(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2022-12-20
(45)【発行日】2022-12-28
(54)【発明の名称】非対称ステレオ低音補償
(51)【国際特許分類】
H04S 7/00 20060101AFI20221221BHJP
H04R 1/02 20060101ALI20221221BHJP
B60R 11/02 20060101ALI20221221BHJP
【FI】
H04S7/00 300
H04R1/02 102B
B60R11/02 S
(21)【出願番号】P 2021165167
(22)【出願日】2021-10-07
(62)【分割の表示】P 2017564743の分割
【原出願日】2016-06-15
【審査請求日】2021-11-01
(32)【優先日】2015-06-15
(33)【優先権主張国・地域又は機関】GB
(73)【特許権者】
【識別番号】507325312
【氏名又は名称】メリディアン オーディオ リミテッド
(74)【代理人】
【識別番号】110001427
【氏名又は名称】弁理士法人前田特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】ホリンズヘッド リチャード
(72)【発明者】
【氏名】キャップ マイケル
(72)【発明者】
【氏名】ウッド アラン
【審査官】西村 純
(56)【参考文献】
【文献】特開2003-047097(JP,A)
【文献】特表2010-532613(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
H04S 1/00- 7/00
H04R 1/00-31/00
B60R 11/02
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
閉鎖空間内で用いられるオーディオシステムであって、
N個(Nは整数かつN≧2)の音響トランスデューサであって、それぞれの音響トランスデューサは、前記オーディオシステムのそれぞれのチャンネルについてオーディオ信号を受け取り、音響信号をそれから発生するよう構成される、音響トランスデューサ、
前記N個の音響トランスデューサのそれぞれは、位相応答を有するそれぞれのフィルタに動作可能に結合されており、前記フィルタのうちの少なくとも1つの前記位相応答は、対応する波長λ=d/(n+1/2)(nは整数かつn≧0、dはN個の音響トランスデューサの2以上のものの前記閉鎖空間内での特性間隔)を有する周波数fにおいて、前記フィルタのうちの少なくとも1つの他のフィルタの位相応答とは
180°異な
り、前記N個の音響トランスデューサのうちの2以上のものは、前記フィルタのうちの前記少なくとも1つのフィルタと、前記フィルタのうちの前記少なくとも1つの他のフィルタとにそれぞれ動作可能に結合されることによって、
前記N個の音響トランスデューサのうちの2以上のものの音響結合による、前記周波数fの近傍の幅Δfの周波数帯域にわたってそうでなければ発生するだろう音響パワーにおける減少を補償する
オーディオシステム。
【請求項2】
前記フィルタは、オールパスフィルタである、
請求項1に記載のオーディオシステム。
【請求項3】
前記フィルタは、高Q2次オールパスフィルタである、
請求項2に記載のオーディオシステム。
【請求項4】
前記フィルタの少なくとも1つは、中心周波数が前記周波数fよりも高い特性応答を有し、前記フィルタの少なくとも他の1つは、中心周波数が前記周波数fよりも低い特性応答を有する、
請求項2又は請求項3に記載のオーディオシステム。
【請求項5】
前記N個の音響トランスデューサは、N個の対応するスピーカーの中のウーファードライブユニットである、
請求項1~4のいずれか1項に記載のオーディオシステム。
【請求項6】
N=2であって、2つの音響トランスデューサは、前記閉鎖空間内で間隔dによって間隔が設けられた対向するスピーカーの一部をそれぞれ形成する、
請求項1~5のいずれか1項に記載のオーディオシステム。
【請求項7】
それぞれの対応する音響トランスデューサに動作可能に結合された2つのフィルタの位相応答は、前記周波数fについて互いに非対称である、
請求項6に記載のオーディオシステム。
【請求項8】
2つのスピーカーのうちの一方の前記位相応答は、
【数1】
であり、前記2つのスピーカーのうちの他方の前記位相応答は、
【数2】
であり、ここでR
H=ω×r及びR
L=ω/rであり、ここでωは、前記周波数に対応する角周波数(ω=2πf)であり、rは補正されるべき周波数範囲の幅Δfに依存して選択された比であり、Qは、前記周波数fにおいて所定の位相差を提供するように選択されるフィルタの品質係数である、
請求項6又は請求項7に記載のオーディオシステム。
【請求項9】
前記フィルタの前記品質係数Qは、前記周波数fにおいて180°の位相差を提供するように選択される、
請求項8に記載のオーディオシステム。
【請求項10】
前記
オーディオシステムは、M個の音響トランスデューサからなる
L個のグループを備え、ここでMは整数かつM≧2であり、
Lは整数かつL≧1であり、与えられたグループのそれぞれの音響トランスデューサは、前記オーディオシステムのそれぞれのチャンネルについて同じオーディオ信号を受け取り、それから音響信号をそれから発生するよう構成される、
請求項1~5のいずれか1項に記載のオーディオシステム。
【請求項11】
前記
L×M個の音響トランスデューサのそれぞれは、位相応答を有するそれぞれのフィルタに動作可能に結合されており、ここで周波数fにおいて、与えられたグループ内の前記M個の音響トランスデューサに結合された前記フィルタの前記位相応答は同じであり、少なくとも1つの他のグループ内のM個の音響トランスデューサに結合されたフィルタの位相応答とは異なることによって、前記周波数fの近傍の幅Δfの周波数範囲にわたって、そうでなければ起こるだろう音響パワーにおける低減を補償する、
請求項10に記載のオーディオシステム。
【請求項12】
前記
L×M個の音響トランスデューサのそれぞれは、位相応答を有するそれぞれのフィルタに動作可能に結合されており、ここで周波数fにおいて、与えられたグループ内の音響トランスデューサに結合された少なくとも1つのフィルタの前記位相応答は、同じグループ内の音響トランスデューサに結合された少なくとも1つの他のフィルタの位相応答とは異なり、少なくとも1つの他のグループ内の音響トランスデューサに結合された少なくとも1つのフィルタの前記位相応答とも異なることによって、前記周波数fの近傍の幅Δfの周波数範囲にわたって、そうでなければ起こるだろう音響パワーにおける低減を補償する、
請求項10に記載のオーディオシステム。
【請求項13】
前記閉鎖空間は、自動車の客室である、
請求項1~12のいずれか1項に記載のオーディオシステム。
【請求項14】
閉鎖空間内の音響信号の音響パワーにおける低減を補償する方法であって、前記音響信号は、N個(Nは整数かつN≧2)の音響トランスデューサを備えるオーディオシステムによって作られ、それぞれの音響トランスデューサは、前記オーディオシステムのそれぞれのチャンネルについてオーディオ信号を受け取り、音響信号をそれから発生するよう構成され、前記方法は、
前記N個の音響トランスデューサのうちの少なくとも2つによって受け取られるべき前記音響信号を、前記少なくとも2つの音響トランスデューサのそれぞれについて、対応する波長λ=d/(n+1/2)(nは整数かつn≧0、dはN個の音響トランスデューサの
うちの少なくとも2つの前記閉鎖空間内での特性間隔)を有する周波数fにおいて、
180°異なる位相応答で濾波することによって、
前記N個の音響トランスデューサのうちの少なくとも2つのものの音響結合による、前記周波数fの近傍の幅Δfの周波数帯域にわたってそうでなければ発生するだろう音響パワーにおける減少を補償するステップ
を含む、方法。
【請求項15】
N=2であって、2つの音響トランスデューサは、前記閉鎖空間内で間隔dによって間隔が設けられた対向するスピーカーの一部をそれぞれ形成し、前記2つの音響トランスデューサによって受け取られるべき前記音響信号は、前記周波数fにおいて所定の位相差を有する位相応答で濾波される、
請求項14に記載の方法。
【請求項16】
前記所定の位相差は、前記周波数fにおいて180°である、
請求項15に記載の方法。
【請求項17】
前記位相応答は、前記周波数fについて互いに非対称である、
請求項15又は請求項16に記載の方法。
【請求項18】
音響トランスデューサシステムのプロセッサ上で実行されるときに前記
音響トランスデューサシステムに請求項14~17のいずれか1項に記載の方法を実行させるコンピュータが実行可能なコードを含むコンピュータプログラ
ム。
【請求項19】
既存のデジタルシグナルプロセッサ(DSP)スピーカーシステムに対するアップデート又は拡張機能として実現される、
請求項18に記載のコンピュータプログラ
ム。
【請求項20】
既存のマルチチャンネル又はステレオオーディオプロセッサに対するアップデート又は拡張機能として実現される、
請求項18に記載のコンピュータプログラ
ム。
【請求項21】
請求項14~17のいずれか1項に記載の方法を実行するよう構成された音響トランスデューサシステム。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、複数のスピーカーが音の波長に相当する大きさの空間で用いられる場合の低音出力及び能率を改善する方法に関する。
【背景技術】
【0002】
2チャンネルのステレオ家庭用スピーカーシステムにおいて、2つのスピーカーからの出力は、部屋の大きな体積の中に拡散されるので、スピーカーは、独立して放射する。同じことが2チャンネルより多いマルチチャンネルシステムについても概ね当てはまる。典型的なステレオオーディオ信号は、低い周波数においてたいていはモノフォニックである。よって左右のチャンネルの低音出力からの音響出力は、リスナーの耳において可算される。
【0003】
しかしそのようなスピーカーシステムがより閉鎖された空間で用いられるとき、スピーカーが独立して放射するという仮定は、適用されないことがある。これは結果としてリスニング空間において好ましくない音響アーティファクトにつながり得て、これは、リスナーのサウンド体験を損ない得る。
【0004】
例えば、自動車のオーディオシステムは、
図1に示されるように左右の車両ドアにマウントされたスピーカーから構成され得る。このような構成においては、車両の居住空間のサイズは、家庭のリスニングルームよりも典型的にはずっと小さくなり、この閉鎖された空間は、不要な音響効果につながり得て、ある周波数が他の周波数よりも強く知覚されないことがある。
【0005】
このような問題に対する従来の解決策は、しばしば、スピーカーへの電力をブーストすることであり、例えば、ウーファーのようなバストランスデューサユニットを駆動することである。これはこの問題を改善はし得るが、効率的な解決策ではない。というのもサウンドシステムは、より多くの電力を消費し、よりかさばるアンプを必要とし得るからである。さらにこれは、必要とされない周波数においてボリュームが大きくなることにもつながり得る。
【0006】
低音をブーストする他の解決策は、別個のサブウーファーを設けて低音域周波数における音響信号を発生することであり得る。自動車オーディオシステムにおいては、サブウーファーは、車両の居住空間のフロアに配置され得る。再び、サブウーファーの使用は、より良い低音につながり得るが、そのようなシステムは、より大きい電力を消費しがちであり、さらなるトランスデューサユニット及び駆動電子装置を要求する。スポーツカーのような、ある種の車両においては、空間が限られているためにサブウーファーの使用は除かれ得る。
【0007】
EP 2357846 A1は、オーディオシステムによって生成された低いオーディオ周波数レン
ジの群遅延を自動的にイコライズする低音管理システムについて記載する。この管理システムは、オーディオシステムにおける位相及び/又は群遅延を整える問題に対応し、自動的にこれを行うが、車両の居住空間のような閉鎖された空間では特に、手動でそのようなシステムを最適化することがより一般的である。
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
上述のさまざまな手法にもかかわらず、閉鎖された空間においてマルチチャンネルオー
ディオシステムを実現するときに起こり得る、不要な音響アーティファクトに対処する、より効果的かつ効率的な技術に対するニーズがある。これは、高品質のサウンドを作る、自動車の狭い居住空間に配置されるシステムについては特に当てはまる。
【課題を解決するための手段】
【0009】
本発明の第1の局面によれば、閉鎖空間内で用いられるオーディオシステムが提供され、このオーディオシステムは、N個(Nは整数かつN≧2)の音響トランスデューサであって、それぞれの音響トランスデューサは、前記オーディオシステムのそれぞれのチャンネルについてオーディオ信号を受け取り、音響信号をそれから発生するよう構成される、音響トランスデューサを備え、前記N個の音響トランスデューサのそれぞれは、位相応答を有するそれぞれのフィルタに動作可能に結合されており、前記フィルタのうちの少なくとも1つの前記位相応答は、対応する波長λ=d/(n+1/2)(nは整数かつn≧0、dはN個の音響トランスデューサの2以上のものの前記閉鎖空間内での特性間隔)を有する周波数fにおいて、前記フィルタのうちの少なくとも1つの他のフィルタの位相応答とは異なる
ことによって、前記周波数fの近傍の幅Δfの周波数帯域にわたってそうでなければ発生するだろう音響パワーにおける減少を補償する。
【0010】
ここでの主要な洞察は、比較的、閉鎖された空間における破壊的な干渉効果は、音場における音響異常につながり得ることである。そのような異常は、パワーをブーストすることによって対処することができる場合もあるが、本発明は、破壊的な干渉を打ち消すことによってこれに対応することを目指す。具体的には、本発明は、閉鎖空間の場合において、1つ以上のチャンネルについて音響トランスデューサ間の位相を意図的にずらすことによって、システムパフォーマンス全体を改良することを目指すが、これは従来の思考とは逆である。このようにして、音響トランスデューサが位置する閉鎖された空間によって発生する音響異常を補正することが可能となる。
【0011】
本発明は、オーディオシステムが用いられ得る典型的な閉鎖空間の寸法と同等の音響波長を有する傾向がある、低音域周波数に特に適用可能であることに注意されたい。さらに、ここでの他の主要な洞察は、そのような低域周波数では、閉鎖空間における左右の対称性の維持は、リスナーの立場からは、より高い周波数よりも重要ではないので、位相をずらすことを利用してもよいことである。
【0012】
本発明の補償技法は、対応する波長λ=d/(n+1/2)を有する周波数fを参照して特定され
ているが、実際のフィルタは、fよりも上、又は下の周波数において、なんらかの位相補
償も提供し、破壊的な干渉周波数からいくらかチューニングがずらされた周波数において位相をずらすことで音響異常について異なる補償を達成することが可能である。
【0013】
ある実施形態においてフィルタは、オールパスフィルタであり、これは信号位相を調節するのに特に適している。好ましい実施形態においては、フィルタは、高Q、2次オールパスフィルタである。
【0014】
好ましくは、フィルタの少なくとも1つは、中心周波数が周波数fよりも高い特性応答を有し、フィルタの少なくとも他の1つは、中心周波数が前記周波数fよりも低い特性応答を有する。これにより、異常を補正するために調整され得る周波数fの近傍で、具体的
な相対的位相応答が得られる。
【0015】
他の実施形態において、N個の音響トランスデューサは、N個の対応するスピーカーの中のウーファードライブユニットである。このようなユニットは、閉鎖空間で破壊的な干渉効果の影響を最も受けやすい低音域信号を発生する。この効果を補償すれば、ドライブパワーがブーストされる必要はなく、別個のサブウーファーが採用される必要もないこと
になる。
【0016】
ある好ましい実施形態では、2つの音響トランスデューサ(N=2)が存在し、これらは、閉鎖空間内で間隔dによって間隔が設けられた対向するスピーカーの一部をそれぞれ形成する。この構成は、乗り物の客室等にとても適している。この場合、それぞれの対応する音響トランスデューサに動作可能に結合された2つのフィルタの位相応答は、前記周波数fについて互いに非対称であることが好ましい。
【0017】
具体的な位相応答は、システムが補正されるべき周波数の近傍のフィルタについて選ばれ得る。これは、フィルタ及びその品質係数について、特性中心応答周波数を選択することを典型的には伴うことになる。
【0018】
上述のようにシステムは、Nチャンネルに関連付けられた少なくともN個のトランスデューサを備えることになるが、システムは、M個の音響トランスデューサからなるN個のグループを備え、ここでMは整数かつM≧2であり、与えられたグループのそれぞれの音響トランスデューサは、前記オーディオシステムのそれぞれのチャンネルについて同じオーディオ信号を受け取り、音響信号をそれから発生するよう構成されてもよい。
【0019】
与えられたグループの他のトランスデューサは、場合によっては、ミッドレンジ及びツイータのドライブユニットのような、異なる周波数で動作してもよく、この場合、与えられたグループのトランスデューサは、単一のスピーカーユニット内にふつうは配置される。その代わりに、又はそれに加えて、例えばいくつかのウーファードライブユニットのように、いくつかのトランスデューサが、与えられたグループ内に存在し、同じ周波数帯域で動作してもよい。この場合、補償は、類似のトランスデューサのグループに対して適用され得る。
【0020】
ある実施形態においては、N×M個の音響トランスデューサのそれぞれは、位相応答を有するそれぞれのフィルタに動作可能に結合されており、ここで周波数fにおいて、与え
られたグループ内の前記M個の音響トランスデューサに結合された前記フィルタの前記位相応答は同じであり、少なくとも1つの他のグループ内のM個の音響トランスデューサに結合されたフィルタの位相応答とは異なることによって、前記周波数fの近傍の幅Δfの周波数範囲にわたって、そうでなければ起こるだろう音響パワーにおける低減を補償する。
【0021】
他の実施形態においては、N×M個の音響トランスデューサのそれぞれは、位相応答を有するそれぞれのフィルタに動作可能に結合されており、ここで周波数fにおいて、与え
られたグループ内の音響トランスデューサに結合された少なくとも1つのフィルタの前記位相応答は、同じグループ内の音響トランスデューサに結合された少なくとも1つの他のフィルタの位相応答とは異なり、少なくとも1つの他のグループ内の音響トランスデューサに結合された少なくとも1つのフィルタの前記位相応答とも異なることによって、前記周波数fの近傍の幅Δfの周波数範囲にわたって、そうでなければ起こるだろう音響パワーにおける低減を補償する。
【0022】
本発明のシステムは、音響異常を生む閉鎖空間の範囲内での動作に非常に適している。例えば、システムは、自動車の客室、特にスポーツカーのコンパクトな客室に非常に適している。
【0023】
本発明の第2の局面によれば、閉鎖空間内の音響信号の音響パワーにおける低減を補償する方法が提供され、前記音響信号は、N個(Nは整数かつN≧2)の音響トランスデューサを備えるオーディオシステムによって作られ、それぞれの音響トランスデューサは、前記オーディオシステムのそれぞれのチャンネルについてオーディオ信号を受け取り、音
響信号をそれから発生するよう構成され、前記方法は、
前記N個の音響トランスデューサのうちの少なくとも2つによって受け取られるべき前記音響信号を、前記少なくとも2つの音響トランスデューサのそれぞれについて、対応する波長λ=d/(n+1/2)(nは整数かつn≧0、dはN個の音響トランスデューサの2以上のものの前記閉鎖空間内での特性間隔)を有する周波数fにおいて、異なる位相応答で濾波
することによって、前記周波数fの近傍の幅Δfの周波数帯域にわたってそうでなければ発生するだろう音響パワーにおける減少を補償するステップを含む。
【0024】
ある具体的な実施形態においては、N=2であって、2つの音響トランスデューサは、前記閉鎖空間内で間隔dによって間隔が設けられた対向するスピーカーの一部をそれぞれ形成し、前記2つの音響トランスデューサによって受け取られるべき前記音響信号は、前記周波数fにおいて所定の位相差を有する位相応答で濾波される。ある好ましい実施形態
においては、前記所定の位相差は、前記周波数fにおいて180°である。好ましくは、
前記位相応答は、前記周波数fについて互いに非対称である。
【0025】
さまざまな実施形態において、第2の局面の方法は、さらなる方法ステップについて、本発明の第1の局面の装置の実施形態の多くを反映し得る。
【0026】
本発明の第3の局面によれば、音響トランスデューサシステムのプロセッサ上で実行されるときに前記システムに第2の局面の方法を実行させるコンピュータが実行可能なコードを含むコンピュータプログラムプロダクトが提供される。
【0027】
ある実施形態においては、コンピュータプログラムプロダクトは、既存のデジタルシグナルプロセッサ(DSP)スピーカーシステムに対するアップデート又は拡張機能として実現され得るが、これはハードウェアの変更が必要とされないかもしれないことによる。他の実施形態においては、コンピュータプログラムプロダクトは、既存のマルチチャンネル又はステレオオーディオプロセッサに対するアップデート又は拡張機能として実現され得る。
【0028】
本発明の第4の局面によれば、第2の局面の方法を実行するよう構成されたコンピュータ音響トランスデューサシステムが広くは提供される。
【0029】
当業者には理解されるであろうように、本発明は、音響波長に匹敵する寸法を有する閉鎖空間においてマルチチャンネルオーディオシステムに起こり得る、音響異常を補償する新規な技法を提供する。正確な実現は、具体的な設計及び応用によって適用され得て、さらなる変形及び追加は、本開示を参酌すれば当業者には明らかになるだろう。
【図面の簡単な説明】
【0030】
ここで添付の図面を参照して本発明の例が詳細に記載される。
【
図1】
図1は、自動車オーディオシステムにおける典型的なスピーカー配置を概略的に示す。
【
図2】
図2は、
図1に示されるタイプの自動車オーディオシステムにおいて測定された低域音響信号のスペクトル成分を示す。
【
図3】
図3は、2チャンネルスピーカーシステムにおいて実現された本発明の実施形態を概略的に示す。
【
図4】
図4は、
図3に示されるタイプの2チャンネルスピーカーシステムにおいて用いられる2つのオールパスフィルタの例示的な個々の相対的位相応答を示す。
【
図5】
図5は、
図3の補償されたスピーカーを採用するときの、
図1に示されるタイプの自動車オーディオシステムにおいて測定された低域音響信号のスペクトル成分を示す。
【
図6】
図6は、2チャンネルステレオシステムにおいて用いるための3ウェイスピーカーの典型的な構成を概略的に示す。
【
図7】
図7は、
図6に示される3ウェイスピーカーにおいて実現された本発明の実施形態を概略的に示す。
【発明を実施するための形態】
【0031】
以下に記載されるように、本発明は、マルチチャンネルオーディオシステムが比較的、閉鎖された(confined)空間に配置されるときに起こり得る音響的異常を補償する新しい技術を提供する。
【0032】
図1に示される種類10の自動車オーディオシステムで、車両ドアの間隔は、左右スピーカー11及び12の間隔を実質的に規定するが、これはこれらスピーカーが対向する左右ドアパネルにふつうは配置されるからである。同一の信号でスピーカーが駆動されるとき、スピーカー間の距離が音響信号の半波長の奇数倍、(n+1/2)λ、例えば1/2、1 1/2、2 1/2波長に対応する音響周波数fにおいて有害な干渉が起こり得る
。
【0033】
これは、これら特異な波長に対応する周波数において、低減された出力及び低減された効率につながり得る。最も強い効果は、対向するスピーカーに1/2波長の間隔が設けられていることに対応する周波数において起こりやすい。この周波数は、f=vs/2dから計算され得て、ここでvs=340m/sは空気中での音の速度、dは2つのスピーカーの間隔である。
図1に示される種類の自動車オーディオシステムについては、車両ドアは、典型的には1.5mから2m離れている。1.5mのスピーカー間隔は、周波数f=113Hzに対応し、これは低音音響周波数に対応する。
【0034】
有害な干渉は、車両乗員の頭部において測定される、オーディオシステムの周波数応答における不要なノッチにつながり得る。
図2は、車両居住空間内で自動車オーディオシステムによって作られた音場の測定された周波数コンテンツにおける、ちょうどそのようなノッチ20を示す。明らかなように、音響低音出力は、周波数fが約113Hzにおける点においてと、この周波数の周りで幅Δfの周波数範囲にわたって抑制されている。
【0035】
よって
図2で見えるノッチ20は、良くない周波数応答を表すだけでなく、音響低音出力の損失も表し、これはリスナーのオーディオ体験の質に大きな影響を与える。このノッチのイコライゼーションは可能であるが、アンプのパワー及びスピーカーのコーン紙の動きを大幅に増すことが必要となろう。その代わりに、本発明によれば、より良い解決策は、可能である限り破壊的な干渉を防止することである。
【0036】
中域及び高域の周波数においては、ステレオオーディオシステムの左右のチャンネルは、立体像中の音の位置を保存するために、ほぼ同一に扱われなければならない。しかしここでのキーとなる洞察は、乗り物の客室における低域周波数においては、この左右対称性の維持は、
図2に示されるタイプのノッチを効率的に補正することよりもずっと重要ではない。したがって左右の低音信号は、わずかに異なるように処理され得る。
【0037】
よって従来のシステムと比較して、本発明は、左右のチャンネルの位相応答を異なるように扱うが、不要なノッチに対応する狭い周波数帯域にわたってだけそのようにする。望ましい効果のためには、ノッチ周波数において2つのスピーカーの出力が180°位相がずれることが一般に必要となる。しかし音響異常の性質又は深刻さによっては他の位相整合も用いられ得る。
【0038】
本発明のある実施形態は、この補正を実現するために、2つの高Qの2次オールパスフ
ィルタを採用する。フィルタは、2チャンネルのそれぞれについて設けられ、特性中心周波数は、不要な破壊的な干渉が起こる周波数のそれぞれ上と下とにある。
【0039】
図3は、そのような簡単な2スピーカーシステムを示す。この構成においては、左オーディオ信号33は、高Q2次オールパスフィルタ35を通過し、それと同時に時間的にアラインされた右オーディオ信号34は、その高Q2次オールパスフィルタ36を通過する。2つのオールパスフィルタ35及び36は、ターゲットとされた補償周波数のわずかに上と、わずかに下にそれぞれ特性中心周波数を有するように選択される。濾波された信号は、それからそれぞれの左右のスピーカー31及び32に供給される。
【0040】
この実施形態においては、2つのオールパスフィルタのs領域における伝達関数は、以下のように選択される。
【0041】
【0042】
ここでHL(s)は、低周波数フィルタの応答であり、HH(s)は、高周波数フィルタの応答である。低周波数フィルタは、左右のスピーカーのうちのいずれか一方と共に用いられ得るが、これは高周波数フィルタが左右のスピーカーのうちの他方と共に用いられる限りにおいてである。上記周波数応答において、パラメータは、RH=ω×r及びRL=ω/rであり、ここでωは、ノッチ中心周波数(f)に対応する角周波数(ω=2πf)であり、rは補正される
べきノッチ周波数帯域の幅Δfに依存して選択された比であり、Qは、フィルタの品質係数であり、ノッチ中心周波数fにおいて180°の位相差を提供するように選択される。
【0043】
図4の2つの下側曲線40は、上述の2つのオールパスフィルタの位相応答を示し、上側曲線41は、2つのフィルタの相対位相応答を示す。この例では、低周波数フィルタ及び高周波数フィルタの中心周波数は、それぞれ104.9Hz及び115.4Hzであり、フィルタの品質係数Qは12である。見ればわかるように、フィルタ位相応答は、選択された周波数fにおいて180°位相差に対して非対称であり、ノッチ中心周波数fの近傍の周波数帯域にお
いて非零の相対位相応答を作る。
【0044】
図5は、
図4に示されるフィルタ位相応答でオールパスフィルタ補正を左右のオーディオ信号に適用したときに、自動車車室内の自動車オーディオシステムによって作られた音場の測定された周波数コンテンツを示す。見ればわかるように、50においてノッチが存在せず、位相補償なしの同じシステムについて
図2で示された測定された周波数コンテンツと比較したとき、音響低音パワーのロスが存在しないことが明らかである。図示される低音域にわたるシステムの周波数応答は、はるかに均一である。
【0045】
それぞれのチャンネルについて単一のスピーカーを持つ2チャンネルシステムについてこのオーディオシステムは記載されてきたが、システムは、実際には2チャンネルより多いチャンネルを備えてもよく、及び/又はそれぞれのスピーカーは、1つより多い音響トランスデューサを含んでもよい。
図6は、典型的な3ウェイスピーカー60内のユニットの概略的表現である。図示されるように、スピーカーは、3つの音響トランスデューサを以下のドライブユニットのかたちで含む。すなわちツイータ61c、ミッドレンジ61b
、及びウーファー61aであり、高域、中域、及び低域の周波数をそれぞれ発生するためのものである。
【0046】
スピーカーは、2チャンネルステレオシステムの一部を形成し得て、示されるように左チャンネルのオーディオ信号63を受け取り得る。図示されるように、信号63は、それぞれのドライブユニットについて異なるフィルタ又はフィルタ群のセットを効果的に通され、すなわち、ツイータ61cのドライブユニット信号についてはハイパスフィルタ67cを通され、中域61bのドライブユニット信号についてはバンドパスフィルタ67bを通され、ウーファー61aのドライブユニット信号についてはローパスフィルタ67aを通される。このようにして全体のオーディオ信号は、濾波されることによって、信号の適切な周波数帯域だけがそれぞれの音響トランスデューサを駆動するのに用いられる。2チャンネルステレオシステムにおいて、右チャンネルを受け取るスピーカーは、典型的には同様に構成される。同様のスピーカー構成は、2チャンネルよりも多いチャンネルをもつマルチチャンネルシステムにおいても用いられ得る。
【0047】
そのようなスピーカー構成が
図1に示されたタイプの自動車オーディオシステムにおいて用いられるとき、前述の理由によって低音信号における音響異常が起こり得るが、高域及び中域周波数に関しては異常の問題は存在しないかもしれず、又は無視され得るかもしれない。このような状況においても、
図7に示されるやり方でウーファーユニットへの信号をさらに濾波することによって低音補償を達成するために、本発明は依然として用いられ得る。
【0048】
図7に示されるように、
図6のスピーカー構成は、ローパスフィルタ77a及びウーファードライブユニット71aの間において、ウーファーユニット71aを駆動する信号チェーン中にオールパスフィルタ75を効果的に含ませるよう70のように適応されている。同様の適応は、マルチチャンネルオーディオシステム中のそれぞれの3ウェイスピーカーにもなされ得て、オールパスフィルタは、本発明に従って結果として生じる複合音響低音信号中の異常を補償するために、異なる位相応答を持つように選択され得る。2チャンネルステレオシステムにおいて、右スピーカーは、左スピーカーの複製品であり得て、左右のウーファーのためのオールパスフィルタは、特性中心周波数が不要ノッチ周波数の上と下とにあるような、上述のやり方で実現され得る。
【0049】
このようにして中域及び高域周波数が、それぞれのチャンネルについて同一のやり方で取り扱われることによって、立体音像における音響サウンドの位置を保存することができ、例えば、その一方で低音周波数は、低音周波数帯域において起こる不要な異常を処理するために、それぞれのチャンネルについて異なるように扱われる。
【0050】
このシステムは、オーディオシステムの特定のチャンネルに応じた音響トランスデューサのグループを一般には含み得る。グループ中のトランスデューサのうちのいくつかは、同じ周波数帯域において動作し得て、いくつかは、異なる周波数帯域で動作し得る。グループ中のトランスデューサのうちのいくつかは、単一のスピーカーユニット内に位置してもよく、いくつかは別個であってもよい。必要なら、本発明によるフィルタを用いる補償は、与えられたグループ内のトランスデューサ間で適用されてもよく、別個のグループのトランスデューサ間で適用されてもよい。類似の音響トランスデューサであるが、別の場所に配置された音響トランスデューサの2つのグループを含むステレオシステムにおいては、2つのグループ内の対応するトランスデューサ間で異なる補償が適用されてもよい。
【0051】
ある種のシステム構成は、低い周波数及び高い周波数の間のクロスオーバーから起きる不要な群遅延につながり得る。そのような状況においては、本発明の補償手法は、公開国際特許出願WO2014106756A1に記載された群遅延イコライゼーションの手法と、優位性をも
って組み合わされ得て、その内容は、ここで参照によって援用される。2つの手法を単一のオーディオシステムにおいて組み合わせるとき、効率的な設計においては、所望の効果を達成するために、フィルタを統合及び最適化することが可能であり得る。
【0052】
要約すると、本発明は、閉鎖された空間から結果として生じる不要な音響アーティファクトを除去するために、閉鎖された空間におけるマルチチャンネルスピーカーオーディオシステムと共に用いられる新規な補償手法を提供する。この補償は、具体的な応用例に従っていくつかの異なる構成において実現され得る。一般性を失うことなく、上述の実施形態の教示は、恣意的に複雑なシステムへと組み込まれ得る。さらに当業者にはわかるように、本発明のさまざまな改変物が上記教示に基づいて可能である。