IP Force 特許公報掲載プロジェクト 2022.1.31 β版

知財求人 - 知財ポータルサイト「IP Force」

▶ JFEスチール株式会社の特許一覧

<>
  • 特許-方向性電磁鋼板の製造方法 図1
  • 特許-方向性電磁鋼板の製造方法 図2
< >
(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B1)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2022-12-19
(45)【発行日】2022-12-27
(54)【発明の名称】方向性電磁鋼板の製造方法
(51)【国際特許分類】
   C21D 8/12 20060101AFI20221220BHJP
   C22C 38/00 20060101ALI20221220BHJP
   C22C 38/60 20060101ALI20221220BHJP
   H01F 41/02 20060101ALI20221220BHJP
   H01F 1/147 20060101ALI20221220BHJP
【FI】
C21D8/12 C
C22C38/00 303U
C22C38/60
H01F41/02 B
H01F1/147 175
【請求項の数】 9
(21)【出願番号】P 2022555833
(86)(22)【出願日】2022-05-26
(86)【国際出願番号】 JP2022021551
【審査請求日】2022-09-15
(31)【優先権主張番号】P 2021090661
(32)【優先日】2021-05-28
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
【早期審査対象出願】
(73)【特許権者】
【識別番号】000001258
【氏名又は名称】JFEスチール株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】110001542
【氏名又は名称】弁理士法人銀座マロニエ特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】竹中 雅紀
(72)【発明者】
【氏名】今村 猛
(72)【発明者】
【氏名】田中 孝明
(72)【発明者】
【氏名】松原 行宏
【審査官】鈴木 毅
(56)【参考文献】
【文献】特開平9-104923(JP,A)
【文献】特開2011-52302(JP,A)
【文献】特開2007-138199(JP,A)
【文献】国際公開第2020/218328(WO,A1)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C21D 8/12
C22C 38/00 - 38/60
H01F 1/147
H01F 41/02
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
C:0.02~0.10mass%、Si:2.5~5.5mass%、Mn:0.01~0.30mass%含有し、さらに、sol.Al:0mass%以上0.010mass%未満、N:0mass%以上0.006mass%未満、SおよびSeのうちの少なくとも1種を合計で0mass%以上0.010mass%未満で含有し、残部がFeおよび不可避的不純物からなる成分組成を有する鋼スラブを1300℃以下の温度に加熱した後、熱間圧延し、熱延板焼鈍した後、または、熱延板焼鈍することなく、1回の冷間圧延または中間焼鈍を挟む2回以上の冷間圧延をして最終板厚の冷延板とし、脱炭焼鈍を兼ねた一次再結晶焼鈍し、焼鈍分離剤を塗布し、仕上焼鈍を施す工程を含む方向性電磁鋼板の製造方法において、
上記最終板厚とする冷間圧延直前の焼鈍工程で、均熱処理後、800℃から400℃まで平均冷却速度15℃/s以上で冷却し、その後、60~100℃間の温度に30~600s間保持する低温熱処理を施すことを特徴とする方向性電磁鋼板の製造方法。
【請求項2】
上記最終板厚とする冷間圧延の前の焼鈍工程で、均熱処理後、800℃から400℃まで平均冷却速度15℃/s以上で冷却した後、かつ、60~100℃間の温度に30~600s間保持する低温熱処理を施す前に、または60~100℃間の温度に30~600s間維持する低温熱処理の途中で、鋼板に歪を付与することを特徴とする請求項1に記載の方向性電磁鋼板の製造方法。
【請求項3】
上記鋼板に歪を付与する方法が、ロールに90°以上の角度で巻き付けることで少なくとも1回以上の曲げ加工を行う方法、および、軽圧下圧延を行う方法のうちの少なくとも1つであることを特徴とする請求項2に記載の方向性電磁鋼板の製造方法。
【請求項4】
上記低温熱処理を完了した後、300hr以内に最終冷間圧延を開始することを特徴とする請求項に記載の方向性電磁鋼板の製造方法。
【請求項5】
上記低温熱処理を完了した後、300hr以内に最終冷間圧延を開始することを特徴とする請求項2に記載の方向性電磁鋼板の製造方法。
【請求項6】
上記低温熱処理を完了した後、300hr以内に最終冷間圧延を開始することを特徴とする請求項3に記載の方向性電磁鋼板の製造方法。
【請求項7】
下記の条件を満たす工程を有することを特徴とする請求項1~のいずれか1項に記載の方向性電磁鋼板の製造方法。

・鋼スラブを加熱し、900~1200℃の温度域で1パス以上の粗圧延をした後、700~1000℃の温度域で2パス以上の仕上圧延をして熱延板とし、その後、400~750℃の巻取温度でコイルに巻き取る熱間圧延工程
・熱延板焼鈍を行う場合は、800~1250℃の温度域で5s以上保持した後、800℃から400℃まで5~100℃/sで冷却する熱延板焼鈍工程
・中間焼鈍を行う場合は、800~1250℃の温度域で5s以上保持した後、800℃から400℃まで5~100℃/sで冷却する中間焼鈍工程
・最終冷間圧延の総圧下率を80~92%の範囲とする冷間圧延工程
・HとNとを含み、かつ露点が20~80℃以下の湿潤雰囲気下で、750~950℃の温度域で10s以上保持する脱炭焼鈍を兼ねた一次再結晶焼鈍工程
・MgOを主成分とする焼鈍分離剤を鋼板表面に片面あたり2.5g/m以上塗布する焼鈍分離剤塗布工程
・少なくとも1050~1300℃の温度に3hr以上保持する純化処理を含む、800℃以上の温度域の一部の雰囲気をH含有雰囲気とする仕上焼鈍工程
【請求項8】
上記鋼スラブは、上記成分組成に加えてさらに、下記A~C群のうちの少なくとも1群の成分を含有することを特徴とする請求項1~のいずれか1項に記載の方向性電磁鋼板の製造方法。

・A群;Ni:0~1.00mass%、Sb:0~0.50mass%、Sn:0~0.50mass%、Cu:0~0.50mass%、Cr:0~0.50mass%、P:0~0.50mass%、Mo:0~0.50mass%、Nb:0~0.020mass%、V:0~0.010mass%、B:0~0.0025mass%、Bi:0~0.50mass%およびZr:0~0.10mass%以下のうちから選ばれる少なくとも1種
・B群;Co:0~0.0500mass%およびPb:0~0.0100mass%のうちから選ばれる少なくとも1種
・C群;As:0~0.0200mass%、Zn:0~0.0200mass%、W:0~0.0100mass%、Ge:0~0.0050mass%およびGa:0~0.0050mass%のうちから選ばれる少なくとも1種
【請求項9】
上記鋼スラブは、上記成分組成に加えてさらに、下記のA~C群のうちの少なくとも1群の成分を含有することを特徴とする請求項7に記載の方向性電磁鋼板の製造方法。

・A群;Ni:0~1.00mass%、Sb:0~0.50mass%、Sn:0~0.50mass%、Cu:0~0.50mass%、Cr:0~0.50mass%、P:0~0.50mass%、Mo:0~0.50mass%、Nb:0~0.020mass%、V:0~0.010mass%、B:0~0.0025mass%、Bi:0~0.50mass%およびZr:0~0.10mass%以下のうちから選ばれる少なくとも1種
・B群;Co:0~0.0500mass%およびPb:0~0.0100mass%のうちから選ばれる少なくとも1種
・C群;As:0~0.0200mass%、Zn:0~0.0200mass%、W:0~0.0100mass%、Ge:0~0.0050mass%およびGa:0~0.0050mass%のうちから選ばれる少なくとも1種
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、結晶粒がミラー指数で板面に{110}が、また圧延方向に<001>が高度に集積した、いわゆる方向性電磁鋼板の製造方法に関するものである。
【背景技術】
【0002】
方向性電磁鋼板は、二次再結晶を利用して、結晶粒を{110}<001>方位(以降、「Goss方位」という)に高度に集積させることで、低鉄損で高磁束密度という優れた磁気特性を付与した軟磁性材料であることから、主として変圧器等の電気機器の鉄芯材料として用いられている。なお、方向性電磁鋼板の磁気特性を示す指標としては、一般に、磁場の強さが800(A/m)における磁束密度B(T)と、励磁周波数が50(Hz)の交流磁場で1.7(T)まで磁化したときの鋼板1kgあたりの鉄損W17/50(W/kg)が用いられている。
【0003】
上記の方向性電磁鋼板の製造方法としては、インヒビターと呼ばれる微細な析出物を最終仕上焼鈍中に析出させて結晶粒界に易動度差を付与することで、Goss方位粒のみを優先的に成長させる方法が一般的に使用されている。例えば、特許文献1には、インヒビターとしてAlN、MnSを利用する方法が、特許文献2には、インヒビターとしてMnS、MnSeを利用する方法が開示されており、いずれも工業的に実用化されている。
【0004】
これらのインヒビターを用いる方法は、インヒビターが均一に微細分散している状態が理想であり、そのため、熱間圧延を行う前に素材である鋼スラブを1300℃以上の高温に加熱することが必要とされる。そのため、上記のインヒビターを用いる方法は、高温加熱によってスケールロスが増大して歩留りが低下したり、熱エネルギーコストや設備コストが嵩んだり、設備のメンテナンスが煩雑になったりする等の問題がある。そのため、製造コストの低減要求には十分に応えることができていない。
【0005】
一方、上記の問題を解決する技術として、インヒビターを使用しない製造方法(インヒビターレス法)も提案されている。例えば、特許文献3等には、インヒビター形成成分を含有していない、高純度化した鋼素材を用いる技術が提案されている。この技術は、インヒビター成分のような不純物を極力排除することで、一次再結晶時の結晶粒界が持つ粒界エネルギーの粒界方位差角依存性を顕在化させ、インヒビターを利用せずともGoss方位粒を優先的に二次再結晶させる技術である。なお、上記の効果は「テクスチャーインヒビション効果」と呼ばれている。この方法は、高温スラブ加熱が不要となるので、インヒビターを利用する方法より製造面で多くのメリットを有する。
【0006】
また、一次再結晶集合組織の制御によって磁束密度を高める方法として、特許文献4には、最終冷間圧延前の焼鈍後のコイル巻き取りから冷間圧延開始までの間の鋼板の温度履歴を制御することで、鋼板エッジ部の割れを防止するとともに、磁気特性の向上を図る技術が開示されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0007】
【文献】特公昭40-015644号公報
【文献】特公昭51-013469号公報
【文献】特開2000-129356号公報
【文献】特開2003-253335号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
しかしながら、上記特許文献3等に開示されたインヒビター形成成分を含有しない素材を用いる技術では、高温スラブ加熱が不要であり、低コストで方向性電磁鋼板を製造することが可能となる反面、インヒビター形成成分を含有していないが故に正常粒成長(一次再結晶粒成長)の抑制力が不足し、二次再結晶時に成長するGoss粒の方位集積度が低く、インヒビター使用材に比べて製品の磁束密度が劣る傾向にある。そのため、磁束密度が高い製品を製造するためには、二次再結晶させる前の一次再結晶粒の集合組織を厳密に制御することが重要となる。また、上記技術に、特許文献4の技術を適用してもなお、製品板の磁束密度の改善代は十分ではなかった。
【0009】
本発明は、従来技術が抱える上記の問題点に鑑みてなされたものであり、その目的は、インヒビター形成成分を含有していない鋼素材を用いて、高い磁束密度を有する方向性電磁鋼板を安価にかつ安定して製造する方法を提案することにある。
【課題を解決するための手段】
【0010】
発明者らは、上記の課題を解決する方法について鋭意検討を重ねた。その結果、最終板厚とする冷間圧延(最終冷間圧延)の直前に施す焼鈍工程において、均熱処理後、急冷し、その後、低温に保持する低温熱処理を施し、あるいはさらに、上記低温熱処理の直前または途中で鋼板に歪を付与すること、および、上記低温熱処理完了後から最終冷間圧延を開始するまでの間の時間を適正に管理することによって、製品板の磁束密度を従来よりも高めることができることを見出し、本発明を開発するに至った。
【0011】
上記知見に基づく本発明は、C:0.02~0.10mass%、Si:2.5~5.5mass%、Mn:0.01~0.30mass%含有し、さらに、sol.Al:0mass%以上0.010mass%未満、N:0mass%以上0.006mass%未満、SおよびSeのうちの少なくとも1種を合計で0mass%以上0.010mass%未満で含有し、残部がFeおよび不可避的不純物からなる成分組成を有する鋼スラブを1300℃以下の温度に加熱した後、熱間圧延し、熱延板焼鈍した後、または、熱延板焼鈍することなく、1回の冷間圧延または中間焼鈍を挟む2回以上の冷間圧延をして最終板厚の冷延板とし、脱炭焼鈍を兼ねた一次再結晶焼鈍し、焼鈍分離剤を塗布し、仕上焼鈍を施す工程を含む方向性電磁鋼板の製造方法において、上記最終板厚とする冷間圧延直前の焼鈍工程で、均熱処理後、800℃から400℃まで平均冷却速度15℃/s以上で冷却し、その後、60~100℃間の温度に30~600s間保持する低温熱処理を施すことを特徴とする方向性電磁鋼板の製造方法を提案する。
【0012】
本発明の上記方向性電磁鋼板の製造方法は、上記最終板厚とする冷間圧延の前の焼鈍工程で、均熱処理後、800℃から400℃まで平均冷却速度15℃/s以上で冷却した後、かつ、60~100℃間の温度に30~600s間保持する低温熱処理を施す前に、または60~100℃間の温度に30~600s間維持する低温熱処理の途中で、鋼板に歪を付与することを特徴とする。
【0013】
また、本発明の上記方向性電磁鋼板の製造方法は、上記鋼板に歪を付与する方法が、ロールに90°以上の角度で巻き付けることで少なくとも1回以上の曲げ加工を行う方法、および、軽圧下圧延を行う方法のうちの少なくとも1つであることを特徴とする。
【0014】
また、本発明の上記方向性電磁鋼板の製造方法は、上記低温熱処理を完了した後、300hr以内に最終冷間圧延を開始することを特徴とする。
【0015】
また、本発明の上記方向性電磁鋼板の製造方法は、下記の条件を満たす工程を有することを特徴とする。

・鋼スラブを加熱し、900~1200℃の温度域で1パス以上の粗圧延をした後、700~1000℃の温度域で2パス以上の仕上圧延をして熱延板とし、その後、400~750℃の巻取温度でコイルに巻き取る熱間圧延工程
・熱延板焼鈍を行う場合は、800~1250℃の温度域で5s以上保持した後、800℃から400℃まで5~100℃/sで冷却する熱延板焼鈍工程
・中間焼鈍を行う場合は、800~1250℃の温度域で5s以上保持した後、800℃から400℃まで5~100℃/sで冷却する中間焼鈍工程
・最終冷間圧延の総圧下率を80~92%の範囲とする冷間圧延工程
・HとNとを含み、かつ露点が20~80℃以下の湿潤雰囲気下で、750~950℃の温度域で10s以上保持する脱炭焼鈍を兼ねた一次再結晶焼鈍工程
・MgOを主成分とする焼鈍分離剤を鋼板表面に片面あたり2.5g/m以上塗布する焼鈍分離剤塗布工程
・少なくとも1050~1300℃の温度に3hr以上保持する純化処理を含む、800℃以上の温度域の一部の雰囲気をH含有雰囲気とする仕上焼鈍工程
【0016】
また、本発明の上記方向性電磁鋼板の製造方法に用いる上記鋼スラブは、上記成分組成に加えてさらに、Ni:0~1.00mass%、Sb:0~0.50mass%、Sn:0~0.50mass%、Cu:0~0.50mass%、Cr:0~0.50mass%、P:0~0.50mass%、Mo:0~0.50mass%、Nb:0~0.020mass%、V:0~0.010mass%、B:0~0.0025mass%、Bi:0~0.50mass%およびZr:0~0.10mass%以下のうちから選ばれる少なくとも1種を含有することを特徴とする。
【0017】
また、本発明の上記方向性電磁鋼板の製造方法に用いる上記鋼スラブは、上記成分組成に加えてさらに、Co:0~0.0500mass%およびPb:0~0.0100mass%のうちから選ばれる少なくとも1種を含有することを特徴とする。
【0018】
また、本発明の上記方向性電磁鋼板の製造方法に用いる上記鋼スラブは、上記成分組成に加えてさらに、As:0~0.0200mass%、Zn:0~0.0200mass%、W:0~0.0100mass%、Ge:0~0.0050mass%およびGa:0~0.0050mass%のうちから選ばれる少なくとも1種を含有することを特徴とする。
【発明の効果】
【0019】
本発明の方向性電磁鋼板の製造方法によれば、高い磁束密度を有する方向性電磁鋼板を安価にかつ安定して製造することが可能となる。
【図面の簡単な説明】
【0020】
図1】最終冷間圧延直前の焼鈍工程における冷却速度、低温熱処理条件および低温熱処理から最終冷間圧延開始までの時間が製品板の磁束密度に及ぼす影響を示す図である。
図2】低温熱処理条件および鋼板への歪付与が製品板の磁束密度に及ぼす影響を示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0021】
まず、本発明を開発するに至った実験について説明する。
<実験1>
C:0.03mass%、Si:3.2mass%、Mn:0.08mass%、sol.Al:0.005mass%、N:0.004mass%およびS:0.005mass%を含有し、残部がFeおよび不可避的不純物からなる成分組成を有する鋼スラブを製造し、該スラブを1200℃に加熱した後、熱間圧延して板厚2.5mmの熱延板とし、水冷して600℃でコイルに巻き取った。次いで、上記熱延板に1000℃×60sの均熱処理後、800℃から400℃までの平均冷却速度を5℃/s、15℃/sおよび50℃/sの3水準に変化させて水冷し、引き続き40℃以下まで冷却する熱延板焼鈍を施した。その後、鋼板表面のスケールを除去した後、40℃、60℃、80℃、100℃および120℃の各温度に加熱し、各温度に0s、30s、300s、600sおよび900s間保持する低温熱処理を施した後、水冷し、再度、コイルに巻き取った。その後、上記低温熱処理を完了した後、50hr、300hrおよび500hr経過してから冷間圧延を開始して最終板厚(製品板厚)0.27mmの冷延板とした。
【0022】
次いで、上記冷延板に、HとNを含む露点45℃の湿潤雰囲気下で820℃×60sの脱炭焼鈍を兼ねた一次再結晶焼鈍を施した後、MgOを主成分とする焼鈍分離剤を鋼板表面に片面あたり3g/mで塗布、乾燥し、その後、二次再結晶させた後、1200℃×5hrの条件で純化処理を行う仕上焼鈍を施した。なお、上記仕上焼鈍では、1100℃以上の温度域はHを主成分とする雰囲気とした。次いで、上記仕上焼鈍後の鋼板表面から未反応の焼鈍分離剤を除去した後、リン酸塩系の張力付与型の絶縁被膜を塗布し、被膜の焼付けと鋼板の平坦化を兼ねた平坦化焼鈍を施して製品板とした。
【0023】
斯くして得た製品板から磁気特性測定用の試験片を採取し、磁化力800A/mにおける磁束密度BをJIS C 2550-1(2011)に記載の方法で測定し、その結果を整理して図1に示した。この図から、B≧1.86Tの良好な磁束密度を得るためには、熱延板焼鈍の均熱処理後の冷却過程における800℃から400℃までを平均冷却速度15℃/s以上で冷却し、かつ、上記冷却後に60~100℃の温度で30~600s間保持する低温熱処理を施すことが必要であることがわかる。また、上記の低温熱処理を完了した後、300hr以内に最終冷間圧延を開始することで、B≧1.87Tの、より良好な磁束密度が得られることもわかる。
【0024】
上記のように熱延板焼鈍の冷却過程における800℃から400℃までの平均冷却速度を15℃/s以上とし、その後、60~100℃間の温度で30~600s間保持する低温熱処理を施し、あるいはさらに、上記低温熱処理を完了した後、300hr以内に最終冷間圧延を開始することで製品板の磁束密度が向上する理由は、現時点ではまだ十分に明らかとなっていないが、発明者らは以下のように考えている。
【0025】
まず、熱延板焼鈍で均熱処理した後、800℃から400℃の温度区間を急冷することで、鋼中に固溶していたCは炭化物として析出することなく、固溶状態のまま残存する。また、急冷に伴い、鋼板内に転位や空孔等の格子欠陥が多く導入される。このような状態で低温熱処理を施した場合には、固溶Cは格子欠陥に固着され、炭化物の析出が抑制される。しかし、上記低温熱処理の温度が低過ぎたり、保持時間が短過ぎると、上記固着効果が十分に得られず、一方、上記低温熱処理の温度が高過ぎたり、保持時間が長過ぎたりすると、炭化物が析出するようになる。
【0026】
しかし、上記低温熱処理後の鋼板中には、格子欠陥に固着されずに自由に移動できる固溶Cがまだ残存していると考えられる。そこで、最終冷間圧延を開始するまでの時間を制限し、固溶Cが炭化物として析出する前に冷間圧延を行うことで、最終冷間圧延後の鋼板中にも固溶Cを残存させることができる。固溶Cを多く含んだ素材は、特許文献4にも記載されているように、その後の冷間圧延および脱炭焼鈍で形成される一次再結晶集合組織を改善する効果があると考えられ、その結果、一次再結晶粒のうち、理想Goss方位を有する粒のみが仕上焼鈍時に二次再結晶粒へと成長することができ、製品板の磁束密度が高まったものと考えられる。
【0027】
<実験2>
C:0.06mass%、Si:3.5mass%、Mn:0.10mass%、sol.Al:0.003mass%、N:0.002mass%およびS:0.008mass%を含有し、残部がFeおよび不可避的不純物からなる成分組成を有する鋼スラブを製造し、該スラブを1280℃に加熱し、熱間圧延して板厚2.8mmの熱延板とした後、水冷して600℃でコイルに巻き取った。次いで、鋼板表面のスケールを除去した後、1回目の冷間圧延をして中間板厚1.5mmとした後、1050℃×120sの均熱処理後、800℃から400℃まで平均冷却速度30℃/sで水冷し、引き続き40℃以下まで冷却した。その後、鋼板表面のスケールを除去した後、一部のコイルは、30m/minの通板速度で、直径1000mmφのロールに60°、90°および180°の角度で巻き付ける曲げ加工を1回施した後、50℃、70℃、90℃および110℃の各温度に20s、200s、400s、600sおよび800sの各時間保持する低温熱処理を施した後、水冷し、再度、コイルに巻き取った。その後、上記低温熱処理完了後、50hr経過してから2回目の冷間圧延(最終冷間圧延)をして最終板厚0.27mmの冷延板とした。
【0028】
次いで、HとNを含む露点50℃の湿潤雰囲気下で880℃×100sの脱炭焼鈍を兼ねた一次再結晶焼鈍を施した後、MgOを主成分とする焼鈍分離剤を鋼板表面に片面あたり7.5g/mで塗布、乾燥し、その後、二次再結晶させた後、1180℃×20hrで純化処理する仕上焼鈍を施した。なお、上記仕上焼鈍では、900℃以上の温度域はHを主成分とする雰囲気とした。次いで、上記仕上焼鈍後の鋼板表面から未反応の焼鈍分離剤を除去した後、リン酸塩系の張力付与型の絶縁被膜を塗布し、被膜の焼付けと鋼帯の平坦化を兼ねた平坦化焼鈍を施して製品板とした。
【0029】
斯くして得た製品板から磁気特性測定用の試験片を採取し、磁化力800A/mにおける磁束密度BをJIS C 2550-1(2011)に記載の方法で測定し、その結果を整理して図2に示した。この図から、最終冷間圧延直前の焼鈍工程で、800℃から400℃までを平均冷却速度15℃/s以上で冷却した後でかつ60~100℃間の温度に30~600s間保持する低温熱処理を施す前に、90°以上の角度でロールに巻き付ける曲げ加工を行い、鋼板に歪を付与することで、B≧1.89Tの優れた磁束密度が得られることがわかる。
【0030】
上記のように、最終冷間圧延の前の焼鈍工程で、800℃から400℃までを平均冷却速度15℃/s以上で冷却し、60~100℃間の温度で30~600s間保持する低温熱処理を施す前に、90°以上の角度でロールに巻き付ける曲げ加工を行い、鋼板に歪を付与することで、製品板の磁束密度がより向上する理由は、現時点ではまだ十分に明らかとなっていないが、発明者らは以下のように考えている。
【0031】
中間焼鈍での急冷効果、および、その後の低温熱処理の効果は、<実験1>に記載した通りと考えているが、90°以上の角度でロールに巻き付ける曲げ加工を行って鋼板に歪を付与することによって、鋼板内の格子欠陥の密度が増加し、その後の低温熱処理において格子欠陥に固着される固溶C量が増加した結果、一次再結晶集合組織が改善されて、製品板の磁束密度がさらに高まったものと考えている。
【0032】
次に、本発明の方向性電磁鋼板の製造に用いる鋼素材(スラブ)が有すべき成分組成について説明する。
C:0.02~0.10mass%
Cは、熱間圧延時および熱延板焼鈍の均熱時に起こるオーステナイト-フェライト変態を利用して熱延板組織の改善を図るために必要な成分である。また、C含有量が0.02mass%に満たないと、Cによる粒界強化効果が失われ、スラブにクラックが生じるなど、製造に支障をきたす虞がある。一方、C含有量が0.10mass%を超えると、脱炭焼鈍工程の負荷が増大するばかりでなく、脱炭自体が不完全となり、製品板が磁気時効を起こす原因ともなる。そのため、Cの含有量は0.02~0.10mass%の範囲とする。好ましくは0.03~0.08mass%の範囲である。
【0033】
Si:2.5~5.5mass%
Siは、鋼の比抵抗を高めて、鉄損の一部を構成する渦電流損を低減するのに極めて有効な成分である。しかし、Si含有量が2.5mass%未満では、比抵抗が小さく、良好な鉄損特性を得ることができない。一方、鋼の比抵抗は、Si含有量が11mass%まで単調に増加するものの、5.5mass%を超えると加工性が著しく低下し、圧延することが困難となる。そのため、Siの含有量は2.5~5.5mass%の範囲とする。好ましくは3.0~4.0mass%の範囲である。
【0034】
Mn:0.01~0.30mass%
Mnは、熱間加工性を改善するのに有効な成分である。しかし、0.01mass%未満では上記効果が十分に得られず、一方、0.30mass%を超えると、製品板の磁束密度が低下するようになるので、Mn含有量は0.01~0.30mass%の範囲とする。好ましくは0.05~0.20mass%の範囲である。
【0035】
sol.Al:0mass%以上0.010mass%未満、N:0mass%以上0.006mass%未満、SおよびSeのうちの少なくとも1種:合計で0mass%以上0.010mass%未満
本発明は、二次再結晶を発現させるために、インヒビターを利用せずに、テクスチャーインヒビション効果によりGoss方位を二次再結晶させる技術であることから、インヒビター形成成分であるAl、N、SおよびSeの含有量を極力低減する必要がある。このため、Alはsol.Al(酸可溶Al)で0.010mass%未満、N:0.0060mass%未満、SおよびSeのうちの少なくとも1種を合計で0.010mass%未満に低減した鋼素材を用いる必要がある。好ましくは、sol.Al:0~0.008mass%、N:0~0.0050mass%、SおよびSeのうちの少なくとも1種を合計で0~0.007mass%の範囲である。ただし、これら成分の低減は、製造コストが増加する原因となるため、必ずしも0mass%まで低減する必要はない。
【0036】
また、本発明に用いる上記鋼素材は、上記基本成分に加えてさらに、磁気特性を向上させる目的で、Ni:0~1.00mass%、Sb:0~0.50mass%、Sn:0~0.50mass%、Cu:0~0.50mass%、Cr:0~0.50mass%、P:0~0.50mass%、Mo:0~0.50mass%、Nb:0~0.020mass%、V:0~0.010mass%、B:0~0.0025mass%、Bi:0~0.50mass%およびZr:0~0.10mass%以下のうちから選ばれる少なくとも1種を含有することができる。それぞれの成分の含有量が上記の上限値を超えると、二次再結晶粒の発達が抑制され、却って磁気特性が劣化する虞がある。なお、磁気特性をより向上する観点からは、Ni:0.01mass%以上、Sb:0.005mass%以上、Sn:0.005mass%以上、Cu:0.01mass%以上、Cr:0.01mass%以上、P:0.005mass%以上、Mo:0.005mass%以上、Nb:0.001mass%以上、V:0.001mass%以上、B:0.0002mass%以上、Bi:0.005mass%以上およびZr:0.001mass%以上含有するのが望ましい。
【0037】
また、本発明に用いる鋼素材は、上記成分組成に加えてさらに、磁気特性の向上を目的として、Co:0~0.0500mass%およびPb:0~0.0100mass%のうちから選ばれる少なくとも1種を含有することができる。それぞれの成分の含有量が、上記上限値を超えると、二次再結晶粒の発達が抑制され、却って磁気特性が劣化するようになる。なお、磁気特性をより向上する観点からは、Co:0.0020mass%以上、Pb:0.0001mass%以上含有するのが望ましい。
【0038】
また、本発明に用いる鋼素材は、上記成分組成に加えてさらに、磁気特性の向上を目的として、As:0~0.0200mass%、Zn:0~0.0200mass%、W:0~0.0100mass%、Ge:0~0.0050mass%およびGa:0~0.0050mass%のうちから選ばれる少なくとも1種を含有することができる。それぞれの成分の含有量が、上記上限値を超えると、二次再結晶粒の発達が抑制され、却って磁気特性が劣化するようになる。なお、磁気特性をより向上する観点からは、As:0.0010mass%以上、Zn:0.0010mass%以上、W:0.0010mass%以上、Ge:0.0001mass%以上、Ga:0.0001mass%以上含有するのが望ましい。
【0039】
本発明に用いる上記鋼素材は、上記した成分以外の残部は、Feおよび不可避的不純物である。ここで、上記不可避的不純物とは、スラブを溶製する際、原料やスクラップ、溶製中の鍋や外部環境等から不可避的に混入してくるものを意味する。なお、不可避的不純物として含まれるTiは、窒化物を形成し、Goss粒の二次再結晶を阻害する有害成分である。しかし、過度の低減は精錬コストの上昇を招くが、0.010mass%以下であれば許容され得る。望ましくは0.0020mass%以下である。
【0040】
次に、本発明の方向性電磁鋼板の製造方法について説明する。
本発明の方向性電磁鋼板の鋼素材となるスラブは、上記した成分組成を有する鋼を通常公知の精錬プロセスで溶製した後、通常公知の造塊法や連続鋳造法で製造するのが好ましい。なお、100mm以下の厚さの薄鋳片を直接鋳造法で製造してもよい。
【0041】
上記のようにして得た鋼素材(スラブや薄鋳片)は、通常の方法で所定の温度に加熱した後、熱間圧延に供するが、鋳造後、加熱せずに直ちに熱間圧延してもよい。なお、熱間圧延前のスラブ加熱温度は、スラブがインヒビター形成成分を含まないことから、1300℃以下とするのがコスト低減の観点から好ましい。
【0042】
続く熱間圧延は、900~1200℃の温度域で1パス以上の粗圧延した後、700~1000℃の温度域で2パス以上の仕上圧延することが、熱延板の組織制御の観点からは望ましい。また、熱間圧延後のコイル巻取温度は、割れ等の欠陥防止の観点から400~750℃の範囲とするのが好ましい。より好ましい巻取温度は500~700℃の範囲である。
【0043】
上記熱間圧延後の鋼板は、その後、必要に応じて熱延板焼鈍を施してもよい。熱延板焼鈍を施すことで、組織の均一化が図れ、磁気特性のばらつきを小さくすることができる。熱延板焼鈍を行う場合には、組織を均一化する観点から、800~1250℃の温度に5s以上保持する均熱処理を施すことが好ましい。より好ましくは900~1150℃の温度に10~180s間保持する条件である。また、上記均熱処理後の冷却は、第二相や析出物の形態制御の観点から、800℃から400℃までの冷却速度を5~100℃/sの範囲とするのが好ましい。より好ましい冷却速度は15~80℃/sの範囲である。
【0044】
次いで、熱間圧延時に生成した鋼板表面のスケールを除去するため、加熱した酸を用いて酸洗する方法や、機械的にスケールを除去する方法などを用いて、脱スケールするのが好ましい。
【0045】
次いで、上記脱スケールした熱延板は、1回の冷間圧延をして、または、中間焼鈍を挟む2回以上の冷間圧延をして最終板厚(製品板厚)の冷延板とする。中間焼鈍を施す場合は、組織制御の観点から、800~1250℃の温度域で5s以上保持する均熱処理を行うことが好ましい。また、上記均熱処理後の冷却は、第二相や析出物の形態制御の観点から、800℃から400℃までの冷却速度を5~100℃/sの範囲とするのが好ましい。より好ましい冷却速度は15~80℃/sの範囲である。なお、中間焼鈍を行う場合は、その前に前工程の圧延油を除去するために洗浄することが好ましい。また、中間焼鈍後は、鋼板表面に生成したスケールを、前述した方法で除去することが好ましい。なお、本発明では、最終板厚とする冷間圧延を「最終冷間圧延」という。
【0046】
ここで、本発明において最も重要なことは、最終冷間圧延直前の焼鈍工程において、均熱処理後の冷却過程において800℃から400℃まで平均冷却速度15℃/s以上で冷却し、その後、60~100℃間の温度で30~600s間保持する低温熱処理を施すことである。ここで、上記最終冷間圧延直前の焼鈍工程とは、1回の冷間圧延で最終板厚(製品板厚)まで冷間圧延する場合は熱延板焼鈍、中間焼鈍を挟む2回以上の冷間圧延を行う場合は、最終冷間圧延直前の中間焼鈍のことをいう。したがって、上記に説明した、熱延板焼鈍工程または中間焼鈍工程が、最終冷間圧延直前の焼鈍工程に該当する場合には、先述した冷却条件(800℃から400℃までの冷却速度:5~100℃/s)は、上記冷却条件(800℃から400℃まで平均冷却速度15℃/s以上)に適合させる必要がある。
【0047】
なお、上記焼鈍工程に続く、60~100℃間の温度で30~600s間保持する低温熱処理工程は、同じ焼鈍ラインで引き続き行ってもよいし、あるいは、100℃以下に冷却してコイルに一旦巻き取った後、別のラインで施してもよい。好ましい低温熱処理条件は、70~90℃間の温度で60~300s間保持する条件である。なお、上記低温熱処理は、保持温度および保持時間が上記範囲内であれば、酸洗等、別の処理と兼ねて(同時)に施してもよい。
【0048】
また、本発明において次に重要なことは、上記低温熱処理直前もしくはその途中で鋼板に歪を付与することである。歪を付与する方法としては、ロールに巻き付けて曲げ加工を行う方法や、軽度の冷間圧延を行う方法など、一般的な方法を利用することができる。曲げ加工を用いる場合は、直径が200~2500mmφのロールに90°以上の角度で巻き付けて、少なくとも1回、より好ましくは2~10回の曲げ加工を行うことが好ましい。上記ロールは、歪を付与するための専用ロールを用いてもよいが、製造ライン内に配設されたデフレクターロールやピンチロール等で代用してもよい。また、上記歪の付与は、焼鈍ライン内や酸洗ライン内で行っても良いし、歪の付与を目的として別の製造ラインで行ってもよい。一方、軽圧下圧延を行う場合は、例えば、スキンパス圧延機において、0.5~10%、より好ましくは1~5%の圧下率の軽圧下圧延を行うことが好ましい。
【0049】
さらに、本発明においてもう一つの重要なことは、上記低温熱処理を完了した後、300hr以内に最終冷間圧延を開始することである。300hrを上回ると、鋼板中に残存する固溶C量が減少し、一次再結晶集合組織が劣化し、製品板の磁気特性の劣化をもたらす。より好ましくは、100hr以下である。
【0050】
なお、最終冷間圧延の総圧下率は、二次再結晶前に良好な一次再結晶集合組織を得る観点から、80~92%の範囲とするのが好ましい。さらに、再結晶集合組織を改善して磁気特性を向上させる観点から、冷間圧延時の鋼板温度を100~300℃に高めて圧延する温間圧延を実施したり、冷間圧延の途中で100~300℃の温度で時効処理を1回または複数回施したりすることが好ましい。また、上記した冷間圧延では、圧延荷重の低減と圧延形状の制御の観点から、圧延油等の潤滑剤を使用することが好ましい。
【0051】
最終板厚とした冷延板は、必要に応じて脱脂や酸洗を行い、鋼板表面を清浄化した後、脱炭焼鈍を兼ねた一次再結晶焼鈍を施す。脱炭焼鈍は、750~950℃の温度域で10s以上保持するのが好ましい。また、脱炭焼鈍時の雰囲気は、HとNとを含み、かつ脱炭焼鈍の一部もしくはすべての範囲で露点を20~80℃の湿潤雰囲気とするのが好ましい。より好ましくは、露点が40~70℃の湿潤雰囲気下で、800~900℃の温度域に30~180s間保持する条件である。上記脱炭焼鈍を施すことにより、鋼中のCは磁気時効が起き難い0.0050mass%以下に低減される。
【0052】
上記脱炭焼鈍後の鋼板は、その後、MgOを主体とする焼鈍分離剤を鋼板表面に片面あたり2.5g/m以上塗布することが好ましい。MgOは、スラリー状として鋼板に塗布してもよいし、静電塗装で乾式塗布してもよい。スラリーで塗布する場合は、粘度上昇を抑制するため、スラリー溶液を15℃以下の温度に保持することが好ましい。またスラリー濃度を一定に維持するため、スラリー溶液は、調合用のタンクと、塗布に供する溶液用のタンクとに分けて管理することが好ましい。ここで、上記MgOを主体とするとは、焼鈍分離剤に占めるMgOの含有量が60mass%以上であることをいう。
【0053】
上記焼鈍分離剤を塗布した鋼板は、コイルに巻き取った状態で、仕上焼鈍を施して、二次再結晶粒を発達させるととともに、鋼板表面にフォルステライト被膜を形成させる。この際、二次再結晶を完了させるためには800℃以上の温度に加熱することが好ましく、フォルステライト被膜を形成させるためには、1050℃以上の温度に加熱することが好ましい。また、インヒビター形成成分等の不純物を鋼中から排除し、良好な磁気特性を得るためには、1050~1300℃の温度域で3hr以上保持する純化処理を施すとともに、800℃以上の一部もしくはすべての温度域をHを含む雰囲気とするのが好ましい。上記純化処理を施すことで、インヒビター形成成分を不純物レベルまで低減することができる。なお、仕上焼鈍は、高温で長時間の熱処理となることから、コイルはアップエンド状態で焼鈍するのが一般的であるが、コイル外巻の巻き緩みを防止するため、仕上焼鈍前にコイルの周囲にバンド等を巻き付けておくことが好ましい。
【0054】
上記仕上焼鈍後の鋼板は、その後、鋼板表面に残留した未反応の焼鈍分離剤を水洗やブラッシング、酸洗等で除去した後、鋼板の巻き癖や仕上焼鈍時に発生した形状不良を矯正する平坦化焼鈍を施すことが、鉄損低減のためにも好ましい。
【0055】
なお、電磁鋼板は、鋼板を積層して使用することが多いが、絶縁性を確保するためには鋼板表面に絶縁被膜を形成することが好ましい。上記絶縁被膜は、鉄損低減のため、鋼板に張力を付与する張力付与型の被膜を適用するのが好ましい。この絶縁被膜の形成は、平坦化焼鈍前にコーティング液を塗布し、平坦化焼鈍で焼き付ける方法で行ってもよいし、別のラインで行ってもよい。また、バインダーを介して張力付与膜を形成したり、物理蒸着法や化学蒸着法を用いて無機物の被膜を鋼板表層に蒸着させたりする方法を採用すると、密着性に優れ、かつ、著しい鉄損低減効果を有する被膜が得られる。
【0056】
さらに、鉄損をより低減する観点から、冷間圧延後のいずれかの工程で、鋼板表面にエッチング等で溝を形成したり、絶縁被膜を形成した後、鋼板表面にレーザーやプラズマ等の熱エネルギービームを照射して熱歪領域を形成したり、突起を有するロール等を鋼板表面に押し当てて加工歪領域を形成したりすることで、磁区細分化処理を施してもよい。
【実施例1】
【0057】
C:0.03mass%、Si:3.1mass%、Mn:0.14mass%、sol.Al:0.008mass%、N:0.004mass%およびS:0.002mass%を含有し、残部がFeおよび不可避的不純物からなる成分組成を有する鋼スラブを製造し、1250℃の温度に加熱した後、熱間圧延して板厚2.5mmの熱延板とし、600℃の温度でコイルに巻き取った。次いで、上記熱延板に、950℃×60sの均熱処理後、800℃から400℃までを平均冷却速度30℃/sで水冷する熱延板焼鈍を施した。次いで、鋼板表面のスケールを除去した後、1回目の冷間圧延をして中間板厚1.8mmとした後、1050℃×30sの均熱処理後、800℃から400℃までの平均冷却速度を10℃/s、35℃/sおよび80℃/sの3水準に変化させて水冷し、引き続き40℃以下まで冷却する中間焼鈍を施した。
【0058】
その後、酸洗しながら80℃の温度に200s間保持する低温熱処理を施した後、水冷し、再度、コイルに巻き取った。この際、表1に示したA~Eの条件で鋼板に歪を付与した。具体的には、条件Aは、歪を付与しない条件、条件Bは、上記中間焼鈍後かつ低温熱処理前に50m/minの通板速度で、直径1000mmφのロールに90°の角度で巻き付ける曲げ加工を1回施す条件、条件Cは、上記中間焼鈍後かつ低温熱処理前に50m/minの通板速度で、直径2000mmφのロールに180°の角度で巻き付ける曲げ加工を3回施す条件、条件Dは、上記中間焼鈍後かつ低温熱処理前に、50m/minの通板速度で、直径1000mmφのワークロールを有するスキンパス圧延機で圧下率2%の軽圧下圧延を1回施す条件、条件Eは、上記低温熱処理の途中で(100s保持後)、50m/minの通板速度で、直径1000mmφのロールに90°の角度で巻き付ける曲げ加工を1回施す条件である。
【0059】
その後、上記低温熱処理後から200hr経過後、上記鋼板に2回目の冷間圧延(最終冷間圧延)をして最終板厚0.18mmの冷延板とした。次いで、上記冷延板に、HとNを含む露点40℃の湿潤雰囲気下で800℃×60sの脱炭焼鈍を兼ねた一次再結晶焼鈍を施した後、MgOを主成分とする焼鈍分離剤を鋼板表面に片面あたり5g/mで塗布、乾燥し、その後、二次再結晶させた後、1160℃×5hrで純化処理する仕上焼鈍を施した。なお、上記仕上焼鈍では、1100℃以上の温度域はHを主成分とする雰囲気とした。次いで、上記仕上焼鈍後の鋼板表面から未反応の焼鈍分離剤を除去した後、リン酸塩系の張力付与型の絶縁被膜を塗布し、被膜の焼付けと鋼板の平坦化を兼ねた平坦化焼鈍を施して製品板とした。
【0060】
斯くして得た製品板から磁気特性測定用の試験片を採取し、磁化力800A/mにおける磁束密度BをJIS C2 550-1(2011)に記載の方法で測定し、その結果を表1に併記した。これらの結果から、本発明に適合する条件で製造した鋼板は、いずれもB≧1.87Tの良好な磁束密度が得られていることがわかる。特に、中間焼鈍の冷却速度を80℃/sとした鋼板は、いずれもB≧1.89Tのより良好な磁束密度が得られている。
【0061】
【表1】
【実施例2】
【0062】
表2に示した種々の成分を含有し、残部がFeおよび不可避的不純物からなる成分組成を有する鋼スラブを製造し、1250℃の温度に加熱した後、熱間圧延して板厚2.0mmの熱延板とし、水冷して500℃の温度でコイルに巻き取った。次いで、各熱延板に、1050℃×30sの均熱処理後、800℃から400℃まで平均冷却速度50℃/sで水冷し、引き続き40℃以下まで冷却する熱延板焼鈍を施した。次いで、酸洗しながら、90℃の温度に60s間保持する低温熱処理を施した後、水冷し、コイルに巻き取った。この際、上記熱延板焼鈍後かつ低温熱処理前に、通板速度80m/minで、直径1000mmφのロールに90°の角度で巻き付ける曲げ加工を3回施した。
【0063】
次いで、上記低温熱処理を施してから20hr経過した後、2回目の冷間圧延(最終冷間圧延)をして最終板厚0.23mmの冷延板とした。次いで、HとNを含む露点55℃の湿潤雰囲気下で840℃×100sの脱炭焼鈍を兼ねた一次再結晶焼鈍を施し、MgOを主成分とする焼鈍分離剤を鋼板表面に片面あたり5g/mで塗布、乾燥した。その後、二次再結晶させた後、1200℃×20hrで純化処理する仕上焼鈍を施した。なお、上記仕上焼鈍では、1000℃以上の温度域はHを主成分とする雰囲気とした。次いで、上記仕上焼鈍後の鋼板表面から未反応の焼鈍分離剤を除去した後、リン酸塩系の張力付与型の絶縁被膜を塗布し、被膜の焼付けと鋼板の平坦化を兼ねた平坦化焼鈍を施して製品板とした。
【0064】
斯くして得た製品板から磁気特性測定用の試験片を採取し、磁化力800A/mにおける磁束密度BをJIS C 2550-1(2011)に記載の方法で測定し、その結果を表2に併記した。この結果から、本発明に適合する成分組成を有する鋼素材(スラブ)を用いて、本発明に適合する条件で製造した鋼板は、いずれもB≧1.89Tの良好な磁束密度が得られていることがわかる。特に、任意の添加成分を適切な量で添加した鋼板は、いずれもB≧1.91Tの優れた磁束密度が得られている。
【0065】
【表2-1】
【0066】
【表2-2】
【要約】
本発明の方向性電磁鋼板の製造方法は、質量%で、C:0.02~0.10%、Si:2.5~5.5%、Mn:0.01~0.30%、sol.Al:0%以上0.010%未満、N:0%以上0.006%未満、SおよびSeのうちの少なくとも1種を合計で0%以上0.010%未満で含有し、残部がFeおよび不可避的不純物からなる成分組成を有する鋼スラブを、1300℃以下の温度に加熱した後、熱間圧延し、1回の冷間圧延または中間焼鈍を挟む2回以上の冷間圧延をして最終板厚の冷延板とし、脱炭焼鈍を兼ねた一次再結晶焼鈍し、焼鈍分離剤を塗布し、仕上焼鈍を施して方向性電磁鋼板を製造するものであって、上記最終板厚とする冷間圧延の前の焼鈍工程で、均熱処理後、800℃から400℃まで平均冷却速度15℃/s以上で冷却し、その後、60~100℃間の温度に30~600s間保持する低温熱処理を施すものである。
図1
図2