(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2022-12-16
(45)【発行日】2022-12-26
(54)【発明の名称】銀変色から保護された銀メッキ表面を含む基材およびそのような基材の製造方法
(51)【国際特許分類】
C23C 16/40 20060101AFI20221219BHJP
G04B 37/22 20060101ALI20221219BHJP
C23C 16/455 20060101ALI20221219BHJP
C23C 28/00 20060101ALI20221219BHJP
【FI】
C23C16/40
G04B37/22 M
C23C16/455
C23C28/00 B
(21)【出願番号】P 2021515468
(86)(22)【出願日】2019-09-13
(86)【国際出願番号】 EP2019074548
(87)【国際公開番号】W WO2020058130
(87)【国際公開日】2020-03-26
【審査請求日】2021-04-02
(32)【優先日】2018-09-21
(33)【優先権主張国・地域又は機関】EP
(73)【特許権者】
【識別番号】506425538
【氏名又は名称】ザ・スウォッチ・グループ・リサーチ・アンド・ディベロップメント・リミテッド
(74)【代理人】
【識別番号】100098394
【氏名又は名称】山川 茂樹
(72)【発明者】
【氏名】マナステルスキ,エム・クリスティアン
(72)【発明者】
【氏名】スパソフ,エム・ヴラディスラフ
(72)【発明者】
【氏名】フォール,エム・セドリック
【審査官】今井 淳一
(56)【参考文献】
【文献】米国特許出願公開第2016/0060758(US,A1)
【文献】特開2006-250654(JP,A)
【文献】特開平09-176868(JP,A)
【文献】特開平11-158655(JP,A)
【文献】特表2002-527885(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C23C 16/40
G04B 37/22
C23C 16/455
C23C 28/00
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
1nm~200nmの厚さを有する保護被膜(4)により銀変色から保護された最終銀メッキ表面を含む基材(1、10、100)であって、前記保護被膜(4)は、前記最終銀メッキ表面上
に設けられたAgO/Ag2O部位と、該AgO/Ag2O部位上に堆積された、0.5nm~100nmの厚さを有するAl2O3の第1の被膜(4a)、およびAl2O3の前記第1の被膜(4a)上の0.5nm~100nmの厚さを有するTiO2の第2の被膜(4b)を含み、前記基材は、銀銅合金の被膜(2)であって、前記合金の総重量に対して0.1重量%~10重量%の銅を含み、前記最終銀メッキ表面を形成する銀銅合金の被膜(2)を含み、銀銅合金の前記被膜(2)は1000nm~3000nmの厚さを有する、基材(1、10、100)。
【請求項2】
1nm~200nmの厚さを有する保護被膜(4)により銀変色から保護された最終銀メッキ表面を含む基材(1、10、100)であって、前記保護被膜(4)は、前記最終銀メッキ表面上
に設けられたAgO/Ag2O部位と、該AgO/Ag2O部位上に堆積された、0.5nm~100nmの厚さを有するAl2O3の第1の被膜(4a)、およびAl2O3の前記第1の被膜(4a)上の0.5nm~100nmの厚さを有するTiO2の第2の被膜(4b)を含み、前記基材は、前記最終銀メッキ表面を形成する実質的に純粋な銀の被膜(20)を含み、前記実質的に純粋な銀の被膜(20)は、1000nm~3000nmの厚さを有する、基材(1、10、100)。
【請求項3】
前記保護被膜(4)は、1nm~100nmの厚さを有する、請求項1または請求項2に記載の基材。
【請求項4】
Al2O3の前記第1の被膜(4a)は、0.5nm~50nmの厚さを有する、請求項1または請求項2に記載の基材。
【請求項5】
TiO2の前記第2の被膜(4b)は、0.5nm~50nmの厚さを有する、請求項1または請求項2に記載の基材。
【請求項6】
Al2O3の前記第1の被膜(4a)は、30nm~50nmの厚さを有し、TiO2の前記第2の被膜(4b)は、10nm~50nmの厚さを有する、請求項1または請求項2に記載の基材。
【請求項7】
前記保護被膜(4)は、ALDにより堆積されている、請求項1~請求項6のいずれか一項に記載の基材。
【請求項8】
銀に基づいている、請求項1~請求項7のいずれか一項に記載の基材。
【請求項9】
銀に基づいていない、請求項1~請求項7のいずれか一項に記載の基材。
【請求項10】
初期銀メッキ表面を有さず、前記基材と銀銅合金の前記被膜(2)との間に、実質的に純粋な銀の被膜(20)を含む、請求項1に記載の基材。
【請求項11】
前記実質的に純粋な銀の被膜(20)は、1500nm~2500nmの厚さを有する、請求項2~請求項10のいずれか一項に記載の基材。
【請求項12】
前記銀銅合金は、前記合金の総重量に対して
0.2重量%~8重量%の銅を含む、請求項1または請求項3~請求項10のいずれか一項に記載の基材。
【請求項13】
前記基材(1、10、100)は、時計要素である、請求項1~請求項12のいずれか一項に記載の基材。
【請求項14】
表面構造を有する、請求項1~請求項13のいずれか一項に記載の基材。
【請求項15】
保護被膜(4)により銀変色から保護された最終銀メッキ表面を含む基材(1、10、100)を製造するための方法であって、
a)最終銀メッキ表面を有する基材(1、10、100)を得るステップ
a)と、
d)前記最終銀メッキ表面上にAgO/Ag2O部位を設けるステップd)と、
b)
前記ステップ
d)の前記
AgO/Ag2O部位の少なくとも一部に、1nm~200nmの厚さを有する銀変色に対する少なくとも1つの保護被膜(4)を堆積させるステップ
b)であって、
b1)ステップ
d)の前記
AgO/Ag2O部位の少なくとも一部に、0.5nm~100nmの厚さを有するAl2O3の第1の被膜(4a)を堆積させる第1のステップb1)、および
b2)前記ステップb1)で得られたAl2O3の前記第1の被膜(4a)上に、0.5nm~100nmの厚さを有するTiO2の第2の被膜(4b)を堆積させる第2のステップb2)
を含むステップb)
と
を含み、
前記方法は、
a1)前記基材(1、100)に、銀銅合金の被膜(2)であって、前記合金の総重量に対して0.1重量%~10重量%の銅を含む銀銅合金の被膜(2)を堆積させて、前記最終銀メッキ表面を得るステップa1)を含み、銀銅合金の前記被膜(2)は1000nm~3000nmの厚さを有する、方法。
【請求項16】
保護被膜(4)により銀変色から保護された最終銀メッキ表面を含む基材(1、10、100)を製造するための方法であって、
a)最終銀メッキ表面を有する基材(1、10、100)を得るステップ
a)と、
d)前記最終銀メッキ表面上にAgO/Ag2O部位を設けるステップd)と、
b)ステップ
d)の前記
AgO/Ag2O部位の少なくとも一部に、1nm~200nmの厚さを有する銀変色に対する少なくとも1つの保護被膜(4)を堆積させるステップであって、
b1)ステップ
d)の前記
AgO/Ag2O部位の少なくとも一部に、0.5nm~100nmの厚さを有するAl2O3の第1の被膜(4a)を堆積させる第1のステップb1)、および
b2)ステップb1)で得られたAl2O3の前記第1の被膜(4a)上に、0.5nm~100nmの厚さを有するTiO2の第2の被膜(4b)を堆積させる第2のステップb2)
を含むステップb)
と
を含み、
前記方法は、
a3)実質的に純粋な銀の被膜(20)を前記基材(10)上に堆積させて、前記最終銀メッキ表面を得るステップa3)を含み、前記実質的に純粋な銀の被膜(20)は、1000nm~3000nmの厚さを有する、方法。
【請求項17】
前記銀変色に対する少なくとも1つの保護被膜(4)は、1nm~100nmの厚さを有する、請求項15または請求項16に記載の方法。
【請求項18】
Al2O3の前記第1の被膜(4a)は、0.5nm~50nmの厚さを有する、請求項15または請求項16に記載の方法。
【請求項19】
TiO2の前記第2の被膜(4b)は、0.5nm~50nmの厚さを有する、請求項15または請求項16に記載の方法。
【請求項20】
Al2O3の前記第1の被膜(4a)は、30nm~50nmの厚さを有し、TiO2の前記第2の被膜(4b)は、10nm~50nmの厚さを有する、請求項15または請求項16に記載の方法。
【請求項21】
前記銀変色に対する少なくとも1つの保護被膜(4)を堆積させる前記ステップb)は、ALD、PVD、CVD、およびゾルゲル堆積を含む群から選択される方法により実施される、請求項15~請求項20のいずれか一項に記載の方法。
【請求項22】
前記銀変色に対する少なくとも1つの保護被膜(4)を堆積させる前記ステップb)は、ALD堆積により実施される、請求項21に記載の方法。
【請求項23】
TiO2の第2の被膜(4b)を堆積させる前記第2のステップb2)の前および/または後に、プラズマ処理ステップを含む、請求項15~請求項22のいずれか一項に記載の方法。
【請求項24】
最終銀メッキ表面を有する基材(1、10、100)を得る前記ステップa)と
前記最終銀メッキ表面上にAgO/Ag2O部位を設ける前記ステップ
d)との間に、
前記ステップa)で得られた前記基材の前記最終銀メッキ表面の少なくとも1つのプラズマ前処理ステップc)を含む、請求項15~請求項23のいずれか一項に記載の方法。
【請求項25】
前記プラズマ前処理ステップc)は、ArプラズマまたはAr/H2プラズマ前処理からなる、請求項24に記載の方法。
【請求項26】
前記基材の前記最終銀メッキ表面の少なくとも1つのプラズマ前処理ステップc)は、
前記基材の前記最終銀メッキ表面をベントすることなく実施される、請求項24または請求項25に記載の方法。
【請求項27】
前記最終銀メッキ表面上にAgO/Ag2O部位を設ける前記ステップ
d)のAgO/Ag2O部位は酸化前処理
により形成される、請求項
15または請求項
16に記載の方法。
【請求項28】
前記
最終銀メッキ表面上にAgO/Ag2O部位を設ける前記ステップd)は、酸化剤を用いたプラズマ前処理からなる、請求項27に記載の方法。
【請求項29】
前記
酸化前処理は、液体形態の水または過酸化水素を真空の前処理チャンバーへと注入することからなる、請求項27に記載の方法。
【請求項30】
前記酸化前処理は、前記基材の前記最終銀メッキ表面をベントすることなく実施される、請求項27~請求項29のいずれか一項に記載の方法。
【請求項31】
銀変色に対する少なくとも1つの保護被膜(4)を堆積させる前記ステップb)は、前記基材の前記最終銀メッキ表面をベントすることなく実施される、
請求項15又は請求項16に記載の方法。
【請求項32】
前記基材の前記最終銀メッキ表面の少なくとも1つのプラズマ前処理ステップc)、
前記最終銀メッキ表面上にAgO/Ag2O部位を設ける前記ステップd)、および
前記銀変色に対する少なくとも1つの保護被膜(4)を堆積させる前記ステップb)は、同じ一貫処理機械で実施される、請求項
24に記載の方法。
【請求項33】
最終銀メッキ表面を有する基材(1、10、100)を得る前記ステップa)の前記基材(100)は、初期銀メッキ表面を有しておらず、前記方法は、前記基材(100)と銀銅合金の前記被膜(2)との間に、実質的に純粋な銀の被膜(20)を堆積させる中間ステップa2)を含む、請求項15に記載の方法。
【請求項34】
総重量に対して0.1重量%~10重量%の銅を含む銀銅合金の被膜(2)を堆積させて最終銀メッキ表面を得る前記ステップa1
)もしくは、前記実質的に純粋な銀の被膜(20)を前記基材(10)上に堆積させて前記最終銀メッキ表面を得る前記ステップa3)の少なくとも1つの前に
、および/または
、前記銀変色に対する少なくとも1つの保護被膜(4)を堆積させる前記ステップb)の前に、前記基材(1、10、100)の任意の内部応力を緩和するために、前記基材(1、10、100)の熱処理ステップを含む、
請求項16に記載の方法。
【請求項35】
前記基材(1、10、100)は金属であ
る、請求項15~34のいずれか一項に記載の方法。
【請求項36】
前記実質的に純粋な銀の被膜(20)は、1500nm~2500nmの厚さを有する、請求項16に記載の方法。
【請求項37】
前記銀銅合金は、前記合金の総重量に対して
0.2重量%~8重量%の銅を含む、請求項15または
請求項33に記載の方法。
【請求項38】
前記基材(1、10、100)は、時計要素である、請求項15~請求項37のいずれか一項に記載の方法。
【請求項39】
前記基材(1、10、100)の表面上に構造が生成されている、請求項38に記載の方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、保護被膜により銀変色から保護された最終銀メッキ表面を含む基材に関する。銀メッキ表面を含むそのような基材は、特に、銀の薄い被膜でコーティングすることが可能な、文字盤、アップリケ、または針などの時計要素である。また、本発明は、そのような基材を製造するための方法に関する。
【背景技術】
【0002】
時計の分野では、時計要素は、非常に白色で独特な銀の外観を時計要素に付与するために、好ましくは電気的に堆積される銀の薄い被膜を基材にコーティングすることにより製作されることが普通である。そのような時計要素は、例えば、真鍮または金で製作され、銀の薄層でコーティングされた文字盤である。
【0003】
しかしながら、銀には、時間の経過と共に変色するという欠点がある。この問題を解決するために、ザポンワニス塗布法により時計要素の感受性銀メッキ表面を保護することが知られている。ザポンワニスは、溶剤で希釈することができるセルロースワニスである。ザポンワニス塗布は、例えば噴霧することにより、保護しようとする表面にセルロースワニスの幾つかの被膜を塗布し、次いでそれらを炉に入れて被膜の硬化を促進することからなる方法である。最終的なコーティングは、全体の厚さが約8~15μmである。
【0004】
しかしながら、このセルロースワニスによる感受性金属の保護は不完全である。さらに、堆積に必要な厚さのセルロースワニスは、文字盤を装飾するために頻繁に使用されるエンジンターンなどの微細な構造的詳細を隠してしまう。したがって、エンジンターンの詳細が強調されず、ワニス被膜の下に隠れてしまう場合さえある。最後に、セルロースワニスの被膜は、L*パラメータ(CIE L*a*b*色空間の)を変化させることにより、保護された銀メッキ表面の被覆面および外観を改変してしまう。
【0005】
ザポンワニス塗布法の代わりにするため、欧州特許第1994 202号明細書に記載のように、ALD法により感受性銀メッキ表面上に保護被膜を堆積することが提案されている。この方法では、非常に薄く(50nmおよび100nm)保護性の高いコーティングを堆積させることが可能であり、得られる保護は、典型的には10μmのセルロースワニスのコーティングで得られる保護よりも大きい。
【0006】
しかしながら、このALDは、基材の銀メッキ表面上に堆積させる不適切な保護被膜の使用が銀の輝きを低減させ、銀メッキ表面の美的演出を改変してしまうという欠点を有する。
【0007】
さらに、ALD法には、基材の銀メッキ表面上に形成される保護皮膜の銀メッキ表面への付着が不良であり、ALDにより堆積させた保護被膜が、例えばパッド印刷または別の方法を使用した最終装飾作業中に、ほんのわずかなストレスで剥離してしまうという欠点がある。
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
本発明の目的は、銀メッキ表面の最終的な外観ならびに特に銀の輝きおよび色を維持しつつ、銀変色から効果的に保護された銀メッキ表面を有する基材を提案することにより、こうした欠点を改善することである。
【課題を解決するための手段】
【0009】
この目的を達成するため、本発明は、1nm~200nmの厚さを有する保護被膜により銀変色から保護された最終銀メッキ表面を含む基材に関する。
【0010】
本発明によると、保護被膜は、最終銀メッキ表面上に堆積された、0.5nm~100nmの厚さを有するAl2O3の第1の被膜、およびAl2O3の第1の被膜上の、0.5nm~100nmの厚さを有するTiO2の第2の被膜を含む。
【0011】
基材は、保護層の下に、1~3ミクロンの厚さを有する実質的に純粋な銀または銀合金の被膜を含む。この厚さにより、以下のことが可能になる:
- 実質的に純粋な銀または銀合金の被膜を綺麗に密封すること、つまり無孔性被膜を有すること。この無孔性被膜は、保護被膜を堆積するための完全に均質な表面を形成する。したがって、基材上には、特に保護被膜を堆積させた後で視認できる可能性のある非銀メッキ部分に開口区域は存在しない。
- 5ミクロン以上の厚さは、例えば文字盤の装飾を平坦にしてしまうことになるため、5ミクロン未満を維持すること。例えば、手作業でのエンジンターンは、深さが30~50ミクロンであり、過度に厚い被膜を堆積させると不明瞭になってしまうだろう。
【0012】
また、本発明は、保護被膜により銀変色から保護された最終銀メッキ表面を含むそのような基材を製造するための方法であって、以下のステップを含む方法に関する:
a)最終銀メッキ表面を有する基材を得るステップ
b)ステップa)の最終銀メッキ表面の少なくとも一部に、1nm~200nmの厚さを有する銀変色に対する少なくとも1つの保護被膜を堆積させるステップであって、ステップa)の最終銀メッキ表面の少なくとも一部に、0.5nm~100nmの厚さを有するAl2O3の第1の被膜を堆積させる第1のステップb1)、およびステップb1)で得られたAl2O3の第1の被膜上に、0.5nm~100nmの厚さを有するTiO2の第2の被膜を堆積させる第2のステップb2)を含むステップb)。
【0013】
驚くべきことに、この順序および厚さのAl2O3の第1の被膜およびTiO2の第2の被膜は、非常に白色の銀を可能な限り強調する銀変色に対する保護被膜を得ることを可能にし、したがって基材の最終表面の銀の輝きが保存される。
【0014】
本発明によると、本方法は、実質的に純粋な銀の被膜を基材上に堆積させて、最終銀メッキ表面を得るステップであって、実質的に純粋な銀の被膜は、好ましくは1000nm~3000nmの厚さを有するステップa3)を含む。
【0015】
代替的実施形態によると、本方法は、合金の総重量に対して0.1重量%~10重量%の銅を含む銀銅合金の被膜を基材上に堆積させて、最終銀メッキ表面を得るステップであって、銀銅合金の被膜は、好ましくは1000nm~3000nmの厚さを有するステップa1)を含む。
【0016】
さらなる詳細および利点は、添付の図面を参照して下記に記載の説明から明らかになるであろう。こうした説明は例示であり、いかなる点でも限定ではない。
【図面の簡単な説明】
【0017】
【
図1】本発明による基材の第1の代替的実施形態の概略図である。
【
図2】本発明による基材の第2の代替的実施形態の概略図である。
【
図3】本発明による基材の第3の代替的実施形態の概略図である。
【発明を実施するための形態】
【0018】
本発明は、保護被膜により銀変色から保護された最終銀メッキ表面を含む基材に関する。
【0019】
そのような基材は、例えば、時計要素または宝飾品要素、特に外部時計部品要素である。特に、基材は、時計器文字盤であってもよく、文字盤は、エンジンターン、つまり微細な詳細を有し、装飾効果を得るための観点で交差する1セットの線などの構造をその表面上に有していてもよい。基材は、インデックス、文字盤上に取り付けられる装飾(月相など)、または針であってもよい。
【0020】
基材は、好ましくは金属である。基材は、真鍮製であってもよく、イエローゴールドもしくはホワイトゴールド、シルバー、または任意の他の好適な金属もしくは金属合金に基づいていてもよく、貴重なものか否かは問わない。
【0021】
基材は、初期銀メッキ表面を有してもよくまたは有しなくともよい。
【0022】
基材は、初期銀メッキ表面を含んでいてもよく、その場合、基材は、銀(純銀または銀合金、特にAg含有量が90重量%を上回る銀合金)に基づき、その初期銀メッキ表面は必然的に最終銀メッキ表面を形成することにもなる。次いで、保護被膜を、銀に基づく基材上に直接堆積させる。
【0023】
図1を参照すると、本発明の第1の代替的実施形態による基材1が表されており、基材1は、初期銀メッキ表面を有していなくともよく、または銀メッキ表面を必然的に含んでいてもよい。前者の場合、基材は、例えば、真鍮製であってもよく、イエローゴールドもしくはホワイトゴールド、または貴重であるか否かを問わず、銀を除く任意の他の好適な金属もしくは金属合金に基づいていてもよい。後者の場合、基材1は、銀に基づき、例えば銀無垢製であり、必然的に初期銀メッキ表面を有する。
【0024】
有利には、基材1は、最終銀メッキ表面を形成する、合金の総重量に対して0.1重量%~10重量%の銅を含む銀銅合金の被膜2を含む。銀銅合金の被膜2は、特に基材1が銀に基づいていない場合、基材1上に直接堆積させてもよく、従来使用されている微細な銀コーティングの代わりとなる。銀銅合金の被膜2は、PVD(フラッシュ蒸着)または好適な銀および銅の電気浴により電気的になど、任意の好適な方法により堆積させることができる。
【0025】
図2を参照すると、本発明の第2の代替的実施形態による基材10が表されており、基材10は銀に基づいておらず、最終銀メッキ表面を形成する実質的に純粋な銀の被膜20を含む。そのような被膜20は、好ましくは、電気的に堆積される。基材10は、それ自体が真鍮製であってもよく、例えば金の被膜など、電気的に堆積された貴金属の被膜でコーティングされていてもよい。また、基材10は、例えば金無垢製の中実貴金属であってもよい。必要に応じて、当業者に公知の中間金属被膜を使用して、熱処理またはALD法により開始されるある特定の金属間の金属間拡散を一切防止することができる。
【0026】
図3を参照すると、本発明の第3の代替的実施形態による基材100が表されており、基材100は銀に基づいておらず、最終銀メッキ表面を形成する、合金の総重量に対して0.1重量%~10重量%の銅を含む銀銅合金の被膜2を含む。さらに、基材100は、基材100と銀銅合金の被膜2との間に、実質的に純粋な銀の被膜20を含む。
【0027】
実質的に純粋な銀の被膜による代替的実施形態に限らず、実質的に純粋な銀の被膜20は、200nm~3000nmの厚さを有してもよい。
【0028】
一実施形態によると、実質的に純粋な銀の被膜20は、薄い銀コーティングを形成するためには、200nm~600nmの、好ましくは300nm~500nmの厚さを有してもよい。
【0029】
好ましい実施形態によると、実質的に純粋な銀の被膜20は、厚い銀コーティングを形成するためには、1000nm~3000nmの、好ましくは1500nm~2500nmの厚さを有してもよい。
【0030】
このような厚い銀コーティングには、無孔性である基材の最終銀メッキ表面を得ることができるように、したがって銀変色に対する保護被膜と最終銀メッキ表面との付着増加を保証することができるように、無孔性であり実質的に純粋な銀の中間または最終被膜が得られるという利点がある。
【0031】
銀銅合金の被膜による代替的実施形態に限らず、銀銅合金の被膜2は、上述の利点を有する厚いコーティングを構成するために、200nm~600nmの、有利には300nm~400nmの厚さ、または好ましくは1000nm~3000nmの、より好ましくは1500nm~2500nmの厚さのいずれかを有する。
【0032】
好ましくは、銀銅合金は、合金の総重量に対して0.2重量%~8重量%の、好ましくは0.5重量%~7重量%の銅を含む。銀に対する銅の割合は、その後、銀の色を変更させずに、銀変色に対する保護被膜の付着を保証することになる十分なCuラジカルを表面上に作出するように選択される。それは、銀銅合金の被膜が基材の最終銀メッキ表面を形成するからである。
【0033】
基材の最終銀メッキ表面、つまり基材1もしくは100の銀銅合金2の被膜、または基材10の実質的に純粋な銀の被膜20、またはそれ自体が銀に基づく場合は基材の初期銀メッキ表面はいずれも、1nm~200nmの、好ましくは1nm~100nmの、より好ましくは40nm~100nmの厚さを有する保護被膜4により銀変色から保護される。
【0034】
本発明によると、保護被膜4は、最終銀メッキ表面上に堆積された、0.5nm~100nmの、好ましくは0.5nm~50nmの厚さを有するAl2O3の第1の被膜4a、およびAl2O3の第1の被膜4a上の0.5nm~100nmの、好ましくは0.5nm~50nmの厚さを有するTiO2の第2の被膜4bを含む。
【0035】
特に好ましくは、Al2O3の第1の被膜4aは、30nm~50nmの厚さを有し、TiO2の第2の被膜4bは、10nm~50nmの厚さを有する。
【0036】
有利には、保護被膜4は、ALD(原子層堆積)、PVD(物理蒸着)、CAV(化学蒸着)、およびゾルゲル堆積を含む群から選択される方法により堆積されている。好ましくは、保護被膜4は、ALDにより堆積されている。Al2O3の第1の被膜4a、次いでTiO2の第2の被膜4bの連続ALD堆積は、緻密な被膜を形成し、特に良好な美的演出を有する非常に薄く保護性の高いコーティングを得ることを可能にする。そのようなALD堆積の詳細およびパラメータは、当業者に公知である。詳細およびパラメータは、例えば、欧州特許第1 994 202号明細書に記載されている。Al2O3被膜は、TMA(トリメチルアルミニウム)前駆体から得ることができ、その酸化は、H2O、O2;またはO3を用いて実施することができる。TiO2被膜は、TTIP(チタンイソプロポキシド)またはTiCl4(三塩化チタン)から得ることができ、その酸化は、H2O、O2、またはO3を用いて実施することができる。
【0037】
特に好ましくは、銀変色に対する保護被膜4は、30nm~50nmの厚さを有するAl2O3の第1の被膜および10nm~50nmの厚さを有するTiO2の第2の被膜4bのALD堆積により得られる。
【0038】
驚くべきことに、Al2O3の第1の被膜およびTiO2の第2の被膜の順序および厚さのその組み合わせは、非常に白色の銀を可能な限り強調する銀変色に対する保護被膜を得ることを可能にし、したがって基材の最終表面の銀の輝きが保存される。
【0039】
本発明による基材は、以下のステップを含む製造方法により得られる:
a)最終銀メッキ表面を有する基材1、10、100を得るステップ
b)ステップa)の最終銀メッキ表面の少なくとも一部に、1nm~200nmの、好ましくは1nm~100nmの、より好ましくは40nm~100nmの厚さを有する少なくとも1つの銀変色に対する保護被膜4を堆積させるステップであって、ステップa)の最終銀メッキ表面の少なくとも一部に、0.5nm~100nmの、好ましくは0.5nm~50nmの厚さを有するAl2O3の第1の被膜4aを堆積させる第1のステップb1)、およびステップb1)で得られたAl2O3の第1の被膜4a上に、0.5nm~100nmの、好ましくは0.5nm~50nmの厚さを有するTiO2の第2の被膜4bを堆積させる第2のステップb2)を含むステップb)。
【0040】
特に好ましくは、Al2O3の第1の被膜4aは、30nm~50nmの厚さを有し、TiO2の第2の被膜4bは、10nm~50nmの厚さを有する。
【0041】
有利には、ステップb)は、ALD、PVD、CVD、およびゾルゲル堆積を含む群から選択される方法により実施される。
【0042】
特に好ましくは、ステップb)は、ALD堆積により実施される。
【0043】
有利には、本発明による方法は、堆積させた保護被膜の内部張力を低減するために、保護被膜堆積、ならびにステップb2)の前および/または後でのプラズマ処理、典型的にはArプラズマを組み合わせてもよい。この組合せは、保護被膜を軟化させ、機械的、熱的、または他のストレスなどの環境ストレス中に保護被膜の脆性を低くすることが可能である。
【0044】
有利には、本発明による基材を製造するための方法は、ステップa)とステップb)との間に、ステップa)で得られた基材の最終銀メッキ表面の少なくとも1つのプラズマ前処理ステップc)を含んでいてもよい。
【0045】
このプラズマ前処理ステップc)は、空気に曝された基材の表面上に自然に形成され、保護被膜4の良好な付着を妨げる特にAgS/Ag2S硫化物を除去するために、最終銀メッキ表面を剥脱させることからなる。
【0046】
有利には、このステップc)は、ArプラズマまたはAr/H2プラズマ前処理からなる。
【0047】
本発明による基材を製造するための方法の一実施によると、ステップb)は、任意の他の追加前処理を行わずに、ステップc)の直後に実施される。
【0048】
さらなる実施によると、本発明による基材を製造するための方法は、ステップc)とステップb)との間に、保護被膜4の基材上への付着が有利になるように、第1の被膜4aに存在するAl2O3と基材の最終銀メッキ表面の銀との間に共有結合を形成するAgO/Ag2O部位を作出することを可能にする追加の中間酸化前処理ステップd)を含む。
【0049】
代替的実施形態によると、ステップd)の酸化前処理は、AgO/Ag2O部位の作出を可能にする、酸素またはAr/O2などの酸化剤による酸化プラズマ前処理からなっていてもよい。
【0050】
十分なAgO/Ag2O部位を作出するためには、プラズマ中のO2含量は正確でなければならないが、これは、銀を黄色に変色させる傾向があるものの、銀の白さは保証される。
【0051】
プラズマ処理パラメータは当業者に公知であり、本明細書にさらなる詳細を記載する必要はない。
【0052】
さらなる代替的実施形態によると、ステップd)の酸化前処理は、液体形態の水または過酸化水素を真空の前処理チャンバーに注入して、基材と接触するとAgO/Ag2O部位を形成することになる水または過酸化水素の蒸発を引き起こすことからなっていてもよい。注入される水または過酸化水素の量は、数十マイクロモル程度である。
【0053】
特に有利には、ステップd)は、ステップc)とステップd)との間でベントせずに実施される。この目的を達成するため、ステップc)により前処理された基材は、真空を壊すことなく、ステップd)による追加の前処理を受ける。
【0054】
さらに、ステップa)から得られ、ステップc)のみにより、またはステップc)およびd)により前処理された基材を、次いで、真空中で好ましくはALD堆積による堆積チャンバーへと移し、基材の最終銀メッキ表面をベントせずに、ステップc)またはステップc)およびd)で得られた前処理基材に対してステップb)を直接実施することが有利である。
【0055】
この目的を達成するため、好ましくはALD堆積により保護被膜を堆積させる前処理ステップc)およびd)ならびにステップb)は、同じ一貫処理機械で実施することが有利であり、ステップc)によるかまたはステップc)およびd)による前処理用のデバイスは、好ましくはALD堆積により保護被膜4を堆積させるためのデバイスに組み込まれており、ステップc)、存在する場合は任意選択でd)、およびb)を実施するために基材の最終銀メッキ表面をベントすることなく、好ましくは真空中で全処理を行うことが可能である。
【0056】
ステップa)の基材1、10、100は、金属であり、好ましくは金または銀に基づく。
【0057】
ステップa)の基材は、初期銀メッキ表面を含んでいてもよく、その場合、基材は銀に基づき、その初期銀メッキ表面は必然的に最終銀メッキ表面を形成することにもなる。次いで、保護被膜4を、ステップb)により、銀に基づく基材上に直接堆積させる。
【0058】
さらなる代替的実施形態によると、基材が銀無垢製である場合、その色は純良銀の色ほど白くはないため、その場合は、保護被膜を堆積させる前に、ガルバノプラスティ(galvanoplasty)または真空プロセスにより純良銀の被膜を銀無垢上に堆積させることが意図されていてもよい。
【0059】
さらに好ましい代替実施形態によると、ステップa)の基材1、100が初期銀メッキ表面を有するか否かに関わらず、本発明による基材を生産するための方法は、
図1に示されているように、基材1、100上に、合金の総重量に対して0.1重量%~10重量%の銅を含む銀銅合金の被膜2を堆積させて、最終銀メッキ表面を得るステップa1)を含んでいてもよい。
【0060】
さらに好ましい代替的実施形態によると、ステップa)の基材100が初期銀メッキ表面を有していない場合、本発明による基材を生産するための方法は、
図3に示されているように、基材100と銀銅合金の被膜2との間に実質的に純粋な銀の被膜20を堆積させる中間ステップa2)を含んでいてもよい。
【0061】
さらに好ましい代替実施形態によると、ステップa)の基材10が初期銀メッキ表面を有しない場合、本発明による基材を生産するための方法は、
図2に示されているように、実質的に純粋な銀の被膜20を基材10上に堆積させて、最終銀メッキ表面を得るステップa3)を含んでいてもよい。ステップa)の基材が初期銀メッキ表面を有する場合も同様である。
【0062】
有利には、基材1、10、100は、先行する機械加工または被膜堆積ステップに関連する任意の内部応力を緩和するために、ステップa1)、a2)、もしくはa3)の少なくとも1つを行う前に、および/またはステップb)を行う前に熱処理してもよい。処理温度および処理期間は、基材および被膜の性質に依存し、ステップb)の保護被膜を堆積させる前に部品の美観に影響を及ぼしてはならない。熱処理パラメータは当業者に公知であり、本明細書にさらなる詳細を記載する必要はない。
【0063】
実質的に純粋な銀の被膜による代替的実施形態に限らず、実質的に純粋な銀の被膜20は、200nm~3000nmの厚さを有する。
【0064】
一実施形態によると、実質的に純粋な銀の被膜20は、薄い銀コーティングを形成するためには、200nm~600nmの、好ましくは300nm~500nmの厚さを有してもよい。
【0065】
さらなる好ましい実施形態によると、実質的に純粋な銀の被膜20は、上記で説明されているように、厚い銀コーティングを形成するためには、1000nm~3000nmの、好ましくは1500nm~2500nmの厚さを有してもよい。
【0066】
銀銅合金の被膜による代替的実施形態に限らず、銀銅合金の被膜2は、上記で説明されているように、厚いコーティングを構成するためには、200nm~600nmの、有利には300nm~400nmの厚さ、または好ましくは1000nm~3000nmの、より好ましくは1500nm~2500nmの厚さのいずれかを有する。
【0067】
好ましくは、銀銅合金は、合金の総重量に対して0.2重量%~8重量%の、好ましくは0.5重量%~7重量%の銅を含む。
【0068】
基材が、エンジンターンなど、その表面上に構造を有する場合、本発明による基材を製造するための方法のステップa)は、その構造を基材の表面上に生成するサブステップを含む。
【0069】
本発明による保護被膜で保護された最終銀メッキ表面を含む基材は、特に銀変色に対する保護被膜がALDにより堆積されている場合、銀の外観および非常に白い輝きが、銀変色に対する保護被膜の存在にも関わらず保存される。基材にエンジンターンが施されている場合、銀変色に対する保護被膜が存在するにも関わらず、エンジンターンの微細な詳細は、依然としてはっきりと視認される。
【0070】
さらに、本発明による基材は、付着性を一切欠如しない、銀変色に対する保護被膜を有する。
【0071】
本発明による基材は、宝飾品、筆記具、眼鏡関連製品、および皮革製品の生産にも使用することができる。