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特許7197062亜鉛めっき鋼板および部材、ならびに、それらの製造方法
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B1)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2022-12-19
(45)【発行日】2022-12-27
(54)【発明の名称】亜鉛めっき鋼板および部材、ならびに、それらの製造方法
(51)【国際特許分類】
   C22C 38/00 20060101AFI20221220BHJP
   C22C 38/06 20060101ALI20221220BHJP
   C22C 38/60 20060101ALI20221220BHJP
   C21D 9/46 20060101ALI20221220BHJP
【FI】
C22C38/00 301T
C22C38/00 301Z
C22C38/06
C22C38/60
C21D9/46 J
【請求項の数】 14
(21)【出願番号】P 2022542315
(86)(22)【出願日】2022-03-18
(86)【国際出願番号】 JP2022012856
【審査請求日】2022-07-08
(31)【優先権主張番号】P 2021123701
(32)【優先日】2021-07-28
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
【早期審査対象出願】
(73)【特許権者】
【識別番号】000001258
【氏名又は名称】JFEスチール株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100147485
【弁理士】
【氏名又は名称】杉村 憲司
(74)【代理人】
【識別番号】230118913
【弁護士】
【氏名又は名称】杉村 光嗣
(74)【代理人】
【識別番号】100165696
【弁理士】
【氏名又は名称】川原 敬祐
(74)【代理人】
【識別番号】100179589
【弁理士】
【氏名又は名称】酒匂 健吾
(72)【発明者】
【氏名】樋口 翔
(72)【発明者】
【氏名】川崎 由康
(72)【発明者】
【氏名】中垣内 達也
(72)【発明者】
【氏名】山下 孝子
(72)【発明者】
【氏名】金澤 友美
(72)【発明者】
【氏名】山本 俊佑
【審査官】鈴木 毅
(56)【参考文献】
【文献】国際公開第2017/164346(WO,A1)
【文献】国際公開第2016/113788(WO,A1)
【文献】国際公開第2016/171237(WO,A1)
【文献】国際公開第2020/158065(WO,A1)
【文献】特開2004-285385(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C22C 38/00 - 38/60
C21D 8/00 - 8/04
C21D 9/46 - 9/48
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
下地鋼板と、該下地鋼板の表面に亜鉛めっき層と、を有する亜鉛めっき鋼板であって、
該下地鋼板は、
質量%で、
C:0.040%以上0.400%以下、
Si:0.20%以上3.00%以下、
Mn:1.00%以上2.80%未満、
P:0.001%以上0.100%以下、
S:0.0200%以下、
Al:0.010%以上2.000%以下および
N:0.0100%以下
であり、炭素当量Ceqが0.540%未満であり、残部がFeおよび不可避的不純物である、成分組成を有し、
また、該下地鋼板は、
フェライトの面積率:35.0%以上95.0%以下、
ベイニティックフェライトの面積率:1.0%以上40.0%以下、
焼戻しマルテンサイトの面積率:50.0%以下(0%を含む)、
残留オーステナイトの面積率:1.5%以上20.0%以下
フレッシュマルテンサイトの面積率:1.1%以上20.0%以下、
BF+STM+2×SMA:10.0%以上65.0%未満、
BF+STM:3.0%以上60.0%以下、
MA1/SMA:0.40以下、および
IDR[%Cγ]:0.16%以上
である、鋼組織を有し、
引張強さが590MPa以上980MPa未満である、亜鉛めっき鋼板。
ここで、
BF:前記ベイニティックフェライトの面積率
TM:前記焼戻しマルテンサイトの面積率
MA:前記残留オーステナイトおよび前記フレッシュマルテンサイトからなる硬質第二相の面積率
MA1:前記硬質第二相を構成する島状領域のうち、面積を最大フェレ径で除した値が1.0μm以上である島状領域の合計の面積率
IDR[%Cγ]:前記残留オーステナイト中の固溶C濃度分布の90パーセンタイル値と10パーセンタイル値の差
である。
【請求項2】
前記下地鋼板の成分組成が、さらに、質量%で、
Ti:0.200%以下、
Nb:0.200%以下、
V:0.100%以下、
B:0.0100%以下、
Cu:1.000%以下、
Cr:1.000%以下、
Ni:1.000%以下、
Mo:0.500%以下、
Sb:0.200%以下、
Sn:0.200%以下、
Ta:0.100%以下、
W:0.500%以下、
Mg:0.0200%以下、
Zn:0.0200%以下、
Co:0.0200%以下、
Zr:0.0200%以下、
Ca:0.0200%以下、
Ce:0.0200%以下、
Se:0.0200%以下、
Te:0.0200%以下、
Ge:0.0200%以下、
As:0.0200%以下、
Sr:0.0200%以下、
Cs:0.0200%以下、
Hf:0.0200%以下、
Pb:0.0200%以下、
Bi:0.0200%以下および
REM:0.0200%以下
のうちから選ばれる少なくとも1種を含有する、請求項1に記載の亜鉛めっき鋼板。
【請求項3】
前記下地鋼板の拡散性水素量が0.50質量ppm以下である、請求項1または2に記載の亜鉛めっき鋼板。
【請求項4】
脱炭層を有する、請求項1~3のいずれか一項に記載の亜鉛めっき鋼板。
【請求項5】
前記下地鋼板と前記亜鉛めっき層の間の少なくとも一方において金属めっき層を有する、請求項1~4のいずれか一項に記載の亜鉛めっき鋼板。
【請求項6】
前記金属めっき層がFe系めっき層である、請求項5に記載の亜鉛めっき鋼板。
【請求項7】
前記亜鉛めっき層が、溶融亜鉛めっき層または合金化溶融亜鉛めっき層である、請求項1~6のいずれか一項に記載の亜鉛めっき鋼板。
【請求項8】
請求項1~7のいずれか一項に記載の亜鉛めっき鋼板を用いてなる、部材。
【請求項9】
下地鋼板と、該下地鋼板の表面に亜鉛めっき層と、を有する亜鉛めっき鋼板を製造するための方法であって、
該下地鋼板は、
フェライトの面積率:35.0%以上95.0%以下、
ベイニティックフェライトの面積率:1.0%以上40.0%以下、
焼戻しマルテンサイトの面積率:50.0%以下(0%を含む)、
残留オーステナイトの面積率:1.5%以上20.0%以下、
フレッシュマルテンサイトの面積率:1.1%以上20.0%以下、
BF +S TM +2×S MA :10.0%以上65.0%未満、
BF +S TM :3.0%以上60.0%以下、
MA1 /S MA :0.40以下、および
IDR[%Cγ]:0.16%以上
である、鋼組織を有し、
引張強さが590MPa以上980MPa未満であり、
前記方法は、
請求項1または2に記載の成分組成を有する鋼スラブに熱間圧延を施して熱延鋼板とする、熱延工程と、
前記熱延鋼板を冷間圧延して冷延鋼板とする、冷延工程と、
前記冷延鋼板を、焼鈍温度:760℃以上900℃以下および焼鈍時間:20秒以上で焼鈍する、焼鈍工程と、
前記冷延鋼板を300℃以上550℃以下の第一冷却停止温度まで冷却する、第一冷却工程と、
前記冷延鋼板を300℃以上550℃以下の温度域で3秒以上600秒以下保持する、保持工程と、
前記冷延鋼板に亜鉛めっき処理を施して亜鉛めっき鋼板とする、めっき工程と、
前記亜鉛めっき鋼板を、-20℃以上300℃未満の第二冷却停止温度まで冷却する、第二冷却工程と、
前記亜鉛めっき鋼板を、300℃以上500℃以下の再加熱温度に再加熱し、前記亜鉛めっき鋼板を、300℃以上500℃以下の温度域で10秒以上2000秒以下保持する、再加熱工程と、
を有し、
前記第一冷却停止温度と、前記亜鉛めっき処理での亜鉛めっき浴の温度とが、次式(1)の関係を満足する、亜鉛めっき鋼板の製造方法。
-80℃≦T-T≦50℃ ・・・(1)
ここで、Tは第一冷却停止温度(℃)、Tは亜鉛めっき処理での亜鉛めっき浴の温度(℃)である。
また、
BF :前記ベイニティックフェライトの面積率
TM :前記焼戻しマルテンサイトの面積率
MA :前記残留オーステナイトおよび前記フレッシュマルテンサイトからなる硬質第二相の面積率
MA1 :前記硬質第二相を構成する島状領域のうち、面積を最大フェレ径で除した値が1.0μm以上である島状領域の合計の面積率
IDR[%Cγ]:前記残留オーステナイト中の固溶C濃度分布の90パーセンタイル値と10パーセンタイル値の差
である。
【請求項10】
前記焼鈍工程の露点が-30℃超である、請求項9に記載の亜鉛めっき鋼板の製造方法。
【請求項11】
前記冷延工程後で、かつ、前記焼鈍工程の前に、前記冷延鋼板の少なくとも一方の表面に金属めっき層を形成する金属めっき処理を施す、金属めっき処理工程をさらに有する、請求項9または10に記載の亜鉛めっき鋼板の製造方法。
【請求項12】
前記金属めっき層がFe系めっき層である、請求項11に記載の亜鉛めっき鋼板の製造方法。
【請求項13】
前記亜鉛めっき処理が、溶融亜鉛めっき処理または合金化溶融亜鉛めっき処理である、請求項9~12のいずれか一項に記載の亜鉛めっき鋼板の製造方法。
【請求項14】
請求項1~7のいずれか一項に記載の亜鉛めっき鋼板に、成形加工または接合加工の少なくとも一方を施して部材とする、工程を有する、部材の製造方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、亜鉛めっき鋼板、および、該亜鉛めっき鋼板を素材とする部材、ならびに、それらの製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
近年、地球環境の保全の見地から、自動車の燃費向上が重要な課題となっている。そのため、自動車部材の素材となる鋼板を高強度化し、薄くすることにより、自動車車体を軽量化しようとする動きが活発となってきている。
【0003】
また、車体防錆性能の観点から、自動車部材の素材となる鋼板には、亜鉛めっきが施されることが多い。そのため、高い強度を有する、亜鉛めっき鋼板の開発も進められている。
【0004】
このような自動車部材の素材となる鋼板として、例えば、特許文献1には、
「化学組成が、質量%で、
C:0.10~0.24%、
Mn:3.50~12.00%、
Si:0.005~5.00%、
Al:0.005~5.00%、
P:0.15%以下、
S:0.030%以下、
N:0.020%以下、
O:0.010%以下、
Cr:0~5.00%、
Mo:0~5.00%、
Ni:0~5.00%、
Cu:0~5.00%、
Nb:0~0.50%、
Ti:0~0.50%、
W:0~0.50%、
B:0~0.010%、
Ca:0~0.05%、
Mg:0~0.05%、
Zr:0~0.05%、
REM:0~0.05%、
Sb:0~0.50%、
Sn:0~0.50%、
As:0~0.05%、
V:0~2.0%、
残部:Feおよび不純物であり、
板厚1/4位置における金属組織が、面積%で、
残留オーステナイト:10.0~55.0%、
高温焼戻しマルテンサイト:30.0~75.0%、
低温焼戻しマルテンサイト:15.0~60.0%、
であり、残部が
フレッシュマルテンサイト:0~10.0%、
パーライト:0~5.0%、
ベイナイト:0~5.0%、
であり、
引張強さが1180MPa以上である、
高強度鋼板。」
が開示されている。
【0005】
特許文献2には、
「質量%で、
C:0.020%以上、0.080%以下、
Si:0.01%以上、0.10%以下、
Mn:0.80%以上、1.80%以下、
Al:0.10%超、0.40%未満、
を含有し、
P:0.0100%以下、
S:0.0150%以下、
N:0.0100%以下、
に制限し、更に、
Nb:0.005%以上、0.095%以下、Ti:0.005%以上、0.095%以下の双方を合計で0.030%以上、0.100%以下含有し、
残部が鉄及び不可避的不純物からなり、
金属組織がフェライトとベイナイトとその他の相とからなり、
前記その他の相が、パーライト、残留オーステナイト及びマルテンサイトを含み、
前記フェライトの面積率が80%~95%であり、
前記ベイナイトの面積率が5%~20%であり、
前記その他の相の分率の合計が3%未満であり、
前記フェライト中のセメンタイトの円相当直径が0.003μm以上、0.300μm以下であり、
前記フェライト中の前記セメンタイトの個数密度が0.02個/μm以上、0.10個/μm以下であり、
引張強度が590MPa以上であり、
前記引張強度に対する疲労強度としての疲労強度比が0.45以上である
ことを特徴とする鋼板。」
が開示されている。
【0006】
特許文献3には、
「質量%で、
C:0.060~0.250%、
Si:0.50~1.80%、
Mn:1.00~2.80%、
P:0.100%以下、
S:0.0100%以下、
Al:0.010~0.100%、および
N:0.0100%以下を含有し、残部がFeおよび不可避的不純物からなる成分組成と、
フェライトを面積率で50~80%、マルテンサイトを面積率で8%以下かつ平均結晶粒径が2.5μm以下、残留オーステナイトを面積率で6~15%、焼戻しマルテンサイトを面積率で3~40%で含むとともに、マルテンサイトの面積率fと、マルテンサイトと焼戻しマルテンサイトの合計面積率fM+TMの比f/fM+TMの値が50%以下であり、板幅方向の中央である幅中央部、板幅方向両端から板幅方向中央に50mmの両端部、前記幅中央部と前記両端部の間の中央部の計5箇所でのマルテンサイトの結晶粒径の標準偏差が0.7μm以下である鋼組織を有する高強度冷延鋼板。」
が開示されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0007】
【文献】特許6213696号
【文献】特許5447741号
【文献】特許6597938号
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
ところで、自動車部材には、センターピラーロアやアンダーパネルといった複雑な形状となる部材(以下、複雑形状部材ともいう)が多数存在する。このような複雑形状部材の素材となる鋼板には、優れた成形性が求められる。
【0009】
ここでいう成形性とは、部材成形時の破断の生じにくさ、および、部材成形時の寸法精度の良さを意味する。すなわち、破断の形態には、α破断やβ破断、曲げ破断といった様々な種類の破断形態がある。形状が比較的単純な部材については、素材として、特定の破断形態に特化した鋼板を部材の形状等に応じて用いることにより、破断せずに成形できる場合がある。しかし、複雑形状部材では、成形中に様々な種類の変形が生じる。そのため、複雑形状部材の素材となる鋼板には、様々な種類の破断形態による破断が生じにくいことが求められる。鋼板の特性のうち、延性、穴広げ性および局部延性は、それぞれ特に、α破断、β破断および曲げ破断の発生と相関する。また、加工硬化能は、破断全般の発生と相関する。
【0010】
しかしながら、一般的に、鋼板を高強度化すると、成形性、例えば、延性、穴広げ性、局部延性および加工硬化能のいずれかまたは全てが低下する。また、部材成形時の寸法精度は、一般的に、引張強さ(以下、TSともいう)および降伏応力(以下、YSともいう)と負の相関関係を持つ。そのため、鋼板を過度に高強度化すると、部材成形時の寸法精度も低下する。以上のことから、複雑形状部材の素材には、TSが590MPa未満の鋼板が用いられているのが現状である。
【0011】
実際、特許文献1~3に開示される鋼板も、高い強度と、優れた成形性とを両立するものとは言えない。
【0012】
本発明は、上記の現状に鑑み開発されたものであって、高い強度と、優れた成形性、具体的には、優れた延性、穴広げ性、局部延性、加工硬化能および部材成形時の寸法精度とを両立した亜鉛めっき鋼板を、その有利な製造方法とともに、提供することを目的とする。
また、本発明は、上記の亜鉛めっき鋼板を素材とする部材、ならびに、その製造方法を提供することを目的とする。
【0013】
ここで、高い強度とは、JIS Z 2241に準拠する引張試験で測定されるTSが、以下の式を満足することを意味する。
590MPa≦TS<980MPa
【0014】
優れた延性とは、JIS Z 2241に準拠する引張試験で測定される破断伸び(以下、T-Elともいう)が、当該引張試験で測定されるTSに応じて、以下の式を満足することを意味する。
590MPa≦TS<780MPaの場合、30.0%≦T-El
780MPa≦TSの場合、19.0%≦T-El
【0015】
優れた穴広げ性とは、JIS Z 2256に準拠する穴広げ試験で測定される限界穴広げ率(λ)が、前記引張試験で測定されるTSに応じて、以下の式を満足することを意味する。
590MPa≦TS<780MPaの場合、45%≦λ
780MPa≦TSの場合、40%≦λ
【0016】
優れた局部延性とは、JIS Z 2241に準拠する引張試験で測定される破断伸びと最大試験力時全伸びとの差として定義する局部伸び(以下、L-Elともいう)が、当該引張試験で測定されるTSに応じて、以下の式を満足することを意味する。
590MPa≦TS<780MPaの場合、10.0%≦L-El
780MPa≦TSの場合、7.0%≦L-El
【0017】
優れた加工硬化能とは、JIS Z 2241に準拠する引張試験で測定される加工硬化指数(以下、n値ともいう)が、当該引張試験で測定されるTSに応じて、以下の式を満足することを意味する。
590MPa≦TS<780MPaの場合、0.200≦n値
780MPa≦TSの場合、0.100≦n値
【0018】
優れた部材成形時の寸法精度とは、JIS Z 2241に準拠する引張試験で測定されるYSが、当該引張試験で測定されるTSに応じて、以下の式を満足することを意味する。
590MPa≦TS<780MPaの場合、500MPa≧YS
780MPa≦TSの場合、700MPa≧YS
【課題を解決するための手段】
【0019】
さて、発明者らは、上記の目的を達成すべく、鋭意検討を重ねた。
その結果、亜鉛めっき鋼板の下地鋼板の成分組成を適正に調整し、かつ、亜鉛めっき鋼板の下地鋼板の鋼組織を、
フェライトの面積率:35.0%以上95.0%以下、
ベイニティックフェライトの面積率:1.0%以上40.0%以下、
焼戻しマルテンサイトの面積率:50.0%以下(0%を含む)、
残留オーステナイトの面積率:1.5%以上、
フレッシュマルテンサイトの面積率:20.0%以下(0%を含む)、
BF+STM+2×SMA:10.0%以上65.0%未満、
BF+STM:3.0%以上60.0%以下、
MA1/SMA:0.40以下、および
IDR[%Cγ]:0.16%以上
とし、さらに、引張強さを590MPa以上980MPa未満とする、ことにより、高い強度と、優れた成形性とを両立した亜鉛めっき鋼板が得られることを知見した。
本発明は、上記の知見に基づき、さらに検討を加えて完成されたものである。
【0020】
すなわち、本発明の要旨構成は次のとおりである。
1.下地鋼板と、該下地鋼板の表面に亜鉛めっき層と、を有する亜鉛めっき鋼板であって、
該下地鋼板は、
質量%で、
C:0.040%以上0.400%以下、
Si:0.20%以上3.00%以下、
Mn:1.00%以上2.80%未満、
P:0.001%以上0.100%以下、
S:0.0200%以下、
Al:0.010%以上2.000%以下および
N:0.0100%以下
であり、炭素当量Ceqが0.540%未満であり、残部がFeおよび不可避的不純物である、成分組成を有し、
また、該下地鋼板は、
フェライトの面積率:35.0%以上95.0%以下、
ベイニティックフェライトの面積率:1.0%以上40.0%以下、
焼戻しマルテンサイトの面積率:50.0%以下(0%を含む)、
残留オーステナイトの面積率:1.5%以上、
フレッシュマルテンサイトの面積率:20.0%以下(0%を含む)、
BF+STM+2×SMA:10.0%以上65.0%未満、
BF+STM:3.0%以上60.0%以下、
MA1/SMA:0.40以下、および
IDR[%Cγ]:0.16%以上
である、鋼組織を有し、
引張強さが590MPa以上980MPa未満である、亜鉛めっき鋼板。
ここで、
BF:前記ベイニティックフェライトの面積率
TM:前記焼戻しマルテンサイトの面積率
MA:前記残留オーステナイトおよび前記フレッシュマルテンサイトからなる硬質第二相の面積率
MA1:前記硬質第二相を構成する島状領域のうち、面積を最大フェレ径で除した値が1.0μm以上である島状領域の合計の面積率
IDR[%Cγ]:前記残留オーステナイト中の固溶C濃度分布の90パーセンタイル値と10パーセンタイル値の差
である。
【0021】
2.前記下地鋼板の成分組成が、さらに、質量%で、
Ti:0.200%以下、
Nb:0.200%以下、
V:0.100%以下、
B:0.0100%以下、
Cu:1.000%以下、
Cr:1.000%以下、
Ni:1.000%以下、
Mo:0.500%以下、
Sb:0.200%以下、
Sn:0.200%以下、
Ta:0.100%以下、
W:0.500%以下、
Mg:0.0200%以下、
Zn:0.0200%以下、
Co:0.0200%以下、
Zr:0.0200%以下、
Ca:0.0200%以下、
Ce:0.0200%以下、
Se:0.0200%以下、
Te:0.0200%以下、
Ge:0.0200%以下、
As:0.0200%以下、
Sr:0.0200%以下、
Cs:0.0200%以下、
Hf:0.0200%以下、
Pb:0.0200%以下、
Bi:0.0200%以下および
REM:0.0200%以下
のうちから選ばれる少なくとも1種を含有する、前記1に記載の亜鉛めっき鋼板。
【0022】
3.前記下地鋼板の拡散性水素量が0.50質量ppm以下である、前記1または2に記載の亜鉛めっき鋼板。
【0023】
4.脱炭層を有する、前記1~3のいずれか一項に記載の亜鉛めっき鋼板。
【0024】
5.前記下地鋼板と前記亜鉛めっき層の間の少なくとも一方において金属めっき層を有する、前記1~4のいずれか一項に記載の亜鉛めっき鋼板。
【0025】
6.前記金属めっき層がFe系めっき層である、前記5に記載の亜鉛めっき鋼板。
【0026】
7.前記亜鉛めっき層が、溶融亜鉛めっき層または合金化溶融亜鉛めっき層である、前記1~6のいずれか一項に記載の亜鉛めっき鋼板。
【0027】
8.前記1~7のいずれか一項に記載の亜鉛めっき鋼板を用いてなる、部材。
【0028】
9.前記1または2に記載の成分組成を有する鋼スラブに熱間圧延を施して熱延鋼板とする、熱延工程と、
前記熱延鋼板を冷間圧延して冷延鋼板とする、冷延工程と、
前記冷延鋼板を、焼鈍温度:760℃以上900℃以下および焼鈍時間:20秒以上で焼鈍する、焼鈍工程と、
前記冷延鋼板を300℃以上550℃以下の第一冷却停止温度まで冷却する、第一冷却工程と、
前記冷延鋼板を300℃以上550℃以下の温度域で3秒以上600秒以下保持する、保持工程と、
前記冷延鋼板に亜鉛めっき処理を施して亜鉛めっき鋼板とする、めっき工程と、
前記亜鉛めっき鋼板を、-20℃以上300℃未満の第二冷却停止温度まで冷却する、第二冷却工程と、
前記亜鉛めっき鋼板を、300℃以上500℃以下の再加熱温度に再加熱し、前記亜鉛めっき鋼板を、300℃以上500℃以下の温度域で10秒以上2000秒以下保持する、再加熱工程と、
を有し、
前記第一冷却停止温度と、前記亜鉛めっき処理での亜鉛めっき浴の温度とが、次式(1)の関係を満足する、亜鉛めっき鋼板の製造方法。
-80℃≦T-T≦50℃ ・・・(1)
ここで、Tは第一冷却停止温度(℃)、Tは亜鉛めっき処理での亜鉛めっき浴の温度(℃)である。
【0029】
10.前記焼鈍工程の露点が-30℃超である、前記9に記載の亜鉛めっき鋼板の製造方法。
【0030】
11.前記冷延工程後で、かつ、前記焼鈍工程の前に、前記冷延鋼板の少なくとも一方の表面に金属めっき層を形成する金属めっき処理を施す、金属めっき処理工程をさらに有する、前記9または10に記載の亜鉛めっき鋼板の製造方法。
【0031】
12.前記金属めっき層がFe系めっき層である、前記11に記載の亜鉛めっき鋼板の製造方法。
【0032】
13.前記亜鉛めっき処理が、溶融亜鉛めっき処理または合金化溶融亜鉛めっき処理である、前記9~12のいずれか一項に記載の亜鉛めっき鋼板の製造方法。
【0033】
14.前記1~7のいずれか一項に記載の亜鉛めっき鋼板に、成形加工または接合加工の少なくとも一方を施して部材とする、工程を有する、部材の製造方法。
【発明の効果】
【0034】
本発明によれば、高い強度と、優れた成形性、具体的には、優れた延性、穴広げ性、局部延性、加工硬化能および部材成形時の寸法精度とを両立した亜鉛めっき鋼板が得られる。また、本発明の亜鉛めっき鋼板は、高い強度と、優れた成形性とを有するので、複雑な形状となる自動車部材などの素材として、極めて有利に適用することができる。なお、優れた成形性を有する鋼板は、耐衝撃特性にも優れることから、本発明の亜鉛めっき鋼板は自動車の衝撃エネルギー吸収部材などの素材としても、極めて有利に適用することができる。
【図面の簡単な説明】
【0035】
図1】(A)は組織の同定に使用したSEMによる組織画像の一例である。(B)は、(A)の組織画像をAdobe Systems社のAdobe Photoshopを用いて色分けしたものである。(C)は、(A)の組織画像において抽出した硬質第二相(MA)の島状領域のうち、MA1に分類される島状領域と、MA1以外に分類される島状領域とを、Adobe Systems社のAdobe Photoshopを用いて色分けしたものである。
図2】(A)は溶接部における耐抵抗溶接割れ特性の評価方法を説明する要領図であり、(B)の上図は同評価で使用する抵抗スポット溶接後の板組の上面図であり、(B)の下図は上図のA-A断面図である。
【発明を実施するための形態】
【0036】
本発明を、以下の実施形態に基づき説明する。
[1]亜鉛めっき鋼板
まず、本発明の一実施形態に従う亜鉛めっき鋼板の下地鋼板の成分組成について説明する。なお、成分組成における単位はいずれも「質量%」であるが、以下、特に断らない限り、単に「%」で示す。
【0037】
C:0.040%以上0.400%以下
Cは、フレッシュマルテンサイト、焼戻しマルテンサイト、ベイニティックフェライトおよび残留オーステナイトを適正量生成させて、590MPa以上のTSと、高い延性および加工硬化能を確保するために有効な元素である。ここで、C含有量が0.040%未満では、フェライトの面積率が増加して、TSを590MPa以上とすることが困難になる。また、延性および加工硬化能の低下も招く。一方、C含有量が0.400%を超えると、残留オーステナイト中の炭素濃度が過度に増加する。そのため、鋼板に打抜き加工を施すと、残留オーステナイトから生成するフレッシュマルテンサイトの硬度が大幅に増加する。その結果、打抜き加工後の鋼板では、穴広げ時の亀裂進展が促進される(すなわち、穴広げ性の低下を招く)。
したがって、C含有量は、0.040%以上0.400%以下とする。C含有量は、好ましくは0.070%以上である。また、C含有量は、好ましくは0.300%以下である。
【0038】
Si:0.20%以上3.00%以下
Siは、焼鈍中の炭化物生成を抑制し、残留オーステナイトの生成を促進する。すなわち、Siは、残留オーステナイトの面積率および残留オーステナイト中の炭素濃度に影響する元素である。ここで、Si含有量が0.20%未満では、残留オーステナイトの面積率およびIDR[%Cγ]が減少し、延性、局部延性および加工硬化能が低下する。一方、Si含有量が3.00%を超えると、フェライトの面積率が過度に増加し、TSを590MPa以上とすることが困難になる。また、残留オーステナイト中の炭素濃度が過度に増加する。そのため、鋼板に打抜き加工を施すと、残留オーステナイトから生成するフレッシュマルテンサイトの硬度が大幅に増加する。その結果、打抜き加工後の鋼板では、穴広げ時の亀裂進展が促進される(すなわち、穴広げ性の低下を招く)。
したがって、Si含有量は、0.20%以上3.00%以下とする。Si含有量は、好ましくは0.40%以上である。また、Si含有量が2.00%を超えると耐抵抗溶接割れ特性の低下が懸念されるので、Si含有量は、好ましくは2.00%以下である。
【0039】
Mn:1.00%以上2.80%未満
Mnは、ベイニティックフェライトや焼戻しマルテンサイトなどの面積率を調整する元素である。ここで、Mn含有量が1.00%未満では、フェライトの面積率が過度に増加して、TSを590MPa以上とすることが困難になる。一方、Mn含有量が2.80%以上となると、フェライトやベイニティックフェライトの面積率が減少する。その結果、所望の延性が得られない。
したがって、Mn含有量は、1.00%以上2.80%未満とする。Mn含有量は、好ましくは、1.10%以上である。また、Mn含有量は、好ましくは2.50%未満である。
【0040】
P:0.001%以上0.100%以下
Pは、固溶強化の作用を有し、鋼板の強度を上昇させる元素である。このような効果を得るため、P含有量を0.001%以上にする。一方、P含有量が0.100%を超えると、Pが旧オーステナイト粒界に偏析して粒界を脆化させる。そのため、鋼板に打抜き加工を施すと、ボイドの生成量が増加し、穴広げ性の低下を招く。
したがって、P含有量は、0.001%以上0.100%以下とする。P含有量は、好ましくは0.030%以下である。
【0041】
S:0.0200%以下
Sは、鋼中で硫化物として存在する。特に、S含有量が0.0200%を超えると、鋼板の極限変形能が低下する。そのため、鋼板に打抜き加工を施すと、ボイドの生成量が増加し、穴広げ性の低下を招く。
したがって、S含有量は0.0200%以下とする。S含有量は、好ましくは0.0080%以下である。なお、S含有量の下限は特に規定しないが、生産技術上の制約から、S含有量は0.0001%以上とすることが好ましい。
【0042】
Al:0.010%以上2.000%以下
Alは、炭化物生成を抑制するとともに、残留オーステナイトの生成を促進する。すなわち、Alは、残留オーステナイトの面積率および残留オーステナイト中の炭素濃度に影響を及ぼす元素である。このような効果を得るために、Al含有量を0.010%以上とする。一方、Al含有量が2.000%を超えると、フェライトの面積率が過度に増加して、TSを590MPa以上とすることが困難になる。
したがって、Alの含有量は、0.010%以上2.000%以下とする。Al含有量は、好ましくは、0.015%以上である。また、Al含有量は、好ましくは1.000%以下である。
【0043】
N:0.0100%以下
Nは、鋼中で窒化物として存在する。特に、N含有量が0.0100%を超えると、鋼板の極限変形能が低下する。そのため、鋼板に打抜き加工を施すと、ボイドの生成量が増加し、穴広げ性の低下を招く。
したがって、N含有量は0.0100%以下とする。また、N含有量は、好ましくは0.0050%以下である。なお、N含有量の下限は特に規定しないが、生産技術上の制約から、N含有量は0.0005%以上が好ましい。
【0044】
炭素当量Ceq:0.540%未満
炭素当量CeqはTSに影響を与える。特に、炭素当量Ceqが0.540%以上になると、TSを980MPa未満とすることが困難となる。また、優れた延性、穴広げ性、局部延性および加工硬化能を同時に得ることが困難となる。したがって、炭素当量Ceqは0.540%未満とする。また、炭素当量Ceqは、好ましくは0.535%以下、より好ましくは0.534%以下、さらに好ましくは0.530%以下である。
ここで、炭素当量Ceqは、以下の式により定義される。
炭素当量Ceq=[C%]+([Si%]/24)+([Mn%]/6)+([Ni%]/40)+([Cr%]/5)+([Mo%]/4)+([V%]/14)
なお、上記した式中の[元素記号%]は、下地鋼板の成分組成における当該元素の含有量(質量%)を表す。また、下地鋼板の成分組成に含有されない元素は0として計算する。
【0045】
本発明の亜鉛めっき鋼板の下地鋼板は、上記の成分を含有し、残部のFe(鉄)および不可避的不純物を含む成分組成を有する。特に、本発明の一実施形態に従う亜鉛めっき鋼板の下地鋼板は、上記の成分を含有し、残部がFeおよび不可避的不純物からなる成分組成を有することが好ましい。
【0046】
以上、本発明の一実施形態に従う亜鉛めっき鋼板の下地鋼板の基本成分組成について説明したが、さらに、
Ti:0.200%以下、
Nb:0.200%以下、
V:0.100%以下、
B:0.0100%以下、
Cu:1.000%以下、
Cr:1.000%以下、
Ni:1.000%以下、
Mo:0.500%以下、
Sb:0.200%以下、
Sn:0.200%以下、
Ta:0.100%以下、
W:0.500%以下、
Mg:0.0200%以下、
Zn:0.0200%以下、
Co:0.0200%以下、
Zr:0.0200%以下、
Ca:0.0200%以下、
Ce:0.0200%以下、
Se:0.0200%以下、
Te:0.0200%以下、
Ge:0.0200%以下、
As:0.0200%以下、
Sr:0.0200%以下、
Cs:0.0200%以下、
Hf:0.0200%以下、
Pb:0.0200%以下、
Bi:0.0200%以下および
REM:0.0200%以下
のうちから選ばれる少なくとも1種を含有させることができる。なお、上記の任意添加元素を後述する好適な下限値未満で含む場合、当該元素は不可避的不純物として含まれるものとする。
【0047】
Ti:0.200%以下
Tiは、熱間圧延時や焼鈍時に、微細な炭化物、窒化物または炭窒化物を形成することによって、TSを上昇させる。このような効果を得るためには、Ti含有量を0.001%以上とすることが好ましい。Ti含有量は、より好ましくは0.005%以上である。一方、Ti含有量が0.200%を超えると、粗大な析出物や介在物が多量に生成する場合がある。このような場合に、鋼板中に拡散性水素が存在すると、粗大な析出物や介在物が穴広げ試験時に亀裂の起点となる、すなわち、穴広げ性の低下を招くおそれがある。したがって、Tiを含有させる場合、Ti含有量は0.200%以下が好ましい。Ti含有量は、より好ましくは0.060%以下である。
【0048】
Nb:0.200%以下
Nbは、Tiと同様、熱間圧延時や焼鈍時に、微細な炭化物、窒化物または炭窒化物を形成することによって、TSを上昇させる。このような効果を得るためには、Nb含有量を0.001%以上とすることが好ましい。Nb含有量は、より好ましくは0.005%以上である。一方、Nb含有量が0.200%を超えると、粗大な析出物や介在物が多量に生成する場合がある。このような場合に、鋼板中に拡散性水素が存在すると、粗大な析出物や介在物が穴広げ試験時に亀裂の起点となる、すなわち、穴広げ性の低下を招くおそれがある。したがって、Nbを含有させる場合、Nb含有量は0.200%以下が好ましい。Nb含有量は、より好ましくは0.060%以下である。
【0049】
V:0.100%以下
Vは、TiやNbと同様、熱間圧延時や焼鈍時に、微細な炭化物、窒化物または炭窒化物を形成することによって、TSを上昇させる。このような効果を得るためには、V含有量を0.001%以上とすることが好ましい。V含有量は、より好ましくは0.005%以上である。一方、V含有量が0.100%を超えると、粗大な析出物や介在物が多量に生成する場合がある。このような場合に、鋼板中に拡散性水素が存在すると、粗大な析出物や介在物が穴広げ試験時に亀裂の起点となる、すなわち、穴広げ性の低下を招くおそれがある。したがって、Vを含有させる場合、V含有量は0.100%以下が好ましい。V含有量は、より好ましくは0.060%以下である。
【0050】
B:0.0100%以下
Bは、オーステナイト粒界に偏析することにより、焼入れ性を高める元素である。また、Bは、焼鈍後の冷却時に、フェライトの生成および粒成長を抑制する元素である。このような効果を得るためには、B含有量を0.0001%以上にすることが好ましい。B含有量は、より好ましくは0.0002%以上である。一方、B含有量が0.0100%を超えると、熱間圧延時に鋼板内部に割れが生じ、鋼板の極限変形能を低下させるおそれがある。また、鋼板の極限変形能の低下に伴い、鋼板に打抜き加工を施した際のボイドの生成量が増加し、穴広げ性の低下を招く。したがって、Bを含有させる場合、B含有量は0.0100%以下とすることが好ましい。B含有量は、より好ましくは0.0050%以下である。
【0051】
Cu:1.000%以下
Cuは、焼入れ性を高める元素である。特に、Cuは、硬質なフレッシュマルテンサイトなどの面積率をより好適な範囲に調整し、これにより、TSをより好適な範囲に調整するために有効な元素である。このような効果を得るためには、Cu含有量を0.005%以上にすることが好ましい。Cu含有量は、より好ましくは0.020%以上である。一方、Cu含有量が1.000%を超えると、フレッシュマルテンサイトの面積率が過度に増加し、TSが過剰に高くなる。また、粗大な析出物や介在物が多量に生成する場合がある。このような場合に、鋼板中に拡散性水素が存在すると、粗大な析出物や介在物が引張試験時に亀裂の起点となる、すなわち、穴広げ性の低下を招くおそれがある。したがって、Cuを含有させる場合、Cu含有量は1.000%以下とすることが好ましい。Cuの含有量は、より好ましくは0.200%以下である。
【0052】
Cr:1.000%以下
Crは、焼入れ性を高める元素である、また、Crは、残留オーステナイトやフレッシュマルテンサイトを生成させるために有効な元素である。このような効果を得るためには、Cr含有量は0.0005%以上にすることが好ましい。特に、TSをより好適な範囲とする観点から、Cr含有量は0.010%以上がより好ましい。一方、Cr含有量が1.000%を超えると、硬質なフレッシュマルテンサイトの面積率が過度に増加し、穴広げ性の低下を招くおそれがある。したがって、Crを含有させる場合、Cr含有量は1.000%以下にすることが好ましい。また、Cr含有量は、より好ましくは0.250%以下、さらに好ましくは0.100%以下である。
【0053】
Ni:1.000%以下
Niは、焼入れ性を高める元素である。また、Niは、残留オーステナイトやフレッシュマルテンサイトの面積率をより好適な範囲に調整し、これにより、TSをより好適な範囲に調整するために有効な元素である。このような効果を得るためには、Ni含有量を0.005%以上にすることが好ましい。Ni含有量は、より好ましくは、0.020%以上である。一方、Niの含有量が1.000%を超えると、フレッシュマルテンサイトの面積率が過度に増加し、延性や成形時の寸法精度が低下するおそれがある。また、粗大な析出物や介在物が多量に生成する場合がある。このような場合に、鋼板中に拡散性水素が存在すると、粗大な析出物や介在物が穴広げ試験時に亀裂の起点となる、すなわち、穴広げ性の低下を招くおそれがある。したがって、Niを含有させる場合、Ni含有量は1.000%以下とすることが好ましい。Ni含有量は、より好ましくは0.800%以下である。
【0054】
Mo:0.500%以下
Moは、焼入れ性を高める元素である。また、Moは、硬質なフレッシュマルテンサイトなどを生成させるために有効な元素である。このような効果を得るためには、Mo含有量を0.010%以上にすることが好ましい。Mo含有量は、より好ましくは、0.030%以上である。一方、Mo含有量が0.500%を超えると、フレッシュマルテンサイトの面積率が過度に増加し、穴広げ性の低下を招くおそれがある。したがって、Moを含有させる場合、Mo含有量は0.500%以下にすることが好ましい。Mo含有量は、より好ましくは0.450%以下、さらに好ましくは0.400%以下である。
【0055】
Sb:0.200%以下
Sbは、焼鈍中の鋼板表面近傍でのCの拡散を抑制し、鋼板表面近傍における軟質層の形成を制御するために有効な元素である。このような効果を得るためには、Sb含有量を0.002%以上とすることが好ましい。Sb含有量は、より好ましくは0.005%以上である。一方、Sb含有量が0.200%を超えると、鋼板表面近傍に軟質層が形成されず、穴広げ性の低下を招くおそれがある。したがって、Sbを含有させる場合、Sb含有量は0.200%以下にすることが好ましい。Sb含有量は、より好ましくは0.020%以下である。
【0056】
Sn:0.200%以下
Snは、Sbと同様、焼鈍中の鋼板表面近傍でのCの拡散を抑制し、鋼板表面近傍における軟質層の形成を制御するために有効な元素である。このような効果を得るためには、Sn含有量を0.002%以上とすることが好ましい。Sn含有量は、より好ましくは0.005%以上である。一方、Sn含有量が0.200%を超えると、鋼板表面近傍に軟質層が形成されず、穴広げ性の低下を招くおそれがある。したがって、Snを含有させる場合、Sn含有量は0.200%以下にすることが好ましい。Sn含有量は、より好ましくは0.020%以下である。
【0057】
Ta:0.100%以下
Taは、Ti、NbおよびVと同様に、熱間圧延時や焼鈍時に、微細な炭化物、窒化物または炭窒化物を形成することによって、TSを上昇させる。加えて、Taは、Nb炭化物やNb炭窒化物に一部固溶し、(Nb,Ta)(C,N)のような複合析出物を生成する。これにより、析出物の粗大化を抑制し、析出強化を安定化させる。これにより、TSを向上させる。このような効果を得るためには、Ta含有量を0.001%以上とすることが好ましい。一方、Ta含有量が0.100%を超えると、粗大な析出物や介在物が多量に生成する場合がある。このような場合に、鋼板中に拡散性水素が存在すると、粗大な析出物や介在物が穴広げ試験時に亀裂の起点となる、すなわち、穴広げ性の低下を招くおそれがある。したがって、Taを含有させる場合、Ta含有量は0.100%以下が好ましい。
【0058】
W:0.500%以下
Wは、焼入れ性を高め、TSをより好適な範囲に調整するために有効な元素である。このような効果を得るためには、W含有量を0.001%以上とすることが好ましい。W含有量は、より好ましくは0.030%以上である。一方、W含有量が0.500%を超えると、硬質なフレッシュマルテンサイトの面積率が過度に増加して、穴広げ性の低下を招くおそれがある。したがって、Wを含有させる場合、W含有量は0.500%以下にすることが好ましい。W含有量は、より好ましくは0.450%以下、さらに好ましくは0.400%以下である。
【0059】
Mg:0.0200%以下
Mgは、硫化物や酸化物などの介在物の形状を球状化して、鋼板の極限変形能、さらには穴広げ性を向上させるために有効な元素である。このような効果を得るためには、Mg含有量を0.0001%以上とすることが好ましい。一方、Mg含有量が0.0200%を超えると、粗大な析出物や介在物が多量に生成する場合がある。このような場合に、鋼板中に拡散性水素が存在すると、粗大な析出物や介在物が穴広げ試験時に亀裂の起点となる、すなわち、穴広げ性の低下を招くおそれがある。したがって、Mgを含有させる場合、Mg含有量は0.0200%以下とすることが好ましい。
【0060】
Zn:0.0200%以下
Znは、介在物の形状を球状化して、鋼板の極限変形能、さらには穴広げ性を向上させるために有効な元素である。このような効果を得るためには、Zn含有量は、0.0010%以上にすることが好ましい。一方、Zn含有量が0.0200%を超えると、粗大な析出物や介在物が多量に生成する場合がある。このような場合に、鋼板中に拡散性水素が存在すると、粗大な析出物や介在物が穴広げ試験時に亀裂の起点となる、すなわち、穴広げ性の低下を招くおそれがある。したがって、Znを含有させる場合、Zn含有量は0.0200%以下とすることが好ましい。
【0061】
Co:0.0200%以下
Coは、Znと同様、介在物の形状を球状化して、鋼板の極限変形能、さらには穴広げ性を向上させるために有効な元素である。このような効果を得るためには、Co含有量は、0.0010%以上にすることが好ましい。一方、Co含有量が0.0200%を超えると、粗大な析出物や介在物が多量に生成する場合がある。このような場合に、鋼板中に拡散性水素が存在すると、粗大な析出物や介在物が穴広げ試験時に亀裂の起点となる、すなわち、穴広げ性の低下を招くおそれがある。したがって、Coを含有させる場合、Co含有量は0.0200%以下とすることが好ましい。
【0062】
Zr:0.0200%以下
Zrは、ZnおよびCoと同様、介在物の形状を球状化して、鋼板の極限変形能、さらには穴広げ性を向上させるために有効な元素である。このような効果を得るためには、Zr含有量は、0.0010%以上にすることが好ましい。一方、Zr含有量が0.0200%を超えると、粗大な析出物や介在物が多量に生成する場合がある。このような場合に、鋼板中に拡散性水素が存在すると、粗大な析出物や介在物が穴広げ試験時に亀裂の起点となる、すなわち、穴広げ性の低下を招くおそれがある。したがって、Zrを含有させる場合、Zr含有量は0.0200%以下とすることが好ましい。
【0063】
Ca:0.0200%以下、
Caは、鋼中で介在物として存在する。ここで、Ca含有量が0.0200%を超えると、粗大な介在物が多量に生成する場合がある。このような場合に、鋼板中に拡散性水素が存在すると、粗大な介在物が穴広げ試験時に亀裂の起点となる、すなわち、穴広げ性の低下を招くおそれがある。したがって、Caを含有させる場合、Ca含有量は0.0200%以下にすることが好ましい。Ca含有量は、好ましくは0.0020%以下である。なお、Ca含有量の下限は特に限定されるものではないが、Ca含有量は0.0005%以上が好ましい。また、生産技術上の制約から、Ca含有量は0.0010%以上がより好ましい。
【0064】
Ce:0.0200%以下、Se:0.0200%以下、Te:0.0200%以下、Ge:0.0200%以下、As:0.0200%以下、Sr:0.0200%以下、Cs:0.0200%以下、Hf:0.0200%以下、Pb:0.0200%以下、Bi:0.0200%以下およびREM:0.0200%以下
Ce、Se、Te、Ge、As、Sr、Cs、Hf、Pb、BiおよびREMはいずれも、鋼板の局部延性、さらには穴広げ性を向上させるために有効な元素である。このような効果を得るためには、Ce、Se、Te、Ge、As、Sr、Cs、Hf、Pb、BiおよびREMの含有量はそれぞれ0.0001%以上にすることが好ましい。一方、Ce、Se、Te、Ge、As、Sr、Cs、Hf、Pb、BiおよびREMの含有量がそれぞれ0.0200%を超えると、粗大な析出物や介在物が多量に生成する場合がある。このような場合に、鋼板中に拡散性水素が存在すると、粗大な析出物や介在物が穴広げ試験時に亀裂の起点となる、すなわち、穴広げ性の低下を招くおそれがある。したがって、Ce、Se、Te、Ge、As、Sr、Cs、Hf、Pb、BiおよびREMのうちの少なくとも1種を含有させる場合、その含有量はそれぞれ0.0200%以下とすることが好ましい。
【0065】
上記以外の元素は、Feおよび不可避的不純物である。
すなわち、本発明の一実施形態に従う亜鉛めっき鋼板の下地鋼板は、
質量%で、
C:0.040%以上0.400%以下、
Si:0.20%以上3.00%以下、
Mn:1.00%以上2.80%未満、
P:0.001%以上0.100%以下、
S:0.0200%以下、
Al:0.010%以上2.000%以下および
N:0.0100%以下
であり、炭素当量Ceqが0.540%未満であり、
任意に、
Ti:0.200%以下、
Nb:0.200%以下、
V:0.100%以下、
B:0.0100%以下、
Cu:1.000%以下、
Cr:1.000%以下、
Ni:1.000%以下、
Mo:0.500%以下、
Sb:0.200%以下、
Sn:0.200%以下、
Ta:0.100%以下、
W:0.500%以下、
Mg:0.0200%以下、
Zn:0.0200%以下、
Co:0.0200%以下、
Zr:0.0200%以下、
Ca:0.0200%以下、
Ce:0.0200%以下、
Se:0.0200%以下、
Te:0.0200%以下、
Ge:0.0200%以下、
As:0.0200%以下、
Sr:0.0200%以下、
Cs:0.0200%以下、
Hf:0.0200%以下、
Pb:0.0200%以下、
Bi:0.0200%以下および
REM:0.0200%以下
のうちから選ばれる少なくとも1種を含有し、残部がFeおよび不可避的不純物である、成分組成を有する。
【0066】
つぎに、本発明の一実施形態に従う亜鉛めっき鋼板の下地鋼板の鋼組織について説明する。
本発明の一実施形態に従う亜鉛めっき鋼板の下地鋼板の鋼組織は、
フェライトの面積率:35.0%以上95.0%以下、
ベイニティックフェライトの面積率:1.0%以上40.0%以下、
焼戻しマルテンサイトの面積率:50.0%以下(0%を含む)、
残留オーステナイトの面積率:1.5%以上、
フレッシュマルテンサイトの面積率:20.0%以下(0%を含む)、
BF+STM+2×SMA:10.0%以上65.0%未満、
BF+STM:3.0%以上60.0%以下、
MA1/SMA:0.40以下、および
IDR[%Cγ]:0.16%以上
である、鋼組織である。
ここで、
BF:前記ベイニティックフェライトの面積率
TM:前記焼戻しマルテンサイトの面積率
MA:前記残留オーステナイトおよび前記フレッシュマルテンサイトからなる硬質第二相の面積率
MA1:前記硬質第二相を構成する島状領域のうち、面積を最大フェレ径で除した値が1.0μm以上である島状領域の合計の面積率
IDR[%Cγ]:前記残留オーステナイト中の固溶C濃度分布の90パーセンタイル値と10パーセンタイル値の差
である。
以下、それぞれの限定理由について説明する。
【0067】
フェライトの面積率:35.0%以上95.0%以下
軟質なフェライトは、延性および加工硬化能を向上させる相である。高い延性と加工硬化能を確保する観点から、フェライトの面積率は35.0%以上とする。フェライトの面積率は、好ましくは40.0%以上、より好ましくは45.0%以上である。また、590MPa以上のTSを確保する観点から、フェライトの面積率は95.0%以下とする。フェライトの面積率は、好ましくは85.0%以下、より好ましくは80.0%以下である。
【0068】
ベイニティックフェライトの面積率:1.0%以上40.0%以下
ベイニティックフェライトは、フェライトが生成し、未変態オーステナイトへCやMnなどが濃化した後に生成する相である。また、ベイニティックフェライトは、軟質なフェライトと硬質なフレッシュマルテンサイトなどとの中間の硬度を持ち、良好な延性および穴広げ性を確保するために重要な相でもある。加えて、ベイニティックフェライトは、ベイニティックフェライトから未変態オーステナイトへのさらなるCの拡散を活用して、適正量の残留オーステナイトの確保、および高いIDR[%Cγ]を得るためにも有用な相である。そのため、ベイニティックフェライトの面積率は1.0%以上とする。また、ベイニティックフェライトの面積率は、好ましくは2.0%以上、より好ましくは5.0%以上である。一方、ベイニティックフェライトの面積率が過度に増加すると、却って延性および穴広げ性が低下する。そのため、ベイニティックフェライトの面積率は40.0%以下とする。また、ベイニティックフェライトの面積率は、好ましくは35.0%以下である。
【0069】
焼戻しマルテンサイトの面積率:50.0%以下(0%を含む)
焼戻しマルテンサイトは、軟質なフェライトと硬質なフレッシュマルテンサイトなどとの中間の硬度を持ち、良好な穴広げ性を確保するための相である。ただし、良好な延性を確保する観点から、焼戻しマルテンサイトの面積率は50.0%以下とする。また、焼戻しマルテンサイトの面積率は、好ましくは45.0%以下である。なお、焼戻しマルテンサイトの面積率の下限については特に限定されず、0%であってもよい。焼戻しマルテンサイトの面積率は、780MPa≦TS<980MPaの場合、好ましくは5.0%以上、より好ましくは10.0%以上である。また、焼戻しマルテンサイトの面積率は、590MPa≦TS<780MPaの場合、好ましくは0.1%以上、より好ましくは0.2%以上である。
【0070】
残留オーステナイトの面積率:1.5%以上
良好な延性を得る観点から、残留オーステナイトの面積率は1.5%以上とする。残留オーステナイトの面積率は、好ましくは2.0%以上、より好ましくは2.5%以上、さらに好ましくは3.0%以上である。なお、残留オーステナイトの面積率の上限については特に限定されないが、残留オーステナイトの面積率は20.0%以下が好ましい。
【0071】
フレッシュマルテンサイトの面積率:20.0%以下(0%を含む)
良好な穴広げ性を確保する観点から、フレッシュマルテンサイトの面積率は20.0%以下とする。なお、フレッシュマルテンサイトの面積率の下限については特に限定されず、0%であってもよい。また、590MPa以上のTSを確保する観点から、フレッシュマルテンサイトの面積率は2.0%以上が好ましい。
なお、フレッシュマルテンサイトとは、焼入れままの(焼戻しを受けていない)マルテンサイトである。
【0072】
なお、上記以外の残部組織の面積率は10.0%以下とすることが好ましい。残部組織の面積率は、より好ましくは5.0%以下である。また、残部組織の面積率は0%であってもよい。
なお、残部組織としては、特に限定されず、例えば、下部ベイナイトやパーライト、セメンタイトなどの炭化物が挙げられる。なお、残部組織の種類は、例えば、SEM(Scanning Electron Microscope;走査電子顕微鏡)による観察で確認することができる。
【0073】
ここで、フェライト、ベイニティックフェライト、焼戻しマルテンサイトおよび硬質第二相(残留オーステナイト+フレッシュマルテンサイト)の面積率は、下地鋼板の板厚1/4位置において、以下のように測定する。
すなわち、下地鋼板の圧延方向に平行な板厚断面が観察面となるように、下地鋼板から試料を切り出す。ついで、ダイヤモンドペーストを用いて試料の観察面を鏡面研磨する。ついで、試料の観察面にコロイダルシリカを用いて仕上げ研磨を施したのち、3vol.%ナイタールでエッチングして組織を現出させる。
そして、SEM(Scanning Electron Microscope;走査電子顕微鏡)により、加速電圧:15kV、倍率:5000倍の条件で、試料の観察面の25.6μm×17.6μmの視野を5視野観察する。
得られた組織画像(例えば、図1(A)参照)から、以下のようにして、フェライト、ベイニティックフェライト、焼戻しマルテンサイトおよび硬質第二相(残留オーステナイト+フレッシュマルテンサイト)を同定する。
フェライト:黒色を呈した領域であり、形態は塊状である。また、鉄系炭化物をほとんど内包しない。ただし、鉄系炭化物を内包する場合は、フェライトの面積に鉄系炭化物の面積も含むものとする。また、後述するベイニティックフェライトおよび焼戻しマルテンサイトについても同様である。
ベイニティックフェライト:黒色から濃い灰色を呈した領域であり、形態は塊状や不定形などである。また、鉄系炭化物を内包しないか、比較的少数内包する。
焼戻しマルテンサイト:灰色を呈した領域であり、形態は不定形である。また、鉄系炭化物を比較的多数内包する。
硬質第二相(残留オーステナイト+フレッシュマルテンサイト):白色から薄い灰色を呈する領域であり、形態は不定形である。また、鉄系炭化物を内包しない。なお、サイズが比較的大きい場合には、他組織との界面から離れるにつれて次第に色が濃くなり、内部は濃い灰色を呈する場合がある。
残部組織:上述した下部ベイナイトやパーライト、セメンタイトなどの炭化物が挙げられ、これらの形態等は公知のとおりである。
【0074】
ついで、組織画像において同定した各相の領域を、Adobe Systems社のAdobe Photoshopを用いて色分け(4値化画像化)し(例えば、図1(B)参照)、各相の面積を算出する。ついで、各相の面積(相ごとの合計の面積)を観察領域の面積(25.6μm×17.6μm)で除し、100を乗じた値を5視野分算出する。そして、それらの値の平均値を、各相(フェライト、ベイニティックフェライト、焼戻しマルテンサイトおよび硬質第二相)の面積率とする。なお、図1(A)は、試料の観察領域(25.6μm×17.6μm)の1視野から、上記の説明のためにその一部を抽出したものである。
【0075】
また、残留オーステナイトの面積率は、以下のように測定する。
すなわち、下地鋼板を板厚方向(深さ方向)に板厚の1/4位置まで機械研削した後、シュウ酸による化学研磨を行い、観察面とする。ついで、観察面を、X線回折法により観察する。入射X線にはCoKα線を使用し、bcc鉄の(200)、(211)および(220)各面の回折強度に対するfcc鉄(オーステナイト)の(200)、(220)および(311)各面の回折強度の比を求め、各面の回折強度の比から、残留オーステナイトの体積率を算出する。そして、残留オーステナイトが三次元的に均質であるとみなして、残留オーステナイトの体積率を、残留オーステナイトの面積率とする。
【0076】
また、フレッシュマルテンサイトの面積率は、上記のようにして求めた硬質第二相の面積率から、残留オーステナイトの面積率を減じることにより求める。
[フレッシュマルテンサイトの面積率(%)]=[硬質第二相の面積率(%)]-[残留オーステナイトの面積率(%)]
【0077】
また、残部組織の面積率は、100%から上記のようにして求めたフェライトの面積率、ベイニティックフェライトの面積率、焼戻しマルテンサイトの面積率、硬質第二相の面積率を減じることにより求める。
[残部組織の面積率(%)]=100-[フェライトの面積率(%)]-[ベイニティックフェライトの面積率(%)]-[焼戻しマルテンサイトの面積率(%)]-[硬質第二相の面積率(%)]
【0078】
BF+STM+2×SMA:10.0%以上65.0%未満
TSを980MPa未満とし、優れた延性、穴広げ性、局部延性および加工硬化能を確保する観点から、SBF+STM+2×SMAは65.0%未満とする。SBF+STM+2×SMAは、好ましくは63.0%未満である。一方、590MPa以上のTSを確保する観点から、SBF+STM+2×SMAは10.0%以上とする。SBF+STM+2×SMAは、好ましくは15.0%以上である。
ここで、
BF:ベイニティックフェライトの面積率
TM:焼戻しマルテンサイトの面積率
MA:残留オーステナイトおよびフレッシュマルテンサイトからなる硬質第二相の面積率
である。
【0079】
BF+STM:3.0%以上60.0%以下
ベイニティックフェライトおよび焼戻しマルテンサイトは、軟質なフェライトと硬質なフレッシュマルテンサイトなどとの中間の硬度を持ち、良好な延性、穴広げ性および局部延性を確保するために重要な相である。良好な延性、穴広げ性および局部延性を確保する観点から、SBF+STMは3.0%以上とする。また、ベイニティックフェライトおよび焼戻しマルテンサイトが過度に増加すると、却って延性が低下する。そのため、SBF+STMは60.0%以下とする。
【0080】
MA1/SMA:0.40以下
残留オーステナイトおよびフレッシュマルテンサイトからなる硬質第二相(以下、MAともいう。)は、複数の島状領域から構成される。このような島状領域のうち、面積を最大フェレ径で除した値が1.0μm以上である島状領域(以下、MA1ともいう。)は、穴広げ性や局部延性を低下させる。また、MA1は、固溶C濃度が低い。すなわち、MA1中に含まれる残留オーステナイトは、その安定性が低い。そのため、MA1は、良好な延性の確保に寄与しない。よって、硬質第二相の面積率に対するMA1の面積率の比であるSMA1/SMAは、0.40以下とする。SMA1/SMAは、好ましくは0.35以下、より好ましくは0.30以下である。なお、SMA1/SMAの下限は特に限定されず、0であってもよい。
なお、個々の島状領域は、硬質第二相以外の相により、他の硬質第二相の島状領域と分離される(個々の島状領域は、その全周が硬質第二相以外の相と接する)。また、個々の島状領域の具体的な形状については特に限定されず、例えば円形、楕円形、多角形、アメーバ形(複数の不規則方向に延伸した形状)などのいずれであってもよい。
【0081】
ここで、SMA1は、以下のようにして測定する。
すなわち、前述の要領により、組織画像(例えば、図1(A)参照)において、フェライト、ベイニティックフェライト、焼戻しマルテンサイトおよび硬質第二相(残留オーステナイト+フレッシュマルテンサイト)を同定する。ついで、Adobe Systems社のAdobe Photoshopを用いて各相を色分け(4値化画像化)した後、硬質第二相の島状領域を抽出する。ついで、オープンソースのImageJを用いて、抽出した各島状領域の面積および最大フェレ径を求め、各島状領域の面積を最大フェレ径で除する。そして、各島状領域の面積を最大フェレ径で除した値から、各島状領域をMA1とそれ以外のものに分類し、MA1に分類された島状領域の合計の面積を算出する。なお、図1(C)は、抽出した硬質第二相の各島状領域をMA1とそれ以外のものに分類して色分けしたものの一例である。ついで、MA1に分類された島状領域の合計の面積を観察領域の面積(25.6μm×17.6μm)で除し、100を乗じた値(面積率)を5視野分算出する。そして、MA1の5視野分の値(面積率)の平均値を、SMA1とする。
なお、最大フェレ径とは、島状領域の対向する輪郭線に接した平行する直線間の最大距離である。また、図1(A)~(C)はそれぞれ、試料の観察領域(25.6μm×17.6μm)の1視野から、上記の説明のためにその一部を抽出したものである。
【0082】
IDR[%Cγ]:0.16%以上
鋼板の成形性は、残留オーステナイトの安定性、特に、残留オーステナイト中の固溶C濃度に大きく影響される。すなわち、固溶C濃度が高い残留オーステナイトは、鋼板に加工などによる変形が生じる際に、硬質なマルテンサイトに変態する。これにより、歪みを分散させて、局部延性を向上させる。一方、良好な加工硬化能を得る観点から、残留オーステナイトの固溶C濃度の分布の分散が大きいことが好ましい。発明者らが種々検討を重ねた結果、これらを総合的に評価する指標として、IDR[%Cγ]を用いることが有効であることを突き止めた。IDR[%Cγ]とは、残留オーステナイト中の固溶C濃度分布の90パーセンタイル値と10パーセンタイル値の差、換言すれば、残留オーステナイト中の固溶C濃度分布の十分位範囲(IDR:Interdecile range)である。ここで、IDR[%Cγ]が0.16%以上であると、良好な局部延性に加え、良好な加工硬化能も得られる。そのため、IDR[%Cγ]は0.16%以上とする。IDR[%Cγ]は、好ましくは0.18%以上、より好ましくは0.20%以上である。なお、IDR[%Cγ]の上限については特に限定されるものではない。ただし、残留オーステナイトが過度に安定になると、鋼板に加工などによる変形が生じる際に、割れが発生するまで残留オーステナイトがマルテンサイト変態することなく残ってしまう場合がある。そのため、IDR[%Cγ]は、好ましくは0.50%以下、より好ましくは0.40%以下である。
【0083】
ここで、IDR[%Cγ]は、以下のようにして測定する。
すなわち、前述の組織画像と同視野(25.6μm×17.6μm)において、電解放出型電子線プローブマイクロアナライザー(以下、FE-EPMAともいう。)を用いて、下地鋼板のC濃度の二次元分布を5視野測定する。なお、FE-EPMAによる測定は、仕上げ研磨後でエッチング前に行う。また、FE-EPMAによる測定をより広い視野で行い、後の手順で組織画像と同視野の領域(25.6μm×17.6μm)を抽出してもよい。C濃度の二次元分布の定量精度は0.020%以下、分解能は0.10μm以下とする。ステップサイズは0.05μmとし、5視野全てで同じステップサイズにより視野全域にわたって均等な格子状にC濃度の点分析を行う。ついで、C濃度の測定点1点ずつのデータを5視野分統合する。そして、統合したデータから、C濃度が(100-Sγ)パーセンタイル値以上となるデータを抽出し、抽出したデータを、残留オーステナイトの固溶C濃度の測定点データとして残留オーステナイト中の固溶C濃度分布を得る。ここで、Sγは前述の測定方法にて測定した残留オーステナイトの面積率(%)である。ただし、同視野の組織画像から、残留オーステナイトおよびフレッシュマルテンサイト以外に、炭化物やパーライトなどのC濃度が高い組織が存在すると判断される場合には、C濃度の測定点1点ずつのデータを5視野分統合する前に、当該C濃度が高い組織が占める領域での測定点データを負の値(例えば、-1)に置換する。これによって、当該C濃度が高い組織での測定点データを、残留オーステナイトの固溶C濃度の測定点データから除外する。なお、フェライト、ベイニティックフェライト、焼戻しマルテンサイトおよびフレッシュマルテンサイトは、残留オーステナイトと比較してC濃度が低い。そのため、C濃度の測定点の全データからC濃度が(100-Sγ)パーセンタイル値以上となるデータのみを抽出することによって、上記の相(フェライト、ベイニティックフェライト、焼戻しマルテンサイトおよびフレッシュマルテンサイト)での測定点データが、実質的に残留オーステナイトの固溶C濃度の測定点データから除外される。
ついで、残留オーステナイトの固溶C濃度の測定点データ(残留オーステナイト中の固溶C濃度分布)の90パーセンタイル値および10パーセンタイル値を求め、これらの差を取ることにより、IDR[%Cγ]を求める。
なお、ここでいうパーセンタイル値とは、JIS Z 8101におけるパーセンタイルのことである。
【0084】
また、本発明の一実施形態に従う亜鉛めっき鋼板の下地鋼板では、拡散性水素量を0.50質量ppm以下とすることが好適である。
【0085】
下地鋼板の拡散性水素量:0.50質量ppm以下
より優れた穴広げ性を得る観点から、下地鋼板の拡散性水素量は0.50質量ppm以下とすることが好ましい。また、下地鋼板の拡散性水素量は、より好ましくは0.35質量ppm以下である。なお、下地鋼板の拡散性水素量の下限は特に規定されず、0質量ppmであってもよい。また、生産技術上の制約から、下地鋼板の拡散性水素量は0.01質量ppm以上がより好ましい。
【0086】
ここで、下地鋼板の拡散性水素量は、以下のようにして測定する。
すなわち、亜鉛めっき鋼板から長さが30mm、幅が5mmの試験片を採取し、亜鉛めっき層をアルカリ除去する。ついで、昇温脱離分析法により、試験片から放出される水素量を測定する。具体的には、試験片を、室温から300℃までを昇温速度200℃/hで連続加熱した後、室温まで冷却する。この際、当該連続加熱における室温から210℃までの温度域で、試験片から放出される水素量(積算水素量)を測定する。そして、測定した水素量を、試験片(亜鉛めっき層除去後で、連続加熱前の試験片)の質量で除し、質量ppm単位に換算した値を、下地鋼板の拡散性水素量とする。
【0087】
なお、亜鉛めっき鋼板を成形加工や接合加工した後の製品(部材)については、一般的な使用環境おかれた該製品から試験片を切り出して上記と同様の要領で下地鋼板部分の拡散性水素量を測定し、その値が0.50質量ppm以下であれば、成形加工や接合加工をする前の素材段階の亜鉛めっき鋼板の下地鋼板の拡散性水素量も0.50質量ppm以下であったとみなせる。
【0088】
また、本発明の一実施形態に伴う亜鉛めっき鋼板は、脱炭層を有することが好ましい。特には、本発明の一実施形態に伴う亜鉛めっき鋼板の下地鋼板が、脱炭層を有することが好ましい。Siを含有する鋼板、特にSi含有量が多い鋼板を下地鋼板としためっき鋼板では、抵抗スポット溶接時の液体金属脆化(Liquid Metal Embrittlement:LME)による割れの発生が問題となる場合がある。ただし、亜鉛めっき鋼板が、特に下地鋼板の表層において脱炭層を有する場合、下地鋼板のSi含有量が多い場合においても、耐抵抗溶接割れ特性を向上させることができる。
【0089】
脱炭層の厚さ、換言すれば、下地鋼板の表面からの板厚方向深さは、好ましくは30μm以上、より好ましくは40μm以上である。脱炭層の厚さの上限は特に限定されないが、引張強さを良好な範囲内とするため、脱炭層の厚さは130μm以下とすることが好ましい。ここで、脱炭層は、下地鋼板のC濃度を下地鋼板の表面から板厚方向に分析し、C濃度が下地鋼板の成分組成のC含有量の80%以下である領域と定義し、脱炭層の厚さは当該領域の厚さと定義する。
【0090】
また、脱炭層の厚さは、断面加工した試料に対して、電子線マイクロアナライザ(Electron Probe Micro Analyzer:EPMA)を用いて、下地鋼板の表層付近の元素分布を面分析または線分析することで測定する。まず、樹脂埋めした亜鉛めっき鋼板を研磨し、圧延方向垂直断面を観察用に仕上げたのち、樹脂から取り出して測定用の試料とする。加速電圧は7kV、照射電流50nAとし、下地鋼板の最表層(表面)を含む300×300μmの範囲で、1μmステップで試料断面の面分析または線分析を行い、C強度の測定を実施する。この際、コンタミネーションを抑制するために、プラズマクリーナーにより、測定室および試料準備室の2か所にて、測定開始前に、試料の表面および周辺のハイドロカーボンの除去を行う。また、測定中のハイドロカーボンの蓄積を抑制するため、ステージ上で試料温度を最高100℃に加熱保持したまま、測定を行う。別途標準試料を測定して作製した検量線を用いて、C強度をC濃度(質量%)に換算する。コンタミネーション抑制の効果により、C検出下限が0.10質量%よりも十分低いことを確認する。使用した装置および前記コンタミネーション抑制の方法の詳細については、以下の参考文献1にて解説されているとおりである。
【0091】
参考文献1:山下ら「高精度FE-EPMAによる低炭素鋼の初析フェライト変態初期における炭素の分配」、鉄と鋼、Vol.103(2017) No.11.p14-20
ただし、測定時のコンタミネーション対策の必要性は、使用する機種やコンディションによるため、必ずしも上記構成は必須ではない。すなわち、測定条件は十分な精度が得られていることが確認できていればよく、測定条件は本発明の効果に本質的に関わるものではない。
【0092】
得られたC濃度マップにおいて、下地鋼板の表面から板厚方向のラインプロファイルを抽出し、それを下地鋼板表面並行方向に300点分平均化することで、C濃度の板厚方向のプロファイルを得る。得られたC濃度の板厚方向のプロファイルに対し、単純移動平均法による平滑化処理を行う。この際、平滑化点数は21点程度とすることが好ましい。続いて、平滑化処理後の強度プロファイルにおいて、C濃度が下地鋼板の成分組成のC含有量の80%以下となっている板厚方向の範囲を特定して、脱炭層の厚さとする。
【0093】
つぎに、本発明の一実施形態に従う亜鉛めっき鋼板の機械特性について、説明する。
【0094】
引張強さ(TS):590MPa以上980MPa未満
本発明の一実施形態に従う亜鉛めっき鋼板の引張強さは、590MPa以上とする。ただし、鋼板を過度に高強度化すると、優れた成形性の確保が困難となる。そのため、本発明の一実施形態に従う亜鉛めっき鋼板の引張強さは980MPa未満とする。
【0095】
なお、本発明の一実施形態に従う亜鉛めっき鋼板の破断伸び(T-El)、限界穴広げ率(λ)、局部伸び(L-El)、加工硬化指数(n値)および降伏応力(YS)については上述したとおりである。
【0096】
また、引張強さ(TS)、破断伸び(T-El)、局部伸び(L-El)、加工硬化指数(n値)および降伏応力(YS)は、実施例において後述するJIS Z 2241に準拠する引張試験により、測定する。限界穴広げ率(λ)は、実施例において後述するJIS Z 2256に準拠する穴広げ試験により、測定する。
【0097】
また、本発明の一実施形態に従う亜鉛めっき鋼板の亜鉛めっき層は、下地鋼板の一方の表面のみに設けてもよく、両面に設けてもよい。
なお、ここでいう亜鉛めっき層は、Znを主成分(Zn含有量が50%以上)とするめっき層を指し、例えば、溶融亜鉛めっき層や合金化溶融亜鉛めっき層が挙げられる。
ここで、溶融亜鉛めっき層は、例えば、Znと、20質量%以下のFe、0.001質量%以上1.0質量%以下のAlにより構成することが好適である。また、溶融亜鉛めっき層には、任意に、Pb、Sb、Si、Sn、Mg、Mn、Ni、Cr、Co、Ca、Cu、Li、Ti、Be、BiおよびREMからなる群から選ばれる1種または2種以上の元素を合計で0質量%以上3.5質量%以下含有させてもよい。また、溶融亜鉛めっき層のFe含有量は、より好ましくは7質量%未満である。なお、上記の元素以外の残部は、不可避的不純物である。
また、合金化溶融亜鉛めっき層は、例えば、20質量%以下のFe、0.001質量%以上1.0質量%以下のAlにより構成することが好適である。また、合金化溶融亜鉛めっき層には、任意に、Pb、Sb、Si、Sn、Mg、Mn、Ni、Cr、Co、Ca、Cu、Li、Ti、Be、BiおよびREMからなる群から選ばれる1種または2種以上の元素を合計で0質量%以上3.5質量%以下含有させてもよい。合金化溶融亜鉛めっき層のFe含有量は、より好ましくは7質量%以上、さらに好ましくは8質量%以上である。また、合金化溶融亜鉛めっき層のFe含有量は、より好ましくは15質量%以下、さらに好ましくは12質量%以下である。なお、上記の元素以外の残部は、不可避的不純物である。
【0098】
加えて、亜鉛めっき層の片面あたりのめっき付着量は、特に限定されるものではないが、20~80g/mとすることが好ましい。
【0099】
なお、亜鉛めっき層のめっき付着量は、以下のようにして測定する。
すなわち、10質量%塩酸水溶液1Lに対し、Feに対する腐食抑制剤(朝日化学工業(株)製「イビット700BK」(登録商標))を0.6g添加した処理液を調整する。ついで、該処理液に、供試材となる亜鉛めっき鋼板を浸漬し、亜鉛めっき層を溶解させる。そして、溶解前後での供試材の質量減少量を測定し、その値を、下地鋼板の表面積(めっきで被覆されていた部分の表面積)で除することにより、めっき付着量(g/m)を算出する。
【0100】
さらに、本発明の一実施形態に伴う亜鉛めっき鋼板は、下地鋼板と亜鉛めっき層の間の少なくとも一方において、亜鉛めっき層以外の金属めっき層を有していてもよい。金属めっき層は、耐抵抗溶接割れ特性の向上に寄与する。そして、金属めっき層の形成により、下地鋼板のSi含有量が多い場合においても、耐抵抗溶接割れを抑制することができる。金属めっき層により耐抵抗溶接割れ特性が向上するメカニズムは必ずしも明らかではないが、発明者らは、金属めっき層を下地鋼板と亜鉛めっき層の間、換言すれば、下地鋼板の表面に有する場合、金属めっき層が、抵抗スポット溶接時に亜鉛めっき層中の亜鉛が溶融して下地鋼板へと侵入するのを抑制するバリア層として働き、抵抗溶接割れが発生しにくくなるため、と考えている(亜鉛の侵入抑制効果)。なお、亜鉛めっき層が下地鋼板の両面に設けられている場合には、下地鋼板と亜鉛めっき層の間の一方のみに金属めっき層を有していてもよく、下地鋼板と亜鉛めっき層の間の両方に金属めっき層を有していてもよい。
【0101】
ここで、金属めっき層の付着量は、好ましくは0g/m超、より好ましくは2.0g/m以上である。金属めっき層の片面あたりの付着量の上限は特に限定されないが、コストの観点から、金属めっき層の付着量は60g/m以下とすることが好ましい。金属めっき層の付着量は、より好ましくは50g/m以下、さらに好ましくは40g/m以下、よりさらに好ましくは30g/m以下である。なお、ここでいう金属めっき層の付着量は、片面あたりのものである。
【0102】
金属めっき層の付着量は、以下のとおり測定する。すなわち、亜鉛めっき鋼板から10×15mmサイズの試料を採取して樹脂に埋め込み、断面埋め込み試料とする。同試料の断面の任意の3か所を、走査型電子顕微鏡(Scanning Electron Microscope;SEM)を用いて加速電圧15kVで、金属めっき層の厚みに応じて倍率2000~10000倍で観察し、当該3か所での金属めっき層の厚さを測定し、その平均値を算出する。ついで、算出した平均値に当該金属めっき層を構成する金属の比重を乗じることによって、金属めっき層の片面あたりの付着量に換算する。
【0103】
金属めっき層に用いる金属としては、Znよりも融点の高い金属が望ましく、例えばFeおよびNiなどの金属を使用することができる。また、前述の亜鉛侵入抑制効果に加え、以下の靭性低下抑制効果を期待できることから、Fe系めっき層であることが望ましい。
【0104】
すなわち、下地鋼板の表面近傍におけるSi量が多い場合には、溶接部で靭性が低下して溶接部における耐抵抗溶接割れ特性が劣化するものと考えられる。これに対し、Fe系めっき層を下地鋼板と亜鉛めっき層の間、つまり下地鋼板の表面に有する場合、Fe系めっき層が固溶Si欠乏層として働き、溶接部に固溶するSi量が減少する。これにより、溶接部の靭性の低下が抑制され、溶接部における耐抵抗溶接割れ特性が改善し得ると考えられる(靭性低下抑制効果)。また、Fe系めっき層は軟質層として機能し、抵抗スポット溶接時に鋼板表面に付与される応力を緩和する。これにより、溶接部の残留応力を低減し、耐抵抗溶接割れ特性を向上させることができ得ると考えられる(応力緩和効果)。
【0105】
Fe系めっき層としては、純Feのめっき層の他、例えば、Fe-B合金、Fe-C合金、Fe-P合金、Fe-N合金、Fe-O合金、Fe-Ni合金、Fe-Mn合金、Fe-Mo合金、Fe-W合金等の合金めっき層が挙げられる。Fe系めっき層の成分組成は、Fe含有量が50質量%以上であれば特に限定されないが、特には、Feおよび不可避的不純物からなる成分組成、または、B、C、P、N、O、Ni、Mn、Mo、Zn、W、Pb、Sn、Cr、VおよびCoからなる群から選ばれる1または2以上の元素を合計で10質量%以下含有し、残部がFeおよび不可避的不純物である成分組成が好ましい。Fe以外の元素を含有させる場合、それらの元素の含有量を合計で10質量%以下とすることにより、電解効率の低下を防ぎ、かつ、低コストでFe系めっき層、特にはFe系電気めっき層を形成することができる。なお、Fe-C合金の場合、C含有量は0.08質量%以下とすることが好ましい。
【0106】
また、本発明の一実施形態に伴う亜鉛めっき鋼板は、金属めっき層と脱炭層とを同時に有していてもよい(つまり、亜鉛めっき鋼板の表面から順に、亜鉛めっき層、金属めっき層、(下地鋼板の表層の)脱炭層となる)。これにより、耐抵抗溶接割れ特性をさらに向上させることができる。金属めっき層を有する場合、金属めっき層の表面、または、亜鉛めっき層と冷延鋼板との界面から、上述の方法で板厚方向に向かってC濃度を分析し、脱炭層の厚さ(下地鋼板の表面からの板厚方向深さ)を評価してもよい。
【0107】
なお、本発明の一実施形態に従う亜鉛めっき鋼板の板厚は、特に限定されないが、好ましくは0.3mm以上3.0mm以下である。
【0108】
[2]部材
つぎに、本発明の一実施形態に従う部材について、説明する。
本発明の一実施形態に従う部材は、上記の亜鉛めっき鋼板を用いてなる(素材とする)部材である。例えば、素材である亜鉛めっき鋼板に、成形加工または接合加工の少なくとも一方を施して部材とする。
ここで、上記の亜鉛めっき鋼板は、TS:590MPa以上980MPa未満であり、かつ、優れた成形性を有する。そのため、本発明の一実施形態に従う部材は、自動車分野で使用される複雑形状部材に適用して特に好適である。
【0109】
[3]亜鉛めっき鋼板の製造方法
つぎに、本発明の一実施形態に従う亜鉛めっき鋼板の製造方法について、説明する。
【0110】
本発明の一実施形態に従う亜鉛めっき鋼板の製造方法は、
前記した成分組成を有する鋼スラブに熱間圧延を施して熱延鋼板とする、熱延工程と、
前記熱延鋼板を冷間圧延して冷延鋼板とする、冷延工程と、
前記冷延鋼板を、焼鈍温度:760℃以上900℃以下および焼鈍時間:20秒以上で焼鈍する、焼鈍工程と、
前記冷延鋼板を300℃以上550℃以下の第一冷却停止温度まで冷却する、第一冷却工程と、
前記冷延鋼板を300℃以上550℃以下の温度域で3秒以上600秒以下保持する、保持工程と、
前記冷延鋼板に亜鉛めっき処理を施して亜鉛めっき鋼板とする、めっき工程と、
前記亜鉛めっき鋼板を、-20℃以上300℃未満の第二冷却停止温度まで冷却する、第二冷却工程と、
前記亜鉛めっき鋼板を、300℃以上500℃以下の再加熱温度に再加熱し、前記亜鉛めっき鋼板を、300℃以上500℃以下の温度域で10秒以上2000秒以下保持する、再加熱工程と、
を有し、
前記第一冷却停止温度と、前記亜鉛めっき処理での亜鉛めっき浴の温度とが、次式(1)の関係を満足する、というものである。
-80℃≦T-T≦50℃ ・・・(1)
ここで、Tは第一冷却停止温度(℃)、Tは亜鉛めっき処理での亜鉛めっき浴の温度(℃)である。
なお、上記の各温度は、特に説明がない限り、鋼スラブおよび鋼板の表面温度を意味する。
【0111】
まず、上記の成分組成を有する鋼スラブを準備する。例えば、鋼素材を溶製して上記の成分組成を有する溶鋼とする。溶製方法は特に限定されず、転炉溶製や電気炉溶製等、公知の溶製方法を用いることができる。ついで、得られた溶鋼を固めて鋼スラブとする。溶鋼から鋼スラブを得る方法は特に限定されず、例えば、連続鋳造法、造塊法または薄スラブ鋳造法等を用いることができる。マクロ偏析を防止する観点から、連続鋳造法が好ましい。
【0112】
[熱延工程]
ついで、鋼スラブに熱間圧延を施して熱延鋼板とする。
熱間圧延は、省エネルギープロセスを適用して行ってもよい。省エネルギープロセスとしては、直送圧延(鋼スラブを室温まで冷却せずに、温片のままで加熱炉に装入し、熱間圧延する方法)または直接圧延(鋼スラブにわずかの保熱を行った後に直ちに圧延する方法)などが挙げられる。
熱間圧延条件については特に限定されず、例えば、以下の条件で行うことができる。
すなわち、鋼スラブを、一旦室温まで冷却し、その後、再加熱してから圧延する。スラブ加熱温度(再加熱温度)は、炭化物の溶解や圧延荷重の低減といった観点から、1100℃以上とすることが好ましい。また、スケールロスの増大を防止するため、スラブ加熱温度は1300℃以下とすることが好ましい。なお、スラブ加熱温度は、鋼スラブ表面の温度を基準とする。
ついで、鋼スラブに、常法に従い粗圧延を施し、粗圧延板(以下、シートバーともいう)とする。ついで、シートバーに仕上げ圧延を施して、熱延鋼板とする。なお、スラブ加熱温度を低めにした場合は、仕上げ圧延時のトラブルを防止する観点から、仕上げ圧延前にバーヒーターなどを用いてシートバーを加熱することが好ましい。仕上げ圧延温度は、圧延負荷を低減するため、Ar変態点以上とすることが好ましい。また、オーステナイトの未再結晶状態での圧下率が高くなると、圧延方向に伸長した異常な組織が発達し、焼鈍板の加工性を低下させるおそれがあることからも、仕上げ圧延温度はAr変態点以上とすることが好ましい。なお、Ar変態点は次式により求める。
Ar(℃)=868-396×[C%]+25×[Si%]-68[Mn%]
なお、上記の式中の[元素記号%]は、下地鋼板の成分組成における当該元素の含有量(質量%)を表す。
【0113】
なお、熱延時にシートバー同士を接合し、連続的に仕上げ圧延を行ってもよい。また、シートバーを仕上げ圧延前に一旦巻き取っても構わない。また、熱間圧延時の圧延荷重を低減するために、仕上げ圧延の一部または全部を潤滑圧延としてもよい。潤滑圧延を行うことは、鋼板形状の均一化および材質の均一化の観点からも有効である。なお、潤滑圧延時の摩擦係数は、0.10以上0.25以下の範囲とすることが好ましい。
粗圧延および仕上げ圧延を含む熱間圧延工程では、一般的に鋼スラブは粗圧延でシートバーとなり、仕上げ圧延によって熱延鋼板となる。ただし、ミル能力等によってはそのような区分けにこだわらず、所定のサイズになれば問題ない。
仕上げ圧延温度は、800℃以上950℃以上の範囲とすることが好ましい。仕上げ圧延温度を800℃以上にすることにより、熱延鋼板段階の鋼組織、ひいては、最終製品の鋼組織も均一になり易い。なお、鋼組織が不均一になると、曲げ性が低下する傾向がある。一方、仕上げ圧延温度が950℃を超えると、酸化物(スケール)生成量が多くなる。その結果、地鉄と酸化物の界面が荒れて、酸洗および冷間圧延後の鋼板の表面品質が劣化するおそれがある。また、結晶粒が粗大になることで、鋼板の強度や曲げ性を低下させる原因となるおそれもある。
仕上げ圧延後、熱延鋼板を巻き取る。巻取温度は、450℃以上750℃以下とすることが好ましい。
【0114】
[酸洗工程]
熱延工程後の熱延鋼板を、任意に、酸洗する。酸洗によって、鋼板表面の酸化物を除去することができ、良好な化成処理性やめっき品質が確保される。なお、酸洗は、1回のみ行ってもよく、複数回に分けて行ってもよい。酸洗条件については特に限定されず、常法に従えばよい。
【0115】
[冷延工程]
ついで、熱延鋼板に冷間圧延を施して冷延鋼板とする。冷間圧延は、例えば、タンデム式の多スタンド圧延やリバース圧延等の、2パス以上のパス数を要する多パス圧延により行う。
冷間圧延の圧下率は特に限定されないが、20%以上80%以下とすることが好ましい。冷間圧延の圧下率が20%未満では、焼鈍工程において鋼組織の粗大化や不均一化が生じやすくなり、最終製品において強度や加工性が低下するおそれがある。一方、冷間圧延の圧下率が80%を超えると、鋼板の形状不良が生じやすくなり、亜鉛めっきの付着量が不均一になるおそれがある。
また、任意に、冷間圧延後に得られた冷延鋼板に酸洗を施してもよい。
【0116】
[金属めっき処理工程]
また、本発明の一実施形態に従う亜鉛めっき鋼板の製造方法では、任意に、冷延工程後で、かつ、後述する焼鈍工程の前に、上記のようにして得られた冷延鋼板の少なくとも一方の表面に金属めっき層を形成する金属めっき処理を施してもよい。ここで、後述する焼鈍工程を経る前の状態で、少なくとも一方の表面に金属めっき層を有する冷延鋼板を、以下、金属めっき鋼板という場合がある。金属めっき処理方法は特に限定されないが、製造性の観点から電気めっきが好ましい。金属めっき浴としては硫酸浴、塩酸浴または両者の混合溶液などを使用できる。金属めっき層の付着量は、電気めっきの場合、通電時間等によって調整することができる。なお、金属めっき鋼板とは、上述したように、後述する焼鈍工程を経る前の状態で、冷延鋼板の少なくとも一方の表面に金属めっき層を有する鋼板を意味し、金属めっき処理前の冷延鋼板について予め焼鈍された態様を除外するものではない。
【0117】
金属めっき処理に用いる金属としては、Znよりも融点の高い金属が望ましく、例えばFeおよびNiなどの金属を使用することができる。また、より高い耐抵抗溶接割れ特性の向上効果を期待できることから、金属めっき処理によって、前述したFe系めっき層を形成することが好ましい。
【0118】
また、Fe系めっき層を形成するためのめっき浴中には、Feイオンに加え、B、C、P、N、O、Ni、Mn、Mo、Zn、W、Pb、Sn、Cr、VおよびCoからなる群から選ばれる1または2以上の元素を含有させことができる。めっき浴中でのこれらの元素の合計含有量は、金属めっき鋼板の金属めっき層の成分組成において、これらの元素の合計含有量が10質量%以下となるようにすることが好ましい。なお、金属元素は金属イオンとして含有させればよく、非金属元素はホウ酸、リン酸、硝酸、有機酸等の一部として含有させることができる。また、硫酸鉄めっき液中には、硫酸ナトリウム、硫酸カリウム等の伝導度補助剤や、キレート剤、pH緩衝剤が含まれていてもよい。
【0119】
なお、金属めっき処理を施す前の前処理として、任意に、冷延鋼板の表面を清浄化するための脱脂処理および水洗、さらには、冷延鋼板の表面を活性化するための酸洗処理および水洗を施してもよい。これらの前処理に引き続いて、上述した金属めっき処理を実施する。脱脂処理および水洗の方法は特に限定されず、通常の方法を用いることができる。酸洗処理においては、硫酸、塩酸、硝酸およびこれらの混合物等の各種の酸が使用できる。中でも、硫酸、塩酸またはこれらの混合物が好ましい。酸の濃度は特に規定しないが、酸化皮膜の除去能力および過酸洗による肌荒れ(表面欠陥)防止等を考慮すると、1~20mass%程度が好ましい。また、酸洗処理液には、消泡剤、酸洗促進剤、酸洗抑制剤等が含有されてもよい。
【0120】
[焼鈍工程]
ついで、上記のようにして得られた冷延鋼板(金属めっき鋼板の場合も含む)を、焼鈍温度:760℃以上900℃以下および焼鈍時間:20秒以上で焼鈍する。なお、焼鈍回数は2回以上でもよいが、エネルギー効率の観点から1回が好ましい。
【0121】
焼鈍温度:760℃以上900℃以下
焼鈍温度が760℃未満の場合、フェライトとオーステナイトの二相域での加熱中におけるオーステナイトの生成割合が不十分になり、SBF+STMが減少する。そのため、穴広げ性が低下する。また、SBF+STM+2×SMAが減少する。そのため、TSを590MPa以上とすることが困難になるおそれがある。さらに、フェライトの再結晶が生じにくくなる。そのため、穴広げ率および局部延性が低下するおそれもある。一方、焼鈍温度が900℃を超えると、オーステナイトの粒成長が過度に生じ、後工程で生成する組織が粗大化する。これにより、SMA1/SMAが増加し、穴広げ性および局部延性が低下する。また、フェライトの面積率が減少し、SBF+STM+2×SMAが増加する。そのため、TSが過度に増加し、延性、穴広げ性、局部延性、および加工硬化能が低下するおそれがある。したがって、焼鈍温度は760℃以上900℃以下とする。焼鈍温度は、好ましくは780℃以上、より好ましく790℃超である。また、焼鈍温度は、好ましくは880℃以下である。なお、焼鈍温度は、焼鈍工程での最高到達温度である。
【0122】
焼鈍時間:20秒以上
焼鈍時間が20秒未満になると、フェライトとオーステナイトの二相域での加熱中におけるオーステナイトの生成割合が不十分になり、SBF+STMが減少する。そのため、穴広げ性が低下する。また、SBF+STM+2×SMAが減少する。そのため、TSを590MPa以上とすることが困難になるおそれがある。さらに、フェライトの再結晶が生じにくくなる。そのため、穴広げ率および局部延性が低下するおそれもある。したがって、焼鈍時間は20秒以上とする。なお、焼鈍時間の上限は特に限定されないが、900秒以下とすることが好ましい。なお、焼鈍時間とは、(焼鈍温度-40℃)以上焼鈍温度以下の温度域での保持時間である。すなわち、焼鈍時間には、焼鈍温度での保持時間に加え、焼鈍温度に到達する前後の加熱および冷却における(焼鈍温度-40℃)以上焼鈍温度以下の温度域での滞留時間も含まれる。
【0123】
露点:-30℃超
また、本発明の一実施形態に従う亜鉛めっき鋼板の製造方法では、焼鈍工程における焼鈍雰囲気の露点を-30℃超とすることが好ましい。露点を-30℃超とすることにより、脱炭反応が促進され、冷延鋼板(下地鋼板)の表層のC濃度を低減して、脱炭層を形成することが可能となる。露点は、好ましくは-20℃以上、より好ましくは-5℃以上である。露点を-5℃以上とすることにより、溶接部における耐抵抗溶接割れ特性を一層高めることが可能となる。露点の上限は特に限定されないが、冷延鋼板または金属めっき層表面の酸化を好適に防ぎ、亜鉛めっき層を設ける際のめっき密着性を良好にする観点から、露点は30℃以下とすることが好ましい。
【0124】
[第一冷却工程]
ついで、上記のようにして焼鈍を施した冷延鋼板を、300℃以上550℃以下の第一冷却停止温度まで冷却する。
【0125】
第一冷却停止温度T:300℃以上550℃以下
第一冷却停止温度が300℃未満になると、焼戻しマルテンサイトの面積率が過度に増加し、適正量のベイニティックフェライトおよび残留オーステナイトの面積率が得られなくなる。また、後工程である亜鉛めっき処理において、未変態オーステナイトがパーライトや炭化物に分解する場合がある。そのため、残留オーステナイトの面積率およびIDR[%Cγ]が低下し、延性および加工硬化能が低下する。一方、第一冷却停止温度が550℃を超えると、ベイニティックフェライトの面積率が減少する。そのため、残留オーステナイトの面積率およびIDR[%Cγ]が低下し、やはり延性、局部延性および加工硬化能が低下する。また、SMA1/SMAが増加するおそれがある。そのため、穴広げ性や局部延性が低下するおそれがある。したがって、第一冷却停止温度は300℃以上550℃以下とする。第一冷却停止温度は、好ましくは350℃以上である。また、第一冷却停止温度は、好ましくは510℃以下である。
【0126】
[保持工程]
ついで、冷延鋼板を300℃以上550℃以下の温度域(以下、保持温度域ともいう)で3秒以上600秒以下保持する。
【0127】
保持温度域での保持時間:3秒以上600秒
保持工程では、ベイニティックフェライトが生成するとともに、生成したベイニティックフェライトから該ベイニティックフェライトに隣接する未変態のオーステナイトへのCの拡散が生じる。その結果、所定量の残留オーステナイトの面積率が確保され、IDR[%Cγ]が増加する。
ここで、保持温度域での保持時間が3秒未満になると、ベイニティックフェライトの面積率およびIDR[%Cγ]が低下するおそれがある。これにより、延性、局部延性および加工硬化能が低下するおそれがある。一方、保持温度域での保持時間が600秒を超えると、ベイニティックフェライトの面積率が過度に増加し、却って延性および穴広げ性が低下する。また、ベイニティックフェライトから未変態オーステナイトへのCの拡散が過度に生じ、SMA1/SMAが増加し、穴広げ性および局部延性が低下するおそれがある。さらに、未変態オーステナイト内部でのCの拡散が過度に生じ、後工程である亜鉛めっき処理において、未変態オーステナイトがパーライトや炭化物に分解する場合がある。そのため、残留オーステナイトの面積率およびIDR[%Cγ]が低下し、延性および局部延性が低下する。したがって、保持温度域での保持時間は、3秒以上600秒以下とする。保持温度域での保持時間は、好ましくは5秒以上、より好ましくは10秒以上である。また、保持温度域での保持時間は、好ましくは200秒未満、より好ましくは80秒未満である。なお、保持温度域での保持時間には、第一冷却工程において第一冷却停止温度に到達するまでの冷延鋼板の当該温度域での滞留時間、および、後述するめっき工程における亜鉛めっき処理開始時点までの冷延鋼板の当該温度域での滞留時間(例えば、冷延鋼板を亜鉛めっき浴に浸漬させるまでの当該温度域での滞留時間)が含まれる。ただし、保持温度域での保持時間には、当該めっき工程において亜鉛めっき処理を施した後の亜鉛めっき鋼板の当該温度域での滞留時間は含まない。
【0128】
[めっき工程]
ついで、冷延鋼板に亜鉛めっき処理を施して亜鉛めっき鋼板とする。亜鉛めっき処理としては、例えば、溶融亜鉛めっき処理や合金化亜鉛めっき処理が挙げられる。そして、このめっき工程では、上述した第一冷却工程における第一冷却停止温度と、亜鉛めっき処理での亜鉛めっき浴の温度(以下、めっき浴温ともいう)とについて、次式(1)の関係を満足させることが必要である。
-80℃≦T-T≦50℃ ・・・(1)
ここで、Tは第一冷却停止温度(℃)、Tは亜鉛めっき処理での亜鉛めっき浴の温度(℃)である。
【0129】
すなわち、優れた加工硬化能を確保する観点から、第一冷却停止温度とめっき浴温の差を適正に制御する、具体的には、上掲式(1)の関係を満足させる必要がある。一方、T-Tが50℃超、または、-80℃未満になると、IDR[%Cγ]が低下し、加工硬化能が低下する。T-Tは、好ましくは-75℃以上、より好ましくは-70℃以上である。また、T-Tは、好ましくは45℃以下、より好ましくは40℃以下である。
【0130】
上記以外の条件については、特に限定されず、常法に従えばよい。
例えば、溶融亜鉛めっき処理の場合、冷延鋼板を、亜鉛めっき浴中に浸漬させた後、ガスワイピング等によって、めっき付着量を調整することが好ましい。めっき浴温としては、440℃以上500℃以下である。また、亜鉛めっき浴としては、上記した亜鉛めっき層の組成となれば特に限定されるものではないが、例えば、Al含有量が0.10質量%以上0.23質量%以下であり、残部がZnおよび不可避的不純物からなる組成のめっき浴を用いることが好ましい。
また、合金化亜鉛めっき処理の場合、上記の要領で溶融亜鉛めっき処理を施した後、亜鉛めっき鋼板を450℃以上600℃以下の合金化温度に加熱して合金化処理を施すことが好ましい。合金化温度が450℃未満では、Zn-Fe合金化速度が遅くなり、合金化が困難となる場合がある。一方、合金化温度が600℃を超えると、未変態オーステナイトがパーライトへ変態し、TSおよび延性が低下する場合がある。なお、合金化温度は、より好ましくは470℃以上である。また、合金化温度は、より好ましくは570℃以下である。
【0131】
また、溶融亜鉛めっき鋼板(GI)および合金化溶融亜鉛めっき鋼板(GA)のめっき付着量はいずれも、片面あたり20~80g/mとすることが好ましい。なお、めっき付着量は、ガスワイピング等により調節することが可能である。
【0132】
また、後述する第二冷却工程の前で、かつ、めっき工程の後または途中で、亜鉛めっき鋼板を300℃以上550℃以下の温度域(以下、追加保持温度域ともいう)で3秒以上600秒以下保持する追加保持工程を行ってもよい。追加保持工程は、前述した保持工程と同様の効果を得る工程である。なお、めっき処理として合金化亜鉛めっき処理を行う場合には、めっき工程の途中に追加保持工程を行う、すなわち、めっき工程が追加保持工程を兼ねていてもよい。また、追加保持工程を行う場合、保持温度域での保持時間と追加保持温度域での保持時間は合計で3秒以上600秒以下であることが好ましい。保持温度域での保持時間と追加保持温度域での保持時間は、より好ましくは合計で200秒未満である。
【0133】
[第二冷却工程]
ついで、亜鉛めっき鋼板を、-20℃以上300℃未満の第二冷却停止温度まで冷却する。
【0134】
第二冷却停止温度:-20℃以上300℃未満
第二冷却工程は、後工程である再加熱工程で生成する焼戻しマルテンサイトの面積率および残留オーステナイトの面積率、ならびに、IDR[%Cγ]を所定の範囲に制御とするために必要な工程である。第二冷却工程を行ったうえで、再加熱工程を行うことにより、再加熱工程で未変態オーステナイトへのCの濃化が生じる。なお、最終的に焼戻しマルテンサイトを得る場合は、第二冷却工程でマルテンサイトを生成させることが好ましい。ここで、第二冷却停止温度が-20℃未満では、当該第二冷却工程において鋼中に存在する未変態オーステナイトが、ほぼ全量マルテンサイトに変態する。これにより、残留オーステナイトの面積率が減少する。その結果、延性および加工硬化能が低下するおそれがある。一方、第二冷却停止温度が300℃以上では、IDR[%Cγ]が低下し、延性、局部延性および加工硬化能が低下する。また、焼戻しマルテンサイトの面積率が減少し、フレッシュマルテンサイトの面積率およびSBF+STM+2×SMAが増加する。そのため、TSが増加し、延性、穴広げ性、局部延性、および加工硬化能が低下するおそれがある。さらに、このフレッシュマルテンサイトの面積率の増加に伴い、鋼板中の拡散性水素量が増加し、穴広げ性が低下する。また、SMA1/SMAが増加することによっても、穴広げ性が低下する。したがって、第二冷却停止温度は-20℃以上300℃未満とする。第二冷却停止温度は、好ましくは0℃以上である。また、第二冷却停止温度は、好ましくは280℃以下である。
【0135】
[再加熱工程]
ついで、亜鉛めっき鋼板を、300℃以上500℃以下の再加熱温度に再加熱し、前記亜鉛めっき鋼板を、300℃以上500℃以下の温度域(以下、再加熱温度域ともいう)で10秒以上2000秒以下保持する。
これにより、第二冷却工程終了時点で鋼中に存在するマルテンサイトを焼戻す。また、マルテンサイト中に過飽和に固溶したCを未変態オーステナイトへと拡散させることにより、室温で安定なオーステナイト、すなわち、残留オーステナイトを生成させる。
【0136】
再加熱温度:300℃以上500℃以下
再加熱温度が300℃未満になると、第二冷却工程終了時点で鋼中に存在するマルテンサイトから未変態オーステナイトへのCの拡散が十分には進行せず、所定量の残留オーステナイトの面積率が得られない。これにより、延性が低下する。また、IDR[%Cγ]が低下する。これにより、局部延性および加工硬化能が低下するおそれがある。一方、再加熱温度が500℃を超えると、第二冷却工程終了時点で鋼中に存在する未変態オーステナイトが、炭化物(パーライト)として分解する。そのため、残留オーステナイトの面積率およびIDR[%Cγ]が低下し、延性、局部延性および加工硬化能が低下する。また、下地鋼板に含まれる水素の外部放出が不十分となり、下地鋼板の拡散性水素量が増加する。これにより、穴広げ性が低下する。したがって、再加熱温度は300℃以上500℃以下とする。再加熱温度は、好ましくは320℃以上である。また、再加熱温度は、好ましくは450℃以下である。なお、再加熱温度は、再加熱工程での最高到達温度である。
【0137】
再加熱温度域での保持時間:10秒以上2000秒以下
再加熱温度域での保持時間が10秒未満になると、第二冷却工程終了時点で鋼中に存在するマルテンサイトから未変態オーステナイトへのCの拡散が十分には進行せず、所定量の残留オーステナイトの面積率およびIDR[%Cγ]が得られない。これにより、延性および局部延性が低下する。また、フレッシュマルテンサイトが過度に増加する。加えて、下地鋼板に含まれる水素の外部放出が不十分となり、下地鋼板の拡散性水素量が増加する。これにより、穴広げ性が低下するおそれもある。一方、再加熱温度域での保持時間が2000秒を超えると、第二冷却工程終了時点で鋼中に存在する未変態オーステナイトが、炭化物(パーライト)として分解してしまうため、残留オーステナイトの面積率およびIDR[%Cγ]が低下し、延性および加工硬化能が低下する。したがって、再加熱温度域での保持時間は10秒以上2000秒以下とする。再加熱温度域での保持時間は、好ましくは15秒以上である。また、再加熱温度域での保持時間は、好ましくは1200秒以下である。なお、再加熱温度域での保持時間には、再加熱温度での保持時間に加え、再加熱温度に到達する前後の加熱および冷却における当該温度域での滞留時間も含まれる。
【0138】
再加熱温度域での保持後の冷却条件は特定に限定されず、常法に従えばよい。冷却方法としては、例えば、ガスジェット冷却、ミスト冷却、ロール冷却、水冷および空冷などを適用することができる。また、表面の酸化防止の観点から、再加熱温度域での保持後、50℃以下まで冷却することが好ましく、より好ましくは室温程度まで冷却する。再加熱温度域での保持後の冷却における平均冷却速度は、例えば、1℃/秒以上50℃/秒以下が好適である。
【0139】
また、上記のようにして得た亜鉛めっき鋼板に、さらに、調質圧延を施してもよい。調質圧延の圧下率は2.00%を超えると、降伏応力が上昇し、亜鉛めっき鋼板を部材に成形する際の寸法精度が低下するおそれがある。そのため、調質圧延の圧下率は2.00%以下が好ましい。なお、調質圧延の圧下率の下限は特に限定されるものではないが、生産性の観点から0.05%以上が好ましい。また、調質圧延は上述した各工程を行うための焼鈍装置と連続した装置上(オンライン)で行ってもよいし、各工程を行うための焼鈍装置とは不連続な装置上(オフライン)で行ってもよい。また、調質圧延の圧延回数は、1回でもよく、2回以上であってもよい。なお、調質圧延と同等の伸長率を付与できれば、レベラー等による圧延であっても構わない。
【0140】
上記以外の条件については特に限定されず、常法に従えばよい。
【0141】
[4]部材の製造方法
つぎに、本発明の一実施形態に従う部材の製造方法について、説明する。
本発明の一実施形態に従う部材の製造方法は、上記の亜鉛めっき鋼板(例えば、上記の亜鉛めっき鋼板の製造方法により製造された亜鉛めっき鋼板)に、成形加工または接合加工の少なくとも一方を施して部材とする、工程を有する。
ここで、成形加工方法は、特に限定されず、例えば、プレス加工等の一般的な加工方法を用いることができる。また、接合加工方法も、特に限定されず、例えば、スポット溶接、レーザー溶接、アーク溶接等の一般的な溶接や、リベット接合、かしめ接合等を用いることができる。なお、成形条件および接合条件については特に限定されず、常法に従えばよい。
【実施例
【0142】
・実施例1
表1に示す成分組成(残部はFe及び不可避的不純物)を有する鋼素材を転炉にて溶製し、連続鋳造法にて鋼スラブとした。得られた鋼スラブを1250℃に加熱し、加熱後、鋼スラブに粗圧延と仕上げ圧延からなる熱間圧延を施し、熱延鋼板とした。ついで、得られた熱延鋼板に、酸洗および冷間圧延(圧下率:50%)を施し、表3に示す板厚の冷延鋼板とした。ついで、得られた冷延鋼板に、表2に示す条件で、焼鈍工程、第一冷却工程、保持工程、めっき工程、第二冷却工程および再加熱工程を行い、亜鉛めっき鋼板を得た。なお、焼鈍工程での露点は、-35℃~-30℃とした。
【0143】
ここで、めっき工程では、溶融亜鉛めっき処理または合金化亜鉛めっき処理を行い、溶融亜鉛めっき鋼板(以下、GIともいう)または合金化溶融亜鉛めっき鋼板(以下、GAともいう)を得た。なお、表2では、めっき工程の種類についても、「GI」および「GA」と表示している。なお、合金化亜鉛めっき処理を行う場合には、No.12を除き、保持温度域での保持時間と合金化処理における300℃以上550℃以下の温度域での保持時間が合計で3秒以上600秒以下となるようにした。
【0144】
また、亜鉛めっき浴としては、GIを製造する場合は、Al:0.20質量%を含有し、残部がZn及び不可避的不純物からなる組成のめっき浴を使用した。GAを製造する場合は、Al:0.14質量%を含有し、残部がZn及び不可避的不純物からなる組成のめっき浴を使用した。
めっき浴温は、GIおよびGAいずれを製造する場合も、470℃とした。
めっき付着量は、GIを製造する場合は、片面あたり45~72g/mとし、GAを製造する場合は、片面あたり45g/mとした。
なお、最終的に得られた亜鉛めっき鋼板の亜鉛めっき層の組成は、GIでは、Fe:0.1~1.0質量%、Al:0.2~1.0質量%を含有し、残部がZnおよび不可避的不純物であった。また、GAでは、Fe:7~15質量%、Al:0.1~1.0質量%を含有し、残部がZnおよび不可避的不純物であった。
また、亜鉛めっき層はいずれも、下地鋼板の両面に形成した。
【0145】
かくして得られた亜鉛めっき鋼板を用いて、上述した要領により、下地鋼板の鋼組織の同定および拡散性水素量の測定を行った。測定結果を表3に示す。表3中、Fはフェライト、BFはベイニティックフェライト、TMは焼戻しマルテンサイト、RAは残留オーステナイト、FMはフレッシュマルテンサイト、LBは下部ベイナイト、Pはパーライト、θはセメンタイトである。
【0146】
また、以下の要領により、引張試験および穴広げ試験を行い、以下の基準により、引張強さ(TS)、破断伸び(T-El)、限界穴広げ率(λ)、局部伸び(L-El)、加工硬化指数(n値)および降伏応力(YS)を評価した。
・TS
〇(合格):590MPa≦TS<980MPa
×(不合格):TS<590MPa、または、980MPa≦TS
・T-El
〇(合格):
590MPa≦TS<780MPaの場合、30.0%≦T-El
780MPa≦TSの場合、19.0%≦T-El
×(不合格):
590MPa≦TS<780MPaの場合、30.0%>T-El
780MPa≦TSの場合、19.0%>T-El
・λ
〇(合格):
590MPa≦TS<780MPaの場合、45%≦λ
780MPa≦TSの場合、40%≦λ
×(不合格):
590MPa≦TS<780MPaの場合、45%>λ
780MPa≦TSの場合、40%>λ
・L-El
〇(合格):
590MPa≦TS<780MPaの場合、10.0%≦L-El
780MPa≦TSの場合、7.0%≦L-El
×(不合格):
590MPa≦TS<780MPaの場合、10.0%>L-El
780MPa≦TSの場合、7.0%>L-El
・n値
〇(合格):
590MPa≦TS<780MPaの場合、0.200≦n値
780MPa≦TSの場合、0.100≦n値
×(不合格):
590MPa≦TS<780MPaの場合、0.200>n値
780MPa≦TSの場合、0.100>n値
・YS
〇(合格):
590MPa≦TS<780MPaの場合、500MPa≧YS
780MPa≦TSの場合、700MPa≧YS
×(不合格):
590MPa≦TS<780MPaの場合、500MPa<YS
780MPa≦TSの場合、700MPa<YS
【0147】
(1)引張試験
引張試験は、JIS Z 2241に準拠して行った。すなわち、得られた亜鉛めっき鋼板から、長手方向が下地鋼板の圧延方向に対して直角となるようにJIS5号試験片を採取した。採取した試験片を用いて、クロスヘッド速度が10mm/minの条件で引張試験を行い、TS、T-El、L-El、n値およびYSを測定した。ここで、n値は、均一伸び(U-El)の0.4倍および0.8倍の時の伸びと強度から算出した。結果を表4に併記する。
【0148】
(2)穴広げ試験
穴広げ試験は、JIS Z 2256に準拠して行った。すなわち、得られた亜鉛めっき鋼板から、100mm×100mmの試験片を剪断加工により採取した。該試験片に、クリアランスを12.5%として直径10mmの穴を打ち抜いた。ついで、内径:75mmのダイスを用いて穴の周囲にしわ押さえ力:9ton(88.26kN)を加え、そのた状態で頂角:60°の円錐ポンチを穴に押し込み、亀裂発生限界(亀裂発生時)における試験片の穴の直径を測定した。そして、次式により、限界穴広げ率:λ(%)を求めた。なお、λは、伸びフランジ性を評価する指標となるものである。結果を表4に併記する。
λ(%)={(D-D)/D}×100
ここで、
:亀裂発生時の試験片の穴の直径(mm)
:初期の試験片の穴の直径(mm)
である。
【0149】
【表1】
【0150】
【表2】
【0151】
【表3】
【0152】
【表4】
【0153】
表4に示したように、本発明例ではいずれも、引張強さ(TS)、破断伸び(T-El)、限界穴広げ率(λ)、局部伸び(L-El)、加工硬化指数(n値)および降伏応力(YS)の全てが合格であった。
一方、比較例では、引張強さ(TS)、破断伸び(T-El)、限界穴広げ率(λ)、局部伸び(L-El)、加工硬化指数(n値)および降伏応力(YS)の少なくとも1つが十分ではなかった。
また、本発明例の鋼板を用いて、成形加工を施して得た部材または接合加工を施して得た部材は、引張強さ(TS)、破断伸び(T-El)、限界穴広げ率(λ)、局部伸び(L-El)、加工硬化指数(n値)および降伏応力(YS)ともに、本発明で特徴とする優れた特性を有することがわかった。
【0154】
・実施例2
表1に示す成分組成(残部はFe及び不可避的不純物)を有する鋼素材を転炉にて溶製し、連続鋳造法にて鋼スラブとした。得られた鋼スラブを1250℃に加熱し、加熱後、鋼スラブに粗圧延と仕上げ圧延からなる熱間圧延を施し、熱延鋼板とした。ついで、得られた熱延鋼板に、酸洗および冷間圧延(圧下率:50%)を施し、板厚1.6mmの冷延鋼板とした。
【0155】
ついで、得られた冷延鋼板のうち、No.5~7について、金属めっき処理としてFe系電気めっきを施し、冷延鋼板の表面に金属めっき層(Fe系めっき層)を形成した。具体的には、まず、冷延鋼板に対して、アルカリにて脱脂処理を施した。ついで以下に示す条件で、冷延鋼板を陰極として電解処理を行い、冷延鋼板の表面に金属めっき層を形成した。
[電解条件]
浴温:50℃
pH:2.0
電流密度:45A/dm
めっき浴:Fe2+イオンを1.5mol/L含む硫酸浴
陽極:酸化イリジウム電極
なお、金属めっき層の付着量は通電時間によって制御した。
【0156】
ついで、得られた冷延鋼板(冷延鋼板の表面に金属めっき層を形成した金属めっき鋼板も含む)に、表5に示す条件で、焼鈍工程、第一冷却工程、保持工程、めっき工程、第二冷却工程および再加熱工程を行い、亜鉛めっき鋼板を得た。
【0157】
めっき工程では、合金化亜鉛めっき処理を行い、合金化溶融亜鉛めっき鋼板(GA)を得た。表5の記載した以外の処理条件は、実施例1と同じである。また、亜鉛めっき層はいずれも、下地鋼板の両面に形成した。
【0158】
かくして得られた亜鉛めっき鋼板を用いて、上述した要領により、下地鋼板の鋼組織の同定、ならびに、脱炭層の厚さ、金属めっき層の付着量および拡散性水素量の測定を行った。結果を表6に示す。表6中、Fはフェライト、BFはベイニティックフェライト、TMは焼戻しマルテンサイト、RAは残留オーステナイト、FMはフレッシュマルテンサイト、LBは下部ベイナイト、Pはパーライト、θはセメンタイトである。また、表6中、脱炭層の厚さおよび金属めっき層の付着量が「-」はそれぞれ、脱炭層および金属めっき層を有さないことを意味する。
【0159】
また、実施例1と同様の要領により、引張試験および穴広げ試験を行い、実施例1と同じ基準により、引張強さ(TS)、破断伸び(T-El)、限界穴広げ率(λ)、局部伸び(L-El)、加工硬化指数(n値)および降伏応力(YS)を評価した。結果を表7に併記する。
【0160】
さらに、以下の要領により、溶接部における耐抵抗溶接割れ特性の評価を行った。
【0161】
<溶接部における耐抵抗溶接割れ特性の評価>
得られた亜鉛めっき鋼板から圧延直角方向(TD)を長手、圧延方向を短手として、長手方向150mm×短手方向50mmに切り出した試験片2を、試験用合金化溶融亜鉛めっき鋼板1(板厚:1.6mm、TS:980MPa級)と重ねて板組とした。なお、試験用合金化溶融亜鉛めっき鋼板1は、合金化溶融亜鉛めっき層の片面あたりの付着量が50g/mであり、試験片2と同サイズに切り出したものである。板組は、試験片2の評価対象面(亜鉛めっき層および金属めっき層を一方の側のみに有する場合には、その側の亜鉛めっき層)と、試験用合金化溶融亜鉛めっき鋼板1の亜鉛めっき層とが向かい合うように組み立てた。当該板組を、厚さ2.0mmのスペーサー3を介して、固定台4に固定した。スペーサー3は、長手方向50mm×短手方向45mm×厚さ2.0mmの一対の鋼板であり、図2(A)に示すように、一対の鋼板各々の長手方向端面が、板組短手方向両端面とそろうように配置した。よって、一対の鋼板間の距離は60mmとなる。固定台8は、中央部に穴が開いた一枚の板である。
【0162】
ついで、サーボモータ加圧式で単相交流(50Hz)の抵抗溶接機を用いて、板組を一対の電極5(先端径:6mm)で加圧しつつ板組をたわませた状態で、加圧力:3.5kN、ホールドタイム:0.12秒、0.18秒または0.24秒、および、溶接時間:0.36秒の条件下で、ナゲット径rが5.9mmになる溶接電流にて抵抗スポット溶接を施して、溶接部付き板組とした。このとき、一対の電極5は、鉛直方向の上下から板組を加圧し、下側の電極は、固定台4の穴を介して、試験片2を加圧した。加圧に際しては、一対の電極5のうち下側の電極がスペーサー3と固定台4とが接する面を延長した平面に接するように、下側の電極と固定台4とを固定し、上側の電極を可動とした。また、上側の電極が試験用合金化溶融亜鉛めっき鋼板1の中央部に接するようにした。また、板組は、水平方向に対して板組の長手方向側に5°傾けた状態で、溶接を行った。なお、ホールドタイムとは、溶接電流を流し終わってから、電極を開放し始めるまでの時間を指す。ここで、図2(B)の下図を参照して、ナゲット径rとは、板組の長手方向における、ナゲット6の端部同士の距離を意味する。
【0163】
ついで、前記溶接部付き板組を、ナゲット6を含めた溶接部の中心を含むように、図2(B)の上図のA-A線に沿って切断し、該溶接部の断面を光学顕微鏡(200倍)で観察し、以下の基準で溶接部における耐抵抗溶接割れ特性を評価した。なお、A+、AまたはBであれば、溶接部における耐抵抗溶接割れ特性に優れると判断とする。Cであれば、溶接部における耐抵抗溶接割れ特性に劣ると判断とする。結果を表7に併記する。
A+:ホールドタイム0.12秒、0.18秒および0.24秒のいずれの場合にも、0.1mm以上の長さのき裂が認められなかった。
A:ホールドタイム0.12秒で0.1mm以上の長さのき裂が認められたが、ホールドタイム0.18秒および0.24秒では0.1mm以上の長さのき裂が認められなかった。
B:ホールドタイム0.12秒および0.18秒で0.1mm以上の長さのき裂が認められたが、ホールドタイム0.24秒では0.1mm以上の長さのき裂が認められなかった。
C:ホールドタイム0.12秒、0.18秒および0.24秒のいずれの場合にも、0.1mm以上の長さのき裂が認められた。
【0164】
なお、図2(B)の下図には、試験片2に発生したき裂を模式的に符号7として示した。なお、相手側鋼板(試験用合金化溶融亜鉛めっき鋼板)に割れが発生した場合、評価対象鋼板(各発明例及び比較例の鋼板)への応力が分散し、適切な評価とならない。このため、相手側鋼板に割れが発生していないデータを実施例として採用した。
【0165】
【表5】
【0166】
【表6】
【0167】
【表7】
【0168】
表7に示したように、本発明例ではいずれも、引張強さ(TS)、破断伸び(T-El)、限界穴広げ率(λ)、局部伸び(L-El)、加工硬化指数(n値)および降伏応力(YS)の全てが合格であった。また、溶接部における耐抵抗溶接割れ特性にも優れていた。
加えて、No.3~7の発明例、なかでもNo.5および6の発明例では、溶接部における耐抵抗溶接割れ特性が非常に優れていた。
また、本発明例の鋼板を用いて、成形加工を施して得た部材または接合加工を施して得た部材は、引張強さ(TS)、破断伸び(T-El)、限界穴広げ率(λ)、局部伸び(L-El)、加工硬化指数(n値)および降伏応力(YS)、溶接部における耐抵抗溶接割れ特性ともに、本発明で特徴とする優れた特性を有することがわかった。
【符号の説明】
【0169】
1 試験用合金化溶融亜鉛めっき鋼板
2 試験片
3 スペーサー
4 固定台
5 電極
6 ナゲット
7 き裂
【要約】
590MPa以上980MPa未満の引張強度を有し、優れた延性、穴広げ性及び局部延性を有し、また、加工硬化能及び部材成形時の寸法精度にも優れた亜鉛めっき鋼板を、提供する。下地鋼板の成分組成を所定のものとし、下地鋼板の鋼組織における、フェライト、ベイニティックフェライト、焼戻しマルテンサイト、残留オーステナイト及びフレッシュマルテンサイトの面積率を所定のものとし、更に、面積率の比SMA1/SMAを0.40以下とし、また、IDR[%Cγ]を0.16%以上とする。
ここで、SMAは、残留オーステナイト及びフレッシュマルテンサイトからなる硬質第二相の面積率であり、SMA1は、前記硬質第二相を構成する島状領域のうち、面積を最大フェレ径で除した値が1.0μm以上である島状領域の合計の面積率であり、IDR[%Cγ]は、残留オーステナイト中の固溶C濃度分布の90パーセンタイル値と10パーセンタイル値の差である。
図1
図2