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特許7198452末梢循環腫瘍細胞、及び希少細胞濃縮デバイス
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2022-12-21
(45)【発行日】2023-01-04
(54)【発明の名称】末梢循環腫瘍細胞、及び希少細胞濃縮デバイス
(51)【国際特許分類】
   G01N 33/48 20060101AFI20221222BHJP
   C12M 1/26 20060101ALI20221222BHJP
   C12M 3/00 20060101ALI20221222BHJP
   C12M 1/22 20060101ALI20221222BHJP
   C12N 5/09 20100101ALI20221222BHJP
   C12N 1/02 20060101ALI20221222BHJP
   C12Q 1/04 20060101ALI20221222BHJP
【FI】
G01N33/48 S
G01N33/48 B
C12M1/26
C12M3/00 Z
C12M1/22
C12N5/09
C12N1/02
C12Q1/04
【請求項の数】 10
(21)【出願番号】P 2019003828
(22)【出願日】2019-01-11
(65)【公開番号】P2020112452
(43)【公開日】2020-07-27
【審査請求日】2021-10-14
【国等の委託研究の成果に係る記載事項】(出願人による申告)国立研究開発法人科学技術振興機構 革新的研究開発推進プログラム(ImPACT):「セレンディピティの計画的創出による新価値創造」 プロジェクト名:「高精度血液検査技術開発の実証評価」、研究開発課題 :「血中CTCの取りこぼしを許さない高精度血液検査技術の開発」産業技術力強化法第19条の適用を受ける特許出願
(73)【特許権者】
【識別番号】000173588
【氏名又は名称】公益財団法人がん研究会
(73)【特許権者】
【識別番号】396026710
【氏名又は名称】株式会社オプトニクス精密
(74)【代理人】
【識別番号】100179431
【弁理士】
【氏名又は名称】白形 由美子
(72)【発明者】
【氏名】松阪 諭
(72)【発明者】
【氏名】芝 清隆
(72)【発明者】
【氏名】絹田 精鎮
(72)【発明者】
【氏名】市野沢 義行
(72)【発明者】
【氏名】小林 将士
【審査官】三木 隆
(56)【参考文献】
【文献】特表2008-538509(JP,A)
【文献】国際公開第2014/192917(WO,A1)
【文献】国際公開第2015/012315(WO,A1)
【文献】特表2015-524054(JP,A)
【文献】特表2015-509823(JP,A)
【文献】米国特許出願公開第2016/0178630(US,A1)
【文献】Siyang Zheng,3D microfilter device for viable circulating tumor cell (CTC) enrichment from blood,Biomed Microdevices,2011年02月,Vol.13 No.1,doi:10.1007/s10544-010-9485-3
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
G01N 33/48
C12M 1/26
C12M 3/00
C12M 1/22
C12N 5/09
C12N 1/02
C12Q 1/04
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
体液中の末梢循環腫瘍細胞(CTC)、又は希少細胞を
クラスターを形成している細胞とクラスターを形成していない細胞とを分けて捕捉するデバイスであって、
フィルターが配置された複数の捕捉ユニットが連結されており、
前記捕捉ユニットには、それぞれ異なる孔径のフィルターが載置されているフィルターカセットを備え、
体液流入側のフィルターの孔径が、体液流出側のフィルターの孔径よりも大きく、
クラスターを形成している細胞を流入側のフィルターで、
クラスターを形成していない細胞を流出側のフィルターでそれぞれ捕捉することを特徴とする捕捉デバイス。
【請求項2】
前記フィルターカセットは、フィルター台、フィルター、フィルターおさえからなり、
フィルターおさえによってフィルター台上に載置されたフィルターがずれないように構成されていることを特徴とする請求項1に記載の捕捉デバイス。
【請求項3】
前記フィルターは、電鋳金属で形成していることを特徴する請求項1又は2に記載の捕捉デバイス。
【請求項4】
前記フィルターの電鋳金属は、ニッケル又はニッケル・パラジウム合金であることを特徴とする請求項3に記載の捕捉デバイス。
【請求項5】
前記捕捉ユニットは2つの捕捉ユニットからなり、
体液流入側の捕捉ユニットのフィルターの孔径は12μm以上20μm以下であり、
体液流出側の捕捉ユニットのフィルターの孔径は6μm以上12μm未満であることを特徴とする請求項1~4のいずれか1項に記載の捕捉デバイス。
【請求項6】
請求項1~5記載の捕捉デバイスと
フィルタートレイを備えていることを特徴とする捕捉細胞培養キット。
【請求項7】
請求項1~5いずれか1項に記載の捕捉デバイスを用い、
がん患者の体液を注入して、
体液中のクラスター形成している腫瘍細胞が豊富な分画、単独で存在している腫瘍細胞が豊富な分画に分けて濃縮し、
分画された細胞を夫々回収することを特徴とする細胞の分離方法。
【請求項8】
請求項6記載の捕捉細胞培養キットを用い、
クラスターを形成している腫瘍細胞、クラスターを形成していない腫瘍細胞を分離して細胞を培養する方法。
【請求項9】
請求項1~5いずれか1項記載の捕捉デバイスを用い、
クラスターを形成している腫瘍細胞、クラスターを形成していない腫瘍細胞を分離して細胞を解析する方法。
【請求項10】
請求項6記載の捕捉細胞培養キットを使用して、
クラスターを形成している腫瘍細胞、クラスターを形成していない腫瘍細胞を分離、培養して細胞を解析する方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、血液中の末梢循環腫瘍細胞(Circulating tumor cell、以下CTCと記載する。)や体液中の希少な腫瘍細胞(以下、希少細胞と記載する。)を濃縮するデバイスに関する。特に、CTCや希少細胞の中でも、2つ以上の細胞がクラスターを形成している腫瘍細胞と、クラスターを形成していない腫瘍細胞を区別して分画するデバイスに関する。また、前記デバイスを用いて、クラスターを形成している腫瘍細胞と、クラスターを形成していない腫瘍細胞を分画し分離する方法に関する。
【背景技術】
【0002】
近年、特定の分子を標的として、その機能を制御することにより治療する分子標的治療が行われるようになっている。特に、がん治療の分野では、がんの増殖や転移の原因である変異を生じた分子を標的とし、その機能を特異的に抑制することによって治療を行う分子標的治療薬の開発が進んでいる。特に、肺がん、乳がんにおいては、分子標的治療薬が、有効な治療手段となってきている。
【0003】
例えば、肺がんは日本人のがんによる死亡原因の第1位であって(厚生労働省、2016年統計)、そのうち、非小細胞肺がんが80%~85%を占めている。非小細胞肺がんでは、EGFR(Epidermal Growth Factor Receptor、上皮成長因子受容体)、ALK(anaplastic lymphoma kinase、未分化リンパ腫キナーゼ)など、特定の遺伝子変異を有するものが含まれており、その遺伝子変異に応じた個別化医療が適応となる。進行期の肺がんは、EGFR変異が陽性であればEGFR-TKI(チロシンキナーゼ阻害剤)であるゲフィチニブやエルロチニブが、ALK変異が陽性であればクリゾチニブなど、検出された変異に応じた治療が適応となる。
【0004】
分子標的治療薬は特定の標的分子の変異に対して有効であることから、がん細胞の遺伝子変異を検査することは非常に重要である。肺がんの遺伝子変異を検出するためには、外科手術によって得られた切除サンプル、気管支鏡生検やCTガイド下生検、エコーガイド下生検によって得られた生検サンプルなど、侵襲的な手技によって得られる組織の病理組織検査が必須である。
【0005】
分子標的治療薬の治療適応を決定するためには上述のような侵襲性の高い検査が必須であるが、各手技そのもの、あるいは麻酔などの周術管理による侵襲性・合併症のリスクが患者の負担となる。また、病変部位や患者の全身状態が不良であることから生検手技が不可能な症例もある。実際に組織生検を施行した約20~30%の症例で、アクセス不能のために十分な生検検体が得られなかったとの報告もある(非特許文献1)。
【0006】
さらに、分子標的治療薬による化学療法では、薬剤に対して耐性を獲得するという問題が生じる。例えば、EGFR陽性肺がんに対する第1世代、第2世代の分子標的治療薬で治療を行った場合、49~63%でEGFRの790位のアミノ酸がスレオニンからメチオニンに変異するT790M耐性遺伝子が出現すると言われている。T790M耐性遺伝子に対しては、第3世代のTKIが効果を奏する。そのため、再発がんの場合には、治療方針を決定するために再度侵襲性の高い検査が必要となる。しかし、EGFR-TKI治療後耐性化し再発となった40症例について、再生検を検討したが、そのうち50%が脳や骨などアプローチの困難なリンパ節再発であったため生検不可能だったという報告がある(非特許文献2)。また、再生検を施行しても約10%で、検体不十分や、気胸などの手技中の有害事象で検体採取に失敗したとの報告もある(非特許文献3)。
【0007】
そこで患者の血液から生体内のがん細胞の情報を得ることにより、低侵襲な手技で頻回に施行できる診断システムであるリキッドバイオプシーの構築が切望されている。血液中のがん由来成分をがん診断に利用することができれば、リアルタイムに適切な治療を選択することができる。血液中の末梢循環腫瘍細胞(CTC)や、血中循環DNA(Cell Free DNA、cfDNA)、あるいは体液中の希少細胞を解析することによって、がん診断に利用することができれば、患者にとってのメリットは大きい。
【0008】
特に、がん患者の血液中を循環するCTCは、転移がんの原因の一つであると考えられており、再発、予後不良の指標であると言われている。また、がんの病勢の予測因子としても有用であると考えられ、リキッドバイオプシーの対象として注目されてきた。また、非小細胞肺がんのEGFR-TKI耐性の解析から、血液検体中のCTC数とcfDNA中のEGFR変異検出率が相関すること、さらに、CTCを直接分析した方がcfDNAの解析に比べ感度が高いことが指摘されていることから、CTCでの検出がより有用であると考えられる(非特許文献4)。
【0009】
現在CTCの診断装置として、セルサーチ・システム(CellSearch)が唯一FDA(アメリカ食品医薬品局)で認可されている(非特許文献5~7)。本発明者らも、セルサーチ・システムを用いて、CTC数が胃がん、大腸がんの予後診断及び抗がん剤の治療効果予測診断に有用であることを報告してきた(非特許文献8、9)。
【0010】
また、CTCには、単独の細胞で循環しているCTC(以下、シングルCTCとも記載する。)だけではなく、2つ以上の細胞がクラスターを形成しているCTC(以下、クラスターCTCと記載する。)があることが明らかとなってきた。クラスターCTCは、がんの転移や予後に、より相関が高いことが報告されており(非特許文献10)、CTCをシングルCTCとクラスターCTCを分けて解析することの必要性が認識されてきている。クラスターCTC、シングルCTCを分けて濃縮することができれば、より精度良くがん細胞を検出し、診断に用いることができる。シングルCTC、クラスターCTCを生細胞のまま分離、収集して解析したり、さらに培養することが可能になれば、研究面においても、がんの転移機序や薬剤耐性機序の解明、創薬の開発などに役立てることができる。
【0011】
異なるフィルターによって目的物を分離して捕集する装置や、細胞を収集した後に培養を行うことのできるフィルター装置は開示されている(特許文献1、2)。特許文献1には、異なるサイズの物質が混在している流体を、空隙部の開口比率の異なるフィルターを用いて、目的物よりサイズの大きい粗大物と、目的物を分離捕集するフィルター装置が開示されている。全血から白血球、赤血球などの血液細胞を除去して、エクソソームの捕集に応用できることが記載されている。特許文献2には、収集した細胞を培養可能な装置が記載されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0012】
【文献】国際公開第2014/192917号
【文献】特表2015-509823号公報
【文献】国際公開第2015/012315号
【非特許文献】
【0013】
【文献】VanderLaan, P.A. et al., 2014, Lung Cancer.Vol.84(1), pp.39-44,doi:10.1016/j.lungcan.2014.01.013.
【文献】Hasegawa, T. et al., 2015, Intern. Med., Vol.54, pp.1977-1980.
【文献】Hata, A. et al., 2017, In Vivo, Vol.31(3),pp.475-479.
【文献】Isobe, K., 2012, Anticancer Res. Vol.32,pp.3339-3344.
【文献】Cristofanilli M., et al., 2004, N. Engl. J.Med. Vol.351, pp.781-791.
【文献】de Bono J.S., et al. 2008, Clin. CancerRes. Vol.14, pp.6302-6309.
【文献】Cohen, S.J., et al., 2008, J. Clin. Oncol.,Vol.26, pp.3213-3221.
【文献】Matsusaka, S., et al., 2010, Cancer Sci. Vol101(4),pp.1067-1071.
【文献】Matsusaka, S., et al., 2011, Cancer Sci. Vol.102(6),pp.1188-1192.
【文献】Aceto, N. et al., 2014, Cell,Vol.158(5), pp.1110-1122.
【文献】Mikolajczyk, S.D. et al., 2011, J. Oncol., Vol. 2011. Article ID 252361, 10 pages
【文献】服部正、表面技術、2011,Vol.62,No.12,pp.619-624.
【文献】Elufeld, W. and Lhe, H., 1995, Radiat. Phys.Chem., Vol.45(3), pp.340-365.
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0014】
セルサーチ・システムは、EpCAM陽性のCTCを捕捉し、血液中のCTCを濃縮する装置である。そのため、EpCAM陰性のCTCを得ることはできない。しかし、CTCには、EpCAMやサイトケラチンが陰性の細胞が散見することが報告されており(非特許文献11)、セルサーチ・システムでは検査に漏れが生じることが指摘されている。また、クラスターCTC、シングルCTCを分けて分離することはできず、解析を行った細胞を培養することはできない。
【0015】
また、一般に広く使われているフィルターは不織布、あるいは樹脂を用いている。そのため、ミクロンオーダーの孔径を有する多数の孔を均一に作製することは困難である。金属フィルターを用いることによって、CTCを分離する装置は開発されているものの、クラスターCTC、シングルCTCを区別して濃縮することはできない(特許文献3)。
【0016】
特許文献1には、異なるフィルターによって目的物を分離して捕集する装置が開示されている。この捕集装置は、異なるサイズの物質が混在している流体を、空隙部の開口比率の異なるフィルターを用いて、目的物よりサイズの大きい粗大物と、目的物を分離捕集するフィルター装置である。上述のように全血から白血球、赤血球などの血液細胞を除去して、エクソソームのみを捕集する応用に使用できることが記載されている。しかしながら、この装置は目的物の量を電磁波特性によって測定する装置であって、フィルターごとに目的物が回収できるような構成にはなっていない。目的物である細胞を回収することができないことから、細胞の特性等を解析したり、さらに細胞を培養することはできない。また、エクソソームと血球のように、サイズが大きく異なるものに関しては、分離することができると思われるが、サイズがさほど異ならないシングルCTC、クラスターCTCを分離することは難しい。
【0017】
特許文献2に記載の精密濾過装置は、がん患者の末梢血からCTCを収集できることが記載されている。アパーチャを第1のタイプの体液細胞を通し、第2のタイプの体液細胞を通さないサイズにすることによって、第2のサイズの細胞を収集できることが記載されている。しかしながら、2種のサイズの細胞を分離して同時に収集できるような構成にはなっていない。
【0018】
また、培養を行う場合には、捕獲した細胞と共に、マイクロフィルターをフィルターホルダから除去して培養する、あるいは、フィルター上のリザーバーに試薬を置き、培養を行う方法が開示されている。マイクロフィルターをフィルターホルダから外して培養する場合には、フィルターホルダを分解し、マイクロフィルターをフィルターホルダから外し、シャーレ等に移して培養するという煩雑な工程が必要である。そのため、操作に時間がかかることから、細胞の生存率が低いという問題点があった。また、フィルター上のリザーバーに試薬を置き、培養を行う場合には、フィルターホルダに厚みがあることから、そのままでは顕微鏡下で観察することはできず、細胞の培養状態等を調べることはできなかった。
【0019】
本発明は、クラスターを形成している腫瘍細胞と、クラスターを形成していない腫瘍細胞を分けて濃縮する装置を提供することを課題とする。また、得られた腫瘍細胞を生細胞のまま解析を行ったり、あるいはそのまま培養を行うことのできる装置を提供することを課題とする。それにより、診断情報を包括的に解析し、がんに対する治療方針決定のための情報を最大限に引き出すことが可能となるだけではなく、新たな研究のツールとしても有用となる。
【課題を解決するための手段】
【0020】
本発明は、以下の捕捉デバイス、該捕捉デバイスを用いた解析方法に関する。
(1)体液中の末梢循環腫瘍細胞(CTC)、又は希少細胞を捕捉するデバイスであって、フィルターが配置された複数の捕捉ユニットが連結されており、前記捕捉ユニットには、それぞれ異なる孔径のフィルターが載置されているフィルターカセットを備え、体液流入側のフィルターの孔径が、体液流出側のフィルターの孔径よりも大きいことを特徴とする捕捉デバイス。
(2)前記フィルターカセットは、フィルター台、フィルター、フィルターおさえからなり、フィルターおさえによってフィルター台上に載置されたフィルターがずれないように構成されていることを特徴とする(1)に記載の捕捉デバイス。
(3)前記フィルターは、電鋳金属で形成していることを特徴する(1)又は(2)に記載の捕捉デバイス。
(4)前記フィルターの電鋳金属は、ニッケル又はニッケル・パラジウム合金であることを特徴とする(3)に記載の捕捉デバイス。
(5)前記捕捉ユニットは2つの捕捉ユニットからなり、体液流入側の捕捉ユニットのフィルターの孔径は12μm以上20μm以下であり、体液流出側の捕捉ユニットのフィルターの孔径は6μm以上12μm未満であることを特徴とする(1)~(4)のいずれか1つに記載の捕捉デバイス。
(6)(1)~(5)記載の捕捉デバイスとフィルタートレイを備えていることを特徴とする捕捉細胞培養キット。
(7)(1)~(5)いずれか1つに記載の捕捉デバイスを用い、がん患者の体液を注入して、体液中のクラスター形成をしている腫瘍細胞(クラスターCTC)が豊富な分画、単独で存在している腫瘍細胞(シングルCTC)が豊富な分画に分けて濃縮し、分画された細胞を夫々回収することを特徴とする細胞の分離方法。
(8)(6)記載の捕捉細胞培養キットを用い、シングルCTC、クラスターCTCを分離して細胞を培養する方法。
(9)(1)~(5)いずれか1つ記載の捕捉デバイスを用い、シングルCTC、クラスターCTCを分離して細胞を解析する方法。
(10)(6)記載の捕捉細胞培養キットを使用して、シングルCTC、クラスターCTCを分離、培養して細胞を解析する方法。
【図面の簡単な説明】
【0021】
図1(A)】捕捉デバイスの側面図。
図1(B)】捕捉デバイスを構成する捕捉ユニットの分解斜視図。
図1(C)】フィルター部分を示す図。
図1(D)】捕捉デバイスにより、血液細胞が分離され、シングルCTC、クラスターCTCが分別されて捕捉される様子を模式的に示した図。
図2(A)】フィルターカセット、及びフィルタートレイの斜視図。
図2(B)】フィルターおさえの上面図、断面図/側面図、斜視図。
図2(C)】フィルター台の上面図、断面図/側面図、斜視図。
図2(D)】フィルタートレイ断面図/側面図、斜視図。
図3(A)】シングルCTC模擬検体を濾過した場合の細胞の回収率を示す図。フィルターの孔径と、回収率を解析した結果を示す。
図3(B)】クラスターCTC模擬検体を濾過した場合の細胞の回収率を示す図。フィルターの孔径と、回収率を解析した結果を示す。
図4】捕捉デバイスで捕捉した細胞の培養結果を示す図。
【発明を実施するための形態】
【0022】
以下、CTCを例に説明を行うが、本実施形態のデバイスは、がん患者の血液に含まれる循環腫瘍細胞だけではなく、がん患者の腹水、腹腔洗浄液、リンパ液、髄液など体液に含まれる希少な腫瘍細胞を、クラスターを形成しているもの、クラスターを形成せず単独で存在するものを別々に濃縮することができる。
【0023】
一定の孔径を有するフィルターを備えたデバイスは、抗EpCAM抗体などのキャプチャー抗体に依存せず、細胞のサイズで腫瘍細胞を捕捉することができる。そのため、EpCAM陰性の腫瘍細胞であっても回収し、解析を行うことができる。
【0024】
以下の実施態様で示すように、一定の孔径を備えたフィルターを2つ連続して使用することにより、サイズの違いによってクラスターを形成している腫瘍細胞と、クラスターを形成していない腫瘍細胞を分画して濃縮することができる。
【0025】
上述したように、一般に広く使われているフィルターは不織布、あるいは樹脂を用いているために、ミクロンオーダーの孔径を有する多数の孔を均一に作製することは困難である。一方、本実施形態のフィルターは、電鋳金属で形成しており、材質はニッケル単体(Ni)又はニッケル・パラジウム合金(Ni・Pd)であり、孔径を均一に作製することができる。ニッケル単体の場合、毒性があるニッケルが溶出する恐れがあるが、腫瘍細胞をフィルターで捕捉して取り出す作業時間が短ければ、腫瘍細胞を生きたまま取り出すことができる。しかしながら、この作業時間が長くなると、腫瘍細胞が死んでしまう恐れがあるため、材質としてニッケル・パラジウム合金を用いた方が好ましい。この理由として、パラジウム自体の毒性が低いことと、ニッケルとパラジウムの合金は固溶体を形成することによりニッケルの溶出を防ぐことができるからである。従って、低毒性の点で、ニッケル・パラジウム合金が好ましく、例えば、ニッケル20%、パラジウム80%が適している。
【0026】
この本実施形態のフィルターは、例えばLIGA(Lithogaphie Galvanoformug Abfomung)技術を利用することによって作製することができる(非特許文献12、13)。1例として、基板上にレジスト、吸収材(任意成分)、マスクを積層し、紫外線、X線又はシンクロトロン放射光を照射してレジストパターンを形成した後、基板を電極として電鋳を行う金属メッキを行い、所定の開孔を残すところで電鋳を終え、更にレジストの除去を行うことを含む方法により電鋳フィルターを作製することができる。
【0027】
かかる製作方法は、開口率が高いと共に孔径の均一性が極めて高く、厳密なサイズ分画の材料として最適である。例えば、本実施態様で使用した孔径8μm金属製のフィルターは開口率25.6%であるのに対し、一般に広く使用されている合成繊維を編み込んだ不織布や中空糸などからなる3次元網目構造のフィルターは孔の配列が制御できずランダムであり、開口率も4.8%程度と非常に低い。
【0028】
また、特許文献3に記載のデバイスのように、窪みを形成しないことから、同じ孔径で設計したとしても開口率は大きく、厚みは薄く設計することができる。例えば、孔径10μmの場合、本実施態様では1.8倍以上の開口率とすることができる。また、フィルターの厚さもCTCの直径よりも小さい5μmで製造することができる。このように、開口率が大きく、厚みが薄いために血液を流した場合に詰まりにくいという利点がある。
【0029】
[実施態様1]
以下に図面を示しながら、詳細に説明を行うが、本発明のデバイスは下記で説明するデバイスに限定されるものではない。図1(A)は、実施態様1の捕捉デバイス1の側面図を示している。捕捉デバイス1は2つの捕捉ユニット2、2’が連結された構造となっている。図1(B)は捕捉ユニット2を示すが、2つの捕捉ユニット2、2’は、内部に配置されているフィルターの孔径が異なっている他は、すべて同じ構造となっている。
【0030】
捕捉ユニット2は、上部部材3、フィルターカセット4、下部部材5から構成されている。フィルターカセット4は、以下に示すように、フィルター台、フィルター、フィルターおさえから構成されている。フィルター6は、図1(C)の走査顕微鏡写真に示すように、同一の直径の細孔が等間隔に配置されている。そのため、上述のように既存の製品と比べて開口率を大きく設定することができる。
【0031】
上部部材3の上部開口部7に、血液などの体液を入れたリザーバー(図示せず)を接続し、体液を捕捉デバイスに流入させ、フィルター6上に腫瘍細胞を捕捉する。流速は、リザーバー下部に三方コックなどを設けることによって調節することができる。また、上部部材3とフィルターカセット4、フィルターカセット4と下部部材5間にはパッキンを設け、注入した体液が漏れないようにすることが好ましい。
【0032】
図1(D)に模式的に示すように、血液中には、末梢循環腫瘍細胞(CTC)、及び血球細胞が含まれている。また、CTCは、単独の細胞で循環しているシングルCTCと、2つ以上の細胞がクラスターを形成しているクラスターCTCがある。
【0033】
上部の捕捉ユニット2のフィルター6は下部の捕捉ユニット2’のフィルター6’に比べて孔径の大きなものが配置されている(図1(D)、以下、上部の捕捉ユニット2に配置するフィルター6を上部フィルター、下部の捕捉ユニットに配置するフィルターを下部フィルター6’という。)。そのため、サイズの大きいクラスターCTCは上部フィルター6上に捕捉されるが、クラスターを形成していないサイズの小さいシングルCTCや血球系細胞は上部フィルター6を通過する。上部フィルター6を通過した、シングルCTCは下部フィルター6’で捕捉されるが、血球細胞はシングルCTCより小さいため下部フィルター6’を通過し捕捉デバイスの下部開口部8より流出する。その結果、上部の捕捉ユニット2では、クラスターCTCを、下部の捕捉ユニット2’では、シングルCTCを濃縮することができる。
【0034】
フィルターカセット、フィルター、及びフィルタートレイの一実施態様について説明する(図2)。フィルターカセット4はフィルターおさえ9、及びフィルター台10からなり、フィルターおさえ9とフィルター台10の間に、適切な孔径のフィルター6を挟んで使用する(図2(A))。フィルターカセット4は、下部部材5上に配置され、上部部材3によって固定される。上部部材3はスクリューキャップ状になっており、下部部材5にネジ止めされる(図1(B)参照)。上部部材3とフィルターカセット4の間、下部部材5とフィルターカセット4の間に夫々パッキン(図示せず)を配置することによって、注入される体液の漏れを防ぐことができる。
【0035】
図2(B)はフィルターおさえ9、図2(C)はフィルター台10の夫々上から、上面図、断面図/側面図、斜視図を示している。図2(B)、(C)の中央の図の左半分に示す断面図は、上面図のA-A’の線における断面図を示している。
【0036】
フィルタートレイ11は、捕捉デバイスによって腫瘍細胞を捕捉した後、フィルターカセット4を捕捉ユニットから取り出し載置する(図2(D))。フィルター6は、フィルターカセット4に載せたままフィルタートレイ11に載置することができるため、迅速に収集した腫瘍細胞を扱うことができる(図2(A)参照)。その結果、分画して濃縮した細胞を迅速に収集することができるので、生細胞で行う必要のある解析も可能である。また、回収した細胞の培養も行うことができる。従来のフィルターは、生細胞を回収するようには設計されておらず、生細胞の回収が難しく、細胞をフィルター上で固定した後に解析を行っていた。フィルタートレイ11を用いることによって、細胞を容易に回収することができる。
【0037】
[フィルター孔径の検討]
上部フィルター、下部フィルターの孔径の検討を行った。対象として以下の試料を用いて行った。シングル細胞、及びクラスターを含む培養細胞HT1080は、Calceinで染色し、100個程度培養液に混合した擬似体液を調整した。孔径10、12、15、20μmのフィルターを用い、各孔径のフィルター上に回収した細胞数から回収率(フィルター上に検出した細胞数/擬似体液中の細胞数×100(%))を求めた。解析は5回行い、回収率の平均を求めている(図3)。
【0038】
クラスターCTCは細孔の直径10μm~15μmのフィルターを用いることにより、100%~70%以上のクラスター捕捉することができた。また、直径20μmのフィルターであっても約60%のクラスターCTCを捕捉することができた(図3(B)、図中FILTER SIZEにおいて、Vは直径を表す。)。一方、シングルCTCは、直径12μmのフィルターで約70%の細胞を捕捉できることが明らかとなった(図3(A))。同じ種類の細胞であってもサイズは一定ではなく、また形状も球形ではないことから、それぞれのフィルターでクラスターCTC、シングルCTCを確実に分別して濃縮することは困難である。しかし、上記結果を鑑みると、上部フィルターは、クラスターCTCを捕捉し、シングルCTCの回収率がさほど高くはない12μm以上20μm以下、下部フィルターとしてはCTCの回収率が高く、血液中に多数含まれる赤血球の通過が可能な6μm以上12μm未満とすればよい。
【0039】
なお、ここでは円形の細孔を有するフィルターを使用しているが、細孔の形状は真円である必要はない。例えば、血液試料を扱う場合には、クラスターCTC、シングルCTC、血球を分離することができれば良いことから、楕円などの形状であってもよい。特に、赤血球は無核であることから楕円形の細孔であっても通過することができる。赤血球の形状を考慮すると、長径8μm、短径6μm程度の楕円形とすることによって、赤血球は通過するが、シングルCTCは通過しにくい形状となる。
【0040】
[実施例1]
上記結果から、上部フィルター15μm、下部フィルター10μmのデバイスを作製し、患者検体を用いて検討を行った。年齢20歳以上のステージI~ステージIV期、もしくは放射線化学療法後または外科手術後再発で活動性担癌状態のEGFR-L858R変異陽性の非小細胞肺癌患者10例を対象とした。10症例の年齢は41~81歳、中央値は64.5歳、男性4名、女性6名であり、全症例とも組織型は腺がんであった。過去5年以内に何らかの癌の既往がある患者、生物学的製剤の使用歴がある患者、血液疾患・自己免疫疾患の合併のある患者を除外した。
【0041】
クラスターCTC、シングルCTCは、具体的には以下のようにして分離した。
1.所望の大きさの孔径のフィルターをフィルター台に置き、フィルターおさえを置いたフィルターカセットを組み立てる。ここでは、上部フィルターとして15μm、下部フィルターとして10μmのフィルターを用いた。
2.各フィルターカセットを各捕捉ユニット内に組み込む。
3.孔径の異なるフィルターが配置されている捕捉ユニットを2つ連結させる。血液流入側は孔径の大きいもの、すなわち15μm、その下のユニットには孔径の小さいもの、すなわち10μmのフィルターを配置した。
4.血液を注入して細胞を分ける。
【0042】
対象患者からEDTA採血管にて末梢血10mlを採取した。サンプリング後は室温で保管した。CTCフィルター分画は、サンプリング後24時間以内に施行した。フィルター直径を10、15μmの径のフィルターを用い、各フィルターに捕捉される患者血液5ml中のクラスターCTC、シングルCTCの数を解析した。上部フィルター15μm、下部フィルター10μmのデバイスによって、クラスターCTC、シングルCTCを濃縮し、抗EPCAM抗体(GENETEX社製)、Hoechst 33342(Invitrogen社製)で染色し、両者とも染色陽性であった細胞をCTCとして計数した。結果を表1に示す。
【0043】
【表1】
【0044】
15μmのフィルター上では6例(サンプルNo.1/2/3/7/8/10)でシングルCTCを分画した。得られた細胞数中央値は5(範囲2~21)であった。また、5例(サンプルNo.1/3/6/7/8)でクラスターCTCを分画した。得られた集塊数中央値は3(範囲2~8)であった。10μmのフィルター上では全10例でシングルCTCを分画した。得られた細胞数中央値は9(範囲1~152)であった。また、3例(サンプルNo.1/8/10)でクラスター細胞塊を分画した。得られた集塊数中央値は3(範囲2~8)だった。
【0045】
各フィルター上に捕捉されたCTCが濃縮された細胞群、及びフィルターをすり抜けた血漿検体からDNAを抽出した。各フィルター上で捕捉されたCTCが濃縮された細胞群は、Ampli1 WGA kit (コスモ・バイオ株式会社)を使用し、細胞内DNA回収操作を行った。フィルターをすり抜けた血漿検体に対してはMaxwell RSC ccf DNA Plasma kit(プロメガ株式会社)を使用してDNAを回収した。全ゲノム増幅キット(シグマ アルドリッチ株式会社)にて遺伝子増幅し、droplet digial PCRを用いてEGFR変異(L858R)の有無を検索した。
【0046】
15μmのフィルターで捕捉された細胞から抽出したDNAのうち、サンプルNo.6の検体でEGFR-L858Rが検出された。また、10μmのフィルターで捕捉された細胞から抽出したDNAのうち、サンプルNo.6と10の2検体でEGFR-L858Rが検出された。血漿成分から抽出したDNA(cfDNA)からはEGFR-L858Rは検出されなかった。CTCを解析する方がcfDNAを解析するよりも、より感度よく遺伝子変異を検出可能であることが示された。
【0047】
[実施例2]
次にフィルターで捕集した細胞の培養を行った。実施態様に示す捕捉ユニットで細胞を捕捉し、培養を行った。培養は以下の手順で行う。
1.捕捉デバイスで体液から細胞を分離、収集する。
2.各捕捉ユニットからフィルターをフィルター台に載置された状態で取り出し、フィルタートレイ上に置く。
3.フィルタートレイ上で培養を行う。
【0048】
捕捉デバイスで収集した細胞が生存し、効率良く培養できるかを確認するために、以下の実験を行った。1×10のPC-9細胞を捕捉デバイスによって収集し、上記の手順でフィルターをフィルター台とともに取り出し、フィルタートレイ上で培養を行い、4日目にCalcein-AMで染色し、細胞が生存、増殖していることを確認した。すべて、3連で試験を行った。結果を図4に示す。
【0049】
細胞収集直後(Day 0)、細胞を収集しフィルタートレイ上にPBS、あるいは培地(Medium、g~l)を入れ、4日後の試料をCalcein-AMによって染色した顕微鏡写真を示す。10x、20xは対物レンズの倍率を示す。細胞収集直後(a~c)、あるいはPBS中で4日間静置したフィルター上(d~f)では染色された細胞がわずかに認められるにすぎない。一方、4日間培地を入れたトレイでは、細胞が増殖し、コロニーを形成しているのが観察される(g~l、矢印で示す)。j~lの写真は、g~iを対物レンズを変えて撮影した写真であり、同じコロニーを矢印で示している。また、m、nは、それぞれi、lを拡大した写真を示しているが、フィルター上に細胞が増殖しているのが確認される。ここでは、培養細胞を用いて確認しているが、CTCも同様の手順で培養を行うことができる。
【0050】
以上示したように、本デバイスは、クラスターを形成している腫瘍細胞、形成していない腫瘍細胞を分別して濃縮することが可能である。また、濃縮後生細胞の状態で取り出すことも可能であることから、腫瘍細胞をクラスターを形成している細胞、クラスターを形成せず単独で存在している細胞に分別したうえで培養する、あるいは、生細胞を用いた解析に使用することができる。さらに、小型、低コストのデバイスであり、短時間で細胞を濃縮することが可能であることから、キットとして一般病院でも遺伝子検査に使用することができる。特に、乳がん、肺がん患者など、分子標的治療薬によって治療を行う患者において、再発後の遺伝子変異の検査を行うための細胞濃縮に有用である。
【符号の説明】
【0051】
1…捕捉デバイス、2、2’…捕捉ユニット、3…上部部材、4…フィルターカセット、5…下部部材、6、6’…フィルター、7…上部開口部、8…下部開口部、9…フィルターおさえ、10…フィルター台、11…フィルタートレイ
図1
図2
図3
図4