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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2022-12-20
(45)【発行日】2022-12-28
(54)【発明の名称】金属ナノ粒子を液状化する方法
(51)【国際特許分類】
   B22F 1/00 20220101AFI20221221BHJP
   C23C 28/00 20060101ALI20221221BHJP
   H01B 1/22 20060101ALI20221221BHJP
   H01B 1/00 20060101ALI20221221BHJP
   H01B 13/00 20060101ALI20221221BHJP
   B22F 1/0545 20220101ALI20221221BHJP
   B22F 9/00 20060101ALI20221221BHJP
   B22F 1/102 20220101ALI20221221BHJP
   B82Y 40/00 20110101ALI20221221BHJP
   B82Y 30/00 20110101ALI20221221BHJP
【FI】
B22F1/00 Z
C23C28/00 D
H01B1/22 A
H01B1/00 E
H01B13/00 501Z
H01B13/00 503Z
B22F1/0545
B22F9/00 B
B22F1/102
B82Y40/00
B82Y30/00
【請求項の数】 7
(21)【出願番号】P 2018089380
(22)【出願日】2018-05-07
(65)【公開番号】P2019196506
(43)【公開日】2019-11-14
【審査請求日】2021-04-19
【前置審査】
(73)【特許権者】
【識別番号】504255685
【氏名又は名称】国立大学法人京都工芸繊維大学
(74)【代理人】
【識別番号】110000796
【氏名又は名称】弁理士法人三枝国際特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】中西 英行
【審査官】田代 吉成
(56)【参考文献】
【文献】特開2012-184451(JP,A)
【文献】特開2013-84696(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
B22F 1/00
C23C 28/00
H01B 1/22
H01B 1/00
H01B 13/00
B82Y 30/00
B82Y 40/00
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
平均粒径が1~4.6nmである金属ナノ粒子を液状化する方法であって、
(1)前記金属ナノ粒子は、遷移金属ナノ粒子の表面に保護分子が被覆した表面保護金属ナノ粒子の状態で分散液中に分散されており、
前記表面保護金属ナノ粒子の分散液は、前記保護分子を溶解させた液中で金属塩又は金属錯体を還元して金属ナノ粒子の種結晶を合成し、更に前記種結晶を成長させることにより製造され、
(2)前記表面保護金属ナノ粒子、金属ナノ粒子及び保護分子の間に、下記式(I)で表される化学平衡が成り立ち、
【化1】
〔式中、(Site-PM)は保護分子が吸着している金属原子の吸着サイトを示し、(Site)は保護分子が吸着していない金属原子の吸着サイトを示し、(PM)は遊離の保護分子を示す。〕
前記化学平衡の平衡点を保護分子の脱着の方向に移動させる工程を含み、
(3)前記化学平衡の平衡点を保護分子の脱着の方向に移動させる工程が
記分散液に含まれる分散媒を構成する種類及び/又はその構成割合を変える、及び/又は、前記分散液の温度を変えることにより、下記式(II):
Kd={[Site]eq[PM]eq}/[Site-PM]eq(II)
〔式中、[Site]eqは平衡状態における保護分子が吸着していない金属原子の吸着サイト濃度(mol/L)を示し、[PM]eqは平衡状態における遊離の保護分子の濃度(mol/L)を示し、[Site-PM]eqは平衡状態における保護分子が吸着している金属原子の吸着サイト濃度(mol/L)を示す。〕
で表される保護分子の脱着平衡定数(Kd)であって、1×10 -4 mol/L以上1×10 -2 mol/L以下である前記Kdを増大させる工程
含む、金属ナノ粒子を液状化する方法。
【請求項2】
平均粒径が1~4.6nmである金属ナノ粒子を液状化する方法であって、
(1)前記金属ナノ粒子は、遷移金属ナノ粒子の表面に保護分子が被覆した表面保護金属ナノ粒子の状態で分散液中に分散されており、
前記表面保護金属ナノ粒子の分散液は、前記保護分子を溶解させた液中で金属塩又は金属錯体を還元して金属ナノ粒子の種結晶を合成し、更に前記種結晶を成長させることにより製造され、
(2)前記分散液を基材に塗布し、前記分散液が塗布された基材を溶媒に接触させる工程を含み、
(3)前記分散液が塗布された基材を溶媒に接触させた際に、前記表面保護金属ナノ粒子、金属ナノ粒子及び保護分子の間に、下記式(I)で表される化学平衡が成り立ち、
【化2】
〔式中、(Site-PM)は保護分子が吸着している金属原子の吸着サイトを示し、(Site)は保護分子が吸着していない金属原子の吸着サイトを示し、(PM)は遊離の保護分子を示す。〕
前記化学平衡の平衡点を保護分子の脱着の方向に移動させる工程を含み、
(4)前記化学平衡の平衡点を保護分子の脱着の方向に移動させる工程が
記溶媒の種類及び/又はその構成割合を変える、及び/又は、前記溶媒及び/又は基材の温度を変えることにより、下記式(II):
Kd={[Site]eq[PM]eq}/[Site-PM]eq(II)
〔式中、[Site]eqは平衡状態における保護分子が吸着していない金属原子の吸着サイト濃度(mol/L)を示し、[PM]eqは平衡状態における遊離の保護分子の濃度(mol/L)を示し、[Site-PM]eqは平衡状態における保護分子が吸着している金属原子の吸着サイト濃度(mol/L)を示す。〕
で表される保護分子の脱着平衡定数(Kd)であって、1×10 -4 mol/L以上1×10 -2 mol/L以下である前記Kdを増大させる工程
含む、金属ナノ粒子を液状化する方法。
【請求項3】
前記遷移金属ナノ粒子を構成する遷移金属は、周期表第10族~第11族で且つ第4周期~第6周期に属する元素の少なくとも一種である、請求項1又は2に記載の方法。
【請求項4】
前記遷移金属ナノ粒子を構成する遷移金属は、金、銀、銅、白金及びパラジウムからなる群から選択される少なくとも一種である、請求項1~3のいずれか一項に記載の方法。
【請求項5】
前記保護分子は、アミノ基及びカルボキシル基の少なくとも一種を含有する、請求項1~4のいずれか一項に記載の方法。
【請求項6】
基材に金属を形成する方法であって、
(1)平均粒径が1~4.6nmである金属ナノ粒子を含有する分散液に、基材を接触させる工程を含み、
(2)前記金属ナノ粒子は、遷移金属ナノ粒子の表面に保護分子が被覆した表面保護金属ナノ粒子の状態で前記分散液中に分散されており、
前記表面保護金属ナノ粒子の分散液は、前記保護分子を溶解させた液中で金属塩又は金属錯体を還元して金属ナノ粒子の種結晶を合成し、更に前記種結晶を成長させることにより製造され、
(3)前記表面保護金属ナノ粒子、金属ナノ粒子及び保護分子の間に、下記式(I)で表される化学平衡が成り立ち、
【化3】
〔式中、(Site-PM)は保護分子が吸着している金属原子の吸着サイトを示し、(Site)は保護分子が吸着していない金属原子の吸着サイトを示し、(PM)は遊離の保護分子を示す。〕
前記化学平衡の平衡点を保護分子の脱着の方向に移動させる工程を含み、
(4)前記化学平衡の平衡点を保護分子の脱着の方向に移動させる工程が
記分散液に含まれる分散媒を構成する種類及び/又はその構成割合を変える、及び/又は、前記分散液の温度を変えることにより、下記式(II):
Kd={[Site]eq[PM]eq}/[Site-PM]eq(II)
〔式中、[Site]eqは平衡状態における保護分子が吸着していない金属原子の吸着サイト濃度(mol/L)を示し、[PM]eqは平衡状態における遊離の保護分子の濃度(mol/L)を示し、[Site-PM]eqは平衡状態における保護分子が吸着している金属原子の吸着サイト濃度(mol/L)を示す。〕
で表される保護分子の脱着平衡定数(Kd)であって、1×10 -4 mol/L以上1×10 -2 mol/L以下である前記Kdを増大させる工程
含む、基材に金属を形成する方法。
【請求項7】
基材に金属を形成する方法であって、
(1)平均粒径が1~4.6nmである金属ナノ粒子を含有する分散液を基材に塗布し、前記分散液が塗布された基材を溶媒に接触させる工程を含み、
(2)前記金属ナノ粒子は、遷移金属ナノ粒子の表面に保護分子が被覆した表面保護金属ナノ粒子の状態で前記分散液中に分散されており、
前記表面保護金属ナノ粒子の分散液は、前記保護分子を溶解させた液中で金属塩又は金属錯体を還元して金属ナノ粒子の種結晶を合成し、更に前記種結晶を成長させることにより製造され、
(3)前記分散液が塗布された基材を溶媒に接触させた際に、前記表面保護金属ナノ粒子、金属ナノ粒子及び保護分子の間に、下記式(I)で表される化学平衡が成り立ち、
【化4】
〔式中、(Site-PM)は保護分子が吸着している金属原子の吸着サイトを示し、(Site)は保護分子が吸着していない金属原子の吸着サイトを示し、(PM)は遊離の保護分子を示す。〕
前記化学平衡の平衡点を保護分子の脱着の方向に移動させる工程を含み、
(4)前記化学平衡の平衡点を保護分子の脱着の方向に移動させる工程が
記溶媒の種類及び/又はその構成割合を変える、及び/又は、前記溶媒及び/又は基材の温度を変えることにより、下記式(II):
Kd={[Site]eq[PM]eq}/[Site-PM]eq(II)
〔式中、[Site]eqは平衡状態における保護分子が吸着していない金属原子の吸着サイト濃度(mol/L)を示し、[PM]eqは平衡状態における遊離の保護分子の濃度(mol/L)を示し、[Site-PM]eqは平衡状態における保護分子が吸着している金属原子の吸着サイト濃度(mol/L)を示す。〕
で表される保護分子の脱着平衡定数(Kd)であって、1×10 -4 mol/L以上1×10 -2 mol/L以下である前記Kdを増大させる工程
含む、基材に金属を形成する方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、金属ナノ粒子を液状化する方法に関する。
【背景技術】
【0002】
近年、モバイル機器をはじめとして電子機器が目覚ましい進歩を遂げている。電子機器は更なる小型・薄型・軽量化・フレキシブル化等が要求され、しかも生産性の向上も求められている。半導体デバイスをはじめとする電子部品に対する要求は厳しくなり、それらのデバイスの配線についても様々な工夫、改善がさらに必要とされている。
このような状況において、常温に近い温度において配線形成できる材料があれば、耐熱性のある材料のみならず、耐熱性のない各種有機材料も配線基板として用いることができる。インクジェットやディスペンサ印刷技術の進展により、現在ではナノサイズの金属微粒子がそのような材料の一つとして検討が進められている(例えば非特許文献1参照)。しかしながら、従来の金属微粒子は、焼結反応を利用して金属形成させているため、最低でも150℃程度の温度で処理しなければならず、その利用範囲は限られている。このような状況の下、さらなる低温で配線形成が可能な材料が求められている。
また、特許文献1には、シュウ酸銀とオレイルアミンを反応させて錯化合物を生成させ、これを加熱分解して銀超微粒子を得ることが開示されている。しかしながら、この銀超微粒子を用いて導電被膜等を形成する場合は焼結反応を利用するため、処理温度は500℃以下の高温で、使用範囲は狭い範囲に限られており、さらなる低温焼結可能な方法が求められている。
さらに、特許文献2には、被覆された金属ナノ粒子と分散溶媒とを含む金属ナノ粒子ペーストに、極性溶媒または溶解補助剤を含む極性溶媒溶液を作用させて、金属ナノ粒子を焼結させ、基板上に配線形成する方法が開示されている。しかしながら、この方法も金属焼結を利用しているため、形成した配線の電気抵抗率が高くバラつきが大きいという問題点があり、また、低温焼結工法は基板への金属の付着強度が小さいという問題点もある。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0003】
【文献】特開2008-214695号公報
【文献】特開2008-072052号公報
【非特許文献】
【0004】
【文献】河染満他、「Printed Electronicsのためのナノ粒子微細配線技術」、粉砕、No.50 (2006/2007)、p.27-31
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
本発明は、上記に鑑みてなされたものであり、金属ナノ粒子を高温で焼結させる必要がなく、金属ナノ粒子を容易に液状化する方法、及び、様々な基材に金属を容易に形成する方法の提供を目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0006】
本発明者は、上記目的を達成すべく鋭意研究を重ねた結果、保護分子で表面を保護された金属ナノ粒子である表面保護金属ナノ粒子の動的化学平衡を利用することにより、金属ナノ粒子を容易に液状化する方法を見出した。つまり、金属ナノ粒子、保護分子及び表面保護金属ナノ粒子を有する系中では、環境によって保護分子が金属ナノ粒子に吸着・脱着を行う動的な化学平衡があり、表面保護金属ナノ粒子の保存時には平衡点を保護分子の吸着の方向に制御し、金属形成する際に平衡点を保護分子の脱着の方向に移動させることにより、上記目的を達成できることを見出し、本発明を完成するに至った。
【0007】
すなわち、本発明は、下記の金属ナノ粒子を液状化する方法、基材に金属を形成する方法及び分散液に関する。
1.平均粒径が1~4.6nmである金属ナノ粒子を液状化する方法であって、
(1)前記金属ナノ粒子は、遷移金属ナノ粒子の表面に保護分子が被覆した表面保護金属ナノ粒子の状態で分散液中に分散されており、
(2)前記表面保護金属ナノ粒子、金属ナノ粒子及び保護分子の間に、下記式(I)で表される化学平衡が成り立ち、
【化1】
〔式中、(Site-PM)は保護分子が吸着している金属原子の吸着サイトを示し、(Site)は保護分子が吸着していない金属原子の吸着サイトを示し、(PM)は遊離の保護分子を示す。〕
前記化学平衡の平衡点を保護分子の脱着の方向に移動させる工程を含み、
(3)前記化学平衡の平衡点を保護分子の脱着の方向に移動させる工程が、下記(a)及び/又は(b)の工程
(a)前記分散液に含まれる分散媒を構成する種類及び/又はその構成割合を変える、及び/又は、前記分散液の温度を変えることにより、下記式(II):
Kd={[Site]eq[PM]eq}/[Site-PM]eq (II)
〔式中、[Site]eqは平衡状態における保護分子が吸着していない金属原子の吸着サイト濃度(mol/L)を示し、[PM]eqは平衡状態における遊離の保護分子の濃度(mol/L)を示し、[Site-PM]eqは平衡状態における保護分子が吸着している金属原子の吸着サイト濃度(mol/L)を示す。〕
で表される保護分子の脱着平衡定数(Kd)を増大させる工程、
(b)前記分散液に溶媒及び/又は表面保護金属ナノ粒子を添加し、前記式(II)における3つの濃度のうちの少なくとも1つを変化させて、前記式(I)の化学平衡が成り立たない非平衡状態とする工程、
を含む、金属ナノ粒子を液状化する方法。
2.平均粒径が1~4.6nmである金属ナノ粒子を液状化する方法であって、
(1)前記金属ナノ粒子は、遷移金属ナノ粒子の表面に保護分子が被覆した表面保護金属ナノ粒子の状態で分散液中に分散されており、
(2)前記分散液を基材に塗布し、前記分散液が塗布された基材を溶媒に接触させる工程を含み、
(3)前記分散液が塗布された基材を溶媒に接触させた際に、前記表面保護金属ナノ粒子、金属ナノ粒子及び保護分子の間に、下記式(I)で表される化学平衡が成り立ち、
【化2】
〔式中、(Site-PM)は保護分子が吸着している金属原子の吸着サイトを示し、(Site)は保護分子が吸着していない金属原子の吸着サイトを示し、(PM)は遊離の保護分子を示す。〕
前記化学平衡の平衡点を保護分子の脱着の方向に移動させる工程を含み、
(4)前記化学平衡の平衡点を保護分子の脱着の方向に移動させる工程が、下記(a’)及び/又は(b’)の工程
(a’)前記溶媒の種類及び/又はその構成割合を変える、及び/又は、前記溶媒及び/又は基材の温度を変えることにより、下記式(II):
Kd={[Site]eq[PM]eq}/[Site-PM]eq (II)
〔式中、[Site]eqは平衡状態における保護分子が吸着していない金属原子の吸着サイト濃度(mol/L)を示し、[PM]eqは平衡状態における遊離の保護分子の濃度(mol/L)を示し、[Site-PM]eqは平衡状態における保護分子が吸着している金属原子の吸着サイト濃度(mol/L)を示す。〕
で表される保護分子の脱着平衡定数(Kd)を増大させる工程、
(b’)前記溶媒に、溶媒及び/又は表面保護金属ナノ粒子を添加して、前記式(II)における3つの濃度のうちの少なくとも1つを変化させて、前記式(I)の化学平衡が成り立たない非平衡状態とする工程、
を含む、金属ナノ粒子を液状化する方法。
.前記遷移金属ナノ粒子を構成する遷移金属は、周期表第10族~第11族で且つ第4周期~第6周期に属する元素の少なくとも一種である、上記項1又は2に記載の方法。
.前記遷移金属ナノ粒子を構成する遷移金属は、金、銀、銅、白金及びパラジウムからなる群から選択される少なくとも一種である、上記項1~のいずれか一項に記載の方法。
.前記保護分子は、アミノ基及びカルボキシル基の少なくとも一種を含有する、上記項1~のいずれか一項に記載の方法。
.基材に金属を形成する方法であって、
(1)平均粒径が1~4.6nmである金属ナノ粒子を含有する分散液に、基材を接触させる工程を含み、
(2)前記金属ナノ粒子は、遷移金属ナノ粒子の表面に保護分子が被覆した表面保護金属ナノ粒子の状態で前記分散液中に分散されており、
(3)前記表面保護金属ナノ粒子、金属ナノ粒子及び保護分子の間に、下記式(I)で表される化学平衡が成り立ち、
【化3】
〔式中、(Site-PM)は保護分子が吸着している金属原子の吸着サイトを示し、(Site)は保護分子が吸着していない金属原子の吸着サイトを示し、(PM)は遊離の保護分子を示す。〕
前記化学平衡の平衡点を保護分子の脱着の方向に移動させる工程を含み、
(4)前記化学平衡の平衡点を保護分子の脱着の方向に移動させる工程が、下記(a)及び/又は(b)の工程
(a)前記分散液に含まれる分散媒を構成する種類及び/又はその構成割合を変える、及び/又は、前記分散液の温度を変えることにより、下記式(II):
Kd={[Site]eq[PM]eq}/[Site-PM]eq (II)
〔式中、[Site]eqは平衡状態における保護分子が吸着していない金属原子の吸着サイト濃度(mol/L)を示し、[PM]eqは平衡状態における遊離の保護分子の濃度(mol/L)を示し、[Site-PM]eqは平衡状態における保護分子が吸着している金属原子の吸着サイト濃度(mol/L)を示す。〕
で表される保護分子の脱着平衡定数(Kd)を増大させる工程、
(b)前記分散液に溶媒及び/又は表面保護金属ナノ粒子を添加し、前記式(II)における3つの濃度のうちの少なくとも1つを変化させて、前記式(I)の化学平衡が成り立たない非平衡状態とする工程、
を含む、基材に金属を形成する方法。
.基材に金属を形成する方法であって、
(1)平均粒径が1~4.6nmである金属ナノ粒子を含有する分散液を基材に塗布し、前記分散液が塗布された基材を溶媒に接触させる工程を含み、
(2)前記金属ナノ粒子は、遷移金属ナノ粒子の表面に保護分子が被覆した表面保護金属ナノ粒子の状態で前記分散液中に分散されており、
(3)前記分散液が塗布された基材を溶媒に接触させた際に、前記表面保護金属ナノ粒子、金属ナノ粒子及び保護分子の間に、下記式(I)で表される化学平衡が成り立ち、
【化4】
〔式中、(Site-PM)は保護分子が吸着している金属原子の吸着サイトを示し、(Site)は保護分子が吸着していない金属原子の吸着サイトを示し、(PM)は遊離の保護分子を示す。〕
前記化学平衡の平衡点を保護分子の脱着の方向に移動させる工程を含み、
(4)前記化学平衡の平衡点を保護分子の脱着の方向に移動させる工程が、下記(a’)及び/又は(b’)の工程
(a’)前記溶媒の種類及び/又はその構成割合を変える、及び/又は、前記溶媒及び/又は基材の温度を変えることにより、下記式(II):
Kd={[Site]eq[PM]eq}/[Site-PM]eq (II)
〔式中、[Site]eqは平衡状態における保護分子が吸着していない金属原子の吸着サイト濃度(mol/L)を示し、[PM]eqは平衡状態における遊離の保護分子の濃度(mol/L)を示し、[Site-PM]eqは平衡状態における保護分子が吸着している金属原子の吸着サイト濃度(mol/L)を示す。〕
で表される保護分子の脱着平衡定数(Kd)を増大させる工程、
(b’)前記溶媒に、溶媒及び/又は表面保護金属ナノ粒子を添加して、前記式(II)における3つの濃度のうちの少なくとも1つを変化させて、前記式(I)の化学平衡が成り立たない非平衡状態とする工程、
を含む、基材に金属を形成する方法。
.金、銀、銅、白金及びパラジウムからなる群から選択される少なくとも一種から構成され、平均粒径が1~4.6nmである金属ナノ粒子の表面に、
アミノ基及びカルボキシル基の少なくとも一種を含有する保護分子が被覆した表面保護金属ナノ粒子が、
無極性溶媒を含む分散媒に分散されている分散液。
【発明の効果】
【0008】
本発明の金属ナノ粒子の液状化方法では、金属ナノ粒子と吸着分子である保護分子の系に動的化学平衡の原理を適用し、各種条件を変化させることによって、表面保護金属ナノ粒子から保護分子を脱着させて、金属ナノ粒子を容易に液状化させることができる。また、本発明の基材に金属を形成する方法は、製造工程が非常にシンプルで簡単な優れた方法である。
本発明の液状化方法及び金属形成方法は、金属ナノ粒子を焼結する方法を用いていないので、金属ナノ粒子を適用する基材を高温に加熱する必要がなく、耐熱性のない高分子・繊維基材等を含む様々な基材に適用することができる。また、本発明に用いる金属ナノ粒子は極小であるため、基材である物体の内部に浸透する作用が強く、様々な基材に液状化した金属を注入することができ、基材の表面のみならず内部にも金属を形成することができる。さらに、本発明の方法を用いると、金属ナノ粒子を容易に液状化できるため、様々な形状の基材に金属を形成することができる。そのため、本発明の液状化方法及び金属形成方法により、幅広い高分子・繊維材料等に金属を形成して導体化することや、ナノスケールで金属を様々な形状に成形加工することができる。
【図面の簡単な説明】
【0009】
図1】実施例1の金ナノ粒子が液状化(流動)している様子を示すTEM像である。
図2】実施例2の分散液中での銀ナノ粒子の液状化について示す図である。
図3】実施例3の金属薄膜の電子顕微鏡写真とX線回折結果を示す図である。
図4】実施例6の分散液へのポリウレタンの浸漬前後の変化を示す図である。
図5】実施例7の分散液へのレーヨンの浸漬前後の変化を示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0010】
以下、本発明の金属ナノ粒子の液状化方法について詳細に説明する。
【0011】
本発明の金属ナノ粒子を液状化する方法は、
(1)前記金属ナノ粒子は、遷移金属ナノ粒子の表面に保護分子が被覆した表面保護金属ナノ粒子の状態で前記分散液中に分散されており、
(2)前記表面保護金属ナノ粒子、金属ナノ粒子及び保護分子の間に、下記式(I)で表される化学平衡が成り立ち、
【化5】
〔式中、(Site-PM)は保護分子が吸着している金属原子の吸着サイトを示し、(Site)は保護分子が吸着していない金属原子の吸着サイトを示し、(PM)は遊離の保護分子を示す。〕
前記化学平衡の平衡点を保護分子の脱着の方向に移動させる工程を含み、
(3)前記化学平衡の平衡点を保護分子の脱着の方向に移動させる工程が、下記(a)及び/又は(b)の工程
(a)前記分散液に含まれる分散媒を構成する種類及び/又はその構成割合を変える、及び/又は、前記分散液の温度を変えることにより、下記式(II):
Kd={[Site]eq[PM]eq}/[Site-PM]eq (II)
〔式中、[Site]eqは平衡状態における保護分子が吸着していない金属原子の吸着サイト濃度(mol/L)を示し、[PM]eqは平衡状態における遊離の保護分子の濃度(mol/L)を示し、[Site-PM]eqは平衡状態における保護分子が吸着している金属原子の吸着サイト濃度(mol/L)を示す。〕
で表される保護分子の脱着平衡定数(Kd)を増大させる工程、
(b)前記分散液に溶媒及び/又は表面保護金属ナノ粒子を添加し、前記式(II)における3つの濃度のうちの少なくとも1つを変化させて、前記式(I)の化学平衡が成り立たない非平衡状態とする工程、
を含むことを特徴とするものである。
【0012】
当該金属ナノ粒子を液状化する方法(第1の液状化方法)においては、分散液中で表面保護金属ナノ粒子から保護分子を脱着させて金属ナノ粒子を液状化することができる。
【0013】
本明細書において、「金属ナノ粒子が液状化する」とは、表面保護金属ナノ粒子から吸着している保護分子を脱着させて、金属ナノ粒子表面に吸着している保護分子が少なくなると、金属ナノ粒子を構成する金属原子が固定された「固体」状態から、流動する一種の「液体」のような状態に変化する、すなわち「流動」することを意味する。つまり、「液状化」とは、金属原子が液体のような状態に変化して流動することを意味する。
金属ナノ粒子のサイズが小さくなるにつれて、金属ナノ粒子内部の圧力は高くなるため、本発明のような平均粒径の小さい金属ナノ粒子の表面から保護分子が少なくなると、金属ナノ粒子を構成する金属原子が液体のように動き、流動すると考えられる。
【0014】
また、金属ナノ粒子と保護分子が分散液中に分散されている場合、金属ナノ粒子表面には分子数の多少はあっても保護分子が吸着されており表面保護金属ナノ粒子となっている。表面保護金属ナノ粒子において、金属ナノ粒子表面に吸着できる保護分子の最大数は、金属の種類や保護分子の種類により様々な値をとりうる。そして、金属ナノ粒子表面に吸着している保護分子の数が一定値(この値も金属の種類や保護分子の種類により様々な値をとりうる)を下回ると、金属ナノ粒子を構成する金属原子が液状化する。
【0015】
本発明において、金属ナノ粒子は、遷移金属から構成されるものである。また、1個の金属ナノ粒子は、数10個~数100個程度の金属原子が集まったものである。
遷移金属としては、特に限定されないが、例えば、周期表第3族~第12族に属する元素等が挙げられる。脱着平衡定数の観点から、周期表第10族~第11族で且つ第4周期~第6周期に属する元素の少なくとも一種であることが好ましく、金、銀、銅、白金及びパラジウムからなる群から選択される少なくとも一種であることがより好ましい。
ここで、脱着平衡定数の観点とは、分散液の保存時(液状化させる前)には脱着平衡定数を小さくさせておき、液状化の際には、脱着平衡定数を大きくして液状化することができるという観点(金属ナノ粒子表面に保護分子が必要量吸着でき、条件を変えれば金属ナノ粒子表面から保護分子が容易に脱着できるという観点)を意味する。
【0016】
金属ナノ粒子への保護分子の吸着・脱着の観点から、金属ナノ粒子の平均粒径は、1~30nm(ナノメートル)が好ましく、金属ナノ粒子のサイズが小さくなるにつれて金属ナノ粒子の融点降下が大きくなるという観点から、金属ナノ粒子の液状化の温度を下げるためには、2~20nmがより好ましく、2~10nmがさらに好ましく、2~6nmが特に好ましい。
金属ナノ粒子の平均粒径を小さくすると、金属平板(粒径が無限大とみなせる)では吸着できない保護分子でも吸着することができるようになり、また、粒径を小さくすることにより脱着平衡定数を大きく設定でき、条件を変えることにより金属ナノ粒子表面から保護分子を容易に脱着させることができる。
金属ナノ粒子の平均粒径は、例えば、透過型電子顕微鏡や走査型電子顕微鏡を用い、画像解析することにより測定することができる。具体的には、実施例の項に記載の方法で測定することができる。
【0017】
金属ナノ粒子の表面を被覆する保護分子としては、金属ナノ粒子の表面を被覆することができれば特に限定されないが、脱着平衡定数の観点から、アミノ基及びカルボキシル基の少なくとも一種を含有する化合物であることが好ましい。
アミノ基を含有する化合物としては、特に限定されないが、例えば、炭素数1~30のアルキルアミン、炭素数2~30のアルケニルアミン、炭素数2~30のアルキニルアミン、アリールアミン、アラルキルアミン等が挙げられる。脱着平衡定数の観点から、炭素数1~30のアルキルアミン、炭素数2~30のアルケニルアミンが好ましく;炭素数10~30のアルキルアミン、炭素数10~30のアルケニルアミンがより好ましく;炭素数10~20のアルキルアミン、炭素数10~20のアルケニルアミンがさらに好ましく;ドデシルアミン、オレイルアミン等が特に好ましい。
【0018】
カルボキシル基を含有する化合物としては、特に限定されないが、例えば、炭素数1~30のアルキルカルボン酸、炭素数2~30のアルケニルカルボン酸、炭素数2~30のアルキニルカルボン酸、アリールカルボン酸、アラルキルカルボン酸等が挙げられる。脱着平衡定数の観点から、炭素数1~30のアルキルカルボン酸、炭素数2~30のアルケニルカルボン酸が好ましく;炭素数10~30のアルキルカルボン酸、炭素数10~30のアルケニルカルボン酸がより好ましく;炭素数10~20のアルキルカルボン酸、炭素数10~20のアルケニルカルボン酸がさらに好ましく;デカン酸、ドデシルカルボン酸、オレイルカルボン酸等が特に好ましい。
【0019】
金属ナノ粒子は、遷移金属ナノ粒子の表面に保護分子が被覆した表面保護金属ナノ粒子の状態で前記分散液中に分散されている。
表面保護金属ナノ粒子は、上記金属ナノ粒子の表面に上記保護分子が被覆しているものであれば、特に限定されない。
ここで、「被覆」とは、保護分子が金属ナノ粒子表面の金属原子に吸着していることを意味し、金属ナノ粒子の表面の一部又は全部を、上記保護分子が被覆していればよい。
【0020】
上記分散液中には、分散媒が含有される。
分散媒としては、表面保護金属ナノ粒子を分散させることができる媒体であれば、特に限定されず、例えば、無極性溶媒、無極性溶媒と極性溶媒との混合溶媒等が挙げられる。
なお、本明細書においては、媒質を溶かす性質の有無にかかわらず、媒体を示す用語として「溶媒」を用いる。
【0021】
無極性溶媒としては、特に限定されないが、例えば、ペンタン、ヘキサン、ヘプタン、オクタン、ノナン等のアルカン;シクロヘキサン、シクロペンタン、シクロヘプタン、シクロオクタン等のシクロアルカン;塩化メチレン、クロロホルム、四塩化炭素等のハロゲンで置換されたアルカン;ジエチルエーテル、ジイソプロピルエーテル等のエーテル;ヘキサノール、ヘプタノール、オクタノール等の炭素数6以上のアルコール;ベンゼン、トルエン、キシレン等の芳香族炭化水素;テトラヒドロフラン、テトラヒドロピラン等の複素環式化合物等が挙げられる。脱着平衡定数の観点から、アルカン、ハロゲンで置換されたアルカン、芳香族炭化水素が好ましく、ヘキサン、塩化メチレン、トルエンがより好ましい。
【0022】
極性溶媒としては、上記無極性溶媒と混合して用いることができる限り特に限定されないが、例えば、メタノール、エタノール、1-プロパノール、2-プロパノール、ブタノール、ペンタノール等の炭素数1~5のアルコール;ホルムアミド、アセトアミド等のアミド;1-エチル-3-メチルイミダゾリウムテトラフルオロボラート等のイオン液体等が挙げられる。脱着平衡定数の観点から、炭素数1~3のアルコールが好ましく、メタノール、エタノールがより好ましい。
【0023】
上述のように、保護分子は極性基(アミノ基及びカルボキシル基の少なくとも一種)を含有する化合物であることが好ましいが、その場合、極性基が金属ナノ粒子表面に吸着し、極性基でない部分が外側(分散媒側)に向いていると考えられる。
そのため、保存時の分散液中に表面保護金属ナノ粒子を安定に分散させる分散媒としては、無極性溶媒が好ましい。
また、表面保護金属ナノ粒子の上記構造から、極性溶媒は、表面保護金属ナノ粒子から保護分子を脱着させる作用がある。そのため、極性溶媒単独では分散媒として用いることはふさわしくないが、無極性溶媒と極性溶媒との混合溶媒であれば、分散媒として用いることができ、その混合割合により液状化を調節することもできる。
無極性溶媒と極性溶媒との混合溶媒を用いる場合、その混合割合は特に限定されないが、表面保護金属ナノ粒子を分散させて保存する観点から、無極性溶媒と極性溶媒の選択にもよるが、無極性溶媒の体積を100%とした場合に、極性溶媒の体積は、例えば20%以下、好ましくは10%以下、より好ましくは5%以下であり、いずれも無極性溶媒を主に(溶媒体積全体の半分超)含む構成とする。
【0024】
上記金属ナノ粒子の製造方法は、特に限定されないが、例えば、金属塩や金属錯体を溶液中で還元して化学的に製造すること等が挙げられる。
また、金属ナノ粒子の表面に保護分子が被覆した表面保護金属ナノ粒子の製造方法は、特に限定されないが、例えば、保護分子を溶解させた液中で金属塩や金属錯体を還元して製造すること等が挙げられる。
さらに、表面保護金属ナノ粒子が分散する分散液の製造方法は、特に限定されないが、例えば下記方法等が挙げられる。保護分子を溶解させた液中で金属塩や金属錯体を還元して、金属ナノ粒子を核生成させ、種結晶を合成する。そこから種結晶の周囲で金属塩や金属錯体を還元して、種結晶を大きく成長させる(核成長)。核成長を複数回、段階的に行って反応を制御することにより、平均粒径が1~30nmに調節された、表面保護金属ナノ粒子が分散した分散液を製造することができる。
【0025】
上記分散液において、表面保護金属ナノ粒子、金属ナノ粒子及び保護分子の間に、下記式(I)で表される化学平衡が成り立つ。
【化6】
〔式中、(Site-PM)は保護分子が吸着している金属原子の吸着サイトを示し、(Site)は保護分子が吸着していない金属原子の吸着サイトを示し、(PM)は遊離の保護分子を示す。〕
【0026】
より詳細には、(Site-PM)は、表面保護金属ナノ粒子における、保護分子が吸着している金属原子の吸着サイトを示す。
(Site)は、保護分子が吸着していない金属原子の吸着サイトを示す。これは、金属ナノ粒子自体の金属原子の吸着サイト、及び、表面保護金属ナノ粒子における保護分子が吸着していない金属原子の吸着サイトの両者を示す。
(PM)は、金属ナノ粒子に吸着していない遊離の保護分子を示す。
【0027】
金属原子の吸着サイトとは、以下のものを意味する。
金属ナノ粒子表面を碁盤目状に区切り、1マスにつき、1つの保護分子が吸着できるとみなした場合に、その1マスのことを金属原子の吸着サイトと定義する。一つの保護分子が金属ナノ粒子に吸着する際に、一つの保護分子が占有する面積(つまり1つのマス目の大きさ)は、保護分子の種類や保護分子が吸着している姿勢等の吸着状態によって変わる。
【0028】
本発明の金属ナノ粒子を液状化する方法においては、上記式(I)の化学平衡の平衡点を保護分子の脱着の方向に移動させる工程を含む。
保護分子の脱着の方向とは、上記式(I)において右側へ平衡点が動く方向である。
【0029】
前記化学平衡の平衡点を保護分子の脱着の方向に移動させる工程は、下記(a)及び/又は(b)の工程を含む。
(a)前記分散液に含まれる分散媒を構成する種類及び/又はその構成割合を変える、及び/又は、前記分散液の温度を変えることにより、下記式(II):
Kd={[Site]eq[PM]eq}/[Site-PM]eq (II)
〔式中、[Site]eqは平衡状態における保護分子が吸着していない金属原子の吸着サイト濃度(mol/L)を示し、[PM]eqは平衡状態における遊離の保護分子の濃度(mol/L)を示し、[Site-PM]eqは平衡状態における保護分子が吸着している金属原子の吸着サイト濃度(mol/L)を示す。〕
で表される保護分子の脱着平衡定数(Kd)を増大させる工程、
(b)前記分散液に溶媒及び/又は表面保護金属ナノ粒子を添加し、前記式(II)における3つの濃度のうちの少なくとも1つを変化させて、前記式(I)の化学平衡が成り立たない非平衡状態とする工程。
【0030】
工程(a)は、上記式(II)で表される保護分子の脱着平衡定数(Kd)を増大させる工程であり、Kdを増大させるために、前記分散液に含まれる分散媒を構成する種類及び/又はその構成割合を変える、及び/又は、前記分散液の温度を変えることを行う工程である。
【0031】
保護分子の脱着平衡定数(Kd)は、上記式(I)で表される化学平衡が成り立っているときの平衡定数であり、上記式(II)で表される。
[Site]eqは平衡状態における保護分子が吸着していない金属原子の吸着サイト濃度(mol/L)を示し、[PM]eqは平衡状態における遊離の保護分子の濃度(mol/L)を示し、[Site-PM]eqは平衡状態における保護分子が吸着している金属原子の吸着サイト濃度(mol/L)を示す。
上記各濃度は、分散液中の各濃度(mol/L)、つまり、分散液の体積(L)中の各成分のモル数(mol)を示す。
【0032】
脱着平衡定数(Kd)は温度の関数であり、温度が決まるとKdの値が決まる。また、同じ温度であっても、溶媒の種類によってKdは異なる値を示す。また、脱着平衡定数(Kd)を大きくして液状化するように、溶媒の種類、濃度、温度を変えればよい。
本発明の液状化方法では、溶媒の種類、濃度、温度によって脱着平衡定数(Kd)を制御するが、金属ナノ粒子の種類、粒径、保護分子の種類によっても脱着平衡定数の値を変えることは可能である。
脱着平衡定数(Kd)の範囲は、特に限定されないが、Kdを大きくして液状化により金属形成させる際には、1×10-4mol/L以上とすることが好ましい。これは、液状化させる際は、粒子表面に吸着する分子の数がある一定数を下回れば良く、Kdの値が大きくなるにつれて分子が脱着しやすくなるためである。
また、液状化させる前(粒子表面を分子で保護する時)は、粒子表面に吸着する分子の数がある一定数を上回れば良く、脱着平衡定数(Kd)を低くしておくという観点から、1×10-2mol/L以下とすることが好ましい。上記の範囲に脱着平衡定数(Kd)を設定しておき、溶媒の種類、濃度、温度等を変えて液状化を制御すればよい。
【0033】
工程(a)においては、脱着平衡定数(Kd)を増大させるように、前記分散液に含まれる分散媒を構成する種類及び/又はその構成割合を変える、及び/又は、前記分散液の温度を変える。
【0034】
分散液に含まれる分散媒を構成する種類及び/又はその構成割合を変える方法としては、特に限定されないが、例えば、最初の分散液(以下、初期分散液ともいう)に使用されていた分散媒(以下、初期分散媒ともいう)とは異なる溶媒を添加すること、初期分散媒として使用されていた溶媒の構成割合を変えるために溶媒の付加を行うこと、初期分散媒として使用されていた溶媒を気化させること等が挙げられる。これにより、初期分散媒が1種の溶媒である場合及び2種以上の混合溶媒である場合のいずれにおいても、分散媒を構成する種類とその構成割合を変えることができる。なお、平衡点を脱着の方向に移動させる観点から、初期分散媒とは異なる溶媒を添加することが好ましい。
また、初期分散媒が2種以上の混合溶媒である場合は、初期分散媒として使用されていた溶媒のいずれが一方のみを添加することや、初期分散媒で使用されていた全ての溶媒を、初期分散媒とは異なる割合で添加すること等により、分散媒を構成する溶媒の構成割合を変えることができる。
【0035】
添加する溶媒としては、特に限定されないが、保護分子を脱着させやすくするためには、極性溶媒を用いることが好ましい。
極性溶媒としては、特に限定されないが、例えば、メタノール、エタノール、1-プロパノール、2-プロパノール、ブタノール、ペンタノール等の炭素数1~5のアルコール;ホルムアミド、アセトアミド等のアミド;1-エチル-3-メチルイミダゾリウムテトラフルオロボラート等のイオン液体等が挙げられる。脱着のしやすさの観点から、炭素数1~3のアルコールが好ましく、メタノール、エタノールがより好ましい。
また、溶媒を気化させる場合は、開放状態で放置して行うことができる。
【0036】
分散液の温度を変える方法としては、特に限定されないが、例えば、分散液をヒーター等の加熱器等を用いて暖めることが挙げられる。
液状化させる前の保存時の分散液は、例えば、冷凍保存、冷蔵保存、常温保存等により保存される。そのため、保存時の分散液の温度としては、特に限定されないが、一般的には-30℃~35℃である。
分散液の温度を変える方法における、金属形成のための液状化時の分散液の加温温度としては、特に限定されないが、120℃以下が好ましく、100℃以下がより好ましく、80℃以下がさらに好ましい。また、下限温度は、上記保存温度以上に設定することができる。本発明では、焼結法に比べて低い温度で金属形成ができることが特徴である。また、後述のように基材に金属を形成させる場合に、基材の耐熱性を考慮して広い温度範囲に設定することができる。
Kdは通常、分散液の温度が高くなるにつれて大きな値を取ることが多いため、分散液を暖めることにより、分散液の温度を変えることが好ましい。
【0037】
工程(b)は、前記分散液に溶媒及び/又は表面保護金属ナノ粒子を添加し、前記式(II)における3つの濃度のうちの少なくとも1つを変化させて、前記式(I)の化学平衡が成り立たない非平衡状態とする工程である。
【0038】
分散液に溶媒を添加する場合、添加する溶媒は、初期分散媒と同じ種類であっても異なる種類であってもよい。また、初期分散媒が混合溶媒である場合、初期分散媒と同じ混合割合の溶媒でも異なる混合割合の溶媒でも添加することができる。
溶媒を分散液に添加することにより、それまでは成り立っていた前記式(I)の化学平衡がくずれて、非平衡状態となる。しかし、分散液系内において、式(I)の化学平衡を再度成り立たせるように、平衡点が保護分子の脱着の方向に移動する。
添加する溶媒としては、特に限定されないが、保護分子を脱着させやすくするためには、極性溶媒を用いることが好ましい。当該極性溶媒としては、上述のものが挙げられる。
【0039】
分散液に表面保護金属ナノ粒子を添加する場合、添加する表面保護金属ナノ粒子は、初期分散液中に存在していた表面保護金属ナノ粒子と同じ種類であっても異なる種類であってもよいが、吸着エネルギーに分布が生じ、流動する粒子と固体状態を維持する粒子の混合物が生じる可能性がある観点から、同じ種類であるほうが容易に制御できて好ましい。
表面保護金属ナノ粒子を分散液に添加することにより、それまでは成り立っていた前記式(I)の化学平衡がくずれて、非平衡状態となる。しかし、分散液系内において、式(I)の化学平衡を再度成り立たせるように、平衡点が保護分子の脱着の方向に移動する。
【0040】
本発明におけるもうひとつの方法としての金属ナノ粒子を液状化する方法は、
(1)前記金属ナノ粒子は、遷移金属ナノ粒子の表面に保護分子が被覆した表面保護金属ナノ粒子の状態で分散液中に分散されており、
(2)前記分散液を基材に塗布し、前記分散液が塗布された基材を溶媒に接触させる工程を含み、
(3)前記分散液が塗布された基材を溶媒に接触させた際に、前記表面保護金属ナノ粒子、金属ナノ粒子及び保護分子の間に、下記式(I)で表される化学平衡が成り立ち、
【化7】
〔式中、(Site-PM)は保護分子が吸着している金属原子の吸着サイトを示し、(Site)は保護分子が吸着していない金属原子の吸着サイトを示し、(PM)は遊離の保護分子を示す。〕
前記化学平衡の平衡点を保護分子の脱着の方向に移動させる工程を含み、
(4)前記化学平衡の平衡点を保護分子の脱着の方向に移動させる工程が、下記(a’)及び/又は(b’)の工程
(a’)前記溶媒の種類及び/又はその構成割合を変える、及び/又は、前記溶媒及び/又は基材の温度を変えることにより、下記式(II):
Kd={[Site]eq[PM]eq}/[Site-PM]eq (II)
〔式中、[Site]eqは平衡状態における保護分子が吸着していない金属原子の吸着サイト濃度(mol/L)を示し、[PM]eqは平衡状態における遊離の保護分子の濃度(mol/L)を示し、[Site-PM]eqは平衡状態における保護分子が吸着している金属原子の吸着サイト濃度(mol/L)を示す。〕
で表される保護分子の脱着平衡定数(Kd)を増大させる工程、
(b’)前記溶媒に、溶媒及び/又は表面保護金属ナノ粒子を添加して、前記式(II)における3つの濃度のうちの少なくとも1つを変化させて、前記式(I)の化学平衡が成り立たない非平衡状態とする工程、
を含むことを特徴とするものである。
【0041】
当該金属ナノ粒子を液状化する方法(第2の液状化方法)は、第1の液状化方法において、表面保護金属ナノ粒子を含む分散液を基材に塗布し、前記分散液が塗布された基材を溶媒に接触させる工程をさらに含むものである。具体的には、表面保護金属ナノ粒子を含む分散液を基材に塗布し、少なくとも基材の分散液が塗布された箇所を、溶媒に接触させる工程をさらに含むものである。
この工程を含むことにより、当該方法においては、基材の表面(その任意箇所)、さらには基材の内部(その任意箇所)で、金属ナノ粒子を液状化することができる。
【0042】
基材としては、特に限定されないが、例えば、熱可塑性樹脂、熱硬化性樹脂、ゴム、天然繊維、合成繊維、ガラス、紙、セラミック等が挙げられる。
【0043】
熱可塑性樹脂としては、特に限定されないが、例えば、ポリエチレン、ポリプロピレン、ポリエチレンテレフタレート、ポリブチレンテレフタレート、ポリスチレン、ポリカーボネート、ポリアセタール、ポリフェニレンオキシド、ポリアミド、ポリスルホン、フッ素樹脂、ポリ塩化ビニル、ポリビニルアルコール、ポリ酢酸ビニル、ポリ(メタ)アクリル酸、ポリメタクリル酸メチル、酢酸セルロース等が挙げられる。
熱硬化性樹脂としては、特に限定されないが、例えば、フェノール樹脂、尿素樹脂、キシレン樹脂、ユリア樹脂、メラミン樹脂、エポキシ樹脂、ケイ素樹脂、ジアリルフタレート樹脂、フラン樹脂、アニリン樹脂、アセトン-ホルムアルデヒド樹脂、アルキド樹脂等が挙げられる。
【0044】
ゴムとしては、特に限定されないが、例えば、天然ゴム;ポリジメチルシロキサン、ポリウレタン、弾性繊維、SBR等の合成ゴム等が挙げられる。
天然繊維としては、特に限定されないが、例えば、綿、絹、羊毛等が挙げられる。
合成繊維としては、特に限定されないが、例えば、ポリエステル、レーヨン、ナイロン等が挙げられる。
【0045】
金属ナノ粒子を含有する分散液を基材に塗布(塗布だけに限定されず、浸漬、スプレー等の各種方法も含む)する方法としては、特に限定されず、例えば、基材を分散液に浸漬させる方法、基材に分散液をスプレーコートする方法、ドロップキャストする方法、スピンコートする方法、ディスペンスする方法等が挙げられる。
【0046】
基材を分散液に浸漬させた場合、浸漬後に、分散液が塗布された基材を取り出し、これを乾燥させてから、溶媒に接触させてもよいし、分散液が塗布された基材を乾燥させることなく、溶媒に接触させてもよいが、乾燥させることが好ましい。
基材を乾燥させる方法としては、特に限定されないが、例えば、室温で静置する方法、窒素等の不活性ガスで液体を吹き飛ばす方法等が挙げられ、室温で静置する方法が好ましい。
基材に分散液をスプレーコートする場合、分散液が塗布された基材には、分散媒は殆ど存在しない。この場合は、分散液が塗布された基材を乾燥させる必要はなく、そのまま溶媒に接触させることができる。
【0047】
分散液が塗布された基材を溶媒に接触させる方法としては、特に限定されず、例えば、溶媒に、分散液が塗布された基材を浸漬させる方法等が挙げられる。
分散液が塗布された基材を溶媒に接触させる工程における溶媒としては、表面保護金属ナノ粒子から保護分子を脱着させる作用を有する溶媒であれば、特に限定されないが、例えば、極性溶媒、極性溶媒と無極性溶媒との混合溶媒等が挙げられる。
【0048】
極性溶媒としては、特に限定されないが、例えば、メタノール、エタノール、1-プロパノール、2-プロパノール、ブタノール、ペンタノール等の炭素数1~5のアルコール;ホルムアミド、アセトアミド等のアミド;1-エチル-3-メチルイミダゾリウムテトラフルオロボラート等のイオン液体等が挙げられる。脱着平衡定数の観点から、炭素数1~3のアルコールが好ましく、メタノール、エタノールがより好ましい。
【0049】
無極性溶媒としては、上記極性溶媒と混合して用いることができる限り特に限定されないが、例えば、ヘプタン、ヘキサン、ペンタン、オクタン、ノナン等のアルカン;シクロヘキサン、シクロペンタン、シクロヘプタン、シクロオクタン等のシクロアルカン;塩化メチレン、クロロホルム、四塩化炭素等のハロゲンで置換されたアルカン;ジエチルエーテル、ジイソプロピルエーテル等のエーテル;ヘキサノール、ヘプタノール、オクタノール等の炭素数6以上のアルコール;ベンゼン、トルエン、キシレン等の芳香族炭化水素;テトラヒドロフラン、テトラヒドロピラン等の複素環式化合物等が挙げられる。脱着平衡定数の観点から、アルカン、ハロゲンで置換されたアルカン、芳香族炭化水素が好ましく、ヘキサン、塩化メチレン、トルエンがより好ましい。
【0050】
無極性溶媒は、表面保護金属ナノ粒子を分散させる作用がある。そのため、無極性溶媒単独では、この工程の溶媒として用いることは好ましくないが、極性溶媒と無極性溶媒との混合溶媒であれば、この工程の溶媒として用いることができる。
極性溶媒と無極性溶媒との混合溶媒を用いる場合、その混合割合は特に限定されないが、表面保護金属ナノ粒子から保護分子を脱着させる観点から、極性溶媒の体積を100%とした場合に、無極性溶媒の体積は、例えば40%以下、好ましくは30%以下、より好ましくは20%以下であり、いずれも極性溶媒を主に(溶媒体積全体の半分超)含む構成とする。
【0051】
この方法においては、表面保護金属ナノ粒子を含む分散液が塗布された基材を溶媒に接触させた系内で、上記式(I)の化学平衡が成り立つ。そして、化学平衡の平衡点を保護分子の脱着の方向に移動させる工程として、上記(a’)及び/又は(b’)の工程を含むことを特徴とする。
工程(a’)及び工程(b’)については、上記第1の液状化方法における工程(a)及び工程(b)において、分散液中で液状化させる代わりに、基材を溶媒に接触させて液状化する以外は、同様にして行うことができる。この第2の液状化方法においては、基材の任意の箇所で液状化することができる。
また、溶媒及び/又は基材の温度を変える際の、溶媒の温度及び基材の温度としては、特に限定されないが、それぞれ、第1の液状化方法における分散液の加温温度と同じ温度範囲を用いることができる。
【0052】
なお、上記式(II)で表される保護分子の脱着平衡定数(Kd)における各成分の濃度は、溶媒(分散液が塗布された基材を接触させた溶媒)中の各濃度(mol/L)、つまり、分散液が塗布された基材を接触させる溶媒の体積(L)中の各成分のモル数(mol)を示す。
【0053】
本発明においては、他の液状化方法も用いることができる。他の液状化方法としては、上記第2の液状化方法の(2)において、「前記分散液を基材に塗布し、前記分散液が塗布された基材を溶媒に接触させる工程」の代わりに、「前記分散液を溶媒に添加する工程」を含む方法である。
この方法においては、溶媒中に分散液を添加(例えば滴下等)することにより、分散液中の金属ナノ粒子表面が液状化し、金属ナノ粒子が互いに集まっていくものである。
使用溶媒は、上記第2の液状化方法で例示したものと同じものが挙げられる。
【0054】
次に、本発明における基材に金属を形成する方法は、
(1)金属ナノ粒子を含有する分散液に、基材を接触させる工程を含み、
(2)前記金属ナノ粒子は、遷移金属ナノ粒子の表面に保護分子が被覆した表面保護金属ナノ粒子の状態で前記分散液中に分散されており、
(3)前記表面保護金属ナノ粒子、金属ナノ粒子及び保護分子の間に、下記式(I)で表される化学平衡が成り立ち、
【化8】
〔式中、(Site-PM)は保護分子が吸着している金属原子の吸着サイトを示し、(Site)は保護分子が吸着していない金属原子の吸着サイトを示し、(PM)は遊離の保護分子を示す。〕
前記化学平衡の平衡点を保護分子の脱着の方向に移動させる工程を含み、
(4)前記化学平衡の平衡点を保護分子の脱着の方向に移動させる工程が、下記(a)及び/又は(b)の工程
(a)前記分散液に含まれる分散媒を構成する種類及び/又はその構成割合を変える、及び/又は、前記分散液の温度を変えることにより、下記式(II):
Kd={[Site]eq[PM]eq}/[Site-PM]eq (II)
〔式中、[Site]eqは平衡状態における保護分子が吸着していない金属原子の吸着サイト濃度(mol/L)を示し、[PM]eqは平衡状態における遊離の保護分子の濃度(mol/L)を示し、[Site-PM]eqは平衡状態における保護分子が吸着している金属原子の吸着サイト濃度(mol/L)を示す。〕
で表される保護分子の脱着平衡定数(Kd)を増大させる工程、
(b)前記分散液に溶媒及び/又は表面保護金属ナノ粒子を添加し、前記式(II)における3つの濃度のうちの少なくとも1つを変化させて、前記式(I)の化学平衡が成り立たない非平衡状態とする工程、
を含むことを特徴とするものである。
【0055】
当該基材に金属を形成する方法(第1の金属形成方法)においては、分散液中で、基材の表面や内部に金属を形成することができる。
【0056】
金属ナノ粒子を含有する分散液に基材を接触させる工程としては、特に限定されず、例えば、分散液に基材を浸漬させる方法等が挙げられる。
【0057】
基材を分散液に浸漬させた場合、式(I)で表される化学平衡の平衡点を保護分子の脱着の方向に移動させる工程を含むことにより、分散液から基材を取り出すことなく、分散液中で、基材の表面、又は、表面及び内部に、金属を形成することができる。
【0058】
当該分散液における各種成分については、上述のとおりである。また、用いる基材についても、上述と同じものが挙げられる。さらに、金属ナノ粒子を含有する分散液に基材を接触させた系内で、上記式(I)で表される化学平衡が成り立つ。
化学平衡の平衡点を保護分子の脱着の方向に移動させる工程としての工程(a)、工程(b)については、上述したとおりである。
【0059】
本発明におけるもうひとつの、基材に金属を形成する方法としては、
(1)金属ナノ粒子を含有する分散液を基材に塗布し、前記分散液が塗布された基材を溶媒に接触させる工程を含み、
(2)前記金属ナノ粒子は、遷移金属ナノ粒子の表面に保護分子が被覆した表面保護金属ナノ粒子の状態で前記分散液中に分散されており、
(3)前記分散液が塗布された基材を溶媒に接触させた際に、前記表面保護金属ナノ粒子、金属ナノ粒子及び保護分子の間に、下記式(I)で表される化学平衡が成り立ち、
【化9】
〔式中、(Site-PM)は保護分子が吸着している金属原子の吸着サイトを示し、(Site)は保護分子が吸着していない金属原子の吸着サイトを示し、(PM)は遊離の保護分子を示す。〕
前記化学平衡の平衡点を保護分子の脱着の方向に移動させる工程を含み、
(4)前記化学平衡の平衡点を保護分子の脱着の方向に移動させる工程が、下記(a’)及び/又は(b’)の工程
(a’)前記溶媒の種類及び/又はその構成割合を変える、及び/又は、前記溶媒及び/又は基材の温度を変えることにより、下記式(II):
Kd={[Site]eq[PM]eq}/[Site-PM]eq (II)
〔式中、[Site]eqは平衡状態における保護分子が吸着していない金属原子の吸着サイト濃度(mol/L)を示し、[PM]eqは平衡状態における遊離の保護分子の濃度(mol/L)を示し、[Site-PM]eqは平衡状態における保護分子が吸着している金属原子の吸着サイト濃度(mol/L)を示す。〕
で表される保護分子の脱着平衡定数(Kd)を増大させる工程、
(b’)前記溶媒に、溶媒及び/又は表面保護金属ナノ粒子を添加して、前記式(II)における3つの濃度のうちの少なくとも1つを変化させて、前記式(I)の化学平衡が成り立たない非平衡状態とする工程、
を含むことを特徴とするものである。
【0060】
当該基材に金属を形成する方法(第2の金属形成方法)においては、基材を接触させた溶媒中で、基材の表面や内部に金属を形成することができる。
【0061】
金属ナノ粒子を含有する分散液を基材に塗布し、前記分散液が塗布された基材を溶媒に接触させる工程において、金属ナノ粒子を含有する分散液を基材に塗布する方法としては、特に限定されず、例えば、基材を分散液に浸漬させる方法、基材に分散液をスプレーコートする方法、ドロップキャストする方法、スピンコートする方法、ディスペンスする方法等が挙げられる。
【0062】
基材を分散液に浸漬させた場合、浸漬後に、分散液が塗布された基材を取り出し、これを乾燥させてから、溶媒に接触させてもよいし、分散液が塗布された基材を乾燥させることなく、溶媒に接触させてもよい。
基材に分散液をスプレーコートする場合、分散液が塗布された基材には、分散媒は殆ど存在しない。この場合は、分散液が塗布された基材を乾燥させる必要はなく、そのまま溶媒に接触させることができる。
【0063】
この第2の金属形成方法においては、分散液が塗布された基材を溶媒に接触させた系内で、上記式(I)の化学平衡が成り立つ。そして、化学平衡の平衡点を保護分子の脱着の方向に移動させる工程として、上記(a’)及び/又は(b’)の工程を含むことを特徴とする。
工程(a’)及び工程(b’)については、上記第1の金属形成方法における工程(a)及び工程(b)において、分散液中で基材に金属を形成させる代わりに、基材を溶媒に接触させて金属を形成する以外は、同様にして行うことができる。
【0064】
次に、本発明の分散液は、金、銀、銅、白金及びパラジウムからなる群から選択される少なくとも一種から構成され、平均粒径が1~30nmである金属ナノ粒子の表面に、
アミノ基及びカルボキシル基の少なくとも一種を含有する保護分子が被覆した表面保護金属ナノ粒子が、
無極性溶媒を含む分散媒に分散されていることを特徴とするものである。
【0065】
金属ナノ粒子の平均粒径は、上述のように、1~30nmが好ましく、2~20nmがより好ましく、2~10nmがさらに好ましく、2~6nmが特に好ましい。
【0066】
ここで、保護分子の脱着平衡定数(Kd)は、式(II):
Kd={[Site]eq[PM]eq}/[Site-PM]eq (II)
〔式中、[Site]eqは平衡状態における保護分子が吸着していない金属原子の吸着サイト濃度(mol/L)を示し、[PM]eqは平衡状態における遊離の保護分子の濃度(mol/L)を示し、[Site-PM]eqは平衡状態における保護分子が吸着している金属原子の吸着サイト濃度(mol/L)を示す。〕
で表される。
当該分散液においては、金属ナノ粒子を分散媒に分散させる時は、金属ナノ粒子の表面に保護分子を吸着させる(平衡点を吸着の方向に位置させる)観点から、脱着平衡定数は小さい値であることが好ましく、1×10-3(mol/L)以下であることが好ましく、1×10-4(mol/l)以下であることがより好ましい。
一方、金属ナノ粒子を液状化させるときは、脱着平衡定数を大きくし、金属ナノ粒子の表面から保護分子を脱着させる(平衡点を脱着の方向に位置させる)観点から、脱着平衡定数は1×10-4(mol/L)以上が好ましく、分子の脱着のし易さを考慮すれば1×10-3以上であることがより好ましい。
【0067】
また、当該分散液は、上記金属ナノ粒子の液状化方法及び上記基材に金属を形成させる方法に用いることができる。
当該分散液における各種成分については、上述のとおりである。
【0068】
本発明の上記液状化方法及び金属形成方法によれば、様々な形態の各種基材の表面、又は、表面及び内部に、容易に金属を形成することができる。
また、上記本発明の方法を用いることにより、以下のような利点が得られる。
(1)基材の内部に金属ナノ粒子が浸透することができる。これにより、形成された金属と基材の付着強度が大きく、繰り返し伸張に対する耐久性が高く、しかも少ない金属ナノ粒子量で高い導電率を得ることができる。つまり、柔軟性と導電性が両立できる高分子を得ることができる。
(2)基材表面のナノスケールの凹凸に金属が侵入することができる。これにより、基材と金属間のアンカー効果による高い接着性が得られ、基材に薄く均一に金属が被膜し、曲げても破断しない。
(3)ナノスケールの細孔に金属ナノ粒子が拡散することができる。これにより、液体状の金属を型に流し込むこと等により、容易にナノインプラントのような金属成形加工することができる。
(4)基材に金属を担持でき、金属ナノ粒子を孤立した状態で流動化させて担持すると、金属表面にコーナーやエッジを占める原子の比率が大きくなるため、少量で触媒活性を高めることができる。
【0069】
本発明の上記各方法においては、表面保護金属ナノ粒子を分散媒に分散させた分散液を用いている。表面保護金属ナノ粒子は分散媒によく分散し、その金属濃度が低いために、当該分散液の粘性は、純溶媒の粘性とほとんど変わらない。
従って、スプレーコート法、ディスペンサ法等を用いて、分散液を基材に塗布することができる。そのため、平滑な基板だけでなく、任意の形状(例えば、丸、三角、四角、デコボコ等)を有する基材に、導電性の金属薄膜を成膜することができる。これは、金属ナノ粒子だけでなく様々な物質を含み粘性を上げてペースト状にしている従来の導電性ペーストでは、行うことが困難であった。
分散液中の金属濃度としては、特に限定されないが、粘性を低くして加工しやすくすることと、一度に加工する金属ナノ粒子の量を多くする観点から、好ましくは0.1~100mg/ml、より好ましくは1~80mg/ml、さらに好ましくは5~70mg/mlである。
また、上記分散液中の金属濃度を分散液中の金属含有量に換算した場合、使用する金属の種類や溶媒の種類により変わりうるが、好ましくは0.01~10質量%、より好ましくは0.1~8質量%、さらに好ましくは0.5~7質量%である。
【0070】
また、ステンシル(印刷等で用いる一種の型紙、文字や模様の部分を切り抜き、液体が通過するようにしたもの)等を用いれば、簡単にパターンニングすることができる。
【0071】
表面保護金属ナノ粒子の分散液として、金属ナノ粒子を構成する遷移金属の種類の異なる分散液を混合して用い、本発明の液状化方法を適用すれば、合金にすることができる。合金の組成は、分散液の混合比を変えるだけで、任意の割合に調節できる。
つまり、一般的なスパッタ法、真空蒸着法(真空下で加熱して、固体の金属を気体原子にし、基板に堆積させて成膜する方法)とは異なり、本発明の金属形成方法を用いれば、合金の組成を調節しながら、極めて容易に合金を成膜することができる。
また、銀は、配線基材によく用いられるものの、マイグレーションにより電極が短絡してしまうことが問題であるが、本手法を用いて、パラジウム等を銀に導入し、その導入量を調節すれば、マイグレーションを防ぐことができる。
【0072】
本発明の上記各方法を用いれば、金属形成が低温度環境下でできるので、耐熱性のない高分子基材(例えば、低密度ポリエチレン等)にも適用することができる。
【0073】
また、高分子の溶解度パラメータと溶媒の溶解度パラメータが近いと、高分子は溶媒を取り込んで膨潤しやすい。
ここで、各種ゴムと溶媒の溶解度パラメータの値を表1に示す。ポリジメチルシロキサン(PDMS)、天然ゴム、ポリウレタンは、代表的なゴム基材(高分子)である。実際に、PDMSはヘキサンに膨潤し、天然ゴムはシクロヘキサンに膨潤し、ポリウレタンは塩化メチレンに膨潤する。
そのため、表面保護金属ナノ粒子の分散液の分散媒として、上記無極性溶媒を用いれば、ゴム基材が溶媒で膨潤する際に、金属ナノ粒子がゴム基材に浸入し、ゴム基材の内部で液状化し、金属を形成することができる。
【表1】
【0074】
本発明の上記液状化方法及び金属形成方法により得られた各種金属基材は、電子部品等の配線用だけでなく、様々な分野で応用することができ、例えば、ストレッチャブルエレクトロニクス、ウェアラブルエレクトロニクス、フレキシブルエレクトロニクス、エネルギー貯蔵基材、触媒、メソポーラス金属等を、応用の一例として挙げることができる。
【実施例
【0075】
以下、実施例により本発明をより具体的に説明するが、本発明はこれら実施例の態様に限定されるものではない。
【0076】
下記実施例で用いている略号の説明は以下のとおり。
DA:ドデシルアミン
AuDA:保護分子のドデシルアミンを表面に吸着させた金ナノ粒子
AgDA:保護分子のドデシルアミンを表面に吸着させた銀ナノ粒子
PdDA:保護分子のドデシルアミンを表面に吸着させたパラジウムナノ粒子
PDMS:ポリジメチルシロキサン
【0077】
また、下記実施例において、各数値は以下のようにして測定した。
(1)金属ナノ粒子の平均粒径は、走査型透過電子顕微鏡(HD-2700、Hitachi)を用い、約500個の金属ナノ粒子の粒径を画像解析によって求め、その数平均を求めて平均粒径とした。
(2)電子顕微鏡観察に用いた電子顕微鏡(TEM)は、日本電子社製JEM-2100である。また、電子顕微鏡(SEM)は、日本電子社製JSM-7600Fである。
(3)分子吸着量は、管状炉(ヒートテック社製ARF-50KC)とマイクロ電子天秤(エーアンドデー社製BM-20)を用い、保護分子を気化させる前と後の重量変化量を計測して測定した。
(4)電気伝導率は、ソースメータ(Keithley社製2450)を用い、4端子法によって測定した。
(5)X線回折は、広角X線回折装置(Rigaku社製RINT2500)を用い、電圧40kV、電流200mAの条件下で測定した。なお、用いた特性X線の波長は1.5418Å(CuKa線)であった。
【0078】
(実施例1)
AuDAをヘキサンに分散させて分散液を作製した。この分散液をカーボン支持膜付TEM観察用Cuグリッドに塗布したときのTEM像を図1(A)に示す。保護分子のドデシルアミンを表面に吸着させた表面保護金ナノ粒子が分散して存在していることがわかる。この分散液を塗布したカーボン支持膜付TEM観察用Cuグリッドを、30℃のメタノールに浸漬した際の、金ナノ粒子が液状化している様子を図1(B)、(C)、(D)に示す。図1(B)より、保護分子であるDAが金ナノ粒子の表面から脱着して、金ナノ粒子が液状化し、複数の金ナノ粒子が流動によって集合し、大きな金粒子に成長していることがわかる。図1(C)、(D)は、図1(B)の一部を拡大したものである。図1(C)、(D)より、金ナノ粒子の一部が液状化(流動)し、成長した大きな金粒子の一部として合体していくことがわかる。この様子は、焼結による現象とは異なり、液状化による特長である。
【0079】
(実施例2)
AgDAを塩化メチレンに分散させて分散液を作製した。0℃で24時間静置後の様子を図2(A)に示す。分散液の作製直後と、0℃で24時間静置後で分散液の外見に変化はなかった。0℃で24時間静置後に計測した分子吸着量θ(Agナノ粒子に吸着しているDAの量)は21.3%と高い値を示し、DAが十分にAgナノ粒子の表面を被覆していたことがわかる。また、AgDA分散液から成膜したAgDAの電気伝導率は4.1×10-5S/cmと低い値を示し、Agナノ粒子が絶縁体の保護分子で被覆されていたことがわかる。このとき、Agナノ粒子の粒径が、分散液の作製直後のものから全く変化のないことも、電子顕微鏡観察とX線回折から確認した(図2(A))。
次に、0℃で24時間静置後のAgDA分散液を、そのまま0℃から取り出して、室温(約20℃)で静置すると、1時間程度でガラス試験管の内壁に銀が析出した(図2(B)は2時間静置後のもの)。この時、分子吸着量θは0.91%と非常に低い値を示し、Agナノ粒子からDAが脱着していることがわかった。電子顕微鏡で観察すると、銀ナノ粒子が流動して大きい結晶に成長していることが観察された(図2(B))。X線回折からも銀ナノ粒子の粗大化が確認され(図2(B))、銀の析出物は3.9×10S/cmの非常に高い電気伝導率を示した。
同様の現象は、分散媒として混合溶媒を用いた場合でも生じた。AgDAをヘキサンとエタノールの混合溶媒に均一に分散させた。室温20℃で長時間静置しても、何ら変化は生じなかったが、分散液の温度を50℃に上昇させると、銀が試験管の内壁に析出した。このように無極性溶媒と極性溶媒の混合溶媒によっても、金属を基材表面に析出させることができた。
【0080】
(実施例3)
AuDA含有分散液(分散媒:ヘキサン)、AgDA含有分散液(分散媒:ヘキサン)、PdDA含有分散液(分散媒:ヘキサン)のそれぞれを、スプレーコート法によりガラス基板に塗布した。AuDA、AgDAを塗布した基板を30℃のメタノールに、PdDAを塗布した基板を40℃の2-プロパノールに1時間浸漬(金属ナノ粒子約3mgに対して溶媒20mlに浸漬)したところ、分散液塗布基板を浸漬した後の金属ナノ粒子に吸着している保護分子の量(分子吸着量θ)は低下し(金属ナノ粒子の表面からDAが脱着し)、電気伝導率が大きく上昇した。この結果を表2に示す。
また、このときガラス基板上に形成した金属薄膜の様子を電子顕微鏡で観察すると、金属ナノ粒子は流動して粗大化したことが観察された(図3(A)、(B)、(C))。
さらに、X線回折パターンからも回折ピークの幅(半値全幅)が減少しており、明らかに結晶が大きく成長していることが観察された(図3(A)、(B)それぞれにおいて、下の回折パターンがアルコールに漬ける前の試料で、上の回折パターンがアルコールに漬けた後の試料)。
【表2】
【0081】
(実施例4)
分散液が塗布された基板を他のアルコールに浸漬させた以外は、実施例3と同様にして実験を行った。また、対照として水を用いた。その結果を表3に示す。水では大きな電気伝導率の上昇は見られなかったが(平衡点は吸着の方向に位置する)、アルコールでは電気伝導率は大きく上昇した(平衡点は脱着の方向に位置する)。
【表3】
【0082】
(実施例5)
エタノールとヘキサンの混合溶液にAgDAを分散させた。その分散液(30℃)にPDMSを浸漬した。PDMSは直ちに膨潤し、AgDAもPDMSの内部に浸透した(金属ナノ粒子のサイズが小さいため、膨潤した高分子鎖の間にAgDAが浸透した)。そのまま1時間静置して、AgDAをPDMSの内部にさらに浸透させた。その後、分散液の温度を50℃に上昇させると、平衡点が脱着の方向に移動して、DAが銀ナノ粒子表面から脱着し、銀ナノ粒子が液状化して、PDMSの内部で銀が析出した。
新しいAgDAの分散溶液を使って同じ操作を3回繰り返したところ、シート抵抗が1ohm/sq程度のPDMSが生成した。
【0083】
(実施例6)
塩化メチレンにAgDAを分散させた分散液にポリウレタンを浸漬した以外は、実施例5と同様にして、銀をポリウレタン内部に析出させた(図4)。図4左は、分散液に浸漬前のポリウレタンの写真で、図4右は分散液に浸漬後のポリウレタンの写真である。その後、この内部に銀が析出したポリウレタンを延伸させ、これに電流を流すと通電した。電気伝導率は1.1×10S/cmを示した。
【0084】
(実施例7)
AgDAを塩化メチレン中に分散した分散液に、レーヨン繊維を浸漬して取り出した繊維のSEM写真を図5に示す。図5左は0℃で保存した時の繊維断面(上)と繊維平面(下)のSEM写真であり、図5右は室温25℃で1時間静置した時の繊維断面(上)と繊維平面(下)のSEM写真である。図5より、液体状態になった銀が、レーヨン繊維表面の凸凹に流れ込み繊維を被覆しているのがわかる。繊維表面の凸凹と銀がかみ合う(アンカー効果)ことにより、繊維表面に薄く厚みの均一な銀膜が生成した。銀で被覆されたレーヨン繊維の電気伝導率は10S/cmであり、優れた電気特性を示した。また、高い接着性と繰り返し屈曲に対する耐久性も持ち、繰り返し湿潤・乾燥(体積変化)に対する耐久性も高いことが確認された。
図1
図2
図3
図4
図5