(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2022-12-16
(45)【発行日】2022-12-26
(54)【発明の名称】インクジェット記録方法、及びインクジェット記録装置
(51)【国際特許分類】
B41M 5/00 20060101AFI20221219BHJP
B41J 2/01 20060101ALI20221219BHJP
B41J 2/05 20060101ALI20221219BHJP
B41J 2/14 20060101ALI20221219BHJP
C09D 11/38 20140101ALI20221219BHJP
C09D 11/322 20140101ALI20221219BHJP
【FI】
B41M5/00 100
B41J2/01 501
B41J2/05
B41J2/14 209
B41J2/14 613
B41M5/00 120
C09D11/38
C09D11/322
(21)【出願番号】P 2018113664
(22)【出願日】2018-06-14
【審査請求日】2021-06-09
(31)【優先権主張番号】P 2017136748
(32)【優先日】2017-07-13
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
(73)【特許権者】
【識別番号】000001007
【氏名又は名称】キヤノン株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100126240
【氏名又は名称】阿部 琢磨
(74)【代理人】
【識別番号】100124442
【氏名又は名称】黒岩 創吾
(72)【発明者】
【氏名】加地 麻美子
(72)【発明者】
【氏名】竹林 聡
(72)【発明者】
【氏名】西脇 裕子
(72)【発明者】
【氏名】菅家 剛
(72)【発明者】
【氏名】今井 貴志
【審査官】富士 春奈
(56)【参考文献】
【文献】特開2009-051146(JP,A)
【文献】特開2002-294125(JP,A)
【文献】特開2013-253230(JP,A)
【文献】特開2015-221498(JP,A)
【文献】特開2012-030580(JP,A)
【文献】特開2003-171589(JP,A)
【文献】特開2016-016537(JP,A)
【文献】特開2015-063574(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
B41J2/01-2/215
B41M5/00、5/50-5/52
C09D11/00-13/00
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
吐出口に連通するインク流路内に配置された、インクを吐出するためのヒータ、
前記ヒータに対応する位置に配置され、前記ヒータ及び前記インク流路内のインクの接触を遮断する第1保護層、並びに、
前記ヒータに対応し、かつ、インクと接触する位置に配置されるとともに、金属材料で形成される第2保護層、を有する記録ヘッド;
前記第2保護層を陰極とするとともに、前記インクを介して導通する部位を陽極とする電圧を印加する手段;
を備えたインクジェット記録装置を使用し、インクを前記記録ヘッドから吐出して記録媒体に画像を記録するインクジェット記録方法であって、
前記インクが、アニオン性基を有する成分、及び、標準電極電位が0V超である溶解性の金属イオンを含有するとともに、前記金属イオンの含有量(ppm)が、インク全質量を基準として、0.1ppm以上15.0ppm以下である水性インクであることを特徴とするインクジェット記録方法。
【請求項2】
前記金属イオンが、銅イオン及び銀イオンの少なくとも一方である請求項1に記載のインクジェット記録方法。
【請求項3】
前記金属イオンが、銅イオンである請求項1に記載のインクジェット記録方法。
【請求項4】
前記銅イオン及び前記銀イオンの少なくとも一方の含有量(ppm)が、インク全質量を基準として、1.0ppm以上10.0ppm以下である請求項2に記載のインクジェット記録方法。
【請求項5】
前記インク中の前記アニオン性基を有する成分の含有量(質量%)が、インク全質量を基準として、0.10質量%以上20.00質量%以下である請求項1乃至4のいずれか1項に記載のインクジェット記録方法。
【請求項6】
前記アニオン性基を有する成分が、アニオン性基を有する樹脂である請求項1乃至5のいずれか1項に記載のインクジェット記録方法。
【請求項7】
前記アニオン性基を有する樹脂が、アクリル系樹脂及びウレタン系樹脂の少なくとも一方である請求項6に記載のインクジェット記録方法。
【請求項8】
前記アニオン性基を有する成分が、(i)酸価が250mgKOH/g以下の水溶性樹脂、及び、(ii)酸基の導入量が250μmol/g以下の樹脂粒子、の少なくとも一方である請求項1乃至7のいずれか1項に記載のインクジェット記録方法。
【請求項9】
前記アニオン性基を有する成分が、前記(i)酸価が250mgKOH/g以下の水溶性樹脂を含む請求項
8に記載のインクジェット記録方法。
【請求項10】
前記アニオン性基を有する成分が、前記(ii)酸基の導入量が250μmol/g以下の樹脂粒子を含む請求項
8に記載のインクジェット記録方法。
【請求項11】
前記インクが、ヒドロキシ基を2個以上有するアルカノールアミンを含有する請求項1乃至10のいずれか1項に記載のインクジェット記録方法。
【請求項12】
前記インク中の、前記ヒドロキシ基を2個以上有するアルカノールアミンの含有量(質量%)が、インク全質量を基準として、0.30質量%以上1.00質量%以下である請求項11に記載のインクジェット記録方法。
【請求項13】
前記インクが、銅フタロシアニン骨格を有する化合物を含有する請求項1乃至12のいずれか1項に記載のインクジェット記録方法。
【請求項14】
前記第2保護層が、イリジウム、ルテニウム、並びに、イリジウム及びルテニウムの少なくともいずれかを含む材料からなる群より選ばれる少なくとも1種の金属材料で形成される請求項1乃至13のいずれか1項に記載のインクジェット記録方法。
【請求項15】
前記第2保護層を形成する前記金属材料が、前記イリジウムを含む請求項14に記載のインクジェット記録方法。
【請求項16】
前記インクが、銅フタロシアニン骨格を有する化合物を含有するとともに、前記金属イオンが、銅イオンであり、かつ、前記第2保護層を形成する前記金属材料が、イリジウムを含む請求項1乃至15のいずれか1項に記載のインクジェット記録方法。
【請求項17】
前記電圧の印加量が、0.1V以上4V以下である請求項1乃至16のいずれか1項に記載のインクジェット記録方法。
【請求項18】
前記電圧の印加量が、1V以上4V以下である請求項1乃至17のいずれか1項に記載のインクジェット記録方法。
【請求項19】
前記電圧を印加した状態を維持しながら、前記インクを前記記録ヘッドから吐出する請求項1乃至18のいずれか1項に記載のインクジェット記録方法。
【請求項20】
吐出口に連通するインク流路内に配置された、インクを吐出するためのヒータ、
前記ヒータに対応する位置に配置され、前記ヒータ及び前記インク流路内のインクの接触を遮断する第1保護層、並びに、
前記ヒータに対応し、かつ、インクと接触する位置に配置されるとともに、金属材料で形成される第2保護層、を有する記録ヘッド;
を備えたインクジェット記録装置であって、
前記インクが、アニオン性基を有する成分、及び、標準電極電位が0V超である溶解性の金属イオンを含有するとともに、前記金属イオンの含有量(ppm)が、インク全質量を基準として、0.1ppm以上15.0ppm以下である水性インクであり、
前記第2保護層を陰極とするとともに、前記インクを介して導通する部位を陽極とする電圧を印加する手段を備えたことを特徴とするインクジェット記録装置。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、インクジェット記録方法、及びインクジェット記録装置に関する。
【背景技術】
【0002】
近年、インクジェット記録方法により、銀塩写真やオフセット印刷で実現されているような高精細で高発色性の画像を記録することが可能となっており、インクへの信頼性の要求も厳しくなってきている。
【0003】
インクジェット記録方法において、記録ヘッドからインクを吐出させる方式としては、力学的エネルギーを利用する方法、及び熱エネルギーを利用する方法がある。熱エネルギーの作用により記録ヘッドからインクを吐出させるサーマル方式では、記録ヘッドのヒータ(電気熱変換素子)は高温にさらされる。これに加えて、ヒータは、インクの発泡及び気泡の収縮に伴うキャビテーションによる衝撃などの物理的作用や、インクによる化学的作用を複合的に受ける。これらの作用からヒータを保護するために、インク流路のヒータ部分には保護層が設けられる。インクの吐出が繰り返されると、インク中の成分が高温で加熱されることにより、難溶解性ないしは難分散性の物質に変化し、これが保護層の表面に付着する現象が生ずる。この物質がいわゆる「コゲ」と呼ばれるものである。保護層にコゲが付着し、堆積すると、ヒータに与えられた熱エネルギーがインクに十分に伝わらず、結果として、インクに付与される熱エネルギーが減少するため、吐出性に影響を及ぼす。このようにして生じた吐出性の低下は、画像ムラの原因となる。
【0004】
このような課題に対して、コゲの対策がこれまでにも検討されてきた。先ず、付着したコゲを除去する手段を備えた記録ヘッドに関する提案がある(特許文献1参照)。特許文献1には、保護層の表層部分としての上部保護層をイリジウムなどの金属により形成し、この上部保護層を電極として電気化学反応を起こし、上部保護層を溶出させることによって、ヒータ部に堆積するコゲを除去することが開示されている。一方、コゲの付着を抑制する手段を備えた記録ヘッドに関する提案もある(特許文献2参照)。この記録ヘッドは、保護層を電極とする点で特許文献1に記載された記録ヘッドと類似するが、コゲに対する考え方は異なる。具体的には、特許文献2には、保護層をインク中のコゲとなりうる成分と同じ極性側に帯電させることによって、電気的な反発を生じさせる電圧制御を行い、コゲの原因となる物質の付着を抑制することが開示されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【文献】特開2008-105364号公報
【文献】特開2009-051146号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
本発明者らの検討の結果、特許文献2の記載を参考にして記録ヘッドの電圧制御を行い、コゲの付着を抑制すれば、ある程度の効果が得られることは確認できた。しかし、インクの吐出回数が増えると、吐出性が徐々に低下していき、画像に影響を及ぼすことがわかった。
【0007】
したがって、本発明の目的は、記録ヘッドの電圧制御を行う場合に、吐出性の低下を抑制することができるインクジェット記録方法、及びインクジェット記録装置を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0008】
上記の目的は、以下の本発明によって解決される。すなわち、本発明にかかるインクジェット記録方法は、吐出口に連通するインク流路内に配置された、インクを吐出するためのヒータ、前記ヒータに対応する位置に配置され、前記ヒータ及び前記インク流路内のインクの接触を遮断する第1保護層、並びに、前記ヒータに対応し、かつ、インクと接触する位置に配置されるとともに、金属材料で形成される第2保護層、を有する記録ヘッド;前記第2保護層を陰極とするとともに、前記インクを介して導通する部位を陽極とする電圧を印加する手段;を備えたインクジェット記録装置を使用し、インクを前記記録ヘッドから吐出して記録媒体に画像を記録するインクジェット記録方法であって、前記インクが、アニオン性基を有する成分、及び、標準電極電位が0V超である溶解性の金属イオンを含有するとともに、前記金属イオンの含有量(質量%)が、インク全質量を基準として、0.1ppm以上15.0ppm以下である水性インクであることを特徴とする。
【発明の効果】
【0009】
本発明によれば、記録ヘッドの電圧制御を行う場合に、吐出性の低下を抑制することができるインクジェット記録方法、及びインクジェット記録装置を提供することができる。
【図面の簡単な説明】
【0010】
【
図1】本発明のインクジェット記録方法に用いられるインクジェット記録装置の一例を模式的に示す図であり、(a)はインクジェット記録装置の主要部の斜視図、(b)はヘッドカートリッジの斜視図である。
【
図2】記録素子基板のヒータ付近を模式的に示す平面図である。
【
図3】記録素子基板を
図2におけるX-Y線に沿って垂直に切断した状態で模式的に示す断面図である。
【
図4】インクジェット記録装置の制御構成の一例を示すブロック図である。
【発明を実施するための形態】
【0011】
以下に、好ましい実施の形態を挙げて、さらに本発明を詳細に説明する。本発明においては、化合物が塩である場合は、インク中では塩はイオンに解離して存在しているが、便宜上、「塩を含有する」と表現する。また、インクジェット用のインクのことを、単に「インク」と記載することがある。物性値は、特に断りのない限り、常温(25℃)における値である。
【0012】
熱エネルギーの作用により記録ヘッドからインクを吐出させるサーマル方式の場合、記録ヘッドは、複数の吐出口、吐出口に連通するインク流路、及びインクを吐出するための熱エネルギーを発生させるヒータを有する。ヒータとしての電気熱変換素子は、発熱抵抗体、及びこれに電力を供給するための電極を有する。ヒータが電気的絶縁性を有する保護層により被覆されることで、複数の吐出口のそれぞれに対応するヒータ間での絶縁性が担保される。
【0013】
特許文献2には、ヒータの保護層をインク中の成分と同じ極性側に帯電させるように電圧制御を行うことによって、コゲの原因となる物質の付着を抑制することが開示されている。しかし、電圧制御を行っても、吐出回数が増えると吐出性が徐々に低下していくことがわかった。この原因について本発明者らが検討した結果、電圧制御を行う際の「対向電極」に付着した物質が発端となって、吐出性が低下することを突き止めた。
【0014】
対向電極とは、「ヒータ側電極」の対となる電極であり、染料、樹脂分散剤、樹脂粒子などのアニオン性基を有する成分に対して逆(プラス)に帯電する。このため、アニオン性基を有する成分は、マイナスに帯電したヒータ側電極からは離れるものの、対向電極に引き寄せられ、徐々に対向電極に付着していく。この現象は特許文献2に記載の発明でも認識されており、その対策として、イオン性親水基と非イオン性親水基を分子内に共存した極性物質を用いることが有効であるとしている。但し、この極性物質を用いても、吐出回数が増えると、アニオン性基を有する成分の対向電極への付着を抑制することができなくなっていく。
【0015】
対向電極に物質が付着すると、対となるヒータ側電極との間での電圧制御が行われにくくなる。すると、ヒータ側電極にかかる電位も低くなり、ヒータ側電極とアニオン性基を有する成分との間での電気的な反発力が小さくなる。加えて、吐出のためのエネルギーによる影響も生ずる。記録ヘッドの流路内のインクに吐出のためのエネルギーが付与されていない状態では、電圧制御を行っていれば、ヒータ側電極とアニオン性基を有する成分とが電気的に反発しあう。これにより、アニオン性基を有する成分のヒータ側電極への付着が抑制されるとともに、アニオン性基を有する成分に対してエネルギー的に安定な位置に対イオンが存在するため、分散状態が安定に保たれる。その後、記録ヘッドの流路内のインクに吐出のためのエネルギーが付与されると、物理的ないしは化学的な作用の影響を受けて、アニオン性基を有する成分の近傍から対イオンが弾き飛ばされるような状態となる場合がある。これにより、アニオン性基を有する成分の一部は分散状態が不安定となり、やがてコゲとなってヒータに付着するため、電圧制御を行っていても、吐出性が低下したと考えられる。
【0016】
上述の現象を踏まえ、本発明者らは、各電極への物質の付着をより確実に抑制するための手法について検討を行った。その結果、アニオン性基を有する成分を含有するインクに、さらに、「標準電極電位が0V超である溶解性の金属イオン」を添加することで、記録ヘッドの電圧制御を行う場合に、吐出性の低下を抑制できることを見出した。以下、「標準電極電位が0V超である溶解性の金属イオン」を、「溶解性金属イオン」と記載することがある。
【0017】
溶解性金属イオンにより吐出性の低下を抑制できる理由を、本発明者らは以下のように推測している。以下、アニオン性基を有する成分として、アニオン性基を有する樹脂分散剤で分散された顔料(樹脂分散顔料)を例に挙げて説明する。勿論、このような樹脂分散顔料に限らず、インクジェット用の水性インクに使用され得る「アニオン性基を有する成分」であれば、樹脂分散顔料について述べる場合と同様の作用が生ずると言える。
【0018】
先ず、対向電極における現象について説明する。電圧制御を行う場合に、溶解性金属イオンを含有するインクを用いると、対向電極への物質の付着が減少することが確認された。これは以下の理由によると考えられる。インク中に溶解性金属イオンが存在しない場合、対向電極へ付着した樹脂分散顔料は、対イオンが近傍に存在しない、すなわち、アニオン性基がイオン解離していない状態(酸型)であるため、親水性が低くなっている。一方、インク中に溶解性金属イオンが存在する場合、この金属イオンは標準電極電位が0V超であるため、標準電極電位が0Vである水素原子よりもイオン化傾向が低い。したがって、溶解性金属イオンは、イオンの状態で居続けることができず、酸型のアニオン性基を構成する水素原子を水素イオンに変換することによって、自身の存在状態を安定化させる。これにより、酸型であった樹脂分散剤のアニオン性基が再びイオン解離し、このイオンがヒータ側電極と電気的に反発して、対向電極に付着しづらくなったと考えられる。
【0019】
次に、ヒータ側電極における現象について説明する。上述のようにして、インク中に溶解性金属イオンが存在することにより、対向電極への樹脂分散顔料の付着が抑制されると、投入した電圧が効率よく電位に変換されるようになる。これに加えて、溶解性金属イオンは、ヒータ側電極を保護する作用を示す。記録ヘッドのヒータ近傍では、吐出の際にインクが発泡した後、泡の収縮に伴い、新たなインクがヒータ近傍に供給(リフィル)される。上述の通り、記録ヘッド内のインクに吐出のためのエネルギーが付与されると、物理的ないしは化学的な作用の影響を受けて、樹脂分散顔料の近傍から対イオンが弾き飛ばされるような状態となる場合がある。これにより、樹脂分散顔料の一部は分散状態が不安定となり、やがてコゲとなってヒータに付着する。ここで、溶解性金属イオンはヒータ側電極に対して逆の電荷を持つとともに、インク中の色材や樹脂などの、主要なアニオン性基を有する成分と比較しても分子量が十分に小さく、分子サイズがコンパクトである。インク中の溶解性金属イオンはこれらの特性から、リフィルの際にヒータ側電極の近傍に移動して、ヒータ側電極を保護するような作用を示す。したがって、分散状態が不安定となった樹脂分散顔料が存在しても、ヒータ側電極への付着を抑制することができたと考えられる。
【0020】
標準電極電位が0V未満である溶解性の金属イオンは、水素原子に比してイオン化傾向が大きく、上記の作用が生じないので、吐出性の低下を抑制することはできない。また、標準電極電位が0V超である溶解性の金属イオンがインク中に存在しても、少なすぎると対向電極に付着したアニオン性基を有する成分を除去しきれず、吐出性の低下を抑制することはできない。一方、多すぎるとヒータ側電極にも付着して電気的な反発力を低下させてしまうので、吐出性の低下を抑制することはできない。このため、インク中の前記金属イオンの含有量(ppm)は、インク全質量を基準として、0.1ppm以上15.0ppm以下であることを要する。
【0021】
<インクジェット記録方法、インクジェット記録装置>
本発明のインクジェット記録方法は、水性インクをインクジェット方式の記録ヘッドから吐出して記録媒体に画像を記録する方法である。インクを吐出する方式としては、インクに熱エネルギーを付与する方式を利用する。
【0022】
図1は、本発明のインクジェット記録方法に用いられるインクジェット記録装置の一例を模式的に示す図であり、(a)はインクジェット記録装置の主要部の斜視図、(b)はヘッドカートリッジの斜視図である。インクジェット記録装置には、記録媒体500を搬送する搬送手段(不図示)、及びキャリッジシャフト400が設けられている。キャリッジシャフト400にはヘッドカートリッジ200が搭載可能となっている。ヘッドカートリッジ200は記録ヘッド100(100a及び100b)を具備しており、インクカートリッジ300がセットされるように構成されている。ヘッドカートリッジ200がキャリッジシャフト400に沿って主走査方向に搬送される間に、記録ヘッド100(100a及び100b)から記録媒体500に向かってインク(不図示)が吐出される。そして、記録媒体500が搬送手段(不図示)により副走査方向に搬送されることによって、記録媒体500に画像が記録される。
【0023】
(記録ヘッド)
〔記録素子基板〕
図2は、記録素子基板のヒータ付近を模式的に示す平面図である。
図3は、記録素子基板を
図2におけるX-Y線に沿って垂直に切断した状態で模式的に示す断面図である。
【0024】
記録ヘッド100の記録素子基板101の構成を説明する。記録素子基板101は、シリコン基体102、蓄熱層103、発熱抵抗体層104、電気配線層105で構成される。蓄熱層103は、シリコンの熱酸化膜、酸化シリコン膜、窒化シリコン膜などの材料で形成される。電気配線層105は、アルミニウム、アルミニウム-シリコン、アルミニウム-銅などの金属材料で形成される配線である。ヒータ(電気熱変換素子)としての発熱部104aは、電気配線層105の一部を除去してギャップを形成し、その部分の発熱抵抗体層104を露出することで形成される。電気配線層105は駆動素子回路(不図示)又は外部電源端子(不図示)に接続されて、外部からの電力供給を受ける。図示した例では、発熱抵抗体層104に隣接する層として電気配線層105を配置している。但し、この構成に限られず、電気配線層105をシリコン基体102又は蓄熱層103に隣接する層として形成し、その一部をギャップとして部分的に除去し、発熱抵抗体層104を配置する構成としてもよい。
【0025】
第1保護層106は、酸化シリコン、窒化シリコンなどの材料で形成され、電気配線層105を部分的に介在させながら、発熱部104a及び発熱抵抗体層104に隣接して設けられる。また、第1保護層106は、発熱部104aとインク流路内のインクとの接触を遮断する絶縁層として機能する。
【0026】
第2保護層107はインク流路内のインクと接触する最表層である。発熱部104aのインク流路側に位置し、かつ、発熱部104aにより発生した熱をインクに作用させる第2保護層107の領域が、ヒータ108に当たる。第2保護層107は、発熱部104aの発熱に伴って生ずる化学的衝撃や物理的衝撃(キャビテーション)からヒータ108を保護するとともに、電極としての機能を持つ。これらの特性を両立させるために、金属材料で形成された第2保護層107を利用する。
【0027】
キャビテーションによる衝撃などの物理的作用や、インクによる化学的作用に対して強い保護層とすることが好ましい。このため、保護層を構成する材料としては、イリジウム、ルテニウム、タンタル、及びこれらの金属元素の少なくともいずれかを含む材料、からなる群より選ばれる少なくとも1種の金属材料を用いることが好ましい。なかでも、イリジウム、ルテニウム、並びに、イリジウム及びルテニウムの少なくともいずれかを含む材料、からなる群より選ばれる少なくとも1種の金属材料を用いることがさらに好ましい。上記金属元素の少なくともいずれかを含む材料としては、これらと他の金属との合金などが挙げられる。合金の場合、上記金属元素の割合が多いほど、物理的作用や化学的作用に対して強い保護層となりやすい。好適には、合金ではなく、イリジウム、ルテニウム、タンタルを用いる。加熱しても強固な酸化膜を形成しにくく、電位をより均一に生じさせることができるので、電極に付着したアニオン性基を有する成分を除去しやすい観点から、イリジウム、ルテニウムを用いることが特に好ましい。また、ヒータ108の発熱により第2保護層の表面はおよそ300~600℃に加熱されるが、インク中よりも酸素が豊富な条件である大気中であっても、イリジウムは800℃まで酸化膜を形成しないため、イリジウムを用いることがより好ましい。
【0028】
第2保護層107としては、イリジウム、ルテニウム、タンタル、及びこれらの金属元素の少なくともいずれかを含む材料、からなる群より選ばれる少なくとも1種の金属材料などを用いることができるが、これらの金属材料は密着性が乏しい。このため、第1保護層106及び第2保護層107の間に密着層109を配置して、第2保護層107の、第1保護層106への密着性を向上させる。密着層109は導電性を有する材料で形成する。
【0029】
第2保護層107は貫通孔110に挿通され、密着層109を介して電気配線層105に電気的に接続される。電気配線層105は記録素子基板101の端部にまで延在し、その先端が外部との電気的接続を行うための外部電極111となる。
【0030】
上記の構成を有する記録素子基板101には、流路形成部材112が接合される。流路形成部材112は、ヒータ108に対応する位置に吐出口113を有するとともに、記録素子基板101を貫通して設けたインク供給口(不図示)からヒータ108を経て吐出口113に連通するインク流路を形成する。
【0031】
〔電圧制御〕
上記で説明した記録ヘッドにおいて、電圧制御を行う手法を説明する。第2保護層107は、発熱部104aに対応する位置に形成されるヒータ108を含む領域(ヒータ側領域)107a、及び、それ以外の領域(対向電極側領域)107bの2つの領域で構成され、それぞれの領域に電気的接続が施される。インク流路内にインクが存在しない場合、ヒータ側領域107a及び対向電極側領域107bの間での電気的な接続はなされない。但し、本発明で用いるインク中には、アニオン性基を有する成分、及び溶解性の金属イオンをはじめとした電解質が存在する。したがって、インク流路内にインクが充填されると、ヒータ側領域107a、及びインクを介して導通する部位としての対向電極側部位107bはインクを介して導通する。
【0032】
この状態で、ヒータ側領域107aを陰極とするとともに、対向電極側領域107bを陽極として電圧を印加すると、これらの電極の間に電位差が生ずる。アニオン性基を有する成分はヒータ側領域107aに対して、また、溶解性の金属イオンは対向電極側領域107bに対して、それぞれ電気的な反発を生ずるので、各電極の帯電状態に対応して、各成分の分布状態が変化する。ヒータ側領域107aはマイナスに帯電するので、アニオン性基を有する成分は、電気的な反発によりヒータ108の近傍から離れて、ヒータに付着しづらくなり、吐出性の低下が抑制される。対向電極側領域107bはプラスに帯電するので、アニオン性基を有する成分はこれに近づく方向に移動し、その一部は対向電極側領域107bに一時的に付着する。但し、その近傍に存在する溶解性の金属イオンにより、アニオン性基を有する成分を除去できる。このように、ヒータ側領域107a及び対向電極側領域107bにおける挙動が相まって、記録ヘッドの電圧制御を行う場合の、吐出性の低下を抑制することができる。
【0033】
〔制御系の構成〕
図4は、
図1に示したインクジェット記録装置の制御構成の一例を示すブロック図である。コントローラ1200は主制御部であり、
図5に示す手順を実行し、CPU1201、ROM1202、EEPROM1203、及びRAM1205を有する。CPU1201は、マイクロコンピュータの形態などを取り、ROM1202に記憶された、後述する
図5の手順に対応した制御プログラムや所定のデータにしたがって、記録装置の各部を制御する。前記データとしては、例えば、発熱部104aに印加する駆動パルスの形状や駆動時間のほか、第2保護層107に印加する電圧及びその継続時間などの、記録ヘッドの駆動条件が挙げられる。EEPROM1203は、装置の電源オフ時に所定のデータを保持する。RAM1205には、画像データを展開する領域や作業用の領域などが設けられる。ゲートアレイ1204は、記録ヘッド100への記録データの供給を制御するとともに、インタフェース1100、CPU1201、及びRAM1205間のデータ転送を制御する。ホスト装置1000は、画像データの供給源であり、記録に関わる画像データの生成や処理などを行うコンピュータであってもよいし、画像を読み取るリーダ部などであってもよい。画像データ、その他のコマンド、ステータス信号などは、インタフェース1100を介してコントローラ1200との間で送受信される。
【0034】
キャリッジモータ1301は、記録ヘッド100を具備するヘッドカートリッジ200を搭載したキャリッジを主走査方向に搬送し、これを駆動するのがモータドライバ1304である。搬送モータ1302は、記録媒体500を搬送し、これを駆動するのがモータドライバ1305である。回復系モータ1303は、記録ヘッド100の吐出口を覆うキャップや、吸引回復のためのポンプなどの吸引回復手段を作動させ、これを駆動するのがモータドライバ1306である。ヘッドドライバ1307は、記録ヘッド100を駆動する。
【0035】
〔電圧制御の手順〕
電圧制御を行う手順について説明する。
図5は電圧制御の手順の一例を示す概略図である。ホスト装置1000などから記録指示が行われると、以下の手順が開始される。先ず、ホスト装置1000から記録にかかる画像データを受信し、画像データを記録装置に適合するデータとして展開する(ステップS1)。次に、記録ヘッド100における、第2保護層107のヒータ側領域107aと対向電極側領域107bとの間に電位差を生じさせる(ステップS2)。この際、記録装置の電圧印加手段から、記録ヘッド100の記録素子基板101を介して、第2保護層107のヒータ側領域107aを陰極とするとともに、対向電極側領域107bを陽極とする電圧が印加され始める。その後、インクの吐出により記録が開始される(ステップS3)。記録が終了した後(ステップS4)、第2保護層107のヒータ側領域107aと対向電極側領域107bとの間への電圧の印加が停止され、これらの間に生じていた電位差が解除される(ステップS5)。本実施形態における、インクの吐出による記録動作は、記録ヘッドがインクを吐出して記録を行っている間のみならず、記録開始命令を受けてからインクの吐出が終わるまでの間を含むものである。
【0036】
電圧制御は、ヒータへのコゲの原因となる物質の付着を抑制するために行う。したがって、記録データや予備吐出データなどに基づいたインクの吐出動作を行うタイミングを挟んで、その一定時間前から、一定時間後まで、継続的に電圧制御を実施することが好ましい。この際、電圧制御を継続する期間は、電力消費量などを考慮して適宜設定すればよい。印加する電圧は、電解質を含有する水性インクの存在下で電圧制御を行うことを踏まえ、水の電気分解が生じない0.1~4V程度の電圧を印加することが好ましく、なかでも、1~4V程度の電圧を印加することが好ましい。
【0037】
第2保護層107のヒータ側領域107aを陰極とするとともに、対向電極側領域107bを陽極とする電圧の印加は、これらの電極が、上記の陰極及び陽極の関係を持つものとなるように行えばよい。この際の制御としては、以下の手法が挙げられる。(1)ヒータ側領域107aをグランドとして、対向電極側領域107bにプラスの電位を付与する。(2)ヒータ側領域107aにマイナスの電位を付与して、対向電極側領域107bをグランドとする。(3)ヒータ側領域107a及び対向電極側領域107bの両方に電位を付与する。なかでも、本発明においては、(1)の手法が好ましい。
【0038】
<水性インク>
本発明のインクジェット記録方法、及びインクジェット記録装置で用いるインクは、アニオン性基を有する成分、及び、標準電極電位が0V超である溶解性の金属イオンを含有するインクジェット用の水性インクである。さらに、インク中の標準電極電位が0V超である溶解性の金属イオンの含有量(ppm)が、インク全質量を基準として、0.1ppm以上15.0ppm以下であることを要する。以下、インクを構成する各成分やインクの物性について詳細に説明する。
【0039】
(アニオン性基を有する成分)
アニオン性基を有する成分としては、この定義に包含されるものであれば特に限定されない。具体的には、染料、自己分散顔料などのアニオン性基を有する色材;水溶性樹脂、樹脂粒子などのアニオン性基を有する樹脂;界面活性剤、pH調整剤などのアニオン性基を有する添加剤などが挙げられる。これらの成分の少なくともいずれかは、インクジェット用の水性インクであれば、通常はインク中に存在するものである。なかでも、アニオン性基を有する自己分散顔料などの色材、アニオン性基を有する樹脂がさらに好ましく、アニオン性基を有する樹脂が特に好ましい。これらの成分は「固形分」であるため、コゲとなってヒータに付着しやすいが、本発明の構成を適用すれば、これらの成分を用いても優れた吐出性を得ることができる。
【0040】
インク中のアニオン性基を有する成分の含有量(質量%)は、当該成分の持つアニオン性基の数や用途によっても異なるが、インク全質量を基準として、20.00質量%以下であることが好ましい。含有量が20.0質量%超であると、インク中に存在するアニオン性基を有する成分が多くなり、対向電極に付着する頻度も高くなるので、吐出性の低下を十分に抑制できない場合がある。インク中のアニオン性基を有する成分の含有量(質量%)は、インク全質量を基準として、0.10質量%以上であることが好ましい。上記の含有量は、複数種のアニオン性基を有する成分を用いるときは、その合計の含有量を意味する。
【0041】
(色材)
色材としては、顔料や染料を用いることができる。インク中の色材の含有量(質量%)は、インク全質量を基準として、0.50質量%以上15.00質量%以下であることが好ましく、1.00質量%以上10.00質量%以下であることがより好ましい。
【0042】
顔料の具体例としては、カーボンブラック、酸化チタンなどの無機顔料;アゾ、フタロシアニン、キナクリドン、イソインドリノン、イミダゾロン、ジケトピロロピロール、ジオキサジンなどの有機顔料が挙げられる。
【0043】
顔料の分散方式としては、分散剤として樹脂を用いた樹脂分散顔料や、顔料の粒子表面に親水性基が結合している自己分散顔料などを用いることができる。また、顔料の粒子表面に樹脂を含む有機基を化学的に結合させた樹脂結合型顔料や、顔料の粒子の表面を樹脂などで被覆したマイクロカプセル顔料などを用いることができる。「アニオン性基を有する成分」としては、アニオン性基を有する樹脂を分散剤として利用する樹脂分散顔料や、親水性基がアニオン性基である自己分散顔料を使用することができる。
【0044】
樹脂分散剤としては、アニオン性基の作用によって顔料を水性媒体中に分散させる、アニオン性基を有する樹脂を用いることが好ましい。樹脂分散剤としては、好適には、後述するような樹脂、さらに好適には水溶性樹脂を用いることができる。顔料の含有量(質量%)は、樹脂分散剤の含有量(質量%)に対する質量比率で(顔料/樹脂分散剤)、0.3倍以上10.0倍以下であることが好ましい。
【0045】
自己分散顔料としては、カルボン酸基、スルホン酸基、ホスホン酸基などのアニオン性基が、直接又は他の原子団(-R-)を介して顔料の粒子表面に結合しているものを用いることができる。アニオン性基は、酸型及び塩型のいずれであってもよい。塩型である場合は、その一部が解離した状態及び全てが解離した状態のいずれであってもよい。アニオン性基が塩型である場合のカウンターイオンとなるカチオンとしては、アルカリ金属カチオン;アンモニウム;有機アンモニウム;などが挙げられる。また、他の原子団(-R-)の具体例としては、炭素原子数1乃至12の直鎖又は分岐のアルキレン基;フェニレン基やナフチレン基などのアリーレン基;カルボニル基;イミノ基;アミド基;スルホニル基;エステル基;エーテル基などが挙げられる。また、これらの基を組み合わせた基としてもよい。
【0046】
染料としては、アニオン性基を有するものを用いることが好ましい。染料の具体例としては、アゾ、トリフェニルメタン、(アザ)フタロシアニン、キサンテン、アントラピリドンなどの染料が挙げられる。
【0047】
上記の色材のなかでも、銅フタロシアニン骨格を有する化合物を用いることが好ましい。銅フタロシアニン骨格を有する化合物としては、C.I.ピグメントブルー15:3、C.I.ピグメントブルー15:4などの顔料;C.I.ダイレクトブルー199などの染料が挙げられる。
【0048】
(樹脂)
インクには、樹脂を含有させることができる。インク中の樹脂の含有量(質量%)は、インク全質量を基準として、0.10質量%以上20.00質量%以下であることが好ましく、0.50質量%以上15.00質量%以下であることがさらに好ましい。
【0049】
樹脂は、(i)顔料の分散状態を安定にする、すなわち上述の樹脂分散剤やその補助として、(ii)記録される画像の各種特性を向上させる、などの理由でインクに含有させることができる。この際、上記(i)や(ii)などの理由によりインクに含有させる樹脂として、「アニオン性基を有する成分」であるアニオン性基を有する樹脂を使用することができる。樹脂の形態としては、ブロック共重合体、ランダム共重合体、グラフト共重合体、及びこれらの組み合わせなどが挙げられる。また、樹脂は、水性媒体に水溶性樹脂として溶解した状態であってもよく、水性媒体中に樹脂粒子として分散した状態であってもよい。樹脂粒子は色材を内包するものである必要はない。
【0050】
本発明において樹脂が水溶性であることとは、その樹脂を酸価と等モル量のアルカリで中和した場合に、動的光散乱法により粒子径を測定しうる粒子を形成しないものであることとする。樹脂が水溶性であるか否かについては、以下に示す方法にしたがって判断することができる。まず、酸価相当のアルカリ(水酸化ナトリウム、水酸化カリウムなど)により中和された樹脂を含む液体(樹脂固形分:10質量%)を用意する。次いで、用意した液体を純水で10倍(体積基準)に希釈して試料溶液を調製する。そして、試料溶液中の樹脂の粒子径を動的光散乱法により測定した場合に、粒子径を有する粒子が測定されない場合に、その樹脂は水溶性であると判断することができる。この際の測定条件は、例えば、SetZero:30秒、測定回数:3回、測定時間:180秒、のように設定することができる。粒度分布測定装置としては、動的光散乱法による粒度分析計(例えば、商品名「UPA-EX150」、日機装製)などを用いることができる。勿論、粒度分布測定装置や測定条件などは上記に限られるものではない。
【0051】
樹脂の酸価は、水溶性樹脂の場合、250mgKOH/g以下であることが好ましく、100mgKOH/g以上250mgKOH/g以下であることがさらに好ましい。また、樹脂の酸価は、樹脂粒子の場合、5mgKOH/g以上100mgKOH/g以下であることが好ましい。樹脂粒子の場合、酸基の導入量としては250μmol/g以下であることが好ましく、120μmol/g以上250μmol/g以下であることがさらに好ましい。樹脂粒子は、酸基の導入量が一般的に少ないので、より精度よく樹脂粒子の特性を把握するため、酸価(mgKOH/g)に代えて、「酸基の導入量(μmol/g)」を利用することが好ましい。水溶性樹脂の酸価が250mgKOH/g超である場合や、樹脂粒子の酸基の導入量が250μmol/g超である場合、吐出性の低下を十分に抑制できない場合がある。これは、対向電極に樹脂が付着した際に、樹脂のアニオン性基が多すぎるため、溶解性金属イオンによりイオン解離させる作用が効率よく生じにくくなるためである。
【0052】
樹脂の重量平均分子量は、水溶性樹脂の場合3,000以上15,000以下であることが好ましく、樹脂粒子の場合1,000以上2,000,000以下であることが好ましい。樹脂粒子の動的光散乱法(測定条件は上記と同様)により測定される体積平均粒子径は、50nm以上500nm以下であることが好ましい。
【0053】
樹脂としては、アクリル系樹脂、ウレタン系樹脂、オレフィン系樹脂などが挙げられる。なかでも、アクリル系樹脂やウレタン系樹脂が好ましい。
【0054】
アクリル系樹脂としては、親水性ユニット及び疎水性ユニットを構成ユニットとして有するものが好ましい。なかでも、(メタ)アクリル酸に由来する親水性ユニットと、芳香環を有するモノマー及び(メタ)アクリル酸エステル系モノマーの少なくとも一方に由来する疎水性ユニットと、を有する樹脂が好ましい。特に、(メタ)アクリル酸に由来する親水性ユニットと、スチレン及びα-メチルスチレンの少なくとも一方のモノマーに由来する疎水性ユニットとを有する樹脂が好ましい。これらの樹脂は、顔料との相互作用が生じやすいため、顔料を分散させるための樹脂分散剤として好適に用いることができる。
【0055】
親水性ユニットは、アニオン性基などの親水性基を有するユニットである。親水性ユニットは、例えば、親水性基を有する親水性モノマーを重合することで形成することができる。親水性基を有する親水性モノマーの具体例としては、(メタ)アクリル酸、イタコン酸、マレイン酸、フマル酸などのカルボン酸基を有する酸性モノマー、これらの酸性モノマーの無水物や塩などのアニオン性モノマーなどが挙げられる。酸性モノマーの塩を構成するカチオンとしては、リチウム、ナトリウム、カリウム、アンモニウム、有機アンモニウムなどのイオンが挙げられる。疎水性ユニットは、アニオン性基などの親水性基を有しないユニットである。疎水性ユニットは、例えば、アニオン性基などの親水性基を有しない、疎水性モノマーを重合することで形成することができる。疎水性モノマーの具体例としては、スチレン、α-メチルスチレン、(メタ)アクリル酸ベンジルなどの芳香環を有するモノマー;(メタ)アクリル酸メチル、(メタ)アクリル酸ブチル、(メタ)アクリル酸2-エチルヘキシルなどの(メタ)アクリル酸エステル系モノマーなどが挙げられる。
【0056】
ウレタン系樹脂は、例えば、ポリイソシアネートとポリオールとを反応させて得られたものを用いることができる。また、鎖延長剤をさらに反応させたものであってもよい。オレフィン系樹脂としては、例えば、ポリエチレン、ポリプロピレンなどが挙げられる。
【0057】
(標準電極電位が0V超である溶解性の金属イオン)
インクには、標準電極電位が0V超である溶解性の金属イオンを含有させる。標準電極電位とは、金属などの単極電位であり、標準水素電極の電位を基準(0ボルト)として、V(ボルト)の単位で表される値であり、いわゆる「イオン化傾向」を定量化したものである。金属の標準電極電位は、原則として、金属そのものの値として定義され、例えば、「化学便覧 基礎編 改定5版」(編集:日本化学会、丸善株式会社)に記載がある。
【0058】
25℃において、標準電極電位が0V超である金属としては、例えば、金、白金、イリジウム、銀、水銀、銅、ルテニウムなどが挙げられる。標準電極電位が0V未満である金属(例えば、鉛、スズ、ニッケル、コバルト、鉄、亜鉛、アルミニウムなど)の場合、その溶解性の金属イオンがインク中に存在していたとしても、対向電極への付着を抑制する作用が生じず、吐出性の低下を抑制できない。標準電極電位が0V超である金属のなかでも、記録ヘッドの第2保護層を構成する主成分(イリジウム、ルテニウムなど)とは異なる金属が好ましく、銅、銀が特に好ましい。これらの溶解性の金属イオンは、他の金属と比較して、水性インク中に安定に存在しやすいので、吐出性の低下をより効果的に抑制できる。
【0059】
また、標準電極電位が0V超の金属は、溶解性のイオンの状態でインク中に存在する必要がある。「溶解性」とは、インクに溶解した状態で存在しうることを意味する。インク中の、標準電極電位が0V超の金属イオンが「溶解性」であるかは、例えば、以下のようにして確認することができる。インクに過剰の酸を添加して成分を沈殿させ、遠心分離などによって沈殿分と上澄みの液体を分離する。この上澄みの液体について、誘導結合プラズマ発光分光分析法などにより分析を行い、金属の存在とその種類や含有量を把握することができる。金属とそのイオンの質量は実質的に同等であると言えるので、金属イオンの含有量は、便宜上、「金属」の含有量として算出した値を利用する。
【0060】
顔料や樹脂粒子などの粒子状の物質を含有するインクの場合は、過剰の酸の添加を省き、遠心分離して得た上澄みの液体について分析を行ってもよい。いずれにしても、金属イオンが「溶解性」であれば、酸の添加や遠心分離を行っても液体成分中に存在するので、これにより「金属イオン」が「溶解性」であるか否かを確認することができる。上記の確認は、顔料分散液、染料水溶液、樹脂を含む液体などの、インクを調製する際に使用する中間材料を利用して行ってもよい。
【0061】
インク中の、標準電極電位が0V超である溶解性の金属イオンの含有量(ppm)は、インク全質量を基準として、0.1ppm以上15.0ppm以下であることを要する。含有量が0.1ppm未満、又は、15.0ppm超であると、上述の通り、吐出性の低下を抑制することができない。また、標準電極電位が0V超である金属は、通常、多価の金属イオンとなる。このため、インク中でアニオン性基を有する成分と共存すると、イオン反応を生じて、インクの保存安定性が低下しやすい場合があるので、その含有量はあまり大きくしないことが好ましい。具体的には、インク中の標準電極電位が0V超である溶解性の金属イオンの含有量(ppm)は、インク全質量を基準として、0.1ppm以上10.0ppm以下であることが好ましい。
【0062】
特に、インク中の標準電極電位が0V超である溶解性の金属イオンが、銅、銀であるとともに、その含有量(ppm)が、インク全質量を基準として、1.0ppm以上10.0ppm以下であることが好ましい。これらの条件を満たす場合、吐出性の低下をより効果的に抑制できる。この含有量は、銅及び銀を併用する場合は、その合計の含有量を意味する。
【0063】
溶解性の金属イオンとしては、遊離の金属イオン、錯イオンなどが挙げられ、水和物であってもよい。銅、銀、白金についての具体例としては、以下のものが挙げられる。溶解性の銅イオンとしては、例えば、遊離銅イオン、テトラアンミン銅(II)イオン、ビス(エチレンジアミン)銅(II)イオン、エチレンジアミン四酢酸-銅(II)イオン、テトラシアノ銅(I)イオンなどが挙げられる。溶解性の銀イオンとしては、例えば、遊離銀イオン、ジアンミン銀(I)イオンなどが挙げられる。溶解性の白金イオンとしては、例えば、遊離白金イオン、テトラアンミン白金(II)水酸化物、[PtCl4][Pt(NH3)4](テトラクロロ白金(II)酸テトラアンミン白金(II))などが挙げられる。
【0064】
(キレート剤)
インクは、キレート剤を含有することが好ましい。なかでも、ヒドロキシ基を2個以上有するアルカノールアミンを用いることが好ましい。ヒドロキシ基を2個以上有するアルカノールアミンは、標準電極電位が0V超である溶解性の金属イオンと錯体を形成することにより、ヒータ側電極への当該金属イオンの付着が抑制されるので、吐出性の低下をより効果的に抑制できる。
【0065】
ヒドロキシ基を2個以上有するアルカノールアミンとしては、N(H)x(R-OH)yで表される化合物が挙げられる。式中、Rはアルキレン基を表し、xは0又は1であり、yは2又は3であり、x+yは3である。Rのアルキレン基の炭素数は1乃至5であることが好ましく、1乃至3であることがさらに好ましい。
【0066】
ヒドロキシ基を2個以上有するアルカノールアミンとしては、例えば、ジエタノールアミンなどのジアルカノールアミン;トリエタノールアミン、トリプロパノールアミンなどのトリアルカノールアミン、などが挙げられる。
【0067】
インク中の、ヒドロキシ基を2個以上有するアルカノールアミンの含有量(質量%)は、インク全質量を基準として、0.30質量%以上1.00質量%以下であることが好ましい。含有量が0.30%未満であると、溶解性の金属イオンとのバランスの観点で、アルカノールアミンが少なすぎるため、吐出性の低下を十分に抑制できない場合がある。含有量が1.00質量%超であると、分子間に生ずる相互作用が強くなりやすく、溶解性の金属イオンと錯体を形成しにくくなるため、吐出性の低下を十分に抑制できない場合がある。
【0068】
インクジェット用の水性インクに汎用のキレート剤としては、多価カルボン酸やリン酸塩などの酸性化合物も挙げられる。これらの化合物は、上記アルカノールアミンとは異なりアニオン性基を有するため、電圧制御を行うと対向電極に引き寄せられやすい場合がある。したがって、キレート剤としては、酸性化合物を用いるよりも、ヒドロキシ基を2個以上有するアルカノールアミンを用いることが好ましい。
【0069】
(水性媒体)
インクには、水、又は水及び水溶性有機溶剤の混合溶媒である水性媒体を含有させることができる。水としては、脱イオン水やイオン交換水を用いることが好ましい。インク中の水の含有量(質量%)は、インク全質量を基準として、50.00質量%以上95.00質量%以下であることが好ましい。また、インク中の水溶性有機溶剤の含有量(質量%)は、インク全質量を基準として、3.00質量%以上50.00質量%以下であることが好ましい。水溶性有機溶剤としては、アルコール類、(ポリ)アルキレングリコール類、グリコールエーテル類、含窒素化合物類、含硫黄化合物類などのインクジェット用のインクに使用可能なものをいずれも用いることができる。
【0070】
(その他添加剤)
インクには、上記成分以外にも必要に応じて、消泡剤、界面活性剤、pH調整剤、粘度調整剤、防錆剤、防腐剤、防黴剤、酸化防止剤、還元防止剤など種々の添加剤を含有させてもよい。
【0071】
(インクの物性)
上記で説明したインクは、インクジェット方式に適用する水性インクである。したがって、信頼性の観点から、その物性値を適切に制御することが好ましい。具体的には、25℃におけるインクの表面張力は、20mN/m以上60mN/m以下であることが好ましい。また、25℃におけるインクの粘度は、1.0mPa・s以上10.0mPa・s以下であることが好ましい。25℃におけるインクのpHは、7.0以上9.5以下であることが好ましく、8.0以上9.5以下であることがさらに好ましい。
【実施例】
【0072】
以下、実施例及び比較例を挙げて本発明をさらに詳細に説明するが、本発明は、その要旨を超えない限り、下記の実施例によって何ら限定されるものではない。成分量に関して「部」及び「%」と記載しているものは特に断らない限り質量基準である。
【0073】
<樹脂の水溶液の調製>
(樹脂1)
常法により合成した、酸価120mgKOH/g、重量平均分子量8,000のスチレン-アクリル酸エチル-アクリル酸共重合体(樹脂1)を用意した。樹脂1 40.0部を、その酸価と等モルの水酸化カリウムで中和するとともに、適量の純水を加え、樹脂(固形分)の含有量が40.0%である樹脂1の水溶液を調製した。
【0074】
(樹脂2)
樹脂1を、常法により合成した、酸価150mgKOH/g、重量平均分子量8,000のスチレン-アクリル酸エチル-アクリル酸共重合体(樹脂2)に変更した。これ以外は、前述の樹脂1の水溶液と同様の手順で、樹脂(固形分)の含有量が40.0%である樹脂2の水溶液を調製した。
【0075】
(樹脂3)
樹脂1を、常法により合成した、酸価250mgKOH/g、重量平均分子量8,000のスチレン-アクリル酸エチル-アクリル酸共重合体(樹脂3)に変更した。これ以外は、前述の樹脂1の水溶液と同様の手順で、樹脂(固形分)の含有量が40.0%である樹脂3の水溶液を調製した。
【0076】
(樹脂4)
樹脂1を、常法により合成した、酸価260mgKOH/g、重量平均分子量8,000のスチレン-アクリル酸エチル-アクリル酸共重合体(樹脂4)に変更した。これ以外は、前述の樹脂1の水溶液と同様の手順で、樹脂(固形分)の含有量が40.0%である樹脂4の水溶液を調製した。
【0077】
(樹脂5)
樹脂1を、常法により合成した、酸価150mgKOH/g、重量平均分子量8,000のベンジルメタクリレート-メタクリル酸共重合体(樹脂5)に変更した。これ以外は、前述の樹脂1の水溶液と同様の手順で、樹脂(固形分)の含有量が40.0%である樹脂5の水溶液を調製した。
【0078】
(樹脂6)
温度計、撹拌機、窒素導入管、及び冷却管を備えた四つ口フラスコに、数平均分子量1,000のポリテトラメチレングリコール240.0部、イソホロンジイソシアネート282.0部、及びジブチル錫ジラウレート0.007部を入れた。窒素ガス雰囲気下、温度100℃で5時間反応させた後、温度65℃以下に冷却した。ジメチロールプロピオン酸118.0部、ネオペンチルグリコール447.8部、及びメチルエチルケトン150.0部を添加し、温度80℃で反応させた。その後、温度40℃に冷却し、メタノール20.0部を加えて反応を停止させた。次いで、適量の純水を添加し、ホモミキサーで撹拌しながら、樹脂を中和するために必要な量の10.0%水酸化カリウム水溶液を添加した。その後、加熱減圧下でメチルエチルケトン及び未反応のメタノールを留去して、酸価55mgKOH/g、重量平均分子量15,000の樹脂6を含有し、樹脂(固形分)の含有量が40.0%である樹脂6の水溶液を調製した。
【0079】
<樹脂粒子の水分散液の調製>
(樹脂粒子1)
撹拌機、還流冷却装置、及び窒素ガス導入管を備えた四つ口フラスコに、ブチルメタクリレート18.0部、メタクリル酸0.18部、重合開始剤(2,2’-アゾビス(2-メチルブチロニトリル))2.0部、及びn-ヘキサデカン2.0部を入れた。反応系に窒素ガスを導入し、0.5時間撹拌した。乳化剤(商品名「NIKKOL BC15」、日光ケミカルズ製)の6.0%水溶液78.0部を反応系に滴下し、0.5時間撹拌して混合物を得た。超音波照射機で超音波を3時間照射して混合物を乳化させた後、窒素雰囲気下、80℃で4時間重合反応を行った。反応系を25℃まで冷却した後、ろ過し、適量の純水を添加して、樹脂粒子(固形分)の含有量が40.0%である樹脂粒子1の水分散液を調製した。樹脂粒子1の酸基の導入量は120μmol/gであった。
【0080】
(樹脂粒子2)
メタクリル酸の使用量を0.35部に変更したこと以外は、前述の樹脂粒子1の水分散液と同様の手順で、樹脂粒子(固形分)の含有量が40.0%である樹脂粒子2の水分散液を調製した。樹脂粒子2の酸基の導入量は150μmol/gであった。
【0081】
(樹脂粒子3)
メタクリル酸の使用量を0.54部に変更したこと以外は、前述の樹脂粒子1の水分散液と同様の手順で、樹脂粒子(固形分)の含有量が40.0%である樹脂粒子3の水分散液を調製した。樹脂粒子3の酸基の導入量は250μmol/gであった。
【0082】
(樹脂粒子4)
メタクリル酸の使用量を0.60部に変更したこと以外は、前述の樹脂粒子1の水分散液と同様の手順で、樹脂粒子(固形分)の含有量が40.0%である樹脂粒子4の水分散液を調製した。樹脂粒子4の酸基の導入量は270μmol/gであった。
【0083】
<樹脂の分析条件>
樹脂の酸価及び酸基の導入量は、電位差自動滴定装置を使用し、水酸化カリウム/エタノール滴定液で電位差滴定することにより測定及び算出した。樹脂の重量平均分子量(ポリスチレン換算)は、ゲルパーミエーションクロマトグラフィーにより測定した。また、樹脂が水溶性であるか否かについては、以下に示す方法にしたがって確認した。まず、樹脂を含む液体を純水で希釈して、樹脂(固形分)の含有量が1.0%である試料を調製した。次いで、調製した試料中の樹脂の粒子径を動的光散乱法により測定した場合に、粒子径を有する粒子が測定されない場合に、その樹脂は水溶性であると判断した。この際の測定条件を以下に示す。粒度分布測定装置としては、動的光散乱法による粒度分析計(商品名「UPA-EX150」、日機装製)を使用した。
【0084】
[測定条件]
・SetZero:30秒
・測定回数:3回
・測定時間:180秒。
【0085】
合成した樹脂粒子1~4については、上記の方法によって粒子径を測定することができた。一方、樹脂粒子1~4以外の樹脂については粒子径を測定することができず、水溶性樹脂であることが確認された。
【0086】
<色材を含む液体の調製>
以下のようにして調製した液体は、いずれも、キレート交換樹脂を充填したカラムに5回通液することによって、多価金属イオンを除去した後に、インクの調製に利用した。カラムへの通液後の色材を含む液体について、後述する方法で多価金属イオンの含有量を測定したところ、標準電極電位が0V超である溶解性の金属イオンは検出されなかった。
【0087】
金属イオンの含有量の測定方法は以下の通りである。先ず、顔料分散液の場合は、顔料分散液を回転数12,000rpmで1時間遠心分離した後、沈殿分以外の上澄みの液体を分取した。この液体について、誘導結合プラズマ発光分光分析法(商品名「ICP-OES720」、アジレント・テクノロジー製)で金属イオンの含有量を分析した。また、染料水溶液の場合は、染料水溶液に過剰の酸を添加して染料を析出させた後、回転数12,000rpmで1時間遠心分離し、沈殿分以外の上澄みの液体を分取した。以降は顔料分散液と同様の手順で金属イオンの含有量を分析した。
【0088】
(顔料分散液1~4、及び6~9)
0.3mm径のジルコニアビーズ200部を充填したバッチ式縦型サンドミル(アイメックス製)に、表1の上段に示す成分(単位:%)の混合物を入れて、水冷しながら5時間分散させた。その後、遠心分離して粗大粒子を除去した。さらに、ポアサイズ3.0μmのセルロースアセテートフィルター(アドバンテック製)にて加圧ろ過して、各顔料分散液を得た。表1の下段に顔料分散液中の顔料及び樹脂の含有量を示す。
【0089】
【0090】
(顔料分散液5)
自己分散顔料を含有する市販の顔料分散液(商品名「Cab-o-jet 300」、キャボット製)に適量の純水を添加して、顔料の含有量が10.0%である顔料分散液5を得た。顔料分散液5中の顔料はC.I.ピグメントブルー15:4である。
【0091】
(染料水溶液)
染料(C.I.ダイレクトブルー199)を純水に溶解させた後、過剰の酸を添加して染料を析出させた。析出した染料をろ過により分取し、アニオン性基を酸型とした染料をウェットケーキとして得た。得られたウェットケーキを純水に加え、染料のアニオン性基と等モル量となる水酸化ナトリウムの水溶液を添加し、アニオン性基を中和して、染料を溶解させた。さらに適量の純水を加えて、染料の含有量が10.0%である染料水溶液1を得た。
【0092】
<金属イオン水溶液の調製>
硝酸銅、硝酸銀、テトラアンミン白金(II)水酸化物、及び硝酸鉄を、それぞれ適量の純水に溶解させて、溶解性の金属イオンの含有量が100ppmである各金属イオンの水溶液を調製した。
【0093】
<インクの調製>
表2~4の上段に示す各成分(単位:%)を混合し、十分撹拌した後、ポアサイズ3.0μmのセルロースアセテートフィルター(アドバンテック製)にて加圧ろ過して、各インクを調製した。アセチレノールE100は川研ファインケミカル製のノニオン性界面活性剤であり、プロキセルGXL(S)はロンザ製の防腐剤である。インク53の調製に用いた「極性物質」は、特許文献2に記載されたポリオキシエチレン(n=10)リン酸エステルコリン塩である。表2~4の下段には、インク中の、標準電極電位が0V超である溶解性の金属イオンの含有量(特定の溶解性金属イオン(ppm))、色材の含有量(色材(%))、水溶性樹脂の含有量(水溶性樹脂(%))、及び樹脂粒子の含有量(樹脂粒子(%))を示した。
【0094】
【0095】
【0096】
【0097】
<記録ヘッドの作製>
図2に示す構成の記録ヘッドを作製した。第2保護層107の構成材料としては、記録ヘッド1:イリジウム、記録ヘッド2:ルテニウム、記録ヘッド3:タンタル、を用いた。記録ヘッドの作製に当たっては、特許文献1に記載された製法を参考にした。
【0098】
<評価>
上記で得られたインク、及び記録ヘッドを表5に示す組み合わせで用い、
図1に示す構成のインクジェット記録装置を利用して、以下の評価を行った。本実施例では、1/600インチ×1/600インチの単位領域に4ngのインクを8滴付与する条件で記録したベタ画像の記録デューティを100%であると定義する。本発明においては、下記の各項目の評価基準で、「AA」、「A」、及び「B」を許容できるレベル、「C」を許容できないレベルとした。評価結果を表5に示す。
【0099】
記録ヘッドのインク流路にインクを充填した。これにより、陰極とする第2保護層のヒータ側領域107a、及び、陽極とする第2保護層の対向電極側領域107bを導通させた。この状態で、第2保護層のヒータ側領域107aをマイナス、また、対向電極側領域107bをプラスに帯電させる電圧制御として、第2保護層の対向電極側領域107bに接続している外部電極111側に+2VのDC電圧を印加し始めた(ステップS2)。
【0100】
電圧制御を行っている状態を維持しながら、インクを吐出させるための電圧を発熱部104aに印加した(ステップS3)。具体的には、発熱部104aに、電圧20V、及びパルス幅1.5μ秒の駆動パルスを、周波数0.5kHzの条件で1.5×108回印加してインクを吐出させた。この吐出は、標準電極電位が0V超の溶解性の金属イオンを含有しないインクを用い、電圧制御を行わなかった場合には、ヒータにコゲが生じるレベルの吐出回数を想定したものである。
【0101】
その後、記録媒体(商品名「キヤノン写真用紙・光沢ゴールド」、キヤノン製)に、記録デューティが100%である5cm×5cmのベタ画像を記録し、これを「ベタ画像1」とした。さらに、上記と同じ条件で2.5×107回、の駆動パルスを発熱部に印加してインクを吐出させた後、記録デューティが100%である5cm×5cmのベタ画像を記録する、というサイクルを繰り返し、ベタ画像2、及びベタ画像3を得た。ベタ画像3の記録が終了した(ステップS4)後に、電圧制御を停止した(ステップS5)。但し、参考例1~4は、上記すべての手順において電圧制御を行わなかった。
【0102】
このようにして得られたベタ画像1~3におけるムラの状態を目視で確認し、以下に示す評価基準にしたがって吐出性を評価した。
AA:ベタ画像1~3のいずれにおいてもムラが生じていなかった
A:ベタ画像1及び2にはムラが生じていなかったが、ベタ画像3にはムラが生じていた
B:ベタ画像1にはムラが生じていなかったが、ベタ画像2及び3にはムラが生じていた
C:ベタ画像1~3のいずれにおいてもムラが生じていた。
【0103】