(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2022-12-20
(45)【発行日】2022-12-28
(54)【発明の名称】電子ビーム発生装置及びアタッチメント部材
(51)【国際特許分類】
H01J 37/06 20060101AFI20221221BHJP
H01J 37/305 20060101ALI20221221BHJP
C23C 14/30 20060101ALI20221221BHJP
【FI】
H01J37/06 B
H01J37/305 Z
C23C14/30 B
(21)【出願番号】P 2021003889
(22)【出願日】2021-01-14
【審査請求日】2021-10-25
(31)【優先権主張番号】P 2020026887
(32)【優先日】2020-02-20
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
(73)【特許権者】
【識別番号】501484976
【氏名又は名称】株式会社 プラズマテック
(74)【代理人】
【識別番号】110001210
【氏名又は名称】弁理士法人YKI国際特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】瀧澤 雄次
(72)【発明者】
【氏名】瀧澤 忠雄
(72)【発明者】
【氏名】斎藤 建雄
【審査官】後藤 大思
(56)【参考文献】
【文献】特開2018-113185(JP,A)
【文献】特開2010-027371(JP,A)
【文献】米国特許第03454814(US,A)
【文献】特開2003-317640(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
H01J 37/00-37/36
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
フィラメント本体、前記フィラメント本体の一端に連なる第1フィラメント脚、及び、前記フィラメント本体の他端に連なる第2フィラメント脚を有するフィラメントと、
前記第1フィラメント脚の第1被保持部分を保持する第1保持部と、
前記第2フィラメント脚の第2被保持部分を保持する第2保持部と、
前記第1フィラメント脚において前記第1被保持部分よりも前記フィラメント本体側に存在する第1被包囲部分を非接触で包囲する
筒状の形態を有する第1包囲部と、
前記第2フィラメント脚において前記第2被保持部分よりも前記フィラメント本体側に存在する第2被包囲部分を非接触で包囲する
筒状の形態を有する第2包囲部と、
を含み、
前記第1フィラメント脚において前記第1被保持部分と前記フィラメント本体の一端との間が第1剥き出し部分であり、
前記第2フィラメント脚において前記第2被保持部分と前記フィラメント本体の他端との間が第2剥き出し部分であり、
前記第1剥き出し部分の長さに対する前記第1被包囲部分の長さの割合は60%以上であり、
前記第2剥き出し部分の長さに対する前記第2被包囲部分の長さの割合は60%以上である、
ことを特徴とする蒸着用電子ビーム発生装置。
【請求項2】
請求項1記載の蒸着用電子ビーム発生装置において、
前記第1剥き出し部分の長さに対する前記第1被包囲部分の長さの割合は80%以上であり、
前記第2剥き出し部分の長さに対する前記第2被包囲部分の長さの割合は80%以上である、
ことを特徴とする蒸着用電子ビーム発生装置。
【請求項3】
フィラメント本体、前記フィラメント本体の一端に連なる第1フィラメント脚、及び、前記フィラメント本体の他端に連なる第2フィラメント脚を有するフィラメントと、
前記第1フィラメント脚の第1被保持部分を保持する第1保持部と、
前記第2フィラメント脚の第2被保持部分を保持する第2保持部と、
前記第1フィラメント脚において前記第1被保持部分よりも前記フィラメント本体側に存在する第1被包囲部分を非接触で包囲する第1包囲部と、
前記第2フィラメント脚において前記第2被保持部分よりも前記フィラメント本体側に存在する第2被包囲部分を非接触で包囲する第2包囲部と、
を含み、
前記第1フィラメント脚において前記第1被保持部分と前記フィラメント本体の一端との間が第1剥き出し部分であり、
前記第2フィラメント脚において前記第2被保持部分と前記フィラメント本体の他端との間が第2剥き出し部分であり、
前記第1剥き出し部分の長さに対する前記第1被包囲部分の長さの割合は60%以上であり、
前記第2剥き出し部分の長さに対する前記第2被包囲部分の長さの割合は60%以上であり、
前記第1包囲部は、前記第1被包囲部分から放射された熱を吸収し且つ前記第1被包囲部分から放出された熱電子を遮断する筒状の形態を有し、
前記第2包囲部は、前記第2被包囲部分から放射された熱を吸収し且つ前記第2被包囲部分から放出された熱電子を遮断する筒状の形態を有する、
ことを特徴とする蒸着用電子ビーム発生装置。
【請求項4】
請求項3記載の蒸着用電子ビーム発生装置において、
前記第1包囲部をクランプする第1クランプ機構と、
前記第2包囲部をクランプする第2クランプ機構と、
を含むことを特徴とする蒸着用電子ビーム発生装置。
【請求項5】
フィラメント本体、前記フィラメント本体の一端に連なる第1フィラメント脚、及び、前記フィラメント本体の他端に連なる第2フィラメント脚を有するフィラメントと、
前記第1フィラメント脚の第1被保持部分を保持する第1保持部と、
前記第2フィラメント脚の第2被保持部分を保持する第2保持部と、
前記第1フィラメント脚において前記第1被保持部分よりも前記フィラメント本体側に存在する第1被包囲部分を非接触で包囲する第1包囲部と、
前記第2フィラメント脚において前記第2被保持部分よりも前記フィラメント本体側に存在する第2被包囲部分を非接触で包囲する第2包囲部と、
を含み、
前記第1フィラメント脚において前記第1被保持部分と前記フィラメント本体の一端との間が第1剥き出し部分であり、
前記第2フィラメント脚において前記第2被保持部分と前記フィラメント本体の他端との間が第2剥き出し部分であり、
前記第1剥き出し部分の長さに対する前記第1被包囲部分の長さの割合は60%以上であり、
前記第2剥き出し部分の長さに対する前記第2被包囲部分の長さの割合は60%以上であり、
前記第1保持部と前記第1包囲部とが一体化されており、
前記第2保持部と前記第2包囲部とが一体化されている、
ことを特徴とする蒸着用電子ビーム発生装置。
【請求項6】
請求項5記載の蒸着用電子ビーム発生装置において、
前記第1保持部及び前記第1包囲部により第1アタッチメント部材が構成され、
前記第2保持部及び前記第2包囲部により第2アタッチメント部材が構成され、
前記第1アタッチメント部材と前記第2アタッチメント部材は互いに同一の形態を有する、
ことを特徴とする蒸着用電子ビーム発生装置。
【請求項7】
請求項1記載の蒸着用電子ビーム発生装置において、
前記第1保持部及び前記第1包囲部は、前記第1被包囲部分が通過する第1空洞を備えた第1構造体であり、
前記第1構造体は、前記第1被包囲部分から放出された熱を吸収し且つ前記第1被包囲部分から放出された熱電子を遮断し、
前記第2保持部及び前記第2包囲部は、前記第2被包囲部分が通過する第2空洞を備えた第2構造体であり、
前記第2構造体は、前記第2被包囲部分から放出された熱を吸収し且つ前記第2被包囲部分から放出された熱電子を遮断する、
ことを特徴とする蒸着用電子ビーム発生装置。
【請求項8】
請求項1記載の蒸着用電子ビーム発生装置において、
前記第1フィラメント脚は、前記第1被包囲部分を含む第1直線部分と、屈曲部を介して前記第1直線部分に連なる傾斜部分と、を有し、
前記第2フィラメント脚は、前記第2被包囲部分を含む第2直線部分を有し、
前記第1包囲部は、前記屈曲部又はその近傍まで伸びており、
前記第1包囲部の長さと前記第2包囲部の長さは同じである、
ことを特徴とする蒸着用電子ビーム発生装置。
【請求項9】
電子ビームを生じさせるフィラメントにおけるフィラメント脚を非接触で包囲する包囲部を含み、
前記包囲部は前記フィラメント脚の中心軸方向に伸長した中空形態を有し、
前記フィラメント脚は、被保持部分とそれに連なる剥き出し部分とにより構成され、
前記包囲部は、前記剥き出し部分の内で前記被保持部分に連なる被包囲部分を包囲し、
前記剥き出し部分の長さに対する前記被包囲部分の長さの割合は60%以上である、
ことを特徴とする電子ビーム発生装置用のアタッチメント部材。
【請求項10】
請求項9記載のアタッチメント部材において、
前記包囲部と一体化された底部を含み、
前記底部は前記被保持部分が差し込まれる保持孔を有する、
ことを特徴とする電子ビーム発生装置用のアタッチメント部材。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、電子ビーム発生装置及びアタッチメント部材に関し、特に、蒸着用電子ビームの品質を高める技術に関する。
【背景技術】
【0002】
電子ビーム蒸着法に基づく真空蒸着装置は、電子ビーム発生装置を有する(例えば、特許文献1を参照)。そのような真空蒸着装置において、電子ビーム発生装置で生じた電子ビームが、磁界等の作用によって曲げられつつ、坩堝内の蒸着材料へ照射される。これにより蒸着材料が蒸発し、対象物の表面に蒸着膜が生じる。電子ビーム発生装置は電子銃又は電子ビーム銃とも言われる。
【0003】
電子ビーム発生装置には、熱電子を放出するフィラメントを有する。フィラメントは、一般に、フィラメント本体及び2つのフィラメント脚を有する。フィラメント本体の形態として多様なものが知られている。各フィラメント脚の全部又は大半は、通常、単純な形態、具体的には直線状の形態を有している。
【0004】
特許文献2には、蒸着用電子ビーム発生装置が開示されている。その電子ビーム発生装置において、各フィラメント脚の中間部分には線状部材が巻き付けられている。特許文献2には、各フィラメント脚を非接触で包み込む部材は開示されていない。
【0005】
なお、特許文献3には、プラズマ生成のためのイオン源が開示されている。そのイオン源は、イオン注入において用いられるものであり、蒸着において用いられるものではない。イオン源は、プラズマ生成容器内に配置されたフィラメントを有している。フィラメントは、それ全体としてU字状の形態を有し、具体的には、円弧状の形態を有する中間部分と、中間部分の両端から伸びる2つの線状部分と、により構成されている。各線状部分の根本付近(具体的には、原料ガスが付着すると、原料ガスが液化する箇所)が鞘により包まれている。各線状部分の長さに比べて各鞘の長さはかなり小さい。プラズマ生成容器内でのアーク放電量を増大させるためには、フィラメントにおける露出部分を増大した方がよく、このため、各鞘の機能を確保できる限りにおいて、各鞘の長さを小さくした方がよいものと解される。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0006】
【文献】特開2004-192903号公報
【文献】特開2003-297273号公報
【文献】特開2003-317640号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
本発明の目的は、蒸着用電子ビーム発生装置において、電子ビームの品質を高めることにある。あるいは、本発明の目的は、蒸着用電子ビーム発生装置において、フィラメント本体の温度を高められるようにし又はフィラメント本体の温度分布を均一化することにある。あるいは、本発明の目的は、フィラメント本体以外からの熱電子の放出を抑制することにある。あるいは、本発明の目的は、フィラメントの寿命を延ばすことにある。
【課題を解決するための手段】
【0008】
本発明に係る電子ビーム発生装置は、フィラメント本体、前記フィラメント本体の一端に連なる第1フィラメント脚、及び、前記フィラメント本体の他端に連なる第2フィラメント脚を有するフィラメントと、前記第1フィラメント脚の第1被保持部分を保持する第1保持部と、前記第2フィラメント脚の第2被保持部部分を保持する第2保持部と、前記第1フィラメント脚において前記第1被保持部分よりも前記フィラメント本体側に存在する第1被包囲部分を非接触で包囲する第1包囲部と、前記第2フィラメント脚において前記第2被保持部分よりも前記フィラメント本体側に存在する第2被包囲部分を非接触で包囲する第2包囲部と、を含み、前記第1フィラメント脚において前記第1被保持部分と前記フィラメント本体の一端との間が第1剥き出し部分であり、前記第2フィラメント脚において前記第2被保持部分と前記フィラメント本体の他端との間が第2剥き出し部分であり、前記第1剥き出し部分の長さに対する前記第1被包囲部分の長さの割合は60%以上であり、前記第2剥き出し部分の長さに対する前記第2被包囲部分の長さの割合は60%以上である、ことを特徴とする。
【0009】
本発明に係るアタッチメント部材は、電子ビームを生じさせるフィラメントにおけるフィラメント脚を非接触で包囲する包囲部を含み、前記包囲部は前記フィラメント脚の軸中心方向に伸長した中空形態を有し、前記フィラメント脚は、被保持部分とそれに連なる剥き出し部分とにより構成され、前記包囲部は、前記剥き出し部分の内で前記被保持部分に連なる被包囲部分を包囲し、前記剥き出し部分の長さに対する前記被包囲部分の長さの割合は60%以上である、ことを特徴とする。
【発明の効果】
【0010】
本発明によれば、蒸着用電子ビーム発生装置において、電子ビームの品質を高められる。あるいは、本発明によれば、蒸着用電子ビーム発生装置において、フィラメント本体の温度を高められ又はフィラメント本体の温度分布を均一化できる。あるいは、本発明によれば、フィラメント本体以外からの熱電子の放出を抑制できる。あるいは、本発明によれば、フィラメントの寿命を延ばせる。
【図面の簡単な説明】
【0011】
【
図1】第1実施形態に係る電子ビーム発生装置を示す側面図である。
【
図2】フィラメントアセンブリの第1例を示す斜視図である。
【
図3】フィラメントアセンブリの第1例を示す断面図である。
【
図4】一方のフィラメント脚及びシースを示す側面図である。
【
図5】他方のフィラメント脚及びシースを示す側面図である。
【
図6】フィラメントアセンブリの第2例を示す断面図である。
【
図7】フィラメントアセンブリの第3例を示す断面図である。
【
図8】フィラメントアセンブリの第4例を示す断面図である。
【
図9】フィラメントアセンブリの第5例を示す断面図である。
【
図10】フィラメントの第1変形例を示す図である。
【
図11】アタッチメント部材の変形例を示す図である。
【
図13】フィラメントの第2変形例を示す図である。
【
図14】第2実施形態に係る電子ビーム発生装置を示す側面図である。
【
図15】比較例に係るフィラメントアセンブリを示す断面図である。
【発明を実施するための形態】
【0012】
以下、実施形態を図面に基づいて説明する。
【0013】
(1)実施形態の概要
実施形態に係る蒸着用電子ビーム発生装置は、フィラメント、第1保持部、第2保持部、第1包囲部、及び、第2包囲部を含む。フィラメントは、フィラメント本体、フィラメント本体の一端に連なる第1フィラメント脚、及び、フィラメント本体の他端に連なる第2フィラメント脚、を有する。第1保持部は、第1フィラメント脚の第1被保持部分を保持する部材である。第2保持部は、第2フィラメント脚の第2被保持部分を保持する部材である。第1包囲部は、第1フィラメント脚において第1被保持部分よりもフィラメント本体側に存在する第1被包囲部分を非接触で包囲する部材である。第2包囲部は、第2フィラメント脚において第2被保持部分よりもフィラメント本体側に存在する第2被包囲部分を非接触で包囲する部材である。第1フィラメント脚において第1被保持部分とフィラメント本体の一端との間が第1剥き出し部分である。第2フィラメント脚において第2被保持部分とフィラメント本体の他端との間が第2剥き出し部分である。第1剥き出し部分の長さに対する第1被包囲部分の長さの割合は60%以上である。第2剥き出し部分の長さに対する第2被包囲部分の長さの割合は60%以上である。
【0014】
以下、場合により、第1フィラメント脚及び第2フィラメント脚をいずれもフィラメント脚と称し、第1被保持部分及び第2被保持部分をいずれも被保持部分と称し、第1被包囲部分及び第2被包囲部分をいずれも被包囲部分と称し、第1剥き出し部分及び第2剥き出し部分をいずれも剥き出し部分と称する。また、第1保持部及び第2保持部をいずれも保持部と称し、第1包囲部及び第2包囲部をいずれも包囲部と称する。
【0015】
上記構成によれば、フィラメント脚における剥き出し部分の大部分(具体的には60%以上の部分)が包囲部により包囲されるので、以下に説明する複数の利点の全部又は一部を得られる。
【0016】
フィラメント脚の被包囲部分から放出された輻射エネルギーが包囲部に到達し、その輻射エネルギーが包囲部において吸収される。後述する構成例では、フィラメント脚から包囲部への熱伝導も生じる。輻射(及び熱伝導)により包囲部の温度が上昇する。フィラメント脚における被包囲部分が高温体としての包囲部により非接触で包み込まれるので、フィラメント脚での温度低下が抑制され、フィラメント脚を介した熱流出が抑制される。つまり、フィラメント脚の温度が引き上げられる。その結果、フィラメント本体の温度が高くなり、あるいは、フィラメント本体における温度分布が均一化される。特に、フィラメント本体の一端付近及び他端付近での温度低下を効果的に抑制できる。これにより、フィラメント本体からの熱電子の放出量を増大できる。つまり、電子ビームの品質を高められる(第1の利点)。
【0017】
例えば、2つのフィラメント脚が熱電子引き出し方向に直交している場合であって、2つの包囲部が設けられていない場合、2つのフィラメント脚から放出される熱電子により、電子ビームが広がってしまうおそれが生じる。これに対し、上記構成を採用すれば、被包囲部分から放出された熱電子を包囲部で遮断できるので、電子ビームの品質の低下を防止又は抑制できる(第2の利点)。
【0018】
本発明者らの実験によれば、酸素雰囲気の中でフィラメントを使用した場合、上記構成の採用により、フィラメントの寿命を延ばせることが確認されている。具体的に説明すると、包囲部を用いない場合、フィラメント脚の中間部位で酸化が促進し、そこが細径化し、最終的に破断が生じてしまう。これに対し、包囲部によりフィラメント脚を非接触で包み込めば、酸化を抑制できる(第3の利点)。その理由として、フィラメント脚それ全体の温度が上がり、フィラメント脚において酸化を生じさせ易い中間温度が生じ難くなった可能性、包囲部それ自体により酸素分子がフィラメント脚に到達し難くなった可能性、及び、包囲部内に放出された酸化粒子により酸素分子がフィラメント脚に到達し難くなった可能性、を指摘できる。複数の酸化抑制メカニズムが同時に働いている可能性も指摘できる。
【0019】
なお、剥き出し部分の長さは、フィラメント脚が有する仮想的な中心軸に沿った長さであり、これと同様に、被包囲部分の長さは、フィラメント脚が有する仮想的な中心軸に沿った長さである。被包囲部分の長さは包囲部の長さでもある。各長さは材軸に沿った長さである。材軸は、部材の長手方向に沿った各位置での断面(横断面)上の重心点を通る軸である。
【0020】
剥き出し部分において被包囲部分が支配的でない場合、具体的には、剥き出し部分の長さに対する被包囲部分の長さの割合が60%未満である場合、フィラメント本体の両端部からの熱流出によるフィラメント本体の温度低下を十分に抑制できず、あるいは、フィラメント本体において温度のばらつきが生じる。よって、電子ビームの品質を高めるためには、剥き出し部分の大半又は大部分を被包囲部分とすることが求められる。具体的には、剥き出し部分の長さに対する被包囲部分の長さの割合を60%以上にすることが求められる。電子ビームの品質をより高めるためには、その割合を80%以上に、特に望ましくは85%以上にした方がよい。剥き出し部分それ全体が包囲部により包囲されてもよく、すなわち、上記割合を100%としてもよい。フィラメント本体と包囲部との接触を確実に回避するために、上記割合を98%以下又は96%以下にしてもよい。
【0021】
包囲部を十分に機能させるためには、被包囲部分の外面に対して包囲部の内面を近付けた方がよい。すなわち、それらの間の隙間を小さくした方がよい。但し、被包囲部分と包囲部の接触を確実に回避できるよう、その隙間の大きさが定められる。
【0022】
フィラメント脚の被保持部分から保持部へ熱伝導が生じる。フィラメントを安定的に且つ確実に保持できる限りにおいて、被保持部分を小さくすれば、被保持部分から保持部へ流出する熱の量を少なくでき、ひいては、フィラメント脚それ全体の温度低下をより抑制できる。フィラメント脚全体の長さに対する被保持部分の長さの比率を、例えば、20%以下又は30%以下としてもよい。その場合、その比率を5%以上又は10%以上としてもよい。各長さは、既に説明したように、中心軸に沿った長さである。
【0023】
実施形態において、第1包囲部は、第1被包囲部分から放射された熱を吸収し且つ第1被包囲部分から放出された熱電子を遮断する筒状の形態を有する。第2包囲部は、第2被包囲部分から放射された熱を吸収し且つ第2被包囲部分から放出された熱電子を遮断する筒状の形態を有する。この構成によれば、各被包囲部分それ全体を均一に昇温させ易くなる。また、各包囲部の製造及び設置が容易となる。
【0024】
実施形態に係る電子ビーム発生装置は、更に、第1包囲部をクランプする第1クランプ機構と、第2包囲部をクランプする第2クランプ機構と、を含む。各包囲部の外面が円筒面であれば各包囲部の設置に際してその向きを考慮する必要がなくなる。2つのクランプ機構により、2つの包囲部を安定的に且つ確実にクランプし得る。2つのクランプ機構により、2つの包囲部に加えて2つの保持部がクランプされてもよい。各クランプ機構は、固定手段、又は、保持手段として機能する構造体である。
【0025】
実施形態においては、第1保持部と第1包囲部とが一体化されており、第2保持部と第2包囲部とが一体化されている。すなわち、第1保持部及び第1包囲部が単一の部材により構成され、第2保持部及び第2包囲部が別の単一の部材により構成される。この構成によれば、第1保持部及び第1包囲部の設置作業、並びに、第2保持部及び第2包囲部の設置作業が容易となる。また、各保持部から各包囲部への熱伝導を良好にできる。
【0026】
実施形態においては、第1保持部及び第1包囲部により第1アタッチメント部材が構成され、第2保持部及び第2包囲部により第2アタッチメント部材が構成される。第1アタッチメント部材と第2アタッチメント部材は互いに同一の形態を有する。アタッチメント方式を採用すれば、つまり、フィラメントと保持部・包囲部とを別体化すれば、フィラメントに対して、必要に応じて、アタッチメント部材を取り付けることが可能となる。第1アタッチメント部材及び第2アタッチメント部材が同一の形態を有していれば、アタッチメント部材設置時に、アタッチメント部材の種類を考慮する必要がなくなる。また、アタッチメント部材が消耗した場合に、その交換が容易となる。
【0027】
なお、個々のフィラメント脚に対して、保持部及び包囲部を固定的に設けることも考えられる。例えば、第1保持部、第2保持部、第1包囲部及び第2包囲部が一体化された又は組み付けられたフィラメントが構成されてもよい。
【0028】
実施形態においては、第1保持部及び第1包囲部は、第1被包囲部分が通過する第1空洞を備えた第1構造体である。第1構造体は、第1被包囲部分から放出された熱を吸収し且つ前記第1被包囲部分から放出された熱電子を遮断する。第2保持部及び第2包囲部は、前記第2被包囲部分が通過する第2空洞を備えた第2構造体である。第2構造体は、第2被包囲部分から放出された熱を吸収し且つ第2被包囲部分から放出された熱電子を遮断する。第1構造体及び第2構造体は、それぞれ、1又は複数のブロックにより構成され得る。第1空洞及び第2空洞は、それぞれ、被包囲部分を非接触で通過させる井戸である。井戸の底壁が保持部に相当する。
【0029】
実施形態において、第1フィラメント脚は、第1被包囲部分を含む第1直線部分と、屈曲部を介して第1直線部分に連なる傾斜部分と、を有する。第2フィラメント脚は、第2被包囲部分を含む第2直線部分を有する。第1包囲部は、屈曲部又はその近傍まで伸びている。第1包囲部の長さと第2包囲部の長さは同じである。この構成によれば、第1フィラメント脚(特にその傾斜部分)と第1包囲部との接触を回避し易くなる。また、第1包囲部の形状と第2包囲部の形状とを揃えることができる。傾斜部分は、第1直線部分とフィラメント本体との間の連絡部分である。
【0030】
実施形態に係るアタッチメント部材は、電子ビームを生じさせるフィラメントにおけるフィラメント脚を非接触で包囲する包囲部を含む。包囲部はフィラメント脚の中心軸方向に伸長した中空形態を有する。フィラメント脚は、被保持部分とそれに連なる剥き出し部分とにより構成される。剥き出し部分は他の部材に接していない部分である。包囲部は、剥き出し部分の内で被保持部分に連なる被包囲部分を包囲する。剥き出し部分の長さに対する被包囲部分の長さの割合は60%以上である。アタッチメント部材は、通常、交換可能な消耗品として構成されるが、電子ビーム発生装置に組み込まれる構造物(つまり非消耗品)として構成されてもよい。
【0031】
実施形態に係るアタッチメント部材は、包囲部と一体化された底部を含む。底部は、被保持部分が差し込まれる保持孔を有する。この構成によれば、フィラメントの設置が容易となる。包囲部と保持部とを一体化すれば、それらの製作や取り扱いが容易となる。
【0032】
いずれのタイプの蒸着用フィラメントにおいても、フィラメント本体が、ビーム引き出し方向に直交する方向(第1方向)に平行な中心軸を有し、換言すれば、フィラメント本体が、第1方向に離れた一端及び他端を有する。フィラメント本体の両端から、2つのフィラメント脚が第1方向に直交する第2方向に伸長しているフィラメントにおいては、フィラメント本体が、螺旋状の形態等の複雑な形態、直線状の形態、湾曲した形態、等を有する。その場合、フィラメント本体は、第2方向に一定の幅を有し、その幅を超える2つ部分が2つのフィラメント脚であると定義される。フィラメント本体の両端から、2つのフィラメント本体が第1方向に平行に伸長しているフィラメントにおいては、フィラメント本体が螺旋状の形態、板状の形態、等の非直線状の形態を有する。その場合、非直線状の形態を有する部分の両端を超える2つの部分が2つのフィラメント脚であると定義し得る。非直線状の形態を有する部分の両端からL字形状を有する2つの部分が引き出されている場合、非直線状の部分がフィラメント本体であると定義され、そこから引き出されている2つの部分が2つのフィラメント脚であると定義される。
【0033】
(2)実施形態の詳細
図1には、第1実施形態に係る蒸着用電子ビーム発生装置10が示されている。電子ビーム発生装置10は、真空蒸着装置における真空室内に配置されるものである。電子ビーム発生装置10で発生した電子ビームが坩堝内の蒸着材料へ照射される。対象物の表面上に、蒸着膜として、二酸化ケイ素(SiO
2)膜、酸化ジルコニウム(ZrO
2)膜、酸化チタン(TiO
2)膜、等の金属酸化膜を形成する場合、真空室内に酸素ガスが導入される。但し、以下に説明する構成は、真空室内に酸素ガスを導入しない場合においても効果的に機能し得る。
【0034】
なお、
図1には、電気回路についても図示されているが、それは補足的なものであり且つ例示である。以下の説明において、例えば、x方向は第1水平方向であり、y方向は第2水平方向であり、z方向は垂直方向(鉛直方向)である。
【0035】
部品12は、例えば、銅等の導電部材で構成され、部品12には、引き出し電極としてのアノード電極30が固定されている。部品12に対して、絶縁部材14を介して、ベース16が連結されている。絶縁部材14は例えば碍子である。ベース16は例えばステンレスにより構成される。
【0036】
台座対18は、後に説明するように、一対の台座により構成され、それらはベース16に固定されている。一対の台座は、互いに物理的且つ電気的に隔てられている。ベース16が一対のベース部材により構成されてもよい。
【0037】
台座対18上に、4つのブロック22R,24R,22L,24Lが搭載されている。それらには、x方向に並ぶ2つのブロック対が含まれる。各ブロック対は、y方向に並ぶ2つのブロックにより構成される。個々のブロック22R,24R,22L,24Lは、例えば、ステンレス、銅などの導電性部材により構成される。
【0038】
フィラメント26は、例えば、タングステンにより構成される。フィラメント26は、発熱により熱電子を放出する部材である。フィラメント26は、後述するように、フィラメント本体、及び、2つのフィラメント脚(第1フィラメント脚、第2フィラメント脚)により構成される。フィラメント26に対して、フィラメント電流を流すことにより、フィラメント26が発熱して非常に高い温度となり、フィラメント26から熱電子が放出される。フィラメント26が消耗した場合、それは新しいものと交換される。
【0039】
実施形態においては、フィラメント26における2つのフィラメント脚が2つのシース40,42により取り囲まれている。個々のシース40,42は、例えば、耐熱性を有する金属又はセラミックにより構成され、実施形態においては、ステンレスで構成される。各シース40,42は、各フィラメント脚の包囲により、フィラメント本体からの熱流出を制限し、これにより、フィラメント本体の温度を引き上げ、あるいは、フィラメント本体の温度分布を均一化するものである。フィラメント26の設置態様及び使用環境に応じて、上記の基本的な利点に加えて、各シース40,42により、後述する複数の副次的利点も得られる。各シース40,42の構成及び作用については後に詳述する。
【0040】
第1例に係るフィラメントアセンブリ300は、フィラメント26、一対のシース40,42、台座対18、及び、複数のブロック22R,24R,22L,24Lにより構成される。右側の2つのブロック22R,24R及び左側の2つのブロック22L,24Lがそれぞれクランプ機構として機能する。2つのクランプ機構により2つのシース40,42がクランプされ、これにより、フィラメント26が保持される。なお、フィラメント26が有するフィラメント本体を覆うように、ビーム整形電極32が設けられている。
【0041】
電源36により2つのフィラメント脚の間に一定の電圧が印加され、フィラメント26にフィラメント電流が流される。これによりフィラメント26が発熱し、フィラメント26から熱電子が放出される。一方、アノード電極30は接地されている。電源34により、フィラメント26に対して例えば-4~-12kVの範囲内のマイナス電圧が印加されている。このマイナス電圧は、フィラメント26から放出された熱電子を所定方向へ加速するための引き出し電圧として働く。これにより電子ビーム38が生じる。
【0042】
ビーム引き出し方向は-y方向である。第1実施形態においては、各フィラメント脚がビーム引き出し方向に対して直交している。後に
図14に示す第2実施形態においては、各フィラメント脚がビーム引き出し方向に対して平行である。
【0043】
フィラメント26近傍の電界を操作して良好な電子ビーム38を生じさせるために、ビーム整形電極32が設けられている。フィラメント26、アノード電極30、ビーム整形電極32等の配置及び形態は例示である。なお、電子ビーム38は、図示されていない永久磁石又は電磁石が形成した磁界により偏向され、坩堝内の蒸着材料へ照射される。
【0044】
図16には、電子ビーム蒸着法に基づく真空蒸着装置200が示されている。真空容器の内部は真空室201であり、その真空室201内には、電子ビーム発生装置202、坩堝204、保持器208、等が設置されている。坩堝204内には蒸着材料206が入れられている。ドーム状の保持器208が複数の対象物(被加工品)210を保持している。電子ビーム発生装置202において電子ビーム212が生成され、それが蒸着材料206に照射される。これにより蒸着材料206が蒸発する(符号214を参照)。その結果、複数の対象物210の表面に蒸着層が形成される。
【0045】
真空室201内に複数の坩堝を保持したターンテーブルが配置されてもよい。その場合、ターンテーブルの回転角度を変更することにより、電子ビーム照射対象となる蒸着材料が選択される。良好な蒸着層を効率的又は安定的に形成するためには、電子ビーム212の品質(特にビーム形態及び熱電子密度)を良好にすることが望まれる。
【0046】
図2には、第1例に係るフィラメントアセンブリ300が斜視図として示されている。フィラメント26が有する2つのフィラメント脚が2つのシース40,42により包囲されている。台座対18は、x方向に並んだ2つの台座18R,18Lからなる。
【0047】
y方向に並ぶ2つのブロック22R,24Rに跨ってそれらを締結するボルトが設けられているが、その図示が省略されている。2つのブロック22R,24R及びそれらを締結するボルトにより、クランプ機構320が構成される。y方向に並ぶ2つのブロック22L,24Lに跨ってそれらを締結するボルトが設けられているが、その図示も省略されている。2つのブロック22L,24L及びそれらを締結するボルトにより、クランプ機構322が構成される。
【0048】
クランプ機構320は、シース40を挟持する機構であり、クランプ機構322は、シース42を挟持する機構である。ブロック22R,24R,22L,24Lには、それぞれ、クランプのためのV字溝44が形成されている。他の機構又は他の構造により、シース40,42が保持されてもよい。ちなみに、2つのクランプ機構320,322は、互いに電気的に絶縁されている。
【0049】
図3には、第1例に係るフィラメントアセンブリ300の正面が示されている。フィラメント26は、フィラメント本体46、及び、2つのフィラメント脚48,50により構成される。フィラメント26は、例えば、所定の直径を有する線状部材を成形することにより製作される。すなわち、実施形態において、フィラメント本体46、フィラメント脚48、及び、フィラメント脚50は、フィラメント成形時に生じた幾つかの屈曲部を除いて、それぞれ、一様な断面形状(円形)及び一様な断面サイズを有している。但し、フィラメント本体46の断面形状及び断面サイズを、フィラメント脚48,50の断面形状及び断面サイズと異ならせてもよい。フィラメント本体46の一端からフィラメント脚48が引き出されており、フィラメント本体46の他端からフィラメント脚50が引き出されている。
【0050】
フィラメント本体46は、ソレノイド状、つまりコイル状又は螺旋状の形態を有し、その中心軸68はx方向に平行である。中心軸68は、ビーム引き出し方向に直交している。フィラメント本体46のターン数は、例えば、5~10の範囲内である。ソレノイド状ではない他の形態を有するフィラメント本体を採用してもよい。例えば、直線状のフィラメント本体、渦巻き形を有するフィラメント本体、板状のフィラメント本体、等を採用し得る。
【0051】
フィラメント本体46のx方向の長さ46Aは、例えば、9~20mm内に設定される。その長さ46Aを12mmとしてもよい。フィラメント26それ全体の高さ(z方向のサイズ)は、例えば、14~30mmの範囲内に設定される。例えば、その高さを17mmとしてもよい。
【0052】
フィラメント本体46の一端(右端)にフィラメント脚48が連なっている。フィラメント本体46の他端(左端)にフィラメント脚50が連なっている。図示の構成例では、フィラメント本体46が有する中心軸68に対して直交する方向(つまりz方向)に2つのフィラメント脚48,50が伸長している。フィラメント本体46の一端及び他端は、x方向に離れている。
【0053】
フィラメント本体46は、z方向に一定の広がりを有する。その下縁のレベルがz1で示されている。図示されたフィラメント26においては、レベルz1よりも下側の部分がフィラメント脚48,50であると定義される。フィラメント本体が単純な直線状の形態を有する場合やフィラメント本体が渦巻型の形態を有する場合にも、上記と同様に、フィラメント本体を基準として、2つのフィラメント脚を定義し得る。
【0054】
図示の構成例において、フィラメント脚48及びフィラメント脚50は、一部を除いて、互いに同一の形態を有する。最初に、フィラメント脚48について詳述する。
【0055】
フィラメント脚48は、被保持部分62及びそれに連なる剥き出し部分63に大別される。被保持部分62は、シース40により保持されている部分である。剥き出し部分63は、他の部材に接していない部分である。剥き出し部分63は、被包囲部分64とそれに連なる露出部分65により構成される。被包囲部分64は、シース40により非接触で包囲されている中間部分であり、換言すれば、シース40が有する開口よりも下側且つ後述する底部54より上側の部分である。露出部分65は、シース40からはみ出ている部分である。被包囲部分64及び非保持部分が直線部分を構成している。
【0056】
フィラメント脚48において、露出部分65は、傾斜部分を構成している(符号65Aを参照)。この点において、フィラメント脚48の形態は、フィラメント脚50の形態と相違している。フィラメント脚50において、露出部分65は直線部分である(符号65Bを参照)。
【0057】
フィラメント脚48は、仮想的な軸としての中心軸Uを有する。中心軸Uは、フィラメント脚48における各位置の横断面上の重心点を通過している材軸である。中心軸Uに沿った長さとして、フィラメント脚48それ全体の長さがU1で示されており、剥き出し部分63の長さがU2で示されており、被包囲部分64の長さがU3で示されており、露出部分65の長さがU4で示されている。U3は、後述する筒状部(包囲部)52の長さでもある。
【0058】
実施形態においては、電子ビームの品質を高めるために、剥き出し部分63の大半又は大部分が、具体的にはその60%以上が、被包囲部分64とされる。詳しくは、剥き出し部分63の長さU2に対する被包囲部分64の長さU3の割合が60%以上に設定される。電子ビームの品質をより高めるには、剥き出し部分63の長さU2に対する被包囲部分64の長さU3の割合が80%以上に設定され、より望ましくは85%以上に設定される。
【0059】
上記の数値条件が満たされるように、シース40の形態が定められている。剥き出し部分63の全部が被包囲部分64とされてもよい。つまり、上記割合を100%としてもよい。但し、シース40とフィラメント本体46との接触を回避するためには、上記の割合を98%以下又は96%以下とするのが望ましい。
【0060】
フィラメント脚50は、既に説明したように、一部を除いて、フィラメント脚48と同じ形態を有する。詳しくは、フィラメント脚50は、z1以下の部分として定義され、それ全体が直線状である。フィラメント脚50は、被保持部分62及び剥き出し部分63に大別され、剥き出し部分63は、被包囲部分64及び露出部分65により構成される。フィラメント脚50における露出部分65はz方向に平行である(符号65Bを参照)。この点において、フィラメント脚50の形態は、フィラメント脚48の形態と異なっている。
【0061】
フィラメント脚50は、仮想的な軸としての中心軸Vを有する。中心軸Vは上記のように材軸に相当する。中心軸Vに沿って各部分の長さが定義される。フィラメント脚50それ全体の長さがV1で示されている。フィラメント脚50において、剥き出し部分63の長さがV2で示されており、被包囲部分64の長さがV3で示されており、露出部分65の長さがV4で示されている。
【0062】
実施形態においては、電子ビームの品質を高める観点から、フィラメント脚50についても、上記数値条件と同じ数値条件が適用される。すなわち、剥き出し部分63の長さU2に対する被包囲部分64の長さU3の割合が60%以上に設定される。電子ビームの品質をより高めるためには、剥き出し部分63の長さU2に対する被包囲部分64の長さU3の割合が80%以上に設定され、特に望ましくは85%以上に設定される。上記の数値条件が満たされるように、シース42の形態が定められる。
【0063】
なお、被保持部分62を通じた熱の流出を抑制するため、フィラメント脚48,50それ全体の長さに対する被保持部分62の長さの割合を30%以下又は20%以下としてもよい。その場合、その割合の下限については5%以上又は10%以上としてもよい。
【0064】
次に、シース40及びシース42について詳述する。シース40及びシース42は、互いに同一の構成を有する。それらを代表してシース42について説明する。
【0065】
シース42は、アタッチメント部材である。シース42は、それ全体として筒状の形態を有する。シース42は、高温に耐え得る材料、例えば、金属、セラミック等により構成される。具体的には、シース42は、ステンレスにより構成される。シース42をタングステンで構成してもよい。シース42の外面は円筒面である。
【0066】
シース42は、筒状部52及び底部54により構成される。実際には、シース42は単一の部材で構成され、つまり筒状部52と底部54は一体化されている。筒状部52と底部54とを別体化し、それらを結合させてもよい。
【0067】
筒状部52は、包囲部として機能する。筒状部52は、フィラメント脚50の被包囲部分64を非接触で取り囲んでいる。図示の構成例において、被包囲部分64は中間部分とも言い得る。筒状部52の外面及び内面はいずれも円筒面である。筒状部52の内面が内部空間58に臨んでいる。
【0068】
筒状部52の肉厚は、例えば、0.1~4mmの範囲内に設定され、図示の構成例では、0.3mmである。筒状部の内径は、例えば、1~4mmの範囲内に設定され、図示の構成例では、1.5mmである。筒状部の外径は、例えば、2~12mmの範囲内に設定され、図示の構成例では、2.1mmである。フィラメント脚50の表面と筒状部52の内面との間の距離(符号70を参照)は、例えば、0.1~1.6mmの範囲内に設定され、図示の構成例では、0.35mmである。剥き出し部分63の長さは、例えば、10~30mmの範囲内に設定され、被包囲部分64の長さは、例えば、6~30mmの範囲内に設定される。いずれにしても、上記数値条件が満たされるように、各長さが定められる。なお、露出部分65についてのz方向の幅、つまり、フィラメント本体46とシース40,42との間のギャップは、例えば、0.5~2.5mmの範囲内に設定される。
【0069】
底部54は、シース42における底壁であり、それは保持部として機能する。底部54は、円盤状の形態を有し、その中央には保持孔60が形成されている。保持孔60の中に、フィラメント脚50の非保持部分(下端部)62が着脱可能に差し込まれており、被保持部分62が底部54により保持されている。被保持部分62と保持孔60の内面とが固着されてもよい。フィラメント26とシース42(及びシース40)を一体化してもよい。
【0070】
フィラメント脚50において、筒状部52の内部空間58に収容されている部分が被包囲部分64である。筒状部52は、ブロック24Lの上面よりも下側に存在する埋設部分56と、ブロック24Lの上面よりも上側に突出している突出部分55と、を有する。図示の構成例では、突出部分55が、フィラメント本体46の近傍まで伸長している。これにより上記の数値条件が満たされている。
【0071】
底部54を除いて、シース42がフィラメント26に接触しないように、シース42の形態が定められる。フィラメント本体46の温度を高める又はその温度分布を均一化する観点からは、剥き出し部分63の長さU2,V2に対する被包囲部分の長さU3,V3の割合を大きくした方がよいが、シース40,42とフィラメント26との接触を確実に防止する観点からは、上記割合を100%未満とすることが望まれる。
【0072】
なお、シース40,42からブロック24R,24L(及び
図2に示したブロック22R,22L)等への熱の流出量を抑制するために、各ブロックのz方向の厚みを薄くしてもよい。
【0073】
既に説明したように、シース40は、シース42と同一の構成を有する。同じ形態を有する多数のシースを製作しておき、その中から任意の2つをシース40及びシース42として利用してもよい。各シース40,42は、それぞれ、4つのV字溝内面44Aにより保持される。
【0074】
図4は、フィラメント26における一方のフィラメント脚48を示す右側面図である。フィラメント本体46は螺旋状の形態を有し、その外形は円筒に近い。フィラメント脚48には、直線部分48a及び傾斜部分48bが含まれる。直線部分48a及び傾斜部分48bは、屈曲部分48cを介して、連結されている。直線部分48aは被包囲部分64及び被保持部分に相当する。傾斜部分48bは露出部分65(65A)である。傾斜部分48bは、直線部分48aをフィラメント本体46に繋げる連絡部分である。
【0075】
剥き出し部分63の長さU2は、被包囲部分64の長さU3と傾斜部分48b(露出部分65)の長さU4とを加算したものに相当する。シース40の上端レベルは、屈曲部分48c又はその近傍に位置している。
図4には、被包囲部分64から出る熱電子Rが示されている。熱電子Rはシース40の内面により遮断される。これにより、熱電子Rに起因する電子ビームの品質の低下が防止される。
【0076】
図5は、フィラメント26における他方のフィラメント脚50を示す右側面図である。
図5において、既に説明した要素には同一の符号が付してある。フィラメント脚50それ全体が直線状である。フィラメント脚50は、剥き出し部分63を有し、それは被包囲部分64及び露出部分65により構成される。剥き出し部分63の長さV2に対する被包囲部分64の長さV3の割合は、上記数値条件を満たしている。フィラメント脚50においても、被包囲部分64から出る熱電子Rがシース42により遮断され、熱電子Rに起因する電子ビームの品質の低下が防止されている。
【0077】
上記実施形態に係る構成においては、各フィラメント脚の各被包囲部分から出る輻射エネルギーが各シースの内面に到達する。また、熱伝導により、各フィラメント脚から各シースへ熱が供給される。これにより各シースの温度が上昇する。それと共に、各フィラメント脚の温度が上昇し、各フィラメント脚を介した熱流出が抑制される。その結果、フィラメント本体の温度が高められ、あるいは、そこでの温度分布が均一化される。これにより電子ビームの品質が高められる。
【0078】
第1例に係るフィラメントアセンブリにおいては、各シースにおいて筒状部と底部が一体化されているので、底部から筒状部への熱伝導が促進される。また、2つの底部に形成された2つの保持孔によりフィラメントが着脱可能に保持されており、フィラメントの保持に際して複雑な構造を設ける必要はない。なお、各フィラメント脚の中心軸と各筒状部の中心軸は一致している。
【0079】
図6には、第2例に係るフィラメントアセンブリ302が示されている。
図6は、フィラメントアセンブリ302の水平断面を示している。ブロック72には、z方向から見て矩形の井戸72Aが形成されており、ブロック74にもz方向から見て矩形の井戸74Aが形成されている。井戸72Aの中には、z方向から見て矩形のシース76が部分的に差し込まれており、井戸74Aの中には、z方向から見て矩形のシース78が部分的に差し込まれている。各シース76,78の内部に各フィラメント脚49R,49Lの被包囲部分が収容されている。このように、角柱状のシース76,78が採用されてもよい。
【0080】
図7には、第3例に係るフィラメントアセンブリ304が示されている。台座80上にブロック82が搭載されており、台座81上にブロック84が搭載されている。ブロック82には貫通孔が形成され、そこに筒状のシース86が挿入されている。同様に、ブロック84には貫通孔が形成され、そこに筒状のシース88が挿入されている。シース86,88の下端面が台座80,81の上面に突き当たっている。フィラメント90は、フィラメント脚92,94を有する。台座80は、フィラメント脚92の被保持部分(端部)92Aを保持する保持孔96を有する。台座81は、フィラメント脚94の被保持部分(端部)94Aを保持する保持孔98を有する。各被保持部分92A、94Aの端面が、保持孔96,98の底面に突き当たっている。
【0081】
各シース86,88は、上記数値条件が満たされるように構成されている。すなわち、各フィラメント脚92,94において、剥き出し部分63の長さU2,V2に対する被包囲部分64の長さU3,V3の割合は60%以上であり、望ましくは、80%以上である。
【0082】
図8には、第4例に係るフィラメントアセンブリ306が示されている。フィラメント110は、フィラメント脚112,114を有する。台座100上にブロック102が搭載されており、台座101上にブロック104が搭載されている。ブロック102には井戸106が形成され、ブロック104には井戸108が形成されている。井戸106の底部102Bには貫通孔が形成され、その貫通孔にはフィラメント脚112の被保持部分(端部)112Aが挿入されている。井戸108の底部104Bには貫通孔が形成され、その貫通孔にはフィラメント脚114の被保持部分(端部)114Aが挿入されている。各貫通孔が保持孔として機能する。
【0083】
ブロック102,104において、井戸106,108を取り囲む部分102A,104Aが、それぞれ包囲部として機能する。ブロック102,104における底部102B,104Bが保持部として機能する。井戸106,108を取り囲む部分102A,104Aが高温部となり、その結果として、フィラメント脚112,114の温度が引き上げられ、それらからの熱流出が抑制される。井戸106,108の内部が2つの空洞106A,108Aを構成しており、それらの空洞106A,108Aを2つのフィラメント脚112,114の被包囲部分が通過している。
【0084】
この第4例に係る構成においては、構造体としてのブロック102,104が、上記のように、包囲部及び保持部として機能する。更に、ブロック102,104をクランプ部材として機能させてもよい。
【0085】
各ブロック102,104は、上記数値条件が満たされるように構成されている。すなわち、各フィラメント脚112,114において、剥き出し部分63の長さU2,V2に対する被包囲部分64の長さU3,V3の割合は60%以上であり、望ましくは、80%以上である。
【0086】
図9には、第5例に係るフィラメントアセンブリ308が示されている。フィラメント120は、フィラメント本体122及びフィラメント脚124,126を有する。フィラメント脚124,126は、フィラメント本体122の両端からフィラメント本体122の両側へ伸長している。具体的には、各フィラメント脚124,126の中心軸は、フィラメント本体122の中心軸に対して並行である。
【0087】
シース128,130は、それぞれ、筒状部136,140及び底部138,142により構成される。フィラメント脚124,126の被保持部分(端部)124A,126Aが、保持部としての底部138,142により保持されている。フィラメント脚124,126の被包囲部分が筒状部136,140の内部を通過している。シース128,130は、ブロック132,134により保持されている。
【0088】
第5例に係る構成においても、上記数値条件が満たされるように、各シース128,130が構成されている。すなわち、各フィラメント脚124,126において、剥き出し部分の長さU2,V2に対する被包囲部分の長さU3,V3の割合は60%以上であり、望ましくは、80%以上である。なお、表面積が増大されている複雑な部分(螺旋状の部分)がフィラメント本体122であり、その両端から引き出されている2つの直線部分が2つのフィラメント脚124,126である。
【0089】
図10には、フィラメントの第1変形例が示されている。なお、既に説明した要素には同一符号を付しその説明を省略する。このことは後に説明する
図11についても同様である。
【0090】
図10において、フィラメント26Aにおける2つのフィラメント脚の端部はL字状の形態を有している。具体的には、フィラメント脚150の端部は、シース40の底部54に形成された保持孔60を通過している。その端部は、被包囲部分に連なる第1部分150dと、その第1部分150dに連なる第2部分150eとにより構成される。第1部分150dはz方向に平行であり、第2部分はy方向に平行である。それらの間には屈曲部が存在している。
図10に示す構成において、第1部分150dが被保持部分である。端部の全体が被保持部分とされてもよい。
【0091】
なお、フィラメント脚それ全体をL字形状にしてもよい。その場合、その端部を上記同様にL字形状にしてもよい。
【0092】
図11には、シース(アタッチメント部材)の変形例が示されている。二分割型のシース152は、第1部分152a及び第2部分152bにより構成される。第1部分152aの底部には溝154aが形成されており、第2部分152bの底部には溝154bが形成されている。第1部分152a及び第2部分152bの合体によりシース152が構成され、その際に、2つの溝154a,154bによりフィラメント脚150の被保持部分が保持される。2つの溝154a,154bはそれらの結合状態において保持孔154として機能する。
【0093】
図12には、フィラメントを保持する構造体の変形例が示されている。ブロック156及びブロック158の結合により、フィラメント26Aが有するフィラメント脚150が保持される。他方のフィラメント脚も同様の構造体により保持される。
【0094】
ブロック156は、半円柱状の窪み160Aを有し、また、溝164Aを有する。ブロック158も、半円柱状の窪み160Bを有し、また、溝164Bを有する。ブロック156とブロック158の結合により、フィラメント脚150が保持される。
【0095】
具体的には、その結合状態において、2つの溝164A,164Bが合体して保持孔として機能し、2つの溝164A,164Bにより、フィラメント脚150における被保持部分が保持される。結合状態において、2つの窪み160A、160Bが合体して、フィラメント脚150における被包囲部分を収容する空洞160が構成される。空洞160の周囲が包囲部として機能する。空洞160の下側の部分が保持部として機能する。
【0096】
図13には、フィラメントの変形例が示されている。図示されたフィラメント166は、直線状のフィラメント本体168と、その両端から伸長した2つのフィラメント脚170,172と、を有する。フィラメント本体168は、x方向に伸長しており、各フィラメント脚170,172はz方向に伸長している。フィラメント本体168の横断面は、例えば、半円形状、D形形状、平板形状等を有する。この変形例において、熱電子を放出する主要部分は、x方向に平行な部分であり、それがフィラメント本体168である。つまり、z方向において、符号174で示す範囲がフィラメント本体168に相当する。それ以下の部分、具体的には符号175で示す範囲内の2つの部分がフィラメント脚170,172である。2つのフィラメント脚170,172には2つのシースが取り付けられる。
【0097】
図14には、第2実施形態に係る蒸着用電子ビーム発生装置が示されている。第1実施形態においては、垂直姿勢を有するフィラメントが電子ビーム発生装置に設置されていたが、第2実施形態においては、水平姿勢を有するフィラメント26が電子ビーム発生装置に設置される。クランプ機構184は、水平姿勢を有する2つのシース40,42を保持する。2つのシース40,42により、2つのフィラメント脚における被包囲部分が包囲され、また、2つのフィラメント脚における被保持部分が保持される。符号30は、熱電子引き出し用のアノード電極を示しており、符号186はビーム整形電極を示している。ビーム引き出し方向は-y方向である。符号38は電子ビームを示している。
【0098】
第2実施形態においても、上記数値条件が満たされるようにシース40,42が設けられる。これにより、フィラメント本体の温度を高められ、あるいは、その温度分布を均一化できるから、電子ビームの品質を向上できる。
【0099】
図15には、比較例が示されている。フィラメント220は、タングステンにより構成され、それは真空室内に配置されている。真空室内には酸素ガスが導入されている。すなわち、フィラメント220は酸素雰囲気中にある。
【0100】
フィラメント220は、フィラメント本体222及び2つのフィラメント脚224,226により構成される。フィラメント脚224は、右側ブロック対により挟持されており(
図16には右側ブロック対の内で一方のブロック228のみが示されている)、フィラメント脚226は、左側ブロック対により挟持されている(
図16には左側ブロック対の内で一方のブロック230のみが示されている)。フィラメント本体222は高温部である。各フィラメント脚224,226の剥き出し部分において温度勾配が生じる。特に、各剥き出し部分の内の中間部分232,234において、酸化し易い中間温度が生じる。酸化タングステンの融点はタングステンよりも低く、酸化部分が蒸発し、中間部分232,234の細径化が促進してしまう。更に酸化が進行した場合、中間部分232,234が破断してしまう。
【0101】
実施形態に係る構成によれば、各フィラメント脚における剥き出し部分を包囲部で囲んで各フィラメント脚それ全体の温度を高められる。これにより、上記の中間温度の発生を効果的に回避できる。すなわち、フィラメントの寿命を増大できる。実験によれば、フィラメントの寿命を3倍に増大できることが確認されている。
【0102】
実施形態に係る構成によれば、電子ビームの品質を高められる。その利点は、真空室内における酸素の有無によらずに、得られるものである。特に、フィラメント本体の高温化又は温度分布の均一化という利点は、第1実施形態に係る構成及び第2実施形態に係る構成のいずれもおいても得られる。実施形態に係る構成が他の電子ビーム発生装置に適用されてもよい。
【符号の説明】
【0103】
10 電子ビーム発生装置、26 フィラメント、38 電子ビーム、40,42 シース、46 フィラメント本体、48,50 フィラメント脚、52 筒状部(包囲部)、54 底部(保持部)。