(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2022-12-16
(45)【発行日】2022-12-26
(54)【発明の名称】炎症性腸疾患用組成物
(51)【国際特許分類】
A23L 33/135 20160101AFI20221219BHJP
A23L 33/125 20160101ALI20221219BHJP
A61K 35/747 20150101ALI20221219BHJP
A61K 31/715 20060101ALI20221219BHJP
A61P 1/04 20060101ALI20221219BHJP
A23K 10/16 20160101ALI20221219BHJP
A23K 20/163 20160101ALI20221219BHJP
C12N 1/20 20060101ALN20221219BHJP
C12P 19/04 20060101ALN20221219BHJP
【FI】
A23L33/135
A23L33/125
A61K35/747
A61K31/715
A61P1/04
A23K10/16
A23K20/163
C12N1/20 E
C12P19/04 C
(21)【出願番号】P 2020175473
(22)【出願日】2020-10-19
【審査請求日】2022-08-05
【微生物の受託番号】NPMD NITE BP-02242
【早期審査対象出願】
(73)【特許権者】
【識別番号】519392133
【氏名又は名称】曽根ファーム株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】110003694
【氏名又は名称】弁理士法人有我国際特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】杉山 政則
【審査官】戸来 幸男
(56)【参考文献】
【文献】特表2009-511471(JP,A)
【文献】特開2019-116423(JP,A)
【文献】国際公開第2019/134690(WO,A1)
【文献】国際公開第2019/216662(WO,A1)
【文献】国際公開第2018/225556(WO,A1)
【文献】国際公開第2018/225557(WO,A1)
【文献】国際公開第2019/208149(WO,A1)
【文献】国際公開第2019/208150(WO,A1)
【文献】国際公開第2019/208151(WO,A1)
【文献】Molecules,2019年,vol.24, no.16,pp.2970(1-14)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
A23L 33/00-33/29
A61K 35/744-35/747
C12N 1/20
FSTA/CAplus/AGRICOLA/BIOSIS/
MEDLINE/EMBASE(STN)
JSTPlus/JMEDPlus/JST7580(JDreamIII)
Google
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
ラクトバチルス・パラカゼイ(Lactobacillus paracasei)
IJH-SONE68株(受託番号NITE BP-02242)である乳酸菌の菌体、その培養物若しくは発酵物又はそれが産生する多糖類を有効成分として含有する、炎症性腸疾患の改善、予防又は治療のための組成物。
【請求項2】
炎症性腸疾患が潰瘍性大腸炎又はクローン病である請求項1に記載の組成物。
【請求項3】
多糖類が酸性多糖体又は中性多糖体である請求項1又は2に記載の組成物。
【請求項4】
酸性多糖体が、主としてグルコースとマンノースから構成される酸性多糖体である請求項
3に記載の組成物。
【請求項5】
中性多糖体が、N-アセチルグルコサミンがα-1,6結合により連結した構造を有する中性多糖体である請求項
3に記載の組成物。
【請求項6】
組成物が飲食品組成物である請求項
1~5のいずれか1項に記載の組成物。
【請求項7】
飲食品が、飲料、機能性食品、発酵食品又はサプリメントである請求項
6に記載の組成物。
【請求項8】
組成物が医薬組成物である請求項
1~5のいずれか1項に記載の組成物。
【請求項9】
組成物が飼料組成物である請求項1~
5のいずれか1項に記載の組成物。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は炎症性腸疾患用組成物に関する。さらに詳細には、本発明は、ラクトバチルス・パラカゼイ(Lactobacillus paracasei)に属する、イチジク由来の乳酸菌の菌体、その培養物若しくは発酵物又はそれが産生する多糖類を有効成分として含有する、炎症性腸疾患の改善、予防又は治療のための組成物に関する。
【背景技術】
【0002】
近年、食生活の変化と連動するかのように、炎症性腸疾患(inflammatory bowel disease(IBD))の患者が増加傾向にある。炎症性腸疾患は、ヒトの免疫機構が異常をきたす結果、自己の免疫細胞が腸の細胞を攻撃することで腸に炎症を引き起こす病気である。症状としては、慢性的な下痢、血便、腹痛などを伴う。2020年の日本での調査によると、若年者(20~30代)が最も高い発病率を示し、特に、難病に指定されている。炎症性腸疾患を大別すると、潰瘍性大腸炎(ulcerative colitis(UC))とクローン病(Crohn's disease(CD)にグループ化される。
【0003】
潰瘍性大腸炎は、大腸が炎症を起こし、下痢や血便を生じる。典型的な症状としては、1日5~10回前後の下痢のほか、血便が続くこともある。病変範囲や重症度は患者ごとで違いが認められ、直腸のみの軽い炎症で便に少し血が付着する程度から、全大腸に強い炎症が起こり、1日に20回以上も下痢、血便があり、かつ、貧血、腹痛、発熱などを伴うような重症の場合がある。多くの患者では適切な治療を行えば症状は改善するが、治療を中止したりすると、症状が再発することがある。
【0004】
クローン病は、口から肛門までの全消化管に炎症が起きることがある。病変部位は、主に小腸、大腸、肛門である。下痢・腹痛の症状や、発熱や体重減少もしばしば認められ、肛門部に腫れや痛みを伴うこともある。クローン病は腸に深い潰瘍を形成するため、腸が潰瘍のために狭くなったり、穴があいたりする。
【0005】
潰瘍性大腸炎やクローン病などの炎症性腸疾患は、前記したように、ヒトの免疫機構の異常が引き金となる自己免疫疾患と考えられており、患者自身の免疫細胞が腸の細胞を攻撃する結果、腸管の慢性的な炎症が起こる。患者は慢性的な下痢や腹痛に苦しむが、現在の医療技術では、いったん発症すると根治させることが困難で、生涯にわたって治療を継続する必要があることから、一日も早い有効な治療法や治療薬の開発が望まれている。
【0006】
現在の潰瘍性大腸炎の治療法としては、炎症が軽度で症状もそれほど強くない場合には、5-アミノサリチル酸製剤が処方される。この薬剤は炎症を起こした大腸の粘膜に直接作用して効果を発揮する。したがって、経口投与のほか、坐薬や注腸薬として肛門から入れる方法もある。他方、重症患者では、異常な自己免疫反応を抑えるステロイド剤が処方される。ステロイド剤が無効な症例や、ステロイド剤を減量した場合や投与を中止した場合に再発する症例には、強力な免疫抑制剤や、生体由来タンパク質からつくられる生物製剤が注射される。また、血球成分除去療法という、血液を一部体外に循環させて、血液中から免疫細胞を取り除く治療も行われている。
【0007】
一方、最近の研究の進歩により、炎症性腸疾患の炎症は腸内細菌によって引き起こされると考えられるようになってきた。そして、乳酸菌やビフィズス菌などのプロバイオティクスが腸炎を予防、改善することから、炎症性腸疾患の治療法の一つとして、プロバイオティクスが注目され、プロバイオティクスによる炎症性腸疾患の治療について多くの報告がされている(非特許文献1)。
【0008】
また、特許文献1には、ラクトバチルス・プランタラム(Lactobacillus plantarum)、ラクトバチルス・ラムノーザス(Lactobacillus rhamnosus)、ラクトバチルス・ファーメンタム(Lactobacillus fermentum)、ラクトバチルス・パラカゼイ(Lactobacillus paracasei)などの乳酸菌を炎症性腸疾患の治療に用いることが記載されている。特許文献2には、ラクトバチルス・ブフネリ(Lactobacillus buchneri)の乳酸菌が炎症性腸疾患に対して抗炎症効果を有することが記載されている。特許文献3には、ラクトバチルス・ガセリ(Lactobacillus gasseri)の乳酸菌を炎症性腸疾患の軽減に用いることが記載されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0009】
【文献】国際公開第WO2007/040446号
【文献】特開2010-99024号公報
【文献】特開2014-113137号公報
【非特許文献】
【0010】
【文献】腸内細菌学雑誌、23巻、3号、2009、193-201
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0011】
このような背景技術下においては、乳酸菌を有効成分とする炎症性腸疾患の改善、予防、治療などのための新たな組成物の開発が望まれている。したがって、本発明は、炎症性腸疾患の改善、予防、治療などに有効な、乳酸菌を有効成分とする新たな組成物を提供することを課題とする。
【課題を解決するための手段】
【0012】
本発明者は、炎症性腸疾患の改善、予防又は治療のための新たな組成物を開発することを目的として鋭意検討した結果、ラクトバチルス・パラカゼイ(Lactobacillus paracasei)に属する、イチジク由来の乳酸菌、それが産生する多糖類が、潰瘍性大腸炎やクローン病などの炎症性腸疾患の改善、予防又は治療のために有効な作用を発揮することを見出し、この知見に基づき更に研究を重ねて本発明を完成した。
【0013】
本発明の一つの局面では、本発明は、ラクトバチルス・パラカゼイ(Lactobacillus paracasei)に属する、イチジク由来の乳酸菌の菌体、その培養物若しくは発酵物又はそれが産生する多糖類を有効成分として含有する、炎症性腸疾患の改善、予防又は治療のための組成物に関する。
本発明の組成物は、炎症性腸疾患が潰瘍性大腸炎又はクローン病の改善、予防又は治療のために好ましく使用することができる。
本発明の組成物においては、乳酸菌は、ラクトバチルス・パラカゼイ(Lactobacillus paracasei)に属する、イチジク由来の乳酸菌であり、特に、Lactobacillus paracasei IJH-SONE68(受託番号NITE BP-02242)又はそれと同等の乳酸菌が好ましい。
本発明の組成物においては、乳酸菌が産生する多糖類としては、酸性多糖体又は中性多糖体が好ましい。酸性多糖体としては、主としてグルコースとマンノースから構成される酸性多糖体が好ましいものとして挙げられ、中性多糖体としては、N-アセチルグルコサミンがα-1,6結合により連結した構造を有する中性多糖体が好ましいものとして挙げられる。
本発明の組成物は飲食品組成物が好ましく、飲食品としては、飲料、機能性食品、発酵食品又はサプリメントが好ましいものとして挙げられる。
また、本発明の組成物は、医薬組成物が好ましい。さらには、本発明の組成物は、飼料組成物が好ましい。
【発明の効果】
【0014】
本発明の組成物は、潰瘍性大腸炎やクローン病などの炎症性腸疾患の改善、予防又は治療に有効であり、特に、潰瘍性大腸炎又はクローン病の改善、予防又は治療のために使用することができる。本発明の組成物は、炎症性腸疾患の改善、予防又は治療のための飲食品組成物が好ましく、飲食品としては、飲料、機能性食品、発酵食品又はサプリメントが好ましい。また、本発明の組成物は、医薬組成物が好ましく、さらには、飼料組成物が好ましい。そして、本発明の組成物は、ラクトバチルス・パラカゼイ(Lactobacillus paracasei)に属する、イチジク由来の乳酸菌の菌体、その培養物若しくは発酵物又はそれが産生する多糖類を有効成分とするため、安全性が高く、長期適用が可能であり、また、安価に大量供給が可能であり、その有用性及び実用性は極めて高い。
【図面の簡単な説明】
【0015】
【
図1】
図1は、Lactobacillus paracasei IJH-SONE68の多糖類の陰イオン交換クロマトグラフィー(TOYOPEARL DEAE-650M樹脂 (東ソー株式会社))による分離プロファイルである。0 mM~500 mM の勾配濃度のNaCl(破線)で多糖類を溶出させ、各画分中の多糖類の存在をフェノール硫酸法により490 nmでモニターした(直線)。
【
図2】
図2は、Lactobacillus paracasei IJH-SONE68の多糖類を陰イオン交換カラムクロマトグラフィーによって精製して得られた中性多糖体を、プロトン-NMR及びカーボン-NMRに付して得られたそれぞれのNMRプロファイルを示す。
図2の(A)がプロトン-NMRのNMRプロファイルであり、(B)がカーボン-NMRのNMRプロファイルである。
【
図3】
図3は、NMRプロファイルからの中性多糖体の構造解析結果を示す。この構造解析結果から、Lactobacillus paracasei IJH-SONE68の中性多糖体は、N-アセチルグルコサミンがα-1,6結合により連結した構造を有することが明らかとなった。
【
図4】
図4は、Lactobacillus paracasei IJH-SONE68の培養液上清及び多糖類の、腸管上皮細胞モデルであるCaco-2細胞におけるインターロイキン-8(IL-8)の産生阻害率を示す。
【
図5】
図5は、Lactobacillus paracasei IJH-SONE68の培養液上清の、マウスマクロファージ培養細胞RAW264.7における腫瘍壊死因子-α(TNF-α)及びインターロイキン-6(IL-6)の産生阻害率を示す。
【
図6】
図6は、潰瘍性大腸炎モデルマウスの下痢に対する、Lactobacillus paracasei IJH-SONE68が産生する多糖類の改善効果を示す。
【
図7】
図7は、潰瘍性大腸炎モデルマウスの血便に対する、Lactobacillus paracasei IJH-SONE68が産生する多糖類の改善効果を示す。
【
図8】
図8は、潰瘍性大腸炎モデルマウスの下痢及び血便に対する、Lactobacillus paracasei IJH-SONE68が産生する多糖類の改善効果(下痢スコア及び血便スコアの合計値(Disease Activity Index(DAI値))を示す。
【
図9】
図9は、潰瘍性大腸炎モデルマウスの大腸の長さに対する、Lactobacillus paracasei IJH-SONE68が産生する多糖類の影響を示す。
【
図10】
図10は、潰瘍性大腸炎モデルマウスの下痢に対する、Lactobacillus paracasei IJH-SONE68が産生する中性多糖体及び酸性多糖体の改善効果を示す。
【
図11】
図11は、潰瘍性大腸炎モデルマウスの血便に対する、Lactobacillus paracasei IJH-SONE68が産生する中性多糖体及び酸性多糖体の改善効果を示す。
【
図12】
図12は、潰瘍性大腸炎モデルマウスの下痢及び血便に対する、Lactobacillus paracasei IJH-SONE68が産生する中性多糖体及び酸性多糖体の改善効果(下痢スコア及び血便スコアの合計値(Disease Activity Index(DAI値))を示す。
【
図13】
図13は、潰瘍性大腸炎モデルマウスの大腸の長さに対する、Lactobacillus paracasei IJH-SONE68が産生する中性多糖体及び酸性多糖体の影響を示す。
【
図14】
図14は、潰瘍性大腸炎モデルマウスの大腸のミエロペルオキシダーゼ(MPO)活性に対する、Lactobacillus paracasei IJH-SONE68が産生する中性多糖体及び酸性多糖体の影響を示す。
【発明を実施するための形態】
【0016】
以下、本発明で提供される、ラクトバチルス・パラカゼイ(Lactobacillus paracasei)に属する、イチジク由来の乳酸菌の菌体、その培養物若しくは発酵物又はそれが産生する多糖類を有効成分として含有する、炎症性腸疾患の改善、予防又は治療のための組成物について詳細に説明する。
【0017】
1.本発明で用いる乳酸菌
本発明で用いる乳酸菌は、ラクトバチルス・パラカゼイ(Lactobacillus paracasei)に属する、イチジク由来の乳酸菌である。具体的には、本発明により、イチジクの葉から単離同定されたLactobacillus paracasei IJH-SONE68が好ましく挙げられる。この菌株は、2016年4月19日に独立行政法人製品評価技術基盤機構特許微生物センター(〒292-0818千葉県木更津市かずさ鎌足2-5-8 122号室)に受託番号NITE P-02242として国内寄託され、その後にブタペスト条約に基づく国際寄託に移管されて、2017年5月26日にNITE BP-02242として国際寄託の受託番号が付与されている。また、この菌株については、国際公開第WO2018/225556号、国際公開第WO2018/225557号、国際公開第WO2019/208149号、国際公開第WO2019/208150号、国際公開第WO2019/208151号などに記載されている。
【0018】
Lactobacillus paracasei IJH-SONE68は、カタラーゼ陰性のグラム陽性桿菌で、かつ、白色コロニー形成性を有し、条件的ヘテロ乳酸発酵の特性を持つという菌学的性質を有する。さらには、多糖体を産生する能力を有している。
【0019】
本発明では、Lactobacillus paracasei IJH-SONE68と同等の乳酸菌も用いることができる。ここで、同等の乳酸菌とは、Lactobacillus paracasei に属する乳酸菌であって、Lactobacillus paracasei IJH-SONE68と同様に、炎症性腸疾患の改善、予防又は治療する作用を有する乳酸菌を指し、また、Lactobacillus paracasei IJH-SONE68が産生する多糖類と同様に、炎症性腸疾患の改善、予防又は治療する作用を有する多糖類を産生する乳酸菌を指す。これらの同等の乳酸菌は、例えば、Lactobacillus paracasei IJH-SONE68に対して突然変異、遺伝子組換え等の通常の変異処理技術を行うことによって得ることができる、Lactobacillus paracasei IJH-SONE68の変異体であってもよく、また、Lactobacillus paracasei IJH-SONE68の自然変異株の選択等によって育種された変異体の菌株であってもよい。
【0020】
2.本発明の有効成分
本発明の組成物は、上記した乳酸菌の菌体、その培養物若しくは発酵物又はそれが産生する多糖類を有効成分として含む。
乳酸菌は、通常用いられるMRS培地やその修正培地等を用いて、液体静置培養等の通常用いられる培養方法により培養することができる。乳酸菌は、パイナップル属植物の果汁又はその抽出物の存在下で培養することにより、その増殖を促進することができ(国際公開第WO2011/046194号)、また、酒粕、酒粕抽出物又は酒粕の酵素分解物の存在下で培養することによっても、その増殖を促進することができる(特開平3-172171号公報、特開平5-15366号公報及び特許第2835548号公報)。乳酸菌を培養後、得られた培養物をそのまま有効成分として用いてもよく、得られた培養液の上清を用いてもよく、得られた培養液を希釈又は濃縮して用いてもよく、培養物から回収した菌体を用いてもよい。また、本発明の効果を損なわない限り、培養後に加熱、及び凍結乾燥等の種々の追加操作を行うこともできる。また、乳酸菌の菌体は、生菌体であっても死菌体であってもよく、その細胞表層に多糖類を付着している生菌体であっても死菌体であってもよく、生菌体及び死菌体の両方であってもよい。死菌体は、破砕物であってもよいが多糖類をその表層に付着していることが望ましい。また、乳酸菌の発酵物は、通常、栄養源としてグルコースなどを用い、必要に応じて、酵母エキス、パイナップル属植物の果汁、酒粕、焼酎粕等の植物乳酸菌の増殖促進物質を更に添加して、飲食品などの食材等を乳酸菌で発酵させて得ることができる。
【0021】
乳酸菌が産生する多糖類は、ラクトバチルス・パラカゼイ(Lactobacillus paracasei)に属する、イチジク由来の乳酸菌の培養物から、通常の方法により分離精製して得ることができる。具体的には、例えば、ラクトバチルス・パラカゼイ(Lactobacillus paracasei)に属する、イチジク由来の乳酸菌の培養物から遠心分離により菌体を除去し、得られた培養物から、エタノールやアセトン等を用いて多糖類を沈殿させて得ることができる。また、イオン交換クロマトグラフィーによって、さらに分離精製して得ることもできる。
【0022】
本発明においては、乳酸菌が産生する多糖類としては、具体的には、N-アセチルグルコサミンがα-1,6結合により連結した構造を有する中性多糖体、あるいは、主としてグルコースとマンノースから構成される酸性多糖体が挙げられる。この中性多糖体は、例えば、後述する実施例2に記載するように、Lactobacillus paracasei IJH-SONE68の培養物から得られる多糖類を陰イオン交換クロマトグラフィーによって分離精製することにより得ることができる。この中性多糖体は、
図3に示すプロトン-NMR及びカーボン-NMRのNMRプロファイルから、N-アセチルグルコサミンがα-1,6結合により連結した構造を有する。また、Lactobacillus paracasei IJH-SONE68は、主としてグルコースとマンノースから構成される酸性多糖体を菌体外に分泌する。より具体的には、この酸性多糖体は、グルコース、マンノース、ガラクトース及びラムノースから構成され、それらの組成比は、おおよそ10:170:2:1である。
【0023】
3.本発明の組成物
本発明の組成物は、飲食品組成物、医薬組成物、飼料組成物などの各種の形態で用いることができる。
【0024】
飲食品組成物の飲食品としては、特に制限されず、清涼飲料、炭酸飲料、栄養飲料、果汁飲料、乳酸菌飲料、リキュール等の飲料、これらの飲料の濃縮原液、調製用粉末等;アイスクリーム、シャーベット、かき氷等の氷菓;飴、グミ、シリアル、チューインガム、キャンディー、ガム、チョコレート、錠菓、スナック菓子、ビスケット、ゼリー、ジャム、クリーム、及び焼き菓子等の菓子類;加工乳、乳飲料、発酵乳、ドリンクヨーグルト、バター等の乳製品;パン;経腸栄養食、流動食、育児用ミルク、スポーツ飲料;ピューレなどの食品;甘酒;その他機能性食品等が例示される。飲食品は、サプリメントであってもよく、例えば、顆粒状、粉末状、タブレット状のサプリメントであってもよい。また、飲食品は、各種の飲食品を乳酸菌で発酵させて得ることができる発酵食品であってもよい。
【0025】
上記のような飲食品は、飲食品の原料に乳酸菌の菌体、その培養物若しくは発酵物又はそれが産生する多糖類を添加することにより製造することができ、あるいは通常の飲食品と同様にして製造することができる。乳酸菌の菌体、その培養物若しくは発酵物又はそれが産生する多糖類の添加は、飲食品の製造工程のいずれの段階で行ってもよい。添加した乳酸菌による発酵工程を経て、飲食品が製造されてもよい。そのような飲食品としては、乳酸菌飲料、発酵乳などの発酵食品等が挙げられる。
【0026】
飲食品組成物における乳酸菌の菌体又はその培養物若しくは発酵物の含有量は、飲食品の態様によって適宜設定されるが、通常、飲食品組成物中に、1×106~1×1012 cfu/g又は1×106~1×1012 cfu/mlの範囲内で菌体が含まれるような含有量が好ましく、1×107~1×1011 cfu/g又は1×107~1×1011 cfu/mlの範囲内であることがより好ましい。乳酸菌が死菌体の場合、cfu/gまたはcfu/mlは、個細胞/g又は個細胞/mlと置き換えることができる。乳酸菌が産生する多糖類の場合には、飲食品組成物中に、多糖類の重量換算で通常0.001重量%以上、さらには0.01重量%以上含まれるのが好ましい。
【0027】
医薬組成物は、通常、乳酸菌の菌体、その培養物若しくは発酵物又はそれが産生する多糖類を、通常使用される生理的に許容される液体又は固体の製剤担体に配合し製剤化して使用される。医薬組成物の剤形は特に制限されず、錠剤、丸剤、散剤、液剤、懸濁剤、乳剤、顆粒剤、カプセル剤、シロップ剤、坐剤、注射剤、軟膏剤、貼付剤、点眼剤、及び点鼻剤等を例示できる。
【0028】
本発明の医薬組成物の製剤における乳酸菌の菌体又はその培養物若しくは発酵物の含有量は、剤形、用法、対象の年齢、性別、疾患の種類、疾患の程度、及びその他の条件等により適宜設定されるが、通常、1×106~1×1012 cfu/g又は1×106~1×1012 cfu/mlの範囲内で菌体が含まれるような含有量が好ましく、1×107~1×1011 cfu/g又は1×107~1×1011 cfu/mlの範囲内であることがより好ましい。乳酸菌が死菌体の場合、cfu/gまたはcfu/mlは、個細胞/g又は個細胞/mlと置き換えることができる。乳酸菌が産生する多糖類の場合には、医薬組成物中に、多糖類の重量換算で通常0.001重量%以上、0.01重量%以上含まれるのが好ましい。
【0029】
本発明の医薬組成物の投与時期は特に限定されず、適用対象に応じて、適宜投与時期を選択することができる。また、予防的に投与してもよく、維持療法に用いてもよい。投与形態は製剤形態、投与対象の年齢、性別、その他の条件、投与対象の症状の程度等に応じて適宜決定されることが好ましい。本発明の医薬組成物は、いずれの場合も1日1回又は複数回に分けて投与することができ、また、数日又は数週間に1回の投与としてもよい。
【0030】
飼料組成物の飼料としては、ペットフード、家畜飼料、養魚飼料等が挙げられる。このような飼料は、一般的な飼料、例えば、穀類、粕類、糠類、魚粉、骨粉、油脂類、脱脂粉乳、乳清(ホエイ)、にがり、鉱物質飼料、酵母類等に乳酸菌の菌体、その培養物若しくは発酵物又はそれが産生する多糖類を混合することにより製造することができる。また、例えば、サイレージの場合のように、添加した乳酸菌による発酵工程を経て、飼料が製造されてもよい。製造された飼料は、一般的な哺乳動物、家畜類、養魚類、愛玩動物等に経口的に投与することができる。また、養魚類の場合には、乳酸菌の菌体、その培養物若しくは発酵物又はそれが産生する多糖類を添加した発酵物を養魚場に撒く方法を採用することもできる。
【0031】
飼料組成物における乳酸菌の菌体、その培養物若しくは発酵物の含有量は、飼料の態様や適用対象によって適宜設定されるが、1×106~1×1012 cfu/g又は1×106~1×1012 cfu/mlの範囲内で菌体が含まれるような含有量が好ましく、1×107~1×1011 cfu/g又は1×107~1×1011 cfu/mlの範囲内であることがより好ましい。乳酸菌が死菌体の場合、cfu/gまたはcfu/mlは、個細胞/g又は個細胞/mlと置き換えることができる。乳酸菌が産生する多糖類の場合には、飼料組成物中に、多糖類の重量換算で通常0.001重量%以上、さらには0.01重量%以上含まれるのが好ましい。
【0032】
4.本発明の組成物の用途
ラクトバチルス・パラカゼイ(Lactobacillus paracasei)に属する、イチジク由来の乳酸菌の菌体、その培養物若しくは発酵物又はそれが産生する多糖類は、潰瘍性大腸炎やクローン病などの炎症性腸疾患の改善、予防又は治療する作用を有する。したがって、ラクトバチルス・パラカゼイ(Lactobacillus paracasei)に属する、イチジク由来の乳酸菌の菌体、その培養物若しくは発酵物又はそれが産生する多糖類を有効成分として含有する組成物は、潰瘍性大腸炎やクローン病などの炎症性腸疾患の改善、予防又は治療に使用することができる。
【0033】
より具体的には、後述する実施例3に示されるように、サルモネラ菌及びカンピロバクター菌で炎症を誘発させた、腸管上皮モデル細胞であるヒト結腸ガン由来Caco-2細胞に対して、Lactobacillus paracasei IJH-SONE68(受託番号NITE BP-02242)の培養液上清や多糖類を添加した場合に、炎症性サイトカインの一種であるインターロイン-8(IL-8)の発現・分泌が抑制されることが分かった。また、リポ多糖で炎症を誘発させたマウスマクロファージ培養細胞RAW264.7に対して、Lactobacillus paracasei IJH-SONE68(受託番号NITE BP-02242)の培養液上清を添加した場合に、炎症性サイトカインである腫瘍壊死因子-α(TNF-α)及びインターロイン-6(IL-6)の発現・分泌が抑制されることが分かった。
【0034】
さらには、Lactobacillus paracasei IJH-SONE68(受託番号NITE BP-02242)の多糖類、中性多糖体、酸性多糖体などを、デキストラン硫酸ナトリウム(DSS)の摂取で発症させた潰瘍性大腸炎モデルマウスに経口投与すると、下痢や血便が抑制され、また、炎症の強さの指標とされる、大腸におけるミエロペルオキシダーゼ(MPO)の活性が抑制され、病状の悪化が抑制されることが分かった。
【0035】
以上のことから、ラクトバチルス・パラカゼイ(Lactobacillus paracasei)に属する、イチジク由来の乳酸菌の菌体、その培養物若しくは発酵物又はそれが産生する多糖類は、潰瘍性大腸炎やクローン病などの炎症性腸疾患の改善、予防又は治療に有効であることが明らかとなった。
また、本発明の組成物は、炎症性腸疾患の改善、予防又は治療に有効であることから、特に、健康維持や健康増進用の飲食品の素材として利用することができる。また、炎症性腸疾患の改善、予防又は治療は、体力の維持、増進、回復等に繋がることから、特に、体力の維持、増進、回復用の飲食品の素材として利用することもできる。
【実施例】
【0036】
以下、本発明を実施例により更に詳細に説明するが、本発明はこれら実施例により限定されるものではない。
【0037】
実施例1
乳酸菌の分離及び同定
1.乳酸菌サンプルの分離
イチジク(品種「とよみつ姫」)の葉、茎、および果実を選択し、殺菌済みピンセットとハサミを用いて2~3 mmに細断片化した後、滅菌済のMRS液体培地入りの試験管に5~6個ずつの細片を入れ、28℃および37℃にて、乳酸菌の標準培地であるMRS培地が濁る (増殖する) まで静置培養した。ちなみに、乳酸菌候補株の増殖が目視できるまでに2~4日間を要した。
上記乳酸菌候補株の各培養液の一部をMRS寒天培地上にディスポーザブルループで線画塗菌後、静置培養を行った。寒天培地上に形成されたコロニーのうち、「色、つや、形状の異なるもの」を全てピックアップし、フレッシュなMRS寒天培地上に線画塗菌を行い、コロニーを純化した。
純化された各コロニーに対し、カタラーゼ酵素の産生の有無を検証するため、H2O2テストを行った。これは、10%のH2O2溶液に菌体を曝した際に起こる、カタラーゼが存在すれば生成する酸素の発生の有無を観察する試験法である。ちなみに、乳酸菌はカタラーゼを産生しない。
イチジクからの探索分離を試みた結果、イチジクの葉を分離源としたものから、カタラーゼ陰性を示す乳酸菌候補株を1株得ることができた。
【0038】
2.分離株の同定
上記乳酸菌候補株をMRS液体培地で改めて培養し、遠心により菌体を取得した。細胞壁溶解酵素で処理した後, DNAzol試薬を使用し、ゲノムDNAを抽出した。
Lane, D. J. (1991). 16S/23S rRNA sequencing. In Nucleic Acid Techniques in Bacterial Systematics、pp.115-175. Edited by E. Stackebrandt & M. Goodfellow. Chichester : Wileyに記載された方法に従って、ゲノムDNAを鋳型として、27fプライマーおよび1525rプライマーを用いたPCR反応により16S rDNA部分を増幅させ、NucleoSpin Gel and PCR Clean-up kit(マッハライ・ナーゲル社製)により、アガロースゲルより目的断片を回収した。塩基配列決定のためのダイターミネーター法によるシークエンス反応は, Big Dye Terminator Cycle Sequencing FS Ready Reaction Kit ver.3.1(ThermoFisher Scientific社製)にて行い、ABI PRISM 3130xl Genetic Analyzer(ThermoFisher Scientific社製)にて解析した。解析した16S rDNAの塩基配列に対してBLAST programによる相同性検索を行い、DNA data bank(DDBJ/EMBL/GenBank)のデータベースと比較することで、分離株の分類学的同定を行った。
【0039】
イチジクの葉より分離された乳酸菌候補株を、IJH-SONE68株と命名し、DNA data bank(DDBJ/EMBL/GenBank)に既に登録されている「Lactobacillus paracasei R094」の菌株で塩基配列のaccession番号が「NR_025880」である塩基配列と100%一致したため、Lactobacillus paracaseiと同定した。
この菌株は、2016年4月19日に独立行政法人製品評価技術基盤機構特許微生物センター(〒292-0818千葉県木更津市かずさ鎌足2-5-8 122号室)に受託番号NITE P-02242として国際寄託され、その後にブタペスト条約に基づく国際寄託に移管されて、2017年5月26日にNITE BP-02242として国際寄託の受託番号が付与されている。
【0040】
3.分離同定された乳酸菌の菌学的性質
分離同定された上記乳酸菌IJH-SONE68株は、カタラーゼ陰性のグラム陽性桿菌で、かつ、白色コロニー形成性を有し、条件的ヘテロ乳酸醗酵の特性を有するとともに、多糖体を産生する能力を有していた。
【0041】
4.分離同定された乳酸菌の糖類の資化能力
(1)資化能力の試験方法
IJH-SONE68株の49種類の糖類に対する資化能力について以下の試験方法により調べた。
IJH-SONE68株をMRS液体培地で増殖の定常期まで静置培養した。遠心して得られた菌体を適量のsuspension medium (ビオメリュー社製) で洗浄した後、最終的に2 mLのsuspension mediumに懸濁した。この一部を、5 mLのsuspension mediumに加えてマクファーランド濁度が2になる量 (n) を求めた。続いて、API 50 CHL培地 (ビオメリュー社製) に2nの菌液を添加し、これをAPI 50 CHLキット (ビオメリュー社製、各ウェルの底にはそれぞれ49種類の糖が塗り付けられている) の各ウェルへ分注した。最後にミネラルオイルを重層し、滅菌水を入れたトレイにセットした。37℃で48時間培養した後に、各ウェルにおける色調の変化を観察することで、資化能の有無の判定を行った。
【0042】
(2)資化能力の試験結果
IJH-SONE68株の49種類の糖類に対する資化能力を調べた結果は、表1に示したとおりである。
【0043】
【0044】
実施例2
1.IJH-SONE68株が産生する多糖類の分離精製
IJH-SONE68株が産生する多糖類を以下の方法で分離精製した。
IJH-SONE68株をMRS液体培地で増殖の定常期まで静置培養した。この培養液5 mLを種培養液とし、5 Lの多糖体産生用半合成培地 (その組成は後述する) に植菌した後、37℃で120時間静置培養した。培養液を4℃に冷却した後、培養液上清中に含まれるタンパク質を変性させて、後のステップで沈殿として除去するために、202.5 mLの100%トリクロロ酢酸水溶液を加え、混和した後に30分間静置した。遠心によって沈殿を取り除き、回収した上清に等量のアセトンを加えて混和した後、4℃で一晩静置させることによって、IJH-SONE68株が産生する多糖体を沈殿させた。沈殿物を遠心によって回収した後、250 mLの70%エタノールで沈殿物の洗浄を行った。沈殿物を風乾させた後、75 mLの50 mM Tris-HCl buffer (pH 8.0) を加えて1時間混和することで、沈殿物を溶解させた。遠心によって不溶性の夾雑物を取り除いた後、回収した上清に対し、それぞれ750 μLの1 mg/mL DNase溶液 (Worthington社) および1 mg/mL RNase溶液 (ナカライテスク社) を加え、37℃で8時間反応させた。続いて750 μLの2 mg/mL proteinase K溶液 (和光純薬工業社製) を加え、37℃で16時間反応させた。反応後の溶液を4℃に冷却した後、添加した各酵素を変性させ、次の遠心で沈殿として除去するために、8.75 mLの100%トリクロロ酢酸水溶液を加えて混和し、4℃で1時間静置した。遠心によって沈殿物を取り除き、得られた上清に対し262.5 mLの100%エタノールを加え、しっかりと混和した後、遠心によってIJH-SONE68株が産生する多糖体を沈殿物として回収した。50 mLの70%エタノールで沈殿物を洗浄した後に風乾させ、適量 (約25 mL) の精製水を加えて4℃で一晩静置することで、多糖体を溶解させた。溶解後の多糖体サンプルは、10,000 MWCOの限外濾過ユニット (メルク社) を用い、溶媒を精製水に置換しながら、回収したサンプル中の単糖類などの小分子を取り除いて、精製された多糖類サンプルを得た。
【0045】
精製した多糖類サンプルを、予め50 mM Tris-HCl buffer (pH 8.0) で平衡化したTOYOPEARL DEAE-650M樹脂 (東ソー株式会社) を充填したオープンカラム (2.5 × 22 cm) にアプライし、中性多糖画分と酸性多糖画分に分離精製するためのカラムワークを行った。溶液は同bufferを用い、流速は1 mL/minで固定した。また、溶出液は6 mLごとに異なる試験管に回収した。まず、開始から240分までの間は同bufferで溶出させた (試験管番号1-40)。次に、240分の時点から600分の時点までは、同bufferを用いた0-500 mM NaClの濃度勾配を作り、溶出を続けた (試験管番号41-100)。カラム分離スペクトルを
図1に示す。試験管に溶出させた全てのサンプルに対し、フェノール硫酸法 (後述する) によって多糖体の存在を確認した後、該当する試験管内の溶液をそれぞれ中性多糖画分、酸性多糖画分として取りまとめた。それぞれの画分は10,000 MWCOの限外濾過ユニットを用い、溶媒を精製水に置換しながら、回収したサンプル中の単糖類などの小分子を取り除いた。
以上により、IJH-SONE68株が産生する多糖類として中性多糖画分および酸性多糖画分が分離精製された。
【0046】
多糖類産生用半合成培地はKimmel SA、Roberts RF. Development of a growth medium suitable for exopolysaccharide production by Lactobacillus delbrueckii ssp. bulgaricus RR. Int. J. Food Microbiol.、40、87-92 (1998)に記載された培地を以下のように改変した。
【0047】
多糖類産生用半合成培地 [g/L]
Glucose 20
Tween 80 1.0
Ammonium citrate 2.0
Sodium acetate 5.0
MgSO4・7H2O 0.1
MnSO4・5H2O 0.05
K2HPO4 2.0
Bacto casitone 10.0
Vitamin Soln. 2 mL
Trace element Soln. 1 mL
【0048】
Vitamin Soln. [g/L]
4-aminobenzoic acid 0.05
Biotin 0.001
Folic acid 0.025
Lipoic acid 0.025
Nicotinic acid 0.1
Pantothenic acid 0.05
Pyridoxamine-HCl 0.25
Vitamin B12 0.05
Pyridoxine 0.025
Riboflavin 0.05
Thiamine 0.1
【0049】
Trace element Soln.は、Kets EPW, Galinski EA, de Bont JAM. Carnitine: a novel compatible solute in Lactobacillus plantarum. Arch. Microbiol., 192, 243-248 (1994)に記載されており、その組成は以下のとおりである。
【0050】
Trace element Soln. [g/L]
25% HCl 10 mL
FeCl2・4H2O 1.5
CoCl2・6H2O 0.19
MnCl2・4H2O 0.1
ZnCl2 0.07
H3BO3 0.006
Na2MoO4・2H2O 0.036
NiCl2・6H2O 0.024
CuCl2・2H2O 0.002
【0051】
フェノ-ル硫酸法(DuBois M, Gilles KA, Hamilton JK, Rebers PA, Smith F., Colorimetric method for determination of sugars and related substances., Anal. Chem., 28, 350-356 (1956))
【0052】
30 μLの対象サンプルと等量の5 w/v %フェノール水溶液を混和した後、150 μLの濃硫酸を加えて混和させ、反応を開始させる。10分後に直ちに氷冷し、反応を停止させる。反応液の490 nmにおける吸光度を測定することで、糖類の濃度を測定した。なお、濃度の決定には、グルコースを標品として同実験を行うことで作製した検量線を用いた。
【0053】
2.菌体外中性多糖体の構造解析
上記した陰イオン交換カラムクロマトグラフィー(TOYOPEARL DEAE-650M樹脂 (東ソー株式会社))によって精製された中性多糖体を、プロトン-NMRおよびカーボン-NMRに付し、得られたそれぞれのNMRプロファイルを
図2に示した。これらのNMRプロファイルからの中性多糖体の構造解析結果を
図3に示した。
この構造解析結果から、IJH-SONE68株が産生する菌体外中性多糖体は、N-アセチルグルコサミンがα-1,6結合により連結した構造を有することが明らかになった。
【0054】
3.菌体外酸性多糖体の糖組成分析
上記した陰イオン交換カラムクロマトグラフィーによって精製された酸性多糖体の糖組成分析を高速液体クロマトグラフ(HPLC)法で測定することにより行った。
精製された酸性多糖体(7.3 mg/mL)10μLと水60μLを混合して7倍希釈試料溶液を調製し、試験管に調製して希釈試料溶液20μLを採取し、減圧乾固し、2 mo1/Lトリフルオロ酢酸100μLを添加して溶解し、窒素置換、減圧封管、100℃で6時間加水分解し、次いで減圧乾固した。得られた残澄に水200μLを添加して溶解し、0.22μmのフィルターでろ過して測定用試料溶液を得、測定用試料溶液を水で10倍希釈して希釈測定用試料溶液を得た。これらの測定用試料溶液および希釈測定用試料溶液50μLを分析した。分析機器として、HPLCシステム:LC-20Aシステム(株式会社島津製作所)および分光蛍光光度計M-10AxL(株式会社島津製作所)を用いた。分析条件は以下の通りであった。
カラム:TSK-gel Sugar AXG 4.6 mmI.D.×15 cm(東ソー株式会社)
カラム温度:70℃
移動相:0.5 mo1/Lホウ酸カリウム緩衝液、pH 8.7
移動相流速:0.4 mL/min
ポストカラム標識:反応試薬:l w/v%アルギニン・3 w/v%ホウ酸
反応試薬流速:0.5 mL/min
反応温度:150℃
検出波長:Ex.320 nm Em.430 nm
【0055】
酸性糖の標準溶液および試料のクロマトグラム、酸性糖の検量線および検量線データを求め、検量線より菌体外酸性多糖の構成糖の試料中濃度を求めた。得られた結果を表2に示した。
【0056】
【0057】
実施例3
IJH-SONE68株およびその多糖類の培養細胞における炎症性サイトカインの産生阻害活性
実施例1で得られたIJH-SONE68株の培養液および実施例2で得られたIJH-SONE68株が産生する多糖類である、中性多糖画分および酸性多糖画分を含む多糖類サンプルについて、培養細胞における炎症性サイトカインの産生阻害活性を、以下に記載される方法にしたがって調べた。
【0058】
1.試験方法
-80℃の冷凍庫に保存された、実施例1で得られたIJH-SONE68株のグリセロールストックを最終濃度が1 v/v %になるよう、MRSブロスに接種し、28℃にて24時間静置培養した。続いて、この種培養液を1 v/v %になるようにMRSブロスに接種し、28℃にて24時間静置培養した。その培養液上清をフィルター滅菌し、凍結乾燥機で粉末にした後、凍結乾燥する前のボリュームと同じボリュームのDMEM培地に懸濁したものを培養液上清サンプルとした。
【0059】
腸管上皮細胞モデルとしてヒト結腸ガン由来Caco-2細胞を用いた。Caco-2細胞を10 (v/v) %ウシ胎児血清 (fetal bovine serum(FBS)) を含むDMEM培地で、37 ℃、5% CO2条件下で70%コンフルエントになるまで培養した。その後、5 (v/v) %の上記培養液上清サンプルまたは実施例2で得られたIJH-SONE68株の多糖類(EPS)サンプルを含むDMEM培地で30分間インキュベートした後、病原細菌であるサルモネラ菌およびカンピロバクター菌でCaco-2細胞に炎症を起こし、24時間後にCaco-2細胞における、炎症サイトカインであるインターロイキン-8 (IL-8) の分泌量を測定した。
【0060】
同様にして、マウスマクロファージ培養細胞RAW264.7を10 (v/v) %FBSを含むDMEM培地で培養した。その後、5 (v/v) %の上記培養液上清サンプルを含むDMEM培地で30分間インキュベートし、2 μg/mLの大腸菌O111株由来リポ多糖 (lipopolysaccharide(LPS)) で炎症を起こし、24時間後の炎症性サイトカインである腫瘍壊死因子-α(TNF-α)およびインターロイン-6(IL-6)の分泌量を測定した。
【0061】
2.試験結果
IJH-SONE68株の培養液上清および多糖類のCaco-2細胞におけるIL-8の産生阻害率の測定結果を
図4に示した。IJH-SONE68株の培養液上清のマウスマクロファージ培養細胞RAW264.7におけるTNF-αおよびIL-6の産生阻害率の測定結果を
図5に示した。
図4に示すように、IJH-SONE68株の培養液上清は、サルモネラ菌およびカンピロバクター菌に対するIL-8産生阻害活性を示した。また、粗精製されたEPSのIL-8産生阻害活性は、IJH-SONE68株培養液上清と比べて低いものの、IL-8産生阻害活性を示した。一方、
図5に示すように、RAW264.7マクロファージにおける、炎症性サイトカインであるTNF-αに対するIJH-SONE68株の培養液上清の産生阻害率は19.9%であり、IL-6の産生阻害率は15%であった。
【0062】
実施例4
1.潰瘍性大腸炎モデルマウスに対するIJH-SONE68株の多糖類の改善効果
潰瘍性大腸炎のモデルマウスに対する、実施例2で得られたIJH-SONE68株が産生する多糖類の改善効果について、以下に記載される方法にしたがって調べた。
【0063】
(1)試験方法
本試験ではC57BL/6J Jms Slc (SPF) 雄性マウスを用いた。7週齢のマウスを搬入し、飼育ケージごとに3匹飼いとした。通常飼料 (MF、オリエンタル酵母社製) を用いた1週間の馴致飼育の後、3匹ずつの群 (以下に記載するA群~D群) に分け、実施例2で得られたIJH-SONE68株が産生する多糖類(EPS)サンプルの摂取を開始した。この時、IJH-SONE68株が産生するEPSサンプルに加え、他のEPS産生乳酸菌株Pediococcus pentosaceus LP28(PLoS One.7:e30696 (2012);Eur. J. Clin. Nutr.70:582-587(2016))より精製したEPSを摂取させる群を、比較対照として設けた。
1週間のEPS摂取期間の後、飲用水を3 w/v % デキストラン硫酸ナトリウム(DSS)水溶液に変更し、潰瘍性大腸炎の誘導を開始した。この間も引き続きEPSの摂取は継続し、通常飼料および飲用水ともに自由摂取とした。なお、EPSの摂取はゾンデによる強制経口摂取とし、1日1匹あたり200 μLのEPSサンプルを摂取させた。
【0064】
A群:潰瘍性大腸炎を誘導させない群(EPSの代わりに滅菌蒸留水を摂取)
(陰性コントロール群(NC))
B群:EPSの代わりに滅菌蒸留水を摂取させた群(飲用水は3 w/v % DSSを用いた)
(陽性コントロール群(PC))
C群:IJH-SONE68株より粗精製したEPS画分を摂取させた群(飲用水は3 w/v % DSSを用いた。EPS画分の凍結乾燥品を5 mg/mLの濃度で滅菌蒸留水に溶解して調製した)
D群:Pediococcus pentosaceus LP28より粗精製したEPS画分を摂取させた群(飲用水は3 w/v % DSSを用いた。EPS画分の凍結乾燥品を5 mg/mLの濃度で滅菌蒸留水に溶解して調製した)
【0065】
潰瘍性大腸炎の誘導開始後、更に1週間飼育を継続した。なお、誘導開始後から、以下に示す下痢スコアおよび血便スコアを記録した。
【0066】
下痢スコア:
0点:通常便
1点:やや軟らかい便 (ピンセットで採取可)
2点:かなり軟らかい便 (ピンセットで採取不可)
3点:水様便
【0067】
血便スコア:
0点:茶色 (通常便)
1点:表面のみ赤く着色した血便
2点:内部まで赤く着色した血便
3点:赤褐色~黒色便
【0068】
また、1週間の誘導期間終了後、イソフルラン吸入麻酔にてマウスを安楽死させ、大腸を採取し、その長さを測定した。
【0069】
各測定データにおける有意差検定にはTukey-Kramer法を用い、危険率 (p値) が0.05未満のときに「有意差あり」と判定した。
【0070】
(2)試験結果
a)各群における、DSS摂取開始日からの下痢スコア (平均値) の推移を
図6に示した。
図6から分かるように、DSSを摂取させず、潰瘍性大腸炎を発症しない陰性コントロール群(A群)においては、期間中に下痢は全く観察されなかった。DSSを摂取させた他の3群(B群~D群)では、EPSサンプルを摂取させていない陽性コントロール群(B群)を含め、 日を追うごとに軟便化していく、すなわち下痢スコアが上昇していく様子が認められた。ただし、IJH-SONE68株のEPS摂取群(C群)では、軟便の進行度は緩やかであり、Pediococcus pentosaceus LP28のEPS摂取群(D群)に比べて、軟便の進行度は抑制された。
【0071】
b)各群における、DSS摂取開始日からの血便スコア (平均値) の推移を
図7に示した。DSSを摂取させず、潰瘍性大腸炎を発症しない陰性コントロール群(A群)においては、期間中に血便は全く観察されなかった。DSSを摂取させた他の3群(B群~D群)では、EPSサンプルを摂取させていない陽性コントロール群 (B群) を含め、日を追うごとに血便症状の悪化が観察され、血便スコアが上昇していく様子が認められた。ただし, IJH-SONE68株のEPS摂取群(C群)では、 明らかにその進行度が緩やかであり、Pediococcus pentosaceus LP28のEPS摂取群(D群)に比べて、血便の進行度は抑制された。
【0072】
c)下痢スコアおよび血便スコアの合計値をDAI (Disease activity index) とし、各群におけるDAI値の推移を比較した結果を
図8に示した。
図8から分かるように、全くDAI値の上昇がみられなかった陰性コントロール群(A群)と比べ、DSSを摂取させた他の3群(B群~D群)では、EPSサンプルを摂取させていない陽性コントロール群 (B群) を含め、日々DAI値の上昇が観察された。観察最終日において、陽性コントロール群(B群)のDAI値は、Pediococcus pentosaceus LP28のEPS摂取群(D群)と同様に推移し、かつ、陰性コントロール群(A群)よりも有意に上昇していた。一方、IJH-SONE68株のEPS摂取群(C群)では、その上昇が半分程度にとどまっており、有意に上昇が抑制されていた。すなわち、他の株のEPS摂取群(D群)ではDAI値への影響が全く認められなかったが、IJH-SONE68株のEPS摂取群(C群)のみ、DAI値の上昇抑制効果が認められた。
【0073】
d)試験期間終了後、各群の個体より大腸を摘出し、炎症に伴って短縮するとされる大腸の長さを比較した結果を
図9に示す。
図9から分かるように、陽性コントロール群(B群)、そして、Pediococcus pentosaceus LP28のEPS摂取群(D群)の腸の長さはほぼ同程度であり、陰性コントロール群(A群)と比べて、約20 cmの短縮が観察された。一方、有意差は認められなかったものの、IJH-SONE68株のEPS摂取群(C群)では、その短縮が約10 cm程度でとどまっており、炎症を抑制していることが観察された。
【0074】
2.潰瘍性大腸炎モデルマウスに対するIJH-SONE68株の中性多糖体および酸性多糖体の改善効果
潰瘍性大腸炎のモデルマウスに対する、実施例2で得られたIJH-SONE68株が産生する中性多糖体および酸性多糖体の改善効果について、以下に記載される方法にしたがって調べた。
【0075】
(1)試験方法
本試験では、C57BL/6J Jms Slc (SPF) 雄性マウスを用いた。7週齢のマウスを搬入し、飼育ケージごとに5匹飼いとした。通常飼料 (MF、オリエンタル酵母社製) を用いた1週間の馴致飼育の後、5匹ずつの群 (以下に記載するA群~D群) に分け、実施例2で得られたIJH-SONE68株が産生する中性多糖体(EPS)および酸性多糖体(EPS)のサンプルの摂取を開始した。1週間のEPS摂取期間の後、飲用水を3 w/v % デキストラン硫酸ナトリウム(DSS)水溶液に変更し、潰瘍性大腸炎の誘導を開始した。この間も引き続きEPSの摂取は継続し、通常飼料および飲用水ともに自由摂取とした。なお、EPSの摂取はゾンデによる強制経口摂取とし、1日1匹あたり200 μLのEPSサンプルを摂取させた。
【0076】
A群:潰瘍性大腸炎を誘導させない群(EPSの代わりに滅菌蒸留水を摂取)
(陰性コントロール群(NC))
B群:EPSの代わりに滅菌蒸留水を摂取させた群(飲用水は3 w/v % DSSを用いた)
(陽性コントロール群(PC))
C群:IJH-SONE68株より精製した中性EPS画分を摂取させた群(飲用水は3 w/v % DSSを用いた。中性EPS画分の凍結乾燥品を1 mg/mLの濃度で滅菌蒸留水に溶解して調製した)
D群:IJH-SONE68株より精製した酸性EPS画分を摂取させた群(飲用水は3 w/v % DSSを用いた。酸性EPS画分の凍結乾燥品を1 mg/mLの濃度で滅菌蒸留水に溶解して調製した)
【0077】
潰瘍性大腸炎の誘導開始後、更に1週間飼育を継続した。なお、誘導開始後から、 以下に示す下痢スコアおよび血便スコアを記録した。
【0078】
下痢スコア:
0点:通常便
1点:やや軟らかい便 (ピンセットで採取可)
2点:かなり軟らかい便 (ピンセットで採取不可)
3点:水様便
【0079】
血便スコア:
0点:茶色 (通常便)
1点:表面のみ赤く着色した血便
2点:内部まで赤く着色した血便
3点:赤褐色~黒色便
【0080】
また、1週間の誘導期間終了後、イソフルラン吸入麻酔にてマウスを安楽死させ、大腸を採取し、その長さを測定した。
【0081】
さらに、回収した大腸からタンパク質を抽出し、炎症の強さの指標となる、ミエロペルオキシダーゼ (MPO) 活性を測定して各群の比較を行った。具体的には、まず、数mmの長さに切断した大腸断片を50 mMリン酸カリウム緩衝液(pH 6.0)で洗浄した後、0.5 w/v % ヘキサデシルトリメチルアンモニウムブロミドを含む同緩衝液を組織1 mgあたり40 μL加え、ホモジナイザーペッスルを用いて大腸断片をホモジナイズした。ホモジナイズ後、遠心により不溶性画分を取り除いた溶液を酵素溶液として用いた。
5 mMのリン酸カリウム緩衝液(pH 6.0)に、o-ジアニシジン2塩酸塩を0.53 mM、過酸化水素を44 μMとなるように加え、反応液を調製した。この反応液200 μLと酵素溶液7 μLとを混和し、3分間における450 nmの吸光度の変化を測定した。この時、1 μmolの過酸化水素が1分あたりに分解される単位を1ユニットと定義した。
有意差検定にはTukey-Kramer法を用い、危険率 (p値) が0.05未満のときに「有意差あり」と判定した。
【0082】
(2)試験結果
a)各群における、DSS摂取開始日からの下痢スコア (平均値) の推移を
図10に示した。
図10から分かるように、DSSを摂取させず、潰瘍性大腸炎を発症しない陰性コントロール群(A群)においては、期間中に下痢は全く観察されなかった。DSSを摂取させた他の3群(B群~D群)では、EPSサンプルを摂取させていない陽性コントロール群(B群)を含め、日を追うごとに軟便化していく、すなわち下痢スコアが上昇していく様子が認められた。
【0083】
b)各群における、DSS摂取開始日からの血便スコア (平均値) の推移を
図11に示した。
図11から分かるように、DSSを摂取させず、潰瘍性大腸炎を発症しない陰性コントロール群(A群)においては、期間中に血便は全く観察されなかった。DSSを摂取させた他の3群(B群~D群)では、EPSサンプルを摂取させていない陽性コントロール群 (B群) を含め、日を追うごとに血便症状の悪化が観察され、血便スコアが上昇していく様子が認められた。ただし、IJH-SONE68株の酸性EPS摂取群(D群)では、陽性コントロール群(B群)と比べ、その血便スコアが有意に抑制されていた。
【0084】
c)下痢スコアおよび血便スコアの合計値をDAI (Disease activity index) とし、各群におけるDAI値の推移を比較した結果を
図12に示した。
図12から分かるように、全くDAI値の上昇がみられなかった陰性コントロール群(A群)と比べ、DSSを摂取させた他の3群(B群~D群)では、EPSサンプルを摂取させていない陽性コントロール群 (B群) を含め、日々DAI値の上昇が観察された。観察最終日においては、各群(B群~D群)のDAI値は陰性コントロール群(A群)よりも有意に上昇していた。しかしながら、IJH-SONE68株の酸性EPS摂取群(D群)では、DAI値の上昇が陽性コントロール群(B群)の半分程度に留まり、かつ、有意にその上昇が抑制されていた。すなわち、潰瘍性大腸炎モデルマウスにおける下痢および血便の症状を改善させる作用は、IJH-SONE68株の中性EPSよりもIJH-SONE68株の酸性EPSがより強いことが示唆された。
【0085】
d)試験期間終了後、各群の個体より大腸を摘出し、炎症に伴って短縮するとされる大腸の長さを比較した結果を
図13に示す。
図13から分かるように、陽性コントロール群 (B群) とIJH-SONE68株の中性EPS摂取群 (C群) の長さはほぼ同程度であり、陰性コントロール群(A群)と比べて、約20 cmの短縮が観察された。一方、有意差は認められなかったものの、IJH-SONE68株の酸性EPS摂取群(D群)では、その短縮が約15 cm程度でとどまっており、本結果からも、IJH-SONE68株の酸性EPSがより炎症を抑制していることが示唆された。
【0086】
e)各個体の大腸よりタンパク質を抽出し、炎症に伴って上昇するとされるMPO活性を各群で比較した結果を
図14に示す。
図14から分かるように、陽性コントロール群 (B群) では陰性コントロール群 (A群) と比べて明らかにそのMPO活性が上昇していたが、IJH-SONE68株の中性EPS摂取群(C群)およびIJH-SONE68株の酸性EPS摂取群(D群)では、その上昇が抑制された。なお、本活性ではIJH-SONE68株の中性EPSとIJH-SONE68株の酸性EPSの効果に大きな差は見られなかった。
【0087】
以上から明らかなとおり、サルモネラ菌及びカンピロバクター菌で炎症を誘発させた、腸管上皮モデル細胞であるヒト結腸ガン由来Caco-2細胞に対して、Lactobacillus paracasei IJH-SONE68の培養液上清や多糖類を添加した場合に、炎症性サイトカインの一種であるIL-8の発現・分泌が抑制されることが分かった。また、リポ多糖で炎症を誘発させたマウスマクロファージ培養細胞RAW264.7に対して、Lactobacillus paracasei IJH-SONE68の培養液上清を添加した場合に、炎症性サイトカインであるTNF-α及びIL-6の発現・分泌が抑制されることが分かった。
【0088】
さらには、Lactobacillus paracasei IJH-SONE68の多糖類、中性多糖体、酸性多糖体などを、DSSの摂取で発症させた潰瘍性大腸炎モデルマウスに経口投与すると、下痢や血便が抑制され、また、炎症の強さの指標とされる、大腸におけるMPOの活性が抑制され、病状の悪化が抑制され、病状が改善されることが分かった。
【0089】
以上の詳細な説明から明らかなとおり、本発明によれば、以下の発明が提供される。
[1] ラクトバチルス・パラカゼイ(Lactobacillus paracasei)に属する、イチジク由来の乳酸菌の菌体、その培養物若しくは発酵物又はそれが産生する多糖類を有効成分として含有する、炎症性腸疾患の改善、予防又は治療のための組成物。
[2] 炎症性腸疾患が潰瘍性大腸炎又はクローン病である上記[1]に記載の組成物。
[3] 乳酸菌がLactobacillus paracasei IJH-SONE68(受託番号NITE BP-02242)又はそれと同等の乳酸菌である上記[1]又は[2]に記載の組成物。
[4] 多糖類が酸性多糖体又は中性多糖体である上記[1]~[3]のいずれかに記載の組成物。
[5] 酸性多糖体が、主としてグルコースとマンノースから構成される酸性多糖体である上記[4]に記載の組成物。
[6] 中性多糖体が、N-アセチルグルコサミンがα-1,6結合により連結した構造を有する中性多糖体である上記[4]に記載の組成物。
[7] 組成物が飲食品組成物である上記[1]~[6]のいずれかに記載の組成物。
[8] 飲食品が、飲料、機能性食品、発酵食品又はサプリメント上記[7]に記載の組成物。
[9] 組成物が医薬組成物である上記[1]~[6]のいずれかに記載の組成物。
[10] 組成物が飼料組成物である上記[1]~[6]のいずれかに記載の組成物。
[11] 炎症性腸疾患の改善、予防又は治療のための組成物の有効成分としての、ラクトバチルス・パラカゼイ(Lactobacillus paracasei)に属する、イチジク由来の乳酸菌の菌体、その培養物若しくは発酵物又はそれが産生する多糖類の使用。
[12] 炎症性腸疾患が潰瘍性大腸炎又はクローン病である上記[11]に記載の使用。
[13] 乳酸菌がLactobacillus paracasei IJH-SONE68(受託番号NITE BP-02242)又はそれと同等の乳酸菌である上記[11]又は[12]に記載の使用。
[14] 多糖類が酸性多糖体又は中性多糖体である上記[11]~[13]のいずれかに記載の使用。
[15] 酸性多糖体が、主としてグルコースとマンノースから構成される酸性多糖体である上記[14]に記載の使用。
[16] 中性多糖体が、N-アセチルグルコサミンがα-1,6結合により連結した構造を有する中性多糖体である上記[14]に記載の使用。
[17] 組成物が飲食品組成物である上記[11]~[16]のいずれかに記載の使用。
[18] 飲食品が、飲料、機能性食品、発酵食品又はサプリメント上記[17]に記載の使用。
[19] 組成物が医薬組成物である上記[11]~[16]のいずれかに記載の使用。
[20] 組成物が飼料組成物である上記[11]~[16]のいずれかに記載の使用。
[21] ラクトバチルス・パラカゼイ(Lactobacillus paracasei)に属する、イチジク由来の乳酸菌の菌体、その培養物若しくは発酵物又はそれが産生する多糖類を有効成分として含む組成物を、それを必要とする対象に適用することを含む方法であって、対象において炎症性腸疾患を改善、予防又は治療する方法。
[22] 炎症性腸疾患が潰瘍性大腸炎又はクローン病である上記[21]に記載の方法。
[23] 乳酸菌がLactobacillus paracasei IJH-SONE68(受託番号NITE BP-02242)又はそれと同等の乳酸菌である上記[21]又は[22]に記載の方法。
[24] 多糖類が酸性多糖体又は中性多糖体である上記[21]~[23]のいずれかに記載の方法。
[25] 酸性多糖体が、主としてグルコースとマンノースから構成される酸性多糖体である上記[24]に記載の方法。
[26] 中性多糖体が、N-アセチルグルコサミンがα-1,6結合により連結した構造を有する中性多糖体である上記[24]に記載の方法。
[27] 組成物が飲食品組成物である上記[21]~[26]のいずれかに記載の方法。
[28] 飲食品が、飲料、機能性食品、発酵食品又はサプリメント上記[27]に記載の方法。
[29] 組成物が医薬組成物である上記[21]~[26]のいずれかに記載の方法。
[30] 組成物が飼料組成物である上記[21]~[26]のいずれかに記載の方法。
【産業上の利用可能性】
【0090】
以上に詳細に説明したとおり、本発明の組成物は、炎症性腸疾患の改善、予防又は治療に有効であり、特に、潰瘍性大腸炎又はクローン病の改善、予防又は治療のために使用することができる。本発明の組成物は、炎症性腸疾患の改善、予防又は治療のための飲食品、医薬品、飼料として使用することができる。そして、本発明の組成物は、ラクトバチルス・パラカゼイ(Lactobacillus paracasei)に属する、イチジク由来の乳酸菌の菌体、その培養物若しくは発酵物又はそれが産生する多糖類を有効成分とするため、安全性が高く、長期適用が可能であり、また、安価に大量供給が可能であり、その有用性及び実用性は極めて高い。