(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2022-12-20
(45)【発行日】2022-12-28
(54)【発明の名称】水平隅肉アーク溶接方法
(51)【国際特許分類】
B23K 9/02 20060101AFI20221221BHJP
B23K 9/022 20060101ALI20221221BHJP
【FI】
B23K9/02 D
B23K9/022 Z
(21)【出願番号】P 2018230961
(22)【出願日】2018-12-10
【審査請求日】2021-10-06
(73)【特許権者】
【識別番号】000000262
【氏名又は名称】株式会社ダイヘン
(74)【代理人】
【識別番号】100114557
【氏名又は名称】河野 英仁
(74)【代理人】
【識別番号】100078868
【氏名又は名称】河野 登夫
(72)【発明者】
【氏名】馬塲 勇人
(72)【発明者】
【氏名】佐野 あい
【審査官】柏原 郁昭
(56)【参考文献】
【文献】特開2018-069332(JP,A)
【文献】特開昭61-249667(JP,A)
【文献】特開2018-126762(JP,A)
【文献】特表2016-530106(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
B23K 9/02
B23K 9/022
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
水平板と垂直板との隅肉部分に溶接ワイヤを送給し、溶接電流の供給によって前記溶接ワイヤの先端部及び前記隅肉部分間にアークを発生させ、前記隅肉部分を溶接する消耗電極式の水平隅肉アーク溶接方法であって、
300A以上の前記溶接電流を供給することにより前記隅肉部分に形成される凹状の溶融部分によって囲まれる空間に前記溶接ワイヤの先端部を進入させ
るステップと、
溶接トーチを右側から左側へ(又は左側から右側へ)移動させる場合、前記溶接ワイヤの送給方向に対して時計回り(又は反時計回り)に該溶接ワイヤを回転させる回転ウィービングを行いながら、前記溶接ワイヤを前記隅肉部分に沿って移動させる
ステップと
を備え、
回転ウィービングによる移動成分を除いた前記溶接トーチの直線移動速度は、20cm/分以上、60cm/分以下であり、
回転ウィービングによる前記溶接ワイヤの回転移動周波数は0.5以上、3.0Hz以下、前記溶接トーチの直線移動方向に対して略垂直な方向への回転ウィービングによる振り幅は、2mm以上、5mm以下、前記溶接トーチの直線移動方向への回転ウィービングによる振り幅は、2mm以上、10mm以下である
水平隅肉アーク溶接方法。
【請求項2】
前記溶接ワイヤを溶接トーチへ自動で送給し、該溶接トーチを手動で操作する半自動溶接にて前記隅肉部分を溶接する
請求項1に記載の水平隅肉アーク溶接方法。
【請求項3】
前進法にて前記隅肉部分を溶接する
請求項1又は請求項2に記載の水平隅肉アーク溶接方法。
【請求項4】
定電圧特性で前記溶接電流を供給し、前記溶接電流の大きさを周期的に変動させる
請求項1~請求項3までのいずれか一項に記載の水平隅肉アーク溶接方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は水平隅肉アーク溶接方法に関する。
【背景技術】
【0002】
溶接方法の一つに、消耗電極式のアーク溶接法がある。消耗電極式アーク溶接法は、母材の被溶接部に送給された溶接ワイヤと、母材との間にアークを発生させ、アークの熱によって母材を溶接する手法である。また、溶接継手の形状によって分類される溶接方法の一つに水平隅肉溶接がある。水平隅肉溶接は、略直交する板状の母材である水平板と垂直板との隅肉部分を接合する溶接方法である(例えば、特許文献1、特許文献2)。以下、消耗電極式のアーク溶接法にて行う水平隅肉溶接を適宜、水平隅肉アーク溶接方法と呼ぶ。
【0003】
一方、一般的なガスシールドアーク溶接法に比して、高速で溶接ワイヤの送給を行い、大電流を供給することによって、9~30mmの厚板の1パス溶接を実現する技術が検討されている。具体的には、溶接ワイヤを約5~100m/分で送給し、300A以上の大電流を供給することによって、厚板の1パス溶接を実現することができる。溶接ワイヤの高速送給及び大電流供給を行うと、アークの熱によって母材に凹状の溶融部分が形成され、溶接ワイヤの先端部が溶融部分によって囲まれた空間に進入する。溶接ワイヤの先端部が母材表面より深部に進入することによって、溶融部分が母材の厚み方向裏面側にまで貫通し、1パス溶接が可能になる。以下、凹状の溶融部分によって囲まれる空間を埋もれ空間と呼び、埋もれ空間に進入した溶接ワイヤの先端部と、母材又は溶融部分との間に発生するアークを、適宜、埋もれアークと呼ぶ。また、埋もれアークを用いて行う溶接を埋もれアーク溶接と呼ぶ。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【文献】特開2011-50975号公報
【文献】特開昭61-249667号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
一般的に高電流及び高溶着で水平隅肉溶接を行う場合、アンダカット及びオーバーラップなどの溶接欠陥の発生、溶融金属の垂れによるビード外観不良が問題となる。また水平隅肉溶接ではスパッタが母材に付着しやすいことも問題である。このように、水平隅肉溶接に対する高電流溶接の適用は難しく、特に溶接速度を精密に管理できない半自動溶接では溶接電流が制限される。溶接電流の大きさが制限されると、溶接施工速度が制限されることになる。
【0006】
そこで、アンダカット及びオーバーラップなどの溶接欠陥、並びに溶融金属の垂れを解消でき、望ましくはスパッタの発生量を低減できる水平隅肉アーク溶接方法が求められている。
【0007】
本願発明者は、かかる問題を解決するために、上記埋もれアーク溶接の水平隅肉溶接法への適用を試みたところ、スパッタの発生は抑制できたものの、アンダカットは必ずしも改善されず、オーバーラップ及び溶融金属の垂れは悪化する結果となった。
【0008】
本発明は、上記事情に鑑みてなされたものであり、その目的は、高電流の水平隅肉溶接において、アンダカット及びオーバーラップの溶接欠陥、並びに溶融金属の垂れを防止し、スパッタの発生も抑えることができる水平隅肉アーク溶接方法を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0009】
本態様に係る水平隅肉アーク溶接方法によれば、水平板と垂直板との隅肉部分に溶接ワイヤを送給し、溶接電流の供給によって前記溶接ワイヤの先端部及び前記隅肉部分間にアークを発生させ、前記隅肉部分を溶接する消耗電極式の水平隅肉アーク溶接方法であって、300A以上の前記溶接電流を供給することにより前記隅肉部分に形成される凹状の溶融部分によって囲まれる空間に前記溶接ワイヤの先端部を進入させ、溶接トーチを右側から左側へ(又は左側から右側へ)移動させる場合、前記溶接ワイヤの送給方向に対して時計回り(又は反時計回り)に該溶接ワイヤを回転させる回転ウィービングを行いながら、前記溶接ワイヤを前記隅肉部分に沿って移動させる。
【0010】
本態様によれば、埋もれアークを水平隅肉溶接に適用することにより、スパッタ発生量を低減でき、同時にアンダカットを抑制できる。ただし埋もれアークを用いても、アンダカットを完全に抑制できるわけではない。また埋もれアークはオーバーラップ及び溶融金属の垂れをむしろ助長してしまう。
そこで、埋もれアークに加え、溶接方向に対して特定方向の回転ウィービングを併用することで、アンダカット、オーバーラップ、溶融金属の垂れを抑制する。具体的には、溶接ワイヤを右側から左側へ移動させる場合、溶接ワイヤの送給方向に対して時計回りに当該溶接ワイヤを回転させる回転ウィービングを行いながら、溶接ワイヤを前記隅肉部分に沿って移動させる。同様に、溶接ワイヤを左側から右側へ移動させる場合、溶接ワイヤの送給方向に対して反時計回りに当該溶接ワイヤを回転させる回転ウィービングを行いながら、溶接ワイヤを前記隅肉部分に沿って移動させる。
アンダカットの出やすい垂直板側の溶接時は、溶接ワイヤが溶接方向反対方向へ移動するような回転方向となり、一度溶接した部分に再度溶融金属を補填し、アンダカット抑制効果を高める。
またオーバーラップの出やすい水平板側の溶接時は、相対的に溶接速度が速くなる回転方向となり、溶融金属を溶接方向へ流すことができ、過度な溶融金属の下板側への溶着を避け、オーバーラップを防止する。
上記相乗効果により、溶融金属の垂れも抑制できる。本来水平板側に溶着すべき溶融金属が垂直板側に運ばれるイメージである。
【0011】
本態様に係る水平隅肉アーク溶接方法によれば、前記溶接ワイヤを溶接トーチへ自動で送給し、該溶接トーチを手動で操作する半自動溶接にて前記隅肉部分を溶接する。
【0012】
本態様によれば、いわゆる半自動溶接においても、上記の通り、アンダカット及びオーバーラップの溶接欠陥、並びに溶融金属の垂れを防止し、スパッタの発生も抑えることができ、しかも溶接速度を向上させることができる。
【0013】
本態様に係る水平隅肉アーク溶接方法によれば、前進法にて前記隅肉部分を溶接する。
【0014】
本態様によれば、前進法にて溶接することにより、より効果的に溶融金属を溶接方向へ流すことができ、オーバーラップを効果的に抑えることができる。また、半自動溶接の場合、前進法の方が溶接トーチの移動操作が容易であり、より効果的に溶接欠陥及び外観不良を防止することができる。
【0015】
本態様に係る水平隅肉アーク溶接方法によれば、定電圧特性で前記溶接電流を供給し、前記溶接電流の大きさを周期的に変動させる。
【0016】
本態様によれば、定電圧特性で溶接電流を供給し、当該溶接電流を周期的に変動させることによって、溶融金属の浪打を抑え、埋もれ空間を安定的に維持することができ、より効果的に溶接欠陥及び外観不良を防止することができる。
【発明の効果】
【0017】
本発明によれば、高電流の水平隅肉溶接において、アンダカット及びオーバーラップの溶接欠陥、並びに溶融金属の垂れを防止し、スパッタの発生も抑えることができる。
【図面の簡単な説明】
【0018】
【
図1】本実施形態に係る溶接装置の一構成を示す模式図である。
【
図2】本実施形態に係る水平隅肉アーク溶接方法を示す模式図である。
【
図3】高電流による水平隅肉溶接の問題を模式図である。
【
図4】埋もれアークによる水平隅肉溶接の効果を示す模式図である。
【
図5】本実施形態に係る水平隅肉アーク溶接の効果を示すビード断面の写真である。
【
図6】埋もれアーク及び回転ウィービングを組み合わせた水平隅肉溶接の効果を示す図表である。
【発明を実施するための形態】
【0019】
以下、本発明をその実施形態を示す図面に基づいて詳述する。
まず、本実施形態に係る水平隅肉溶接に使用する溶接装置を説明し、次いで本実施形態に係る水平隅肉アーク溶接方法を説明する。
【0020】
<溶接電源1>
図1は本実施形態に係る溶接装置の一構成を示す模式図である。本実施形態に係る溶接装置は、埋もれアークを用いた水平隅肉溶接行うための消耗電極式のガスシールドアーク溶接機であり、溶接電源1、溶接トーチ2及びワイヤ送給装置3を備える。
【0021】
溶接トーチ2は、トーチボディ及びハンドルを備える。トーチボディは、金属製の筒状の部材であり、内部に溶接ワイヤWが挿通するライナ、給電ケーブル、及びガス配管などが配されている。トーチボディの先端部には、銅合金等の導電性材料からなり、母材4の被溶接部へ溶接ワイヤWを案内すると共に、アークの発生に必要な溶接電流Iを供給する円筒形状のコンタクトチップが設けられている。コンタクトチップは、その内部を挿通する溶接ワイヤWに接触し、溶接電流Iを溶接ワイヤWに供給する。また、溶接トーチ2は、コンタクトチップを囲繞する中空円筒形状をなし、被溶接部へシールドガスを噴射するノズルを有する。シールドガスは、アークによって溶融した母材4及び溶接ワイヤWの酸化を防止するためのものである。シールドガスは、例えば炭酸ガス、炭酸ガス及びアルゴンガスの混合ガス、アルゴン等の不活性ガス等である。
ハンドルは、溶接作業者が把持するための部位であり、トーチボディの基端部を保持している。溶接作業者は、ハンドルを把持し、溶接作業を行う。ハンドルには、トーチスイッチが設けられている。トーチスイッチは、溶接の開始及び停止の操作を受け付けるスイッチであり、トーチスイッチのオン操作により、操作信号が溶接電源1に出力され、当該操作信号が溶接電源1に入力されることにより、溶接電源1は溶接電流を供給すると共に、ワイヤ送給装置3を動作させる。
【0022】
溶接ワイヤWは、例えばソリッドワイヤであり、その直径は0.9mm以上1.6mm以下であり、消耗電極として機能する。溶接ワイヤWは、例えば、ワイヤリールに巻回されたリールワイヤである。溶接ワイヤWの材質は、YGW11、YGW12、YGW15、YGW17、YGW18、YGW19等のソリッドワイヤを用いることができる。ただし、フラックスコアードワイヤやメタルコアードワイヤ、その他の新規のワイヤを溶接ワイヤWとして適用しても良い。
【0023】
ワイヤ送給装置3は、溶接ワイヤWを溶接トーチ2へ送給する送給ローラと、当該送給ローラを回転させるモータとを有する。ワイヤ送給装置3は、送給ローラを回転させることによって、ワイヤリールから溶接ワイヤWを引き出し、引き出された溶接ワイヤWを溶接トーチ2へ定速で供給する。溶接ワイヤWの送給速度は、例えば、約5~100m/分である。なお、かかる溶接ワイヤWの送給方式は一例であり、特に限定されるものでは無い。
【0024】
溶接電源1は、定電圧特性の電源であり、給電ケーブルを介して、溶接トーチ2のコンタクトチップ及び母材4に接続された電源回路11を備える。電源回路11は、PWM制御された直流を出力する回路であり、溶接ワイヤW及び母材4間に溶接電圧Vを印加することにより、溶接電流Iを供給する。また溶接電源1は、溶接電流Iの供給を制御する制御部12と、電圧検出部13及び電流検出部14と、溶接ワイヤWの送給速度を制御する送給速度制御部15とを備える。
【0025】
電圧検出部13は、電源回路11にて溶接ワイヤW及び母材4間に印加される溶接電圧Vを検出し、検出した電圧値Vdを制御部12へ出力する。
【0026】
電流検出部14は、溶接電源1から溶接トーチ2を介して溶接ワイヤWへ供給され、アークを流れる溶接電流Iを検出し、検出した電流値Idを制御部12へ出力する。
【0027】
制御部12は、出力電圧設定部12a、定電圧制御部12b及び差分増幅部12cを備える。制御部12を構成する各構成部は、ハードウェアで構成しても良いし、ソフトウェアの機能部として構成しても良い。また、言うまでもなく、一部をハードウェアで構成し、その他の部分をソフトとウェア的に構成しても良い。以下、制御部12は、CPU、ROM、RAM、入出力部等を有するコンピュータであって、制御プログラムを実行するCPUの演算処理によって各構成部をソフトウェア的に実現するものとして説明する。
【0028】
出力電圧設定部12aは、定電圧特性を有する溶接電源1の出力電圧Eを示した出力電圧設定値Erを定電圧制御部12bへ出力する。出力電圧設定部12aは、溶接電源1に設定された溶接電流Iの平均電流設定値、周波数設定値及び振幅設定値に基づいて、目標とする周波数、電流振幅及び平均電流で溶接電流Iを周期的に変動させるための任意波形の出力電圧設定値Erを生成し、生成した出力電圧設定値Erを定電圧制御部12bへ出力する。出力電圧設定値Erは、例えば矩形波状の信号で表される周期的に増減する値である。
上記平均電流設定値は、周期的に変動する溶接電流Iの平均電流を設定するための数値である。本実施形態に係る水平隅肉アーク溶接方法を実施する場合、平均電流設定値は、300A以上の平均電流、好ましくは平均電流を300A以上400A以下の平均電流、より好ましくは300A以上350A以下の平均電流である。
上記周波数設定値は、母材4及び溶接ワイヤW間の溶接電圧V及び溶接電流Iを周期的に変動させる周波数を設定するための数値である。本実施形態に係る水平隅肉アーク溶接方法を実施する場合、周波数設定値は、10Hz以上1000Hz以下の周波数、好ましくは50Hz以上300Hz以下の周波数、より好ましくは80Hz以上200Hz以下の周波数である。
上記振幅設定値は、周期的に変動する溶接電流Iの振幅を設定するための数値である。本実施形態に係る水平隅肉アーク溶接方法を実施する場合、振幅設定値は、50A以上の電流振幅である。
【0029】
定電圧制御部12bは、溶接電源1のインダクタンスを電子的に変動させることによって、所定の定電圧特性を実現し、溶接電流Iの供給を制御する。定電圧制御部12bは、出力電圧設定値Erに基づいて、所定の定電圧特性が得られるような溶接電流Iを示す溶接電流制御設定値Ircを算出し、算出された溶接電流制御設定値Ircを、制限部12fを介して差分増幅部12cへ出力する。
【0030】
差分増幅部12cは、電流検出部14から出力された電流値Idと、制限部12fから出力された溶接電流制御設定値Ircとの差分を増幅し、当該差分を示す増幅された差分値ΔIを電源回路11へ出力する。
【0031】
電源回路11は、商用交流を交直変換するAC-DCコンバータ、交直変換された直流をスイッチングにより所要の交流に変換するインバータ回路、変換された交流を整流する整流回路等を備える。電源回路11は、差分増幅部12cから出力された差分値ΔIに従って、差分値ΔIが小さくなるようにインバータをPWM制御し、直流電圧を溶接ワイヤWへ出力する。その結果、母材4及び溶接ワイヤW間に、周期的に変動する溶接電圧Vが印加され、溶接電流Iが通電する。電源回路11は、差分値ΔIに従って、出力を制御するため、溶接電源1のインダクタンス設定値Lr、外部特性傾き設定値Rrを電子的に生成することができる。つまり、電源回路11は、基本的には定電圧特性を有する電源として振る舞い、溶接電流Iを溶接ワイヤWに供給することができる。
【0032】
送給速度制御部15は、溶接電流Iに応じて送給速度で溶接ワイヤWが送給されるように、ワイヤ送給装置3の動作を制御する。
【0033】
なお、溶接電源1は、トーチスイッチが操作された場合、溶接電流Iの供給及び溶接ワイヤWの送給を開始させる。
【0034】
<埋もれアーク及び回転ウィービングを用いた水平隅肉アーク溶接方法>
図2は本実施形態に係る水平隅肉アーク溶接方法を示す模式図である。ここでは、半自動溶接を説明する。半自動溶接は、溶接ワイヤWを溶接トーチ2へ自動で送給し、溶接トーチ2を手動で操作する溶接手法である。
【0035】
まず母材4として、略直交するように水平板41と垂直板42を配置する。そして、溶接トーチ2を操作することによって、水平板41と垂直板42との隅肉部分に溶接ワイヤWを自動送給し、溶接電源1から溶接電流を供給することによって溶接ワイヤWの先端部及び隅肉部分間にアークを発生させ、隅肉部分を溶接する。
【0036】
ここで溶接電源1は300A以上の溶接電流を供給する。300A以上の大電流が供給され、隅肉部分には凹状の溶融部分が形成される。溶接電源1は定電圧特性で動作し、周期的に変動する溶接電流を供給することによって、溶融部分の浪打を抑え、当該凹状の溶融部分によって囲まれる埋もれ空間を安定化させる。溶接トーチ2から送給される溶接ワイヤWの先端部は、当該凹状の溶融部分によって囲まれる埋もれ空間に進入する。
【0037】
より具体的な溶接条件例は、溶接電流320A、溶接ワイヤWの突出し長さ25mm、母材4の板厚9mm、ワイヤ径1.4mmのソリッドワイヤ、ワイヤ送給速度8.5m/分である。
【0038】
溶接作業者は、溶接トーチ2のハンドルを把持し、溶接ワイヤWの送給方向に対して時計回りに溶接ワイヤWを回転させる回転ウィービングを行いながら、溶接ワイヤWを隅肉部分に沿って右側から左側へ移動させる。具体的には、垂直板42側を溶接ワイヤWが移動するとき、溶接ワイヤWが溶接方向反対方向へ移動し、水平板41側を溶接ワイヤWが移動するときは、溶接ワイヤWの溶接方向への移動速度が速くなるような特定の方向へ回転ウィービングさせながら、溶接トーチ2を隅肉部分に沿って移動させる。図中、直線の矢印は隅肉部分に沿って溶接トーチ2を移動させる方向を示している。つまり、当該矢印は回転ウィービングによる移動成分を除いた溶接トーチ2の直線移動方向を示している。図中曲線矢印は回転ウィービングの動きを示している。
【0039】
回転ウィービングによる移動成分を除いた溶接トーチ2の直線移動速度は、20cm/分以上、60cm/分以下である。好ましくは、当該直線移動速度は30cm/分以上50cm/分以下である。
回転ウィービングによる溶接ワイヤWの回転移動周波数は0.5以上3.0Hz以下である。好ましくは、当該回転移動周波数は0.8以上1.5Hz以下である。
回転ウィービングによる縦方向の振り幅、即ち溶接トーチ2の直線移動方向に対して略垂直な方向への振り幅は、2mm以上5mm以下である。好ましくは、当該振り幅は2mm以上4mm以下である。
回転ウィービングによる横方向の振り幅、即ち溶接トーチ2の直線移動方向への振り幅は、2mm以上10mm以下である。好ましくは、当該振り幅は2mm以上5mm以下である。
【0040】
上記溶接条件の下、上記回転ウィービングと埋もれアークによる半自動溶接を行うと、後述するように、オーバーラップ及びアンダカット等の溶接欠陥、溶融金属の垂れが防止され、スパッタの発生も抑制させる。
【0041】
<作用効果>
次に、本実施形態に係る水平隅肉アーク溶接方法の作用効果を、通常の直流大電流溶接、回転ウィービング無しの埋もれアーク溶接の問題と共に説明する。
【0042】
図3は高電流による水平隅肉溶接の問題を模式図である。
図3Aは低電流による回転ウィービング無しの水平隅肉溶接によって得られるビード断面形状を示し、
図3Bは高電流による回転ウィービング無しの水平隅肉溶接によって得られるビード断面形状を示す。この高電流は、埋もれアークを発生させる溶接電流よりは低い電流である。
図3A及び
図3Bを比較すると分かるように、高電流による水平隅肉溶接を行うと、符号Aで示す箇所にアンダカットの溶接欠陥、符号Bで示す箇所に溶融金属の垂れ(ビード外観不良)、符号Cで示す箇所にオーバーラップの溶接欠陥が生ずる。
水平隅肉溶接におけるアンダカットは、垂直板42に形成されるビードの止端側の溝である。アンダカットは高電流で広がったアークが垂直板42を広く溶かし過ぎることによって生ずる。
水平隅肉溶接におけるオーバーラップは水平板41に形成されるビードの止端部と母材4とのなじみが悪い状態の部分である。オーバーラップは、過剰な溶融金属の重力による垂れによって生ずる。
溶融金属の垂れは、ビードがこぶ状になったビード外観不良部分である。溶融金属の垂れは、過剰な溶融金属の重力による垂れによって生ずる。
【0043】
図4は埋もれアークによる水平隅肉溶接の効果を示す模式図である。
図4Aは、高電流流溶接による回転ウィービング無しの水平隅肉溶接の様子を示し、
図4Bは埋もれアークによる水平隅肉溶接の様子を示す模式図である。
図4A及び
図4Bを比較すると分かるように、溶接ワイヤWの先端部は、凹状の溶融金属で囲まれる埋もれ空間に侵入し、溶融金属表面より深い位置にあるため、溶けた溶接ワイヤWが飛び散っても周囲の溶融金属に吸収される割合が多く、スパッタの発生を抑えることができる。
【0044】
また、
図4A中、高電流による水平隅肉溶接の場合、破線の円で囲まれた部分にアンダカットが生じる傾向にあるが、埋もれアーク溶接においては溶接ワイヤWの先端部が埋もれ空間に侵入し、アークの広がりが抑えられる。このため垂直板42が広く溶けることを防止することができる。また、広がったアークによって溶融金属が上から下へ押さえつけられることは無く、溶融金属の補填が妨げられないため、アンダカットが発生し難い状態となる。但し、埋もれアークを用いてもアンダカットが発生しない訳では無い。
【0045】
一方、オーバーラップ及び溶融金属の垂れの問題については、埋もれアーク溶接は逆効果である。埋もれアークを用いると、溶融金属の量が多くなる傾向があり、更にアークの広がりが抑えられ、溶けていない水平板41部分に溶融金属が重なる傾向にあるため、オーバーラップの溶接欠陥、溶接金属の垂れの問題が助長されることになる。
【0046】
このように、埋もれアークを用いた水平隅肉溶接においては、スパッタの発生が抑制され、アンダカットを発生し難くすることができるものの、オーバーラップ及び溶融金属の垂れが発生し易い状況にある。
【0047】
本実施形態によれば、
図2に示すように、埋もれアークと特定方向の回転ウィービングを併用した水平隅肉溶接によって、アンダカット及びオーバーラップの溶接欠陥、並びに溶融金属の垂れを防止し、スパッタの発生も抑えることができる。
【0048】
アンダカットの出やすい垂直板42側の溶接時は、溶接ワイヤWが溶接方向反対方向へ移動することになり、溶融金属が垂直板42側へ押し上げられ一度溶接した部分に再度溶融金属が補填され、アンダカットがより効果的に防止される。アンダカットは埋もれアークによって抑制され、更に回転ウィービングによってより効果的に防止することができる。
またオーバーラップの出やすい水平板41側の溶接時は、溶接ワイヤWの溶接方向への移動速度が速くなり、溶融金属を溶接方向へ流すことができ、オーバーラップの垂れを防止することができる。
更に、上記の通り溶融金属を垂直板42側へ押し上げ、また溶接方向へ流すことによって、溶接金属の垂れを防止することができる。
【0049】
図5は本実施形態に係る水平隅肉アーク溶接の効果を示すビード断面の写真であり、
図6は埋もれアーク及び回転ウィービングを組み合わせた水平隅肉溶接の効果を示す図表である。
図5Aは高電流による水平隅肉溶接によって得られたビード断面形状を示す写真であり、
図5Bは、埋もれアーク及び回転ウィービングを併用した水平隅肉溶接によって得られるビード断面形状を示す写真である。
図5A及び
図6の表中、左欄に示すように、高電流を用いた水平隅肉溶接では、アンダカット、オーバーラップ、溶融金属の垂れ、スパッタが問題になる。しかし、
図5B及び
図6の表中、右欄に示すように、埋もれアーク及び特定方向の回転ウィービングを併用することによって、アンダカット及びオーバーラップの溶接欠陥、溶融金属の垂れ、スパッタの発生を防止することができる。
【0050】
このように本実施形態によれば、高電流の水平隅肉溶接において、アンダカット及びオーバーラップの溶接欠陥、並びに溶融金属の垂れを防止し、スパッタの発生も抑えることができる。
【0051】
また、溶接速度を精密に制御できない半自動溶接においても、上記と同様の効果を奏し、溶接速度を向上させることができる。
【0052】
更に、定電圧特性で溶接電流を周期的に変動させることによって、溶融金属の浪打を抑え、埋もれ空間を安定的に維持することができ、より効果的に溶接欠陥及び外観不良を防止することができる。
【0053】
(変形例1)
溶接作業者は、前進法にて隅肉部分を溶接すると良い。前進法は溶接ワイヤWの送出方向が、溶接トーチ2の移動方向側を向くように溶接トーチ2を傾けて行う溶接である。前進法によれば、オーバーラップをより効果的に抑えることができる。また、半自動溶接の場合、後退法に比べて前進法の方が溶接トーチ2の移動操作が容易であり、より効果的に溶接欠陥及び外観不良を防止することができる。
【0054】
(変形例2)
溶接作業者は、後退法にて隅肉部分を溶接すると良い。後退法は溶接ワイヤWの送出方向が、溶接トーチ2の移動方向反対側を向くように溶接トーチ2を傾けて行う溶接である。後退法によれば、アンダカットをより効果的に抑えることができる。
【0055】
なお、本実施形態では、溶接トーチ2を右側から左側へ移動させる例を説明したが、溶接トーチ2を左側から右側へ移動させて水平隅肉溶接を行う場合、溶接ワイヤWの送給方向に対して反時計回りに該溶接ワイヤを回転させる回転ウィービングを行うことによって、上記と同様の効果を得ることができる。
【0056】
また、本実施形態では主に半自動溶接を説明したが、溶接ロボットを用いた自動溶接に本発明を適用しても良い。
【0057】
更に、溶接電流を振動させる例を説明したが、必ずも溶接電流を振動させる必要は無く、直流の溶接電流で埋もれアーク溶接を実施しても良い。
【0058】
今回開示された実施形態はすべての点で例示であって、制限的なものではないと考えられるべきである。本発明の範囲は、上記した意味ではなく、特許請求の範囲によって示され、特許請求の範囲と均等の意味及び範囲内でのすべての変更が含まれることが意図される。
【符号の説明】
【0059】
1 溶接電源
2 溶接トーチ
3 ワイヤ送給装置
4 母材
W 溶接ワイヤ
11 電源回路
12 制御部
12a 出力電圧設定部
12b 定電圧制御部
12c 差分増幅部
13 電圧検出部
14 電流検出部
15 送給速度制御部
41 水平板
42 垂直板
R 電気抵抗
L リアクトル
E 設定電圧
V 溶接電圧
I 溶接電流
Vd 溶接電圧の電圧値
Id 溶接電流の電流値
Er 出力電圧設定値
Irc 溶接電流制御設定値
ΔI 差分値
41 水平板
42 垂直板
W 溶接ワイヤ