(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2022-12-16
(45)【発行日】2022-12-26
(54)【発明の名称】常磁性の硬質ステンレス鋼とその製造方法
(51)【国際特許分類】
C22C 38/00 20060101AFI20221219BHJP
C22C 38/60 20060101ALI20221219BHJP
C21D 6/00 20060101ALI20221219BHJP
C21D 9/00 20060101ALI20221219BHJP
【FI】
C22C38/00 302Z
C22C38/60
C21D6/00 102L
C21D6/00 Z
C21D9/00 Q
【外国語出願】
(21)【出願番号】P 2020150307
(22)【出願日】2020-09-08
【審査請求日】2020-09-08
(32)【優先日】2019-12-13
(33)【優先権主張国・地域又は機関】EP
【前置審査】
(73)【特許権者】
【識別番号】506425538
【氏名又は名称】ザ・スウォッチ・グループ・リサーチ・アンド・ディベロップメント・リミテッド
(74)【代理人】
【識別番号】100098394
【氏名又は名称】山川 茂樹
(74)【代理人】
【識別番号】100153006
【氏名又は名称】小池 勇三
(72)【発明者】
【氏名】ジョエル・ポレ
【審査官】鈴木 毅
(56)【参考文献】
【文献】特開昭48-076721(JP,A)
【文献】特開昭49-017761(JP,A)
【文献】特開昭49-126511(JP,A)
【文献】特開平05-320751(JP,A)
【文献】特開昭53-035613(JP,A)
【文献】特開昭53-041265(JP,A)
【文献】中国特許出願公開第107447170(CN,A)
【文献】特開平10-195502(JP,A)
【文献】特表2017-534753(JP,A)
【文献】田村今男ら,α-γ2相混合組織を持つFe-Cr-Ni合金の時効挙動について,日本金属学会誌,40巻、4号,日本,日本金属学会,1976年,第353-360頁
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C22C 38/00 - 38/60
C21D 6/00 - 6/04
C21D 9/00
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
常磁性のステンレス鋼の部品を製造する方法であって、
(a)実質的に製造する部品の形状を有する又は異なる形状を有し、
26 ≦ Cr ≦ 40%、
5 ≦ Ni ≦ 20%、
0 ≦ Mn ≦ 5%、
0 ≦ Al ≦ 5%、
0 ≦ Mo ≦ 3%、
0 ≦ Cu ≦ 2%、
0 ≦ Si ≦ 5%、
0 ≦ Ti ≦ 1%、
0 ≦ Nb ≦ 1%、
0 ≦ C ≦ 0.1%、
0 ≦ N ≦ 0.1%、
0 ≦ S ≦ 0.5%、
0 ≦ P ≦ 0.1%、または、
28 ≦ Cr ≦ 38%、
5 ≦ Ni ≦ 15%、
0 ≦ Mn ≦ 3%、
0 ≦ Al ≦ 3%、
0 ≦ Mo ≦ 3%、
0 ≦ Cu ≦ 2%、
0 ≦ Si ≦ 5%、
0 ≦ Ti ≦ 1%、
0 ≦ Nb ≦ 1%、
0 ≦ C ≦ 0.05%、
0 ≦ N ≦ 0.05%、
0 ≦ S ≦ 0.5%、
0 ≦ P ≦ 0.1%、もしくは、
30 ≦ Cr ≦ 36%、
5 ≦ Ni ≦ 10%、
0 ≦ Mn ≦ 3%、
0 ≦ Al ≦ 1%、
0 ≦ Mo ≦ 1%、
0 ≦ Cu ≦ 1%、
0 ≦ Si ≦ 3%、
0 ≦ Ti ≦ 1%、
0 ≦ Nb ≦ 1%、
0 ≦ C ≦ 0.05%、
0 ≦ N ≦ 0.05%、
0 ≦ S ≦ 0.5%、
0 ≦ P ≦ 0.1%
の化学的組成を有し、100%フェライトを含む組織を有するブランクを用意する又は作るステップと、
(b)前記ステップ(a)における前記ブランクが前記製造する部品と異なる形状を有する場合に、前記ブランクを形成するステップと、
(c)前記ブランクに対して硬化処理を行って前記部品を得るステップと
を行い、
前記硬化処理は、650~900℃の温度で30分~24時間行って前記組織に含まれるフェライトをオーステナイト相と金属間シグマ相に変態させ、
前記硬化処理の後に、周囲温度まで冷却する
ことを特徴とする製造方法。
【請求項2】
前記ステップ(a)におけるブランクが有する組織に含まれる100%フェライト組織を、950~1450℃の温度で1分~24時間基材に対して熱処理又は加工熱処理を行うことによって作り、
前記熱処理又は加工熱処理の後に、500℃未満の温度に新たな相が形成されるのを防ぐように急冷して硬化させて、周囲温度においてフェライト組織を保持する
ことを特徴とする請求項1に記載の製造方法。
【請求項3】
前記基材は、粉末又は粉末が固められた固結物の形態である
ことを特徴とする請求項2に記載の製造方法。
【請求項4】
前記基材は、鋳造、プレス、金属射出成形、付加的製造、又は粉末冶金によって得る
ことを特徴とする請求項2に記載の製造方法。
【請求項5】
前記ステップ(a)における前記ブランクを選択的レーザー溶融によって作る
ことを特徴とする請求項1に記載の製造方法。
【請求項6】
前記ステップ(a)の後に、前記ブランクが150~400HV10の硬度を有する
ことを特徴とする請求項1~5のいずれか一項に記載の製造方法。
【請求項7】
前記成形ステップ(b)が、650℃未満の温度で1以上の塑性変形シーケンスを含む
ことを特徴とする請求項1~6のいずれか一項に記載の製造方法。
【請求項8】
前記成形ステップ(b)を鍛造、ブランキング又は機械加工によって行う
ことを特徴とする請求項1~7のいずれか一項に記載の製造方法。
【請求項9】
前記熱処理又は加工熱処理を複数のサイクル行う
ことを特徴とする請求項2に記載の製造方法。
【請求項10】
前記組織がオーステナイトを含有する場合、前記ステップ(c)の前に、950~1450℃の温度で1分~24時間の時間前記ブランクに対して加熱処理又は加工熱処理を行って完全なフェライト組織を得るステップ(b’)を行い、
この加熱処理又は加工熱処理の後に、500℃未満の温度に新たな相が形成されるのを防ぐように急冷して硬化させて、周囲温度において完全なフェライト組織を保持する
ことを特徴とする請求項1~9のいずれか一項に記載の製造方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、500~900HVの硬度を有する常磁性のステンレス鋼と、この鋼によって作られた、部品、特に、計時器用コンポーネント、に関する。本発明は、さらに、このステンレス鋼の部品を製造する方法に関する。
【背景技術】
【0002】
硬質の非磁性の金属合金が多くの分野で用いられており、基本的には、大きな機械的及び/又はトライボロジー的応力を受け、磁場の影響を受けないことが要求されるコンポーネントに用いられている。これは特に、ムーブメントのレベルにおける車、ピニオン、シャフト、そして、ばねのような多くの計時器用コンポーネントの場合に当てはまる。外側部品、例えば、ケースミドル部、ベゼル、裏部、そして、リュウズ、のために、高い硬度を得ることも関心事である。実際に、硬度が高いことによって、一般的には、外部環境に露出されるこれらのコンポーネントの品質の高い美的外観のための非常に優れた研磨性、また、傷や摩耗に対する優れた耐性、したがって、優れた耐久性、を獲得することができる。
【0003】
冶金学では、合金を硬化させるために、合金の化学的組成や熱力学的履歴に応じて、様々な機構が用いられている。したがって、固溶硬化、構造硬化、冷間加工、鋼のマルテンサイト変態、スピノーダル分解、さらには、粒径減少による硬化(Hall Petch)が知られている。最も注目すべき合金では、これらの硬化機構のいくつかが同時に用いられている。しかし、硬さが500HVよりも大きい非強磁性の合金は稀である。また、このようなレベルの硬度を得るために、結晶性の非強磁性の合金は、一般的には、第2の相の析出によって最大硬度を得ることを目的とした随意的な熱処理の前に、大きい度合いの冷間加工を必要とする。これは、例えば、冷間加工による硬化にのみ適したオーステナイト系ステンレス鋼、冷間加工後に析出熱処理を行う硬化に適したいくつかのオーステナイト系超合金の場合に当てはまる。実際には、冷間加工状態におけるこれらの合金によるコンポーネントの製造は困難である。第一に、鍛造による成形の場合、要求される硬度を得るために適切な度合いの冷間加工を行うことは、特に複雑な形状を有する部品の場合に、単純ではない。代わりに、定まった均質な冷間加工度を有する半製品に対して機械加工を行うことができるが、要求される冷間加工度を有する適切な材料のフォーマットを得ることは必ずしも容易ではない。また、合金が既に少なくとも部分的に硬化した状態となっているので、あらゆる機械加工は非常に難しくコストがかかる。最後に、特定の粉末冶金又は付加的製造方法のように、用いる方法が塑性変形を伴わない場合、単純に、これらの合金を硬化させることはできない。代わりに、特定の高エントロピー合金や特定の金属間合金のような、固有的に500HVよりも大きい硬度を有する合金を製造することは可能であるが、それらは同様に、機械加工が非常に難しく、変形させることは実際的には不可能である。なぜなら、それらの非常に高い硬度と非常に低い延性のためである。このようにして、硬化状態では非強磁性でありながら、事前の冷間加工を必要とせずに熱処理による硬化することに適した合金を見つけることの利点を理解することができる。このように、成形は軟質で延性のある状態で行われ、部品が完成した後に硬化熱処理が行われる。このことによって、特に炭素鋼やマルテンサイト系ステンレス鋼の大成功を説明することができるが、マルテンサイト系ステンレス鋼は残念ながら強磁性体である。
【0004】
非強磁性の合金において500HVよりも大きい硬度を得るために、現在、他の解決策が広く用いられている。部品を形成した後などに、特にオーステナイト系ステンレス鋼やチタン合金に対して、様々な表面硬化プロセスが行われる。しかし、硬化層の厚みは、一般的には、非常に小さく、数十μmのオーダーであり、表面の外観は、一般的には、処理によって変わる。したがって、計時器用コンポーネントの場合は、硬化後にきれいな全体的に研磨された表面を得るために、部品を再加工する必要がある。しかし、このような仕上げ作業は、硬化層の全部又は一部を除去し、したがって、この手法は、特に表面硬化処理が一般的に高コストであるため、実際にはほとんど用いられていない。
【0005】
繰り返しになるが、熱処理による500~900HVの硬化に適した非強磁性の合金を見つける必要性を理解することができる。この硬度の範囲では、一般的には、硬化され強化された状態の炭素鋼、マルテンサイト系ステンレス鋼、特定の相当に硬化されたステンレス鋼、又は何らかの冷間加工され熱処理されたオーステナイト系超合金が見つかる。
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
本発明は、当該製造方法の間に事前の冷間加工を必要としない熱処理によって、常磁性のふるまいと500~900HV10の硬度を得るための最適化されたステンレス鋼組成に関する。
【課題を解決するための手段】
【0007】
本発明に係る組成は、重量比で以下である。
- 26 ≦ Cr ≦ 40%、
- 5 ≦ Ni ≦ 20%、
- 0 ≦ Mn ≦ 5%、
- 0 ≦ Al ≦ 5%、
- 0 ≦ Mo ≦ 3%、
- 0 ≦ Cu ≦ 2%、
- 0 ≦ Si ≦ 5%、
- 0 ≦ Ti ≦ 1%、
- 0 ≦ Nb ≦ 1%、
- 0 ≦ C ≦ 0.1%、
- 0 ≦ N ≦ 0.1%、
- 0 ≦ S ≦ 0.5%、
- 0 ≦ P ≦ 0.1%
残りは鉄と不純物によって構成しており、その各元素の含有量は0.5%以下である。
【0008】
本発明によれば、ステンレス鋼の部品を製造する方法は、フェライト系又はフェライト-オーステナイト系の範囲内の上記の組成の基材に対して第1の熱処理又は熱機械的処理を行い、その後に、周囲温度においてフェライト系又はフェライト-オーステナイト系の構造を保持するように材料を硬化させることを伴う。このフェライト系又はフェライト-オーステナイト系のマイクロ構造は、軟質であり、したがって延性があるため、容易に成形することができる。その後に、随意的な成形を行った後に、フェライトをオーステナイト相とクロムリッチな金属間シグマ相に変態させるように硬化処理を行う。
【0009】
本発明の新規性は、特に硬化源としてシグマ相を用いることに由来する。なぜなら、この相は常に、有害であってステンレス鋼においては望まないものとして考えられてきたからである。実際に、シグマ相がクロムリッチであり、一般的には粒界にて形成されるため、合金中に存在する他の相のクロム濃度を低下させることによって耐食性を大幅に低下させてしまう。そして、シグマ相は非常に少量であっても、非常に迅速かつ相当に多くステンレス鋼を弱体化させる。実際に、この複雑な正方晶構造を有する相は、本来的に非常に脆く、粒界に存在することで、亀裂の進展を発生させやすい経路を形成する。したがって、900~1100HV10の硬度と常磁性の性質という2つの特に有利な性質があるにもかかわらず、シグマ相がステンレス鋼に用いられたことはない。
【0010】
本発明によれば、ステンレス鋼の組成と方法が、粒界におけるシグマ相の形成が優位とはならずに、シグマ相とオーステナイト相の両方で微細な分布を得るように最適化される。2つの非強磁性相からなるこの特定のマイクロ構造によって、硬度と粘り強さ、優れた耐食性、及び優れた研磨性の間にて非常に良好な妥協点を得ることが可能になる。
【0011】
図面を参照しながら以下の詳細な説明を読むことによって、本発明の別の特徴や利点が明らかになるであろう。
【図面の簡単な説明】
【0012】
【
図1】本発明に係るFe-35%Cr-9%Ni(重量%)鋼の硬化処理の前の回折図である。
【
図2】本発明に係るFe-35%Cr-9%Ni(重量%)鋼の硬化処理の後の回折図である。
【
図3】本発明に係るFe-32%Cr-9%Ni(重量%)鋼の光学顕微鏡による画像である。
【発明を実施するための形態】
【0013】
本発明は、500~900HV10の硬度を有する常磁性のステンレス鋼、及びそれを用いた部品の製造方法に関する。HV10硬度は、規格ISO6507-1:2018にしたがって測定されたビッカース硬度を表している。本発明は、さらに、この鋼を用いて作られた、部品、特に、計時器用コンポーネント、に関する。この部品は、ケースミドル部、裏部、ベゼル、リュウズ、押し部品、リストレットリンク、リストレット、タングバックル、表盤、針、及び表盤インデックスからなる群(すべてを網羅しているわけではない)から選択される外側部品コンポーネントによって構成していることができる。また、前記部品は、歯車、シャフト、ピニオン、ばね、ブリッジ、プレート、ねじ及びバランスからなる群(すべてを網羅しているわけではない)から選択されるムーブメント用コンポーネントによって構成していることができる。
【0014】
本発明に係るステンレス鋼は、重量比で以下の組成を有する。
- 26 ≦ Cr ≦ 40%、
- 5 ≦ Ni ≦ 20%、
- 0 ≦ Mn ≦ 5%、
- 0 ≦ Al ≦ 5%、
- 0 ≦ Mo ≦ 3%、
- 0 ≦ Cu ≦ 2%、
- 0 ≦ Si ≦ 5%、
- 0 ≦ Ti ≦ 1%、
- 0 ≦ Nb ≦ 1%、
- 0 ≦ C ≦ 0.1%、
- 0 ≦ N ≦ 0.1%、
- 0 ≦ S ≦ 0.5%、
- 0 ≦ P ≦ 0.1%
残りは鉄と不純物によって構成しており、その各元素の含有量は0.5%以下である。
【0015】
好ましくは、本発明に係るステンレス鋼は、重量比で以下の組成を有する。
- 28 ≦ Cr ≦ 38%、
- 5 ≦ Ni ≦ 15%、
- 0 ≦ Mn ≦ 3%、
- 0 ≦ Al ≦ 3%、
- 0 ≦ Mo ≦ 3%、
- 0 ≦ Cu ≦ 2%、
- 0 ≦ Si ≦ 5%、
- 0 ≦ Ti ≦ 1%、
- 0 ≦ Nb ≦ 1%、
- 0 ≦ C ≦ 0.05%、
- 0 ≦ N ≦ 0.05%、
- 0 ≦ S ≦ 0.5%、
- 0 ≦ P ≦ 0.1%
同様に、残りは鉄と不純物からなり、その各元素の含有量は0.5%以下である。
【0016】
より好ましくは、本発明に係るステンレス鋼は、以下の組成を有する。
- 30 ≦ Cr ≦ 36%、
- 5 ≦ Ni ≦ 10%、
- 0 ≦ Mn ≦ 3%、
- 0 ≦ Al ≦ 1%、
- 0 ≦ Mo ≦ 1%、
- 0 ≦ Cu ≦ 1%、
- 0 ≦ Si ≦ 3%、
- 0 ≦ Ti ≦ 1%、
- 0 ≦ Nb ≦ 1%、
- 0 ≦ C ≦ 0.05%、
- 0 ≦ N ≦ 0.05%、
- 0 ≦ S ≦ 0.5%、
- 0 ≦ P ≦ 0.1%
同様に、残りの鉄といずれかの不純物は上と同じである。
【0017】
本発明によれば、ステンレス鋼の部品を製造する方法は、上記範囲内の組成を有するブランクを用意する又は作るステップ(a)を備える。このブランクは、大部分がフェライト系、好ましくは100%フェライト系、の構造を有する。ブランクは、950~1450℃の範囲に含まれる温度で熱処理又は熱機械的処理が行われ、その後に硬化された基材から得られる。基材は、粉末又は固結物の形態であることができる。基材は、鋳造、プレス、金属射出成形(MIM)、付加的製造、そしてより広く、粉末冶金によって、作ることができる。基材の作成と熱処理を、例えば、選択的レーザー溶融(SLM)技術を用いて、単一のステップで行うことを想定することができる。これらの異なる技術によって、作られる部品の寸法構成と実質的に等しい寸法構成を有する基材を有するブランクを作ることが可能になり、その場合、その後の成形工程は必要ない。
【0018】
基材の組成は、1分~24時間950~1450℃の温度で保持したときに大部分又は完全にフェライト構造が得られるように最適化される。温度は、オーステナイトの重量比が40%以下、フェライトの重量比が60%以上となるように選択される。オーステナイトが存在することによって、鍛造、ブランク加工、機械加工などによる容易な成形が可能となるような最小の硬度と最大の延性を得ることが可能となる。
【0019】
鋳造によって得られた基材の均質化、再結晶化又は応力緩和処理を行うために、又は粉末状の基材の焼結を行うために、950~1450℃の範囲の熱処理又は熱機械的処理を用いることができる。フェライト系又はフェライト-オーステナイト系の範囲における処理は、単一のサイクルで行うことができ、又は複数の熱処理又は熱機械的処理のサイクルを含むことができる。また、他の熱処理又は熱機械的処理を先に行ったり後で行ったりすることもできる。
【0020】
フェライト系又はフェライト-オーステナイト系の範囲に保持した後に、冷却中に新たな相が形成されるのを防ぐために、ブランクを500℃未満の温度まで急冷する。これは硬化とも呼ばれる。このようにして、フェライト系又はフェライト-オーステナイト系構造は、周囲温度に保たれる。本発明に係る組成のおかげで、フェライト構造は、急冷後に周囲温度に保つのに十分に安定であり、それにもかかわらず、650~900℃の中間温度におけるその後の熱処理の間に、容易にかつ急速にシグマ相及びオーステナイトに変態するのに十分に準安定である。
【0021】
ステップ(a)の後に、鍛造、ブランキング、機械加工などによって、この合金は、硬度が低く延性が高く、これによって、適用可能であれば容易に成形することができる。
【0022】
ステップ(a)の後に、当該方法は、機械加工、ブランキング、又は鍛造のような変形を伴う任意の操作によって、ブランクを形成する随意的なステップ(b)を備える。このステップは、複数のシーケンスで実行することができる。ステップ(a)からのブランクが、製造する部品の最終形状を既に有している場合には、このステップは不要である。
【0023】
成形の他に、フェライトをオーステナイト及びシグマ相へと変態させる後続のステップの間に、特にフェライトの変態率を高めるために塑性変形操作を用いることができる。さらに、フェライト構造の場合、冷間加工による硬化が低く、硬化による処理の前には本発明に係る合金が大部分又は完全にフェライト質であるので、この塑性変形ステップは、機械加工又はブランキングによる随意的な成形において問題を発生させる硬化を誘発しない。一又は複数のシーケンスで行われるこの塑性変形は、650℃よりも低い温度で行うことができる。
【0024】
随意的な成形の後に、当該方法は、650℃~900℃でブランクに対して硬化熱処理を行って最終的な性質を得るステップ(c)を備える。650~900℃の熱処理の継続時間は、フェライトの完全な変態を確実にするために固定されており、その結果、シグマ相とオーステナイト相を含有するマイクロ構造が得られる。
【0025】
フェライトのオーステナイト+シグマ相への変態速度は、上記のように、特に合金の組成とその熱力学的履歴に依存する。一般的に、処理の継続時間は、30分~24時間である。硬化処理後に、鋼は、シグマ相の重量比が40~80%、オーステナイトの重量比が20~60%であり、これらの割合は化学的組成と実施される熱処理に依存する。得られる部品は、硬化熱処理のおかげで500~900HV10の高い硬度を有している。すべてのステンレス鋼に関して、機械的・磁気的性質に影響を与えることなく、随意的に非金属の介在物を少量存在させることができる。さらに、硫化マンガンのような被削性を高めるための介在物も、合金中に少量存在させることができる。
【0026】
この硬化熱処理ステップの後に、随意的に、研磨のような表面仕上げステップ(d)を行うことができる。
【0027】
さらに、ステップ(a)においてオーステナイト+フェライト構造を有するブランクの存在下で、当該製造方法は、さらに、硬化熱処理の前に、950~1450℃の温度範囲でオーステナイト+フェライト構造を100%フェライト構造に変態させるステップ(b’)を行うことができる。
【0028】
まとめると、高温(950~1450℃)で熱処理した後に硬化させることによって、鋼は特に次のような性質を有する。
* 150~400HV10の硬度を有する。
* 周囲温度における圧縮状況下で50%よりも大きい割れを伴わず、塑性変形を伴う良好な延性を有する。
* フェライトの存在に起因して強磁性のふるまいを示す。
【0029】
硬化熱処理後に、本発明に係る鋼は、特に以下の性質を有する。
* 500~900HV10の硬度を有する
* 常磁性体のふるまいを示す。
* 非常に微細な構造に起因して、優れた研磨性を発揮する。
* 耐摩耗性に優れている。
* 耐食性に優れている。
【0030】
耐食性に関して、本発明に係る鋼は、クロム濃度が高いおかげで、特に有効である。したがって、このような鋼は、外側部品のコンポーネントに特に有利である。
【0031】
最後に、以下の実施例を用いて本発明を説明する。
【0032】
例
第1の実施例において、Fe35Cr9Niという名称の鋼は、重量%で鉄を56%、クロムを35%、ニッケルを9%含有する。これは、高純度の元素(>99.9%)からアーク溶融によって製造され、周囲温度で圧縮によって変形させて厚みを2分の1に減少させて、アルゴン雰囲気において2時間1300℃でフェライト領域において均質化熱処理を行い、その後に、ガス硬化(約200K/分)を行った。この均質化熱処理の後に、合金Fe35Cr9Niは、ビッカース硬度が350HV10である単相のフェライト構造を有する。この完全なフェライト構造(空間群Im3m)は、
図1に示すように、X線回折(XRD)分析によって確認されている。均質化の後に、800℃で6時間の硬化熱処理を行った。オーステナイト相とシグマ相を含む微細で均質な二相のマイクロ構造が得られた。
図2に示しているX線回折分析によって、オーステナイト(空間群Fm3m)とシグマ相に対応する正方晶構造(空間群P42/mnm)の存在が確認された。
【0033】
この金属状態では、合金Fe35Cr9Niは、ビッカース硬度670HV10を有している。その耐食性をISO9227規格に従う塩水噴霧試験で評価した。試験の後に、合金には腐食の兆候は見られず、塩水環境下でも優れた耐食性を示した。このことは非常に注目に値する。なぜなら、シグマ相の存在が、たとえ微量であっても、ステンレス鋼において耐食性を大幅に低下させてきたためである。
【0034】
第2の例においては、Fe32Cr9Niという名称の鋼が、重量%で鉄を59%、クロムを32%、ニッケルを9%含有している。この鋼も、高純度元素(99.9%以上)からアーク溶融によって製造され、アルゴン中で1300℃で2時間の均質化熱処理の後に、ガス硬化が行われ、周囲温度で圧縮によって変形させて、厚みを2分の1に減少させて、1200℃で空気中で1分間の再結晶化熱処理の後に、水硬化された。この再結晶化熱処理の後に、合金Fe32Cr9Niは、ビッカース硬度が220HV10である単相のフェライト構造を有していた。その後に、これを真空中で700℃で6時間保持した。
図3に、偏光下で光学顕微鏡で観察したマイクロ構造を示す。レリーフではオーステナイト相、マトリックスではシグマ相となっているような、2つの相の微細な分布が観察された。この金属の状態において、合金Fe32Cr9Niは、ビッカース硬度が635HV10である。この鋼の磁気特性については、振動試料磁力計(印加磁場Hに応じた磁化M)を用いて周囲温度でヒステリシス曲線を測定した。比較的高い容積磁化率を有しているにもかかわらず、この鋼は特徴的な常磁性のふるまいの線形的なふるまいをする(
図4)。