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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2022-12-22
(45)【発行日】2023-01-05
(54)【発明の名称】フェライト系S快削ステンレス鋼
(51)【国際特許分類】
   C22C 38/00 20060101AFI20221223BHJP
   C22C 38/60 20060101ALI20221223BHJP
   C21C 7/04 20060101ALI20221223BHJP
【FI】
C22C38/00 302Z
C22C38/60
C21C7/04 C
C21C7/04 D
【請求項の数】 6
(21)【出願番号】P 2019003655
(22)【出願日】2019-01-11
(65)【公開番号】P2019183257
(43)【公開日】2019-10-24
【審査請求日】2021-09-24
(31)【優先権主張番号】P 2018069953
(32)【優先日】2018-03-30
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
(73)【特許権者】
【識別番号】503378420
【氏名又は名称】日鉄ステンレス株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100106909
【弁理士】
【氏名又は名称】棚井 澄雄
(74)【代理人】
【識別番号】100175802
【弁理士】
【氏名又は名称】寺本 光生
(74)【代理人】
【識別番号】100134359
【弁理士】
【氏名又は名称】勝俣 智夫
(74)【代理人】
【識別番号】100188592
【弁理士】
【氏名又は名称】山口 洋
(72)【発明者】
【氏名】境沢 勇人
(72)【発明者】
【氏名】福元 成雄
(72)【発明者】
【氏名】東城 雅之
【審査官】鈴木 毅
(56)【参考文献】
【文献】特開2013-173966(JP,A)
【文献】特開2012-162760(JP,A)
【文献】特開平10-237603(JP,A)
【文献】特開2018-131670(JP,A)
【文献】米国特許出願公開第2003/0170138(US,A1)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C22C 38/00 - 38/60
C21C 7/04
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
質量%で、
C:0.005~0.050%、
Si:0.01~1.0%、
Mn:0.10~1.50%、
S:0.25~0.60%、
P:0.010~0.050%、
Cr:11.0~20.0%、
Ni:0~3.0%、
Mo:0~3.0%、
N:0.005~0.050%、
Al:0.004%以下、
Mg:0.002%以下、
O:0.011~0.030%、
Ca:0~0.003%、
Te:0~0.024%、
REM:0~0.003%
B:0~0.02%、
Nb:0~1.00%、
Ti:0~1.00%、
V:0~0.50%、
Ta:0~0.5%、
W:0~0.5%、
Co:0~1.00%、
Zr:0~0.020%、
Cu:0~3.0%、
Sn:0~0.5%、
Sb:0~0.5%
Ga:0~0.0050%
残部Feおよび不純物であり、
Mn、Cr、Sを含むとともに、0.5質量%以上のOを含む介在物Aを含有することを特徴とするフェライト系S快削ステンレス鋼。
【請求項2】
質量%で、さらに、
Ca:0.0005~0.003%、
Te:0.003~0.024%、
REM:0.0005~0.003%
から選択される1種または2種以上を含有することを特徴とする請求項1に記載のフェライト系S快削ステンレス鋼。
【請求項3】
Mn、Cr、S及びOを含むとともに、0.3質量%以上のCa、1質量%以上のTe、0.3質量%以上のREMのいずれか1種または2種以上を含む介在物Bを含有することを特徴とする請求項1または請求項2に記載のフェライト系S快削ステンレス鋼。
【請求項4】
質量%で、さらに、
B:0.0001~0.02%、
Nb:0.005~1.00%、
Ti:0.001~1.00%、
V:0.05~0.50%、
Ta:0.05~0.5%、
W:0.10~0.5%、
Co:0.05~1.00%、
Zr:0.001~0.020%、
Cu:0.05~3.0%、
Sn:0.005~0.5%、
Sb:0.005~0.5%
Ga:0.0005~0.0050%
から選択される1種以上を含有する、請求項1乃至請求項3の何れか一項に記載のフェライト系S快削ステンレス鋼。
【請求項5】
前記介在物Aのアスペクト比が4.0以下である、請求項1乃至請求項4の何れか一項に記載のフェライト系S快削ステンレス鋼。
【請求項6】
前記介在物Bのアスペクト比が4.0以下である、請求項3または請求項4に記載のフェライト系S快削ステンレス鋼。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、フェライト系S快削ステンレス鋼に関する。
【背景技術】
【0002】
OA機器、電子機器等の部品の中で、切削で製造される精密部品には、切削時の切屑処理性に加え、切削加工面に高い寸法精度、および良好な表面性状が求められる。これらの要求に応える素材として、Sを0.15%以上添加したSUS430F、または切削性を更に向上させるためPb、Se、Teを単独もしくは複合添加したフェライト系快削ステンレス鋼がある(特許文献1)。
【0003】
一方、Pb添加廃止の市場要求に対して、BiまたはSn添加、ならびにCuを主体とする第2相を分散させたフェライト系快削ステンレス鋼が提案されている(特許文献2、3、4)。
【0004】
しかしながら、特許文献1~4の発明では、製造性や切削後の表面性状において満足なものが得られていない。特に上記部品は、切削速度≧20m/min、切込み≧0.05mm、送り≧0.005mm/revの工業的な切削条件において、表面粗さRa≦0.50μmの精度と優れた耐工具摩耗性が要求される。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【文献】特開平10-130794号公報
【文献】特開平11-140597号公報
【文献】特開2002-38241号公報
【文献】特開2006-97039号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
本発明は、精密部品の工業的な切削加工条件下において、表面粗さ(Ra):0.50μm以下の優れた表面精度を得ることが可能な、Pbを含まないフェライト系S快削ステンレス線材を提供することを課題とする。
【課題を解決するための手段】
【0007】
本発明は、微量成分のコントロールにより硫化物組成制御を図り、MnSを均一分散化させることにより、被削性、特に表面粗さを改善できることを明らかにした。詳細な知見は以下の通りである。
【0008】
表面粗さを改善するためには、切削中に工具の刃先に形成される構成刃先を小さくすることが有効である。構成刃先が発生すると、切削の際に工具の切刃の輪郭と異なった凹凸が生じるために表面粗さが劣化する。本発明では、線材中の硫化物のアスペクト比を小さくすることで構成刃先の形成を抑制した。
【0009】
まず、鋳造段階では粒状の硫化物系介在物(偏晶型)を生成させるように微量成分を制御した。本発明における硫化物系介在物は(Mn,Cr)(S,O)系(介在物A)、または、(Mn,Cr,Ca,REM)(S,O,Te)系(介在物B)であり、微量元素を硫化物系介在物に固溶することで、硫化物の変形抵抗が高まり、アスペクト比が小さくなることが特徴である。なお、一般的には鋳造段階で棒状の硫化物(共晶型)が生成するが、このような介在物はアスペクト比が小さく、また形態が不均一になるために表面粗さの劣化につながる。
【0010】
本発明は、上記知見に基づいてなされたものであり、その要旨とするところは以下の通りである。
【0011】
[1] 質量%で、
C:0.005~0.050%、
Si:0.01~1.0%、
Mn:0.10~1.50%、
S:0.25~0.60%、
P:0.010~0.050%、
Cr:11.0~20.0%、
Ni:0~3.0%、
Mo:0~3.0%、
N:0.005~0.050%、
Al:0.004%以下、
Mg:0.002%以下、
O:0.011~0.030%、
Ca:0~0.003%、
Te:0~0.024%、
REM:0~0.003%
B:0~0.02%、
Nb:0~1.00%、
Ti:0~1.00%、
V:0~0.50%、
Ta:0~0.5%、
W:0~0.5%、
Co:0~1.00%、
Zr:0~0.020%、
Cu:0~3.0%、
Sn:0~0.5%、
Sb:0~0.5%
Ga:0~0.0050%
残部Feおよび不純物であり、
Mn、Cr、Sを含むとともに、0.5質量%以上のOを含む介在物Aを含有することを特徴とするフェライト系S快削ステンレス鋼。
[2] 質量%で、さらに、
Ca:0.0005~0.003%、
Te:0.003~0.024%、
REM:0.0005~0.003%
から選択される1種または2種以上を含有することを特徴とする[1]に記載のフェライト系S快削ステンレス鋼。
[3] Mn、Cr、S及びOを含むとともに、0.3質量%以上のCa、1質量%以上のTe、0.3質量%以上のREMのいずれか1種または2種以上を含む介在物Bを含有することを特徴とする[1]または[2]に記載のフェライト系S快削ステンレス鋼。
[4] 質量%で、さらに、
B:0.0001~0.02%、
Nb:0.005~1.00%、
Ti:0.001~1.00%、
V:0.05~0.50%、
Ta:0.05~0.5%、
W:0.10~0.5%、
Co:0.05~1.00%、
Zr:0.001~0.020%、
Cu:0.05~3.0%、
Sn:0.005~0.5%、
Sb:0.005~0.5%
Ga:0.0005~0.0050%
から選択される1種以上を含有する、[1]乃至[3]の何れか一項に記載のフェライト系S快削ステンレス鋼。
[5] 前記介在物Aのアスペクト比が4.0以下である、[1]乃至[4]の何れか一項に記載のフェライト系S快削ステンレス鋼。
[6] 前記介在物Bのアスペクト比が4.0以下である、[3]または[4]に記載のフェライト系S快削ステンレス鋼。
【発明の効果】
【0012】
本発明によれば、環境に悪影響を与えるPbを含有することなく、通常の精密部品の切削加工条件において、表面粗さ(Ra):0.50μm以下の優れた表面精度を有するフェライト系S快削ステンレス線材を得ることができる。
【発明を実施するための形態】
【0013】
以下に、本発明の各要件について説明する。
【0014】
C:0.005~0.050%
Cは、炭化物を生成し、必要な強度を得るために必要である。このため、C含有量は、0.005%以上とし、C含有量は0.010%以上であるのが好ましい。一方、過剰な炭化物は、切削加工時に構成刃先の生成を促進して切削面精度を劣化させるため、C含有量は0.050%以下とする。
【0015】
Si:0.01~1.0%
Siは、脱酸のために添加される。このため、Si含有量は0.01%以上とし、Si含有量は0.20%以上であるのが好ましい。一方で、1.0%を超えると、棒線熱間圧延時のスケール生成を抑制し、熱間圧延疵の生成を助長するため、Si含有量は、1.0%以下とする。
【0016】
Mn:0.10~1.50%
Mnは、Crと共に硫化物を生成し、被削性、特に表面精度を向上させる元素である。このため、Mn含有量は、0.10%以上とする。一方、Mn含有量が1.50%を超えると、硫化物におけるMn/Crが高くなり、硫化物が展伸してアスペクト比が大きくなる。そのため、Mn含有量は1.50%以下としたが、Mn含有量は1.00%以下であるのが好ましい。
【0017】
S:0.25~0.60%
Sは、硫化物を形成し、硫化物には切削加工時に応力が集中する。また、切りくず生成時におけるせん断変形域で硫化物を起点にき裂が発生し、構成刃先の成長が抑制される。このため、線材の切削面精度が向上する。この効果を得るために、S含有量は、0.25%以上とし、S含有量は0.30%以上であるのが好ましい。一方で、0.60%を超えて含有させると、熱間加工性が著しく劣化する。そのため、S含有量は0.60%以下としたが、S含有量は0.50%以下であるのが好ましい。
【0018】
P:0.010~0.050%
Pは、粒界偏析して切削加工時の材料延性を低下させて、表面精度を向上させる。このため、P含有量は、0.005%以上とし、P含有量は、0.010%以上であるのが好ましい。一方、0.050%を超えると製造性が著しく劣化する。そのため、P含有量は、0.050%以下とする。
【0019】
Cr:11.0~20.0%
Crは、Mnと共に硫化物を形成し、特に硫化物中のMnとCrの組成比(Mn/Cr)を適正化することで、硫化物のアスペクト比を制御できる。アスペクト比を小さくし、切削面精度を向上させるためには、Cr含有量は、11.0%以上とし、Cr含有量は、16.0%以上であるのが好ましい。しかしながら、多量に含有させると、硫化物中のMn/Crが小さくなりすぎて、硫化物が展伸しやすくなり、アスペクト比が大きくなる。そのため、Cr含有量は20.0%以下とし、Cr含有量は18.0%以下であるのが好ましい。
【0020】
N:0.005~0.050%
Nは、マトリックスのフェライト強度を高める。このため、N含有量は0.005%以上とした。しかし、0.050%を超えて含有させると、過度の強度上昇により工具寿命を劣化させる。そのため、N含有量は、0.050%以下とし、N含有量は0.030%以下であるのが好ましい。
【0021】
Al:0.004%以下
Alは、脱酸元素として使用するが、硬質なAl系の酸化物を形成して低酸素化するために、棒状の硫化物(共晶型)が生成させる。そのため、Al含有量は0.004%以下とし、Al含有量は、0.003%以下であるのが好ましい。
【0022】
Mg:0.002%以下
Mgは、脱酸元素として使用するが、硬質なMg系の酸化物を形成して低酸素化するために、棒状の硫化物(共晶型)が生成させる。そのため、Mg含有量は0.002%以下とし、Mg含有量は、0.001%以下であるのが好ましい。
【0023】
O:0.010~0.030%
Oは、凝固時の脱酸生成物を粗大化させるとともに、粒状の硫化物系介在物(偏晶型)を生成させることで被削性を向上させる。このため、O含有量は0.010%以上とし、0.015%以上であるのがより好ましい。しかし、0.030%を超えて含有させると、硬質な介在物が増加して被削性を劣化させるため、O含有量は0.030%以下とした。
【0024】
本発明の線材は、上記した元素以外は、Feおよび不純物から成る。但し、本発明の技術特徴が奏する効果を阻害しない範囲で、上記以外の以下に記載する元素を、選択的に含有させることができる。以下に限定理由を記載する。これらの元素の下限は0%である。
【0025】
Ni:0~3.0%
Niは、固溶強化により材料の硬さを高めて構成刃先の生成を防止し、切削加工時の表面精度を向上させるため、含有させてもよい。その場合は、Ni含有量が0.1%以上であるのが好ましい。しかしながら、3.0%を超えると、硬質化して工具寿命劣化を引き起こす。そのため、Ni含有量は、3.0%以下とし、Ni含有量は、1.5%以下であるのが好ましい。Ni含有量は0%であってもよい。
【0026】
Mo:0~3.0%
Moは、耐食性を向上させる元素であり、含有させてもよい。しかしながら、Moを多量に含有させると、硬質化して工具寿命劣化を引き起こす。このため、Mo含有量は3.0%以下とし、Mo含有量は2.0%以下であるのが好ましい。一方で、上記効果を得るためには、Mo含有量は0.1%以上であるのが好ましい。Mo含有量は0%であってもよい。
【0027】
Ca:0~0.003%
Caは、粒状の硫化物系介在物(偏晶型)を生成させることで被削性を向上させる。また、酸化物系介在物を軟質化して、工具寿命を改善する効果もあるため、含有させてもよい。しかしながら、0.003%を超えて含有させると、その効果が飽和して逆に熱間加工性を低下させる。このため、Ca含有量は、0.003%以下とする。Ca含有量は、0.002%以下であることが好ましい。Caを含有させる場合は、0.0005%以上または0.001%以上がよい。Caは0%であってもよい。
【0028】
Te:0~0.024%
Teは、本発明において被削性、特に切削面精度を向上させるために重要な元素である。Teは、硫化物中へ1質量%以上固溶することにより硫化物の変形を抑制して、アスペクト比を小さくする。その結果、構成刃先の成長を抑制し、切削面精度を向上させる。このため、Teを含有させる場合は0.003%以上または0.010%以上であるのが好ましい。一方で、Teを0.024%を超えて含有させると、その効果は飽和するばかりか、硫化物周囲のMnTeの形成により製造性が著しく劣化する。そのため、Te含有量は0.024%以下とし、Te含有量は0.015%以下であるのが好ましい。Teは0%であってもよい。
【0029】
REM:0~0.003%
REMは、Caと同様に粒状の硫化物系介在物(偏晶型)を生成させることで被削性を向上させる。また、酸化物系介在物を軟質化して、工具寿命を改善する効果もあるため、含有させてもよい。しかしながら、0.003%を超えて含有させると、その効果が飽和するだけでなく、介在物の一部に硬質なREM系酸硫化物が生成して、工具寿命劣化を引き起こす。このため、REM含有量は、0.003%以下とする。REM含有量は0.002%以下であることが好ましい。REMを含有させる場合は、0.0005%以上または0.001%以上がよい。REMは0%であってもよい。
【0030】
REM(希土類元素)は、一般的な定義に従い、スカンジウム(Sc)、イットリウム(Y)の2元素と、ランタン(La)からルテチウム(Lu)までの15元素(ランタノイド)の総称を指す。単独で含有させてもよいし、混合物であってもよい。
【0031】
B:0~0.02%
Bは、熱間加工性を改善するために使用する元素であり、安定した効果を得るために、含有させてもよい。しかしながら、過剰に含有させると、Bの化合物が析出し、熱間加工性を劣化させるので、B含有量は0.02%以下とし、B含有量は、0.015%以下であるのが好ましい。一方で、上記効果を得るためには、B含有量は0.0001%以上であるのが好ましく、B含有量は0.0002%以上であるのがより好ましい。Bは0%であってもよい。
【0032】
Nb:0~1.00%
Ti:0~1.00%
V:0~0.50%
Ta:0~0.5%
W:0~0.5%
Nb、Ti、V、Ta、Wは炭窒化物を形成し、耐食性を改善する効果があるため、含有させてもよい。しかしながら、多量の含有は、被削性が劣化することから、Nb含有量は、1.00%以下とし、Ti含有量は、1.00%以下とする。また、V含有量は、0.50%以下とし、Ta含有量は、0.5%以下とし、W含有量は、0.5%以下とする。一方で、上記効果を得るためには、Nb含有量は、0.005%以上または0.05%以上であるのが好ましく、Ti含有量は、0.001%以上または0.05%以上であるのが好ましく、V含有量は、0.05%以上であるのが好ましい。また、Ta含有量は、0.05%以上または0.10%以上であるのが好ましく、W含有量は、0.10%以上であるのが好ましい。Nb、Ti、V、Ta、Wは0%であってもよい。
【0033】
Co:0~1.00%
Coは、マトリックスの靭性を高めるため、含有させてもよい。しかしながら、過剰に含有させると、マルテンサイト組織が析出し、被削性を劣化させるため、Co含有量は1.00%以下とし、Co含有量は、0.60%以下であるのが好ましい。一方で、上記効果を得るためには、Co含有量は、0.05%以上であるのが好ましい。Coは0%であってもよい。
【0034】
Zr:0~0.020%
Zrは、強度を向上させる効果があるので、含有させてもよい。しかしながら、多量の含有は靭性を低下させるため、Zr含有量は、0.020%以下とする。一方で、強度効果を十分に得るためには、Zr含有量は、0.001%以上であるのが好ましい。Zrは0%であってもよい。
【0035】
Cu:0~3.0%
Cuは、固溶強化により材料の硬さを高めて構成刃先の生成を防止し、切削加工時の表面精度を向上させるため、含有させてもよい。しかしながら、3.0%を超えて含有させても、その効果は飽和し、鋳片割れが発生するなど、製造性が劣化するため、Cu含有量は、3.0%以下とする。一方で、上記効果を得るためには、Cu含有量は、0.05%以上または0.1%以上であるのが好ましい。Cuは0%であってもよい。
【0036】
Sn:0~0.5%、
Sb:0~0.5%
Sn、Sbは、耐食性を劣化させる硫化物と共存させることで、耐食性劣化を抑制するため、含有させてもよい。しかしながら、0.5%を超えて含有させると、製造性を劣化させるため、Sn,Sb含有量はそれぞれ0.5%以下とし、Sn,Sb含有量は0.3%以下であるのが好ましい。一方で、上記効果を得るためには、Sn,Sb含有量はそれぞれ、0.005%以上であるのが好ましく、0.020%以上であってもよい。また、Sn,Sb含有量はそれぞれ0%であってもよい。
【0037】
Ga:0~0.0050%
Gaは冷間加工性向上のために必要に応じて0.0005%以上含有してもよい。しかしながら、0.0050%を超えると鍛造性が劣化する。そのため、Ga含有量の上限を0.0050%以下とする。Gaは0%であってもよい。
【0038】
本発明の線材は、不純物としてPbとSeが混入する場合もあるが、Pbは0.03%未満、Seは0.02%未満に制御する必要がある。
【0039】
なお、不純物とは、鋼材を工業的に製造する際に、原料としての鉱石、スクラップ、または製造環境などから混入されるものであって、本発明の鋼材に悪影響を与えない範囲で許容されるものを意味する。
【0040】
本発明においては、介在物組成を制御することが重要である。介在物の変形抵抗が高まると、線材圧延後の硫化物のアスペクト比を小さくすることができる。その結果として構成刃先の形成が抑制されて、切削加工時に高い寸法精度や良好な表面性状が得られることになる。
【0041】
介在物組成を制御するには、精錬工程において鋼の溶解時にAl,Mgなどの脱酸成分を本発明の含有量以下に制御することにより溶鋼中の酸素含有量を高める。また、AOD(もしくはVOD)において、スラグの塩基度CaO/SiOを1.8以下、好ましくは1.5程度とすることが必要である。上記精錬終了後は、Al,Mgなどの脱酸成分を一切添加しない操業により溶鋼中の酸素含有量を高めることができる。これによって粒状の硫化物系介在物(偏晶型)として、Mn、Cr、Sを含むとともに0.5質量%以上のOを含む介在物A(以下、(Mn,Cr)(S,O)系介在物と表記する場合がある)を生成させることができる。上記介在物が生成したステンレス鋼は、その後の熱間圧延工程において総熱間圧延減面率95%以上の圧延を行った場合であっても介在物が変形せず、介在物のアスペクト比を目標である4.0以下、好ましくは3.0以下に制御できる。アスペクト比が4.0を超えると、被削性が低下するので好ましくない。
【0042】
さらに、CaやTe、REMの1種または2種以上を添加すると、Mn、Cr、S及びOを含むとともに、Caを0.3質量%以上、Teを1質量%以上またはREMを0.3質量%以上を含む介在物B(以下、(Mn,Cr,Ca,REM)(S,O,Te)系介在物と表記する場合がある)を生成させることができる。生成した介在物のアスペクト比は、4.0以下、好ましくは3.0以下になる。このような複合介在物では変形抵抗が高いため、その後の熱間圧延工程において熱間圧延減面率95%以上の圧延を行った場合であっても介在物が変形せず、介在物のアスペクト比を4.0以下、好ましくは3.0以下に制御でき、被削性を大幅に改善することができる。アスペクト比が4.0を超えると、被削性が低下するので好ましくない。
【0043】
本実施形態のフェライト系S快削ステンレス鋼は、鋳造後の鋼材であってもよく、鋼材を熱間圧延することによって得られる線材でもよく、線材をさらに冷間伸線することによって得られる鋼線でもよく、また、鋳造後の鋼材または熱間圧延後の線材を鍛造した鍛造材であってもよい。これらの鋼材、線材、鋼線または鍛造材は、本実施形態に係る化学成分を有する鋼であり、(Mn,Cr)(S,O)系介在物または(Mn,Cr,Ca,REM)(S,O,Te)系介在物を含んでいる。また、鋼中に含まれる(Mn,Cr)(S,O)系介在物または(Mn,Cr,Ca,REM)(S,O,Te)系介在物は、比較的変形しにくい介在物であるため、上記のいずれの段階においても、4.0以下のアスペクト比を有するものとなる。
【0044】
また、CaやTe、REMの1種または2種以上を添加することで(Mn,Cr,Ca,REM)(S,O,Te)系介在物が生成するが、この場合であっても本実施形態に係るフェライト系S快削ステンレス鋼には、(Mn,Cr)(S,O)系介在物が含まれていてもよい。
【0045】
なお、Oを0.5%以上含む(Mn,Cr)(S,O)系介在物とは、Mn、Cr、S、Oを全て含み、O濃度が0.5%以上の介在物である。
また、(Mn,Cr,Ca,REM)(S,O,Te)系介在物とは、Mn、Cr、S、Oを全て含み、0.3%以上のCa、1%以上のTeまたは0.3%以上のREMの1種または2種以上を含む介在物である。更に(Mn,Cr,Ca,REM)(S,O,Te)系介在物は、Oを0.5%以上含んでもよい。
【0046】
これらの介在物の組成は、走査型電子顕微鏡(SEM)付属のエネルギー分散型X線分析装置(EDS)により分析する。SEMで特定した介在物から、Cr、Mn、S、Oが全て検出され、かつ、0.5質量%以上のOが含まれる場合に、その介在物を(Mn,Cr)(S,O)系介在物とする。また、SEMで特定した介在物から、Mn、Cr、S、Oを全て検出し、0.3質量%以上のCa、1質量%以上のTeまたは0.3質量%以上のREMの1種または2種以上を検出した場合に、その介在物を(Mn,Cr,Ca,REM)(S,O,Te)系介在物とする。これらの介在物が混在するかどうかは、10個以上の介在物を特定して分析することで、その結果から、介在物が混在するかどうかを確認すればよい。
【0047】
また、介在物のアスペクト比は、SEM-EDSに供した試料を用い、光学顕微鏡観察により、100倍の倍率で10視野撮影し、全介在物に外接する圧延方向に水平な径(水平フェレ径)と圧延方向に垂直な径(垂直フェレ径)を画像解析法により測定する。各介在物の水平フェレ径/垂直フェレ径をアスペクト比として算出し、全介在物のアスペクト比の平均値を当該試料のアスペクト比とする。上記2種類の介在物が含まれる場合は、全ての介在物のアスペクト比を平均すればよい。
【0048】
以上、本実施形態のフェライト系S快削ステンレス鋼は、快削元素としてSを含有して被削性に優れたフェライト系S快削ステンレス鋼であり、例えば、被削性および耐食性が要求されるOA機器、電子機器等の精密部品の素材やネジ、ボルト等の部品として好適に用いることができる。
【実施例
【0049】
150kgの真空溶解炉にて合金原料を溶解し、Al,Mgなどの脱酸成分を本発明の含有量以下に制御することで溶鋼中の酸素含有量が高い状態のまま、直径200mmの鋳型に鋳造した。その後、1200℃加熱後に熱間鍛造して直径70mmまで加工した。次に、直径66mmにピーリングした後、棒鋼圧延に相当する熱間押出しにより直径18mmに加工し(総熱間圧延減面率:98%)、780℃で1時間焼鈍を行った。最後に、直径15mmの線材に機械加工で仕上げ、評価用素材とし各評価試験を実施した。なお、表1A~表1Dに示す鋼成分において、Pbは0.03%未満、Seは0.02%未満であった。
【0050】
前記線材を、その中心線を含む長手方向の断面上を観察するように樹脂に埋め込み、鏡面研磨を行って、硫化物の組成を走査型電子顕微鏡(SEM)付属のエネルギー分散型X線分析装置(EDS)により分析した。SEMで特定した介在物から、Cr、Mn、S、Oが全て検出され、かつ、0.5質量%以上のOが含まれる場合に、その介在物を(Mn,Cr)(S,O)系介在物とした。また、SEMで特定した介在物から、Mn、Cr、S、Oを全て検出し、0.3質量%以上のCa、1質量%以上のTeまたは0.3質量%以上のREMの1種または2種以上を検出した場合に、その介在物を(Mn,Cr,Ca,REM)(S,O,Te)系介在物とした。これらの介在物が混在するかどうかは、10個以上の介在物を特定して分析することで、その結果から、介在物が混在するかどうかを確認した。表2A及び表2Bに、介在物の組成比を示す。
【0051】
介在物のアスペクト比は、SEM-EDSに供した試料を用い、光学顕微鏡観察により、100倍の倍率で10視野撮影し、全介在物に外接する圧延方向に水平な径(水平フェレ径)と圧延方向に垂直な径(垂直フェレ径)を画像解析法により測定した。各介在物の水平フェレ径/垂直フェレ径をアスペクト比として算出し、全介在物のアスペクト比の平均値を当該試料のアスペクト比とした。結果を表2A及び表2Bに示す。なお、表2A及び表2Bでは、上記2種類の介在物が含まれる場合、全ての介在物のアスペクト比を平均した値を、当該試料のアスペクト比として表記した。
【0052】
線材の外周切削後の表面粗さは、切削表面の中心線平均粗さ(Ra)で評価した。切削は旋削加工であり、材質が超硬P種、刃先Rが0.4mmの工具を用い、切削速度50m/min、送り量0.02mm/rev、切込み0.1mm、切削油(鉱物油)塗布の条件下で行った。
【0053】
表面粗さRaは、15分旋削加工後の試料で測定した。測定には接触式の粗さ測定機を用い、基準長さ2.5mmで、各5点ずつ測定して、その平均値を測定値とした。本発明では表面粗さRaが0.50μm以下の場合に良好と判断した。結果を表3A及び表3Bに示す。
【0054】
また、工具寿命は逃げ面の平均摩耗量が0.2mmに達するまでの時間で評価し、15分の加工で0.2mm未満であれば寿命達成とした。結果を表3A及び表3Bに示す。
【0055】
製造性は、高温引張試験により評価した。上記の直径70mmの鍛造材の中心と表面の中間部より丸棒長手方向に直径10mmの熱間延性評価試験片を採取し、試験温度1000℃、引張速度10mm/sの条件で引張破断した後の絞り値で評価した。この際の試験片形状はφ10mm×100mmである。製造性は、1000℃での絞り値が50%以上で製造性達成とした。結果を表3A及び表3Bに示す。
【0056】
【表1A】
【0057】
【表1B】
【0058】
【表1C】
【0059】
【表1D】
【0060】
【表2A】
【0061】
【表2B】
【0062】
【表3A】
【0063】
【表3B】
【0064】
表2A及び表2Bの介在物組成について補足すると、Ca、Te,REMの何れか1種または2種以上が検出されたNo.25~37及び62~64については、(Mn,Cr)(S,O)系介在物と、(Mn,Cr,Ca,REM)(S,O,Te)系介在物の両方が含まれていた。また、2種類の介在物を含む場合、(Mn,Cr)(S,O)系介在物、(Mn,Cr,Ca,REM)(S,O,Te)系介在物のそれぞれのアスペクト比は、いずれも4.0以下であった。
また、酸素量が0.5質量%未満であるNo.59~61は、(Mn,Cr)(S,O)系介在物が含まれなかった。
上記以外の試料では、(Mn,Cr)(S,O)系介在物が含まれていた。
【0065】
本発明鋼のNo.1からNo.49は、フェライト系S快削ステンレス鋼の介在物組成を制御するによって、切削加工後の表面粗さRaが0.50μm以下となり、工具摩耗量も0.2mm未満で目標の工具寿命を達成した。また、製造性も1000℃における絞り値が50%で製造性を達成した。なお、No.11、26、31、32、34は参考例である。
一方、比較鋼のNo.50からNo.64は規定範囲を満たしておらず、いずれかの特性を満足していないことがわかる。
【産業上の利用可能性】
【0066】
実施例から明らかなように、本発明により、毒性の高いPb等を含有させることなく、被削性および製造性に優れたなフェライト系快削ステンレス鋼棒線を製造できる。