(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2022-12-15
(45)【発行日】2022-12-23
(54)【発明の名称】音響装置および音場制御方法
(51)【国際特許分類】
G10K 15/12 20060101AFI20221216BHJP
B60R 11/02 20060101ALI20221216BHJP
H04S 7/00 20060101ALI20221216BHJP
【FI】
G10K15/12
B60R11/02 S
H04S7/00 300
(21)【出願番号】P 2018184695
(22)【出願日】2018-09-28
【審査請求日】2021-09-06
(73)【特許権者】
【識別番号】000237592
【氏名又は名称】株式会社デンソーテン
(74)【代理人】
【識別番号】110002147
【氏名又は名称】弁理士法人酒井国際特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】阪本 浩二
(72)【発明者】
【氏名】中村 将志
【審査官】辻 勇貴
(56)【参考文献】
【文献】実開平06-026400(JP,U)
【文献】特開平04-054100(JP,A)
【文献】特開2007-065091(JP,A)
【文献】特開2003-122378(JP,A)
【文献】特開平04-200100(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
B60R 9/00-11/06
H04R 3/00-3/14
H04S 1/00-7/00
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
音源信号に基づき、周波数が高いほど遅延され、聴取者の前方に定位するように出力される第1音響信号を生成する第1処理部と、
前記音源信号に基づき、前記周波数が低いほど遅延され、前記聴取者の周囲から出力される第2音響信号を生成する第2処理部と
を備え
、
前記第1処理部は、
直接音を含む前記音源信号の初期成分について前記周波数が高いほど遅延させることによって、前記第1音響信号を生成し、
前記初期成分について低域から高域へ変化するスイープ信号をフィルタリングすることによって、当該初期成分を前記周波数が高いほど遅延させる
ことを特徴とする音響装置。
【請求項2】
前記第1処理部は、
前記初期成分の立ち下がりが急峻化するように前記第1音響信号を生成する
ことを特徴とする請求項
1に記載の音響装置。
【請求項3】
音源信号に基づき、周波数が高いほど遅延され、聴取者の前方に定位するように出力される第1音響信号を生成する第1処理部と、
前記音源信号に基づき、前記周波数が低いほど遅延され、前記聴取者の周囲から出力される第2音響信号を生成する第2処理部と
を備え、
前記第2処理部は、
残響音に対応する前記音源信号の後期成分について高域から低域へ変化するスイープ信号をフィルタリングすることによって、当該後期成分を前記周波数が低いほど遅延させる
ことを特徴とす
る音響装置。
【請求項4】
前記第2処理部は、
前記後期成分の立ち上がりが遅延化するように前記第2音響信号を生成する
ことを特徴とする請求項
3に記載の音響装置。
【請求項5】
音源信号に基づき、周波数が高いほど遅延され、聴取者の前方に定位するように出力される第1音響信号を生成する第1処理部と、
前記音源信号に基づき、前記周波数が低いほど遅延され、前記聴取者の周囲から出力される第2音響信号を生成する第2処理部と、
前記聴取者の前方に配置されるフロントスピーカと、
前記聴取者の後方に配置されるリアスピーカと、
前記第1音響信号および前記第2音響信号を前記フロントスピーカおよび前記リアスピーカから出力させる出力部と
を備え、
前記出力部は、
前記第1音響信号へ前記第2音響信号を合成して前記フロントスピーカから出力させ、前記第2音響信号へ前記第1音響信号を合成して前記リアスピーカから出力させる
ことを特徴とす
る音響装置。
【請求項6】
音響装置が実行する音場制御方法であって、
音源信号に基づき、周波数が高いほど遅延され、聴取者の前方に定位するように出力される第1音響信号を生成する第1処理工程と、
前記音源信号に基づき、前記周波数が低いほど遅延され、前記聴取者の周囲から出力される第2音響信号を生成する第2処理工程と
を含
み、
前記第1処理工程は、
直接音を含む前記音源信号の初期成分について前記周波数が高いほど遅延させることによって、前記第1音響信号を生成し、
前記初期成分について低域から高域へ変化するスイープ信号をフィルタリングすることによって、当該初期成分を前記周波数が高いほど遅延させる
ことを特徴とする音場制御方法。
【請求項7】
音響装置が実行する音場制御方法であって、
音源信号に基づき、周波数が高いほど遅延され、聴取者の前方に定位するように出力される第1音響信号を生成する第1処理工程と、
前記音源信号に基づき、前記周波数が低いほど遅延され、前記聴取者の周囲から出力される第2音響信号を生成する第2処理工程と
を含み、
前記第2処理工程は、
残響音に対応する前記音源信号の後期成分について高域から低域へ変化するスイープ信号をフィルタリングすることによって、当該後期成分を前記周波数が低いほど遅延させる
ことを特徴とする音場制御方法。
【請求項8】
聴取者の前方に配置されるフロントスピーカと、前記聴取者の後方に配置されるリアスピーカとを備える音響装置が実行する音場制御方法であって、
音源信号に基づき、周波数が高いほど遅延され、前記聴取者の前方に定位するように出力される第1音響信号を生成する第1処理工程と、
前記音源信号に基づき、前記周波数が低いほど遅延され、前記聴取者の周囲から出力される第2音響信号を生成する第2処理工程と、
前記第1音響信号および前記第2音響信号を前記フロントスピーカおよび前記リアスピーカから出力させる出力工程と
を含み、
前記出力工程は、
前記第1音響信号へ前記第2音響信号を合成して前記フロントスピーカから出力させ、前記第2音響信号へ前記第1音響信号を合成して前記リアスピーカから出力させる
ことを特徴とする音場制御方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
開示の実施形態は、音響装置および音場制御方法に関する。
【背景技術】
【0002】
従来、車両の車室などの空間内において、音楽や音声といった各種音源の音響信号を、空間内に配置された複数のスピーカから出力する音響装置が知られている。
【0003】
なお、一般に車室は狭く、オーディオルームやコンサートホールのような直接音の壁面反射による残響音を充分に得にくい音響空間である。このため、上述した音響装置には、壁面反射による残響音に頼ることなく、積極的に直接音に残響音を付加して再生するものや、原音に対して遅延した音を拡散して付加することにより、距離感や拡がり感のある残響音を得ようとするものがある(たとえば、特許文献1参照)。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
しかしながら、上述した従来技術には、音像の明瞭化および包まれ感の充実化を両立させるうえで、さらなる改善の余地がある。
【0006】
具体的には、車室は、狭いというだけでなく、走行騒音等が混ざるという特性上、上述した従来技術を用いても、音像が不明瞭になりやすく、また、リスナに充分な音の包まれ感を知覚させることが難しいという問題があった。
【0007】
実施形態の一態様は、上記に鑑みてなされたものであって、音像の明瞭化および包まれ感の充実化を両立させることができる音響装置および音場制御方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0008】
実施形態の一態様に係る音響装置は、第1処理部と、第2処理部とを備える。前記第1処理部は、音源信号に基づき、周波数が高いほど遅延され、聴取者の前方に定位するように出力される第1音響信号を生成する。前記第2処理部は、前記音源信号に基づき、前記周波数が低いほど遅延され、前記聴取者の周囲から出力される第2音響信号を生成する。また、前記第1処理部は、直接音を含む前記音源信号の初期成分について前記周波数が高いほど遅延させることによって、前記第1音響信号を生成し、前記初期成分について低域から高域へ変化するスイープ信号をフィルタリングすることによって、当該初期成分を前記周波数が高いほど遅延させる。
【発明の効果】
【0009】
実施形態の一態様によれば、音像の明瞭化および包まれ感の充実化を両立させることができる。
【図面の簡単な説明】
【0010】
【
図1A】
図1Aは、音像幅および包まれ感の概要説明図である。
【
図1C】
図1Cは、ホームオーディオにおける帯域別のインパルス応答を示す図である。
【
図1D】
図1Dは、カーオーディオにおける音圧の振幅を示す図である。
【
図1E】
図1Eは、カーオーディオにおける帯域別のインパルス応答を示す図である。
【
図1F】
図1Fは、実施形態に係る音場制御方法の概要説明図である。
【
図2】
図2は、実施形態に係る音響装置の構成例を示すブロック図である。
【
図3】
図3は、音響装置によって得られる音響効果を示す模式図である。
【
図4】
図4は、
図4は、高域遅延処理および低域遅延処理の説明図である。
【
図5】
図5は、実施形態に係る音響装置が実行する処理手順を示すフローチャートである。
【
図6】
図6は、実施形態に係る音響装置が実行する処理手順の変形例を示すフローチャートである。
【発明を実施するための形態】
【0011】
以下、添付図面を参照して、本願の開示する音響装置および音場制御方法の実施形態を詳細に説明する。なお、以下に示す実施形態によりこの発明が限定されるものではない。
【0012】
また、以下では、実施形態に係る音響装置10が、車両に搭載されるカーオーディオ装置である場合を例に挙げて説明を行う。
【0013】
また、以下では、実施形態に係る音場制御方法の概要について
図1A~
図1Fを用いて説明した後に、実施形態に係る音場制御方法を適用した音響装置10について、
図2~
図6を用いて説明する。
【0014】
まず、実施形態に係る音場制御方法の概要について
図1A~
図1Fを用いて説明する。
図1Aは、音像幅ASWおよび包まれ感LEVの概要説明図である。また、
図1Bは、第一波面の法則の概要説明図である。また、
図1Cは、ホームオーディオにおける帯域別のインパルス応答を示す図である。
【0015】
また、
図1Dは、カーオーディオにおける音圧の振幅を示す図である。また、
図1Eは、カーオーディオにおける帯域別のインパルス応答を示す図である。また、
図1Fは、実施形態に係る音場制御方法の概要説明図である。
【0016】
図1Aに示すように、空間において音源Sからの音響を受聴するリスナLは、2種類の空間印象を知覚できることが知られている。一方は、直接音と時間的にも空間的にも融合して知覚される「みかけの音源の幅」と定義される音像幅ASWであり、他方は「みかけの音源以外の音源によって聴き手のまわりが満たされている感じ」と定義される包まれ感LEVである。
【0017】
これら音像幅ASWと包まれ感LEVを設計および評価するにあたっては、いわゆる「第一波面の法則」を用いた指標を利用する場合がある。かかる指標は、
図1Bに示すように、2つの閾値TH1,TH2によって区画された2つの領域R1,R2を定義し、たとえば領域R1の直接音の成分が大きいと音像幅ASWが大きく、拡散されていると音質が悪い(不明瞭である)と評価される。
【0018】
また、たとえば領域R2の残響音の成分が大きいと包まれ感LEVが大きく、拡散されていると包まれ感が充実すると評価される。なお、
図1Bに示すのは、たとえば「ホームオーディオ」の場合の一例であるが、かかる場合、領域R1における直接音の成分は小さく、領域R2における残響音の成分は大きいので、音像幅ASWは小さく明瞭であり、包まれ感LEVは大きいと評価される。
【0019】
ただし、かかる指標は、全周波数を含む音圧の振幅の時間波形を用いた指標のため、周波数ごとの詳細な指標は不明となる。そこで、これを周波数の低域、中域および高域ごとのインパルス応答で示したのが
図1Cである。
【0020】
ホームオーディオ等(他にコンサートホール等でも可)の場合、
図1CのM1部,M2部に示すように、中域や高域では直接音のエネルギーの減衰が急峻である。すなわち、かかる場合、直接音と残響音とは比較的分離されており、リスナLは、小さく明瞭な音像幅ASWおよび大きな包まれ感LEVを知覚することが可能となる。
【0021】
これに対し、カーオーディオの場合、車室という閉空間および車両という走行騒音の生じる特性上、
図1Dに示すように、初期成分には直接音に残響音が混在しており、やや拡散するので、リスナLは、大きく不明瞭な音像幅ASWを知覚しやすい。すなわち、リスナLは、音質が悪いと感じやすい。
【0022】
また、後期成分として、残響音を擬似的に追加すると、包まれ感LEVは大きくなるが、初期成分と混ざることにより、さらに音質が悪くなる。これを
図1Eに示すように、周波数の低域、中域および高域ごとのインパルス応答で見ると、図中のM3部に示すように、ボーカル等の中域は、残響音が混ざりやすく、音色の変化や低下が顕著である。
【0023】
また、図中のM4部に示すように、低域は、初期成分の立ち下がりと後期成分とが干渉し、低音がなくなったり強調されたりする場合がある。カーオーディオの場合、車内騒音に埋もれないように低音を強調した設計とされることも多く、その場合、上記の傾向はより顕著となる。このように、カーオーディオの場合、低域~中域にかけて初期成分と後期成分が混ざりやすく、音像幅ASWが大きくなりやすいので、音像の明瞭化と包まれ感LEVの充実化とを両立させることが難しい。
【0024】
また、カーオーディオの場合、音源SのLRチャンネルの無相関成分を抽出し、残響を付加する信号処理が用いられる場合もあり、その場合、LRチャンネルの相関成分であるボーカル等のみ明瞭に、その他の楽器等は不明瞭に、という不自然な聴こえ方となる場合がある。
【0025】
そこで、実施形態に係る音場制御方法では、周波数に応じたインパルス応答の群遅延制御を行うこととした。具体的には、
図1Fに示すように、実施形態に係る音場制御方法では、初期成分を周波数が高いほど遅延させることとした。一方で、後期成分を周波数が低いほど遅延させることとした。
【0026】
これにより、低域~中域にかけて初期成分と後期成分とが混ざりやすい事象を解消することができるので、周波数の全帯域にわたって、初期成分と後期成分とを分離させやすくすることができる。したがって、これにより、実施形態に係る音場制御方法によれば、音像の明瞭化と包まれ感LEVの充実化とを両立させることができる。
【0027】
また、周波数の全帯域にわたって、初期成分と後期成分とを分離させやすくできるので、上述した、音源SのLRチャンネルの無相関成分に残響を付加する場合のように、ボーカル等のみ明瞭に聴こえるといった不自然な聴感印象を与えにくくすることができる。
【0028】
以下、上述した実施形態に係る音場制御方法を適用した音響装置10の構成例について、さらに具体的に説明する。
【0029】
図2は、実施形態に係る音響装置10の構成例を示すブロック図である。なお、
図2では、本実施形態の特徴を説明するために必要な構成要素のみを機能ブロックで表しており、一般的な構成要素についての記載を省略している。
【0030】
換言すれば、
図2に図示される各構成要素は機能概念的なものであり、必ずしも物理的に図示の如く構成されていることを要しない。例えば、各機能ブロックの分散・統合の具体的形態は図示のものに限られず、その全部または一部を、各種の負荷や使用状況などに応じて、任意の単位で機能的または物理的に分散・統合して構成することが可能である。また、
図3は、音響装置10によって得られる音響効果を示す模式図である。
【0031】
図2に示すように、音響装置10は、音源装置2から入力されるLR各チャンネルの音源信号を入力し、出力用の音響信号を生成して、左フロントスピーカFL、右フロントスピーカFR、左リアスピーカRL、右リアスピーカRRのそれぞれから出力する。なお、これらスピーカについては以下、単にスピーカFL,FR,RL,RRと記載する。
【0032】
これらスピーカFL,FR,RL,RRは、たとえば
図3に示すように、車両Cの車室100に配置される。実施形態に係る音響装置10は、かかる車室100内に着座するリスナLの前方に初期成分による音像を定位させて明瞭化させるとともに、リスナLの周囲に後期成分による音像、すなわち包まれ感LEVを充実させようとするものである。
【0033】
音響装置10は、たとえばDSP(Digital Signal Processor)やCPU(Central Processing Unit)、MPU(Micro Processing Unit)等で構成され、これらによって、音響装置10内部の記憶装置に記憶されている各種プログラムがRAM(Random Access Memory)を作業領域として実行されることにより実現される。また、音響装置10は、たとえば、ASIC(Application Specific Integrated Circuit)やFPGA(Field Programmable Gate Array)等の集積回路により実現することができる。
【0034】
音響装置10は、高域遅延処理部11aと、残響処理部11bと、低域遅延処理部11cと、D/A変換部11dと、増幅出力部11eとを有し、以下に説明する情報処理の機能や作用を実現または実行する。
【0035】
高域遅延処理部11aは、初期成分となる音源信号につき、周波数が高いほど遅延するように、高域ほど遅延させる群遅延制御処理を行う。具体的な内容については
図4を用いて後述する。
【0036】
残響処理部11bは、後期成分となる音源信号を残響処理する。残響処理には、たとえばFIR(Finite Impulse Response)フィルタや、IIR(Infinite Impulse Response)フィルタ等を用いることができる。
【0037】
低域遅延処理部11cは、残響処理された後期成分につき、周波数が低いほど遅延するように、低域ほど遅延させる群遅延制御処理を行う。具体的な内容については
図4を用いて後述する。
【0038】
D/A変換部11dは、高域遅延処理部11aによって高域遅延処理された初期成分信号をD/A変換する。また、D/A変換部11dは、残響処理部11bによって残響処理、および、低域遅延処理部11cによって低域遅延処理された後期成分信号をD/A変換する。
【0039】
増幅出力部11eは、D/A変換部11dによってD/A変換された初期成分信号および後期成分信号を増幅して、初期成分信号をスピーカFL,FRから出力する。また、後期成分信号をスピーカRL,RRから出力する。
【0040】
次に、高域遅延処理部11aが実行する高域遅延処理、および、低域遅延処理部11cが実行する低域遅延処理の内容について、
図4を用いて具体的に説明する。
図4は、高域遅延処理および低域遅延処理の説明図である。
【0041】
図4に示すように、高域遅延処理では、初期成分について高域の周波数ほど遅延させる「群遅延制御」を行う。かかる「群遅延制御」では、図中の「帯域選択」に示すように、変化させたい帯域だけシフトさせるようにしてもよい。
【0042】
また、高域遅延処理では、図中の「スイープ信号(低→高)」に示すように、初期成分に対し、低域から高域へスイープするFIRフィルタまたはIIRフィルタを用いることによって、高域ほど遅延させる。
【0043】
また、高域遅延処理では、図中の「立ち下がりの急峻化」に示すように、たとえばリスナLの受聴位置までのインパルス応答を相殺する逆フィルタ等を用いることによって、初期成分の立ち下がりを急峻化させる。これにより、初期成分と後期成分とを分離しやすくすることができる。なお、車室100における受聴位置ごとの特性はたとえば車種ごとに予め知ることができるので、かかる特性に応じた逆フィルタを設定しておけばよい。
【0044】
なお、
図4には示していないが、高域遅延処理において、初期成分の周波数ごとのピークが聴覚内で一列に並ぶように補正する(
図1Fの軸Pp参照)ことによって、初期成分の音質が劣化するのを防止するとともに、音質の向上を図ることができる。なお、必ずしもこのようにピークが一列に並ぶように補正しなくともよい。
【0045】
つづいて、
図4に示すように、低域遅延処理では、後期成分について低域の周波数ほど遅延させる「群遅延制御」を行う。かかる「群遅延制御」でも、上記した高域の場合と同様に、変化させたい帯域だけシフトさせるようにしてもよい(図中の「帯域選択」参照)。
【0046】
また、低域遅延処理では、図中の「スイープ信号(高→低)」に示すように、後期成分に対し、高域から低域へスイープするFIRフィルタまたはIIRフィルタを用いることによって、低域ほど遅延させる。
【0047】
また、低域遅延処理では、図中の「初期成分より高域化」に示すように、初期成分よりも後期成分のピッチを高い方へ少しずらしてもよい。すなわち、この場合、低域を時間的に遅延させるのではなく、周波数をずらすことによって時間的に遅延する帯域を制御する。なお、かかる時間的および周波数的な制御は適宜組み合わせてもよい。
【0048】
また、低域遅延処理では、図中の「オールパスフィルタ」に示すように、後期成分に対し、オールパスフィルタを用いることによって、低域ほど遅延させることができる。オールパスフィルタを用いることによって、振幅特性は変化させないで位相特性のみ変化させつつ、低域ほど遅延させることが可能となる。
【0049】
また、低域遅延処理では、図中の「立ち上がりの遅延化」に示すように、窓関数等を用いることによって後期成分の立ち上がりを遅延化させた残響FIRフィルタを用いてもよい。これにより、初期成分と後期成分とを分離しやすくすることができる。
【0050】
また、低域遅延処理では、図中の「平滑化」に示すように、後期成分を平滑化させてもよい。かかる平滑化により、後期成分を緩やかに変化させることによって残響を遠ざけることができ、初期成分と後期成分とを分離しやすくすることができる。
【0051】
なお、
図4に示した高域遅延処理および低域遅延処理は、処理内容を矛盾させない範囲で適宜組み合わせることが可能である。また、高域遅延処理および低域遅延処理による情報処理に限らず、スピーカの物理的な配置等により遅延時間等を制御してもよい。たとえば、低音再生用のウーファーはリスナLの受聴位置から遠い位置にするといった具合に、スピーカごとの再生帯域等に応じて遅延時間等を制御することができる。
【0052】
また、再生帯域に限らず、たとえば初期成分を出力するスピーカFL,FRには、反射音除去用のフィルタを備えたスピーカを用いるようにしてもよい。
【0053】
次に、実施形態に係る音響装置10が実行する処理手順について、
図5を用いて説明する。
図5は、実施形態に係る音響装置10が実行する処理手順を示すフローチャートである。
【0054】
図5に示すように、まず、初期成分については、高域遅延処理部11aが、高域遅延処理を実行する(ステップS101)。また、後期成分については、残響処理部11bが、残響処理を実行した後(ステップS102)、低域遅延処理部11cが、低域遅延処理を実行する(ステップS103)。
【0055】
そして、D/A変換部11dが、高域遅延処理された初期成分信号、および、低域遅延処理された後期成分信号のそれぞれにD/A変換処理を施す(ステップS104)。そして、増幅出力部11eが、D/A変換処理後の各信号に増幅処理を施して(ステップS105)、スピーカFL,FR,RL,RRへ出力し、処理を終了する。
【0056】
なお、ここまでは、増幅出力部11eが、初期成分信号をスピーカFL,FRから出力させ、後期成分信号をスピーカRL,RRから出力させる例を挙げたが、初期成分信号へ後期成分信号を合成してスピーカFL,FRから出力させてもよい。また、後期成分信号へ初期成分信号を合成してスピーカRL,RRから出力させてもよい。
【0057】
また、
図5には、初期成分および後期成分それぞれの処理系統がパラレルに実行される場合の例を挙げたが、これら処理系統はシリアルに実行されてもよい。かかる変形例を
図6に示した。
図6は、実施形態に係る音響装置10が実行する処理手順の変形例を示すフローチャートである。
【0058】
かかる変形例の場合、
図6に示すように、まず高域遅延処理部11aが、初期成分について高域遅延処理を実行する(ステップS201)。つづいて、残響処理部11bおよび低域遅延処理部11cが、後期成分について残響処理および低域遅延処理を実行する(ステップS202)。なお、このとき、初期成分に対し低域遅延処理が施されないように、たとえば低域遅延処理の効果を反映させた残響フィルタによる残響処理がステップS201の後段で実行されるようにするとよい。
【0059】
つづいて、
図5の場合と同様に、D/A変換部11dが、高域遅延処理された初期成分信号、および、低域遅延処理された後期成分信号のそれぞれにD/A変換処理を施す(ステップS203)、そして、増幅出力部11eが、D/A変換処理後の各信号に増幅処理を施して(ステップS204)、スピーカFL,FR,RL,RRへ出力し、処理を終了する。
【0060】
上述してきたように、実施形態に係る音響装置10は、高域遅延処理部11a(「第1処理部」の一例に相当)と、低域遅延処理部11c(「第2処理部」の一例に相当)とを備える。高域遅延処理部11aは、音源信号に基づき、周波数が高いほど遅延され、リスナL(「聴取者」の一例に相当)の前方に定位するように出力される初期成分信号(「第1音響信号」の一例に相当)を生成する。低域遅延処理部11cは、音源信号に基づき、周波数が低いほど遅延され、リスナLの周囲から出力される後期成分信号(「第2音響信号」の一例に相当)を生成する。したがって、実施形態に係る音響装置10によれば、音像の明瞭化および包まれ感の充実化を両立させることができる。
【0061】
また、高域遅延処理部11aは、直接音を含む音源信号の初期成分について周波数が高いほど遅延させることによって、初期成分信号を生成する。したがって、実施形態に係る音響装置10によれば、音源信号の初期成分を周波数が高いほど遅延させ、初期成分と後期成分とを分離させやすくすることができる。
【0062】
また、高域遅延処理部11aは、初期成分について低域から高域へ変化するスイープ信号をフィルタリングすることによって、当該初期成分を周波数が高いほど遅延させる。したがって、実施形態に係る音響装置10によれば、フィルタ処理によって容易に初期成分を周波数が高いほど遅延させることができる。
【0063】
また、高域遅延処理部11aは、初期成分の立ち下がりが急峻化するように初期成分信号を生成する。したがって、実施形態に係る音響装置10によれば、初期成分と後期成分とを分離させやすくすることができる。
【0064】
また、低域遅延処理部11cは、残響音に対応する音源信号の後期成分について高域から低域へ変化するスイープ信号をフィルタリングすることによって、当該後期成分を周波数が低いほど遅延させる。したがって、実施形態に係る音響装置10によれば、フィルタ処理によって容易に後期成分を周波数が低いほど遅延させることができる。
【0065】
また、低域遅延処理部11cは、後期成分の立ち上がりが遅延化するように後期成分信号を生成する。したがって、実施形態に係る音響装置10によれば、初期成分と後期成分とを分離させやすくすることができる。
【0066】
また、実施形態に係る音響装置10は、リスナLの前方に配置されるスピーカFL,FR(「フロントスピーカ」の一例に相当)と、リスナLの後方に配置されるスピーカRL,RR(「リアスピーカ」の一例に相当)と、初期成分信号および後期成分信号をスピーカFL,FRおよびスピーカRL,RRから出力させる増幅出力部11e(「出力部」の一例に相当)を備える。増幅出力部11eは、初期成分信号をスピーカFL,FRから出力させ、後期成分信号をスピーカRL,RRから出力させる。したがって、実施形態に係る音響装置10によれば、車室100内に着座するリスナLの前方に初期成分による音像を明瞭化させるとともに、リスナLの周囲に後期成分による音像、すなわち包まれ感LEVを充実化させることができる。
【0067】
また、増幅出力部11eは、初期成分信号へ後期成分信号を合成してスピーカFL,FRから出力させ、後期成分信号へ初期成分信号を合成してスピーカRL,RRから出力させる。したがって、実施形態に係る音響装置10によれば、リスナLの前方に明瞭かつ拡がりある音像を定位させるとともに、リスナLの周囲に包まれ感LEVが大きくかつ自然な音響を響かせることができる。
【0068】
なお、上述した実施形態では、音響装置10が、車両に搭載される場合を例に挙げたが、車室100等に似た特性を有する空間に設けられるのであれば、車両であるかを問わず、また、移動体であるかを問わず、様々な空間に設けることができる。
【0069】
さらなる効果や変形例は、当業者によって容易に導き出すことができる。このため、本発明のより広範な態様は、以上のように表しかつ記述した特定の詳細および代表的な実施形態に限定されるものではない。したがって、添付の特許請求の範囲およびその均等物によって定義される総括的な発明の概念の精神または範囲から逸脱することなく、様々な変更が可能である。
【符号の説明】
【0070】
2 音源装置
10 音響装置
11a 高域遅延処理部
11b 残響処理部
11c 低域遅延処理部
11d D/A変換部
11e 増幅出力部
100 車室
ASW 音像幅
C 車両
FL 左フロントスピーカ
FR 右フロントスピーカ
RL 左リアスピーカ
RR 右リアスピーカ
L リスナ
LEV 包まれ感