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特許7195823光学素子、光学素子の製造方法、光学機器
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2022-12-16
(45)【発行日】2022-12-26
(54)【発明の名称】光学素子、光学素子の製造方法、光学機器
(51)【国際特許分類】
   G02B 5/00 20060101AFI20221219BHJP
   G02B 3/00 20060101ALI20221219BHJP
   G02B 7/02 20210101ALI20221219BHJP
   C03C 17/34 20060101ALI20221219BHJP
【FI】
G02B5/00 B
G02B3/00 Z
G02B7/02 D
C03C17/34 A
【請求項の数】 10
(21)【出願番号】P 2018165935
(22)【出願日】2018-09-05
(65)【公開番号】P2019070791
(43)【公開日】2019-05-09
【審査請求日】2021-09-02
(31)【優先権主張番号】P 2017196991
(32)【優先日】2017-10-10
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
(73)【特許権者】
【識別番号】000001007
【氏名又は名称】キヤノン株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100126240
【弁理士】
【氏名又は名称】阿部 琢磨
(74)【代理人】
【識別番号】100124442
【弁理士】
【氏名又は名称】黒岩 創吾
(72)【発明者】
【氏名】山本 修平
(72)【発明者】
【氏名】越智 法彦
(72)【発明者】
【氏名】石倉 淳理
(72)【発明者】
【氏名】熊谷 竹晃
【審査官】小久保 州洋
(56)【参考文献】
【文献】特開2014-115393(JP,A)
【文献】特開2000-073009(JP,A)
【文献】特開2015-148829(JP,A)
【文献】特開2010-269957(JP,A)
【文献】特開2015-114601(JP,A)
【文献】特開2016-030706(JP,A)
【文献】米国特許出願公開第2010/0182700(US,A1)
【文献】中国実用新案第205333947(CN,U)
【文献】特開2002-129474(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
G02B 5/00
G02B 3/00
G02B 7/02
C03C 17/34
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
光学有効面と、斜面取り面と平面取り面を有する非光学有効面と、を有する基材と、
前記非光学有効面の上に設けられた遮光膜と、を有し、
前記遮光膜は、脂肪族炭化水素を含む第1部分と、前記脂肪族炭化水素を含まない第2部分とを有し、
前記第1部分は、前記斜面取り面と前記平面取り面の境界である稜線の上に設けられていることを特徴とする光学素子。
【請求項2】
前記光学有効面の一部にも、前記遮光膜が設けられていることを特徴とする請求項1に記載の光学素子。
【請求項3】
前記第1部分は、前記稜線から前記斜面取り面及び前記平面取り面に向かってそれぞれ300μmの範囲に設けられていることを特徴とする請求項1または2に記載の光学素子。
【請求項4】
前記脂肪族炭化水素が飽和炭化水素である請求項1乃至3のいずれか1項に記載の光学素子。
【請求項5】
前記飽和炭化水素の炭素数が6以上30以下である請求項4に記載の光学素子。
【請求項6】
前記遮光膜の前記稜線上における膜厚が1.0μm以上50μm以下である請求項1乃至5のいずれか1項に記載の光学素子。
【請求項7】
前記遮光膜の前記稜線上における膜厚が1.0μm以上4.9μm以下である請求項6に記載の光学素子。
【請求項8】
光学有効面と、斜面取り面と平面取り面を有する非光学有効面と、を有する基材と、
前記非光学有効面の上に設けられた遮光膜と、
を有する光学素子の製造方法であって、
前記非光学有効面のうち、前記斜面取り面と前記平面取り面の境界である稜線を含み脂肪族炭化水素を含有する塗布液を塗布する第1部分と、前記脂肪族炭化水素を含有する塗布液を塗布しない第2部分とを有し、
前記第1部分に脂肪族炭化水素を含有する塗布液を塗布した後
前記第1部分及び前記第2部分の上に遮光塗料を塗布し、
塗布された前記遮光塗料を乾燥および/又は焼成することにより、前記遮光膜を形成することを特徴とする光学素子の製造方法。
【請求項9】
筐体と、該筐体内に収納された複数のレンズからなる光学系を有する光学機器であって
請求項1乃至7のいずれか1項に記載の光学素子が、前記複数のレンズの少なくとも1つとして、前記光学系の入射口側に設けられていることを特徴とする光学機器。
【請求項10】
請求項9に記載の光学機器が、レンズ鏡筒であることを特徴とする光学機器。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、一眼レフカメラの交換レンズ等の光学機器に使用される光学素子に関するものであり、特に斜面取り面と平面取り面を有する基材の一部に遮光膜が設けられている光学素子に関するものである。また、その製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
カメラや顕微鏡等の光学機器に使用されるレンズやプリズム等の光学素子は、光学素子への入射光が表面反射や内面反射を起こすと迷光が発生する。この迷光は、フレアやゴーストを発生させ、光学機器の光学性能を低下させる原因となる。表面反射や内面反射を防止するために、光学素子の基材の端部や光学有効面の縁部に反射防止用の遮光塗料を塗布して、遮光膜を形成することが知られている。
【0003】
また、近年の光学機器のコンパクト化、高性能化に伴い光学素子の基材には、屈折率が1.80から2.00を超えるような高い屈折率を有する硝材等が用いられている。このような屈折率が高い材料を使用した光学素子のコバ面等に遮光塗料を塗布して遮光膜を形成すると、基材と遮光膜との界面に、白く見える輝点(白点)が発生し外観品位が悪くなることが知られている。この白点は、研削加工時に発生する基材のコバ面のクラックを遮光膜が充填しきれず、空間が生じ、その空間と基材の屈折率差により反射光(散乱光)が生じるために発生する。
【0004】
一方、特許文献1には遮光塗料の乾燥速度を制御して、コバ面に生じたクラック内に遮光塗料を十分に充填し、外部より侵入する光の乱反射を抑えることにより、白点の発生を抑制した光学素子が開示されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【文献】特開2016-30706号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
しかしながら、特許文献1の光学素子では、基材の斜面取り面と平面取り面の稜線部においては白点の外観不良を十分に抑制することができなかった。基材の斜面取り面と平面取り面の稜線部近傍は、コバ面の他部と比較して、追加工によりクラックを除去することが難しく、クラックが多く残るためである。また、前記稜線部近傍は、遮光塗料を塗布した後に、遮光塗料が表面張力により流動するため、塗膜が薄くなってしまう。そのため、塗膜の薄い部分は塗料の乾燥が早く、塗料がクラックに完全に浸透する前に乾燥し、クラック内部に空間が生じるためである。
【0007】
本発明は、この様な背景技術に鑑みてなされたものであり、基材の斜面取り面と平面取り面の稜線部における白点が抑制された光学素子を提供するものである。
【課題を解決するための手段】
【0008】
上記の課題を解決するための光学素子は、光学有効面と、斜面取り面と平面取り面を有する非光学有効面と、を有する基材と、前記非光学有効面の上に設けられた遮光膜と、を有し、前記遮光膜は、脂肪族炭化水素を含む第1部分と、前記脂肪族炭化水素を含まない第2部分とを有し、前記第1部分は、前記斜面取り面と前記平面取り面の境界である稜線の上に設けられていることを特徴とする。
【発明の効果】
【0009】
本発明によれば、親油性の材料である脂肪族炭化水素を含む材料と遮光膜の前駆体である遮光塗料との相溶性が向上し、稜線部近傍に存在するクラック内部に塗料を十分に浸透させることができる。そのため、稜線部の上に設けられる遮光膜の薄膜化を抑制し、稜線部において白点が少ない、外観が良好である光学素子を提供することができる。
【図面の簡単な説明】
【0010】
図1】本発明の光学素子を構成する基材の概略図である。
図2】本発明の光学素子を示す概略図である。
図3】本発明の実施例1の光学素子における稜線部のガスクロマトグラフ質量分析結果である。
図4】本発明の光学機器の一実施態様を示した概略図である。
【発明を実施するための形態】
【0011】
以下、本発明の好適な実施形態について、適宜図面を参照しながら説明する。
【0012】
[基材]
本発明の光学素子に用いる基材は、基材の中心から径方向に拡がる光学有効面と、前記光学有効面と前記基材の端部との間に存在する非光学有効面に斜面取り面と平面取り面を有する光学レンズ、プリズム等を用いることができる。基材の材料としては、例えば無アルカリガラス、アルミナケイ酸ガラス、ホウケイ酸ガラス、石英ガラス、酸化バリウム含有ガラス、酸化ランタン含有ガラス、酸化チタン含有ガラス等を用いることができる。図1(a)は本発明の光学素子を構成する基材101の概略図であり、図1(b)は図1(a)の点線で囲まれた部分の拡大図である。図1(b)に示す様に、基材101は、光学有効面101a、切削もしくは研削加工された非光学有効面である斜面取り面101bおよび平面取り面101cと、を有している。本明細書において、基材101の斜面取り面101bと平面取り面101cの稜線部101dとは、斜面取り面101bと平面取り面101cの端部がなす稜線から、斜面取り面101bおよび平面取り面101cに向かって其々300μmの範囲と定義する。本発明の光学素子に用いる基材の斜面取り面と平面取り面は切削もしくは研削加工されているため、稜線部には、例えば、長さが50μm以下で深さが5~10μm程度のクラックが存在する。
【0013】
[遮光膜・脂肪族炭化水素]
図2は本発明の光学素子を示す概略図である。図2(a)に示すように、本発明の光学素子100は、基材101の表面の一部に遮光膜102が設けられている。図2(b)は、図2(a)の点線で囲まれた部分の拡大図であり、遮光膜102は基材の稜線部101dを含む非光学有効面の上に設けられている。また、基材101と遮光膜102との間には、脂肪族炭化水素103が設けられている。
【0014】
脂肪族炭化水素103は親油性であるため、後述する遮光膜の前駆体である遮光塗料と相溶することにより、基材の稜線部に存在するクラック内部に塗料を十分に浸透させることができる。そのため、稜線部の上に設けられる遮光膜の薄膜化を抑制し、稜線部において白点が少ない、外観が良好な光学素子を提供できる。
【0015】
ここで、斜面取り面101bと平面取り面101cの稜線部101d上に存在する脂肪族炭化水素103の量は、前記稜線部以外の基材上に存在する脂肪族炭化水素103の量より多いことが好ましい。遮光塗料の表面張力による流動を少なくし、基材に存在するクラックに遮光塗料を十分に浸透させることが出来るためである。脂肪族炭化水素103が稜線部101d上以外に多く存在すると、稜線部101dにおける遮光塗料の表面張力を制御することが難しくなる。これにより稜線部101d上の塗料の乾燥が早くなり、クラックに塗料を十分浸透させることができなくなるおそれがある。また、脂肪族炭化水素103が稜線部101d上以外に多く存在すると遮光膜全体の屈折率が低下し、光学性能が悪化するおそれがある。また、脂肪族炭化水素103は、斜面取り面101bと平面取り面101cの稜線部101d上のみに含有されることが好ましい。
【0016】
ここで、脂肪族炭化水素103は飽和炭化水素(アルカン)であることが好ましい。遮光塗料との相溶性に優れるためである。アルカンは、一般式C2n+2(nは整数)で表され、鎖式構造を有する。アルカンを例示すると、メタン、エタン、プロパン、ブタン、ペンタン、ヘキサン、ヘプタン、オクタン、ノナン、デカン等が挙げられる。
【0017】
また、前記飽和炭化水素は、炭素数が6以上30以下であることがより好ましい。炭素数がこの範囲であれば、遮光塗料の塗布性が特に良好であるためである。ここで炭素数が6未満だと濡れ性が悪化し、遮光塗料の塗布性が悪化するおそれがある。また、炭素数が30を超えると遮光塗料にダマが発生し、遮光膜中にダマが析出して光学性能が悪化するおそれがある。
【0018】
図2(b)に示す様に、遮光膜102は、迷光を防止するために、稜線部101dを含む非光学有効面上に設けられている。ただし、光学有効面と非光学有効面の境界を外部から見えなくするために、光学有効面101aの一部にも遮光膜102を設けてもよい。この光学有効面101aの一部に設けられた遮光膜102は、数百μmの幅で設けられ、幅が均一であることが好ましい。光学素子の光学性能を損なわないようにするためである。
【0019】
本発明の光学素子の遮光膜の膜厚は、稜線部101d上において1.0μm以上50μm以下が好ましく、1.0μm以上4.9μm以下がより好ましい。ここで、膜厚は均一であることが好ましい。1.0μm未満だと膜厚が薄いため光の吸収が不十分になり、遮光性能が悪化するおそれがある。またクラックに塗料が十分に浸透しないため、クラック内に空間(空気)ができてしまい白点が発生するおそれがある。50μm以上だと、高温高湿環境下にて遮光膜に割れが発生しやすくなるおそれがある。
【0020】
遮光膜102は、樹脂、無機粒子及び着色剤を有する。
【0021】
遮光膜102に用いる樹脂は、エポキシ樹脂、アルキド樹脂、およびアクリル樹脂から選ばれる熱硬化性樹脂を適宜選択して用いることができる。寸法安定性が良いという観点においては、エポキシ樹脂がより好ましい。
【0022】
無機微粒子は、遮光膜102の屈折率を調整するために用いられる。無機微粒子は、酸化チタン、酸化ジルコニウム、酸化セリウム、酸化錫等を用いることができる。屈折率が高いという観点においては、酸化チタンが好ましい。
【0023】
着色剤は、染料または顔料を用いることができる。遮光膜102に均一に分散できるという観点においては、染料が好ましい。顔料は、カーボンブラック、銅鉄マンガン複合酸化物、チタンブラック、酸化銅、酸化鉄(ベンガラ)から選ばれる少なくとも1種以上の顔料を用いることができる。染料は、アントラキノン染料、フタロシアニン染料、スチルベンゼン染料、ピラゾロン染料、チアゾール染料、カルボニウム染料、アジン染料を用いることができる。本発明の遮光膜中に含有される染料の含有量は、着色剤を染料のみとする場合には遮光膜100質量部に対して13.0質量部以上50.0質量部以下が好ましく、より好ましくは13.0質量部以上40.0質量部以下である。
【0024】
[遮光塗料]
本発明に遮光膜に用いる遮光塗料は、特に限定されないが、例えば、樹脂と無機微粒子と着色剤とを含有する樹脂組成物を含有する。樹脂は、基材、例えば、ガラスとの密着性が良いものが好ましい。例えばエポキシ樹脂、アルキド樹脂、アクリル樹脂が挙げられる。また、遮光膜の屈折率を向上させるために、屈折率が高い樹脂がより好ましい。樹脂の含有量は遮光塗料100質量部に対して、10質量部以上60質量部以下が好ましい。
【0025】
無機微粒子は、内面反射をより低減する効果をもたらすために屈折率(nd)が2.2以上であることが好ましい。例えば、酸化チタン、酸化ジルコニウム、酸化セリウム、酸化錫等の微粒子を分散したものが挙げられる。無機微粒子の平均粒子径は、10nm以上100nm以下が好ましい。無機微粒子の含有量は塗料全体100質量部に対して、5質量部以上35質量部以下が好ましい。
【0026】
着色剤としては、波長400nmから700nmの可視光を吸収し、任意の溶媒に溶解可能な材料であればよく、染料あるいは顔料が好ましい。顔料としては、カーボンブラック、チタンブラック、酸化銅、酸化鉄(ベンガラ)等が挙げられる。染料は、アントラキノン染料、フタロシアニン染料、スチルベンゼン染料、ピラゾロン染料、チアゾール染料、カルボニウム染料、アジン染料等が挙げられる。尚、着色材は1種類でもよいし、黒色、赤色、黄色、青色等数種類の着色剤を混合しても構わない。着色剤の含有量は塗料全体100質量部に対して、5質量部以上35質量部以下であることが好ましい。
【0027】
遮光塗料に含まれる有機溶媒としては、樹脂材料、着色剤などの必要な成分を溶解できるものが好ましく、更に好ましくは無機微粒子との相溶性が良好なものがより好ましい。有機溶媒の含有量は塗料全体100質量部に対して、5質量部以上70質量部以下が好ましい。
【0028】
また、必要に応じて、硬化剤や、塗布性を改善するために二酸化珪素微粒子を添加することができる。硬化剤は、アミン系、酸無水物系、イミダゾール系等の硬化剤を用いることができる。
【0029】
また、遮光膜の膜厚を均一にするため、遮光塗料の粘度は10~100mPa・sの範囲であることが好ましい。また、遮光塗料の表面張力は5~50N/mの範囲であることが好ましい。遮光塗料の光学特性等を損なわない範囲であれば、遮光塗料を溶媒で希釈して粘度と表面張力が上記範囲になるように調整することが好ましい。
【0030】
[光学素子の製造方法]
本発明の光学素子の製造方法は、基材の斜面取り面と平面取り面の稜線部に脂肪族炭化水素を含有する塗布液を塗布し、前記稜線部に遮光塗料を塗布した後に、前記遮光膜を形成することを特徴とする。
【0031】
基材の稜線部に遮光塗料を設ける工程は、例えば、所望の塗布形状に応じてディップ法、スピンコート法、スリットコート法、静電塗付法、刷毛、スポンジ、バーコーター等の塗付用冶具を用いての塗付等公知の方法を種々選択することができる。基材に設ける量を制御し易いという観点においては、ディスペンサーが好ましい。
【0032】
また、基材の稜線部に脂肪族炭化水素を含有する塗布液を塗布する工程は、例えば、所望の稜線部に応じて、刷毛、スポンジ、ワイヤーやブレードといった弾性部材等の塗布冶具を用いての塗付する等公知の方法を種々選択することができる。例えば、塗布治具を、脂肪族炭化水素を含有する液体に浸したのちに、塗布することができる。塗布冶具の材質は、特に限定されず、稜線部へ脂肪族炭化水素を含有する塗布液を塗布できるものであれはよい。例えば、ナイロンのような樹脂でも良いし、アルミニウム、銅、鋼、タングステンのような金属でも良い。ここで、前記稜線部に脂肪族炭化水素を塗布する工程と、前記稜線部に遮光塗料を塗布する工程とは同時に行っても構わない。
【0033】
また、稜線部および稜線部以外のコバ面全面に遮光塗料を塗布する工程は、特に限定されない。例えば、所望の塗布形状に応じてディップ法、スピンコート法、スリットコート法、静電塗付法、刷毛、スポンジ、バーコーター等の塗付用冶具を用いての塗付等公知の方法を種々選択することができる。ただし、稜線部以外のコバ面全面に脂肪族炭化水素を含有させて塗布することは好ましくない。
【0034】
そして、遮光塗料を塗布した後に、遮光塗料を乾燥および/又は焼成することにより、遮光膜を形成する。塗布後の遮光塗料の乾燥工程および焼成工程としては所望の特性を満足する範囲において、また選択した硬化剤の種類や量に応じて種々選択することができる。
【0035】
乾燥温度は、室温以上100℃以下、より好ましくは40℃以上80℃以下、更に好ましくは40℃以上60℃以下である。乾燥時間は、10分以上24時間以下、より好ましくは30分以上24時間以下、更に好ましくは1時間以上24時間以下である。
【0036】
焼成温度は、40℃以上300℃以下、より好ましくは40℃以上250℃以下、更に好ましくは40℃以上200℃以下である。焼成時間は、10分以上10時間以下、より好ましくは10分以上6時間以下の時間で処理することができる。
【0037】
(光学機器)
次に本発明の光学機器に関して説明する。本発明の光学機器は、筐体と、該筐体内に複数のレンズからなる光学系を有する光学機器において、上記光学素子をレンズとして、前記光学系の入射口側に備えることを特徴とする。
【0038】
図4は、本発明の光学機器の好適な実施形態の一例である一眼レフカメラの交換レンズ鏡筒の光学系の断面図である。レンズ鏡筒30は筐体29とその内部に光学系を有する。光学系は、レンズ21~28および本発明の光学素子100であるレンズ20が光軸Oに対して垂直に配列されている。ここでレンズ20側が前記光学系の入射口側であり、レンズ28側がカメラとの着脱マウント側である。本発明の光学素子をレンズ20として、レンズ鏡筒の光学系の入射口側に配置させることにより、白点を抑制した外観に優れたレンズ鏡筒を提供することができる。
【0039】
なお、本発明の光学素子は、カメラ、双眼鏡、顕微鏡、半導体露光装置等の複数のレンズからなる光学系を有する光学機器全般に用いることができる。
【実施例
【0040】
以下、実施例について説明する。
【0041】
実施例および比較例では、下記の測定方法を用いた。
【0042】
(稜線部上における遮光膜の膜厚の測定)
2次元レーザ変位計(LJ-V7020 キーエンス社製)を用いて、遮光膜の形成前および形成後の光学素子の断面プロファイルから斜面取り面と平面取り面の稜線部に形成された遮光膜の体積を計測した。
【0043】
計測した遮光膜の体積を斜面取り面と平面取り面の面積で除することで稜線部上の遮光膜の膜厚t[μm]を算出した。
【0044】
(稜線部上における脂肪族炭化水素の分析)
装置は、ガスクロマトグラフ質量分析計(Trace GC Ultra+ISQ-LT+TriPlus300:サーモフィッシャーサイエンティフィック社製+PY-3030D:フロンティアラボ社製)を用いた。この質量分析計を用いて、斜面取り面と平面取り面の稜線部上における脂肪族炭化水素の含有有無について分析を行った。具体的には、ガスクロマトグラフで分離した成分について質量分析スペクトルを測定することにより成分の定性を行った。
【0045】
(白く見える輝点についての外観の評価)
遮光膜を形成した光学素子に光を当て、基材と遮光膜の界面に見える白い輝点を撮影した。撮影した画像について画像解析ソフト(MedaiaCybernetics社製Image-Pro Plus)を用いて画像処理を行い、稜線部上で面積が150μm以上である白く見える輝点の数をカウントした。稜線部で白点数が20個以下である素子は外観◎、21個以上40個以下である素子は外観○、41個以上である素子は外観×とした。
【0046】
(実施例1)
以下に実施例1の詳細について記述する。
【0047】
[遮光塗料の作製]
まず、エポキシ樹脂jER828[製品名](三菱化学社製)7g、チタニア分散液ND139[製品名](テイカ社製、チタニア濃度25質量%PGME分散液)40gを用意した。また、染料として、染料(1)VALIFAST-BLACK3810[製品名](オリエント化学社製)1.2g、染料(2)VALIFAST-RED3320[製品名](オリエント化学社製)3.0gを用意した。また、染料(3)VALIFAST-YELLOW3108[製品名](オリエント化学社製)1.2g、染料(4)VALIFAST-BLUE2620[製品名](オリエント化学社製)3.8gを用意した。また、有機溶媒として、1-メトキシ-2-プロパノール(キシダ化学社製)22gを用意した。さらに、疎水性シリカ(1)アエロジルR972[製品名](日本アエロジル社製)3.2g、親水性シリカ(2)アエロジル200[製品名](日本アエロジル社製)1.3gを用意した。また、防かび剤シントールM-100[製品名](住化エンビロサイエンス社製)0.5gを用意した。
【0048】
これらを撹拌用容器に投入し、遊星回転撹拌機HM-500[製品名](キーエンス社製)で20分間撹拌した。得られた組成物10gにエポキシ樹脂硬化剤H-30[製品名](三菱化学社製)1gを加え、遊星回転撹拌機HM-500[製品名](キーエンス社製)で3分間撹拌し、遮光塗料を作製した。
【0049】
[光学素子の作製]
まず、樹脂製のワイヤー(直径240μm)に脂肪族炭化水素を含む塗布液である、炭素数が6であるヘキサン(東京化成工業社製)を浸した。そして、ヘキサンを浸した樹脂製のワイヤーを斜面取り面と平面取り面の稜線部に押し当て、基材を100rpmの速度で回転させることにより、ヘキサンを稜線部に塗布した。次に、基材の光学有効面と端部との間にある斜面取り面と平面取り面の稜線部にディスペンサーを用いて遮光塗料を滴下した。滴下した遮光塗料は1ドットあたり15ナノリットルで、20ドットを等間隔で滴下した。
【0050】
次に、作製した遮光塗料を、基材の非光学有効面の前記稜線部以外の部分にディスペンサーに連続的によって滴下した。続いて、前記樹脂製のワイヤーを稜線部押し当て、基材を100rpmの速度で回転させることにより塗布した。その後、室温にて1時間乾燥後、恒温炉にて80℃2時間焼成を行い、遮光膜を形成し、実施例1の光学素子を得た。
【0051】
[光学素子の斜面取り面と平面取り面の稜線部の評価]
得られた光学素子の稜線部の遮光膜の膜厚t[μm]を測定した。測定結果より、遮光膜の膜厚は3.9μmであった。次に、稜線部の白く見える輝点についての外観の評価を行った。評価結果より、稜線部の白点数は17個であった。
【0052】
次に、斜面取り面と平面取り面の稜線部の分析を行った。
【0053】
実施例1の光学素子を切り出し、斜面取り面と平面取り面の稜線部を含むサンプルと、稜線部を含まないサンプルをそれぞれ作製した。得られたサンプルをガスクロマトグラフ質量分析計にて300℃で加熱した。加熱した際に発生したガス成分を分析し、斜面取り面と平面取り面の稜線部に形成された脂肪族炭化水素の含有有無を評価した。図3に斜面取り面と平面取り面の稜線部に形成された遮光膜および脂肪族炭化水素のガス成分をガスクロマトグラフにより定性分析した結果を示す。図3(b)は図3(a)の部分拡大図である。図3(b)の矢印で示す様に、実施例1の光学素子は、斜面取り面と平面取り面の稜線部から飽和炭化水素に由来するピークが検出された。一方、稜線部以外の部分からは脂肪族炭化水素に由来するピークは検出されなかった。光学素子の作成に用いた遮光塗料および脂肪族炭化水素を含む塗布液を表1に、光学素子の評価結果を表4に示す。
【0054】
(実施例2)
実施例2は、脂肪族炭化水素を含む塗布液として炭素数が8であるn-オクタン(東京化成工業社製)を用いた点以外は実施例1と同様に行った。光学素子の作成に用いた遮光塗料および脂肪族炭化水素を含む塗布液を表1に、光学素子の評価結果を表4に示す。
【0055】
(実施例3)
実施例3は、脂肪族炭化水素を含む塗布液として炭素数が10であるデカン(東京化成工業社製)を用いた点以外は実施例1と同様に行った。光学素子の作成に用いた遮光塗料および脂肪族炭化水素を含む塗布液を表1に、光学素子の評価結果を表4に示す。
【0056】
(実施例4)
実施例4は、脂肪族炭化水素を含む塗布液として炭素数が13であるトリデカン(東京化成工業社製)を用いた点以外は実施例1と同様に行った。光学素子の作成に用いた遮光塗料および脂肪族炭化水素を含む材料を表1に、光学素子の評価結果を表4に示す。
【0057】
(実施例5)
実施例5は、脂肪族炭化水素を含む材料として炭素数が25であるペンタコサン(シグマアルドリッジジャパン社製)を用いた点以外は実施例1と同様に行った。光学素子の作成に用いた遮光塗料および脂肪族炭化水素を含む塗布液を表2に、光学素子の評価結果を表4に示す。
【0058】
(実施例6)
実施例6は、脂肪族炭化水素を含む塗布液として炭素数が30であるトリアコンタン(シグマアルドリッジジャパン社製)を用いた点以外は実施例1と同様に行った。光学素子の作成に用いた遮光塗料および脂肪族炭化水素を含む塗布液を表2に、光学素子の評価結果を表4に示す。
【0059】
(実施例7)
実施例7は、脂肪族炭化水素を含む塗布液として炭素数が5であるペンタン(東京化成工業社製)を用いた点以外は実施例1と同様に行った。光学素子の作成に用いた遮光塗料および脂肪族炭化水素を含む塗布液を表2に、光学素子の評価結果を表4に示す。
【0060】
(実施例8)
実施例8は、脂肪族炭化水素を含む塗布液として炭素数が31であるヘントリアコンタン(シグマアルドリッジジャパン社製)を用いた点以外は実施例1と同様に行った。光学素子の作成に用いた遮光塗料および脂肪族炭化水素を含む塗布液を表2に、光学素子の評価結果を表4に示す。
【0061】
(比較例1)
比較例1は、基材の斜面取り面と平面取り面の稜線部に脂肪族炭化水素を含む塗布液を塗布せずに、稜線部を含む非光学有効面全面に遮光塗料を塗布して、遮光膜を形成した。遮光膜の形成方法は、脂肪族炭化水素を含む塗布液を塗布しなかった点以外は、実施例1と同様に行った。光学素子の作成に用いた遮光塗料および脂肪族炭化水素を含む塗布液を表3に、光学素子の評価結果を表4に示す。
【0062】
(比較例2)
比較例2は、脂肪族炭化水素を含む塗布液の代わりに撥油性の材料であるフッ素系オイルを用いた点以外は実施例1と同様に行った。光学素子の作成に用いた遮光塗料および脂肪族炭化水素を含む塗布液を表3に、光学素子の評価結果を表4に示す。
【0063】
(比較例3)
比較例3は、遮光塗料の中に脂肪族炭化水素を含む塗布液を混合撹拌した塗料を用いた。
【0064】
[遮光塗料の作製]
まず、エポキシ樹脂jER828[製品名](三菱化学社製)7g、チタニア分散液ND139[製品名](テイカ社製、チタニア濃度25質量%PGME分散液)40gを用意した。また、染料として、染料(1)VALIFAST-BLACK3810[製品名](オリエント化学社製)1.2g、染料(2)VALIFAST-RED3320[製品名](オリエント化学社製)3.0gを用意した。また、染料(3)VALIFAST-YELLOW3108[製品名](オリエント化学社製)1.2g、染料(4)VALIFAST-BLUE2620[製品名](オリエント化学社製)3.8gを用意した。また、有機溶媒として、1-メトキシ-2-プロパノール(キシダ化学社製)22gを用意した。さらに、疎水性シリカ(1)アエロジルR972[製品名](日本アエロジル社製)3.2g、親水性シリカ(2)アエロジル200[製品名](日本アエロジル社製)1.3gを用意した。また、防かび剤シントールM-100[製品名](住化エンビロサイエンス社製)0.5g、脂肪族炭化水素を含む材料であるデカン(東京化成工業社製、炭素数10)5gを用意した。これらを撹拌用容器に投入し、遊星回転撹拌機HM-500[製品名](キーエンス社製)で20分間撹拌した。得られた組成物10gにエポキシ樹脂硬化剤H-30[製品名](三菱化学社製)1gを、加え遊星回転撹拌機HM-500[製品名](キーエンス社製)で3分間撹拌し、遮光塗料を作製した。
【0065】
[光学素子の作製]
次に作製した遮光塗料を、稜線部を含む非光学有効面全面に遮光塗料を塗布して、基材上に遮光膜を形成した。基材である光学レンズに基材を回転させながら塗布した。なお、遮光膜の形成方法は、比較例1と同様に行った。その後、室温にて1時間乾燥後、恒温炉にて80℃2時間焼成を行い、遮光膜を形成し、比較例3の光学素子を得た。
【0066】
[光学素子の斜面取り面と平面取り面の稜線部の評価]
得られた光学素子の稜線部の遮光膜の膜厚t[μm]を測定した。測定結果より、稜線部の遮光膜の膜厚は0.9μmであった。次に、稜線部の白く見える輝点についての外観の評価を行った。評価結果より、稜線部の白点数は73個であった。
【0067】
次に、斜面取り面と平面取り面の稜線部の分析を行った。
【0068】
比較例3の光学素子を切り出し、斜面取り面と平面取り面の稜線部を含むサンプルと、稜線部を含まないサンプルをそれぞれ作製した。得られたサンプルをガスクロマトグラフ質量分析計にて300℃で加熱した。加熱した際に発生するガス成分を分析し、斜面取り面と平面取り面の稜線部に形成された遮光膜中の脂肪族炭化水素の含有有無を評価した。比較例3では、稜線部以外の部分からも稜線部と同様に、飽和炭化水素に由来するピークが検出された。また、稜線部以外の部分の飽和炭化水素に由来するピークは稜線部の飽和炭化水素に由来するピークよりも強度が高かった。得られた遮光塗料および親油性の塗布液については表3に、評価結果については表4に示す。
【0069】
【表1】
【0070】
【表2】
【0071】
【表3】
【0072】
【表4】
【0073】
(評価)
実施例1および8の結果から、脂肪族炭化水素が光学素子の斜面取り面と平面取り面の稜線部に含まれ、且つ、稜線部以外には脂肪族炭化水素が含まれない光学素子が好ましいことが分かった。
【0074】
実施例1および8の結果から、光学素子の斜面取り面と平面取り面の稜線部の遮光膜の膜厚は、1μm以上が好ましく、3μm以上であるとより好ましいことが分かった。
【0075】
比較例1では、脂肪族炭化水素を含まない遮光膜、比較例3では脂肪族炭化水素が膜全体に含まれる遮光膜を評価したが、光学素子の斜面取り面と平面取り面の稜線部の膜厚および白点の評価においては、ほぼ同じ傾向が見られた。
【0076】
比較例2では、遮光塗料の濡れ性が悪化したため、形成された遮光膜の膜厚が0.2μmと薄くなり、白点の数が多かった。
【符号の説明】
【0077】
100 光学素子
101 基材
101a 光学有効面
101b 斜面取り面
101c 平面取り面
101d 斜面取り面と平面取り面の稜線部
102 遮光膜
103 脂肪族炭化水素
20 レンズ(光学素子)
21 レンズ
22 レンズ
23 レンズ
24 レンズ
25 レンズ
26 レンズ
27 レンズ
28 レンズ
29 筐体
30 レンズ鏡筒
図1
図2
図3
図4