(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2022-12-15
(45)【発行日】2022-12-23
(54)【発明の名称】苦味ペプチド除去剤、食品又は医薬品の製造方法、及び苦味ペプチドを除去する方法
(51)【国際特許分類】
B01J 20/10 20060101AFI20221216BHJP
A23J 3/34 20060101ALI20221216BHJP
C01B 33/157 20060101ALI20221216BHJP
B01J 20/28 20060101ALI20221216BHJP
B01D 15/00 20060101ALI20221216BHJP
【FI】
B01J20/10 D
A23J3/34 ZNA
C01B33/157
B01J20/28 Z
B01D15/00 Z
(21)【出願番号】P 2018143822
(22)【出願日】2018-07-31
【審査請求日】2021-07-21
(73)【特許権者】
【識別番号】000237112
【氏名又は名称】富士シリシア化学株式会社
(73)【特許権者】
【識別番号】504139662
【氏名又は名称】国立大学法人東海国立大学機構
(74)【代理人】
【識別番号】110000578
【氏名又は名称】名古屋国際弁理士法人
(72)【発明者】
【氏名】上村 光浩
(72)【発明者】
【氏名】小川 光輝
(72)【発明者】
【氏名】本多 裕之
(72)【発明者】
【氏名】清水 一憲
(72)【発明者】
【氏名】今井 健人
(72)【発明者】
【氏名】池田 彩
【審査官】柴田 昌弘
(56)【参考文献】
【文献】特開2011-056509(JP,A)
【文献】特開平04-045750(JP,A)
【文献】特開平11-018724(JP,A)
【文献】特開平11-019507(JP,A)
【文献】特開昭49-046598(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
B01J 20/00-20/34
C01B 33/00-33/193
B01D 15/00-15/42
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
タンパク質の加水分解物の溶液から
、疎水度は-1.0以上4.5以下であり、等電点は5.0以上12.0以下である苦味ペプチドを除去する、苦味ペプチド除去剤であって、
前記苦味ペプチド除去剤は焼成シリカゲルを含む、苦味ペプチド除去剤。
【請求項2】
前記タンパク質の加水分解物の溶液が、酵素によって前記タンパク質を加水分解した溶液である、請求項1に記載の苦味ペプチド除去剤。
【請求項3】
前記焼成シリカゲルは、1.0個/nm
2以上5.5個/nm
2以下のシラノール基を有する、請求項1又は請求項2に記載の苦味ペプチド除去剤。
【請求項4】
前記焼成シリカゲルの比表面積が、50m
2/g以上1000m
2/g以下である、請求項1~請求項
3のいずれか1項に記載の苦味ペプチド除去剤。
【請求項5】
前記焼成シリカゲルの平均細孔径が、2nm以上100nm以下である、請求項1~請求項
4のいずれか1項に記載の苦味ペプチド除去剤。
【請求項6】
タンパク質の加水分解物を含む、食品又は医薬品の製造方法であって、
前記タンパク質の加水分解物の溶液を焼成シリカゲルに接触させた後、前記溶液と前記焼成シリカゲルとを分離することにより、前記溶液に含まれる
、疎水度は-1.0以上4.5以下であり、等電点は5.0以上12.0以下である苦味ペプチドを除去する工程を有する、製造方法。
【請求項7】
前記タンパク質の加水分解物の溶液が、酵素によって前記タンパク質を加水分解した溶液である、請求項
6に記載の製造方法。
【請求項8】
前記焼成シリカゲルは、1.0個/nm
2以上5.5個/nm
2以下のシラノール基を有する、請求項
6又は請求項
7に記載の製造方法。
【請求項9】
タンパク質の加水分解物の溶液から
、疎水度は-1.0以上4.5以下であり、等電点は5.0以上12.0以下である苦味ペプチドを除去する方法であって、
前記溶液と焼成シリカゲルとを接触させた後、前記溶液と前記焼成シリカゲルとを分離する工程を有する、苦味ペプチドを除去する方法。
【請求項10】
前記タンパク質の加水分解物の溶液が、酵素によって前記タンパク質を加水分解した溶液である、請求項
9に記載の苦味ペプチドを除去する方法。
【請求項11】
前記焼成シリカゲルは、1.0個/nm
2以上5.5個/nm
2以下のシラノール基を有する、請求項
9又は請求項
10に記載の苦味ペプチドを除去する方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本開示は、タンパク質の加水分解物の溶液から苦味ペプチドを除去する、苦味ペプチド除去剤に関する。
【背景技術】
【0002】
タンパク質の加水分解物は、食品分野や医療分野で幅広く利用されている。
しかしながら、非特許文献1に記載されているとおり、タンパク質を加水分解すると、苦味ペプチドと呼ばれる、苦味を呈するペプチドが生成される。そのため、タンパク質の加水分解物を含む食品や医薬品は、不快な苦味を呈する場合がある。
【0003】
タンパク質の加水分解物に含まれる苦味ペプチドを除去する方法として、特許文献1には、特定のタンパク質の加水分解物の溶液を、活性炭を用いて処理することが記載されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【非特許文献】
【0005】
【文献】西脇俊和、「マイタケ由来タンパク質分解酵素の食品加工利用」、日本醸造協会誌、第108巻第8号、2013、p575-582
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
しかし、本発明者らの検討によれば、特許文献1に記載のように、活性炭でタンパク質の加水分解物の溶液を処理した場合、苦味ペプチドが除去されるだけでなく、旨味を呈する旨味ペプチドも除去されてしまうことが判明した。
【0007】
そこで、本開示の一局面は、タンパク質の加水分解物の溶液から、選択的に苦味ペプチドを除去することができる苦味ペプチド除去剤を提供することを目的としている。
【課題を解決するための手段】
【0008】
本開示の一態様は、タンパク質の加水分解物の溶液から苦味ペプチドを除去する、苦味ペプチド除去剤であって、苦味ペプチド除去剤は焼成シリカゲルを含む。
このような構成によれば、タンパク質の加水分解物の溶液から選択的に苦味ペプチドを除去することができる。
【0009】
本開示の一態様では、タンパク質の加水分解物の溶液が、酵素によってタンパク質を加水分解した溶液であってもよい。
本開示の一態様では、焼成シリカゲルは、1.0個/nm2以上5.5個/nm2以下のシラノール基を有してもよい。
【0010】
本開示の一態様では、苦味ペプチドの疎水度が、-1.0以上4.5以下であってもよい。
本開示の一態様では、苦味ペプチドの等電点が、5.0以上12.0以下であってもよい。
本開示の一態様では、焼成シリカゲルの比表面積が、50m2/g以上1000m2/g以下であってもよい。
【0011】
本開示の一態様では、焼成シリカゲルの平均細孔径が、2nm以上100nm以下であってもよい。
また、本開示の別の態様は、タンパク質の加水分解物を含む、食品又は医薬品の製造方法であって、タンパク質の加水分解物の溶液を焼成シリカゲルに接触させた後、溶液と焼成シリカゲルとを分離することにより、溶液に含まれる苦味ペプチドを除去する工程を有する、製造方法である。
【0012】
このような構成によれば、苦味ペプチドが選択的に除去されたタンパク質の加水分解物の溶液を含む、食品又は医薬品を製造することができる。
本開示の別の態様では、タンパク質の加水分解物の溶液が、酵素によってタンパク質を加水分解した溶液であってもよい。
【0013】
本開示の別の態様では、焼成シリカゲルは、1.0個/nm2以上5.5個/nm2以下のシラノール基を有してもよい。
本開示の別の態様では、苦味ペプチドの疎水度が、-1.0以上4.5以下であってもよい。
本開示の別の態様では、苦味ペプチドの等電点が、5.0以上12.0以下であってもよい。
【0014】
本開示の更に別の態様は、タンパク質の加水分解物の溶液から苦味ペプチドを除去する方法であって、溶液と焼成シリカゲルとを接触させた後、溶液と焼成シリカゲルとを分離する工程を有する。
【0015】
このような構成によれば、タンパク質の加水分解物の溶液から選択的に苦味ペプチドを除去することができる。
本開示の更に別の態様では、タンパク質の加水分解物の溶液が、酵素によってタンパク質を加水分解した溶液であってもよい。
【0016】
本開示の更に別の態様では、焼成シリカゲルは、1.0個/nm2以上5.5個/nm2以下のシラノール基を有してもよい。
本開示の更に別の態様では、苦味ペプチドの疎水度が、-1.0以上4.5以下であってもよい。
本開示の更に別の態様では、苦味ペプチドの等電点が、5.0以上12.0以下であってもよい。
【図面の簡単な説明】
【0017】
【
図1】3残基のペプチドの焼成シリカゲルへの吸着割合と、そのペプチドの疎水度及び等電点との関係を示した図。
【
図2】5残基のペプチドの焼成シリカゲルへの吸着割合と、そのペプチドの疎水度及び等電点との関係を示した図。
【
図3】7残基のペプチドの焼成シリカゲルへの吸着割合と、そのペプチドの疎水度及び等電点との関係を示した図。
【
図4】3残基のペプチドの焼成していないシリカゲルへの吸着割合と、そのペプチドの疎水度及び等電点との関係を示した図。
【
図5】2種混合系での吸着実験におけるHPLC測定結果を示した図。
【
図6】2種混合系での吸着実験における、苦味ペプチド及び旨味ペプチドの吸着割合を示した図。
【発明を実施するための形態】
【0018】
以下、本開示の一態様に係る苦味ペプチド除去剤について詳細に説明する。
[苦味ペプチド除去剤]
本開示の一態様に係る苦味ペプチド除去剤は焼成シリカゲルを含む。
【0019】
本発明者らの検討によれば、焼成シリカゲルは、タンパク質の加水分解物の溶液から苦味ペプチドを選択的に除去することができる。
苦味ペプチドは、疎水性基が舌の苦味受容体を刺激することによって苦味を呈することが知られている(非特許文献1参照)。すなわち、苦味ペプチドは一般的に疎水度が高いペプチドである。これに対し、旨味ペプチドはこのような疎水性基を有さないため、その疎水度が苦味ペプチドよりも相対的に低いと考えられる。
【0020】
本発明者らの検討によれば、焼成シリカゲルは、
図1~3に示すように疎水度及び等電点が高いペプチドを吸着しやすい。
図1は、3残基のペプチドの焼成シリカゲルへの吸着割合と、そのペプチドの疎水度及び等電点との関係を示した図である。
図1中、焼成シリカゲルへの吸着割合は3段階で示してある。
図1のとおり、焼成シリカゲルは、疎水度が比較的高く等電点が比較的高いペプチドを吸着しやすいという性質を有している。そして、
図1において、黒丸は後述する3残基の苦味ペプチドをスポットしたものであり、白丸は後述する3残基の旨味ペプチドをスポットしたものである。
図1から明らかなように、苦味ペプチドは旨味ペプチドと比べて疎水度が高く、焼成シリカゲルへの吸着割合も苦味ペプチドの方が旨味ペプチドと比べて高いことがわかる。
【0021】
図2は、5残基のペプチドの焼成シリカゲルへの吸着割合と、そのペプチドの疎水度及び等電点との関係を示した図であり、
図3は、7残基のペプチドの焼成シリカゲルへの吸着割合と、そのペプチドの疎水度及び等電点との関係を示した図である。いずれの図においても、苦味ペプチドは、吸着割合の高いエリアに属していることが分かる。なお、
図1~3は、いずれもpH7.0の溶液中における吸着割合を示している。
【0022】
以上示したとおり、焼成シリカゲルが苦味ペプチドを選択的に除去することができるのは、焼成シリカゲルが疎水度の高い苦味ペプチドをより吸着しやすいためであると推測される。
【0023】
[焼成シリカゲル]
焼成シリカゲルとは、通常合成されるシリカゲルを更に焼成することで得られるシリカゲルである。
【0024】
本発明者らの検討によれば、苦味ペプチドの吸着性能が、焼成シリカゲルの方が焼成していないシリカゲルよりも格段に向上している。
図4は、3残基のペプチドの焼成していないシリカゲルへの吸着割合と、そのペプチドの疎水度及び等電点との関係を示した図である。
図1と
図4とを比較すると、焼成していないシリカゲルは、焼成シリカゲルと比べて全体的にペプチドの吸着割合が低いことが分かる。そして、苦味ペプチドの吸着性能が、焼成シリカゲルの方が焼成していないシリカゲルよりも高いことが分かる。なお、
図4は、pH7.0の溶液中における吸着割合を示している。
【0025】
これは、焼成シリカゲルの疎水度が焼成していないシリカゲルよりも高く、疎水性相互作用によって、疎水度の高い苦味ペプチドを選択的に吸着しやすいからであると考えられる。シリカゲルを焼成すると、シラノール基どうしが脱水縮合するため、シリカゲルの表面に存在しているシラノール基の数が減少する。そのため、焼成していないシリカゲルに比べて焼成シリカゲルは疎水度が高い。
【0026】
焼成シリカゲルの表面積当たりのシラノール基の数は、1.0個/nm2以上であることが好ましく、1.5個/nm2以上であることがより好ましい。また、シラノール基の数は、5.5個/nm2以下であることが好ましく、4.0個/nm2以下であることがより好ましい。シラノール基の数が少なければ、焼成シリカゲルの疎水度が高くなり、シラノール基の数が多ければ、焼成シリカゲルの疎水度が低くなる傾向がある。シラノール基の数が上記範囲であると、焼成シリカゲルの疎水度が高いため、苦味ペプチドを吸着しやすい。
【0027】
焼成シリカゲルを得るための焼成温度は、250℃以上であることが好ましい。焼成温度が250℃以上であると、焼成シリカゲルの表面のシラノール基を少なくすることができる。焼成温度は、550℃以上であることがより好ましい。焼成温度が550℃以上であると、焼成シリカゲルの表面のシラノール基をより少なくすることができる。また、焼成温度は、900℃以下であることが好ましく、750℃以下であることがより好ましい。焼成温度が900℃以下であると、シリカゲルの溶融が起こらず所望の物性を得ることができる。
【0028】
焼成シリカゲルの比表面積は、50m2/g以上であることが好ましい。比表面積が50m2/g以上であると、苦味ペプチドをより多く吸着する。また、比表面積は、1000m2/g以下であることが好ましく、800m2/g以下であることがより好ましい。比表面積は、JIS K1150“シリカゲル試験方法”に準拠する方法によって測定した値である。
【0029】
焼成シリカゲルの平均細孔径は、2nm以上であることが好ましい。平均細孔径が2nm以上であると、苦味ペプチドが焼成シリカゲルの細孔内に拡散しやすくなり吸着平衡が早くなる。また、平均細孔径は、100nm以下であることが好ましく、40nm以下であることがより好ましい。焼成シリカゲルの平均細孔径は、JIS Z8831-3“粉体(固体)の細孔径及び分布及び細孔特性-第3部:ガス吸着によるミクロ細孔の測定方法”に準拠して測定した値である。
【0030】
焼成シリカゲルの細孔容積は、特に制限はされないが、0.1ml/g以上であることが好ましく、2.0ml/g以下であることが好ましい。焼成シリカゲルの平均細孔径は、JIS Z8831-3“粉体(固体)の細孔径及び分布及び細孔特性-第3部:ガス吸着によるミクロ細孔の測定方法”に準拠して測定した値である。
【0031】
焼成シリカゲルのpHは、7.5以上であることが好ましく、7.8以上であることがより好ましい。また、焼成シリカゲルのpHは、10.0以下であることが好ましく、9.3以下であることがより好ましい。焼成シリカゲルのpHがこの範囲であると、焼成シリカゲルが溶液中で安定的に維持され、また、苦味ペプチドを効果的に吸着することができる。なお、焼成シリカゲルのpHとは、焼成シリカゲルと水とを質量比でシリカゲル:水=5:100の割合で混合して得たスラリーのpHをいう。
【0032】
焼成シリカゲルは粒子状であることが好ましい。粒子状の焼成シリカゲルとしては、球状体、及び破砕体が挙げられる。焼成シリカゲルの体積平均粒子径は、2μm以上であることが好ましく、3μm以上であることがより好ましい。また、焼成シリカゲルの体積平均粒子径は、2000μm以下であることが好ましく、1000μm以下であることがより好ましく、200μm以下であることが更に好ましい。体積平均粒子径は、水溶液中でレーザー回折/散乱粒子径分布測定装置を用いて測定した値である。
【0033】
本開示の一態様に係る苦味ペプチド除去剤は、植物性及び動物性問わず、幅広いタンパク質の加水分解物の溶液に対し適用することができる。タンパク質の加水分解物の具体例としては、米タンパク質、大豆タンパク質、トウモロコシタンパク質、小麦タンパク質などの植物性タンパク質の加水分解物、及び、乳タンパク質(β-ラクトグロブリン及びカゼインが例として挙げられる)、牛血清などの動物血清タンパク質、鶏卵および鶏肉タンパク質、魚肉タンパク質などの動物性タンパク質の加水分解物が挙げられる。これらの中でも、本開示の一態様に係る苦味ペプチド除去剤は、乳タンパク質の加水分解物、及び大豆タンパク質の加水分解物に好適に用いることができる。
【0034】
また、本開示の一態様に係る苦味ペプチド除去剤は、様々な手法によって加水分解されたタンパク質の溶液に適用することができる。それらの中でも、本開示の一態様に係る苦味ペプチド除去剤は、特に、プロテアーゼ、及びペプシンなどの酵素によって加水分解されたタンパク質の溶液に対して好適に用いることができる。
【0035】
なお、本開示において、苦味ペプチドとは、ヒトの苦味受容体に結合するペプチドを指す。
苦味ペプチドとしては、その疎水度が-1.0以上の苦味ペプチドが焼成シリカゲルに吸着しやすい。また、疎水度が4.5以下の苦味ペプチドが焼成シリカゲルに吸着しやすく、4.0以下のものが焼成シリカゲルにより吸着しやすい。苦味ペプチドの疎水度は、A Simple Method for Displaying the Hydropathic Character of a Protein,J.Mol.Biol.(1982)157,105-132に記載の方法で求められる。
【0036】
また、苦味ペプチドとしては、その等電点が比較的高いものが焼成シリカゲルに吸着しやすい。具体的には、苦味ペプチドとしては、等電点が5.0以上のものが焼成シリカゲルに吸着しやすく、等電点が5.5以上のものが焼成シリカゲルにより吸着しやすい。苦味ペプチドの等電点の上限は特に制限はないが、例えば、12.0以下、特には8.0以下である。
【0037】
苦味ペプチドとしては、具体的には以下のものが挙げられる。GL、LF、LK、RL、MI、LW、LLF、RLL、LRF、FPQ、ILQ、LPQ、YGLF、SKGL、LPQE、EVLN、IPAVF、IALRT、EIVPN、NENLL、LPPFS、GYYPT、QLFNPS、VRGPFP、VPPFLQ、APFPEVF、RPPPFFF、KAVPYPQ、IPFVHPS。
【0038】
例えば、GL、LF、LK、RL、RLL、及びSKGLは大豆タンパク質の加水分解物に含まれる(食品科学便覧編集委員会編、「食品科学便覧」、共立出版、1978、p88)。これらの苦味ペプチドは、米タンパク質、及び小麦タンパク質などの他の植物性タンパク質の加水分解物にも含まれる。また、SKGLはカゼインの加水分解物にも微量含まれる。また、MI、LPQE、EIVPN、及びVRGPFPは、カゼインの加水分解物に含まれる(Simone Toelstede et. al,Sensomics Mapping and Identification of the Key Bitter Metabolites in Gouda Cheese,J. Agric. Food Chem.,56,8,2008,p2795-2804)。LW、LRF、EVLN、NENLL、APFPEVF、VPPFLQ、及びKAVPYPQも、カゼインの加水分解物に含まれる(L.Lemieux et. al,Bitter flavour in dairy products. II. A review of bitter peptides from caseins: their formation, isolation and identification, structure masking and inhibition,Lait,72,1992,p335-382)。LLF、YGLF、及びIPAVFは、ホエイタンパク質の加水分解物に含まれる(Xiaowei Liu et. al,Identification of Bitter Peptides in Whey Protein Hydrolysate,J. Agric. Food Chem.,62,25,2014,p5719-5725)。
【0039】
[苦味ペプチドを除去する方法]
上記苦味ペプチド除去剤を用いることで、タンパク質の加水分解物の溶液から苦味ペプチドを選択的に除去することができる。
【0040】
すなわち、本開示の一態様に係る苦味ペプチドを除去する方法は、タンパク質の加水分解物の溶液と焼成シリカゲルとを接触させた後、その溶液と焼成シリカゲルとを分離する工程を有する。
【0041】
具体的には、タンパク質の加水分解物の溶液に上記焼成シリカゲルを添加した後、その溶液から、遠心分離、沈降、ろ過などの手法によって焼成シリカゲルを除去する。上記焼成シリカゲルは吸着性能が高いため、この方法においては、ごく少量添加するだけで苦味ペプチドを選択的に除去することができる。
【0042】
また、タンパク質の加水分解物の溶液を、上記焼成シリカゲルが充填されたカラムに通して精製してもよい。この場合、溶液と焼成シリカゲルとの接触及び分離がほぼ同時に行われているが、ミクロで見ると溶液と焼成シリカゲルとの接触後に分離が行われているため、本開示の一態様に係る苦味ペプチドを除去する方法に含まれる。
【0043】
[タンパク質の加水分解物を含む、食品又は医薬品の製造方法]
上記の苦味ペプチドを除去する方法は、タンパク質の加水分解物を含む食品又は医薬品の製造方法に使用することができる。すなわち、タンパク質の加水分解物の溶液を焼成シリカゲルに接触させた後、その溶液と焼成シリカゲルとを分離することにより、溶液に含まれる苦味ペプチドを除去する工程を有する製造方法によって、タンパク質の加水分解物を含む、食品又は医薬品を製造することができる。
【0044】
上記苦味ペプチドを除去する方法は、具体的には、特定用途食品、特定保健用食品、栄養機能食品、サプリメント、機能性食品、及び栄養補助食品などの食品や、医薬品(医薬部外品を含む)の製造方法に適用することができる。上記苦味ペプチド除去剤は、少量の添加で苦味ペプチドを除去することができるため、特に、食品や、経口摂取する医薬品の製造方法に有用である。
【実施例】
【0045】
(実験例1.シリカゲルの物性評価)
下記2種類のシリカゲルの試料を調製し、その物性を評価した。
<試料No.1-1(実施例)>
焼成シリカゲルの原材料として、「クロマトレックスSMB100-5」(富士シリシア化学株式会社製)を準備した。このシリカゲルは、多孔質であって表面にシラノール基を有する。このシリカゲルの平均細孔径は10nm、体積平均粒子径は5μm、比表面積は310m2/g、細孔容積は0.8mL/gであった。なお、体積平均粒子径は、レーザー回折/散乱粒子径粒度分布装置「SALD-2200」(島津製作所製)を用いて測定した。
【0046】
このシリカゲル25質量部及び水100質量部を混合してスラリーとした後、少量のNaOH水溶液を加えてpH8.8に調整し、24時間静置した。スラリーから脱液した後、160℃で乾燥させた。その後、600℃で2時間焼成し、得られた焼成シリカゲルを試料No.1-1に係る焼成シリカゲルとした。
【0047】
この焼成シリカゲル5質量部および水100質量部を混合し、試料No.1-1を調製した。試料No.1-1を用いて測定した焼成シリカゲルのpHは8.8であった。
焼成シリカゲルのシラノール基の数C(個/nm2)は以下の式によって求めた。
【0048】
C=2×(W0-W1)/W0/18×6.02×1023/M
上記式中、W0は、原材料のシリカゲルを180℃で2時間乾燥させた後の質量(g)、W1は、600℃で2時間焼成した後のそのシリカゲルの質量(g)、Mは、そのシリカゲルの比表面積(nm2/g)である。
【0049】
試料No.1-1に係る焼成シリカゲルのシラノール基数は、4.0個/nm2であった。
また、試料No.1-1に係る焼成シリカゲルの平均細孔径は11nm、体積平均粒子径は5μm、比表面積は289m2/g、細孔容積は0.8mL/gであった。
【0050】
<試料No.1-2(比較例)>
焼成していないシリカゲルとして、「クロマトレックスSMB100-5」(富士シリシア化学株式会社製)を準備した。このシリカゲルの平均細孔径は10nm、体積平均粒子径は5μm、比表面積は310m2/g、細孔容積は0.8mL/gであった。
【0051】
このシリカゲル5質量部及び水100質量部を混合し、試料No.1-2を調製した。試料No.1-2を用いて測定したシリカゲルのpHは5.1であった。また、シリカゲルのシラノール基の数は、6.0個/nm2であった。
【0052】
(実験例2.ペプチドの吸着実験)
<試料の調製>
<試料No.2-1(実施例)>
実験例1で調製した試料No.1-1を、水を用いて100mg/mLの濃度に調整し、試料No.2-1とした。
【0053】
<試料No.2-2(比較例)>
実験例1で調製した試料No.1-2を、水を用いて100mg/mLの濃度に調整し、試料No.2-2とした。
【0054】
<試料No.2-3(比較例)>
合成吸着樹脂「SP850」(三菱ケミカル株式会社製)を水に懸濁させ、100mg/mLの濃度の試料No.2-3を調製した。
【0055】
<試料No.2-4(比較例)>
合成吸着樹脂「SP825L」(三菱ケミカル株式会社製)を水に懸濁させ、100mg/mLの濃度の試料No.2-4を調製した。
【0056】
<試料No.2-5(比較例)>
合成吸着樹脂「アンバーライトXAD2000」(オルガノ株式会社製)を水に懸濁させ、100mg/mLの濃度の試料No.2-5を調製した。
【0057】
<試料No.2-6(比較例)>
活性炭(フタムラ化学株式会社製)を水に懸濁させ、100mg/mLの濃度の試料No.2-6を調製した。
【0058】
<ペプチド溶液の調製>
まず、フォトリンカーペプチドアレイで、セルロースメンブレン上に苦味ペプチド及び旨みペプチドを合成した。
【0059】
苦味ペプチドとしては、以下の29種類のペプチドを合成した。
2残基の苦味ペプチド GL、LF、LK、RL、MI、LW
3残基の苦味ペプチド LLF、RLL、LRF、FPQ、ILQ、LPQ
4残基の苦味ペプチド YGLF(配列番号1)、SKGL(配列番号2)、LPQE(配列番号3)、EVLN(配列番号4)
5残基の苦味ペプチド IPAVF(配列番号5)、IALRT(配列番号6)、EIVPN(配列番号7)、NENLL(配列番号8)、LPPFS(配列番号9)、GYYPT(配列番号10)
6残基の苦味ペプチド QLFNPS(配列番号11)、VRGPFP(配列番号12)、VPPFLQ(配列番号13)
7残基の苦味ペプチド APFPEVF(配列番号14)、RPPPFFF(配列番号15)、KAVPYPQ(配列番号16)、IPFVHPS(配列番号17)
旨味ペプチドとしては、以下の17種類のペプチドを合成した。
【0060】
2残基の旨味ペプチド ED、TE、ES、EE、DA、DV、EQ、EG、VP、GF、AP
3残基の旨味ペプチド EDE、DES、EEE、EGS、EEN
4残基の旨味ペプチド EPAD(配列番号18)
次いで、アレイ上のペプチドに、トランスイルミネーター「DT-20LCP」(Atto社製)を用いて、波長365nmの紫外線を3時間照射することで、ペプチドをアレイから切り離した。切り離したペプチドが付着したアレイを、1スポット毎に直径6mmのbiopsy punchで打ち抜いた。アレイの打ち抜き片を、96ウェルフィルタープレート(メルク社製)のウェルに1スポットずつ入れた。これらのウェルにpH7.4に調整したリン酸緩衝溶液180μLを加えた。そして、これらを1時間静置して、アレイの打ち抜き片から溶液にペプチドを溶出させた。ウェルの底面から真空吸引を行って打ち抜き片を除去し、ペプチド溶液のみを取得した。
【0061】
<吸着実験>
50μLの試料No.2-1と、各ペプチド溶液150μLとを、1.5mL低付着性マイクロチューブ(疎水性マイクロチューブともいう)に入れ、ボルテックスミキサーを用いて混合した。この溶液を、平衡状態を達成するために、10分間放置した。放置後の溶液を、10000rpmで1分間遠心分離し、焼成シリカゲルを沈殿させた。沈殿後の溶液の上清を150μLずつ96ウェルプレートに入れ、さらに、5mg/mLの濃度の、フルオレスカミン(和光純薬株式会社製、型番「061-03831」)のアセトン溶液を10μL加えた。この上清液の蛍光強度F1を、蛍光測定装置を用いて測定した。なお、蛍光強度の測定は、励起波長355nm、測定波長460nmで行った。
【0062】
一方、各ペプチド溶液150μLと、pH7.4に調整したリン酸緩衝溶液50μLとを、1.5mL低付着性マイクロチューブに入れ、ボルテックスミキサーを用いて混合した。この溶液から150μL分取し、96ウェルプレートに入れ、さらに、5mg/mLの濃度の、フルオレスカミンのアセトン溶液を10μL加えた。この溶液の蛍光強度F0を、上記と同様にして測定した。
【0063】
測定した蛍光強度F0及びF1に基づいて、ペプチドの吸着割合(%)を以下の式によって求めた。
吸着割合(%)={(F0-F1)/F0}×100
上記の29種類の苦味ペプチドの吸着割合の平均と、上記の17種類の旨味ペプチドの溶液の吸着割合の平均とをそれぞれ求めた。また、苦味ペプチドの平均吸着割合を旨味ペプチドの平均吸着割合で割り、選択性を求めた。結果を表1に示す。
【0064】
なお、本実験においては、1つのペプチド溶液につき3つのマイクロチューブを作製した。
表1に示した通り、焼成シリカゲルに係る試料No.2-1は、他の試料と比較して、苦味ペプチドの平均吸着割合が高く、吸着における苦味ペプチドの選択性が高かった。
【0065】
【0066】
(実験例3.官能評価)
<試料の調製>
<評価用サンプル>
カゼインの加水分解物の溶液と大豆タンパク質の加水分解物の溶液とについて、試料No.1-1に係る焼成シリカゲルで処理する前のサンプルと、処理した後のサンプルをそれぞれ調製した。
【0067】
処理前のサンプルは具体的には次のようにして調製した。カゼインの加水分解物の粉末を水に溶解し、50mg/mLの濃度のカゼインの加水分解物の溶液を調製した。また、大豆タンパク質の加水分解物の粉末を水に溶解し、100mg/mLの濃度の大豆タンパク質の加水分解物の溶液を調製した。
【0068】
また、処理後のサンプルは、具体的には次のようにして調製した。
濃度125mg/mLに調整したカゼインの加水分解物の溶液を準備した。また、試料No.1-1に係る焼成シリカゲルを用いて、濃度150mg/mLの焼成シリカゲルの分散液を調製した。これらの溶液を、前者:後者=2:3の比率で混合した。得られた混合液を、平衡状態を達成するために、10分間放置した。放置後の溶液を、10000rpmで1分間遠心分離し、焼成シリカゲルを沈殿させた。沈殿後の溶液の上清を処理後のサンプルとした。
【0069】
一方、濃度200mg/mLに調整した大豆タンパク質の加水分解物の溶液を準備した。また、試料No.1-1に係る焼成シリカゲルを用いて、濃度200mg/mLの焼成シリカゲルの分散液を調製した。これらの溶液を、前者:後者=1:1の比率で混合した。これ以降はカゼインの加水分解物と同様にして、処理後のサンプルを調製した。
【0070】
<コントロール用サンプル>
コントロール用のサンプルとして、濃度5mg/mLのカゼインの加水分解物の溶液と、濃度10mg/mLの大豆タンパク質の加水分解物の溶液とをそれぞれ調製した。
【0071】
<官能評価>
21~25歳の、男性4人及び女性7人の合計11人を対象に以下の手順によって評価した。
【0072】
まず、コントロールサンプル5mLを口に含み、口内に残っている成分を除去するため、水で口をゆすいだ。次いで、評価用サンプル5mLを口に含み、表2に示した評価基準に従って、評価用サンプルの苦味の強度を評価した。そして、11人が評価した点数の平均値を求めた。その結果を表3に示す。
【0073】
表3に示したとおり、焼成シリカゲルによって処理したサンプルにおいて、苦味が有意に低減された。
【0074】
【0075】
【0076】
(実験例4.2種混合系での吸着実験)
試料No.1-1に係る焼成シリカゲルによって処理する前のペプチド溶液として、苦味ペプチドIPAVFと旨味ペプチドSPEとの混合溶液を調製した。IPAVFはβ-ラクトグロブリン由来の苦味ペプチドであり、SPEは鶏肉タンパク質由来の旨味ペプチドである。苦味ペプチドの混合溶液中の濃度及び旨味ペプチドの混合溶液中の濃度は、いずれも0.4mMとなるように調製した。
【0077】
また、焼成シリカゲルによって処理した後のペプチド溶液を次のようにして調製した。まず、試料No.1-1に係る焼成シリカゲルを用いて、濃度50mg/mLの焼成シリカゲルの分散液を調製した。この分散液50μLと、上記ペプチド混合溶液200μLとを低接着μチューブに入れ、ボルテックスミキサーを用いて混合した。この溶液を、10000rpmで1分間遠心分離し、焼成シリカゲルを沈殿させた。沈殿後の溶液の上清を、焼成シリカゲルによって処理した後のペプチド溶液とした。
【0078】
焼成シリカゲルによって処理する前のペプチド溶液と、焼成シリカゲルによって処理した後のペプチド溶液とをそれぞれ200μL分取し、HPLCで分析した。測定結果を
図5に示す。
【0079】
HPLCの測定結果から、苦味ペプチド及び旨味ペプチドの吸着割合を以下の式によって求めた。
吸着割合(%)={(A
0-A
1)/A
0}×100
上記式中、A
0は、焼成シリカゲルによって処理する前のペプチド溶液のピーク面積、A
1は、焼成シリカゲルによって処理した後のペプチド溶液のピーク面積である。その結果を
図6に示す。
【0080】
図6に示したとおり、焼成シリカゲルは、苦味ペプチドと旨味ペプチドの混合系において、苦味ペプチドを選択的に吸着した。
【配列表】