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特許7198488多能性幹細胞マーカーを発現するスフェロイドの製造方法および多能性幹細胞マーカーを発現させる方法
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2022-12-21
(45)【発行日】2023-01-04
(54)【発明の名称】多能性幹細胞マーカーを発現するスフェロイドの製造方法および多能性幹細胞マーカーを発現させる方法
(51)【国際特許分類】
   C12N 5/071 20100101AFI20221222BHJP
   C12M 3/00 20060101ALN20221222BHJP
【FI】
C12N5/071
C12M3/00 Z
【請求項の数】 3
(21)【出願番号】P 2018503065
(86)(22)【出願日】2017-02-22
(86)【国際出願番号】 JP2017006546
(87)【国際公開番号】W WO2017150294
(87)【国際公開日】2017-09-08
【審査請求日】2018-12-18
【審判番号】
【審判請求日】2021-06-28
(31)【優先権主張番号】P 2016042126
(32)【優先日】2016-03-04
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
(73)【特許権者】
【識別番号】516067379
【氏名又は名称】山口 良考
(74)【代理人】
【識別番号】100095407
【弁理士】
【氏名又は名称】木村 満
(74)【代理人】
【識別番号】100132883
【弁理士】
【氏名又は名称】森川 泰司
(74)【代理人】
【識別番号】100177149
【弁理士】
【氏名又は名称】佐藤 浩義
(72)【発明者】
【氏名】山口 良考
【合議体】
【審判長】福井 悟
【審判官】阪野 誠司
【審判官】宮岡 真衣
(56)【参考文献】
【文献】国際公開第2015/033558(WO,A1)
【文献】国際公開第2016/052657(WO,A1)
【文献】Nature,2014,Vol.511,p.5-6
【文献】Journal of Biotechnology,Vol. 133,pp. 146-153
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C12N 5/00
CA/MEDLINE/BIOSIS/WPIDS(STN), JDreamIII, JSTPlus, JMEDPlus, JST7580
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
分化した線維芽細胞を酵素処理して個々に分離された前記線維芽細胞を、1×10個/ml~2×10個/ml、または1×10個/cm~7×10個/cmの高い細胞密度で、ホルモン、増殖因子、多能性誘導タンパク質、および多能性細胞誘導因子からなる群から選択されるいずれか1種以上の刺激因子を使用せず、細胞非接着性細胞培養容器中、30~40℃で静置培養してスフェロイドを形成させ、
前記スフェロイドに、OCT3/4、SOX2、NANOG、PAR4、TRA-1-60、TRA-1-81、SSEA-3、SSEA-4、およびALPの多能性幹細胞マーカーを発現させることを特徴とする、前記多能性幹細胞マーカーを発現するスフェロイドの製造方法。
【請求項2】
前記スフェロイドの直径が0.5~3mmであることを特徴とする、請求項1に記載のスフェロイドの製造方法。
【請求項3】
分化した線維芽細胞を酵素処理して個々に分離された前記線維芽細胞を、1×10個/ml~2×10個/ml、または1×10個/cm~7×10個/cmの高い細胞密度で、ホルモン、増殖因子、多能性誘導タンパク質、および多能性細胞誘導因子からなる群から選択されるいずれか1種以上の刺激因子を使用せず、細胞非接着性細胞培養容器中、30~40℃で静置培養してスフェロイドを形成させることを特徴とする、
前記スフェロイドに、OCT3/4、SOX2、NANOG、PAR4、TRA-1-60、TRA-1-81、SSEA-3、SSEA-4、およびALPの多能性幹細胞マーカーを発現させる方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、多能性幹細胞マーカーを発現するスフェロイドの製造方法および多能性幹細胞マーカーを発現させる方法に関する。
【背景技術】
【0002】
近年、再生医学では種々の臓器で、幹細胞の移植により組織や臓器を修復する技術の臨床応用が検討されている。例えば、心筋細胞への分化能に優れる多能性幹細胞の調製方法がある(特許文献1)。幹細胞として心臓組織由来の心筋幹細胞や骨髄由来の造血幹細胞や間葉系幹細胞が知られているが、心筋細胞への分化度が低ければ心臓組織再生などの臨床応用に使用することはできない。特許文献1は心臓組織由来の細胞懸濁液を調製し、密度勾配法により幹細胞を含む細胞群を分取するものである。分取した細胞群を繊維芽細胞成長因子および上皮細胞増殖因子を含有する培地で、培養開始時の細胞濃度が1×10~2×10個/mlで浮遊培養し、浮遊状のスフェアーを形成している細胞を選択し分離して多能性幹細胞を得る。この多能性幹細胞は、心筋細胞や平滑筋細胞などに分化する能力を有するという。なお、前記浮遊状のスフェアーは、多能性幹細胞が細胞分裂を繰り返して形成したものである(特許文献1、段落「0034」)。単一細胞から増殖した幹細胞が選択分離されたため幹細胞自体の均一性が高く、臨床上の有用性が高いという(特許文献1、段落「0015」)。
【0003】
また、幹細胞を大脳皮質前駆細胞に効率的に分化誘導する方法もある(特許文献2)。無血清培地中で均一な幹細胞の凝集塊を形成させる工程を含む幹細胞の分化培養法であり、Nodalシグナル促進剤、Wntシグナル促進剤、FGFシグナル促進剤、BMPシグナル促進剤、レチノイン酸等の増殖因子並びにインシュリン類を実質的に含有しない無血清培地で多能性幹細胞を浮遊凝集体として培養することで分化誘導し、培養物から視床下部ニューロンの前駆細胞を単離することができるという(特許文献2、段落「0020」)。脳の中には多種類の神経細胞が存在するため、治癒を目的とする疾病に関連する神経細胞を正確かつ効率的に試験管内分化させるものである。実施例では、マウスES細胞を使用して分化培養し、培養開始後10日の凝集塊の細胞のうち約7割の細胞に大脳特異的マーカーBf1が発現することを観察している。
【0004】
更に、ヒト皮膚線維芽細胞由来の多能性幹細胞を選別し、または増殖する方法もある(特許文献3)。無処理のヒト骨髄間葉系細胞画分から極めて低い頻度で特徴的な細胞塊が形成されること、およびストレス刺激により低眠状態の組織幹細胞が活性化されることから(特許文献3、段落「0024」)、骨髄間葉系細胞画分や皮膚線維芽細胞画分等の間葉系細胞又は中胚葉系細胞を培養している際に種々の方法でストレス刺激を与え、生存している細胞を集めるというものである。SSEA-3の発現を指標に幹細胞を分離し、メチルセルロース含有培地中で浮遊培養すると、最大直径150μmの胚様体様細胞塊を得ることができるという。この幹細胞は、SSEA-3陽性及びCD105陽性、セルフリニューアル能等を特徴とする多能性幹細胞であり、Muse細胞と名付けられている。Muse細胞は、生体の中胚葉系組織または間葉系組織などに存在する。これら組織に存在している細胞または細胞画分を分離し(特許文献3、段落「0040」)、ストレス刺激により非幹細胞を除去し、残存する幹細胞を富化するものである(特許文献3、段落「0167」)。Muse細胞は、生体や組織から直接得ることができる点でiPS細胞やES細胞と相違する。また、リプログラミングまたは脱分化の誘導を必要とせずに得られるという特徴を有する(特許文献3、段落「0036」)。実施例では、間葉系細胞としてヒト皮膚線維芽細胞画分を使用し、ストレス刺激としてトリプシン中(0.25%トリプシン-HBSS)で16時間インキュベーション処理を行い、生細胞を回収してメチルセルロース含有培地で8,000個/mlの密度で7日間培養している(特許文献3、段落「0138」)。前記する16時間のトリプシンによるインキュベーション処理を行ったヒト線維芽細胞画分から形成した細胞集団を「富Muse細胞画分」とし、該集団から得た単一細胞を浮遊培養すると、富Muse細胞画分の9~10%で細胞塊の形成が認められるため、富Muse細胞画分には約9~10%のMuse細胞が含まれている(特許文献3、段落「0139」)。
【0005】
前記特許文献1~特許文献3が、生体組織に含まれる幹細胞を選択し増殖させる技術であるのに対し、分化した細胞からリプログラミングにより多能性細胞を生成する方もある(特許文献4)。体細胞に低pH曝露などのストレスを供すると、外来遺伝子、転写物、タンパク質、核成分もしくは細胞質、外来リプログラミング因子の導入なしに、または細胞融合なしに多能性細胞を形成するという。実施例では、Oct4-GFPマウス由来のCD45陽性リンパ球を使用し、低pH溶液に曝露すると暴露3日以内に球状コロニーが観察され、胚性幹細胞のマーカーが発現するという(特許文献4、段落「0149」)。また、成熟細胞が、Oct4発現細胞へ変化するために有効なストレスを評価したところ、pH5.4~5.6の酸性溶液への暴露が効率的であるという(特許文献4、段落「0155」)。Oct4-GFP(GOF)マウスの脾臓から回収してCD45陽性細胞を低pHへ暴露し、GFP発現細胞を分取しB27-LIF培地で培養すると、5日以内にGFP発現球状コロニーが観察され、7日間に亘って直径70μmに成長したという。この培養細胞を解離して培養し、CD45陽性細胞の表現型変化を単一細胞レベルで観察すると、1日目では細胞の大部分がCD45を発現するがOct4は発現せず、3日目ではCD45陰性細胞またはCD45陰性/Oct4陽性細胞を示し、7日目にはCD45発現が消滅し、Oct4発現細胞が観察されたという(特許文献4、段落「0158」)。リプログラミングを確認するため、7日目の細胞の初期胚発生マーカーの出現を評価すると、Oct4、Nanog、Sox2などの多能性細胞マーカーが発現し、外部刺激によってリプログラミングされたことが実証されたという(特許文献4、段落「0159」)。
【0006】
さらに、細胞を多能性幹細胞様状態にする導入タンパク質もある(非特許文献1)。リプロティン(Reprotin)と称され、線維芽細胞が短時間のうちに上皮間葉転移状態を経てスフェロイドを形成し、リプログラミング・初期化が著明に亢進されるという。このリプロティン(Reprotin)を用いて線維芽細胞を初期化すると、約1~3日の工程、10%以上の効率で、多能性幹細胞コロニー様スフェロイドを作成することができるという。スフェロイドは、アルカリフォスファターゼ染色で強陽性を示し、多能性マーカーであるSSEA-3、TRA-1-81も同時に陽性となり、スフェロイドを構成する細胞は多能性状態に変化したと考えられるという。ただし、リプロティン(Reprotin)の構造は不明である。なお、作成した多能性様幹細胞のコロニーをゲラチン上で培養すると、神経幹細胞マーカーであるNestinが陽性となり、線維芽細胞から多能性幹細胞及び神経幹細胞を簡単に作成することができるという。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0007】
【文献】特許第4783909号公報
【文献】特開2016-5465号公報
【文献】特許第5185443号公報
【文献】特表2015-516812号公報
【非特許文献】
【0008】
【文献】Reprotech(遺伝子フリー多能性幹細胞作成技術)と神経幹細胞マーカー、林仲信、Gene Try, Inc, Reprotechのホームページ、http://reprotech.jimdo.com/reprotech%E3%81%A8%E3%81%AF/、2016年8月29日検索
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0009】
しかしながら、上記特許文献1は、心臓組織から、心筋細胞等への分化能に優れる多能性幹細胞を選択分取する方法である。得られる細胞は、心筋細胞への分化能に優れる多能性幹細胞に限定される。また、心臓組織由来の細胞懸濁液を原料とし、密度勾配法によって目的の幹細胞を含む細胞集団を分離し、分離した細胞集団を線維芽細胞成長因子および上皮細胞増殖因子を含有する浮遊培地で培養し、培養物に含まれる細胞群から浮遊状の多能性幹細胞のスフェアーを選択分離するという工程が必要となり、操作が煩雑である。一方、上記特許文献2記載の方法は、無血清培地中で幹細胞を凝集させる事により、質的に均一な幹細胞群を形成させ、無血清培地中で該凝集幹細胞を浮遊培養させ、大脳皮質神経ネットワークを試験管内で形成するものである。本方法は幹細胞を作成する技法ではなく、既存の幹細胞群を同一の性質に同調させる方法である。特許文献1と特許文献2はいずれも予め僅かながら存在する幹細胞を培養するものであり、分化した成熟細胞から多能性幹細胞を調製する技術ではない。
【0010】
特許文献3記載のMuse細胞も、特許文献1等と同様に予め存在する幹細胞を培養するものである。ヒト皮膚線維芽細胞に含まれる極めて稀な多能性幹細胞をSSEA-3マーカーを指標として選別分取し、増殖させる。入手が容易なヒト皮膚線維芽細胞を原料とできる点で優れるが、ストレスの過剰負荷により大部分の細胞を死滅させ、生き残った細胞中のMuse細胞を選択するものであり、Muse細胞の回収率は極めて低い。また、目的細胞を分離するために高価な機器を用いる必要があり、特殊な技法を用いるため操作も複雑である。更に、特許文献3では、Muse細胞を、Muse細胞由来胚様体細胞塊、クローン増殖の一連のサイクルにより増殖させ、これにより間葉系細胞集団から大量のMuse細胞を得ることができると記載されている(特許文献3、段落「0142」)。しかしながら、細胞塊のサイズは最大直径が約150μmである(特許文献3、段落「0140」)。特許文献3では、Muse細胞は爆発的増殖を防ぐための多重のセキュリティーシステムを有し、異常増殖を回避できるとするが(特許文献3、段落「0167」)、より簡便な操作で大型の幹細胞のスフェロイドを大量調製できれば増殖操作を行うことなく幹細胞研究、再生医療、治療等に使用でき、汎用性に優れる。
【0011】
一方、特許文献4は、低pH溶液の暴露により分化した細胞から多能性細胞を生成するものである。しかしながら、Oct4-GFP(GOF)マウスの脾臓から回収したCD45陽性細胞をpH5.4~5.6の酸性溶液に暴露し、GFP発現細胞を分取してB27-LIF培地で培養すると、最初の培養7日目で死細胞の数が増加するという。特許文献4では、ストレス処理および特定の培養により細胞の特徴を徐々に変化させ、Oct4を発現する首尾よく変化した細胞を選択できたと記載するが(特許文献4、段落「0158」)、7日間に亘る成長によって直径70μmの細胞塊を得るに過ぎない。したがって、サイズの大きな多能性幹細胞からなるスフェロイドを製造する方法や、用いた全ての体細胞を幹細胞化させる製造技術の開発が希求される。
【0012】
また、非特許文献1は、リプロティン(Reprotin)と称される導入タンパク質を用いて培養し、多能性様幹細胞を調製するものである。遺伝子導入の操作が不要であるが、リプロティン(Reprotin)の構造は明らかでなく、再生医療や幹細胞治療等に使用するには安全性等が不十分である。したがって、細胞外化合物を添加することなく多能性幹細胞を調製できる方法の開発が望まれる。
【0013】
上記現状に鑑み本発明は、簡便な方法で、分化した体細胞から多能性幹細胞マーカーを発現するスフェロイドを製造する方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0015】
本発明者は、分化した線維芽細胞を酵素処理して個々に分離・浮遊させた球状化線維芽細胞を含む細胞懸濁液を調製し、この球状化細胞を細胞非接着性の細胞培養容器を用いて、高密度もしくは密着させた状態で静置培養すると細胞が凝集しはじめ、培養の経過時間に伴って凝集体が大型化してスフェロイドを形成すること、およびスフェロイドを構成する細胞は、Oct3/4、SSEA-3などの多能性幹細胞に特徴的なタンパク質を発現することを見出し、本発明を完成させた。この多能性幹細胞は、人工化合物やベクター/遺伝子の導入、強ストレス環境(低pHや37度より低いもしくは高い培養温度、低酸素状況等など)への曝露が不要である他、ホルモン、増殖因子、多能性誘導タンパク質、その他の多能性細胞誘導因子などの刺激因子も使用せずに、成熟した体細胞から多能性幹細胞の性質を示すスフェロイドを製造することができる。本発明者はこの多能性幹細胞をnatural Stem Cellと名付けた。
【0016】
すなわち本発明は、分化した線維芽細胞を酵素処理して個々に分離された前記線維芽細胞を、1×10個/ml~2×10個/ml、または1×10個/cm~7×10個/cmの高い細胞密度で、ホルモン、増殖因子、多能性誘導タンパク質、および多能性細胞誘導因子からなる群から選択されるいずれか1種以上の刺激因子を使用せず、細胞非接着性細胞培養容器中、30~40℃で静置培養してスフェロイドを形成させ、前記スフェロイドに、OCT3/4、SOX2、NANOG、PAR4、TRA-1-60、TRA-1-81、SSEA-3、SSEA-4、およびALPの多能性幹細胞マーカーを発現させることを特徴とする、前記多能性幹細胞マーカーを発現するスフェロイドの製造方法を提供するものである。
【0018】
また本発明は、前記スフェロイドの直径が0.5~3mmであることを特徴とする、前記スフェロイドの製造方法を提供するものである。
【0019】
また本発明は、分化した線維芽細胞を酵素処理して個々に分離された前記線維芽細胞を、1×10個/ml~2×10個/ml、または1×10個/cm~7×10個/cmの高い細胞密度で、ホルモン、増殖因子、多能性誘導タンパク質、および多能性細胞誘導因子からなる群から選択されるいずれか1種以上の刺激因子を使用せず、細胞非接着性細胞培養容器中、30~40℃で静置培養してスフェロイドを形成させることを特徴とする、前記スフェロイドを構成する細胞の95%以上に、OCT3/4、SOX2、NANOG、PAR4、TRA-1-60、TRA-1-81、SSEA-3、SSEA-4、およびALPの多能性幹細胞マーカーを発現させる方法を提供するものである。
【発明の効果】
【0024】
本発明によれば、個々に分離して球状化させた生体細胞を高密度状態で細胞非接着性細胞培養容器中で静置培養することで、多能性幹細胞マーカーを発現する細胞で構成されるスフェロイドを形成することができる。
【図面の簡単な説明】
【0025】
図1】実施例1の結果を示す図であり、培養0時間、培養5時間後、培養14時間後および培養26時間後の微分干渉顕微鏡像である。
図2】実施例2の結果を示す図であり、多能性幹細胞マーカーであるALPの発現の結果を示す図である。
図3】実施例2の結果を示す図であり、多能性幹細胞マーカーであるNANOGの発現の結果を示す図である。
図4】実施例2の結果を示す図であり、多能性幹細胞マーカーであるOCT3/4の発現の結果を示す図である。
図5】実施例2の結果を示す図であり、多能性幹細胞マーカーであるPAR4の発現の結果を示す図である。
図6】実施例2の結果を示す図であり、多能性幹細胞マーカーであるSSEA-3の発現の結果を示す図である。
図7】実施例2の結果を示す図であり、多能性幹細胞マーカーであるSSEA-4の発現の結果を示す図である。
図8】実施例2の結果を示す図であり、多能性幹細胞マーカーであるSOX2の発現の結果を示す図である。
図9】実施例2の結果を示す図であり、多能性幹細胞マーカーであるTRA-1-60の発現の結果を示す図である。
図10】実施例2の結果を示す図であり、多能性幹細胞マーカーであるTRA-1-81の発現の結果を示す図である。
図11】実施例3の(4)の結果を示す図である。接着型細胞培養容器上に接着生存している通常形態のヒト皮膚線維芽細胞に、実施例3の工程(1)で得たスフェロイドを落下接着させて共培養した。スフェロイドは、通常形態のヒト皮膚線維芽細胞に移行(形質転換)した。図は、共培養開始時、共培養2時間後、共培養4時間後および共培養26時間後の微分干渉顕微鏡像である。
図12】実施例3の(5)の結果を示す図である。実施例3の工程(1)において6時間静置培養して得たスフェロイドを、接着系細胞用細胞培養容器を使用し、通常形態の接着型ヒト皮膚線維芽細胞を添加せずに培養した際の微分干渉顕微鏡像である。
図13】実施例4の結果を示す図であり、酵素処理した球状化生体細胞の細胞懸濁溶液(30μl、60μl、125μl)を遠沈管に移行し、遠心操作により遠沈管底部に集積させた生体細胞の実体顕微鏡である。左は、培養開始時の遠沈管底に沈んでいる無数の球状化生体細胞培を示し、右は、培養により形成されたスフェロイドを示す。
図14】実施例4の結果を示す図であり、酵素処理により分離し、球状化させた細胞を異なる量(250μl、500μl)で遠沈管に移行させ、および培養した際の遠沈管底部の顕微鏡像である。左は、培養開始前の遠沈管底に沈んでいる無数の球状化生体細胞培を示し、右は、培養により形成されたスフェロイドを示す。
図15】実施例5の結果を示す図であり、8μl、10μlの各液滴内の球状化生体細胞の培養開始時、15時、24時における細胞の複数の液滴および1液滴の実体顕微鏡像である。1液滴の画像は、同じ液滴を継時的に観察した結果である。
図16】実施例5の結果を示す図であり、各液滴内の球状化生体細胞の培養開始時、15時、24時における細胞の複数の液滴および1液滴の実体顕微鏡像である。1液滴の画像は、同じ液滴を継時的に観察した結果である。なお、1~5μlの液滴の図面は、下から上に向かって1μl、2μl、3μl、5μlの液滴を静置培養した図であり、1液滴の画像は、5μlの液滴の結果である。
図17】実施例6の結果を示す図である。
図18】実施例7の結果を示す図であり、直径約0.1~0.3mmのスフェロイドの実体顕微鏡像である。
図19】実施例7の結果を示す図であり、得られたスフェロイドのDNA染色像と多能性幹細胞マーカーであるTRA-1-81、OCT3/4およびNANOGの発現の結果を示す図である。蛍光顕微鏡像である。
図20】比較例1の結果を示す図であり、接着系細胞用細胞培養容器を用いて低細胞密度状態で通常培養したヒト皮膚線維芽細胞の光学顕微鏡像である。
図21】比較例2の結果を示す図であり、接着系細胞用細胞培養容器を用いた低細胞密度状態で培養したヒト皮膚線維芽細胞の培養開始および19時間後の微分干渉顕微鏡像である。
【発明を実施するための形態】
【0026】
本発明の第一は、分化した線維芽細胞を酵素処理して個々に分離された前記線維芽細胞を、1×10個/ml~2×10個/ml、または1×10個/cm~7×10個/cmの高い細胞密度で、ホルモン、増殖因子、多能性誘導タンパク質、および多能性細胞誘導因子からなる群から選択されるいずれか1種以上の刺激因子を使用せず、細胞非接着性細胞培養容器中、30~40℃で静置培養してスフェロイドを形成させ、前記スフェロイドに、OCT3/4、SOX2、NANOG、PAR4、TRA-1-60、TRA-1-81、SSEA-3、SSEA-4、およびALPの多能性幹細胞マーカーを発現させることを特徴とする、前記多能性幹細胞マーカーを発現するスフェロイドの製造方法である。以下、本発明を詳細に説明する。
【0027】
本明細書で使用する「生体細胞」とは、哺乳類の組織や臓器を構成する細胞を広く対象とすることができる。このような哺乳類として、例えば、ヒトやサルなどの霊長目、マウス、ラットなどのげっ歯目、ウサギなどの兎目、ウシなどの偶蹄目、ウマなどのウマ目、ブタなどの鯨偶蹄目、イヌ、ネコなどの食肉類を例示することができる。
【0028】
本明細書で使用する生体細胞は、分化したものに限定される。「分化した生体細胞」とは、当該生体の発生時より専門化された細胞を意味し、最終分化した細胞と最終分化に至る前であるが発生時より専門化された細胞の双方を含むものとする。組織幹細胞は、最終組織細胞に分化することができるため、分化した生体細胞に含まれる。一方、胚性幹細胞(ES細胞)や胚性生殖幹細胞(EG細胞)は、「分化した生体細胞」に含まれない。本明細書における「分化した生体細胞」には、筋肉系組織、結合組織、循環系組織、排泄系組織、生殖系組織、骨、軟骨、脂肪、血液、骨髄、骨格筋、真皮、靭帯、腱、心臓などを構成する細胞があり、好ましくは、皮膚線維芽細胞、諸臓器に存在する線維芽細胞である。前記分化した生体細胞は、市販品でもよく、生体組織を物理的または化学的処理により構成する個々の細胞に分離し、密度勾配法などによって目的とする細胞を含む細胞を分取し、培地中で保存されたものであってもよい。
【0029】
分化した生体細胞は、通常、その細胞にもっとも適した培地や培養容器で培養される。このような培地として、BME培地、BGJb培地、CMRL 1066培地、グラスゴーMEM培地、IMDM培地、メディウム199培地、イーグルMEM培地、αMEM培地、D-MEM培地、ハム培地、RPMI 1640培地、フィッシャー培地などがある。また、接着系細胞用の培養容器としては、コラーゲン各種、フィブロネクチン、ラミニン、ゼラチン、エラスチン、プロテオグリカン、ビトロネクチン、各種ポリ-リシンなどの細胞外基質をコーティングしたプラスチック製またはガラス製の培養容器がある。また、細胞非接着性細胞培養容器としては、細胞接着性の細胞外基質がコーティングされていないプラスチック製またはガラス製の培養容器がある。使用する生体細胞に応じて適宜選択することができる。
【0030】
本方法では、前記分化した生体細胞を、酵素処理により個々に分離させる。分離した生体細胞は培養液中で球状化し浮遊する。例えば、線維芽細胞は接着系細胞であり、培養時に培養容器に接着し、または細胞同士が接着する。このような培養容器や細胞間の接着を回避するため、酵素処理により個々の細胞に分離する。したがって、本明細書における「酵素処理」とは、生体細胞が個別に分離された細胞浮遊液を得る操作である。使用する酵素としては、トリプシン、キモトリプシンなどのセリンプロテアーゼ、ペプシンなどのアスパラギン酸プロテアーゼ、パパイン、キモパパインなどのシステインプロテアーゼ、サーモリシンなどの金属プロテアーゼ、グルタミン酸プロテアーゼ、N-末端スレオニンプロテアーゼ、コラゲナーゼ、デスパーゼなどのプロテアーゼがある。本方法では、トリプシンが好適である。
【0031】
酵素処理の条件は、接着細胞を扱う際に培養容器に接着した生体細胞をはがすために用いられる濃度であり、トリプシンであれば、0.1~1質量%、より好ましくは0.1~0.3質量%である。温度は、30~40℃、より好ましくは33~38℃である。処理時間は1~60分、好ましくは1~30分、より好ましくは2~5分である。また、コラゲナーゼを使用する場合は、0.1~0.6質量%、好ましくは0.2~0.4質量%である。温度は、25~40℃、より好ましくは30~40℃である。また、処理時間は、30分から24時間である。いずれの酵素を使用する場合でも、酵素処理によって生体細胞が個々に分離した細胞浮遊液ができればよい。なお、使用する酵素の種類や処理方法によっては、生体細胞にストレスを負荷する場合がある。本方法における酵素処理の目的は、生体細胞を個々に分離させるものであり、ストレスを負荷するものではない。ストレス負荷の例として、前記特許文献3には、トリプシン中(0.25%トリプシン-HBSS)で16時間インキュベーション処理することは、ストレス刺激となる旨が記載されている。
【0032】
なお、「分化した生体細胞」の培養培地や保存培地等に、上記酵素処理で使用する酵素の阻害剤が含まれる場合がある。その場合には、上記酵素処理に先立ち、細胞を酵素阻害剤が含まれない培養液やPBSその他の緩衝液などで洗浄する事で阻害剤を取り除き、その後に酵素処理を行う。
【0033】
細胞浮遊液に含まれる個々に分離された生体細胞は、球状である。この球状化した生体細胞を回収するには、遠心分離が好適である。通常、500~1,500rpmで2~5分間遠心し、上清を除去して沈殿する細胞を回収する。
【0034】
ついで、前記回収した球状化した生体細胞を、細胞密度が、3×10個/ml~7×10個/ml、好ましくは4×10個/ml~7×10個/ml、より好ましくは5×10個/ml~3×10個/ml、特に好ましくは1×10個/ml~2×10個/mlで静置培養する。一般に細胞は、接着培養系細胞と浮遊培養系細胞とに大別される。通常の細胞培養においては、接着培養系細胞は、ポリ-L-リシン等の接着物質がコーティングされた培養容器に播種し、容器に付着している状態で培養・増殖させる。一方、浮遊培養系細胞は、細胞非接着性細胞培養容器内で浮遊させた状態で培養させる。本方法では、分化した生体細胞が接着培養系であるか浮遊培養系であるかを問わず、静置培養を行う。なお、「静置培養」とは、培養液を撹拌しまたは旋回することなく培養することを意味する。
【0035】
個々に分離された生体細胞は、線維芽細胞のように接着系細胞であっても溶液中で球状化し、浮遊する。一般に浮遊細胞は、培養容器に接着して成育・増殖しないため、ポリ-L-リシン等の接着物質のコーティングがない、細胞非接着性細胞培養容器が使用される。本方法では、個々に分離された生体細胞を静置培養する際に、前記生体細胞が接着系細胞である場合でも、球状化した生体細胞が容器へ接着するのを抑止するため、細胞非接着性細胞培養容器を使用する。例えば、ポリ-D-リシン、ポリ-L-リシン、2-メタクリロイルオキシエチルフォフフォリルコリン(2-Methacryloyloxyethyl Phosphoryl Choline)や、ポリ(2-ヒドロキシエチルメタクリレート)(Poly(2-hydroxyethyl methacrylate))、コラーゲンなどがコーティングされていない、いわゆるノンコーティング容器が好適である。したがって、フィーダー細胞は不要である。
【0036】
静置培養の際の容器の形状も制限はなく、例えば、フラスコ、組織培養用フラスコ、ディッシュ、ペトリディッシュ、細胞培養用ディッシュ、マルチディッシュ、マイクロプレート、マイクロウェルプレート、マルチプレート、マルチウェルプレート、チャンバースライド、シャーレ、試験管、遠沈管、トレイ、培養バッグ、ローラーボトル、プラスチック板、プラスチック製マイクロチューブなどを使用することができる。例えば、個々に分離された線維芽細胞を静置培養する場合は、平底の浮遊細胞培養用フラスコを使用してもよく、試験管や遠沈管などの容器底面が湾曲している深型容器で静置培養してもよい。平底で培養する際の好ましい細胞密度は、培地面積当たり1×10個/cm~7×10個/cm程度が好ましい。深型容器の場合の培地面積当たりの細胞密度は、これより高濃度となるが、細胞密度が3×10個/ml~7×10個/mlで静置培養するのであれば、培地面積当たりの細胞数に限定はない。
【0037】
個々に分離した細胞を上記細胞密度で静置培養すると、時間の経過に伴い細胞は培養液中を自然落下し、容器底に落下した細胞の上に他の細胞が積み重なって重層化する。上記した細胞密度条件下では、容器底に沈んだ最下層の細胞の上に積み重なる幾層もの細胞層ができあがり、培養溶液内で細胞同士が接触・接着する場合がある。
【0038】
本方法の特徴は、個々に分離した生体細胞を静置培養する際、3×10個/ml~7×10個/mlの細胞密度に調整して培養を開始する点にある。哺乳動物細胞の基本的性質として、細胞培養容器に満杯つまりコンフルエントの状態が続くと、接着細胞は自然剥離し死を迎え、浮遊細胞もアポトーシスによる細胞死を迎える。細胞培養を行う際、培養容器や栄養原等の培養環境が整っていても、細胞同士が密着している高密度状態が継続すると、細胞は長期間生存することができない。正常細胞、各細胞株、ガン細胞を含む一般的な細胞高密度状態とは、培養容器の面積に対して、8×10~2×10個/cmである。通常の細胞培養はこれよりも低い細胞密度状態で行うため、細胞同士が殆ど接触することなく、細胞の増殖能力の低下や細胞死への危険性等々が回避でき、細胞の恒常性や、用いた細胞種特有の細胞形態や性質を保持することができる。本方法では、高密度で静置培養するものであり、細胞密度は、平底容器の場合、1×10個/cm~7×10個/cmであり、または溶液あたりの細胞密度は3×10個/ml~7×10個/mlである。通常、上記した細胞密度では、播種された細胞数が多すぎて細胞間の距離が近くもしくは密着状態となり、短期間でコンフルエント状態になる。このため、増殖能力の低下や細胞特異的形態の不全、細胞死への危険性が生ずる場合がある。しかしながら、個々に分離した球状化の生体細胞を細胞非接着性細胞培養容器を用いて、上記細胞密度で静置培養させると、培養液中で浮遊した細胞が経時的に自然落下して容器底で細胞同士が接触し、5~8時間でスフェロイドを形成することが判明した。しかも驚いたことに、このスフェロイドを構成する細胞は、胚性幹細胞および多能性幹細胞のマーカーを発現するのである。なお、後記する実施例に示すように、細胞密度が3×10個/ml未満の場合は、細胞非接着性細胞培養容器や接着系細胞用培養容器で静置培養しても、スフェロイドを形成しない。したがって、本方法は、分化した生体細胞からスフェロイドを形成させる方法、および分化した生体細胞由来のスフェロイドに、多能性幹細胞マーカーを発現させる方法といえる。
【0039】
多能性幹細胞マーカーには、NANOG、SOX2、Oct-3/4、Klf4、Lin28、TRA-1-60、SSEA-1、SSEA-4、c-Myc、PAR4、TRA-1-81、SSEA-3、ALPなどがある。NANOG、SOX2、Oct-3/4は、多能性幹細胞に必須のマーカーである。上記により形成されるスフェロイドは、OCT3/4、SOX2およびNANOGからなる群から選択される少なくとも1種の多能性幹細胞マーカーと、PAR4、TRA-1-60、TRA-1-81、SSEA-3、SSEA-4およびALPからなる群から選択される少なくとも1種の多能性幹細胞マーカーとを発現する。後記する実施例では、上記操作によって形成されたスフェロイドは、NANOG、SOX2およびOct-4を発現し、および、PAR4、TRA-1-60、TRA-1-81、SSEA-3、SSEA-4およびALPを発現するものであった。多能性幹細胞マーカーを発現したことは、当該細胞が多能性状態に変化したことを示すものである。本明細書において、「多能性幹細胞スフェロイド」とは、細胞の凝集体であり、前記凝集体を構成する細胞がOCT3/4、SOX2およびNANOGからなる群から選択される少なくとも1種の多能性幹細胞マーカーと、PAR4、TRA-1-60、TRA-1-81、SSEA-3、SSEA-4およびALPからなる群から選択される少なくとも1種の多能性幹細胞マーカーとを発現するものとする。
【0040】
多能性幹細胞は、その分化の経過に伴い異なる細胞種のマーカーを発現し、例えば、肝細胞に分化する場合には、アルブミンが発現されるようになる。最終的に分化した肝細胞は、アルブミンを発現し、多能性幹細胞マーカーの発現は消失する。異なる細胞種のマーカーの発現の程度や、多能性幹細胞マーカーの消失の程度は分化の程度などに応じて異なるが、胚性幹細胞および多能性幹細胞マーカーの発現は、いずれにも分化していない初期化状態にあることを意味する。上記により調製されたスフェロイドは、胚性幹細胞および多能性幹細胞マーカーを発現するため、初期化状態にある多能性幹細胞スフェロイドである。したがって、本方法は、分化した生体細胞を初期化する方法といえる。
【0041】
本方法の多能性幹細胞スフェロイドの製造方法は、長時間の酵素処理によるストレス負荷がなく、OCT3/4、SOX2、KLF4、c-Mycなどの人工核酸やリプロティン(Reprotin)(非特許文献1参照)などの導入タンパク質を使用する必要がない。線維芽細胞で例示すれば、酵素処理によって個々に分離した球状化した線維芽細胞を3×10個/ml~7×10個/mlに調整し、10%ウシ胎児血清を含有するD-MEM培地を使用し、温度30~40℃、より好ましくは33~38℃、COを供給しつつ、3時間から30日間、より好ましくは5時間から10日間、より好ましくは5時間~7日間、細胞非接着性細胞培養容器中で静置培養すればよい。個々に分離し球状化した生体細胞を上記条件で培養すると、近傍の細胞同士が相互に凝集し、継時的に凝集体が増大し、ほぼ全ての生細胞が凝集したスフェロイドを形成する。
【0042】
本方法の多能性幹細胞スフェロイドを構成する細胞のうち、前記多能性幹細胞マーカーを発現する細胞の割合は、95~100%である。また、操作工程でストレス負荷が無いため、死細胞がほとんど観察されない。静置培養する際の死細胞数は0~5%と極めて低値である。これは、分化した生体細胞から90~100%、より好ましくは95~98%の変換率で、多能性幹細胞マーカーを発現する細胞へ変換できたことを意味する。
【0043】
分化した生体細胞から多能性幹細胞マーカーを発現する細胞への変換率が高いため、静置培養する際に、細胞数を調製することで細胞数に対応してスフェロイドの直径を調整することができる。特に、試験管や遠沈管などを培養容器として静置培養すると経時的に細胞が一カ所に集合する。線維芽細胞であれば、細胞密度1.25×10個の細胞浮遊液の30μlを培養して直径約1mmのスフェロイドを形成することができ、500μlを培養して直径約4mmのスフェロイドを形成することができる。このように、異なる細胞数を静置培養することで、培養細胞数に応じて、直径0.1~4mmの多能性幹細胞スフェロイドを製造することができる。このため、多能性幹細胞の抗体を用いた濃縮操作や、単一細胞に分離した後に浮遊培養してスフェロイドを増加させ、もしくは大型化させるなどの工程が不要である。この点、細胞塊の最大直径が約150μmであるMuse細胞と相違する。
【0044】
本方法で形成されたスフェロイドは、静置培養の際に近傍の細胞同士が凝集して形成されたものであり、1つの細胞が増殖して形成されたものではない。したがって、異なる細胞、すなわち異なるクローンが集合してなる「多クローン」といえる。しかも、前記細胞凝集は経時的かつ例外なく起こり、スフェロイドのサイズは凝集の経過とともに増大する。後記する実施例では、6時間という短時間で多能性幹細胞スフェロイドを調製している。すなわち、球状化した線維芽細胞を調製すれば、静置培養という1ステップで多能性幹細胞スフェロイドを短時間に、極めて大量に調製することができる。これに対し、特許文献3記載のMuse細胞は、ヒト皮膚線維芽細胞に16時間のトリプシンによるインキュベーション処理というストレス刺激を与えて培養・選別し、得られた単一細胞を浮遊培養してなる富Muse細胞画分で形成される細胞塊である。培養により増殖しているため「単クローン」といえる。しかも、富Muse細胞画分の調製は容易ではなく、この画分から得た単一細胞を複数回の浮遊培養および接着培養を行うことで、Muse細胞の数を増やすというものである。多段階からなる細胞増殖操作が必要で、目的細胞数を獲得するのに長時間を要する。
【0045】
本方法によれば、短時間で大量の多能性幹細胞スフェロイドを調製することができる。しかも、例えば直径0.5mmのスフェロイドは目視でき、かつ自重で沈降するため高価な遠心装置などを必要とせずに回収することができる。研究や治療で必要な時に必要な量だけ簡便に調製することができ、時間と経費を節約することができる。操作が簡便であるため、細胞へのストレスが少なく、不要の操作ミスを回避することができる。
【0046】
本方法により調製した多能性幹細胞スフェロイドは、再生医療に応用することができる。近年、特定の臓器を作ることのできないブタの胚盤胞に、被験者由来のiPS細胞を注入し、前記iPS細胞由来の細胞からなる臓器をブタに再生させる技術が開発されている。iPS細胞に代えて、被験者の分化した生体細胞から本方法で調製した多能性幹細胞スフェロイドを使用すれば、癌化等の問題を回避して、臓器を再生させることができる。なお、被験者由来の幹細胞として自己の骨髄、胎盤、臍帯血、へその緒、羊膜などから得られる幹細胞があり、これを液体窒素などで超低温保存する「幹細胞バンク」もある。しかしながら、本方法によれば、被験者の線維芽細胞などの生体細胞から、多能性幹細胞スフェロイドを調製できるため、凍結保存の必要がなく、かつ溶解時の生細胞数の低下などを問題とする必要もない。
【0047】
本発明の第二は、スフェロイドを構成する細胞の95%以上に、OCT3/4、SOX2、NANOG、PAR4、TRA-1-60、TRA-1-81、SSEA-3、SSEA-4、およびALPの多能性幹細胞マーカーを発現する細胞で構成される、直径0.1~4mm、多クローン性の多能性幹細胞スフェロイドである。この多能性幹細胞スフェロイドは、分化した生体細胞を原料として本発明の第一によって製造できるが、これに限定されるものではない。従来、幹細胞を増殖してなる単クローン性のスフェロイドは存在し、例えばMuse細胞の場合は直径約150μmであった。Muse細胞は、爆発的増殖を防ぐための多重のセキュリティーシステムを有する。このため大型のスフェロイドを調製することは容易でない。これに対し、本発明の多能性幹細胞スフェロイドは、直径約0.1~4mm、より好ましくは0.5~3mmである。従来のスフェロイドと比較して大型であるため細胞増殖により大型化する必要がない。
【0048】
本発明の多能性幹細胞スフェロイドは、多能性幹細胞マーカーを発現し、多能性幹細胞として機能し、あらゆる組織・細胞種へと分化し得る。再生医療等に用いることができる。本発明の多能性幹細胞スフェロイドは、スフェロイドを移植などに使用することもでき、多能性幹細胞スフェロイドの細胞浮遊液を調製し、組織に付着させ増殖させ、様々な臓器細胞種へ利用できる。例えば、移植組織として皮膚、脳脊髄、肝臓、筋肉等がある。本発明の多能性幹細胞スフェロイドを損傷あるいは障害を受けた組織、器官等に直接あるいは近傍に投与することにより、多能性幹細胞マーカーを発現する細胞がその組織、器官内に侵入し、その組織特有の細胞に分化し、組織や器官を再生し得る。
【0049】
投与は、皮下注入、静脈や動脈への注入、筋肉注入、腹腔内注入、損傷もしくは欠損した臓器内組織への直接注入等の非経口投与、胚への子宮内注入等により行うことができる。投与量は、再生しようとする臓器内器官や組織の種類・希望する大きさ、再生する程度により適宜決定することができる。
【0050】
また、本発明の多能性幹細胞スフェロイドを予め分化誘導し、分化した細胞を再生医療に用いることもできる。後記する実施例6に示すように、スフェロイド培養後のサイズを経時的に評価したところ、培養後67時間時に最大となり、その後培養94時間時まで形質転換時のサイズを維持していた。本発明の多能性幹細胞スフェロイドは、腫瘍化遺伝子などを導入して調製したものでなく、かつ培養後にサイズ増加で推察される腫瘍化が観察されないことから、予め分化誘導したものを再生医療に使用しても癌化の可能性が極めて低い。
【0051】
本発明の多能性幹細胞スフェロイドは、疾病のメカニズム解明等の基礎的研究、治療薬開発、薬剤の効果や毒性に関するスクリーニング、薬剤評価などに使用することができる。例えば、多能性幹細胞スフェロイドからできた胚様体様細胞塊、多能性幹細胞スフェロイドや前記胚様体様細胞塊から分化させて得られた細胞、組織や器官を薬剤評価や薬剤スクリーニングの材料として用いることができる。例えば、本発明の多能性幹細胞スフェロイドは、分化誘導因子として、塩基性繊維芽細胞成長因子(bFGF)、血管内皮成長因子(VEGF)、ジメチルスルホキシド(DMSO)およびイソプロテレノール、または繊維芽細胞成長因子4(FGF4)、肝細胞成長因子(HGF)等を培地に添加して培養することで分化誘導して目的の細胞を得ることができる。一方、本発明の多能性幹細胞スフェロイドに各種の因子を添加して分化の有無を評価し、分化誘導因子の同定に使用することができる。本発明の多能性幹細胞スフェロイドを使用することで、各細胞種への分化誘導や運命決定因子の研究を促進させることができる。
【0052】
本発明によれば、外来遺伝子の導入、転写物、タンパク質、核成分、細胞質、その他の外来リプログラミング因子の使用なしに、分化した生体細胞から多能性幹細胞マーカーを発現するスフェロイドを得ることができる。しかしながら、多能性幹細胞マーカーを発現する理由は不明である。この現象をリプログラミングとすれば、従来の細胞培養との相違は、細胞の培養条件において、高密度もしくは接触状態で培養する点のみである。高密度・接触培養が、一種のストレス負荷と考えることもできるが、生体内の細胞はそもそも接触生存しているためストレスとは考えにくく、実施例においても培養中の死細胞数もほとんどない。上記現象をリプログラミングと解しても、現時点で本発明の多能性幹細胞スフェロイドにおけるリプログラミング発現機構は不明である。
【実施例
【0053】
次に実施例を挙げて本発明を具体的に説明するが、これらの実施例は何ら本発明を制限するものではない。
【0054】
(実施例1)
(1)接着系細胞用細胞培養シャーレ(住友ベークライト株式会社、商品名「細胞培養用シャーレ90φ(深型)」)を使用し、1.5×10個のヒト皮膚線維芽細胞(HDF、クラボウ社より購入)を、D-MEM培地(High Glucose、和光純薬工業株式会社、10%ウシ胎児血清、1%ペニシリン/ストレプトマイシン含有)10ml、37℃、5%COの条件で80%コンフルエントになるまで48時間培養した。
(2)前記シャーレ内の同D-MEM培地をアスピレーターで除去し、0.01Mのリン酸緩衝液(PBS)を15ml入れて撹拌し、残存するウシ胎児血清成分を含むD-MEM培地を取り除き、接着するヒト皮膚線維芽細胞の洗浄を行った。
(3)同PBS洗浄細胞にトリプシンを500μl加え、37℃、3分処理し、接着していた細胞を剥がし個々に分離した。次いで、同D-MEM培地を5ml加えトリプシン反応を停止させた後、15ml遠沈管に移して1,000rpmで5分間遠心し、沈殿した3.9×10個の個々に分離したヒト皮膚線維芽細胞を得た。
(4)遠沈して得られた個々に分離したヒト皮膚線維芽細胞に同D-MED培地3mlを加え、その1.5ml(2×10個)の細胞懸濁液を、ガラスボトムディッシュ(株式会社FPI社製、ノンコーティング、ホール径1.4mm、培養面積9.6cm)に移し、37℃、5%COの条件下で静置培養した。なお、培養面積当たりの細胞密度は、2.1×10/cmである。培養開始後24時間において殆ど全ての前記ヒト皮膚線維芽細胞から直径約0.1mmのスフェロイドが無数に形成された。結果を図1に示す。図1は、培養開始時、培養5時間後、培養14時間後、および培養26時間後の微分干渉顕微鏡像である。死細胞はほとんど観察されなかった。
【0055】
(実施例2)
(1)接着系細胞用細胞培養シャーレ(住友ベークライト株式会社、商品名「細胞培養用シャーレ90φ(深型)」)2枚と接着系細胞用細胞培養シャーレ(住友ベークライト株式会社、商品名「細胞培養用シャーレ60φ」)1枚とを使用し、それぞれ2×10個と0.6×10個のヒト皮膚線維芽細胞(HDF、クラボウ社より購入)をD-MEM培地(High Glucose、和光純薬工業株式会社、10%ウシ胎児血清、1%ペニシリン/ストレプトマイシン含有)10mlと3mlを用いて、37℃、5%COの条件下で48時間培養した。実施例1の工程(2)および(3)に準じて細胞の洗浄とトリプシン処理を行い、これを合一して、1.87×10個の個々に分離されたヒト皮膚線維芽細胞を得た。
(2)遠心操作(1,000rpm、5分間)にて得られたヒト皮膚線維芽細胞沈渣に同D-MEM培地5mlを加えて細胞懸濁液を調製し、その1.5mlを96ウェルプレート用の蓋部(greiner bio-one社製、商品名「LID FOR MICROPLATE、ノンコーティング」、蓋部面積4.84cm)に同細胞懸濁液を乗せた。これを、37℃、5%COの条件で24時間、静置培養した。細胞密度は、3.7×10個/ml、約1.2×10個/cmであった。上記蓋上部におけるヒト皮膚線維芽細胞の殆ど全てから多数のスフェロイドが形成された。
(3)スフェロイドを含む浮遊液を0.5mlのマイクロチューブ9本に150μlづつ分注し、多能性幹細胞のマーカータンパク質に特異的な抗体を用いた免疫細胞化学染色法にて、OCT3/4、PAR4、TRA-1-60、TRA-1-81、SSEA3、SSEA4、ALP、SOX2、NANOG等のタンパク質の発現を確認した。その結果、全ての細胞においてOCT3/4、PAR4、TRA-1-60、TRA-1-81、SSEA3、SSEA4、ALP、SOX2、NANOGの全てが陽性であることが判明した。結果を図2図10に示す。なお、各幹細胞マーカーを検出した図において、左上は微分干渉顕微鏡像(DIC像)、左下は4’,6-diamidino-2-phenylindoleで染色し、蛍光顕微鏡で観察した像(DAPI像)、右下は各多能性幹細胞のマーカータンパク質を蛍光色素(Alexa488)にて染色し、蛍光顕微鏡で観察した像(蛍光色素像)、右上はDAPI像と蛍光色素像を重ね合わせた像である。
【0056】
なお、スフェロイドを形成していない通常形態のヒト皮膚線維芽細胞(HDF、クラボウ社より購入)について上記と同様に免疫細胞化学染色法にて、OCT3/4、PAR4、TRA-1-60、TRA-1-81、SSEA3、SSEA4、ALP、SOX2、NANOG等のタンパク質の発現を評価した。しかしながら、何れの多能性幹細胞マーカーも発現していなかった。
【0057】
(実施例3)
(1)4枚の接着系細胞用細胞培養シャーレ(住友ベークライト株式会社製、商品名「細胞培養用シャーレ90φ(深型)」)を用いて、実施例1の(1)~(3)と同様に操作して1.1×10個の個々に分離されたヒト皮膚線維芽細胞を得た。得られたヒト皮膚線維芽細胞にD-MEM培地(High Glucose、和光純薬工業株式会社、10%ウシ胎児血清、1%ペニシリン/ストレプトマイシン含有)10mlを加えて細胞懸濁液を調製し、その500μl(5.5×10個)を浮遊培養用マルチプレート(住友ベークライト株式会社製、商品名「浮遊培養用プレート12F(独立ウェル)フタ付」、ノンコーティング、平底、1ウェル底面積:3.6cm)に移し、37℃、5%COで9時間、静置培養した。細胞密度は、1.1×10個/ml、1.5×10個/cmである。培養により、ヒト皮膚線維芽細胞からスフェロイドが形成された。
(2)工程(1)で調製した細胞懸濁液200μlを、チャンバースライド(AGCテクノグラス社IWAKI製、商品名「チャンバースライドII」、コラーゲンコーチィング、1ウェル底面積:9cm)に移し、同D-MEM培地を1ml加えて37℃、5%COで9時間、静置培養した。細胞密度は、1.8×10個/ml、2.4×10個/cmである。培養されたヒト皮膚線維芽細胞は、スライドグラスに接着した通常のヒト皮膚線維芽細胞の形態をとった。
(3)実施例3の工程(1)で得たスフェロイドを1.5mlマイクロチューブに回収し、6,200rpmで10秒間遠心し、スフェロイドのペレットを得た。
(4)実施例3の工程(2)で得た通常のヒト皮膚線維芽細胞に、実施例3の工程(3)で回収したスフェロイドのペレットを加えて、26時間共培養した。共培養により、通常形態のヒト皮膚線維芽細胞と接したスフェロイドは、経時的に通常のヒト皮膚線維芽細胞に変化した。結果を図11に示す。図11は、共培養開始時、2時間後、4時間後、26時間後の微分干渉顕微鏡像である。
【0058】
(5)実施例3の工程(1)において6時間静置培養してスフェロイドを調製した。このスフェロイドを回収し、チャンバースライド(AGCテクノグラス社IWAKI製、商品名「チャンバースライドII」、コラーゲンコーチィング、1ウェル)にてD-MEM培地(High Glucose、和光純薬工業株式会社、10%ウシ胎児血清、1%ペニシリン/ストレプトマイシン含有)を用いて、通常形態のヒト皮膚線維芽細胞を含まない環境で培養した。その結果、スフェロイドは細胞凝集塊の形状を維持した。この結果を図12に示す。図12は、接着細胞用培養器による培養開始時、培養開始後2時間、培養開始後4時間、および培養開始後23時間の微分干渉顕微鏡像である。接着系細胞用細胞培養容器を使用し、23時間培養した後でも、スフェロイドは線維芽細胞に戻らなかった。
【0059】
(実施例4)
(1)実施例2と同様に操作して、1.25×10個の個々に分離したヒト皮膚線維芽細胞を得た。これを1mlのD-MEM培地に懸濁した。
(2)懸濁液を1.5mlの遠沈管に、30μl(3.8×10個)、60μl(7.5×10個)、125μl(1.6×10個)、250μl(3.1×10個)、500μl(6.3×10個)移して、1,000rpmで5分間遠心し、上清を除去した。最終容量が90μlとなるようにD-MEM培地を各試験管に添加し、37℃、5%COの条件で15時間静置培養した。いずれの試験管でも1個のスフェロイドが形成され、その直径は、それぞれ1mm、1.4mm、1.8mm、2.8mm、4mmであった。結果を図13図14に示す。
【0060】
(実施例5)
(1)実施例1と同様に操作して、3×10個の個々に分離したヒト皮膚線維芽細胞を得た。これを1mlのD-MEM培地に懸濁し細胞懸濁液を調製した。
(2)96ウェルプレート用の蓋部(greiner bio-one社製、商品名「L ID FOR MICROPLATE、ノンコーティング」に、同細胞懸濁液を、1μl、2μl、3μl、5μl(1.5×10個)、8μl(2.4×10個)、10μl(3×10個)滴下し、37℃、5%COの条件で液滴状で静置培養を行った。結果を図15図16に示す。図15および図16は、各液滴の培養開始時、培養後15時間後、培養後24時間後の細胞の各液滴、およびある1液滴の実体顕微鏡像である。1液滴の画像は、同じ液滴を継時的に観察した結果である。なお、図16の1~5μlの各ウェルプレートの図面は、下から上に向かって1μl、2μl、3μl、5μlの液滴を静置培養した図であり、1液滴の画像は、5μlの液滴の結果である。
【0061】
(実施例6)
実施例1と同様に操作して、7.5×10個の個々に分離したヒト皮膚線維芽細胞の細胞懸濁液を得た。これにD-MEM培地(High Glucose、和光純薬工業株式会社、10%ウシ胎児血清、1%ペニシリン/ストレプトマイシン含有)15mlを添加して5×10個/mlの細胞懸濁液を得た。その25μlを、浮遊細胞培養用96ウェルプレート(住友ベークライト株式会社製、商品名「マルチプレート96Uフタ付」、ウェル容量0.3ml)の1ウェル内に播種し、37℃、5%COの条件下で17時間、36時間、67時間、94時間静置培養した。同一ウェル画像の結果を図17に示す。培養開始から経時的に複数個のスフィアが形成され、67時間後には融合した大型のスフェロイドが形成されていた。ただし、94時間後のスフェロイドのサイズは、67時間時のものと同等であった。
【0062】
(実施例7)
ヒト皮膚線維芽細胞(HDF、クラボウ社より購入)に代えてヒト正常皮膚繊維芽細胞(CCD-1079SK)を使用した以外は、実施例1と同様に操作した。9時間の培養で、スフェロイドの形成が確認された。結果を図18に示す。図18は、最大直径約0.1~0.3mmのスフェロイドの実体顕微鏡像である。
【0063】
また、実施例2の工程(3)と同様に操作して、多能性幹細胞のマーカータンパク質に特異的な抗体を用いた免疫細胞化学染色法にて、OCT3/4、TRA-1-81およびNANOGのタンパク質の発現を確認した。結果を図19に示す。ヒト正常皮膚繊維芽細胞(CCD-1079SK)から得たスフェロイドも、OCT3/4、TRA-1-81およびNANOGを発現し、多能性幹細胞スフェロイドと考えられた。
【0064】
(比較例1)
実施例1の工程(3)で得た個々に分離したヒト皮膚線維芽細胞3.7×10個にD-MEM培地(High Glucose、和光純薬工業株式会社、10%ウシ胎児血清、1%ペニシリン/ストレプトマイシン含有)15mlを加えて細胞密度を2.5×10/mlとし、その1.1mlをスライドチャンバー(AGCテクノグラス社製、タイプIコラーゲンコーティング、1ウェルの面積8.36cm)に入れ、37℃、5%COの条件下で静置培養した。培養面積当たりの細胞密度は、3.3×10/cmである。15時間の培養でも、スフェロイドは形成されなかった。結果を図20に示す。図20は光学顕微鏡像である。
【0065】
(比較例2)
実施例1の工程(3)で得た個々に分離したヒト皮膚線維芽細胞1.2×10個にD-MEM培地(High Glucose、和光純薬工業株式会社、10%ウシ胎児血清、1%ペニシリン/ストレプトマイシン含有)10mlを加えて細胞密度を1.2×10/mlとし、その20μlと前記D-MED培地1mlとをガラスボトムディッシュ(株式会社FPI社製、ノンコーティング、ホール径1.4mm、培養面積9.6cm)に入れ、37℃、5%COの条件下で静置培養した。培養面積当たりの細胞密度は、2.5×10/cmである。19時間の培養を行うと微弱ながら接着生存するが、スフェロイドは形成しなかった。培養開始および19時間後の微分干渉顕微鏡像を図21に示す。
【0066】
(結果)
(1)実施例1、図1に示すように、個々に単離されたヒト皮膚線維芽細胞を高密度、浮遊状態で静置培養すると、経時的に近傍にある細胞が凝集してスフェロイドを形成した。形成されたスフェロイドは、1つの細胞が増殖する事より形成されるものではなく、近位細胞同士の凝集により派生するものであった。したがって、複数の細胞が集合して形成される多クローン性のスフェロイドである。なお、実施例7に示すように、同細胞種他細胞株のヒト正常皮膚繊維芽細胞でも同様にスフェロイドが形成された。
(2)実施例2、図2図10に示すように、スフェロイドを構成する細胞は、多能性幹細胞マーカーを発現した。しかも、スフェロイドを構成する細胞の約100%が多能性幹細胞マーカーを発現するものであり、極めて高率に、生体細胞が多能性様細胞へ変化するものであった。
(3)実施例3に示すように、多能性幹細胞スフェロイドを通常のヒト皮膚線維芽細胞と共培養すると通常のヒト皮膚線維芽細胞に変化するが、ヒト皮膚線維芽細胞が存在しないと接着細胞用培養器を用いて培養しても、通常の線維芽細胞に形質転換することなく、そのままスフェロイドの形態を維持した。ヒト皮膚線維芽細胞の分泌成分や細胞間相互作用による刺激が、多能性幹細胞から分化細胞へ誘導する可能性が示唆された。
(4)実施例6から、本発明の多能性幹細胞スフェロイドは細胞増殖性が無いことが示された。このことは、本発明の多能性幹細胞スフェロイドは癌化作用が無いことを示すものといえる。癌化細胞であれば、倍加時間は約24時間であるため24時間培養後に2倍になり、4日間の培養で16倍になる。なお、4日間の培養によっても癌化細胞にみられる増殖性並びに癌化細胞は検出されていない。
(5)実施例5に示すように、同じ細胞密度の細胞懸濁液を使用し、液滴量を変えて浮遊状態で静置培養すると、図15図16に示されるように、液滴量、すなわち細胞量に対応してスフェロイド量が増大した。細胞数を増大させることで多数のスフェロイドを調製できることが示された。また、培養開始後24時間の全ての液滴においてスフィロイドが形成されている事より、その再現性が確認された。
(6)実施例4に示すように、浮遊状態で静置培養する際に、遠沈管などの細胞が集合しやすい形状の培養容器を使用することで直径の大きなスフェロイドが形成されることが判明した。実施例5と総合すれば、培養細胞数および培養容器の形状を選択することで、スフェロイドの数やサイズを調整することができる。
(7)比較例1、比較例2に示すように、細胞密度2.5×10/mlを下回るとスフェロイドの形成はない。この際の培地面積当たりの細胞密度は、3.3×10個/cmであるから、3.3×10個/cmを下回ると、スフェロイドの形成はないといえる。なお、2×10個/mlの細胞密度、培地面積当たりの細胞密度2.1×10個/cm という細胞密度で培養する実施例1と比較すると、本発明は、3×10個/ml~7×10個/mlの細胞密度、または1×10個/cm~7×10個/cmの細胞密度で浮遊状態で静置培養するという簡便な方法で多能性幹細胞スフェロイドを形成できる方法といえる。
【0067】
本発明は2016年3月4日に出願された日本国特許出願2016-042126号に基づく。本明細書中に日本国特許出願2016-042126号の明細書、特許請求の範囲、図面全体を参照として取り込むものとする。
図1
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