(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2022-12-19
(45)【発行日】2022-12-27
(54)【発明の名称】R-T-B系焼結磁石
(51)【国際特許分類】
H01F 1/057 20060101AFI20221220BHJP
B22F 3/00 20210101ALI20221220BHJP
C22C 38/00 20060101ALI20221220BHJP
【FI】
H01F1/057 170
B22F3/00 F
C22C38/00 303D
(21)【出願番号】P 2018160472
(22)【出願日】2018-08-29
【審査請求日】2021-06-16
(73)【特許権者】
【識別番号】000003713
【氏名又は名称】大同特殊鋼株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】110002158
【氏名又は名称】特許業務法人上野特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】中村 通秀
(72)【発明者】
【氏名】板倉 賢
【審査官】森岡 俊行
(56)【参考文献】
【文献】特開2019-169567(JP,A)
【文献】国際公開第2017/022684(WO,A1)
【文献】特開2018-82040(JP,A)
【文献】S. Besenicar et al,The inluence of ZrO2 addition on the microstruc ture and the magnetic properties of Ne-Dy-Fe-B magnets,Journal of Magnetic Materials 104-107,1992年,p.1175-1178
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
H01F 1/057
B22F 3/00
C22C 38/00
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
希土類元素Rと、FeまたはFeの一部をCoで置換したものよりなる金属元素Tと、ホウ素と、希土類および前記金属元素Tを除く金属元素であり、ホウ化物を形成するホウ化物形成元素Mと、を含有し、
質量%で、
希土類元素の合計で、27%≦R≦33%、
0%≦Co≦5%、
0%≦Al≦1.0%、
0%≦Cu≦0.5%、
0.01%≦M≦0.5%、
0.9%≦B≦1.2%を含有し、
残部がFeおよび不可避的不純物よりなる組成を有し、
R-T-B系合金の結晶粒よりなる主相と、
前記主相の結晶粒の優先成長面に生成した、前記ホウ化物形成元素Mのホウ化物を基本とする化合物相よりなるホウ化物相と、を有
し、
前記ホウ化物相は、前記主相の結晶粒の前記優先成長面のうち、2つの結晶粒が隣接する二粒子粒界に面する優先成長面と、粒界三重点に面する優先成長面の両方に形成されることを特徴とするR-T-B系焼結磁石。
ただし、前記組成において、Co、Al、Cuについては、含有されない場合も含む。
【請求項2】
前記ホウ化物相は、前記主相の結晶粒の前記優先成長面に、エピタキシャル成長していることを特徴とする請求項1に記載のR-T-B系焼結磁石。
【請求項3】
前記主相は、正方晶よりなり
、優先成長方位は、a軸方向およびb軸方向であり、
前記優先成長面は、(110)面、(100)面、(010)面の少なくとも1つよりなることを特徴とする請求項1または2に記載のR-T-B系焼結磁石。
【請求項4】
前記ホウ化物形成元素Mは、Ti、Zr、Hf、Nb、Crの少なくとも1種よりなることを特徴とする請求項1から3のいずれか1項に記載のR-T-B系焼結磁石。
【請求項5】
前記主相は、正方晶のNd
2Fe
14B相、前記ホウ化物相は、六方晶のZrB
2構造を基本とする化合物相よりなり、
前記ホウ化物相は、Nd
2Fe
14B(110)[001]//ZrB
2(001)[100]の方位関係で、前記主相の結晶粒の前記優先成長面にエピタキシャル成長していることを特徴とする請求項1から4のいずれか1項に記載のR-T-B系焼結磁石。
【請求項6】
O,C,Nの含有量が、それぞれ1000質量ppm未満であることを特徴とする請求項1から
5のいずれか1項に記載のR-T-B系焼結磁石。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、R-T-B系焼結磁石に関し、さらに詳しくは、ホウ化物を形成する元素が添加されたR-T-B系焼結磁石に関するものである。
【背景技術】
【0002】
高い磁気特性を有する希土類磁石の1種として、R-T-B系焼結磁石が用いられている(Rは希土類元素、TはFeまたはFeの一部をCoで置換したもの)。一般に、R-T-B系焼結磁石は、R2T14Bの組成を有する結晶粒を主相としてなる。
【0003】
R-T-B系焼結磁石において、焼結時に、不均一に結晶粒が成長する異常粒成長(AGG)が起こる場合がある。異常粒成長は、焼結磁石の保磁力や角形性の低下につながるため、抑制することが望まれる。例えば、特許文献1に、所定の成分組成と組織を有するR-Fe-B系焼結磁石において、粒界三重点に、Ti,Zr等から選ばれる金属元素のホウ化物相を含む形態が、開示されている。特許文献1では、粒界三重点に形成されたホウ化物相が、焼結時の異常粒成長を抑制する役割を果たすとされている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
R-T-B系焼結磁石において、不純物元素であるO,C,Nは、粒界相に安定な希土類-不純物化合物、つまり希土類を含む酸化物、炭化物、窒化物を形成しやすい。それら希土類-不純物化合物も、ピン留め効果により、主相の異常粒成長を抑制する効果を有する。
【0006】
しかし、粒界相に上記のような希土類-不純物化合物が形成されると、粒界に濡れ広がる希土類元素の体積分率が減少し、焼結磁石全体としての保磁力が低くなってしまう。そこで、R-T-B系焼結磁石において、十分な保磁力を得るために、不純物の含有量を低減することが図られている。例えば、近年、磁石材料の成形と焼結を行うのに、プレスレス法(PLP法)が用いられる場合がある。PLP法においては、成形型に粉末状の磁石材料を充填した状態で、成形型全体に磁界を印加して、原料粒子を配向させる。そして、雰囲気制御した焼結室で、成形型ごと焼結を行い、焼結磁石を得る。従来のように、プレス工程を経る場合には、プレス中に、磁石材料の大気への接触を完全に遮断することが困難であり、O,C,N等の大気由来の不純物が含有されやすいのに対し、PLP法では、プレス工程を経ないことで、雰囲気を制御したまま、焼結体を得ることができる。その結果、焼結体中の不純物の含有量を低減することができる。
【0007】
PLP法を採用すること等によって、R-T-B系焼結磁石におけるO,C,N等の不純物の含有量を低減すると、不純物-希土類化合物による異常粒成長抑制の効果を利用しにくくなる。つまり、異常粒成長の抑制を、他の手段によって十分に達成する必要がある。特許文献1に記載されるように、TiやZr等の金属元素のホウ化物相を形成することで、不純物-希土類化合物の生成量が少なくても、異常粒成長を抑制できる可能性がある。しかし、形成されるホウ化物の形態によって、異常粒成長抑制への寄与の程度が異なる可能性がある。つまり、特許文献1に記載されているように、粒界三重点にホウ化物相が形成される形態以外にも、さらには、その形態以上に、異常粒成長を効果的に抑制できる形態が存在する可能性がある。
【0008】
本発明が解決しようとする課題は、粒界三重点以外の場所にも金属ホウ化物を形成することで、異常粒成長を効果的に抑制することができるR-T-B系焼結磁石を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0009】
上記課題を解決するため、本発明にかかるR-T-B系焼結磁石は、希土類元素Rと、FeまたはFeの一部をCoで置換したものよりなる金属元素Tと、ホウ素と、希土類および前記金属元素Tを除く金属元素であり、ホウ化物を形成するホウ化物形成元素Mと、を含有し、R-T-B系合金の結晶粒よりなる主相と、前記主相の結晶粒の優先成長面に生成した、前記ホウ化物形成元素Mのホウ化物を基本とする化合物相よりなるホウ化物相と、を有するものである。
【0010】
ここで、前記ホウ化物相は、前記主相の結晶粒の前記優先成長面に、エピタキシャル成長しているとよい。
【0011】
前記主相は、正方晶よりなり、前記優先成長方位は、a軸方向およびb軸方向であり、前記優先成長面は、(110)面、(100)面、(010)面の少なくとも1つよりなるとよい。
【0012】
前記ホウ化物形成元素Mは、Ti、Zr、Hf、Nb、Crの少なくとも1種よりなるとよい。
【0013】
前記主相は、正方晶のNd2Fe14B相、前記ホウ化物相は、六方晶のZrB2構造を基本とする化合物相よりなり、前記ホウ化物相は、Nd2Fe14B(110)[001]//ZrB2(001)[100]の方位関係で、前記主相の結晶粒の前記優先成長面にエピタキシャル成長しているとよい。
【0014】
前記R-T-B系焼結磁石は、質量%で、希土類元素の合計で、27%≦R≦33%、0%≦Co≦5%、0%≦Al≦1.0%、0%≦Cu≦0.5%、0.01%≦M≦0.5%、0.9%≦B≦1.2%を含有し、残部がFeおよび不可避的不純物よりなるとよい。ただし、Co、Al、Cuについては、含有されない場合も含む。
【0015】
O,C,Nの含有量が、それぞれ1000質量ppm未満であるとよい。
【発明の効果】
【0016】
上記発明にかかるR-T-B系焼結磁石においては、主相の結晶粒の優先成長面に、ホウ化物相が形成されている。優先成長面にホウ化物相が存在することで、異常粒成長を、ホウ化物相が効果的に抑制することができる。
【0017】
ここで、ホウ化物相が、主相の結晶粒の優先成長面に、エピタキシャル成長している場合には、ホウ化物相の結晶面が、主相の結晶粒の優先成長面に揃っていることにより、ホウ化物相の結晶が、主相の異常粒成長を、特に効果的に抑制することができる。
【0018】
主相が、正方晶よりなり、優先成長方位が、a軸方向およびb軸方向である場合には、優先成長面は、(110)面、(100)面、(010)面の少なくとも1つとなるので、Nd2Fe14B等、優先成長方位をa軸およびb軸とする正方晶構造をとる多くのR-T-B系焼結磁石の主相において、(110)面、(100)面、(010)面に、ホウ化物相を生成させることで、異常粒成長を、効果的に抑制することができる。
【0019】
ホウ化物形成元素Mが、Ti、Zr、Hf、Nb、Crの少なくとも1種よりなる場合には、それらの元素は、R-T-B系焼結磁石中でホウ化物相を形成しやすく、また、形成されたホウ化物相が、主相の異常粒成長を抑制する効果に優れる。
【0020】
主相が、正方晶のNd2Fe14B相、ホウ化物相が、六方晶のZrB2構造を基本とする化合物相よりなり、ホウ化物相が、Nd2Fe14B(110)[001]//ZrB2(001)[100]の方位関係で、主相の結晶粒の優先成長面にエピタキシャル成長している場合には、Nd2Fe14B相の(110)面とZrB2相の(001)面のマッチングが良いため、Nd2Fe14B相の(110)面へのホウ化物相の生成によって、優先成長面である(110)面の成長を阻害しやすい。その結果、異常粒成長を効果的に抑制することができる。
【0021】
R-T-B系焼結磁石が、質量%で、希土類元素の合計で、27%≦R≦33%、0%≦Co≦5%、0%≦Al≦1.0%、0%≦Cu≦0.5%、0.01%≦M≦0.5%、0.9%≦B≦1.2%を含有し、残部がFeおよび不可避的不純物よりなる場合には、成分組成による効果と、ホウ化物相形成による異常粒成長抑制の効果により、R-T-B系焼結磁石において、高い保磁力と、高い角形性を両立しやすい。
【0022】
O,C,Nの含有量が、それぞれ1000質量ppm未満である場合には、それらの不純物元素の含有量が少なく抑えられていることで、希土類-不純物化合物の形成による保磁力の低下を抑制することができる。R-T-B系焼結磁石において、希土類-不純物化合物の含有量が少なくなることで、それらの化合物による異常粒成長抑制の効果を利用しにくくなるが、主相の結晶粒の優先成長面へのホウ化物相の形成によって、効果的に異常粒成長の抑制を達成できるので、異常粒成長の抑制と、高保磁力の確保を、両立することができる。
【図面の簡単な説明】
【0023】
【
図1】(a)は、本発明の一実施形態にかかるR-T-B系焼結磁石の組織の概略を示す図である。(b)は、正方晶におけるa,b,c軸と、(110),(100),(010)面との関係を説明する、結晶格子の概略図である。
【
図2】(a)比較例(Zrなし)にかかる試料のSEM-SE2像、および(b)比較例(Zrなし)、(c)実施例(Zr含有)にかかる試料のSEM-inlens像である。
【
図3】実施例にかかる試料の高倍率でのSEM-inlens像である。
【
図4】実施例にかかる試料のホウ化物相近傍の領域について、TEM-BF像を示している。
【
図5】比較例(Zrなし)および実施例(Zr含有)にかかる試料の磁気特性の評価結果を示す図であり、(a)は比較例の保磁力、(b)は実施例の保磁力、(c)は比較例の角形性、(d)は実施例の角形性を示している。
【
図6】Zrの含有量による磁気特性の変化を示す図であり、(a)は保磁力、(b)は角形性を示している。
【発明を実施するための形態】
【0024】
以下に、本発明の一実施形態にかかるR-T-B系焼結磁石(以下単に、焼結磁石と称する場合がある)について、詳細に説明する。本明細書においては、成分元素の含有量については、質量%および質量ppmを単位として表すものとする。また、本明細書においては、結晶格子における面および方位を示すミラー指数の表記については、記載したものと等価な面および方位も含むものとする。
【0025】
[R-T-B系焼結磁石の概略]
本発明の一実施形態にかかるR-T-B系焼結磁石は、希土類元素Rと、金属元素Tと、ホウ素(B)と、ホウ化物形成元素Mと、を含む磁石材料が焼結されたものよりなる。
【0026】
R-T-B系焼結磁石を構成する磁石材料は、希土類元素R、金属元素T、B、ホウ化物形成元素Mを含んでいれば、特に具体的な組成を限定されるものではない。希土類元素Rとしては、Nd,Pr,Dy,Tb,La,Ceを例示することができる。中でも、比較的安価でありながら高い磁気特性を与える希土類元素として、Ndを好適に用いることができる。希土類元素Rは、1種のみよりなっても、複数種が含まれてもよい。金属元素Tは、Fe、またはFeの一部をCoで置換したものよりなる。
【0027】
ホウ化物形成元素Mは、希土類および上記金属元素Tを除く金属元素よりなっており、ホウ素(B)と結合して、ホウ化物を形成することができる元素である。具体的なホウ化物形成元素Mとしては、Ti,Zr,Hf,Nb,Crを例示することができる。これらはいずれも、R-T-B系焼結磁石の組織中で、ホウ化物(MB2)を安定に形成する。中でも、安定なホウ化物を形成しやすく、後述する異常粒成長抑制の効果に優れるという点で、Ti,Zr,Nb,Hfを好適に用いることができる。それらの中でも、Zrが最も好適である。ホウ化物形成元素Mは、1種のみよりなっても、複数種が含まれてもよい。
【0028】
上記のように、R-T-B系焼結磁石の具体的な組成は、希土類元素R、金属元素T、B、ホウ化物形成元素Mが含有されていれば、特に限定されるものではなく、それら以外の元素を含有してもよい。しかし、不純物元素であるO,C,Nの含有量は、少ない方が望ましく、不可避的不純物程度に留められることが好ましい。具体的には、O,C,Nの含有量は、それぞれ、1000ppm未満であることが好ましい。さらには、Oについては700ppm未満、Cについては500ppm未満、Nについては400ppm未満であることが好ましい。これら不純物は、粒界三重点において安定な希土類-不純物化合物(O,C,N等の不純物と希土類元素によって形成される化合物)を形成し、粒界に濡れ広がる希土類元素Rの体積分率を減少させることで、R-T-B系焼結磁石の保磁力を低下させてしまうため、高い保磁力を確保する観点から、含有量が少なく抑えられることが好ましい。
【0029】
R-T-B系焼結磁石の組成の一例として、以下の各元素を含有し、残部がFeおよび不可避的不純物よりなるものを挙げることができる。
・27%≦TRE≦33%(TREは、全希土類元素Rの合計含有量を示す)
・0%≦Co≦5%
・0%≦Al≦1.0%
・0%≦Cu≦0.5%
・0.01%≦M≦0.5%
・0.9%≦B≦1.2%
ここで、Co,Al,Cuについては、それぞれ、含有されない形態も含むものとする。
【0030】
中でも好ましい組成として、以下の各元素を含有し、残部がFeおよび不可避的不純物よりなるものを挙げることができる。
・28%≦TRE≦32%
・0.8%≦Co≦2.5%
・0.1%≦Al≦1.0%
・0.1%≦Cu≦0.5%
・0.05%≦M≦0.2%
・0.9%≦B≦1.2%
【0031】
ホウ化物形成元素Mについては、後述する異常粒成長抑制の効果を十分に得る観点から、含有量を0.01%以上、さらには0.05%以上とすることが好ましい。しかし、ホウ化物形成元素Mを含有させすぎると、ホウ化物の形成によって、主相に含有されるBの量が減少すること、また粒界に生成したホウ化物が時効を阻害することにより、焼結磁石の減磁曲線における角形性が低くなってしまう。ここで、ホウ化物による時効の阻害とは、保磁力を最適化するために焼結磁石に対して時効処理を施す際に、粒界に生成したホウ化物が、溶融した希土類含有量の多い合金(希土類リッチ相)の拡散を阻害する現象を意味する。そのような時効の阻害が起こることで、時効処理によって焼結磁石全体の保磁力を効果的に向上させることができず、保磁力の値に空間分布が生じ、減磁曲線における角形性が低くなってしまう。よって、ホウ化物形成元素Mの含有量は、0.5%以下、さらには0.2%以下、また0.1%以下に留めておくことが好ましい。
【0032】
R-T-B系焼結磁石は、上記のような組成を有する原料粉末を所望の形状に成形するとともに、粒子を磁場配向させた後、焼結することにより、製造することができる。具体的な製造方法は特に限定されるものではないが、プレス工程を伴わずに成形と焼結を完了することができるプレスレス法(PLP法)を用いることが好ましい。PLP法においては、所望の形状を有するカーボン材等よりなる成形型に、原料粉末を充填する。次いで、成形型全体に磁界を印加し、原料粉末の粒子を配向させる。磁界の印加終了後、雰囲気制御した加熱室で、成形型を所定の焼結温度で加熱し、原料粉末を焼結することで、焼結磁石を得る。磁界中でプレス加工を行って原料粉末を成形した後、焼結を行う従来一般の製法では、プレス加工中に原料粉末と大気との接触を遮断するのは困難であるのに対し、PLP法では、原料粉末の製造から成形型への充填、焼結に至る各工程を、雰囲気制御して行うことができるため、製造される焼結磁石において、O,C,N等、空気由来の不純物の含有量を、大幅に低減することができる。焼結後には、さらに、焼結温度よりも低い温度にて、時効処理を施すことが好ましい。
【0033】
[R-T-B系焼結磁石の組織]
次に、本実施形態にかかるR-T-B系焼結磁石の組織について、説明する。
【0034】
図1(a)に、本実施形態にかかるR-T-B系焼結磁石の組織の状態を、概略図として示す。組織の大部分は、主相の結晶粒1によって占められている。典型的には、主相結晶粒1は、正方晶のR
2T
14B相(Nd
2Fe
14B相等)よりなっている。
【0035】
主相結晶粒1の間の粒界2、つまり二粒子粒界2aおよび粒界三重点2bには、粒界相が形成されている。粒界相は、希土類元素Rが粒界2に濡れ広がって形成される合金相(実施例のGBP1)を含んでいる。この合金相においては、主相よりも希土類元素Rが濃化されており、典型的には、R3Tの組成を基本としてなる。さらに、粒界相は、合金相に加え、酸化物相(実施例のGBP2)を含んでいる。この酸化物相は、ほぼ、希土類元素Rの酸化物よりなっている。
【0036】
さらに、主相結晶粒1の間の粒界2には、ホウ化物相3が形成されている。ホウ化物相3は、ホウ化物形成元素Mとホウ素(B)とが結合したホウ化物(MB2)を基本とする化合物相よりなっている。ホウ化物相3は、主相の結晶粒1のファセット面、つまり端面に露出した結晶面の一部に貼り付くように密着して生成している。
【0037】
ここで、ホウ化物相3について、「ホウ化物を基本とする化合物相」とは、ホウ化物と不可避的不純物のみよりなるか、ホウ化物を主成分とし、他の化合物を任意に含有するものである。ホウ化物の組成としては、典型的には、MB2、つまりホウ化物形成元素MとBの比率が1:2であるが、そこから比率がずれている場合も含まれる。また、下記において、ホウ化物形成元素MがZrである場合について、「六方晶のZrB2構造を基本とする化合物相」と記載しているが、これは、六方晶AlB2型構造のZrB2相、あるいはZrB2相より派生した構造を有する化合物相を意味するものである。
【0038】
主相結晶粒1のファセット面のうち、ホウ化物相3が生成しているファセット面は、優先成長面となっている。つまり、主相結晶粒1の優先成長方位に交わる方向のファセット面となっている(ファセット面の平面に、優先成長方位の軸が交わっている)。主相結晶粒1が、Nd
2Fe
14B相等、正方晶のR
2T
14B相よりなる場合には、優先成長方位は、多くの場合、a軸およびb軸である。この場合、優先成長面は、
図1(b)に示すように、それぞれa軸およびb軸が法線となる(100)面および(010)面、さらに(110)面となる。
【0039】
主相結晶粒1の優先成長面に、ホウ化物相3が形成されていることで、ホウ化物相3が、優先成長方位に沿った主相結晶粒1の結晶成長を妨げることになる。その結果、主相結晶粒1が、焼結時に、異常粒成長を起こしにくくなり、主相結晶粒1が微細粒より構成される状態が、維持されやすくなる。
【0040】
異常粒成長が起こると、おおむね、粒径が20μmを超える結晶粒1が形成されることが、走査電子顕微鏡(SEM)による組織観察によって、確認されている。しかし本実施形態にかかる焼結磁石においては、ホウ化物相3の生成によって異常粒成長が抑制されることで、主相結晶粒1の粒径を、20μm以下のように、異常結晶粒とみなされる粒径以下に抑え、微細粒の状態を維持することができる。後述するように、組織において粒界が占める割合を高め、粒界に生成するホウ化物相3の量を増加させる観点から、主相結晶粒1の平均粒径で、4μm以下となっていることが好ましい。ここで、主相結晶粒1の粒径は、組織をSEMで観察して、結晶粒1の配向方向(c軸方向)に垂直な面における結晶粒の円相当径として求めることができる。平均粒径は、そのようにして求められる粒径の累積の50%の値(D50)として、得られる。
【0041】
優先成長面が複数存在する場合には、いずれか少なくとも1つに密着して、ホウ化物相3が生成しているとよい。上記のように、主相がa軸とb軸を優先成長方位とする正方晶よりなる場合に、(110)面、(100)面、(010)面の3種の優先成長面のうち、少なくとも(110)面にホウ化物相3が生成していれば、a軸とb軸の両方の優先成長方位に沿った主相結晶粒の成長を抑制することができ、好ましい。Nd2Fe14B等、R2T14Bの結晶は、c軸方向に成長しにくく、a,b軸方向に優先的に成長しやすいので、a,b面にホウ化物相3が生成することで、優先成長が効果的に抑制される。
【0042】
主相結晶粒1の優先成長面に生成するホウ化物相3の結晶構造や成長様式は、特に限定されるものではないが、優先成長面上に、エピタキシャル成長していることが好ましい。ホウ化物相3のエピタキシャル成長は、主相結晶粒1とホウ化物相3の間で、原子配列のマッチングの良い面において起こるが、主相結晶粒1の優先成長面にホウ化物相3がエピタキシャル成長することで、そのホウ化物相3が、主相結晶粒1において、成長速度が比較的速い優先成長面の成長を阻害して、異常粒成長を効果的に抑制することができるからである。
【0043】
主相結晶粒1の複数の優先成長面のうち、いずれの優先成長面にホウ化物相3がエピタキシャル成長するかは、主相1およびホウ化物相3の具体的な組成や結晶構造に依存する。例えば、主相1が正方晶のNd2Fe14B相よりなり、ホウ化物相3が六方晶のZrB2構造を基本とする化合物相よりなる場合に、Nd2Fe14B(110)[001]//ZrB2(001)[100]の方位関係で、ホウ化物相3のエピタキシャル成長が起こりやすい。つまり、Nd2Fe14B相の(110)面の[001]方向と、ZrB2相の(001)面の[100]方向が揃った状態で、Nd2Fe14B相の(110)優先成長面に、ZrB2相がエピタキシャル成長しやすい。Nd2Fe14B相の(110)面とZrB2相の(001)面は、結晶構造において、原子配列のマッチングが良いため、Nd2Fe14B相の(110)面に、上記の結晶方位関係をもって、ZrB2を基本とするホウ化物相3がエピタキシャル成長し、それが、主相結晶粒1において、優先成長面である(110)面の成長を阻害して、異常粒成長を抑制する。
【0044】
本実施形態にかかる焼結磁石においては、
図1(a)に示すように、主相結晶粒1の優先成長面のうち、2つの結晶粒1が隣接する二粒子粒界2aに面する優先成長面と、粒界三重点2bに面する優先成長面の両方に、ホウ化物相3が形成されうる。これに対し、特許文献1に記載される形態等、粒界三重点2bに専らホウ化物相3が形成される場合もある。しかし、本実施形態のように、二粒子粒界2aに面する優先成長面にもホウ化物相3が形成されることで、主相結晶粒1において、異常粒成長を効果的に抑制することができる。これは、粒界三重点2bに比べて、二粒子粒界2aの方が、主相結晶粒1と接触した粒界面の総面積が大きく、二粒子粒界2aにホウ化物相3を生成させることで、より大きなアンカー効果(ピン留め効果)が得られるためであると考えられる。
【0045】
R-T-B系焼結磁石において、異常粒成長が起こると、減磁曲線における角形性が低くなってしまう。これは、異常成長粒が磁化反転しやすいためである。しかし、ホウ化物相3の生成によって異常粒成長を抑制することで、減磁曲線における角形性を高めることができる。
【0046】
特許文献1においては、ホウ化物相が粒界三重点に形成されると記載されているが、本実施形態にかかるR-T-B系焼結磁石においては、上記のように、粒界三重点2bに加えて、二粒子粒界2aにもホウ化物相3が生成し、それによって、効果的に異常粒成長が抑制される。二粒子粒界2aへのホウ化物相3の生成は、焼結磁石を構成する磁石材料に含まれるO,C,N等の不純物の量と関係しており、それら不純物の含有量を少なくすることで、ホウ化物相3を二粒子粒界2aに生成させやすくなるものと推察される。
【0047】
上記のように、O,C,N等の不純物は、希土類-不純物化合物を形成することで、ピン留めにより、主相の異常粒成長を抑制する効果を有するが、不純物の含有量を少なく抑えることで、希土類-不純物化合物による異常粒成長抑制の効果を利用しにくくなる。しかし、それら不純物の含有量の低減により、二粒子粒界2aにホウ化物相3を分布させて、ホウ化物相3による異常粒成長抑制の効果を利用することで、希土類-不純物化合物による異常粒成長抑制効果が利用できない分を補って、全体として、異常粒成長の抑制を、効果的に達成することができる。
【0048】
不純物の含有量の低減は、例えば、PLP法の採用によって達成することができるが、PLP法においては、不純物の含有量が少なくなることによって、プレス加工を伴う従来一般の成形・焼結方法に比べて、異常粒成長が起こりやすくなる。しかし、ホウ化物形成元素Mを添加し、主相結晶粒1の優先成長面へのホウ化物相3の形成を利用することで、それらの要因による異常粒成長を、効果的に抑制することができる。その結果、不純物の含有量の低減による高い保磁力の確保と、異常粒成長の抑制による角形成の向上を、両立することができる。
【0049】
また、PLP法を利用することで、プレス加工を伴う従来一般の成形・焼結方法の場合よりも、原料粉末の粒径が小さくても、所定の形状への成形と配向を達成しやすくなる。その結果、主相結晶粒1の粒径が小さい焼結磁石を得やすくなる。主相結晶粒1の粒径が小さくなることで、焼結磁石の組織全体に占める粒界(二粒子粒界2aおよび粒界三重点2b)の割合が大きくなる。また、粒界三重点2bに対する二粒子粒界2aの割合も大きくなりやすい。その結果、粒界、特に二粒子粒界2aに形成されるホウ化物相3の量が多くなり、異常粒成長抑制において、高い効果を得ることができる。主相結晶粒1の平均粒径を、おおむね、4μm以下とすることが好ましい。
【0050】
さらに、ホウ化物形成元素MをR-T-B系焼結磁石に添加することで、主相結晶粒1の優先成長面へのホウ化物相3の形成による異常粒成長抑制の効果に加え、粒界相において、酸化物相(GBP2)に対する合金相(GBP1)の比率を高めることができる。粒界相における合金相の体積分率を増加させることで、焼結磁石の保磁力を向上させることができる。ホウ化物形成元素Mを添加し、ホウ化物相3を生成させることで、主相1を構成する化合物であるR2T14BやR1T4B4から、Bがホウ化物相3の形成に消費され、余剰となった希土類元素Rや金属元素Tが、粒界2で合金相を形成するために、酸化物相に対する合金相の比率が増加するものと考えられる。
【実施例】
【0051】
以下に本発明の実施例を示す。なお、本発明はこれら実施例によって限定されるものではない。
【0052】
[1]R-T-B系焼結磁石の組織
まず、R-T-B系焼結磁石の組織の状態を、顕微鏡観察によって調査した。
【0053】
(試験方法)
実施例にかかる試料として、Nd26.90Pr4.7Co0.9B0.99Al0.2Cu0.1ZrxFebal.(質量%;x=0.1)の組成を有する原料粉末を製造し、PLP法によって、成形および焼結を行った。充填密度は、3.4g/mm3とし、充填後に、磁界を印加して、粒子をc軸配向させた。焼結は、真空中にて、975℃、8時間の条件で行った。焼結後、さらに、800℃で30分と、520℃で90分の2段階の時効処理を施した。
【0054】
さらに、比較例にかかる試料として、上記原料粉末の組成において、Zrを含有させないもの、つまりx=0としたものを準備した。そして、上記と同様に、PLP法による成形、焼結と、時効処理を行った。また、比較例および実施例のいずれにおいても、不純物の含有量として、Oが700ppm未満、Cが500ppm未満、Nが400ppm未満であることを確認している。
【0055】
上記で得られた実施例および比較例にかかる試料に対し、精密機械研磨およびイオン研磨を行った。そして、表面に対して、エネルギー分散型X線分光器(EDS)を備えた走査電子顕微鏡(HRSEM)による観察を行った。また、集束イオンビームにより試料から小片を採取し、イオン研磨を施したものに対し、ESDシステムを備えた透過電子顕微鏡(Cs-STEM)による観察を行った。
【0056】
(試験結果)
図2に、SEM観察像を示す。
図2(a)は、Zrを添加していない比較例にかかる試料について得られた、広域のSEM像(二次電子像)を示している。観察像中には、数100μmの粒径を有する、異常成長粒AGGが見られている。なお、このSEM像は、比較的高エネルギー側の二次電子を結像したもの(いわゆるSE2像)であり、表面の凹凸に敏感な像が得られる。
【0057】
一方、Zrを添加した実施例にかかる試料に対して、広域のSEM観察を行ったところ、同様の粗大な異常成長粒は、観察されなかった。このことより、Zrを添加することで、異常粒成長が抑制できることが確認された。
【0058】
さらに、比較例および実施例にかかる試料について、組織の状態を詳細に観察するために、高倍率のSEM像を取得した。このSEM像は、比較的低エネルギー側の二次電子を優先的に取り込んで結像したもの(いわゆるinlens像)であり、試料の表面状態に極めて敏感な高分解能像が得られる。
【0059】
比較例、実施例について得られた像を、それぞれ
図2(b)、(c)に示す。なお、
図2(b)の比較例では、
図2(a)で観察されたような異常成長粒(AGG)が形成されていない領域を選択して、観察を行っている。
【0060】
図2(b)の比較例にかかる観察像を見ると、やや明るいグレーに観察される結晶粒の間の粒界に、主相よりも明るいグレーに観察される第一の粒界相GBP1と、主相よりも暗いグレーに観察される第二の粒界相GBP2が、形成されている。
【0061】
各相に対してSEM-ESDによる成分組成の分析を行ったところ、主相は、R2T14B相よりなることが確認された。GBP1は、ほぼR3Tの組成を有する合金相となっている。一方、GBP2は、ほぼ希土類酸化物よりなる酸化物相となっている。
【0062】
図2(c)のZrを添加した実施例にかかる試料の観察像においても、比較例の場合と同様に、主相の結晶粒の間の粒界に、合金相GBP1と酸化物相GBP2の2種の粒界相が形成されている。しかし、実施例の場合の方が、比較例の場合よりも、酸化物相GBP2に対する合金相GBP1の比率が高くなっている。また、実施例の方が、細かな合金相GBP1が形成され、合金相GBP1が、より緻密に結晶粒の間の空間を占めている。この結果より、Zrの添加により、粒界相に占める合金相GBP1の体積分率が増加し、合金相が主相粒界に緻密に濡れ広がるようになることが分かる。
【0063】
さらに、
図3に、実施例にかかる試料の高倍率のSEM-inlens像を示す。これによると、主相結晶粒の粒界に、2種の粒界相GBP1,GBP2に加えて、ひときわ明るく観察される長さ0.5μmほどの板状の物質が生成していることが分かる。この物質の成分組成を、SEM-ESDによって分析したところ、ZrB
2であることが分かった。つまり、原料粉末に添加したZrは、ホウ化物として、主相結晶粒の粒界に分布している。
【0064】
図3において、板状のホウ化物相は、主相結晶粒のファセット面に貼り付くように密着して、生成している。像中で、粒界相GBP1,GBP2の中に埋め込まれるように生成しているものもあるが、これらは、粒界相の上下に存在する主相結晶粒のファセット面に、生成しているものであると考えられる。
【0065】
さらに、主相結晶粒とホウ化物相の関係性を調べるために、両者の界面を、TEMによって観察した。まず、
図4に、断面のTEM明視野(BF)像を示す。これによると、長さ500nm程度、厚さ100nm程度の板状のホウ化物相(ZrB
2を基本とする化合物相)が、主相結晶粒(Nd
2Fe
14B相)の(110)面に、貼り付くように密着して生成しているのが分かる。
【0066】
図4のBF像における、主相結晶粒とファセット面に生成したZrB
2相の方位関係を、制限視野電子回折(SAD)によって、確認した。SADにおいては、Nd
2Fe
14B相の[001]入射の回折斑点に加え、ZrB
2相(AlB
2型,a=0.32nm,b=0.32nm,c=0.35nm)の[100]入射に対応する回折斑点も観察された。そして、Nd
2Fe
14B相の[110]方向が、ZrB
2相の[001]方向に一致していた。これらの結果から明らかになった主相結晶粒とZrB
2相の方位関係を、
図4のBF像の中にそれぞれ矢印で表示してある。それによると、主結晶粒の(110)面にZrB
2相の(001)面が平行にエピタキシャル成長していること、さらに、両者の方位関係が、Nd
2Fe
14B(110)[001]//ZrB
2(001)[100]となっていることが分かる。
【0067】
[2]R-T-B系焼結磁石の磁気特性
次に、Zrを添加した場合、および添加しない場合について、R-T-B系焼結磁石の磁気特性を評価した。具体的には、保磁力と角形性を評価した。
【0068】
(試験方法)
実施例および比較例にかかる試料として、下記の表1に示す成分組成を有する焼結磁石を、上記「R-T-B系焼結磁石の組織」に関する試験と同様の方法で製造した。ただし、焼結温度および焼結時間は、
図5中に凡例および横軸で示すように、変化させた。
【0069】
【0070】
各条件での焼結を経た実施例および比較例にかかる試料について、磁化曲線の測定を行った。測定は、パルス励磁型磁気特性測定装置を用いて行った。そして、保磁力iHcの値を記録した。また、減磁曲線の形状から、角形性を評価した。ここで、減磁曲線において、磁束密度Bの値が残留磁束密度Brの90%となる時の磁場Hの値をHk90とし、保磁力をiHcとして、角形性は、Hk90/iHcとして評価される。
【0071】
(試験結果)
図5に、磁気特性の評価結果を示す。(a),(b)は保磁力
iH
cの測定結果であり、(a)が比較例、(b)が実施例を示している。(c),(d)は角形性H
k90/
iH
cの評価結果であり、(c)が比較例、(d)が実施例を示している。いずれにおいても、焼結温度を960~975℃の範囲で4とおりに変化させており、焼結時間も、横軸に表示するように、4~11時間の範囲で変化させている。なお、ここで採用した、4時間および11時間との焼結時間は、R-T-B系焼結磁石の量産工程において、多量の個体を山状に積み上げて焼結を行う際に、それぞれ、比較的加熱を受けにくい個体、および比較的加熱を受けやすい個体が、所定の温度にて加熱を受ける時間の長さを想定したものである。
【0072】
まず、
図5(a)の比較例についての保磁力の測定結果を見ると、焼結温度が高くなるほど、また焼結時間が長くなるほど、保磁力が低下している。一方、
図5(b)の実施例についての保磁力の測定結果を見ると、比較例の場合と比べて、保磁力の焼結温度依存性、および焼結時間依存性が小さくなっている。また、多くの焼結条件において、保磁力の値が、比較例の場合よりも大きくなっている。特に、高温、長時間の焼結を経た際に、比較例との保磁力の差が大きくなっている。
【0073】
次に、
図5(c)の比較例についての角形性の評価結果を見ると、保磁力の場合と同様、焼結温度が高くなるほど、また焼結時間が長くなるほど、角形性も低下している。一方、
図5(d)の実施例についての角形性の評価結果を見ると、比較例の場合と比べて、角形性の焼結温度依存性、および焼結時間依存性が小さくなっている。また、角形性の評価値が、全ての焼結条件において、比較例の場合よりも大きくなっている。特に、焼結時間が8時間以下の領域では、角形性が、焼結温度および焼結時間にほぼ依存せず、95%以上の大きな値が得られている。
【0074】
以上のように、Zrを含有しない比較例よりも、Zrを含有する実施例において、保磁力および角形性の両方について、焼結温度および焼結時間に対する依存性が小さくなり、さらに、値自体が大きくなっている。Zrを含有しない場合には、主相の異常粒成長が起こることにより、焼結磁石の保磁力および角形性が低下していると解釈できる。異常粒成長、およびそれに伴う保磁力や角形性の低下は、焼結温度が高くなるほど、また焼結時間が長くなるほど、進行する。
【0075】
これに対し、Zrを添加することで、主相の異常粒成長が抑えられ、その結果として、焼結磁石の保磁力および角形性が向上すると解釈できる。また、Zrを添加することで、焼結温度が上がった際や、焼結時間が長くなった際にも、異常粒成長の進行が抑制されることで、保磁力や角形性が高い状態を維持できていると考えられる。Zrの添加により、粒界相に占める合金相(GBP1)の割合が増加することも、保磁力の向上に寄与している可能性がある。
【0076】
[3]Zrの添加量と磁気特性
次に、Zrの添加量によるR-T-B系焼結磁石の磁気特性の変化について、調査した。
【0077】
(試験方法)
上記の表1の実施例と同様の成分組成を有する焼結磁石を製造した。ただし、Zrの含有量は、
図6に示すように、0%~0.30%の範囲で変化させた。試料の製造方法は、上記「R-T-B系焼結磁石の組織」に関する試験と同様とした。ただし、焼結温度は975℃、焼結時間は4時間とした。上記「R-T-B系焼結磁石の組織」に関する試験で得られた
図5の結果によると、焼結時間が4時間と短い場合には、Zrの添加の有無による保磁力や角形性の差が比較的小さくなっていることから、焼結時間を4時間としたここでの試験においては、Zrの含有量が少ない領域でも、異常成長粒が起こっていないか、起こっていてもわずかであるとみなすことができる。
【0078】
得られた各試料に対して、上記「R-T-B系焼結磁石の磁気特性」の試験と同様にして、保磁力および角形性を評価した。
【0079】
(試験結果)
図6に、Zrの含有量に対する磁気特性の変化を示す。(a)が保磁力、(b)が角形性を示している。図中には、測定結果に加えて、近似曲線も表示している。
【0080】
図6(a)によると、保磁力は、Zrの含有量に対して、緩やかにしか変化していない。これに対し、
図6(b)の角形性の評価結果においては、Zrの含有量が0.15%を超える辺りから、Zrの含有量の増加に伴って、角形性が大きく低下している。このことより、Zrの含有量を、0.2%以下、さらには0.1%以下に留めておくことが、高い角形性の維持の観点からは好ましいと言える。Zr含有量の増大に伴って角形性が低下するのは、ホウ化物相の形成による主相中のBの消費、および粒界での時効の阻害(時効処理時の希土類リッチ相の拡散の阻害)によるものと考えられる。
【0081】
以上、本発明の実施形態について説明した。本発明は、これらの実施形態に特に限定されることなく、種々の改変を行うことが可能である。
【符号の説明】
【0082】
1 主相結晶粒
2 粒界
2a 二粒子粒界
2b 粒界三重点
3 ホウ化物相