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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B1)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2022-12-16
(45)【発行日】2022-12-26
(54)【発明の名称】溶接構造体
(51)【国際特許分類】
   B23K 9/02 20060101AFI20221219BHJP
   B23K 9/00 20060101ALI20221219BHJP
【FI】
B23K9/02 S
B23K9/00 501A
【請求項の数】 15
(21)【出願番号】P 2022560432
(86)(22)【出願日】2022-06-14
(86)【国際出願番号】 JP2022023799
【審査請求日】2022-10-03
(31)【優先権主張番号】P 2021099092
(32)【優先日】2021-06-15
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
【早期審査対象出願】
(73)【特許権者】
【識別番号】000001258
【氏名又は名称】JFEスチール株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100147485
【弁理士】
【氏名又は名称】杉村 憲司
(74)【代理人】
【識別番号】230118913
【弁護士】
【氏名又は名称】杉村 光嗣
(74)【代理人】
【識別番号】100165696
【弁理士】
【氏名又は名称】川原 敬祐
(74)【代理人】
【識別番号】100179589
【弁理士】
【氏名又は名称】酒匂 健吾
(72)【発明者】
【氏名】長尾 涼太
(72)【発明者】
【氏名】半田 恒久
(72)【発明者】
【氏名】伊木 聡
【審査官】山下 浩平
(56)【参考文献】
【文献】特表2017-502842(JP,A)
【文献】特開2018-59190(JP,A)
【文献】国際公開第2020/138490(WO,A1)
【文献】国際公開第2013/038685(WO,A1)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
B23K 9/00 - 9/32、10/00 - 10/02
B23K 35/30
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
接合部材の端面が板厚50mm以上の被接合部材の表面に突き合され、前記接合部材と前記被接合部材とを接合するT継手を備える、溶接構造体であって、
前記T継手の溶接脚長および溶着幅のうちの長い方の値であるLが16mm以上であり、
前記T継手の溶接金属が、
質量%で、C:0.10~0.70%、Si:0.10~1.00%、Mn:15.00~28.00%、P:0.030%以下、S:0.015%以下、Ni:1.00~5.00%、Cr:0.50~4.00%、Mo:2.00%以下、N:0.150%以下およびO:0.050%以下であり、残部がFe及び不可避的不純物である、溶接金属組成と、
オーステナイト相が面積%で80%以上である、溶接金属組織と、を有する、溶接構造体。
【請求項2】
前記溶接金属組成が、さらに、質量%で、
(a)V:0.10%以下、Ti:0.10%以下およびNb:0.10%以下のうちから選んだ1種または2種以上、
ならびに
(b)Cu:1.00%以下、Al:0.10%以下、Ca:0.010%以下およびREM:0.020%以下のうちから選んだ1種または2種以上
のうちの少なくとも一方を含有する、請求項1に記載の溶接構造体。
【請求項3】
前記T継手における前記接合部材の端面と前記被接合部材の表面とを突き合わせた面に未溶着部が存在し、かつ、前記接合部材の板厚に対する前記未溶着部の幅の比率である未溶着比率Yが30%以上である、請求項1に記載の溶接構造体。
【請求項4】
前記T継手における前記接合部材の端面と前記被接合部材の表面とを突き合わせた面に未溶着部が存在し、かつ、前記接合部材の板厚に対する前記未溶着部の幅の比率である未溶着比率Yが30%以上である、請求項2に記載の溶接構造体。
【請求項5】
前記被接合部材が、前記接合部材と交差するように突合せ溶接継手部を有する、請求項1に記載の溶接構造体。
【請求項6】
前記被接合部材が、前記接合部材と交差するように突合せ溶接継手部を有する、請求項2に記載の溶接構造体。
【請求項7】
前記被接合部材が、前記接合部材と交差するように突合せ溶接継手部を有する、請求項3に記載の溶接構造体。
【請求項8】
前記被接合部材が、前記接合部材と交差するように突合せ溶接継手部を有する、請求項4に記載の溶接構造体。
【請求項9】
前記接合部材が、突合せ溶接継手部を有し、該接合部材の突合せ溶接継手部と前記被溶接部材の突合せ溶接継手部とが交差するように、前記接合部材を、配設してなる、請求項5に記載の溶接構造体。
【請求項10】
前記接合部材が、突合せ溶接継手部を有し、該接合部材の突合せ溶接継手部と前記被溶接部材の突合せ溶接継手部とが交差するように、前記接合部材を、配設してなる、請求項6に記載の溶接構造体。
【請求項11】
前記接合部材が、突合せ溶接継手部を有し、該接合部材の突合せ溶接継手部と前記被溶接部材の突合せ溶接継手部とが交差するように、前記接合部材を、配設してなる、請求項7に記載の溶接構造体。
【請求項12】
前記接合部材が、突合せ溶接継手部を有し、該接合部材の突合せ溶接継手部と前記被溶接部材の突合せ溶接継手部とが交差するように、前記接合部材を、配設してなる、請求項8に記載の溶接構造体。
【請求項13】
前記接合部材の板厚が50mm以上である、請求項1ないし12のいずれかに記載の溶接構造体。
【請求項14】
前記接合部材と前記被接合部材との間の隙間が10mm以下である、請求項1ないし12のいずれかに記載の溶接構造体。
【請求項15】
前記接合部材と前記被接合部材との間の隙間が10mm以下である、請求項13に記載の溶接構造体。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、例えば、大型コンテナ船やバルクキャリアーなどの、厚鋼板を用いて溶接施工された溶接鋼構造物(以下、溶接構造体ともいう)に関する。本発明は、特に、厚鋼板の母材または溶接継手部から発生した脆性亀裂の伝播を、構造物の大規模破壊に至る前に停止させることができる、脆性亀裂伝播停止特性に優れる溶接構造体に関する。
【背景技術】
【0002】
コンテナ船やバルクキャリアーは、積載能力の向上や荷役効率の向上等のため、例えば、タンカー等とは異なり、船上部の開口部を大きくとった構造を有している。そのため、コンテナ船やバルクキャリアーでは、特に船体外板を、高強度化または厚肉化する必要がある。
【0003】
また、コンテナ船は、近年、大型化し、6,000~24,000TEUといった大型船が建造されるようになってきている。なお、TEU(Twenty feet Equivalent Unit)は、長さ20フィートのコンテナに換算した個数を表し、コンテナ船の積載能力の指標を示す。このような船の大型化に伴い、船体外板は、板厚:50mm以上で、降伏強さ:390N/mm2級以上の厚鋼板が使用される傾向となっている。
【0004】
船体外板となる鋼板は、近年、施工期間の短縮という観点から、例えばエレクトロガスアーク溶接等の大入熱溶接により突合せ溶接されることが多い。このような大入熱溶接は、溶接熱影響部での大幅な靭性低下に繋がりやすく、溶接継手部からの脆性亀裂発生の一つの原因となっていた。
【0005】
一方、船体構造においては、従来から安全性という観点から、万一、脆性破壊が発生した場合でも、脆性亀裂の伝播を大規模破壊に至る前に停止させ、船体分離を防止することが必要であると考えられている。
【0006】
このような考え方を受けて、非特許文献1に、板厚50mm未満の造船用鋼板における溶接部の脆性亀裂伝播挙動についての実験的な検討結果が報告されている。
【0007】
非特許文献1には、溶接部で強制的に発生させた脆性亀裂の伝播経路、および伝播挙動が実験的に調査されている。ここには、溶接部の破壊靱性がある程度確保されていれば、溶接残留応力の影響により脆性亀裂は溶接部から母材側に逸れてしまうことが多いという結果が記載されている。ただし、溶接部に沿って脆性亀裂が伝播した例も複数例確認されている。このことは、脆性破壊が溶接部に沿って直進伝播する可能性が無いとは言い切れないことを示唆していることになる。
【0008】
しかしながら、非特許文献1で適用した溶接と同等の溶接を板厚50mm未満の鋼板に適用して建造された船舶が何ら問題なく就航しているという多くの実績があることに加え、靱性が良好な鋼板母材(造船E級鋼など)は脆性亀裂を停止する能力を十分に保持しているとの認識から、造船用鋼材の溶接部の脆性亀裂伝播停止特性は、船級規則等では特に要求されてこなかった。
【0009】
また、近年の6,000TEUを超える大型コンテナ船では、使用する鋼板の板厚が50mmを超える場合がある。この場合、板厚増大による破壊靱性の低下に加え、溶接入熱がより大きな大入熱溶接の採用により、溶接部の破壊靭性が一層低下する傾向にある。このような板厚が50mmを超える鋼板に対して大入熱溶接を施して得られる厚肉大入熱溶接継手では、溶接部から発生した脆性亀裂が、母材側に反れずに直進し、また骨材等の鋼板母材部でも停止しない可能性がある。この点は、例えば、非特許文献2に示されている。このため、板厚50mm以上の厚肉高強度鋼板を適用した船体構造の安全性確保が、大きな問題となっている。また、非特許文献2には、発生した脆性亀裂の伝播停止のために、特別な脆性亀裂伝播停止特性を有する厚鋼板を必要とするとの指摘もある。
【0010】
このような問題に対し、例えば、特許文献1には、好ましくは板厚50mm以上の船殻外板である溶接構造体において、突合せ溶接部に交差するように骨材を配置し、隅肉溶接で接合した溶接構造体が記載されている。特許文献1に記載された技術では、所定のミクロ組織を有する鋼板を補強材として隅肉溶接した構造とすることにより、突合せ溶接継手部に脆性亀裂が発生しても、補強材である骨材で脆性破壊を停止でき、溶接構造体が破壊するような致命的な損傷を防止できるとしている。しかし、特許文献1に記載された技術では、補強材を、所望の組織を形成させた鋼板とするために複雑な工程を必要とする。その結果、生産性が低下し、安定して所望の組織を有する鋼板を確保することが難しいという問題があった。
【0011】
また、特許文献2には、接合部材を被接合部材に隅肉溶接してなる隅肉溶接継手を備える溶接構造体が記載されている。特許文献2に記載された溶接構造体では、隅肉溶接継手断面における接合部材の、被接合部材との突合せ面に未溶着部を残存させ、その未溶着部の幅を、被接合部材の脆性亀裂伝播停止性能Kcaと特別な関係式を満足するように調整するとしている。これにより、被接合部材(フランジ)を板厚:50mm以上の厚物材としても、接合部材で発生した脆性亀裂の伝播を、隅肉溶接部の突合せ面で停止させ、被接合部材への脆性亀裂の伝播を阻止することができるとしている。しかし、特許文献2に記載された技術では、接合部材の脆性亀裂伝播停止特性等が不十分であるため、被接合部材で発生した脆性亀裂を接合部材で伝播停止させるにたる十分な技術であるとは言えない。
【0012】
また、特許文献3~5には、接合部材の端面を被接合部材の表面に突合わせ、接合部材と被接合部材とを隅肉溶接により接合してなる溶接構造体が記載されている。特許文献3~5に記載された技術では、接合部材の端面と被接合部材の表面とを突合わせた面に未溶着部を備え、かつ溶接脚長もしくは溶着幅の少なくとも一方が16mm以下の隅肉溶接継手としたうえで、隅肉溶接金属の靭性が被接合部材の板厚との関係で特別な関係を有する隅肉溶接継手とし、あるいはさらに接合部材を脆性亀裂伝播停止性能に優れた鋼板としたり、突合せ溶接継手の溶接金属を高靭性とした溶接構造体とすることにより、被接合部材溶接部から発生した脆性亀裂を、隅肉溶接部で、あるいは接合部材の母材で、または接合部材、被接合部材の溶接部で、伝播阻止することができるとしている。
【0013】
しかし、特許文献3~5に記載された各技術では、溶接脚長(または溶着幅)を16mm以下に制限する必要があり、そのため、隅肉溶接部の強度確保の観点から、接合部材(ウェブ)および被接合部材(フランジ)に適用できる板厚は最大でも80mmであった。
【0014】
このような問題に対し、例えば、特許文献6には、接合部材の端面が板厚50mm以上の被接合部材の表面に突合わされ、また接合部材と被接合部材とを接合する隅肉溶接継手を備える溶接構造体が記載されている。特許文献6に記載された溶接構造体は、隅肉溶接継手の溶接脚長および溶着幅が16mm超えで、隅肉溶接継手における接合部材の端面と被接合部材の表面とを突合わせた面に、隅肉溶接継手の断面で該接合部材の板厚twの95%以上の未溶着部を有し、さらに、溶接脚長および溶着幅のうちの小さい方の値Lと被接合部材の板厚tfとの関係で、所定の関係を満足する靭性を有する隅肉溶接金属とすることにより、接合部材の板厚を65~120mmとしても、被接合部材で発生した脆性亀裂を隅肉溶接金属で伝播阻止することができるとしている。
【0015】
また、特許文献7には、ウェブとフランジの突合せ部分にダブラー部材を備える溶接構造体が記載されている。特許文献7に記載された溶接構造体は、ウェブがダブラー部材に突合せ隅肉溶接され、該突合せ面に未溶着部が残存し、さらに、タブラー部材がフランジに重ね合わせ隅肉溶接され、該重ね合わせ面に未溶着部が残存する溶接構造体としている。特許文献7に記載された技術では、ダブラー部材にオーステナイト鋼板を使用すれば、長大脆性亀裂の伝播をダブラー部材で阻止することができるとしている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0016】
【文献】特開2004-232052号公報
【文献】特開2007-326147号公報
【文献】特許第5395985号
【文献】特許第5365761号
【文献】特許第5408396号
【文献】特許第6744274号
【文献】特許第6615215号
【非特許文献】
【0017】
【文献】日本造船研究協会第147研究部会:「船体用高張力鋼板大入熱溶接継手の脆性破壊強度評価に関する研究」、第87号(1978年2月)、p.35~53、日本造船研究協会
【文献】山口欣弥ら:「超大型コンテナ船の開発―新しい高強度極厚鋼板の実用―」、日本船舶海洋工学会誌、第3号(2005)、p.70~76、平成17年11月
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0018】
しかしながら、特許文献6に記載された技術では、溶接脚長や溶着幅を制限するために溶接時の厳格な施工管理が必須であり、溶接施工の生産性低下や施工費用の増大が問題であった。加えて、未溶着部の小さい部分溶込み溶接が要求される構造において、十分な脆性亀裂伝播停止性能を確保できないという問題があった。また、特許文献7に記載された技術では、ダブラー部材加工・溶接により施工コストが増加するという問題や、ダブラー部材に高価なオーステナイト鋼板を使用する場合には、材料費が高騰するという問題がある。
【0019】
本発明は、上記したような従来技術の問題を解決し、溶接時の厳格な施工管理を必要とすることなく、板厚:50mm以上の被接合部材(フランジ)に発生した脆性亀裂の接合部材(ウェブ)への伝播を、大規模破壊に至る前に、阻止することができる、脆性亀裂伝播停止性能に優れた溶接構造体を提供することを目的とする。なお、本発明が対象とする溶接構造体は、接合部材の端面を被接合部材の表面に突き合せ、これらを隅肉溶接または部分溶込み溶接により溶接接合してなるT継手を有する溶接構造体である。
【課題を解決するための手段】
【0020】
本発明者らは、上記した目的を達成するために、T継手の脆性亀裂伝播停止靭性に及ぼす各種要因について鋭意検討した。その結果、T継手の溶接金属組織を主としてオーステナイト相からなる組織とすれば、溶接金属を高靭性とすることができ、たとえ、溶接金属の溶接脚長や溶着幅が16mm以上となる場合や、接合に部分溶込み溶接を適用する場合であっても、脆性亀裂伝播停止性能に優れたT継手とすることができることに思い至った。そして、これにより、接合部材(ウェブ)に使用する厚鋼板の脆性亀裂伝播停止性能を特別に考慮することもなく、被接合部材(フランジ)で発生した脆性亀裂の接合部材(ウェブ)への伝播を、T継手の溶接金属で阻止することができることを知見した。
【0021】
本発明は、上記した知見に、さらに検討を加えて完成されたものである。すなわち、本発明の要旨は次のとおりである。
[1]接合部材の端面が板厚50mm以上の被接合部材の表面に突き合され、前記接合部材と前記被接合部材とを接合するT継手を備える、溶接構造体であって、
前記T継手の溶接脚長および溶着幅のうちの長い方の値であるLが16mm以上であり、
前記T継手の溶接金属が、
質量%で、C:0.10~0.70%、Si:0.10~1.00%、Mn:15.00~28.00%、P:0.030%以下、S:0.015%以下、Ni:1.00~5.00%、Cr:0.50~4.00%、Mo:2.00%以下、N:0.150%以下およびO:0.050%以下であり、残部がFe及び不可避的不純物である、溶接金属組成と、
オーステナイト相が面積%で80%以上である、溶接金属組織と、を有する、溶接構造体。
[2]前記溶接金属組成が、さらに、質量%で、
(a)V:0.10%以下、Ti:0.10%以下およびNb:0.10%以下のうちから選んだ1種または2種以上、
ならびに
(b)Cu:1.00%以下、Al:0.10%以下、Ca:0.010%以下およびREM:0.020%以下のうちから選んだ1種または2種以上
のうちの少なくとも一方を含有する、[1]に記載の溶接構造体。
[3]前記T継手における前記接合部材の端面と前記被接合部材の表面とを突き合わせた面に未溶着部が存在し、かつ、前記接合部材の板厚に対する前記未溶着部の幅の比率である未溶着比率Yが30%以上である、[1]に記載の溶接構造体。
[4]前記T継手における前記接合部材の端面と前記被接合部材の表面とを突き合わせた面に未溶着部が存在し、かつ、前記接合部材の板厚に対する前記未溶着部の幅の比率である未溶着比率Yが30%以上である、[2]に記載の溶接構造体。
[5]前記被接合部材が、前記接合部材と交差するように突合せ溶接継手部を有する、[1]に記載の溶接構造体。
[6]前記被接合部材が、前記接合部材と交差するように突合せ溶接継手部を有する、[2]に記載の溶接構造体。
[7]前記被接合部材が、前記接合部材と交差するように突合せ溶接継手部を有する、[3]に記載の溶接構造体。
[8]前記被接合部材が、前記接合部材と交差するように突合せ溶接継手部を有する、[4]に記載の溶接構造体。
[9]前記接合部材が、突合せ溶接継手部を有し、該接合部材の突合せ溶接継手部と前記被溶接部材の突合せ溶接継手部とが交差するように、前記接合部材を、配設してなる、[5]に記載の溶接構造体。
[10]前記接合部材が、突合せ溶接継手部を有し、該接合部材の突合せ溶接継手部と前記被溶接部材の突合せ溶接継手部とが交差するように、前記接合部材を、配設してなる、[6]に記載の溶接構造体。
[11]前記接合部材が、突合せ溶接継手部を有し、該接合部材の突合せ溶接継手部と前記被溶接部材の突合せ溶接継手部とが交差するように、前記接合部材を、配設してなる、[7]に記載の溶接構造体。
[12]前記接合部材が、突合せ溶接継手部を有し、該接合部材の突合せ溶接継手部と前記被溶接部材の突合せ溶接継手部とが交差するように、前記接合部材を、配設してなる、[8]に記載の溶接構造体。
[13]前記接合部材の板厚が50mm以上である、請求項[1]ないし[12]のいずれかに記載の溶接構造体。
[14]前記接合部材と前記被接合部材との間の隙間が10mm以下である、請求項[1]ないし[12]のいずれかに記載の溶接構造体。
[15]前記接合部材と前記被接合部材との間の隙間が10mm以下である、[13]に記載の溶接構造体。
【発明の効果】
【0022】
本発明によれば、板厚50mm以上の、厚肉の被接合部材から発生した脆性亀裂の接合部材への伝播を、大規模破壊に到る前に阻止することが可能となる。本発明によれば、特に大型のコンテナ船やバルクキャリアーなどの船体分離など、大規模な脆性破壊を回避でき、船体構造の安全性を向上させるうえで大きな効果をもたらし、産業上格段の効果を奏する。また、本発明によれば、特殊な鋼材を使用することなく、また安全性を損なうこともなく、溶接施工時に溶接材料の選定や溶接条件の調整を行うことだけで、脆性亀裂伝播停止性能に優れた溶接構造体を製造できるという効果もある。
【図面の簡単な説明】
【0023】
図1】T継手の継手断面の一例を模式的に示す説明図である。
図2】T継手の他の一例を模式的に示す説明図である。(a)は外観図、(b)は断面図である。
図3】T継手の他の一例を模式的に示す説明図である。(a)は外観図、(b)は断面図である。
図4】超大型構造モデル試験体の形状を模式的に示す説明図である。
図5】T継手の開先形状の一例を示す説明図である。
【発明を実施するための形態】
【0024】
本発明の一実施形態に従う溶接構造体は、接合部材1の端面を被接合部材2の表面に突き合せて、接合部材1と被溶接部材2とを接合するT継手を備える溶接構造体である。本発明の一実施形態に従う溶接構造体は、例えば、船舶の船体外板を被接合部材とし、隔壁を接合部材とする船体構造、あるいはデッキを被接合部材とし、ハッチを接合部材とする船体構造に適用可能である。なお、上記のT継手は、接合部材1と、被接合部材2と、溶接金属5と、を有する。
【0025】
なお、使用する被接合部材2は、板厚50mm以上、好ましくは60mm以上120mm以下の厚鋼板を素材とする。また、接合部材1は、好ましくは板厚50mm以上、より好ましくは60mm以上120mm以下の厚鋼板を素材とすることが好ましい。なお、接合部材1および被接合部材2に用いる厚鋼板の鋼種は特に限定されず、例えば、降伏強さ:350~490N/mm2(MPa)の厚鋼板を好適に用いることができる。
【0026】
なお、本発明の一実施形態に従う溶接構造体で備えるT継手は、溶接金属5を有し、溶接脚長3および溶着幅13のうちの長い方の値であるLを16mm以上とする。また、本発明の一実施形態に従う溶接構造体では、接合部材1と被接合部材2との突き合わせ面に、構造不連続部となる未溶着部4(未溶着部の幅16)を存在させてもよい。また、未溶着部4を存在させる場合、接合部材1の板厚に対する未溶着部の幅16の比率である未溶着比率Y(=B/tw×100、B:未溶着部の幅(mm)、tw:接合部材の板厚(mm))を30%以上とすることが好ましい。未溶着部4を存在させることにより、被接合部材2を伝播してきた脆性亀裂は、突合せ面において停止しやすくなる。未溶着比率Yの上限は特に限定されないが、所定の強度を確保する観点などから、未溶着比率Yは98%以下が好ましい。なお、溶接脚長3、溶着幅13および未溶着部の幅16は、T継手の継手断面(後述する図1に示す継手断面であり、当該継手断面は、接合部材1の板厚方向をx軸、被接合部材2の板厚方向をy軸としたときのxy平面に平行な面である。)において測定する。
【0027】
この状態を継手断面で図1に示す。図1(a)は、接合部材1を被接合部材2に対して直立して接合した場合を示すが、これに限定されない。例えば、図1(b)に示すように、接合部材1を被接合部材2に対して角度θだけ傾けて接合してもよい。また、図1(c)に示すように、接合部材1と被接合部材2の間に隙間14を設け、さらに図1(d)に示すように、隙間14にスペーサー15を挿入してもよい。また、隙間14は溶接時の工数削減の観点から、10mm以下とすることが好ましい。
【0028】
脆性亀裂は、欠陥の少ない鋼板母材部で発生することは極めて稀で、多くは溶接部で発生している。図2図3に示すようなT継手では、脆性亀裂は、突合せ溶接継手部11から発生する。発生した脆性亀裂が接合部材1へ伝播することを阻止するためには、構造の不連続部を存在させることが好ましい。構造の不連続部として、例えば、上述したように、T継手の被接合部材2と接合部材1との突合せ面に未溶着部4を存在させることが好ましい。本発明の一実施形態に従う溶接構造体では、T継手の溶接金属を靭性に優れるものとするため、構造の不連続部を存在させることは、必ずしも必要ではない。ただし、構造の不連続部を存在させることにより、脆性亀裂の伝播阻止がより容易になる。
【0029】
図2に示す溶接構造体は、被接合部材2を突合せ溶接継手11で接合された鋼板とし、接合部材1をその突合せ溶接継手の溶接部11と交差するように、溶接した溶接構造体である。また、図3に示す溶接構造体は、接合部材1を突合せ溶接継手12で接合された鋼板とし、被接合部材2を突合せ溶接継手11で接合された鋼板とし、接合部材1の突合せ溶接継手12と被接合部材2の突合せ溶接継手11とが交差するように溶接した溶接構造体である。
【0030】
図2および図3では、接合部材1と突合せ溶接継手11とを直交するように、配置しているが、これに限定されない。斜めに交差させても良いことは言うまでもない。また、溶接継手の製造方法は、特に限定する必要はなく、常用の製造方法がいずれも適用できる。例えば、被接合部材用鋼板同士、接合部材用鋼板同士を突合せ溶接し、突合せ溶接継手を有する接合部材および被接合部材を得る。そして、得られた接合部材および被接合部材を溶接し、T継手を製造してもよい。また、突合せ溶接前の、一組の接合部材用鋼板を被接合部材に仮付溶接し、ついで接合部材用鋼板同士を突合せ溶接し、突合せ溶接継手を有する接合部材を得る。そして、得られた接合部材を被接合部材に本溶接し、T継手を製造してもよい。
【0031】
本発明の一実施形態に従う溶接構造体では、T継手の溶接脚長3および溶着幅13のうちの長い方の値であるLは、16mm以上とする。Lが16mm未満、つまり、溶接脚長3および溶着幅13がともに16mm未満である場合、脆性亀裂伝播停止性能を確保するには有利である。しかしながら、部材板厚が80mmを超えるような場合に、溶接部の強度確保が困難となる。また、部材板厚が80mm以下であっても、施工時の手直し等により、溶接部の強度確保が難しくなる危険性が高くなる。なお、Lの上限は特に限定されないが、施工能率等の観点から、Lは30mm以下とすることが好ましい。
【0032】
また、本発明の一実施形態に従う溶接構造体では、T継手の溶接金属の組織(以下、溶接金属組織ともいう)を、オーステナイト相が面積%(面積率)で80%以上である組織とする。オーステナイト相の上限は特に限定されず、面積%で100%であってもよい。オーステナイト相以外の相(以下、残部相ともいう)は面積%で0~20%であり、残部相としては、例えば、フェライト相等を例示できる。
【0033】
溶接金属組織を、オーステナイト相が面積%で80%以上である組織とすることにより、溶接金属の靭性が向上する。これにより、Lが16mm以上の場合においても、被接合部材で発生した脆性亀裂の伝播をT継手の溶接金属で停止し、接合部材への脆性亀裂の伝播を阻止できる。なお、上記した組織を有する溶接金属は、溶接構造体の強度確保の観点から、ビッカース硬さで170~260HV(降伏強さで390MPa以上、引張強さで490MPa以上)の硬さ(強度)特性を有することが好ましい。
【0034】
また、T継手の溶接金属は、質量%で、C:0.10~0.70%、Si:0.10~1.00%、Mn:15.00~28.00%、P:0.030%以下、S:0.015%以下、Ni:1.00~5.00%、Cr:0.50~4.00%、Mo:2.00%以下、N:0.150%以下およびO:0.050%以下であり、残部がFe及び不可避的不純物からなる、溶接金属組成を有する。
【0035】
上述したように、溶接金属組織を、上記したオーステナイト相が面積%で80%以上である組織とすることにより、溶接金属の靭性が向上する。これにより、Lが16mm以上の場合においても、被接合部材で発生した脆性亀裂の伝播をT継手の溶接金属で停止し、接合部材への脆性亀裂の伝播を阻止できる。
【0036】
つぎに、上記の溶接金属組成の限定理由について説明する。以下、溶接金属組成における質量%は、単に%で記す。
【0037】
C:0.10~0.70%
Cは、オーステナイトを安定化させる元素である。また、Cは、固溶強化により、溶接金属の強度を上昇させる作用を有する元素である。このような効果を得るためには、Cの0.10%以上の含有を必要とする。しかし、C含有量が0.70%を超えると、溶接時の高温割れが生じやすくなる。そのため、C含有量は0.10~0.70%とする。なお、C含有量は、好ましくは0.20~0.60%である。
【0038】
Si:0.10~1.00%
Siは、炭化物の析出を抑制することで、Cをオーステナイトに固溶させ、オーステナイトを安定化させる。そのような効果を得るためには、Siの0.10%以上の含有を必要とする。しかし、Si含有量が1.00%を超えると、Siが、凝固時に偏析して、凝固セル界面に液相を生成する。これにより、耐高温割れ性を低下させる。さらには靭性が低下する。そのため、Si含有量は0.10~1.00%とする。なお、Si含有量は、好ましくは0.20~0.90%である。
【0039】
Mn:15.00~28.00%
Mnは、安価に、オーステナイト相を安定化する元素である。そのためには、Mnの15.00%以上の含有を必要とする。Mn含有量が15.00%未満では、オーステナイトの安定度が不足する。これにより、溶接金属中に硬質のマルテンサイト相が生成し、靭性が低下する。一方、Mn含有量が28.00%を超えると、凝固時に過度のMn偏析が発生し、高温割れを誘発する。そのため、Mn含有量は15.00~28.00%とする。なお、Mn含有量は、好ましくは17.00~26.00%である。
【0040】
P:0.030%以下
Pは、結晶粒界に偏析し、高温割れを誘発する元素である。そのため、Pはできるだけ低減することが好ましいが、0.030%以下であれば許容できる。そのため、P含有量は0.030%以下とする。なお、Pの過度の低減は、精練コストの高騰を招く。そのため、P含有量は0.002%以上に調整することが好ましい。
【0041】
S:0.015%以下
Sは、結晶粒界に偏析し、高温割れを誘発する元素である。そのため、Sはできるだけ低減することが好ましいが、0.015%以下であれば許容できる。そのため、S含有量は0.015%以下とする。なお、Sの過度の低減は、精練コストの高騰を招く。そのため、S含有量は0.001%以上に調整することが好ましい。
【0042】
Ni:1.00~5.00%
Niは、オーステナイト粒界を強化する元素であり、粒界の脆化を抑制することで、高温割れの発生を抑制する。このような効果を得るためには、Niの1.00%以上の含有を必要とする。また、Niは、オーステナイト相を安定化させる効果もある。しかし、Niは高価な元素であり、5.00%を超える含有は、経済的に不利となる。そのため、Ni含有量は1.00~5.00%とする。
【0043】
Cr:0.50~4.00%
Crは、溶接金属の強度を向上させる効果がある。Cr含有量が0.50%未満では、上記した効果を確保できない。一方、Cr含有量が4.00%を超えると、溶接金属の靱性および耐高温割れ性が低下する。そのため、Cr含有量は0.50~4.00%とする。なお、Cr含有量は、好ましくは0.70~3.00%である。
【0044】
Mo:2.00%以下
Moは、オーステナイト粒界を強化する元素であり、粒界の脆化を抑制することで、高温割れの発生を抑制する。また、Moは、溶接金属を硬化させることにより、耐摩耗性を向上させる作用も有する。このような効果を得るためには、Mo含有量を0.10%以上とすることが好ましい。一方、Mo含有量が2.00%を超えると、粒内が硬化しすぎて、相対的に粒界が弱くなり、高温割れが発生する。そのため、Mo含有量は2.00%以下とする。なお、Mo含有量は、より好ましくは0.20~1.90%である。
【0045】
N:0.150%以下
Nは、不可避的に混入する元素である。ただし、Nは、Cと同様に、溶接金属の強度向上に有効に寄与する。また、Nは、オーステナイト相を安定化し、極低温靱性を安定的に向上させる元素でもある。このような効果は、Nの0.003%以上の含有で顕著となるため、N含有量は0.003%以上が好ましい。しかし、N含有量が0.150%を超えると、窒化物を形成し、低温靱性が低下する。そのため、N含有量は0.150%以下とする。なお、N含有量は、好ましくは0.003~0.120%である。
【0046】
O:0.050%以下
O(酸素)は、不可避的に混入する元素である。ただし、Oは、溶接金属中で、Al系酸化物やSi系酸化物を形成し、凝固組織の粗大化抑制に寄与する。このような効果は、Oの0.003%以上の含有で著しくなるため、O含有量は0.003%以上が好ましい。しかしながら、O含有量が0.050%を超えると、酸化物の粗大化が著しくなる。そのため、O(酸素)含有量は0.050%以下とする。なお、O含有量は、好ましくは0.003~0.040%である。
【0047】
上記した成分が、溶接金属組成の基本成分であるが、上記した基本成分に加えてさらに、選択成分として、任意に、
(a)V:0.10%以下、Ti:0.10%以下およびNb:0.10%以下のうちから選んだ1種または2種以上、
ならびに
(b)Cu:1.00%以下、Al:0.10%以下、Ca:0.010%以下およびREM:0.020%以下のうちから選んだ1種または2種以上
のうちの少なくとも一方を含有させることができる。
【0048】
(a)V:0.10%以下、Ti:0.10%以下およびNb:0.10%以下のうちから選んだ1種または2種以上
V、TiおよびNbはいずれも、炭化物形成元素で、粒内に微細な炭化物を析出させて溶接金属の強度増加に寄与する元素であり、任意に1種または2種以上を含有させることができる。
【0049】
V:0.10%以下
Vは、炭化物形成元素で、粒内に微細な炭化物を析出させて、溶接金属の強度向上に寄与する。このような効果を得るためには、Vを0.001%以上含有させることが好ましい。しかし、V含有量が0.10%を超えると、過剰な炭化物が破壊の発生起点となるため、低温靭性が低下する。そのため、Vを含有させる場合、V含有量は0.10%以下が好ましい。なお、V含有量は、より好ましくは0.002~0.050%である。
【0050】
Ti:0.10%以下
また、TiもVと同様に、炭化物形成元素で、微細な炭化物を析出させて、溶接金属の強度向上に寄与する。このような効果を得るためには、Tiを0.001%以上含有させることが好ましい。しかし、Ti含有量が0.10%を超えると、過剰な炭化物が破壊の発生起点となるため、低温靭性が低下する。そのため、Tiを含有させる場合、Ti含有量は0.10%以下が好ましい。なお、Ti含有量は、より好ましくは0.002~0.050%である。
【0051】
Nb:0.10%以下
また、NbもVおよびTiと同様に、炭化物形成元素で、微細な炭化物を析出させて、溶接金属の強度向上に寄与する。このような効果を得るためには、Nbを0.001%以上含有させることが好ましい。しかし、Nb含有量が0.10%を超えると、過剰な炭化物が破壊の発生起点となるため、低温靭性が低下する。そのため、Nbを含有させる場合、Nb含有量は0.10%以下が好ましい。なお、Nb含有量は、より好ましくは0.002~0.090%である。
【0052】
(b)Cu:1.00%以下、Al:0.10%以下、Ca:0.010%以下およびREM:0.020%以下のうちから選んだ1種または2種以上
Cuは、オーステナイト安定化に寄与する元素である。Alは、脱酸剤として作用する元素である。また、CaおよびREMは高温割れの抑制に寄与する元素である。Cu、Al、CaおよびREMは、任意に1種または2種以上を含有できる。
【0053】
Cu:1.00%以下
Cuは、オーステナイト相を安定化する元素である。このような効果を得るためには、Cuを0.01%以上含有させることが好ましい。しかし、Cu含有量が1.00%を超えると、粒界で低融点の液相が生成するため、高温割れが発生する。そのため、Cuを含有させる場合、Cu含有量は1.00%以下が好ましい。なお、Cu含有量は、より好ましくは0.02~0.80%である。
【0054】
Al:0.10%以下
Alは、脱酸剤として作用する。また、Alは、溶融金属の粘性を高め、ビード形状を安定的に保持し、スパッタの発生を低減する重要な作用を有する。さらに、Alは、固液共存温度範囲を小さくして、溶接金属の高温割れ発生の抑制に寄与する。このような効果は、Alの0.001%以上の含有で顕著となるため、Al含有量は0.001%以上が好ましい。しかし、Al含有量が0.10%を超えると、溶融金属の粘性が高くなりすぎて、逆に、スパッタの増加や、ビードが広がらずに融合不良などの欠陥が増加する。そのため、Alを含有させる場合、Al含有量は0.10%以下が好ましい。なお、Al含有量は、より好ましくは0.002~0.090%である。
【0055】
Ca:0.010%以下
Caは、高温割れの抑制に寄与する元素である。また、Caは、溶融金属中でSと結合し、高融点の硫化物CaSを形成することで、高温割れを抑制する。このような効果は、Caの0.001%以上の含有で顕著となる。一方、Ca含有量が0.010%を超えると、溶接時にアークに乱れが生じ、安定な溶接が困難となる。そのため、Caを含有させる場合、Ca含有量は0.010%以下が好ましい。なお、Ca含有量は、より好ましくは0.002~0.008%である。
【0056】
REM:0.020%以下
REMも、Caと同様、高温割れの抑制に寄与する元素である。また、REMは、強力な脱酸剤であり、溶接金属中でREM酸化物の形態で存在する。REM酸化物は凝固時の核生成サイトとなることで、溶接金属の凝固形態を変化させ、高温割れの抑制に寄与する。このような効果は、REMの0.001%以上の含有で顕著となる。しかし、REM含有量が0.020%を超えると、アークの安定性が低下する。そのため、REMを含有させる場合、REM含有量は0.020%以下が好ましい。なお、REM含有量は、より好ましくは0.002~0.016%である。
【0057】
上記した成分以外の残部は、Feおよび不可避的不純物である。なお、不可避的不純物としては、Bi、Sn、Sb等が例示でき、合計で0.2%以下であれば許容できる。
【0058】
また、上記した溶接金属組成と、上記した溶接金属組織と、を有するT継手の溶接金属は、例えば、溶接材料および溶接条件を調整して多層盛溶接を行って形成することができる。
【0059】
溶接方法としては、常用の、ガスメタルアーク溶接法が好適である。
【0060】
使用するソリッドワイヤは、上記した溶接金属組成と、上記した溶接金属組織と、を有するT継手の溶接金属が形成できるように、
質量%で、C:0.10~0.70%、Si:0.10~1.00%、Mn:15.00~28.00%、P:0.030%以下、S:0.015%以下、Ni:1.00~5.00%、Cr:0.50~4.00%、Mo:2.00%以下、N:0.150%以下およびO:0.050%以下であり、
任意に、
(a)V:0.10%以下、Ti:0.10%以下およびNb:0.10%以下のうちから選んだ1種または2種以上、
ならびに
(b)Cu:1.00%以下、Al:0.10%以下、Ca:0.010%以下およびREM:0.020%以下のうちから選んだ1種または2種以上
のうちの少なくとも一方を含有し、
残部がFe及び不可避的不純物からなる、ワイヤ組成を有するワイヤとすることが好ましい。
【0061】
そして、上記したワイヤ組成を有するワイヤを用いて、シールドガス中で、ガスメタルアーク溶接を行い、多層盛溶接金属を形成することが好ましい。なお、溶接条件は、下向き姿勢で、電流:150~450A(DCEP)、電圧:20~40V、溶接速度:15~60cm/min、パス間温度:100~200℃、および、シールドガス:80体積%Ar-20体積%CO2を同時に満足する条件とすることが好ましい。なお、溶接金属の強度調整のために、1パスの溶接入熱を1.0~3.0kJ/mmの範囲に調整することが好ましい。
また、溶接では、図5に示すような、接合部材1に、所定の角度(40°)を有する開先を付与してもよい。
【0062】
以下、さらに実施例に基づき、さらに本発明を説明する。
【実施例
【0063】
表2に示す板厚twの降伏強さ:355~460N/mm2(MPa)級厚鋼板を接合部材1として、表2に示す板厚tfの降伏強さ:355~460N/mm2(MPa)級厚鋼板を被接合部材2として用いた。接合部材1の端面を被接合部材2の表面に突き合せ、これらを溶接して、図4(a)、(b)および(c)に示す形状となる実構造サイズの大型溶接継手9を作製した。なお、被接合部材は、厚鋼板(母材のみ、表2中の種類を「母材」と表記)(図4(a))または突合せ溶接継手を有する厚鋼板(表2中の種類を「継手」と表記)(図4(b)および(c))とし、接合部材は、厚鋼板(母材のみ、表2中の種類を「母材」と表記)(図4(a)および(b))、または突合せ溶接継手を有する厚鋼板(表2中の種類を「継手」と表記)(図4(c))とした。なお、突合せ溶接継手は、表2に示す溶接入熱の、1パス大入熱エレクトロガスアーク溶接(SEGARCおよび2電極SEGARC)または多層盛炭酸ガス溶接(多層CO2)により作製した。
【0064】
また、接合部材1と被接合部材2との溶接は、表1に示す溶接金属組成、ならびに、表2に示す溶接金属組織、硬さおよびLとなるように、ガスメタルアーク溶接(GMAW)により、溶接材料、ならびに、溶接入熱およびシールドガス等の溶接条件を変化させて行い、T継手を作製した。溶接材料は、所望の溶接金属組成となるように調整した、径:1.2mmのソリッドワイヤとした。なお、溶接条件は、下向き姿勢で、電流:150~450A(DCEP)、電圧:20~40V、溶接速度:15~60cm/min、パス間温度:100~200℃、シールドガス:80体積%Ar-20体積%CO2の条件とした。また、所定範囲の溶接金属硬さを確保するため、1パス溶接入熱量:1.0~3.0kJ/mmの範囲に調整した。
【0065】
なお、一部の溶接継手(T継手)では、接合部材1と被接合部材2との間に隙間14を設けた。また、一部の溶接継手(T継手)では、接合部材1に図5に示すような開先を設けて溶接した。
【0066】
得られたT継手の溶接金属から試験片を採取した。採取した試験片を用いて、常法に従う化学分析法を行い、溶接金属組成を測定した。結果を表2に示す。
【0067】
また、採取した試験片を用いて、常法に従い、EBSD法による相分析でオーステナイト相およびフェライト相を同定し、溶接金属組織における各相の面積率を算出した。結果を表2に示す。
【0068】
また、採取した試験片を用いて、JIS Z 2244-1(2020)に準拠して溶接金属硬さを測定した。結果を表2に示す。
【0069】
ついで、得られた大型溶接継手9を用いて、図4に示す超大型構造モデル試験体を作製し、脆性亀裂伝播停止試験を実施した。超大型構造モデル試験体は、大型溶接継手9の被接合部材2の下方に仮付け溶接8で、被接合部材2と同じ板厚の鋼板を溶接した。また、被接合部材2に機械ノッチ7を設けた。
【0070】
なお、図4(b)に示す超大型構造モデル試験体では、被接合部材2の突合せ溶接継手部11を接合部材1と直交するように作製した。また、図4(c)に示す超大型構造モデル試験体では、被接合部材2の突合せ溶接継手部11と接合部材1の突合せ溶接継手部12とを交差させた。そして、機械ノッチ7の先端を突合せ溶接継手部11のBOND部、または溶接金属WMとなるように加工した。
【0071】
また、脆性亀裂伝播停止試験は、機械ノッチ7に打撃を与え脆性亀裂を発生させ、伝播した脆性亀裂が、溶接金属(WM)で停止するか否かを調査した。いずれの試験も、応力243~283N/mm2、温度:-10℃の条件で実施した。応力243N/mm2は、船体に適用されている降伏強さ355N/mm2級鋼板の最大許容応力相当の値、応力257N/mm2は、船体に適用されている降伏強さ390N/mm2級鋼板の最大許容応力相当の値、応力283N/mm2は、船体に適用されている降伏強さ460N/mm2級鋼板の最大許容応力相当の値であり、試験応力は接合部材の降伏強さに応じて最大許容応力相当に設定した。温度-10℃は船舶の設計温度である。
【0072】
得られた結果を表3に示す。
【0073】
【表1】
【0074】
【表2】
【0075】
【表3】
【0076】
発明例はいずれも、脆性亀裂が被接合部材2を伝播したのち、溶接金属5に突入して停止した。一方、比較例ではいずれも、脆性亀裂は溶接金属5で停止することなく、接合部材1に伝播した。比較例では、溶接金属5で脆性亀裂の伝播を阻止することはできなかった。
【符号の説明】
【0077】
1 接合部材
2 被接合部材
3 溶接脚長
4 未溶着部
5 溶接金属
7 機械ノッチ
8 仮付け溶接
9 大型溶接継手
11 被接合部材の突合せ溶接継手
12 接合部材の突合せ溶接継手
13 溶着幅
14 隙間
15 スペーサー
16 未溶着部の幅
【要約】
接合部材の端面が板厚50mm以上の被接合部材の表面に突き合され、接合部材と被接合部材とを接合するT継手を備え、また、該T継手の溶接金属が、所定の溶接金属組成と、オーステナイト相が面積%で80%以上である溶接金属組織と、を有する、溶接構造体とする。
図1
図2
図3
図4
図5