(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2022-12-20
(45)【発行日】2022-12-28
(54)【発明の名称】エージング用プログラム及びエージング装置
(51)【国際特許分類】
H01M 8/04537 20160101AFI20221221BHJP
H01M 8/04858 20160101ALI20221221BHJP
H01M 8/04828 20160101ALI20221221BHJP
H01M 8/04746 20160101ALI20221221BHJP
H01M 8/04791 20160101ALI20221221BHJP
H01M 8/10 20160101ALI20221221BHJP
【FI】
H01M8/04537
H01M8/04858
H01M8/04828
H01M8/04746
H01M8/04791
H01M8/10 101
(21)【出願番号】P 2019062170
(22)【出願日】2019-03-28
【審査請求日】2021-09-03
(73)【特許権者】
【識別番号】000003609
【氏名又は名称】株式会社豊田中央研究所
(73)【特許権者】
【識別番号】000003207
【氏名又は名称】トヨタ自動車株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100110227
【氏名又は名称】畠山 文夫
(72)【発明者】
【氏名】梶谷 修司
(72)【発明者】
【氏名】兒玉 健作
(72)【発明者】
【氏名】山田 春彦
(72)【発明者】
【氏名】佐藤 克己
(72)【発明者】
【氏名】久米井 秀之
(72)【発明者】
【氏名】野本 重光
【審査官】笹岡 友陽
(56)【参考文献】
【文献】特開2018-129155(JP,A)
【文献】特開2017-208299(JP,A)
【文献】特開2017-079194(JP,A)
【文献】特開2005-259526(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
H01M 8/04537
H01M 8/04858
H01M 8/04828
H01M 8/04746
H01M 8/04791
H01M 8/10
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
コンピュータに以下の手順を実行させるためのエージング用プログラム。
(A)固体高分子形燃料電池スタックのアノードに対して、アノードガスとして不活性ガス(A)を供給し、前記固体高分子形燃料電池スタックのカソードに対して、カソードガスとして不活性ガス(B)を供給する手順A。
(B)前記アノード/前記カソード間が短絡されたか否かを検出する手順B。
(C)前記アノード/前記カソード間の短絡が検出された後、前記アノードガスを前記不活性ガス(A)から還元剤に切り替える手順C。
(D)前記不活性ガス(B)に酸化剤を混入させ、前記カソードガス中の酸素濃度を連続的又は段階的に上昇させる手順D。
(E)前記カソードガス中の酸素濃度が所定の濃度に到達した後、前記アノード側は相対湿度が100%未満である低加湿状態となり、かつ、前記カソード側は相対湿度が100%超である過加湿状態となる湿度条件下において、発電を行う手順E。
【請求項2】
前記手順E時の平均セル電圧は、0V以上+0.6V以下であり、電流密度は0A/cm
2超である請求項1に記載のエージング用プログラム。
【請求項3】
前記手順E時の前記アノードガスの相対湿度は、80%未満である請求項1又は2に記載のエージング用プログラム。
【請求項4】
前記手順E時の前記カソードガスの相対湿度は、150%以上である請求項1から3までのいずれか1項に記載のエージング用プログラム。
【請求項5】
前記手順E時の電流密度は、0.5A/cm
2以上である請求項1から4までのいずれか1項に記載のエージング用プログラム。
【請求項6】
前記手順A以前又はそれより後の手順において、前記アノード側が前記低加湿状態となり、前記カソード側が前記過加湿状態となるように、前記アノードガス及び前記カソードガスの加湿を行う手順Fをさらに備えている請求項1から5までのいずれか1項に記載のエージング用プログラム。
【請求項7】
以下の構成を備えたエージング装置。
(1)前記エージング装置は、
固体高分子形燃料電池スタックのアノードに対して、アノードガスとして還元剤を供給するための還元剤供給装置と、
前記アノードに対して、前記アノードガスとして不活性ガス(A)を供給するための不活性ガス(A)供給装置と、
前記アノードガスを加湿するための第1加湿器と、
前記固体高分子形燃料電池スタックのカソードに対して、カソードガスとして酸化剤を供給するための酸化剤供給装置と、
前記カソードに対して、前記カソードガスとして不活性ガス(B)を供給するための不活性ガス(B)供給装置と、
前記カソードガスを加湿するための第2加湿器と、
前記固体高分子形燃料電池スタックの短絡を検知するための短絡検知器と、
前記エージング装置の動作を制御するための制御装置と
を備えている。
(2)前記制御装置には、請求項1から6までのいずれか1項に記載のエージング用プログラムが格納されている。
【請求項8】
前記固体高分子形燃料電池スタックを一定の温度に保持するための恒温器をさらに備えている請求項7に記載のエージング装置。
【請求項9】
コンピュータに以下の手順を実行させるためのエージング用プログラム。
(E’)充放電装置を用いて、固体高分子形燃料電池スタックの電流及び電圧を制御しながら、前記固体高分子形燃料電池スタックのアノード及びカソードに、それぞれ、アノードガス及びカソードガスとして還元剤及び酸化剤を供給し、
前記アノード側は相対湿度が
80%未満である低加湿状態となり、かつ、前記カソード側は相対湿度が
150%以上である過加湿状態となる湿度条件
下、及び、
平均セル電圧が-0.2V以上+0.1V未満であり、電流密度が0.5A/cm
2
以上である条件下
において発電を行う手順E’。
【請求項10】
前記手順E’以前において、前記アノード側が前記低加湿状態となり、前記カソード側が前記過加湿状態となるように、前記アノードガス及び前記カソードガスの加湿を行う手順F’をさらに備えている
請求項9に記載のエージング用プログラム。
【請求項11】
前記手順E’より前において、前記アノードガスとして不活性ガス(A)を供給し、前記カソードガスとして不活性ガス(B)を供給する手順A’
をさらに備えた
請求項9又は10に記載のエージング用プログラム。
【請求項12】
以下の構成を備えたエージング装置。
(1)前記エージング装置は、
固体高分子形燃料電池スタックのアノードに対して、アノードガスとして還元剤を供給するための還元剤供給装置と、
前記アノードガスを加湿するための第1加湿器と、
前記固体高分子形燃料電池スタックのカソードに対して、カソードガスとして酸化剤を供給するための酸化剤供給装置と、
前記カソードガスを加湿するための第2加湿器と、
前記固体高分子形燃料電池スタックの電圧及び電流を制御するための充放電装置と、
前記固体高分子形燃料電池エージング装置の動作を制御するための制御装置と
を備えている。
(2)前記制御装置には、
請求項9又は10に記載のエージング用プログラムが格納されている。
【請求項13】
前記固体高分子形燃料電池スタックを一定の温度に保持するための恒温器をさらに備えている
請求項12に記載のエージング装置。
【請求項14】
前記アノードに対して、前記アノードガスとして不活性ガス(A)を供給するための不活性ガス(A)供給装置と、
前記カソードに対して、前記カソードガスとして不活性ガス(B)を供給するための不活性ガス(B)供給装置と
をさらに備え、
前記制御装置には、
請求項11に記載のエージング用プログラムが格納されている
請求項12又は13に記載のエージング装置。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、エージング用プログラム及びエージング装置に関し、さらに詳しくは、簡素で安全な設備で、かつ、セルにダメージを与えることなく固体高分子形燃料電池のエージングを行うことが可能なエージング用プログラム、及び、これを備えたエージング装置に関する。
【背景技術】
【0002】
固体高分子形燃料電池は、電解質膜の両面に触媒層を含む電極が接合された膜電極接合体(Membrane Electrode Assembly,MEA)を備えている。電極は、一般に、触媒層と拡散層の2層構造を取る。MEAの両面には、さらに、ガス流路を備えた集電体(セパレータ)が配置される。固体高分子形燃料電池は、通常、このようなMEAと集電体からなる単セルが複数個積層された構造(燃料電池スタック)を備えている。
【0003】
製造直後の固体高分子形燃料電池は、電解質膜や触媒層内電解質の含水率不足、触媒表面への被毒物質の吸着などの製造不良以外の原因により、設計通りの性能が得られないことが知られている。そのため、製造直後の固体高分子形燃料電池に対して、出荷検査を行う前に、慣らし運転(「エージング」、「コンディショニング」、「活性化」などとも呼ばれている)が行われている。しかしながら、慣らし運転には長時間を要するため、燃料電池の生産速度を上げる上でボトルネックとなっている。
【0004】
そこでこの問題を解決するために、従来から種々の提案がなされている。
例えば、特許文献1には、カソード触媒の被毒物質の除去を目的とするものではないが、固体高分子形燃料電池のカソードに温水を供給し、アノードに空気を供給するエージング方法が開示されている。
同文献には、
(A)組立直後の固体高分子型燃料電池は、電解質膜の含水量が十分でないため、初期発電性能が低くなっている点、
(B)カソード側にのみ温水を供給することにより、電解質膜中に水を効率的、かつ、迅速に導入することができる点、
(C)アノード側に空気を流すことにより、アノードに不活性ガスや水素ガスを供給する場合に発生していた電位差を有効に抑制することが可能となる点、及び、
(D)セル電圧端子又はスタック電圧端子を短絡させる短絡回路を備えている場合には、燃料電池内での電位差(腐食電位)の発生を確実に阻止することができる点
が記載されている。
【0005】
さらに、非特許文献1には、燃料電池単セルにおいて、両極を短絡させた状態で、アノードに相対湿度が100%である水素を供給し、カソードに相対湿度が100%である空気又は酸素を供給するエージング方法が開示されている。
【0006】
特許文献1に記載の方法は、乾燥している電解質膜を速やかに含水状態にするための方法であり、カソード触媒の被毒物質を除去する効果に乏しい。すなわち、特許文献1の方法は、カソードにおいて水は生成しておらず、電位も不純物除去が効果的に進む範囲内にないため、被毒物質の除去効率が低い。
【0007】
一方、非特許文献1には、両極を短絡した状態で電極反応を生じさせるエージング方法が開示されている。同文献に記載の方法を用いると、空気極触媒の表面に吸着している被毒物質をある程度除去することができる。しかし、カソードの相対湿度が100%であるため、被毒物質の除去効果が低い。
【0008】
また、非特許文献1では、アノードに相対湿度100%のガスを供給しているために、アノード側での水詰まりが起きやすい。エージング中にアノードで水詰まりが発生した場合において、非特許文献1に記載されているように、燃料電池が単セルである時には、単に発電不能となるだけである。しかしながら、燃料電池がスタック(積層セル)である場合において、特定の単セルで水詰まりが発生し、水素欠運転状態に陥った時には、他のセルが電源となる形で水素欠セルに強制的に電流が流れる。その結果、水素欠セルにおいてアノードの担体カーボンが酸化し、電極の性能が低下するという問題がある。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0009】
【非特許文献】
【0010】
【文献】Journal of Power Source Vol. 205(2012)p.340-344
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0011】
本発明が解決しようとする課題は、固体高分子形燃料電池のカソード触媒の表面に吸着している被毒物質を効率的に除去することが可能なエージング用プログラムを提供することにある。
また、本発明が解決しようとする他の課題は、このようなエージング用プログラムを備えたエージング装置を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0012】
上記課題を解決するために本発明に係る第1のエージング用プログラムは、コンピュータに以下の手順を実行させるためのものからなる。
(A)固体高分子形燃料電池スタックのアノードに対して、アノードガスとして不活性ガス(A)を供給し、前記固体高分子形燃料電池スタックのカソードに対して、カソードガスとして不活性ガス(B)を供給する手順A。
(B)前記アノード/前記カソード間が短絡されたか否かを検出する手順B。
(C)前記アノード/前記カソード間の短絡が検出された後、前記アノードガスを前記不活性ガス(A)から還元剤に切り替える手順C。
(D)前記不活性ガス(B)に酸化剤を混入させ、前記カソードガス中の酸素濃度を連続的又は段階的に上昇させる手順D。
(E)前記カソードガス中の酸素濃度が所定の濃度に到達した後、前記アノード側は相対湿度が100%未満である低加湿状態となり、かつ、前記カソード側は相対湿度が100%超である過加湿状態となる湿度条件下において、発電を行う手順E。
【0013】
本発明に係る第1のエージング装置は、以下の構成を備えている。
(1)前記エージング装置は、
固体高分子形燃料電池スタックのアノードに対して、アノードガスとして還元剤を供給するための還元剤供給装置と、
前記アノードに対して、前記アノードガスとして不活性ガス(A)を供給するための不活性ガス(A)供給装置と、
前記アノードガスを加湿するための第1加湿器と、
前記固体高分子形燃料電池スタックのカソードに対して、カソードガスとして酸化剤を供給するための酸化剤供給装置と、
前記カソードに対して、前記カソードガスとして不活性ガス(B)を供給するための不活性ガス(B)供給装置と、
前記カソードガスを加湿するための第2加湿器と、
前記固体高分子形燃料電池スタックの短絡を検知するための短絡検知器と、
前記固体高分子形燃料電池エージング装置の動作を制御するための制御装置と
を備えている。
(2)前記制御装置には、本発明に係る第1のエージング用プログラムが格納されている。
【0014】
本発明に係る第2のエージング用プログラムは、コンピュータに以下の手順を実行させるためのものからなる。
(E’)充放電装置を用いて、固体高分子形燃料電池スタックの電流及び電圧を制御しながら、前記固体高分子形燃料電池スタックのアノード及びカソードに、それぞれ、アノードガス及びカソードガスとして還元剤及び酸化剤を供給し、
前記アノード側は相対湿度が100%未満である低加湿状態となり、かつ、前記カソード側は相対湿度が100%超である過加湿状態となる湿度条件下において、発電を行う手順E’。
【0015】
さらに、本発明に係る第2のエージング装置は、以下の構成を備えている。
(1)前記エージング装置は、
固体高分子形燃料電池スタックのアノードに対して、アノードガスとして還元剤を供給するための還元剤供給装置と、
前記アノードガスを加湿するための第1加湿器と、
前記固体高分子形燃料電池スタックのカソードに対して、カソードガスとして酸化剤を供給するための酸化剤供給装置と、
前記カソードガスを加湿するための第2加湿器と、
前記固体高分子形燃料電池スタックの電圧及び電流を制御するための充放電装置と、
前記固体高分子形燃料電池エージング装置の動作を制御するための制御装置と
を備えている。
(2)前記制御装置には、本発明に係る第2のエージング用プログラムが格納されている。
【発明の効果】
【0016】
固体高分子形燃料電池スタックのカソード側に過加湿の酸化剤を供給した状態で、所定の条件下で発電を行うと、カソード触媒に吸着している被毒物質が生成水により効率的に除去される。さらに、エージング時にアノード側に低加湿の還元剤を供給すると、水詰まりによる水素欠運転状態が起きにくくなる。そのため、一部のセルに性能低下を生じさせることなく、効率的にエージングを行うことができる。
【0017】
また、エージングは、平均セル電圧がゼロV近傍にある状態(換言すれば、両極間が短絡しているに等しい状態)で行うことが好ましい。
このような状態にする方法としては、例えば、
(a)両極間を導電性材料で物理的に短絡させる方法、
(b)充放電装置を用いて電流及び電圧を制御し、短絡に近い状態を再現する方法
などがある。
特に、両極間を短絡させる方法は、スタックの急速な発熱を防止するための追加の工程が必要となるが、大型設備を必要としないので、低コストであり、汎用性も高い。
【図面の簡単な説明】
【0018】
【
図1】本発明の第1の実施の形態に係るエージング装置の模式図である。
【
図2】本発明の第1の実施の形態に係るエージング用プログラムのフロー図である。
【
図3】本発明の第2の実施の形態に係るエージング装置の模式図である。
【
図4】本発明の第2の実施の形態に係るエージング用プログラムのフロー図である。
【0019】
【
図8】アノードの相対湿度を40%、100%、又は230%(カソードの相対湿度は230%に固定)とし、電流密度を4A/cm
2に保持した時のセル電圧の時間変化である。
【
図9】カソードの相対湿度を230%、アノードの相対湿度を40%とし、電流密度を3.3A/cm
2に保持した時のセル電圧の時間変化である。
【0020】
【
図10】カソードの相対湿度を230%、アノードの相対湿度を50%とし、電流密度を3.3A/cm
2に保持した時のセル電圧の時間変化である。
【
図11】カソードの相対湿度を230%、アノードの相対湿度を60%とし、電流密度を3.3A/cm
2に保持した時のセル電圧の時間変化である。
【
図12】カソードの相対湿度を230%、アノードの相対湿度を70%とし、電流密度を3.3A/cm
2に保持した時のセル電圧の時間変化である。
【0021】
【
図13】カソードの相対湿度を230%、アノードの相対湿度を80%とし、電流密度を3.3A/cm
2に保持した時のセル電圧の時間変化である。
【
図15】カソード過加湿時のエージング効果の電流密度依存性である。
【
図16】各種エージングによるセル性能の変化である。
【発明を実施するための形態】
【0022】
以下、本発明の一実施の形態について詳細に説明する。
[1. エージング装置(1)]
図1に、本発明の第1の実施の形態に係るエージング装置の模式図を示す。
図1において、エージング装置10aは、
固体高分子形燃料電池スタック12(以下、単に「スタック12」ともいう)を一定の温度に保持するための恒温器14と、
スタック12のアノードに対して、アノードガスとして還元剤を供給するための還元剤供給装置16と、
アノードに対して、アノードガスとして不活性ガス(A)を供給するための不活性ガス(A)供給装置18と、
アノードガスを加湿するための第1加湿器20と、
スタック12のカソードに対して、カソードガスとして酸化剤を供給するための酸化剤供給装置22と、
カソードに対して、カソードガスとして不活性ガス(B)を供給するための不活性ガス(B)供給装置24と、
カソードガスを加湿するための第2加湿器26と、
スタック12の短絡を検知するための短絡検知器28と、
エージング装置10aの動作を制御するための制御装置30と
を備えている。
【0023】
[1.1. 固体高分子形燃料電池スタック]
固体高分子形燃料電池スタック12は、エージング装置10aによりエージング処理が行われる対象物である。スタック12は、一般に、MEAと集電体からなる単セルの積層体からなる。また、MEAは、一般に、電解質膜の両面に触媒層を含む電極が接合されたものからなる。さらに、電極は、一般に、触媒層と拡散層の2層構造を取る。本発明において、スタック12の構造や構成材料は、特に限定されない。
【0024】
エージングが実行されるスタック12は、製造直後のスタックであっても良く、あるいは、経時劣化したスタックであっても良い。すなわち、本発明において「エージング」というときは、広義のエージングをいい、製造直後のスタックの活性化(狭義のエージング)だけでなく、経時劣化したスタックの性能を回復させるための再生処理(リフレッシュ)も含まれる。
【0025】
本実施の形態において、エージングは、スタック12を短絡させた状態で行われる。短絡は、具体的には、スタック12の両極、又は、スタック12に含まれる各単セルの両極を導電性材料で連結することにより行われる。
このような短絡は、スタック12に予め短絡回路12aを設置しておき、又は、スタック12に短絡回路12aを外付けし、制御装置30からの制御信号により短絡回路12aを操作することにより行っても良い。
あるいは、短絡は、作業者が手作業により、短絡用の器具をスタック12の両極に連結することにより行っても良い。
【0026】
[1.2. 恒温器]
恒温器14は、スタック12を一定の温度に維持するためのものである。恒温器14の温度制御は、制御装置30によって行われる。恒温器14は、必ずしも必要ではないが、恒温器14を用いてスタック12の温度を一定に保つと、スタック12の温度が過度に低下することによるエージング効率の低下、あるいは、スタック12の温度が過度に上昇することによるスタック12の損傷を抑制することができる。
本発明において、恒温槽14の構造は、スタック12を一定の温度に維持可能なものである限りにおいて、特に限定されない。
【0027】
[1.3. 還元剤供給装置]
還元剤供給装置16は、スタック12のアノードに対して、アノードガスとして還元剤を供給するためのものである。還元剤供給装置16の出口は、第1開閉弁32aを介して第1加湿器20の入口に接続されている。第1開閉弁32aの開閉制御は、制御装置30によって行われる。
本実施の形態において、還元剤供給装置16の構造は、アノードに対して所定量の還元剤を供給可能なものである限りにおいて、特に限定されない。還元剤には、通常、水素ガスが用いられる。
【0028】
[1.4. 不活性ガス(A)供給装置]
不活性ガス(A)供給装置18は、スタック12のアノードに対して、アノードガスとして不活性ガス(A)を供給するためのものである。不活性ガス(A)供給装置18の出口は、第2開閉弁32bを介して第1加湿器20の入口に接続されている。第2開閉弁32bの開閉制御は、制御装置30により行われる。
本実施の形態において、不活性ガス(A)供給装置18の構造は、アノードに対して所定量の不活性ガス(A)を供給可能なものである限りにおいて、特に限定されない。不活性ガス(A)には、通常、窒素ガス、Arガスなどが用いられる。
【0029】
本実施の形態において、スタック12のエージングは、スタック12の両極を短絡した状態で行われる。この時、スタック12内に燃料及び酸化剤が残存している状態で両極を短絡させると、急激に電流が流れ、スタック12が急速に発熱するおそれがある。本実施の形態においては、これを回避するために、スタック12の両極を短絡する前に、アノードを不活性ガス(A)で置換することが行われる。
なお、不活性ガス(A)供給装置18は、還元剤供給装置16から供給される還元剤を不活性ガス(A)で希釈し、アノードガス中の還元剤の濃度を調整するために用いても良い。
【0030】
[1.5. 第1加湿器]
第1加湿器20は、アノードガスを加湿するためのものである。第1加湿器20の出口は、スタック12のアノードの入口に接続されている。第1加湿器20の制御は、制御装置30によって行われる。
本実施の形態において、第1加湿器20の構造は、アノードガスの湿度を所定の値に維持することが可能なものである限りにおいて、特に限定されない。
【0031】
後述するように、本実施の形態に係るエージングは、(A)不活性ガス置換、(B)両極の短絡、(C)アノードへの還元剤供給、(D)カソードガス中の酸素濃度の段階的又は連続的上昇、及び、(E)所定条件下での発電(エージング)、の順に行われる。アノードガスの加湿は、少なくともエージングの段階(手順E)において行えば良いが、手順A以前、又は、手順A~手順Dのいずれかの段階から加湿を行っても良い。
【0032】
[1.6. 酸化剤供給装置]
酸化剤供給装置22は、スタック12のカソードに対して、カソードガスとして酸化剤を供給するためのものである。酸化剤供給装置22の出口は、第3開閉弁32cを介して第2加湿器26の入口に接続されている。第3開閉弁32cの開閉制御は、制御装置30によって行われる。
本実施の形態において、酸化剤供給装置22の構造は、カソードに対して所定量の酸化剤剤を供給可能なものである限りにおいて、特に限定されない。酸化剤には、通常、空気、酸素ガスなどが用いられる。
【0033】
[1.7. 不活性ガス(B)供給装置]
不活性ガス(B)供給装置24は、スタック12のカソードに対して、カソードガスとして不活性ガス(B)を供給するためのものである。不活性ガス(B)供給装置24の出口は、第4開閉弁32dを介して第2加湿器26の入口に接続されている。第4開閉弁32dの開閉制御は、制御装置30により行われる。
本実施の形態において、不活性ガス(B)供給装置24の構造は、カソードに対して所定量の不活性ガス(B)を供給可能なものである限りにおいて、特に限定されない。不活性ガス(B)には、通常、窒素ガス、Arガスなどが用いられる。
【0034】
上述したように、本実施の形態において、スタック12のエージングは、スタック12の両極を短絡した状態で行われる。この時、スタック12内に燃料及び酸化剤が残存している状態で両極を短絡させると、急激に電流が流れ、スタック12が急速に発熱するおそれがある。本実施の形態においては、これを回避するために、スタック12の両極を短絡する前に、カソードを不活性ガス(B)で置換することが行われる。
なお、本実施の形態において、不活性ガス(B)供給装置24は、酸化剤供給装置22から供給される酸化剤を不活性ガス(B)で希釈し、カソードガス中の酸素濃度を調整するためにも用いられる。
【0035】
[1.8. 第2加湿器]
第2加湿器26は、カソードガスを加湿するためのものである。第2加湿器26の出口は、スタック12のカソードの入口に接続されている。第2加湿器26の制御は、制御装置30によって行われる。
本実施の形態において、第2加湿器26の構造は、カソードガスの湿度を所定の値に維持することが可能なものである限りにおいて、特に限定されない。
【0036】
上述したように、本実施の形態に係るエージングは、(A)不活性ガス置換、(B)両極の短絡、(C)アノードへの還元剤供給、(D)カソードガス中の酸素濃度の段階的又は連続的上昇、及び、(E)所定条件下での発電(エージング)、の順に行われる。カソードガスの加湿は、少なくともエージングの段階(手順E)において行えば良いが、手順A~手順Dのいずれかの段階から加湿を行っても良い。
【0037】
[1.9. 短絡検知器]
短絡検知器28は、スタック12の短絡を検知するためのものである。短絡検知器28は、具体的には、スタック12の抵抗を検知するための抵抗計により構成される。短絡検知器28に検知された抵抗が、ある臨界値(例えば、25Ω)以下である時に、スタック12が短絡したものと判断される。短絡検知器28により検知された抵抗は、制御装置30に出力され、エージング装置10aの制御に用いられる。
【0038】
[1.10. 制御装置]
制御装置30は、エージング装置10aの動作を制御するためのものである。制御装置30は、各部の動作を制御するための手段に加えて、本発明の第1の実施の形態に係るエージング用プログラムが格納されている。プログラムの詳細については、後述する。
【0039】
[2. エージング用プログラム(1)]
図2に、本発明の第1の実施の形態に係るエージング用プログラム(以下、単に「第1プログラム」ともいう)のフロー図を示す。
【0040】
[2.1. 恒温器の作動]
まず、ステップ1(以下、単に「S1」ともいう)において、恒温器14を作動させ、スタック12を所定の温度に維持する。
なお、恒温器14による温度制御を行わない場合には、S1を省略することができる。また、恒温器14を用いてスタック12の温度制御を行う場合、少なくともエージング(手順E)の実行時において温度条件が満たされていれば良い。すなわち、S1は、必ずしも
図2に示す位置において実行する必要はなく、S2以後の適切な時期において実行しても良い。
【0041】
[2.2. 加湿器の作動]
次に、S2において、第1加湿器20及び第2加湿器26を作動させる。
第1加湿器20は、アノードガスを低加湿状態にするために用いられる。ここで、「低加湿状態」とは、相対湿度が100%未満の状態をいう。
第2加湿器26は、カソードガスを過加湿状態にするために用いられる。ここで、「過加湿状態」とは、相対湿度が100%超の状態をいう。
【0042】
なお、第1加湿器20及び第2加湿器26は、必ずしも
図2に示すS2において作動させる必要はなく、S3以降の適切な時期に作動させても良い。また、アノード側が低加湿、及びカソード側が過加湿という条件は、少なくともエージング(手順E)の実行時において満たされていれば良く、必ずしも、第1加湿器20及び第2加湿器26を作動させてから手順Eに至るまでの間、常に満たされている必要はない。
すなわち、第1プログラムは、後述する不活性ガス置換(手順A)以前又はそれより後の手順において、アノード側が低加湿状態となり、カソード側が過加湿状態となるように、アノードガス及びカソードガスの加湿を行う手順Fを備えていても良い。
【0043】
[2.3. 不活性ガス置換(手順A)]
次に、S3において、固体高分子形燃料電池スタック12のアノードに対して、アノードガスとして不活性ガス(A)を供給し、固体高分子形燃料電池スタック12のカソードに対して、カソードガスとして不活性ガス(B)を供給する(手順A)。不活性ガス置換は、アノード及びカソードに残存している反応ガスを排出し、短絡時におけるスタック12の急速な発熱を抑制するために行われる。
【0044】
[2.4. 短絡(手順B)]
次に、S4において、スタック12のアノード/カソード間が短絡されたか否かが判断される(手順B)。短絡検知器28により短絡が検知されない場合(S4:NO)は、短絡が検知されるまでそのまま待機する。一方、短絡が検知された場合(S4:YES)には、S5に進む。
上述したように、短絡は、短絡回路12aを用いて自動制御により行っても良く、あるいは、作業者が手作業で行っても良い。
【0045】
[2.5. 還元剤の供給(手順C)]
アノード/カソード間の短絡が検出された後(S4:YES)、S5において、アノードガスを不活性ガス(A)から還元剤に切り替える(手順C)。
この場合、アノードには、還元剤のみを供給しても良く、あるいは、還元剤を不活性ガス(A)で希釈した混合ガスを供給しても良い。アノードへの還元剤の供給を開始すると、その時点から電極反応が進行する。但し、この時点でカソード側で生成する水の量は相対的に少ないので、生成水による被毒物質の洗浄効果は小さい。
【0046】
[2.6. 酸化剤の供給(手順D)]
次に、S6において、不活性ガス(B)に酸化剤を混入させ、カソードガス中の酸素濃度を連続的又は段階的に上昇させる(手順D)。次に、S7において、酸素濃度が規定濃度に到達したか否かが判断される。酸素濃度が規定濃度に到達していない場合(S7:NO)、S6に戻り、さらに酸素濃度を増加させる。一方、酸素濃度が規定濃度に到達した場合(S7:YES)、S8に進む。
【0047】
スタック12の両極を短絡させた状態で高濃度の酸素をカソードに供給すると、起電力が急激に増加し、スタック12が急速に発熱するおそれがある。これに対し、酸素濃度を徐々に増加させると、このような急速な発熱を抑制することができる。
規定酸素濃度は、特に限定されるものではなく、目的に応じて最適な濃度を選択することができる。同様に、酸素濃度の上昇速度は、特に限定されるものではなく、目的に応じて最適な上昇速度を選択することができる。
【0048】
[2.7. エージング(手順E)]
カソードガス中の酸素濃度が所定の濃度に到達した後(S7:YES)、S8において、アノード側は相対湿度が100%未満である低加湿状態となり、かつ、前記カソード側は相対湿度が100%超である過加湿状態となる湿度条件下において、発電(エージング)を行う(手順E)。
【0049】
次に、S9に進む。S9では、所定時間が経過したか否かが判断される。所定時間が経過していない場合(S9:NO)には、S8に戻り、所定時間が経過するまで、上述したS8及びS9の各ステップを繰り返す。一方、所定時間が経過した場合(S9:YES)には、制御を終了させる。
【0050】
[2.7.1. アノードガスの相対湿度]
エージング中のアノードガスの相対湿度は、主として、水素欠運転の抑制に影響を与える。アノードガスの相対湿度が高すぎると、一部の単セルで水詰まりが起こり、水素欠運転状態に陥る場合がある。一部の単セルが水素欠運転状態に陥ると、他のセルが電源となる形で水素欠セルに強制的に電流が流れる。その結果、水素欠セルでアノードの担体カーボンが酸化し、電極の性能が低下する。従って、エージング中のアノードガスの相対湿度は、100%未満である必要がある。相対湿度は、好ましくは、80%未満、さらに好ましくは、70%未満である。
【0051】
なお、上述したように、この条件は、少なくともエージング(手順E)の段階で満たされていれば良いが、それ以前の手順(例えば、不活性ガス置換(手順A)の開始の時)から満たされていても良い。
【0052】
[2.7.2. カソードガスの相対湿度]
エージング中のカソードガスの相対湿度は、主として、カソード触媒の表面に吸着している被毒物質の洗浄効果に影響を与える。カソードガスの相対湿度が低すぎると、生成水による被毒物質の洗浄効果が不十分となる。従って、エージング中のカソードガスの相対湿度は、100%超が好ましい。相対湿度は、好ましくは、150%以上、さらに好ましくは、200%以上である。
【0053】
一方、カソードガスの相対湿度を必要以上に高くしても、効果に差が無く、実益がない。従って、エージング中のカソードガスの相対湿度は、300%以下が好ましい。相対湿度は、好ましくは、250%以下である。
なお、上述したように、この条件は、少なくともエージング(手順E)の段階で満たされていれば良いが、それ以前の手順(例えば、不活性ガス置換(手順A)の開始の時)から満たされていても良い。
【0054】
[2.7.3. 平均セル電圧]
「平均セル電圧」とは、エージング中の各単セルの電圧の平均値をいう。
エージング中の平均セル電圧が低すぎると、電極中のカーボンが酸化されやすくなる。従って、エージング中の平均セル電圧は、0V以上である必要がある。
【0055】
一方、エージング中の平均セル電圧が高すぎると、洗浄効果が低下する。従って、エージング中の平均セル電圧は、+0.6V以下である必要がある。平均セル電圧は、好ましくは、+0.3V以下、さらに好ましくは、+0.1V以下である。
なお、本実施の形態においては、スタック12の電極間を短絡させているが、短絡回路には所定の抵抗がある。そのため、エージング中の平均セル電圧は、必ずしもゼロVとはならないが、上述した範囲から大きく逸脱することはない。
【0056】
[2.7.4. 電流密度]
エージングは、スタック12内で電極反応を進行させ、生成水によりカソード触媒の表面に吸着している被毒物質を洗い流すことを主目的として行われる。そのため、エージング中の電流密度は、少なくとも0A/cm2超である必要がある。一般に、電流密度が多くなるほど、生成水の量が多くなるので、洗浄効果が増大する。高い洗浄効果を得るためには、電流密度は、好ましくは、0.5A/cm2以上、さらに好ましくは、1A/cm2以上である。
【0057】
エージング中の電流密度は、還元剤及び酸化剤の流量、酸化剤中の酸素濃度などにより制御することができる。
【0058】
[3. エージング装置(2)]
図3に、本発明の第2の実施の形態に係るエージング装置の模式図を示す。なお、
図3中、
図1と同一の構成要素には、同一の参照符号を付した。
【0059】
図3において、エージング装置10bは、
固体高分子形燃料電池スタック(以下、単に「スタック」ともいう)12のアノードに対して、アノードガスとして還元剤を供給するための還元剤供給装置16と、
アノードガスを加湿するための第1加湿器20と、
スタック12のカソードに対して、カソードガスとして酸化剤を供給するための酸化剤供給装置22と、
カソードガスを加湿するための第2加湿器26と、
スタック12の電圧及び電流を制御するための充放電装置34と、
エージング装置10bの動作を制御するための制御装置30と
を備えている。
【0060】
エージング装置10bは、
(a)スタック12を一定の温度に保持するための恒温器14、
(b)アノードに対して、アノードガスとして不活性ガス(A)を供給するための不活性ガス(A)供給装置18、及び/又は、
(c)カソードに対して、カソードガスとして不活性ガス(B)を供給するための不活性ガス(B)供給装置24
をさらに備えていても良い。
【0061】
[3.1. 固体高分子形燃料電池スタック]
固体高分子形燃料電池スタック12は、エージング装置10bによりエージング処理が行われる対象物である。本実施の形態において、エージング中のスタック12の電流及び電圧は、充放電装置34により制御される。そのため、スタック12のエージング時に、短絡回路を必要としない。この点が第1の実施の形態とは異なる。スタック12に関するその他の点については、第1の実施の形態と同様であるので、説明を省略する。
【0062】
[3.2. 恒温器]
恒温器14は、スタック12を一定の温度に維持するためのものである。恒温器14の詳細については、第1の実施の形態と同様であるので、説明を省略する。
【0063】
[3.3. 還元剤供給装置]
還元剤供給装置16は、スタック12のアノードに対して、アノードガスとして還元剤を供給するためのものである。還元剤供給装置16の詳細については、第1の実施の形態と同様であるので、説明を省略する。
【0064】
[1.4. 不活性ガス(A)供給装置]
不活性ガス(A)供給装置18は、スタック12のアノードに対して、アノードガスとして不活性ガス(A)を供給するためのものである。本実施の形態において、不活性ガス(A)供給装置18は、必ずしも必要ではない。本実施の形態においては、充放電装置34を用いて、エージング中のスタック12の電流及び電圧が制御される。充放電装置34を用いると、アノードの不活性ガス置換を行わなくても、スタック12に急激に起電力が発生するのを抑制することができる。
【0065】
一方、不活性ガス(A)供給装置18を備えている場合には、還元剤濃度を調整できるという利点がある。
不活性ガス(A)供給装置18に関するその他の点については、第1の実施の形態と同様であるので、説明を省略する。
【0066】
[3.5. 第1加湿器]
第1加湿器20は、アノードガスを加湿するためのものである。第1加湿器20の詳細については、第1の実施の形態と同様であるので、説明を省略する。
【0067】
[3.6. 酸化剤供給装置]
酸化剤供給装置22は、スタック12のカソードに対して、カソードガスとして酸化剤を供給するためのものである。酸化剤供給装置22の詳細については、第1の実施の形態と同様であるので、説明を省略する。
【0068】
[3.7. 不活性ガス(B)供給装置]
不活性ガス(B)供給装置24は、スタック12のカソードに対して、カソードガスとして不活性ガス(B)を供給するためのものである。本実施の形態において、不活性ガス(B)供給装置24は、必ずしも必要ではない。本実施の形態においては、充放電装置34を用いて、エージング中のスタック12の電流及び電圧が制御される。充放電装置34を用いると、カソードの不活性ガス置換を行わなくても、スタック12に急激に起電力が発生することを抑制することができる。
【0069】
一方、不活性ガス(B)供給装置24を備えている場合には、酸化剤濃度を調整できるという利点がある。
不活性ガス(B)供給装置24に関するその他の点については、第1の実施の形態と同様であるので、説明を省略する。
【0070】
[3.8. 第2加湿器]
第2加湿器26は、カソードガスを加湿するためのものである。第2加湿器26の詳細については、第1の実施の形態と同様であるので、説明を省略する。
【0071】
[3.9. 充放電装置]
充放電装置34は、スタック12の電圧及び電流を制御するためのものである。すなわち、本実施の形態においては、充放電装置34を用いて、スタック12の電極間を短絡させたのとほぼ同じ状態を再現する。そのため、短絡回路及び短絡検知器を必要としない。この点が第1の実施の形態とは異なる。充放電装置34の構造は、短絡とほぼ同じ状態を再現できるものである限りにおいて、特に限定されない。
【0072】
[3.10. 制御装置]
制御装置30は、エージング装置10bの動作を制御するためのものである。制御装置30は、各部の動作を制御するための手段に加えて、本発明の第2の実施の形態に係るエージング用プログラムが格納されている。プログラムの詳細については、後述する。
【0073】
[4. エージング用プログラム(2)]
図4に、本発明の第2の実施の形態に係るエージング用プログラム(以下、単に「第2プログラム」ともいう)のフロー図を示す。
【0074】
[4.1. 恒温器の作動]
まず、ステップ11(以下、単に「S11」ともいう)において、恒温器14を作動させ、スタック12を所定の温度に維持する。
なお、恒温器14による温度制御を行わない場合には、S11を省略することができる。また、恒温器14を用いてスタック12の温度制御を行う場合、少なくともエージング(後述する手順E’)の実行時において温度条件が満たされていれば良い。すなわち、S11は、必ずしも
図4に示す位置において実行する必要はなく、S12以後の適切な時期において実行しても良い。
【0075】
[4.2. 加湿器の作動]
次に、S12において、第1加湿器20及び第2加湿器26を作動させる。
第1加湿器20は、アノードガスを低加湿状態にするために用いられる。ここで、「低加湿状態」とは、相対湿度が100%未満の状態をいう。
第2加湿器26は、カソードガスを過加湿状態にするために用いられる。ここで、「過加湿状態」とは、相対湿度が100%超の状態をいう。
【0076】
なお、第1加湿器20及び第2加湿器26は、必ずしも
図4に示すS12において作動させる必要はなく、S13以降の適切な時期に作動させても良い。また、アノード側が低加湿、及びカソード側が過加湿という条件は、少なくともエージング(手順E’)の実行時において満たされていれば良く、必ずしも、第1加湿器20及び第2加湿器26を作動させてから手順E’に至るまでの間、常に満たされている必要はない。
すなわち、第2プログラムは、後述する不活性ガス置換(手順A’)以前又はそれより後の手順において、アノード側が低加湿状態となり、カソード側が過加湿状態となるように、アノードガス及びカソードガスの加湿を行う手順F’を備えていても良い。
【0077】
[4.3. 不活性ガス置換(手順A’)]
次に、S13において、固体高分子形燃料電池スタック12のアノードに対して、アノードガスとして不活性ガス(A)を供給し、固体高分子形燃料電池スタック12のカソードに対して、カソードガスとして不活性ガス(B)を供給する(手順A’)。
なお、第2プログラムにおいては、充放電装置34を用いてスタック12の電流及び電圧を制御するため、不活性ガス置換は必ずしも必要ではない。
【0078】
[4.4. エージング(手順E’)]
次に、S14において、充放電装置34を用いて、スタック12の電流及び電圧を制御しながら、スタック12のアノード及びカソードに、それぞれ、アノードガス及びカソードガスとして還元剤及び酸化剤を供給し、アノード側は相対湿度が100%未満である低加湿状態となり、かつ、カソード側は相対湿度が100%超である過加湿状態となる湿度条件下において、発電を行う(手順E’)。
【0079】
次に、S15に進む。S15では、所定時間が経過したか否かが判断される。所定時間が経過していない場合(S15:NO)には、S14に戻り、所定時間が経過するまで、上述したS14及びS15の各ステップを繰り返す。一方、所定時間が経過した場合(S15:YES)には、制御を終了させる。
【0080】
スタック12の両極を短絡させた状態でエージングを行う場合、スタック12の急速な発熱を抑制するために、(A)不活性ガス置換、(B)短絡、(C)還元剤の導入、(D)酸素濃度の段階的増加、及び、(E)エージング、の手順を踏む必要があった。
一方、充放電装置34を用いてエージングを行う場合、スタック12の急速な発熱を生じさせることなく、両極を短絡した状態とほぼ同じ状態を再現することができる。そのため、第1の実施の形態と同様の手順でエージングを行う必要はない。
【0081】
例えば、不活性ガス置換を行うことなく、所定量の還元剤と、所定濃度の酸化剤を同時にスタック12に供給しても良い。
あるいは、予めカソード側の不活性ガス置換を行った場合において、カソード側の酸素濃度を段階的又は連続的に増加させることなく、初めから所定酸素濃度の酸化剤をカソードに供給しても良い。
【0082】
但し、効率良くエージングを行うためには、エージング中の反応ガスの相対湿度、平均セル電圧、及び、電流密度を制御する必要がある。
具体的には、前記手順E’時の平均セル電圧は、-0.2V以上+0.6V以下であり、電流密度は0A/cm2超であるのが好ましい。なお、充放電装置を用いたエージングの場合、平均セル電圧をゼロV未満にすることもできる。しかし、平均セル電圧が低くなりすぎると、電極中のカーボンが酸化されやすくなる。従って、平均セル電圧は、-0.2V以上が好ましい。
前記手順E’時の前記アノードガスの相対湿度は、80%未満が好ましい。
前記手順E’時の前記カソードガスの相対湿度は、150%以上が好ましい。
さらに、前記手順E’時の電流密度は、0.5A/cm2以上が好ましい。
相対湿度、平均セル電圧、及び、電流密度に関するその他の点については、第1の実施の形態と同様であるので、説明を省略する。
【0083】
[5. 作用]
固体高分子形燃料電池スタックのカソード側に過加湿の酸化剤を供給した状態で、所定の条件下で発電を行うと、カソード触媒に吸着している被毒物質が生成水により効率的に除去される。さらに、エージング時にアノード側に低加湿の還元剤を供給すると、水詰まりによる水素欠運転状態が起きにくくなる。そのため、一部のセルに性能低下を生じさせることなく、効率的にエージングを行うことができる。
【0084】
また、エージングは、平均セル電圧がゼロV近傍にある状態(換言すれば、両極間が短絡しているに等しい状態)で行うことが好ましい。
このような状態にする方法としては、例えば、
(a)両極間を導電性材料で物理的に短絡させる方法、
(b)充放電装置を用いて電流及び電圧を制御し、短絡に近い状態を再現する方法
などがある。
【0085】
これらの内、両極間を短絡させる方法は、
(a)スタックが短絡していることを検知するまでは、アノードとカソードにそれぞれ還元剤と酸化剤が同時に供給されないようにするための手段、及び、
(b)短絡が検知された後、酸化剤及び還元剤を供給する際には、酸素濃度を段階的に増加させるための手段
が必要となる。
【0086】
しかし、両極間を短絡させる方法は、被毒物質の除去効果が高い発電状態を、簡素で安全な設備で、かつ、セルにダメージを与えることなく実現することができる。また、カソードを過加湿にすることで生成水による被毒物質の除去が効率的に進む。一方、アノードを低加湿にすることで水詰まりによる水素欠運転を起きにくくすることができる。
また、電流や電圧を精密に制御するための大型設備を必要とせず、アノードとカソードを短絡させるだけで高いエージング効果が得られるセル電圧状態にすることができる。
さらに、スタックが起電力を持つ状態で急に短絡したり、短絡した状態で起電力が急激に増加することがないため、スタックの急速な発熱を防止することができる。
【実施例】
【0087】
(実施例1~3、比較例1~2)
[1. エージング効果が向上する条件の検討]
[1.1. 湿度の影響]
[1.1.1. 相対湿度90%以下でのエージング]
まず、両極ともに相対湿度90%以下でエージングを行った場合の検討結果を示す。ここでは、種々の酸素濃度で電流密度がゼロA/cm2から、セル電圧がゼロVとなるまで、掃引速度10mA/(cm2・s)で増加させることを10回繰り返す方法でエージングを行った。また、性能評価は、相対湿度30%、60%、及び90%の3条件で行い、電流密度2A/cm2でのIR補正電圧を調べることで行った。
【0088】
図5に、相対湿度90%以下でエージングを行った実験におけるエージング操作の模式図を示す。
図5中、A~Fの酸素濃度及び背圧の条件は、以下の通りである。
A:2%O
2-140kPa、B:10%O
2-100kPa、
C:10%O
2-140kPa、D:21%O
2-100kPa、
E:21%O
2-140kPa、F:100%O
2-140kPa。
【0089】
図6に、エージング効果の電流密度依存性を示す。電流密度が3A/cm
2より大きくなると、エージング効果が著しく低下することが分かる。この理由として、相対湿度100%以下で電流密度が著しく大きくなると、触媒層内の温度が上昇し、カソード触媒層がダメージを受けたり、ドライ気味になり生成水による被毒物質の洗い流しが効果的に行われなくなる可能性が考えられる。このことから、エージング中はカソードを過加湿にした方が、より広い電流密度領域において生成水による被毒物質の洗い流しが効果的に行われること、また、カソード触媒層がダメージを受ける懸念が少ないことが期待される。
【0090】
[1.1.2. カソード過加湿でのエージング]
次に、カソードを過加湿にした方が、そうでない場合よりもエージング効果が高いことを示す例を挙げる。アノード低加湿・カソード過加湿の条件(実施例1)と、アノード・カソードともに相対湿度100%の条件(比較例1)において、低電圧(0.06V)エージングを3分間行い、その際の性能回復率を調べた。
【0091】
図7に、エージングによる性能変化の一例を示す。「回復率」とは、
図7に示すようなエージング中の電圧変化に対して、式(1)から求めた値をいう。
回復率=(V
2-V
1)/(V
max-V
1) …(1)
但し、
V
maxはエージング完了時のセル電圧(V)、
V
1は初期のセル電圧(V)、
V
2は1回目のエージング後のセル電圧(V)。
【0092】
また、
図7中、測定例1~4は、それぞれ、実験条件を変えて測定された値を表す。
表1に、結果を示す。表1より、実施例1は比較例1より回復率が高く、カソード過加湿の方がエージング効果が高いことが分かる。
【0093】
【0094】
[1.1.3. アノード低加湿でのエージング]
ここで、カソードを過加湿にする際に注意しなければならないのは、セル内に水が溜まりやすくなり、反応ガスの触媒への供給が途絶えるリスクが高いことである。カソードで酸素の供給が途絶えた場合、単にプロトンが水素になる反応(Hydrogen Evolution Reaction, HER)が起こるため、電極は劣化しない。一方、アノードで水素の供給が途絶える、いわゆる水素欠の場合、水素が酸化される替わりに触媒担体や拡散層のカーボンが酸化され、電極が著しく劣化する。従って、アノード側では水詰まりが起こらないよう湿度をなるべく低くする必要がある。
【0095】
図8に、アノードの相対湿度を40%、100%、又は230%(カソードの相対湿度は230%に固定)とし、電流密度を4A/cm
2に保持した場合のセル電圧の時間変化を示す。ここで、電圧保持制御ではなく電流保持制御の実験にした理由は、実際のスタックでは単セルの電圧制御をするのは困難であり、電流制御で運転するケースが多いためである。
図8から分かるように、アノード湿度をカソードと同様、過加湿(相対湿度230%)とすると、初期からセル電圧が負となり、やがて急激に低下する。これは、アノードの水素の供給が途絶え、替わりにカーボンを酸化させるため、アノードの電位が急上昇したためである。この電位の上昇により、アノードは劣化する。
【0096】
これに対し、アノード湿度40%とすると、セル電圧は一時的に負となることはあるが、おおむね0~0.2Vの範囲で安定する。他方、アノード湿度100%では、上記アノード湿度230%の場合のように、急激にセル電圧が低下しアノードが劣化することは無かった。しかし、セル電圧は殆どの時間で負である(-0.1V付近であり、おそらくカソードが水詰まりしている)ことから、水が過剰にある状況に変わりなく、水素欠になるリスクは高いと考えられる。また、セル電圧は途中で-0.1V以下にステップ(
図8中、矢印で表示)した後、下げ止まっている。このようにセル電圧が急に変化し、その後一定となるような挙動は、狙いのセル電圧に制御することが難しくなることを意味する。以上から、アノード側の湿度は、100%未満が好ましいことが分かった。
【0097】
[1.1.4. アノードの好適な湿度]
次に、アノード側をどの程度低加湿にすれば良いかを検討する。
図9~
図13に、それぞれ、カソードの相対湿度を230%で固定し、アノードの相対湿度を40%、50%、60%、70%、又は80%とし、電流密度を3.3A/cm
2に保持した場合のセル電圧の時間変化を示す。なお、
図9~
図13は、
図8の場合とはセルの仕様が異なるため、性能の直接の比較はできない。
【0098】
図9~
図13に示すように、相対湿度80%では、
図13中、矢印に示すように、急激にセル電圧が降下(アノード電位が上昇)する挙動があり、瞬間的に水素欠運転状態になっていることが分かる。他方、相対湿度40~70%では急激なセル電圧の降下は見られず、水素欠運転の兆候は見られない。以上から、アノードの相対湿度は80%未満が好ましいことが分かる。
【0099】
[1.2. 電圧及び電流密度の影響]
次に、エージング効果が高まるセルの電圧、電流密度条件をスモール単セルを用いて検討した。実験手順は、以下の通りである。
セル温度65℃、アノード加湿温度46℃(相対湿度40%)、カソード加湿温度85℃(相対湿度230%)、開回路状態にて、アノードに水素、カソードに窒素を供給した。セル電圧が0.11~0.14Vで安定するのを確認した後、カソードガスを空気に切り替えた。その約5分後に電流密度を増加させ、1A/cm2で3分間保持した。この3分間の平均セル電圧を性能値とする。その後、電流密度を1A/cm2から0A/cm2まで減少させた。
次に、カソードガスを所定の酸素濃度の空気と窒素との混合ガスに切り替え、所定のセル電圧にて2.5分間発電を行った。この電圧保持の工程をエージング工程とする。以降、上記性能評価工程とエージング工程とを繰り返し、式(1)より回復率を求めた。
【0100】
[1.2.1. 電圧の影響]
図14に、回復率をエージング中のセル電圧に対してプロットした結果を示す。ここで、基本的に電流密度は約2.3A/cm
2に統一しているが、Air混合下(酸素濃度10%)の負電圧エージング(
図14中、△で表示)のみ電流密度は高い。
電圧が0V以上の領域では、電圧が低いほどエージング効果は高く、0~0.2Vで最大となる。これは、電圧が低いほど水素原子が触媒表面に吸着しやすくなり、それと入れ替わる形での被毒物質の脱離が促進されるためと考えられる。
【0101】
また、負電圧(0V以下)では、急激に回復率は低下する。これは、生成水量が減少することにより、被毒物質を洗い流すことができなくなるためと考えられる。
なお、酸素濃度0%(
図14中、□で表示)では、水が生成しないことは理解しやすい。しかし、Air混合下(
図14中、△で表示)でも生成水量が少ない理由としては、水素が触媒表面上に過度に吸着し、酸素の4電子還元反応が阻害されたことが考えられる。
【0102】
[1.2.2. 電流密度の影響]
図15に、回復率をエージング中の電流密度に対してプロットした結果を示す。ここで、IR補正電圧は、約0.29Vに統一している。つまり、いずれも白金表面からの被毒物質の脱離のしやすさは同程度であると推察される。
図15より、電流密度が大きいほどエージング効果は高いことが分かる。これは、電流密度が大きくなると生成水量が増加し、生成水による被毒物質の洗い流しが促進されるためである。また、電流密度が0.5A/cm
2を下回ると、急激に回復率は低下した(
図15中、破線で表示)。生成水量が少ない条件では、高いエージング効果は期待できない。
【0103】
[1.2.3. まとめ]
以上をまとめると、エージング効果を高めるためには、アノードを低加湿、カソードを過加湿にして発電を行うことが重要であることが分かった。さらに効果的にエージングを行うには、アノードの相対湿度を80%以下とし、セル電圧を0~0.2Vとした上で、なるべく大きな電流密度で発電を行う必要がある。
ここで、充放電装置を用いて0~0.2Vの範囲に制御することは可能であるが、スタック用となると装置はかなり大がかりとなり、設備コストが高くなるという課題がある。他方、特殊な設備を用いることなく電圧を0V付近にするには、アノードとカソードを短絡させれば良い。これにより、セル電圧0V付近で発電させる状態になり、効果的に被毒物質が触媒から脱離し、生成水により洗い流されると期待される。以下では、短絡によるエージング効果について検証する。
【0104】
[2. 短絡によるエージング]
[2.1. 実験]
[2.1.1. 短絡エージング(実施例2)]
Ptを触媒とした固体高分子形燃料電池のスモールサイズ単セルにおいて、アノードとカソードを短絡した状態で発電させる「短絡エージング」を行った。まず、両極を不活性ガス置換した後、アノードとカソードとを金属片で短絡させた。次に、セル温度を65℃、供給ガスをH2/N2(アノード/カソード、以下同表記)、ガス相対湿度を38%/230%とした。次いで、カソードガスへのAir混合量を徐々に増加させ、最終的にカソードガスを100%Air(500sccm、相対湿度230%)とした状態で約5分間保持した。以上の工程を「短絡エージング」とする。
【0105】
その後、短絡を解消して、開回路電圧(約0.9V)となったことを確認し、セル性能を評価した。性能評価は、1A/cm2の定電流密度保持を10分間行い、その際のセル電圧の平均値を性能値とした。短絡エージング後のセル電圧の上昇率(伸びしろ)を評価するため、短時間低電位発電によるエージングを行い、セル電圧の上昇が見られなくなるまでエージングを繰り返した。
【0106】
[2.1.2. 充放電装置を用いた0Vエージング(実施例3)]
短絡エージング(実施例2)に代えて、充放電装置を用いて電圧0Vに10分間制御した。他の実験条件は、短絡エージングと同様である。
【0107】
[2.1.3. 短絡エージング(実施例2)と0Vエージング(実施例3)を行わなかった時の初期性能(比較例2)、並びに、その後の電圧回復挙動(実施例4)]
まず、セル組立後の初期性能を評価した。セル温度を65℃、供給ガスをH2/Air、ガス流量を250sccm/500sccm、ガス湿度を38%RH/230%RHとした。この状態で、電流密度を0A/cm2から1A/cm2まで10秒かけて掃引し、10分間保持した。この10分間の平均セル電圧を初期性能(比較例2)とする。
【0108】
次に、短時間低電位発電によるエージング(実施例4)を行った。短時間低電位発電によるエージングは、まず、セル電圧を0.93Vから0.06Vまで15秒かけて掃引し、その電圧で2.5分間保持し、次に、0.93Vまで15秒かけて掃引することで行った。エージング後に、1A/cm2の定電流密度保持を3分間行い、その際のセル電圧の平均を見ることで性能評価を行った。以降、性能評価と短時間低電位発電エージングとを性能向上が見られなくなるまで繰り返した。
【0109】
[2.2. 結果]
図16に、各種エージングによるセル性能の変化を示す。実施例2(短絡)及び実施例3(0V固定)は、セルの初期性能を評価しておらず、短絡又は0V固定エージングを行った後のセル性能を初期値(Initial)としている。そのため、比較例2と比べて、初期のセル電圧は0.7Vと高い。いずれの実験においても、短時間低電位発電エージングを繰り返すことによって、最終的なセル電圧は0.713~0.733Vまで上昇している。なお、最終的なセル電圧の差は、膜電極接合体(MEA)のロットによるバラツキによるものと考えられる。
【0110】
組立直後のセルに対して短時間低電位発電を繰り返した場合(実施例4)、最終的なセル電圧は初期値(比較例2)に対して23%向上している。これに対し、実施例2及び実施例3では、最終的なセル電圧は初期値に対して1.5~4.0%しか向上していない。これは、短絡又は0V固定エージング後にはセルの性能が十分に回復しており、これ以上エージングを繰り返しても性能が向上する伸び代がほとんどないためである。すなわち、短絡エージングや0Vエージングによってもエージングを完了できることを示している。
【0111】
ここで特筆すべき点として、0V固定エージングでは充放電装置を使用したのに対し、短絡エージングではそれを使用せず、単にセルの両端を金属片で短絡しただけであった点にある。この方法は、フルサイズのスタック(積層セル)にエージングを行う際にも適用でき、スタックの両端、あるいは各セルを短絡させることで、同様の効果が得られる。従って、エージングにかかる設備及び工程のコストを大幅に削減できる。
【0112】
但し、短絡エージングの際に注意しなければならないのは、スタックが起電力を持つ状態で急に短絡したり、短絡した状態で起電力が急激に増加したりすると、スタックが急速に発熱するおそれがある点である。これを回避するには、
(a)スタックの両端あるいは各セルが短絡していることを検知するまでは、アノードとカソードとにそれぞれ還元剤と酸化剤とが同時に供給されないようにし、
(b)短絡が検知された後に還元剤/酸化剤を供給する際には、酸素濃度がゼロから(異常発熱などが無いことを確認しながら)段階的にしか増加できないようにする
安全装置を備えたエージング装置を用いることが有効である。
【0113】
以上、本発明の実施の形態について詳細に説明したが、本発明は上記実施の形態に何ら限定されるものではなく、本発明の要旨を逸脱しない範囲内で種々の改変が可能である。
【産業上の利用可能性】
【0114】
本発明に係るエージング用プログラムは、製造直後の固体高分子形燃料電池スタックのエージングや、使用中に性能が低下した固体高分子形燃料電池スタックの性能回復(リフレッシュ)に使用することができる。