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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2022-12-20
(45)【発行日】2022-12-28
(54)【発明の名称】電波吸収体
(51)【国際特許分類】
   H05K 9/00 20060101AFI20221221BHJP
   H01Q 15/14 20060101ALI20221221BHJP
   H01Q 17/00 20060101ALI20221221BHJP
【FI】
H05K9/00 M
H01Q15/14 Z
H01Q17/00
【請求項の数】 3
(21)【出願番号】P 2021050426
(22)【出願日】2021-03-24
(65)【公開番号】P2022148666
(43)【公開日】2022-10-06
【審査請求日】2021-03-24
(73)【特許権者】
【識別番号】390014306
【氏名又は名称】防衛装備庁長官
(74)【代理人】
【識別番号】100067323
【弁理士】
【氏名又は名称】西村 教光
(74)【代理人】
【識別番号】100124268
【弁理士】
【氏名又は名称】鈴木 典行
(72)【発明者】
【氏名】▲高▼萩 和宏
(72)【発明者】
【氏名】吉積 義隆
【審査官】五貫 昭一
(56)【参考文献】
【文献】国際公開第2016/031547(WO,A1)
【文献】中国特許出願公開第112009039(CN,A)
【文献】特開2017-110901(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
H05K 9/00
H01Q 15/14
H01Q 17/00
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
誘電体層と、
前記誘電体層の一方の面に互いに所定の間隔をおいて規則的に配列された所定形状の複数のパッチから構成された第1金属層と、
前記誘電体層の他方の面に形成された第2金属層と、
を具備し、
前記第1金属層に照射された所定の周波数領域の電波を熱に変換して伝搬を遮断するエネルギーバンドギャップ型の電波吸収体であって、
前記第1金属層は、
前記エネルギーバンドギャップ型の電波吸収によって電波から変換された熱を赤外線として高熱放射率で放射するために所定の厚さで形成された下地金属層と、
前記下地金属層の上に設けられ、前記エネルギーバンドギャップ型の電波吸収と、黒体放射と同等の熱放射率を両立させる微細放熱構造が設けられた表面金属層と、
から構成されており、
前記エネルギーバンドギャップ型の電波吸収は、前記下地金属層と、前記誘電体層と、第2金属層によって実現されており、
電波から変換された熱の赤外線による放射は、前記表面金属層と、前記下地金属層によって実現されていることを特徴とする電波吸収体。
【請求項2】
誘電体層と、
前記誘電体層の一方の面に互いに所定の間隔をおいて規則的に配列された所定形状の複数のパッチから構成された第1金属層と、
前記誘電体層の他方の面に形成された第2金属層と、
を具備し、
前記第1金属層に照射された所定の周波数領域の電波を熱に変換して伝搬を遮断するエネルギーバンドギャップ型の電波吸収体であって、
前記第2金属層は、
前記エネルギーバンドギャップ型の電波吸収によって電波から変換された熱を赤外線として高熱放射率で放射するために所定の厚さで形成された下地金属層と、
前記下地金属層の上に設けられ、前記エネルギーバンドギャップ型の電波吸収と、黒体放射と同等の熱放射率を両立させる微細放熱構造が設けられた表面金属層と、
から構成されており、
前記エネルギーバンドギャップ型の電波吸収は、前記第1金属層と、前記誘電体層と、前記下地金属層によって実現されており、
電波から変換された熱の赤外線による放射は、前記表面金属層と、前記下地金属層によって実現されていることを特徴とする電波吸収体。
【請求項3】
誘電体層と、
前記誘電体層の一方の面に互いに所定の間隔をおいて規則的に配列された所定形状の複数のパッチから構成された第1金属層と、
前記誘電体層の他方の面に形成された第2金属層と、
を具備し、
前記第1金属層に照射された所定の周波数領域の電波を熱に変換して伝搬を遮断するエネルギーバンドギャップ型の電波吸収体であって、
前記第1金属層と前記第2金属層は、
前記エネルギーバンドギャップ型の電波吸収によって電波から変換された熱を赤外線として高熱放射率で放射するために所定の厚さで形成された下地金属層と、
前記下地金属層の上に設けられ、前記エネルギーバンドギャップ型の電波吸収と、黒体放射と同等の熱放射率を両立させる微細放熱構造が設けられた表面金属層と、
から構成されており、
前記エネルギーバンドギャップ型の電波吸収は、前記第1金属層の前記下地金属層と、前記誘電体層と、前記第2金属層の前記下地金属層によって実現されており、
電波から変換された熱の赤外線による放射は、前記第1金属層及び前記第2金属層の前記表面金属層及び前記下地金属層によって実現されていることを特徴とする電波吸収体。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、照射された特定の周波数帯の電波を熱に変換して伝搬を遮断するエネルギーバンドギャップ型の電波吸収体に係り、特に非蓄熱機能を備え、黒体放射と同等の高い熱放射率を有する電波吸収体に関するものである。
【背景技術】
【0002】
下記特許文献1には、熱伝導特性と電磁波抑制特性の両方の機能を付与するため、粒径と電気抵抗率が異なる2種類の磁性金属粒子を可撓性樹脂材料に含有させた電磁波吸収性熱伝導シートの発明が開示されている。
【0003】
下記特許文献2には、エネルギーバンドギャップ等の構造を備えたメタマテリアルを用いた電波反射板と、この電波反射板を設けたアンテナの発明が開示されている。この電波反射板は透明で、柔軟性を有し、筒状とすることもできるため、これを設けたアンテナは、アンテナ性能を下げることなく、透明部分や曲面等へ適用可能であるものとされている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【文献】国際公開WO2013/024809
【文献】特開2008-219125号
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
上記特許文献1に記載の電磁波吸収性熱伝導シートは、導電材料と樹脂基材から構成されているため、熱伝導性は高いが高耐電力性はなく、特定のマイクロ波帯域の高強度電波を吸収することはできなかった。
【0006】
上記特許文献2に記載のアンテナに設けられた電波反射板は、エネルギーバンドギャップ型の電波吸収体に相当し、メッシュ構造を有する金属のパッチアレイで構成されており、吸収した電波を熱に変換することはできるが、表面及び裏面は略平坦な金属面であるため、熱は放射されずに内部へ蓄熱してしまう。金属構造であるため熱拡散速度は早いが、大気中への放熱は限定的であるため、特定のマイクロ波帯域の高強度電波に対して長時間使用することはできなかった。
【0007】
本発明は、以上説明した従来の技術の課題に鑑みてなされたものであり、電波を熱に変換して伝搬を遮断するエネルギーバンドギャップ型の電波吸収体において、効果的な非蓄熱機能を備え、黒体放射と同等の高い熱放射率を有するため、特定のマイクロ波帯域の高強度電波に対して長時間使用することが可能な電波吸収体を提供することを目的としている。
【課題を解決するための手段】
【0008】
請求項1に記載された電波吸収体は、
誘電体層と、
前記誘電体層の一方の面に互いに所定の間隔をおいて規則的に配列された所定形状の複 数のパッチから構成された第1金属層と、
前記誘電体層の他方の面に形成された第2金属層と、
を具備し、
前記第1金属層に照射された所定の周波数領域の電波を熱に変換して伝搬を遮断するエネルギーバンドギャップ型の電波吸収体であって、
前記第1金属層は、
前記エネルギーバンドギャップ型の電波吸収によって電波から変換された熱を赤外線として高熱放射率で放射するために所定の厚さで形成された下地金属層と、
前記下地金属層の上に設けられ、前記エネルギーバンドギャップ型の電波吸収と、黒体放射と同等の熱放射率を両立させる微細放熱構造が設けられた表面金属層と、
から構成されており、
前記エネルギーバンドギャップ型の電波吸収は、前記下地金属層と、前記誘電体層と、第2金属層によって実現されており、
電波から変換された熱の赤外線による放射は、前記表面金属層と、前記下地金属層によって実現されていることを特徴としている。
【0009】
請求項2に記載された電波吸収体は、
誘電体層と、
前記誘電体層の一方の面に互いに所定の間隔をおいて規則的に配列された所定形状の複数のパッチから構成された第1金属層と、
前記誘電体層の他方の面に形成された第2金属層と、
を具備し、
前記第1金属層に照射された所定の周波数領域の電波を熱に変換して伝搬を遮断するエネルギーバンドギャップ型の電波吸収体であって、
前記第2金属層は、
前記エネルギーバンドギャップ型の電波吸収によって電波から変換された熱を赤外線として高熱放射率で放射するために所定の厚さで形成された下地金属層と、
前記下地金属層の上に設けられ、前記エネルギーバンドギャップ型の電波吸収と、黒体放射と同等の熱放射率を両立させる微細放熱構造が設けられた表面金属層と、
から構成されており、
前記エネルギーバンドギャップ型の電波吸収は、前記第1金属層と、前記誘電体層と、前記下地金属層によって実現されており、
電波から変換された熱の赤外線による放射は、前記表面金属層と、前記下地金属層によって実現されていることを特徴としている。
【0010】
請求項3に記載された電波吸収体は、
誘電体層と、
前記誘電体層の一方の面に互いに所定の間隔をおいて規則的に配列された所定形状の複数のパッチから構成された第1金属層と、
前記誘電体層の他方の面に形成された第2金属層と、
を具備し、
前記第1金属層に照射された所定の周波数領域の電波を熱に変換して伝搬を遮断するエネルギーバンドギャップ型の電波吸収体であって、
前記第1金属層と前記第2金属層は、
前記エネルギーバンドギャップ型の電波吸収によって電波から変換された熱を赤外線として高熱放射率で放射するために所定の厚さで形成された下地金属層と、
前記下地金属層の上に設けられ、前記エネルギーバンドギャップ型の電波吸収と、黒体放射と同等の熱放射率を両立させる微細放熱構造が設けられた表面金属層と、
から構成されており、
前記エネルギーバンドギャップ型の電波吸収は、前記第1金属層の前記下地金属層と、前記誘電体層と、前記第2金属層の前記下地金属層によって実現されており、
電波から変換された熱の赤外線による放射は、前記第1金属層及び前記第2金属層の前記表面金属層及び前記下地金属層によって実現されていることを特徴としている。
【発明の効果】
【0011】
請求項1乃至3に記載された電波吸収体によれば、規則的に配列された所定形状のパッチから構成される第1金属層と、第2金属層とによって誘電体層を挟んだエネルギーバンドギャップ構造を備えているため、第1金属層に向けて照射された所定周波数帯域の電波を吸収して熱に変換し、当該電波の伝搬を確実に遮断するとともに、第1金属層と第2金属層の少なくとも一方に形成された微細放熱構造によって黒体放射と同等の熱放射率で熱を放散することができる。蓄熱された熱は誘電体層の組成に影響し、エネルギーバンドギャップの形成に影響を及ぼすが、この電波吸収体によればそのような蓄熱による不都合はなく、例えば特定のマイクロ波帯域の高強度電波を吸収する用途に長時間適用することが可能となる。
【0012】
請求項1乃至3に記載された電波吸収体によれば、第1金属層と第2金属層の少なくとも一方が、下地金属層の上に設けた表面金属層に微細放熱構造を形成した構造となっている。下地金属層は、電波から変換された熱を赤外線として高熱放射率で放射するために、所定の厚さを越える厚さで形成する必要がある。下地金属層をフォトリソグラフィ法で製造する場合には、製造効率を考慮すれば、大きな蒸着レートにより短時間で成膜することが好ましいが、その場合には表面が荒れてしまうため、下地金属層の荒れた表面に微細放熱構造を直接作り込むことは困難となる。そこで、比較的大きな蒸着レートにより下地金属層を比較的短時間で能率よく形成した後、その上に比較的小さな蒸着レートで金属を蒸着させ、下地金属層に較べて表面が平滑な比較的薄い表面金属層を形成する。この表面金属層の平滑な表面に微細放熱構造を作り込めば、所期の形状、構造を精密に実現することができる。すなわち、十分な厚さの下地金属層を確保しつつ、微細放熱構造を精密に形成することで、黒体放射と同等の熱放射率による熱の放散が可能な電波吸収体を確実に製造できる。また、フォトリソグラフィ法において下地金属層と微細放熱構造を異なる蒸着レートの別工程で行なうことにより、当該電波吸収体の製造が効率的になる。
【0013】
請求項1乃至3に記載された電波吸収体によれば、所定の周期的な凹凸構造として粗面金属とは異なるナノ~マイクロメートルオーダの周期的な微細構造を採用することとすれば、例えば電波吸収帯域をマイクロ波帯とした場合にあっても、電波的影響を生じることなく確実な電波吸収を行なうことができるとともに、この電波吸収と黒体放射と同等の熱放射率を両立させることができる。
【図面の簡単な説明】
【0014】
図1】分図(a)は実施形態の電波吸収体の平面図、分図(b)は実施形態の電波吸収体の正面図、分図(c)は実施形態の電波吸収体の正面図の部分拡大図である。
図2】実施形態の電波吸収体におけるパッチ形状のバリエーションを示す模式的平面図である。
図3】実施形態の電波吸収体における微細放熱構造のバリエーションを示す模式的斜視図である。
図4】電波吸収体による電波の反射減衰量を測定する測定系を模式的に示す斜視図である。
図5】分図(a)は実施形態の電波吸収体による電波の吸収特性を示す図であり、分図(b)は従来例の電波吸収体による電波の吸収特性を示す図である。
図6】実施形態と従来例の2つの電波吸収体を加熱した場合の赤外線温度を示す赤外線画像を示す図である。
図7】実施形態と従来例の2つの電波吸収体に高強度電波を吸収させた場合の赤外線温度と接触温度を測定する測定系を模式的に示す斜視図である。
図8図7に示す測定系によって温度測定を行なった実施形態と従来例の2つの電波吸収体の写真であって、分図(a)は可視光写真、分図(b)は赤外線写真である。
図9図7に示す測定系によって実施形態と従来例の2つの電波吸収体の温度測定を行なった場合の測定結果を示すグラフであって、経過時間に対する温度の変化を示す図である。
図10】実施形態の電波吸収体の製造工程図であって、パッチアレイ構造を有する基板を完成させるまでの図である。
図11】実施形態の電波吸収体の製造工程図であって、パッチアレイ構造を有する基板の各パッチに、微細放熱構造を作成するまでの図である。
図12】実施形態の3例の電波吸収体(分図(a)~(c))と、比較例の電波吸収体(分図(d))による放熱の状況を比較して示した図である。
図13】実施形態の電波吸収体の使用例を模式的に示す斜視図である。
【発明を実施するための形態】
【0015】
以下、本発明の実施形態を図1図13を参照して説明する。
図1図3を参照して実施形態の電波吸収体の構造を説明する。
図1に示す実施形態の電波吸収体1はエネルギーバンドギャップ型である。すなわち、この電波吸収体1は、誘電体層2と、誘電体層2の一方の面に形成された複数のパッチ7から構成される第1金属層3と、誘電体層2の他方の面に一様な連続平面として形成された第2金属層4とによって構成されており、第1金属層3に照射された所定の周波数領域の電波を吸収して熱に変換し、伝播を抑止することができる。そして、この電波吸収体1は、第1金属層3の表面、すなわち複数のパッチ7の表面に、非蓄熱機能乃至高熱放射率を実現するための周期的な微細放熱構造8を有することを特徴としている。
【0016】
図1(a)及び(b)に示すように、まず第1金属層3は、正方形状の複数のパッチ7が、互いに所定の間隔をおいて規則的に配列された構造(「アレイ」と称する。)を備えている。正方形状のパッチ7は、2GHz~12GHzの周波数帯域のうち、任意の1の周波数を対象としており、そのパッチ幅(正方形状の1辺の長さ)W1は、対象周波数の波長の1/5以上~1/4以下のサイズである。一例を挙げれば、対象周波数を2GHzとした場合、パッチ幅W1は3~3.8cmとなる。また、パッチ幅W1と、パッチ間距離L1との比は、7:1となっている。幅W1の1個のパッチ7と、パッチ間距離L1を幅とする隣のパッチ7との隙間の部分と、これらの下方に積層された後述する誘電体層2及び第2金属層4を含めた構造は、エネルギーバンドギャップ型の電波吸収機能を実現するための構成単位として「セル」と呼ばれている。この電波吸収体1では、縦横それぞれが3つ以上のセルが並んだ構成となっている。
【0017】
図2は、規則的に配列された所定形状の複数のパッチ7から構成されるアレイのバリエーションを模式的に示す図であり、分図(a)が図1(a)に示した正方形状のパッチ7の例である。パッチ7の形状は、正方形状に限るものではなく、所定形状で規則的に配置できるものであればよく、さらに隣接するパッチ同士の間隔がなるべく一定になることが好ましい。例えば分図(b)のように正三角形状のパッチ7aや、分図(c)のように正六角形状のパッチ7bでも正方形状の場合と同等の性能が得られる。分図(d)のように正八角形状のパッチ7cでは隣接するパッチ同士の間隔は必ずしも一定ではないが、実用的には採用可能である。
【0018】
図1(c)は、図1(a)及び(b)中に示した1個のパッチ7の部分において電波吸収体1の構造の全体を示した拡大断面図である。図1(c)に示す1個のパッチ7に対応する第1金属層3は、下地金属層5と、下地金属層5の上に形成された表面金属層6を有しており、何れも蒸着金属で構成されている。下地金属層5の厚さは、1.0μm~36μmであり、表面金属層6の厚さは、0.8μm~2.0μmであり、全体としての厚さは1.8μm~38μmである。そして、第1金属層3には、周期的又は規則的な微細放熱構造8としての溝が形成されている。この溝は、深さDが0.8μm~2.0μm、幅W2が0.5μm~3.0μm、中心間距離L2が6.0μm~7.0μmである。このような微細放熱構造8の寸法は、赤外線放射に最適な値となるように設定されたものである。図3(a)は、微細放熱構造8である溝を模式的に斜視図で示したものである。
【0019】
また、以下に説明する理由により、微細放熱構造8を作り込む前の表面金属層6(また微細放熱構造8の加工後に残存した表面金属層6)の表面粗さは、0.02μm以下であることが好ましい。金属の表面から熱を放射させるためには、その表面を粗面とする方法が考えられる。しかし、金属の表面を粗面としても熱放射率は0.7~0.8程度であり、これでは電波吸収体としては十分な気中への熱放射性能は得られない。また粗面の金属は余分な分散定数回路が生じて電波吸収量への影響が生じるため、そもそも電波吸収体には向かない。さらに、本発明の特徴である微細放熱構造8を表面金属層6に作り込もうとした場合、その表面粗さが大きければ微細放熱構造8を精密に実現することは難しくなる。そこで、本願発明では、表面金属層6を0.02μm以下の表面粗さで製造し、先に説明した寸法例のような微細放熱構造8を精密に加工できるようにした。なお、金属の表面を単に滑らかにしただけでは熱を放射しにくくなるが、その理由は「発明が解決しようとする課題」において特許文献2について説明した通りである。
【0020】
図3は、第1金属層3の微細放熱構造8のバリエーションを模式的に示す斜視図であり、分図(a)が図1(d)に示した微細放熱構造8としての溝の例である。微細放熱構造は溝に限るものではなく、所定形状で規則的に形成できるものであればよく、例えば図3(b)に示すような格子からなる微細放熱構造8aでもよいし、図3(c)に示すような孔からなる微細放熱構造8bでもよい。
【0021】
図1に示す誘電体層2は、耐熱性を得るために無機物のみで構成され、かつ加熱時に物質の組成変性が伴わないことが必要であり、具体的には120℃以上の耐熱性を有する材料で構成することが好ましい。これは、電波吸収体に対しては、一般的に100℃程度で連続使用できるような耐熱性能が要求されるためである。具体的な材料としては、例えばガラス、ポリエチレンテレフタラート・ポリテトラフルオロエチレン等の樹脂、酸化アルミニウムなどを挙げることができ、これらの中から条件に適合する材料を適宜選択すればよい。
【0022】
誘電体層2は、上述のような材料から選択した場合、比誘電率は2.1~9.6程度となる。実施形態の電波吸収体1において、1つのセルは平板型コンデンサと見なすことができ、その場合の静電容量は、誘電体層2の比誘電率に比例し、パッチ7の面積に比例し、誘電体層2の厚さに反比例する。従って、先に説明した例のようにパッチ幅W1が3~3.8cmであり、比誘電率が上述のように2.1~9.6であれば、厚さの上限は0.5mm程度となり、また厚さの下限は材質にもよるが製造上の限界から0.01mm程度となる。
【0023】
図1に示す第2金属層4は、第1金属層3の下地金属層5と同程度の厚さ、すなわち厚さが1.0μm~36μmの蒸着金属か、または0.5mm~3.0mmの金属板で構成されている。第2金属層4の表面は一様かつ平滑であり、第1金属層3のようなパッチアレイが存在しない連続平面であり、第1金属層3の側から入射した電波を裏側に漏らさないように遮蔽している。第2金属層4の表面には、後に説明するように第1金属層3のパッチ7に設けられた微細放熱構造8と同一の微細放熱構造が全面にわたって設けられていてもよい。
【0024】
図4図9を参照して実施形態の電波吸収体1の効果を説明する。
図4に示すように、実施形態の電波吸収体1と、微細放熱構造8を持たない従来例の電波吸収体(図示せず)を、電波暗室10(またはシールドルーム)中に置き、送信アンテナ11と受信アンテナ12を有するベクトルネットワークアナライザ13により、その反射減衰量をそれぞれ測定した。
【0025】
図5は、実施形態の電波吸収体1と従来例の電波吸収体による電波の吸収特性を図4に示した側定系で測定した結果を示すグラフである。図5によれば、微細放熱構造8を有する実施形態の電波吸収体1(分図(a))と、微細放熱構造8を持たない従来例の電波吸収体(分図(b))を較べても、吸収帯域の幅や吸収のピーク波長は略同じであり、電波吸収性能にほとんど差がないことが分かる。
【0026】
図6は、図4で測定した実施形態の電波吸収体1と従来例の電波吸収体を、面加熱器を用いて同一条件で加熱した後、赤外線カメラで撮影して得た赤外線画像の写真を示す図であり、左が従来例、右が実施形態である。これらの写真は電波吸収体の放熱状況を示している。図面右に示した温度スケールとの比較からも分かるように、従来例の電波吸収体の表面が28℃程度であるのに対し、実施形態の電波吸収体1の表面は35℃程度であり、より高くなっている。従来例の電波吸収体は、内部に熱を溜め込んでおり、赤外線の外部への放射量が少ないため、表面の温度が比較的低くなっている。これに対し、実施形態の電波吸収体1は、微細放熱構造8のためにより多くの赤外線を放射しているため、表面の温度がより高くなっている。
【0027】
図7に示すように、電波暗室(図示せず)内で、実施形態の電波吸収体1と従来例の電波吸収体100に高強度電波を照射して吸収させ、赤外線温度計101と接触温度計102によって、電波吸収体1と電波吸収体100の赤外線温度及び接触温度を測定した。
【0028】
図8は、図7に示す測定系によって温度測定を行なったときの実施形態と従来例の写真である。分図(a)は可視光写真、分図(b)は遠赤外線写真であり、写真中、何れも右側が実施形態の電波吸収体1、左側が従来例の電波吸収体100である。分図(b)から分かるように、実施形態の電波吸収体1は、従来例の電波吸収体100に較べ、より多くの熱を放射しており、表面の温度がより高くなっている。
【0029】
図9は、実施形態と従来例の2つの電波吸収体1,100の温度を図7に示す測定系によって測定した結果を示すグラフであって、経過時間に対する赤外線温度の変化等を示している。このグラフによれば、測定開始時(経過時間:-2分)には、実施形態と従来例の赤外線温度は略同じであった。2分間の電波照射時間が経過した測定開始時(経過時間:0分)には、赤外線温度については、非蓄熱機能があり熱放射が多い実施形態が高く、熱を溜め込むために熱放射が少ない従来例が低くなっている。しかし、接触温度については、従来例が実施形態よりも若干高くなっている。測定開始時(経過時間:0分)以降の赤外線温度の変化を見ると、実施形態の赤外線温度の低下は急峻であり、温度低下が速く、従来例の赤外線温度の低下はなだらかであり、温度低下は遅い。
【0030】
このように微細放熱構造8を有する実施形態の電波吸収体1によれば、高強度電波を吸収させた場合、電波から変換した熱を蓄積せずに、黒体放射と同等の熱放射率で熱を赤外線として効率的に外部に放射することができる。蓄熱された熱は誘電体層2の組成に影響し、エネルギーバンドギャップの形成に影響を及ぼすが、この電波吸収体1によればそのような蓄熱による不都合はなく、特定のマイクロ波帯域の高強度電波を吸収する用途に長時間適用することが可能である。
【0031】
図10図11を参照して実施形態の電波吸収体1の製造工程を説明する。
図10は、パッチアレイ構造を完成させるまでの図である。
図10(a)に示すように、誘電体層2の上面に密着層15を形成する。密着層15はクロム等からなり、金属層を密着させるための層である。
【0032】
図10(b)に示すように、誘電体層2の上面の密着層15の上に、第1金属層3の下地金属層5を蒸着により形成する。
【0033】
図10(c)に示すように、誘電体層2の下面にも、密着層15を形成し、その上に第2金属層4を蒸着により形成する。
【0034】
図10(d)に示すように、下地金属層5の表面にポジティブレジスト16を塗布する。
【0035】
図10(e)に示すように、パッチアレイのパターンが形成されたフォトマスク17をポジティブレジスト16の上方に配置し、フォトマスク17の上方から、矢印で示すように紫外線UVを照射する。
【0036】
図10(f)に示すように、フォトマスク17を除去し、ポジティブレジスト16に薬品を適用し、ポジティブレジスト16のうち、紫外線UVが当たった部分のみを除去する。
【0037】
図10(g)に示すように、ポジティブレジスト16で覆われていない下地金属層5及び密着層15をエッチングによって除去する。
【0038】
図10(h)に示すように、ポジティブレジスト16を除去し、パッチアレイ構造を有する基板を得る。
【0039】
図11は、パッチアレイ構造を有する前記基板のパッチアレイに、微細放熱構造8を作成するまでの図である。
図11(a)は、図10(f)に相当する図であり、同図中に示す工程完了後にパッチ7となる複数の部分の中の一つに着目し、分図(b)以降で、一つのパッチ7の下地金属層5に対して微細放熱構造8を作成する工程を示す。
【0040】
図11(b)は、一つのパッチ7の下地金属層5を示している。
【0041】
図11(c)に示すように、下地金属層5の上面に表面金属層6を蒸着によって形成する。
【0042】
図11(d)に示すように、表面金属層6の上面にポジティブレジスト16を塗布し、フォトマスク18をポジティブレジスト16の上方に配置し、フォトマスク18の上方から紫外線UVを照射する。
【0043】
図11(e)に示すように、フォトマスク18を除去し、ポジティブレジスト16に薬品を適用し、ポジティブレジスト16のうち、紫外線UVが当たった部分のみを除去する。
【0044】
図11(f)に示すように、ポジティブレジスト16で覆われていない表面金属層6をエッチングによって除去する。
【0045】
図11(g)に示すように、ポジティブレジスト16を除去し、表面に微細放熱構造8が形成されたパッチアレイを有する電波吸収体1を得る。
【0046】
以上説明した電波吸収体1の製造工程においては、下地金属層5の厚さは、電波から変換された熱を赤外線として高熱放射率で放射するために、前述した所定の値とする必要がある。本実施形態の製造工程では、製造効率を考慮し、大きな蒸着レートにより短時間で下地金属層5を形成した。しかし、そのように形成した下地金属層5の表面は荒れているので、その荒れた表面の上に、比較的小さな蒸着レートで金属を蒸着させ、下地金属層5に較べて比較的薄い表面金属層6を形成した。このように形成された表面金属層6の表面は、下地金属層5の表面よりも平滑で表面粗さが小さいため、前述した微細放熱構造8を所期の形状、構造で精密に作り込むことができる。
【0047】
従って、下地金属層5による赤外線の熱放射特性を高く保持しつつ、微細放熱構造8を精密に形成することで、黒体放射と同等の熱放射率による熱の放散が可能な電波吸収体1を確実に作成できる。また、フォトリソグラフィ法において、下地金属層5と、微細放熱構造8が作り込まれる表面金属層6を異なる蒸着レートの別工程で行なうことにより、当該電波吸収体1の製造が効率化される。
【0048】
図12の模式図を参照して、実施形態とその変形例の電波吸収体1,1a,1b、及び従来例の電波吸収体100による放熱の状況を比較して説明する。
図12(a)は、以上説明してきた実施形態の電波吸収体1であり、電波が到来する表面に微細放熱構造8がある表面放熱タイプである。図12(b)は、実施形態の変形例の電波吸収体1aであり、電波が到来する側、すなわちパッチ7の表面には微細放熱構造8がなく、第2金属層4の全面に微細放熱構造8が設けられた裏面放熱タイプである。図12(a)の表面放熱タイプと図12(b)の裏面放熱タイプは、誘電体層2中のグレーの着色領域で蓄熱の状態を示すように、概ね同等の放熱性能を有している。
【0049】
図12(c)は、図12(a)の表面放熱タイプの第2金属層4に図12(b)のように微細放熱構造8を設けた両面放熱タイプであり、誘電体層2中のグレーの着色領域で蓄熱の状態を示すように、表面放熱タイプ及び裏面放熱タイプの概ね2倍の放熱性能を有する。これに対し、図12(d)の従来例の電波吸収体100では、電波を吸収して熱に変換する機能は有するものの、放熱構造がないため、変換された熱は、誘電体層2中の黒乃至グレーの大きな着色領域で蓄熱の状態を示すように誘電体層2や金属層に蓄積され、金属等の表面から輻射のみによって放出されるだけであるため、高強度電波の吸収に長時間使用することはできない。
【0050】
図13の模式図を参照して実施形態の電波吸収体1の使用例を説明する。
近年、IoTの発達に伴い、あらゆる場所に電子機器が存在するようになっており、自動車等の自動運転の分野では、自動運転を行なうために必要な電子機器、例えばレーダー等のセンサ類が自動車に搭載されている。これらの電子機器は、電磁ノイズによる誤動作を防ぐため、相当程度の高強度電波に耐える必要があるが、特に自動運転を行なう自動車のレーダー等では誤動作を起こせば重大な事故につながりかねないため、高強度電波に対する耐性の要求は特に高い。このような状況から、高強度電波の電子機器への影響を調査する高強度電波照射試験の必要性は近年特に高まっている現状である。
【0051】
高強度電波照射試験では、電波暗室等の内部で特定の周波数の高強度電波を供試体(試験対象)に照射し、不要電波は電波暗室等に設けられた電波吸収体で吸収する。ところが、通常のセラミックス等を用いた不燃性または難燃性の従来の電波吸収体は重く、大規模な施設となってしまう。
【0052】
ところが、実施形態の電波吸収体1は、セラミックス等からなる従来の電波吸収体に較べれば、薄型、軽量であるため設備の小規模化が図れ、かつ先に説明したように高耐電力である。
【0053】
図13は、高強度電波照射試験が実施される電波暗室10の内部の要所に、実施形態の電波吸収体1を設けた例を模式的に示している。電波暗室10の内部には、高出力電波発生器200と、試験対象である回路基板や電子機器等の供試体201が配置されている。高出力電波発生器200と供試体201は略同一高さの基台202,203にそれぞれ載置されており、高出力電波発生器200が発生する電波のメインローブが供試体201に照射されるようになっている。
【0054】
図13に示す電波暗室10の内面のうち、高出力電波発生器200のメインローブが照射されて発熱するメイン発熱位置Mと、高出力電波発生器200の2つのサイドローブが照射されて発熱する2つのサイド発熱位置S1,S2に、実施形態の電波吸収体1を設ける。図13の例では、メイン発熱位置Mは、供試体201に関して高出力電波発生器200とは反対側となる壁面上の位置であり、サイド発熱位置S1,S2は、供試体201から見て高出力電波発生器200に近い側の床面上の位置S1と、同天井面上の位置S2である。また、供試体201が載置されている基台203の前面のうち、供試体201に近い発熱位置S3にも電波吸収体1を設けておく。
【0055】
この電波暗室10において、高強度電波の電子機器への影響を調査する高強度電波照射試験を行なった場合、高出力電波によって熱が発生しやすい位置に実施形態の電波吸収体1が設けられているため、高出力電波は電波吸収体1によって効率的に吸収されて外部への漏洩が防止され、また電波から変換された熱は高放射率で放出されるため、高強度電波で長時間の試験を行なっても問題は生じない。このように、実施形態の電波吸収体1は高耐電力であるだけでなく、薄型、軽量であり、かつ必要な箇所にのみ設ければよいので、重量の大きいセラミックス等を用いた従来の電波吸収体100を用いた場合に較べて、高強度電波を吸収する設備の小型化を実現することができる。
【0056】
実施形態の電波吸収体1の使用例としては、図13に示した電波暗室10のような試験用の用途のみではなく、電子機器そのものを高耐電波性とする用途も可能である。すなわち、電子機器の全体または必要な部分を、電波吸収体1を設けた筐体またはカバー等で覆うことにより、小型の電子機器であっても、その用途に応じた必要な高耐電波性を付与することができる。
【符号の説明】
【0057】
1,1a,1b…電波吸収体
2…誘電体層
3,3a,3b…第1金属層
4…第2金属層
5…下地金属層
6…表面金属層
7,7a,7b,7c…パッチ
8,8a,8b…周期的な凹凸構造である微細放熱構造
W1…パッチ幅
L1…パッチ間距離
D…微細放熱構造である溝の深さ
W2…微細放熱構造である溝の幅
L2…微細放熱構造である溝の中心間距離
100…従来の電波吸収体
図1
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図3
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図13