(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2022-12-16
(45)【発行日】2022-12-26
(54)【発明の名称】樹脂成形品、電子機器、金型、金型の製造方法及び樹脂成形品の製造方法
(51)【国際特許分類】
B29C 33/42 20060101AFI20221219BHJP
B29C 33/38 20060101ALI20221219BHJP
【FI】
B29C33/42
B29C33/38
(21)【出願番号】P 2021073168
(22)【出願日】2021-04-23
(62)【分割の表示】P 2016164832の分割
【原出願日】2016-08-25
【審査請求日】2021-05-21
(73)【特許権者】
【識別番号】000001007
【氏名又は名称】キヤノン株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】110003133
【氏名又は名称】弁理士法人近島国際特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】及川 圭
【審査官】田中 則充
(56)【参考文献】
【文献】国際公開第2012/144081(WO,A1)
【文献】特開2011-173370(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
B29C 33/00-33/76
B29C 45/00-45/84
B23C 1/00- 9/00
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
一方向に延びる複数のヘアラインを有するヘアラインパターンが形成された表面を備えた樹脂成形品であって、
前記ヘアラインパターンは、
前記一方向に延びる山部が前記一方向と直交する方向に複数並設されて構成され、前記複数並設されて構成される前記一方向に延びる山部のうち隣り合う山部同士の境界である谷部が前記ヘアラインとなり、
前記複数並設されて構成される前記一方向に延びる山部は、複数の第1の山部と、前記第1の山部よりも高い複数の第2の山部とで構成され、
前記一方向と直交する断面において、前記第2の山部の山頂点の間隔が不規則になるように構成され、
前記一方向と直交する断面において、前記第1の山部および前記第2の山部は、円弧形状であることを特徴とする樹脂成形品。
【請求項2】
前記第2の山部の山頂点が前記第1の山部の山頂点よりも3[μm]以上53[μm]以下の範囲で高いことを特徴とする請求項1に記載の樹脂成形品。
【請求項3】
前記第2の山部の山頂点が前記第1の山部の山頂点よりも5[μm]以上50[μm]以下の範囲で高いことを特徴とする請求項1または2に記載の樹脂成形品。
【請求項4】
前記ヘアラインパターンにおける前記一方向と直交する方向の面粗さが1/fゆらぎになるように前記複数の第2の山部の山頂点の間隔が調整されていることを特徴とする請求項1乃至3のいずれか1項に記載の樹脂成形品。
【請求項5】
前記第1及び第2の山部は、前記一方向に同一曲率半径の球が重なるように複数連設されて構成されていることを特徴とする請求項
1乃至4のいずれか1項に記載の樹脂成形品。
【請求項6】
前記ヘアラインは、前記一方向において最大高さRyが6[μm]以下であることを特徴とする請求項1乃至
5のいずれか1項に記載の樹脂成形品。
【請求項7】
前記ヘアラインは、前記一方向において最大高さRyが5[μm]以下であることを特徴とする請求項1乃至
6のいずれか1項に記載の樹脂成形品。
【請求項8】
前記ヘアラインは、算術平均曲率Spcが625[1/mm]以下であることを特徴とする請求項1乃至
7のいずれか1項に記載の樹脂成形品。
【請求項9】
前記ヘアラインは、算術平均曲率Spcが500[1/mm]以下であることを特徴とする請求項1乃至
8のいずれか1項に記載の樹脂成形品。
【請求項10】
前記ヘアラインパターンは、前記一方向と直交する方向の断面において円弧形状が重なるように構成されていることを特徴とする請求項1乃至
9のいずれか1項に記載の樹脂成形品。
【請求項11】
請求項1乃至
10のいずれか1項に記載の樹脂成形品からなる外装部材を備えた電子機器。
【請求項12】
切削工具を回転させながら金型素材の表面に前記切削工具の先端を切り込ませ、前記切削工具を一方向に走査して切削加工することにより、前記一方向に延びる凹部を前記一方向と直交する幅方向に複数形成し、前記表面に前記一方向に延びる複数のヘアラインを有するヘアラインパターンを反転した形状を有する金型を製造する方法であって、
前記複数の凹部のうち、隣り合う凹部同士の境界が前記ヘアラインを反転した形状となり、
前記表面を基準に第1の切り込み深さで複数の第1の凹部を重なり合うように形成する第1の加工工程と、
前記複数の第1の凹部上に、前記表面を基準に前記第1の切り込み深さよりも深い第2の切り込み深さで前記第1の凹部よりも深い複数の第2の凹部を形成する第2の加工工程と、を有し、
第1の凹部の谷底点の間隔は、一定間隔となるように形成し、前記第2の凹部の谷底点の間隔は、不規則な間隔となるように形成することを特徴とする金型の製造方法。
【請求項13】
前記一方向と直交する断面において、前記第1の凹部および前記第2の凹部は円弧形状であることを特徴とする請求項
12に記載の金型の製造方法。
【請求項14】
前記第2の凹部の谷底点の間隔は、前記幅方向の面粗さが、1/fゆらぎになるように調整することを特徴とする請求項
12または
13に記載の金型の製造方法。
【請求項15】
前記第1の切り込み深さと前記第2の切り込み深さとの差が、3[μm]以上53[μm]以下であることを特徴とする請求項
12乃至
14のいずれか1項に記載の金型の製造方法。
【請求項16】
前記切削工具としてボールエンドミルを用いることを特徴とする請求項
12乃至
15のいずれか1項に記載の金型の製造方法。
【請求項17】
請求項
12乃至
16のいずれか1項に記載の金型の製造方法によって製造された金型によって樹脂成形品を成形することを特徴とする樹脂成形品の製造方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、ヘアラインパターンを有する樹脂成形品、樹脂成形品からなる外装部材を有する電子機器、樹脂成形品の製造に用いられる金型、金型の製造方法及び樹脂成形品の製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
近年、電子機器の意匠性を高めるために、樹脂成形品からなる外装部材の表面にヘアライン模様を付加している。ヘアライン模様により、電子機器の外装部材に高級感を付与している。一般的に、ヘアライン模様を樹脂成形品に付与する方法として、化学エッチングにより金型にヘアラインの形状を付加し、樹脂成形品にヘアラインを転写する方法が知られている。
【0003】
化学エッチングにおいては、予めヘアラインパターンと同じ形状をしたエッチングシートを作成する。次いで、エッチングシートを金型に手作業で張り付けて硬化させた後、エッチングシートを張り付けた金型をエッチング用の液体に浸すことで、金型の表面を化学的に溶解させ、ヘアライン形状を生成する。
【0004】
また、金型の表面にサンドペーパや金属ブラシを擦り付けて多数の極細溝を形成し、化学エッチングを用いることなく、ヘアライン模様を付加した金型を製造する方法も知られている(特許文献1参照)。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
しかしながら、化学エッチングによる方法では、金型の表面が化学的に溶解されるため、金型の表面には、ヘアラインの延びる方向に凹凸のあるヘアライン形状が生成される。サンドペーパや金属ブラシによる方法においても、金型の表面には、ヘアラインの延びる方向に凹凸のあるヘアライン形状が生成される。したがって、これら金型を用いて作成した樹脂成形品の表面には、ざらつきのあるヘアラインが生成されていた。そして、このような金型を使用して成形した樹脂成形品のヘアラインは、光りの乱反射が多く、光沢が低いものとなっていた。
【0007】
そこで本発明は、ざらつきが低く光沢が高いヘアラインパターンを有する樹脂成形品、樹脂成形品からなる外装部材を有する電子機器、樹脂成形品の製造に用いられる金型、金型の製造方法、及び樹脂成形品の製造方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0008】
本発明の第1態様によれば、樹脂成形品は、一方向に延びる複数のヘアラインを有するヘアラインパターンが形成された表面を備えた樹脂成形品であって、前記ヘアラインパターンは、前記一方向に延びる山部が前記一方向と直交する方向に複数並設されて構成され、前記複数並設されて構成される前記一方向に延びる山部のうち隣り合う山部同士の境界である谷部が前記ヘアラインとなり、前記複数並設されて構成される前記一方向に延びる山部は、複数の第1の山部と、前記第1の山部よりも高い複数の第2の山部とで構成され、前記一方向と直交する断面において、前記第2の山部の山頂点の間隔が不規則になるように構成され、前記一方向と直交する断面において、前記第1の山部および前記第2の山部は、円弧形状であることを特徴とする。
【0009】
また、本発明の第2態様によれば、切削工具を回転させながら金型素材の表面に前記切削工具の先端を切り込ませ、前記切削工具を一方向に走査して切削加工することにより、前記一方向に延びる凹部を前記一方向と直交する幅方向に複数形成し、前記表面に前記一方向に延びる複数のヘアラインを有するヘアラインパターンを反転した形状を有する金型を製造する方法であって、前記複数の凹部のうち、隣り合う凹部同士の境界が前記ヘアラインを反転した形状となり、前記表面を基準に第1の切り込み深さで複数の第1の凹部を重なり合うように形成する第1の加工工程と、前記複数の第1の凹部上に、前記表面を基準に前記第1の切り込み深さよりも深い第2の切り込み深さで前記第1の凹部よりも深い複数の第2の凹部を形成する第2の加工工程と、を有し、第1の凹部の谷底点の間隔は、一定間隔となるように形成し、前記第2の凹部の谷底点の間隔は、不規則な間隔となるように形成することを特徴とする。
【発明の効果】
【0010】
本発明によれば、樹脂成形品の表面のざらつきが低減され、樹脂成形品の表面の光沢が高くなる。
【図面の簡単な説明】
【0011】
【
図1】実施形態に係る電子機器の概略構成を示す説明図である。
【
図2】
図1に示す外装部材の一部を示す樹脂成形品の斜視図である。
【
図3】(a)は、
図2のIIIA-IIIA線に沿う樹脂成形品の断面図である。(b)は、実施形態に係る樹脂成形品のヘアラインパターンの平面図である。
【
図4】実施形態に係る金型を加工するマシニングセンタを示す説明図である。
【
図5】(a)は、金型全体を示す斜視図であり、(b)は、金型を構成するキャビティ駒を示す斜視図である。
【
図6】(a)~(c)は、実施形態に係る樹脂成形品の製造方法を説明するための図である。
【
図7】(a)~(c)は、実施形態に係る樹脂成形品の製造方法を説明するための図である。
【
図8】(a)は、実施形態に係る樹脂成形品の表面におけるヘアラインパターンを模式的に示した平面図である。(b)は、実施形態における空間周波数に対するスペクトル強度を模式的に示したグラフである。
【
図10】実施例8の空間周波数に対するスペクトル強度のグラフである。
【
図11】実施例8の樹脂成形品におけるヘアラインパターンのX方向の形状データを示すグラフである。
【
図12】実施例8の樹脂成形品の顕微鏡写真を示す図である。
【
図13】(a)は、参考例の樹脂成形品の表面におけるヘアラインパターンを模式的に示した平面図である。(b)は、参考例における空間周波数に対するスペクトル強度を模式的に示したグラフである。
【
図14】(a)は、比較例1の樹脂成形品の斜視図である。(b)は、(a)のXIVB-XIVB線に沿う樹脂成形品の断面図である。(c)は、樹脂成形品のヘアラインパターンの平面図である。(d)は、比較例1の樹脂成形品の表面におけるヘアラインパターンを模式的に示した平面図である。
【
図15】比較例1の樹脂成形品におけるヘアラインパターンのX方向の形状データを示すグラフである。
【
図16】比較例1の樹脂成形品の顕微鏡写真を示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0012】
以下、本発明を実施するための形態を、図面を参照しながら詳細に説明する。
図1は、実施形態に係る電子機器の概略構成を示す説明図である。電子機器100は、カメラ、プリンタ、その他の電子機器であり、
図1には、一例としてカメラについて図示している。電子機器100は、樹脂成形品からなる外装部材101を有し、外装部材101の内側に不図示の電子部品が搭載されて構成されている。外装部材101の外表面101Aには、ヘアラインパターン200が形成されている。
【0013】
図2は、
図1に示す外装部材の一部を示す樹脂成形品の斜視図である。外装部材101の一部を示す
図2に示す樹脂成形品201は、熱可塑性樹脂(例えばABS)で構成されている。樹脂成形品201において、
図1に示す外装部材101の外表面101Aとなる表面201Aには、ヘアラインパターン200が形成されている。ヘアラインパターン200は、一方向(X方向)に延びる複数のヘアライン210を有している。
【0014】
図3(a)は、
図2のIIIA-IIIA線に沿う樹脂成形品の断面図である。
図2のIIIA-IIIA線は、ヘアライン210が延びるX方向と直交する幅方向(Y方向)に延びる線である。
図3(b)は、実施形態に係る樹脂成形品のヘアラインパターンの平面図である。
【0015】
図3(a)に示すように、樹脂成形品201の表面201Aにおけるヘアラインパターン200は、X方向に延びる山部220がX方向と直交するY方向に複数並設されて構成されている。隣り合う山部220同士の境界(谷部)が、
図3(a)及び
図3(b)に示すヘアライン210となる。X方向及びY方向と直交するZ方向が山部220の高さ方向(深さ方向)である。
【0016】
図3(a)に示すように、複数の山部220は、複数の山部(第1の山部)221と、山部221よりも高い複数の山部(第2の山部)222とで構成されている。換言すると、複数の山部220は、複数の山部222と、山部222よりも低い複数の山部221とで構成されている。
【0017】
樹脂成形品201は、熱可塑性樹脂を、ヘアラインパターン形成部を有するキャビティ駒を備えた金型に射出充填することにより成形される。
図4は、実施形態に係る金型を加工するマシニングセンタを示す説明図である。マシニングセンタ300は、加工機本体301と、制御装置302と、を有する。
【0018】
加工機本体301は、加工対象物である金型素材401の表面401Aに切削加工を施して、金型の構成要素の一つであるキャビティ駒を製造するものである。加工機本体301は、切削工具310を支持する主軸であるスピンドル311、Xステージ312、Yステージ313及びZステージ314を有する。
【0019】
切削工具310は、エンドミルが好ましい。本実施形態では、切削工具310は、球形状の先端310Aを有するボールエンドミルである。スピンドル311は、切削工具310をZ軸まわりに回転させる。Zステージ314は、スピンドル311を支持し、スピンドル311、即ち切削工具310を、金型素材401に対してZ方向に移動させる。Xステージ312は、Zステージ314を支持し、Zステージ314、即ち切削工具310を、金型素材401に対してX方向に移動させる。Yステージ313は、金型素材401を支持し、金型素材401を切削工具310に対してY方向に移動させる。
【0020】
よって、加工機本体301は、切削工具310を回転させながら、切削工具310の先端310Aを、金型素材401の表面401Aに対して相対的にXYZ方向に移動させることができる。
【0021】
制御装置302は、CPU及びメモリ等を有するコンピュータで構成され、加工機本体301をNCデータ303に従って制御する。NCデータ303には、X方向の移動量、Y方向の移動量、Z方向の移動量、主軸の回転速度、X方向の送り速度、Y方向の送り速度、Z方向の移動速度などの切削加工で使用する各種の指令が含まれている。制御装置302の制御により、切削工具310を回転させながら金型素材401の表面401Aに対して相対的に移動させることにより、金型素材401の表面401AにNCデータ303に基づく三次元形状を切削加工することができる。
【0022】
図5(a)は、金型全体を示す斜視図であり、
図5(b)は、金型を構成するキャビティ駒を示す斜視図である。本実施形態では、
図5(a)に示す金型550の全表面にヘアラインパターン形成部を付与するものではなく、金型550の構成要素の一部である
図5(b)に示すキャビティ駒501の表面501Aに対してのみヘアラインパターン形成部500を付与する。ヘアラインパターン形成部500は、
図2に示す樹脂成形品201の表面201Aにヘアラインパターン200を形成するよう、ヘアラインパターン200を反転した形状に形成される。
【0023】
以下、樹脂成形品の製造方法(即ち金型の製造方法)について説明する。
図6(a)~
図6(c)及び
図7(a)~
図7(c)は、実施形態に係る樹脂成形品の製造方法を説明するための図である。
図6(a)は、切削加工前の金型素材を示す図である。
図6(b)は、第1の加工工程を説明するための図である。
図6(c)は、第2の加工工程を説明するための図である。
図7(a)は、金型を成形機に組み込んで射出成形を行う成形工程を説明するための図である。
図7(b)は、金型から樹脂成形品を離型する離型工程を説明するための図である。
図7(c)は、樹脂成形品を示す図である。
【0024】
図6(a)に示す金型素材401の表面401Aに、
図6(b)及び
図6(c)に示すように切削加工を施すことにより、表面501AにX方向に延びる複数の凹部520からなるヘアラインパターン形成部500が形成されたキャビティ駒501が製造される。金型素材401は、切削加工前の金型である。そして、製造されたキャビティ駒501を有する金型550(
図5(a))を用いて、
図7(a)に示すように、樹脂成形品201を射出成形により成形する(成形工程)。そして、
図7(b)に示すように、キャビティ駒501を有する金型550(
図5(a))から樹脂成形品201を離型することで、
図7(c)に示す樹脂成形品201が得られる。
【0025】
以下、金型550のキャビティ駒501の製造工程中の切削加工工程について詳細に説明する。切削加工工程は、第1の加工工程と第2の加工工程とからなる。
【0026】
まず第1の加工工程について説明する。
図6(a)に示す金型素材401の表面401Aに、
図4に示す切削工具310を回転させながら切削工具310の先端310Aを切り込ませ、切削工具310をX方向に走査して切削加工する。このX方向への切削加工をY方向にずらして複数回行う。これにより表面401Aに、
図6(b)に示すように、X方向に延びる凹部(第1の凹部)521をY方向に複数形成する。凹部521は、山部221(
図7(c))形成用の溝部である。
【0027】
第1の加工工程における金型素材401の表面401Aに対する切削工具310のY方向への送り量(ピッチ)をP1とする。これにより、隣接する2つの凹部521の谷底点をそれぞれ通過するZ方向に延びる中心軸C1のY方向の間隔がP1となる。
【0028】
このとき、表面401Aの位置T0を基準に切り込み深さ(第1の切り込み深さ)ΔT1でY方向に複数の凹部521を形成する。つまり、複数の凹部521のそれぞれを同じ切り込み深さΔT1で形成する。複数の凹部521は、最終的に
図6(c)に示すヘアラインパターン形成部500となる領域全体に形成する。
【0029】
本実施形態では、隣り合う2つの凹部521同士(第1の凹部同士)が部分的に重なり合うように複数の凹部521を形成する。つまり、複数の凹部521は、最終的に
図6(c)に示すヘアラインパターン形成部500となる領域全体に隙間なく形成する。このとき、複数の凹部521をY方向に等間隔に形成するのが好ましい。つまり、各間隔P1を同一にするのが好ましい。
【0030】
次に、第2の加工工程について説明する。表面401Aの位置T0を基準として、
図6(c)に示すように、切り込み深さΔT1よりも深い切り込み深さ(第2の切り込み深さ)ΔT2で、凹部521よりも深い複数の凹部(第2の凹部)522を形成する。凹部522は、山部222(
図7(c))形成用の溝部である。
【0031】
凹部522は、凹部521と同じ切削工具310を用いて、切削工具310をX方向に走査して切削加工する。このX方向への切削加工をY方向にずらして複数回行うことで、複数の凹部522を形成する。
【0032】
ここで、切り込み深さΔT1と、切り込み深さΔT2との差(ΔT2-ΔT1)をΔT21とする。凹部522の谷底点は、凹部521の谷底点よりも差ΔT21の分、深くなる。したがって、成形される樹脂成形品201の山部222の山頂点は、山部221の山頂点よりも差ΔT21の分、高くなる。換言すると、山部221の山頂点は、山部222の山頂点よりも差ΔT21の分、低くなる。
【0033】
第2の加工工程における金型素材401の表面401Aに対する切削工具310のY方向への送り量(ピッチ)をP2とする。これにより、隣接する2つの凹部522の谷底点をそれぞれ通過するZ方向に延びる中心軸C2のY方向の間隔がP2となる。
【0034】
本実施形態では、複数の凹部521が最終的に
図6(c)に示すヘアラインパターン形成部500となる領域全体に隙間なく形成されているので、複数の凹部522は、第1の加工工程で形成した複数の凹部521上(第1の凹部上)に形成することになる。
【0035】
したがって、最終的に形成される複数の凹部520は、複数の凹部522と、凹部522の切削加工で残った部分の複数の凹部521とで構成される。このように、ヘアラインパターン形成部500においては、複数の凹部520が隙間なく配置されて形成され、下地(金型素材401の表面401A)がなくなる。
【0036】
以上の製造工程で製造されたキャビティ駒501を有する金型550を用いて射出成形し(
図7(a))、離型することで(
図7(b))、樹脂成形品201(
図7(c))が成形される。これにより、樹脂成形品201の表面201Aには、ヘアラインパターン形成部500が転写されたことによるヘアラインパターン200が形成される。
【0037】
このヘアラインパターン200においては、金型素材の表面である下地は転写されない。したがって、光の光沢(反射)が均一な高級感のあるヘアラインパターン200となる。
【0038】
以上の方法によりヘアラインパターン200が形成された樹脂成形品201は、従来の化学エッチング方法によりヘアラインパターンが形成された樹脂成形品よりも、ざらつきが低減され、光沢が高くなる。本実施形態では、NCデータ303に基づきヘアラインパターン形成部500を形成しているので、精度の高いヘアライン形状を得ることができる。また、本実施形態では、切削工具310としてボールエンドミルを用いているので、切削痕が
図6(b)及び
図6(c)に示すように断面円弧形状となる。したがって、
図7(c)に示すように、成形された樹脂成形品201において、山部220(山部221及び山部222)は、Y方向の断面において円弧形状となる。
【0039】
図8(a)は、実施形態に係る樹脂成形品の表面におけるヘアラインパターンを模式的に示した平面図である。
図8(a)に示すように、山部220(山部221及び山部222)は、X方向に同一曲率半径の球225が重なるように複数連設されて構成されている。X方向に延びる断面円弧形状の凹部520を切削加工するときに、熱の発生を抑制することができ、また、バリが少なく、より精度の高いヘアライン形状を得ることができる。
【0040】
即ち、金型の切削加工時の発熱を抑制するためにX方向の送り速度を調整することで、各凹部520は、X方向に同一曲率半径の球面が重なるように複数連設された形状となる。この形状が転写されて、球225が連設された山部220が形成される。なお、切削加工時の発熱を抑制することができれば、凹部520をX方向に延びる円筒形状に切削加工してもよい。この場合、山部220は、X方向に延びる円筒形状に形成されることになる。
【0041】
なお、
図6(c)における凹部522の切削加工において、金型素材401に対する切削工具310のX方向への相対的な送り速度は、凹部521の切削加工と同一とする。よって、X方向における凹部522の切削痕が、凹部521と同様となる。
【0042】
ここで、複数の凹部522の間隔P2は、Y方向に周期的ではない間隔に形成されている。これにより、成形される樹脂成形品201において、複数の山部222がY方向に周期的ではない間隔で形成される。本実施形態では、ヘアラインパターン200におけるY方向の面粗さのスペクトル強度が、空間周波数fに反比例する1/f型である。
【0043】
図8(b)は、実施形態における空間周波数に対するスペクトル強度を模式的に示したグラフである。なお、
図8(b)において、横軸は空間周波数[1/mm]であり、縦軸はスペクトル強度である。縦軸及び横軸とも対数で表している。ヘアラインパターン200のY方向の面粗さをフーリエ変換することで、空間周波数に対するスペクトル強度が求まる。
【0044】
図13(a)は、参考例の樹脂成形品の表面におけるヘアラインパターンを模式的に示した平面図である。
図13(b)は、参考例における空間周波数に対するスペクトル強度を模式的に示したグラフである。
図13(a)に示すように、複数のヘアライン210Zが等間隔で配置される場合には、
図13(b)に示すように、ある1つの空間周波数F0に集中して強いスペクトル強度のピーク値となって現れる。このように、複数のヘアライン210Zが等間隔で配置される場合、周期的な成分が強くなり、人工的で高級感に欠ける。
【0045】
本実施形態では、図8(b)に示すようにスペクトル強度が空間周波数に対し単調減少するので、山部222の配置間隔が1/fゆらぎを有していることになる。この1/fゆらぎにより、ヘアライン210に周期性がなくなり、人為的ではない印象をユーザに与えることができ、樹脂成形品201、即ち電子機器100の金属感や高級感が更に高まる。
【0046】
[実施例]
以下、具体的な実施例について説明する。
【0047】
<実施例1~8>
実施例1~8におけるキャビティ駒501のサイズは、200[mm]×400[mm]×50[mm]とし、ヘアラインパターン200を付与するヘアラインパターン形成部500の外形は、150[mm]×350[mm]とした。
【0048】
加工条件については、以下のようにした。主軸、つまり切削工具310の回転数を20000[RPM]、切削工具310のX方向への送り速度を1000[mm/min]とした。凹部521の谷底点の間隔P1を0.2[mm]、切り込み深さ(加工深さ)ΔT1を10[μm]とした。
【0049】
実施例1~8では、凹部522の谷底点の間隔P2を1/fゆらぎになるように調整した。切り込み深さ(加工深さ)ΔT2を、13[μm]以上63[μm]以下の範囲の所定値とした。つまり、切り込み深さΔT1と切り込み深さΔT2との差ΔT21(=ΔT2-ΔT1)を、3[μm]以上53[μm]以下の範囲内の所定値とした。これらの加工条件は、NCデータ303の指令に含まれており、制御装置302は、NCデータ303に従って加工機本体301を制御して、金型素材401に切削加工を施した。
【0050】
製作したヘアラインを付加したキャビティ駒501を有する金型550を使用して射出成形を行い、樹脂成形品201を得た。使用した樹脂素材は東レ(株)製のABSで、色は黒とした。成形機は、J180ELIII射出成形機(日本製鋼所(株))を用い、キャビティ駒501の表面501Aに加工した凹凸形状が樹脂成形品201の表面201Aに十分に転写できるように成形条件を設定した。
【0051】
<比較例1>
比較例1のキャビティ駒のサイズは、実施例1~8と同様とした。加工方法は、化学エッチングとした。まず、所望のヘアラインパターンを有するマスキングシートを作成し、マスキングシートを金型素材に張り付けた後、金型素材をエッチング用の液体に浸漬することにより金型表面を選択的に溶解して、キャビティ駒を製作した。そして、実施例1~8と同じ成形機、同じ樹脂素材で射出成形により樹脂成形品を成形した。
【0052】
<評価>
図9は、樹脂成形品の評価結果を示す図である。実施例1~8及び比較例1の樹脂成形品の表面の凹凸形状の評価を、キーエンス製のレーザー顕微鏡VK-Xにて行った。光沢の測定は日本電色工業(株)製のハンディーグロスメーターPG-1にて行った。これら測定器により、光沢、最大高さRy、山頂点の算術平均曲率Spcを測定した。
【0053】
光沢とは、測定光の入射角度(測定角度)θ(60°)に対して、試料面からの反射光を測定し、0~1000GU(Gloss Unit)で表現される。
【0054】
最大高さRyとは、粗さ曲線からX方向に基準長さだけ抜き取り、この抜き取り部分の平均線から最も高い山頂までの高さRpと最も低い谷底までの深さRvとの和である。
【0055】
Ry=Rp+Rv 式(1)
山頂点の算術平均曲率Spcとは、表面の山頂点の主曲率の平均であり、半径の逆数で表わされ、式(2)のように平均して算出される。したがって、この数値が小さいと山頂点に丸みがあり、幅の広い形状となっていることを示し、大きいと山頂点が尖って、幅の狭い形状をしていることを示している。
【0056】
【0057】
評価は、光沢、最大高さRy及び山頂点の算術平均曲率Spcを用いて行った。更に、外観判定を実施している熟練者5名により、品質を「1」から「5」の5段階で評価した。「1」から「5」に向かって順に評価が高い(よい)ことを示している。評価基準は「×」は5名の評価結果の平均が「2」以下、「○」は5名の評価結果の平均が「3」~「4」、「◎」は5名の評価結果の平均が「5」とした。
【0058】
ここで、
図14(a)は、比較例1の樹脂成形品の斜視図である。比較例1の樹脂成形品201Xには、ヘアラインパターン200Xが転写されている。
図14(b)は、
図14(a)のXIVB-XIVB線に沿う樹脂成形品の断面図である。
図14(b)中の凹部221Xは、マスキングシートによるマスク部の転写部分であり、凸部222Xは、マスキングシートによる非マスク部の転写部分である。
図14(c)は、樹脂成形品のヘアラインパターンの平面図である。凹部221Xと凸部222Xの境界線が、
図14(c)中、縦に延びるヘアライン210Xである。ヘアライン210Xは、エッチングの影響により直線性が切削加工をする場合に比べ劣っている。
図14(d)は、比較例1の樹脂成形品の表面におけるヘアラインパターンを模式的に示した平面図である。エッチングの影響により金型表面が荒れた結果、凹凸223Xが全面に現れる。
【0059】
図15は、比較例1の樹脂成形品におけるヘアラインパターンのX方向の形状データを示すグラフである。
図15に示す横軸は、X方向の測定位置[mm]であり、縦軸は形状高さ[μm]である。
図16は、比較例1の樹脂成形品の顕微鏡写真を示す図である。
図15及び
図16より、比較例1の樹脂成形品では、凹凸が全面に現れ、面が荒れており、ヘアラインも直線性が低いものである。その結果、
図9に示すように、Ryが7.05[μm]、Spcが1375[1/mm]と高く、ざらつきが大きい。そして、光沢が7[GU]と低い。
【0060】
このように、比較例1の樹脂成形品では、ヘアラインの劣化や凹凸による面の荒れが原因で、光が乱反射して光沢が低く、高級感に欠ける樹脂成形品となっている。
【0061】
一方、
図10は、実施例8の空間周波数に対するスペクトル強度のグラフである。
図10において、横軸は空間周波数、縦軸はスペクトル強度を示す。なお、縦軸及び横軸とも対数としている。
図10に示すように、スペクトル強度が空間周波数fに反比例している1/f型である。なお、図示は省略するが、実施例1~7についても実施例8と同様の傾向にあった。このように、スペクトル強度が1/f型であるため、高級感が高くなる。
【0062】
図11は、実施例8の樹脂成形品におけるヘアラインパターンのX方向の形状データを示すグラフである。
図11に示す横軸は、X方向の測定位置[mm]であり、縦軸は形状高さ[μm]である。
図11及び
図15を比較すると、実施例8の樹脂成形品では、比較例1の樹脂成形品よりも面粗さが低くなっている。
【0063】
図12は、実施例8の樹脂成形品の顕微鏡写真を示す図である。
図12に示す実施例8の樹脂成形品では、凹凸が少なく、比較例1よりもヘアラインの直線性が高いものである。その結果、
図9に示すように、Ryが2.6[μm]、Spcが375[1/mm]と低く、ざらつきが小さい。また、光沢が26[GU]と高い。これらの結果から、本実施例の樹脂成形品201では、品質の高い高級感のあるヘアラインパターン200が形成されていることがわかる。
【0064】
即ち、
図9より、ヘアラインパターン200が、X方向において最大高さRyが6[μm]以下で、山頂点の算術平均曲率Spcが625[1/mm]以下であるため、ざらつきが低減され、光沢が高くなっている。具体的には、光沢が8[GU]以上である。これにより、樹脂成形品201、即ち電子機器100の高級感が高まる。
【0065】
そして、
図9より、最大高さRyが5[μm]以下で、山頂点の算術平均曲率Spcが500[1/mm]以下の場合、ざらつきが更に低減され、光沢が更に高くなる。具体的には、光沢が10[GU]以上である。これにより、樹脂成形品201、即ち電子機器100の高級感が更に高まる。
【0066】
また、
図9より、山部221の山頂点と山部222の山頂点との高さの差ΔT21が、3[μm]以上53[μm]以下であることが好ましい。即ち、山部222の山頂点が山部221の山頂点よりも3[μm]以上53[μm]以下の範囲で高いことが好ましい。3[μm]未満では、1/fゆらぎに対する大きなノイズが発生し、逆に53[μm]超では、凹凸が大きすぎて均一な光沢が得られにくい。そして、
図9より、差ΔT21が、5[μm]以上50[μm]以下であることがより好ましい。
【0067】
なお、本発明は、以上説明した実施形態に限定されるものではなく、本発明の技術的思想内で多くの変形が可能である。また、実施形態に記載された効果は、本発明から生じる最も好適な効果を列挙したに過ぎず、本発明による効果は、実施形態に記載されたものに限定されない。
【符号の説明】
【0068】
100…電子機器、200…ヘアラインパターン、201…樹脂成形品、201A…表面、220…山部、221…第1の山部、222…第2の山部