(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2022-12-16
(45)【発行日】2022-12-26
(54)【発明の名称】リン酸エステル化微細セルロース繊維及びその製造方法
(51)【国際特許分類】
D21H 11/18 20060101AFI20221219BHJP
C08B 5/00 20060101ALI20221219BHJP
D21H 15/02 20060101ALI20221219BHJP
【FI】
D21H11/18
C08B5/00
D21H15/02
(21)【出願番号】P 2019210256
(22)【出願日】2019-11-21
(62)【分割の表示】P 2018181355の分割
【原出願日】2014-05-16
【審査請求日】2019-11-21
【審判番号】
【審判請求日】2021-10-06
(31)【優先権主張番号】P 2013103626
(32)【優先日】2013-05-16
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
(73)【特許権者】
【識別番号】000122298
【氏名又は名称】王子ホールディングス株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】110000109
【氏名又は名称】弁理士法人特許事務所サイクス
(72)【発明者】
【氏名】野口 裕一
(72)【発明者】
【氏名】野一色 泰友
(72)【発明者】
【氏名】本間 郁絵
【合議体】
【審判長】井上 茂夫
【審判官】藤井 眞吾
【審判官】當間 庸裕
(56)【参考文献】
【文献】特開平06-033398(JP,A)
【文献】特開平04-336797(JP,A)
【文献】中国特許出願公開第102433786(CN,A)
【文献】勝浦 嘉久次,尿素、リン酸によるリン酸セルロースの生成反応,工業化学雑誌,日本,1966年,第69巻第4号,第681~685ページ
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C08B 1/00 - 37/18
D21B 1/00 - 1/38
D21C 1/00 - 11/14
D21D 1/00 - 99/00
D21F 1/00 - 13/12
D21G 1/00 - 9/00
D21H 11/00 - 27/42
D21J 1/00 - 7/00
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
リン酸基を0.6mmol/g以上含み、かつ銅エチレンジアミン法により得られる重合度が400以上であり、リン酸基導入工程で得られたリン酸基導入繊維に対して加水分解処理がされて
おらず、0.2質量%の水分散体としたときの溶液ヘーズが15%以下である、リン酸エステル化微細セルロース繊維。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、従来と比較し透明性が高く、かつ高い重合度を維持したリン酸エステル化微細セルロース繊維(セルロースナノファイバー)およびその効率的な製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
近年、石油資源の代替及び環境意識の高まりから、再生産可能な天然繊維を利用した材料が着目されている。天然繊維の中でも、繊維径が10~50μmのセルロース繊維、とりわけ木材由来のセルロース繊維(パルプ)は主に紙製品としてこれまでにも幅広く使用されてきた。
【0003】
また、セルロース繊維としては、繊維径が1μm以下の微細セルロース繊維も知られている。微細セルロース繊維を含有するシートや複合体は、繊維同士の接点が著しく増加することから、引張強度が大きく向上する。また、繊維幅が可視光の波長より短くなることで、透明度が大きく向上する。例えば、特許文献1には、温度条件や波長等に影響を受けることなく、常に高い透明性が維持され、かつ、繊維とマトリクス材料との複合化により様々な機能性が付与された繊維強化複合材料が開示されている。
【0004】
微細セルロース繊維は、従来のセルロース繊維を機械処理することで製造可能であるが、セルロース繊維同士は水素結合により、強く結合している。したがって、単純に機械処理を行うのみでは、微細セルロース繊維を得るまでに大きなエネルギーが必要となる。
【0005】
より小さな機械処理エネルギーで微細セルロース繊維を製造するために、機械処理と合わせて化学処理・生物処理により前処理を行うことが有効であることは良く知られている。特に、化学処理により、セルロース表面のヒドロキシ基に親水性の官能基(例えば、カルボキシ基、カチオン基、リン酸基など)を導入すると、イオン同士の電気的な反発力およびイオンが水和することで、特に水系溶媒への分散性が著しく向上する。このため、化学処理無しの場合に比べて微細化のエネルギー効率が高くなる。
【0006】
例えば、特許文献2には、TEMPO触媒酸化によりセルロースのヒドロキシ基をカルボキシ基まで酸化した後に微細化する方法が開示されている。特許文献3には、4級アンモニウム基とエポキシ基などの反応性官能基を有するカチオン化剤をアルカリ活性化したセルロース繊維と反応させ、ヒドロキシ基を、カチオン性を有するエーテルに変性した後に微細化する方法が開示されている。
【0007】
また、特許文献4、特許文献5及び特許文献6には、リン酸基がセルロースのヒドロキシ基とエステルを形成した微細セルロース繊維に関する技術が開示されている。リン酸基はエステルとしてセルロースに導入されると2価の酸を示すことから、前述した電気的な反発力が、セルロースにカルボキシ基やカチオン基などの1価の官能基を導入した場合と比べて大きくなると考えられる。本発明者らも、特許文献7においてセルロースへのリン酸基の導入を検討し、微細セルロース繊維を収率良く得る方法を開示している。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0008】
【文献】特開2008-24788号公報
【文献】特開2009-263848号公報
【文献】特開2011-162608号公報
【文献】特表平9-509694号公報、
【文献】特開2010-186124号公報
【文献】特開2011-001559号公報
【文献】国際公開第2013/073562号
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0009】
しかしながら、特許文献4に記載の技術は、ホモジナイザーを数回通し、ミクロフィブリルまで微細化した後にリン酸化反応を行う。すなわち、微細化後に分散安定性を与えることを目的とした技術である。微細化は、リン酸化反応前に行っているため効率が悪い。また、微細化後にミクロフィブリルの洗浄をするため、洗浄負荷が高い。さらに、リン酸基を導入しないで微細化すると、十分に微細化が進まず、得られるスラリーの透明性が劣るという問題があった。
【0010】
また特許文献5には、具体的な薬品の使用量、反応条件の記載はなく、その効果も不明である。特許文献6においては、植物細胞壁等に対する尿素やリン酸の添加量が不明である。さらに特許文献6では、リン酸化を完了させる要件として塩酸での加水分解工程が挙げられている。酸加水分解を受けやすいセルロース繊維の解重合が起こることで、繊維の歩留まりが低下する、繊維の重合度が低下するといった問題があった。また特許文献7においては、尿素または/およびその誘導体を反応時に使用しておらず、得られる微細セルロース繊維含有スラリーの透明性をさらに改善する余地があった(詳細は実施例中の表1、表2の比較で述べる)。
【0011】
本発明は、スラリーの透明性に優れたリン酸エステル化微細セルロース繊維を提供することを解決すべき課題とした。さらに本発明は、効率よく、かつ高い歩留まりで、透明性に優れたリン酸化された微細セルロース繊維を製造する方法を提供することを解決すべき課題とした。
【課題を解決するための手段】
【0012】
本発明者らは上記課題を解決するために鋭意検討した。その結果、繊維原料に対し、リン酸基を有する化合物または/およびその塩を尿素または/およびその誘導体の共存下で作用させること、また、その反応系において、1回の反応で導入するリン酸基量を低く設定し、またリン酸基由来の強酸性基と弱酸性基の量の差を小さくすることにより、透明性が極めて高いリン酸エステル化微細セルロース繊維を高い歩留まりで得られることを見出した。さらに驚くべきことに、前記方法によれば、従来の方法に比べ微細化の際のエネルギーコストを下げることも可能となった。本発明はこれらの知見に基づいて完成したものである。
【0013】
即ち、本発明によれば、以下の発明が提供される。
[1] 0.2質量%の水分散体としたとき、溶液ヘーズが15%以下であるリン酸エステル化微細セルロース繊維。
[2] リン酸基を0.6mmol/g以上含み、かつセルロースに導入されたリン酸基に由来する強酸性基と弱酸性基の導入量差が0.5mmol/g以下である、[1]に記載のリン酸エステル化微細セルロース繊維。
[3] 銅エチレンジアミン法により得られる重合度が400以上である、[1]又は[2]に記載のリン酸エステル化微細セルロース繊維。
【0014】
[4] (a)セルロースを含む繊維原料に対し、リン酸基を有する化合物または/およびその塩を尿素または/およびその誘導体の共存下で作用させ、前記繊維原料にリン酸基を導入する工程と、(b)前記(a)工程によりリン酸基を導入した繊維原料を微細化処理する工程とを含む方法により製造される、[1]から[3]の何れかに記載のリン酸エステル化微細セルロース繊維。
[5] 工程(a)に供試した繊維原料の、工程(b)に供試される時点での歩留まりが70%以上である、[4]に記載のリン酸エステル化微細セルロース繊維。
[6] (a)工程において、リン酸基導入反応1回あたりのリン酸基導入量が1.2mmol/g以下である、[4]又は[5]に記載のリン酸エステル化微細セルロース繊維。
[7] (a)セルロースを含む繊維原料に対し、リン酸基を有する化合物または/およびその塩を尿素または/およびその誘導体の共存下で作用させ、前記繊維原料にリン酸基を導入する工程と、(b)前記(a)工程によりリン酸基を導入した繊維原料を微細化処理する工程とを含むリン酸エステル化微細セルロース繊維の製造方法において、セルロースに導入されたリン酸基に由来する強酸性基と弱酸性基の導入量差を0.5mmol/g以下とすることを特徴とする上記方法。
【0015】
[8] 工程(a)に供試した繊維原料の、工程(b)に供試される時点での歩留まりが70%以上である、[7]に記載のリン酸エステル化微細セルロース繊維の製造方法。
[9] (a)工程において、リン酸基導入反応1回あたりのリン酸基導入量が1.2mmol/g以下である、[7]又は[8]に記載のリン酸エステル化微細セルロース繊維の製造方法。
[10] (b)工程に供するリン酸基を導入した繊維原料が0.6mmol/g以上のリン酸基を有する、[7]から[9]の何れかに記載のリン酸エステル化微細セルロース繊維の製造方法。
【発明の効果】
【0016】
本発明のリン酸エステル化微細セルロース繊維は、透明性に優れている。また本発明のリン酸エステル化微細セルロース繊維の製造方法によれば、効率よく、かつ高い歩留まりで透明性に優れたリン酸化された微細セルロース繊維を製造できる。特に本発明の方法においては、1回の反応で導入するリン酸基量を低く設定することにより、リン酸基由来の強酸性基と弱酸性基の量を所定値以下とすることができ、これにより、透明性が高いリン酸化微細セルロース繊維が得られる。また、本発明のリン酸エステル化微細セルロース繊維の製造方法は、エネルギー効率が良い方法でもある。
【図面の簡単な説明】
【0017】
【
図1】
図1は伝導度滴定法による置換基量測定における、3つの領域を示したものである。
【
図2】
図2は尿素の存在下でリン酸化反応を行った場合の、加熱時間、質量減少率及び微細セルロース繊維収率の関係を示す。
【
図3】
図3は尿素の非存在下でリン酸化反応を行った場合の、加熱時間、質量減少率及び微細セルロース繊維収率の関係を示す。
【
図4】
図4は、尿素の存在下または非存在下でリン酸化反応を行った場合の加熱時間及び微細セルロース繊維収率の関係を示す。
【
図5】
図5は、リン酸基の導入量と解繊時間、及び微細セルロース繊維含有スラリーのヘーズ(透明性)の関係を示す。
【発明を実施するための形態】
【0018】
以下、本発明について更に詳細に説明する。なお、本明細書に記載される材料、方法及び数値範囲などの説明は、当該材料、方法及び数値範囲などに限定することを意図したものではなく、また、それ以外の材料、方法及び数値範囲などの使用を除外するものでもない。
【0019】
<リン酸エステル化微細セルロース繊維>
本発明のリン酸エステル化微細セルロース繊維は、0.2質量%の水分散体としたとき、溶液ヘーズが15%以下であることを特徴とする。好ましくは、リン酸基を0.6mmol/g以上含み、かつセルロースに導入されたリン酸基に由来する強酸性基と弱酸性基の導入量差が0.5mmol/g以下であることを満たす。これにより上記の15%以下という溶液ヘーズを達成することができる。
【0020】
本明細書で言うヘーズとは、JIS規格K7136に準拠したものを意味し、例えば、村上色彩技術研究所製ヘーズメーター(HM-150)等を用いて測定することができる。
リン酸基の導入量、リン酸基に由来する強酸性基と弱酸性基の導入量差についての好ましい数値範囲、及び測定方法については後述する。
【0021】
好ましくは、本発明のリン酸エステル化微細セルロース繊維の銅エチレンジアミン法により得られる重合度が400以上であり、より好ましくは500以上であり、特に好ましくは550以上である。
【0022】
本発明のリン酸エステル化微細セルロース繊維は、好ましくは、以下の(a)工程及び(b)工程とを含む方法により製造することができる。
(a)セルロースを含む繊維原料に対し、リン酸基を有する化合物または/およびその塩を尿素または/およびその誘導体の共存下で作用させ、前記繊維原料にリン酸基を導入する工程。
(b)前記(a)工程によりリン酸基を導入した繊維原料を微細化処理する工程。
上記の方法については本明細書中において後述する。
【0023】
本発明における微細セルロース繊維は、そのヒドロキシ基(-OH基)の一部が、リン酸エステル化されている。通常、製紙用途で用いるパルプ繊維よりもはるかに細いセルロース繊維或いはセルロースの棒状粒子である。
【0024】
微細セルロース繊維の短径を幅とした場合、前記セルロースの繊維幅は特に限定されないが、電子顕微鏡で観察して1nm~1000nmが好ましく、より好ましくは2nm~500nm、さらに好ましくは4nm~100nmである。微細セルロース繊維の繊維幅が1nm未満であると、セルロース分子として水に溶解しているため、微細セルロース繊維としての物性(強度や剛性、又は寸法安定性)が発現しなくなる。一方、1000nmを超えると微細セルロース繊維とは言えず、通常のパルプに含まれる繊維にすぎないため、微細セルロース繊維としての物性(透明性や強度や剛性、又は寸法安定性)が得られない。
【0025】
微細セルロース繊維に透明性が求められる用途においては、繊維幅が30nmを超えると、可視光の波長の1/10に近づき、マトリックス材料と複合した場合には界面で可視光の屈折及び散乱が生じ易く、透明性が低下する傾向にある。従って、繊維幅は特に限定されないが、2nm~30nmが好ましく、より好ましくは2~20nmである。前記のような微細セルロース繊維から得られる複合体は、一般的に緻密な構造体となるために強度が高く、セルロース結晶に由来した高い弾性率が得られることに加え、可視光の散乱が少ないため高い透明性も得られる。
【0026】
また、微細セルロース繊維の電子顕微鏡観察による繊維幅の測定は以下のようにして行う。濃度0.05~0.1質量%の微細セルロース繊維含有スラリーを調製し、前記スラリーを親水化処理したカーボン膜被覆グリッド上にキャストしてTEM観察用試料とする。幅広の繊維を含む場合には、ガラス上にキャストした表面のSEM像を観察してもよい。構成する繊維の幅に応じて1000倍、5000倍、10000倍、20000倍、40000倍或いは50000倍のいずれかの倍率で電子顕微鏡画像による観察を行う。但し、試料、観察条件や倍率は下記の条件(1)及び(2)を満たすように調整する。
(1)観察画像内の任意箇所に一本の直線Xを引き、前記直線Xに対し、20本以上の繊維が交差する。
(2)同じ画像内で前記直線と垂直に交差する直線Yを引き、前記直線Yに対し、20本以上の繊維が交差する。
【0027】
上記条件を満足する観察画像に対し、直線X、又は直線Yと交錯する繊維の幅を目視で読み取る。こうして少なくとも重なっていない表面部分の画像を3組以上観察し、各々の画像に対して、直線X、又は直線Yと交錯する繊維の幅を読み取る。このように少なくとも20本×2×3=120本の繊維幅を読み取る。本発明における微細繊維幅はこのように読み取った繊維幅の平均値である。
【0028】
微細セルロース繊維の長径を長さとした場合、繊維長は特に限定されないが、0.1μm以上が好ましい。繊維長が0.1μm未満では、例えば、微細セルロース繊維を樹脂に複合した際の強度向上効果を得難くなる。繊維長は、TEMやSEM、又はAFMの画像解析より求めることができる。上記繊維長は、微細セルロース繊維の30質量%以上を占めるセルロースの繊維長である。
微細セルロース繊維の繊維長の範囲は特に限定されないが、0.1~50μmが好ましく、0.3~30μmがより好ましく、0.5~10μmがさらに好ましい。
【0029】
微細セルロース繊維の軸比(繊維長/繊維幅)は以下のように計算して求める。前記、微細セルロース繊維の電子顕微鏡観察による繊維幅の測定において、繊維幅を決定した各々の繊維について、その繊維長も目視で読み取る。各々の繊維で軸比(繊維長/繊維幅)を計算した後、観察した繊維数で平均したものを微細セルロース繊維の軸比とする。微細セルロース繊維の軸比は100~10000の範囲であることが好ましい。軸比が100未満であると微細セルロース繊維含有不織布を形成し難くなるおそれがある。軸比が10000を超えるとスラリー粘度が高くなり、好ましくない。
【0030】
微細セルロース繊維はセルロース分子の集合体であり、結晶構造を有する。前記結晶構造はI型(平行鎖)である。
ここで、微細セルロース繊維がI型結晶構造を有していることは、以下により同定することができる。グラファイトで単色化したCuKα(λ=1.5418Å)を用いた広角X線回折写真より得られる回折プロファイルにおいて、2θ=14~17°付近と2θ=22~23°付近の2箇所の位置に典型的なピークを有することで同定することができる。
【0031】
微細セルロース繊維が含有する結晶部分の比率は特に限定されないが、X線回折法によって求められる結晶化度が60%以上であると、耐熱性と低線熱膨張率発現の点で優れた性能が期待できる。結晶化度については、X線回折プロファイルを測定し、そのパターンから常法により求める(Segalら、Textile Research Journal、29巻、786ページ、1959年)。
【0032】
<微細セルロース繊維の製造方法>
本発明のリン酸エステル化微細セルロース繊維の製造方法は、リン酸基導入工程(a)と解繊処理工程(b)とを含む。本発明の方法の一つの特徴は、セルロースに導入されたリン酸基に由来する強酸性基と弱酸性基の導入量差を0.5mmol/g以下とすることである。リン酸基導入工程(a)は、セルロースを含む繊維原料に対し、リン酸基を有する化合物または/およびその塩(以下、「化合物A」という。)を、尿素または/およびその誘導体(以下、「化合物B」という。)の存在下で作用させる工程である。これにより、セルロース繊維のヒドロキシ基に、リン酸基を導入する。解繊処理工程(b)は、リン酸基を導入した繊維原料(以下、「リン酸基導入セルロース繊維」という。)をナノレベルまで微細化処理する工程である。上記の処理工程はリン酸基導入工程(a)、解繊処理工程(b)の順に行う。以下、この2工程について説明する。
【0033】
[リン酸基導入工程(a)]
リン酸基導入工程(a)は、セルロースにリン酸基を導入する工程を必ず含み、所望により、後述するアルカリ処理工程、余剰の試薬を洗浄する工程などを包含してもよいが、縮合したリン酸基を切断する工程は含まない。
【0034】
化合物Aを化合物Bの共存下で繊維原料に作用させる方法の一例としては、乾燥状態又は湿潤状態の繊維原料に化合物Aおよび化合物Bの粉末や水溶液を混合する方法が挙げられる。また別の例としては、繊維原料のスラリーに化合物Aおよび化合物Bの粉末や水溶液を添加する方法が挙げられる。これらのうち、反応の均一性が高いことから、乾燥状態の繊維原料に化合物Aおよび化合物Bの水溶液を添加する方法、または湿潤状態の繊維原料に化合物Aおよび化合物Bの粉末や水溶液を添加する方法が好ましいが、特に限定されない。また、化合物Aと化合物Bは同時に添加しても良いし、別々に添加しても良い。また、初めに反応に供試する化合物Aと化合物Bを水溶液として添加して、圧搾により余剰の薬液を除いてもよい。繊維原料の形態は綿状や薄いシート状であることが好ましいが、特に限定されない。
【0035】
セルロースを含む繊維原料としては、製紙用パルプ;コットンリンターやコットンリントなどの綿系パルプ;麻、麦わら、若しくはバガスなどの非木材系パルプ;又はホヤや海草などから単離されるセルロースなどが挙げられるが、特に限定されない。これらの中でも、入手のしやすさという点で、製紙用パルプが好ましい。
【0036】
製紙用パルプとしては、広葉樹クラフトパルプ、針葉樹クラフトパルプ、化学パルプ、半化学パルプ、機械パルプ、非木材パルプ、又は古紙を原料とする脱墨パルプが挙げられるが、特に限定されない。広葉樹クラフトパルプとしては、晒クラフトパルプ(LBKP)、未晒クラフトパルプ(LUKP)、酸素漂白クラフトパルプ(LOKP)などがある。針葉樹クラフトパルプとしては、晒クラフトパルプ(NBKP)、未晒クラフトパルプ(NUKP)、酸素漂白クラフトパルプ(NOKP)などがある。化学パルプとしては、サルファイトパルプ(SP)若しくはソーダパルプ(AP)等がある。半化学パルプとしては、セミケミカルパルプ(SCP)若しくはケミグラウンドウッドパルプ(CGP)等がある。機械パルプとしては、砕木パルプ(GP)若しくはサーモメカニカルパルプ(TMP、BCTMP)等がある。非木材パルプとしては、楮、三椏、麻、若しくはケナフ等を原料とするパルプがある。
繊維原料は1種を単独で用いてもよいし、2種以上混合して用いてもよい。
【0037】
上記繊維原料の中でも、入手のしやすさという点で、木材パルプ、又は脱墨パルプが好ましいが、特に限定されない。さらに、木材パルプの中でも、化学パルプはセルロース比率が大きいため、微細セルロース繊維の収率が高く、また、パルプ中のセルロースの分解が小さく、軸比の大きい長繊維の微細セルロース繊維が得られる点で特に好ましい。化学パルプの中でもクラフトパルプ、又はサルファイトパルプが最も好ましく選択される。
【0038】
製紙用パルプは、叩解があまり進んでいないパルプを用いることが好ましいが、ダブルディスクリファイナー、シングルディスクリファイナー、又はビーターなどで叩解してもよく、特に限定されない。叩解があまり進んでいないパルプとしては、カナダ標準濾水度(CSF)が、好ましくは400ml以上、より好ましくは500ml以上のパルプが好ましい。叩解があまり進んでいないパルプを用いると、後述するアルカリ処理前後にパルプを水や有機溶媒で洗浄する際の脱水洗浄性が向上する。
【0039】
本発明で使用する化合物Aは、リン酸基を有する化合物または/およびその塩である。
リン酸基を有する化合物としては、リン酸、リン酸のリチウム塩、リン酸のナトリウム塩、リン酸のカリウム塩、リン酸のアンモニウム塩などが挙げられるが、特に限定されない。リン酸のリチウム塩としては、リン酸二水素リチウム、リン酸水素二リチウム、リン酸三リチウム、ピロリン酸リチウム、若しくはポリリン酸リチウムなどが挙げられる。リン酸のナトリウム塩としてはリン酸二水素ナトリウム、リン酸水素二ナトリウム、リン酸三ナトリウム、ピロリン酸ナトリウム、若しくはポリリン酸ナトリウムなどが挙げられる。リン酸のカリウム塩としてはリン酸二水素カリウム、リン酸水素二カリウム、リン酸三カリウム、ピロリン酸カリウム、若しくはポリリン酸カリウムなどが挙げられる。リン酸のアンモニウム塩としては、リン酸二水素アンモニウム、リン酸水素二アンモニウム、リン酸三アンモニウム、ピロリン酸アンモニウム、ポリリン酸アンモニウムなどが挙げられる。
【0040】
これらのうち、リン酸基導入の効率が高く、下記解繊工程で解繊効率がより向上しやすく、低コストであり、かつ工業的に適用しやすい観点から、リン酸、リン酸のナトリウム塩、又はリン酸のカリウム塩、リン酸のアンモニウム塩が好ましい。リン酸二水素ナトリウム、又はリン酸水素二ナトリウムがより好ましいが、特に限定されない。
【0041】
また、反応の均一性が高まり、且つリン酸基導入の効率が高くなることから化合物Aは水溶液として用いることが好ましいが、特に限定されない。化合物Aの水溶液のpHは特に限定されないが、リン酸基導入の効率が高くなることから7以下であることが好ましく、パルプ繊維の加水分解を抑える観点からpH3~7がさらに好ましい。前記のpHは例えば、リン酸基を有する化合物のうち、酸性を示すものとアルカリ性を示すものを併用し、その量比を変えて調整しても良い。または、前記のpHは、リン酸基を有する化合物のうち、酸性を示すものに無機アルカリ又は有機アルカリを添加すること等により調整しても良い。
【0042】
繊維原料に対する化合物Aの添加量は特に限定されないが、化合物Aの添加量をリン原子量に換算した場合、繊維原料に対するリン原子の添加量は0.5~100質量%が好ましく、1~50質量%がより好ましく、2~30質量%が最も好ましい。繊維原料に対するリン原子の添加量が0.5~100質量%の範囲であれば、微細セルロース繊維の収率をより向上させることができる。繊維原料に対するリン原子の添加量が100質量%を超えると、収率向上の効果は頭打ちとなり、使用する化合物Aのコストが上昇するため好ましくない。一方、繊維原料に対するリン原子の添加量が0.5質量%より低いと充分な収率が得られないため好ましくない。
【0043】
本発明で使用する化合物Bとしては、尿素、チオ尿素、ビウレット、フェニル尿素、ベンジル尿素、ジメチル尿素、ジエチル尿素、テトラメチル尿素、ベンゾレイン尿素、ヒダントインなどが挙げられるが特に限定されない。この中でも低コストで扱いやすく、ヒドロキシル基を有する繊維原料と水素結合を作りやすいことから尿素が好ましい。
【0044】
化合物Bは化合物A同様に水溶液として用いることが好ましいが、特に限定されない。また、反応の均一性が高まることから化合物Aと化合物Bの両方が溶解した水溶液を用いることが好ましいが、特に限定されない。
繊維原料に対する化合物Bの添加量は1~300質量%であることが好ましいが、特に限定されない。
【0045】
化合物Aと化合物Bの他に、アミド類又はアミン類を反応系に含んでも良い。アミド類としては、ホルムアミド、ジメチルホルムアミド、アセトアミド、ジメチルアセトアミドなどが挙げられる。アミン類としては、メチルアミン、エチルアミン、トリメチルアミン、トリエチルアミン、モノエタノールアミン、ジエタノールアミン、トリエタノールアミン、ピリジン、エチレンジアミン、ヘキサメチレンジアミンなどが挙げられる。これらの中でも、特にトリエチルアミンは良好な反応触媒として働くことが知られている。
【0046】
工程(a)においては加熱処理を施すことが好ましいが、特に限定されない。加熱処理温度は、繊維の熱分解や加水分解反応を抑えながら、リン酸基を効率的に導入できる温度を選択する。具体的には50~250℃であることが好ましく、100~200℃であることがより好ましいが、特に限定されない。また、加熱には減圧乾燥機、赤外線加熱装置、マイクロ波加熱装置を用いてもよい。
【0047】
加熱処理の際、化合物Aを添加した繊維原料スラリーに水が含まれている間において、繊維原料を静置する時間が長くなると、乾燥に伴い水分子と溶存する化合物Aが繊維原料表面に移動する。そのため、繊維原料中の化合物Aの濃度にムラが生じる可能性があり、繊維表面へのリン酸基の導入が均一に進行しない恐れがある。乾燥による繊維原料中の化合物Aの濃度ムラ発生を抑制するためには、ごく薄いシート状の繊維原料を用いるか、ニーダー等で繊維原料と化合物Aを混練または/および撹拌しながら加熱乾燥又は減圧乾燥させる方法を採ればよい。
【0048】
加熱処理に用いる加熱装置としては、スラリーが保持する水分及びリン酸基などの繊維の水酸基への付加反応で生じる水分を常に装置系外に排出でき、送風方式のオーブン等が好ましい。装置系内の水分を常に排出すれば、リン酸エステル化の逆反応であるリン酸エステル結合の加水分解反応を抑制できることに加えて、繊維中の糖鎖の酸加水分解を抑制することもでき、軸比の高い微細繊維を得ることができる。
加熱処理の時間は、加熱温度にも影響されるが前記繊維原料スラリーから実質的に水分が除かれてから1~300分間であることが好ましく、1~200分間であることがより好ましいが、特に限定されない。
【0049】
リン酸基の導入量は特に限定されないが、微細セルロース繊維1g(質量)あたり0.1~3.8mmol/gが好ましく、0.2~3.0mmol/gがより好ましく、0.6~2.5mmol/gがさらに好ましい。リン酸基導入量が0.1mmol/g未満では、繊維原料の微細化が困難で、微細セルロース繊維の安定性が劣る。リン酸基導入量が3.8mmol/gを超えると、微細セルロース繊維が溶解する恐れがある。
【0050】
リン酸基導入工程では、一般的には、加熱時間の延長によって導入できるリン酸基量が増加するが、リン酸基導入反応1回あたりに導入するリン酸基量は1.2mmol/g以下が好ましく、1.0mmol/g以下がより好ましい。
【0051】
また、リン酸基導入工程では、セルロースに導入されたリン酸基に由来する強酸性基と弱酸性基の導入量の差が0.5mmol/g以下になるよう反応させることが、高透明なリン酸変性微細セルロース繊維を得るために好ましい。リン酸基に由来する強酸性基と弱酸性基の導入量の差は、0.3mmol/g以下になるよう反応させるのがさらに好ましく、0.2mmol/g以下になるよう反応させるのが特に好ましい。強酸性基と弱酸性基の導入量の差が大きいと、セルロースに導入されたリン酸基同士が縮合を起こしており、工程(b)で微細化を行った後の微細セルロース繊維含有スラリーの透明性が低下する。
【0052】
リン酸基導入工程は、少なくとも1回行えば良いが、複数回繰り返すこともできる。この場合、より多くのリン酸基が導入されるので好ましい。
【0053】
リン酸基の繊維原料への導入量については、後述する工程(b)により微細化を行い、得られた微細セルロース繊維含有スラリーをイオン交換樹脂で処理した後、水酸化ナトリウム水溶液を加えながら電気伝導度の変化を求める伝導度滴定法を用いる。
【0054】
イオン交換樹脂を用いた処理では、微細セルロース繊維含有スラリーに体積で1/10の強酸性イオン交換樹脂(例えば、アンバージェット1024;オルガノ株式会社、コンディショング済)を加え、1時間振とう処理を行う。その後、目開き90μm程度のメッシュ上に注ぎ、樹脂とスラリーを分離する。
【0055】
伝導度滴定では、アルカリを加えていくと、
図1に示した曲線を与える。最初は、急激に電気伝導度が低下する(以下、「第1領域」という)。その後、わずかに伝導度が上昇を始める(以下、「第2領域」という)。さらにその後、伝導度の増分が増加する(以下、「第3領域」という)。すなわち、3つの領域が現れる。このうち、第1領域で必要としたアルカリ量が、滴定に使用したスラリー中の強酸性基量と等しく、第2領域で必要としたアルカリ量が滴定に使用したスラリー中の弱酸性基量と等しくなる。リン酸基が縮合を起こす場合、見かけ上弱酸性基が失われ、第1領域に必要としたアルカリ量と比較して第2領域に必要としたアルカリ量が少なくなる。一方、強酸性基量は、縮合の有無に関わらずリン原子の量と一致することから、単にリン酸基導入量または置換基導入量と言った場合は、強酸性基量のことを表す。
【0056】
[解繊処理工程(b)]
解繊処理工程(b)では、通常、解繊処理装置を用いて、リン酸導入繊維を解繊処理して、微細繊維含有スラリーを得るが、特に限定されない。
解繊処理装置としては、高速解繊機、グラインダー(石臼型粉砕機)、高圧ホモジナイザーや超高圧ホモジナイザー、高圧衝突型粉砕機、ボールミル、ビーズミルなどを使用できる。あるいは、解繊処理装置としては、ディスク型リファイナー、コニカルリファイナー、二軸混練機、振動ミル、高速回転下でのホモミキサー、超音波分散機、又はビーターなど、湿式粉砕する装置等を使用することもできる。解繊処理装置は、上記に限定されるものではない。
【0057】
好ましい解繊処理方法としては、粉砕メディアの影響が少なく、コンタミの心配が少ない高速解繊機、高圧ホモジナイザーや超高圧ホモジナイザーが挙げられるが、特に限定されない。
【0058】
解繊処理の際には、リン酸基を導入した繊維原料を水と有機溶媒を単独又は組み合わせて希釈してスラリー状にすることが好ましいが、特に限定されない。分散媒としては、水の他に、極性有機溶剤を使用することができる。好ましい極性有機溶剤としては、アルコール類、ケトン類、エーテル類、ジメチルスルホキシド(DMSO)、ジメチルホルムアミド(DMF)、若しくはジメチルアセトアミド(DMAc)等が挙げられるが、特に限定されない。アルコール類としては、メタノール、エタノール、n-プロパノール、イソプロパノール、n-ブタノール、若しくはt-ブチルアルコール等が挙げられる。ケトン類としては、アセトン若しくはメチルエチルケトン(MEK)等が挙げられる。エーテル類としては、ジエチルエーテル若しくはテトラヒドロフラン(THF)等が挙げられる。分散媒は1種であってもよいし、2種以上でもよい。また、分散媒中に繊維原料以外の固形分、例えば水素結合性のある尿素などを含んでも構わない。
【0059】
希釈後のリン酸導入繊維の固形分濃度は特に限定されないが、0.1~20質量%であることが好ましく、0.5~10質量%であることがより好ましい。希釈後のリン酸導入繊維の固形分濃度が0.1質量%以上であれば、解繊処理の効率が向上し、前記固形分濃度が20質量%以下であれば、解繊処理装置内での閉塞を防止できる。
【0060】
(b)工程後に濃縮工程を用いずに得られる微細セルロース繊維含有スラリーは、1~1000nmの数平均繊維幅を有することが好ましいが、特に限定されない。
(b)工程後に濃縮工程を用いずに得られる微細セルロース繊維含有スラリーは、固形分濃度0.2質量%において全光線透過率が好ましくは95%以上であることが好ましく、より好ましくは96%以上であるが、特に限定されない。
(b)工程後に濃縮工程を用いずに得られる微細セルロース繊維含有スラリーは、固形分濃度0.2質量%において液ヘーズは好ましくは15%以下であり、より好ましくは10%以下であるが、特に限定されない。
【0061】
[その他の処理工程]
さらに本発明においては、工程(a)と工程(b)の間にアルカリ処理工程を有すると、微細繊維の収率が向上するため、好ましい。また、前記アルカリ処理によって、繊維に導入されたリン酸基に陽イオンを供給して、容易に塩にすることができる。
【0062】
アルカリ処理の方法としては、特に限定されないが、例えば、アルカリ溶液中に、リン酸基導入繊維を浸漬する方法が挙げられる。
アルカリ溶液に含まれるアルカリ化合物は、特に限定されないが、無機アルカリ化合物であってもよいし、有機アルカリ化合物であってもよい。無機アルカリ化合物としては、アルカリ金属の水酸化物、炭酸塩、リン酸塩等が挙げられるが特に限定されない。アルカリ金属の水酸化物としては、水酸化リチウム、水酸化ナトリウム、又は水酸化カリウムが挙げられるが、特に限定されない。
【0063】
アルカリ金属の炭酸塩としては炭酸リチウム、炭酸水素リチウム、炭酸カリウム、炭酸水素カリウム、炭酸ナトリウム、又は炭酸水素ナトリウムが挙げられるが、特に限定されない。
アルカリ金属のリン酸塩としてはリン酸3リチウム、リン酸3カリウム、リン酸3ナトリウム、又はリン酸水素2ナトリウムなどが挙げられるが、特に限定されない。
【0064】
有機アルカリ化合物としては、アンモニア、脂肪族アミン、芳香族アミン、脂肪族アンモニウム、芳香族アンモニウム、複素環式化合物及びその水酸化物、炭酸塩、又はリン酸塩等が挙げられるが、特に限定されない。
【0065】
本発明のアルカリ溶液に含まれる有機アルカリ化合物としてより具体的には、例えば、アンモニア、ヒドラジン、メチルアミン、エチルアミン、ジエチルアミン、トリエチルアミン、プロピルアミン、ジプロピルアミン、ブチルアミン、ジアミノエタン、ジアミノプロパン、ジアミノブタン、ジアミノペンタン、ジアミノヘキサン、シクロヘキシルアミン、アニリン、テトラメチルアンモニウムヒドロキシド、テトラエチルアンモニウムヒドロキシド、テトラプロピルアンモニウムヒドロキシド、テトラブチルアンモニウムヒドロキシド、ベンジルトリメチルアンモニウムヒドロキシド、ピリジン、N,N-ジメチル-4-アミノピリジン、炭酸アンモニウム、炭酸水素アンモニウム、又はリン酸水素2アンモニウム等が挙げられるが、特に限定されない。
【0066】
アルカリ溶液における溶媒としては水又は有機溶媒のいずれであってもよく、特に限定されない。前記溶媒は、極性溶媒(水、又はアルコール等の極性有機溶媒)が好ましく、少なくとも水を含む水系溶媒がより好ましい。
また、アルカリ溶液のうちでは、汎用性が高いことから、水酸化ナトリウム水溶液、又は水酸化カリウム水溶液が特に好ましいが、特に限定されない。
【0067】
リン酸基導入セルロースを浸漬させたアルカリ溶液の25℃におけるpHは特に限定されないが、9~14であることが好ましく、10~14であることがより好ましく、11~14であることがさらに好ましい。アルカリ溶液のpHが9以上であれば、微細繊維の収率がより高くなる。しかし、pHが14を超えると、アルカリ溶液の取り扱い性が低下する。
【0068】
本発明における「リン酸基導入セルロースを浸漬させたアルカリ溶液の25℃におけるpHは9~14」とは、25℃の温度を基準とした時の、リン酸基導入繊維を浸漬させたアルカリ溶液のpHが前記範囲内であることを意味する。すなわち、前記アルカリ溶液が25℃以外の温度に調製される場合は、かかる温度に応じて前記pHの範囲は補正される。このように補正されたpHの範囲の前記アルカリ溶液を調製することも、本発明の範囲に含まれる。
【0069】
アルカリ処理工程におけるアルカリ溶液の温度は特に限定されないが、5~80℃が好ましく、10~60℃がより好ましい。
アルカリ処理工程におけるアルカリ溶液への浸漬時間は特に限定されないが、5~30分間が好ましく、10~20分間がより好ましい。
【0070】
アルカリ処理におけるアルカリ溶液の使用量は特に限定されないが、リン酸導入繊維の絶乾質量に対して100~100000質量%であることが好ましく、1000~10000質量%であることがより好ましい。
【0071】
アルカリ処理工程におけるアルカリ溶液使用量を減らすために、アルカリ処理工程の前に、リン酸基導入繊維を水や有機溶媒により洗浄しても構わない。アルカリ処理後には、取り扱い性を向上させるために、解繊処理工程の前に、アルカリ処理済みリン酸基導入繊維を水や有機溶媒により洗浄することが好ましいが、特に限定されない。
【0072】
以下の実施例により本発明を更に詳細に説明するが、本発明はこれらの実施例によって限定されるものではない。
【実施例】
【0073】
(実施例1)
<リン酸化試薬Aの調整>
尿素30.0gとリン酸二水素ナトリウム二水和物16.6g、リン酸水素二ナトリウム12.4gを32.8gの水に溶解させてリン酸化試薬Aを調整した。
【0074】
<微細セルロース繊維の製造>
乾燥した針葉樹晒クラフトパルプの抄上げシートをカッターミル、およびピンミルで処理し、綿状の繊維にした。この綿状の繊維を絶乾重量で30g取り、リン酸化試薬Aをスプレーでまんべんなく吹きかけた後、手で練り合わせ、薬液含浸パルプを得た。
【0075】
得られた薬液含浸パルプを140℃に加熱したダンパー付きの送風乾燥機にて、60分間加熱処理し、リン酸化パルプを得た。この時、加熱前からの質量減少分から質量減少率を算出した。
【0076】
得られたリン酸化パルプをパルプ質量で3g分取し、300mlのイオン交換水を注ぎ、攪拌して均一に分散させた後、濾過脱水して、脱水シートを得る工程を2回繰り返した。次いで、得られた脱水シートを300mlのイオン交換水で希釈し、攪拌しながら、1Nの水酸化ナトリウム水溶液を少しずつ添加し、pHが12~13のパルプスラリーを得た。その後、このパルプスラリーを脱水し、脱水シートを得た後、300mlのイオン交換水を注ぎ、攪拌して均一に分散させた後、濾過脱水して、脱水シートを得る工程を2回繰り返した。
【0077】
洗浄脱水後に得られたリン酸化パルプの脱水シートにイオン交換水を添加後、攪拌し、0.5質量%のスラリーにした。このスラリーを、解繊処理装置(エムテクニック社製、クレアミックス-2.2S)を用いて、21500回転/分の条件で30分間解繊処理して、解繊パルプスラリーを得た。
微細セルロース繊維含有スラリーを下記記載([遠心分離後の上澄み収率の測定]中の遠心分離)に準じて遠心分離を行い、微細セルロース繊維の収率を算出した。
【0078】
(実施例2~4)
140℃に加熱したダンパー付きの送風乾燥機での加熱処理時間を、70分間(実施例2)、90分間(実施例3)又は100分間(実施例4)としてリン酸化パルプを得た以外は実施例1と同様にして、微細セルロース繊維含有スラリーを得た。
【0079】
(比較例1~3)
140℃に加熱したダンパー付きの送風乾燥機での加熱処理時間を、50分間(比較例1)、120分間(比較例2)又は130分間(比較例3)としてリン酸化パルプを得た以外は実施例1と同様にして、微細セルロース繊維含有スラリーを得た。
【0080】
(参考例1)
140℃に加熱したダンパー付きの送風乾燥機での加熱処理をしなかった以外は実施例1と同様にして解繊パルプスラリーおよび微細セルロース繊維含有スラリーを得た。
【0081】
(参考例2~5)
140℃に加熱したダンパー付きの送風乾燥機での加熱処理時間を5分間(参考例2)、10分間(参考例3)、15分間(参考例4)、又は20分間(参考例5)とし、加熱処理した時点の質量減少率のみを算出した以外は実施例1と同様に処理を行った。
【0082】
(参考例6)
140℃に加熱したダンパー付きの送風乾燥機での加熱処理時間を30分間とした以外は実施例1と同様にして解繊パルプスラリーおよび微細セルロース繊維含有スラリーを得た。
【0083】
(比較例4)
リン酸化試薬に尿素を加えなかった以外は実施例1と同様にして解繊パルプスラリーおよび、微細セルロース繊維含有スラリーを得た。
【0084】
(比較例5~10)
140℃に加熱したダンパー付きの送風乾燥機にて、90分間(比較例5)、120分間(比較例6)、180分間(比較例7)、240分間(比較例8)、300分間(比較例9)、又は360分間(比較例10)加熱処理し、リン酸化パルプを得た。上記以外は比較例4と同様にして、解繊パルプスラリーおよび微細セルロース繊維スラリーを得た。
【0085】
(参考例7及び8)
140℃に加熱したダンパー付きの送風乾燥機での加熱処理時間を10分間(参考例7)又は20分間(参考例8)とし、加熱処理した時点の質量減少率のみを算出した以外は比較例4と同様に処理を行った。
【0086】
(参考例9)
140℃に加熱したダンパー付きの送風乾燥機での加熱処理時間を30分間とした以外は比較例4と同様にして、解繊パルプスラリーおよび微細セルロース繊維含有スラリーを得た。
【0087】
<評価>
上記の解繊パルプスラリーについて、遠心分離した後の上澄み収率を以下に記載の方法により測定した。遠心分離後の上澄み収率は、微細セルロース繊維の収率の指標となり、上澄み収率が高い程、微細セルロース繊維の収率が高い。
[遠心分離後の上澄み収率の測定]
解繊パルプスラリーにイオン交換水を添加して、スラリー固形分濃度を0.2質量%に調整し、冷却高速遠心分離機(コクサン社、H-2000B)を用い、12000G×10minの条件で遠心分離した。得られた上澄み液を回収し、上澄み液の固形分濃度を測定した。下記式に基づいて、微細セルロース繊維の収率を求めた。
微細セルロース繊維の収率(%)=上澄み液の固形分濃度/0.2質量%×100
【0088】
[透過型電子顕微鏡観察]
解繊パルプスラリーの上澄み液を濃度0.01~0.1質量%に水で希釈し、親水化処理したカーボングリッド膜に滴下した。乾燥後、酢酸ウラニルで染色し、透過型電子顕微鏡(日本電子社製、JEOL-2000EX)により観察した。これにより、実施例1~4、比較例1~10、参考例1、6及び9において、幅4nm程度の微細セルロース繊維になっていることが確認された。
【0089】
[解繊液ヘーズ]
ヘーズは、微細セルロース繊維含有スラリーの透明度の尺度であり、ヘーズの値が低いほど透明度が高い。ヘーズの測定は工程(b)後の微細セルロース繊維含有スラリーをそのままイオン交換水で固形分濃度0.2質量%となるように希釈した後、JIS規格K7136に準拠し、村上色彩技術研究所製ヘーズメーター(HM-150)を用いて測定した。
【0090】
[解繊液全光線透過率]
全光線透過率は、ヘーズと合わせて微細セルロース繊維含有スラリーの透明度の尺度であり、全光線透過率が高いほど透明度が高い。全光線透過率は工程(b)の後の微細セルロース繊維含有スラリーをそのままイオン交換水で固形分濃度0.2質量%となるように希釈した後、JIS規格K7136に準拠し、村上色彩技術研究所製ヘーズメーター(HM-150)を用いて測定した。
【0091】
[置換基導入量]
置換基導入量は、繊維原料へのリン酸基の導入量であり、この値が大きいほど、多くのリン酸基が導入されている。置換基導入量は、工程(b)の後の微細セルロース繊維含有スラリーをそのままイオン交換水で固形分濃度0.2質量%となるように希釈した後、イオン交換樹脂による処理、アルカリを用いた滴定によって測定した。イオン交換樹脂による処理では、0.2質量%微細セルロース繊維含有スラリーに体積で1/10の強酸性イオン交換樹脂(アンバージェット1024;オルガノ株式会社、コンディショング済)を加え、1時間振とう処理を行った。その後、目開き90μmのメッシュ上に注ぎ、樹脂とスラリーを分離した。アルカリを用いた滴定では、イオン交換後の微細セルロース繊維含有スラリーに、0.1Nの水酸化ナトリウム水溶液を加えながら、スラリーが示す電気伝導度の値の変化を計測した。
すなわち、
図1に示した曲線の第1領域で必要としたアルカリ量(mmol)を、滴定対象スラリー中の固形分(g)で除して、置換基導入量(mmol/g)とした。
【0092】
表1および
図2に、実施例1~4、比較例1~3、及び参考例1~6における加熱時間、質量減少率、微細セルロース繊維収率、解繊液ヘーズ、解繊液全光線透過率、および置換基導入量を示す。
表2及び
図3に、比較例4~10及び参考例7~9における加熱時間、質量減少率及び微細セルロース繊維収率、解繊液ヘーズ、解繊液全光線透過率、および置換基導入量を示す。
【0093】
【0094】
【0095】
まず、尿素の有無が微細セルロース繊維製造に及ぼす影響について考察する。
図2及び
図3に示す質量減少率と微細セルロース繊維収率より、微細セルロース繊維の収率が高まり、ヘーズが低下する(透明性が高まる)のは、加熱により系内の水分が除かれ、実質的に水が存在しない状況下で加熱された時点からであることが分かる。
なお、
図2は
図3と比較して質量減少率が変曲点を迎えた後もなお増加していくが、これは高温において尿素が分解しているためである。尿素は130~135℃において融解し、分解することが知られている。また、尿素水溶液の状態では分解が起こりにくいことも知られている。
従って、
図2における質量減少率のグラフで第1の傾きは系内の水分蒸発に起因し、第2の傾きは主に尿素の分解によるとみなせる。
【0096】
水が系内から除かれるのは、
図2及び
図3において加熱時間が40分間程度の時点で共通している。
図4で尿素の有無を比較すると、尿素を添加した場合は尿素を加えない場合と比較して、直ちに微細セルロース繊維の収率が向上するが、加熱時間が進むにつれ、微細セルロース繊維の収率は低下し、また、得られる微細セルロース繊維を含むスラリーの透明性が著しく低下する。
尿素を添加しない条件では著しい微細セルロース繊維収率および、スラリー透明性の低下はみられなかった。
【0097】
一方で、表1および表2から、微細セルロース繊維の収率が高く、かつ透明性が高い(0.2質量%スラリーでの解繊液ヘーズ15%以下)微細セルロース繊維スラリーは、尿素を添加した条件でのみ得られることが分かる。表1の実施例1~4における微細セルロース繊維収率・解繊液ヘーズを参照。
【0098】
すなわち、尿素を添加しない場合は長時間の加熱でも著しいスラリー透明性の低下は見られないが、極めて透明性の高いスラリーは得られない。一方で、尿素を添加した場合は、極めて透明性の高いスラリーを得ることが出来るが、長時間加熱した場合は、著しい透明性の低下が見られる。
すなわち、極めて透明性の高い微細セルロース繊維含有スラリーを得るためには、尿素を添加しつつ、最適な条件でリン酸エステル化を進行させる必要がある、
【0099】
本発明の目的の1つは、より透明性の高い微細セルロース繊維スラリーを得ることである。この目的のためには、尿素を加えた条件での反応系で、1回のリン酸化反応で導入される置換基量を1.2mmol/g以下にすることが好ましく、最終的なリン酸基導入量が0.6mmol/g以上であることが好ましい。
【0100】
(製造例1)
針葉樹クラフトパルプとして、王子製紙製のパルプ(固形分93質量% 米坪208g/m2シート状 離解してJIS P8121に準じて測定されるカナダ標準濾水度(CSF)700ml)を使用した。上記針葉樹クラフトパルプの絶乾質量として100質量部に、リン酸二水素アンモニウムと尿素の混合水溶液を含浸し、リン酸二水素アンモニウム56質量部、尿素150質量部となるように圧搾し、薬液含浸パルプを得た。
得られた薬液含浸パルプを105℃の乾燥機で乾燥し、水分を蒸発させてプレ乾燥させた。その後、140℃に設定した送風乾燥機で、4分間加熱し、パルプ中のセルロースにリン酸基を導入した。
【0101】
得られたリン酸化パルプ100質量部に対して10000質量部のイオン交換水を注ぎ、攪拌して均一に分散させた後、濾過脱水して、脱水シートを得る工程を2回繰り返した。次いで、得られた脱水シートを10000質量部のイオン交換水で希釈し、攪拌しながら、1Nの水酸化ナトリウム水溶液を少しずつ添加し、pHが12~13のパルプスラリーを得た。その後、このパルプスラリーを脱水し、脱水シートを得た後、10000質量部のイオン交換水を注ぎ、攪拌して均一に分散させた後、濾過脱水して、脱水シートを得る工程を2回繰り返して、リン酸化パルプの脱水シートを得た。
【0102】
(製造例2~5)
140℃に設定した送風乾燥機での加熱時間を6.5分(製造例2)、10分(製造例3)、15分(製造例4)、30分(製造例5)とした以外は製造例1と同様にしてリン酸化パルプの脱水シートを得た。
【0103】
(製造例6)
製造例3で得たリン酸化パルプの脱水シートを原料にした以外は、製造例3と同様にして、リン酸基を導入する工程をさらに3回繰り返して(リン酸化回数の合計が4回)、リン酸化パルプの脱水シートを得た。
【0104】
(実施例5)
製造例3で得たリン酸化パルプの脱水シートにイオン交換水を添加後、攪拌し、0.5質量%のスラリーにした。このスラリーを、解繊処理装置(エムテクニック社製、クレアミックス-2.2S)を用いて、21500回転/分の条件で1、3、7、15、30分間解繊処理した時の、微細セルロース繊維含有スラリーのヘーズを前記方法により測定した。また、セルロースに導入されたリン酸基に由来する強酸性基と弱酸性基の導入量を求めた。
【0105】
[リン酸基に由来する強酸性基と弱酸性基の導入量]
リン酸基に由来する強酸性基と弱酸性基の導入量の差分は、リン酸基の縮合の尺度となる。この値が小さいほどリン酸基の縮合が少なく、透明性の高い微細セルロース繊維含有スラリーを与える。リン酸基に由来する強酸性基と弱酸性基の導入量は、工程(b)の後の微細セルロース繊維含有スラリーをそのままイオン交換水で固形分濃度0.2質量%となるように希釈した後、イオン交換樹脂による処理、アルカリを用いた滴定によって測定した。イオン交換樹脂による処理では、0.2質量%微細セルロース繊維含有スラリーに体積で1/10の強酸性イオン交換樹脂(アンバージェット1024;オルガノ株式会社、コンディショング済)を加え、1時間振とう処理を行った。その後、目開き90μmのメッシュ上に注ぎ、樹脂とスラリーを分離した。アルカリを用いた滴定では、イオン交換後の微細セルロース繊維含有スラリーに、0.1Nの水酸化ナトリウム水溶液を加えながら、スラリーが示す電気伝導度の値の変化を計測した。
すなわち、
図1に示した曲線の第1領域で必要としたアルカリ量(mmol)を、滴定対象スラリー中の固形分(g)で除して、強酸性基の導入量(mmol/g)とした。
また、
図1に示した曲線の第2領域で必要としたアルカリ量(mmol)を、滴定対象スラリー中の固形分(g)で除して、弱酸性基の導入量(mmol/g)とした。
【0106】
(実施例6)
製造例4で得たリン酸化パルプの脱水シートを用いた以外は実施例5と同様にして、微細セルロース繊維含有スラリーのヘーズを前記方法により測定した。また、セルロースに導入されたリン酸基に由来する強酸性基と弱酸性基の導入量を求めた。
【0107】
(実施例7)
製造例6で得たリン酸化パルプの脱水シートを用いた以外は実施例5と同様にして、微細セルロース繊維含有スラリーのヘーズを前記方法により測定した。また、セルロースに導入されたリン酸基に由来する強酸性基と弱酸性基の導入量を求めた。
【0108】
(比較例11)
リン酸化を行っていない、針葉樹クラフトパルプを用いた以外は実施例5と同様にして、微細セルロース繊維含有スラリーのヘーズを前記方法により測定した。また、セルロースに導入されたリン酸基に由来する強酸性基と弱酸性基の導入量を求めた。
【0109】
(比較例12)
製造例1で得たリン酸化パルプの脱水シートを用いた以外は実施例5と同様にして、微細セルロース繊維含有スラリーのヘーズを前記方法により測定した。また、セルロースに導入されたリン酸基に由来する強酸性基と弱酸性基の導入量を求めた。
【0110】
(比較例13)
製造例2で得たリン酸化パルプの脱水シートを用いた以外は実施例5と同様にして、微細セルロース繊維含有スラリーのヘーズを前記方法により測定した。また、セルロースに導入されたリン酸基に由来する強酸性基と弱酸性基の導入量を求めた。
【0111】
(比較例14)
製造例5で得たリン酸化パルプの脱水シートを用いた以外は実施例5と同様にして、微細セルロース繊維含有スラリーのヘーズを前記方法により測定した。また、セルロースに導入されたリン酸基に由来する強酸性基と弱酸性基の導入量を求めた。
【0112】
実施例5~7、比較例11~14に関して、リン酸基導入量に対する、解繊時間(微細化時間)と微細セルロース繊維含有スラリーのヘーズの結果を表3、
図5に示す。
【0113】
【0114】
リン酸基の導入条件を好適な条件とした実施例5~7ではヘーズ15%以下の透明性の高いスラリーが得られる。また、
図5から明らかなように、ヘーズ15%以下になるまでの時間も極めて短い。
従って、最終的に透明性の高いスラリーが得られる条件は、そのような透明性の高いスラリーを得るために必要な機械的エネルギーを低減する効果がある。
【0115】
一方、リン酸基の導入条件が好適な条件外である比較例11~14ではヘーズの値が高く、透明性が十分で無い。また、解繊時間に対する透明性の向上も緩慢であり、微細セルロース繊維を得る効率が悪い。
特に、未変性の条件(比較例11)では、解繊時間を、100倍に延長しても、実施例に示した条件には及ばなかった。
【0116】
(実施例8)
製造例5で得られたリン酸化パルプの脱水シートに3質量%の塩酸を加え、パルプ濃度が1質量%のスラリーとなるように調製した後、60℃の条件で撹拌しながら2時間加水分解反応を行った。加水分解反応後のパルプをイオン交換水で十分に洗浄した後、3質量%炭酸ナトリウム水溶液を加えてパルプ濃度が1質量%になるよう調整し、撹拌しながら20分間静置した。炭酸ナトリウム処理後のパルプをイオン交換水で十分に洗浄し、加水分解されたリン酸化パルプの脱水シートを得た。
【0117】
この脱水シートにイオン交換水を添加後、攪拌し、0.5質量%のスラリーにした。このスラリーを、解繊処理装置(エムテクニック社製、クレアミックス-2.2S)を用いて、21500回転/分の条件で30分間解繊処理した時の、微細セルロース繊維含有スラリーのヘーズを測定した。
【0118】
実施例6(解繊時間30分)、比較例14(解繊時間30分)、実施例8の、強酸性基及び弱酸性基の量、微細セルロース繊維含有スラリーの液ヘーズ、繊維原料の歩留まり、及び重合度[-]を表4に示した。重合度および繊維原料の歩留まり率は以下の方法で測定した。
【0119】
[微細セルロース繊維の重合度測定]
微細セルロース繊維(遠心分離後の上澄み液、濃度約0.5質量%をポリ四フッ化エチレン製シャーレ上に展開し、60℃にて乾燥して、ドライシートを得る。得られたドライシートを分散媒に分散させて、Tappi T230に従い、パルプ粘度を測定する。また、前記分散媒のみで粘度を測定してブランクテストを行い、ブランク粘度を測定する。パルプ粘度をブランク粘度で割った数値から1を引いて比粘度(ηsp)とし、下記式を用いて、固有粘度([η])を算出する。
[η]=ηsp/(c(1+0.28×ηsp))
式中のcは、粘度測定時のセルロース濃度を示す。
そして、下記式から本発明における重合度(DP)を算出する。
DP=1.75×[η]
この重合度は、粘度法によって測定された平均重合度であることから、「粘度平均重合度」と称されることもある。
【0120】
[繊維原料の歩留まり率]
繊維原料の歩留まり率は、工程(a)に供試した繊維原料の、工程(b)に供試される時点での歩留まりを示し、下記式から算出した。
(歩留まり率)= α/β×100 [%]
ここで、αは工程(b)に供試するリン酸エステル化繊維原料の絶乾質量であり、βはαを得るために必要な、工程(a)に供試する前の繊維原料の絶乾質量である。
例えば、繊維原料の歩留まり率が80%であれば、絶乾質量α=80gのリン酸エステル化繊維原料を得るためには、絶乾質量β=100gの繊維原料を工程(a)に供試する必要がある。
【0121】
【0122】
比較例2、3、14に示したような透明性の低下は、セルロースに導入されたリン酸基の縮合に関連していると考えられる。実際、比較例14では強酸性基と弱酸性基の量の差が0.5mmol/gを越えており、縮合が存在していると考えられる。
このような縮合は、酸処理によって切断できることが知られている。実際、実施例8では、酸処理によって縮合を切断することで、強酸性基と弱酸性基の量の差が0.5mmol/g以下となり、また、透明性が回復している。しかし、セルロース分子鎖自体が、酸加水分解を受けるため、酸処理後の歩留まりが大きく低下し、またセルロースの重合度が低下した。また、導入したリン酸基の一部が加水分解で溶出する単糖と共に失われたため、リン酸基量(強酸性基量)が低下していた。