(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2022-12-19
(45)【発行日】2022-12-27
(54)【発明の名称】ターボ分子ポンプおよび質量分析装置
(51)【国際特許分類】
F04D 19/04 20060101AFI20221220BHJP
G01N 27/62 20210101ALI20221220BHJP
H01J 49/24 20060101ALI20221220BHJP
【FI】
F04D19/04 G
G01N27/62 B
H01J49/24
(21)【出願番号】P 2019094807
(22)【出願日】2019-05-20
【審査請求日】2021-10-06
(31)【優先権主張番号】P 2018200823
(32)【優先日】2018-10-25
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
(73)【特許権者】
【識別番号】000001993
【氏名又は名称】株式会社島津製作所
(74)【代理人】
【識別番号】100121382
【氏名又は名称】山下 託嗣
(72)【発明者】
【氏名】眞鍋 雅嗣
【審査官】大瀬 円
(56)【参考文献】
【文献】特開2013-143196(JP,A)
【文献】特開2003-129990(JP,A)
【文献】特開2017-061922(JP,A)
【文献】特開2017-057753(JP,A)
【文献】国際公開第2009/028099(WO,A1)
【文献】特表2002-516959(JP,A)
【文献】特開2014-058933(JP,A)
【文献】特表2008-504479(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
F04D 19/04
G01N 27/62
H01J 49/24
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
フランジ部、第1ケーシング部および第2ケーシング部を有するポンプケーシングと、
前記フランジ部に並設された第1吸気口および第2吸気口と、
前記第1ケーシング部に設けられた第1収容空間であって、前記第1吸気口に対応する第1領域、および前記第2吸気口に対応する第2領域を含む第1収容空間と、
前記第2ケーシング部に設けられた第2収容空間と、
前記第1収容空間の前記第1領域において、前記第1吸気口に対向して設けられた第1ポンプステージと、
前記第2収容空間において、前記第1ポンプステージと同軸に、かつ、前記第1ポンプステージと所定の間隔を持って設けられた第2ポンプステージと、
前記第1収容空間において前記第1ポンプステージと前記第2ポンプステージとの間に形成され、前記第1ポンプステージで排気された前記第1吸気口からの気体と前記第2領域を通過する前記第2吸気口からの気体とが合流する排気合流部とを備え、
前記第1ポンプステージは、
複数のロータ翼段から成るポンプロータ部と、
複数のステータ翼段と複数のスペーサとを交互に積層して成るポンプステータ部とを備え、
前記フランジ部には前記第1吸気口と前記第2吸気口とを隔てる隔壁が形成され、
前記第1ケーシング部には前記隔壁が形成されておらず、前記第1ポンプステージ
の全てのロータ翼段および全てのステータ翼段の外周の領域であって、前記第2領域に対向する領域は前記第2領域に露出している、ターボ分子ポンプ。
【請求項2】
請求項1に記載のターボ分子ポンプにおいて、
前記第1ポンプステージは、
複数のロータ翼段から成るポンプロータ部と、
複数のステータ翼段と複数のスペーサとを交互に積層して成るポンプステータ部とを備え、
前記スペーサは、隣り合うスペーサと共に前記ステータ翼段を挟み込むように把持する把持部と、前記把持部の径方向外周から延設されて、前記ステータ翼段の径方向外周を覆う嵌合部とを有し、
前記スペーサの径方向外周面が前記第2領域に露出している、ターボ分子ポンプ。
【請求項3】
請求項
1に記載のターボ分子ポンプにおいて、
前記第1ポンプステージは、
複数のロータ翼段から成るポンプロータ部と、
複数のステータ翼段と複数のスペーサとを交互に積層して成るポンプステータ部とを備え、
前記スペーサは、隣り合うスペーサと共に前記ステータ翼段を挟み込むように把持する把持部と、前記把持部の径方向外周から延設されて、前記ステータ翼段の径方向外周を覆う嵌合部とを有し、
前記スペーサの径方向外周面が前記第2領域に露出し、
前記嵌合部の径方向の厚みは、前記把持部の径方向の厚みよりも薄く形成されており、前記嵌合部の外径は、前記隔壁の外径よりも小さく設定されている、ターボ分子ポンプ。
【請求項4】
フランジ部、第1ケーシング部および第2ケーシング部を有するポンプケーシングと、
前記フランジ部に並設された第1吸気口および第2吸気口と、
前記第1ケーシング部に設けられた第1収容空間であって、前記第1吸気口に対応する第1領域、および前記第2吸気口に対応する第2領域を含む第1収容空間と、
前記第2ケーシング部に設けられた第2収容空間と、
前記第1収容空間の前記第1領域において、前記第1吸気口に対向して設けられた第1ポンプステージと、
前記第2収容空間において、前記第1ポンプステージと同軸に、かつ、前記第1ポンプステージと所定の間隔を持って設けられた第2ポンプステージと、
前記第1収容空間において前記第1ポンプステージと前記第2ポンプステージとの間に形成され、前記第1ポンプステージで排気された前記第1吸気口からの気体と前記第2領域を通過する前記第2吸気口からの気体とが合流する排気合流部とを備え、
前記フランジ部には前記第1吸気口と前記第2吸気口とを隔てる隔壁が形成され、
前記第1ケーシング部には前記隔壁が形成されておらず、前記第1ポンプステージの前記第2領域に対向する領域は前記第2領域に露出し、
前記第1ポンプステージは、
複数のロータ翼段から成るポンプロータ部と、
複数のステータ翼段と複数のスペーサとを交互に積層して成るポンプステータ部とを備え、
前記スペーサは、隣り合うスペーサと共に前記ステータ翼段を挟み込むように把持する把持部と、前記把持部の径方向外周から延設されて、前記ステータ翼段の径方向外周を覆う嵌合部とを有し、
前記スペーサの径方向外周面が前記第2領域に露出し、
前記ステータ翼段は、半割れの2つのステータ翼が結合されて構成されており、
前記半割れの2つのステータ翼の結合部以外の外周面が前記第2領域に面しており、前記半割れの2つのステータ翼の結合部は前記第2領域に面していない、ターボ分子ポンプ。
【請求項5】
請求項1に記載のターボ分子ポンプにおいて、
前記第1ポンプステージは、
複数のロータ翼段から成るポンプロータ部と、
複数のステータ翼段と複数のスペーサとを交互に積層して成るポンプステータ部と、
前記スペーサの径方向外周側に配置され、前記ステータ翼段の径方向外周側と前記スペーサの径方向外周側とを覆う遮蔽部材とを備え、
前記遮蔽部材の外径は、前記隔壁の外径よりも小さく設定されている、ターボ分子ポンプ。
【請求項6】
請求項2から請求項4のいずれか一項に記載のターボ分子ポンプにおいて、
前記スペーサで把持された前記ステータ翼段の外周側から前記第1ポンプステージ内への気体の逆流に関するコンダクタンスをC、前記第1吸気口における排気速度をS、第1ポンプステージの圧縮比をKtとした場合、前記第1ポンプステージの各ステータ翼段においてC<(1/Kt)Sが満足されている、ターボ分子ポンプ。
【請求項7】
請求項2から請求項4までのいずれか一項に記載のターボ分子ポンプにおいて、
前記スペーサは、引張強度がアルミ系材料よりも大きな材料により形成されている、ターボ分子ポンプ。
【請求項8】
請求項5に記載のターボ分子ポンプにおいて、
前記遮蔽部材は、引張強度がアルミ系材料よりも大きな材料により形成されている、ターボ分子ポンプ。
【請求項9】
質量分析部が収容される第1差動排気室と、
イオン化された試料を前記質量分析部へ送出するイオン送出部が収容される第2差動排気室と、
請求項1から請求項8までのいずれか一項に記載のターボ分子ポンプと、を備え、
前記ターボ分子ポンプの前記第1吸気口は前記第1差動排気室に接続され、前記第2吸気口は前記第2差動排気室に接続される、質量分析装置。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、ターボ分子ポンプおよび質量分析装置に関する。
【背景技術】
【0002】
ガスクロマトグラフ質量分析装置や誘導結合プラズマ質量分析装置などの質量分析装置では、イオン化された試料のイオンをイオン送出部から四重極型質量分析計とイオン検出器とが設けられた質量分析部に導入して分析を行っている(例えば、特許文献1参照)。質量分析部が設けられた第1チャンバとイオン送出部が設けられた第2チャンバとはイオン通過用の孔を介して連通している。二つのチャンバを有する分析装置において、第1チャンバおよび第2チャンバの真空排気は次の二つの形式が知られている。第1の例の分析装置では第1および第2のチャンバを個別の真空ポンプにより排気する。第2の例は、特許文献1に記載されているような分析装置であり、二つの吸気口を備える一つの真空ポンプの第1吸気口で第1チャンバを排気し、第2の吸気口によって第2チャンバを排気する。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0003】
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
特許文献1に記載のターボ分子ポンプは上記第2の例であり、第1チャンバに接続された第1吸気口と、第2チャンバに接続された第2吸気口を有する。このターボ分子ポンプは、第1吸気口と同軸に配置されている同一ロータ軸に2つのタービン段を備え、上流側の第1タービン段の直上に第1吸気口が設けられた縦型のターボ分子ポンプである。第2チャンバに接続される第2吸気口は第1吸気口と並列配置され、第1タービン段と第2タービン段との間のポンプハウジング側面に形成された開口と、配管部によって連通している。そのため、配管部のコンダクタンスの影響を受けて第2吸気口における排気速度が抑えられてしまうという課題があった。
【課題を解決するための手段】
【0005】
本発明の好ましい態様によるターボ分子ポンプは、フランジ部、第1ケーシング部および第2ケーシング部を有するポンプケーシングと、前記フランジ部に並設された第1吸気口および第2吸気口と、前記第1ケーシング部に設けられた第1収容空間であって、前記第1吸気口に対応する第1領域、および前記第2吸気口に対応する第2領域を含む第1収容空間と、前記第2ケーシング部に設けられた第2収容空間と、前記第1収容空間の前記第1領域において、前記第1吸気口に対向して設けられた第1ポンプステージと、前記第2収容空間において、前記第1ポンプステージと同軸に、かつ、前記第1ポンプステージと所定の間隔を持って設けられた第2ポンプステージと、前記第1収容空間において前記第1ポンプステージと前記第2ポンプステージとの間に形成され、前記第1ポンプステージで排気された前記第1吸気口からの気体と前記第2領域を通過する前記第2吸気口からの気体とが合流する排気合流部とを備え、前記フランジ部には前記第1吸気口と前記第2吸気口とを隔てる隔壁が形成され、前記第1ケーシング部には前記隔壁が形成されておらず、前記第1ポンプステージの前記第2領域に対向する領域は前記第2領域に露出している。
さらに好ましい態様では、前記第1ポンプステージは、複数のロータ翼段から成るポンプロータ部と、複数のステータ翼段と複数のスペーサとを交互に積層して成るポンプステータ部とを備え、前記スペーサは、隣り合うスペーサと共に前記ステータ翼段を挟み込むように把持する把持部と、前記把持部の径方向外周から延設されて、前記ステータ翼段の径方向外周を覆う嵌合部とを有し、前記スペーサの径方向外周面が前記第2領域に露出している。
さらに好ましい態様では、前記嵌合部の径方向の厚みは、前記把持部の径方向の厚みよりも薄く形成されており、前記嵌合部の外径は、前記隔壁の外径よりも小さく設定されている。
さらに好ましい態様では、前記ステータ翼段は、半割れの2つのステータ翼が結合されて構成されており、前記半割れの2つのステータ翼の結合部以外の外周面が前記第2領域に面しており、前記半割れの2つのステータ翼の結合部は前記第2領域に面していない。
さらに好ましい態様では、前記第1ポンプステージは、複数のロータ翼段から成るポンプロータ部と、複数のステータ翼段と複数のスペーサとを交互に積層して成るポンプステータ部と、前記スペーサの径方向外周側に配置され、前記ステータ翼段の径方向外周側と前記スペーサの径方向外周側とを覆う遮蔽部材とを備え、前記遮蔽部材の外径は、前記隔壁の外径よりも小さく設定されている。
さらに好ましい態様では、前記スペーサで把持された前記ステータ翼段の外周側から前記第1ポンプステージ内への気体の逆流に関するコンダクタンスをC、前記第1吸気口における排気速度をS、第1ポンプステージの圧縮比をKtとした場合、前記第1ポンプステージの各ステータ翼段においてC<(1/Kt)Sが満足されている。
さらに好ましい態様では、前記スペーサは、引張強度がアルミ系材料よりも大きな材料により形成されている。
さらに好ましい態様では、前記遮蔽部材は、引張強度がアルミ系材料よりも大きな材料により形成されている。
本発明の好ましい態様による質量分析装置は、質量分析部が収容される第1差動排気室と、イオン化された試料を前記質量分析部へ送出するイオン送出部が収容される第2差動排気室と、前記ターボ分子ポンプと、を備え、前記ターボ分子ポンプの前記第1吸気口は前記第1差動排気室に接続され、前記第2吸気口は前記第2差動排気室に接続される。
【発明の効果】
【0006】
本発明によれば、二つの吸気口を有する縦型のターボ分子ポンプにおいて、第2吸気口の排気速度の向上を図ることができる。
【図面の簡単な説明】
【0007】
【
図1】
図1は、本発明に係るターボ分子ポンプの一実施の形態を示す図である。
【
図6】
図6は、第1ステータ部の構成とポンプケーシング内での配置とを説明する図である。
【
図7】
図7は、第1ポンプステージにおける逆流の影響を説明する図である。
【
図8】
図8は、ステータ翼とスペーサとの関係を説明する図である。
【
図11】
図11は、ガスクロマトグラフ質量分析装置の基本構成を示す模式図である。
【
図12】
図12は、誘導結合プラズマ質量分析装置の基本構成を示す模式図である。
【発明を実施するための形態】
【0008】
以下、図を参照して本発明を実施するための形態について説明する。
図1は、本発明に係るターボ分子ポンプ1の一実施の形態を示す図である。ターボ分子ポンプ1は、第1チャンバを真空排気するための第1吸気口101と、第1チャンバとは異なる第2チャンバを真空排気するための第2吸気口102とを備える。第1吸気口101および第2吸気口102が形成されたポンプケーシング10の内部には、ポンプロータPRが設けられている。ポンプロータPRは、回転軸20と、回転軸20に固定された第1ポンプロータ部21、第2ポンプロータ部22および第3ポンプロータ部23を有する。
【0009】
また、ポンプケーシング10の内部には、第1ポンプロータ部21と共に第1ポンプステージPS1を構成する第1ステータ部31と、第2ポンプロータ部22と共に第2ポンプステージPS2を構成する第2ステータ部32と、第3ポンプロータ部23と共に第3ポンプステージPS3を構成する第3ステータ部33とが設けられている。
【0010】
第1ステータ部31と第2ステータ部32は、スペーサ312cによって回転軸20の延在方向に所定の間隔をあけて配設されている。換言すると、第1ポンプロータ部21と第2ポンプロータ部22との間にはスペーサ312cが設けられている。このスペーサ312cの内側に形成される円柱形状の空間を排気通路部(排気合流部)34と呼ぶ。排気通路部34は、後で説明する第1収容空間101sの第1領域104S1である。
【0011】
第1吸気口101に接続される第1チャンバは、第1~第3ポンプステージPS1~PS3により排気される。第2吸気口102に接続される第2チャンバは、第2および第3ポンプステージPS2,PS3により排気される。第2チャンバから排気されて第2吸気口102に流入した気体は、排気通路部34において、第1ポンプロータ部21から排気される第1吸気口101からの気流と合流するように構成されている。この点については後で詳細に説明する。
【0012】
第1ポンプロータ部21には、タービン翼が形成されたロータ翼段211が軸方向に複数段設けられている。第1ステータ部31は、タービン翼が形成された複数のステータ翼段311とスペーサ312a,312bとを交互に積層したものであり、各ステータ翼段311はスペーサ312a,312bおよび312cによって把持されている。複数段のステータ翼段311は、ロータ翼段211に対して軸方向に交互に配置されている。
【0013】
第2ポンプロータ部22には、タービン翼が形成されたロータ翼段221が軸方向に複数段設けられている。第2ステータ部32は、タービン翼が形成された複数のステータ翼段321とスペーサ312dとを交互に積層したものであり、各ステータ翼段321は、スペーサ312c,312dおよびステータ331によって把持されている。
【0014】
第3ポンプロータ部23には、同心円状に配置された2つの円筒部231,232が設けられている。第3ステータ部33には、同心円状に配置された2つのステータ331,332が設けられている。ステータ331は円筒部231の外周側に配置され、ステータ332は円筒部231と円筒部232との間に配置されている。例えば、第3ポンプロータ部23はネジ溝ポンプを構成し、ステータ331,332または円筒部231,232の対向面にネジ溝が形成されている。
【0015】
ポンプロータPRの回転軸20は、その上端側は永久磁石41,42を用いた磁気軸受40によって、下端側はボールベアリング50によって支持されている。永久磁石41は回転軸20に固定され、永久磁石42はホルダ12に固定されている。ホルダ12は支持部材13を介してポンプケーシング10に固定されている。ホルダ12には、回転軸20の上端部分の振れ回りを制限するボールベアリング51が設けられている。回転軸20はモータ60によって回転駆動される。モータ60のモータロータ61は回転軸20に設けられ、モータ60のモータステータ62はベース11に設けられている。回転軸20を支持するボールベアリング50は、ベース11に固定されるホルダ14によって保持されている。
【0016】
第1吸気口101から流入した気体は、第1ポンプステージPS1、第2ポンプステージPS2および第3ポンプステージPS3により順に排気され、排気ポート15から排出される。また、第2吸気口102から流入した気体は、排気通路部34の開口3120、すなわち、スペーサ312cに形成された開口3120を通って排気通路部34に流入し、第2ポンプステージPS2および第3ポンプステージPS3により順に排気され、排気ポート15から排出される。
【0017】
図2~4はポンプケーシング10の形状を説明する図である。
図2はポンプケーシング10の断面図である。
図3は
図2のA矢視図およびB-B断面図を示す。
図4は、
図2のC-C断面図である。
【0018】
図2に示すように、ポンプケーシング10は、一体構造物であるが、便宜上、フランジ部103、第1ケーシング部104および第2ケーシング部105の3つの部分を有するものとして説明する。フランジ部103には、第1吸気口101および第2吸気口102が並設されている。第1吸気口101と第2吸気口102との間の領域FPは、
図2に示すように、ポンプケーシング10の内部の所定位置まで延在して第1吸気口101と第2吸気口102とを隔てる隔壁103Kを形成している。フランジ部103は、第1および第2吸気口101,102が形成されている軸方向に所定の厚さを有する領域であり、隔壁103Kもその厚さを有する。
【0019】
フランジ部103には、第1吸気口101に対するシール溝106と、第2吸気口102に対するシール溝107とが形成されている。フランジ部103の周辺部には、
図3(a)のA矢視図に示すように、フランジ部103を排気対象のチャンバにボルト固定するための孔108が形成されている。
【0020】
第1ケーシング部104の内部には、第1吸気口101および第2吸気口102に連通する第1収容空間104Sが形成されている。第1収容空間104Sは、ポンプケーシング10の内部において第1吸気口101と第2吸気口102の下方に広がる空間であり、
図3(b)に示すような横断面形状である。第1収容空間104Sは、第1吸気口101に接する領域104S1と、第2吸気口102に接する領域104S2とから成る。
図3(b)に示すように、領域104S1と領域104S2との間には、フランジ部103に設けられている隔壁103Kが存在していない。領域104S1には、第1ポンプステージPS1と排気通路部34とが第1吸気口101と同軸に配設される(
図1参照)。
【0021】
図2に示すように、第1収容空間104Sを構成する第1領域104S1の下方には第2収容空間105Sが設けられている。第2収容空間105Sは、
図4のC-C断面図に示すように、第2ケーシング部105の内部に形成された円柱状の空間である。第2収容空間105Sには、
図1に示すように、第2ポンプステージPS2の全てと第3ポンプステージPS3の一部分が配設される。
【0022】
(第2吸気口における排気速度の向上)
本実施の形態のターボ分子ポンプ1の特徴点について説明する。上述したように、第1収容空間104Sにおいて、第1吸気口101が対向する第1領域104S1と第2吸気口102が対向する第2領域104S2との間には、フランジ部103において第1吸気口101と第2吸気口102との間に形成されている隔壁103K壁部が形成されていない。上述したように、第2吸気口102に接続される第2チャンバ内の気体は第2ポンプステージPS2と第3ポンプステータPS3によって真空排気される。このとき、気体は、第2吸気口102から第2領域104S2、さらにスペーサ312cの側壁に設けられた開口3120を通過して排気通路部34に流入する。上述したように、第1領域104S1と第2領域104S2との間には隔壁103Kが存在しない。したがって、第2吸気口102から排気通路部34までのコンダクタンスが、可能な限り大きくなるように構成されている。その結果、第2吸気口102における排気速度の向上を図ることができる。
【0023】
特許文献1に記載のターボ分子ポンプでは、第1吸気口と第2吸気口との間に壁部が設けられており、
図5はそのような壁部を設けた場合の例(比較例)を示す図である。
図5(a)は、比較例の場合のフランジ部103と第1ケーシング部114の部分の断面の一部を示したものであり、第1ポンプステージPS1を構成する要素の内、ステータ翼段311とスペーサ313a、313b、313cとの積層体のみを図示した。
図5(b)はD-D断面図であるが、ポンプケーシング10およびスペーサ313cのみを示した。
【0024】
図5の比較例における第1ケーシング部114は本実施の形態の第1ケーシング部104と構成が異なる。フランジ部103から図示下方に壁部116が突出し、その先端はスペーサ313cの開口3130の上端まで達している。換言すると、第1ポンプステージPS1を構成する複数のステータ翼段311は複数のスペーサ313a、313b、313で挟持されているが、壁部116は、ポンプケーシング10の内部において、フランジ部103から最下段のスペーサ313cの位置までに延在している。
【0025】
図5の比較例では、第2吸気口102から開口3130までの排気通路は、領域114S1と、壁部116を貫通して形成された領域114S2とで構成される。領域114S2は壁部116に形成された貫通孔である。フランジ部103の第2吸気口102から排気通路部34までのコンダクタンスは、直径D1、高さLzの柱状の領域114S1のコンダクタンスC1と、領域114S1とスペーサ313cの開口3130とを繋ぐ領域114S2のコンダクタンスC2と、開口3130のコンダクタンスC3とを合成したコンダクタンスとなる。
【0026】
一方、本実施の形態では、
図3(b)のB-B断面図に示すように第1ケーシング部104には比較例のような壁部116が設けられていない。
図6(a)は、本実施の形態における第2吸気口102から開口3120までの排気通路を説明する図である。
図5(a)の場合と同様に第1ポンプステージPS1の構成要素の内、ステータ側のステータ翼段311とスペーサ312a~312cのみを図示した。また、
図6(b)はスペーサ312bとステータ翼段311の積層部分の拡大図である。本実施の形態では、スペーサ312bを、ステータ翼段311を隣接するスペーサと共に挟み込むように把持する把持部3122と、隣接するスペーサ312bの把持部3122の外周側に嵌め合う嵌合部3121とで構成するようにした。
【0027】
把持部3122は、下側に配されているステータ翼の上面と、上側に配されているステータ翼の下面とに接触する円環形状を有している。嵌合部3121は、把持部3122の外周側の下端より回転軸方向下側に延設された円環形状を有しており、その内周面によってステータ翼段311の径方向外周側面および隣接するスペーサの把持部3122の径方向外周面を覆うように構成されている。嵌合部3121の径方向の厚みは、把持部3122の径方向の厚みよりも薄く形成されている。
図6(a)に示すように、嵌合部3121の外周面は、隔壁103Kの内周面(図示右側の側面)から隔壁103Kの外周面(図示左側の側面)側に僅かしか突出していないので、すなわち、嵌合部3121の外径は、隔壁103Kの外径よりも小さく設定されているので、嵌合部3121の存在によるコンダクタンス低下はほとんどない。
【0028】
図6(a)の第2吸気口102から開口3120までの排気通路は第2吸気口102に接する領域104S2(
図2参照)と一致している。
図3のB-B断面図に一点鎖線で示す直径D1の円Crは、
図5に示した領域114S1のxy断面の形状を示しており、明らかに領域104S2のxy断面積は
図5の領域114S1のxy断面積よりも大きい。また、z方向の寸法は、
図5に示した領域114S1と同じLzである。よって、領域104S2のコンダクタンスC4は領域114S1のコンダクタンスC1よりも大きい。
【0029】
さらに、排気通路である領域104S2には、フランジ部103の隔壁113Kは突出していない。そのため、領域104S2は、
図5に示す領域114S2のような壁部116に穿かれた連通路114S2を介すことなくスペーサ312cの開口3120に接するとともに、第1ポンプステージPS1の外周面にも接している。したがって、フランジ部103の第2吸気口102から排気通路部34までのコンダクタンスは、領域104S2のコンダクタンスC4とスペーサ312cの開口3120のコンダクタンスC3とを合成したコンダクタンスとなり、
図5に示す比較例の場合よりも大きいことが分かる。
【0030】
すなわち、本実施の形態では比較例(
図5)に示すような壁部116を第1ケーシング部104の第1収容空間104Sに設けていないので、第2吸気口102から排気通路部34までのコンダクタンスをより大きくすることができ、第2吸気口102における排気速度の向上を図ることができる。
【0031】
(第1吸気口の排気速度低下の防止)
ところで、
図5(a)に示すように壁部116を設けた場合には、ステータ翼段311とスペーサ313a,313b,313cとの積層体の外周面が領域114S1に晒されることがない。一方で、本実施の形態の
図2,6のように第1収容空間104Sに壁部(内壁)がない場合には、ステータ翼段311とスペーサ312a,312b,312cとの積層体の外周面が第2吸気口102側の領域104S2に晒されることになる。
【0032】
領域104S2は開口3120を通して排気通路部34と連通しているので、領域104S2の圧力は排気通路部34の圧力と同レベルであり、第1ポンプステージPS1の圧力(すなわち、スペーサ312bの内側空間の圧力)よりも高い。そのため、第1ポンプステージPS1の外周から内周側に通じる隙間があると、領域104S2から第1ポンプステージPS1の内部へ気体の逆流が発生して第1吸気口101における排気速度が低下するという問題が生じる。
【0033】
図7は、本実施の形態において第1ポンプステージPS1のスペーサの構成を
図5(a)に示したスペーサ313b、スペーサ313cと同様の構成とした場合の、領域104S2から第1ポンプステージPS1への逆流の影響を説明する図である。第1吸気口101における排気速度をSとし、第1吸気口101側の圧力をP1、第1ポンプステージPS1の下流側の圧力をPn+1とする。この場合、第1ポンプステージPS1全体の圧縮比Ktは「Kt=Pn+1/P1」のように定義される。また、第1ポンプステージPS1の排気流量Qは、Q=P1×Sである。
【0034】
また、ロータ翼段211とステータ翼段311との対(以下ではタービン翼段対と呼ぶ)が、第1ポンプステージPS1にn組設けられていると仮定する。
図7のように第m組のタービン翼段対による圧縮比をKmのように表すと(ただし、m=1、2、・・・、n)、第1ポンプステージPS1全体の圧縮比Kt(=Pn+1/P1)は次式(1)のように表される。圧縮比Kmは、各タービン翼段対における圧力をP1~PnとするとKm=Pm+1/Pmのように定義される。
Kt=Kn×Kn-1×・・・×K2×K1 …(1)
【0035】
図5のような壁部116が無い本実施の形態の第1ケーシング部104の場合には、ステータ翼段とスペーサとの積層体の外周面は圧力Pn+1の環境に晒され、積層部分の隙間を通した外周側から内周側(ロータ側)への気体の逆流が問題となる。
図7において、q2およびqnは第2組目および第n組目のタービン翼段対における逆流の流量を表している。各タービン翼段対における積層部分の隙間のコンダクタンスをC(m)(ただし、m=1、2、・・・n)とすると、第m組目のタービン翼段対における逆流の流量qmは次式(2)で表される。このように、逆流量qmは差圧=Pn+1-Pmに依存するが、以下では説明が簡単になるように、式(3)のようにより大きく見積った逆流量qmを用いて説明する。
qm=(Pn+1-Pm)×C(m) …(2)
qm=Pn+1×C(m) …(3)
【0036】
各タービン翼段対における排気流量Qm(m=1、2、・・・n)は、各タービン翼段対における排気速度Smを用いてQm=Pm×Smのように表される。しかし、各タービン翼段対における排気流量Qmは第1ポンプステージPS1の排気流量Qと同一なので、Qm=Pm×Sm=Qである。また、第1組目(最上段)のタービン翼段対の排気速度S1は、第1ポンプステージPS1の排気速度Sと同一値である。第m組目のタービン翼段対における排気流量Qmと逆流量qmとのバランスを考えたとき、タービン翼段対が排気能力を有するためには、少なくともqm<Qmが満足される必要がある。言い換えると、コンダクタンスC(m)は、次式(4)を満足する必要がある。
C(m)<(Pm/Pn+1)×Sm …(4)
【0037】
ところで、上述したように各タービン翼段対における排気流量Qm(=Sm×Pm)は全てQ(=S×P1)に等しいので、排気速度SmはSm=(P1/Pm)×Sと表される。これを式(4)の右辺に適用すると、右辺=(P1/Pn+1)×S=(1/Kt)×Sと変形でき、式(4)は次式(5)のように書き換えることができる。すなわち、第1ポンプステージPS1のいずれのスペーサについても、隙間のコンダクタンスC(m)が式(5)を満たすような構造とするのが好ましい。
C(m)<(1/Kt)S …(5)
【0038】
図8はステータ翼段311とスペーサ312bとの関係を説明する図であり、(a)はステータ翼段311の平面図、(b)はステータ翼段311をスペーサ312bで把持した状態を外周側からみた図であり、(c)がE-E断面図である。一般的に、一つのステータ翼段311は、
図8(a)に示すように半割れの2つのステータ翼311a,311bで構成される。ステータ翼311a,311bのそれぞれは、内周リング部3110と外周リング部3111とを備え、内周リング部3110と外周リング部3111との間に複数のタービン翼3112が設けられている。
【0039】
図8(b)に示すように、ステータ翼段311を構成する一対のステータ翼311a,311bは、軸方向上下(図示上下)に配置された一対のスペーサ312bによって把持されている。
図8(c)に示すように、スペーサ312bによって把持されるステータ翼311aの外周リング部3111は、上側のスペーサ312bの把持部3122の下面と下側のスペーサ312bの把持部3122の上面とに密着している。しかしながら、ステータ翼311a,311b同士の合わせ目Fは対向面同士を密着させるのが難しく、上述した逆流の経路となりやすい。
【0040】
本実施の形態では、
図6(b)に示したように、スペーサ312bを、ステータ翼段311を把持する把持部3122と、排気下流側に隣接するスペーサ312bの把持部3122の外周側に嵌め合う嵌合部3121とで構成するようにした。嵌合部3121によって外周リング部3111の外周面が覆われるので、
図8(b)に示すステータ翼311a,311bの合わせ目Fの外周側も嵌合部3121によって覆われ、逆流に関係するコンダクタンスC(m)を小さくすることができる。すなわち、コンダクタンスC(m)を式(5)が満足される小さな値に抑えることで、第1吸気口101における排気特性の低下を防止することができる。なお、スペーサ312aおよび312cに関しても、スペーサ312bと同様の把持部および嵌合部を備えている。
【0041】
また、上述したように、
図8(b)に示したステータ翼311a,311b同士の合わせ目Fは対向面同士を密着させるのが難しく、上述した逆流の経路となりやすい。そこで、合わせ目Fの部分が
図6(b)の領域104S2の側に位置しないように、例えば、
図8(a),(b)のように図示左側が領域104S2となるように、ステータ翼311a,311bを配置することで、領域104S2からの気体の逆流を抑えることができる。
【0042】
(変形例1)
図9は上述した実施の形態の変形例1を示す図であり、スペーサ312bの断面図である。一般に、ターボ分子ポンプでは、高速回転するロータ翼段が破壊した場合、ステータ翼段、スペーサおよびポンプケーシングにより破壊エネルギを分散吸収することで、ポンプケーシングの破断を抑制するようにしている。しかし、
図1~3に示す構成では、第1ポンプステージPS1は、領域104S2に接する領域では外周側にポンプケーシングが存在しないので、その領域においては破壊エネルギをポンプケーシングで分散吸収することができない。そのため、外周側にポンプケーシングが存在しない領域では破壊エネルギを吸収する能力が小さくなり、他の領域に比べてステータ部31が破壊しやすい。
【0043】
変形例1では、壁部を省略したことによる破壊エネルギに対する強度低下を補う目的で、スペーサ312a,312bの材料として従来のアルミ系材料よりも引張強度に優れた材料を用いることとした。具体的には、ステンレス鋼や炭素繊維強化プラスチック(CFRP)が用いられる。
図9に示すスペーサ312bでは、炭素繊維強化プラスチック(CFRP)が用いられている。スペーサ312aも同様にCFRPで形成される。
【0044】
CFRPは炭素繊維の束にプラスチック(エポキシ樹脂等)を含浸させた複合材料であり、炭素繊維の方向の引張強度が大きい。スペーサ312bでは、炭素繊維3123の延在方向は円周方向であってリング状に巻かれている。このように、CFRPの炭素繊維3123の延在方向を周方向とすることで、スペーサ312a,312bの円周方向の引張り強さを大きくしている。
【0045】
CFRPは炭素繊維の方向の引張りに強く、引張り強さは数千MPaに達する。これは、スペーサの材料として一般的に用いられるアルミ系材料に比べてはるかに大きく、ステンレス鋼と比べても大きい。例えば、SUS304の場合には引張り強さは520MPa程度である。このように、スペーサ312a,312bに従来のアルミ系材料よりも引張強度の高い材料を使用することにより、スペーサ312a,312bが変形もしくは破断した際の破壊エネルギの吸収量を増大させることができ、壁部を省略したことによる安全性の低下を防止することができる。
【0046】
(変形例2)
図10は、上述した実施の形態の変形例2を示す図である。上述した実施の形態では、
図6(b)に示したように、スペーサ312bに設けられた嵌合部3121が隣接するスペーサ312bの把持部3122の外周側に嵌め合うことで、領域104S2から第1ポンプステージPS1内への逆流を防止するようにした。一方、変形例2では、第1ポンプステージPS1のステータ翼段311とスペーサとの積層体の外周側に円筒状の遮蔽部材315を配置することで、積層体の外周面が領域104S2の雰囲気に晒されないような構造とし、
図7で説明した逆流を防止するようにした。
【0047】
スペーサ314a,314bは、
図5(a)に示したスペーサ313aのようにリング状をしているが、それらの内径および外径は
図6(b)に示したスペーサ312bの把持部3122の内径および外径と同一に設定されている。スペーサ314cは、
図6に示したスペーサ312cと同一形状のスペーサであり、同一形状の開口3120が形成されている。遮蔽部材315の内径および外径は、
図6(b)に示したスペーサ312bの嵌合部3121の内径および外径と同一に設定されている。
図6に記載の嵌合部3121の場合と同様に、遮蔽部材315の外径は、隔壁103Kの外径よりも小さく設定されており、すなわち、遮蔽部材315の厚みは、隔壁103Kの厚みよりもはるかに薄く設定されており、遮蔽部材315の存在によってコンダクタンスが低下することはほとんどない。
【0048】
遮蔽部材315やスペーサ314a~314cには、従来のスペーサと同様のアルミ系材料を用いてもよいし、変形例1に記載したCFRPやステンレス鋼を用いてもよい。CFRPやステンレス鋼を用いることで、変形例1の場合と同様に破壊エネルギに対する強度向上を図ることができる。また、スペーサ314a~314cに
図6に示すスペーサ312a~312cのような嵌め合い構造を持たせて逆流を防止し、外周側の遮蔽部材315を強度向上専用の部材としてもよい。
【0049】
(GC質量分析装置)
図11は、本実施の形態のターボ分子ポンプ1が使用される質量分析装置の一例を示す図であり、ガスクロマトグラフ質量分析装置(GC質量分析装置)70の基本構成を示す模式図である。ガスクロマトグラフ質量分析装置70は、ガスクロマトグラフ部71と、イオン送出部72と、質量分析部73と、ターボ分子ポンプ1とを備えている。
【0050】
ガスクロマトグラフ部71には、カラムオーブン711、カラム(キャピラリカラム)712およびインジェクタ713が設けられている。図示していないが、インジェクタ713は液体試料を加熱して気化するための試料気化室を有し、試料気化室には所定流量のキャリアガス(Heガス)が供給される。マイクロシリンジ等により試料気化室に注入された液体試料は試料気化室で気化し、キャリアガス流に乗ってカラム712内に送られる。カラム712はカラムオーブン711により適度の温度に加熱されている。
【0051】
気化した試料(すなわち試料ガス)はキャリアガスとともにカラム712内を移動する。試料ガスには複数の成分が含まれるが、カラム712内を進む速度は成分ごとに異なるので、カラム712の出口にそれぞれの成分が到着する時間に差が生じる。その結果、各成分が時間的に分離されてカラム712の出口に到着し、試料導入管714からイオン送出部72に導かれる。
【0052】
イオン送出部72は試料ガスをイオン化してそれを質量分析部73へ送出するものであり、イオン化室721およびイオン輸送光学系722を備えている。試料導入管714からイオン送出部72に導かれガス成分の分子は、イオン化室721に導入される。イオン化室721に導入されたガス成分の分子は、イオン化室721に設けられたフィラメント725から放出される熱電子によってイオン化される。生成されたイオンは、正の電圧が印加された押し出し電極726によりイオン化室721から出射される。
【0053】
イオン化室721から出射されたイオンは、直線状光軸を有するイオン輸送光学系722により収束されて質量分析部73へ導かれる。質量分析部73は、四重極型質量分析計731、イオンレンズ732および検出器733を備えている。イオン輸送光学系722により収束されたイオンは四重極型質量分析計731に導かれる。四重極型質量分析計731には直流電圧と高周波電圧(RF電圧)とを重畳した電圧が印加され、その印加電圧に応じた質量を有するイオンのみが四重極型質量分析計731を通過する。四重極型質量分析計731を通過したイオンはイオンレンズ732で収束され、検出器733により検出される。
【0054】
四重極型質量分析計731、イオンレンズ732および検出器733が設けられている差動排気室741と、イオン化室721およびイオン輸送光学系722が設けられている差動排気室742とは、イオン通過用の孔740aが形成された壁部740によって仕切られている。ターボ分子ポンプ1の高真空側の第1吸気口101は差動排気室741に接続され、第2吸気口は差動排気室742に接続される。
【0055】
四重極型質量分析計731や検出器733の検出精度を上げるためには、差動排気室741は高真空とするのが好ましい。そのため、差動排気室741と差動排気室742との間に孔740aが形成された壁部740を設け、差動排気室741と差動排気室742とをターボ分子ポンプ1の第1吸気口101および第2吸気口102により個別に排気する差動排気系としている。壁部740を設けたことにより差動排気室742から差動排気室741へのガスの流入が抑えられ、差動排気室741をより高真空とすることができる。
【0056】
その場合、差動排気室742の圧力を低くするほど差動排気室742から差動排気室741へのガスの流入が減って、差動排気室741側をより高真空とすることができる。そのため、ターボ分子ポンプ1には、第1吸気口101の排気性能を維持しつつ、第2吸気口102の排気速度をより大きくすることが望まれる。本実施の形態のターボ分子ポンプ1は、上述したようにポンプケーシング10内に従来のような壁部を設けないことによって、第2吸気口102の排気速度の向上を図っているので、ガスクロマトグラフ質量分析装置の真空ポンプとして適している。
【0057】
また、第2吸気口102に流入したガスが第1ポンプステージPS1に逆流すると、第1吸気口101側の排気性能が悪化して四重極型質量分析計731および検出器733の性能に悪影響を及ぼす。本実施の形態では、スペーサ312b,312bを
図6,8に示すような構成とすることで上記逆流を防止しているので、四重極型質量分析計731の分離制度および検出器733の検出精度の向上を図ることができる。
【0058】
(ICP質量分析装置)
図12は、本実施の形態のターボ分子ポンプ1が使用される質量分析装置の他の例を示す図であり、誘導結合プラズマ質量分析装置(ICP質量分析装置)80の基本構成を示す模式図である。本実施の形態のターボ分子ポンプ1は、上述したGC質量分析装置70に限らずICP質量分析装置80の真空排気系にも使用することができる。
【0059】
ICP質量分析装置80は、プラズマトーチ81で発生したイオンをインタフェース部82およびイオン収束部83を通すことで、特定のイオンを質量分析部84に導いて検出する装置である。インタフェース部82は、イオン通過軸の方向に沿って前後に配置されたサンプリングコーン821とスキマーコーン822とを備えている。サンプリングコーン821とスキマーコーン822との間の差動排気室823は、不図示の粗引きポンプによって真空排気される。
【0060】
サンプリングコーン821の先端にはオリフィス821aが形成されており、プラズマトーチ81で発生したプラズマPの一部がそのオリフィス821aを通して差動排気室823に入り込む。差動排気室823に入り込んだプラズマの一部は、スキマーコーン822の先端に形成されたオリフィス822aを通過してイオンビームの形でさらに後段へと導かれる。オリフィス822aを通過したイオンビームはイオン収束部83のイオンレンズ831によって収束され、差動排気室832と差動排気室843との間に設けられた壁部850の孔850aを通して質量分析部84の四重極型質量分析計841に導かれる。四重極型質量分析計841はイオンビームから特定のイオンを質量分離し、その分離されたイオンはイオン検出器842によって検出する。
【0061】
上述したように、インタフェース部82の差動排気室823は粗引きポンプによって真空排気されるが、イオン収束部83の差動排気室832はターボ分子ポンプ1の第2吸気口102によって真空排気され、質量分析部84の差動排気室843はターボ分子ポンプ1の第1吸気口101によって真空排気される。ICP質量分析装置80の場合も、質量分析部84の検出精度向上を図るためには差動排気室843に隣接する差動排気室832をより低圧とするのが好ましい。
【0062】
以上説明した実施の形態、実施例のターボ分子ポンプ1の作用効果をまとめると次の通りである。
(1)ターボ分子ポンプ1は、
図6(a)に示すように、
図5の比較例のような壁部116が第1ポンプステージPS1の外周側に設けられておらず、第2吸気口102から開口3120までの排気通路を形成する第2領域104S2は、第1ポンプステージPS1の外周面、第2吸気口102および排気通路部34の開口3120に接している。そのため、第2吸気口102から排気通路部34の開口3120までの排気通路として機能する領域104S2の断面積を大きくすることができ、第2吸気口102から排気通路部34までのコンダクタンスが向上する。その結果、第2吸気口102における排気速度の向上を図ることができる。
【0063】
(2)第1ポンプステージPS1は、複数のロータ翼段211から成る第1ポンプロータ部21と、複数のステータ翼段311と複数のスペーサとを交互に積層して成る第1ステータ部31と、スペーサで把持されたステータ翼段311の外周側に覆いかぶさるように配置される遮蔽部材とを備える。例えば、
図6(b)に示す例では、スペーサは把持部3122であって遮蔽部材は嵌合部3121である。また、
図10に示す例では、スペーサはスペーサ314a,314b,314cであり、それらの外周側に円筒状の遮蔽部材315が配置される。
【0064】
嵌合部3121や遮蔽部材315を設けたことにより、領域104S2から第1ポンプステージPS1内への気体の逆流を抑えることができ、逆流に起因する第1吸気口101における排気速度の低下を防止することができる。その場合、第1ポンプステージPS1の各ステータ翼段311において、C<(1/Kt)Sのように設定される。ただし、Cはスペーサで把持されたステータ翼段311の遮蔽部材の外周側から第1ポンプステージPS1内への気体の逆流に関するコンダクタンスで、Sは第1吸気口101における排気速度で、Ktは第1ポンプステージPS1の圧縮比である。
【0065】
(3)また、
図10の遮蔽部材315およびスペーサ314a~314cや、
図6(b)のように遮蔽部材である嵌合部3121が一体に形成されたスペーサ312bを、引張強度がアルミ系材料よりも大きな材料(例えば、CFRP)で形成することにより、ロータ破壊時における破壊エネルギのスペーサ312bによる吸収量を増大させることができ、ポンプケーシング10の破断を抑制して安全性の向上を図ることができる。
【0066】
(4)GC質量分析装置70やICP質量分析装置80では、質量分析部が収容される第1差動排気室(
図11の差動排気室741や
図12の差動排気室843)と、イオン化された試料を質量分析部へ送出するイオン送出部が収容される第2差動排気室(
図11の差動排気室742や
図12の差動排気室832)とを備えているが、第1差動排気室にターボ分子ポンプ1の第1吸気口101を接続して排気し、第2差動排気室に第2吸気口102を接続して排気する。第1差動排気室は第2差動排気室よりも高真空に保たれるが、ターボ分子ポンプ1の第2吸気口102における排気速度の向上を図ることで第2差動排気室の圧力をより低くできる。その結果、第2差動排気室からの気体やイオンの流入が抑えられ、第1差動排気室をより高真空とすることができ、質量分析部の分析精度の向上を図ることができる。
【0067】
上記では、種々の実施の形態および変形例を説明したが、本発明はこれらの内容に限定されるものではない。例えば、タービン翼段によるポンプステージが3段であって、3段目のポンプステージに流入する第3の吸気口を有する、すなわち、3つの吸気口を有するターボ分子ポンプにも本発明は適用することができる。本発明の技術的思想の範囲内で考えられるその他の態様も本発明の範囲内に含まれる。
【符号の説明】
【0068】
1…ターボ分子ポンプ、10…ポンプケーシング、21…第1ポンプロータ部、31…第1ステータ部、34…排気通路部、70…ガスクロマトグラフ質量分析装置、72…イオン送出部、73,84…質量分析部、80…誘導結合プラズマ質量分析装置、101…第1吸気口、102…第2吸気口、103…フランジ部、103K…隔壁、104…第1ケーシング部、104S…第1収容空間、104S1,104S2,114S1,114S2…領域、105…第2ケーシング部、105S…第2収容空間、211…ロータ翼段、311…ステータ翼段、312a~312d,313a~313c,314a~314c…スペーサ、315…遮蔽部材、741,742,823,832,843…差動排気室、3121…嵌合部、3122…把持部、PS1…第1ポンプステージ、PS2…第2ポンプステージ