(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2022-12-21
(45)【発行日】2023-01-04
(54)【発明の名称】エリンギ菌糸体を用いた肉代替素材
(51)【国際特許分類】
A23J 3/00 20060101AFI20221222BHJP
A23L 31/00 20160101ALI20221222BHJP
A23L 35/00 20160101ALN20221222BHJP
C12N 1/14 20060101ALN20221222BHJP
【FI】
A23J3/00 502
A23L31/00
A23L35/00
C12N1/14 G
C12N1/14 H
(21)【出願番号】P 2018140814
(22)【出願日】2018-07-27
【審査請求日】2021-07-26
(73)【特許権者】
【識別番号】519127797
【氏名又は名称】三菱商事ライフサイエンス株式会社
(72)【発明者】
【氏名】見村 晃紀
(72)【発明者】
【氏名】川戸 高博
【審査官】村松 宏紀
(56)【参考文献】
【文献】特表2009-538128(JP,A)
【文献】特表2003-520576(JP,A)
【文献】特開平10-127273(JP,A)
【文献】特開2010-188290(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
A23J、A23L、C12N
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
3~10重量%の不溶性高分子物質を含む培地で培養し、エリンギ菌糸体を形成する工程を含む、食肉代替素材の製造方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、キノコ菌糸体を肉代替素材、当該素材を用いた肉様食品に関する。
【背景技術】
【0002】
近年、健康志向が高まり、日々食する食品に対しても、低カロリー、低脂肪等が要求されている。食肉は、タンパク質などの栄養素を豊富に含んでいるため、必要な食品であるが、同時に脂肪分も含むため、過剰摂取によって、メタボリックシンドロームをはじめとする種々の慢性疾患の病因となりうる可能性がある。
また、世界的な人口増から、食肉資源だけでなく、魚類等の動物性蛋白質資源の枯渇や価格の高騰などが想定される。
【0003】
このようななか肉代替素材が開発されている。しかし、単に肉類と類似した栄養価を有する素材では、喫食した際の肉類の有する食感等が得られず、満足のいかない場合があった。
【0004】
肉代替品として、植物タンパク質が用いられている。植物のうち大豆は、タンパク質が豊富であり、肉代替品として種々の提案がなされている(特許文献1、2)。
大豆以外の植物性素材として、キノコが用いられている(特許文献3、4)。キノコは、菌糸体を用いるものと子実体を用いることが検討されている。(特許文献5)
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【文献】特開平10-179098号公報
【文献】特開2012-75358号公報
【文献】特表2009-538128号公報
【文献】特開2018-50607号公報
【文献】特開昭64-23874号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
このように、肉代替品として、植物性素材が種々検討されているが、大豆を利用した場合は、大豆特有の穀物臭があり、風味を損なう場合があり、さらに食物アレルギーのアレルゲンとなりうる場合もあった。キノコ類の子実体を用いる場合は、肉代替とした場合、食肉加工品と同程度の食感を有する食肉代替素材となりうる可能性があるが、菌糸体の場合、食肉代替として利用した場合の食感や風味などの嗜好性に課題があり、さらに、食肉代替素材として利用するには、風味や食感の改善も課題であった。
【課題を解決するための手段】
【0007】
本発明者らは、上記の課題を解決するため、キノコ菌糸体を用いて、特定の培地成分とすることで、食肉代替素材として用いた際の食感を改善することができ、本発明を完成させた。
【0008】
本発明は、
(1)エリンギ菌糸体と不溶性高分子物質を含有する食肉代替素材、
(2)不溶性高分子物質を含む培地で培養し、エリンギ菌糸体を形成する工程を含む、食肉代替素材の製造方法、
である。
【発明の効果】
【0009】
本発明により、不溶性高分子物質を含む培地で、キノコ菌糸体、特にエリンギ菌糸体を培養することで得られる培養物は、食肉加工品に肉代替素材として用いた時には、肉類を用いた場合と同程度の食感を有する食品を得ることができる。
【図面の簡単な説明】
【0010】
【発明を実施するための形態】
【0011】
本発明は、エリンギ菌糸体を培養し、肉代替素材として利用できる組成物及びその製造方法を提供する。
【0012】
本発明のエリンギ菌糸体とは、胞子が発芽し、細胞分裂を繰り返して形成された菌糸の集合体である。一方、子実体とは、菌類が胞子形成のために、菌糸により形成する構造体であり、一般的にキノコの食用とされる構造体であり、菌糸体とは明確に区別される。
【0013】
本発明では、エリンギ(Pleurotus eryngii)を担子菌培養に用いる一般的な培地組成に、タンパク質素材を添加し、培養することで得られる菌糸体を使用する。本発明では、液体培地で培養することが好ましい。液体培地には、一般的には、炭素源、必要に応じて窒素源を添加する。マグネシウム塩、リン酸塩等の無機塩類など、ビタミン類を添加しても良い。
【0014】
炭素源として、担子菌培養に一般的に用いられているものを使用でき、一般的には、グルコース、フルクトース、ラクトース、デンプン等が挙げられる。培地への添加量は、一般的に、培地に対して、20重量%以下、好ましくは、1~5%添加される。炭素源の濃度は、培養中一定濃度を保つように調整してもいいが、培養開始時に前記濃度になるよう調整するのみでも良い。
【0015】
窒素源としては、酵母エキス、ポリペプトン、カゼイン、硫酸アンモニウム、硝酸アンモニウム等を用いることができる。窒素源の添加濃度としてはこれら成分の添加総量が0.1~3.0%となるようにすることが好ましい。
【0016】
液体培地に、硫酸マグネシウム、硫酸亜鉛、並びに他の硫酸塩、又はマグネシウム塩、リン酸塩等の無機塩類、又はビタミン類等を添加しても良い。無機塩類としては、上記の例示以外にリン酸二水素カリウム。塩化ナトリウム、硫酸マンガン、硫酸鉄、硫酸コバルト、硫酸銅、硫酸カリウム、アルミニウム、ホウ酸等を添加しても良い。
【0017】
本願発明では、培地に不溶性高分子物質を添加する。不溶性高分子物質とは、液体培地に不溶性であって、食品素材となる不溶性高分子物質であれば使用することができる。たとえば、酵母、醸造粕、酵母エキス抽出酵母残渣、デンプン、コーンスティープリカーなどがある。酵母残渣又は醸造粕は、特に好ましい。
【0018】
本発明で、醸造粕とは、例えば、みりんを製造したのちの残留物であるみりん粕、日本酒を製造したのちの残留物である酒粕など、発酵食品又はアルコール醸造の製造過程で生じる副産物である。その他、醸造原料としては、トウモロコシ、イモ、麦、米などの穀物類、大豆などの豆類などを使用することができる。
【0019】
本発明で、酵母エキス抽出残渣とは、培養した酵母から酵母エキスを抽出した後の固形成分をいう。酵母エキスの抽出法は、とくに制限がないが、一般的に、自己消化法、熱水抽出法、酵素抽出法、酸、若しくはアルカリ抽出法、又はこれらの組み合わせにより行うことが可能である。これらの抽出法により抽出した後の酵母菌体や固形分を酵母エキス抽出残渣となる。市販の酵母残渣を使用することもできる。例えば、興人ライフサイエンス社製の「KR酵母」などを例示することができる。
【0020】
また、その他、培地に添加する成分としては、特に限定はないが、有機塩類などを添加しても良い。有機塩類としては、酢酸、乳酸、クエン酸、リンゴ酸、ギ酸などを添加しても良い。
【0021】
前述までの各成分を混合し、エリンギ菌糸体を形成する培地とする。混合方法などは、常法でよく、特に制限はない。担子菌の培養に培地で通常調整する方法で調整して良い。培地と不溶性高分子物質を混合する方法も特に制限はない。不溶性高分子物質と直接混合する方法、不溶性高分子物質を水に懸濁後、混合する方法等が例示できる。無菌的に調製したすべての成分を溶解又は懸濁した液と、不溶性高分子物質とを無菌的に混合する方法が選択される。混合後、オートクレーブ等の滅菌処理を行うこともできる。
【0022】
不溶性高分子物質は、培地中に添加する濃度は適宜調整可能だが、通常は、培地中に固形分含量として、3~10重量%となるよう培地に添加する。培地に添加する不溶性高分子物質の種類により調整しても良い。例えば、酵母残渣では、3~5重量%、醸造粕では、6~10重量%添加すると良い。
【0023】
エリンギ菌糸体を形成する担子菌は、一般に入手可能なものでよい。ヒラタケ科のエリンギ(Pleurotus eryngii)は、例えば、NBRC 32798等がある。
【0024】
担子菌の培養は、通常の培養条件で行うことができる。例えば、pHとしては、担子菌に適した一般的な範囲でよい。エリンギ菌糸体を形成するには、3.0~8.0、好ましく4.0~7.0である。培養温度は、通常の担子菌類の培養に用いられる温度範囲で行うことができるが、好ましくは22~35℃、更に好ましくは25~32℃が挙げられる。また、液体培養は、通気撹拌条件下で2~30日間行うことができる。
【0025】
撹拌速度は、培養スケールにより異なるが、担子菌培養で行われている一般的な撹拌速度でよい。通常は、150rpm~400rpmで行う。
【0026】
また、本発明では、菌糸体培養に一般に用いられている、前培養、本培養に分けて培養することもできる。本培養は、エリンギ菌糸体を大量に培養する工程で、前培養は、通常は、本培養よりも小さい容量で培養する工程である。本発明では、培養容量以外は、前培養、本培養とも同一の条件で培養できる。なお、前培養では、不溶性高分子物質を添加しなくても良い。
【0027】
前段まで培養で得られた菌糸体は、肉様食品として用いることができる。菌糸体は、遠心分離等により、固形分を分離後使用する。固形分回収後、そのまま用いても良いが、乾燥した後に使用しても良い。
【0028】
本発明の菌糸体は、食肉代替素材として単独で使用することができるが、大豆やおからなどの根菜類、パン粉などの穀物類、植物性たんぱく質の加水分解物(HVP)などの植物性たんぱく質素材、卵、卵白などを1種以上混合しても良い。
さらに、肉代替素材として、食肉を使用しない食品だけでなく、食肉と本願発明の菌糸体を混合しても良い。
【0029】
本発明のエリンギ菌糸体単独又は、前段に例示した成分と混合したものを、例えば、ハンバーグ、ミートボールなどの食肉主体の食品、ギョーザ、シューマイ、肉まんなどの中具、ソーセージ、ハム、ベーコンなどの食肉加工品に使用される畜肉の代替として用いることで、肉様食品とすることができる。
さらに、例えば、ハンバーグ中の畜肉の一部を本発明のエリンギ菌糸体に置き換えることもできる。
【0030】
これらの肉様食品などは、通常の調理方法で、畜肉の代わりに、本発明のエリンギ菌体を使用することができ、特に制限はない。
【実施例】
【0031】
以下に実施例として、具体的に本願発明を説明するが、本願発明はこれに限定されない
【実施例1】
【0032】
(酵母残渣を加えたエリンギ菌糸体)
エリンギ(Pleurotus eryngii)の胞子懸濁液(107個/ml以上)2mlを種培地(塩化カルシウム0.05重量%、硫酸マグネシウム0.05重量%、硫酸アンモニウム0.5重量%、リン酸一カリウム0.1重量%、グルコース3重量%、酵母エキス1重量%、酵母残渣(「KR酵母」興人ライフサイエンス社)5重量%、pH7.0)20mlに接種し、200ml容フラスコ中28℃、200rpmで48時間培養し、種培養終了液を得た。次いで、主培養を種培養と同一の培地組成の培地200mlに2Lフラスコ中28℃、200rpmで96時間培養し、エリンギ菌糸体を得た。
【実施例2】
【0033】
実施例1の酵母残渣を醸造粕に変えた以外は、同条件で、エリンギ菌糸体を得た。
【0034】
(比較例1)
実施例1の酵母残渣を加えない以外は、同条件で、エリンギ菌糸体を得た。
【実施例3】
【0035】
実施例1、2、比較例1で得られたエリンギ菌糸体の培地成分を除去後、水洗し、表1の配合量で、ハンバーグを調製した。
(表1)
上記原料を混合し、成形後、ラードを使用し、焼成した。
図1~3に焼成前、焼成後、ハンバーグ内部の写真を示す。
【0036】
焼成後のハンバーグは、3名の訓練された官能評価パネルにより官能評価により、食感を評価した。
その結果、3名ともに、実施例1の酵母残渣及び実施例2の醸造粕は、本実施例では、比較していないが、畜肉を用いたハンバーグと同様の食感があり、肉様食品として用いることが可能な食感であったと評価した。しかし、当該不溶性高分子物質を入れていない比較例1は、ひじょうにやわらかく、ハンバーグとしては、好ましくない食感と評価した。