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特許7194557光学フィルタ、及び光量調整装置、撮像装置
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2022-12-14
(45)【発行日】2022-12-22
(54)【発明の名称】光学フィルタ、及び光量調整装置、撮像装置
(51)【国際特許分類】
   G02B 5/22 20060101AFI20221215BHJP
   G02B 5/28 20060101ALI20221215BHJP
   G03B 11/00 20210101ALI20221215BHJP
   G03B 9/00 20210101ALI20221215BHJP
   B32B 7/023 20190101ALI20221215BHJP
【FI】
G02B5/22
G02B5/28
G03B11/00
G03B9/00 Z
B32B7/023
【請求項の数】 14
(21)【出願番号】P 2018197775
(22)【出願日】2018-10-19
(65)【公開番号】P2020064257
(43)【公開日】2020-04-23
【審査請求日】2021-10-15
(73)【特許権者】
【識別番号】000104652
【氏名又は名称】キヤノン電子株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】110003281
【氏名又は名称】弁理士法人大塚国際特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】佐藤 安紘
【審査官】岩井 好子
(56)【参考文献】
【文献】特開2018-092030(JP,A)
【文献】特開2007-256565(JP,A)
【文献】特開2018-084647(JP,A)
【文献】特開2012-037610(JP,A)
【文献】特開平01-062458(JP,A)
【文献】特開2013-156619(JP,A)
【文献】国際公開第2018/088561(WO,A1)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
G02B 5/22
G02B 5/28
G03B 11/00
G03B 9/00
B32B 7/023
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
基板上に、光吸収膜と無機膜とからなる光吸収薄膜積層体と、
少なくとも屈折率の異なる複数の薄膜からなる光干渉薄膜積層体と、が基板側からこの順に形成された光学フィルタであって、
前記光干渉薄膜積層体と前記光吸収薄膜積層体は前記基板に対して異なる方向に応力特性を有し、
前記光干渉薄膜積層体と前記光吸収薄膜積層体との間に応力緩衝膜が形成され
前記光干渉薄膜積層体が圧縮応力、前記光吸収薄膜積層体が引張応力であることを特徴とした光学フィルタ。
【請求項2】
前記応力緩衝膜が金属膜であることを特徴とした請求項1に記載の光学フィルタ。
【請求項3】
前記応力緩衝膜が膜厚方向で連続的に組成が変化する傾斜膜であることを特徴とした請求項1または2に記載の光学フィルタ。
【請求項4】
基板上に、光吸収膜と無機膜とからなる光吸収薄膜積層体と、
少なくとも屈折率の異なる複数の薄膜からなる光干渉薄膜積層体と、が基板側からこの順に形成された光学フィルタであって、
前記光干渉薄膜積層体と前記光吸収薄膜積層体は前記基板に対して異なる方向に応力特性を有し、
前記光干渉薄膜積層体と前記光吸収薄膜積層体との間に応力緩衝膜が形成され、
前記光干渉薄膜積層体を形成する全ての薄膜が圧縮応力であることを特徴とした光学フィルタ。
【請求項5】
基板上に、光吸収膜と無機膜とからなる光吸収薄膜積層体と、
少なくとも屈折率の異なる複数の薄膜からなる光干渉薄膜積層体と、が基板側からこの順に形成された光学フィルタであって、
前記光干渉薄膜積層体と前記光吸収薄膜積層体は前記基板に対して異なる方向に応力特性を有し、
前記光干渉薄膜積層体と前記光吸収薄膜積層体との間に応力緩衝膜が形成され、
前記光吸収薄膜積層体を形成する全ての薄膜が引張応力であることを特徴とし
光学フィルタ。
【請求項6】
前記光干渉薄膜積層体が所望の光波長領域において透過帯域を有し、
紫外線、赤外線、可視光線の少なくとも1つを遮蔽する機能を有することを特徴とした請求項1~のいずれか一項に記載の光学フィルタ。
【請求項7】
基板上に、光吸収膜と無機膜とからなる光吸収薄膜積層体と、
少なくとも屈折率の異なる複数の薄膜からなる光干渉薄膜積層体と、が基板側からこの順に形成された光学フィルタであって、
前記光干渉薄膜積層体と前記光吸収薄膜積層体は前記基板に対して異なる方向に応力特性を有し、
前記光干渉薄膜積層体と前記光吸収薄膜積層体との間に応力緩衝膜が形成され、
前記光干渉薄膜積層体が所望の波長領域において反射防止機能を有していることを特徴とした光学フィルタ。
【請求項8】
前記光吸収薄膜積層体が所望の光波長領域においてND機能を有することを特徴とした請求項1~7のいずれか一項に記載の光学フィルタ。
【請求項9】
前記光吸収膜が、金属の酸化物あるいは窒化物であることを特徴とした請求項1~のいずれか一項に記載の光学フィルタ。
【請求項10】
基板上に、光吸収膜と無機膜とからなる光吸収薄膜積層体と、
少なくとも屈折率の異なる複数の薄膜からなる光干渉薄膜積層体と、が基板側からこの順に形成された光学フィルタであって、
前記光干渉薄膜積層体と前記光吸収薄膜積層体は前記基板に対して異なる方向に応力特性を有し、
前記光干渉薄膜積層体と前記光吸収薄膜積層体との間に応力緩衝膜が形成され、
前記応力緩衝膜が金属膜であり、
前記金属膜のプラズマ振動数が、
前記光干渉薄膜積層体の透過帯域もしくは前記光吸収薄膜積層体のND機能を有する波長領域の光の振動数よりも大きいことを特徴とした光学フィルタ。
【請求項11】
前記光吸収薄膜積層体が面内方向で連続的に透過率の異なる領域を有していることを特徴とした請求項1~10のいずれか一項に記載の光学フィルタ。
【請求項12】
開口内に進退自在な請求項1~11のいずれか一項に記載の光学フィルタと、前記光学フィルタを駆動する駆動部とを有することを特徴とする光量調整装置。
【請求項13】
請求項1~11のいずれか一項に記載の光学フィルタを複数枚有し、前記光学フィルタが所望の波長領域において透過率が異なることを特徴とした光量調整装置。
【請求項14】
請求項12または13に記載の光量調整装置と、前記光量調整装置を通過した光を撮像する撮像素子と、を有する撮像装置。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は光学フィルタ及び光学フィルタを有する光量調整装置、撮像装置に関するものである。
【背景技術】
【0002】
ビデオカメラ或いはデジタルスチルカメラ等の撮像系には、CCDやCMOSセンサなどからなる撮像素子が搭載されている。これらの撮像素子は光に対して人の眼とは異なる感度を有しており、撮影状況に応じて最適な映像を取得できるように光学フィルタによって撮像素子に入射する光波長や光量を調整している。
【0003】
撮影に不要な光波長が撮像素子に入射するのを妨げる光学フィルタとしては、例えば、赤外カットフィルタが挙げられる。赤外カットフィルタは人の眼が感度を持たない近赤外光波長を遮蔽する機能を有し、撮像素子よりも被写体側に赤外カットフィルタを配置することで、撮像素子に近赤外光波長の光が入射するのを防ぎ、人の眼が感じる色味により近い画像・映像が得られるようになる。
【0004】
撮像素子に入射する光量を調整する光学フィルタとしては、NDフィルタが挙げられる。NDフィルタは撮影に使用する光波長帯において透過率を略均一に減衰する機能を持ち、色の再現性を保ちながら、撮像素子に入射する光量を調整することができる。NDフィルタを用いて光量を調整することで、絞り機構による光量調整で発生しうるハンチング現象や光の回折による画像の劣化を低減し、より高品質の画像がれられるようになる。
【0005】
近年は撮像系の小型・軽量化の需要が高まっており、赤外カットフィルタとNDフィルタとの両方の機能を有する光学フィルタが開発されている。複数の光学機能を有する光学フィルタとすることで、光学フィルタの数や光学フィルタを駆動させる駆動系の数を減らすことができ、小型・軽量化に貢献している。また、近年は撮像素子の感度化が進んできており、光学フィルタの分光が経時変化することによる画質変化がより顕著に現れるようになってきている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0006】
【文献】特開2012-37610号公報
【文献】特開2013-156619号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
特許文献1、2には赤外カット機能を有する光干渉薄膜積層体(以下赤外遮蔽膜)と可視光波長においてND機能を有する光吸収薄膜積層体(以下可視ND膜)とを一体化させた光学フィルタが開示されている。所望の分光特性を得るためには、赤外遮蔽膜は少なくとも20~40層程度、可視ND膜はおおよそ10層程度の層数が必要である。つまり、各膜を一体とした場合は30~40層程度以上の積層体となり、その膜応力は大きなものとなる。膜応力による光学フィルタの反りやうねりなどの弊害を極力抑制するためには各膜の応力方向を反対方向にして各膜の応力を打ち消すようにすることが好ましい。しかしながら、特許文献1、2には基材のカーリングによる蒸着膜厚の再現性を考慮し、赤外遮蔽膜と可視ND膜の成膜順を決定しているが、光学フィルタ全体としての反りやうねりを低減するものではない。一方、各膜の膜応力を反対方向とすることで、光学フィルタ全体の反りやうねりを抑制することは可能であるが、各膜の界面において、剥離が発生しやすくなるという問題があった。
【0008】
更に、光吸収薄膜積層体は光吸収膜と無機薄膜とからなるが、光吸収膜は大気中の水蒸気などの影響を受けて酸化されやすい。このため、光吸収薄膜積層体は光干渉薄膜積体と比較し、分光特性が変化しやすいという問題があった。
【0009】
本発明の目的は、反りやうねりが小さく、密着性に優れ、且つ長期にわたり分光特性が安定な光干渉薄膜積体と光吸収薄膜積層体とからなる光学フィルタを提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0010】
上記課題を解決するために、本発明の光学フィルタは基板上に、光吸収膜と無機膜とからなる光吸収薄膜積層体と、少なくとも屈折率の異なる複数の薄膜からなる光干渉薄膜積層体と、が基板側からこの順に形成された光学フィルタであって、前記光干渉薄膜積層体と前記光吸収薄膜積層体は前記基板に対して異なる方向に応力特性を有し、前記光干渉薄膜積層体と前記光吸収薄膜積層体との間に応力緩衝膜が形成され、前記光干渉薄膜積層体が圧縮応力、前記光吸収薄膜積層体が引張応力であることを特徴とする。
【発明の効果】
【0011】
基板上に光吸収薄膜積層体と光干渉薄膜積層体とをこの順で構成することで、光学特性を長期にわたり安定なものとできる。また、光干渉薄膜積層体と光吸収薄膜積層体との応力方向を反対方向とし、光干渉薄膜積層体と光吸収薄膜積層体との間に応力緩衝膜を設けることで、光学フィルタの反りを低減しつつ、光干渉薄膜積層体と光吸収薄膜積層体の応力方向の違いによる密着性低下を極力抑制することができる。
【図面の簡単な説明】
【0012】
図1】本発明に係る光学フィルタの構成図
図2】実施例1に係る光学フィルタの構成図
図3】本発明に係る赤外遮蔽膜の分光透過率特性
図4】本発明に係る可視ND膜の分光透過率特性
図5】本発明に係る光学調整層を有する光学フィルタの構成図
図6】本発明に係る赤外遮蔽膜を分割成膜した光学フィルタの構成図
図7】分割成膜を行った赤外遮蔽膜の分光反射率特性
図8】本発明に係る他の光干渉薄膜積層体の分光透過率特性
図9】実施例2に係る光学フィルタの構成図
図10】実施例3に係る光学フィルタの構成図
図11】化学組成傾斜膜の組成変化
図12】実施例4に係る光学フィルタの構成図
図13】本発明に係る撮像光学系
【発明を実施するための形態】
【0013】
図を基に本発明に係る光学フィルタについて詳細に説明する。
【0014】
図1は本発明に係る光学フィルタの断面図を示したものである。本発明の光学フィルタは所望の光波長において透明な基板の少なくとも一方の面に、光吸収膜と無機薄膜との積層体である光吸収薄膜積層体と屈折率の異なる無機薄膜の積層体である光干渉薄膜積層体とが形成されており、光干渉薄膜積層体と光吸収薄膜積層体との間に応力緩衝膜が挿入されている。本発明に係る光干渉薄膜積層体と光吸収薄膜積層体は異なる応力方向を有し、基板の一方の面に光干渉薄膜積層体と光吸収薄膜積層体を形成しても、光学フィルタの反りが大きくならないようになっている。具体的には光干渉薄膜積層体は圧縮応力、光吸収薄膜積層体は引張応力となっている。
【0015】
本発明において、光吸収薄膜積層体上に光干渉薄膜積層体を形成する構成としたのは、光学特性を長期にわたり安定とするためである。光吸収薄膜積層体は光吸収層として用いられる金属あるいは金属低級酸化物、金属低級窒化物が大気中の水蒸気などの影響により酸化が進むと、光吸収膜の消衰係数が小さくなり、透過率が高くなってしまう。一方、光干渉薄膜積層体は一般に誘電体膜からなり、構成する各膜の酸化あるいは窒化、弗化が十分に進んでいるため、大気中の水蒸気の影響を受けて大きく分光特性が変化することはない。光吸収薄膜積層体の基板と接する面を除くすべての面を光干渉薄膜積層体で覆うことで、光吸収薄膜積層体が大気と接触するのを抑制し、長期にわたり安定した分光特性の光学フィルタとすることができる。
【0016】
(基板)
本発明に使用する基板としては、所望の光波長領域において透明な基板であれば、任意の基板を使用することが可能である。例えばガラスや水晶などの無機材料からなる基板や、ポリエステル系、ノルボルネン系、ポリエーテル系、アクリル系、スチレン系、PET(ポリエチレンテレフタレート)、PES(ポリエーテルスルホン)系、ポリスルホン系、PEN(ポリエチレンナフタレート)系、PC(ポリカーボネート)系、及びポリイミド系などの様々な合成樹脂基板を使用することができる。合成樹脂基板は、ガラスなどの無機基板に比べ、柔軟で軽く、加工性が良いが、膜応力や熱応力による変形や、水分による特性変化を起こしやすい。このため、合成樹脂基板を用いる場合は、高耐熱性(高ガラス転移温度Tg)、高曲げ弾性率、低吸水性の材料を用いることが望ましい。例えば、高耐熱性基板としてポリイミド系やPES系、曲げ弾性率が大きい基板としてはPET、低吸水性基材としてはノルボルネン系などが挙げられる。また、必要に応じて、例えばシルセスキオキサン骨格を有する有機‐無機ハイブリッド材料からなる基板などを用いてもよい。尚、本発明における所望の光波長領域において透明な基板とは、少なくとも光干渉薄膜積層体によって形成される透過帯域において透明であることを指す。例えば、光干渉薄膜積層体が紫外線や赤外線を遮蔽し、可視光を透過する機能を有する場合、基材は紫外線領域や赤外線領域のいずれか、もしくは両方に吸収を有するものでもよい。紫外線領域に吸収を有する基材としては、紫外線領域に光吸収特性を有する酸化亜鉛や酸化チタンなどの無機成分や既知の有機染料・顔料をガラスや樹脂に練り込んだ基材を用いることができる。赤外線領域に吸収を有する基板としては赤外線領域に光吸収特性を有する銅や鉄などの遷移金属イオンや、有機色素などを樹脂やガラスに練り込んだ基板を用いることができる。また、光干渉薄膜積層体が可視光線を遮蔽し、赤外線透過機能を有するものであれば、可視光領域に吸収を有する既知の染料や顔料を基材に練り込んだものを使用することもできる。
【0017】
基板の厚みとしては、小型・軽量化を考慮すると、剛性を保てる範囲で、できるだけ薄い方が好ましく、具体的には20μm~1mm、25μm~400μm程度が好適である。尚、光干渉薄膜積層体によって形成される透過帯域以外に光吸収を有する基板を用いる場合は、基板の光吸収特性も考慮し、基材厚みを決定する。
【0018】
(光干渉薄膜積層体)
本発明の光干渉薄膜積層体は屈折率の異なる2つ以上の無機薄膜を複数層積層することで得る。光干渉薄膜積層体は蒸着やスパッタリングなどによって形成され、屈折率の異なる複数の無機薄膜によって光干渉を起こし、これを利用して任意の光学特性を得る。無機薄膜としては、MgF2、SiO2、SiO、Si3H4、Al2O3、MgO、LaTiO3、ZrO2、TiO2、Nb2O5、Ta2O5などを用いることができる。
【0019】
光干渉薄膜積層体は例えば、所望の光波長領域に透過帯域を有し、紫外線領域、可視光線領域、赤外線領域の少なくとも1つの領域を遮蔽する遮蔽膜あるいは、反射防止膜である。
【0020】
ここで、遮蔽膜について説明する。遮蔽膜によって遮蔽する光波長領域における中心波長をλとすると、遮蔽膜は、光学膜厚がλ/4程度、具体的には0.7~1.3λ/4程度の屈折率の異なる無機薄膜が複数積層された構造を基本構成としている。但し、透過帯域のリップルを低減するためにλ/4から大きく離れた層を有していても良い。ここで光学膜厚とは、薄膜の屈折率をn、物理膜厚dとしたとき、n×dで表される。赤外線遮蔽膜のように、遮蔽する波長領域が広い場合や、複数の遮蔽領域が必要な場合は、遮蔽領域の波長を分割し、複数の遮蔽スタックを組み合わせてもよい。この時、例えば、基板の一方の面に第一遮蔽膜、もう一方の面に第二遮蔽膜を配置するように、基板の背反する面に遮蔽領域の異なる遮蔽膜を配置することで、合成樹脂基板や極薄のガラス基板等を用いても、膜応力による反りの小さい光学フィルタとすることができる。また遮蔽膜は比較的膜厚が厚く、積層数が多いため、蒸着源の輻射熱により成膜温度が高くなりやすい。このため、基板として合成樹脂基板を用いる場合は、成膜時に発生する熱による基板の変形を抑制するために、冷却機構を有する成膜装置を用いることが有効である。尚、遮蔽膜においては無機薄膜の屈折率差が大きい方が、所望の分光特性を得るのに必要な積層数が少なくなるため、極力屈折率差の大きい組み合わせとするのが好ましい。
【0021】
反射防止膜は、一般に可視光線における反射率を低減するものであるが、近年は可視光線~赤外線領域の全域において低反射率である広帯域反射防止膜の需要も高くなってきている。反射防止膜の最表層は低屈折率材料であることが好ましく、光学膜厚は中心波長をλとした時、λ/4程度であることが好ましい。
【0022】
本発明において、光干渉薄膜積層体を形成する無機薄膜は圧縮応力であることが好ましい。一般的にイオンプレーティング法や、イオンアシスト法などでより緻密な膜となるようにアシストを加えて成膜することで多くの膜材料が圧縮応力を持つ。アシストを加えて成膜することで、成膜時の再現性が向上し、更に成膜後の環境安定性も向上させることができる。また、更には、本発明の構成においては、アシスト成膜などより緻密な光干渉薄膜積層体とすることで、光吸収薄膜積層体の分光変化をより効果的に抑制することができる。尚、スパッタリング法では真空蒸着法よりも成膜エネルギーが大きく、積極的にアシストを加えなくても成膜時の再現性や環境安定性の良好な光干渉薄膜積層体を得られることがある。しかるべく条件で成膜した際に圧縮応力である無機薄膜としては例えば、SiO2、Al2O3、TiO2、Nb2O5、Ta2O5などが挙げられるが、これらに限らず、既知の圧縮応力を持ちうる材料を用いることができる。
【0023】
(光吸収薄膜積層体)
本発明の光吸収薄膜積層体は所望の光波長領域に光吸収特性を有する光吸収膜と無機薄膜とを複数積層することで得られる。光吸収薄膜積層体は蒸着やスパッタリング法などによって形成され、光吸収膜の光吸収特性や光吸収膜と無機薄膜との光干渉作用を利用して、所望の光波長領域における透過率が略同等となるように形成される。光吸収膜としては減衰したい波長領域に合わせてTi、Ni、Cr、Fe、Nb、Ta、等の金属や合金、酸化物、窒化物などを用いることができる。また、無機薄膜としては、MgF2、SiO2、SiO、Si3H4、Al2O3、MgO、LaTiO3、ZrO2、TiO2、Nb2O5、Ta2O5などを、光吸収膜の物性や必要とする分光特性に合わせて適宜選択することができる。なお、光吸収膜は金属の酸化物あるいは窒化物であることが好ましい。金属の酸化物や窒化物は金属膜と比較し消衰係数が小さく、比較的厚い膜厚を成膜することができるため、膜設計の自由度が増し、より分光特性の良好な光吸収薄膜積層体とすることができるためである。
【0024】
光吸収薄膜積層体は例えば、所望の光波長領域において略均一な分光透過率特性を有するND膜である。所望の光波長領域において略均一な分光透過率を有することで、カラーバランスを良好に保ちつつ、光量を均一に減衰することができる。必要とされる光減衰量に合わせて光吸収膜の厚みや、光吸収膜と無機薄膜との干渉条件を調整することで、所望の透過率を得ることができる。一般的にND膜は可視光波長領域において所望の光減衰機能を有するものであるが、近年は赤外光を照射しながら撮影する撮像装置や赤外光における反射スペクトルと可視光における反射スペクトルの相関関係から赤外光で撮影した画像に疑似カラーを付与する撮像装置が開発されてきており、赤外線領域においても透過率を略均一に減衰させるND膜の需要も高くなってきている。本実施例でいうND膜とは可視光波長領域、あるいは赤外線領域の少なくとも一方の領域において透過率が略均一となっている光吸収薄膜積層体を指す。
【0025】
ND膜は光学濃度(OD)が0.2以上であることが好ましい。光学濃度が0.2よりも小さいと、光吸収膜の膜厚が薄くなり、成膜時の光量制御が困難となるためである。ここで、光学濃度(OD)は透過率をTとした時、OD=Log(1/T)で表すことができる。
【0026】
光吸収薄膜積層体の成膜は真空蒸着法やスパッタリング法を用いることができるが、アシストは加えないことが好ましい。アシストを加える際に導入するガスの影響で光吸収膜の吸収特性が変化しやすく、光量の調整が難しくなるためである。アシストを加えないで成膜した場合、多くの蒸着材料で引張応力となる。例えば、しかるべき条件で成膜したときに引張応力を有する蒸着膜としては、MgF2、Al2O3、TiO2、Nb2O5、Ta2O5、TiOx(0<x<2)、NbOx(0<x<2.5)、TaOx(0<x<2.5)、TiNx(0<x<1)、Ti、Ni、Cr、Fe、Nb、Ta、等の金属や合金などが挙げられるが、これらに限らず、既知の引張応力を持ちうる蒸着材料を用いることができる。
【0027】
(応力緩衝膜)
本発明に係る応力緩衝膜について説明する。本発明における応力緩衝膜は金属膜あるいは組成が連続的に変化する傾斜膜である。
【0028】
先ず、金属膜について説明する。金属膜は金属結合からなる膜である。金属結合からなる膜は、共有結合やイオン結合からなる膜に比べ、延性に優れ、比較的自由に変形可能である。このため、応力方向の異なる光干渉薄膜積層体と光吸収薄膜積層体との間に、金属膜を配置することで、光干渉薄膜積層体と光吸収薄膜積層体の応力エネルギーが金属膜の変形に使用され、光干渉薄膜積層体と光吸収薄膜積層体との間で剥離が発生するのを抑制することができる。金属膜の種類は光学フィルタの光学特性を考慮し適宜選択される。本発明の金属膜は、金属元素からなる単体あるいは合金を指す。
【0029】
本発明において金属膜の膜厚は60Å以上であることが好ましい。60Åより膜厚が薄いと、金属膜は完全な層を形成せず、応力緩衝機能が極端に低減するためである。また、金属膜は光吸収薄膜積層体の光学濃度が0.2以上を満たせる程度の膜厚とすることが好ましい。
【0030】
本発明において金属膜は、プラズマ振動数が光干渉薄膜積層体の透過帯域や光吸収薄膜積層体のND領域の光の振動数よりも大きいことが好ましい。ここで、プラズマ振動数とは、金属の自由電子がプラズマ振動をする限界の振動数を指す。プラズマ振動数が光の振動数よりも大きい時、光が金属内へ侵入するのを防ぎ、反射させる。反対に、光の振動数がプラズマ振動数よりも大きいと、光は金属内に侵入し、金属によって吸収される。このため、金属膜のプラズマ振動数が対象とする光波長領域の光の振動数よりも大きい材料を選択することで、光干渉薄膜積層体の透過帯域や光吸収薄膜積層体のND領域における分光特性が金属膜の吸収特性による悪影響を極力受けにくく、所望の領域においてより平坦な分光特性を有する光学フィルタとすることができる。
【0031】
次に、傾斜膜について説明する。傾斜膜は膜厚方向に応力方向あるいは強度が連続的に変化する領域を有する膜を指す。傾斜膜を応力方向の異なる光干渉薄膜積層体と光吸収薄膜積層体の界面に配置することで、急激に応力強度や応力方向が変化するのを抑制することができる。
【0032】
傾斜膜は例えば、膜厚方向で連続的に化学組成あるいは膜密度が変化する膜である。化学組成の連続的変化は、例えば酸素比の連続変化である。傾斜膜において膜厚方向に酸素比を連続的に変化させることで、徐々に応力の大きさあるいは方向を変化させることができる。例えば傾斜膜をTiOy(0≦y≦2)とした時、成膜時に導入する反応ガスであるO2の導入量を徐々に減らすことで、yの値が小さくなり、これに伴い、応力も連続的に変化する。また、膜密度を連続的に変化させることで、傾斜膜の膜厚方向で徐々に応力を変化させることもできる。例えばTiO2において、傾斜膜成膜初期はアシストを加えて成膜し、徐々に加えるアシストを弱くしていくと、圧縮応力から引張応力へと連続的に応力方向を変化させることができる。また、傾斜膜成膜時に徐々にガス導入量を連続的に変化させることで、傾斜膜の膜密度を連続的に低くすることができ、傾斜膜の膜応力の大きさを徐々に変化させることができる。更には、複数の蒸着材料を同時に成膜し、その混合比率を変化させることでも応力の方向や大きさを連続的に変化させることができる。
【0033】
傾斜膜に光吸収性の材料を用いる場合は、光吸収薄膜積層体成膜時の光量制御精度や光学フィルタの帯電防止効果を考慮し、光吸収薄膜積層体の光学濃度が0.2以上を満たせる範囲の膜厚とするのが好ましい。
【0034】
(実施例1)
図2は本実施例に係る光学フィルタの構成図である。本実施例の光学フィルタは、赤外線吸収機能を有する赤外線吸収ガラス基板(板厚0.3mm)上に、可視光波長領域において略均一な透過率を有する光吸収薄膜積層体(以下可視ND膜)と赤外線遮蔽機能を有する光干渉薄膜積層体である赤外遮蔽膜とがこの順で形成されており、可視ND膜と赤外遮蔽膜との界面に応力緩衝膜であるTiが挿入されている。
【0035】
本実施例に関わる光学フィルタの作製方法について、詳しく説明する。
【0036】
まず、赤外線吸収ガラス基板に可視ND膜を成膜する。本実施例の可視ND膜は、光吸収膜であるTiOx(0<X<2)と無機薄膜であるAl2O3を複数層積層させ、図4に示すように可視光波長において光学濃度(OD)が0.6となるように成膜する。この際、必要に応じて反射防止膜を設けてもよい。反射防止膜を形成する場合は例えばMgF2やSiO2などをλ=550nmとして、光学膜厚がλ/4程度成膜するとよい。次に応力緩衝膜であるTi膜を形成する。Tiはプラズマ振動数が紫外線領域にあり、可視領域において反射特性あるいは吸収特性が急激に変化することがないため、赤外遮蔽膜や可視ND膜からなる光学フィルタを作製する場合に良好である。なお、Ti以外にもAl、Ag、Ni、Cr、Ta、Nb、Feなど様々な金属あるいはその合金を用いることができる。本実施例ではTi膜の膜厚を100Åとしているが、これに限らず、可視ND膜の光学特性に合わせ、任意の膜厚を成膜することができる。更に、赤外遮蔽膜を形成する。本実施例の赤外遮蔽膜は低屈折率材料であるSiO2と高屈折率材料であるTiO2の交互積層膜であり、図3に示すような分光特性を有している。本実施例でSiO2とTiO2の組み合わせを選択したが、低屈折率材料としてMgF2、高屈折率材料としてSi3H4、LaTiO3、ZrO2、TiO2、Nb2O5、Ta2O5などを任意に選択可能であり、また、必要に応じてAl2O3、MgOなどの中間屈折率材料を挿入してもよい。
【0037】
本実施例のように、赤外線吸収ガラス基板を用いる場合は、赤外遮蔽膜の透過領域から遮蔽領域へと遷移する透過不透過遷移波長領域内に存在する透過率が略50%となる波長(以下IR半値波長)が、赤外線吸収ガラス基板の有するIR半値波長よりも長波長側にあることが好ましい。より好ましくは、赤外線吸収ガラス基板の半値波長において、赤外遮蔽膜は高透過率であることが好ましい。一般に赤外遮蔽膜のIR半値波長に比べ、赤外線吸収ガラス基板のIR半値波長の方が製造バラツキが小さいため、赤外線吸収ガラス基板によって光学フィルタのIR半値波長を決定することでより安定した特性の光学フィルタを提供可能となる。
【0038】
本実施例の光学フィルタは、透過波長帯域である可視光波長において、低反射率であることが好ましい。可視ND膜上に応力緩衝膜や赤外遮蔽膜を成膜すると、可視ND膜と赤外遮蔽膜との間で光干渉作用により、透過波長帯域において反射が高くなることがある。この場合、図5に示すように、可視ND膜と赤外遮蔽膜との間に光学調整層を挿入することで透過波長帯域における反射を抑制することができる。光学調整層は透過波長帯域における反射を抑制するように任意の層数・膜厚を選択可能であるが、本実施例では赤外遮蔽膜の最表層であるSiO2上にSiO2とTiO2を形成した。光学調整層を挿入することで、赤外遮蔽膜と可視ND膜との光干渉条件を調整し、従来よりも透過波長領域における反射率を抑制することができる。光学調整層としては、SiO2やTiO2以外にもMgF2、SiO2、SiO、Si3H4、Al2O3、MgO、LaTiO3、ZrO2、TiO2、Nb2O5、Ta2O5などを任意に選択可能である。
【0039】
赤外遮蔽膜は図6に示すように赤外線の遮蔽領域を2つ以上に分割し、形成してもよい。例えば、図7に示すように光波長700~900nmの第一遮蔽領域を遮蔽する第一赤外遮蔽膜、光波長900~1200nmの第二遮蔽領域を遮蔽する第二赤外遮蔽膜とし、基板の背反する面に配置することもできる。このように配置することで、赤外遮蔽膜の応力による光学フィルタの反りを抑制することができる。尚、第一赤外遮蔽膜と第二赤外遮蔽膜の物理膜厚は略同等とすることが好ましい。また、第一赤外遮蔽膜の遮蔽領域と第二赤外遮蔽膜の遮蔽領域が一部重なるようにすることが好ましい。このようにすることで、成膜時の制御バラつきによって多少分光特性がばらついても、赤外領域において十分に赤外線を遮蔽できるためである。更に、必要に応じて紫外線遮蔽膜を形成することもできる。尚、可視ND膜は基板の両面に配置されていてもよいし、一方の面のみに配置されていてもよい。
【0040】
可視ND膜上に赤外遮蔽膜を形成することで、可視ND膜が大気中の水蒸気と接触するのを防止し、可視ND膜の光吸収層の酸化が進むことで透過率が高くなってしまうのを抑制することができる。
【0041】
可視ND膜は、面方向に連続的に光学濃度が変化する領域を有していてもよい。面方向に連続的に光学濃度の異なる領域を形成する方法としては、例えば、光吸収膜を成膜時に導入するガス量を調整し、酸化数または窒化数を面内方向で連続的に変化させる方法や、少なくとも光吸収膜の物理膜厚が面内方向で連続的に変化するように形成する方法がある。この際、光学フィルタの一部に可視ND膜が形成されていない領域、すなわち基板上に赤外線遮蔽膜のみが形成されている領域を設けてもよい。
【0042】
本実施例において、金属膜と可視ND膜に関しては真空蒸着法、赤外遮蔽膜はイオンプレーティング法により成膜したが、これに限らず、求められる特性や用途に合わせてイオンアシスト法やスパッタリング法などを任意に選択することができる。
【0043】
また、本実施例では光干渉薄膜積層体として赤外遮蔽膜、光吸収薄膜積層体として可視ND膜としているが、これらに限らず光干渉薄膜積層体としては図8に示すような分光特性を有する紫外線遮蔽膜や可視光線遮蔽膜、反射防止膜あるいは広帯域反射防止膜としてもよく、光吸収薄膜積層体としては赤外領域において略均一な透過率を有する赤外ND膜や可視光領域と赤外線領域の両方で略均一な透過率を有する可視赤外ND膜でもよい。
【0044】
光干渉薄膜積層体として、紫外線遮蔽膜を設ける場合は、光吸収薄膜積層体は可視ND膜、赤外ND膜、可視赤外ND膜のいずれかを設けることが好ましく、光干渉薄膜積層体として可視光線遮蔽膜を設ける場合は、赤外ND膜を設けることが好ましい。光干渉薄膜積層体として反射防止膜を設ける場合は、反射防止の対象波長を考慮し、光吸収薄膜積層体は可視ND膜、赤外ND膜、可視赤外ND膜のいずれかを選択することができる。
【0045】
尚、光干渉薄膜積層体として紫外線遮蔽膜を形成する場合は、基板として紫外線領域に吸収を有する材料を使用してもよい。また、光吸収薄膜積層体として可視光線遮蔽膜を形成する場合、可視光波長領域において光吸収特性を有する基板を用いることができる。このように光干渉薄膜積層体の遮蔽領域に光吸収特性を有する基板を用いることで、光薄膜干渉積層体の積層数を減らすことができ、光学フィルタの反りや製造コストを低減することができる。
【0046】
(実施例2)
図9に本実施例に係る光学フィルタの構成図を示す。本実施例の光学フィルタは、赤外線吸収ガラス基板(板厚0.3mm)上に、可視光波長領域において略均一な透過率を有する可視ND膜と赤外線遮蔽機能を有する赤外遮蔽膜とがこの順で形成されており、可視ND膜と赤外遮蔽膜との界面に応力緩衝膜であるTiO2からなる膜密度傾斜膜が設けられている。TiO2からなる膜密度傾斜膜は赤外遮蔽膜側から徐々に圧縮応力が小さくなり、可視ND膜との界面付近では引張応力となっている。
【0047】
本実施例に関わる光学フィルタの作製方法について説明する。
【0048】
まず、赤外線吸収ガラス基板に可視ND膜を成膜する。本実施例の可視ND膜は実施例1と同様である。次に、応力緩衝膜であるTiO2膜密度傾斜膜を形成し、更に赤外遮蔽膜を成膜する。赤外遮蔽膜の成膜方法は実施例1と同様である。
【0049】
TiO2膜密度傾斜膜の形成方法について説明する。本実施例ではTiO2膜密度傾斜膜はイオンプレーティング法により形成し、成膜時のアシスト条件を調整することで得た。TiO2膜密度傾斜膜は成膜時のアシスト条件を調整することで作製する。TiO2はイオンプレーティング法などのアシストを加えた条件では圧縮応力を有するが、真空蒸着法のようにアシストを印加しない場合、引張応力を持つ。TiO2傾斜膜成膜の初期は成膜時に電圧を印加せず、徐々に電圧を高くしていく。このように成膜することで、TiO2傾斜膜の膜応力を膜厚方向に連続的に変化させることが可能となる。
【0050】
本実施例では傾斜膜としてTiO2を用いたが、一般に蒸着膜はアシスト条件を弱くしていくことで膜密度が徐々に小さくなり、圧縮応力が小さくなっていく。TiO2に限らず、既に公知な蒸着膜であるMgF2、SiO2、SiO、Si3H4、Al2O3、MgO、LaTiO3、ZrO2、Nb2O5、Ta2O5、Ti、Ni、Cr、Fe、Nb、Ta等の金属や合金、低級酸化物や低級窒化物など様々な材料を用いることができる。より効果的には、アシスト条件やアシストの有無などの成膜条件によって応力方向が変化する材料であることが好ましい。成膜条件によって応力方向が変化する材料としては、例えば、TiO2、Al2O3、HfO2、Nb2O5、Ta2O5、などが挙げられるがこれらに限らず、すでに既知の様々な材料を用いることができる。
【0051】
本実施例では、アシスト条件を調整し、膜密度を変化させることで、応力を制御しているが、例えば、成膜時の導入ガス量を調整することでも傾斜膜を形成することができる。成膜時のガス導入量が少ない時には、蒸着材料粒子が蒸着機内のガス成分の分子と衝突する機会が少なく平均自由工程は大きくなる。平均自由工程が大きいと、蒸着材料粒子が大きいエネルギーを持ったまま基板に付着するので、膜密度の高い膜となる。一方、成膜時のガス導入量が多い時、蒸着材料粒子は蒸着機内のガス成分の分子との衝突により、平均自由工程は小さくなる。平均自由工程が小さくなると、基板に付着する蒸着材料の持つエネルギーが小さくなるために、膜密度が低くなる。つまり、成膜時のガス導入量を徐々に増やすことで、蒸着膜の膜密度を連続的に低減させることができる。
【0052】
本発明において光干渉薄膜積層体である赤外遮蔽膜は圧縮応力を、光吸収薄膜積層体である可視ND膜は引張応力を有していることが好ましく、この場合、傾斜膜の圧縮応力が大きい側に赤外遮蔽膜、圧縮応力の小さい側あるいは引張応力側に可視ND膜を配置することが好ましい。
【0053】
本実施例では、応力緩衝膜であるTiO2膜密度傾斜膜をイオンプレーティング法で形成しているが、これに限らず、真空蒸着法やスパッタリング法など、既知な様々な方法で成膜することができる。
【0054】
可視ND膜は実施例1と同様に、面内方向で光学濃度が連続的に変化する領域を有していてもよく、また、赤外線遮蔽膜と可視ND膜との間に光学調整層を形成してもよい。
【0055】
また、本実施例では光干渉薄膜積層体として赤外遮蔽膜、光吸収薄膜積層体として可視ND膜としているが、実施例1同様、これらに限らず光干渉薄膜積層体としては紫外遮蔽膜や可視光線遮蔽膜、反射防止膜としてもよく、光吸収薄膜積層体としては赤外ND膜や可視赤外ND膜でもよい。用途に応じて、光干渉薄膜積層体と光吸収薄膜積層体の組み合わせを適宜選択すればよい。
【0056】
本実施例において、本実施例において、可視ND膜に関しては真空蒸着法、赤外遮蔽膜はイオンプレーティング法により成膜したが、これに限らず、求められる特性や用途に合わせてイオンアシスト法やスパッタリング法などを任意に選択することができる。
【0057】
(実施例3)
図10に本実施例に係る光学フィルタの構成図を示す。本実施例の光学フィルタは、赤外線吸収ガラス基板(板厚0.3mm)上に、可視光波長領域において略均一な透過率を有する可視ND膜と赤外線遮蔽機能を有する赤外遮蔽膜と可がこの順で形成されており、可視ND膜と赤外遮蔽膜との界面に応力緩衝膜であるTiOy(0≦y≦2)からなる化学組成傾斜膜が設けられている。本実施例における化学組成傾斜膜は酸素比が連続的に変化し、それに伴い応力の大きさも連続的に変化している。
【0058】
本実施例に係る光学フィルタの作製方法について説明する。
【0059】
まず、赤外線吸収ガラスに可視ND膜を形成する。可視ND膜の形成方法については実施例1と同様である。次に、応力緩衝膜であるTiOy化学組成傾斜膜を形成し、更に赤外遮蔽膜を成膜する。赤外遮蔽膜の形成方法については実施例1と同様である。
【0060】
TiOy化学組成傾斜膜について説明する。本実施例ではTiOy化学組成傾斜膜を真空蒸着法で形成した。TiOy化学組成傾斜膜は成膜時に導入する反応性ガスの導入量を連続的に変化させることで作製することができる。例えば、TiOyの蒸着出発材料にTiを用い、成膜初期はO2ガスを導入せずに成膜し、徐々に導入するO2ガスの量を増やすことで、TiOy膜中の酸素比率(yの値)を大きくし、TiからTiO2へと徐々に変化させる。このようにすることで、赤外遮蔽膜あるいは可視ND膜と応力緩衝膜との間での応力が急激に変化するのを抑制することができ、密着性を改善することができる。
【0061】
化学組成傾斜膜は、例えば図11に示すように金属領域を一定以上有していることがより好ましい。金属領域を一定以上持たせることで、金属の延性による応力緩衝効果も期待できるためである。尚、金属の延性による応力緩衝効果を得るには60Å以上の金属領域を有していることが好ましい。金属領域を設ける場合、赤外蔽膜方向と可視ND膜方向の両方で連続的に化学組成が変化するようにしてもよいし、どちらか一方方向のみとしてもよい。更には、成膜時にアシスト条件などを調整し、膜密度を変化させてもよい。本実施例では、化学組成傾斜膜としてTiOyを用いているが、これに限らずSi、Ti、Ni、Cr、Fe、Nb、Ta等の金属や合金の低級酸化物や低級窒化物など様々な材料を用いることができる。
【0062】
本実施例では、応力緩衝膜であるTiOy化学組成傾斜膜を真空蒸着法で形成しているが、これに限らず、イオンプレーティング法やスパッタリング法など、既知な様々な方法で成膜することができる。
【0063】
可視ND膜は実施例1と同様に、面内方向で光学濃度が連続的に変化する領域を有していてもよく、また、赤外遮蔽膜と可視ND膜との間に光学調整層を形成してもよい。
【0064】
また、本実施例では光干渉薄膜積層体として赤外遮蔽膜、光吸収薄膜積層体として可視ND膜としているが、実施例1同様、これらに限らず光干渉薄膜積層体としては紫外遮蔽膜や可視光線遮蔽膜、反射防止膜としてもよく、光吸収薄膜積層体としては赤外ND膜や可視赤外ND膜でもよい。用途に応じて、光干渉薄膜積層体と光吸収薄膜積層体の組み合わせを適宜選択すればよい。
【0065】
本実施例において、可視ND膜に関しては真空蒸着法、赤外遮蔽膜はイオンプレーティング法により成膜したが、これに限らず、求められる特性や用途に合わせてイオンアシスト法やスパッタリング法などを任意に選択することができる。
【0066】
(実施例4)
図12に本実施例に係る光学フィルタの構成図を示す。本実施例の光学フィルタは、赤外線吸収ガラス基板(板厚0.3mm)上に、可視光波長領域において略均一な透過率を有する可視ND膜と赤外線遮蔽機能を有する赤外遮蔽膜とがこの順で形成されており、可視ND膜と赤外遮蔽膜との間に応力緩衝膜であるSiO2とAl2O3の比率が連続的に変化する混合率傾斜膜を形成している。混合率傾斜膜は、膜厚方向にSiO2とAl2O3との混合割合が連続的に変化しており、具体的には赤外遮蔽膜側はSiO2の比率が高く、可視ND膜側はAl2O3の比率が高くなっている。
【0067】
本実施例に係る光学フィルタの作製方法について説明する。
【0068】
まず、赤外線吸収ガラス基板に可視ND膜を成膜する。次に応力緩衝膜であるSiO2とAl2O3からなる混合率傾斜膜と赤外遮蔽膜を形成する。本実施例の可視ND膜、赤外遮蔽膜は実施例1と同様である。
【0069】
混合率傾斜膜について説明する。本実施例の混合率傾斜膜は真空蒸着法による多源蒸着によって作製した。SiO2の充填された坩堝とAl2O3の充填された坩堝をそれぞれ電子銃により加熱する。混合率傾斜膜の成膜初期はSiO2の充填された坩堝上にはシャッターが被せられ、Al2O3のみが蒸着される。一定時間経過後、SiO2の坩堝上のシャッターを退避させSiO2も蒸着させる。この時、SiO2を加熱する電子銃の出力を調整し、徐々にSiO2の成膜レートを早める。その後、Al2O3の坩堝上のみにシャッターを被せ、SiO2のみが蒸着されるようにする。このように成膜することで、SiO2とAl2O3の混合率が連続的に変化する混合率傾斜膜を形成することができる。本実施例では、SiO2とAl2O3を真空蒸着法で成膜したが、真空蒸着法ではSiO2は圧縮応力、Al2O3は引張応力を有する。すなわち、本実施例の混合率傾斜膜は、引張応力から徐々に圧縮応力へと応力が変化する。このような混合比率傾斜膜を応力方向の異なる可視ND膜と赤外遮蔽膜との間に配置することで、応力が急激に変化する領域をなくすことができる。本実施例では、SiO2とAl2O3の混合率傾斜膜としているが、これに限らず応力の異なる様々な材料を組み合わせることができる。より効果的に応力緩衝効果を得るためには、応力方向の異なる材料の組み合わせが好ましい。また、本実施例ではSiO2とAl2O3の2種を混合しているが3種以上の混合率傾斜膜としてもよい。混合率傾斜膜を形成する材料は、混合率傾斜膜に隣接する膜材料からなることが好ましく、隣接する膜に徐々に化学組成が近くなるように混合比率を傾斜させることが更に好ましい。このようにすることで、混合率傾斜膜と隣接する膜との化学的な密着性が良好となり、更なる密着強度の向上を図ることができる。
【0070】
本実施例では、応力緩衝膜である混合率傾斜膜を真空蒸着法で形成しているが、これに限らず、イオンプレーティング法やスパッタリング法など、既知な様々な方法で成膜することができる。
【0071】
可視ND膜は実施例1と同様に、面内方向で光学濃度が連続的に変化する領域を有していてもよく、また、赤外遮蔽膜と可視ND膜との間に光学調整層を形成してもよい。
また、本実施例では光干渉薄膜積層体として赤外遮蔽膜、光吸収薄膜積層体として可視ND膜としているが、実施例1同様、これらに限らず光干渉薄膜積層体としては紫外遮蔽膜や可視光線遮蔽膜、反射防止膜としてもよく、光吸収薄膜積層体としては赤外ND膜や可視赤外ND膜でもよい。用途に応じて、光干渉薄膜積層体と光吸収薄膜積層体の組み合わせを適宜選択すればよい。
【0072】
本実施例において、本実施例において、可視ND膜に関しては真空蒸着法、赤外遮蔽膜はイオンプレーティング法により成膜したが、これに限らず、求められる特性や用途に合わせてイオンアシスト法やスパッタリング法などを任意に選択することができる。
【0073】
(比較例1)
赤外線吸収ガラス基板上に可視光波長領域において略均一な透過率を有する可視ND膜と赤外線遮蔽機能を有する赤外遮蔽膜とをこの順で形成した光学フィルタを作製した。ここで、赤外遮蔽膜と可視ND膜は実施例1~4で作製した光学フィルタと同様である。
【0074】
実施例1~4で作製した光学フィルタと比較例の光学フィルタで、クロスカット試験を行うことで密着性の比較評価を行った。その結果を表1に示す。クロスカット試験により100マス中剥離発生が0マスのものを○、1~10マスのものを△、11マス以上のものを×としている。
【0075】
表1より、実施例1~4の光学フィルタでは剥離が見られず良好な密着性を得られていることが確認できた。なお、比較例1では可視ND膜と赤外遮蔽膜との界面で剥離が発生している。
【0076】
本比較例の結果より、本発明の光学フィルタが有する応力緩衝膜が光薄膜積層構造体と光吸収薄膜積層体との密着性向上に有効であることが確認できた。
【0077】
【表1】
【0078】
(比較例2~5)
実施例1~4の光学フィルタと、実施例1~4の光学フィルタにおいて、赤外遮蔽膜と可視ND膜の成膜順序を入れ替えた光学フィルタそれぞれ比較例2~5とした。なお、赤外遮蔽膜や可視ND膜、応力緩衝膜に関してはそれぞれ実施例1~4と同条件である。
【0079】
実施例1~4で作製した光学フィルタと比較例2~5の光学フィルタとで、経時変化による光学濃度(透過率)の変化を比較した。表2は、実施例1~4と比較例2~5の光学フィルタの高温高湿試験1000hr前後での、光波長450~500nmの平均透過率より算出した光学濃度の変化量を示した表である。なお、本評価での透過率測定は、分光光度計(日立ハイテクノロジーズ社製:U4100)を用いた。
【0080】
表2より、実施例1~4の光学フィルタは比較例2~5の光学フィルタと比較し、高温高湿試験による光学濃度変化量が小さいことが分かる。これは実施例1~4の光学フィルタは可視ND膜の膜厚方向の表面を、赤外遮蔽膜により覆っているため、可視ND膜が大気中の水蒸気を接触するのを抑制し、可視ND膜の光吸収膜が酸化し、消衰係数が小さくなることを防いでいるためである。
【0081】
本比較例の結果より、本発明の実施例1~4の光学フィルタの構成順は、分光特性の安定化に効果的であることが確認できた。
【0082】
【表2】
【0083】
図13は本発明に係る撮像光学系を示した図である。入射光はレンズ11、15~17、絞り羽根、12a、12bや光学フィルタ13等から形成される光量調整装置20を通り、CCDやCMOSセンサから成る撮像素子18へと入射して電気信号に変換され映像化される。絞り羽根12a、12bの位置情報は光量制御部19へと伝達され、光量制御部19は撮像素子18からの光量情報と絞り羽根12a、12bの位置情報から最適な開口となるように絞り羽根12a、12bを駆動させる。光学フィルタ13には、実施例1~4で作製した光学フィルタが挿入され、光学フィルタ13は撮像素子18に入射する光量によって光学フィルタ13を自由に駆動させる光学フィルタ駆動部14によって、光路へ進退させられる。光吸収薄膜積層体の光学濃度の異なる複数枚の光学フィルタ13を有していることが好ましく、赤外遮蔽機能を有するIRカットフィルタや反射防止機能を有するARフィルタ、IRパスフィルタなどを有していることが更に好ましい。
【0084】
主に可視光を利用して撮影する撮像装置の撮像光学系では、光学フィルタの光干渉薄膜積層体として赤外遮蔽膜、光吸収薄膜積層体として可視ND膜が形成された光学フィルタ13を用いる。可視光線を利用する撮影の場合、撮像素子の感度特性の内、可視光領域の感度以外は不要であり、特に近赤外線領域近辺の感度は赤味の発生などの不都合を引き起こす。このため、赤外線遮蔽機能を有する光学フィルタ13を光路に挿入する。光学フィルタ13は可視光領域において光減衰機能を有しており、赤外線領域の光を遮蔽すると共に可視光線の光量を調整することができる。光吸収薄膜積層体の光学濃度の異なる複数枚の光学フィルタを有している場合は、光量に応じて最適な光学濃度を有しているフィルタを選択して光路に挿入する。尚、可視光波長領域において光減衰機能が不要な時は、IRカットフィルタを挿入すればよい。
【0085】
監視カメラのように、赤外線領域の光も撮影に利用する撮像装置の撮像光学系では、光学フィルタの光干渉薄膜積層体として可視光遮蔽膜、光吸収薄膜積層体として赤外ND膜が形成された光学フィルタ13を用いてもよい。赤外線領域を利用して撮影する際は、可視光線領域の光がノイズとなって画質が劣化する虞があるため、可視光を遮蔽することが好ましい。被写体の赤外線輝度に合わせて、最適な光学濃度の赤外ND膜を有する光学フィルタ13を光路に挿入することで、撮影状況に応じて最適な画像を得ることが可能となる。尚、赤外線領域において光減衰機能が不要な時は、赤外線領域のみを透過するIRパスフィルタを光路に挿入する。また、赤外線も可視光もともに遮蔽する必要のない時はARフィルタを光路に挿入させておくこともできる。ARフィルタの反射防止対象領域はカメラの用途に合わせて可視光、赤外線、その両方と任意に選択可能である。
【0086】
光干渉薄膜積層体を基板の両面に分割して成膜する場合、少なくとも光学フィルタの遮蔽領域と透過領域の境界を決定する光干渉薄膜積層体よりも撮像素子側に光吸収薄膜積層体を形成していることが好ましい。また、光学フィルタの基板として光干渉薄膜積層体の遮蔽領域に光吸収特性を有する基板を用いる場合、光学フィルタの遮蔽領域と透過領域の境界を有する光干渉薄膜積層体よりも撮像素子側に基板を配置するように光学フィルタを形成することが好ましい。このようにすることで、ゴーストなどの要因となりやすい光学フィルタの遮蔽領域と透過領域の境界領域の光反射を抑制することができ、より高画質な画像を得ることが可能となる。
【0087】
なお、本実施例1~4の光学フィルタは、板厚0.3mmと比較的薄い基板を用いているものの、光干渉薄膜積層体と光吸収薄膜積層体の応力方向が異なることで、反りが抑制されている。このため、光学フィルタの反りによる弊害、例えば反りによる配置スペースの増大や、光学フィルタに入射する光の入射角の違いによる分光特性変化が抑制されたものとなっている。
【0088】
本撮像光学系に、実施例1~4の光学フィルタを用いることで、小型軽量化に貢献しつつ、反りやうねりが小さく、密着性が良好で、長期にわたり安定した分光特性を有する撮像光学系を提供することができる。
【符号の説明】
【0089】
1 光学フィルタ
2 基板
3 光吸収薄膜積層体
3′ 可視ND膜
4 応力干渉膜
4′ 金属膜
4′′ 膜密度傾斜膜
4′′′ 化学組成傾斜膜
4′′′′混合率傾斜膜
5 光干渉薄膜積層体
5′ 赤外遮蔽膜
5′a 第一赤外遮蔽膜
5′b 第二赤外遮蔽膜
6 光学調整層

図1
図2
図3
図4
図5
図6
図7
図8
図9
図10
図11
図12
図13