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特許7198259負極活物質および該負極活物質を備えたリチウムイオン二次電池
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  • 特許-負極活物質および該負極活物質を備えたリチウムイオン二次電池 図1
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2022-12-20
(45)【発行日】2022-12-28
(54)【発明の名称】負極活物質および該負極活物質を備えたリチウムイオン二次電池
(51)【国際特許分類】
   H01M 4/587 20100101AFI20221221BHJP
   H01M 4/36 20060101ALI20221221BHJP
【FI】
H01M4/587
H01M4/36 C
【請求項の数】 6
(21)【出願番号】P 2020201680
(22)【出願日】2020-12-04
(65)【公開番号】P2022089349
(43)【公開日】2022-06-16
【審査請求日】2022-01-07
(73)【特許権者】
【識別番号】520184767
【氏名又は名称】プライムプラネットエナジー&ソリューションズ株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100117606
【弁理士】
【氏名又は名称】安部 誠
(74)【代理人】
【識別番号】100136423
【弁理士】
【氏名又は名称】大井 道子
(74)【代理人】
【識別番号】100121186
【弁理士】
【氏名又は名称】山根 広昭
(74)【代理人】
【識別番号】100130605
【弁理士】
【氏名又は名称】天野 浩治
(72)【発明者】
【氏名】松原 伸典
【審査官】冨士 美香
(56)【参考文献】
【文献】特開2017-045596(JP,A)
【文献】特開2010-021100(JP,A)
【文献】特開2018-195557(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
H01M 4/587
H01M 4/36
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
リチウムイオン二次電池用の負極活物質であって、
リチウムイオンを可逆的に吸蔵および放出可能な炭素材料と、
前記炭素材料の表面に形成された炭素被覆層と、
を備えており、
前記炭素被覆層は、炭素原子と、リン原子とを備えており、
ここで、前記炭素被覆層において、X線光電子分光法(XPS)によって測定されるP2pスペクトルのピークを波形分離したとき、結合エネルギーが131eVの位置にピークを有する、
負極活物質。
【請求項2】
前記炭素被覆層において、XPSによって測定されるC1sスペクトルのピーク面積と、O1sスペクトルのピーク面積と、前記P2pスペクトルのピーク面積との和を100%としたとき、前記131eVの位置のピーク面積の割合が0.2%以上1.2%以下である、請求項1に記載の負極活物質。
【請求項3】
前記波形分離したP2pスペクトルのピークにおいて、前記131eVの位置のピーク面積をa、133eVの位置のピーク面積をbとしたとき、a/bの値が2以上である、請求項1または2に記載の負極活物質。
【請求項4】
前記波形分離したP2pスペクトルのピークにおいて、133eVの位置のピーク面積をb、135eVの位置のピーク面積をcとしたとき、前記bおよび前記cについて、c/bの値が2以上である、請求項1~3の何れか一項に記載の負極活物質。
【請求項5】
正極と、負極と、非水電解質とを備えるリチウムイオン二次電池であって、
前記負極は、負極活物質層を備えており、
前記負極活物質層は、請求項1~4の何れか一項に記載の負極活物質を備えている、
リチウムイオン二次電池。
【請求項6】
リチウムイオン二次電池用の負極活物質を製造する方法であって、
リチウムイオンを可逆的に吸蔵および放出可能な炭素材料を準備する工程と、
前記炭素材料の表面に炭素原子とリン原子とを備えた炭素被覆層を形成する工程と、を包含し、
ここで、前記炭素被覆層を形成する工程において、炭化水素ガスおよびオキシ塩化リンを用いたCVD法により前記炭素被覆層を形成する、
負極活物質製造方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、負極活物質と、該負極活物質を備えたリチウムイオン二次電池に関する。
【背景技術】
【0002】
近年、リチウムイオン二次電池等の二次電池は、パソコン、携帯端末等のポータブル電源や、電気自動車(EV)、ハイブリッド自動車(HV)、プラグインハイブリッド自動車(PHV)等の車両駆動用電源などに好適に用いられている。
【0003】
従来、リチウムイオン二次電池の負極活物質として、黒鉛などの炭素材料がよく用いられている。そして、電池性能の向上のために、炭素材料の表面に様々な化合物を備えた被覆層を備えた負極活物質が知られており、例えば、リンを含む化合物(例えば、リン酸化合物等)を備えた被覆層を有する負極活物質が開示されている(特許文献1~5)。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【文献】国際公開第2012/070153号
【文献】特開2014-10998号公報
【文献】国際公開第2018/173521号
【文献】特開2011-29160号公報
【文献】特開2018-181764号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
ところで、リチウムイオン二次電池に求められる特性の一つとして低温特性がある。低温特性の一つとして、例えば、氷点下の温度域(例えば-10℃環境下)においても電池抵抗の増加を抑制する性能が挙げられ、かかる性能が向上したリチウムイオン二次電池が望まれている。
【0006】
そこで、本発明は上記課題を鑑みてなされたものであり、優れた低温特性を実現し得る負極活物質を提供することを主な目的とする。また、別の目的は、かかる負極活物質を備えたリチウムイオン二次電池を提供することである。さらには、ここで開示される負極活物質の好適な製造方法を提供することを他の目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0007】
上記課題を解決すべく、本発明者が鋭意検討した結果、リン原子と炭素原子とが結合した構造を有する被覆層を表面に備えた炭素材料からなる負極活物質において、低温特性が向上することが見出された。
即ち、ここで開示される負極活物質は、リチウムイオンを可逆的に吸蔵および放出可能な炭素材料と、該炭素材料の表面に形成された炭素被覆層と、を備えており、該炭素被覆層は、炭素原子と、リン原子とを備えている。さらに、該炭素被覆層において、X線光電子分光法(XPS)によって測定されるP2pスペクトルのピークを波形分離したとき、結合エネルギーが131eVの位置にピークを有する。
かかる構成によれば、リチウムイオン二次電池に優れた低温特性を付与する負極活物質を提供することができる。
【0008】
また、ここで開示される負極活物質の好ましい一態様では、上記炭素被覆層において、XPSによって測定されるC1sスペクトルのピーク面積と、O1sスペクトルのピーク面積と、上記P2pスペクトルのピーク面積との和を100%としたとき、上記131eVの位置のピーク面積の割合が0.2%以上1.2%以下である。
かかる構成によれば、リチウムイオン二次電池に優れた低温特性をより好適に付与することができる。
【0009】
また、ここで開示される負極活物質の好ましい一態様では、上記波形分離したP2pスペクトルのピークにおいて、上記131eVの位置のピーク面積をa、133eVの位置のピーク面積をbとしたとき、a/bの値が2以上である。
かかる構成によれば、さらに優れた低温特性を実現し得る。
【0010】
また、ここで開示される負極活物質の好ましい一態様では、上記波形分離したP2pスペクトルのピークにおいて、上記135eVの位置のピーク面積をcとしたとき、上記bおよび上記cについて、c/bの値が2以上である。
かかる構成によれば、より一層優れた低温特性を実現し得る。
【0011】
また、上記課題を解決するべく、ここで開示される負極活物質を備えたリチウムイオン二次電池が提供される。即ち、ここで開示されるリチウムイオン二次電池は、正極と、負極と、非水電解質とを備えており、該負極は、負極活物質層を備えており、該負極活物質層は、ここで開示される負極活物質を備えている。
かかる構成によれば、低温特性に優れたリチウムイオン二次電池を提供することができる。
【0012】
また、上記課題を解決するべく、ここで開示される負極活物質の好適な製造方法が提供される。即ち、ここで開示される負極活物質製造方法は、リチウムイオンを可逆的に吸蔵および放出可能な炭素材料を準備する工程と、該炭素材料の表面に炭素原子とリン原子とを備えた炭素被覆層を形成する工程と、を包含する。そして、該炭素被覆層を形成する工程において、炭化水素ガスおよびオキシ塩化リンを用いたCVD法により、該炭素被覆層を形成することを特徴とする。
【図面の簡単な説明】
【0013】
図1】一実施形態に係るリチウムイオン二次電池の構成を模式的に示す断面図である。
図2】一実施形態に係るリチウムイオン二次電池の捲回電極体の構成を示す模式分解図である。
図3】一実施形態に係る負極活物質粒子の断面構造を示す模式図である。
図4】例3の負極活物質表面をXPSにより測定したときに得られたP2pスペクトルと、該P2pスペクトルを波形分離したときのスペクトルである。
【発明を実施するための形態】
【0014】
以下、図面を参照しつつ本発明の一実施形態について詳細に説明する。なお、本明細書において特に言及している事項以外の事柄であって実施に必要な事柄は、当該分野における従来技術に基づく当業者の設計事項として把握され得る。本発明は、本明細書に開示されている内容と当該分野における技術常識とに基づいて実施することができる。また、以下の図面においては、同じ作用を奏する部材・部位には同じ符号を付し、重複する説明は省略または簡略化することがある。また、各図における寸法関係(長さ、幅、厚さ等)は実際の寸法関係を反映するものではない。
【0015】
本明細書において「リチウムイオン二次電池」は、電荷担体としてリチウムイオンを利用し、正極と負極との間をリチウムイオンに伴う電荷の移動によって充放電を行う二次電池である。
また、本明細書において、「正極活物質」および「負極活物質」とは、リチウムイオン二次電池において、電荷担体となる化学種(即ちリチウムイオン)を可逆的に吸蔵および放出(典型的には挿入および脱離)可能な物質をいう。
【0016】
図1に示すリチウムイオン二次電池100は、電池ケース30の内部に、扁平形状の電極体20と、非水電解液(図示せず)とが収容されることで構築される角型の密閉型電池である。電池ケース30には、外部接続用の正極端子42および負極端子44が備えられている。また、電池ケース30の内圧が所定レベル以上に上昇した場合に該内圧を開放するように設定された薄肉の安全弁36が設けられている。さらに、電池ケース30には、非水電解液を注液するための注液口(図示せず)が設けられている。電池ケース30の材質は、高強度であり軽量で熱伝導性が良い金属製材料が好ましく、このような金属材料として、例えば、アルミニウムやスチール等が挙げられる。
【0017】
電極体20は、図1および図2に示されるように、長尺シート状の正極50と、長尺シート状の負極60とが、2枚の長尺シート状のセパレータ70を介して積層され、捲回軸を中心として捲回された捲回電極体である。正極50は、正極集電体52と、該正極集電体52の片面または両面の長手側方向に形成された正極活物質層54とを備えている。正極集電体52の捲回軸方向(即ち、上記長手側方向に直交するシート幅方向)の片側の縁部には、該縁部に沿って帯状に正極活物質層54が形成されずに正極集電体52が露出した部分(即ち、正極集電体露出部52a)が設けられている。また、負極60は、負極集電体62と、該負極集電体62の片面または両面の長手側方向に形成された負極活物質層64とを備えている。負極集電体62の上記捲回軸方向の片側の反対側の縁部には、該縁部に沿って帯状に負極活物質層64が形成されずに負極集電体62が露出した部分(即ち、負極集電体露出部62a)が設けられている。正極集電体露出部52aと負極集電体露出部62aには、それぞれ正極集電板42aおよび負極集電板44aが接合されている。正極集電板42aは、外部接続用の正極端子42と電気的に接続されており、電池ケース30の内部と外部との導通を実現している。同様に、負極集電板44aは、外部接続用の負極端子44と電気的に接続されており、電池ケース30の内部と外部との導通を実現している。
【0018】
正極50を構成する正極集電体52としては、例えば、アルミニウム箔が挙げられる。正極活物質層54が備える正極活物質としては、例えば層状構造やスピネル構造等のリチウム複合金属酸化物(例えば、LiNi1/3Co1/3Mn1/3、LiNiO、LiCoO、LiFeO、LiMn、LiNi0.5Mn1.5,LiCrMnO、LiFePO等)が挙げられる。また、正極活物質層54は、導電材、バインダ等を含んでいてもよい。導電材としては、例えばアセチレンブラック(AB)等のカーボンブラックやその他(グラファイト等)の炭素材料を好適に使用し得る。バインダとしては、例えばポリフッ化ビニリデン(PVdF)等を使用し得る。
正極活物質層54は、正極活物質と必要に応じて用いられる材料(導電材、バインダ等)とを適当な溶媒(例えばN-メチル-2-ピロリドン:NMP)に分散させ、ペースト状(またはスラリー状)の組成物を調製し、該組成物の適当量を正極集電体52の表面に塗工し、乾燥することによって形成することができる。
【0019】
負極60を構成する負極集電体62としては、例えば、銅箔等が挙げられる。負極活物質層64は、ここで開示される負極活物質を備える。また、負極活物質層64は、バインダ、増粘剤等をさらに含んでいてもよい。バインダとしては、例えばスチレンブタジエンラバー(SBR)等を使用し得る。増粘剤としては、例えばカルボキシメチルセルロース(CMC)等を使用し得る。
負極活物質層64は、負極活物質と必要に応じて用いられる材料(バインダ等)とを適当な溶媒(例えばイオン交換水)に分散させ、ペースト状(またはスラリー状)の組成物を調製し、該組成物の適当量を負極集電体62の表面に塗工し、乾燥することによって形成することができる。
【0020】
セパレータ70としては、従来からリチウムイオン二次電池に用いられるものと同様の各種微多孔質シートを用いることができ、例えば、ポリエチレン(PE)、ポリプロピレン(PP)等の樹脂から成る微多孔質樹脂シートが挙げられる。かかる微多孔質樹脂シートは、単層構造であってもよく、二層以上の複層構造(例えば、PE層の両面にPP層が積層された三層構造)であってもよい。また、セパレータ70の表面には、耐熱層(HRL)を備えていてもよく、例えば、セラミック(アルミナ、ベーマイト等)が塗布されていてもよい。
【0021】
非水電解質は従来のリチウムイオン二次電池と同様のものを使用可能であり、典型的には有機溶媒(非水溶媒)中に、支持塩を含有させたものを用いることができる。非水溶媒としては、カーボネート類、エステル類、エーテル類等の非プロトン性溶媒を用いることができる。なかでも、カーボネート類、例えば、エチレンカーボネート(EC)、ジエチルカーボネート(DEC)、ジメチルカーボネート(DMC)、エチルメチルカーボネート(EMC)等を好適に採用し得る。あるいは、モノフルオロエチレンカーボネート(MFEC)、ジフルオロエチレンカーボネート(DFEC)、モノフルオロメチルジフルオロメチルカーボネート(F-DMC)、トリフルオロジメチルカーボネート(TFDMC)のようなフッ素化カーボネート等のフッ素系溶媒を好ましく用いることができる。このような非水溶媒は、1種を単独で、あるいは2種以上を適宜組み合わせて用いることができる。支持塩としては、例えば、LiPF、LiBF、LiClO等のリチウム塩を好適に用いることができる。支持塩の濃度は、特に限定されるものではないが、0.7mol/L以上1.3mol/L以下程度が好ましい。
なお、上記非水電解質は、本発明の効果を著しく損なわない限りにおいて、上述した非水溶媒、支持塩以外の成分を含んでいてもよく、例えば、ガス発生剤、被膜形成剤、分散剤、増粘剤等の各種添加剤を含み得る。
【0022】
図3は、ここで開示される負極活物質を構成する粒子(負極活物質粒子80)の断面を模式的に示している。負極活物質粒子80は、炭素材料82と、炭素材料82の表面を被覆する炭素被膜層84とを備える。
【0023】
炭素材料82は、リチウムイオンを可逆的に吸蔵および放出可能な炭素原子からなる材料(典型的には粒子状)であればよく、例えば、少なくとも一部にグラファイト構造(層状構造)を含む粒子状の炭素材料(カーボン粒子)が挙げられる。いわゆる黒鉛質のもの(グラファイト)、難黒鉛化炭素質のもの(ハードカーボン)、易黒鉛化炭素質のもの(ソフトカーボン)、また、これらを組み合わせた構造を有するもの等を炭素材料として使用し得る。なかでも、天然黒鉛等の黒鉛粒子を好ましく使用することができる。
【0024】
炭素被覆層84は、炭素材料82の表面の少なくとも一部に形成されていればよいが、好ましくは炭素材料82の表面積の70%以上、より好ましくは80%以上、さらに好ましくは90%以上(あるいは100%)に炭素被覆層84が形成されている。炭素被覆層84が高い割合で形成されることにより、非水電解質と接する炭素被覆層84の面積が増加するため、炭素被覆層84による低温特性向上効果をより高いレベルで発揮し得る。
【0025】
負極活物質粒子80の平均粒子径(レーザー回折・光散乱法に基づく粒度分布測定で得られた体積基準の粒度分布における累積50%の粒径)は、特に限定されるものではないが、取扱い性や炭素被覆層84の形成容易性などを考慮して、概ね0.5μm以上50μm以下、典型的には1μm以上20μm以下、例えば5μm以上10μm以下であるとよい。
炭素被覆層84の平均厚みは特に限定されるものではないが、概ね2nm以上2μm以下であり、典型的には5nm以上1μm以下(例えば10nm以上100nm以下)である。
【0026】
炭素被覆層84は炭素原子と、リン原子とを備えており、さらに酸素原子等のその他の元素を1種または2種以上含み得る。炭素被覆層84の元素比および原子間の結合様式の存在割合は、X線光電子分光法(XPS:X-ray Photoelectron Spectroscopy)によって測定することができる。XPSは、試料表面にX線を照射し、放出された光電子エネルギーを測定することで、試料表面の構成元素とその電子状態を分析する方法である。XPSで得られるスペクトルは、物質固有のパターンと物質量に比例したピーク面積を示すため、物質の定性的および定量的な分析が可能である。そのため、負極活物質粒子80の表面に存在する炭素被膜層84の構成元素および原子間の結合様式を測定することができる。
【0027】
ここで開示される負極活物質は、炭素被膜層84において、炭素原子と、リン原子と、酸素原子とを含み得るため、上記XPSによって測定されるC1sスペクトルのピーク(典型的には、結合エネルギーが279eVから298eVまでの範囲にピークトップを有するピーク)と、O1sスペクトルのピーク面積(典型的には、結合エネルギーが528eVから540eVまでの範囲にピークトップを有するピーク)と、P2pスペクトルのピーク面積(典型的には、結合エネルギーが128eVから140eVまでの範囲にピークトップを有するピーク)とが測定され得る。なお、C1sスペクトルのピークは炭素原子の1s軌道のエネルギー由来のピークであり、O1sスペクトルのピークは酸素原子の1s軌道のエネルギー由来のピークであり、P2pスペクトルのピークはリン原子の2p軌道のエネルギー由来のピークである。
【0028】
上記C1sスペクトルのピーク面積と、上記O1sスペクトルのピーク面積と、上記P2pスペクトルのピーク面積との和の合計(以下、「ピーク面積の和T」ともいう)を100%としたとき、上記C1sスペクトルのピーク面積は、典型的には80%以上(例えば、85%以上)でありえ、上記O1sスペクトルのピーク面積は15%以下(典型的には、10%以下)でありえ、上記P2pスペクトルのピーク面積は5%以下(典型的には3%以下)であり得る。また、上記P2pスペクトルのピーク面積の割合は、0.1%以上(例えば0.5%以上)であることが好ましく、1.5%以下(例えば1.3%以下)であることがより好ましい。かかる割合であれば、特に優れた低温特性を実現し得る。
なお、ピーク面積は、例えば、アルバックPHI社製のソフトウェア「MultiPak」を用いて算出することができる。
【0029】
上記P2pスペクトルのピークは、近接する複数のピークが重なって構成され得るため、カーブフィッティング(典型的には、非線形最小二乗法に基づくフィッティング)による波形分離を行うことにより、例えば、結合エネルギーが131eVの位置のピーク、133eVの位置のピーク、135eVの位置のピークに分離することができる。なお、波形分離は、例えば、アルバックPHI社製のソフトウェア「MultiPak」を用いることにより実施することができる。典型的には、上記131eVの位置のピークはC-P-C結合由来のピークであり、上記133eVの位置のピークはP-O結合由来のピークであり、上記135eVの位置のピークはO-P-O結合由来のピークを示している。なお、本明細書において「131eVの位置のピーク」は、測定条件等によって生じ得るピークトップの位置のズレを包含し、131eV付近の位置のピークを含み得る。即ち、典型的には、131eV±0.9eVの位置のピークであり得、例えば、131eV±0.5eVの位置のピークや、131eV±0.1eVであり得る。「133eVの位置のピーク」および「135eVの位置のピーク」においても同様であり、それぞれ133eV±0.9eV(例えば、133eV±0.5eVや133eV±0.1eV)の位置のピーク、135eV±0.9eV(例えば、135eV±0.5eVや135eV±0.1eV)の位置のピークであり得る。
【0030】
炭素被覆層84は、上記131eVの位置のピークを有することが好ましい。即ち、炭素被覆層84はC-P-C結合を有していることが好ましい。これにより、リン原子由来の余剰電子によってリチウムイオンの脱溶媒和反応を促進し得るため、低温特性を向上させることができ得る。なお、ここで「ピークを有する」とは、上記ピーク面積の和Tを100%としたとき、ピーク面積が0.1%以上となるピークが存在することをいう。
【0031】
上記ピーク面積の和Tを100%としたときの上記131eVの位置のピーク面積の割合は、特に限定されるものではないが、例えば、0.1%以上5%以下であり、0.2%以上1.2%以下であることが好ましく、0.2%以上0.4%以下であることがさらに好ましい。かかる範囲によれば、リン原子由来の余剰電子によってリチウムイオンの脱溶媒和反応が促進され得るため、低温特性を向上させることができる。
【0032】
上記ピーク面積の和Tを100%としたときの上記133eVの位置のピーク面積の割合は、特に限定されるものではないが、例えば0.1%以上2%以下(例えば0.1%以上1%以下)であり得、0.1%以上0.2%以下であることが好ましい。
【0033】
上記ピーク面積の和Tを100%としたときの上記135eVの位置のピーク面積の割合は、特に限定されるものではないが、例えば0.1%以上2%以下(例えば0.1%以上0.8%以下)であり得、0.2%以上0.7%以下であることが好ましい。
【0034】
また、上記131eVの位置のピーク面積aと、上記133eVの位置のピーク面積bとの比(a/bの値)は、特に限定されるものではないが、典型的には1以上(例えば1.2以上)であり、好ましくは2以上である。かかる値によれば、P-O結合よりもC-P-C結合の存在割合が高くなり、低温特性向上効果がより一層発揮され得る。
【0035】
また、上記135eVの位置のピーク面積cと、上記133eVの位置のピーク面積bとの比(c/b)は、特に限定されるものではないが、例えば0.9以上であり、2以上(例えば2.1以上)であることが好ましい。かかる値によれば、リン原子に結合する酸素原子の割合が高くなることで酸化数が大きくなり、酸素原子によるリチウムイオンへの配位性が向上し得るため、脱溶媒和時の抵抗がより低減し得る。
【0036】
次に、ここで開示される負極活物質の好適な製造方法について説明する。なお、ここで開示される負極活物質の製造方法は下記に限定されるものではない。
【0037】
ここで開示される負極活物質の好適な製造方法は、リチウムイオンを可逆的に吸蔵および放出可能な炭素材料を準備する工程(以下、「準備工程」ともいう)と、該炭素材料の表面に炭素原子とリン原子とを備えた炭素被覆層を形成する工程(以下、「被覆工程」ともいう)とを包含する。
【0038】
まず、準備工程について説明する。リチウムイオンを可逆的に吸蔵および放出可能な炭素材料は、上述した炭素材料82に用いることができる材料を採用すればよい。かかる材料は、市販品を購入してもよく、あるいは従来公知の方法で製造してもよい。
【0039】
次に、被覆工程について説明する。準備した炭素材料の表面に炭素被膜層を形成するために、CVD(Chemical Vapor Deposition)法を好適に用いることができる。CVD法によれば、炭素被覆層に好適にC-P-C結合を形成することができる。なお、CVD法は一般的に、熱CVD法、プラズマCVD法、光CVD法等に大別されるが、いずれの方法でも実施可能であり、ここでは熱CVD法を例に説明する。なお、本明細書において、「1sccm」は、25℃の大気圧下で、1分間に1cc(1mL)が供給される流量を示す単位をいう。
【0040】
熱CVD法自体に関しては、従来と同様のプロセスを採用すればよく、特別な工夫は要しない。例えば、まず、反応容器(例えば、管状炉)内に被覆対象である炭素材料を配置する。次に、上記反応容器内を不活性化ガス(例えばArガス等の炭素被覆層形成の反応に寄与しないガス)に置換する。上記不活性化ガスへ置換後、該反応容器内を昇温する(例えば、800℃以上1000℃以下)。そして、上記不活性化ガスと共に、炭素被膜の前駆体(プリカーサ)ガスを上記反応容器内に供給する。上記不活性化ガスの供給速度(流量)は特に限定されるものではないが、例えば50sccm以上350sccm以下で実施することができる。また、上記プリカーサガスの供給速度(流量)は特に限定されるものではないが、例えば、100sccm以上300sccm以下で実施することができる。また、上記プリカーサガスと上記不活性化ガスとの供給量(流量)は、例えば、1:3から3:2までの比率で実施することができる。かかる供給後の反応時間は、所望する炭素被膜層の厚みによって変更することができるため特に限定されるものではないが、例えば、45分間から90分間程度の時間で実施することができる。また、かかる反応中、反応容器を回転させることが好ましく、例えば、10rpm以上50rpm以下の回転速度で回転させることができる。かかる回転により、炭素材料の表面全体により均一な炭素被覆層を形成することができる。なお、これらの操作は、上記反応容器内を大気圧下、もしくは減圧状態下(例えば、1×10Pa以上8×10Pa以下)で実施することができる。
【0041】
炭素原子の供給源となるプリカーサとしては、従来CVD法に用いられる炭化水素ガスを用いることができ、例えば、メタン、エチレン、アセチレン等が挙げられる。これらは1種または2種以上を組み合わせて使用し得る。なかでも、メタンまたはアセチレンを特に好ましく使用することができる。
【0042】
リン原子の供給源となるプリカーサとしては、特に限定されるものではないが、例えば、オキシ塩化リン(化学式:POCl)を好ましく使用することができる。オキシ塩化リンは室温の大気圧状態では液体であるため、加熱することでガス化させた後、炭化水素ガスと混合することで、炭素被膜形成用のプリカーサガスとして用いることができる。
【0043】
炭化水素ガスとオキシ塩化リンガスとの混合比は、炭素被覆層に導入したいリン原子の量に合わせて調整すればよいため、特に限定されるものではないが、例えば、炭化水素ガスと、オキシ塩化リンガスとが、20:1から3:1までの範囲のモル比となるように混合して使用することができる。
【0044】
以上、ここで開示される負極活物質の好適な製造方法の一例について説明した。かかる負極活物質を備えたリチウムイオン二次電池100は、各種用途に利用可能である。例えば、車両に搭載されるモーター用の高出力動力源(駆動用電源)として好適に用いることができる。車両の種類は特に限定されないが、典型的には自動車、例えばプラグインハイブリッド自動車(PHV)、ハイブリッド自動車(HV)、電気自動車(EV)等が挙げられる。リチウムイオン二次電池100は、複数個が電気的に接続された組電池の形態で使用することもできる。
【0045】
以下、本発明に関する実施例を説明するが、本発明をかかる実施例に示すものに限定することを意図したものではない。
【0046】
<負極活物質の作製>
回転式CVD法を用いて、黒鉛(伊藤黒鉛工業株式会社製のSG-BH8)の表面に炭素被覆層を形成した。なお、回転式CVD装置は、ヒートテック社製の回転式管状雰囲気炉を使用した。例1~4におけるCVD法の条件を表1に示す。また、例5では、例1の負極活物質の表面をリン酸化合物でスパッタリングした。以下、各例について説明する。
(例1)
黒鉛(SG-BH8)20gを管状炉に収容し、該管状炉内をArガスに置換した。該管状炉内を950℃とした後、該管状炉を10rpmの速度で回転させながら、プリカーサガスとしてCHガスを150sccmの流量で80分間供給し、炭素被覆層を形成した。なお、かかる操作中は上記管状炉内を大気圧下とし、Arガスを常に50sccmの流量で供給して実施した。
(例2)
例1のプリカーサガスを、CHガスと、POClガスとを10:1のモル比で混合した混合ガスに変更し、該プリカーサガスの供給時間を60分間に変更した以外は例1と同様に実施した。
(例3)
黒鉛(SG-BH8)20gを管状炉に収容し、該管状炉内をArガスに置換した。該管状炉内を800℃とした後、プリカーサガスとしてCガスと、POClガスとを10:1のモル比で混合した混合ガスを200sccmの流量で60分間供給し、炭素被覆層を形成した。なお、かかる操作中はArガスを常に300sccmの流量で供給した。
(例4)
例3のCガスをCガスに変更した以外は例3と同様に実施した。
(例5)
例1の方法で作製した負極活物質50gを準備し、LiPOを用いたバレル式スパッタリングにより上記負極活物質の表面を加工した。なお、スパッタリングレートを0.01g/hとし、3時間実施した。
【0047】
【表1】
【0048】
<負極活物質表面の組成分析>
上記作製した負極活物質の表面(炭素被覆層)をX線光電子分光法(XPS)により測定した。具体的な測定条件は以下の通りである。
測定装置:走査型X線光電子分光分析器(u―XPS)QuanteraII(アルバックPHI株式会社製)
使用X線源:mono―AlKa線(1486.6V)
光電子取り出し角:35°
X線ビーム径:約100μm
中和銃条件:1.0V、20μA
かかるXPSにより得られたC1sスペクトルのピーク面積Ac、O1sスペクトルのピーク面積Ao、およびP2pスペクトルのピーク面積Apを算出した。これらAcと、Aoと、Apとの和を100%としたときの、Acの割合(表2中のC1s欄)、Aoの割合(表2中のO1s欄)、Apの割合(表2中のP2p欄)を表2に示した。
また、上記P2pスペクトルのピークをアルバックPHI社製のソフトウェア「MultiPak」を用いて波形分離し、131eV、133eV、135eVの位置のピークに分離した。131eVの位置のピーク面積をa、133eVの位置のピーク面積をb、135eVの位置のピーク面積をcとし、Acと、Aoと、Apとの和の合計に対するそれぞれの割合を表2に示した。
また、131eVの位置のピーク面積/133eVの位置のピーク面積(a/b)および135eVの位置のピーク面積/133eVの位置のピーク面積(c/b)を算出し、表2に示した。
一例として、例3のXPSにより得られたP2pスペクトルを図4に示す。パターン1
は実際に得られたP2pスペクトルであり、パターン2は上記ソフトウェアを用いて上記P2pスペクトルをフィッティングしたものを示す。また、パターン3、4、5は、上記ソフトウェアを用いて上記パターン2を波形分離したものであり、それぞれ131eVの位置のピーク、133eVの位置のピーク、135eVの位置のピークを示す。パターン6は、各ピークの面積を算出するためのベースラインを示す。そして、各ピークと該ベースラインで囲まれた面積を算出した。なお、横軸は結合エネルギー(eV)、縦軸は強度(counts/s:counts per second)を示す。
【0049】
<評価用リチウムイオン二次電池の構築>
正極活物質としてリチウムニッケルコバルトマンガン複合酸化物(LiNi1/3Co1/3Mn1/3、以下「NCM」ともいう。)と、導電助剤(導電材)としてのアセチレンブラック(AB)と、バインダとしてのポリフッ化ビニリデン(PVdF)とを、NCM:AB:PVdF=92:5:3の質量比となるようにN-メチル-2-ピロリドン中で混合し、正極活物質層形成用ペーストを調製した。このペーストを厚さ15μmのアルミニウム箔集電体に塗布し、乾燥した後プレスすることにより、シート状の正極を作製した。
上記作製した負極活物質(C)と、バインダとしてのスチレンブタジエンラバー(SBR)と、増粘剤としてのカルボキシメチルセルロース(CMC)とを、C:SBR:CMC=99:0.5:0.5の質量比となるようにイオン交換水中で混合して、負極活物質層形成用ペーストを調製した。このペーストを厚さ10μmの銅箔集電体に塗布し、乾燥した後プレスすることにより、シート状の負極を作製した。
また、セパレータとしてPP/PE/PPの三層構造を有する厚さ24μmの多孔性ポリオレフィンシートを2枚用意した。該セパレータの正極と対向する面には、アルミナ、ベーマイトを備える厚み4μmのHRL層を形成した。
上記作製したシート状の正極と負極とをセパレータを介して対向させて積層し、捲回させることにより捲回電極体を作製した。該捲回電極体に電極端子と接合した集電板を接合し、電池ケースに収容した。そして、該電池ケースの注液口から非水電解液を注液し、密閉した。非水電解液としては、エチレンカーボネート(EC)と、ジメチルカーボネート(DMC)と、エチルメチルカーボネート(EMC)とを3:3:4の体積比で含む混合溶媒に、支持塩としてのLiPFを1.0mol/Lの濃度で溶解させたものを用いた。以上のようにして、評価用リチウムイオン二次電池を得た。
【0050】
<活性化処理>
上記作製した評価用リチウムイオン二次電池を25℃環境下に置いた。定電流―定電圧方式とし、各評価用リチウムイオン二次電池を1/3Cの電流値で4.1Vまで定電流充電を行った後、電流値が1/50Cとなるまで定電圧充電を行い、満充電状態にした。その後、各評価用リチウムイオン二次電池を1/3Cの電流値で3.0Vまで定電流放電した。なお、ここで「1C」とは、1時間でSOC(state of charge)を0%から100%まで充電できる電流の大きさのことをいう。
【0051】
<-10℃抵抗の測定>
上記活性化処理を行った各評価用リチウムイオン二次電池を-10℃環境下に置いた。SOC60%とし、15Cの電流値で2秒間充電した。このときの電圧変化を測定し、抵抗値を算出した。具体的には、「抵抗値=電圧変化ΔV/通電電流I」により算出した。例1の抵抗値を1.00としたときの例2~5の抵抗値の相対値を表2に示す。
【0052】
【表2】
【0053】
表2に示すように、XPSによって測定されたP2pスペクトルを波形分離したとき、131eVの位置にピークを有する例2~4は例1および例5よりも-10℃抵抗の値が低かった。即ち、炭素被覆層にC-P-C結合が存在することによって、低温特性が向上することが確かめられた。そのなかでも、例2および例4は特に優れた低温特性を発揮した。これはa/bの値が2以上であること及び/又はc/bの値が2以上であることで、リチウムイオンの脱溶媒和反応の抵抗を低減させ得るからと考えられる。
【0054】
以上、本発明の具体例を詳細に説明したが、これらは例示にすぎず、請求の範囲を限定するものではない。請求の範囲に記載の技術には、以上に例示した具体例を様々に変形、変更したものが含まれる。
【符号の説明】
【0055】
20 電極体
30 電池ケース
36 安全弁
42 正極端子
42a 正極集電板
44 負極端子
44a 負極集電板
50 正極
52 正極集電体
52a 正極集電体露出部
54 正極活物質層
60 負極
62 負極集電体
62a 負極集電体露出部
64 負極活物質層
70 セパレータ
80 負極活物質粒子
82 炭素材料
84 炭素被覆層
100 リチウムイオン二次電池
図1
図2
図3
図4