(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2022-12-20
(45)【発行日】2022-12-28
(54)【発明の名称】電力変換装置、回転機システム、及び診断方法
(51)【国際特許分類】
H02M 7/48 20070101AFI20221221BHJP
【FI】
H02M7/48 M
(21)【出願番号】P 2019002459
(22)【出願日】2019-01-10
【審査請求日】2021-10-26
(73)【特許権者】
【識別番号】502129933
【氏名又は名称】株式会社日立産機システム
(74)【代理人】
【識別番号】110001689
【氏名又は名称】青稜弁理士法人
(72)【発明者】
【氏名】牧 晃司
(72)【発明者】
【氏名】岩路 善尚
(72)【発明者】
【氏名】大橋 敬典
(72)【発明者】
【氏名】中村 敦彦
【審査官】東 昌秋
(56)【参考文献】
【文献】特開2018-183017(JP,A)
【文献】特開2009-296788(JP,A)
【文献】特開2013-55713(JP,A)
【文献】特開平10-191690(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
H02M 7/42- 7/98
H02P 21/00-27/18
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
回転機に接続される電力変換装置であって、
相電流を計測する電流計測部と、
前記相電流に三相二相変換を実行して電流ベクトルを算出する電流ベクトル算出部と、
前記電流ベクトルに基づいて、分析対象量
としての前記電流ベクトルのノルムもしくはトルク電流を算出する分析対象量算出部と、
前記分析対象量
に対して、零と前記回転機の周波数である回転周波数とに挟まれた周波数範囲の波形を抽出する特徴量波形抽出部と、
前記波形に基づいて異常度を算出する異常度算出部を有することを特徴とする電力変換装置。
【請求項2】
請求項1に記載の電力変換装置において、
前記回転周波数を推定する回転周波数推定部を有することを特徴とする電力変換装置。
【請求項3】
回転機に接続される電力変換装置であって、
相電流を計測する電流計測部と、
前記相電流に三相二相変換を実行して電流ベクトルを算出する電流ベクトル算出部と、
前記電流ベクトルに基づいて分析対象量を算出する分析対象量算出部と、
前記分析対象量に基づいて、特定周波数範囲の波形を抽出する特徴量波形抽出部とを有し、
前記電流計測部は、
前記相電流を、
前記回転機の回転周波数の2倍より小さい周波数でサンプリングすることを特徴とする電力変換装置。
【請求項4】
回転機に接続される電力変換装置であって、
相電流を計測する電流計測部と、
前記相電流に三相二相変換を実行して電流ベクトルを算出する電流ベクトル算出部と、
前記電流ベクトルに基づいて分析対象量を算出する分析対象量算出部と、
前記分析対象量に基づいて、特定周波数範囲の波形を抽出する特徴量波形抽出部と、
前記波形に基づいて異常度を算出する異常度算出部を有し、
前記特徴量波形抽出部が、前記分析対象量の直流成分を除去し、
前記異常度算出部が、
直流成分を除去した後の前記分析対象量に基づいて第1の異常度を算出し、
前記特徴量波形抽出部が、
直流成分を除去した後の前記分析対象量
から前記回転機の回転周波数成分を除去し、
前記異常度算出部が、
前記回転周波数成分を除去した後の前記分析対象量に基づいて第2の異常度を算出することを特徴とする電力変換装置。
【請求項5】
請求項
1に記載の電力変換装置において、
前記異常度が閾値を超えているかどうかを判定する故障予兆判定部を有することを特徴とする電力変換装置。
【請求項6】
請求項
2に記載の電力変換装置において、
前記特徴量波形抽出部は、
前記推定した前記回転周波数に基づいて、抽出する周波数範囲を変更することを特徴とする電力変換装置。
【請求項7】
請求項
1に記載の電力変換装置において、
前記異常度算出部は、
前記特徴量波形抽出部が抽出した前記波形の絶対値もしくは二乗値を一定時間合算したものを異常度とすることを特徴とする電力変換装置。
【請求項8】
請求項
1に記載の電力変換装置において、
前記異常度算出部は、
前記異常度を、前記相電流の基本波周波数成分の振幅、あるいは前記分析対象量から抽出した直流成分で規格化することを特徴とする電力変換装置。
【請求項9】
請求項1に記載の電力変換装置において、
前記特徴量波形抽出部は、ハイパスフィルタ、ローパスフィルタ、バンドパスフィルタから選択されたフィルタによって、前記周波数範囲の波形を抽出することを特徴とする電力変換装置。
【請求項10】
請求項
9に記載の電力変換装置において、
前記特徴量波形抽出部は、
基本波周波数成分を減衰させるノッチフィルタを有することを特徴とする電力変換装置。
【請求項11】
請求項
5に記載の電力変換装置において、
前記故障予兆判定部は、
前記電力変換装置の外部に備えたことを特徴とする電力変換装置。
【請求項12】
回転機と、前記回転機と接続した電力変換装置とを有する回転機システムであって、
相電流を計測する電流計測部と、
前記相電流に三相二相変換を実行して電流ベクトルを算出する電流ベクトル算出部と、
前記電流ベクトルに基づいて分析対象量
としての前記電流ベクトルのノルムもしくはトルク電流を算出する分析対象量算出部と、
前記分析対象量
に対して、零と前記回転機の周波数である回転周波数とに挟まれた周波数範囲の波形を抽出する特徴量波形抽出部と、
前記波形に基づいて異常度を算出する異常度算出部と、
を有することを特徴とする回転機システム。
【請求項13】
請求項
12に記載の回転機システムにおいて、
前記電力変換装置から前記回転機に電力を供給し、
前記回転機が回転している時間帯に、前記電力変換装置が異常診断を実行することを特徴とする回転機システム。
【請求項14】
回転機と、前記回転機と接続した電力変換装置とを有する回転機システムであって、
相電流を計測する電流計測部と、
前記相電流に三相二相変換を実行して電流ベクトルを算出する電流ベクトル算出部と、
前記電流ベクトルに基づいて分析対象量を算出する分析対象量算出部と、
前記分析対象量に基づいて、特定周波数範囲の波形を抽出する特徴量波形抽出部とを有し、
前記電流計測部は、
前記相電流を、前記回転機の回転周波数の2倍より小さい周波数でサンプリングすることを特徴とする回転機システム。
【請求項15】
回転機と、前記回転機と接続した電力変換装置とを有する回転機システムであって、
相電流を計測する電流計測部と、
前記相電流に三相二相変換を実行して電流ベクトルを算出する電流ベクトル算出部と、
前記電流ベクトルに基づいて分析対象量を算出する分析対象量算出部と、
前記分析対象量に基づいて、特定周波数範囲の波形を抽出する特徴量波形抽出部と、
前記波形に基づいて異常度を算出する異常度算出部を有し、
前記特徴量波形抽出部が、前記分析対象量の直流成分を除去し、
前記異常度算出部が、直流成分を除去した後の前記分析対象量に基づいて第1の異常度を算出し、
前記特徴量波形抽出部が、直流成分を除去した後の前記分析対象量から前記回転機の回転周波数成分を除去し、
前記異常度算出部が、前記回転周波数成分を除去した後の前記分析対象量に基づいて第2の異常度を算出することを特徴とする回転機システム。
【請求項16】
回転機と接続した電力変換装置を備えたシステムを診断する診断方法であって、
前記電力変換装置は、
相電流を計測し、
前記相電流に三相二相変換を実行して電流ベクトルを算出し、
前記電流ベクトルに基づいて分析対象量
としての前記電流ベクトルのノルムもしくはトルク電流を算出し、
前記分析対象量
に対して、零と前記回転機の周波数である回転周波数とに挟まれた周波数範囲の波形を抽出
し、
前記波形に基づいて異常度を算出することを特徴とする診断方法。
【請求項17】
回転機と接続した電力変換装置を備えたシステムを診断する診断方法であって、
前記電力変換装置は、
前記回転機の回転周波数の2倍より小さい周波数でサンプリングして相電流を計測し、
前記相電流に三相二相変換を実行して電流ベクトルを算出し、
前記電流ベクトルに基づいて分析対象量を算出し、
前記分析対象量に基づいて、特定周波数範囲の波形を抽出することを特徴とする診断方法。
【請求項18】
回転機と接続した電力変換装置を備えたシステムを診断する診断方法であって、
前記電力変換装置は、
相電流を計測し、
前記相電流に三相二相変換を実行して電流ベクトルを算出し、
前記電流ベクトルに基づいて分析対象量を算出し、
前記分析対象量の直流成分を除去し、
直流成分を除去した後の前記分析対象量に基づいて第1の異常度を算出し、
直流成分を除去した後の前記分析対象量から前記回転機の回転周波数成分を除去し、
前記回転周波数成分を除去した後の前記分析対象量に基づいて第2の異常度を算出する診断方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、電力変換装置、モータや発電機といった回転機を備えた回転機システム、及び診断方法に関する。
【背景技術】
【0002】
モータや発電機といった回転機が突発故障により停止すると、大きな損害が発生する。特に工場設備等に用いられる回転機の突発故障による停止は、生産設備の稼働率低下や生産計画の見直しを余儀なくされるなど、影響が大きい。そのため、実環境で使用している状態のまま高精度に故障予兆診断を実施し、回転機の突発故障を防止するニーズが高まっている。
【0003】
そのようなニーズを受けて、回転機の稼働時電流を計測し、その波形を周波数解析し、各種異常を診断する技術が開示されている。しかしながら、これらの技術では、周波数解析を実行するだけの計算機能力(計算速度、及びメモリ量)が必要になるため、汎用インバータなどの電力変換装置には診断機能を搭載できず、産業用PCなどの計算機を用意する必要があった。そのため診断装置が一般に高価となり、費用対効果が見込める少数の現場にしか導入が進んでいないという問題があった。
【0004】
一方、より安価な装置で異常診断することを前提に、周波数解析をせずに異常を検出する技術もこれまでに提案されている。例えば特許文献1には、零相電流、相電流、相電圧を計測して4種類の異なる異常(地絡、レヤショート、ベアリング不良、トルク異常)を検出する技術が開示されている。特にベアリング不良に関しては、相電流からバンドパスフィルタで出力周波数±20Hzの成分を切り出し、出力周波数を除く周波数帯域で基準値と比較して異常診断している。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
特許文献1は、安価な装置で異常診断する技術ではあるが、相電流に対し、出力周波数をまたぐ形でバンドパスフィルタを適用しているため、中央に位置する出力周波数成分を別途除去する必要がある。しかし、検出したい異常兆候と比較して出力周波数成分は非常に大きいため、異常検知感度の低下を招かずに除去するのは困難という問題があった。
【0007】
そこで、低コストで、しかも、異常検知感度を低下させないことにより早期に故障の予兆を検知できる技術が望まれる。
【0008】
本発明は、低コストかつ早期に故障の予兆を検知することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0009】
本発明の好ましい一例は、相電流を計測する電流計測部と、相電流に三相二相変換を実行して電流ベクトルを算出する電流ベクトル算出部と、電流ベクトルに基づいて分析対象量を算出する分析対象量算出部と、分析対象量に基づいて、特定周波数範囲の波形を抽出する特徴量波形抽出部とを有する電力変換装置である。
【0010】
また、本発明の好ましい他の例は、回転機と、回転機と接続した電力変換装置とを有する回転機システムであって、相電流を計測する電流計測部と、相電流に三相二相変換を実行して電流ベクトルを算出する電流ベクトル算出部と、電流ベクトルに基づいて分析対象量を算出する分析対象量算出部と、分析対象量に基づいて、特定周波数範囲の波形を抽出する特徴量波形抽出部と、抽出した波形に基づいて異常度を算出する異常度算出部とを有する回転機システムである。
【0011】
また、本発明の好ましい他の例は、電力変換装置を備えたシステムを診断する診断方法であって、電力変換装置は、相電流を計測し、相電流に三相二相変換を実行して電流ベクトルを算出し、電流ベクトルに基づいて分析対象量を算出し、分析対象量に基づいて、特定周波数範囲の波形を抽出する診断方法である。
【発明の効果】
【0012】
本発明によれば、低コストかつ早期に故障の予兆を検知することができる。
【図面の簡単な説明】
【0013】
【
図1】実施例1における電力変換装置、及びそれを用いた回転機システムの基本構成図。
【
図2】実施例1の電力変換装置が備える、回転機システムの異常を診断するフローチャート。
【
図3】実施例1において計測される代表的な相電流波形を示す図。
【
図4】実施例1において算出される代表的な電流ベクトルノルム波形を示す図。
【
図5】実施例1において算出される代表的な電流ベクトルノルム波形の周波数スペクトル。
【
図6】実施例1において算出される代表的な電流ベクトルノルム波形の周波数スペクトルの、正常状態と異常状態の比較図。
【
図7】実施例1において算出される代表的な特徴量波形を示す図。
【
図8】実施例2の回転機システムの異常を診断するフローチャート。
【
図9】実施例3の回転機システムの異常を診断するフローチャート。
【
図10】電力変換装置、及びそれを用いた回転機システムを組み込んだポンプの概略図。
【発明を実施するための形態】
【0014】
以下、本発明の実施例を、図面を用いて説明する。
【実施例1】
【0015】
図1は、実施例1における電力変換装置、及びそれを用いた回転機システムの基本構成図である。本回転機システムは、主回路11と電流センサ12a、12bを備える電力変換装置10と、電力変換装置10と接続されて電力の授受を行う電源20及び回転機30を備える。回転機には軸受31が備えられ、回転軸の先には負荷機械40が接続されている。電力変換装置10は、さらに、電流センサ12a、12bで検出した相電流を計測する電流計測部13と、計測された相電流に対して三相二相変換を実施し電流ベクトルを算出する電流ベクトル算出部14と、回転機30の回転周波数を推定する回転周波数推定部15と、算出された電流ベクトルに基づいて分析対象量を算出する分析対象量算出部16と、推定された回転周波数と分析対象量に基づいて特定された周波数範囲の波形を抽出する特徴量波形抽出部17と、抽出した波形から異常度を算出する異常度算出部18と、診断結果を出力する出力部19といった機能を備える。それらの機能は、記録部にプログラムとして格納され、電力変換装置10のマイコンなどの制御部(図示省略)が、プログラムを読み出して、各機能を実行する。
【0016】
図1では、2相について相電流を検出する電流センサ12a、12bを設置しているが、3相の相電流それぞれに電流センサを設置してもよい。また、電力変換装置内に設置した制御用の電流センサとは別に、診断用の性能を備えた電流センサを、回転機30などの電力変換装置10の外部に設置する構成としてもよい。
【0017】
回転機30の軸受31において何らかの潤滑不具合が発生し、全体的な摩擦変動が大きくなると、相電流の基本波周波数の周辺(例えば±20Hz)の平均的なスペクトルレベルが上昇する。ここで、相電流の基本波周波数は電力変換装置の出力周波数である。従来は、FFT(高速フーリエ変換)などの周波数解析を実施して、潤滑不具合の兆候を検出していた。そのため、電力変換装置が通常備える制御用マイコンではメモリ量や計算速度が追いつかず、高価な計測機器を追加で設置する必要があった。
【0018】
そこで、実施例1では、電力変換装置10が通常備えるマイコンと電流センサを使用し、異常兆候が現れる周波数範囲のみを周波数解析せずにフィルタで切り出す。具体的には、三相二相変換後の電流ベクトルノルムもしくはトルク電流をフィルタに通して、零と回転周波数とに挟まれた周波数範囲の波形を抽出し、軸受の全体的な摩擦変動の増加などの異常を検出する。なお軸受の局所的な傷に対応する特徴周波数が零と回転周波数とに挟まれた周波数範囲に入る場合は、その兆候を検出可能である。
【0019】
図2は、実施例1の電力変換装置10が備える、回転機システムの異常を診断するフローチャートである。最初に、ステップS100にて、診断モードを起動する。電力変換装置10の設定項目から選択する方法のほか、診断モードを起動する機械式ボタンを押す形でもよいし、ディスプレイに表示された「診断モード」ボタンをタッチする形でもよい。あるいは特定の日時に自動的に起動するように設定してもよいし、相電流の基本波周波数の振幅が、ある特定の時間継続して、ある特定の範囲に入ったときに自動的に起動するように設定してもよい。あるいは、特定の回転機制御動作の前、または後に自動的に起動するように設定してもよい。
【0020】
次に、電流計測部13は、電流センサ12a、12bで検出した電流を入力して、少なくとも2相の相電流を計測する(ステップS101)。あるいは、全ての相の相電流を計測してもよい。電流計測は、電力変換装置10が回転機30を駆動するために生成する電圧パルスと同期して実施される。すなわち、電流センサ12a、12bからの信号を、電圧パルスと同期してサンプリングする。サンプリングは電圧パルス1回につき1回でもよいし、2回でもよい。電圧パルス複数回につき1回でもよい。例えば電圧パルス1回につき2回サンプリングすることで得た2相の相電流波形の例を
図3に示す。
【0021】
次に、電流ベクトル算出部14は、計測された相電流に対して下記の式(1)に従って三相二相変換を実施し、電流ベクトルを算出する(ステップS102)。
図1の電力変換装置10では2相の相電流しか計測していないので、残る1相の相電流としては、式(2)が満たされると仮定して導出した値を用いる。
【0022】
【数1】
ここで、i
U、i
V、i
Wは、U相、V相、W相の各相の計測電流を示し、i
α、i
βは、三相二相変換後の二相の固定軸α軸とβ軸での電流成分を示す。
【0023】
【0024】
次に、分析対象量算出部16は、得られた電流ベクトルに対して、式(3)で表現される分析対象量のひとつである電流ベクトルノルムを算出する(ステップS103)。
【0025】
【0026】
図4は、正常状態の回転機30と異常状態の回転機30に対して、算出した電流ベクトルノルムと時刻との関係を示す図である。なお異常状態の回転機30としては、正常状態の回転機30から軸受のグリースを減少させたもので代表させている。
【0027】
さらに、式(4)を用いて、電流ベクトルを回転座標系に変換して、q軸電流(トルク電流)を算出し、それを電流ベクトルノルムの代わりに、分析対象量として以後の分析に用いてもよい。式(4)に現れる回転子位置θは、回転機30に設置されたレゾルバやエンコーダといった回転位置センサの信号から得てもよいし、回転機30の速度起電力や電流に含まれる情報から推定してもよい。
【0028】
【数4】
ここで、i
d、i
qは、それぞれd軸電流、q軸電流を示し、θは回転位置を示す。
【0029】
理想的な三相交流であれば、電流ベクトルノルムやトルク電流の周波数スペクトルにおいては、基本波周波数成分は直流成分のピークに変換され、さらに、直流成分に対して回転周波数成分のピークが1つ有る周波数スペクトルとなる。相電流の周波数スペクトルは、1つの基本波周波数成分のピークと、その前後に±回転周波数成分のピークが2つ現れることから、両者は異なる周波数スペクトルとなる。
【0030】
一方、分析対象量算出部16と並行して回転周波数推定部15は、回転機30の回転周波数を推定する(ステップS104)。分析対象量算出部16がステップS103にて回転子位置推定を実施する場合は、それと同時に回転周波数も推定可能である。回転位置センサが回転機30に設置されていない場合には、電力変換装置10の出力周波数、及び回転機30の極数から、回転周波数を推定してもよい。電力変換装置10の出力周波数は、相電流の情報から推定するか制御指令の情報から抽出する。
【0031】
誘導モータで最大で数%程度発生するすべりを無視すれば、電力変換装置10の出力周波数、及び回転機30の極数から、回転周波数を推定するには、次のようにする。回転周波数=電力変換装置の出力周波数/極対数、であるから、例えば出力周波数が50Hz、4極(極対数2)であれば回転周波数は25Hzと推定する。もし出力周波数が30Hz、6極(極対数3)であれば回転周波数は10Hzと推定する。出力周波数が100Hz、2極(極対数1)であれば回転周波数は100Hzと推定する。
【0032】
分析対象量算出部16で算出された分析対象量と回転周波数推定部15で推定した回転周波数の結果を受けて、特徴量波形抽出部17は、電流ベクトルノルムもしくはトルク電流に対して、特定された周波数範囲である零と回転周波数とに挟まれた周波数範囲の波形を抽出する(ステップS105)。実施例1の電力変換装置10が備える診断アルゴリズムにおいては周波数解析を実施しないので、どのような周波数スペクトルになっているかを診断中に知ることはできない。ここではアルゴリズムを説明するためにのみ周波数スペクトルを用いる。
【0033】
図5は、正常状態の回転機30と異常状態の回転機30に対して、先に算出した電流ベクトルノルムの周波数スペクトルを示した図である。
図6は、
図5の電流ベクトルノルムの周波数スペクトルを重ねた図である。
【0034】
これを見ると、0Hzから20Hzの範囲で両者の差が顕著であることが分かる。これは、従来から知られていた、軸受の異常によって相電流の基本波周波数±20Hzのスペクトルレベルが上昇する現象に対応するものである。
【0035】
電流ベクトルノルムもしくはトルク電流は、相電流の基本波周波数成分は直流(0Hz)成分に変換され、最大の成分となる。また正常範囲の回転機30であっても若干の偏心が許容されていることから、回転周波数(
図5の例では25Hz)にも若干のピークが立つことが知られている。そのため、周波数解析をせずに異常を高感度に検知するには、正常データに含まれる主たる成分である直流成分と回転周波数成分を十分に除去する必要がある。
【0036】
そこで実施例1では、特徴量波形抽出部17が、直流成分と回転周波数成分とに挟まれた周波数範囲をフィルタで逐次的に切り出す。周波数解析をするときのように一定期間のデータを蓄積する必要がないので、メモリ量が少なくても実行できる。挟まれた周波数範囲には、検出感度を高めるために直流成分と回転周波数成分は含まない。
【0037】
また、回転周波数推定部15で推定した回転周波数に基づいて、回転周波数が変化したときは、回転周波数成分を拾ってしまわぬように、必要に応じて抽出する周波数範囲を変更する。そのために、周波数範囲が変更した後に対応した複数の異なる伝達特性を備えたフィルタを、予め、用意して、周波数範囲を変更できるようにしてもよい。もしくは、フィルタのパラメータを、回転周波数の関数にしておいて、回転周波数の変更に追随してフィルタのパラメータを変更するようにしてもよい。ここで、フィルタのパラメータとしては、カットオフ周波数がある。
【0038】
回転周波数成分を拾ってしまわぬように抽出する周波数を変更することで、回転機の可変速運転にも対応できる。ただし回転周波数が低くなるほど切り出す範囲が狭くなるため、異常を検知する感度は低下する。
【0039】
直流成分を十分に減衰させるには、ハイパスフィルタを用いる。また回転周波数成分を十分に減衰させるには、ローパスフィルタを用いる。あるいは、バンドパスフィルタで直流成分と回転周波数成分を共に減衰させてもよい。
【0040】
電流計測に誤差があって、三相にアンバランスがあると、電流ベクトルノルムやトルク電流にも基本波周波数成分が若干残ってしまうということがある。フィルタの性能が十分であれば、回転周波数が減衰し、それより高周波の基本波周波数成分も減衰できるが、低コスト設計でフィルタ性能が不十分の場合、回転周波数は減衰できたが基本波周波数成分が残る場合がありえる。そこで、低コストで、基本波周波数成分を除去するために、狭帯域のバンド除去フィルタであるノッチフィルタを、ローパスフィルタ、バンドパスなどに追加してもよい。
【0041】
多くの回転機システムにおいて、電流ベクトルノルムもしくはトルク電流の直流成分(相電流の基本波周波数成分に相当)の振幅を1としたとき、回転周波数成分の振幅は10-4~10-3程度であること。零と回転周波数とに挟まれた周波数範囲のレベルは正常状態で10-5~10-4程度であること。そして異常状態で10-4~10-3程度であることを、発明者は、回転機システムの長年に渡る研究により、見出した。そのため、直流成分と回転周波数成分を十分に減衰させて異常を高感度に検出するには、フィルタが急峻である必要がある。少なくとも、通過域の利得に対する阻止域の利得の比を1%以下に設定し、かつ遷移域が回転周波数の半分以下、望ましくは回転周波数の1/3以下となるように設定するのがよい。
【0042】
上記の条件を満たすフィルタで、零と回転周波数とに挟まれた周波数範囲を切り出すことで得られる特徴量波形の例を
図7に示す。正常状態と比較して、異常状態では振幅が大きくなっていることが分かる。
【0043】
次に、異常度算出部18は、特徴量波形抽出部17で得られた波形から異常度を算出する(ステップS106)。例えば、得られた波形の絶対値もしくは二乗値を一定時間合算したものを異常度とする。あるいは、算出した異常度を、相電流の基本波周波数成分の振幅、あるいは電流ベクトルノルムもしくはトルク電流から抽出した直流成分で規格化してもよい。そうすることで、負荷変動で直流成分が時間変化する場合でも診断可能となる。また、異常度を外部に送信する場合に、通信負荷を軽減できる。
【0044】
そして、異常度算出部18は算出した異常度があらかじめ設定した閾値を超えているか否かを判定することで故障の予兆を判定する(ステップS107)。異常度が閾値を超えていた場合は故障予兆ありと診断して警告を発するように出力部19に指示する。閾値は、試験機等で別途検討した結果で決定してもよいし、実環境での学習で決めてもよい。例えば、学習期間中に複数回異常度を算出し、その平均値及び変動幅を求め、誤報を生じないレベルに閾値を設定する。
【0045】
また、機械学習等で精密診断できるように、算出した異常度を、回転機30の運転状態を規定するその他のパラメータと共に出力するようにしてもよい。そのような多変数データをロガー等で記録し、ベクトル量子化クラスタリングなどの機械学習のアルゴリズムで分析すれば、閾値判定では検知できなかったような微弱な異常も検知できる可能性がある。
【0046】
最後に、出力部19は、異常度や故障予兆判定結果などの診断結果を出力(ステップS108)して診断を完了する。出力方法はディスプレイ、ランプ、ブザーなど人間の五感に訴えるものでもよいし、紙や電子ファイルに記録されるものでもよい。あるいは通信ネットワークを経由して送信してもよい。
【0047】
異常度算出部18や出力部19は、電力変換装置10の外部の計算機に配置し、特徴量波形抽出部17から抽出した波形をネットワーク経由で取得するようにしてもよい。また、ステップS107の処理のため、故障予兆判定部を異常度算出部18と独立して構成してもよい。また、故障予兆判定部を、電力変換装置10とネットワークで接続された計算機に配置し、異常度算出部18が算出した異常度をネットワーク経由で計算機に送り、外部の計算機で故障予兆判定をするようにしてもよい。
【0048】
実施例1によれば、計算負荷の大きい周波数解析を実施しないので、電力変換装置10に搭載されたマイコン及び電流センサで診断を実行できる。また電流ベクトルノルムもしくはトルク電流の直流成分と回転周波数成分という、正常範囲の回転機のデータに含まれる主たる成分を効率よく除去できる診断アルゴリズムを備えている。そのため、高感度な診断が可能となり、早期に故障予兆を検知できる。よって、低コストかつ早期に回転機システムの故障の予兆を検知する機能を備えた電力変換装置、及びそれを用いた回転機システムを実現できる。
【0049】
さらに、分析対象量算出部で電流ベクトルノルムやトルク電流を算出することにより、基本波周波数成分は直流成分となり、特徴量波形抽出部17は、その成分を除去するために微分をすればよいので、簡単化できる。
【0050】
また、実施例1では、分析対象量に変換することで、基本波周波数と回転周波数は、全体的に低周波数に変換される。そのため、抽出する周波数範囲を低くでき、サンプリングも低速ですむため低コスト化が可能となる。
【0051】
さらに、特許文献1は、回転周波数にかかわらず±20Hzの範囲を切り出しているので、回転周波数成分を切り出す場合があり、それを除去する必要がある。実施例1では、回転周波数推定部15からの推定した回転周波数に基づいて特徴量波形抽出部17が、回転周波数が変化しても、抽出する周波数範囲を変更することで、回転周波数成分を拾わないようにできる。
【実施例2】
【0052】
図8は、実施例2の電力変換装置10による回転機システムの異常を診断するフローチャートである。
図8におけるステップS100、ステップS102、ステップS103、ステップS106からステップS108は、
図2と同様である。
【0053】
実施例1との相違点は、電流計測部13が回転周波数の2倍よりも小さい周波数で相電流をサンプリングする(ステップS201)点である。そうすることで、回転周波数以上の周波数の成分は予め除去できるため、特徴量波形抽出部17の処理は、回転周波数以上の周波数成分を除く必要はない。よって、特徴量波形抽出部17は、電流ベクトルノルムもしくはトルク電流に対して零を含まない周波数範囲の波形を抽出する(ステップS204)ことになり、特徴量波形抽出部17は簡素になる。
【0054】
また、相電流に基づいた回転周波数を推定する回転周波数推定部15は不要となる。ただし、サンプリング周波数を決めるために、サンプリングをする前に、モータ制御指令から回転周波数は推定しておく。
【0055】
また、サンプリングする前に、ハードウェアもしくはソフトウェアでアンチエイリアシング処理を施す必要がある。具体的には、サンプリング周波数の1/2の周波数(ナイキスト周波数)以上の成分をフィルタで除去する。
【0056】
実施例2によれば、回転周波数以上の成分を除去するためのローパスフィルタやバンドパスフィルタが不要になる。
【実施例3】
【0057】
図9は、実施例3の電力変換装置10による回転機システムの異常を診断するフローチャートである。
図9におけるステップS100からステップS104、およびステップS107とステップS108は、
図2と同様である。
【0058】
実施例1および実施例2との相違点は、ステップS304からステップS307である。
【0059】
実施例3では、最初に、特徴量波形抽出部17が分析対象量としての電流ベクトルノルムもしくはトルク電流の直流成分を除去(減衰)する(ステップS304)。抽出した波形に基づいて異常度算出部18が、第1の異常度を算出する(ステップS305)。その後で、実施例1と同様に回転周波数推定部15で推定された回転周波数を受けて、特徴量波形抽出部17が回転周波数以上の成分をさらに除去(減衰)する(ステップS306)。そして、抽出した波形に基づいて異常度算出部18が第2の異常度を算出する(ステップS307)。
【0060】
第1の異常度は回転周波数成分の変化に感度があるため、回転機の偏心の度合いが悪化したのを検知できる。一方、第2の異常度は、実施例1または実施例2と同様に、軸受の全体的な摩擦変動の増加を主に検知できる。
【0061】
実施例3によれば、より幅広い回転機システムの異常を診断することができる。また、回転周波数が変化しても、抽出する周波数範囲を変更することで、回転周波数成分を拾わないようにできる。
【実施例4】
【0062】
図10は、実施例1から実施例3が適用される電力変換装置10、及び回転機システムを組み込んだポンプの概略図である。電力変換装置10と接続された回転機(モータ)30には、羽根車41が付いており、水などの液体を吸引・送出する。異常診断を実施するのは一定速・一定負荷で回転している時間帯が望ましいので、例えば1日の中で送水量が比較的安定する夜間などに診断を実行する。
【0063】
また、実施例1の電力変換装置10とは異なり、
図10では、電力変換装置10とネットワークなどで接続した計算機100を配置し、実施例1の異常度算出部18、故障予兆判定部、出力部19は、計算機100に備えるような構成としている。
【0064】
ポンプへの適用の他に、空気圧縮機、搬送テーブル、サーボプレス機や射出成形機等の工作機械、ファンといった、電力変換装置を組み込んだ回転機システムに、実施例1から実施例3は適用できる。
【0065】
上記の実施例における電力変換装置10は、汎用インバータ、サーボアンプ、DCBLコントローラなどの電力変換装置に適用できる。また、上記したような電力変換装置を組み込んだ回転機システムへ適用できるとともに、風力発電システム、ハイブリッド自動車、電気自動車、燃料電池車、鉄道車両などにも上記の実施例は適用可能である。
【符号の説明】
【0066】
10 電力変換装置
20 電源
30 回転機
31 軸受
40 負荷機械