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  • 特許-線維化コラーゲンゲル作製用鋳型材料 図1
  • 特許-線維化コラーゲンゲル作製用鋳型材料 図2
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2022-12-20
(45)【発行日】2022-12-28
(54)【発明の名称】線維化コラーゲンゲル作製用鋳型材料
(51)【国際特許分類】
   A61L 27/24 20060101AFI20221221BHJP
   A61L 15/32 20060101ALI20221221BHJP
   A61L 27/52 20060101ALI20221221BHJP
   A61L 31/04 20060101ALI20221221BHJP
   A61L 31/14 20060101ALI20221221BHJP
   A61L 15/60 20060101ALI20221221BHJP
   A61L 26/00 20060101ALI20221221BHJP
   C07K 14/78 20060101ALN20221221BHJP
【FI】
A61L27/24
A61L15/32 310
A61L27/52
A61L31/04 120
A61L31/14 300
A61L15/60 100
A61L26/00
C07K14/78
【請求項の数】 6
(21)【出願番号】P 2018145182
(22)【出願日】2018-08-01
(65)【公開番号】P2020018627
(43)【公開日】2020-02-06
【審査請求日】2021-06-17
(73)【特許権者】
【識別番号】304027279
【氏名又は名称】国立大学法人 新潟大学
(74)【代理人】
【識別番号】110000556
【氏名又は名称】特許業務法人 有古特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】泉 健次
(72)【発明者】
【氏名】三輪 慶人
(72)【発明者】
【氏名】桑江 博之
(72)【発明者】
【氏名】水野 潤
(72)【発明者】
【氏名】兒玉 泰洋
(72)【発明者】
【氏名】山口 勇
【審査官】長谷川 茜
(56)【参考文献】
【文献】特開2017-147951(JP,A)
【文献】特表2008-546715(JP,A)
【文献】特表2012-505164(JP,A)
【文献】特開2011-245055(JP,A)
【文献】特公昭60-38247(JP,B2)
【文献】Acta Biomaterialia,Vol.49,2017年,pp.204-217
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
A61L 15/00-33/18
A61K 9/00- 9/72
A61K 47/00-47/69
A61F 2/00- 4/00
C12M 1/00- 3/10
C12N 5/00- 5/28
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
その表面の少なくとも一部に凹形状及び/又は凸形状を有する線維化コラーゲンゲルを作製するための鋳型材料であって、下記(1)と(2)の両方の特性を有する、鋳型材料。
(1)上記鋳型材料が、ガス透過性、疎水性及び柔軟性を有する素材で構成されたものである。
(2)上記鋳型材料が、その表面の少なくとも一部に、凹部の深さが50~500μmである凹形状及び/又は凸部の高さが50~500μmである凸形状を有する領域を備えたものであり、一つの凹部又は一つの凸部の平面視面積が50μm 2 ~1×10 6 μm 2 である
【請求項2】
上記鋳型材料を構成する素材が、ポリジメチルシロキサンである請求項1に記載の鋳型材料。
【請求項3】
上記鋳型材料を構成する素材のガス透過性が、10barrer以上である請求項1又は2に記載の鋳型材料。
【請求項4】
上記鋳型材料を構成する素材の水接触角が、90°以上である請求項1から3のいずれか1項に記載の鋳型材料。
【請求項5】
上記鋳型材料を構成する素材のヤング率が、0.01GPa以上10GPa以下である請求項1から4のいずれか1項に記載の鋳型材料。
【請求項6】
請求項1からのいずれか1項に記載の鋳型材料を用いて、その表面の少なくとも一部に凹形状及び/又は凸形状を有する線維化コラーゲンゲルを作製する方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、鋳型材料に関する。詳細には、本発明は、表面加工された線維化コラーゲンゲルを作製するための鋳型材料に関する。
【背景技術】
【0002】
コラーゲンは、生体内のタンパク質の30%を占め、骨格支持及び細胞接着等の機能を有する重要なタンパク質であり、例えば、骨・軟骨、靭帯・腱、角膜実質、皮膚、肝臓、筋肉、象牙質を含む歯周組織等の組織は、コラーゲン線維からできている。生体内におけるコラーゲン線維は、3重螺旋構造のコラーゲン分子が略規則的に配向した会合体である。
【0003】
従来、生体組織から取得したコラーゲンを用いて、細胞培養基材、再生医療用の足場材料(例えば、軟骨・骨・脊椎・髄核・靭帯・角膜実質・皮膚・血管・神経・肝臓組織の再生材料)、移植用材料、創傷被覆用材料、骨補填剤、止血用材料、癒着防止用材料、薬物送達担体等の用途に適合させるために、様々な技術開発が行われてきた。なお、本願明細書において、「コラーゲン」とは、3重螺旋構造を有するコラーゲン分子及びこのコラーゲン分子からなる会合体や集合体を意味する。本願明細書における「コラーゲン」の概念には、3重螺旋構造が解けた熱変性コラーゲン(ゼラチン)及びコラーゲンペプチドは含まれない。
【0004】
生体組織に含まれるコラーゲンを可溶化して可溶化コラーゲン水溶液を得る方法として、酵素で可溶化処理する方法、希酸で抽出処理する方法、アルカリで可溶化処理する方法等が知られている。本願明細書において、特に断らない限り、「可溶化コラーゲン水溶液」とは、任意の処理方法によって可溶化されたコラーゲン水溶液のことを指すものとする。
【0005】
可溶化コラーゲン水溶液に緩衝液等の線維化剤を添加して、可溶化コラーゲン水溶液を適度なイオン強度及びpHとすると、コラーゲン分子が配向して、生体内のコラーゲン線維に類似した構造をとることにより、一定の形状を有するコラーゲンゲルが得られる。このコラーゲンゲルは「線維化コラーゲンゲル」と称される。また、本願明細書では、線維化コラーゲンゲルの形成に適したイオン強度とpHとを具備させた可溶化コラーゲン水溶液を「ゲル形成用コラーゲン水溶液」と称する。
【0006】
特許文献1には、未架橋の線維化コラーゲンゲル、線維化コラーゲン膜又は非線維化コラーゲン膜が、水性溶媒の存在下、γ線照射、電子線照射、UV照射又はプラズマ照射により架橋された成形体であって、この成形体の表面の少なくとも一部が凹形状及び/又は凸形状を有し、かつこの成形体の主要構成要素が、損なわれていない(intact)線維化コラーゲン又はコラーゲン分子である表面加工コラーゲン成形体に関する技術が開示されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0007】
【文献】特開2017-149814号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
その表面に凹形状及び/又は凸形状が付与された線維化コラーゲンゲルを得る方法として、次の方法(i)と方法(ii)を例示できる。なお、特許文献1で称していた「転写部材」を、本願明細書では「鋳型材料」と称する。
【0009】
方法(i):線維化コラーゲンゲルを形成させた後、この線維化コラーゲンゲルに鋳型材料を接触させて凹形状及び/又は凸形状を付与し、この鋳型材料との接触状態を維持したまま水性溶媒の存在下で照射架橋する。
【0010】
方法(ii):可溶化コラーゲン水溶液に緩衝液等の線維化剤を添加してゲル形成用コラーゲン水溶液を作製し、このゲル形成用コラーゲン水溶液に鋳型材料を接触させ、所定時間その状態を保持して、その表面に凹形状及び/又は凸形状を有する線維化コラーゲンゲルを形成させた後に、鋳型材料を取り外す。
【0011】
上記の方法(ii)において、凹形状及び/又は凸形状が付与された線維化コラーゲンゲルを得ることが目的であれば、得られた線維化コラーゲンゲルに対して水性溶媒の存在下での照射架橋を施す必要はない。また、水性溶媒の存在下での照射架橋を施す場合には、鋳型材料を線維化コラーゲンゲルから取り外してもよいし、鋳型材料が照射架橋に対する耐久性が高くかつ線維化コラーゲンゲルと結着し難い材質のものであれば、鋳型材料を線維化コラーゲンゲルから取り外さなくてもよい。ゲル形成後又は照射架橋後に、取り外しやすい材質の鋳型材料が好ましい。
【0012】
ゲル形成用コラーゲン水溶液は、ゲル化の進行とともに粘性が高くなっていくが、コラーゲン濃度、イオン強度、pH、温度等の条件によっては、その作製直後であっても水飴程度の高粘性を有することがある。高粘性のゲル形成用コラーゲン水溶液に鋳型材料を接触させて凹形状及び/又は凸形状を付与しようとしても、流動性が低いため、鋳型材料の窪み部(凹形状であれば凹部、凸形状であれば凸部と凸部の隙間)にゲル形成用コラーゲン水溶液が十分に入り込まない状態となることがあった。このとき、ゲル形成用コラーゲン水溶液と窪み部最奥部との間の空間(以下「残存間隙」という)に空気が存在することになる。特に、窪み部の開口部面積が小さかったり、窪み部が深かったりするときに、この現象が起き易くなる。その結果、所定の凹形状及び/又は凸形状が付与された線維化コラーゲンゲルが得られないこととなる。
【0013】
本発明は、とりわけゲル形成用コラーゲン水溶液がゲル化する過程で、その表面に凹形状及び/又は凸形状を付与することに適した鋳型材料の開発を課題とする。
【課題を解決するための手段】
【0014】
本発明者らは、ガス透過性、疎水性及び柔軟性を有した素材で構成された鋳型材料を用いることによって、上記課題が解決されることを見出し、係る知見に基づき本発明を完成させたものである。代表的知見を具体的に記すと、付与すべき凹形状及び/又は凸形状を有する領域が上向きとなるように所定の容器内に鋳型材料を設置し、そこにゲル形成用コラーゲン水溶液を注ぎ入れた場合に、鋳型材料がガス透過性を有することを活かして残存間隙に存在する空気を脱気することによって、ゲル形成用コラーゲン水溶液を残存間隙に入り込ませ、これにより所定の凹形状及び/又は凸形状を有する線維化コラーゲンゲルを得ることができる。更に、鋳型材料が疎水性及び柔軟性を有することを活かして、鋳型材料から線維化コラーゲンゲルを容易に剥離することができる。
【0015】
本発明は、以下のとおりである。
〔1〕その表面の少なくとも一部に凹形状及び/又は凸形状を有する線維化コラーゲンゲルを作製するための鋳型材料であって、下記(1)と(2)の両方の特性を有する、鋳型材料。
(1)この鋳型材料は、ガス透過性、疎水性及び柔軟性を有する素材で構成されたものである。
(2)この鋳型材料は、その表面の少なくとも一部に、凹形状及び/又は凸形状を有する領域を備えたものである。
〔2〕この鋳型材料を構成する素材が、ポリジメチルシロキサンである〔1〕に記載の鋳型材料。
〔3〕この鋳型材料が、その表面の少なくとも一部に、凹部の深さが50~500μmである凹形状及び/又は凸部の高さが50~500μmである凸形状を有する領域を備えたものである〔1〕又は〔2〕に記載の鋳型材料。
〔4〕〔1〕から〔3〕のいずれかに記載の鋳型材料を用いて、その表面の少なくとも一部に凹形状及び/又は凸形状を有する線維化コラーゲンゲルを作製する方法。
【発明の効果】
【0016】
本発明の鋳型材料を用いれば、例えば、ゲル形成用コラーゲン水溶液を鋳型材料の窪み部に注入する場合に、残存間隙に対処するための高度の注意力や熟練技術を要しない。この鋳型材料を用いることにより、所定の凹形状及び/又は凸形状を有する線維化コラーゲンゲルを簡便に得ることができる。本発明に係る鋳型材料は、その表面に凹形状及び/又は凸形状を有する線維化コラーゲンゲルの生産性の向上に寄与する。
【図面の簡単な説明】
【0017】
図1図1は、表面に凹形状を有した領域を備えた鋳型材料の模式図((a):平面図、(b):(a)のX-X矢視線に沿った断面図)の例である。
図2図2は、表面に凸形状を有した領域を備えた鋳型材料の模式図((a):平面図、(b):(a)のY-Y矢視線に沿った断面図)の例である。
【発明を実施するための形態】
【0018】
以下、好ましい実施形態に基づいて本発明が詳細に説明されるが、本発明は、以下の実施形態に限定されるものではなく、請求項に示した範囲で種々の変更が可能である。なお、本発明において、数値範囲に関する「数値1~数値2」という表記は、数値1を下限値とし数値2を上限値とする、両端の数値1及び数値2を含む数値範囲を意味し、「数値1以上数値2以下」と同義である。
【0019】
本発明の鋳型材料は、その表面の少なくとも一部に表面に凹形状及び/又は凸形状を有する線維化コラーゲンゲルを作製するための鋳型材料である。この鋳型材料は、下記(1)と(2)の両方の特性を有している。
(1)この鋳型材料は、ガス透過性、疎水性及び柔軟性を有する素材で構成されたものである。
(2)この鋳型材料は、その表面の少なくとも一部に、凹形状及び/又は凸形状を有する領域を備えたものである。
【0020】
本発明の鋳型材料は、特に前記(ii)の方法においてその特徴を発揮させることができるものである。すなわち、本発明の鋳型材料は、ゲル形成用コラーゲン水溶液と鋳型材料とを接触させ、必要に応じて残存間隙の空気を脱気した後、所定時間接触状態を保持することによって、その表面に凹形状及び/又は凸形状を有する線維化コラーゲンゲルを作製するための鋳型材料であって、上記(1)と(2)の両方の特性を有するものである、と言うことができる。
【0021】
鋳型材料を構成する素材のガス透過性は、例えば、酸素透過係数を指標とすることができる。この素材の酸素透過係数は、好ましくは10barrer以上であり、より好ましくは50barrer以上であり、更に好ましくは、100barrer以上であり、更により好ましくは500barrer以上である。なお、1 barrer=3.348×10-16mol・m/(m2・s・Pa)である。
【0022】
鋳型材料を構成する素材の疎水性は、例えば、水接触角を指標とすることができる。この素材の水接触角は、少なくとも90°以上であることが好ましい。より好ましくは、約120°以上である。なお、この水接触角は、自動接触角計(協和界面科学社製のDMo-501)を用いて、平らな試験片上に2mLの純水を滴下することにより、温度25℃にて測定される静的接触角である。
【0023】
鋳型材料を構成する素材の柔軟性は、例えば、ヤング率を指標とすることができる。この素材のヤング率は、0.01GPa以上10GPa以下であることが好ましい。より好ましくは、0.05GPa以上5.0GPa以下であり、更に好ましくは、0.1GPa以上1.0GPa以下である。
【0024】
本発明の鋳型材料を構成する素材は、上記ガス透過性、疎水性及び柔軟性に加えて、所定の機械的強度も兼ね備えたものであることが好ましい。このような素材の例として、ポリジメチルシロキサン(PDMS)、ポリスチレン、ポリカーボネート等が挙げられる。これらのうち特に好ましいのは、酸素透過係数が最も高いポリジメチルシロキサンである。ポリジメチルシロキサンの酸素透過係数は、一般に約600barrerである。
【0025】
本発明に係る鋳型材料は、その表面の一部又は全部に、線維化コラーゲンゲルに所定の凹形状及び/又は凸形状を付与するための形状を備えている。この鋳型材料の全体形状は特に限定されない。
【0026】
本発明の鋳型材料がその表面に備える凹形状の凹部の深さと、凸形状の凸部の高さに関する好適な数値範囲は以下のとおりである。
・その表面に凹形状を有する領域を備えるとき、凹部の深さは50~500μmである。
・その表面に凸形状を有する領域を備えるとき、凸部の高さは50~500μmである。
・その表面に凹形状及び凸形状を有する領域を備えるときき、凹部の深さは50~500μmであり、かつ、凸部の高さは50~500μmである。
即ち、この鋳型材料は、その表面の少なくとも一部に、凹部の深さが50~500μmである凹形状及び/又は凸部の高さが50~500μmである凸形状を有する領域を備えていることが好ましい。
【0027】
ここで、凹部の深さと凸部高さとを図面で説明する。なお、凹形状及び/又は凸形状を有する領域が上向きとなるように設置した場合に、その領域を上方向から視認するときを「平面視」と称する。
【0028】
図1は、その表面に凹形状を有する領域を備えた鋳型材料の模式図の例である。図1(a)は、平面視における平面図であり、図1(b)は、図1(a)のX-X矢視線に沿った断面図である。図1(a)及び図1(b)において、鋳型材料15の外郭の点線は、部分図であることを示すためのものである。鋳型材料15は、凹部31を備える。凹部31は、平面視においてL1とL2で示される長さを有する四角形であり、規則的に配列されている。隣り合う凹部31間の長さがD1とD2である。凹部31の深さH1は、基準面21からの深さである。
【0029】
図2は、その表面に凸形状を有する領域を備えた鋳型材料の模式図の例である。図2(a)は、平面視における平面図であり、図2(b)は、図2(a)のY-Y矢視線に沿った断面図である。図2(a)及び図2(b)において、鋳型材料15の外郭の点線は、部分図であることを示すためのものである。鋳型材料15は、凸部33を備える。凸部33は、平面視においてL3とL4で示される長さを有する四角形であり、規則的に配列されている。隣り合う凸部33間の長さがD3とD4である。凸部33の高さH3は、基準面21からの高さである。
【0030】
図1図2では、平面視における凹部と凸部の形状(以下「パターン形状」という)として、正方形を例示したが、これに限定されるものではなく、その他に、長方形、六角形、八角形といった多角形、円、楕円等を例示できる。また、その大きさについては、特に限定されることはなく用途に応じて適宜設定すればよいが、例えば、一つの凹部又は一つの凸部の平面視面積として50μm2~1×106μm2の範囲が好ましい。本発明の効果が顕著に現れるのは、窪み部の平面視面積が小さい場合である。例えば、一つの凹部の平面視面積が50μm2~50000μm2の範囲となる場合である。また、凸部と凸部の間の長さが狭いとき、具体的に図2で言えば、例えば、長さD3及び長さD4が10μm~50μmの範囲となる場合である。また、窪み部の平面視面積が一定程度の大きさを有していたとしても、凹部の深さが深い場合や、凸部の高さが高い場合に、本発明の効果が顕著に現れる。このような場合の凹部の深さとして、具体的に図1で言えば、例えば、深さH1が200~500μmの範囲である。また、このような場合の凸部の高さとして、具体的に図2で言えば、例えば、高さH3が200~500μmの範囲である。
【0031】
本発明の鋳型材料は、その表面全体がパターン形状を有していてもよく、また、表面の一部がパターン形状を有していてもよい。パターン形状の個数は、1個であっても複数個であってもよい。複数個である場合、それらが規則的なパターンで配列されたものでもよく、不規則なパターンで配列されたものでもよい。
【0032】
凹形状の凹部と凸形状の凸部の断面視形状として、図1図2では長方形を例示したが、これに限定されるものではなく、その他に、正方形、半円、三角形、台形、円錐形、乳頭形等を例示できる。
【0033】
本発明の鋳型材料は、少なくともパターン形状を有する領域を備えたものであればよい。よって、この鋳型材料は、パターン形状を有する領域の他に、例えば、ゲル形成用コラーゲン水溶液を収容するための枠部分を備えたものであってもよい。本発明の目的が達成される限り、鋳型材料の製造方法及び製造条件は特に限定されない。
【0034】
線維化コラーゲンゲルの原料となるコラーゲンの種類は特に限定されないが、生体内での存在量が多いI型コラーゲンが好ましく、抗原決定基であるテロペプタイドが除去されたアテロコラーゲンがより好ましい。また、通常、哺乳類、魚介類、鳥類、爬虫類等の生物原料由来のコラーゲンが使用されうるが、ヒトと共通のウイルスを有しない魚介類由来のコラーゲンが好適に用いられる。特に、魚類由来のコラーゲンが好適であり、採取部位としては鱗、皮等が挙げられる。鱗は、魚臭の原因となる脂質など不純物が少なく、純度が高いコラーゲンが得られることが利点である。
【0035】
本発明の鋳型材料を用いて、その表面の少なくとも一部に凹形状及び/又は凸形状を有する線維化コラーゲンゲルを作製する方法について説明する。当該方法の好適な一形態は、ゲル形成用コラーゲン水溶液と鋳型材料とを接触させ、必要に応じて残存間隙の空気を脱気した後、所定時間接触状態を保持することによって、表面に凹形状及び/又は凸形状を有する線維化コラーゲンゲルを作製する方法である。
【0036】
ゲル形成用コラーゲン水溶液は、可溶化コラーゲン水溶液に、線維化コラーゲンゲルの形成に適したイオン強度とpHとを具備させることによって得られるものである。具体的には、可溶化コラーゲン水溶液に線維化剤を添加することにより、イオン強度とpHとを調整する。線維化剤の好例は、生理食塩水、緩衝液、緩衝生理食塩水、酸性塩水溶液、中性塩水溶液、アルカリ性塩水溶液等である。当該水溶液のpHについては、例えばpH3~10の範囲内でコラーゲンの種類(酸可溶化コラーゲン、酵素可溶化コラーゲン、アルカリ可溶化コラーゲン等)に応じて適宜設定することが好ましい。一例として、酵素可溶化コラーゲンについては、pH6~8の範囲の緩衝液、緩衝生理食塩水、中性塩水溶液等を用いることが好ましい。緩衝液と緩衝生理食塩水の具体例として、リン酸緩衝液、トリス緩衝液、HEPES緩衝液、酢酸緩衝液、炭酸緩衝液、クエン酸緩衝液、リン酸緩衝生理食塩水(PBS)、ダルベッコリン酸緩衝生理食塩水(D-PBS)、トリス緩衝生理食塩水、HEPES緩衝生理食塩水等を挙げることができる。
【0037】
ゲル形成用コラーゲン水溶液と鋳型材料とを接触させる方法として、例えば、次の2つの方法が挙げられる。
・接触方法1:鋳型材料を、その凹形状及び/又は凸形状を有する領域が上向きとなるように設置し、そこにゲル形成用コラーゲン水溶液を注入する方法。
・接触方法2:所定の容器内に収容したゲル形成用コラーゲン水溶液の上に、鋳型材料を、その凹形状及び/又は凸形状を有する領域が下向きとなるようにして載置する方法。
なお、上記の接触方法1において、鋳型材料だけではゲル形成用コラーゲン水溶液を保持できないときは、鋳型材料を取り囲む所定の枠や容器を用いることが好ましい。
【0038】
ゲル形成用コラーゲン水溶液と鋳型材料との接触において、意図しない残存間隙ができたときは、脱気によって残存間隙に存在する空気を除去することが好ましい。鋳型材料の窪み部にゲル形成用コラーゲン水溶液がその粘性により入り込み難い場合や、鋳型材料の窪み部にゲル形成用コラーゲン水溶液を均一に注入することが困難な場合などに、脱気は有効な手段である。脱気の方法は、特に限定されることはなく、アスピレーター、真空ポンプ、真空乾燥機等を用いる公知の方法を使用することができる。脱気方法の好例は、ゲル形成用コラーゲン水溶液と接触している鋳型材料の面と反対側の鋳型材料の面(即ち、背面)から吸引によって脱気させる方法である。前記の接触方法1では、鋳型材料の底面から吸引によって脱気させる方法が好ましい。この方法では、脱気しながらゲル形成用コラーゲン水溶液を注入してもよい。前記の接触方法2では、鋳型材料の上面から吸引によって脱気させる方法が好ましい。なお、脱気においては、鋳型材料を固定したり、ゲル形成用コラーゲン水溶液に対して圧迫する等の適当な措置を施すことが望ましい。
【0039】
残存間隙に存在する空気の除去程度は、目的とする凹形状及び/又は凸形状が線維化コラーゲンゲルに付与されるように適宜設定すればよく、必ずしも当該空気を完全に除去することを要しない。すなわち、鋳型材料の凹形状及び/又は凸形状が線維化コラーゲンゲルに完全に転写される必要はない。
【0040】
可溶化コラーゲン水溶液に、線維化コラーゲンゲルの形成に適したイオン強度とpHとを具備させてから線維化コラーゲンゲルを形成させるまでの間は、例えば15~30℃の温度(ただし、コラーゲンの変性温度未満)で一定時間保持することが好ましい。保持時間としては、例えば、6~24時間である。
【0041】
線維化コラーゲンゲルにおいて、例えば、倍率10,000倍の走査電子顕微鏡で観察したときに、無数のファイバー状構造体が存在していれば、線維化コラーゲンが存在していることを確認できる。また、線維化コラーゲンがD周期を有することの確認は一般に走査電子顕微鏡では容易とは言えないが、線維化コラーゲンの一部分にでもD周期が確認されれば、線維化コラーゲン全体がD周期を有すると判断しても概ね差し支えない。
【0042】
本発明の鋳型材料を用いて作製された表面に凹形状及び/又は凸形状を有する線維化コラーゲンゲルは、細胞培養基材、再生医療用足場材料、移植用材料、創傷被覆用材料、癒着防止用材料等への適用が可能である。
【実施例
【0043】
以下に、本発明を実施例により更に詳細に説明するが、本発明はこれらに制限されるものではない。
【0044】
(鋳型材料A~C)
鋳型材料A~Cを構成する素材は、いずれもポリジメチルシロキサン(酸素透過係数:620barrer、水接触角:約100°、ヤング率:約0.5GPa)である。鋳型材料A~Cは、Siモールド(平面視1辺14mmの正方形)にポリジメチルシロキサン(東レ・ダウコーニング社製の商品名SILPOT 184)を流し込み、既知の条件で硬化させることにより作製した。得られた鋳型材料A~Cの平面視中央部の1辺10mmの正方形の領域内には、下記に示す各パターン形状が施された。
【0045】
(鋳型材料A)
鋳型材料Aは、図1の模式図に示した凹形状を有した鋳型材料である。L1及びL2の各長さが200μm、D1及びD2の各長さが100μm、凹部の深さH1が200μmである。
【0046】
(鋳型材料B)
鋳型材料Bは、図2の模式図に示した凸形状を有した鋳型材料である。L3、L4、D3、D4の各長さ及び凸部の高さH3がいずれも200μmである。
【0047】
(鋳型材料C)
鋳型材料Cは、図2の模式図に示した凸形状を有した鋳型材料である。L3、L4、D3、D4の各長さ及び凸部の高さH3がいずれも100μmである。
【0048】
(鋳型材料D)
鋳型材料Dを構成する素材は、ポリジメチルシロキサンである。鋳型材料Dは、Siモールド(平面視1辺30mmの正方形)に前述のポリジメチルシロキサンを流し込み、既知の条件で硬化させることにより作製した。得られた鋳型材料Dは、その平面上の中央部にパターン形状として、図2の模式図に示した凸形状(L3、L4、D3、D4の各長さ及び凸部の高さH3がいずれも200μm)が1辺10mmの正方形内に施されたものである。
【0049】
(可溶化コラーゲン水溶液の調製)
ティラピアの鱗から製造された多木化学(株)製「セルキャンパス FD-08G」(凍結乾燥品)をpH3のHCl溶液に溶解した後、コラーゲン濃度1.1%、pH3に調整して、無色透明の可溶化コラーゲン水溶液を得た。
【0050】
〔実施例1〕
ガス透過性を有さないシリコン板上に、凹形状を有する領域が上向きとなるように鋳型材料Aを設置した。ここで、鋳型材料Aの設置場所は、シリコン板に設けた穴の上である。なお、当該穴は鋳型材料Aよりも一回り小さいものである。更に、このシリコン板上に、鋳型材料Aを取り囲むシリコン枠を設置し、ここに、可溶化コラーゲン水溶液の9容量部と、10倍濃度のダルベッコリン酸緩衝生理食塩水(D-PBS)の1容量部とを混合したゲル形成用コラーゲン水溶液(水飴状)0.78mLを流し込んだ。なお、ゲル形成用コラーゲン水溶液の流し込み時は、シリコン板の下面から穴を介して油回転式真空ポンプを用いて脱気操作をおこなって陰圧状態とした。
ゲル形成用コラーゲン水溶液の流し込み完了後、脱気操作を終了した。その後、25℃で12時間保持して線維化コラーゲンゲルを得た。次いで、線維化コラーゲンゲルを鋳型材料Aから取り外した。鋳型材料Aからの取り外しは容易であり、また、鋳型材料Aには何らの付着物もなかった。
線維化コラーゲンゲルの鋳型材料Aと接触した面を実体顕微鏡で観察したところ、鋳型材料Aの各凹部に対応する箇所に、約100μmの高さで山状の凸形状が形成されていたことを確認した。
【0051】
〔比較例1〕
鋳型材料として、形状は鋳型材料Aと同形状であるが、素材がステンレス製のものを用いた。脱気操作を行わなかった以外は、実施例1と同様にして線維化コラーゲンゲルを得た。鋳型材料からの線維化コラーゲンゲルの取り外しは容易であった。
線維化コラーゲンゲルの鋳型材料と接触した面を確認したが、ほぼ平面な形状であり、鋳型材料の形状が反映されたものではなかった。
【0052】
実施例1と比較例1の結果より、ゲル形成用コラーゲン水溶液が入り込み難い形状の窪み部を有する鋳型材料においては、ガス透過性を有する素材で構成された鋳型材料を用いて脱気操作を行うことが有効であることが示された。
【0053】
〔実施例2〕
鋳型材料として、鋳型材料Bを用いた。実施例1と同様にして線維化コラーゲンゲルを得たが、鋳型材料Bの凸部と凸部の間の窪み部にゲル形成用コラーゲン水溶液が容易に入り込んだため、脱気操作は行わなかった。鋳型材料Bからの線維化コラーゲンゲルの取り外しは容易であり、また、鋳型材料Bには何らの付着物もなかった。
線維化コラーゲンゲルの鋳型材料Bと接触した面を確認したところ、鋳型材料Bの形状がほぼそのまま反映された線維化コラーゲンゲル、すなわち、凹形状を付与された線維化コラーゲンゲルであることを確認した。
【0054】
〔実施例3〕
鋳型材料Cを用いた以外は、実施例2と同様にして、線維化コラーゲンゲルを得た。なお、鋳型材料Cにおいても、凸部と凸部の間の窪み部にゲル形成用コラーゲン水溶液が容易に入り込んだため、脱気操作は行わなかった。また、鋳型材料Cからの線維化コラーゲンゲルの取り外しは容易であり、また、鋳型材料Cには何らの付着物もなかった。
線維化コラーゲンゲルの鋳型材料Cと接触した面を確認したところ、鋳型材料Cの形状がほぼそのまま反映された線維化コラーゲンゲル、すなわち、凹形状を付与された線維化コラーゲンゲルであることを確認した。
【0055】
〔実施例4〕
鋳型材料として、鋳型材料Dを用いた。パターン形状が形成された領域が上向きとなるように設置した鋳型材料Dの上に、中央部に穴を設けたシリコン板(厚さ2.5mm)を載置した。この穴は直径19mmの円形であり、穴の中心部分に鋳型材料Dのパターン形状が配置されるようにした。
次に、上記穴に対し、可溶化コラーゲン水溶液の9容量部と10倍濃度のダルベッコリン酸緩衝生理食塩水(D-PBS)の1容量部とを混合したゲル形成用コラーゲン水溶液を0.78mL流し込んだ。鋳型材料Dの凸部と凸部の間の窪み部にゲル形成用コラーゲン水溶液が容易に入り込んだため、脱気操作は行わなかった。その後、25℃で12時間保持して線維化コラーゲンゲルを得た。鋳型材料Dからの線維化コラーゲンゲルの取り外しは容易であり、また、鋳型材料Dには何らの付着物もなかった。
線維化コラーゲンゲルの鋳型材料Dと接触した面を確認したところ、鋳型材料Dの形状がほぼそのまま反映された線維化コラーゲンゲル、すなわち、凹形状を付与された線維化コラーゲンゲルであることを確認した。
次に、この線維化コラーゲンゲルをD-PBS中に浸漬した状態で25kGyのγ線照射により架橋した。
【0056】
〔細胞培養試験〕
細胞培養基材として、実施例4の凹形状を付与された線維化コラーゲンゲルを用いて、以下の手順により、細胞培養方法を実施した。なお、角化細胞(Keratinocyte)として、新潟大学歯学部倫理委員会の承認を受けて実験に使用している、新潟大学医歯学総合病院の口腔外科を受診した患者の口腔粘膜上皮由来の初代培養細胞を用いた。
【0057】
(Day 0)
12wellプレートに、細胞培養基材を収容した。なお、凹形状を有する面を上面とした。これを1 wellあたり1μg/μLのIV型コラーゲン溶液25μLとD-PBS 500μLの混合液でコーティングした後、4℃で一晩静置した。
(Day 1)
角化細胞の細胞懸濁液を調製し、この細胞懸濁液を、1×106cells/wellとなるように、細胞培養基材の表面に播種した。培地は、EDGS(EpiLfe Defined Growth Supplement) を添加したEpiLife(登録商標、Thermo Fisher Scientific)high Ca++(1.2mM)培地5.5mLを用い、液相培養(Submerged Culture)にて培養4日目(Day 4)まで毎日培地交換した。
(Day 4)
気相-液相培養(air-liquid interface culture)に移行し、EDGSを添加したEpiLife(登録商標、Thermo Fisher Scientific)high Ca++(1.2mM)培地10mLで1日おきに培地交換した。当該培養を培養11日目(Day 11)まで継続した。
(Day 11)
得られた培養組織を、4%パラホルムアルデヒドに一晩浸漬(4℃)することにより固定した。
その後、パラフィン包埋したものに常法によるヘマトキシリン・エオジン(HE)染色を施して、光学顕微鏡による形態観察に供した。
【0058】
形態観察の結果、細胞培養基材の表面全体に、連続した上皮層の形成が見られた。細胞培養基材の凹み部には、上皮脚様の上皮組織が形成され、また、上皮組織が厚い部分では10層程度の上皮細胞層及び5層程度の角化層の形成も見られた。
【符号の説明】
【0059】
15・・・鋳型材料
21・・・基準面
31・・・凹部
33・・・凸部
図1
図2