(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2022-12-13
(45)【発行日】2022-12-21
(54)【発明の名称】ジルコニウム合金及びその製造方法
(51)【国際特許分類】
C22C 16/00 20060101AFI20221214BHJP
C22F 1/18 20060101ALI20221214BHJP
C22F 1/00 20060101ALN20221214BHJP
【FI】
C22C16/00
C22F1/18 E
C22F1/00 601
C22F1/00 613
C22F1/00 624
C22F1/00 630A
C22F1/00 630K
C22F1/00 641C
C22F1/00 675
C22F1/00 683
C22F1/00 685Z
C22F1/00 691B
C22F1/00 691C
C22F1/00 694A
(21)【出願番号】P 2018168370
(22)【出願日】2018-09-07
【審査請求日】2021-09-06
【国等の委託研究の成果に係る記載事項】(出願人による申告)平成30年度、国立研究開発法人日本医療研究開発機構、医療分野研究成果展開事業 戦略的イノベーション創出推進プログラム、産業技術力強化法第19条の適用を受ける特許出願
(73)【特許権者】
【識別番号】504179255
【氏名又は名称】国立大学法人 東京医科歯科大学
(73)【特許権者】
【識別番号】504157024
【氏名又は名称】国立大学法人東北大学
(73)【特許権者】
【識別番号】508282465
【氏名又は名称】帝人ナカシマメディカル株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】110003085
【氏名又は名称】弁理士法人森特許事務所
(74)【代理人】
【識別番号】100114535
【氏名又は名称】森 寿夫
(74)【代理人】
【識別番号】100075960
【氏名又は名称】森 廣三郎
(74)【代理人】
【識別番号】100155103
【氏名又は名称】木村 厚
(74)【代理人】
【識別番号】100194755
【氏名又は名称】田中 秀明
(72)【発明者】
【氏名】塙 隆夫
(72)【発明者】
【氏名】野村 直之
(72)【発明者】
【氏名】堤 祐介
(72)【発明者】
【氏名】土居 壽
(72)【発明者】
【氏名】川崎 亮
(72)【発明者】
【氏名】井上 貴之
(72)【発明者】
【氏名】高橋 広幸
【審査官】河野 一夫
(56)【参考文献】
【文献】特開平01-301830(JP,A)
【文献】特開2018-040028(JP,A)
【文献】特開2010-075413(JP,A)
【文献】特開平04-099141(JP,A)
【文献】特開昭63-050453(JP,A)
【文献】米国特許第06238491(US,B1)
【文献】中国特許出願公開第103255318(CN,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C22C 16/00
C22F 1/18
C22F 1/00
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
Zrを主成分として含有し、副成分としてMoを0.5~15質量%含有する
モリブデン-ジルコニウム合金であって、
α相中に、α相に比して微細かつ扁平なβ相が分散した状態となっている
モリブデン-ジルコニウム合金。
【請求項2】
Zrを主成分として含有し、副成分としてMoを0.5~15質量%含有する
モリブデン-ジルコニウム合金を鍛造して
α相中に、α相に比して微細かつ扁平なβ相が分散した状態となっているモリブデン-ジルコニウム合金を製造する方法であって、
前記
モリブデン-ジルコニウム合金を熱間鍛造し、熱間鍛造した
モリブデン-ジルコニウム合金を冷間鍛造し、冷間鍛造した
モリブデン-ジルコニウム合金を加熱保持する工程を含む
モリブデン-ジルコニウム合金の製造方法。
【請求項3】
冷間鍛造における加工率が、70%以上である
請求項2に記載のモリブデン-ジルコニウム合金の製造方法。
【請求項4】
モリブデン-ジルコニウム合金を加熱保持する際の温度は、400℃以上である請求項2又は3に記載の
モリブデン-ジルコニウム合金の製造方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、ジルコニウム合金及びその製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
ジルコニウム(元素記号:Zr、元素番号40)は、副成分としてモリブデン(元素記号Mo、元素番号42)やニオブ(元素記号Nb、元素番号41)、スズ(元素記号Sn、元素番号50)と合金化することによって様々な用途に使用されている。
【0003】
このジルコニウム合金は、生体適合性が高くかつ磁化率が低いため、特許文献1に示されるように治療用として体内に埋め込まれるインプラントの材料として適用されている。特に、低磁化率であることは、MRI(磁気共鳴画像)診断の際にアーチファクトを抑制し、体内にインプラントを埋め込んだ後の画像診断において、他の金属と比較して鮮明な画像を取得することを可能にする。
【0004】
その他の用途としては、熱中性子の吸収断面積が最小であるという特性を生かして、原子炉の反応棒用の被覆材として使用されている。
【0005】
インプラントに関しては、例えば、特許文献2のように、特定のジルコニウム合金の粉末を瞬間的に溶融・凝固させて、金属を積層し、インプラントを製造する方法が知られている。この方法によれば、ジルコニウム合金の機械的性質が改善される。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0006】
【文献】特開2010-75413号公報
【文献】特開2018-040028号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
ジルコニウム合金は、一般的には溶解、鍛造などを経て、板、棒、又は菅など所望の形状に加工されて使用される。しかし、ジルコニウム合金は、インプラント材として広く使用されているチタン合金などと比べて、引張り強度、破断伸びなどの機械的性質が低いため、大きな荷重が負荷されることが想定されている人体の部位にジルコニウム合金製のインプラント材を使用することは難しい。例えば、大きな荷重が負荷される部位としては、股関節や膝関節が想定される。
【0008】
上述の通り、特許文献2の方法でインプラント材等の構造物を製造すれば、機械的性質が改善される。しかし、特許文献2の方法で製造した成形体は、引張強度は高いものの、破断伸びはチタン合金に比べて低い。すなわち、特許文献2の方法で製造した成形体は、高強度であるが低延性である。また、現状の技術では、金属を積層して造形する方法では造形できる寸法に制限がある。このため、特許文献2の方法では、一定寸法以上の構造物の作製が困難である。つまり、特許文献2の方法でインプラント材等を製造する場合、延性が低く、造形サイズも制限されるため、その用途は制限される傾向がある。
【0009】
本発明は、ジルコニウム合金が有する優れた特性を維持しつつ、機械的性質(強度及び延性)を向上した材料と、その製造方法を提供する。
【課題を解決するための手段】
【0010】
Zrを主成分として含有し、副成分としてMoを0.5~15質量%含有するジルコニウム合金であって、α相中に、α相に比して微細かつ扁平なβ相が分散した状態となっているジルコニウム合金により、上記の課題を解決する。
【0011】
Zrを主成分として含有し、副成分としてMoを0.5~15質量%含有するジルコニウム合金を鍛造して機械的性質を改善したジルコニウム合金を製造する方法であって、前記ジルコニウム合金を熱間鍛造し、熱間鍛造したジルコニウム合金を冷間鍛造し、冷間鍛造したジルコニウム合金を加熱保持する工程を含むジルコニウム合金の製造方法により、上記の課題を解決する。上記のジルコニウム合金及びその製造法によれば、強度及び延性に優れたジルコニウム合金が得られる。このジルコニウム合金は、インプラント材やその他の用途に使用することが可能であり、従来のジルコニウム合金に比べて、より広範な用途に使用することが可能である。
【0012】
上記のジルコニウム合金の製造方法において、冷間鍛造における加工率は70%以上であることが好ましく、加熱保持する際の温度は400℃以上であることが好ましい。
【発明の効果】
【0013】
本発明によれば、ジルコニウム合金が現有する優れた特性を維持しつつ、機械的性質(強度及び延性)を向上した材料と、その製造方法を提供することが可能になる。
【図面の簡単な説明】
【0014】
【
図1】製造例6で製造した素材の微細構造を示すTEMによる電子顕微鏡写真(左側、倍率20,000倍)と、SEM(右側、倍率3,500倍)による電子顕微鏡写真である。
【
図2】α相の平均層間隔(d)(μm)の平方根の逆数(d
-1/2)と、引張り強度(σ
UTS)又は0.2%耐力(σ
y)との関係を示すグラフである。
【発明を実施するための形態】
【0015】
以下、本発明を実施するための形態について説明する。
【0016】
本発明は、Zrを主成分として含有し、副成分としてMoを0.5~15質量%含有するジルコニウム合金であって、α相中に、α相に比して微細かつ扁平なβ相が分散した状態となっているジルコニウム合金である。主成分は、合金に含まれる各元素成分の中で、最も含有率の高い成分をいい、副成分は、主成分とは異なる添加元素のことをいう。
【0017】
上記のジルコニウム合金は、一の結晶相であるα相に、α相よりも微細なβ相が分散した状態となっている。後述する
図1の左側に示すTEM(Transmission Electron Microscopy)写真において、黒く写し出されている扁平体がβ相であり、β相に比べて淡色の部分がα相である。
図1の右側に示すSEM(Scanning Electron Microscopy)写真では、白く写し出されている微小な扁平体がβ相であり、それ以外の部分がα相である。α相、及びβ相共に、板状の扁平体として顕微鏡に写し出される。
図1から明らかなように、β相は、α相に比して微細である。
【0018】
α相の大きさは、例えば、平均層間隔によって特定することができる。α相の平均層間隔は、倍率2万倍のTEM画像に10本の直線をランダムに引き、一のα相の界面と他のα相の界面で区切られており、α相の上を通過する直線の長さを計測し、その長さを平均して求めることができる。β相の寸法も、同様に平均層間隔によって特定することができる。β相の平均層間隔は、倍率2万倍のTEM画像に10本の直線をランダムに引き、一のβ相の界面と他のβ相で区切られており、β相の上を通過する直線の長さを計測し、その長さを平均して求めることができる。
図1の写真からわかるように、β相はα相に比べて、明らかに層間隔が小さい。したがって、β相の平均層間隔は、α相の平均層間隔の値を上回らず、α層の平均総間隔未満となる。また、
図1の写真からわかるように、β相の短軸方向の長さ(層の厚さ)は、α相の短軸方向の長さ(層の厚さ)に比して、明らかに小さい。
【0019】
上記のジルコニウム合金は、Zrが本来有する生体適合性や低磁化率などの特性を維持しており、良好な引張強度と良好な破断伸びを備えており、高強度かつ高い延性を備える。このような特性を備えるため、高い負荷がかかることが予想される部位に使用されるインプラント材や、原子炉における反応棒の被覆材などの大型の構造物にも好適に使用することができる。
【0020】
ジルコニウム合金では、α相に対してβ相が微細に分散した状態とすることが好ましい。例えば、β相の短軸方向の長さが50nm以下の範囲であることが好ましく、β相の長軸方向の長さが150nm以下の範囲となるようにすることが好ましい。β相の長軸方向の長さは、100nm以下の範囲となるようにすることがより好ましい。β相の短軸方向の長さの下限値は、特に限定されないが1nm以上であることが好ましい。β相の長軸方向の長さの下限値も、特に限定されないが、10nm以上であることが好ましい。β相の短軸方向の長さは、10nm以下であることがより好ましい。
【0021】
上記のようなジルコニウム合金は、Zrを主成分として含有し、副成分としてMoを0.5~15質量%含有するジルコニウム合金を熱間鍛造し、熱間鍛造したジルコニウム合金を冷間鍛造し、冷間鍛造したジルコニウム合金を加熱保持することにより、得ることができる。
【0022】
Zr単体では、常温で安定な結晶構造は六方最密充填構造(Hexagonal Close-Packed、HCP)のα相である。一方、862℃以上では安定な結晶構造は体心立方構造(Body-Centered Cubic、BCC)のβ相となる。つまり、常温で安定なα相は加熱によりβ相に結晶構造を変える。この結晶構造の変化を変態と称する。そして、高温のβ相は冷却によってα相に戻る逆変態を起こす。
【0023】
Zrを主成分として含有し、副成分としてMoを0.5~15質量%含有するジルコニウム合金では、当該合金を熱間で鍛造し、熱間鍛造したジルコニウム合金を冷間鍛造し、冷間鍛造したジルコニウム合金を加熱保持することにより、β相を常温においても存在させることが可能になる。α相とβ相では、結晶構造が異なる。ジルコニウム合金において、α相とβ相とを混在させることによって機械的な性質を変化させることができる。なお、熱処理とは、金属を特定の温度に加熱及び保持し、冷却する操作をいう。
【0024】
Zrを主成分として含有し、副成分としてMoを0.5~15質量%含有するジルコニウム合金は、任意の方法によって、得ることができる。例えば、固体のZrとMo等を含有する固体の副成分金属を規定量で混合し、双方溶解させて混ぜ合わせることによって得ることができる。また、溶解させたジルコニウムにMo等を含有する固体の副成分金属を投入して、溶解させながら混ぜ合わせることによって得ることができる。ジルコニウムとMo等の副成分金属を溶解させて混ぜ合わせた液体状混合物を溶湯という。この溶湯を鋳型に流し込んで冷却することによって固体のジルコニウム合金を得ることができる。なお、溶湯から冷却して固体の金属になることを凝固という。この段階で、主成分と副成分は原子レベルで溶け込んだ状態となる。
【0025】
一般的に金属は、液体からの冷却の過程で複数の領域から同時に固体となり始めるため、複数の領域から固体化した結晶の粒(これを結晶粒という)同士が結合した状態となっている。鋳型に流し込んで冷却後に固体となった金属は、この結晶粒のサイズが大きく、引張り強度や破断伸びなどは低い傾向にある。
【0026】
上記のジルコニウム合金の製造方法では、熱間における鍛造と冷間における鍛造の両方を施す。鍛造とは、金属を叩いて圧力を加えることで所望の形状に変形させる加工法であり、材料の変形能である塑性を利用している。これによって、結晶粒を微細化させて、引張り強度を向上させることができる。しかし、単に熱間及び冷間で鍛造を実施しただけでは、破断伸びが低下して脆くなる場合がある。
【0027】
上記のジルコニウム合金の製造方法では、所定のジルコニウム合金を熱間及び冷間で鍛造し、加熱保持することで、微細な層状α相中にβ相を析出させて、微細に分散させる。この層状α相中に微細分散したβ相が、延性の向上に寄与していると考えられる。なお、本明細書において、熱間という場合は上記ジルコニウム合金の再結晶温度以上を熱間といい、上記ジルコニウム合金の再結晶温度未満を冷間という。
【0028】
熱間における鍛造と冷間における鍛造と熱処理とを組み合わせるに際して、冷間鍛造における加工率は、70%以上とすることが好ましい。これによって、より良好な機械的性質を上記のジルコニウム合金に付与することができる。加工率は、鍛造前のジルコニウム合金の断面積をA0、鍛造後のジルコニウム合金の断面積をA1として以下の式で計算される。
加工率(%)=(A0-A1)/A0×100(%)
加工率を70%以上とすることで、冷間鍛造時に金属に割れなどが生じて歩留まりを低下させることを防ぐこともできる。加工率は、85%以上にすることがより好ましい。加工率の上限値は、特に限定されないが、例えば、100%未満であることが好ましく、98%以下であることがより好ましい。
【0029】
熱間鍛造及び冷間鍛造を施したジルコニウム合金を加熱保持する工程(熱処理)における温度は、400℃以上であることが好ましく、480℃以上であることがより好ましく、500℃以上であることがさらに好ましい。熱処理における温度の上限値も特に限定されないが、例えば、600℃以下であることが好ましく、550℃以下であることが好ましい。これにより、ジルコニウム合金により良好な機械的特性を付与することが可能になる。熱処理において、所定温度にジルコニウム合金を保持する時間は特に限定されないが、例えば、10分以上であることが好ましく、36時間以内であることが好ましい。1~24時間にわたって所定の温度に保持することがより好ましい。ジルコニウム合金の温度を保持する際の温度は、上記の範囲内で上下してもよい。
【0030】
ジルコニウム合金に含まれるMoは、0.5~15質量%であることが好ましい。上限については、10質量%以下であることが好ましく、5質量%以下であることが好ましい。ジルコニウム合金には、α相中に比して微細であり扁平なβ相が析出することを妨げない限り、その他の成分を含有させることができる。
【0031】
α相の平均層間隔は、50nm以下であることが好ましい。α相の平均層間隔の下限値は特に限定されないが、1nm以上であることが好ましい。
【実施例】
【0032】
以下、実施例を挙げて具体的に説明する。
【0033】
[製造例1]
固体のZrと固体のMoとを混合した。この混合物を、高周波誘導溶解炉に入れて、昇温し、溶解させて、溶湯を得た。次いで、この溶湯を、鋳型に流し込んで、冷却し凝固させた。鋳型からジルコニウム合金を取り出して、製造例1に係る円柱状素材(直径150mm、長さ100mm)を得た。円柱状素材の表面に付着している酸化物等の汚れを除去して清浄化した。なお、Zrに対して副成分のMoは1質量%となるように混合した。この素材は、「Zr-1Mo」と称することがある。
【0034】
[製造例2]
製造例1で得た円柱状素材(直径150mm、長さ100mm)を初期素材として使用した。この初期素材を熱間鍛造で引き伸ばし、より長い円柱状素材(直径40~60mm、長さ500mm)に加工して、製造例2に係る円柱状素材を得た。
【0035】
[製造例3]
製造例2で得た円柱状素材(直径40~60mm、長さ500mm)を初期素材として使用した。この初期素材を、スウェージ加工機(互栄機械製)により室温で冷間鍛造した。加工率は、製造例2で得た初期素材を基準として、75%とした。これにより、製造例3に係る素材を得た。なお、スウェージ加工は、冷間鍛造として直径50mm程度の金属棒材を1mm程度まで細径化するのに簡便な方法であるため採用した。ただし、初期材料の形状や寸法によって、その他の冷間加工方法を採用することもできる。
【0036】
[製造例4]
製造例3で得た冷間鍛造後の素材を初期素材として使用した。この初期素材を、加熱冷却する熱処理を実施した。その条件は、500℃で1時間保持し、その後に冷却した。これにより、製造例4に係る素材を得た。
【0037】
[製造例5]
製造例2で得た円柱状素材(直径40~60mm、長さ500mm)を初期素材として使用した。この初期素材を、スウェージ加工機(互栄機械製)により室温で冷間鍛造した。加工率は、製造例2で得た初期素材を基準として、90%とした。これにより、製造例5に係る素材を得た。
【0038】
[製造例6]
製造例5で得た冷間鍛造後の素材を初期素材として使用した。この初期素材を、加熱冷却する熱処理を実施した。その条件は、500℃で1時間保持し、その後に冷却した。これにより、製造例4に係る素材を得た。
【0039】
[構造解析]
製造例6の素材について、素材内部の微細構造を観察した。
図1にTEM(Transmission Electron Microscopy)、及びSEM(Scanning Electron Microscopy)により観察した電子顕微鏡写真を示す。
図1の左側の写真がTEMによる写真であり、
図1の右側の写真がSEMによる写真である。なお、TEMについては、日立製作所HF-2000EDXを使用し、SEMについては、日本電子製JSM-6500Fを使用した。
図1に示したように、Zrを主成分として含有し、副成分としてMoを0.5~15質量%含有するジルコニウム合金に対して、熱間鍛造、冷間鍛造、及び加熱保持する工程を施した、ジルコニウム合金では、スウェージ加工により板状に引き延ばされた層状のα相中に微細分散した針状のβ相が確認できる。β相は、
図1の左側の画像では、α相よりも小さく、黒色かつ扁平な粒子として視認され、
図1の右側の画像では、α相よりも小さく、白色かつ扁平な粒子として視認される。β相の短軸方向の長さは、5~10nm程度であり、β相の長軸方向の長さは10~100nmの範囲で分布している。β相が扁平な形状となっているのは、鍛造によって板状に引き延ばされたためである。
【0040】
[機械的性質の評価]
上記の製造例1ないし製造例6に係る素材を使用して、機械加工により、JIS T 6115に規定される試験片を作製した。そして、各試験片を使用して、0.2%耐力(引張時)、引張り強度、及び破断伸び(引張時)を求めた。各試験は、引張り試験機(Instron社製Instron5892)を用いて行った。引張り試験は、室温にてクロスヘッド速度1mm/minで実施した。0.2%耐力、及び引張り強度は、荷重-変位曲線を作成し、当該曲線においてひずみが0.2%に達した際の荷重と、試験片が破断に至るまでの最大荷重を求めて、それぞれの値を試験片の初期断面積で除することによって求めた。破断伸びは、荷重変位曲線より破断前後の試験片の変位量を求めゲージ長さにより除することで求めた。なお、ゲージ長さとは、伸びを求める対象の試験片における、基準になる長手方向の間隔であり、今回の試験の場合20mmである。結果を以下の表1に示す。
【0041】
引張り試験に際しては、比較のために、インプラントの素材として使用実績のあるチタン合金の機械的性質も評価した。当該チタン合金は、チタンを主成分として、6質量%程度のアルミニウムと、4質量%程度のバナジウムとを含有する(Ti-6Al-4V ELI)。製造例1は初期素材より引張り試験片を採取した場合の機械的性質である。製造例2は製造例1の素材に熱間鍛造を施した素材から採取した試験片の機械的性質である。製造例3は製造例2の素材に対して75%のスウェージ加工をした素材から採取した試験片の機械的性質である。製造例4は製造例3の素材に500℃で1時間保持する熱処理を施した素材から採取した試験片の機械的性質である。製造例5は、製造例2の素材に対して90%のスウェージ加工をした素材から採取した試験片の機械的性質である。製造例6は製造例5の素材に500℃で1時間保持する熱処理を施した素材から採取した試験片の機械的性質である。
【0042】
【0043】
表1に示したように、鋳造品である製造例1に係る試験片では、比較例に係るチタン合金と同等の0.2%耐力と引張強度を備える。しかし、製造例1係る試験片では、破断伸びが著しく低く、脆い性質であることがわかる。鋳造品に熱間鍛造を施した製造例2に係る試験片では、破断伸びは向上するものの2%耐力と引張り強度の低下が著しい。鋳造品に熱間鍛造と冷間鍛造(加工率75%)を施した製造例3に係る試験片では、冷間鍛造を施していない製造例2の試験片に比して、0.2%耐力と引張り強度が向上している。鋳造品に熱間鍛造と、冷間鍛造と、熱処理を施した製造例4に係る試験片では、製造例3の試験片が有していた0.2%耐力と引張り強度を維持しつつ破断伸びが飛躍的に向上している。鋳造品に熱間鍛造と冷間鍛造を施した製造例3に係る試験片に90%の加工率の冷間鍛造を施した製造例5に係る試験片では、0.2%耐力と引張り強度を大幅に向上させることができた。これにさらに熱処理を施した製造例6に係る試験片では、製造例4に係る試験片と同様に破断伸びを向上することが可能となり、インプラントとして使用実績のある比較例に係るチタン合金に比肩するほどの機械的性質を獲得することができることがわかる。このように、初期素材に対して熱間鍛造、冷間鍛造、及び熱処理を施すことで引張り強度と破断伸びを両立させた高強度・高延性のジルコニウム合金を得ることができる。
【0044】
次に、Zrを主成分として含有し、副成分としてMoを含有するジルコニウム合金において、種々の条件でスウェージ加工(加工率50%以上)と熱処理(400℃以上)とを組み合わせて、ジルコニウム合金を得た。それぞれのジルコニウム合金について、TEM画像を撮影した。TEM画像中に不作為に10本の直線を引いて、α相と直線とが重なる長さを測定した。α相と直線が重なる長さとは、単一のα相において、一方のα相の界面と、他方のα相の界面とで区切られているα相の中を通過している直線の長さのことをいう。測定した直線の長さの和を、直線と交差したα相の数で除して、平均化して、α相の平均層間隔(μm)(d)を求めた。さらに、それぞれのジルコニウム合金について、上記と同様の方法により、引張り強度(σUTS)と、0.2%耐力(σy)を求めた。
【0045】
図2に示したように、X軸にα相の平均層間隔(μm)(d)の平方根の逆数(d
-1/2)をとり、Y軸に引張り強度(σUTS)と、0.2%耐力(σy)とをとると、α相の平均層間隔の平方根の逆数(d
-1/2)と、Y軸に引張り強度(σUTS)、又は0.2%耐力(σy)とは、よく相関することがわかった。すなわち、引張り強度については、σUTS=228+136d
-1/2の関係が成立し、0.2%耐力については、σy=324+76d
-1/2の関係が成立する。
【0046】
例えば、米国のASTM規格(ASTM F136)で規定される医療用チタン材料の引張り強度の基準である860MPa以上を達成するには、
図2のグラフより、層状のα相の平均層間隔は、50nm以下であることが好ましいことがわかる。
【0047】
また、Zrを主成分として副成分として、Moを0.5~15質量%含有するジルコニウム合金に対して、熱間処理、冷間処理、及び熱処理を施したジルコニウム合金では、
図1に示したように、層状のα相内に針状のβ相が微細に分散した状態となる。この分散構造では、層状(板状)に引き伸ばされたα相内に針状のβ相が微細に分散しており、層状のα相の長軸方向に沿うように、針状のβ相の長軸方向が向いている。このような構造は、鍛造品に熱間鍛造、冷間鍛造、及び熱処理を施した際に現れる特徴的なものであり、破断伸びの向上とそれによる延性の向上に寄与し、強度の向上にも寄与している。
【0048】
Zrを主成分として副成分として、Moを0.5~15質量%含有するジルコニウム合金に対して、熱間処理、冷間処理、及び熱処理を施したジルコニウム合金は、上記のような延性や強度などの良好な機械的性質に加えて、ジルコニウムが備えている、低磁化率であることによりアーチファクトが抑制され、生体に対して良好な適合性を示すといった性質も維持している。当該ジルコニウム合金は、この性質により、インプラント材を代表とする医療用途に好適に使用することができる。また、当該合金は、含有成分であるZrとMoの特性である熱中性子の吸収断面が小さいという特徴を有する。この特徴を生かして原子炉用材料としても好適に使用することができる。