IP Force 特許公報掲載プロジェクト 2022.1.31 β版

知財求人 - 知財ポータルサイト「IP Force」

▶ 新日鐵住金株式会社の特許一覧

<>
  • 特許-溶銑の脱炭方法 図1
  • 特許-溶銑の脱炭方法 図2
  • 特許-溶銑の脱炭方法 図3
  • 特許-溶銑の脱炭方法 図4
  • 特許-溶銑の脱炭方法 図5
< >
(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2022-12-19
(45)【発行日】2022-12-27
(54)【発明の名称】溶銑の脱炭方法
(51)【国際特許分類】
   C21C 5/28 20060101AFI20221220BHJP
【FI】
C21C5/28 Z
【請求項の数】 7
(21)【出願番号】P 2018244223
(22)【出願日】2018-12-27
(65)【公開番号】P2020105562
(43)【公開日】2020-07-09
【審査請求日】2021-08-10
(73)【特許権者】
【識別番号】000006655
【氏名又は名称】日本製鉄株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100106909
【弁理士】
【氏名又は名称】棚井 澄雄
(74)【代理人】
【識別番号】100175802
【弁理士】
【氏名又は名称】寺本 光生
(74)【代理人】
【識別番号】100134359
【弁理士】
【氏名又は名称】勝俣 智夫
(74)【代理人】
【識別番号】100188592
【弁理士】
【氏名又は名称】山口 洋
(72)【発明者】
【氏名】木下 聡
(72)【発明者】
【氏名】柿本 昌平
(72)【発明者】
【氏名】北野 遼
(72)【発明者】
【氏名】加藤 正樹
【審査官】岡田 隆介
(56)【参考文献】
【文献】特開2014-037599(JP,A)
【文献】特開2001-164310(JP,A)
【文献】特開2006-342370(JP,A)
【文献】特開2006-009146(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C21C 5/28
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
溶銑の脱炭方法であって、
前記溶銑に酸素を吹込むことにより前記溶銑を脱炭吹錬する工程を備え、
前記脱炭吹錬における前記酸素の吹込みの開始前後に、CaO又はCaCOを含む第一スラグ剤を前記溶銑に投入し、
更に前記脱炭吹錬において、CaO又はCaCOを含む粉状の第二スラグ剤を、キャリアガスを用いて前記溶銑に吹込み、
前記酸素の吹込みの開始時期と、前記第二スラグ剤の吹込みの開始時期との間に吹込まれる前記酸素の量を、前記脱炭吹錬における前記酸素の全吹込み量の10%以上50%以下とすることを特徴とする溶銑の脱炭方法。
【請求項2】
前記酸素の吹込みの開始時期と、前記第二スラグ剤の吹込みの終了時期との間に吹込まれる前記酸素の量を、前記脱炭吹錬における前記酸素の全吹込み量の20%以上60%以下とすることを特徴とする請求項に記載の溶銑の脱炭方法。
【請求項3】
前記第二スラグ剤の吹込み量を、CaO当量で3~20kg/tとすることを特徴とする請求項1または2に記載の溶銑の脱炭方法。
【請求項4】
前記脱炭吹錬の前に、Siを含む第三スラグ剤を前記溶銑に投入し、
前記第一スラグ剤の投入量及び前記第三スラグ剤の投入量を、前記第一スラグ剤の投入の後且つ前記第二スラグ剤の吹込みの前に生じるスラグの装入塩基度が3.5~4.5となるように制御する
ことを特徴とする請求項1~のいずれか一項に記載の溶銑の脱炭方法。
【請求項5】
前記第一スラグ剤を、塊状のスラグ剤とすることを特徴とする請求項1~のいずれか一項に記載の溶銑の脱炭方法。
【請求項6】
前記第一スラグ剤及び前記第二スラグ剤の一方又は両方を、生石灰、石灰石、カルシウムフェライト、ドロマイト系石灰、並びに転炉スラグ又は二次精錬スラグであってCaOを含有するものから選択される一種以上とすることを特徴とする請求項1~のいずれか一項に記載の溶銑の脱炭方法。
【請求項7】
前記キャリアガスが、Ar、N、CO、及びOからなる群から選択される一種以上であることを特徴とする請求項1~のいずれか一項に記載の溶銑の脱炭方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、溶銑の脱炭方法に関する。
【背景技術】
【0002】
溶銑の精錬工程においては、まず脱りん精錬によって溶銑からPを取り除く。Pはスラグ中にPとして取り込まれる。次いで、Pを含むスラグを溶銑から除去した後に、脱炭精錬によって溶銑から過剰なCを取り除く。溶銑からのスラグ除去の手段は様々である。例えば、最終製品においてりん含有量を低減する必要がある場合、脱りん精錬後に転炉から溶銑を出湯することにより溶銑とスラグとを分離する(LD-ORP法)。転炉から出湯された溶銑は、別の炉に移動させて脱炭精錬に供する(専用炉型LD-ORP)ことも、スラグが除去された脱りん精錬用転炉に戻して脱炭精錬に供する(同一炉型LD-ORP)こともできる。
【0003】
しかしながら、脱りん精錬時に生じたスラグを完全に除去することは困難であった。例えば専用炉型LD-ORPにおいては、転炉から溶銑を移動させる際に、微量のスラグが一緒に移動する。同一炉型LD-ORPにおいては、さらに、脱りん精錬用転炉にわずかに残存するスラグが溶銑に戻る。
脱りん精錬後の溶銑とともに炉内に存在するスラグに含まれるPは、脱炭精錬中に溶鋼に戻る。この現象は復りん、又は復Pと称される。復りんに起因して、脱炭精錬後の溶鋼のりん含有量を十分に低減することが出来ない場合があった。LD-ORP法以外の手段の精錬においても、同様に、残存スラグに起因する復りんの問題が生じる場合があった。
【0004】
この問題を解決するための手段として、例えば特許文献1には、同一の転炉で脱りん精錬と脱炭精錬を行うことによるメリットを享受しつつ、P規格の特に厳しい極低りん鋼についても安定的に溶製することのできる転炉精錬方法として、上底吹き転炉を用いて鋼を精錬するに際し、第1工程で溶銑を転炉に装入し、第2工程でフラックスを用いた転炉上底吹き精錬により溶銑脱りんを行い、第3工程で転炉を傾動して第2工程で生成したスラグの一部又は全部を排出し、第4工程でフラックスを追加して転炉上底吹き精錬により溶銑脱りんを行い、第5工程で転炉を傾動して第4工程で生成したスラグの一部又は全部を排出し、第6工程で転炉上底吹き精錬により脱炭を行うことを特徴とする転炉精錬方法が開示されている。
【0005】
この技術によれば、脱炭精錬終了後の溶鋼中P濃度を十分に極低P鋼レベルまで低減できるとされている。しかしながら、この技術においては、溶銑脱りんを2回行うことが必須とされる。従って、特許文献1の技術によれば、操業時間の長期化及び製造コストの上昇が避けられない。
【0006】
上述の事情により、極低りん鋼の安定的な製造のためには、特許文献1のように溶銑脱りんを2回行うことにより脱りんスラグを十分に除去することが必要とされていた。しかしこの場合、精錬時間及び精錬に要する熱量が大きく、操業効率に関する課題がある。従って、短時間且つ少ない熱量で、脱炭精錬後の溶鋼のP含有量を十分に低減することが可能な精錬方法が求められている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0007】
【文献】特開2011-144415号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
本発明は、脱りん精錬後の溶銑とともに炉に存在するスラグからの復りんを効率的に抑制することにより、短時間且つ少ない熱量で、脱炭精錬後の溶鋼のP含有量を十分に低減することが可能な精錬方法を提供することを課題とする。
【課題を解決するための手段】
【0009】
本発明の要旨は以下の通りである。
(1)本発明の一態様に係る溶銑の脱炭方法は、前記溶銑に酸素を吹込むことにより前記溶銑を脱炭吹錬する工程を備え、前記脱炭吹錬における前記酸素の吹込みの開始前後に、CaO又はCaCOを含む第一スラグ剤を前記溶銑に投入し、更に前記脱炭吹錬において、CaO又はCaCOを含む粉状の第二スラグ剤を、キャリアガスを用いて前記溶銑に吹込み、前記酸素の吹込みの開始時期と、前記第二スラグ剤の吹込みの開始時期との間に吹込まれる前記酸素の量を、前記脱炭吹錬における前記酸素の全吹込み量の10%以上50%以下とする
(2)上記(1)に記載の溶銑の脱炭方法では、前記酸素の吹込みの開始時期と、前記第二スラグ剤の吹込みの終了時期との間に吹込まれる前記酸素の量を、前記脱炭吹錬における前記酸素の全吹込み量の20%以上60%以下としてもよい。
(3)上記(1)または(2)のいずれか一項に記載の溶銑の脱炭方法では、前記第二スラグ剤の吹込み量を、CaO当量で3~20kg/tとしてもよい。
(4)上記(1)~(3)のいずれか一項に記載の溶銑の脱炭方法では、前記脱炭吹錬の前に、Siを含む第三スラグ剤を前記溶銑に投入し、前記第一スラグ剤の投入量及び前記第三スラグ剤の投入量を、前記第一スラグ剤の投入の後且つ前記第二スラグ剤の吹込みの前に生じるスラグの装入塩基度が3.5~4.5となるように制御してもよい。
(5)上記(1)~(4)のいずれか一項に記載の溶銑の脱炭方法では、前記第一スラグ剤を、塊状のスラグ剤としてもよい。
(6)上記(1)~(5)のいずれか一項に記載の溶銑の脱炭方法では、前記第一スラグ剤及び前記第二スラグ剤の一方又は両方を、生石灰、石灰石、カルシウムフェライト、ドロマイト系石灰、並びに転炉スラグ又は二次精錬スラグであってCaOを含有するものから選択される一種以上としてもよい。
(7)上記(1)~(6)のいずれか一項に記載の溶銑の脱炭方法では、前記キャリアガスが、Ar、N、CO、及びOからなる群から選択される一種以上であってもよい。
【発明の効果】
【0010】
本発明は、脱炭精錬用の炉に存在するスラグからの復りんを効率的に抑制することにより、短時間且つ少ない熱量で、脱炭精錬後の溶鋼のP含有量を十分に低減することが可能な精錬方法を提供することができる。
【図面の簡単な説明】
【0011】
図1】第二スラグ剤の吹込みの好ましい開始時期及び終了時期を説明する概略図である。
図2】第二スラグ剤の投入箇所の一例を示す図である。
図3】第二スラグ剤の投入の有無と、吹止Lpとの関係を示すグラフである。
図4】第二スラグ剤の投入のタイミングと、滓化率との関係を示すグラフである。
図5】第二スラグ剤の投入のタイミングと、Nピックアップ量との関係を示すグラフである。
【発明を実施するための形態】
【0012】
脱りん精錬によって生じ、脱炭精錬段階に溶銑に持ち越された、Pを含むスラグ(脱りんスラグ)からの復りんを効率的に抑制するための手段として、脱りんスラグを脱炭精錬前に炉から除去することが考えられる。しかし、これを完全に行うためには、操業時間の長期化及び製造コストの上昇が避けられない。そこで本発明者らは、脱炭吹錬の開始前の工程を改善してスラグの量を減少させることではなく、脱炭吹錬を改善してスラグの影響を最小化することができる技術について鋭意検討を重ねた。その結果、以下の知見が得られた。
【0013】
通常、脱炭精錬の開始前の際には、スピッティング(溶銑の突沸により、溶銑が炉口から噴出する現象)を抑制することを目的として、溶銑の表面をカバーするスラグを形成させる。このカバースラグは、CaO(又はCaCO)を主成分とするスラグ形成剤を溶銑に投入することにより形成する。
【0014】
このカバースラグは、脱りん能も有する。カバースラグと溶銑との間で以下のような化学反応が生じることによって、復りんによって生じたPが溶銑から除去される。
2[P]+5(FeO)→(P)+5[Fe]:式A
(P)+3(CaO)→(3CaO・P):式B
式A及びBに記載された、角括弧で囲まれた化学式は溶銑中の成分の化学式であり、丸括弧で囲まれた化学式はスラグ中に溶融した成分の化学式である。まず式Aに示されるように、[P]、即ち溶銑中のPが、(FeO)、即ちスラグ中のFeOによって酸化されてPとなる。次に式Bに示されるように、このPが(CaO)、即ちスラグ中の溶融CaOに固定されて、安定化された化合物である(3CaO・P)が生成される。
【0015】
式Aに示されるように、溶銑中のPの除去のためには、スラグ中に含まれるFeOが必要とされる。一方、脱炭精錬が進行すると、以下の反応が生じることにより、スラグ中のFeOが消費される。
(FeO)+[C]→[Fe]+CO↑:式C
式Cに記載された「CO↑」とは、ガスとなって溶銑及びスラグから放出されるCOである。
【0016】
本発明者らは、式Cに示される化学反応によって、スラグ中のFeOが欠乏し、上述の式Aの脱りん反応が阻害されるのではないかと考えた。そこで本発明者らは、脱炭精錬中のFeOの減少を抑制する手段を検討した。そして本発明者らは、脱炭精錬の開始前のみならず、脱炭精錬中にも粉状CaOを溶銑に吹込むことで、脱炭精錬後の溶鋼のP含有量を低減させられることを発見した。これは、脱炭吹錬中に粉状CaOが溶銑に吹込まれた場合、以下の式Dによって示される、CaO及びFeOの複合体(CaO-FeO)が生成する反応が生じるからであると考えられる。
(CaO)+[Fe]+1/2O→(CaO-FeO):式D
このCaO-FeOが、式Aにおける(FeO)として働き、式Aの反応を促進するものと考えられる。即ち、脱炭吹錬中に溶銑に投入されるCaOは、脱炭吹錬中に消費されるスラグ中のFeOを補充することにより、カバースラグの脱りん能を維持し、脱りんに寄与していると考えられる。
【0017】
CaOは、脱りん精錬において脱りん剤として用いられている。しかしながら、従来技術によれば、脱炭精錬中にCaOを溶銑に吹込むことは望ましくないと考えられていた。CaOは脱炭能力を有しないので、脱炭精錬の効率化には寄与しない。また、CaOを吹込む際のキャリアガスは、コスト及び安全性を考慮するとNガスとされることが通常であるが、脱炭精錬中にNガスを溶銑に吹き付けた場合、Nガスが溶銑に取り込まれ、脱炭精錬後の溶鋼中に好ましくない不純物として残存する。この現象は、Nピックアップと称される。脱りん精錬時には、溶銑中のCがNピックアップを妨げるので、Nガスを用いて粉状CaOを吹込むことは問題にならない。しかし脱炭精錬によって溶銑の脱炭が進行すると、溶銑が吸窒しやすくなる。つまり脱炭精錬では、Nピックアップが溶鋼の品質に与える影響を無視できない。N以外のガスを用いた吹込みは、安全性、又は操業費用に関して問題がある。以上の理由により、脱炭吹錬におけるCaOの吹込みは忌避されていた。従来技術によれば、例えば特許文献1において示されるように、脱りんスラグの除去の効率化によって復りんを防止すべきであると考えられていた。
【0018】
しかし本発明者らは、さらなる検討を重ねた結果、CaOを吹込むタイミングを限定することにより、Nピックアップの影響を抑制できることをも見出した。
【0019】
以上述べた技術思想に基づく本実施形態に係る溶銑の脱炭方法は、溶銑に酸素を吹込むことにより溶銑を脱炭吹錬する工程を備え、脱炭吹錬における酸素の吹込みの開始前後に、CaO又はCaCOを含む第一スラグ剤を溶銑に投入し、脱炭吹錬において、酸素の吹込みの開始直後に、CaO又はCaCOを含む第一スラグ剤を溶銑に投入し、更に、脱炭吹錬において、CaO又はCaCOを含む粉状の第二スラグ剤を、キャリアガスを用いて溶銑に吹込む。以下に、本実施形態に係る溶銑の脱炭方法について詳細に述べる。
【0020】
本実施形態に係る溶銑の脱炭方法では、溶銑に酸素を吹込むことにより溶銑を脱炭吹錬する。この脱炭吹錬の際に、第一スラグ剤及び第二スラグ剤を溶銑に投入する。
【0021】
第一スラグ剤は、CaO、又はCaCOを含むスラグ剤であり、酸素の吹込みの開始前後に、後述の第二スラグ剤の投入前に溶銑に投入される。第一スラグ剤は、溶銑の表面にカバースラグを形成し、スピッティングを防止するために投入される。また、カバースラグは、溶銑に含まれるPを取り除く働きも有する。第一スラグ剤を投入するタイミングは特に限定されず、例えば脱炭吹錬における酸素の吹込みの開始前であっても、開始後であってもよい。なお、CaCOは、溶銑の熱によって短時間のうちに分解されてCaOとなるので、CaOと同様にカバースラグの供給源として利用することができる。
【0022】
第二スラグ剤は、CaO又はCaCOを含む粉状のスラグ剤であり、第一スラグ剤の投入後に溶銑に吹込まれる。第二スラグ剤は、脱炭吹錬中の溶銑に吹込まれると、FeOを形成する。脱炭反応が進行することによって消費されたカバースラグ中のFeOは、第二スラグ剤の吹込みによって補充され、これによりカバースラグの脱りん能が回復することとなる。
【0023】
第二スラグ剤の溶融を促進するために、第二スラグ剤は、その形態が粉状とされ、キャリアガスを用いて溶銑に吹込まれる。第二スラグ剤を塊状として溶銑に投入した場合、第二スラグ剤の溶融が効率的に進行しないので、カバースラグの脱りん能の不足、又は、スラグ剤投入量の増大及びスラグ量の増大による環境負荷の増大が生じる。
【0024】
第二スラグ剤の吹込み開始の時点は、脱りん効果を発揮させるためには特に限定されない。一方、本発明者らは、脱炭吹錬による脱炭反応をある程度進展させてから第二スラグ剤の吹込みを開始することが好ましいことを知見した。具体的には、酸素の吹込みの開始時期と、第二スラグ剤の吹込みの開始時期との間に吹込まれる酸素の量を、脱炭吹錬における酸素の全吹込み量の10%以上50%以下とすることが好ましい。
第二スラグ剤の好ましい吹込み開始時点を図1に示す。図1は、横軸を酸素吹き込み開始からの経過時間とし、縦軸を酸素吹込み量(単位:全吹込み量に対する質量%)とした、酸素吹込み量の履歴を示す概略的なグラフである。なお図1では、簡略化のため、酸素は等速で吹き込まれたものとしているが、当然ながら酸素を吹き込む速度を経時的に変化させてもよい。この場合、経過時間-酸素吹き込み量の関係を示すグラフは、折れ線、又は曲線となる。図1に記載された、第二スラグ剤の吹込みの好ましい開始時期を示す両矢印の左端は、酸素が全吹込み量のうち10%吹込まれた時点であり、右端は、酸素が全吹込み量のうち50%吹込まれた時点である。
周知技術によれば、カバースラグの温度が高いほど復りんが生じやすくなるとされているので、脱炭吹錬が進行してカバースラグの温度が上昇してからCaOを吹込むことは効率的ではないと推定されてきた。しかしながら本発明者らは、第二スラグ剤の吹込みを遅らせることにより、カバースラグの脱りん能が一層向上することを見出した。この原因は明らかではないが、第二スラグ剤の吹込みが早すぎる場合、スラグ剤の滓化率が低下している可能性などが考えられている。実験の結果、カバースラグの脱りん能を十分に確保するためには、第二スラグ剤の吹込み開始の時点を、脱炭吹錬のために吹込まれる全酸素量の10%にあたる量の酸素の吹込みの後とすることが一層好ましいと判断された。第二スラグ剤のタイミングをこの範囲内とした場合、スラグへのりん分配率を高位とすることにより、スラグ量を増大させることなく溶鋼のりん含有量を一層下げることができる。酸素の吹込みの開始時期と、第二スラグ剤の吹込みの開始時期との間に吹込まれる酸素の量を、脱炭吹錬における酸素の全吹込み量の15%以上、20%以上、又は30%以上としてもよい。
【0025】
また、酸素の吹込みの開始時期と、第二スラグ剤の吹込みの開始時期との間に吹込まれる酸素の量を、脱炭吹錬における酸素の全吹込み量の50%以下とすることが好ましい。即ち、脱炭吹錬のために吹込まれる全酸素量の50%にあたる量の酸素を吹込む前に、第二スラグ剤の吹込みを開始することが好ましい。第二スラグ剤の吹込みの開始を上述の範囲内とすることで、上述のFeOの補充によるカバースラグの脱りん能の回復を早期に生じさせ、その結果、溶銑のPを一層確実に除去することができる。また、脱炭が進行する前の溶銑にはNが溶け込みにくいので、吹込みのキャリアガスとしてNを用いた場合、いわゆるNピックアップの問題を回避することが出来る。酸素の吹込みの開始時期と、第二スラグ剤の吹込みの開始時期との間に吹込まれる酸素の量を、脱炭吹錬における酸素の全吹込み量の45%以下、40%以下、又は35%以下としてもよい。なお、キャリアガスとしてOを用いた場合、Nピックアップの問題は生じないが、操業の安全性が損なわれる恐れがある。キャリアガスとしてその他の不活性ガスを用いることは、操業費用を高騰させる。
【0026】
第二スラグ剤の吹込み量は特に限定されない。CaO当量で、溶銑1トン当たり3kg(即ち、3kg/t)以上の第二スラグ剤を溶銑に吹込めば、脱りんの効果が十分に得られると考えられるので、これを第二スラグ剤の吹込み量の下限値としてもよい。また、第二スラグ剤をCaO当量で20kg/t以上吹込むと、吹込みの効果が飽和する一方でスラグ量の増大を招来すると考えられるので、これを第二スラグ剤の吹込み量の上限としてもよい。第二スラグ剤のCaO当量での吹き込み量を3.1kg/t以上、3.2kg/t以上、又は4.0kg/t以上としてもよい。第二スラグ剤のCaO当量での吹き込み量を10kg/t以下、5kg/t以下、又は3.2kg/t以下としてもよい。なお、スラグ剤のCaO当量とは、スラグ剤中のCaが全てCaOを形成していると仮定した場合の、スラグ剤のCaO含有量である。
第二スラグ剤の吹込みの終了の時点は、特に限定されない。一方、上述のNピックアップの問題を回避する観点から、第二スラグ剤の吹込みの終了の時点を、脱炭吹錬が約60%程度進展する時点より前としてもよい。即ち、酸素の吹込みの開始時期と、第二スラグ剤の吹込みの終了時期との間に吹込まれる酸素の量を、脱炭吹錬における酸素の全吹込み量の60%以下となるようにしてもよい。酸素の吹込みの開始時期と、第二スラグ剤の吹込みの終了時期との間に吹込まれる酸素の量を、脱炭吹錬における酸素の全吹込み量の55%以下、50%以下、又は45%以下となるようにしてもよい。また、上述された第二スラグ剤の吹込みの好ましい開始時点、及び脱炭精錬装置の第二スラグ剤吹込み能力を考慮すると、第二スラグ剤の吹込みの終了の時点を、脱炭吹錬が約20%程度進展した時点より後としてもよい。即ち、酸素の吹込みの開始時期と、第二スラグ剤の吹込みの終了時期との間に吹込まれる酸素の量を、脱炭吹錬における酸素の全吹込み量の20%以上となるようにしてもよい。酸素の吹込みの開始時期と、第二スラグ剤の吹込みの終了時期との間に吹込まれる酸素の量を、脱炭吹錬における酸素の全吹込み量の25%以上、30%以上、又は35%以上となるようにしてもよい。
第二スラグ剤の好ましい吹込み終了時点を図1に示す。図1に記載された、第二スラグ剤の吹込みの好ましい終了時期を示す両矢印の左端は、酸素が全吹込み量のうち20%吹込まれた時点であり、右端は、酸素が全吹込み量のうち60%吹込まれた時点である。
【0027】
脱炭吹錬の前に、Siを含む第三スラグ剤を溶銑に投入してもよい。この第三スラグ剤に含まれるSiは、脱炭吹錬において溶銑を加熱する熱源として働く。また、第三スラグ剤のSiによって、カバースラグの塩基度を制御することができる。なお、スラグの塩基度とは、スラグ中の溶融CaO量と溶融SiO量との比であり、下記式Eによって算出される値である。
スラグの塩基度=スラグ中の溶融CaO量/スラグ中の溶融SiO量:式E
【0028】
第一スラグ剤及び第三スラグ剤の投入量は、第一スラグ剤投入後且つ第二スラグ剤の吹込み前に生じるスラグの装入塩基度が3.5~4.5となるように制御されることが好ましい。装入塩基度が低すぎると、スラグの粘性が過剰となり、フォーミング(脱炭吹錬によって生じるガスが粘性の高いスラグを持ち上げて生じるふくらみ)が生じやすくなるからである。この場合、操業安定性が損なわれる。一方、装入塩基度が高すぎる場合、スラグの粘性が不足し、スピッティングが防止できなくなるおそれがある。なお、装入塩基度とは、滓化率が100%であると仮定した場合(即ち、溶銑及びスラグ剤などの添加物のSiが全て溶融SiOになり、添加物のCaO(又はCaCO等)が全て溶融CaOになったと仮定した場合)の、カバースラグの塩基度である。第一スラグ剤及び第三スラグ剤の投入量を、第一スラグ剤投入後且つ第二スラグ剤の吹込み前に生じるスラグの装入塩基度が3.6以上、3.7以上、又は3.8以上となるように制御してもよい。第一スラグ剤及び第三スラグ剤の投入量を、第一スラグ剤投入後且つ第二スラグ剤の吹込み前に生じるスラグの装入塩基度が4.3以下、4.2以下、又は4.0以下となるように制御してもよい。
【0029】
上述されたように、第二スラグ剤の形態は粉状とされるが、第一スラグ剤の形態は特に限定されない。投入ロスを防止する観点から、第一スラグ剤の形態は塊状であることが好ましい。
【0030】
第一スラグ剤及び第二スラグ剤の成分は、CaO(又はCaCO)を含むものである限り、特に限定されない。第一スラグ剤及び第二スラグ剤の一方又は両方の好ましい例として、生石灰、石灰石、カルシウムフェライト、ドロマイト系石灰、並びに転炉スラグ又は二次精錬スラグであってCaOを含有するものから選択される一種以上を含むものであって、CaO、CaCO、及びCaFのCaO当量での合計含有量が第一スラグ剤、第二スラグ剤それぞれ、30~100質量%であるものを挙げることができる。ここで、CaO等量とは、スラグ剤中のCaが全てCaOを形成していると仮定した場合のCaO含有量を言う。転炉スラグ又は二次精錬スラグを第一スラグ剤及び/又は第二スラグ剤として利用した場合、精錬工程全体でのスラグ発生量を減少させて環境負荷を低減することができるので好ましい。
【0031】
なお、CaCO及びCaFは、溶銑の熱によって短時間のうちに分解されてCaOとなる。従って、第一スラグ剤及び第二スラグ剤の成分及び投入量は、CaO当量によって管理する。
【0032】
第二スラグ剤の吹込みに用いられるキャリアガスの種類は特に限定されない。キャリアガスの例として、Ar、N、CO、及びOからなる群から選択される一種以上のガスが挙げられる。これらのうち、不活性ガスであるNが、設備の安全性、及び操業費用等の観点から、最も好ましい。ただしNガスをキャリアガスとして用いる場合には、上述のように、溶銑のNピックアップの抑制を考慮しなければならない。
【0033】
本実施形態に係る脱炭精錬を実施するための装置は特に限定されない。例えば図2に例示される、キャリアガスを用いて粉状の第二スラグ剤5を吹込むためのランスを有する上底吹き転炉1が、本実施形態に係る溶銑の脱炭方法を実施するために好ましい。上底吹き転炉1を用いて溶銑の脱炭精錬を行う場合、第二スラグ剤5は、溶銑に上吹き酸素6を吹込むランス4の直下及びその近傍に投入することが好ましい。ランス4の直下及びその近傍は、溶銑中のSi及びC等の酸化熱によって非常に高温になっている領域、即ち火点7である。この領域に第二スラグ剤5を投入することにより、第二スラグ剤5を一層効率的に溶融させることができる。なお図2においては、上吹き酸素6を吹込むためのランス4を用いて第二スラグ剤5を吹込む実施形態が図示されているが、第二スラグ剤5を吹込むための別のランスを上底吹き転炉1に設けてもよい。また、上底吹き転炉1を用い、且つ同一の転炉で脱りん精錬、スラグ除去、及び脱炭精錬を行う転炉精錬により、全体の精錬時間を短縮し、さらに精錬での熱ロスを低減することが可能となる。
【実施例
【0034】
(1)第二スラグ剤の吹込みが脱りんに及ぼす効果の確認
第二スラグ剤の吹込みが脱りんに及ぼす効果を確認するために、以下の2条件で試験を実施した。
水準A:合計1tの第二スラグ剤の吹込みを実施した。第二スラグ剤の吹込みの開始は、脱炭吹錬開始から約60秒後とされた。第二スラグ剤を吹込む際のキャリアガスはNとした。
水準B:第二スラグ剤の吹込みを実施しなかった。
なお、水準A(60秒)の場合、酸素の吹込みの開始時期と、第二スラグ剤の吹込みの開始時期との間に吹込まれる酸素の量は、脱炭吹錬における前記酸素の全吹込み量の10%となった。また、水準Aの場合、酸素の吹込みの開始時期と、第二スラグ剤の吹込みの終了時期との間に吹込まれる酸素の量は、20%となった。いずれの条件においても、脱炭吹錬の開始直後に塊状の第一スラグ剤を溶銑に投入した。第一スラグ剤として軽焼ドロマイト(CaO:65%、MgO:32%)、及び生石灰(CaO:98%)を併用した。第一スラグ剤の投入後の装入塩基度は、3.3~4.7の範囲内であった。また、第二スラグ剤として生石灰(CaO:98%)を使用した。溶銑の量は320±20トンとした。従って第二スラグ剤の吹き込み量(合計1t)を溶銑1トン当たりのCaO当量に換算すると、3.06kg/t(=1000kg×98%/320t)となる。
【0035】
脱りん効果は、吹止Lpによって評価した。吹止Lpとは、脱炭吹錬終了時の実績Lpである。実績Lpとは、スラグ中の単位質量%でのりん濃度(%P)の測定値と溶銑中の単位質量%でのりん濃度[%P]の測定値との比、即ち以下の式Fで表される値である。実績Lpが大きい場合、スラグに分配されたりんの量が多いので、高効率で脱りんが達成されていることになる。
実績Lp=(%P)/[%P]:式F
【0036】
実験の結果を図3に示す。図3は、横軸を吹止実績(脱炭吹錬終了時の溶鋼温度)とし、縦軸を吹止Lpとした、実験結果の散布図である。図3から明らかなように、第二スラグ剤の吹込みを実施した水準Aの方が、水準Bよりも高いりん分配率を示した。さらに、各条件における吹止Lpの平均値を表1に示す。表1からも、水準Aの方が高いりん分配率であったことがわかる。
【0037】
【表1】
【0038】
(2)第二スラグ剤の吹込みタイミングが脱りんに及ぼす効果の確認
第二スラグ剤の吹込みのタイミングが脱りんに及ぼす効果を確認するために、以下の3条件で試験を実施した。なお、いずれの試験においても、以下の表に示される事項以外の条件は、上記(1)の実験と同様であった。即ち溶銑の装入量は320±20トンの範囲とされ、第一及び第二スラグ剤の組成等は上述の通りとした。
【0039】
【表2】
【0040】
これら水準1~3での実験結果を図4に示す。図4は、実験終了時の装入塩基度(実験終了時までに炉に投入された物質の量から算出された値)と実塩基度(実験終了時のカバースラグの塩基度を実測して得られた値)との関係を示すグラフである。炉に装入された物質が全て滓化していた場合、装入塩基度と実塩基度とは等しくなる。また、実塩基度が大きいほど、投入された物質の滓化率が高い。図4からわかるように、第二スラグ剤の投入をある程度遅らせた水準2は、一層高い滓化率を示した。
【0041】
(3)第二スラグ剤の吹込みタイミングがNピックアップに及ぼす効果の確認
上述の水準1~3それぞれにおいて、脱炭吹錬終了時の鍋上[N](溶鋼中N濃度)を測定した。その結果を図5に示す。図5に示されるように、吹込み開始が早い水準1及び水準2においては、鍋上[N]が低かった。これは、Nピックアップが抑制されていたことを示す。
【符号の説明】
【0042】
1 転炉
2 溶銑
3 スラグ
4 ランス
5 第二スラグ剤
6 上吹き酸素
7 火点
図1
図2
図3
図4
図5