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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2022-12-14
(45)【発行日】2022-12-22
(54)【発明の名称】脳機能改善剤
(51)【国際特許分類】
   A61K 31/045 20060101AFI20221215BHJP
   A61K 36/82 20060101ALI20221215BHJP
   A61P 25/28 20060101ALI20221215BHJP
   A61K 8/34 20060101ALI20221215BHJP
   A61K 8/9783 20170101ALI20221215BHJP
   A61Q 13/00 20060101ALI20221215BHJP
   A23L 33/105 20160101ALI20221215BHJP
【FI】
A61K31/045
A61K36/82
A61P25/28
A61K8/34
A61K8/9783
A61Q13/00 101
A23L33/105
【請求項の数】 9
(21)【出願番号】P 2020176711
(22)【出願日】2020-10-21
(65)【公開番号】P2022067866
(43)【公開日】2022-05-09
【審査請求日】2021-01-08
(73)【特許権者】
【識別番号】303044712
【氏名又は名称】三井農林株式会社
(72)【発明者】
【氏名】大野 敦子
(72)【発明者】
【氏名】田中 裕子
(72)【発明者】
【氏名】鈴木 萌人
(72)【発明者】
【氏名】佐久川 千津子
【審査官】金子 亜希
(56)【参考文献】
【文献】特開2019-163248(JP,A)
【文献】特開2019-104730(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
A61K 31/045
A61K 36/82
A61P 25/28
A61K 8/34
A61K 8/9783
A61Q 13/00
A23L 33/105
JSTPlus/JMEDPlus/JST7580(JDreamIII)
CAplus/REGISTRY/MEDLINE/EMBASE/BIOSIS(STN)
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
ホトリエノールを有効成分として1ppb~2000ppmを含有する脳機能改善剤であり、脳機能が、高次脳機能、運動調節機能および/または身体平衡機能である脳機能改善剤。
【請求項2】
高次脳機能が、知覚認知、実行、言語理解、記憶、左右認識、文章読解、問題解決からなる群から選択される少なくともひとつである、請求項に記載の脳機能改善剤。
【請求項3】
脳機能が運動調節機能および/または身体平衡機能であって、日中行動の活動量増加による生活の質(QOL)の改善に用いるための、請求項に記載の脳機能改善剤。
【請求項4】
ホトリエノールを有効成分として1ppb~2000ppmを含有する脳機能改善剤であり、改善する症状が、脳機能低下に伴う高次脳機能障害の中核症状である脳機能改善剤。
【請求項5】
ホトリエノールを有効成分として1ppb~2000ppmを含有する脳機能改善剤であり、 脳年齢の改善に用いるための、脳機能改善剤。
【請求項6】
ヒトに皮膚、経鼻及び/又は経口から摂取させる請求項1~のいずれかに記載の脳機能改善剤。
【請求項7】
ホトリエノールを有効成分として1ppb~2000ppmを含有する脳機能改善剤が発酵茶香気水である、請求項1~6に記載の脳機能改善剤。
【請求項8】
飲食品用である請求項1~のいずれかに記載の脳機能改善剤。
【請求項9】
香粧品用である請求項1~のいずれかに記載の脳機能改善剤。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、ホトリエノールを有効成分として含有する脳機能改善剤に関する。
【背景技術】
【0002】
脳機能には、一次機能として目や耳等の感覚受容器で得た光や音などの情報を脳に伝達する知覚機能、脳神経細胞から出力された命令に従って運動効果器である手足を動かす運動調節機能、体の平衡バランスを制御する身体平衡機能などがある。一次機能で得られた情報を連結、統合することで高度な命令に変換する機能を高次脳機能と呼び、知識、記憶や言語を関連付けて理解する「認知」、言葉で説明する「言語」、新たに記憶する「記憶」、目的をもって行動に移す「実行」、社会的な行動ができる「情動・人格」などの能力を発揮する。
【0003】
「認知症」は、高齢者における慢性または進行性の脳損傷が原因となって、脳神経細胞の萎縮・脱落、組織の粗しょう化・海綿状態、グリア細胞の反応・増加の進行に伴い、徐々に高次脳機能(記憶や実行機能等)において障害が進行する病気である。日本人の有病者数は2020年には300万人を超すと推定されており、高齢社会の日本では認知症が今後ますます重要な問題になることは明らかである。
【0004】
認知症のうち約6割を占めるアルツハイマー型認知症では、中核症状として記憶障害、判断力障害、問題解決能力障害、実行機能障害、見当識障害、失行・失認・失語などの高次脳機能における障害のほか、周辺症状(BPSD:Behavioral and Psychological Symptoms of Dementia)として、行動異常(暴言・暴力、興奮、徘徊など)や心理症状(不安・抑うつ、不眠、妄想など)が現れる。
【0005】
認知症の根治療法は確立されておらず、現在の治療目的は中核症状の軽減および進行の遅延とされている。また、認知症の周辺症状(行動異常、心理症状)は介護者の負担を増大させる大きな要因であるが、抗精神病薬の投与は中核症状が悪化することから、非薬物療法による対処が重要とされている。
【0006】
認知症の前段階とされる軽度認知障害(Mild Cognitive Impairment、以下MCI)は、認知症の中核症状のうち失行・失認・失語、実行機能のいずれかに問題が生じているが、日常生活には支障がない状態のことである。しかし、MCIを放置すると高次脳機能は低下し続け、5年間で40%の人が認知症を発症するとされている。このため、早期発見により適切な対策を講じることで高次脳機能障害の回復や認知症の発症を遅延させることが重要とされている。
【0007】
また、老化に伴う脳神経細胞の萎縮・脱落や神経伝達速度の低下は、高次脳機能だけでなく一次機能である身体平衡機能や運動調節機能も低下させる。感覚器からの神経伝達情報を基に、身体平衡機能では姿勢反射を誘発することで平衡バランスを獲得しており、運動調節機能では運動の強さや力の入れ方、バランスなどを計算して調節している。日常生活では、複合課題(周囲の環境に注意を向けながら姿勢を制御するなど)と呼ばれる高次脳機能、運動調節機能および身体平衡機能を同時に発揮しなければならない場面が多く存在しており、身体平衡機能が低下した高齢者では、こうした複合課題に対する認知および身体保持ともに情報処理能力が大きく低下していることが報告されている(非特許文献1)。
【0008】
このような複合課題に対する機能低下は高齢者における転倒などのリスクが増大だけでなく、健康な中高年における老化に伴う運動能力低下や日常生活での作業効率低下などの原因となる。したがって、高次脳機能とともに、運動調節機能や身体平衡機能についても機能の低下抑制ないし低下した機能を改善する手段が求められている。
【0009】
高次脳機能を改善(低下した機能の回復や向上、低下の抑制)する手段として近年では、認知症高齢者に対する非薬物療法としてアロマテラピー法の研究が行われている。このような研究例として、日中は集中力を高め記憶力を強化させる興奮作用のあるローズマリーおよびレモンの精油を吸入し、入眠前には心身の鎮静作用を示すラベンダーおよびオレンジの精油を吸入し、自律神経システムの概日リズムを整えることで、認知症の中核症状に対して知的機能(自己見当識)の改善効果が認められている(非特許文献2)が、運動調節機能や身体平衡機能の改善効果は認められていない。一方、認知症の周辺症状に対しては副交感神経作用・鎮静作用を有するティートゥリー、マンダリン、プチグレンを含む精油を入眠前に吸入することによる効果が検証されている(非特許文献3)が、睡眠障害の改善や日常生活動作能力の向上につながる十分な作用は認められておらず、また運動調節機能や身体平衡機能の改善効果も認められていない。
【0010】
ところで、チャノキ(Camellia sinensis)を原料とした緑茶、ウーロン茶及び紅茶などの茶類は世界中で最も多く飲まれている嗜好性飲料であり、茶に含まれる成分が抗ストレス作用を有することは広く認知されている。例えば、緑茶に多く含まれる茶特有のアミノ酸成分であるテアニンが、脳内ドーパミンの放出を促進し、興奮性の刺激を鎮静する抗ストレス作用(非特許文献4)、紅茶に含まれる香気成分であるフェニルエチルアルコール、リナロール、ゲラニオール(特許文献1)、リナロールオキサイド(特許文献2)が精神鎮静作用を示すことが報告されている。
【0011】
一方で、茶には中枢神経の興奮や覚醒などの薬理効果を有するカフェインが含まれていることから、茶の多量な飲用はカフェイン過剰摂取となり、不眠、不安、神経過敏などの興奮作用が発生することが問題視されている(非特許文献5)。また、紅茶香気に含まれるリナロール、ゲラニオール、ベンジルアルコール、リナロールオキシド、2-フェニルエタノールの吸入により、交感神経機能を亢進させ、記憶、注意、判断といった認知機能を向上することが示されている(特許文献3)。しかしながら、交感神経機能の亢進は、血圧上昇や呼吸・心臓の働きを早めて神経を興奮させて過緊張状態を増加させることから、認知症の周辺症状(不安・抑うつ、睡眠障害)の悪化や、特に自律神経調節能力が低下したレビー小体型認知症では自律神経障害を悪化させる恐れがある。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0012】
【文献】特開平9-002937号公報
【文献】国際公開2005/011718号
【文献】特開2019-104730号公報
【非特許文献】
【0013】
【文献】広島大学保健学ジャーナル、2002年9月30日、第2巻、第1号、p.78-84
【文献】Dementia Japan、2005年4月、第19巻、第1号、p.77-85
【文献】医学と生物学、平成22年11月、第154巻、第11号、p.514-519
【文献】佐野満昭/斉藤由美編、「紅茶の保健機能と文化」、初版、アイ・ケイ コーポレーション、2008年5月30日、p.131-137
【文献】「健康食品」の安全性・有効性情報-健康食品の素材情報データベース チャ(茶)、[online]、2020年9月10日更新、国立研究開発法人 医薬基盤・健康・栄養研究所、[2020年10月7日検索]、インターネット<URL:https://hfnet.nibiohn.go.jp/contents/detail491lite.html>
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0014】
本発明は、老化に伴う脳神経細胞の萎縮・脱落や神経伝達速度の低下が原因で引き起こされる高次脳機能低下や運動調節機能、身体平衡機能を改善する脳機能改善剤を提供することを課題とする。
【課題を解決するための手段】
【0015】
本発明者らは、上記課題を解決すべく鋭意検討した結果、高齢者においてホトリエノールを含む発酵茶香気水(紅茶香気水)が高次脳機能(知覚認知、実行、言語理解、記憶、左右認識)を改善するとともに、高次脳機能低下に伴う周辺症状(不安・抑うつ症状、睡眠障害症状)を改善することを見出した。また、高齢者の運動調節機能および/または身体平衡機能を回復させ、日中行動の活動量が増加し、生活の質(QOL)を改善する作用があることを見出した。さらに、ホトリエノールは健康な成人においても高次脳機能、運動調節機能および/または身体平衡機能を改善するとともに、脳年齢を改善する効果があることを見出し、本発明を完成するに至った。
【0016】
すなわち本発明は、以下の事項により特定される次のとおりのものである。
[1] ホトリエノールを有効成分として含有する脳機能改善剤。
[2] ホトリエノールを有効成分として含有する発酵茶香気水である[1]に記載の脳機能改善剤。
[3] 脳機能が、高次脳機能、運動調節機能および/または身体平衡機能である、[1]または[2]に記載の脳機能改善剤。
[4] 高次脳機能が、知覚認知、実行、言語理解、記憶、左右認識、文章読解、問題解決からなる群から選択される少なくともひとつであるである、[3]に記載の脳機能改善剤。
[5] 脳機能低下に伴う高次脳機能障害の中核症状または周辺症状の改善に用いるための、[1]または[2]に記載の脳機能改善剤。
[6] 脳機能低下に伴う運動調節機能障害および身体平衡機能障害の改善に用いるための、[1]または[2]に記載の脳機能改善剤。
[7] 生活の質(QOL)の改善に用いるための、[1]または[2]に記載の脳機能改善剤。
[8] 脳年齢の改善に用いるための、[1]または[2]に記載の脳機能改善剤。
[9] ヒトに皮膚、経鼻及び/又は経口から摂取させる[1]~[8]のいずれかに記載の脳機能改善剤。
[10] [1]~[9]のいずれかに記載の脳機能改善剤を含む脳機能改善用の飲食品。
[11] [1]~[9]のいずれかに記載の脳機能改善剤を含む脳機能改善用の香粧品。
[12] 高次脳機能が、(A)知覚認知、実行、言語理解、記憶、左右認識、(B)文章読解、問題解決、の(A)および(B)からなる群から、各々、少なくとも一つ選択される、[3]に記載の脳機能改善剤。
【発明の効果】
【0017】
本発明の脳機能改善剤は、老化による脳機能低下に伴う高次脳機能障害において、周辺症状である心理症状(不安・抑うつ症状)および行動症状(睡眠障害症状)を緩和し、さらに中核症状(記憶障害、判断力障害、問題解決能力障害、実行機能障害、見当識障害、失行・失認・失語など)を総合的に改善することができる。また、脳機能が制御する運動調節機能および身体平衡機能も改善することができる。さらに、健常な成人においても、高次脳機能、運動調節機能および/または身体平衡機能を改善することができ、これら機能を同時に発揮しなければならない複合課題に対する対応能力を改善して、例えば、転倒などのリスク低減、運動能力や作業効率の改善や向上をすることができる。
【図面の簡単な説明】
【0018】
図1】試験例1における介入試験のスケジュールを示す。
図2】試験例1における総合的な高次脳機能障害レベル(MMSE得点)を比較した結果を示す。
図3】試験例2における介入試験のスケジュールを示す。
図4】試験例2における高次脳機能の試験品摂取前後の実測値を比較した結果を示す。
【発明を実施するための形態】
【0019】
以下、本発明を詳細に説明する。なお、「下限値~上限値」の数値範囲は、特に他の意味であることを明記しない限り、「下限値以上、上限値以下」の数値範囲を意味する。
【0020】
本発明の脳機能改善剤は、ホトリエノールを有効成分として含有する。本発明における「脳機能改善」とは、脳神経細胞から出力された命令に従って手足を動かす運動調節機能、体の平衡バランスを制御する身体平衡機能、および/または高次脳機能の改善(本発明においては機能の改善とは、低下した機能の回復や向上、低下の抑制も含む)が観察されることを指す。
【0021】
本発明における「高次脳機能」とは、生後に正常発達した脳機能により、五感(視覚、聴覚、触覚、嗅覚、味覚)、前庭感覚(平衡感覚)および固有受容覚(手足の意思を感じる感覚)などから得られる知覚情報に応答して発揮される、理解、判断、記憶、計算・学習、問題解決、実行、見当識などの知的機能を総称した概念を指す。外部の情報を能動的に収集、近時記憶し、さらに推理・判断を加えて情報を処理する「認知」、これらを言葉で説明する「言語」、新たに記憶する「記憶」、目的をもって行動する「実行・遂行」、理性をコントロールして社会的な行動ができる「情動・人格」などを含む。すなわち、認知の過程、行為・行動および感情(情動)・精神(心理)の機能を総称して高次脳機能という。また、認知症における障害の程度を評価する際に一般的に用いられる「認知機能」と広義的に同義である。
【0022】
本発明における「高次脳機能障害」とは、脳機能の減退(脳神経細胞の退縮や神経伝達速度の低下)に伴い、理解力、判断力、記憶力、言語理解力、問題解決力、実行能力、見当識などが低下している状態を指す。
【0023】
本発明における「高次脳機能障害の中核症状」とは、脳神経細胞の損傷が原因で生じる高次脳機能障害に伴い出現する症状であり、記憶障害(新たなことを記憶したり、過去の行動、言葉、知識を忘れてしまう)、理解・判断力障害(筋道を立てて考えることができなくなる)、問題解決能力障害(問題解決のために深く考えることができず、混乱する)、実行機能障害(計画を立てたり、手順を考えることができない)、見当識障害(時間や場所が分からなくなる)、失行・失認・失語(動作を組み合わせた行為ができなくなる、よく知っている物の使い方が分からなくなる、物の名称がわからなくなる)、左右認識障害(自分や他人の体の左右の違いを認知できず、空間的な位置関係の把握が難しくなる)などを指す。
【0024】
本発明における「高次脳機能障害の周辺症状」とは、中核症状に付随しておきる二次的症状であり、行動異常(睡眠障害、暴言・暴力、徘徊、拒絶、過食・異食、不潔行動)と心理症状(不安・焦燥、抑うつ・アパシー、幻覚、妄想)を指す。軽度認知障害(MIC)の症状として睡眠が浅くなり、自覚症状として不眠を訴える場合がある。
【0025】
本発明における「運動調節機能」とは、運動する際に筋力の微妙な調節を行ったり、筋力のバランスを保持したりするように働き、スムーズな運動や安定した姿勢を保つ機能を指す。
【0026】
本発明における「身体平衡機能」とは、姿勢の安定に寄与する感覚情報(視覚、体性感覚、前庭感覚)を統合し、姿勢反射の誘発により四肢骨格筋に作用する身体平衡バランスを制御、姿勢を保持する機能を指す。
【0027】
本発明におけるホトリエノールは、化学式C1016Oで表される、CAS登録番号20053-88-7のモノテルペンアルコール系化合物である。ホトリエノールは、3位に不斉炭素があり、3R-(-)-3,7-ジメチル-1,5(E),7-トリエン-3-オール(以下、3R-(-)体という。)と3S-(+)-3,7-ジメチル-1,5(E),7-トリエン-3-オール(以下、3S-(+)体という。)の光学活性体が存在するが、本発明に用いられるホトリエノールは、3R-(-)体であっても、3S-(+)体であってもよく、また、それらの混合物であってもよく、ラセミ混合物であってもよい。
【0028】
本発明の脳機能改善剤の有効成分であるホトリエノールは、発酵茶等の天然物から抽出されたものであっても、化学的に全合成されたものであっても、又は発酵茶等の天然物から抽出物を化学処理して半合成されたものであっても良い。天然物からの抽出物の場合に、ホトリエノールが含まれる抽出物をそのまま又は濃縮等の操作をして用いることができ、抽出物を蒸留、カラムクロマトグラフィー等の分離精製操作を行って、ホトリエノールを単離精製したもの又はその他の成分を含む画分として用いることができる。ホトリエノールまたはホトリエノールを含む画分は目的に応じて適宜製剤化して脳機能改善剤の調製に用いてもよい。
【0029】
本発明の有効成分であるホトリエノールは、チャノキ(Camellia sinensis)の酸化発酵工程を得た葉や茎を原料とした発酵茶に含まれる。そのため、発酵茶を原料として公知の方法で香気水を調製することによって、本発明のホトリエノールを有効成分として含有する発酵茶香気水を得ることができる。
【0030】
本発明に用いられる香気成分等の原料として使用し得る発酵茶としては、白茶などの弱発酵茶、烏龍茶などの半発酵茶、紅茶などの発酵茶が挙げられ、より具体的にはダージリン、アッサム、ニルギリ、ケニア、キーモン、ラプサンスーチョン、ヌワラエリア、ウバ、ディンブラ等の紅茶や日本国内産の紅茶、東方美人などの烏龍茶がホトリエノールの含有量が高い点で好ましく、ダージリンのセカンドフラッシュ(2nd flush)や、べにふうきやべにひかりの2番茶から製造された国内産の紅茶が特に好ましい。これらは一般的に流通している茶葉を原料として使用することも可能である。
【0031】
本発明における発酵茶香気水とは、発酵茶から取り出した香気成分を含む水溶液を意味し、その製造方法としては、紅茶などの発酵茶から減圧蒸留、水蒸気蒸留、精留、吸着剤への吸着脱着等の抽出処理により調製する方法が挙げられる。発酵茶香気水には人体に害のない範囲でエタノールなどの有機溶媒を含んでいても良い。また、必要に応じてホトリエノールを発酵茶香気水に添加して、ホトリエノールの濃度を調製してもよい。
【0032】
減圧蒸留よる方法としては例えば、紅茶などの発酵茶を熱水又は温水を投入して抽出液を得た後、常圧下又は減圧下加熱による蒸留工程で発生した蒸発分を冷却して得られる凝縮水を回収することにより、紅茶などの発酵茶に含まれる香気成分を含む香気水を得る方法が例示できる。抽出方法としては、ニーダーや抽出用タンクなどを用いたバッチ式抽出法や、抽出塔(カラム式抽出機)などを用いたカラム式抽出法などの公知の方法が挙げられる。抽出する際の温度や時間は公知の技術に基づいて適宜設定すれば良いが、例えば70~100℃の温度で5~30分間抽出する条件を例示することができる。原料として紅茶などの発酵茶抽出物を用いる場合には、例えば0.1~20%程度の固形濃度に溶解する。これら抽出液または抽出物溶液から蒸留によって香気成分を含む香気水を回収する。蒸留操作においては、香気品質の点から減圧下で行うことが好ましい。このような操作が可能な装置としては、例えば、遠心薄膜濃縮(蒸留)装置、上昇式あるいは流下式薄膜濃縮機、ロータリーエバポレーター、スピニングコーンカラムなどの気液向流接触蒸留装置などが適用できる。この中では遠心式薄膜濃縮(蒸留)装置が低温・短時間で効率的に蒸留することができるため、香気成分組成の乱れや成分の損失が少ない点で好適である。市販の装置としては例えば、アルファ・ラバル社の「セントリサーム・エバポレーター」、大河原製作所社の「エバポール」を例示することができる。
【0033】
水蒸気蒸留による方法としては例えば、紅茶などの発酵茶を含む水溶液に水蒸気を吹き込み、または紅茶などの発酵茶の茶葉原料に水蒸気を通過させ、水蒸気と共に揮発した香気成分を冷却・液化して留出液として回収する方法であり、常圧水蒸気蒸留、加圧水蒸気蒸留、減圧水蒸気蒸留等の方法を例示することができる。水蒸気は、飽和水蒸気又は過熱水蒸気のいずれを用いても良い。注入する水蒸気の温度や流量、水蒸気の冷却温度、留出液量等は原料茶葉の種類に応じて任意に設定することができ、水蒸気の温度は40~110℃、流量は原料茶葉1kg当たり0.2~20kg/hr、冷却温度は-10~70℃、留出液量は茶葉1kg当たり0.5~2.5kg等が例示できるが、この範囲に限定されるものではない。
その他の本発明の発酵茶香気水の製造方法としては、超臨界水又は超臨界二酸化炭素を用いた超臨界抽出法を例示することができる。
【0034】
上記のような方法で得られた発酵茶香気水を、常圧下又は減圧下での精留やカラムクロマトグラフィーにより精製することによってホトリエノールの含有比率をより高めることができる。また、逆浸透膜等の非加熱濃縮法により濃縮することによってホトリエノールの含有率を高めることもできる。さらに、窒素置換等で気中の酸素濃度を低くしたうえで冷凍保存することで、保存性を高めることもできる。このようにして得られた発酵茶香気水は、そのまま又は適宜製剤することによって本発明の脳機能改善剤とすることができる。
【0035】
本発明において「発酵茶香気水」の意味は、「発酵茶に含まれる香気成分を含む水溶液」であることを意味し、本発明においては、その中にホトリエノールを有効成分として含有する。したがって、「発酵茶香気」とは、発酵茶に含まれる香気成分であり、発酵茶から上記方法に従って、抽出されたものであってもよく、すでに精製されている市販品をそのまま又は適宜混合したものであってもよく、化学合成されたものであってもよく、また、所望する香気組成となるよう発酵茶から抽出したものに市販の又は化学合成された香気成分等を加えて濃度調整したものであってもよい。本発明においては、「発酵茶香気水」中に、(A)柑橘花様香気成分、(B)甘い花様香気成分、(C)芳醇花様香気成分、(D)ウッディ様香気成分、(E)グリーン様香気成分及び(F)クール様香気成分をバランス良く含有するのが好ましい。
【0036】
本発明の脳機能改善剤は、ホトリエノールを香気成分として単独で含んでいても良いし、ホトリエノールに加えて発酵茶に含まれる香気成分を1種又は2種以上を含有しても良く、ホトリエノールを含む発酵茶香気水であっても良い。香気成分を組み合わせる場合には、(A)柑橘花様香気成分、(B)甘い花様香気成分、及び(C)芳醇花様香気成分からなる組合せが脳機能改善効果を有する点で好ましく挙げられる。
【0037】
(A)柑橘花様香気成分として、例えば、リナロールオキサイド(transフラノイド型)、リナロールオキサイド(cisフラノイド型)、リナロール、α-ターピネオール、リナロールオキサイド(cisピラノイド型)、シトラール、リナロールオキサイド(transピラノイド型)、ネロール、ゲラニオール、ネロリドール、シトロネロール、ローズオキサイド等が挙げられるが、中でもリナロールオキサイド(transフラノイド型)、リナロールオキサイド(cisフラノイド型)、リナロール、α-ターピネオール、リナロールオキサイド(cisピラノイド型)、シトラール、リナロールオキサイド(transピラノイド型)、ネロール、ゲラニオール又はネロリドールが好ましく挙げられ、これらは1種単独で、又は2種以上を混合して用いることができる。なお、本発明の脳機能改善剤における有効成分のホトリエノールはこの柑橘花様香気成分に属する。
【0038】
(B)甘い花様香気成分として、例えば、ベンズアルデヒド、フェニルアセトアルデヒド、β-ダマセノン、ベンジルアルコール、2-フェニルエチルアルコール、cis-ジャスモン、酢酸ベンジル、安息香酸ベンジル等が挙げられるが、中でもベンズアルデヒド、フェニルアセトアルデヒド、β-ダマセノン、ベンジルアルコール、2-フェニルエチルアルコール又はcis-ジャスモンが好ましく挙げられ、これらは1種単独で、又は2種以上を混合して用いることができる。
【0039】
(C)芳醇花様香気成分として、例えば、6-メチル-5-ヘプテン-2-オン、β-シクロシトラール、α-ヨノン、β-ヨノン及び5,6-エポキシ-β-ヨノン、インドール、イソオイゲノール等が挙げられるが、中でも6-メチル-5-ヘプテン-2-オン、β-シクロシトラール、α-ヨノン、β-ヨノン又は5,6-エポキシ-β-ヨノンが好ましく挙げられ、これらは1種単独で、又は2種以上を混合して用いることができる。
【0040】
(D)ウッディ様香気成分として、例えば、β-ミルセン、α-ターピネン、γ-ターピネン、D-リモネン、α-フェランドレン、cis-β-オシメン、trans-β-オシメン、p-シメン、ターピノレン、ツヨプセン、カジネン、カジノール等が挙げられるが、中でもβ-ミルセン、α-ターピネン、γ-ターピネン、D-リモネン、α-フェランドレン、cis-β-オシメン、trans-β-オシメン、p-シメン又はターピノレンが好ましく挙げられ、これらは1種単独で、又は2種以上を混合して用いることができる。
【0041】
(E)グリーン様香気成分として、例えば、ヘキサナール、trans-2-ヘキセン-1-アール、酢酸cis-3-ヘキセニル、ヘキサノール、cis-3-ヘキセン-1-オール、trans-2-ヘキセン-1-オール、酪酸trans-2-ヘキセニル、ヘキサン酸、trans-2-ヘキセン酸、trans-2-ヘプテナール、1-ペンテン-3-オール等が挙げられ、中でもヘキサナール、trans-2-ヘキセン-1-アール、酢酸cis-3-ヘキセニル、ヘキサノール、cis-3-ヘキセン-1-オール、trans-2-ヘキセン-1-オール又は酪酸trans-2-ヘキセニルが好ましく挙げられ、これらは1種単独で、又は2種以上を混合して用いることができる。
【0042】
(F)クール様香気成分として、例えば、サリチル酸メチル、カルボン、メントフラン、メントール、メントン、メンチルアセテート、プレゴン、ロツンジホロン、カンフェン、カンファー等が挙げられるが、中でもサリチル酸メチルが好ましく挙げられ、これらは1種単独で、又は2種以上を混合して用いることができる。
【0043】
本発明の脳機能改善剤は、ホトリエノールを有効成分として含有する。ホトリエノールは、香気成分として、1種単独でも、他の紅茶類由来の香気成分と組み合わせても用いることができる。他の紅茶由来の香気成分と組み合わせて用いる場合に、香気成分中、ホトリエノールの含有量は、1~99質量%の範囲が好ましく、さらに、5~98質量%、10~90質量%、20~80質量%、30~70質量%、40~60質量%の範囲が好ましく、また、香気成分中、50質量%以上が好ましい。本発明の脳機能改善剤に含まれる有効成分であるホトリエノールの濃度は、1ppb~2000ppmの範囲が好ましく、10ppb~1000ppmがより好ましく、50ppb~500ppmがさらに好ましい。特にホトリエノールを含有する脳機能改善剤をディフューザー等で使用する場合、該脳機能改善剤に含まれるホトリエノールの濃度範囲は、1~5000ppbの範囲が好ましく、10~3000ppbがより好ましく、50~1500ppbがさらに好ましい。
【0044】
本発明の脳機能改善剤の摂取方法は、体内に取り込まれる方法であれば特に制限されず、例えば、皮膚、経鼻、経口等から摂取する方法が挙げられる。皮膚から摂取する方法として、具体的には、本発明の脳機能改善剤を含むローション、軟膏・クリーム、貼付剤(テープ剤、バッブ剤)、外用液剤、スプレー、化粧品、香水等を皮膚に直接塗布又は貼付する方法、点鼻薬とし鼻中に噴霧して鼻の粘膜より吸収させる方法等が挙げられる。
【0045】
経口から摂取する方法として、本発明の脳機能改善剤を配合した一般的な飲食品や錠剤、カプセル剤、顆粒、シロップ、ドロップ、内用液剤等の形でサプリメント状の飲食品として経口から摂取する方法等が挙げられる。形態としては、固形、粉末状、液体状、ゼリー状、シート状等が例示でき、経口摂取が可能な形態であればよい。飲食品に配合するに際しては、一般的な食品用香料と同様に扱えばよく、その添加量は飲食品当たり0.001~10質量%の割合が好ましく、1回当たりの摂取量は含まれる香気成分の総量として、約1~50mg程度、好ましくは約1~5mg程度である。ホトリエノールの1回あたりの摂取量として、約0.001~1mg程度、好ましくは0.01~0.1mg程度、さらに好ましくは0.02~0.06mg程度であり、このような飲食品を1日あたりに1~20回、好ましくは2~10回、さらに好ましくは4~6回を摂取することにより、1日あたりの総摂取量として0.001~6mg程度、好ましくは0.01~1mg程度、さらに好ましくは0.05~0.6mg程度とする態様を例示できる。さらに、本発明の脳機能改善剤は、保健機能性食品(特定保健用食品、栄養機能性食品、機能性表示食品)として用いることができる。
【0046】
経鼻、経口からの呼吸を介した摂取方法としては、ルームフレグランス、アロマキャンドル、室内用アロマオイル、ゲル化剤で固めた固形芳香剤等の剤型の香粧品として、香気成分を常温又は加熱して大気中に蒸散させる方法が挙げられる。これら剤型の香粧品における本発明の脳機能改善剤の含有量は特に限定されないが、0.0001~100質量%の範囲が好ましく、さらに0.001~30質量%の範囲が好ましく、0.005~10質量%の範囲がより好ましい。この範囲であると良好な香り立ちバランスが得られるため好ましい。
【0047】
特にルームフレグランスや室内用アロマオイルに関しては、におい紙に塗布又は噴霧して室内芳香料とする、又は拡散器(ディフューザー)を用いて散布、拡散してヒトに嗅がせることが好ましい。この方法であると睡眠時にも継続的に香気成分を摂取することができる。使用時間は特に限定されないが、睡眠時に摂取する場合には、入眠前の30分~2時間程度が適当である。これらの方法で空気中に揮散させたときの香気成分の濃度としては、低すぎると所期の効果が得られず、高すぎると空気中で凝縮した微粒子が析出することがあるため、0.01~100ppbの範囲となるように揮散させるのが好ましい。例えば、6畳の部屋(25m)で、3.33mg/hとなるように揮散させることが好ましい。
【0048】
本発明の脳機能改善剤は、その目的に応じて、ファンデーション、口紅、眉墨、アイシャドー等のメーキャップ化粧品や洗顔料(洗顔用化粧品)、化粧水、美容液、乳液、クリーム等の基礎化粧品などの化粧品、香水、芳香剤等の香りの製品などの香粧品に利用できる。
【実施例
【0049】
以下、本発明を、実施例を用いて詳細に説明するが、本発明は実施例に限定されるものではない。
【0050】
[参考例]
<香質に対する許容性評価>
香気成分の様々な生理作用は、香気の拒絶性(好き、嫌い)により影響されることから、まず茶類の香質の拒絶性について調査した。
【0051】
<拒絶性の評価方法>
香りの拒絶性(好き、嫌い)は視覚的評価スケール(Visual Analog Scale:VAS)による評点尺度法を用い、“まったく好ましくない(嫌い)”と“とても好ましい”を両端として100mmの線尺度で主観評価を求めた。香りの感じ方は“まったく思わない”と“とても思う”を両端として100mmの線尺度で主観評価を求めた。
【0052】
<試験方法>
20~60才代の男女13名を被験者とした。室温23℃、相対湿度40%に設定した試験室に着席し、30分間安静にして試験環境に順化させた。香気の吸入は自然呼吸による吸吐動作により行った。ブランクは空気を2分間提示し、コントロール(85℃の温水)及びサンプル(85℃の紅茶標品)は、鼻下で2分間提示した。紅茶標品は、ダージリン(2nd flush)、アッサム、ウバ、アールグレイ(ベルガモット着香紅茶)について、各茶葉2.5gを充填したティーバッグ4個に対し、95℃のミネラルウォーター600mLで抽出したものを用いた。抽出時間は、ダージリンが4分、アッサムが3分、ウバが2分30秒、アールグレイは4分とした。各種紅茶の香質の拒絶性を主観評価した。
緑茶についても、上記茶葉と同様に、拒絶性を評価した。緑茶(煎茶)2.5gを充填したティーバッグ4個に対して、95℃のミネラルウォーター600mLで抽出したものを用いた。抽出時間は、3分とした。
【0053】
<結果>
ダージリン、アッサム、ウバ、アールグレイの香質の拒絶性に関する評価の結果より、ダージリンの好ましさは85.5で最も高く、次いでアッサムが69.5であった。ウバ及びアールグレイの好ましさはやや低く、バラつきがみられた。ダージリンの香質の好ましさは、ウバ(p<0.05)及びアールグレイ(p<0.01)の好ましさよりも有意に高かった。即ち、ダージリンの香質は年齢や性別に関係なく、拒絶性が低く、嗜好性が高いことが示された。一方、緑茶の拒絶性に関する評価結果は、48.1であり、紅茶と比較して、好ましさが低かった。
以上の結果から、安静状態における紅茶類の香気の嗜好性が高いことが確認できたため、その香気を継続的に摂取することへの抵抗は少ないものと判断された。
【0054】
[製造例]
次に、紅茶香気の脳機能低下抑制効果を検討するため、以下の方法で紅茶類から香気成分を調製した。
【0055】
<紅茶香気水の製造>
・香気成分1:原料茶葉A(ダージリン2nd flush)180kgを65℃の温水に分散させながら、150メッシュのフィルターを出口部に設置したカラム式抽出機に充填し、15分間保持した。次いで、65℃の温水を通液し、抽出液を得た。この抽出液1600kgを減圧蒸留機(日南機械製、連続式二重効用四缶型の液膜流下式濃縮装置)を用いて減圧下で蒸発させ、香気成分を含む凝縮水1440kgを回収した。この凝縮水を逆浸透膜(RO膜、日東電工製、NTR759HG、食塩阻止率99%)で濃縮し、香気成分を含むBrix 0.09の濃縮液50kgを回収した(香気成分1)。
・香気成分2:原料茶葉を原料茶葉B(ダージリン2nd flush)とする以外は香気成分1の製造例に従い、香気成分を含むBrix 0.09の濃縮液50kgを回収した(香気成分2)。
・香気成分3:香気成分1の製造例で回収した凝縮水を香気成分3とした。
・香気成分4:原料茶葉を原料茶葉C(ダージリン2nd flush)の茶葉2.0kgを用い、減圧下95 ℃で水蒸気蒸留を行い、10℃で冷却して得られた蒸留画分として2.0kgを回収した(香気成分4)。
・香気成分5:原料茶葉を原料茶葉D(ウバ)とする以外は香気成分1の製造例に従い、香気成分を含むBrix 0.09の濃縮液50kgを回収した(香気成分5)。
香気成分1~5に含まれる化合物について、下記に示す分析条件のガスクロマトグラフ質量分析法により分析した。その結果を表1に示した。なお、表1におけるピークエリア比とは、各化合物と内部標準物質のピーク面積値の比率を示す。また、構成比率とはピークエリア比の合計に対する割合である。
【0056】
<紅茶香気水中の香気成分分析方法>
定性分析用試料としては、各香気成分を水で適宜希釈したものを測定試料とした。定量分析用試料としては、以下のように調製した。各香気成分を水で5倍希釈した液10mL及び塩化ナトリウム3gを20mLバイアルに入れ、終濃度500ppbとなるように内部標準物質としてシクロヘプタノール(東京化成工業(株)製)を添加し、測定試料液とした。各測定試料液中の香気化合物を固相マイクロ抽出法(Solid phase Micro Extraction:SPME)により、吸着剤を用いて回収し、以下に示す分析条件でガスクロマトグラフ質量分析法(GC/MS分析法)により分析した。ホトリエノールの含有量は、ガスクロマトグラフ質量分析法により定量した。
【0057】
<SPME-GC/MS条件>
・GC:TRACE GC ULTRA(サーモフィッシャーサイエンティフィック社)
・MS:TSQ QUANTUM XLS(サーモフィッシャーサイエンティフィック社)
・SPMEファイバー:50/30μm Divinylbenzene/Carboxen/Polydimethylsiloxane Stableflex (シグマアルドリッチ社)
・抽出:60℃、30分
・カラム:SUPELCO WAX10 0.25mmI.D.×60m×0.25μm(シグマアルドリッチ社)
・オーブンプログラム:40℃で2分間保持した後、160℃まで3℃/分で昇温し、その後280℃まで10℃/分で昇温
・キャリアーガス:ヘリウム(100kPa、一定圧力)
・インジェクター:スプリットレス、240℃
・イオン源温度:200℃
・イオン化:電子イオン化
・イオン化電圧:70eV
・測定モード:スキャン
【0058】
<モニタリングイオン>
ヘキサナール(hexanal);m/z=56、trans-2-ヘキセン-1-ア-ル(trans-2-hexen-1-al);m/z=69、酢酸cis-3-ヘキセニル(cis-3-hexen-1-ol-acetate);m/z=67、ヘキサノール(hexanol);m/z=56、cis-3-ヘキセン-1-オール(cis-3-hexen-1-ol);m/z=67、trans-2-ヘキセン-1-オール(trans-2-hexen-1-ol);m/z=57、酪酸trans-3-ヘキセニル(trans-3-hexenyl butyrate);m/z=67、β-ミルセン(β-myrcene);m/z=93、α-テルピネン(α-terpinene);m/z=121、γ-ターピネン(γ-terpinene);m/z=93、D-リモネン(D-limonene);m/z=68、α-フェランドレン(α-phellandrene);m/z=93、cis-β-オシメン(cis-β-ocimene);m/z=93、trans-β-オシメン(trans-β-ocimene);m/z=93、p-シメン(p-cymene);m/z=93、ターピノレン(terpinolene);m/z=119、リナロール(linalool);m/z=93、リナロールオキサイド(cisフラノイド型)(linalool oxide(cis-franoid));m/z=93、リナロールオキサイド(transフラノイド型)(linalool oxide(trans-franoid));m/z=93、リナロールオキサイド(cisピラノイド型)(linalool oxide(cis-pyranoid));m/z=94、リナロールオキサイド(transピラノイド型)(linalool oxide(trans-pyranoid));m/z=94、ホトリエノール(hotrienol);m/z=71、シトラール(citral);m/z=94、ネロール(nerol);m/z=69、ゲラニオール(geraniol);m/z=69、α-テルピネオール(α-terpineol);m/z=93、ベンズアルデヒド(benzaldehyde);m/z=109、フェニルアセトアルデヒド(phenylacetaldehyde);m/z=91、β-ダマセノン(β-damascenone);m/z=121、ベンジルアルコール(benzylalcohol);m/z=91、2-フェニルエチルアルコール(2-phenylethylalcohol);m/z=91、cis-ジャスモン(cis-jasmone);m/z=122、6-メチル-5-ヘプテン-2-オン(6-methyl-5-hepten-2-one);m/z=108、β-シクロシトラール(β-cyclocitral);m/z=152、α-ヨノン(α-ionone);m/z=121、β-ヨノン(β-ionone);m/z=177、5,6-エポキシ-β-ヨノン(5,6-epoxy-β-ionone);m/z=123、サリチル酸メチル(methyl salicylate);m/z=120、シクロヘプタノール;m/z=57
【0059】
各香気化合物は香気の官能特徴に基づき、(A)柑橘花様、(B)甘い花様、(C)芳醇花様、(D)ウッディ様、(E)グリーン様、及び(F)クール様のグループに分類した。(A)柑橘花様は、リナロール(linalool)、リナロールオキサイド(cisフラノイド型)(linalool oxide(cis-franoid))、リナロールオキサイド(transフラノイド型)(linalool oxide(trans-franoid))、リナロールオキサイド(cisピラノイド型)(linalool oxide(cis-pyranoid))、リナロールオキサイド(transピラノイド型)(linalool oxide(trans-pyranoid))、ホトリエノール(hotrienol)、シトラール(citral)、ネロール(nerol)、ゲラニオール(geraniol)及びα-ターピネオール(α-terpineol)からなるグループ、(B)甘い花様は、ベンズアルデヒド(benzaldehyde)、フェニルアセトアルデヒド(phenylacetaldehyde)、β-ダマセノン(β-damascenone)、ベンジルアルコール(benzylalcohol)、2-フェニルエチルアルコール(2-phenylethylalcohol)及びcis-ジャスモン(cis-jasmone)からなるグループ、(C)芳醇花様は、6-メチル-5-ヘプテン-2-オン(6-methyl-5-hepten-2-one)、β-シクロシトラール(β-cyclocitral)、α-ヨノン(α-ionone)、β-ヨノン(β-ionone)、及び5,6-エポキシ-β-ヨノン(5,6-epoxy-β-ionone)からなるグループ、(D)ウッディ様は、β-ミルセン(β-myrcene)、α-ターピネン(α-terpinene)、γ-ターピネン(γ-terpinene)、D-リモネン(D-limonene)、α-フェランドレン(α-phellandrene)、cis-β-オシメン(cis-β-ocimene))、trans-β-オシメン(trans-β-ocimene)、p-シメン(p-cymene)及びターピノレン(terpinolene)からなるグループ、(E)グリーン様は、ヘキサナール(hexanal)、trans-2-ヘキセン-1-ア-ル(trans-2-hexen-1-al)、酢酸cis-3-ヘキセニル(cis-3-hexen-1-ol-acetate)、ヘキサノール(hexanol)、cis-3-ヘキセン-1-オール(cis-3-hexen-1-ol)、trans-2-ヘキセン-1-オール(trans-2-hexen-1-ol)及び酪酸trans-3-ヘキセニル(trans-3-hexenyl butyrate)からなるグループ、 (F)クール様は、サリチル酸メチル(methyl salicylate)からなるグループとした。
【0060】
各測定試料の分析結果を表1にまとめて示す。
【0061】
【表1】
【0062】
表1の結果の通り、異なる茶葉の品種やロットにおいても各香質の構成比は若干の差異がある程度で、ほぼ同様であることが確認された。試験例1では発酵茶(紅茶)香気水として香気成分3を用いた。
【0063】
[試験例1]
発酵茶(紅茶)香気水である香気成分3について、不眠意識のある高齢者を対象に介入試験を行い、総合的な高次脳機能の障害レベル、認知症の中核症状および周辺症状、運動調節機能およびQOLの改善効果について、詳細に調査した。
【0064】
(1)介入試験方法
被験者は事前アンケート調査により不眠意識がある高齢者男女(68~84才、16名)を選定し、図1に示すスケジュールに従い、2期(Period IおよびII)2試験品(試験品A:プラセボ、試験品B:紅茶香気水(香気成分3))を各4週間使用する2群間クロスオーバー試験により介入を行った。試験品Aはイオン交換水に防腐剤(各終濃度として0.05%パラオキシ安息香酸エチル、2.5%エタノール)を添加したもの、試験品Bで用いた紅茶香気水は香気成分3に防腐剤(各終濃度として0.05%パラオキシ安息香酸エチル、2.5%エタノール)を添加したものを用いた。被験者1群(8名)は、Period I:試験品A→Period II:試験品Bの順で提示し、被験者2群(8名)は、Period I:試験品B→Period II:試験品Aの順で提示した。介入方法は、試験期間中に活動量計を終日着用し、就寝前1時間前~就寝後2時間の計3時間、各試験品を超音波式ディフューザー((株)良品計画製、超音波アロマディフューザー11SS)で就寝空間内に拡散させ、自然呼吸により各試験品を吸入した。測定は、試験期間中の日中・睡眠中の活動量(睡眠変数)、および介入開始前、Period IおよびII終了時の高次脳機能および運動調節機能測定、介入開始前およびPeriodII終了時のMMSE検査、SDS検査、およびSF-36検査を実施した。測定方法を以下に示す。
【0065】
《高次脳機能障害レベルの測定方法》
Mini-Mental State Examination:ミニメンタルステート検査(以下、MMSE)(Folsten MF et al. J Psychiat Res 12: 189-193, 1975)質問紙を用いて面談形式で実施、検査した。評価項目は、見当識(時間、場所)、記銘(いくつかの単語を繰り返し言う)、計算(暗算で特定の条件の引き算をする)、注意(特定の単語を後ろから言う)、遅延再生(記銘で使用した単語を言う)、呼称(日常的にありふれた物品の名称を言う)、復唱(頻繁には使われない文を正確に繰り返す)、理解(いくつかの命令を理解し実行する)、読字(紙に書かれた分を理解し実行する)、書字(筋が通った任意の文を書く)、描画(提示された図形と同じ図形を書く)の計11項目で構成されている計30点満点のテストであり、23点以下の場合「認知症の疑いあり」、27点以下の場合は「軽度認知障害(以下、MCI)の疑いあり」、28~30点の場合「正常」と判定した。
【0066】
《不安・抑うつ状態の測定方法》
Self-rating Depression Scale:自己評価式抑うつ尺度(以下、SDS)質問紙を用いて、20項目からなる質問に対して4段階評価(いつも、しばしば、ときどき、めったにない)による検査を行った。質問項目は、感情に関する2項目(「憂うつ、抑うつ、悲哀」および「啼泣」)、生理的随伴症状に関する8項目(「日内変動」、「睡眠」、「食欲」、「性欲」、「体重減少」、「便秘」、「心悸亢進」および「疲労」)、および心理的随伴症状に関する10項目(「混乱」、「精神運動性減退」、「精神運動性興奮」、「希望のなさ」、「焦燥」、「不決断」、「自己過小評価」、「空虚」、「自殺念慮」および「不満足」)からなる抑うつ状態因子20項目で構成されている。総合得点が40点未満は「抑うつ状態はほとんどなし」、40~47点で「軽度の抑うつ性あり」、48~55点で「中等度の抑うつ性あり」、56点以上で「重度の抑うつ性あり」と判定した。
【0067】
《健康関連QOLの測定方法》
健康関連生活の質の評価には、SF-36日本語版(登録商標、MOS 36-Item Short-Form Health Survey)を用いた。過去1ヶ月を振り返り、身体機能・日常役割機能/身体・体の痛み・全体的健康感・活力・社会生活機能・日常役割機能/精神・心の健康の8下位尺度からなる36項目の質問に回答させた。素点を標準化した値から、8下位尺度および身体的健康度・精神的健康度・役割/社会的健康度の3コンポーネントサマリースコアの標準値を算出し、国民平均に比べて50点以上は高い健康度とした。
【0068】
《活動量による睡眠変数の測定方法》
活動量はMicro Tag活動量計MTN-220(アコーズ社)を入浴時以外は腹囲に常時装着し、日中・睡眠中の活動量を計測した。計測データは睡眠/覚醒リズム研究用プログラムSleep Sign(登録商標) Act(キッセイコムテック社)により、睡眠変数(眠っていた時間、眠るまでの時間、起きていた時間の合計、睡眠中に起きた回数、起きていた時間の平均、10分以上起きていた回数、姿勢変更回数、ふとんに入った時刻、眠りについた時刻、目が覚めた時刻、ふとんから出た時刻、睡眠時間、ふとんにいた時間、起きるまでの時間、睡眠効率)、歩数、活動消費量および総活動消費量を求めることができるが、本発明においては、眠るまでの時間(入眠潜時、睡眠潜時(sleep latency):記録開始から入眠までに要した時間)、起きるまでの時間(離床潜時:翌朝最後の覚醒から起き上がる時間)、睡眠効率(sleep efficiency:TST / TIB x 100 (%)、TST:総睡眠時間(入眠から翌朝の最後の覚醒までの時間のうち中途覚醒を除いた時間)、TIB:総就床時間(就床から起床までの時間))、睡眠中に起きた回数(中途覚醒回数)、姿勢変更回数(睡眠中の寝返り回数)、歩数および活動消費量を測定項目とした。
【0069】
《高次脳機能および運動調節機能の測定方法》
高次脳機能および運動調節機能の評価は、「複合的脳機能診断スクリーニング機器の試作(千葉医学雑誌、2005年、第81巻、第3号、p.103―106)」に記載の脳機能診断装置を用いて行った。すなわち、高次脳機能として、視野、聴力および手の皮膚感覚の知覚情報に対する認知・実行機能(視覚認知反応時間、聴覚認知反応時間、振動覚認知反応時間)、左右認識(指示ボタン応答時間)および短期記憶(応答時間)を検査した。また、運動調節機能として指の巧緻運動を検査した。具体的には、モニター画面(黒色)から40cm離れた位置から、正中白線上の中心(X印)を注視した状態で、出現した白丸が正中線から左右どちらにあるかを出来るだけ早く判断し、左または右ボタンを押すテスト(視覚認知反応時間)、ヘッドホンを装着した状態で左右いずれかの耳から音が聞こえたら出来るだけ早く左または右ボタンを押すテスト(聴覚認知反応時間)、左または右の指示に対して出来るだけ早く左または右ボタンを押すテスト(左右認識応答時間)、人差し指で6秒間すばやくボタンを等間隔で叩打するテスト(指叩打頻度)、数分前に自分が行った行動について回答に要する時間測定等を行うものである(短期記憶応答時間)。これらの検査は、認知症における中核症状(文章読解、実行機能および問題解決力)および小脳機能(運動調節機能)の評価も兼ねるものである。
【0070】
《身体平衡機能の測定方法》
重心動揺計グラビコーダGW-31(アニマ(株)製)を用い、直立起立姿勢に現れる体重心の揺らぎを測り、そのパターンおよびデータから視覚系、前庭・半規管系、脊髄固有反射系、およびこれらの系を制御する中枢神経系の機能を検査して身体平衡機能を評価した。具体的には、三角形をした検出台に両踵をつけて自然立位をとらせ、開眼した状態で前方2mにある目標を注視させ、データの記録は身体動揺が安定した時点から開始し、1分間測定した。測定項目は、総軌跡長(重心動揺距離:計測時間内に重心点が移動した距離の全長で、動揺の大小を評価する指標)、矩形面積(前後および左右軸の動揺の最大幅で囲まれる長方形の面積で、動揺範囲の大小を評価する指標)、X軸方向動揺平均中心変位(左右における動揺中心と足型中心との距離であり、姿勢制御系の安定点と体重を支える足底との関係を評価する指標)とした。
《統計解析方法》
各測定結果の統計解析は、SPSS(登録商標) Static 25(IBM社)を用いてウィルコクソンの順位和検定を用い、有意水準は5%未満とした。
【0071】
試験例1におけるMMSE検査、SDS検査、SF-36検査および活動量測定結果を表2および図2に示す。
【0072】
【表2】
【0073】
(1)総合的な高次脳機能障害レベルの改善効果
介入開始前のMMSE検査の結果、被験者16名のうちMMSE得点が27点以下のMCIの疑いあり、または認知症の疑いありのMMSE下位群8名について、紅茶香気水およびプラセボ介入後における変化量を求め、比較した。介入開始前にMCIまたは認知症の疑いありと判定された人(MMSE下位群)ではMMSE得点が有意に上昇し(p<0.01)、高次脳機能障害レベルが「正常(28点以上)」に回復した(図2)。
【0074】
(2)高次脳機能障害周辺症状(心理症状:不安・抑うつ症状)の改善効果
介入開始前のSDS検査の結果、被験者16名のうちSDS得点が低下傾向の8名について、紅茶香気水およびプラセボ介入後における変化量を求め、比較した。SDS得点が低下傾向のSDS下位群ではSDS得点が有意に上昇し(p<0.05)、不安・抑うつ症状の改善が認められた。
【0075】
(3)健康関連QOLの改善効果
介入開始前のSF-36検査の結果、被験者16名のうちSF-36の3コンポーネントサマリースコアの精神的健康度が低下傾向の8名について、紅茶香気水およびプラセボ介入後における変化量を求め、比較した。精神的健康度が低下傾向の8名ではSF-36/精神的健康度(p<0.01、)、SF-36/活力度(p<0.01)、およびSF-36/心の健康度(p<0.01)が有意に上昇し、精神面での健康関連QOLの改善が認められた。
【0076】
(4)高次脳機能障害周辺症状(行動症状:睡眠変数、日中活動量)の改善効果
【0077】
全被験者におけるプラセボおよび紅茶香気水を提示した場合の各々の睡眠変数を求め、効果を検証した。その結果、紅茶香気水の提示により、プラセボを提示した場合に比べて入眠潜時、離床潜時が有意に減少し、睡眠効率が有意に改善する効果が示された。
【0078】
全被験者におけるプラセボおよび紅茶香気水を提示した場合の各々の日中行動変数を求め、効果を検証した。その結果、紅茶香気水の提示により、プラセボを提示した場合に比べて歩数、活動消費量および総消費量の全てにおいて増加する傾向がみられ、日中の身体運動活動が活発化することが示唆された。
【0079】
つぎに、試験例1における高次脳機能、運動調節機能および身体平衡機能測定結果を表3に示す。
【0080】
【表3】
【0081】
(5)高次脳機能および運動調節機能の改善効果
脳機能診断装置を用いた検査データを解析し、高次脳機能(視覚・聴覚・触覚に対する認知・実行機能、左右認識および短期記憶)および運動調節機能について、紅茶香気水およびプラセボ介入後における変化量を求め比較した。なお、解析対象者は介入開始前の検査において各々の検査項目で検査成績が悪かった下位8名とした。
【0082】
各知覚(視覚、聴覚、触覚)に対する反応時間について、紅茶香気水およびプラセボ介入後の変化量を比較した結果、プラセボに比べて紅茶香気水では有意に各知覚に対する反応時間が短縮した(いずれもp<0.01)。この結果から、視覚・聴覚・触覚に対する認知および実行機能が改善したことが示された。
【0083】
左右指示および短期記憶に対する応答時間について、紅茶香気水およびプラセボ介入後の変化量を比較した結果、プラセボに比べて紅茶香気水では有意に応答時間が短縮した(p<0.01)。この結果から、高次脳機能である左右認識および短期記憶機能が改善したことが示された。
【0084】
運動調節機能について、指を等間隔に叩打した際の叩打頻度(回/秒)に基づき、紅茶香気水およびプラセボ介入後の変化量を比較した結果、プラセボに比べて紅茶香気水では有意に指叩打頻度が増加した(p<0.01)。この結果から、運動調節機能(運動の強さや力の入れ具合、バランスなどを計算して調節する機能)が改善したことが示された。
【0085】
(6)身体平衡機能の改善効果
重心動揺計を用いた検査データを解析し、身体平衡機能について、紅茶香気水およびプラセボ介入後における変化量を求め比較した。なお、解析対象者は介入開始前の検査において各々の検査項目で検査成績が悪かった下位8名とした。
【0086】
重心動揺の総軌跡長(重心動揺距離)について紅茶香気水およびプラセボ介入後の変化量を比較した結果、プラセボに比べ紅茶香気水では総軌跡長が有意に短縮し(p<0.01)、身体動揺の大きさが抑制された。また、矩形面積の変化量を比較した結果、プラセボに比べて紅茶香気水では面積が有意に減少し(p<0.01)、動揺の範囲幅が減少した。さらに、左右方向における動揺平均中心変位の変化量を比較した結果、プラセボに比べて紅茶香気水では距離が有意に短縮し(p<0.01)、姿勢を制御する安定点と体重を支える足底の中心との距離関係が改善された。
【0087】
(試験例1の総括)
不眠意識のある高齢者において、ホトリエノールを含む紅茶香気水(香気成分3)の吸入は高次脳機能障害の周辺症状である行動症状(睡眠障害)および心理症状(不安・抑うつ症状)を有意に改善する効果があることが示された。さらに、日中の身体運動活動が活発化し、日中行動における生活の質(QOL)が改善したことが示された。また、高次脳機能(知覚認知・実行機能、左右認識機能および短期記憶機能)および小脳が司る運動調節機能を改善する効果が示された。また、脳機能診断装置を用いた全ての検査において有意な改善効果が示されたことから、文章読解、実行機能および問題解決力についても改善したことが示された。さらに、身体動揺を抑制、改善する効果があり、中枢神経系が制御する身体平衡機能を改善することが示された。
【0088】
[試験例2]
香気成分ホトリエノール摂取による高次脳機能、運動調節機能、身体平衡機能、および脳年齢の改善効果を評価した。
【0089】
(1)試験方法
試験品は、1粒(900mg)当たりホトリエノールを0.034mg含有するタブレット食品を用いた。タブレットは甘味料(エリスリトール)、ヒドロキシプロピルセルロース、デキストリン、ステアリン酸カルシウム、二酸化ケイ素を原材料とした。被験者は、25~67歳の健常な男女29名を対象とした。被験者は、図3に示すスケジュールに従い、試験品を1日当たり4粒(4~6時間おきに1粒)、2週間継続的に摂取した。試験品摂取期間の開始前と終了後に高次脳機能、運動調節機能、身体平衡機能、および脳年齢を測定した。高次脳機能、運動調節機能および身体平衡機能の測定方法は試験例1と同じ方法を用いた。
【0090】
《脳年齢の測定方法》
脳年齢の測定は、脳年齢計ATMT(ウェルアップ社)を用いた。タッチパネル上に表示される1から25までの数字を順に、できるだけ早く正確に押していくことで、記憶力と情報処理能力の低下傾向を測定し、2パターンの表示方法で測定した各々の反応時間の差異に基づき、短期記憶の有効活用度、疲れにくさ、および情報処理速度を数値化し、脳年齢を測定した。
【0091】
《統計解析方法》
各測定結果の統計解析は、SPSS Static 25(IBM社)を用いて、対応のあるt検定により検定を行い、有意水準は5%未満とした。
【0092】
試験例2における高次脳機能、運動調節機能、身体平衡機能および脳年齢測定結果を表4および図4に示す。
【0093】
【表4】
【0094】
(2)高次脳機能および運動調節機能の改善効果
高次脳機能のうち、視覚・聴覚・触覚に対する認知・実行機能、左右認識および短期記憶について、試験品摂取前後の実測値を用いて比較検定を行った。その結果、試験品摂取後に視覚および聴覚の情報に対する認知反応時間が有意に短縮した(いずれもp<0.01)。触覚情報に対する認知反応時間においては短縮する傾向が認められた(p=0.233)。また、左右認識および短期記憶に対する応答時間も有意に短縮した(いずれもp<0.01)。
【0095】
次に、運動調節機能について、指を等間隔に叩打した際の叩打頻度(回/秒)の試験品摂取前後の実測値を用いて比較検定を行った。なお、摂取前の検査において、指叩打頻度が多い指運動機能良好群(14名)と指叩打頻度が少ない指運動機能不良群(15名)に分けて解析を行った。その結果、指運動機能不良群において、摂取後に指叩打頻度が有意に増加し、運動機能の改善が示唆された(p <0.05)。
【0096】
(3)身体平衡機能の改善効果
重心動揺(総軌跡長および速度)について、試験品摂取前後の実測値を用いて比較検定を行った。なお、摂取前の検査において、総軌跡長が短い身体平衡機能良好群(14名)と総軌跡長が長い身体平衡機能不良群(15名)に分けて解析を行った。その結果、身体平衡機能不良群において、摂取後に総軌跡長および重心動揺速度が有意に減少し(いずれもp<0.05)、身体平衡機能を改善することが示された。
【0097】
(4)脳年齢の改善効果
脳年齢測定値と実年齢との差について、試験品摂取前後の比較検定を行った。なお、摂取前の検査において、脳年齢が実年齢よりも若い脳年齢良好群(14名)と脳年齢が実年齢よりも高い脳年齢不良群(15名)に分けて解析を行った。その結果、脳年齢不良群は、摂取後に脳年齢と実年齢の差が有意に小さくなり(p<0.05)、脳年齢が改善されたことが示された。また、脳年齢の判定基準のうち、短期記憶の有効活用度が有意に上昇していることが示された(p<0.05)。
【0098】
[総括]
試験例2の結果から、ホトリエノールは健常な成人において高次脳機能、運動調節機能、および身体平衡機能を改善するとともに、脳年齢を改善する効果が示された。また、試験例1で認められた同効果の有効成分がホトリエノールであることが確認された。
【産業上の利用可能性】
【0099】
本発明のホトリエノールを有効成分とする脳機能改善剤は、高次脳機能、運動調節機能および身体平衡機能を改善する。また、高次脳機能の低下に伴う心理・行動における初期症状(不安・抑うつ症状、睡眠障害)を改善し、生活の質(QOL)を向上する。本発明のホトリエノールを有効成分とする脳機能改善剤は、健康機能食品、飲料水、香粧品など、様々な用途で幅広く利用できる。

図1
図2
図3
図4