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  • 特許-方向性電磁鋼板の製造方法 図1
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B1)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2022-12-19
(45)【発行日】2022-12-27
(54)【発明の名称】方向性電磁鋼板の製造方法
(51)【国際特許分類】
   C21D 8/12 20060101AFI20221220BHJP
   C22C 38/00 20060101ALI20221220BHJP
   C22C 38/60 20060101ALI20221220BHJP
   H01F 41/02 20060101ALI20221220BHJP
【FI】
C21D8/12 B
C22C38/00 303U
C22C38/60
H01F41/02 B
【請求項の数】 5
(21)【出願番号】P 2022555837
(86)(22)【出願日】2022-05-26
(86)【国際出願番号】 JP2022021550
【審査請求日】2022-09-15
(31)【優先権主張番号】P 2021090438
(32)【優先日】2021-05-28
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
【早期審査対象出願】
(73)【特許権者】
【識別番号】000001258
【氏名又は名称】JFEスチール株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】110001542
【氏名又は名称】弁理士法人銀座マロニエ特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】竹中 雅紀
(72)【発明者】
【氏名】今村 猛
(72)【発明者】
【氏名】田中 孝明
(72)【発明者】
【氏名】山口 広
【審査官】鈴木 毅
(56)【参考文献】
【文献】特開平3-47601(JP,A)
【文献】特開平4-157118(JP,A)
【文献】特開昭60-200916(JP,A)
【文献】特開2009-12033(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C21D 8/12
C22C 38/00 - 38/60
H01F 41/02
B21B 3/02
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
C:0.02~0.10mass%、Si:2.5~5.5mass%、Mn:0.01~0.30mass%、S:0.0010~0.040mass%、Se:0~0.040mass%、sol.Al:0.010~0.040mass%およびN:0.004~0.020mass%を含有し、残部がFeおよび不可避的不純物からなる成分組成を有する鋼スラブを加熱した後、熱間圧延し、熱延板焼鈍を施した後もしくは施すことなく、1回の冷間圧延または中間焼鈍を挟む2回以上の冷間圧延をして最終板厚の冷延板とし、脱炭焼鈍を兼ねた一次再結晶焼鈍し、焼鈍分離剤を鋼板表面に塗布した後、仕上焼鈍を施す工程を含む方向性電磁鋼板の製造方法において、
上記スラブの加熱温度を1300℃以上とし、
上記熱間圧延の粗圧延開始時のスラブ側面温度Tを下記(1)式で定義される温度T以下とし、
上記粗圧延の少なくとも1パスの後に幅圧下を行うことを特徴とする方向性電磁鋼板の製造方法。
=-120000[%S]+1400 ・・・(1)
ここで、[%S]:スラブのS含有量(mass%)
【請求項2】
上記スラブ加熱は、スラブ表面温度が1100~1300℃となるまで加熱し、上記温度に0~300min間保持した後、上記スラブ表面温度の降下量が50~200℃の範囲で降温し、しかる後、スラブ表面温度を100℃/hr以上の昇温速度で1300℃以上に加熱し、上記温度に0~180min間保持することを特徴とする請求項1に記載の方向性電磁鋼板の製造方法。
【請求項3】
下記の工程を有することを特徴とする請求項に記載の方向性電磁鋼板の製造方法。

・鋼スラブを加熱し、1100℃以上かつ上記T以下の温度域で1パス以上の粗圧延をした後、800~1300℃の温度域で2パス以上の仕上圧延をして熱延板とし、その後、400~750℃の巻取温度でコイルに巻き取る熱間圧延工程
・熱延板焼鈍を行う場合は、800~1250℃の温度域で5s以上保持した後、800℃から350℃まで5~100℃/sで冷却する熱延板焼鈍工程
・冷間圧延を1回行う場合は、その総圧下率を50~92%の範囲とし、冷間圧延を2回以上行う場合は、最終板厚に仕上げる最終冷間圧延の総圧下率を50~92%の範囲とする冷間圧延工程
・中間焼鈍を行う場合は、800~1250℃の温度域で5s以上保持した後、800℃から350℃まで5~100℃/sで冷却する中間焼鈍工程
・HとNとを含み、かつ露点が20~80℃以下の湿潤雰囲気下で、750~950℃の温度域で10s以上保持する脱炭焼鈍を兼ねた一次再結晶焼鈍工程
・MgOを主成分とする焼鈍分離剤を鋼板表面に片面当たり3g/m以上塗布する焼鈍分離剤塗布工程
・少なくとも1050~1300℃の温度に3hr以上保持する純化処理を含む、800℃以上の温度域の一部の雰囲気をH含有雰囲気とする仕上焼鈍工程
【請求項4】
下記の工程を有することを特徴とする請求項2に記載の方向性電磁鋼板の製造方法。

・鋼スラブを加熱し、1100℃以上かつ上記T 以下の温度域で1パス以上の粗圧延をした後、800~1300℃の温度域で2パス以上の仕上圧延をして熱延板とし、その後、400~750℃の巻取温度でコイルに巻き取る熱間圧延工程
・熱延板焼鈍を行う場合は、800~1250℃の温度域で5s以上保持した後、800℃から350℃まで5~100℃/sで冷却する熱延板焼鈍工程
・冷間圧延を1回行う場合は、その総圧下率を50~92%の範囲とし、冷間圧延を2回以上行う場合は、最終板厚に仕上げる最終冷間圧延の総圧下率を50~92%の範囲とする冷間圧延工程
・中間焼鈍を行う場合は、800~1250℃の温度域で5s以上保持した後、800℃から350℃まで5~100℃/sで冷却する中間焼鈍工程
・H とN とを含み、かつ露点が20~80℃以下の湿潤雰囲気下で、750~950℃の温度域で10s以上保持する脱炭焼鈍を兼ねた一次再結晶焼鈍工程
・MgOを主成分とする焼鈍分離剤を鋼板表面に片面当たり3g/m 以上塗布する焼鈍分離剤塗布工程
・少なくとも1050~1300℃の温度に3hr以上保持する純化処理を含む、800℃以上の温度域の一部の雰囲気をH 含有雰囲気とする仕上焼鈍工程
【請求項5】
上記鋼スラブは、上記成分組成に加えてさらに、下記A~C群のうちの少なくとも1群の成分を含有することを特徴とする請求項1~のいずれか1項に記載の方向性電磁鋼板の製造方法。

・A群;Ni:0~1.00mass%、Sb:0~0.50mass%、Sn:0~0.50mass%、Cu:0~0.50mass%、Cr:0~0.50mass%、P:0~0.50mass%、Mo:0~0.50mass%、Nb:0~0.020mass%、V:0~0.010mass%、B:0~0.0025mass%、Bi:0~0.50mass%およびZr:0~0.10mass%のうちから選ばれる少なくとも1種
・B群;Co:0~0.0500mass%およびPb:0~0.0100mass%のうちから選ばれる少なくとも1種
・C群;As:0~0.0200mass%、Zn:0~0.0200mass%、W:0~0.0100mass%、Ge:0~0.0050mass%およびGa:0~0.0050mass%のうちから選ばれる少なくとも1種
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、結晶粒がミラー指数で板面に{110}が、また圧延方向に<001>が高度に集積した、いわゆる方向性電磁鋼板の製造方法に関するものである。
【背景技術】
【0002】
方向性電磁鋼板は、軟磁性材料であり、主に変圧器等の電気機器の鉄芯として広く用いられている。この方向性電磁鋼板は、二次再結晶を利用して、結晶粒を{110}<001>方位(以降、「ゴス方位」という)に高度に集積させることで、低鉄損で高磁束密度という優れた磁気特性を付与している。なお、方向性電磁鋼板の磁気特性を評価する指標としては、一般に、磁場の強さが800(A/m)における磁束密度B(T)と、励磁周波数が50(Hz)の交流磁場で1.7(T)まで磁化したときの鋼板1kgあたりの鉄損W17/50(W/kg)が用いられている。
【0003】
上記の方向性電磁鋼板の製造方法としては、インヒビターと呼ばれる微細な析出物を最終仕上焼鈍時に析出させて結晶粒界に易動度差を付与することで、ゴス方位粒のみを優先的に成長させる方法が一般的に使用されている。例えば、特許文献1には、インヒビターとしてAlN、MnSを利用する方法が、特許文献2には、インヒビターとしてMnS、MnSeを利用する方法が開示されており、いずれも工業的に実用化されている。これらのインヒビターを用いる方法は、インヒビターを均一に微細分散させることが理想であり、そのためには、熱間圧延前に素材である鋼スラブを1300℃以上の高温に加熱することが必要とされている。
【0004】
一方、スラブを高温度で長時間加熱すると、スラブの結晶組織が粗大化して組織の不均一化を助長するという問題が発生する。この問題に対しては、特許文献3に開示されているように、1300~1450℃程度の高温に短時間で加熱する方法が主流になりつつある。上記のスラブ加熱方法としては、特許文献4や特許文献5に開示されている誘導加熱や通電加熱がある。この技術を適用することで、結晶組織の粗大化を抑えることが可能となるだけでなく、スラブを個別に処理できるため、熱間圧延のチャンスの自由度が増し、また、生産効率の面、さらには設備の建設費や維持・管理コストの面でも有利であるとされている。
【0005】
しかしながら、上記の加熱方法では、短時間の急速加熱であるため、スラブ内位置による加熱ムラが生じ易く、加熱温度が不均一になったり、インヒビター形成成分などのミクロ偏析し易い成分の均一分散が不十分となり、製品の磁気特性がコイルの幅方向や長手方向で変動したりするという問題があった。
【0006】
ところで、方向性電磁鋼板は、上記した磁気特性のバラツキを改善することに加えて、製品を安価に供給することも強く望まれており、かかる高品質な製品を歩留り良く製造することが製造者サイドにおいては重要な課題となっている。歩留り向上の課題としては、例えば、熱間圧延時に鋼板エッジ部に発生する耳割れを防止することが挙げられる。
【0007】
熱間圧延時の耳割れを防止する技術については、従来から多くの技術が提案されている。例えば、特許文献6には、一方向性珪素鋼板用の連鋳片の熱間圧延工程において、仕上圧延開始温度と仕上圧延終了温度との差、すなわち仕上圧延中の温度低下を220℃以下とする方法が開示されている。しかし、仕上圧延の開始温度と終了温度との差をこのような範囲に規制しても、粗圧延時や仕上圧延の前段で発生する耳割れを防止することはできない。
【0008】
また、特許文献7~11には、熱間圧延時のシートバーの側面の形状を整えることで耳割れを防止する方向性珪素鋼の熱間圧延方法が開示されている。また、特許文献12には、熱間粗圧延の最終圧下率を規制する方法が、特許文献13には、スラブ加熱後に幅圧下、水平圧下を施す方法が、特許文献14には、スラブの鋳込組織を制御する方法が、さらに、特許文献15には、スラブ断面形状を特殊形状にする方法が提案されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0009】
【文献】特公昭40-015644号公報
【文献】特公昭51-013469号公報
【文献】特開昭60-190520号公報
【文献】実公昭58-024397号公報
【文献】特開昭60-145318号公報
【文献】特開昭55-062124号公報
【文献】特開昭60-145204号公報
【文献】特開昭60-200916号公報
【文献】特開昭61-071104号公報
【文献】特開昭62-196328号公報
【文献】特開平05-138207号公報
【文献】特開昭54-031024号公報
【文献】特開平03-133501号公報
【文献】特開平03-243244号公報
【文献】特開昭61-003837号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0010】
しかしながら、上記特許文献7~11に提案された技術は、スラブ側面の形状が悪い場合には、スラブの高温加熱で粗大に成長した結晶の粒界部にノッチ状の凹部が生じ、これが耳割れの起点となるとの知見の下、仕上圧延の入側で幅圧下を行い、側面の形状を整えることによって耳割れの防止を図るものである。上記の方法は、仕上圧延の出側で幅圧下を行う方法に比べると耳割れ防止効果は大きいものの、完全に耳割れを防止できるまでには至っていない。また、特許文献12~15に提案された技術も、耳割れに対して多少の効果はあるが、やはり、耳割れを完全に防止する有効な方法とは言えなかった。
【0011】
本発明は、従来技術が抱える上記の問題点に鑑みてなされたものであり、その目的は、AlN、MnSおよび/またはMnSeをインヒビターとして利用する方向性電磁鋼板の製造方法において、熱間圧延で発生する耳割れを効果的に防止することが可能な技術を提案することにある。
【課題を解決するための手段】
【0012】
発明者らは、上記の課題を解決するための方策について、耳割れの発生原因に着目して鋭意検討を行った。その結果、耳割れの多くは、熱間圧延の粗圧延の段階で発生していること、耳割れの主な原因は、Sが低融点相を形成して局部的に液相部が形成されるためであること、したがって、上記耳割れを防止するためには、スラブ加熱から熱間粗圧延開始までのスラブ表面温度をスラブのS含有量に応じて適切に管理し、かつ、適切なスラブ側面温度で熱間粗圧延を開始することが有効であることを見出し、本発明を開発するに至った。
【0013】
上記知見に基づく本発明は、C:0.02~0.10mass%、Si:2.5~5.5mass%、Mn:0.01~0.30mass%、S:0.0010~0.040mass%、Se:0~0.040mass%、sol.Al:0.010~0.040mass%およびN:0.004~0.020mass%を含有し、残部がFeおよび不可避的不純物からなる成分組成を有する鋼スラブを加熱した後、熱間圧延し、熱延板焼鈍を施した後もしくは施すことなく、1回の冷間圧延または中間焼鈍を挟む2回以上の冷間圧延をして最終板厚の冷延板とし、脱炭焼鈍を兼ねた一次再結晶焼鈍し、焼鈍分離剤を鋼板表面に塗布した後、仕上焼鈍を施す方向性電磁鋼板の製造方法において、上記スラブの加熱温度を1300℃以上とし、上記熱間圧延の粗圧延開始時のスラブ側面温度Tを下記(1)式;
=-120000[%S]+1400 ・・・(1)
ここで、[%S]:スラブのS含有量(mass%)
で定義される温度T以下とし、上記粗圧延の少なくとも1パスの後に幅圧下を行うことを特徴とする方向性電磁鋼板の製造方法を提案する。
【0014】
本発明の上記方向性電磁鋼板の製造方法における上記スラブ加熱は、スラブ表面温度が1100~1300℃となるまで加熱し、上記温度に0~300min間保持した後、上記スラブ表面温度の降下量が50~200℃の範囲で降温し、しかる後、スラブ表面温度を100℃/hr以上の昇温速度で1300℃以上に加熱し、上記温度に0~180min間保持することを特徴とする。
【0015】
また、本発明の上記方向性電磁鋼板の製造方法は、下記の工程を有することを特徴とする。

・鋼スラブを加熱し、1100℃以上かつ上記T以下の温度域で1パス以上の粗圧延をした後、800~1300℃の温度域で2パス以上の仕上圧延をして熱延板とし、その後、400~750℃の巻取温度でコイルに巻き取る熱間圧延工程
・熱延板焼鈍を行う場合は、800~1250℃の温度域で5s以上保持した後、800℃から350℃まで5~100℃/sで冷却する熱延板焼鈍工程
・冷間圧延を1回行う場合は、その総圧下率を50~92%の範囲とし、冷間圧延を2回以上行う場合は、最終板厚に仕上げる最終冷間圧延の総圧下率を50~92%の範囲とする冷間圧延工程
・中間焼鈍を行う場合は、800~1250℃の温度域で5s以上保持した後、800℃から350℃まで5~100℃/sで冷却する中間焼鈍工程
・HとNとを含み、かつ露点が20~80℃以下の湿潤雰囲気下で、750~950℃の温度域で10s以上保持する脱炭焼鈍を兼ねた一次再結晶焼鈍工程
・MgOを主成分とする焼鈍分離剤を鋼板表面に片面当たり3g/m以上塗布する焼鈍分離剤塗布工程
・少なくとも1050~1300℃の温度に3hr以上保持する純化処理を含む、800℃以上の温度域の一部の雰囲気をH含有雰囲気とする仕上焼鈍工程
【0016】
また、本発明の上記方向性電磁鋼板の製造方法に用いる上記鋼スラブは、上記成分組成に加えてさらに、Ni:0~1.00mass%、Sb:0~0.50mass%、Sn:0~0.50mass%、Cu:0~0.50mass%、Cr:0~0.50mass%、P:0~0.50mass%、Mo:0~0.50mass%、Nb:0~0.020mass%、V:0~0.010mass%、B:0~0.0025mass%、Bi:0~0.50mass%およびZr:0~0.10mass%のうちから選ばれる少なくとも1種を含有することを特徴とする。
【0017】
また、本発明の上記方向性電磁鋼板の製造方法に用いる上記鋼スラブは、上記成分組成に加えてさらに、Co:0~0.0500mass%およびPb:0~0.0100mass%のうちから選ばれる少なくとも1種を含有することを特徴とする。
【0018】
また、本発明の上記方向性電磁鋼板の製造方法に用いる上記鋼スラブは、上記成分組成に加えてさらに、As:0~0.0200mass%、Zn:0~0.0200mass%、W:0~0.0100mass%、Ge:0~0.0050mass%およびGa:0~0.0050mass%のうちから選ばれる少なくとも1種を含有することを特徴とする。
【発明の効果】
【0019】
本発明によれば、高磁束密度・低鉄損の方向性電磁鋼板を、高歩留まりで、安価に製造することが可能となる。
【図面の簡単な説明】
【0020】
図1】鋼素材中のS含有量と熱間粗圧延開始時のスラブ側面温度が熱延板エッジ部の耳割れの大きさに及ぼす影響を示すグラフである。
【発明を実施するための形態】
【0021】
まず、本発明を開発するに至った実験について説明する。
<実験1>
表1に示したように、C:0.05~0.07mass%、Si:3.4~3.5mass%、Mn:0.07~0.08mass%、sol.Al:0.020~0.022mass%およびN:0.007~0.008mass%、Se:0~0.027mass%を含有し、さらに、Sを0.0005~0.036mass%の範囲で6水準に変化して含有し、残部がFeおよび不可避的不純物からなる成分組成を有する厚さ260mmの鋼スラブをそれぞれ4本ずつ製造し、通電加熱方式の加熱炉でスラブ表面温度が1420℃になるまで加熱した後、スラブを抽出し、スラブ側面温度が表1に示す温度Tになるまで空冷してから熱間粗圧延を開始した。粗圧延は4パスで行い、厚さ40mmのシートバーとした。なお、上記粗圧延では各パス後に被圧延材の側面をそれぞれ30mm、10mm、5mm、2mmの圧下量で幅圧下した。その後、被圧延材の表面温度が1100℃で熱間仕上圧延を開始し、6パスの圧延で、板厚2.2mmの熱延板とした後、水冷して600℃の温度でコイルに巻き取った。
【0022】
次いで、上記熱延板のエッジ部に発生した耳割れの最大深さを、熱間仕上圧延機の出側においてインラインで連続的に写真撮影した画像から測定し、その結果を表1に示した。また、図1には、上記耳割れの大きさに及ぼす鋼素材中のS含有量と粗圧延開始時のスラブ側面温度Tの影響を示した。これらの結果から、スラブ側面温度Tを、S含有量との関係において下記(1)式;
=-120000[%S]+1400 ・・・(1)
ここで、[%S]:スラブのS含有量(mass%)
で定義されるT以下の温度として粗圧延を開始することで、熱延板エッジ部の耳割れ深さを10mm未満に軽減できることがわかった。
【0023】
【表1】
【0024】
上記のように、鋼素材中のS含有量に応じて粗圧延を開始する時のスラブ側面温度を制御する、すなわち、S含有量が多い素材は、粗圧延開始時のスラブ側面温度を低くすることで、熱延板の耳割れを軽減できる理由について、発明者らは以下のように考えている。
【0025】
スラブを高温加熱した時、スラブ全体としては溶融していなくても、Sが濃化した部分では、Sが低融点相を形成し、局部的に液相が生じていると考えられる。局部的に液相が生じた状態で粗圧延を行うと、固相-液相界面で大きな変形能の差が生じ、大きな耳割れが生じる。したがって、耳割れを抑制するためには、粗圧延開始時に、スラブ側面温度を、液相が出現する温度よりも低い温度としておく必要がある。また、液相が出現する温度は、鋼素材中のS含有量の増加に伴って低下するため、鋼中S量が多い材料では、粗圧延開始時のスラブ側面温度をより低温化する必要があると考えられる。
【0026】
次に、上記のようにして得た種々の熱延板を用いて方向性電磁鋼板を製造し、製品板としての磁気特性を評価した。具体的には、上記の熱延板に、1100℃の温度に60s間保持した後、800℃から350℃まで50℃/sで水冷する熱延板焼鈍を施した後、酸洗して鋼板表面のスケールを除去し、その後、1回の冷間圧延で最終板厚0.27mmの冷延板とし、該冷延板に、HとNを含む露点55℃の湿潤雰囲気下で820℃×120sの脱炭焼鈍を兼ねた一次再結晶焼鈍を施した。次いで、MgOを主成分とする焼鈍分離剤を鋼板表面に片面あたり5g/mの目付量で塗布、乾燥した。その後、二次再結晶させた後、1200℃の温度に20hr保持して純化処理する仕上焼鈍を施した。この際、850℃以上の温度域は、Hを主成分とする雰囲気とした。次いで、上記仕上焼鈍後の鋼板表面から未反応の焼鈍分離剤を除去した後、リン酸塩系の絶縁張力被膜を塗布し、被膜の焼付けと鋼板の形状矯正を兼ねた平坦化焼鈍を施して製品板とした。
【0027】
斯くして得た製品板のコイル最内巻部および最外巻部から磁気特性測定用の試験片を採取し、磁化力800A/mにおける磁束密度BをJIS C 2550-1(2011)に記載の方法で測定し、1コイル内で磁束密度の最も低い値をコイル内保証値とし、その結果を表1に併記した。この結果から、B≧1.90Tの良好な磁束密度を得るためには、鋼素材中のSは0.0010mass%以上含有する必要があることがわかった。
【0028】
<実験2>
C:0.06mass%、Si:3.1mass%、Mn:0.09mass%、S:0.009mass%、Se:0.015mass%、sol.Al:0.020mass%およびN:0.007mass%を含有し、残部がFeおよび不可避的不純物からなる成分組成を有する厚さ220mmの鋼スラブを10本製造し、該スラブを燃焼ガス方式の加熱炉で、スラブ表面温度が表2に示した保持温度1になるまで加熱し、該温度に20min間保持する条件のスラブ加熱1を行った後、上記燃焼ガス炉からスラブを抽出し、スラブ表面温度が表2に示した温度降下量になるまで空冷した。次いで、上記スラブを、誘導加熱方式の加熱炉に装入し、スラブ表面温度を、100℃/hrの昇温速度で、表2に示した保持温度2になるまで加熱し、該温度に30min間保持する条件のスラブ加熱2を行った後、該スラブを誘導加熱炉から抽出し、スラブ側面温度が1350~1280℃になるまで空冷してから粗圧延を開始した。粗圧延は3パスで行い、厚さ30mmのシートバーとした。この際、各パス後に被圧延材の側面をそれぞれ10mm、6mm、2mmの圧下量で幅圧下した。その後、被圧延材(シートバー)の表面温度が1200℃で仕上圧延を開始し、6パスの圧延で板厚2.8mmの熱延板とした後、水冷して500℃の温度でコイルに巻き取った。次いで、上記熱延板のエッジ部に発生した耳割れの最大深さを、熱間仕上圧延機の出側においてインラインで連続的に写真撮影した画像から測定し、その結果を表2に示した。
【0029】
【表2】
【0030】
上記スラブの鋼成分から算出されるTは1390℃であり、粗圧延開始時のスラブ側面温度Tは、いずれもT≦Tの条件を満たすため、いずれの熱延板も最大耳割れ深さは10mm以下となっている。しかし、スラブ加熱において、スラブ表面温度で1100~1300℃まで加熱・保持した後、スラブ表面温度の降下量で50~200℃の範囲で一旦降温し、その後、再び、スラブ表面温度で1380℃まで加熱・保持した後に粗圧延を開始した熱延板では、最大耳割れ深さが5mm以下となっており、耳割れ防止効果が顕著に認められた。
【0031】
この理由は、まだ十分に明らかとなっていないが、発明者らは以下のように考えている。燃焼ガス方式のスラブ加熱では、スラブ表面は加熱され易く、スラブ中心は加熱され難いため、スラブ内で大きな温度差が生じていると考えられる。温度差が大きな状態で1300℃以上の温度まで加熱したスラブは、粗圧延開始時に局部的に液相が出現する温度を上回っているため、多少の耳割れが発生していたと考えられる。一方、スラブ加熱時に、スラブ表面温度で1100~1300℃まで加熱・保持した後、スラブ表面温度の降下量で50~200℃の範囲で一旦降温し、その後、スラブ表面温度で1380℃まで加熱・保持したスラブでは、1回目のスラブ加熱ではスラブ内に大きな温度差が生じているが、降温段階でスラブ内の温度分布が均一化し、2回目のスラブ加熱後でも上記スラブ内の温度均一化効果が維持されるため、粗圧延開始時のスラブ側面温度が、液相が出現する温度を下回っており、その結果、耳割れが顕著に抑制されたものと考えられる。
【0032】
次に、上記のようにして得た熱延板を用いて方向性電磁鋼板を製造し、製品板としての磁気特性を評価した。具体的には、上記の熱延板を酸洗して鋼板表面のスケールを除去し、1回目の冷間圧延をして中間板厚1.5mmとし、1050℃の温度に30s間保持した後、800℃から350℃まで80℃/sで水冷する中間焼鈍を施した後、酸洗し、2回目の冷間圧延をして最終板厚0.23mmの冷延板とした。次いで、上記冷延板に、HとNを含む露点60℃の湿潤雰囲気下で840℃×100sの脱炭焼鈍を兼ねた一次再結晶焼鈍を施した。次いで、MgOを主成分とする焼鈍分離剤を鋼板表面に片面あたり8g/mの目付量で塗布、乾燥し、その後、二次再結晶させた後、1180℃の温度に5hr保持して純化処理する仕上焼鈍を施した。この際、1100℃以上の温度域では、Hを主成分とする雰囲気とした。次いで、上記仕上焼鈍後の鋼板表面から未反応の焼鈍分離剤を除去した後、リン酸塩系の絶縁張力被膜を塗布し、被膜の焼付けと鋼板の形状矯正を兼ねた平坦化焼鈍を施して製品板とした。
【0033】
斯くして得た製品板のコイル最内巻部および最外巻部から磁気特性測定用の試験片を採取し、磁化力800A/mにおける磁束密度BをJIS C 2550-1(2011)に記載の方法で測定し、1コイル内で磁束密度が最も低い値をコイル内保証値とし、その結果を表2に併記した。この結果から、本発明に適合する条件で製造した鋼板は、いずれもB≧1.90Tの良好な磁束密度が得られていることがわかる。
【0034】
次に、本発明の方向性電磁鋼板の製造に用いる鋼素材(スラブ)が有すべき成分組成について説明する。
C:0.02~0.10mass%
Cは、熱間圧延時および熱延板焼鈍の均熱時に起こるオーステナイト-フェライト変態を利用して熱延板組織の改善を図るために必要な成分である。また、C含有量が0.02mass%に満たないと、Cによる粒界強化効果が失われ、スラブに割れが生じるなど、製造に支障を来たす欠陥を引き起こす。一方、C含有量が0.10mass%を超えると、脱炭焼鈍工程の負荷が増大するばかりでなく、脱炭自体が不完全となり、製品板が磁気時効を起こし、磁気特性が劣化する原因ともなる。そのため、Cの含有量は0.02~0.10mass%の範囲とする。好ましくは0.03~0.08mass%の範囲である。
【0035】
Si:2.5~5.5mass%
Siは、鋼の比抵抗を高めて鉄損の一部を構成する渦電流損を低減するのに極めて有効な成分である。しかし、Si含有量が2.5mass%未満では、上記低減効果が小さく、良好な鉄損特性を得ることができない。一方、鋼の比抵抗は、Si含有量が11mass%までは単調に増加するものの、5.5mass%を超えると加工性が著しく低下し、圧延して製造することが困難となる。そのため、Siの含有量は2.5~5.5mass%の範囲とする。好ましくは3.0~4.0mass%の範囲である。
【0036】
Mn:0.01~0.30mass%
Mnは、MnSおよびMnSeを形成し、仕上焼鈍の昇温過程で正常粒成長を抑制するインヒビターとして機能するため、方向性電磁鋼板の製造においては重要な成分である。しかし、Mn含有量が0.01mass%に満たないと、インヒビターの絶対量が不足し、正常粒成長の抑制力が不十分となる。一方、Mn含有量が0.30mass%を超えると、スラブ加熱時に十分に固溶させることが難しくなり、磁気特性が劣化する虞がある。そのため、Mnの含有量は0.01~0.30mass%の範囲とする。好ましくは0.05~0.20mass%の範囲である。
【0037】
S:0.0010~0.040mass%
Sは、Mnと結合してインヒビターとなるMnSを形成する。しかし、0.0010mass%に満たないと、インヒビター量が不足し、磁気特性向上効果が十分に得られない。一方、0.040mass%を超えると、スラブ加熱で十分に固溶させることが難しくなり、磁気特性が大きく劣化する虞がある。また、0.040mass%を超えると、熱間圧延時に耳割れが発生するようになる。そこで、磁気特性と製造性を両立するため、Sの含有量は0.0010~0.040mass%の範囲とする。好ましくは0.0020~0.015mass%の範囲である。
【0038】
Se:0~0.040mass%
Seは、Sと同じく、Mnと結合してインヒビターとなるMnSeを形成する。しかし、0.040mass%を超えると、スラブ加熱で十分に固溶させることができなくなり、磁気特性が大きく劣化するようになる。よってSeの含有量は、0~0.040mass%の範囲とする。好ましくは0.005~0.020mass%の範囲である。
【0039】
sol.Al:0.010~0.040mass%
Alは、AlNを形成して析出し、二次再結晶焼鈍において、正常粒成長を抑制するインヒビターとして機能する成分であり、方向性電磁鋼板においては重要な成分である。しかし、Al含有量が、酸可溶性Al(sol.Al)で0.010mass%に満たないと、インヒビターの絶対量が不足し、正常粒成長の抑制力が不足する。一方、sol.Alで0.040mass%を超えると、スラブ加熱時に、鋼中に十分に固溶させることができなくなり、鋼中への微細分散が達成されず、磁気特性が大きく劣化するようになる。そのため、Alの含有量はsol.Alで0.010~0.040mass%の範囲とする。好ましくは0.015~0.030mass%の範囲である。
【0040】
N:0.004~0.020mass%
Nは、Alと結合・析出してインヒビターとなるAlNを形成する成分であるが、含有量が0.004mass%未満では、インヒビターの絶対量が不足し、正常粒成長の抑制力が不足する。一方、0.020mass%を超えると、熱間圧延時にスラブが膨れを起こす虞がある。そのため、Nの含有量は0.004~0.020mass%の範囲とする。好ましくは0.006~0.010mass%の範囲である。
【0041】
本発明に用いる鋼素材は、上記必須とする成分以外に、磁気特性の向上を目的として、Ni:0~1.00mass%、Sb:0~0.50mass%、Sn:0~0.50mass%、Cu:0~0.50mass%、Cr:0~0.50mass%、P:0~0.50mass%、Mo:0~0.50mass%、Nb:0~0.020mass%、V:0~0.010mass%、B:0~0.0025mass%、Bi:0~0.50mass%およびZr:0~0.10mass%のうちから選ばれる少なくとも1種を含有することができる。それぞれの成分の含有量が上記上限値を超えると、二次再結晶粒の発達が抑制され、却って磁気特性が劣化するようになる。なお、磁気特性を確実に向上する観点からは、Ni:0.01mass%以上、Sb:0.005mass%以上、Sn:0.005mass%以上、Cu:0.01mass%以上、Cr:0.01mass%以上、P:0.005mass%以上、Mo:0.005mass%以上、Nb:0.001mass%以上、V:0.001mass%以上、B:0.0002mass%以上、Bi:0.005mass%以上およびZr:0.001mass%以上添加するのが望ましい。
【0042】
また、本発明に用いる鋼素材は、上記成分組成に加えてさらに、磁気特性の向上を目的として、Co:0~0.0500mass%およびPb:0~0.0100mass%のうちから選ばれる少なくとも1種を含有することができる。それぞれの成分の含有量が、上記上限値を超えると、二次再結晶粒の発達が抑制され、却って磁気特性が劣化するようになる。なお、磁気特性を確実に向上する観点からは、Co:0.0020mass%以上、Pb:0.0001mass%以上添加するのが望ましい。
【0043】
また、本発明に用いる鋼素材は、上記成分組成に加えてさらに、磁気特性の向上を目的として、As:0~0.0200mass%、Zn:0~0.0200mass%、W:0~0.0100mass%、Ge:0~0.0050mass%およびGa:0~0.0050mass%のうちから選ばれる少なくとも1種を含有することができる。それぞれの成分の含有量が、上記上限値を超えると、二次再結晶粒の発達が抑制され、却って磁気特性が劣化するようになる。なお、磁気特性を確実に向上する観点からは、As:0.0010mass%以上、Zn:0.0010mass%以上、W:0.0010mass%以上、Ge:0.0001mass%以上、Ga:0.0001mass%以上添加するのが望ましい。
【0044】
なお、Tiは、窒化物を形成し、AlNのインヒビター効果を損ねる有害成分であり、できる限り低減するのが好ましい。しかし、Tiの低減は精錬コストを増大させるが、0.010mass%以下であれば許容され得る。より好ましい含有量は0.0020mass%以下である。
【0045】
なお、本発明に用いる鋼スラブは、上記成分以外の残部はFeおよび不可避的不純物である。ここで、上記不可避的不純物とは、鋼を溶製する際、原料やスクラップ、溶製用の鍋等から不可避的に混入する成分のことを意味する。
【0046】
次に、本発明の方向性電磁鋼板の製造方法について説明する。
本発明の方向性電磁鋼板の製造に用いる鋼素材(スラブ)は、上記した成分組成を有する鋼を通常公知の精錬プロセスで溶製した後、通常公知の造塊法あるいは連続鋳造法で製造してもよいし、100mm以下の厚さの薄鋳片を直接鋳造法で製造してもよい。
【0047】
上記のスラブや薄鋳片は、通常の方法で加熱した後、熱間圧延に供するが、熱間圧延前のスラブ加熱温度は1300℃以上としてインヒビター形成成分を完全に鋼中に固溶させることが望ましい。スラブ加熱は、一つの加熱炉で1300℃以上まで加熱してもよいし、二つ以上の加熱炉を使用して加熱してもよい。スラブを加熱する方法は、燃焼ガス加熱、通電加熱、誘導加熱など、公知の方法を採用することができる。
【0048】
また、本発明の大きな特徴の一つは、上記スラブ加熱の工程は、スラブ表面温度が1100℃~1300℃になるまで加熱・保持した後、スラブ表面温度の降下量で50~200℃の範囲で降温し、その後、再び、100℃/hr以上の昇温速度で、スラブ表面温度が1300℃以上になるまで加熱し、該温度に0~180min間保持することにある。ここで、上記再加熱するときの昇温速度を100℃/hr以上とする理由は、1300℃以下の温度域ではフェライト‐オーステナイトの二相組織となることに起因して体積変化が生じ、スラブ支持するスキッド部分に形状不良が発生するのを回避するためである。また、スラブを降温する方法は、空冷、ガス冷却、水冷却、ロール等による接触冷却等、公知の方法を利用することができる。
【0049】
上記のようして表面温度で1300℃以上に加熱したスラブは、その後、冷却し、被圧延材の表面温度が1100℃以上かつT以下の温度域で1パス以上の粗圧延をしてシートバーとする。この際、粗圧延の少なくとも1パス後に幅圧下を行うことで、耳割れを抑制することができる。上記幅圧下は、垂直ロール等の公知の方法で行うことができるが、幅圧下の圧下量は、1~50mmの範囲内とするのが好ましい。より好ましくは5~30mmの範囲である。なお、本発明における上記圧下量は、片側あたりの値である。
【0050】
また、本発明のもう一つの大きな特徴は、熱間粗圧延を、被圧延材であるスラブの側面温度Tが、下記(1)式;
=-120000[%S]+1400 ・・・(1)
ここで、[%S]:スラブのS含有量(mass%)
で定義される温度T以下の温度で開始することにある。なお、スラブ側面温度Tは、スラブ側面を全長に亘って測定したときの最も高い温度のことをいう。
【0051】
上記粗圧延に続く仕上圧延は、熱延板組織を改善するため、被圧延材の表面温度が800~1300℃の範囲内において2パス以上で行うのが好ましい。また、仕上圧延後のコイル巻取温度は、炭化物の組織制御と、割れ等の欠陥を防止する観点から、400~750℃の範囲とするのが好ましい。より好ましくは500~700℃の範囲である。
【0052】
上記熱間圧延後の鋼板(熱延板)は、鋼板組織を均一化し、磁気特性のばらつきを小さくする観点から、800~1250℃の温度で5s以上保持する熱延板焼鈍を施すことが好ましい。より好ましくは900~1150℃の温度で10~180s間保持する条件である。また、上記熱処理後の冷却は、第二相や析出物の形態制御の観点から、800℃から350℃までの温度域を5~100℃/sの冷却速度で冷却することが好ましい。より好ましい冷却速度は15~80℃/sの範囲である。
【0053】
次いで、上記熱間圧延後または熱延板焼鈍後の鋼板(熱延板)は、熱間圧延時に生成した鋼板表面の酸化膜を除去するため、脱スケールすることが好ましい。脱スケールの方法は、加熱した酸を用いて酸洗する方法、機械的にスケールを除去するメカニカルデスケーリング方法、それらを組み合わせた方法など、公知の方法を用いることができる。
【0054】
スケールを除去した熱延板は、1回の冷間圧延または中間焼鈍を挟む2回以上の冷間圧延をして最終板厚の冷延板とする。上記中間焼鈍を行う場合は、800~1250℃の温度で5s以上保持する条件とするのが好ましい。温度が800℃未満では、再結晶粒が細かくなり過ぎ、一次再結晶組織におけるGoss核が減少し、磁気特性が劣化する虞れがある。一方、1250℃を超えると、インヒビターの急激な成長や分解が生じるため、やはり、磁気特性の劣化を招く虞れがある。より好ましくは900~1150℃の温度で10~180s間保持する条件である。
【0055】
上記熱処理後の冷却は、第二相や析出物の形態制御の観点から、800℃から350℃までを5~100℃/sの速度で冷却するのが好ましい。より好ましい冷却速度は15~80℃/sの範囲である。なお、中間焼鈍を行う場合は、その前に、圧延油を除去することが好ましい。また、中間焼鈍後は、焼鈍で生じた鋼板表面のスケールを除去することが望ましい。脱スケールの方法は、加熱された酸を用いて酸洗する方法、機械的にスケールを除去するメカニカルデスケーリング方法、それらを組み合わせた方法など、公知の方法を用いることができる。
【0056】
また、冷間圧延では、圧延荷重の低減と圧延後の鋼板形状を向上するため、圧延油等の潤滑剤を使用することが望ましい。また、組織制御の観点から、1回の冷間圧延で最終板厚とする場合は、該冷間圧延の総圧下率を50~92%の範囲とするのが好ましい。一方、冷間圧延を2回以上行う場合は、最終板厚に仕上げる最終冷間圧延の総圧下率を50~92%の範囲とするのが好ましい。
【0057】
最終板厚に冷間圧延した鋼板(冷延板)は、その後、脱炭焼鈍を兼ねた一次再結晶焼鈍を施すが、その前に、脱脂や酸洗を行い、鋼板表面を清浄化しておくことが好ましい。一次再結晶焼鈍における脱炭焼鈍の条件は、750~950℃の温度に10s以上保持するのが好ましい。より好ましい条件は800~900℃×30~180sの範囲である。また、上記脱炭焼鈍時の雰囲気は、HとNからなる、露点が20~80℃の湿潤雰囲気とするのが好ましい。より好ましい露点は40~70℃の範囲である。上記脱炭焼鈍を施すことにより、鋼中のCは磁気時効が起き難い0.0050mass%以下に低減される。
【0058】
上記した一次再結晶焼鈍後の鋼板は、その後、MgOを主成分とする焼鈍分離剤を鋼板表面に片面あたり3g/m以上の目付量で塗布することが好ましい。目付量の上限は特に制限しないが、製造コストの観点から、10g/m程度とするのが好ましい。なお、MgOは、スラリー状にして鋼板表面に塗布してもよいし、静電塗装で乾式塗布してもよい。スラリーで塗布する場合は、スラリーの粘度上昇を抑制するため、スラリー溶液を15℃以下の温度に保持することが望ましい。また、スラリー濃度を一定に維持するため、スラリー溶液は、調合用のタンクと、塗布に供する溶液用のタンクとに分けて管理することが望ましい。なお、MgOを主成分とするとは、焼鈍分離剤全体に対するMgOの含有量が60mass%以上であることをいう。
【0059】
焼鈍分離剤を塗布した鋼板は、その後、コイルに巻き取り、アップエンドの状態にして、仕上焼鈍を施して、二次再結晶粒を発達させるととともに、鋼板表面にフォルステライト被膜を形成させる。この際、コイルの外巻が巻ほぐれるのを防止するため、コイル外周にバンド等を巻き付けることが望ましい。
【0060】
上記仕上焼鈍は、二次再結晶を完了させるためには、800℃以上の温度に加熱することが好ましい。また、鋼板表面にフォルステライト被膜を形成させる場合は、1050℃以上に加熱することが好ましい。また、インヒビター形成成分や不純物を鋼中から排除し、良好な磁気特性を得るためには、1050~1300℃の温度で3hr以上保持する純化処理を施すことが好ましい。上記純化処理を施すことで、インヒビター形成成分を不純物レベルまで低減することができる。この際、少なくとも1050~1300℃の温度に3hr以上保持する純化処理を含む、800℃以上の温度域の一部の雰囲気は、Hを含む雰囲気とするのが好ましい。
【0061】
上記仕上焼鈍を施した鋼板は、その後、未反応の焼鈍分離剤を水洗やブラッシング、酸洗等で除去した後、仕上焼鈍時に発生した鋼板の巻き癖や形状不良を矯正し、鉄損を低減するため、平坦化焼鈍を施すことが好ましい。
【0062】
なお、方向性電磁鋼板は、鋼板を積層して使用することが多いが、絶縁性を確保するため、鋼板表面に絶縁被膜を被成することが好ましい。上記絶縁被膜は、鉄損を低減する効果のある張力付与型を採用するのが好ましい。上記絶縁被膜の鋼板表面への被成は、平坦化焼鈍前に被膜液を塗布し、平坦化焼鈍で焼き付けてもよいし、別のラインで行ってもよい。また、被膜密着性を高めてより大きな鉄損低減効果を得るため、バインダーを介して張力付与被膜を形成したり、物理蒸着法や化学蒸着法を用いて無機物を鋼板表層に蒸着させる方法を採用したりしてもよい。
【0063】
さらに、鉄損をより低減する観点から、冷間圧延後のいずれかの工程で、鋼板表面にエッチング等で溝を形成したり、絶縁被膜を形成した後、鋼板表面にレーザーやプラズマ等の熱エネルギービームを照射して熱歪領域を形成したり、突起を有するロール等を鋼板表面に押し当てて加工歪領域を形成したりすることで、磁区細分化処理を施してもよい。
【実施例1】
【0064】
表3に示したように、C:0.06~0.08mass%、Si:3.3~3.5mass%、Mn:0.08~0.10mass%、Se:0.016~0.020mass%、sol.Al:0.018~0.025mass%、N:0.007~0.009mass%を含有し、さらに、Sを0.0008~0.022mass%の範囲で4水準に変化して含有し、残部がFeおよび不可避的不純物からなる成分組成を有する厚さ260mmの鋼スラブをそれぞれ4本ずつ製造した。次いで、該スラブを燃焼ガス方式の加熱炉でスラブ表面温度が表3に示した保持温度1になるまで加熱し、該温度に60min間保持するスラブ加熱1を行った後、スラブを燃焼ガス炉から抽出し、スラブ表面温度が表3に示した温度降下量になるまで空冷した。次いで、上記スラブを誘導加熱方式の加熱炉でスラブ表面温度が表3に示した保持温度2になるまで昇温速度200℃/hrで加熱し、該温度に10min間保持するスラブ加熱2を行った後、スラブを抽出し、スラブ側面温度が1258~1294℃になるまで空冷してから熱間粗圧延を開始した。上記粗圧延は5パスで行い、板厚50mmのシートバーとした。この際、3パス後と5パス後に、被圧延材の側面をそれぞれ20mmおよび5mmの圧下量で幅圧下した。その後、被圧延材の表面温度が1200℃の温度で熱間仕上圧延を開始し、6パスの圧延で板厚2.6mmの熱延板とした後、水冷して500℃の温度でコイルに巻き取った。この際、熱間仕上圧延機の出側においてインラインで連続的に写真撮影した画像から、上記熱延板のエッジ部に発生した耳割れの最大深さを測定し、その結果を表3中に示した。
【0065】
【表3】
【0066】
上記例の粗圧延開始時のスラブ側面温度Tは、各スラブの鋼成分から算出されるTに対していずれもT≦Tの条件を満たすため、熱延コイルのエッジ部に発生した耳割れの最大深さはいずれも10mm以下と小さい。しかし、スラブ加熱において、スラブ表面温度で1200℃まで加熱・保持した後、スラブの表面温度の降下量で50~200℃の範囲で一旦降温し、その後、スラブ表面温度で1420℃まで加熱・保持した後に粗圧延を開始した熱延板では、耳割れの最大深さが5mm以下となり、さらに耳割れが軽減されていることがわかる。
【0067】
次に、最終製品板の磁気特性を評価するため、上記の熱延板に1000℃の温度に20s間保持した後、800℃から350℃まで10℃/sで水冷する熱延板焼鈍を施した後、酸洗して表面のスケールを除去した。次いで、1回目の冷間圧延をして中間板厚1.5mmとし、1200℃の温度で30s間保持した後、800℃から350℃まで10℃/sで水冷する中間焼鈍を施した後、再度、酸洗し、2回目の冷間圧延をして最終板厚0.18mmの冷延板とした。次いで、上記冷延板にHとNを含む露点45℃の湿潤雰囲気下で900℃×120sの脱炭焼鈍を兼ねた一次再結晶焼鈍を施した。次いで、MgOを主成分とする焼鈍分離剤を鋼板表面に片面あたり7g/mで塗布、乾燥し、その後、二次再結晶させた後、1150℃の温度で20hr保持して純化処理する仕上焼鈍を施した。なお、上記仕上焼鈍では、1000℃以上の温度域は、Hを主成分とする雰囲気とした。次いで、上記仕上焼鈍後の鋼板表面から未反応の焼鈍分離剤を除去した後、リン酸塩系の絶縁張力被膜を塗布し、被膜の焼付けと鋼板の形状矯正を兼ねた平坦化焼鈍を施して製品板とした。
【0068】
斯くして得た製品板のコイル最内巻部および最外巻部から磁気特性測定用の試験片を採取し、磁化力800A/mにおける磁束密度BをJIS C 2550-1(2011)に記載の方法で測定し、1コイル内で磁束密度が最も低い値をコイル内保証値とし、その結果を表3に併記した。これらの結果から、本発明に適合する成分組成を有するスラブを用い、本発明に適合する条件で製造した製品板は、いずれもB≧1.90Tという良好な磁束密度が得られていることがわかる。
【実施例2】
【0069】
表4に示した種々の成分を含有し、残部がFeおよび不可避的不純物からなる成分組成を有する厚さ220mmの鋼スラブを燃焼ガス方式の加熱炉でスラブ表面温度が1100℃になるまで加熱し、該温度に30min間保持するスラブ加熱1を行った後、燃焼ガス炉からスラブを抽出し、スラブ表面温度が100℃低下するまで空冷した後、誘導加熱方式の加熱炉に装入してスラブ表面温度が1420℃になるまで加熱し、該温度に30min間保持するスラブ加熱2を行った後、スラブを抽出し、スラブ側面温度が表4に示した温度Tになるまで空冷してから熱間粗圧延を開始した。上記粗圧延は3パスで行い、板厚30mmのシートバーとした。なお、各パス後には被圧延材の側面をそれぞれ10mm、5mm、2mmの圧下量で幅圧下した。その後、被圧延材の表面温度が1200℃の温度で熱間仕上圧延を開始し、7パスの圧延で板厚2.6mmの熱延板とした後、水冷して600℃の温度でコイルに巻き取った。斯くして得た熱延板について、熱間仕上圧延機の出側においてインラインで連続的に写真撮影した画像から、鋼板エッジ部に発生した耳割れの最大深さを測定し、その結果を表4に示した。
【0070】
【表4-1】
【0071】
【表4-2】
【0072】
上記表に記載された熱延板は、いずれも、熱間粗圧延開始時のスラブ側面温度Tが、スラブの鋼成分から算出されるTに対してT≦Tの条件を満たし、また、スラブ加熱において、スラブ表面温度が1100~1300℃の温度になるまで加熱・保持した後、スラブ表面温度の降下量で50~200℃の範囲で一旦降温し、その後、スラブ表面温度が1300℃以上の温度になるまで加熱し、該温度に保持した後に粗圧延を開始する条件を満たしているので、熱延板のエッジ部に発生した耳割れの最大深さがいずれも5mm以下で、顕著に耳割れが防止できていることがわかる。
【0073】
次に、最終製品板の磁気特性を評価するため、上記の熱延板に1000℃℃の温度に60s間保持した後、800℃から350℃まで50℃/sで水冷する熱延板焼鈍を施した後、酸洗して表面のスケールを除去した。次いで、1回目の冷間圧延をして中間板厚1.8mmとし、1100℃の温度に100s間保持した後、800℃から350℃まで70℃/sで水冷する中間焼鈍を施した後、再度、酸洗し、2回目の冷間圧延をして最終板厚0.23mmの冷延板とした。次いで、上記冷延板にHとNを含む露点60℃の湿潤雰囲気下で840℃×120sの脱炭焼鈍を兼ねた一次再結晶焼鈍を施した。次いで、MgOを主成分とする焼鈍分離剤を鋼板表面に片面あたり5g/mで塗布、乾燥し、その後、二次再結晶させた後、1200℃の温度に5hr保持して純化処理する仕上焼鈍を施した。なお、上記仕上焼鈍では、1050℃以上の温度域は、Hを主成分とする雰囲気とした。次いで、上記仕上焼鈍後の鋼板表面から未反応の焼鈍分離剤を除去した後、リン酸塩系の絶縁張力被膜を塗布し、被膜の焼付けと鋼板の形状矯正を兼ねた平坦化焼鈍を施して製品板とした。
【0074】
斯くして得た製品板のコイル最内巻き部および最外巻き部から磁気特性測定用の試験片を採取し、磁化力800A/mにおける磁束密度BをJIS C 2550-1(2011)に記載の方法で測定し、1コイル内で磁束密度が最も低い値をコイル内保証値とし、その結果を表4に併記した。この結果から、本発明に適合する成分組成を有するスラブを用い、本発明に適合する条件で製造した製品板は、いずれもB≧1.90Tの良好な磁束密度が得られていることがわかる。

【要約】
mass%でC:0.02~0.10%、Si:2.5~5.5%、Mn:0.01~0.30%、S:0.0010~0.040%、Se:0~0.040%、sol.Al:0.010~0.040%およびN:0.004~0.020%を含有する鋼スラブを1300℃以上に加熱した後、熱間圧延し、必要に応じて熱延板焼鈍し、冷間圧延して最終板厚の冷延板とし、脱炭焼鈍を兼ねた一次再結晶焼鈍し、焼鈍分離剤を鋼板表面に塗布し、仕上焼鈍して方向性電磁鋼板の製造する際、上記熱間圧延の粗圧延開始時におけるスラブ側面温度Tを下記(1)式;
=-120000[%S]+1400 ・・・(1)
で定義される温度T以下とし、粗圧延の少なくとも1パスの後に幅圧下を行うことで、熱間圧延で発生する耳割れを効果的に防止する。

図1