黄含有ガスに由来する硫黄が金属粒子102に導入される。なお、塩化物ガスは単離されたものでなく、図示省略の塩化炉にて生成したものを導入することが好ましい。このような形態とすることで、塩化と還元を連続的に行うことができ、金属粉体を効率的に製造可能である。
【0028】
還元炉112には、還元炉112に冷却ガスを供給するための第3のガス導入管126がさらに備えられる。第3のガス導入管126は、第1の輸送管116から離れた位置に設置することが好ましい。例えば第1の輸送管116を還元炉112の上部に設置する場合には、第3のガス導入管126は還元炉112の下部に設置される。冷却ガスとしては窒素やアルゴンなどの不活性ガスを使用することができ、これらのガスの供給源(図示しない)が第3のガス導入管126に接続される。冷却ガスの流量はバルブ128によって制御される。冷却ガスを供給することで、還元炉112で形成される金属粒子102の成長を制御することができる。金属粉体100は、冷却ガスによって第2の輸送管130を通して分離装置や回収装置へ輸送され、単離、精製される。
【0029】
還元を行う際には、還元炉112をヒータ114によって加熱し、第1の輸送管116と第2のガス導入管122を介して金属塩化物のガスと硫黄含有ガスを還元炉112に導入するとともに、還元性ガスを第1のガス導入管118を通して還元炉112内に供給する。還元炉112の加熱温度は金属の融点よりも低いことが好ましく、例えば800℃から1100℃の範囲から選択される。これにより、還元炉112で生成する金属を固体状の金属粒子102として取り出すことができる。還元炉112に供給される還元性ガスの量は、供給される金属塩化物と化学量論的に等量、もしくは小過剰となるように、バルブ120を用いて調整される。
【0030】
硫黄含有ガスとしては、硫化水素、二酸化硫黄、あるいはハロゲン化硫黄から選択される成分を含むガスである。ハロゲン化硫黄としては、SnCl2(nは2以上の整数)、SF6、SF5Cl、SF5Brなどが挙げられる。この中でも取り扱いの容易な二酸化硫黄が好ましい。硫黄含有ガスの流量は、還元炉112に供給される単位時間当たりの塩化物から生成される金属粉体に対し、0.01重量%以上1.0重量%以下となるように、バルブ124を用いて調整される。
【0031】
上述した方法を採用することにより、硫黄のバルク濃度と局所濃度を第1実施形態で述べた範囲内に制御することができ、表面近傍のみならず、表面から離れた内部にも高い濃度で硫黄を含有する金属粒子102、および金属粒子102を含む金属粉体100を製造することができる。
【実施例】
【0032】
1.実施例1
本実施例では、第2実施形態で述べた製造方法を適用して金属粉体100を製造した例を示す。
【0033】
塩化炉において塩素ガスとニッケルを反応させて塩化ニッケルガスを生成させ、還元炉112を1100℃に加熱し、塩化炉に接続された第1の輸送管116から塩化ニッケルガス、硫黄含有ガスである二酸化硫黄ガス、および窒素ガスの混合ガスを2.8m/秒(1100℃換算)の流速で還元炉112に導入した。同時に第1のガス導入管118から水素を2.2m/秒(1100℃換算)の流速で還元炉112に導入した。冷却ガスとしては窒素を用い、第3のガス導入管126から供給した。得られたニッケル粉体(個数平均粒子径190nm)は、図示しない生成装置などを用いて精製した。得られたニッケル粉体の硫黄のバルク濃度は0.15重量%であった。
【0034】
この実施例1に対する比較例1として、塩化ニッケルの還元を硫黄含有ガスの非存在下で行って得られるニッケル粉体に対して硫黄処理を行って作製したニッケル粉体を用い、その硫黄濃度を測定した。比較例1のニッケル粉体は、上記実施例において硫黄含有ガスを還元炉112に導入せずにニッケル粉体を作製し、その後以下の後処理を行うことで作製した。
【0035】
すなわち、硫黄含有ガスの非存在下で作製したニッケル粉体(個数平均粒子径190nm)を精製する過程で得られるスラリーに、ニッケル粉体に対して硫黄含有率が0.15重量%となるようにチオ尿素水溶液を加え30分間撹拌した。その後、スラリーを気流乾燥機により乾燥することで比較例1のニッケル粉体を得た。
【0036】
実施例1と比較例1のニッケル粉体をSTEM-EDSを用い、表面から深さ方向に硫黄の局所濃度を測定した。測定は、エネルギー分散型X線分光分析器(日本電子株式会社製JED-2300T)を備える走査透過型電子顕微鏡(日本電子株式会社製JEM-2100F)を用いて行った。得られた結果を表1と
図2に示す。
【0037】
【0038】
表1と
図2に示すように、比較例1のニッケル粉体では、表面における硫黄の局所濃度は実施例1のそれよりも高いものの、表面からの深さが増大するにしたがって、すなわち、より内部に近づくにつれて急激に減少することが分かった。これに対して実施例1のニッケル粉体は、表面における硫黄の局所濃度は低いものの、深さ方向における減少率は小さく、ニッケル粉体内部にも硫黄が分布していることが確認された。この実施例1では、半減深さは3.2nmであった。
【0039】
これらの結果から、本発明の実施形態に係る製造方法を用いることで、より深い位置まで硫黄が分布する金属粉体が得られることが分かった。
【0040】
2.実施例2
本実施例2では、硫黄のバルク濃度が焼結開始温度に与える影響について検討を行った。実施例1と同様の方法を適用し、硫黄含有ガスの流量を1.7m/秒から2.2m/秒(1100℃換算)まで変化させ、種々の硫黄のバルク濃度を有するニッケル粉体を作製した。同様に、実施例1で述べた比較例1と同様の方法を用い、チオ尿素水溶液の濃度や添加量を変化させ、種々の硫黄のバルク濃度を有するニッケル粉体を比較例2として作製した。硫黄のバルク濃度の測定は、実施例1と同様の方法で行った。
【0041】
焼結開始温度の測定は加熱ステージ(Gatan社製 Murano 525 heating stage)を備えた走査型電子顕微鏡(株式会社日立ハイテクノロジーズ製SU-5000)により行った。具体的な方法を例示すると、まず金属粉体100をφ5mm×1mmのペレットに成形し、加熱ステージに接着し、走査型電子顕微鏡に導入した。加熱ステージを室温から800℃まで段階的に昇温しながら、走査型電子顕微鏡で観察を行った。昇温に伴い金属粒子102が焼結を開始するが、視野内のニッケル粉体の半数以上が焼結した時の温度を焼結開始温度とした。結果を
図3に示す。
【0042】
比較例2では、硫黄のバルク濃度が増大するにしたがって焼結開始温度が上昇することが分かる。しかしながら、実施例1でも述べたように、比較例2の金属粉体では、硫黄は金属粒子の内部まで高濃度で分布しないため、硫黄のバルク濃度に上限がある。おそらくこのことに起因し、硫黄のバルク濃度は最大で約0.2重量%であり、焼結開始温度は500℃から600℃程度にとどまっている。
【0043】
これに対して実施例2のニッケル粉体は、比較例2と比べて焼結開始温度が高いことが分かる。また、実施例2では、ニッケル粒子の内部まで硫黄が分布するため、比較例2のニッケル粉体と比較すると高い硫黄のバルク濃度を実現することができる。例えば本実施例2では、硫黄のバルク濃度は0.2重量%を超える、さらには0.3重量%以上の硫黄のバルク濃度を有する金属粉体が得られている。これに起因し、実施例2のニッケル粉体の焼結開始温度は600℃超を達成でき、約700℃にも達する。また、硫黄のバルク濃度が同じ場合、本実施形態の製造方法を適用することで、より高い焼結開始温度のニッケル粉体が作製できることが分かった。
【0044】
ここで注目すべき点は、実施例2では硫黄のバルク濃度が0.15重量%以上となると焼結開始温度600℃以上、さらには600℃超を高い確率で実現できるという点である。このため、金属粉体100中の硫黄のバルク濃度を0.15重量%以上とすることで、硫黄のバルク濃度が大きく変化しても焼結開始温度には影響が現れず、焼結開始温度の変動を効果的に抑制することができる。換言すると、本実施形態の製造方法により、焼結開始温度のばらつきが小さい金属粉体を提供することが可能である。
【0045】
本発明の実施形態を基にして、当業者が適宜構成要素の追加、削除もしくは設計変更を行ったもの、または、工程の追加、省略もしくは条件変更を行ったものも、本発明の要旨を備えている限り、本発明の範囲に含まれる。
【0046】
上述した各実施形態の態様によりもたらされる作用効果とは異なる他の作用効果であっても、本明細書の記載から明らかなもの、又は、当業者において容易に予測し得るものについては、当然に本発明によりもたらされるものと解される。
【符号の説明】
【0047】
100:金属粉体、102:金属粒子、110:還元装置、112:還元炉、114:ヒータ、116:第1の輸送管、118:第1のガス導入管、120:バルブ、122:第2のガス導入管、124:バルブ、126:第3のガス導入管、128:バルブ、130:第2の輸送管