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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2022-12-14
(45)【発行日】2022-12-22
(54)【発明の名称】液滴及びその製造方法
(51)【国際特許分類】
   C12N 9/90 20060101AFI20221215BHJP
   C07K 19/00 20060101ALN20221215BHJP
   C12N 15/61 20060101ALN20221215BHJP
   C12N 15/62 20060101ALN20221215BHJP
【FI】
C12N9/90 ZNA
C07K19/00
C12N15/61
C12N15/62 Z
【請求項の数】 8
(21)【出願番号】P 2022502960
(86)(22)【出願日】2021-06-04
(86)【国際出願番号】 JP2021021437
(87)【国際公開番号】W WO2021251306
(87)【国際公開日】2021-12-16
【審査請求日】2022-01-17
(31)【優先権主張番号】P 2020100517
(32)【優先日】2020-06-09
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
【早期審査対象出願】
(73)【特許権者】
【識別番号】504157024
【氏名又は名称】国立大学法人東北大学
(73)【特許権者】
【識別番号】304020292
【氏名又は名称】国立大学法人徳島大学
(73)【特許権者】
【識別番号】503092180
【氏名又は名称】学校法人関西学院
(74)【代理人】
【識別番号】110000796
【氏名又は名称】弁理士法人三枝国際特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】奥村 正樹
(72)【発明者】
【氏名】松▲崎▼ 元紀
(72)【発明者】
【氏名】稲葉 謙次
(72)【発明者】
【氏名】齋尾 智英
(72)【発明者】
【氏名】金村 進吾
【審査官】上村 直子
(56)【参考文献】
【文献】米国特許出願公開第2001/0034050(US,A1)
【文献】Journal of Molecular Biology,2020年02月19日,Vol.432,p.2141-2163
【文献】Journal of Alzheimer's Disease,2014年,Vol.38,p.601-609
【文献】The Protein Journal,2020年05月29日,Vol.39,p.366-376
【文献】Nat Rev Mol Cell Biol.,2017年,Vol.18, No.5,p.285-298
【文献】THE JOURNAL OF BIOLOGICAL CHEMISTRY,2014年,Vol.289, No.39,p.27004-27018
【文献】奥村正樹,液液相分離する小胞体内シャペロンの発見、機能、制御機構,日本生化学会大会講演要旨集,2020年09月14日,Vol.93, 1S09e-02
【文献】ChemBioChem,2014年,Vol.15,pp.1599-1606
【文献】生物工学会誌,2020年05月25日,Vol.98, No.5,pp.251-254
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C12N 9/90
C07K 1/00-19/00
C12N 15/61
C12N 15/62
JSTPlus/JMEDPlus/JST7580(JDreamIII)
CAplus/MEDLINE/EMBASE/BIOSIS(STN)
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
タンパク質の集合体を含む液滴であって、該タンパク質がPDIファミリータンパク質であり、かつチオレドキシン様ドメイン及びカルシウム結合領域を含む、液滴(ただし、PDIを含むTauの液滴及びS-ニトロシル化PDIを含むTauの液滴を除く)。
【請求項2】
前記タンパク質が2つ以上のチオレドキシン様ドメインを有し、該2つ以上のチオレドキシン様ドメインのうち少なくとも2つが、リンカーを介して互いに結合しており、該リンカーがセリン、グリシン、プロリン、グルタミン酸、グルタミン、アスパラギン酸、アスパラギン、アルギニン、リシン及びチロシンからなる群より選択される少なくとも1種のアミノ酸残基を含む、請求項1に記載の液滴。
【請求項3】
前記タンパク質が二量体以上である、請求項1又は2に記載の液滴。
【請求項4】
前記PDIファミリータンパク質がP5である、請求項1~3のいずれか一項に記載の液滴。
【請求項5】
カルシウムイオンの存在下で、タンパク質を集合させる工程を含む、液滴の製造方法であって、該タンパク質がPDIファミリータンパク質であり、チオレドキシン様ドメインを含み、該タンパク質が、さらにカルシウム結合領域を有する、方法。
【請求項6】
前記タンパク質が2つ以上のチオレドキシン様ドメインを有し、該2つ以上のチオレドキシン様ドメインのうち少なくとも2つが、リンカーを介して互いに結合しており、該リンカーがセリン、グリシン、プロリン、グルタミン酸、グルタミン、アスパラギン酸、アスパラギン、アルギニン、リシン及びチロシンからなる群より選択される少なくとも1種のアミノ酸残基を含む、請求項に記載の方法。
【請求項7】
前記PDIファミリータンパク質が二量体以上である、請求項5又は6に記載の方法。
【請求項8】
前記PDIファミリータンパク質がP5である、請求項5~7のいずれか一項に記載の方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
[関連出願の相互参照]
本出願は、2020年6月9日に出願された、日本国特許出願第2020-100517号明細書(その開示全体が参照により本明細書中に援用される)に基づく優先権を主張する。本発明は、液滴及びその製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
液滴(ドロプレット)は、連続酵素反応など多段階反応場として知られつつあるが、その構成因子は天然変性蛋白質という天然に構造不定形蛋白質に対し、RNA, DNA, ATPなどによるセカンドメッセンジャーの添加によって形成されることが知られている。液滴を形成する代表例であるFUSは構造を持たない配列が繰り返し現れる低複雑性ドメイン(Low Complexity domain: LCドメイン)が液滴のコアを成すものとして知られている。この液滴の形成・解離を制御する因子として、シャペロンが知られ、液滴内に含まれることも報告がある。シャペロンとは蛋白質の凝集を制御する蛋白質群の総称である。しかし、シャペロンかつ酵素としての機能があるタンパク質が単独で液滴を形成する例はない。シャペロンかつ酵素の二つ以上の機能を付与したタンパク質のドメインとしてチオレドキシンが知られる。チオレドキシンとは、低分子量の酸化還元タンパク質であり、他のタンパク質のシステイン残基が形成するジスルフィド結合の還元・切断を促進することで様々な生命反応において重要な役割を果たすことが知られている。
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0003】
【文献】Science, 360(6391), 922-927 (2018)
【文献】Proc. Natl. Acad. Sci. USA, 108(11), 4334-4339(2011)
【文献】Nat. Rev. Mol. Cell Biol., 18(5), 285-298 (2017)
【文献】Cell, 149(4), 753-767 (2012)
【文献】Cell, 149(4), 768-779 (2012)
【文献】Int. J. Biol. Macromol., 10(PtA), 10-18(2018)
【文献】J. Biol. Chem. ;289(39):27004-18 (2014)
【文献】Structure, 29, 1-14 (2021)
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
本発明は、これまでシャペロンおよび酵素機能を持つタンパク質が単独で液滴を形成することが知られていなかったので、その液滴の調製技術を開発することを課題とする。
【課題を解決するための手段】
【0005】
かかる状況の下、本発明者らは、鋭意検討した結果、1つ以上のチオレドキシン様ドメインを含むタンパク質を用いることにより、液滴を作製できることを見出した。かかる新たな知見に基づき、本発明者らは、液滴を形成させるための因子、チオレドキシン様ドメインを含むタンパク質の好ましい構造等の条件を検討し、本発明を完成させた。
【0006】
従って、本発明は、以下の項を提供する:
項1.タンパク質の集合体を含む液滴であって、該タンパク質がPDIファミリータンパク質及び/又は人工タンパク質であり、かつチオレドキシン様ドメインを含む、液滴。
【0007】
項2.前記タンパク質が、カルシウム結合領域を有する、項1に記載の液滴。
【0008】
項3.前記タンパク質が2つ以上のチオレドキシン様ドメインを有し、該2つ以上のチオレドキシン様ドメインのうち少なくとも2つが、リンカーを介して互いに結合しており、該リンカーがセリン、グリシン、プロリン、グルタミン酸、グルタミン、アスパラギン酸、アスパラギン、アルギニン、リシン及びチロシンからなる群より選択される少なくとも1種のアミノ酸残基を含む、項1又は2に記載の液滴。
【0009】
項4.前記タンパク質が二量体以上である、項1~3のいずれか一項に記載の液滴。
【0010】
項5.前記PDIファミリータンパク質がP5である、項2~4のいずれか一項に記載の液滴。
【0011】
項6.カルシウムイオンの存在下で、タンパク質を集合させる工程を含む、液滴の製造方法であって、該タンパク質がPDIファミリータンパク質及び/又は人工タンパク質であり、チオレドキシン様ドメインを含み、該タンパク質が、さらにカルシウム結合領域を有する、方法。
【0012】
項7.前記2つ以上のチオレドキシン様ドメインのうち少なくとも2つが、リンカーを介して互いに結合しており、該リンカーがセリン、グリシン、プロリン、グルタミン酸、グルタミン、アスパラギン酸、アスパラギン、アルギニン、リシン及びチロシンからなる群より選択される少なくとも1種のアミノ酸残基を含む、項6に記載の方法。
【0013】
項8.前記PDIファミリータンパク質が二量体以上である、項6又は7に記載の方法。
【0014】
項9.前記PDIファミリータンパク質がP5である、項6~8のいずれか一項に記載の方法。
【発明の効果】
【0015】
本発明によれば、これまで液滴を形成することが知られていなかったタンパク質を用いて液滴を調製することができる。後述するように、典型的には、液滴においてはその構成タンパク質が流動性を有しつつ互いに接触し得る距離で相互作用しており、従って、例えば、反応原料となる物質を加えた場合、当該物質は液滴の構成タンパク質の間に入り込み、当該構成タンパク質が有するチオレドキシン付近に濃縮され得る。従って、本発明の液滴は、チオレドキシン等の酵素反応や脱凝集反応、不良タンパク質の保管といった反応場として用いること等に有用である。従来、チオレドキシン活性を有するタンパク質が単独で液滴を形成する例はなかったため、本発明は酵素反応や脱凝集反応に非常に有用である。
【図面の簡単な説明】
【0016】
図1】左上は精製蛋白質のSDS―PAGE結果を示し、高純度精製品であることを示す。右は使用したPDIファミリーのチオレドキシン様ドメインの構成とSS交換活性部位を示す。左下はDLSによる粒子径の変化を示す。PDIファミリーの中でP5がカルシウム依存的に会合する。
図2】左は、図1の粒子径の長軸を5000nmまでスケールアップした図。3mMカルシウム存在下でP5は4500nm程度の会合体を形成する。右図では、左図で作成した会合体にEDTAを滴定した結果を示す。滴定とともに、P5会合体が非会合体へと戻り、可逆性があることを意味する。
図3】位相差顕微鏡によりP5の会合体は球形であると分かる。時間変化とともに、球形会合体同士、融合し、球形会合体が大きく成長する。
図4】図は、蛍光顕微鏡イメージ、位相差顕微鏡イメージ、の重ね合わせの結果を示す。強いレーザーを当てることで、一旦蛍光退色した球形集合体が時間変化ととともに、蛍光回復する。下図は蛍光回復の解析の結果であり、約19秒のhalf timeであることがわかる。このFRAP実験により、球形会合体は液滴であることを裏付ける。
図5】カルシウムとP5の各濃度における混合後、遠心し、上清画分の濃度を示す。
図6】P5のカルシウム結合領域をITC測定により決定。上に、P5の各種変異体を示しており、下に、各々の変異体とカルシウムとのITC実験結果を示す。上向きの熱量が結合による熱量を示しており、C末端に位置する構造不定形領域がカルシウム結合領域であるとわかった。
図7】屈折率を測定できる蛍光顕微鏡を用いた液滴のリアルタイム観察を示す。真ん中は液滴同士の融合しようとする瞬間を捉えた画像を示す。また液滴表面が比較的ラフであることから、流動性が高いことを意味する。
図8】液滴内部に各種酵素・シャペロンおよびグルタチオンが濃縮出来ることを示す。図は屈折率(RI)で液滴であることを裏付け、蛍光標識した各種酵素・シャペロン、グルタチオンで局在を表す。小胞体内局在酵素・シャペロンであるERp46, ERp72, ERp57, ERp44は液滴内部に濃縮されやすいが、PDIは液滴内部に入りにくいことを示す。また、mCherry-ERp57とGFP-ERp72を使用することで、液滴内部に少なくとも二種の酵素・シャペロンを濃縮できることを示す。また、ATTO532標識したグルタチオンも本液滴内部に濃縮できる。
図9】液滴形成におけるpH依存性を示す。pH 7.4以下が液滴形成に好ましい。
図10】液滴形成における温度依存性を示す。低温の方が液滴形成に好ましい。
図11】液滴形成におけるP5のドメインの重要性を示す。全長P5が液滴形成に好ましい。
図12】P5の新規構造。各チオレドキシン様ドメイン間は比較的可動性が高い。また溶液中で二量体を形成する。
図13】上で、P5の二量体形成は結晶構造から、最初のa0ドメイン中の4番目のαヘリックに位置するロイシンジッパーモチーフを駆動力としていることがわかる。したがって、この部位をアラニンに置換すると、溶液中で単量体となる(下図)。
図14】位相差顕微鏡によりP5単量体の会合体は野生型と同様に、液滴を形成できることを示す。
図15】P5液滴によるグルタチオン濃縮。グルタチオンの分離には、逆相HPLCを用いた。液滴形成後は殆ど全てグルタチオンが消失したことがわかる。
図16】P5液滴による基質酸化的フォールディング触媒。基質のフォールディング状態には、逆相HPLCを用いた。液滴形成後は酸化的フォールディング反応直後殆ど全て還元変性基質が消失したことがわかる。
図17】P5液滴に対する有機溶媒の適用例。v/vで各種添加し、位相差顕微鏡で観察した。
図18】P5液滴に対する塩の効果。位相差顕微鏡で観察した。図3の塩なしの条件と比べ、塩は液滴形成の大きさに影響を与えるので、液滴形成の大きさの制御因子である。
図19】液滴内部への取り込み程度を示す。GFPで蛍光標識した各種PDIファミリーを作成し、その取り込み具合を評価した結果、PDIは取りこみ難く、ERp46は取り込み易いことがわかる。
図20】各種生物のP5のアミノ酸配列を示す。
図21】液滴がアミロイド線維形成を抑制することを示す。縦軸は蛍光強度を示しており、アミロイド線維を特異的に検出するチオフラビンTを用いた実験であり、液滴を加えるとアミロイド線維が抑制されたことを示す。
【発明を実施するための形態】
【0017】
本発明において、「タンパク質(タンパク)」は、アミノ酸がペプチド結合より重合したポリペプチドを含む意味で用いられる。また、本明細書において、「タンパク質」は、特に言及しない限り、糖鎖などによって修飾されているタンパク質及び非修飾のタンパク質の両方を包含するものとする。このことは、タンパク質であることが明記されていないタンパク質についても同様である。
【0018】
液滴
本発明は、タンパク質の集合体を含む液滴であって、該タンパク質がPDIファミリータンパク質及び/又は人工タンパク質であり、かつチオレドキシン様ドメインを含む、液滴を提供する。
【0019】
液滴(ドロプレット)とは、タンパク質が液液相分離している略球状の集合体であり、かつ熱変性等による不定形の凝集体とは異なり、前記タンパク質の集合が可逆性を有するものを示す。タンパク質が集合して液滴を形成する際、任意選択で核酸(例えば、DNA,RNA)、crowder(例えば、ficol, グリセロール)等のタンパク質以外の物質と組み合わさって液滴を形成してもよい。また、温度変化やpH変化によっても液滴形成する。
【0020】
本発明において、集合とは、タンパク質が集積することを意味する。典型的な実施形態において、液滴の形成は、分子レベルにおける分子の集合による液滴形成と、当該液滴の融合による顕微鏡で観察され得るレベルでの液滴成長により生じる。
【0021】
また前述のように、集合は、熱変性や化学変性などによるタンパク質の不定形の凝集体等と異なり、タンパク質の可逆性を有する集積である。従って、周辺環境における条件(集合を促進する因子の濃度、温度、pH、crowderによる排除体積効果等)を調整することによりタンパク質の集合による液滴の形成及び液滴を構成するタンパク質の解離による液滴の崩壊を制御することができる。
【0022】
また、典型的には、液滴を形成した状態では、タンパク質は互いに接触し得る距離で相互作用しているものの、凝集体とは異なり、流動性を有する。従って、タンパク質の分散体、液滴、凝集体は、物質の3状態(気体、液体、固体)に例えられることもある。具体的には、水溶液中にタンパク質が分散している状態は気体に例えられ、タンパク質等の構成成分が流動性を有する液滴は液体に例えられ、構成成分間の相互作用が強く流動性を有さない凝集体は固体に例えられる。また、水と油が混ざり合わずに、液液相分離するように、生物学的相分離はタンパク質を介して液滴形成する様子をいう。上記のように、本発明の主題である「液滴」とは、水、有機溶媒といった液体の粒子であったり、脂質二重膜等の膜で液体を包みこんでなる粒子ではなく、タンパク質が可逆的に集合して塊となったものを意図している。そのため可逆的なタンパク質の集合体である液滴は、酵素基質反応の多段階反応や効率的な化学的反応場としての報告がされつつあり、スーパーエンハンサーとしての使用用途がある。
【0023】
本発明においてチオレドキシン様ドメインを有するタンパク質としては、PDI(Protein Disulfide Isomerase)ファミリータンパク質、人工タンパク質が挙げられる。これらは1種単独で用いても組合せて用いてもよい。PDIファミリータンパク質としては、例えば、PDI、ERp46、ERp72、P5等が挙げられ、P5等が好ましい。人工タンパク質としては、例えば、PDIファミリータンパク質の改変体等が挙げられる。チオレドキシン様ドメインを有するタンパク質は、全ての生物に存在し、例えば、ヒト、サル、マウス、ラット、ウサギ、ネコ、イヌ、ブタ、ウシ、ウマ、ヒツジ等の哺乳動物、ニワトリ等の鳥類、酵母等の微生物に由来するもの等が挙げられる。
【0024】
前記チオレドキシン様ドメインを有するタンパク質としては、シャペロン機能を有するものが好ましい。シャペロン機能とは、タンパク質の適切なフォールディングを補助する機能であり、シャペロン機能を有するタンパク質を用いることで、タンパク質の不可逆的な凝集を抑制し、可逆的な集合を促進することが期待できるため好ましい。また、従来、酵素活性及びシャペロン機能を共に有するタンパク質で液滴を形成できることは報告が無かったため、かかる点でも本発明は有用である。
【0025】
典型的な実施形態において、前記タンパク質としては1つ以上のチオレドキシン様ドメインを有するものが好ましい。タンパク質1つあたりのチオレドキシン様ドメインの数の下限は限定されないが、1つ以上が好ましく、2つ以上がより好ましい。タンパク質1つあたりのチオレドキシン様ドメインの数の上限も限定されないが、7つ以下が好ましく、6つ以下がより好ましく、5つ以下がより好ましく、4つ以下がより好ましい。タンパク質1つあたりのチオレドキシン様ドメインの数の範囲も限定されないが、
本発明において、チオレドキシン様ドメインとは、全ての生物に存在する酸化還元反応など様々な生命反応において重要な役割を担っている。本発明において、チオレドキシン様ドメインの分子量は、例えば、約10~15kDaであり、典型的には、13KDa程度である。酸化還元活性CxxCモチーフをもつチオレドキシン様ドメインはそのモチーフを介して直接ターゲット分子の酸化還元反応を触媒でき、酸化還元活性CxxCモチーフをもたないチオレドキシン様ドメインは基質認識などに関わる。ジスルフィド結合の還元・切断の活性は、例えば、非特許文献7に記載の方法により測定することができる。
【0026】
ジスルフィド結合の還元・切断の活性を有するチオレドキシン様ドメインとしては、例えば、PDIファミリータンパク質であるP5におけるa0ドメイン、aドメイン等が挙げられる。また、ジスルフィド結合の還元・切断の活性を有するチオレドキシン様ドメインとしては図20に示すようにCGHCのアミノ酸配列を有するものが好ましい。a0ドメインのアミノ酸配列としては、図20(のアミノ酸配列)に示す各種生物のいずれかのa0ドメインのアミノ酸配列及び当該アミノ酸配列において1個以上(例えば、1~5個、1~3個、1~2個)のアミノ酸が付加、置換又は欠損したアミノ酸配列等が挙げられる。aドメインのアミノ酸配列としては、図20(のアミノ酸配列)に示す各種生物のいずれかのaドメインのアミノ酸配列及び当該アミノ酸配列において1個以上(例えば、1~5個、1~3個、1~2個)のアミノ酸が付加、置換又は欠損したアミノ酸配列等が挙げられる。液滴を構成するタンパク質がチオレドキシン様ドメインとして、前述した、図20に示すa0ドメインのアミノ酸配列において1個以上のアミノ酸が付加、置換又は欠損したアミノ酸配列からなるものを有する場合、アミノ酸が付加、置換又は欠損する場所としては、複数種類の生物種で保存されているアミノ酸以外(例えば、図20に示す7種のうち4種以上、5種以上、6種以上又は7種全て)で保存されているアミノ酸以外)の場所が好ましい。液滴を構成するタンパク質がチオレドキシン様ドメインとして、前述した、図20に示すaドメインのアミノ酸配列において1個以上のアミノ酸が付加、置換又は欠損したアミノ酸配列からなるものを有する場合、アミノ酸が付加、置換又は欠損する場所としては、複数種類の生物種で保存されているアミノ酸以外(例えば、図20に示す7種のうち4種以上、5種以上、6種以上又は7種全て)で保存されているアミノ酸以外)の場所が好ましい。
【0027】
ジスルフィド結合の還元・切断の活性を有さないチオレドキシン様ドメインとしては、例えば、P5におけるbドメイン等が挙げられる。bドメインのアミノ酸配列としては、図20(のアミノ酸配列)に示す各種生物のいずれかのbドメインのアミノ酸配列及び当該アミノ酸配列において1個以上(例えば、1~5個、1~3個、1~2個)のアミノ酸が付加、置換又は欠損したアミノ酸配列等が挙げられる。液滴を構成するタンパク質がチオレドキシン様ドメインとして、前述した、図20に示すbドメインのアミノ酸配列において1個以上のアミノ酸が付加、置換又は欠損したアミノ酸配列からなるものを有する場合、アミノ酸が付加、置換又は欠損する場所としては、複数種類の生物種で保存されているアミノ酸以外(例えば、図20に示す7種のうち4種以上、5種以上、6種以上又は7種全て)で保存されているアミノ酸以外)の場所が好ましい。
【0028】
また、本発明において前記チオレドキシン様ドメインを有するタンパク質は、集合を促進する因子が結合し得る領域(集合促進因子結合領域)を有することが好ましい。集合促進因子としては、カルシウムイオン、他の金属イオン等が挙げられ、カルシウムイオン等が好ましい。ここで、集合促進因子結合領域とはEやDの配列を含み、集合促進因子を結合し得る領域を意味する。集合促進因子結合領域は、本発明のタンパク質におけるチオレドキシン様ドメイン等とは別の領域に存在してもよいし、チオレドキシン様ドメイン等の一部に含まれていてもよく、その両方でもよい。
【0029】
集合促進因子がカルシウムイオンである場合、集合促進因子結合領域をカルシウム結合領域と示すことがある。カルシウム結合領域は、EF-handドメインのようにドメインを形成していてもよい。カルシウム結合領域としては、例えば、P5におけるカルシウム結合領域等が挙げられる。
P5におけるカルシウム結合領域のアミノ酸配列としては、図20に示すアミノ酸配列におけるカルシウム結合領域部分、より具体的には
PTIVEREPWDGRDGELPVEDDIDLSDVELDDLGKDEL(配列番号1)、PTITPREPWDGKDGELPVEDDIDLSDVELDDLEKDEL(配列番号2)、PKIHAVEPWDGKDGELPVEDDIDLSDVDLDDIWDKDEL(配列番号3)、PTISTREPWDGKDGELPVEDDIDLSDVELDDLEKDEL(配列番号4)、PAISVRDPWDGQDGVLPVEDDIDLSDVELDDLEKDEL(配列番号5)、PKIHTVEAWDGKDGVLPVEDDIDLSDVDLDDLDKDEL(配列番号6)、PKINTVQAWDGKDGELPMEDDIDLSDVDLDDLEKDEL(配列番号7)のアミノ酸配列、当該アミノ酸配列において1個以上(例えば、1~5個、1~3個、1~2個)のアミノ酸が付加、置換又は欠損したアミノ酸配列等が挙げられる。液滴を構成するタンパク質がカルシウム結合領域として、上記配列番号1~7のアミノ酸配列において1個以上のアミノ酸が付加、置換又は欠損したアミノ酸配列からなるものを有する場合、アミノ酸が付加、置換又は欠損する場所としては、複数種類の生物種で保存されているアミノ酸以外(例えば、図20に示す7種のうち4種以上、5種以上、6種以上又は7種全て)で保存されているアミノ酸以外)の場所が好ましい。
【0030】
本発明においては、集合促進因子結合領域(カルシウム結合領域等)がチオレドキシン様ドメインのいずれかの一部に含まれていてもよいが、チオレドキシン様ドメイン以外に集合促進因子結合領域を有していることが好ましい。本発明においては、液滴を構成するタンパク質としては、ジスルフィド結合の還元・切断の活性を有するチオレドキシン様ドメインを2つ、ジスルフィド結合の還元・切断の活性を有さないチオレドキシン様ドメインを1つ及び集合促進因子結合領域を1つ有するものが好ましい。
【0031】
また、本発明においては、チオレドキシン様ドメインとチオレドキシン様ドメインとの間、集合促進因子結合領域と集合促進因子結合領域との間、チオレドキシン様ドメインと集合促進因子結合領域との間等にリンカー配列を有することが好ましい。またリンカーがセリン、グリシン、プロリン、グルタミン酸、グルタミン、アスパラギン酸、アスパラギン、アルギニン、リシン及びチロシンからなる群より選択される少なくとも1種のアミノ酸残基を含むことが好ましい。これらのアミノ酸残基は立体障害となりにくいため、当該リンカーを介して結合された各ドメインがフレキシブルに動くことができ、液滴形成に適した配置を取りやすくなるため好ましい。また、本発明において、チオレドキシン様ドメインを有するタンパク質がリンカー配列を有する場合、当該リンカー配列は一定の長さを有することが好ましい。当該リンカー配列は一定の長さを有することでチオレドキシン様ドメインの溶解性が低下し、液滴形成に対し好適に寄与していることが予想される。従って、チオレドキシン様ドメインを有するタンパク質がリンカー配列を有する場合、少なくとも1個のリンカー配列(例えば、後述するa0ドメインとaドメインとの間のリンカー配列、bドメインとカルシウム結合領域との間のリンカー配列等)は、5アミノ酸以上であることが好ましく、25アミノ酸以上であることがさらに好ましい。また、各リンカー配列の長さの上限は特に限定されないが、例えば、50アミノ酸以下であることが好ましい。
【0032】
また、液滴を構成するタンパク質としては、上記ドメインを有するタンパク質に小胞体局在のためのシグナル配列を融合させてもよい。シグナル配列としては、図20にsignal sequenceとして示すアミノ酸配列及び当該アミノ酸配列において1個以上(例えば、1~5個、1~3個、1~2個)のアミノ酸が付加、置換又は欠損したアミノ酸配列等が挙げられる。
【0033】
液滴を構成するタンパク質としてP5又はその改変体を用いる場合、a0ドメイン、aドメイン及びbドメインを全て含むものが好ましい。また、かかるタンパク質のアミノ酸配列としては、例えば、図20に示す各種生物のいずれかの、a0ドメイン、aドメイン、bドメイン及びカルシウム結合領域のアミノ酸配列を有するもの(かかるアミノ酸配列としては、好ましくは、さらにa0ドメインとaドメインとの間のリンカー配列、aドメインとbドメインとの間のリンカー配列及びbドメインとカルシウム結合領域との間のリンカー配列を有するもの、上記リンカー配列に加え、シグナル配列も有するもの等も挙げられる)、当該アミノ酸配列において1個以上(例えば、1~5個、1~3個、1~2個)のアミノ酸が付加、置換又は欠損したアミノ酸配列を有するもの等が挙げられる。アミノ酸が上記基準となるアミノ酸から付加、置換又は欠損している場合、その位置としては、例えば、前述の位置等が挙げられる。また、液滴を構成するタンパク質としては、図20に示す各種生物のいずれかのP5のアミノ酸配列を有するもの、当該アミノ酸配列において1個以上(例えば、1~5個、1~3個、1~2個)のアミノ酸が付加、置換又は欠損したアミノ酸配列を有するもの等が挙げられる。
【0034】
また、本発明においては、チオレドキシン様ドメインを有するタンパク質は、単量体でもよいが、二量体以上(二量体、三量体、四量体又はそれより大きいもの)を形成することが好ましい。本明細書において二量体以上を形成しているタンパク質を総称して、多量体と示すこともある。本発明においては、チオレドキシン様ドメインを有するタンパク質はこれらの単量体及び多量体から選択される2種類以上の混合物であってもよい。
【0035】
また、本発明においては、液滴を構成するタンパク質は、構造不定形の領域を有し、当該構造不定形領域のNおよびC末端にうち少なくとも1つのチオレドキシン結合領域であるような構造を有することが好ましい。また、本発明においては、タンパク質の単量体1つあたりカルシウム結合部位が1箇所存在することが好ましい。特に構造不定形の領域にカルシウムが結合するのが好ましい。本発明の液滴を構成するタンパク質は、上記3つの特徴をいずれも有している構造が好ましい。
【0036】
本発明の典型的な実施形態において、液適は略球形の形態を有する。また、本発明の一実施形態において、液適は、平均粒子径が50nm以上であることが好ましい。本発明においては液適同士が融合し得ることもあり、液適の平均粒子径の上限は限定されないが、例えば、20μm以下であることが好ましい。かかる実施形態において、平均粒子径は動的光散乱装置を用いて測定することができ、より具体的には、後述する実施例に記載する方法により測定することができる。
【0037】
本発明において液滴は、水性又は有機性の液体中に分散した状態で得ることができる。したがって、本発明は、液滴の分散液も提供する。本発明の液滴の分散液は、典型的には、ゲル状の性状を示す。本発明の液滴の分散液の上限は特に限定されないが、10以下が好ましく、9以下がより好ましく、7.4以下がさらに好ましい。本発明の液滴の分散液においてpHの範囲は特に限定されないが、例えば、2~10が好ましく、5~9がより好ましく、6~7.4がさらに好ましい。
【0038】
液滴の製造方法
本発明は、集合促進因子の存在下で、タンパク質を集合させる工程を含む、液滴の製造方法であって、該タンパク質がPDIファミリータンパク質及び/又は人工タンパク質であり、チオレドキシン様ドメインを含む、方法を提供する。集合促進因子、チオレドキシン様ドメインを含むタンパク質等については前述の通りである。
【0039】
本発明の方法は、集合促進因子の存在下で、タンパク質を集合させる工程を含む。典型的な実施形態においては、当該工程は、集合促進因子とタンパク質とを混合させることにより行われる。また、当該工程は、通常、水性又は有機性の液体、好ましくは水性の液体中で行う。水性の液体としては、水、エタノール、メタノール、トリフルオロエタノール等が挙げられる。有機性の液体としては、ホルムアミド、エチレングリコール等が挙げられる。これらの液体は、1種単独で又は2種以上を混合して使用することができる。例えば、水に対し、エタノール、メタノール、トリフルオロエタノールからなる群より選択される少なくとも1種を混合して用いることができる。かかる実施形態において、エタノール、メタノール、トリフルオロエタノールからなる群より選択される少なくとも1種の親水性液体の配合割合(v/v)は、水と当該親水性液体との混合液の容量を基準にして、例えば、15%以下、好ましくは13%以下、より好ましくは10%以下で設定できる。かかる実施形態において、上記親水性液体の配合割合は、水と当該親水性液体との混合液の容量を基準にして、例えば、1%以上、好ましくは3%以上、より好ましくは5%以上で設定できる。当該工程を液体中で行う場合、チオレドキシン様ドメインを有するタンパク質及び集合促進因子以外の成分を当該液体に添加してもよい。チオレドキシン様ドメインを有するタンパク質及び集合促進因子以外の成分としては、酸化型グルタチオン、還元型グルタチオン等のpH調整剤、HEPES等の緩衝剤等が挙げられる。これらの成分は1種単独で又は2種以上を組み合わせて用いてもよい。
【0040】
チオレドキシン様ドメインを有するタンパク質の使用量としては特に限定されないが、例えば、当該工程を液体中で行う場合、5μM以上が好ましく、20μM以上がより好ましい。集合促進因子の使用量も特に限定されないが、当該工程を液体中で行う場合、500~μMが好ましく、4mM以上がより好ましい。
【0041】
当該工程においてpHの上限は特に限定されないが、10以下が好ましく、9以下がより好ましく、7.4以下がさらに好ましい。当該工程においてpHの範囲は特に限定されないが、例えば、2~10が好ましく、5~9がより好ましく、6~7.4がさらに好ましい。当該工程を行う際の温度も特に限定されないが、例えば、0~70℃が好ましく、0~20℃がより好ましい。当該工程を行う時間も特に限定されないが、例えば、1分以上が好ましく、10~60分がより好ましい。当該工程を行うことにより、チオレドキシン様ドメインを有するタンパク質が集合促進因子の働きにより集合し、液滴が形成される。
【0042】
本発明の方法においては、さらに、得られた液滴を回収する工程を行ってもよい。自体公知の方法(濾過、遠心分離、クロマトグラフィー等)を適宜用いることができる。
【実施例
【0043】
試験例1
大腸菌発現用pET15bベクター(Novagen)の制限酵素NdeI-BamHIサイト間に、His×6タグを付加した組換えP5の塩基配列を挿入し、プラスミドを作製した。P5プラスミドをコンピテントセルBL21(DE3)に形質転換後、LA寒天培地(LB寒天培地+50mg/Lアンピシリン)で一晩、37℃で培養した。寒天培地からシングルコロニーをピックアップし、100mL LA培地(100mL LB培地+5mgアンピシリン)に植菌後、一晩、37℃で振とう培養した。2L LB培地に100mgアンピシリン、前培養液を20mL加え、4時間、37℃で振とう培養した。4時間(OD=0.5程度)後、isopropyl β-D-1-thiogalactopyranoside(IPTG)を終濃度0.5mMになるように加え、さらに4時間、37℃で振とう培養した。4時間後、遠心分離し(5000×g,10分,4℃)、集菌した。菌体を緩衝液(50mM Tris/HCl,pH8.1,0.3M NaCl,1mM phenylmethylsulfonyl fluoride)で溶菌後、ホモジナイザーで破砕した。破砕溶液を遠心分離し(12000×g,20min,4℃)、さらに上清を超遠心分離し(38000rpm,30min,4℃)、上清を回収した。上清に緩衝液(50mM Tris/HCl,pH8.1,0.3M NaCl)で平衡化済みのNi-NTA Agarose(Qiagen)を加え、1時間、4℃で撹拌した。1時間後、オープンカラムにかけ、40mLの緩衝液(50mM Tris/HCl,pH8.1,0.3M NaCl,20mM imidazole)で2回洗浄し、10mLの緩衝液(50mM Tris/HCl,pH8.1,0.3M NaCl,200mM imidazole)で5回溶出した。溶出した試料を10% SDS-PAGEで確認後、P5の溶出画分をアミコンウルトラ(MWCO,10000:Millipore)で500μLまで濃縮した。濃縮した試料をAKTAクロマトグラフィーシステム(GEHelthcare)を利用した強陰イオン交換クロマトグラフィー(MonoQ 10/100GL;GE Healthcare)にかけ精製した。その際、緩衝液A(50mM Tris/HCl,pH8.1,1mM EDTA)、緩衝液B(50mM Tris/HCl,pH8.1,0.5M NaCl,1mM EDTA)を使用した。溶出した試料を10%SDS-PAGEで確認後、P5の溶出画分をアミコンウルトラ(MWCO,10000:Millipore)で250μLまで濃縮した。さらに、ゲルろ過クロマトグラフィー(Superdex 200 10/300GL;GEHealthcare)により精製した。その際、緩衝液(50mM Tris/HCl,pH8.1,0.3M NaCl,1mM EDTA)を使用した。溶出した試料を10%SDS-PAGEで確認後、P5の溶出画分をアミコンウルトラ(MWCO,10000:Millipore)で500μLまで濃縮し、BCA法により濃度定量し、高純度精製品を得た(図1)。
高純度精製品である、P5にカルシウムを滴定し、P5がカルシウム滴定に応じて会合することを粒子径を評価できる動的光散乱装置Dynamic Light Scattering(DLS)によって見出した(図1)。P5タンパク質溶液は50mM HEPES pH7.2、50μMタンパク質濃度で行った。カルシウムのキレート剤であるEDTAをカルシウム依存的なP5会合状態に滴定すると、非会合状態P5への変換される(図2)。以上の結果からP5はカルシウム依存的に可逆的に集合できる。
【0044】
試験例2.
上記試験例1のカルシウム依存的なP5の会合体を、対物レンズUCPLFLN 20×PH(NA0.7)を装着した共焦点レーザー走査型生物顕微鏡(FV1000,Olympus)で位相差観察した。カルシウム依存的なP5会合体はほぼ真球状の粒子として観察された。時間経過とともに会合体同士が融合する様子も観察され、会合体が成長することが示された(図3)。
【0045】
試験例3.
通常の凝集体と異なり、液滴は流動性を持つため、内外で物質の出入りが生じている。光褪色後蛍光回復法(FRAP)は液滴様の会合体について物質特性や関連する分子輸送ダイナミクスを調べるための一般的な方法とされる(Bracha 2019 Nat Biotech)。そこで、カルシウム依存的なP5会合体が液滴かどうかを検証するため、FRAP実験を行った。このとき、上記試験例1と同様の組成に加えて、蛍光タンパク質(mCherry)を融合させたP5(mCherry-P5)を共存させた試料を調製し(50mM HEPES pH7.5、50μM P5、4μM mCherry-P5)、試験例2と同様に観察した(図4)。mCherry-P5は559nmのレーザーで励起し、位相差および蛍光画像を取得した。上図で示すように、位相差画像で観察されるP5会合体にmCherry-P5の蛍光が確認され、P5会合体にmCherry-P5が取り込まれていることが示された。その後、会合体を光退色させたところ、会合体の蛍光が時間変化とともに回復することを確認した(図4、下図。測定は3回行い、いずれも同様の結果が得られた。図4左下図にはそれらのうち1回分のグラフを示す。統計的解析結果を図4右下図に示す)。この結果は、会合体内部で退色したmCherry-P5が排出され、新たに外部から無傷なmCherry-P5が流入したことを示しており、カルシウム依存的なP5会合体が流動性を持つ液滴であることを裏付ける。
【0046】
試験例4.
液滴形成の最適条件を検証するため、カルシウムとP5濃度の条件を検索した。試験例1に記載の方法により得られる液滴でないP5の溶液(5~100 μM P5)とカルシウム溶液とを各濃度で混合し10分静置し、その後15000g、4度、30分の遠心分離によって液滴を沈殿に分画し、上清画分の濃度を検量した。その結果、P5が液滴を形成するためには臨界濃度が20μMであり、カルシウムは4mM以上が適切であることを示した(図5)。
【0047】
試験例5.
カルシウム結合領域を同定するために、P5の各種変異体を作製し、等温滴定型熱量計ITCにより、相互作用解析を行った。P5のカルシウム結合部位を特定するため、P5の各種変異体を図6のように作成し、50mM HEPES pH7.5の条件で、ITC実験を行った。その結果、C末端に位置する構造不定形領域にカルシウムが結合することを見出した(図6)。
【0048】
試験例6.
液滴形成をリアルタイム観察するために、tomocube (http://www.tomocube.com/)を用い、屈折率を測定した。50mM HEPES pH7.2の条件で、P5 50μM、4mM CaClを添加する以外、試験例1と同様にしてP5の会合体を調製し、CaClの添加後10分以内に測定を開始した。図7に、測定開始直後(図7左)、測定開始約12秒後(図7真ん中)、約14秒後(図7右)の画像を示す。その結果、真ん中の図は液滴同士の融合しようとする瞬間を捉えた画像を示す。また液滴表面が比較的ラフであることから、流動性が高いことを意味する(図7)。
【0049】
試験例7.
液滴内部に各種酵素・シャペロンおよびグルタチオンが濃縮出来るかを検証するため、tomocubeで屈折率と蛍光観察により評価した。50mM HEPES pH7.2の条件で、P5 50μM、4mM CaClを添加する以外、試験例1と同様にしてP5の会合体を調製し、CaClの添加後、10分以内に測定した。また、GFP融合した各種酵素・シャペロン、蛍光標識したグルタチオンは5μM添加した。図は屈折率(RI)で液滴であることを裏付け、蛍光標識した各種酵素・シャペロン、グルタチオンで局在を表す。小胞体内局在酵素・シャペロンであるERp46, ERp72, ERp57, ERp44は液滴内部に濃縮されやすいが、PDIは液滴内部に入りにくいことを示す。また、mCherry-ERp57とGFP-ERp72を使用することで、液滴内部に少なくとも二種の酵素・シャペロンを濃縮できることを示す。また、ATTO532標識したグルタチオンも本液滴内部に濃縮できる(図8)。当該図8に示すようにPDIのみdroplet内部への取り込みを嫌うが、その他PDI familyを濃縮できる。従って、他の酵素を濃縮でき、酵素を使った産業への応用が期待される。
【0050】
試験例8.
P5にカルシウムを滴定し、P5がカルシウム滴定に応じて会合することを粒子径を評価できる動的光散乱装置Dynamic Light Scattering(DLS)により、P5液滴形成のpH依存性を評価した(図9)。P5タンパク質溶液は50mM HEPES pH6.7、7.0、7.4、7.6、7.8又は8.0、50μMタンパク質濃度で行った。図9に記載のように、pH 7.4以下が液滴形成に好ましい。
【0051】
試験例9.
P5にカルシウムを滴定し、P5がカルシウム滴定に応じて会合することを粒子径を評価できる動的光散乱装置Dynamic Light Scattering(DLS)により、P5液滴形成の温度依存性を評価した(図10)。P5タンパク質溶液は50mM HEPES pH7.5、50μMタンパク質濃度で行い、10℃、20℃又は30℃で行う以外、試験例1と同様にしてカルシウム滴定を行った。図10に示すように低温の方が液滴形成に好ましい。
【0052】
試験例10.
滴定形成に必要なP5内部の領域を同定するため、図11に記載の各変異体P5を作成し、粒子径を評価できる動的光散乱装置Dynamic Light Scattering(DLS)により機能部位の評価を行った(図11)。P5および変異体タンパク質溶液は50mM HEPES pH7.2、50μMタンパク質濃度で用いる以外、試験例1と同様にしてカルシウム滴定を行った。図11に示すように全長P5が液滴形成に好ましい。
【0053】
試験例11.
25 μM Aβ40(アミロイドベータ1-40、株式会社ペプチド研究所)のアミロイド線維形成は、攪拌機能がある蛍光プレートリーダー(SH-9000Lab, Corona Electric)を用いて、検出した。具体的には、チオフラビンT 2.5 μM及び50mM HEPESを含む水溶液(pH7.2)にAβ40を25μMとなるよう添加した。チオフラビンTは線維検出出来る蛍光分子であり、図21のようにアミロイド線維の進行を確認することが出来る(図21「only Aβ40」)。一方、チオフラビンT 2.5 μM及び50mM HEPESを含む水溶液(pH7.2)にP5を50μMとなるように添加し、Ca2+を4 mMとなるように添加したものにAβ40を25μMとなるよう添加した際、アミロイド線維形成は完全に抑制された(図21「only Aβ40+P5 droplet」)。本条件ではP5は液滴を形成するため、液滴がアミロイド線維形成を抑制するシャペロンとして働くことがわかる。
【0054】
試験例12.カルシウムが結合しないP5の構造情報を抽出するために、X線小角散乱法とX線結晶構造解析によってP5全長構造を決定した(図12)。P5全長構造の決定は、非特許文献8に記載の方法に従い行った。液滴でないP5を調製するため、測定直前に、試験例1に記載の方法で得られたP5の溶液を緩衝液(20mM phosphate,pH8.0,150mM NaCl,5%glycerol)でゲルろ過クロマトグラフィー(Superdex 200 10/300GL;GE Healthcare)に供した。溶出した試料をアミコンウルトラ(MWCO,10000:Millipore)を使用し、濃度3mg/mLまで濃縮した。液滴でないP5のX線小角散乱(small angle X-ray scattering:SAXS)実験は、SPring-8 BL45XUにて、検出器PILATUS 3X 2M (DECTRIS)、X線波長1.0Å、X線露光時間1秒×20、カメラ長2.0m、温度20.2℃の条件下で行い、それぞれの散乱パターンが得られた。散乱パターンのギニエ近似により慣性半径が算出され、GNOMソフトウェアにより距離分布関数が得られた。これらのデータをもとにGAJOEソフトウェアにより、液滴でないP5の分子構造を構築した。その結果、各チオレドキシン様ドメイン間は柔軟性に富んでいる点と、二量体を形成していることを示した。二量体形成領域は結晶構造より、ロイシンジッパーモチーフを呈しており、この部位をアラニンに置換することにより、単量体へのP5変異体を作製可能である(図13)。尚、この単量体P5変異体も、野生型よりも液滴形成能は落ちるものの、液滴を形成する能力を有する(図14)。
【0055】
試験例13.P5液滴が低分子であるグルタチオンを濃縮できるのかを検証するため、試験例1に記載の方法により得られる500μMの液滴でないP5の溶液(終濃度50 μM P5)に50mM HEPES pH7.5,4mM Ca,[GSH]/[GSSG]=[1mM]/[0.2mM]を1:9の割合(モル比)で混合し、終濃度P5を50μMとし、30分10度で静置し、900g15分、4度で遠心分離し、上清のグルタチオン濃度を検出した。その結果、液滴を形成する前と比べ、殆ど全てのグルタチオンが消失し、液滴に取り込まれたことから、グルタチオンがP5中に濃縮されたことがわかる(図15)。
【0056】
試験例14.P5液滴中でのフォールディング触媒を検証するため、基質としてBPTI(Bovine Pancreatic Trypsin Inhibitor)を採用した。液滴を形成していないP5はBPTIの酸化的フォールディングを触媒する(図16左図)。一方、500μM 液滴でないP5に50mM HEPES pH7.5,50μM P5,4mM Ca,[GSH]/[GSSG]=[1mM]/[0.2mM]を1:9の割合で混合し、終濃度P5を50μMとし、10分37度で静置し液滴を形成させたのちに、基質BPTI30μMを加え、液滴を形成させた条件では、1分でBPTIの酸化的フォールディングが進行せずに、液滴に取り込まれたことがわかる(図16右図)。これはP5液滴が変性基質を濃縮し、保管する役割があることを意味する。また、反応液を20mM Nエチルマレイミドを添加することで反応を停止し、BPTI抗体で検出した結果、BPTIのダイマー、トライマーと思われる泳動バンドが観察された。チオレドキシン様ドメインを有するタンパク質の液滴にグルタチオンが濃縮されているという特殊な状況により、かかる反応が生じたものと考えられる。
【0057】
試験例15.有機溶媒によるP5液滴への影響を調べるため、試験例2で得られたP5液滴に、5%v/vのメタノール、エタノール又はトリフルオロエタノールを加え、位相差顕微鏡で観察した。v/vで5%程度の有機溶媒の添加ではP5液滴は形状を保持する(図17)。尚、本試験例ではP5を用いて液滴を製造したが、液滴P5を形成後GFP-PDIファミリーを添加し、内部に内包できる性質があることから、P5以外の、PDIファミリータンパク質及び/又は人工タンパク質であり、かつチオレドキシン様ドメインを有するタンパク質でも液滴を製造し得るものと考えられる。
【0058】
試験例16.P5液滴へのタンパク質の取り込みを調べるため、試験例1と同様にして得られた、蛍光タンパク質GFPと融合させたPDIファミリータンパク質とP5との混合溶液(モル比1:5)を調製し、カルシウム添加によって液滴形成させた後に15000xg・15分遠心することにより、凝縮層(液滴内に相当)と希薄層(液滴外に相当)に分離した。液滴形成前の488nm吸光度と,液滴形成・遠心分離後の希薄層の488nm吸光度を計測することによって、液滴内部に取り込まれたGFP融合タンパク質の割合を算出した。結果を図18、19に示す。試験の結果、GFPを融合したPDIファミリータンパク質が2割程度P5 dropletに取り込まれることが明らかになった。
【産業上の利用可能性】
【0059】
酵素液滴(酵素タンパク質により構成される液適)等の液滴は、バイオ医薬、美容業界、工業用酵素、食品業界(アルコール飲料業界等)での応用が期待できる。より具体的には、例えば、液滴の技術は、インスリン、免疫グロブリンなどジルフィド含有蛋白質製剤の品質管理、ジスルフィド結合の修復(毛髪のリペアなど)、酸化還元分子GSHの濃縮、deliverでの使用、Parkinson病、糖尿病などの治療での使用、シャペロン濃縮による神経変性疾患への応用等が期待できる。本発明により提供される新規の液滴は、上記の分野において応用しうるものであるため、産業上非常に有用なものである。
図1
図2
図3
図4
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【配列表】
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