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特許7195572低免疫状態の回復機能を有する細胞捕集材及び細胞捕集用カラム
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2022-12-16
(45)【発行日】2022-12-26
(54)【発明の名称】低免疫状態の回復機能を有する細胞捕集材及び細胞捕集用カラム
(51)【国際特許分類】
   A61M 1/36 20060101AFI20221219BHJP
【FI】
A61M1/36 165
【請求項の数】 10
(21)【出願番号】P 2018101822
(22)【出願日】2018-05-28
(65)【公開番号】P2019205552
(43)【公開日】2019-12-05
【審査請求日】2021-04-07
【国等の委託研究の成果に係る記載事項】(出願人による申告)平成29年度、国立研究開発法人日本医療研究開発機構、医療分野研究成果展開事業 戦略的イノベーション創出推進プログラム、「LAP陽性制御性T細胞およびTGF-βに対する選択除去材の創製およびがんの革新的治療法への応用」委託研究開発、産業技術力強化法第19条の適用を受ける特許出願
(73)【特許権者】
【識別番号】504177284
【氏名又は名称】国立大学法人滋賀医科大学
(74)【代理人】
【識別番号】110000796
【氏名又は名称】弁理士法人三枝国際特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】寺本 和雄
(72)【発明者】
【氏名】小笠原 一誠
(72)【発明者】
【氏名】上田 祐二
【審査官】胡谷 佳津志
(56)【参考文献】
【文献】国際公開第2012/133399(WO,A1)
【文献】特開昭60-252423(JP,A)
【文献】特開2006-288571(JP,A)
【文献】米国特許出願公開第2006/0002932(US,A1)
【文献】特表2015-533796(JP,A)
【文献】国際公開第2006/106972(WO,A1)
【文献】鈴木克英、許斐毅志,ポリアクリル酸のグラフト化と種々のアミノ酸の塩で改質された親水性ポリエチレンテレフタレートの諸性質,高分子論文集,日本,1998年,Vol. 55, No. 1,pp. 12-20
【文献】寺本 和雄, 外5名,LAP陽性T細胞吸着剤カラムの癌治療への応用,人工臓器,日本,2017年,Vol. 46, No. 2,S-79
【文献】寺本 和雄, 外2名,がん治療を目指すアフェレーシス,人工臓器,日本,2017年,Vol. 46, No. 3,pp. 180-182
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
A61M 1/36
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
芳香族置換基として非極性側鎖アミノ酸残基が10原子以上の長さのスペーサーを介して芳香核200個当たり1~100個の割合で結合した直鎖状芳香族ポリマーを備えた成型体からなる免疫抑制性細胞捕集材であって、該スペーサーが直鎖状ポリアミンである、捕集材
【請求項2】
前記非極性側鎖アミノ酸残基が、ロイシン、イソロイシン、ノルロイシン、バリン及びこれらを含む直鎖状ペプチドからなる群から選択される少なくとも1種である、請求項1に記載の捕集材。
【請求項3】
前記直鎖状芳香族ポリマーが、ポリスルホン、ポリエーテルイミド、ポリイミド又はこれらの誘導体である、請求項1又は2に記載の捕集材。
【請求項4】
前記直鎖状芳香族ポリマーが繊維に塗布されたものである、請求項1~のいずれか一項に記載の捕集材。
【請求項5】
前記免疫抑制性細胞がレイタンシイ・アソシエイティッド・プロテインを細胞表面に有する細胞である、請求項1~のいずれか一項に記載の捕集材。
【請求項6】
前記免疫抑制性細胞がTIGITを細胞表面に有する細胞である、請求項1~のいずれか一項に記載の捕集材。
【請求項7】
請求項1~のいずれか一項に記載の捕集材が充填された免疫抑制性細胞捕集用カラム。
【請求項8】
体外循環用である、請求項に記載のカラム。
【請求項9】
細胞治療用である、請求項に記載のカラム。
【請求項10】
感染症の治療、火傷の治療、癌の治療、癌の摘出手術後の癌の再発予防、又は敗血症予防に使用される、請求項のいずれか一項に記載のカラム。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、主として医療用途で低免疫状態の回復に用いる免疫抑制性細胞捕集材、及び該捕集材が充填された免疫抑制性細胞捕集用カラムに関する。
【背景技術】
【0002】
癌及び感染症による死亡の防止は現代医学の大きな課題である。生体には免疫機能が備わっていて、健康な状態では免疫機能が適正に維持されているが、機能が低下しすぎると癌の発生及び難治性の感染症が起こり、逆に、免疫機能が昂進しすぎると自己免疫疾患が発症すると考えられる。平均寿命の延長と共に加齢による免疫機能の低下が癌及び重症感染症の増加の要因になっている。免疫機能の正常状態の維持には、血液中の免疫関連タンパク質類及び白血球サブクラス類が重要な役割を果たしている。
【0003】
癌の場合は血液中にTGF-β、インターロイキン-10などの免疫抑制性タンパク質の濃度が増加していることが知られており、また、これらを産生する細胞としてCD4+CD25+FoxP3+の制御性T細胞(非特許文献1)、細胞表面にレイタンシイ・アソシエイティッド・ペプチド(latency-associated peptide)(以下LAPと略称する)を発現したCD4+及びCD8+の制御性T細胞(非特許文献2、3)、及びGr1highCD11bhighのミエロイド由来抑制性細胞(非特許文献4) 、制御性B細胞(非特許文献5)等が知られており、免疫を抑えていることが近年明らかになっている。
【0004】
病原性ウイルス、グラム陰性菌、グラム陽性菌等による感染症の場合、感染初期では免疫が昂進して、血液中にインターフェロン-ガンマ(以下IFN-γと略称する)及び腫瘍壊死因子-アルファ(以下TNF-αと略称する)を産生する免疫活性化リンパ球、単球等が増加して、病原菌等の除去に寄与する。活性化リンパ球等の活性化が強くなり過ぎた場合に、血中のインターロイキン-1β、インターロイキン-6、TNF-α、IFN-γ等の異常上昇が起こり、補体反応と重なって、血管透過性の異常な亢進及び血液凝固能障害が起こって死に至ることがある。また、この免疫活性化の反動として感染数日後から免疫抑制性の細胞が増加し、免疫機能が極度に低下した状態が数日から数週間続く。この間にアシネトバクター、腸球菌、サイトメガロウイルス、単純ヘルペスウイルス、カンジダ等の日和見感染が誘起されることにより死に至ることもある。
【0005】
細胞が免疫抑制性であることを判定する目安としては、インターロイキン-10及びTGF-βを産生することが最も直接的な判定方法であるが、細胞表面にLAP分子及びT cell Ig and ITIM domain (以下TIGITと略称する)、PD-1、Lag-3、Tim-3等を発現していることも重要な判定方法である(非特許文献6)。
【0006】
最近、敗血症による死亡は免疫の低下が原因であるという考え方から、メラノーマ等の癌の治療薬として登場した免疫チェックポイント抗体を重症感染症に対しても使用されるようになっているが、抗体試薬は高価であること、自己免疫疾患発症などの副作用の出現が危惧される。
【0007】
一方、免疫抑制を解除する別の方法としては、原因物質及び抑制物質を除去するための体外循環カラムが考えられる。これまでの感染症治療用カラムとしては、グラム陰性菌感染による重症感染症治療カラムとしてポリミキシンBを吸着リガンドとするエンドトキシン吸着カラムがあり、臨床使用されている。また、グラム陽性菌感染治療にはマンノース結合レクチンをリガンドとするエンテロトキシン吸着カラムが提案されている。これらは毒素を除去する目的で使用される。その他、全身性炎症反応症候群は感染症から誘起される炎症性サイトカインが異常に増加する重篤な症状であるが、この病因物質の一つがヒストンであることから治療用にヒストン除去カラムが提案されている(特許文献1)。このように発病原因となっている液性の病因物質を除去する方法が多数提案されてきたが、十分な治療効果があったとは言い難い。
【0008】
そこで、本発明者らは、更に有効な方法として液性病因物質を産生する免疫抑制細胞を直接除去する方法を提供してきた。これまで抗体を吸着リガンドとしてビーズ等に固定化したカラムを除けば、有効な吸着材が無かったが、特定のアミノ基をリガンドとするLAP陽性細胞選択吸着カラムを見出し、癌治療を目的とする検討を行なっている(特許文献2)。しかしながら、カラムの有効性向上及び適応範囲を広げるためには更なる性能向上が必要である。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0009】
【文献】国際公開第2016/013540号
【文献】国際公開第2012/133399号
【非特許文献】
【0010】
【文献】M. Beyer and J. L. Schultze, Blood 2006: 108: 804-811
【文献】K. Nakamura, A. Kitani, I. Fuss, A. Pedersen, N. Harada, H. Nawata and W. Strober, The Journal of Immunology 2004: 172: 834-842
【文献】M. L. Chen, B. S. Yan, D. Kozoriz and H. L. Weiner, European Journal of Immunology 2009: 39: 3423-3435
【文献】P. Sinha, C. Okoro, D. Foell, H. H. Freeze, S. Ostrand-Rosenberg and G. Srikrishna, The Journal of Immunology 2008: 181: 4666-4675
【文献】E.C.Rosser and C.Mauri, Immunity 2015: 42: 607-612
【文献】Aan C. Anderson, N Joller and VK Kuchroo, Immunity 2016: 44: 989-1004
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0011】
本発明は、免疫抑制性細胞を選択的に捕集する性能が向上した免疫抑制性細胞捕集材、及び該捕集材が充填された免疫抑制性細胞捕集用カラムを提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0012】
本発明者らは、血液中の免疫抑制性細胞を選択的に捕集する医療用のカラムの性能向上について種々検討した結果、非極性側鎖アミノ酸を結合したポリアミン残基グラフトを有する直鎖状芳香族ポリマーの繊維を使用することによって、上記目的を達成することができるという知見を得た。特に、ロイシン残基及びイソロイシン残基を有するアミノ化ポリスルホンの繊維が顕著に免疫抑制性細胞を選択的に捕集でき、敗血症モデルラットの救命に著効があるという知見を得た。免疫抑制細胞の体外循環カラムで敗血症治療にこのような治療効果が得られたのは世界で初めてである。
【0013】
本発明は、これら知見に基づき、更に検討を重ねて完成されたものであり、次の免疫抑制性細胞捕集材、及び免疫抑制性細胞捕集用カラムを提供するものである。
【0014】
(I) 免疫抑制性細胞捕集材
(I-1) 芳香族置換基として非極性側鎖アミノ酸残基が10原子以上の長さのスペーサーを介して芳香核200個当たり1~100個の割合で結合した直鎖状芳香族ポリマーを備えた成型体からなる免疫抑制性細胞捕集材。
(I-2) 前記非極性側鎖アミノ酸残基が、ロイシン、イソロイシン、ノルロイシン、バリン及びこれらを含む直鎖状ペプチドからなる群から選択される少なくとも1種である、(I-1)に記載の捕集材。
(I-3) 前記スペーサーが直鎖状ポリアミンである、(I-1)又は(I-2)に記載の捕集材。
(I-4) 前記直鎖状芳香族ポリマーが、ポリスルホン、ポリエーテルイミド、ポリイミド又はこれらの誘導体である、(I-1)~(I-3)のいずれか一項に記載の捕集材。
(I-5) 前記直鎖状芳香族ポリマーが繊維に塗布されたものである、(I-1)~(I-4)のいずれか一項に記載の捕集材。
(I-6) 前記免疫抑制性細胞がレイタンシイ・アソシエイティッド・プロテインを細胞表面に有する細胞である、(I-1)~(I-5)のいずれか一項に記載の捕集材。
(I-7) 前記免疫抑制性細胞がTIGITを細胞表面に有する細胞である、(I-1)~(I-5)のいずれか一項に記載の捕集材。
(I-8) 前記免疫抑制性細胞がB細胞抗原又は顆粒球抗原とCD11b抗原とを高発現する細胞である、(I-1)~(I-5)のいずれか一項に記載の捕集材。
【0015】
(II) 免疫抑制性細胞捕集用カラム
(II-1) (I-1)~(I-8)のいずれか一項に記載の捕集材が充填された免疫抑制性細胞捕集用カラム。
(II-2) 体外循環用である、(II-1)に記載のカラム。
(II-3) 細胞治療用である、(II-1)に記載のカラム。
(II-4) 感染症の治療、火傷の治療、癌の治療、癌の摘出手術後の癌の再発予防、又は敗血症予防に使用される、(II-1)~(I-3)のいずれか一項に記載のカラム。
【発明の効果】
【0016】
本発明の捕集材及びカラムは、血液中から免疫抑制性細胞を選択的に捕集する性能が顕著に向上しており、その濃度を下げ、免疫力を上げることができる。そのため、本発明の捕集材及びカラムは重症感染症や癌の治療への適用が期待される。
【0017】
さらに、本発明の捕集材は、非タンパク質性の材料を使用しているので滅菌操作が可能である。
【発明を実施するための形態】
【0018】
以下、本発明について更に詳細に説明する。
【0019】
免疫抑制性細胞捕集材
本発明の免疫抑制性細胞捕集材は、芳香族置換基として非極性側鎖アミノ酸残基が10原子以上の長さのスペーサーを介して芳香核200個当たり1~100個の割合で結合した直鎖状芳香族ポリマーを備えた成型体からなることを特徴とする。
【0020】
(捕集材の構成)
本発明における捕集対象細胞である免疫抑制性細胞とは、直接又はインターロイキン10等の抑制性サイトカインを産生してキラー細胞及びヘルパーT細胞の機能を抑制する血液細胞を意味する。その具体例としては、LAPを細胞表面に有する細胞であるLAP+CD4+制御性T細胞、LAP+CD8+制御性T細胞、LAP陽性のB細胞、単球細胞及び顆粒球細胞、TIGITを細胞表面に有するCD4 T細胞、CD8 T細胞及びB細胞、顆粒球抗原とCD11bを高発現している細胞(すなわち、Gr1highCD11bhighの細胞)、B細胞抗原を高発現する細胞などを挙げることができる。これらの細胞の存在はフローサイトメーター分析で確認することが可能である。LAP+CD4+制御性T細胞及びLAP+CD8+制御性T細胞の末梢血液中の存在量は個々の生体により異なるが、一般的にはそれぞれのT細胞サブセット中の0.2%~30%である。B細胞及び顆粒球ではLAP陽性の割合は1%~60%、単球では50%~100%である。
【0021】
本発明における「選択的に捕捉する」とは、捕集材を充填したカラムに血液を通した時、通過した血液中の免疫抑制性細胞の存在比率が通過前より減少し、捕捉された細胞中の免疫抑制性細胞の存在比率が通過前より増加することを意味する。
【0022】
本発明の捕集材の細胞選択性は高い方が医学的安全上好ましいが、これを向上させるためには一般的にアミノ基の塩基性度が低い方が良く、且つ存在密度が低い方が良い。また、体外循環のように血液を直接処理して、生体に戻す使用方法の場合は、アルブミンなどの血漿タンパク質の吸着性ができるだけ低い方が良い。とりわけ、捕集材に捕捉された細胞を捕集材のアミノ基が刺激して、炎症性サイトカインを放出させること及び吸着細胞にネクローシスを起こさせることは医学的安全上避けなければならない。これらの観点から、本発明の成型体中のアミノ基の量が成型体1 g中、150μmol以下であり、且つアミノ基の量からカルボキシル基の量を差し引いた値が、110μmol以下、より好ましくは1~110μmolであることが望ましい。
【0023】
本発明における直鎖状芳香族ポリマーとはポリマー主鎖が直鎖状で成形可能な芳香族ポリマーを意味する。さらに、特にガンマー線滅菌及び高圧蒸気滅菌の条件に耐え得るポリマーが好ましい。有機溶媒に可溶であると、他の成型品の表面に塗布することができるので、好ましい。特にフイルム形成性があると加工品の機械的安定性が増すと共に、成型品からの微粒子の剥離の確率が低くなるので、安全上好ましい。直鎖状芳香族ポリマーの具体例としては、ビスフェノールAとジフェニルスルホンからなるポリスルホン-{(p-C6H4)-SO2-(p-C6H4)-O-(p-C6H4)-C(CH3)2-(p-C6H4)-O}n-、ポリ(p-フェニレンエーテルスルホン) -{(p-C6H4)-SO2-(p-C6H4)-O-(p-C6H4)-O}n-、-{(p-C6H4)-SO2-(p-C6H4)-O-(p-C6H4)-C(CF3)2-(p-C6H4)-O}n-などで代表される芳香族ポリスルホン重合体、ポリエーテルイミド、ポリイミド、及びこれらの誘導体を挙げることができる。中でも、ポリスルホンは、安価で加工性が高く、自身の機械的強度も高く、多種類の有機溶剤にも可溶で、強靭なフイルムを形成する能力があるので医療用材料として優れており、また官能基を導入し易いので、特に好ましい。また、上記ポリマーの中でも、テトラヒドロフラン、ジメチルスルホキサイド、N-メチルピロリドンなどの非塩素系且つ低毒性の溶剤に溶解するものが、環境汚染防止及び労働衛生維持上、特に好ましい。当該ポリマーの分子量は、成形できる範囲であれば特に制限はないが、成形性の良さから、通常1万~500万、特に2万~20万が好ましい。
【0024】
芳香族置換基としてスペーサーを介して結合する好ましい疎水性アミノ酸として、ロイシン、イソロイシン、ノルロイシン、バリン、メチオニン及びこれらを含む直鎖状ペプチド、プロリン、チロシン、フェニルアラニン、トリプトファンなどの環状構造を持つアミノ酸及びこれらを含む直鎖状ペプチドなどが挙げられる。中でも、ロイシン、イソロイシン、ノルロイシン、バリン及びこれらを含む直鎖状ペプチドが好ましく、ロイシン、イソロイシン及びこれらを含む直鎖状ペプチドがより好ましい。ロイシンとイソロイシンを構成成分とするペプチドの具体的な好ましい例としては、グリシルロイシン、グリシルグリシルロイシン、ロイシルロイシン、グリシルイソロイシン等が挙げられる。直鎖状ペプチドのアミノ酸残基数は、通常2~10、好ましくは2~4である。アミノ酸は、D体、L体及びこれらの混合物のいずれであってもよく、好ましくはL体である。これらの疎水性アミノ酸は、1種単独又は2種以上を組み合わせて使用することができる。
【0025】
直鎖状芳香族ポリマーに結合する非極性側鎖アミノ酸残基の割合は、芳香核200個当たり通常1~100個、好ましくは5~50個、より好ましくは10~50個である。
【0026】
スペーサーは、10原子以上の長さの直鎖状分子であって、一端が芳香族ポリマーの主鎖の芳香環と結合し、他端で疎水性アミノ酸と結合する。スペーサーとしては、直鎖状ポリアミンなどが挙げられる。スペーサーの長さは、好ましくは10~40原子、より好ましくは10~20原子である。ここでの原子数は、スペーサーの主鎖の原子数を意味し、原子としては炭素、窒素、酸素原子などが挙げられる。スペーサーに結合するアミノ酸の結合の方向としてはアミノ酸のアミノ基側から結合してカルボキシル基が末端に残る結合様式とカルボキシル基側から結合してアルファ位のアミノ基が末端に残る結合様式があり、前者の方が製造し易く好ましい。スペーサーは製造過程に基づいて作られる物であるので、製造方法に依存する。
【0027】
本発明の成型体の形状としては、特に限定されず、繊維状、不織布状、膜状、中空糸状、粉粒状、これらの高次加工品などが挙げられ、形状は用途に応じ適宜選択される。本発明の成型体としては、直鎖状芳香族ポリマー自体を成形した物、直鎖状芳香族ポリマーを他の成型品に塗布した物などが挙げられる。
【0028】
当該成型品の形状としては、繊維状、不織布状、膜状、中空糸状、粉粒状、これらの高次加工品などが挙げられる。成型品の材料としては、ポリエステル、ポリアミド、ポリウレタンなどが挙げられる。ポリエステルの具体例としては、ポリ乳酸、ポリグリコール酸、ポリエチレンテレフタレート、ポリブチレンテレフタレート等を挙げることができる。ポリアミドの具体例としては、ナイロン-6、ポリヘキサメチレンアジパミド等を挙げることができる。このようなポリマーの分子量は、成形できる範囲であれば特に制限されない。
【0029】
本発明の捕集材は、多種類の血液細胞からなる細胞液から免疫抑制性細胞を選択的に捕捉することができる。また、本発明の捕集材はタンパク質成分を含まないので、高圧蒸気滅菌、放射線滅菌などの滅菌操作で機能を失わない。
【0030】
いかなる理論にも拘束されることを望むものではないが、選択的捕集の機構を推察すると、免疫抑制性細胞の一つであるLAP陽性T細胞上のLAPはポリロイシン構造が多いタンパク質に結合する性質があること、LAP分子中の糖鎖にリン酸基があることからLAP分子はアミノ基に親和性があること、捕集材の幹ポリマーは芳香核を有しており、その芳香核置換基として先端にポリロイシン残基を持つポリエチレンイミン構造の置換基を持つこと等から、その化学構造がポリロイシン構造に近い嵩高さ、疎水性及び極性を持つと推測される。また、ポリアミンとカルボキシル基が共存していて、且つリガンド末端にカルボキシル基が存在するすると、グラフト分子内でカルボキシル基が内部のアミノ基とイオンペアを作るため先端が内部に湾曲する構造を取り、ロイシン等のアルキル基が外部に露出して、細胞と相互作用し易くなるので、選択的捕集性が向上すると考えられる。また、一般的に特定の細胞を選択的に吸着するためには目標細胞と親和性のあるリガンドの選択、適正なリガンド分布、適正な陽イオン・陰イオンバランス等が重要である。
【0031】
(捕集材の製造方法)
本発明の免疫抑制性細胞捕集材の最も簡便な製造方法としては、スペーサー残基を有するリガンド化合物を合成し、ハロアセトアミドメチル基等の反応性官能基を有するポリスルホン等の直鎖状芳香族ポリマーと反応させる方法、あるいは、スペーサー残基を有するポリスルホン等の直鎖状芳香族ポリマーとリガンド化合物とを反応させる方法がある。また、その成型体化には、得られたポリマーを溶剤に溶かして成形する方法、ポリマーを溶融成型する方法、既存の成型品に表面コートする方法などが採用される。既存の成型品に表面コートする場合は、直鎖状芳香族ポリマーでのコーティングを2回以上行うことができる。リガンド化合物は、その一端に上記反応性官能基を有し、他端に疎水性アミノ酸残基を持つものが好ましく採用される。
【0032】
上記反応性官能基としては、クロロメチル基、ハロアセトアミドメチル基、カルボキシル基の酸ハロゲン化物、酸無水物又はエステル等の反応性官能基が挙げられ、反応性の高さと加工中の安定性のバランスから、クロロアセトアミドメチル基、ヨードアセトアミドメチル基及びブロモアセトアミドメチル基が特に好ましい。
【0033】
上記スペーサー残基を有するリガンド化合物の合成方法としては、ジエチレントリアミン等の直鎖状ポリアミノ化合物の溶液に等モルのクロロアセチル-L-ロイシン、クロロアセチル-L-イソロイシン、クロロアセチル-L-バリン、クロロアセチル-α-アミノ酪酸、クロロアセチル-L-ノルロイシン、クロロアセチル-グリシルロイシン、クロロアセチル-アラニルロイシン、クロロアセチル-L-ロイシン等のハロアセチルアミノ酸誘導体、あるいはロイシン及びロイシルグリシン、グリシルロイシン等のペプチドのスクシンイミドエステル誘導体を室温で加えることによって達成できる。
【0034】
また、上記スペーサー残基を有する直鎖状芳香族ポリマーの製造方法としては、クロロメチル基、ハロアセトアミドメチル基、カルボキシル基の酸ハロゲン化物、酸無水物又はエステル等の反応性官能基を有するポリスルホン等のポリマーの溶液又は成型品にジエチレントリアミン等の直鎖状ポリアミノ化合物の溶液を加えることによって達成できる。
【0035】
直鎖状ポリアミノ化合物としては、特に制限されず、アルキレンポリアミンが好ましく、アルキレンポリアミンとしては、ブチレンジアミン、ヘキサメチレンジアミン、オクタメチレンジアミン、ドデカメチレンジアミン、ジエチレントリアミン、トリエチレンテトラミン、テトラエチレンペンタミンなどが挙げられる。
【0036】
直鎖状芳香族ポリマーでの成型品の被覆の方法としては、ポリマー溶液に浸した後、溶媒を蒸発除去する方法が採用される。以下に具体例を示すが、これに限定されるものではない。
【0037】
まず、ポリスルホンに0.5倍モルのN-ヒドロキシメチル-α-クロロアセトアミドを反応させて、置換率50モル%のクロロアセトアミドメチルポリスルホンを調製する。次に、このポリマーをテトラヒドロフランに溶解して、ポリマー溶液を調製し、この溶液にポリエチレンテレフタレート不織布を浸した後、テトラヒドロフランを蒸発させて、ポリマー塗布不織布を得る。
【0038】
次に、ポリマー塗布不織布を1質量%ジエチレントリアミンの50質量%ジメチルスルホキサイド水溶液中40℃で1時間加熱した後、50質量%ジメチルスルホキサイド水で洗浄し、更にクロロアセチル-L-ロイシンの50質量%ジメチルスルホキサイド水溶液中に浸して40℃で1時間加熱する。
【0039】
そして、この不織布を50質量%ジメチルスルホキサイド水及び水で洗浄して本発明の免疫抑制性細胞捕集材を得る。ここでクロロアセチル-L-ロイシンの代わりに種々のリガンドのクロロアセチル体を用いれば、様々なリガンドを持つ捕集材を得ることができる。
【0040】
このように、成型品を被覆する直鎖状芳香族ポリマーの被覆量は、成型品に対して0.1~50質量%の量が好ましく、5~20質量%がより好ましく用いられる。
【0041】
免疫抑制性細胞捕集用カラム
本発明の免疫抑制性細胞捕集用カラムは、上記の免疫抑制性細胞捕集材が充填されたものであることを特徴とする。
【0042】
本発明の捕集材が繊維状又は不織布の形状の場合、カラムに充填する本発明の捕集材の充填密度は、好ましくは50~400 mg/cm3、特に好ましくは150~300 mg/cm3である。この範囲であると、細胞捕集効率、選択率、及び通液時の圧損が適切な範囲となる。圧損が大きくなると、赤血球が溶血する。特に、溶血は体外循環では禁忌である。圧損は充填密度と血液流速に正の相関がある。ヒトで体外循環を2時間以内に終了するためには血液流速を少なくとも30 mL/分にする必要があるので、赤血球が溶血しないためには圧損を100 mmHg以下にすることが必要である。
【0043】
本発明のカラムは、体外循環用カラムとして使用することで、血液中から免疫抑制性細胞を選択的に捕集することができ、その濃度を下げることができる。また、本発明のカラムで処理した血液から調製した白血球及び予め単離した白血球を当カラムで処理した白血球は抗腫瘍活性が向上しているので、本発明のカラムは癌等の疾患に対する細胞治療用カラムとしても使用できる。
【0044】
本発明の捕集材を充填する容器としては、例えば、ガラス製、プラスチック製、ステンレス製等のものが挙げられ、容器のサイズは使用目的に応じて適宜選択される。
【0045】
本発明のカラムは、免疫抑制性細胞を選択的に捕集することができることから、免疫が低下したことによる感染症(特に重症感染症、日和見感染)の治療、抗生物質が効かない細菌感染の治療、(重度の外傷、手術、火傷などの際の)感染症の予防、(重度の外傷後の)敗血症の予防などに用いられる。また、癌の治療、及び癌の摘出手術後の癌の再発予防のためにも用いることができる。本発明のカラムを癌治療用に適用した場合、手術療法、放射線療法、抗癌剤療法、活性化白血球療法、ワクチン療法等と併用すれば、これらの治療効果向上に役立ち、特に転移及び再発の予防にも役立つと考えられる。ショック状態でも体外循環できるので、本発明のカラムは安全なカラムと言える。
【0046】
本発明のカラムを適用する癌の種類としては、胃癌、大腸癌(直腸癌、結腸癌)、小腸癌、肝臓癌、膵臓癌、肺癌、咽頭癌、食道癌、腎癌、胆のう及び胆管癌、頭頸部癌、膀胱癌、前立腺癌、乳癌、子宮癌(子宮頸癌、子宮体癌)、卵巣癌、脳腫瘍、胸腺腫、白血病、悪性リンパ腫等が挙げられる。
【実施例
【0047】
以下、本発明を更に詳しく説明するため実施例を挙げる。しかし、本発明はこれら実施例等になんら限定されるものではない。
【0048】
なお、本実施例中のアミノ基量の測定、細胞表面抗原の解析、担癌ラットの調製、及びラットの体外循環の調製は、特に記載しない限り以下の方法で行った。
【0049】
1.ピクリン酸吸着量の測定
検体0.1 gを0.1M ピクリン酸・70%エタノール溶液10 mLに浸し、2時間緩やかに振とうした。次に、検体を70%エタノール溶液で洗浄し、洗浄液の黄色が消えるまで洗った。次に、検体を10~50 mLの1質量%ジエチルアミン・70%エタノール溶液に浸し、ピクリン酸を溶出させた。320 nmの吸光度からピクリン酸濃度を求め、吸着量を正確な検体重量で除して1グラム当たりのピクリン酸吸着量とした。この値はアミノ基量に相当する。
【0050】
2.細胞表面抗原の解析
細胞の表面抗原の分析はベックマン・コールター社製のマルチレーザー・マルチカラーフローサイトメーター CytoFlex Sを用いて行った。7色~9色でのマルチカラー測定を行った。細胞表面染色用抗体としては、e-Bioscience社のフルオロセイン・イソチオシアネイト(FITC)標識抗ラット顆粒球マーカー(HIS48)抗体、フィコエリスリン-シアニン7 (PE-Cy7)標識抗ラットCD8a抗体、Biolegend社のペリジニン・クロロフィル・プロテイン-シアニン5.5 (PerCP-Cy5.5)標識抗ラットCD45RA抗体、フィコエリスリン(PE)標識抗ラットMHC-2抗体、PE標識抗ラットLAP抗体、アロフィコシアニン(APC)標識抗マウスLAP抗体、Alexa Fluor700標識抗ラットCD45抗体、アロフィコシアニン-シアニン7 (APC-Cy7)標識抗ラットCD4抗体、APC標識抗ラットCD11b/c抗体、APC標識抗マウスTIGIT抗体(Clone: 1G9)、及びベクトン・ディッキンソン社のV450標識抗ラットCD11b抗体、ブリリアント バイオレット605 (BV605)標識抗ラットCD3抗体を用いた。抗体の組合せの一例を示すと、FITC標識抗ラット顆粒球マーカー(HIS48)抗体、PerCP-Cy5.5標識抗ラットCD45RA抗体、PE標識抗マウスLAP抗体、PE-Cy7標識抗ラットCD8a抗体、APC標識抗マウスTIGIT抗体、Alexa Fluor700標識抗ラットCD45抗体、APC-Cy7標識抗ラットCD4抗体、V450標識抗ラットCD11b抗体、BV605標識抗ラットCD3抗体の9色の組合せで測定した。LAP及びTIGITについては比較抗体として対応するマウスIgGを用いた。
【0051】
血液100μLを15 mLの試験管に採取し、蛍光抗体を溶解した100μLの3%マウス血清入りファックス緩衝液(0.1%ウシ血清アルブミン含有市販ダルペッコのリン酸緩衝液)を添加した後、室温で30分間静置した。次に、遠心して得られた細胞ペレットに1 mLのベクトン・ディッキンソン社製溶血液を加え、20分間振盪した。ファックス緩衝液で洗浄した後、200μLのファックス緩衝液に分散して、フローサイトメーターで測定した。10万個の細胞を採取して、解析した。
【0052】
3.担癌ラットの調製
(KDH-V細胞の調製)
4-ジメチルアミノアゾベンゼン誘発肝癌細胞KDH-8 (矢野 諭、北海道医誌、68巻5号、654-664(1993))を完全培地(RPMI1400培地:ウシ胎児血清10体積%、2-メルカプトエタノール50μg/L、ストレプトマイシン50μg/mL、ペニシリン-G 50単位/mL)中で継代し、その中から浮遊細胞を集めて、上記完全培地で継代して、KDH-V細胞とした。生細胞率95%以上のものを用いた。
【0053】
(担癌ラットの調製)
1×105個の癌細胞KDH-Vを0.5 mLのPBS(-)に浮遊させ、WKAH/Hkmラット(雄、8-16週令)の背部皮下に接種して、担癌ラットを調製した。接種後、12日で腫瘍径が平均1 cmになった。
【0054】
4.敗血症ラットの調製
リポポリサッカライド(大腸菌O111由来、フェノール抽出品;富士フイルム和光純薬株式会社125-05201;以下LPSと略称する)を生理食塩水に溶解して10 mg/mLの濃度とし、0.22μmの膜(MILLEX-GVフィルター・ユニット)で滅菌ろ過して、LPS溶液とした。体外循環の4時間前に、WKAH/Hkmラット(雄、10~12週令)の腹腔内にLPS溶液を体重1 kg当たり1 mL注射して、敗血症ラットを調製した。
【0055】
5.ラットの体外循環
(体外循環カラムの調製)
捕集材0.3 gを内径1 cm、内容積2 mLのポリプロピレン製円筒形カラムに充填し、体外循環カラムを作製した。カラムと回路に70%アルコールを通液して滅菌した後、体外循環直前にヘパリン添加生理食塩液(5単位/mL) 40 mLを2 mL/分の速度で流して前処理した。
【0056】
(体外循環)
体重350~450 gの担癌ラットを三種混合麻酔薬(生理食塩水1 L当たり、ドミトール7.5 mg、ミダゾラム「サンド」 400 mg、ベトルファール 500 mg含有;ラット体重 1 kg当たりドミトール0.375 mgの液を皮下注射)で全身麻酔し、左大腿の動脈と静脈とにカニュレーションし、動脈から脱血し、マイクロチューブポンプを用いて、体外循環カラムを通過させ、静脈に返血した。血流速度2 mL/分で30分間体外循環した。体外循環中ヘパリンを輸液ポンプ(テルフュージョン小型シリンジポンプTE-361N; テルモ社)を用いて100単位/時間で持続投与した。但し、敗血症ラットの麻酔の場合は、通常の使用量の90%量の麻酔薬を用いた。
【0057】
体外循環終了後、メデトミジン拮抗薬(生理食塩水1 L当たり、アンチセダン150 mg含有する液)をラット体重1 kg当たりアンチセダン0.75 mgの割合で皮下注射して覚醒させた。
【0058】
[実施例1]
(被覆用ポリマー1の調製)
ニトロベンゼン20 mLと硫酸40 mLの混合溶液を0℃に冷却後、2.6 g (0.02モル)のN-ヒドロキシメチル-2-クロロアセトアミドを0~10℃の温度で加えて溶解し、この溶液をユーデルポリスルホンP3500のニトロベンゼン溶液(88.4 g:0.2モル/1600 mL)に良く撹拌しながら加えた。更に、20℃で2時間撹拌した後、反応混合物を大過剰の冷メタノール中に入れ、ポリマーを沈殿させた。沈殿物をニトロベンゼン臭が無くなるまでメタノールで抽出した後、乾燥して90.0 gのポリマーを得た。このポリマーを2 Lのジメチルアセトアミドに溶解し、大過剰のメタノール中に入れて再沈殿させ、被覆用ポリマー1を得た。
【0059】
このポリマーはジメチルホルムアミド、ジメチルスルホキサイド及びテトラヒドロフランに溶解した。これをクロロホルムに溶解し、ガラス板の上にキャストして作製したフイルムの赤外線吸収スペクトルから3290-3310、1670、1528 cm-1の吸収によりアミド基の存在を確認した。重水素化クロロホルム溶液の1HNMRスペクトルを測定し、ポリスルホン主鎖のイソプロピリデン基水素(6H)由来ピーク(1.66 ppm;シングレット)の面積に対するアミドメチル基のベンジル基のメチレン基水素(2H)由来のピーク(4.22 ppm)の面積の比率から置換率が10%であることを確認した。
【0060】
(被覆用ポリマー2の調製)
ニトロベンゼン130 mLと硫酸270 mLの混合溶液を0℃に冷却後、13.6 g (0.11モル)のN-ヒドロキシメチル-2-クロロアセトアミドを0~10℃の温度で加えて溶解し、この溶液をユーデルポリスルホンP3500のニトロベンゼン溶液(44.2 g:0.1モル/500 mL)に良く撹拌しながら加えた。更に、20℃で2時間撹拌した後、反応混合物を大過剰の冷メタノール中に入れ、ポリマーを沈殿させた。沈殿物をニトロベンゼン臭が無くなるまでメタノールで抽出した後、乾燥して56.0 gのポリマーを得た。このポリマーを1 Lのジメチルホルムアミドに溶解し、大過剰のメタノール中に入れて再沈殿させた。
【0061】
このポリマーはクロロアセトアミドメチル基の一部が加水分解されて、アミノメチル基になっているので、クロロアセトアミドメチル基に戻すために、次の処理を行なった。即ち、30 gのポリマーを300 mLのN-メチルピロリドンに溶解し、氷水上、撹拌下に20 mLのクロロアセチルクロライドを滴下して、20時間反応させた。反応混合物を大過剰の冷メタノール中に入れ、ポリマーを沈殿させ、30 gの炭酸水素ナトリウムを加えた2 Lの水に5時間浸漬した。このポリマーをジメチルホルムアミドに溶解し、メタノール中に入れ、ポリマーを再度、沈殿させ、真空乾燥し、27 gの被覆用ポリマー2を得た。
【0062】
得られたポリマーはジメチルホルムアミド、ジメチルスルホキサイド、塩化メチレン及びテトラヒドロフランには溶解した。元素分析:N: 2.6% Cl: 6.1%。これをクロロホルムに溶解し、ガラス板の上にキャストして作製したフイルムの赤外線吸収スペクトルから3290-3310、1670、1528 cm-1の吸収によりアミド基の存在を確認した。重水素化クロロホルム溶液の1HNMRスペクトルを測定し、ポリスルホン主鎖のイソプロピリデン基水素(6H)由来ピーク(1.66 ppm;シングレット)の面積に対するアミドメチル基のベンジル基のメチレン基水素(2H)由来のピーク(4.22 ppm)の面積の比率から置換率が100%であることを確認した。
【0063】
(捕集材合成:不織布洗浄処理)
繊維の表面に付着している油剤等の異物を取り除くため、ポリエチレンテレフタレート繊維不織布(密度48 mg/cm3;日本バイリーン株式会社) 88.2 gを0.5質量%ジエチレントリアミン・ジメチルスルホキサイド溶液2 Lに浸し、105℃で20分間加熱した。水洗後、乾燥して87.2 gの洗浄不織布-1を得た。ピクリン酸吸着量は1μmol/gであった。
【0064】
<本発明捕集材-1の作製>
(捕集材合成:ポリマーの一次被覆処理)
先に調製した被覆用ポリマー1の6 gを800 mLのテトラヒドロフランに溶解し、この溶液に先に調製した洗浄不織布-1の40 gを浸し、24時間静置した後、フラスコ内で回転させながらテトラヒドロフランを蒸発させた。この不織布を1質量%ジエチレントリアミン・ジメチルスルホキサイド溶液2 Lに浸し、40℃で60分間加熱した。水洗後、乾燥して46 gの被覆不織布-1を得た。
【0065】
(捕集材合成:ポリマーの二次被覆処理)
先に調製した被覆用ポリマー2の1 gを400 mLのジメチルスルホキサイドに溶解し、この溶液に先に調製した被覆不織布-1の40 gを浸した後、フラスコ内で回転させながら25℃で真空下にジメチルスルホキサイドを蒸発させ、被覆不織布-2を得た。
【0066】
(リガンド結合)
ジエチレントリアミン1 g (9.6 mmol)、水200 mL及びジメチルスルホキサイド200 mLからなる溶液にクロロアセチル-L-ロイシン1.0 g (4.8 mmol)を加え、室温で3時間撹拌した後、20 gの被覆不織布-2を浸し、40℃の水浴中で2時間振盪した。不織布を水洗後、60℃の温水で6回抽出した後、乾燥して、ジエチレントリアミン/アセチル-L-ロイシン結合比が2であるジエチレントリアミン誘導体をリガンドとする不織布(本発明捕集材-1) 22 gを得た。不織布全体としてのピクリン酸吸着量は127μmol/gであった。不織布の最外層が被覆用ポリマー2で完全に覆われていると仮定すると、ジエチレントリアミンを含むリガンドが芳香核200個当たり50個に結合し、その内の半分の25個にアセチル-L-ロイシンが結合していることになる。
【0067】
<本発明捕集材-2の作製>
(リガンド結合)
ジエチレントリアミン1 mL (9.6 mmol)、水200 mL及びジメチルスルホキサイド200 mLからなる溶液にクロロアセチル-L-ロイシン2.0 g (10 mmol)を加え、室温で3時間撹拌した後、20 gの被覆不織布-2を浸し、40℃の水浴中で2時間振盪した。不織布を水洗後、60℃の温水で6回抽出した後、乾燥して、ジエチレントリアミン/アセチル-L-ロイシン結合比が1である不織布(本発明捕集材-2) 21 gを得た。不織布全体としてのピクリン酸吸着量は143μmol/gであった。不織布の最外層が被覆用ポリマー2で完全に覆われていると仮定すると、ジエチレントリアミンを含むリガンドが芳香核200個当たり50個に結合し、その全てにアセチル-L-ロイシンが1個結合していることになる。
【0068】
<本発明捕集材-3の作製>
(リガンド結合)
ジエチレントリアミン2 mL (20 mmol)、水200 mL及びジメチルスルホキサイド200 mLからなる溶液にクロロアセチル-L-イソロイシン2.0 g (10 mmol)を加え、室温で3時間撹拌した後、20 gの被覆不織布-2を浸し、40℃の水浴中で2時間振盪した。不織布を水洗後、60℃の温水で3回抽出した後、乾燥して、ジエチレントリアミン/アセチル-L-イソロイシン結合比が2であるジエチレントリアミン誘導体をリガンドとする不織布(本発明捕集材-3) 20 gを得た。不織布全体としてのピクリン酸吸着量は120μmol/gであった。
【0069】
<本発明捕集材-4の作製>
(リガンド結合)
ジエチレントリアミン2.1 g (20 mmol)、水200mL及びジメチルスルホキサイド200 mLからなる溶液にクロロアセチル-DL-バリン2.0 g (10 mmol)を加え、室温で3時間撹拌した後、20 gの被覆不織布-2を浸し、40℃の水浴中で2時間振盪した。不織布を水洗後、60℃の温水で3回抽出した後、乾燥して、ジエチレントリアミン/アセチル-DL-バリン結合比が2であるジエチレントリアミン誘導体をリガンドとする不織布(本発明捕集材-4) 21 gを得た。不織布全体としてのピクリン酸吸着量は133μmol/gであった。
【0070】
[実施例2]
<本発明捕集材-5の作製>
(被覆用ポリマー3の調製)
ニトロベンゼン150 mLと硫酸100 mLの混合溶液を0℃に冷却後、9.2 g (0.075モル)のN-ヒドロキシメチル-2-クロロアセトアミドを0~10℃の温度で加えて溶解し、この溶液をユーデルポリスルホンP3500のニトロベンゼン溶液(60 g:0.136モル/500 mL)に良く撹拌しながら加えた。更に、20℃で2時間撹拌した後、反応混合物を大過剰の冷メタノール中に入れ、ポリマーを沈殿させた。沈殿物をニトロベンゼン臭が無くなるまでメタノールで抽出した後、乾燥して63.0 gのポリマーを得た。このポリマーを1 Lのジメチルホルムアミドに溶解し、大過剰のメタノール中に入れて再沈殿させ、精製した。このポリマーの30 gをN-メチルピロリドンに溶解し、氷水上、撹拌下に20 mLのクロロアセチルクロライドを滴下して、20時間反応させた。反応混合物を大過剰の冷メタノール中に入れ、ポリマーを沈殿させ、30 gの炭酸水素ナトリウムを加えた2 Lの水に5時間浸漬した。水洗・乾燥後、このポリマーをジメチルホルムアミドに溶解し、メタノール中に入れ、ポリマーを再度、沈殿させ、真空乾燥し、29 gの被覆用ポリマー3を得た。
【0071】
得られたポリマーはジメチルホルムアミド、ジメチルスルホキサイド、塩化メチレン及びテトラヒドロフランには溶解した。重水素化クロロホルム溶液の1HNMRスペクトルを測定し、ポリスルホン主鎖のイソプロピリデン基水素(6H)由来ピーク(1.66 ppm;シングレット)の面積に対するアミドメチル基のベンジル基のメチレン基水素(2H)由来のピーク(4.22 ppm)の面積の比率から置換率が50%であることを確認した。
【0072】
(捕集材合成:ポリマーの被覆処理)
先に調製した被覆用ポリマー3の2 gを400 mLのジメチルスルホキサイドに溶解し、この溶液に先に調製した洗浄不織布-1の18 gを浸した後、フラスコ内で回転させながら25℃で真空下にジメチルスルホキサイドを蒸発させ、被覆不織布-3を得た。
【0073】
(リガンド結合)
ジエチレントリアミン0.6 g (5.8 mmol)、水200 mL及びジメチルスルホキサイド200 mLからなる溶液にクロロアセチル-L-ロイシン0.5 g (2.6 mmol)を加え、室温で3時間撹拌した後、10 gの被覆不織布-3を浸し、40℃の水浴中で2時間振盪した。不織布を水洗後、60℃の温水で3回抽出した後、乾燥して、10 gの本発明捕集材-5を得た。不織布全体としてのピクリン酸吸着量は110μmol/gであった。不織布の最外層が被覆用ポリマー3で完全に覆われていると仮定して、ジエチレントリアミンを含むリガンドが芳香核200個当たり25個に結合し、その半分にアセチル-L-ロイシンが1個結合していることになる。
【0074】
[比較捕集材の作製]
(リガンド結合)
ジエチレントリアミン4 mL、水200 mL及びジメチルスルホキサイド200 mLからなる溶液に20 gの被覆不織布-2を浸し、40℃の水浴中で2時間振盪した。不織布を水洗後、60℃の温水で6回抽出した後、乾燥して、リガンドがジエチレントリアミンである不織布(比較捕集材-1) 20 gを得た。ピクリン酸吸着量は108μmol/gであった。
【0075】
[試験例1](敗血症治療実験-1)
敗血症ラットを麻酔し、LPS投与後、4時間後に本発明捕集材-1のカラム、比較捕集材-1のカラム及び捕集材の入っていない空カラムで体外循環治療を30分間施行した。捕集材充填カラムの場合には、体外循環開始時と終了時に動脈から0.3 mLずつを採血し、白血球の表面抗原分析を行った。その結果を表1に示す。本発明捕集材-1を充填したカラムで治療した5匹の全てが生存したが、比較捕集材-1では4匹中1匹のみが生き残った。空のカラムで治療した2匹の場合及び無治療の5匹の場合は全数が翌日までに死亡した。
【0076】
【表1】
【0077】
その際の白血球中のCD4+T細胞中のLAP陽性細胞率の変化を表2に示す。LAP陽性率は本発明捕集材では低下するが、比較捕集材のカラムでは、低下しない場合が多かった。
【0078】
【表2】
【0079】
同様に、B細胞(CD45RA+)のLAP陽性細胞低下率を表3に示す。同様に、LAP陽性率は本発明捕集材では低下するが、比較捕集材のカラムでは、低下しない場合が多かった。
【0080】
【表3】
【0081】
ラットの生死は白血球数、LAP陽性率等の測定した項目以外の因子も関わる可能性があり、これらの解析だけでは正確な解析は困難であるが、実施例では比較例に比べ、生存率が高いのは確かである。比較例1ではLAP陽性細胞の割合が低下したにも拘らず死亡したのは、表4に示すように免疫抑制細胞マーカーのTIGITの低下不十分であったためと推定される。
【0082】
【表4】
【0083】
[試験例2](敗血症治療実験-2)
4匹のラットを用いて、LPS投与した後、敗血症ラットを麻酔し、4時間後に本発明捕集材-2~5のカラムを用いて体外循環治療を30分間施行した。体外循環開始時と終了時に動脈から0.3 mLずつを採血し、白血球の表面抗原分析を行なってLAP陽性率の低下を調べた。その結果を表5に示す。5匹のラット全てが生存したが、いずれも、LAP陽性率の顕著な低下が認められた。
【0084】
【表5】
【0085】
[試験例3](担癌ラット治療実験-1)
癌細胞接種後7日目の担癌ラットを麻酔し、本発明捕集材-1のカラムで体外循環治療を30分間施行した。体外循環開始時と終了時に動脈から0.3 mLずつを採血し、白血球の表面抗原分析を行なった。その結果を表6に示す。T細胞とB細胞共にLAP陽性細胞の比率が低下し、TIGITも顕著に低下していることから本発明捕集材-1のカラムにより免疫が活性化されたことが分かる。
【0086】
【表6】
【0087】
[試験例4](担癌ラット治療実験-2)
癌細胞接種後7日目の担癌ラットを麻酔し、本発明捕集材-2のカラムで体外循環治療を30分間施行した。体外循環開始時と終了時に動脈から0.3 mLずつを採血し、白血球の表面抗原分析を行なった。その結果を表7に示す。T細胞とB細胞共にLAP陽性細胞の比率が低下し、TIGITも顕著に低下していることから本発明捕集材-2のカラムにより免疫が活性化されたことが分かる。
【0088】
【表7】