IP Force 特許公報掲載プロジェクト 2022.1.31 β版

知財求人 - 知財ポータルサイト「IP Force」

▶ 三菱マテリアル電子化成株式会社の特許一覧

特許7198123ウエットシート及びこのウエットシートを用いた防油性塗膜の形成方法
<>
< >
(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2022-12-20
(45)【発行日】2022-12-28
(54)【発明の名称】ウエットシート及びこのウエットシートを用いた防油性塗膜の形成方法
(51)【国際特許分類】
   A47L 13/17 20060101AFI20221221BHJP
   C09K 3/00 20060101ALI20221221BHJP
【FI】
A47L13/17 A
C09K3/00 112E
【請求項の数】 3
(21)【出願番号】P 2019044117
(22)【出願日】2019-03-11
(65)【公開番号】P2020146132
(43)【公開日】2020-09-17
【審査請求日】2022-02-02
(73)【特許権者】
【識別番号】597065282
【氏名又は名称】三菱マテリアル電子化成株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100149548
【弁理士】
【氏名又は名称】松沼 泰史
(74)【代理人】
【識別番号】100175802
【弁理士】
【氏名又は名称】寺本 光生
(74)【代理人】
【識別番号】100142424
【弁理士】
【氏名又は名称】細川 文広
(74)【代理人】
【識別番号】100140774
【弁理士】
【氏名又は名称】大浪 一徳
(74)【代理人】
【識別番号】100085372
【弁理士】
【氏名又は名称】須田 正義
(74)【代理人】
【識別番号】100129229
【弁理士】
【氏名又は名称】村澤 彰
(72)【発明者】
【氏名】白石 真也
【審査官】新井 浩士
(56)【参考文献】
【文献】特開2017-193683(JP,A)
【文献】特開2016-074828(JP,A)
【文献】特開2016-074830(JP,A)
【文献】特開2002-173870(JP,A)
【文献】特開2018-197322(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
A47L 13/17
C09K 3/00-7/12
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
液組成物をシート母材に含浸したウエットシートにおいて、
前記液組成物が、親水撥油剤と、造膜剤と、溶媒とを含み、
前記親水撥油剤が、下記式(1)又は式(2)で表されるフッ素系化合物であり、前記造膜剤がポリアクリル酸であり、かつ前記溶媒が炭素数1~3の範囲にある1種又は2種以上のアルコール及び水であり、
前記フッ素系化合物と前記ポリアクリル酸と前記アルコールと前記水との質量比が、フッ素系化合物:ポリアクリル酸:アルコール:水=(0.001~0.1):(0.1~4):(25~55):(40~75)であり、
前記シート母材が30~100g/m2の目付と1~250cm3/cm2/secの通気度を有する不織布からなり、前記不織布の単位面積当り前記液組成物中のフッ素系化合物を0.01~50mg/m2の割合で含み、水分平衡状態の前記不織布に対して水分又は水とアルコールを併せた液分を1~50g/m2の割合で含有することを特徴とするウエットシート。
【化1】
【化2】
上記式(1)及び式(2)中、p、q及びrは、それぞれ同一又は互いに異なる1~6の整数であって、直鎖状又は分岐状であってもよい。また上記式(1)及び式(2)中、Xは、炭素数2~10の炭化水素基であって、エーテル結合、CO-NH結合、O-CO-NH結合及びスルホンアミド結合から選択される1種以上の結合を含んでいてもよい。また上記式(1)及び式(2)中、Yは、ベタイン構造である親水基である。
【請求項2】
前記不織布がポリプロピレン(PP)繊維、ポリエチレンテレフタレート(PET)繊維、ナイロン繊維、レーヨン繊維、パルプ繊維及びガラス繊維からなる群より選ばれた1種又は2種以上を混合した繊維からなり、前記不織布が複数枚積層されてなる請求項1記載のウエットシート。
【請求項3】
請求項1又は2記載のウエットシートを基材表面に沿って移動して前記基材表面に前記液組成物を塗布し、前記塗布した液組成物を乾燥することにより、前記基材表面に防油性の塗膜を形成する防油性塗膜の形成方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、液組成物中のフッ素系化合物の含有量を少なくしても、基材表面に沿って移動すると、基材表面に防油性の塗膜が形成されて、基材表面を撥油性にして、油汚れ防止に役立つウエットシート及びこのウエットシートを用いた防油性塗膜の形成方法に関する。
【背景技術】
【0002】
従来、この種のウエットシートとして、本出願人は、下記の一般式(24)で示される含窒素フッ素系化合物を0.1~10質量%、炭素数が1~4である1種又は2種以上のアルコールを4.9~80質量%、水を95~10質量%含有する液組成物をシート母材に含浸したウエットシートを提案した(特許文献1(請求項1、請求項2)参照。)。このシート母材は、30~100g/m2の目付と1~200cm3/cm2/secの通気度を有する不織布からなり、不織布の単位面積当り液組成物中の含窒素系フッ素系化合物を0.1~5.0g/m2の割合で含み、水分平衡状態の不織布100質量%に対して水分又は水とアルコールを併せた液分を1.0~50g/m2の割合で含有する。
【0003】
【化24】
【0004】
上記式(24)中、Rf1、Rf2は、それぞれ同一又は互いに異なる、炭素数1~6であって直鎖状又は分岐状のペルフルオロアルキル基である。また、Rf3は、炭素数1~6であって、直鎖状又は分岐状のペルフルオロアルキレン基である。また、Zは、ノニオン型、カチオン型、アニオン型及び両性型からなる群から選択されるいずれか1つの親水性賦与基である。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【文献】特開2018-197322号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
しかしながら、特許文献1に示されるウエットシートに含侵する液組成物は、造膜剤を含まず、式(24)で示される構造を持つ含窒素フッ素系化合物と溶媒のみであった。そのため、液組成物にフッ素系化合物を比較的多く含有させないと、親水性と撥油性の特性が発現した膜にならない課題があった。また液組成物中でのフッ素系化合物の含有量を減らそうとして、式(24)で示される構造を持つ含窒素フッ素系化合物と造膜剤とを組み合わせた場合、形成された膜に虹色の干渉縞が生じるため、良好な外観の膜が得にくい課題があった。そこで、この含窒素フッ素系化合物の代わりに新たなフッ素系化合物を用いてこの含有量を減らした液組成物により、良好な成膜性が得られるウエットシートが求められていた。
【0007】
本発明の目的は、液組成物中のフッ素系化合物の含有量を少なくしても、基材表面に沿って移動すると、基材表面に防油性の塗膜が形成されて、基材表面を撥油性にして、油汚れ防止に役立つウエットシート及びこのウエットシートを用いた防油性塗膜の形成方法を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0008】
本発明の第1の観点は、液組成物をシート母材に含浸したウエットシートにおいて、前記液組成物が、親水撥油剤と、造膜剤と、溶媒とを含み、前記親水撥油剤が、下記式(1)又は式(2)で表されるフッ素系化合物であり、前記造膜剤がポリアクリル酸であり、かつ前記溶媒が炭素数1~3の範囲にある1種又は2種以上のアルコール及び水であり、前記フッ素系化合物と前記ポリアクリル酸と前記アルコールと前記水との質量比が、フッ素系化合物:ポリアクリル酸:アルコール:水=(0.001~0.1):(0.1~4):(25~55):(40~75)であり、前記シート母材が30~100g/m2の目付と1~250cm3/cm2/secの通気度を有する不織布からなり、前記不織布の単位面積当り前記液組成物中のフッ素系化合物を0.01~50mg/m2の割合で含み、水分平衡状態の前記不織布に対して水分又は水とアルコールを併せた液分を1~50g/m2の割合で含有することを特徴とするウエットシートである。
【0009】
【化1】
【0010】
【化2】
【0011】
上記式(1)及び式(2)中、p、q及びrは、それぞれ同一又は互いに異なる1~6の整数であって、直鎖状又は分岐状であってもよい。また上記式(1)及び式(2)中、Xは、炭素数2~10の炭化水素基であって、エーテル結合、CO-NH結合、O-CO-NH結合及びスルホンアミド結合から選択される1種以上の結合を含んでいてもよい。また上記式(1)及び式(2)中、Yは、ベタイン構造である親水基である。
【0012】
本発明の第2の観点は、第1の観点に基づく発明であって、前記不織布がポリプロピレン(PP)繊維、ポリエチレンテレフタレート(PET)繊維、ナイロン繊維、レーヨン繊維、パルプ繊維及びガラス繊維からなる群より選ばれた1種又は2種以上を混合した繊維からなり、前記不織布が複数枚積層されてなるウエットシートである。
【0013】
本発明の第3の観点は、第1の観点又は第2の観点に基づくウエットシートで基材表面に沿って移動して前記基材表面に前記液組成物を塗布し、前記塗布した液組成物を乾燥することにより、前記基材表面に防油性の塗膜を形成する防油性塗膜の形成方法である。
【発明の効果】
【0014】
本発明の第1の観点のウエットシートでは、シート母材に含浸される液組成物中に、親水撥油剤であるフッ素系化合物と造膜剤であるポリアクリル酸と溶媒であるアルコール及び水とが、(0.001~0.1):(0.1~4):(25~55):(40~75)の質量比で含まれる。上記式(1)又は式(2)で示されるフッ素系化合物は、親水性でありながら、液組成物を含浸したウエットシートを基材表面に沿って移動した後に形成される基材表面の塗膜に防油性を付与する。また塗膜の外観を良好にする。造膜剤はフッ素系化合物の含有量を減らしても良好で均一な膜を形成し得る。炭素数1~3のアルコールは、フッ素系化合物を溶解して水溶性にする。水は、フッ素系化合物のアルコール溶液を希釈し、液組成物を含浸したウエットシートで基材表面に沿って移動したときにアルコールに起因する塗膜の速乾性を抑制し、フッ素系化合物液の基材表面への濡れ性を良好にする。
【0015】
特に上記式(1)又は式(2)で示されるフッ素系化合物は、特許文献1に示されるペルフルオロアミン構造のフッ素含有官能基成分を含む含窒素フッ素系化合物と異なり、フッ素含有官能基成分に窒素を含有しないペルフルオロエーテル構造のフッ素含有官能基成分を含むフッ素系化合物である。このフッ素系化合物を用いた場合、ペルフルオロアミン構造のように窒素原子を中心にペルフルオロ基が動きにくい構造であるのに対し、エーテル構造であって、酸素原子を中心にペルフルオロ基が動きやすい構造であるため、このフッ素系化合物を含む液組成物を含浸したウエットシートを基材表面に沿って移動すると、僅かなポリアクリル酸の量を含有した液組成物でも、その成膜性を良好にする。そして塗膜にたとえ油が付着しても、塗膜を構成するフッ素系化合物は親水性であるため、水となじみ易く、水を含ませた布等で払拭すると、油が付着した塗膜を簡単に除去することができる。
【0016】
本発明の第1の観点のウエットシートは、シート母材の不織布が所定の目付を有するため、不織布が分厚くなり過ぎず、その取扱いを容易にする。またウエットシートで基材表面に沿って移動したときに、ウエットシートに破れ等を生じさせずに一定の強度を具備する。またシート母材の不織布が所定の通気度を有するため、不織布に液組成物を接触させると液組成物が不織布内部に確実に浸透する。水分又は水とアルコールを併せた液分を不織布に所定量含有させることにより、重力で或いはウエットシートを握ったときに液組成物が不織布から滴り落ちることがなく、ウエットシートを基材表面に沿って移動したときに基材表面に液組成物を均一な厚さで塗工できる。また不織布に保有された液組成物中には、各成分が所定の割合で含まれているため、液組成物は基材表面に濡れ性良く広がり、形成された塗膜は防油性を発揮する。
【0017】
本発明の第2の観点のウエットシートでは、不織布がポリプロピレン(PP)繊維、ポリエチレンテレフタレート(PET)繊維、ナイロン繊維、レーヨン繊維、パルプ繊維及びガラス繊維からなる群より選ばれた1種又は2種以上を混合した繊維から構成されるため、保液性が良く、また基材表面に円滑に液組成物を塗布することができる。また不織布を積層体にすれば、液組成物の保液性がより高まり、広い面積を塗布しても、不織布の損傷が少なく耐久性に優れる。
【0018】
本発明の第3の観点の防油性の塗膜の形成方法では、上記ウエットシートで基材表面に沿って移動して基材表面に液組成物を塗布し、この塗布した液組成物を乾燥することにより、この塗膜が防油性を発揮し、基材表面の油汚れ防止に役立つ効果がある。
【発明を実施するための形態】
【0019】
次に本発明を実施するための形態を説明する。
【0020】
〔シート母材に含浸される液組成物〕
本実施形態のシート母材に含浸される液組成物(以下、単に液組成物という。)は、上記式(1)又は式(2)に示されるフッ素系化合物、ポリアクリル酸、炭素数1~3の範囲にある1種又は2種以上のアルコール及び水を混合して調製される。前述したように、このフッ素系化合物は形成した膜に親水撥油性を付与するために用いられ、ポリアクリル酸は上記液組成物で膜を形成するための造膜剤として用いられる。アルコールと水はフッ素系化合物及びポリアクリル酸をそれぞれ溶液化するために用いられる。
【0021】
上記液組成物におけるフッ素系化合物とポリアクリル酸とアルコールと水との混合時の割合は、質量比で(0.001~0.1):(0.1~4):(25~55):(40~75)であって、好ましくは(0.003~0.05):(0.2~3):(30~53):(43~69)である。本実施形態の特徴ある点は、フッ素系化合物の比率0.001~0.1は、特許文献1記載のフッ素系化合物の0.1~10質量%より少なくし、少なくした分だけ造膜剤であるポリアクリル酸を0.1~4の比率で含有したことにある。これにより、特許文献1記載のフッ素系化合物と異なり、本実施形態では、フッ素含有官能基成分に窒素を含有しない上記式(1)又は式(2)に示される酸素原子を中心にペルフルオロ基が動きやすいエーテル構造を有するフッ素系化合物を用いるため、僅かなポリアクリル酸の比率で、液組成物の粘度はそれほど低下せず、成膜性を悪化させない。
【0022】
上記液組成物におけるフッ素系化合物の含有量が下限値未満では形成した膜が親水撥油性に劣り防油膜を形成できない。上限値を超えると液組成物を塗布する基材への濡れ性が悪く成膜性が悪くなり、経済的でない。また成膜後にフッ素系化合物が粉状になって剥離し易くなり、膜の外観を悪化させる。また液組成物の安定性が悪化する。フッ素系化合物は、上述したように親水性もあるため、後述する不織布に水を容易に含浸させる役割がある。
【0023】
上記液組成物におけるポリアクリル酸の含有量が下限値未満では液組成物の粘度が低くなり過ぎ膜を形成しにくく、塗膜が防油性に劣る。上限値を超えると上記液組成物で形成された膜は、膜厚が可視光線の波長程度(100nm~800nm)である場合、液組成物を塗布した後の溶媒が揮発する乾燥過程でウエットシートの膜厚が薄い部位から徐々に揮発していくときに、膜に虹色の干渉縞を発生して、膜の外観を悪化させる。
【0024】
上記液組成物におけるアルコールの含有量が下限値未満ではフッ素系化合物が水に溶解しにくくかつフッ素系化合物が析出し易くなる。上限値を超えるとポリアクリル酸が析出し易くなるとともに、ウエットシートで基材表面に沿って移動したときの塗膜の乾燥速度が速くなり過ぎ、塗膜を均一に形成することができない。アルコールは、水では溶解しないフッ素系化合物を溶解させることを主目的とする。それ以外に、アルコールを不織布に含ませたときには、不織布における雑菌の繁殖を防ぎ、防臭防腐効果がある。
【0025】
上記液組成物における水の含有量が下限値未満ではポリアクリル酸が析出し易く、上限値を超えるとフッ素系化合物が析出し易くなる。また下限値未満ではアルコール分が多くなり、ウエットシートで液組成物に沿って移動したときの液膜の乾燥速度が速くなり過ぎ、同様に膜を均一に形成することができない。上限値を超えるとアルコール分が少なくなり、フッ素系化合物が溶解しにくくなる。この水としては、蒸留水、イオン交換水のような純水が好ましい。
【0026】
上記液組成物におけるフッ素系化合物の上記式(1)中のペルフルオロエーテル基としては、より具体的には、下記式(3)~(7)で示されるペルフルオロエーテル基を挙げることができる。
【0027】
【化3】
【0028】
【化4】
【0029】
【化5】
【0030】
【化6】
【0031】
【化7】
【0032】
上記液組成物におけるフッ素系化合物の上記式(2)中のペルフルオロエーテル基としては、より具体的には、下記式(8)~(11)で示されるペルフルオロエーテル基を挙げることができる。
【0033】
【化8】
【0034】
【化9】
【0035】
【化10】
【0036】
【化11】
【0037】
また、上記式(1)又は式(2)中のXとしては、下記式(12)~(16)で示される構造を挙げることができる。なお、下記式(12)はエーテル結合、下記式(13)はエステル結合、下記式(14)はアミド結合、下記式(15)はウレタン結合、下記式(16)はスルホンアミド結合を含む例を示している。
【0038】
【化12】
【0039】
【化13】
【0040】
【化14】
【0041】
【化15】
【0042】
【化16】
【0043】
ここで、上記式(12)~(16)中、R2及びR3は炭素数が0から10の炭化水素基、R4は水素原子または炭素数1から6の炭化水素基である。R2及びR3の炭化水素基の例とは、メチレン基、エチレン基等のアルキレン基が挙げられ、R4の炭化水素基の例とは、メチル基、エチル基等のアルキル基の他、フェニル基等も挙げられる。
【0044】
また、上記式(1)又は式(2)中のYとしては、ベタイン構造のカルボキシベタイン型、スルホベタイン型、アミンオキシド型、フォスフォベタイン型等の親水基が挙げられる。
【0045】
ここで、上記式(1)及び式(2)で表されるペルフルオロエーテル構造を有するフッ素系化合物の具体例としては、例えば、下記式(17)~(22)で表される構造が挙げられる。
【0046】
【化17】
【0047】
【化18】
【0048】
【化19】
【0049】
【化20】
【0050】
【化21】
【0051】
【化22】
【0052】
上記液組成物におけるポリアクリル酸は、アクリル酸を単量体の主成分(好ましくはアクリル酸が70モル%以上、より好ましくは90モル%以上、最も好ましくは実質的に100モル%)とする(共)重合体であって、具体的には水溶性ポリアクリル酸が例示される。これらポリアクリル酸はマレイン酸、p-スチレンスルホン酸等の他の単量体と共重合させてもよく、或いは澱粉やポリビニルアルコールなどの他の親水性ポリマーにグラフト重合させてもよい。このポリアクリル酸は、カルボキシル基の中和率が0%の完全酸型ポリアクリル酸であることが好ましく、その重量平均分子量(GPC-Mw)は、ポリスチレンに換算して1,000~250,000の範囲が好ましく、5,000~10,000の範囲がより好ましい。前記ポリアクリル酸は、市販品を使用してももちろん構わない。市販品としては、例えば商品名:アクアリックHL-415((株)日本触媒社製)、アクアリックAS-58((株)日本触媒社製)、アクアリックDL-40((株)日本触媒社製)等が挙げられる。
【0053】
上記液組成物における炭素数1~3の範囲にあるアルコールとしては、例えば、メタノール、エタノール、プロパノール(n-プロパノール、イソプロパノール)が挙げられる。炭素数が4以上のアルコールを用いると、上記フッ素系化合物のアルコールへの溶解性が良好でなくなる。本実施の形態の水としては、イオン交換水、蒸留水などの純水、又は超純水が挙げられる。
【0054】
また本実施形態の液組成物には防腐剤を含んでもよい。防腐剤としては、パラオキシ安息香酸エステル類、パラオキシ安息香酸エステルのナトリウム塩、安息香酸、安息香酸塩類、デヒドロ酢酸、デヒドロ酢酸塩類、ヒノキチオール、フェノキシエタノール等が挙げられる。
【0055】
〔液組成物の調製方法〕
本実施形態の液組成物は、ポリアクリル酸の水溶液と水とアルコールを所定量秤量した後、これらを混合して混合液を作り、この混合液にフッ素系化合物を添加し混合して調製する。
【0056】
〔ウエットシートの構成〕
本実施形態のウエットシートは、シート母材である不織布に上記液組成物を含浸して構成される。このシート母材は30~100g/m2の目付を有し、1~200cm3/cm2/secの通気度を有する不織布からなる。好ましい目付は、40~80g/m2であり、好ましい通気度は、10~180cm3/cm2/secである。この不織布の目付が30g/m2未満では強度が不足し、ウエットシートで基材表面に沿って移動したときに、不織布が破れ易くなる。この目付が100g/m2を超えると、不織布が分厚過ぎ、取扱いにくくなる。不織布の目付は、不織布を100mm×100mmのサイズに裁断し、裁断した不織布の温度25℃及び湿度50%における水分平衡状態(以下、単に水分平衡状態という。)の質量を測定し、1m2当りの目付質量に換算して求める。
【0057】
また不織布の通気度が1cm3/cm2/sec未満では、不織布に液組成物を接触させたときに、液組成物が不織布内部に浸透しにくく、所定量の液組成物を含浸しにくい。通気度が200cm3/cm2/secを超えると、液組成物を不織布に所定量含有させた後で、重力で或いはウエットシートを握ったときに液組成物が不織布から滴り落ち易い。不織布の通気度は、不織布を100mm×100mmのサイズに裁断し、裁断した不織布を水分平衡状態にして、JIS L 1096「一般織物試験方法」の「通気性A法(フラジール形法)」に準拠し、フラジール形試験機を用いて測定する。
【0058】
またウエットシートに含まれる水分又は水とアルコールを併せた液分は、液垂れを防ぎ、塗工ムラを防止する観点で、水分平衡状態の不織布に対して1.0~50g/m2の割合である。不織布が上記範囲の目付と通気度を有しかつ水分又は水とアルコールを併せた液分を上記範囲で含有することにより、ウエットシートにおいて液組成物が不織布から滴り落ちることなく、ウエットシートで基材表面に沿って移動すれば、基材表面に液組成物を均一な厚さの防油膜を形成することができる。また不織布には、不織布の単位面積当り液組成物中のフッ素系化合物を0.1~5.0g/m2の割合で各成分が所定の割合で含まれる。これにより液組成物は基材表面に濡れ性良く広がり、かつ形成された塗膜は防油性を発揮する。
【0059】
また不織布は、ポリプロピレン(PP)繊維、ポリエチレンテレフタレート(PET)繊維、ナイロン繊維、レーヨン繊維、パルプ繊維及びガラス繊維からなる群より選ばれた1種又は2種以上を混合した繊維から構成されることが好ましい。上記繊維から不織布を構成することで、保液性が良く、また基材表面に円滑に液組成物を塗布することができる。また複数枚の不織布を重ね合わせて縫合し積層体にすれば、液組成物の保液性がより高まり、広い面積を塗布しても、不織布の損傷が少なく耐久性に優れる。
【0060】
〔ウエットシートの製造方法〕
シート母材である不織布を所定のサイズに裁断する。次いで液組成物を不織布に接触させる。第一の方法は、一枚の不織布又は複数枚を重ね合わせた不織布積層体(以下、単に不織布という。)をパッド又は広口の容器に貯えた上記液組成物中に所定時間浸漬した後、液組成物から引上げ、脱液する。第二の方法は、不織布等に上記液組成物を所定量スプレーノズルから噴霧する。液組成物の液分を水分平衡状態の不織布に対して1.0~50g/m2の割合で不織布に含有させる。
【0061】
また別の方法として、液組成物の液分を水分平衡状態の不織布に対して1.0~50g/m2の割合で不織布に含むように、脱液後の不織布又は噴霧後の不織布を上プレスと下プレスの間に挟持した状態で加圧し、含液率を調整する。不織布が不織布積層体である場合、加圧することにより、下層の不織布から上層の不織布まで均一に液分を含浸させることができる。液組成物を不織布に含浸させたウエットシートを直ぐに使用に供しない場合には、水の蒸発とアルコールの揮発を防ぐために、一枚又は複数枚のウエットシートをアルミ蒸着を施した保湿容器又は保湿ケースに収納しておくことが好ましい。
【0062】
〔防油性塗膜の形成方法〕
防油性塗膜は、上記ウエットシートで基材表面に沿って移動して基材表面に上記液組成物を塗布する。基材としては、防油処理を必要とする金属材、プラスチック材、セラミック材、ガラス材、表面加工した木材、加工紙等が挙げられる。基材表面に塗布した液組成物を塗布後室温で放置して自然乾燥することにより、基材表面に防油性の塗膜を形成する。
【実施例
【0063】
次に本発明の実施例を比較例とともに詳しく説明する。
【0064】
〔実施例1~7及び比較例1~6の13種類のウエットシート用液組成物〕
実施例1~7及び比較例1~6のウエットシート用液組成物中のフッ素系化合物、ポリアクリル酸、アルコール及び水の組成割合を表1に示す。実施例1、7及び比較例1~4、6では、上述した式(17)で表されるフッ素系化合物を、実施例2では、上述した式(18)で表されるフッ素系化合物を、実施例3では、上述した式(19)で表されるフッ素系化合物を、実施例4では、上述した式(20)で表されるフッ素系化合物を、実施例5では、上述した式(21)で表されるフッ素系化合物を、実施例6では、上述した式(22)で表されるフッ素系化合物を、それぞれ用いた。比較例5では、特許文献1に示される下記の式(23)で表される含窒素フッ素系化合物を用いた。表1において、「混合アルコール」はエタノール85質量%、1-プロパノール10質量%、2-プロパノール5質量%の工業用アルコールである。
【0065】
【化23】
【0066】
【表1】
【0067】
<実施例1>
固形分45質量%のポリアクリル酸((株)日本触媒社製、商品名:アクアリックHL-415、重量平均分子量10,000、pH2)の水溶液0.11g(固形分ポリアクリル酸0.05g)と、蒸留水4.85gと、エタノール5.0gとを秤量し、これらを十分に混合した後、この混合液に上述した式(17)で表されるフッ素系化合物を0.04g添加し混合して、液組成物を調製した。
【0068】
<実施例2~7及び比較例1~6>
表1に示すようにフッ素系化合物の種類と添加量を変え、ポリアクリル酸の種類と添加量を変え、アルコールの種類と添加量を変え、水の添加量を変えた以外、実施例1と同様にして、実施例2~7及び比較例1~6の各ウエットシート用の液組成物を調製した。比較例5では、ポリアクリル酸を添加しなかった。
【0069】
〔試験例1~11及び比較試験例1~9の20種類のウエットシート〕
試験例1~11及び比較試験例1~9の20種類のウエットシートを構成する液組成物、母材シートである不織布及び不織布に液組成物を含浸した後の処理の詳細を表2に示す。
【0070】
【表2】
【0071】
<試験例1>
試験例1のウエットシートでは、先ず100mm×100mmに裁断した目付60g/m2、厚さ0.3mm、通気度150cm3/cm2/secのPET繊維とパルプ繊維を混合した不織布(水分含有率:0.1%未満)を用意した。実施例1の液組成物をパッドに貯え、そこに前記不織布を30秒間浸漬した。次いでパッドから不織布を引き上げ、吊り下げて脱液して、目的物を得た。不織布の液含侵前の質量と液含侵後の不織布の質量差から液組成物の液分含有量を算出したところ、40g/m2であったため、液組成より、フッ素系化合物の含有量を算出したところ8.00mg/m2であった。
【0072】
<試験例2~11及び比較試実施例1~9>
試験例2~11及び比較試実施例1~9のウエットシートでは、表2に示す目付と通気度と材質を有する母材シートをそれぞれ用意した。表2に示すように、実施例1~7及び比較例1~6の液組成物を実施例1と同一のパッドに貯え、そこに前記不織布を30秒間浸漬した。次いでパッドから不織布を引き上げて、目的物を得た。表2に液分含有量とフッ素系化合物量の結果を示した。
【0073】
<比較試験及び評価>
試験例1~11及び比較試験例1~9の20種類のウエットシートを手に持って、厚さ1mm、たて150mm、よこ70mmのSUS304基板を垂直に立てた状態にしてから、SUS304基板の表面全体に沿って移動し、温度25℃で乾燥して基板表面に塗膜を形成した。上記20種類の塗膜の外観と塗膜形成直後の塗膜表面の防油性を調べた。また調理の際に発生する油蒸気を導くレンジフードに沿って移動した後の油の付着量とその油汚れを水を含ませた布で払拭したときの清掃性について調べた。これらの結果を表3に示す。
【0074】
【表3】
【0075】
(1) 塗膜の外観(SUS304基板)
得られた塗膜を目視により、塗膜に筋が発生しているか否か、また塗膜全体にわたって虹色の干渉縞が発生しているか否か、更に塗膜に粉吹きがあるか否かを調べた。塗膜に筋、干渉縞及び粉吹きが発生していないものは「優秀」とし、塗膜に筋、干渉縞又は粉吹きのいずれかがごく一部に発生している場合を「良好」とし、塗膜に筋、干渉縞又は粉吹きのいずれかがまだらに発生しているものを「やや不良」とし、塗膜に筋、干渉縞又は粉吹きのいずれかが全面的に発生しているものを「不良」とした。
【0076】
(2) 塗膜表面の水濡れ性(水接触角)
協和界面科学製ドロップマスターDM-700を用いて、シリンジに22℃±1℃のイオン交換水を準備し、シリンジの針の先端から2μLの液滴を飛び出した状態にする。次いで評価するSUS304基板上の塗膜をこの液滴に近づけて塗膜に液滴を付着させる。この付着した水の接触角を測定した。静止状態で水が膜表面に触れた1秒後の接触角をθ/2法により解析した値を水の接触角とし、塗膜表面の水濡れ性(親水性)を評価した。
【0077】
(3) 塗膜表面の撥油性(HD接触角)
協和界面科学製ドロップマスターDM-700を用いて、シリンジに22℃±1℃のn-ヘキサデカン(以下、油という。)を準備し、シリンジの針の先端から2μLの液滴を飛び出した状態にする。次いで評価するSUS304基板上の塗膜をこの液滴に近づけて塗膜に液滴を付着させる。この付着した油の接触角を測定した。静止状態で油が塗膜表面に触れた1秒後の接触角をθ/2法により解析した値を油の接触角とし、塗膜表面の撥油性を評価した。
【0078】
(4) 油汚れの状況
20種類のウエットシートを手に持って、厨房の清浄なレンジフード内面に沿って移動し、室温で自然乾燥し、防油性の塗膜を形成した。なお、比較のために、一部分を塗布しない箇所にした。レンジフードの下方で毎日0.5時間油蒸気を発生させ、30日経過後のレンジフード内面における油の付着状況を目視で調べた。未塗布箇所と比較し、明らかに油付着量が少ない場合を「極少量」とした。塗膜にべとつき感がある場合を「少量」とした。塗膜に明らかにべとつきがある場合を「多量」とした。油が付着している箇所と付着していない箇所がまだらの状態で一部にべとつきがある場合を「一部箇所多量」とした。
【0079】
(5) 油汚れの清掃性
上記(4)で、30日経過後のレンジフード内面に付着した油汚れを水を含ませた布で払拭したときに、その油汚れが落ちるか否かの清掃性を調べた。水を含ませた布で払拭したときに、油汚れ試験前と同程度の清浄度を有する場合を「良好」と判定し、清掃後も油のべとつき感がある場合を「やや不良」とし、明らかにべとつきがある場合を「不良」とした。
【0080】
表3から明らかなように、比較試験例1では、接触角は良好な値を示したが、ポリアクリル酸の割合が5質量%と多過ぎた比較例1の液組成物を用いたため、塗膜に干渉縞を発生して、塗膜の外観が不良であった。また比較試験例2では、接触角はやや良好な値を示したが、ポリアクリル酸の割合が0.05質量%と少な過ぎた比較例2の液組成物を用いたため、塗膜が防油性に劣り、水拭きで油汚れが若干残り、清掃性がやや不良であった。
【0081】
比較試験例3では、接触角は良好な値を示したが、フッ素系化合物の割合が0.11質量%と多過ぎた比較例3の液組成物を用いたため、液組成物の成膜性が悪く、塗膜に粉吹きが発生し、塗膜の外観が不良であった。比較試験例4では、フッ素系化合物の割合が0.0005質量%と少な過ぎた比較例4の液組成物を用いたため、接触角の値が悪く、形成した膜が親水撥油性に劣り防油膜を形成できず、水拭きで油汚れが多量に残り、清掃性が不良であった。
【0082】
比較試験例5では、フッ素系化合物がペルフルオロアミン構造のフッ素含有官能基成分を含む含窒素フッ素系化合物であって、フッ素系化合物が1質量%含まれるもののポリアクリル酸を含有しない液組成物を用いたため、接触角の値が悪く、膜が親水撥油性に劣り防油膜を形成できず、水拭きで油汚れが多量に残り、清掃性が不良であった。
【0083】
比較試験例6では、接触角は良好な値を示したが、アルコールの割合が20質量%と少な過ぎかつ水の割合が79.48質量%と多過ぎた比較例6の液組成物を用いたため、フッ素系化合物が水に溶解しにくく塗膜に粉吹きが発生し、塗膜の外観が不良であった。清掃性はやや不良であった。
【0084】
比較試験例7では、接触角は良好な値を示したが、不織布の目付が20g/m2と小さ過ぎ、通気度が300cm3/cm2/secと高過ぎたため、ウエットシートを基板表面に沿って移動させたときに、ウエットシートが破れたうえ、塗膜がまだら状に形成された。塗膜の外観が不良であり、清掃性はやや不良であった。
【0085】
比較試験例8では、接触角は良好な値を示したが、不織布の液分の含有量が70g/m2と多過ぎたため、液組成物が不織布から滴り落ちて、SUS304基板表面に液組成物を均一な厚さの防油膜を形成できなかった。この結果、実用に適さず、塗膜の外観が不良であり、清掃性はやや不良であった。
【0086】
比較試験例9では、接触角は良好な値を示したが、不織布の目付が150g/m2と大き過ぎ、通気度が0.5cm3/cm2/secと低過ぎたため、不織布が分厚く硬かったので、基板との接触が悪かった。この結果、塗膜の外観がやや不良であり、塗膜がまだら状に形成された。清掃性はやや不良であった。
【0087】
これに対して、試験例1~11では、ウエットシートが、本発明第1の観点に示されるフッ素系化合物の親水撥油剤と、ポリアクリル酸の造膜剤と、溶媒とを所定の割合で含んだ液組成物をシート母材に含浸しており、かつ不織布の目付量、通気度、フッ素化合物量、液含有量が本発明第1の観点のウエットシートの要件を満たしているため、SUS304基板にて、良好な結果が得られた。また30日経過後のレンジフードでの試験にて、油付着量が未塗布箇所と比較して極めて少なく、清掃性も良好であった。更に本発明のフッ素化合物は、親水性もあるため、水となじみやすく、水を含んだ布で簡単に油汚れを除去することができた。
【産業上の利用可能性】
【0088】
本発明のウエットシート用液組成物を含浸したウエットシートは、機械油を使用する工場、油が飛散する厨房、油蒸気が立ちこめるレンジフード等において、油汚れを防止する分野並びに油汚れした箇所を清浄にする分野で用いられる。