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特許7199350撥液性、粘弾性物質撥性、および生物付着防止性のコーティング
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2022-12-22
(45)【発行日】2023-01-05
(54)【発明の名称】撥液性、粘弾性物質撥性、および生物付着防止性のコーティング
(51)【国際特許分類】
   C09D 201/00 20060101AFI20221223BHJP
   C09D 183/04 20060101ALI20221223BHJP
   C09D 5/00 20060101ALI20221223BHJP
   C09D 7/65 20180101ALI20221223BHJP
   B32B 27/00 20060101ALI20221223BHJP
   B05D 1/36 20060101ALI20221223BHJP
   B05D 3/10 20060101ALI20221223BHJP
   B05D 7/24 20060101ALI20221223BHJP
【FI】
C09D201/00
C09D183/04
C09D5/00 D
C09D7/65
B32B27/00 101
B05D1/36 Z
B05D3/10 F
B05D7/24 301Q
B05D7/24 302Y
B05D7/24 302L
【請求項の数】 18
(21)【出願番号】P 2019526541
(86)(22)【出願日】2017-11-17
(65)【公表番号】
(43)【公表日】2020-01-16
(86)【国際出願番号】 US2017062206
(87)【国際公開番号】W WO2018094161
(87)【国際公開日】2018-05-24
【審査請求日】2020-11-12
(31)【優先権主張番号】62/424,062
(32)【優先日】2016-11-18
(33)【優先権主張国・地域又は機関】US
(73)【特許権者】
【識別番号】500273296
【氏名又は名称】ザ・ペン・ステート・リサーチ・ファンデーション
(74)【代理人】
【識別番号】100092783
【弁理士】
【氏名又は名称】小林 浩
(74)【代理人】
【識別番号】100120134
【弁理士】
【氏名又は名称】大森 規雄
(74)【代理人】
【識別番号】100194423
【弁理士】
【氏名又は名称】植竹 友紀子
(74)【代理人】
【識別番号】100104282
【弁理士】
【氏名又は名称】鈴木 康仁
(72)【発明者】
【氏名】ウォン,タック-シン
(72)【発明者】
【氏名】ワン,ジン
【審査官】桜田 政美
(56)【参考文献】
【文献】特表2015-507507(JP,A)
【文献】特開2001-259509(JP,A)
【文献】特開2007-291314(JP,A)
【文献】特開2000-273934(JP,A)
【文献】特表2015-531005(JP,A)
【文献】特開2017-170739(JP,A)
【文献】WANG, Liming et al.,Covalently Attached Liquids: Instant Omniphobic Surfaces with Unprecedented Repellency,Angewandte Chemie International Edition,vol.55,2016年,pp.244-248
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C09D 201/00
C09D 183/04
C09D 5/00
C09D 7/65
B32B 27/00
B05D 1/36
B05D 3/10
B05D 7/24
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
ヒドロキシル官能基を有し、4μm未満の平均粗さRを有する基材の平滑表面上のコーティングであって、前記コーティングは、
(i)重合性シランもしくはシロキサンまたは両方、(ii)溶媒、および(iii)酸触媒を含むコーティング組成物を前記表面に塗布することにより得られるヒドロキシル官能基から前記基材の表面上に重合されたシラン化層と、
前記シラン化層上に配置された潤滑剤層であって、前記潤滑剤層は、ペルフルオロ油またはシリコーン油または鉱油または植物油またはその任意の組合せである、潤滑剤層と、
を含む、コーティング。
【請求項2】
前記表面が、500nm未満の平均粗さRを有する、請求項1に記載のコーティング。
【請求項3】
前記表面が、100nm未満の平均粗さRを有する、請求項1に記載のコーティング。
【請求項4】
前記シラン化層が、ポリジメチルシロキサンである、請求項1から3のいずれか一項に記載のコーティング。
【請求項5】
請求項1から4のいずれか一項に記載のコーティングを備える、便器または男性用小便器。
【請求項6】
請求項1から4のいずれか一項に記載のコーティングを備える、ガラス製の窓。
【請求項7】
請求項1から6のいずれか一項に記載のコーティングを使用する方法であって、前記コーティングに水性流体を塗布して、その上の固体または液体を取り除くステップを含む、方法。
【請求項8】
前記シラン化層に、前記潤滑剤を再度塗布する、または異なる潤滑剤を再度塗布するステップをさらに含む、請求項7に記載の方法。
【請求項9】
粘弾性物質を処理する方法であって、請求項1から6のいずれか一項に記載のコーティングに粘弾性物質を接触させるステップと、続いて前記コーティング上の前記粘弾性物質に水性流体を塗布して、前記コーティングから前記粘弾性物質を取り除くステップとを含む、方法。
【請求項10】
撥性表面を調製する方法であって、
ヒドロキシル官能基を有する基材の平滑表面にコーティング組成物を塗布するステップであって、前記コーティング組成物が、(i)重合性シランもしくはシロキサンまたは両方、(ii)溶媒、および(iii)酸触媒を含むステップと、
前記表面に塗布されたコーティング組成物の(i)重合性シランもしくはシロキサンまたは両方を前記平滑表面上のヒドロキシル官能基から重合して前記表面上に化学層を形成するステップと、
前記化学層に潤滑剤を塗布するステップと、を含む、方法。
【請求項11】
前記化学層に、前記潤滑剤を再度塗布する、または異なる潤滑剤を再度塗布するステップをさらに含む、請求項10に記載の方法。
【請求項12】
前記酸触媒は、硫酸または塩酸を含む、請求項10に記載の方法。
【請求項13】
前記シランもしくはシロキサンまたは両方を0℃~60℃の温度かつ10分未満で重合して、重合されたシランもしくはシロキサンまたは両方を前記平滑表面上の化学層として固定することを含む、請求項10に記載の方法。
【請求項14】
前記表面は、ガラス、シリコン、セラミック、陶磁器、磁器、およびある種の金属から選択される、請求項10に記載の方法。
【請求項15】
ジメチルジメトキシシランを重合して、ポリジメチルシロキサンを前記平滑表面上に前記化学層として固定するステップ、および、シリコーン油を前記化学層に粘着した潤滑剤コーティングとして粘着させるステップを含む、請求項10に記載の方法。
【請求項16】
シランおよび/もしくはシロキサンは、ペルフルオロシランからなる群から選択され、前記潤滑剤はペルフルオロ油である、請求項10に記載の方法。
【請求項17】
撥性平滑表面を調製する方法であって、
(i)ペルフルオロシラン、(ii)溶媒、および(iii)酸触媒を含むコーティング組成物を、ヒドロキシル官能基を有する基材の平滑表面上に反応させて、ペルフルオロシランの末端を、前記平滑表面のヒドロキシル官能基から直接的に、前記化学層として固定するステップと、
ペルフルオロ油潤滑剤コーティングを前記化学層に粘着させて、平滑表面上のペルフルオロ油潤滑剤を保持し、潤滑剤定着平滑表面を撥性平滑表面として形成するステップと、
を含む方法。
【請求項18】
前記化学層に、ペルフルオロ油潤滑剤を再粘着させる、または、第2の異なる潤滑剤を粘着させることをさらに含む、請求項17に記載の方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
関連出願の相互参照
本出願は、2016年11月18日出願の米国特許仮出願第62/424062号の利益を請求し、その全開示は、参照によって本明細書に援用されている。
【0002】
本開示は、防汚性、防着色性、スケール防止剤、便器および男性用小便器などの節水システムのための用途、または撥性コーティングのための、他の用途を含む、液体と粘弾性固体の両方をはじくことができる、平滑表面上の撥性コーティングに関する。撥性コーティングは、平滑表面上の化学層およびその上の潤滑剤を含む。
【背景技術】
【0003】
水不足は、重大な国際的問題である。アフリカおよびインドなどの地域において、水は、生活および農業で極めて高い需要がある。多くの研究者は、塩水を脱塩してより多くの水を生み出すこと、および農業の配管システムを発展させて水を節約することに焦点を当ててきた。しかし、便器のフラッシュに使われる水は、ほとんど注目されなかった。具体的には、世界の人々の3分の2が、水洗便器を使用する。世界保健機関およびユニセフ共同モニタリングプログラム(UNICEF Joint Monitoring Programme)を参照されたい。Progress on Drinking Water and Sanitation, 2015 Update and MDG Assessment。それぞれの人は、平均で1日に5回の頻度で便器をフラッシュし(水約8ガロン)、1日あたり、水300億ガロンがフラッシュ使用される。ブラジルなどのある地域では、便器をフラッシュするのに雨水を利用する。しかし、雨水は、いくつかの健康問題、特に細菌感染を引き起こすことがある。
【0004】
流体および固体をはじくための改質表面を備える物品が開発されてきた。例えば、米国特許出願第2014-0342954号明細書、米国特許第4844986号明細書、およびWang et al. Covalently Attached Liquids: Instant Omniphobic Surfaces with Unprecedented Repellency. Angewandte Chemie International Edition 55, 244-248(2016)を参照されたい。
【0005】
しかし、半固体(例えば、糞便、ぬれた成形粘土、マスタードなど)と細菌の両方に付着しない、加工された表面は、十分に研究および開発がされていない。というのは、これらの粘弾性半固体および細菌は大抵の表面に付着するからである。超疎水性表面および滑性液体注入多孔質表面(slippery liquid-infused porous surface)(SLIPS)などの既存の滑性表面は、細菌を付着させるものであったり(すなわち、超疎水性表面)、または、特に粘弾性固体の付着問題のために設計されているわけではない(すなわち、超疎水性表面および滑性液体注入多孔質表面)。Wong, T.-S. et al. Bioinspired self-repairing slippery surfaces with pressure-stable omniphobicity, Nature 477, 443-447, 2011を参照されたい。
【0006】
超疎水性表面は、特殊な表面構造設計を用いて、水、またはさらに油に対して滑性である。しかし、これらの表面は、典型的には、血液および細菌流体などの生体液体にさらすと、その撥性を失う。細菌流体については、バイオフィルムが表面構造上に形成され、超疎水性特性を破壊する可能性がある。さらに、超疎水性表面および滑性液体注入多孔質表面が、糞便または泥などの、粘弾性半固体をはじくことは知られていない。
【0007】
したがって、徹底的な節水用途または清浄が容易な医療器具のために、液体と粘弾性固体との両方をはじく、単純な解決法をもたらす、新規の表面技術が必要である。
【発明の概要】
【0008】
本開示の利点には、液体と粘弾性半固体および粘弾性固体(例えば、粘弾性物質)との両方をはじくことができる、表面設計が含まれる。こうした表面は、防汚性、防着色性、スケール防止剤、および徹底的な節水用途、または清浄が容易な医療器具、または撥性コーティングの恩恵を受ける、他の用途で有用である。その表面は、化学層およびその上の潤滑性流体を特徴とする。こうしたコーティングシステムは、比較的平滑な表面で有利であり、液体と粘弾性物質の両方をはじく、対応する平滑な潤滑剤層をもたらす。この潤滑システムは、最小表面面積をもたらすことができ、したがって、任意の、衝突する粘弾性物質の粘着を最小限にすることができる。
【0009】
これらの利点および他の利点は、基材の平滑表面のコーティングによって、少なくとも部分的に成し遂げられ、但し、コーティングは、基材の表面上の化学層、およびその化学層を覆う潤滑剤層を含む。有利なことに、コーティングされる基材の表面は、比較的平滑であり、例えば、表面は、平均粗さR約4μm未満を有し、例えば、約2μm未満、および約1μm未満の平均表面粗さ、さらに約500nm未満、例えば、約100nm未満の平均表面粗さを有する。本開示のコーティングの利点は、表面にコーティングを堆積させる前に、下層の表面基材が粗面化されないことである。
【0010】
本開示の一態様において、コーティング表面は、便器の表面の一部、例えば、便器、男性用小便器、または人の排泄物などの液体および粘弾性物質を処理するのに有用な、他の器具の内部表面の一部である。粘弾性物質とコーティング表面との間の最小限の粘着によって、有利なことに、器具から物質を取り除くための水消費量を最小限にすることができる。平滑表面界面および撥液機能によって、例えば、硬水により引き起こされる、鉱物堆積物(例えば、炭酸カルシウムおよび炭酸マグネシウム)ならびに着色を生じる他の物質の蓄積を防ぐこともできる。こうしたコーティング表面は、液体(例えば、雨)、氷、霜、虫の残留物、および鳥の糞をはじくために、建築物もしくは車などの乗り物の窓、またはカメラレンズに適用することもできる。さらに、こうしたコーティング表面は、霜または氷の形成を遅らせることができ、除氷時間を顕著に減らすことができる。本開示の一実施形態において、ガラス製の窓は、その平滑表面上にコーティングを備える。こうしたガラス表面上の、化学層および潤滑剤は、ガラスに適合する屈折率を有することができ、例えば、化学層および潤滑剤は、屈折率約1.3~約1.6、例えば、約1.4~約1.5を有する。
【0011】
本開示のある態様を実施する際に、水または他の水性流体を、本開示のコーティングを備える器具に塗布して、コーティングに堆積した粘弾性物質または液体を取り除くことができる。水または他の水性流体を、コーティングの粘弾性物質または液体に塗布して、コーティングからその物質または液体を取り除くことができる。その方法は、有利なことに、最小限の量の、水性流体または他の流体を、基材の表面上の粘弾性物質に塗布して、それから粘弾性物質を取り除くことができる。さらに、潤滑剤、撥性コーティングを調製するのに用いられたものと同じ潤滑剤、または異なる潤滑剤を、化学層に再度塗布して、基材の表面上のコーティングシステムを一新することができる。
【0012】
本開示の他の態様は、撥性表面を調製する方法を含む。その方法は、コーティング組成物を表面に塗布して表面上の化学層を形成するステップを含む。次いで、潤滑剤を、形成された化学層に塗布することができる。有利なことに、潤滑剤層を塗布して、化学層を覆う安定な潤滑剤層を形成することができる。方法は、有利なことに、基材の平滑表面に適用することができる。本開示のコーティングシステムで用いることができる基材には、例えば、金属、セラミック、ガラス、またはその任意の組合せが挙げられる。
【0013】
本発明の実施形態は、以下の特性の1つまたは複数を、単独で、または組み合わせて含む。例えば、コーティング組成物は、(i)重合性シランもしくはシロキサンまたは両方、(ii)溶媒、および(iii)酸触媒などの触媒を含むことができる。他の実施形態において、化学層は、ポリジメチルシロキサンであってもよい。さらなる実施形態において、化学層は、ナノメートル高さを有し、シランまたはシロキサンで形成されて、表面に固定されたポリマー、例えばグラフトポリジメチルシロキサンを生成することができる。他の実施形態において、潤滑剤は、オムニフォビックな(omniphobic)潤滑剤、疎水性潤滑剤、植物系潤滑剤、および/または親水性潤滑剤の1種または複数であってもよく、例えば、潤滑剤には、ペルフルオロ油またはシリコーン油またはオリーブ油またはヒドロキシポリジメチルシロキサンが含まれる。いくつかの実施形態において、潤滑剤または異なる潤滑剤を、化学層に再度塗布して、平滑表面上のコーティングを一新することができる。
【0014】
本開示のさらなる利点は、以下の詳細な説明から、当分野の技術者に容易に明らかになるであろう。但し、本発明の好ましい実施形態のみが、本発明を実施するのに考えられる、最良の形態を単純に説明することによって、示され、説明されている。認識されるように、本発明は、他の実施形態および異なる実施形態が可能であり、そのいくつかの詳細は、全て本発明を逸脱することなく、様々な明らかな点で、改変することができる。したがって、図面および説明は、本質的に説明するものであり、制限するものではない。
【0015】
添付の図面を参照されたい。但し、同じ参照数字の指示を持つ要素は、全体を通して同様の要素を示す。
【図面の簡単な説明】
【0016】
図1図1a、図1b、図1cは、超疎水性ガラス(図1a)、滑性液体注入多孔質表面(SLIPS)コーティングガラス(図1b)、および液体定着平滑表面(Liquid-Entrenched Smooth Surface)(LESS)コーティングガラス(図1c)などの、様々に加工された表面への粘弾性固体の粘着を、図式的に、かつ光学画像で示す図である。市販の超疎水性コーティング(NeverWet、LLC)を用いて、超疎水性ガラスを製造した。SLIPSコーティングガラスは、下層の表面粗さ約1μmを有した。LESSコーティングガラスは、下層の表面粗さ約1nm未満を有した。これらの実験で、固形分含量パーセント30%(動的粘度約2406Pa・秒)の合成糞便を用いた。
図2図2は、ガラス、セラミック、および金属などの様々な表面にLESSコーティングを製造する方法を示す図である。
図3図3aおよび図3bは、本開示の一実施形態による、作製方法および粗さを示す図である。図3aは、浸漬作製法を説明する(噴霧塗布法を代わりに用いることができる)。平滑な基材を、酸素プラズマによって10分間水酸化(hydroxidize)した。次いで、基材をコーティング溶液に10秒間浸漬し、空気中で10分間乾燥させた。次いで、潤滑剤層をコーティング基材に塗布した。図3bは、原子間力顕微鏡(AFM)によって測定された、グラフト化学層である、第1の部材の粗さを示す。粗さは、ナノメートルスケールであり、コーティング基材の平滑性を示す。
図4図4a、図4bは、合成糞便の粘弾性特性を示す図である。図4aは、異なる固形分含量パーセント(例えば、合成糞便中の固形分10%、20%、30%、40%、50%、および60%)の、様々な合成糞便の、貯蔵弾性率および損失弾性率(それぞれG’およびG’’と示す)を示す。図4bは、様々に適用した周波数での、様々な合成糞便の相変化を示す。
図5図5aは、合成糞便と様々な表面との間の粘着の測定を示す図である。それぞれの表面の剥離の仕事を、それぞれの固形分含量について、ベアガラスのもので正規化する。剥離の仕事の標準偏差を、少なくとも4つの独立した粘着測定から得た。 図5bは、4種の異なる表面:ガラス、マイクロ粗面化滑性液体注入多孔質表面(MR-SLIPS)、ナノ多孔質滑性液体注入多孔質表面(NP-SLIPS)、液体定着平滑表面(LESS)の粘着測定を示す図である。剥離の仕事を、固形分含量パーセント20%の合成糞便で測定した。剥離の仕事の標準偏差を、少なくとも5つの独立した測定から得た。SLIPSおよびLESSに用いた潤滑剤は、粘度20cStを有するシリコーン油であった。 図5cは、4種の異なる表面:ガラス、マイクロ粗面化滑性液体注入多孔質表面(MR-SLIPS)、ナノ多孔質滑性液体注入多孔質表面(NP-SLIPS)、液体定着平滑表面(LESS)の粘着測定を示す図である。剥離の仕事を、固形分含量パーセント40%の合成糞便で測定した。剥離の仕事の標準偏差を、少なくとも5つの独立した測定から得た。SLIPSおよびLESSに用いた潤滑剤は、粘度20cStを有するシリコーン油であった。 図5dは、4種の異なる表面:ガラス、マイクロ粗面化滑性液体注入多孔質表面(MR-SLIPS)、ナノ多孔質滑性液体注入多孔質表面(NP-SLIPS)、液体定着平滑表面(LESS)の粘着測定を示す図である。剥離の仕事を、固形分含量パーセント60%の合成糞便で測定した。剥離の仕事の標準偏差を、少なくとも5つの独立した測定から得た。SLIPSおよびLESSに用いた潤滑剤は、粘度20cStを有するシリコーン油であった。
図6】マイクロ粗面化滑性液体注入多孔質表面(MR-SLIPS)、ナノ多孔質滑性液体注入多孔質表面(NP-SLIPS)、液体定着平滑表面(LESS)などの、様々な粗さを有する表面の、固形分含量を変えた、合成糞便の剥離の仕事を比較するプロットを示す図である。データを、LESSの、固形分含量40%合成糞便の剥離の仕事によって正規化する。
図7】未コーティングガラス、超疎水性ガラス(SHS)、SLIPSコーティングガラス、およびLESSコーティングガラスへの粘弾性固体の粘着を比較する図である。超疎水性ガラスを、市販の超疎水性コーティング(NeverWet、LLC)を用いて製造した。SLIPSコーティングガラスの、下層の基材は、表面粗さ約1μmを有する。LESSコーティングガラスは、下層の表面粗さ約1nm未満を有した。用いた合成糞便の固形分含量パーセントは30%である。染色した水(青色)を、清浄目的で表面に噴霧する。
図8図8aおよび図8bは、LESSコーティングガラス表面と比較して、様々な市販表面へのヒトの糞便の落下試験を示す図である。図8aは、I)75mmの高さから糞便を落とす、II)試験表面に糞便を衝突させる、およびIII)表面を水平から垂直にして、糞便が表面に粘着するかどうかを測定する、ヒトの糞便落下試験手順を図式的に示す。図8bは、様々な表面の試験結果の光学画像を示す。ヒトの糞便は、セラミック、テフロン(登録商標)、およびシリコ-ンに粘着するが、LESSコーティングガラスからは滑降する。
図9図9は、SLIPSコーティングアルミニウムのヒトの糞便落下試験の結果を示す図である。SLIPSコーティングアルミニウムは、下層の表面の粗さ約1μmを有した。ここで用いた潤滑剤はKrytox101(DuPont、粘度約18cSt)であり、その粘度は、LESSで用いたシリコーン油(粘度20cSt)と同様である。ヒトの糞便(約10グラム)を高さ約80mmから落下させた。1~3個の糞便の落下後、SLIPSコーティングアルミニウムは、糞便残留物を含んだ。
図10図10は、様々なコーティングの抗細菌性能を比較するプロットを示す図である。その試験は、ガラス、マイクロ粗面化ガラス基材を備えるSLIPS(MR-SLIPS)、ナノ粗面化ガラス基材を備えるSLIPS(NR-SLIPS)、およびLESSコーティングガラスでの、雨水で見つかった2種の細菌を用いた細菌付着試験を含んだ。MR-SLIPS、NP-SLIPS、およびLESSについて、これらの表面で検出された細菌コロニーはなかった。
図11図11は、抗細菌性能比較を比べるプロットを示す図である。試験は、ガラス、マイクロ粗面化ガラス基材を備えるSLIPS(MR-SLIPS)、ナノ粗面化ガラス基材を備えるSLIPS(NR-SLIPS)、およびLESSコーティングガラスでの、大腸菌(Escherichia coli)で汚染された合成尿を用いた細菌付着試験を含んだ。MR-SLIPS、NP-SLIPS、およびLESSについて、これらの表面で検出された細菌コロニーはなかった。
図12図12aおよび図12bは、様々な表面粗さを有するPDMSグラフト表面での殺菌試験を示す図である。図12aは、これらの表面での殺菌を試験する実験手順を示す。全ての表面は、大腸菌(E. coli)バイオフィルムで汚染され、次いで、殺菌済みシリコーン油によって潤滑化する前に、漂白剤およびアルコール70%で10分間殺菌された。その後、全ての表面を、潤滑化し、寒天膜で36時間インキュベートした。図12bは、細菌コロニーが、表面で成長したかどうかを比較するプロットである。図に示したように、細菌コロニーは、下層の粗さ(MR-SLIPS)があれば成長するが、NP-SLIPSおよびLESSコーティング表面では、細菌がほとんど見つからないか、見つからない。差し込まれた画像は、大腸菌(E. coli)のSEM画像を示す。これによれば、これらの表面が汚染された場合(例えば、対象の適用の間、潤滑剤が消耗した場合)、LESSコーティング表面は、容易に殺菌することができ、その生物付着防止機能を回復することができる。
図13図13は、LESSコーティング表面の潤滑剤補充を示す図である。図は、PDMSグラフトガラスの変位ぬれ(displacement wetting)現象を示す。光学画像は、簡易な潤滑剤補充法を示す。
図14図14は、様々な流動条件での、潤滑剤層(粘度20cStを有するシリコーン油)の耐久性を示すプロットである。LESSコーティング表面と非潤滑化表面との重量差を測定し、潤滑剤の厚さを見積もるのに用いた。
図15図15は、連続的な糞便の衝突およびフラッシュサイクルの下、LESSコーティングの耐久性を示す、他のプロットである。エラーバーは、3つの独立した測定の標準偏差を示す。
図16図16aは、様々な流量で、4種の異なる表面から合成糞便(固形分含量10%)を取り除くのに必要とされる水消費量を示す図である。流量は、1ガロン毎メートル(gpm)~2.5gpmの範囲である。4種の異なる表面には、未処理ガラス、マイクロ粗面化表面モルフォロジーを有する滑性液体注入多孔質表面(MR-SLIPS)、ナノ多孔質表面モルフォロジーを有する滑性液体注入多孔質表面(NP-SLIPS)、および液体定着平滑表面(LESS)が含まれる。 図16bは、様々な流量で、4種の異なる表面から合成糞便(固形分含量20%)を取り除くのに必要とされる水消費量を示す図である。流量は、1ガロン毎メートル(gpm)~2.5gpmの範囲である。4種の異なる表面には、未処理ガラス、マイクロ粗面化表面モルフォロジーを有する滑性液体注入多孔質表面(MR-SLIPS)、ナノ多孔質表面モルフォロジーを有する滑性液体注入多孔質表面(NP-SLIPS)、および液体定着平滑表面(LESS)が含まれる。 図16cは、様々な流量で、4種の異なる表面から合成糞便(固形分含量30%)を取り除くのに必要とされる水消費量を示す図である。流量は、1ガロン毎メートル(gpm)~2.5gpmの範囲である。4種の異なる表面には、未処理ガラス、マイクロ粗面化表面モルフォロジーを有する滑性液体注入多孔質表面(MR-SLIPS)、ナノ多孔質表面モルフォロジーを有する滑性液体注入多孔質表面(NP-SLIPS)、および液体定着平滑表面(LESS)が含まれる。 図16dは、様々な流量で、4種の異なる表面から合成糞便(固形分含量40%)を取り除くのに必要とされる水消費量を示す図である。流量は、1ガロン毎メートル(gpm)~2.5gpmの範囲である。4種の異なる表面には、未処理ガラス、マイクロ粗面化表面モルフォロジーを有する滑性液体注入多孔質表面(MR-SLIPS)、ナノ多孔質表面モルフォロジーを有する滑性液体注入多孔質表面(NP-SLIPS)、および液体定着平滑表面(LESS)が含まれる。 図16eは、様々な流量で、4種の異なる表面から合成糞便(固形分含量50%)を取り除くのに必要とされる水消費量を示す図である。流量は、1ガロン毎メートル(gpm)~2.5gpmの範囲である。4種の異なる表面には、未処理ガラス、マイクロ粗面化表面モルフォロジーを有する滑性液体注入多孔質表面(MR-SLIPS)、ナノ多孔質表面モルフォロジーを有する滑性液体注入多孔質表面(NP-SLIPS)、および液体定着平滑表面(LESS)が含まれる。 図16fは、様々な流量で、4種の異なる表面から合成糞便(固形分含量60%)を取り除くのに必要とされる水消費量を示す図である。流量は、1ガロン毎メートル(gpm)~2.5gpmの範囲である。4種の異なる表面には、未処理ガラス、マイクロ粗面化表面モルフォロジーを有する滑性液体注入多孔質表面(MR-SLIPS)、ナノ多孔質表面モルフォロジーを有する滑性液体注入多孔質表面(NP-SLIPS)、および液体定着平滑表面(LESS)が含まれる。
【発明を実施するための形態】
【0017】
本開示は、表面上の化学層を含み、それを覆う、薄い潤滑剤層を保持して撥性表面を形成することができる、基材のコーティング表面に関する。有利なことに、表面は、比較的平滑であり、表面粗面化を必要とせず、超疎水性表面および滑性液体注入多孔質表面などの、ある種の、他の撥性表面とは対照的である。図1a~図1bと図1cとを比較されたい。本開示によるコーティング表面は、本明細書において、液体定着平滑表面(LESS)と称される。
【0018】
本開示によるコーティング表面は、ある種の器具、例えば、便器、男性用小便器、または液体および粘弾性物質、例えば、ヒトの消化器系の、固体または半固体の代謝排泄物を処理するための他の器具で有用である。こうしたコーティング表面は、液体(例えば、雨)、氷、霜、虫の残留物、および鳥の糞をはじくために、建築物もしくは車などの乗り物の窓、またはカメラレンズに適用することもできる。さらに、こうしたコーティング表面は、霜または氷の形成を遅らせることができ、除氷時間を顕著に減らすことができる。
【0019】
本開示の一態様において、コーティングされる基材の表面は、比較的平滑であり、例えば、表面は、マイクロスケールレベルの平均粗さ、例えば、数ミクロン未満、または数百ナノメートル未満、好ましくは数ナノメートル未満のRを有する。本開示の実施形態において、コーティングされる基材の表面は、約4μm未満の平均表面粗さR、例えば、約2μm未満、約1μm未満の平均表面粗さを有する。ある他の実施形態において、平均表面粗さRは、約500nm未満であり、例えば、約100nm未満、さらに約10nm未満である。コーティングされる基材の平均表面粗さRは、約0.5nmより大きく、約2μm未満の範囲であることができる。
【0020】
平均表面粗さは、0.1ナノメートルスケールの平均表面粗さを測定するための、走査範囲2×2μmで、タッピングモードを用いた原子間力顕微鏡(AFM)、または等価な技術によって測定することができる。平均表面粗さは、1ナノメートルスケールの平均表面粗さを測定するための、475×475μm範囲のZygo光学プロフィロメーター、または等価な技術によって測定することができる。
【0021】
本開示のコーティングの利点は、SLIPSコーティングシステムなどのように、下層の表面基材が粗くないことである。したがって、本開示のコーティングは、表面粗さに影響を及ぼす必要なく、平滑表面上に容易に塗布することができる。例えば、本開示のコーティングは、便器または男性用小便器の表面、および窓ガラスに直接塗布することができる。便器および男性用小便器の表面は、一般に、約500未満、さらに約200nmおよび50nmもの小さい平均表面粗さを有し、窓ガラスは、平均表面粗さ約150nm未満、例えば、約0.1nm~約100nmを有することができる。あるいは、コーティングされる表面は、本開示のコーティングシステムを塗布する前に、平滑化することができる。したがって、ある実施形態において、本開示によるコーティングを塗布する前に、表面粗さを変える必要はない。他の実施形態において、本開示によるコーティングを塗布する前に、表面を、粗くせずに、より小さい表面粗さを有するように作ることができる。
【0022】
本開示で用いられる、平滑表面を有する基材には、シリコン、セラミック、陶磁器、磁器、ガラス、および金属、例えば、炭素鋼、銅、アルミニウム、およびチタンのものが挙げられる。金属表面をベース基材として選択する場合、酸素プラズマを用いて表面を処理して、その上にヒドロキシル官能基を生成することができる。化学層を塗布する前に、表面を清浄することができる。本開示を実施する際に、撥性表面を調製する方法は、表面にコーティング組成物を塗布して表面上に化学層を形成するステップと、化学層に潤滑剤を塗布するステップとを含む。
【0023】
化学層は、平滑表面上に、表面にコーティング組成物を塗布して表面上に化学層を形成するステップによって、形成することができる。コーティング組成物は、浸漬塗布法または噴霧によって塗布することができる。化学層は、化学蒸着(CVD)法によっても形成することができる。本開示の一態様において、コーティング組成物は、3種の成分:コーティング化学物質、溶媒、および触媒を含む。平滑表面にコーティング組成物を塗布するステップは、表面にコーティング化学物質を固定することによって化学層を形成することができ、ある実施形態では、固定されたコーティング化学物質からコーティング化学物質をさらに重合することができる。
【0024】
有用なコーティング化学物質には、シランおよびシロキサン、例えば、ジメチルジメトキシシラン、トリメトキシメチルシラン、1H,1H,2H,2H-ペルフルオロドデシルトリクロロシラン、1H,1H,2H,2H-ペルフルオロデシルトリメトキシシラン、トリメトキシ(3,3,3-トリフルオロプロピル)シラン、ジメトキシ-メチル(3,3,3-トリフルオロプロピル)シラン、ジメトキシ(メチル)オクチルシラン、トリメチルメトキシシラン、ジエトキシジメチルシラン、ジメトキシメチルビニルシラン、ヘキサメチルジシロキサン、オクチルジメチルクロロシラン、オクタメチルシクロテトラシロキサンなど、1H,1H,2H,2H-ペルフルオロデシルトリエトキシシラン、1H,1H,2H,2H-ペルフルオロオクタンホスホン酸が挙げられる。有用な溶媒には、エタノール、イソプロパノールなどのアルコール、アセトン、メチルエチルケトンなどのケトン、クロロホルムなどの塩素化溶媒などが挙げられる。有用な触媒には、酸触媒、例えば、硫酸、塩酸、およびイソプロパノールまたはエタノールなどに可溶な超吸収性ポリマーが挙げられる。
【0025】
本開示の一実施形態において、化学層は、平滑表面に固定された、シランまたはシロキサンのポリマー、例えば、重合性コーティング化学物質、溶媒、および触媒を含むコーティング組成物から調製することができる、基材の表面にグラフトされたポリジメチルシロキサンである。例示として、ジメチルジメトキシシランを重合性コーティング化学物質として用いた。コーティング組成物には、イソプロパノール中のジメチルジメトキシシラン10重量%、およびコーティング組成物の1重量%を占める触媒が含まれた。いくつかの実施形態において、化学層は、準ナノメートル高さを有することができる。
【0026】
次いで、化学層と混和性である潤滑剤は、化学層を覆うように施される。潤滑剤を、塗り付け(wiping)、噴霧などによって塗布することができる。安定な潤滑剤層を形成するために、潤滑剤は、化学層または基材に強い親和性を有するべきである。いくつかの実施形態において、潤滑剤は、オムニフォビックな潤滑剤、疎水性潤滑剤、および/または親水性潤滑剤の1種または複数であってもよく、例えば、潤滑剤には、ペルフルオロ油またはシリコーン油またはヒドロキシポリジメチルシロキサン(PDMS)または植物油が挙げられる。例えば、ペルフルオロ油(例えば、Krytox油)は、シランおよびとりわけペルフルオロシランで改質された表面上に安定な潤滑剤層を形成することができる。シリコーン油は、例えば、ポリジメチルシロキサン(PDMS)またはグラフトPDMSなどのシロキサンから形成された化学層を有する表面上に安定な層を形成することができる。ヒドロキシPDMSは、例えば、ポリジメチルシロキサン(PDMS)またはグラフトPDMSなどのシロキサンから形成された化学層を有する表面上に安定な層を形成することもできる。鉱油は、様々な分子鎖長を有する、アルキルトリクロロシランまたはアルキルトリメトキシシランによって形成された化学層を有する表面上に安定な層を形成することができる。様々な鎖長を有する、アルキルトリクロロシランまたはアルキルトリメトキシシランと混和性である、他の潤滑剤には、アルカン油(例えば、デカン、ドデカン、ヘキサデカン、またはそれらの混合物など)、植物系油、例えば、オリーブ油、パーム油、ダイズ油、キャノーラ油、ナタネ油、コーン油、ラッカセイ油、ココナッツ油、綿実油、パーム油、ベニバナ油、ゴマ油、ヒマワリ油、アーモンド油、カシュー油、ヘーゼルナッツ油、マカダミア油、モンゴンゴナッツ油、ペカン油、松の実油、クルミ油、グレープフルーツ種子油、レモン油、オレンジ油、アマランス油、リンゴ種子油、アルガン油、アボガド油、ババス油、ベン油、ボルネオタロウナッツ油(borneo tallow nut oil)、ケープ栗油、キャロブ油、カカオバター(coca butter)、オナモミ油、コフネヤシ油、ブドウ種子油、カポック種子油、ケナフ種子油、ラッレマンチア油、マルーラ油、メドウフォーム種子油、マスタード油、オクラ種子油、パパイヤ種子油、ペクイ油、ポピー種子油、プラカシー油、プルーンカーネル油、キノア油、ニガー種子油、サポーテ油、シアバター、茶実油、タイガーナッツ油、トマト種子油、および他の同様の植物系油などが挙げられる。植物系油は、単独で、または他の潤滑剤と共に、または植物系油のみの混合物として、もしくは他の潤滑剤との混合物として用いてもよい。温度範囲15℃~25℃では、潤滑剤の粘度約1cSt~約1000cStの範囲が好適であろう。温度範囲15℃~25℃では、潤滑剤密度約1g/cm未満が好適であろう。
【0027】
本開示の一態様において、本開示のコーティングは、液体および粘弾性物質、例えばヒトの消化器系の、固体もしくは半固体の代謝排泄物を処理するための便器、男性用小便器のような器具の、または家庭用流し台、または産業用流し台の、平滑表面またはその一部に施される。こうしたコーティング表面は、液体(例えば、雨および霧)、氷、霜、虫の残留物、ならびに鳥の糞をはじくために、建築物もしくは車などの乗り物の窓、またはカメラレンズに適用することもできる。さらに、こうしたコーティング表面は、霜/氷の形成を遅らせることができ、除氷時間を顕著に減らすことができる。
【0028】
本開示の一実施形態において、ガラス製の窓は、その平滑表面上にコーティングを備える。化学層および潤滑剤は、ガラスに適合する屈折率を有することができ、例えば、化学層および潤滑剤は、屈折率約1.3~約1.6、例えば、約1.4~約1.5を有することができ、例えば、化学層がシランである場合、潤滑剤は、屈折率約1.3~約1.6、例えば、約1.4~約1.5を有する。
【0029】
本開示のある態様を実施する際に、水または他の水性流体を、本開示のコーティングを備える器具に塗布して、コーティングの、固体、例えば、粘弾性物質、または液体を取り除くことができる。例えば、粘弾性半固体排泄物などの粘弾性物質は、基材のコーティング表面に粘弾性物質を接触させることによって処理することができる。コーティング表面は、表面上の化学層およびそれを覆う潤滑剤層を含む。水または他の水性流体を、コーティング上の粘弾性物質または液体に塗布して、コーティングからその物質を取り除くことができる。さらに、潤滑剤は、撥性コーティングを調製するのに用いられたものと同じ潤滑剤であっても、または異なる潤滑剤であっても、化学層に再度塗布されて、基材の表面上のコーティングを一新することができる。
【0030】
本開示のコーティング基材を設計する際に、いくつか考慮すべきことがある。以下に、本開示による基材の平滑表面上のコーティングの設計の、特段の考慮および例を示す。例えば、粘弾性固体と下層の固体表面との間の粘着を、固体-固体界面の粘着エネルギーによって定量化することができる。特に、粘着エネルギーGを以下のように表すことができる。
=wΦ(da/dt,T,ε) (1)
式中、Φは、粘弾性固体の、亀裂進展速度da/dt、温度T、およびひずみεによって左右される機械損失関数であり、wは、粘着の熱力学的仕事である。亀裂進展速度およびひずみは、粘弾性固体の継承された性質であるので、粘弾性固体および基材表面の粘着を減らすには、粘着の仕事をより小さくすることが必要であろう。特に、粘着の仕事は、w=γ13+γ23-γ12で表すことができ、GirifalcoおよびGoodの式によってさらに単純化することができる。
=2(γ13・γ231/2 (2)
式中、γijは、i-j界面の界面エネルギーであり、1、2、および3はそれぞれ、下層の固体基材、粘弾性固体、および空気を示す。粘着の仕事を減らすために、下層の固体-空気界面(γ13)と粘弾性固体-空気界面(γ23)との間の粘着を減らす必要があるであろう。
【0031】
従来から、これらの界面エネルギー(γ13およびγ23)を減らす2種の方法がある。第1の方法には、下層の固体基材の表面化学改質(例えば、シラン化)が含まれ、それによって、γ13を有効に減らすことができる。第2の方法には、粘弾性固体と基材表面との間の潤滑化が含まれる。先に報告されたように、潤滑剤は、基材表面に粘着する代わりに、粘弾性固体によって吸収され、γ23の減少をもたらすことになる。γ13とγ23の両方を同時に減らすために、潤滑剤は、潤滑剤の、薄い層を保持するように、下層の表面に安定に粘着させる必要がある。この特定の場合において、粘着界面は、固体-固体界面(すなわち、粘弾性固体-下層の固体基材)から固体-潤滑剤界面(すなわち、潤滑剤含浸粘弾性固体-潤滑剤コーティング固体基材)へ変化する。
【0032】
さらに、2つの表面の間の粘着の全仕事は、そのそれぞれの接触面積に直接比例し、粗さの存在によって顕著に増加することがある。1960年台に、Carl A.Dahlquistは、粘着物質の貯蔵弾性率がある臨界値(すなわち、典型的には0.3MPa)を下回るとき、物質が流れ始め、印加した圧力に関係なく、粘着物の表面粗さと共形接触を形成することを実験的に示した。これは、ダルキスト基準として広く知られており、感圧接着剤の設計の基礎となってきた。ダルキスト基準を満たす粘弾性物質について、粘着物に存在する任意の粗さにより、表面粘着がさらに増すことになる。したがって、下層の固体基材の表面粗さを減らすことは、表面粘着をさらに減らすための、もう一つの重要な方法であろう。
【0033】
様々な表面の粘着機構を検証するために、粗さを変えた表面の粘着特性決定用に、ヒトの糞便のものと極めて似た有機固形分含量を有する合成糞便を調製した(表1および表2参照)。ヒトの合成糞便の配合表は、南アフリカのKwaZuluNatal大学で開発された、独特の配合表から開発した。ヒトの合成糞便は、酵母、オオバコ、ラッカセイ油、味噌、ポリエチレングリコール、リン酸カルシウム、セルロース、および水で構成される。全ての固形分成分は、乾燥質量で表され、対応するパーセントを表1に示す。合成糞便の組成は、生物学的にヒトの糞便に極めて似ている(表2参照)。合成糞便の粘度は、固形分含量パーセントによって変えることができる。固形分パーセント10%、20%、30%、40%、50%、および60%の合成糞便を製作した。これらの合成糞便は、粘弾性測定、粘着試験、および水消費量試験のために、調製後5時間以内に使用した。
【0034】
【表1】
【0035】
【表2】
【0036】
糞便と基材との界面での、粘着の仕事wは、GirifalcoおよびGoodの式によってw=2(γ13・γ231/2に単純化することができる。健康なヒトの糞便は、水約70%を含有し、残りは有機物で構成される。したがって、その表面エネルギー(γ13)の上限は、水の表面エネルギー(すなわち、γ13≦約72mJ/m)と同様であると考えることができる。先行文献によれば、ガラス表面(γ23)は、表面エネルギー310mJ/mを有する。前述の式に基づいて、ヒトの糞便とガラス表面との間の粘着の仕事(wa0)は≦299mJ/mである。
【0037】
粘着の仕事を減らす、3種の異なる方法がある。第1の方法は、グラフトポリジメチルシロキサン(PDMS)でガラス表面をシラン化するステップを含む。グラフトPDMSは、シリコーン油とほぼ同等の化学構造の有するので、それらの表面エネルギーが同様であると仮定することができる。シリコーン油の表面エネルギーは、約21mJ/mであると測定される。したがって、合成糞便とPDMSグラフトガラスとの間の粘着の仕事(wa1)は、約78mJ/mになる。第2の方法では、糞便と未処理ガラス表面との間に潤滑剤層(シリコーン油)を添加して粘着を減らすことができる。シリコーン油は、好ましくは糞便に吸収されるので、糞便の表面エネルギー(γ13)だけが変化する。但し、シリコーン油は、糞便に部分的に、または完全に含浸されることがあり、したがって、糞便の表面エネルギー(γ13)は約72mJ/m≧γ13≧約21mJ/mであると仮定する。結果として、合成糞便とシリコーン油潤滑化ガラスとの間の粘着の仕事(wa2)は、約299mJ/m≧wa2≧約161mJ/mになるであろう。第3の方法は、基材の熱力学的に安定な潤滑剤層を保持するように、糞便と化学的に処理されたガラスとの間に潤滑剤層をコーティングするステップを含む。この場合、約72mJ/m≧γ13≧約21mJ/m、およびγ23≒21mJ/mを有する。したがって、LESS処理ガラスの粘着の仕事(wa3)は、約78mJ/m≧wa3≧42mJ/mである。全体的に、wa2>wa1≧wa3であり、この傾向は、実験測定と一致する。
【0038】
合成糞便の固形分含量は、10重量%~60重量%の範囲であり、貯蔵弾性率約1Pa(固形分含量約10%)~約10Pa(固形分含量約60%)に対応する。これらの値は、新鮮なヒトの糞便のものを綿密に模倣している。ダルキスト基準に基づいて、ここで用いた合成糞便の大部分は、特に、その貯蔵弾性率が0.3MPaよりもさらに小さい合成糞便で、粗い表面に共形接触することになる。本発明の粘着測定によれば、合成糞便の表面粘着が表面粗さと共に増し(平均粗さで、Rは、0.87±0.06nm~4.12±0.26μmの範囲である)、比較的平滑な表面が、糞便との表面粘着を減らすのに望ましいことを示している。実験的に、平均粗さ1μm未満の表面、さらにR約10nm未満の表面が好ましいことが明らかである(図1cおよび表3)。
【0039】
【表3】
【0040】
比較的平滑な基材を使用することに加えて、潤滑剤は、基材に優先的に粘着せねばならず、表面化学親和性を合わせることを要する(すなわち、安定な潤滑剤層を形成する)。熱力学的に、この条件を達成するために、以下を有するべきである。
ΔE=γcosθ-γcosθ-γAB>0 (3)
式中、γおよびγは、それぞれ、はじかれる異質液体と非相溶性潤滑剤の表面張力であり、γABは、液体-液体界面の界面張力であり、θおよびθは、それぞれ、所与の平坦な固体表面の、異質液体と潤滑剤との平衡接触角である。潤滑剤保持のために粗い表面を要する滑性液体注入多孔質表面(SLIPS)(図1b参照)とは対照的に、LESSは、粘着低減のために、比較的平滑な表面を使用する(典型的には、SLIPS構造は、合成で粗面化した表面を含み、約150nmより大きく、100μmもの高さの平均表面粗さを有する)。ダルキスト基準によれば、この平滑な構造は、粘弾性固体をはじくのに重要である。
【0041】
LESSは、水性液体および粘弾性固体に対する、その機能のために潤滑剤を用いるので、ある実施形態では、潤滑剤層が、蒸発および外部流体のせん断により、時間をかけて消耗する場合、表面を一新する潤滑剤補充手段を進めるのが望ましい。潤滑剤補充過程の間、潤滑剤が水性液体-ぬれた表面に取って代わるのにエネルギー的に好ましいように、以下の熱力学的条件を満たさねばならない。
ΔE=γcosθ-γcosθ+γ-γ>0 (4)
【0042】
要するに、1)ベース基材が、比較的平滑であり、好ましくは、平均粗さ約500nm未満、またはさらに平均粗さ約100nm未満を有する、2)ΔE>0(安定な潤滑性形成)、および3)ΔE>0(潤滑剤補充)である場合に、LESSを表面に形成することができる。
【0043】
LESSは、初めに、異なる表面化学を有するベース基材を官能化することによって形成することができ、したがって、潤滑剤が、優先的に、官能化された表面をぬらすことができ、基準のΔE>0(安定な潤滑性形成)およびΔE>0(潤滑剤補充)を満たすことができる。
【0044】
これらの手法の1つにおいて、平滑な基材は、表面で利用可能なヒドロキシル基で親水性になるように(元々利用可能なもの、または酸素プラズマなどの特定の表面処理後のもののいずれか)選択することができる。こうした表面の例には、ガラス、シリコン、セラミック、陶磁器、磁器、およびある種の金属、例えば、炭素鋼、銅、アルミニウム、およびチタンが挙げられる。金属表面をベース基材として選択する場合、酸素プラズマを用いて、表面を処理して、その上にヒドロキシル官能基を生成することができる。
【0045】
表面官能化を施す前に、好ましくは、表面を清浄して、任意の表面残留物を取り除く。清浄の一例には、アルコール、例えば、エタノールまたはイソプロパノール、および脱イオン水を使用して表面をすすぐことが含まれる。表面を乾燥させた後、その表面化学を変えることが可能なシラン溶液で処理することができる。表面が清浄になれば、シラン分子またはシロキサン分子を含有した溶液を、表面に噴霧するか、または塗り付けることができ、これらの分子を、ヒドロキシル基と反応させることができ、基材に共有結合した化学層を形成する。例えば、図2を参照されたい。シランまたはシロキサンの溶液は、噴霧塗布されるか、または表面に塗り付けることができ、周囲条件(温度0℃~60℃および相対湿度30%~80%)で10分間乾燥させる。
【0046】
シラン溶液の、1つの具体例には、濃硫酸1重量%が添加され、引き続いて、溶媒としてイソプロパノールと混合されたジメチルジメトキシシラン10重量%が挙げられる。シラン化された基材は疎水性になり、水とアルカン類の両方をはじくことができる。新規の表面官能基の形成は、X線光電子分光(XPS)測定によって確認され、ジメチルジメトキシシランに伴うSi-O結合の形成を示した。化学コーティング層の厚さは、約1nm~約10μmの範囲であることができる。
【0047】
化学層が形成されると、潤滑剤は、塗り付けまたは噴霧塗布のいずれかによって官能化された表面に塗布されることができる。潤滑剤の例には、シリコーン油またはヒドロキシポリジメチルシロキサンが挙げられる。温度範囲15℃~25℃では、約1cSt~約500cStの範囲の、潤滑剤の粘度が好ましいであろう。実施例の一つにおいて、PDMSグラフト表面が、シリコーン油によって優先的にぬれ、安定な潤滑剤層を形成する。余分なコーティング化学物質は潤滑剤(例えば、シリコーン油)に可溶であるので、すすぎ過程を省くことができる。潤滑剤層の厚さは、約1nm~約1mmの範囲である。本発明の実験測定によれば、この特定の物質の組合せ(すなわち、シリコーン油およびPDMSグラフト表面、γ=71.1±0.2mN/m、γ=20.7±0.3mN/m、θ=106.5°±0.4°、θ=約0°、γAB=31.7±0.1mN/m)が式3で説明された関係性(すなわち、ΔE=9.2mN/m)を満たすことが示された。二段階作製方法は、一般に10分未満を要する。
【0048】
したがって、本開示のコーティング表面は、使い易い作製方法によって調製することができる。図3は、こうしたコーティング表面を調製する一実施形態を示す。示されるように、平滑な基材上の、共有結合された化学層(図3a)を初めに形成することができる。実験用に、平滑ガラススライドを、エタノールで清浄し、次いで酸素プラズマで10分間水酸化し、その後コーティング溶液に浸漬して、スライド表面上にPDMSを形成した。コーティング溶液に10秒間浸漬した後、ガラススライドを周囲条件で10分間乾燥させた。トルエンおよびイソプロパノールですすいだ後、少しも粗さを追加することなく、ガラススライドをコーティングして、薄い化学層を形成した(図3b)。余分なコーティング化学物質は潤滑剤(例えば、ここではシリコーン油)に可溶であるので、すすぎ過程を省くことができる。潤滑化する前に、コーティングされたガラススライドは、アルカン油および水をはじき、自浄機能を有する。LESSを完成させるために、潤滑剤を、スピン塗布または噴霧塗布によって表面に塗布した。
【0049】
安定な潤滑剤層を形成するために、基材表面は、潤滑剤への強い化学親和性を有する必要がある。X線光電子分光法(XPS)を用いて、粘着層であるジメチルジメトキシシランを、石英ガラススライドに見事にコーティングしたことを示した。XPSデータによって、グラフトPDMS層を、ガラスにコーティングしたことを確認した。PDMS層は、シリコーン油に強い親和性を有する。潤滑化後、コーティングは、水および複合水性液体(例えば、羊血)をはじくことができる。
【0050】
従来のSLIPSとは異なり、本開示のコーティング表面、すなわち、液体定着平滑表面(LESS)は、潤滑剤を保持するための表面粗さを必要としない。SLIPSの表面粗さの存在により、衝突で、粘弾性固体の粘着をもたらす可能性がある。ある実施形態において、本開示のコーティングを塗布する前に、表面粗さを変える必要がない。他の実施形態において、表面は、本開示によるコーティングを塗布する前に、粗面化するのではなく、平滑化することができる。
【0051】
他の一般的に用いられる、最先端の材料を備えたLESSコーティング表面の撥性能を特徴決定するために、固形分含量パーセント20%、40%、および60%の合成糞便を用いて、様々な表面の粘着を測定した。粘弾性特性を図4に示すように測定した。これらの試験の対照表面には、下層の基材に、マイクロスケール粗さ(R約4μm)またはナノスケール粗さ(R<1μm)のいずれかを有する、未コーティングガラス、シリコーン油で潤滑化したガラス、PDMSグラフトガラス、およびシリコーン油含浸SLIPS試料が挙げられる。合成糞便衝突の状態をシミュレートするために、高速カメラによって平均衝突力を測定した(放出高さ:400mm、糞便重量:5g、衝突範囲:24.5×25.3mm)。本発明の測定によれば、平均衝突力は、20%、40%、および60%の合成糞便それぞれについて、約0.23N、約2.33N、および約5.60Nであった。したがって、本発明の粘着測定において、20%、40%、および60%の合成糞便の荷重の上限として、それぞれ0.5N、5N、および10Nを設定した。
【0052】
本発明の結果によれば、ベアガラス(化学的官能化なし)の潤滑化は、固形分含量40%を含む合成糞便(すなわち、試験において最も付着する試料)について、表面粘着を約41%減らすことができる。比較すると、グラフトPDMSガラスは、表面粘着を約75%減らすことができるが、LESSコーティングは、粘着を約90%減らすことができる(図5)。本発明の測定はまた、下層の表面粗さが増すにつれて、粘着が増加することも示した(図6)。一般に、LESSコーティング表面は、潤滑化された未処理表面、または潤滑化されていない未処理表面、および様々な下層の粗さのSLIPSなどの、他の対照表面よりも優れている(図7)。
【0053】
さらに、LESSおよび他の最先端の、市販されている表面の、ヒトの糞便の粘着性能を比較した。具体的には、ガラス張りのセラミック(典型的な便器材料)、テフロン(登録商標)、およびシリコーンを対照表面として用いた(図8)。これらの試験について、試験コーティングが施されるアクリル支持体の上に、同じ高さのドロップリグから、ヒトの糞便試料を放出させるセットアップを用いた。アクリル表面の支持ピンが取り除かれるとき、表面が水平位置から垂直位置へ落下し、そこで糞便が表面の面を滑降すると予測される。本発明の試験において、全ての市販表面は、ヒトの糞便試料に対して過度の付着性を示す。しかし、LESSコーティングガラスだけが、糞便試料に対して非付着性を示す表面であり、後に目立った残留物を残さなかった。さらに、糞便衝突試験の異なるセットで、糞便の跡がSLIPS処理表面(下層の表面粗さ約1μm)に残されたことを示した。図9を参照されたい。したがって、本発明の試験は、本発明のLESSコーティングが、粘弾性の、ヒトの糞便をはじくことにおいて、様々な最先端の表面よりも優れていることをさらに実証する。
【0054】
男性用小便器または便器を定期的にフラッシュし、清浄することを要する、重要な理由の一つは、細菌の増殖、不快な臭気の発生、および感染症の蔓延を防ぐことである。ある地域(例えば、ブラジル)では、雨水を、便器フラッシュの水源として用いる。しかし、雨水は、公衆衛生設備を汚染する恐れがある細菌を含有することがある。LESSの、流動的な潤滑界面の存在のために、LESSは、最先端の材料と同等の生物付着防止性能を有することができると仮定される。これを検証するために、自然の雨水を用いて、LESS被覆基材および他の対照表面の生物付着分析を実施した。
【0055】
具体的には、州立大学、PA、USAの屋根から雨水を集め、その細菌含量および細菌濃度を測定した。雨水を集め、次いで4℃の冷蔵庫で貯蔵した。殺菌済みDI水で雨水を10倍に希釈することによって、雨水中の細菌の濃度を調べ、固体寒天に雨水および希釈溶液10μLを散布した。これらの試料を37℃のインキュベータ-で36時間培養した後、寒天表面の細菌コロニー数を数えて、濃度を決定した。MALDI Biotyperシステムを用いて雨水中の細菌を同定し、これらの細菌は、一般的に雨水で見つかる、黄色ブドウ球菌(Staphylococcus aureus)、エンテロバクター・クロアカ(Enterobacter cloacae)、エシェリキア・バルネリス(Escherichia vulneris)、エシェリキア・ハーマニイ(Escherichia hermannii)、アシネトバクター・カルコアセティカス(Acinetobacter calcoaceticus)、エンテロコッカス・ムンドティ(Enterococcus mundtii)であると同定された(表4)。
【0056】
【表4】
【0057】
細菌同定の詳細な方法は以下の通りである。雨水50μLを4種の異なる寒天媒体:Thermo Scientific(商標)血液寒天(羊血を含むTSA)媒体、Thermo Scientific(商標)MacConkey寒天媒体、BD BBL CHROM寒天オリエンテーション、およびBD BBL MHB寒天に均一に散布した。次いで、細菌を24時間インキュベートした。標準のBruker手順に従って、直接移送法を用いて、分析用に単離を調製した。24時間培養からの個々のコロニーを、無菌ピペットチップを用いてMALDIターゲットプレートへ移し、乾燥させた。細胞は、水中80%のギ酸溶液1μLを加えることによって溶解させ、試料を乾燥させ、トリフルオロ酢酸2.5%を含有した、水性アセトニトリル50%中の、10mg/mLのHCCAマトリックス溶液1μLをそれぞれの試料に加え、乾燥させた。細菌試験基準(BTS;Bruker Daltonics)を陽性対照として計測器較正に用いた。ターゲットプレートが完全に清浄され、キャリーオーバーシグナルがないか確認するために、それぞれの分析で、マトリックス空白スポットが含まれた。MALDI質量スペクトルは、Bruker Ultraflextreme MALDI TOF/TOF質量分析計で、線形、陽イオンモードで得られた。スペクトルは、Biotyperアプリケーションの工場出荷時設定の処理方法を用いて処理し、MALDI Biotyper3.1版ソフトウェア(Bruker)を用いて、6903個の細胞性生物の登録を含むBrukerライブラリーで検索した。
【0058】
LESS被覆基材、2種のSLIPS試料(一方は下層のマイクロスケール粗さを有し、他方はナノスケール粗さを有する)、および未被覆ベアガラスを、集めた雨水で1分間すすぎ、その直後、固体寒天をインキュベータの表面に取り付けることによって、基材をインキュベートした。インキュベーションの36時間後、これらの表面の細菌コロニーを数えた。具体的には、全てのSLIPS被覆基材およびLESS被覆基材で、観測可能な細菌コロニーは見つからなかったが、未処理ガラス表面は、雨水中の細菌で汚染された。本発明の結果は、LESS被覆基材の生物付着防止性能は、既存の、最先端の生物付着防止材料に匹敵することを示した(図10)。
【0059】
雨水試験に加えて、大腸菌(E. coli)および合成尿の混合物で、これらの表面をさらに特性決定した。排尿過程をシミュレートするために、この汚染尿10mLを試験表面に噴霧し、前述の、生物付着特性決定の手順を行った。本発明の試験結果は、雨水試験で明らかになったものと同様であり、SLIPS被覆試料およびLESS被覆試料の全ては、観測可能な細菌コロニーを示さなかったが、ガラス基材は、細菌による、有意な汚染を示した(図11)。SLIPS被覆基材およびLESS被覆基材が、液滴(10μL)の滑り角5°未満で、全ての、細菌で汚染された合成尿をはじくことができることをさらに示した。さらに、LESSは、両方の水性液体に対して強い撥性を示した(接触角=105.5°±0.3°および接触角ヒステリシス=0.8°±0.2°)。
【0060】
潤滑剤がSLIPSで完全に消耗される場合、細菌バイオフィルムが、より粗い基材にしつこく付着し得ることは興味深いことである。漂白剤およびアルコール70%で殺菌した後でさえも、粗い表面に付着した細菌はなお存在する。比較すると、潤滑剤が消耗したLESS被覆表面に初めに付着したバイオフィルムは、漂白剤殺菌の後、完全に取り除くことができる(図12)。この結果の全てによれば、LESSは、優れた生物付着防止性能を有し、したがって、清浄および殺菌に一般に用いられる、消毒剤または他の攻撃的な化学品の使用を最小限にすることができる。
【0061】
LESSは、液体および粘弾性物質に対するその機能について、潤滑剤の使用を必要とするので、繰り返される便器フラッシュなど、コーティングが時間と共に消耗される場合、潤滑剤を再度塗布して表面を一新することが望ましい。LESSのPDMSグラフト基材は、水性液体と相対するものとしてシリコーン油を粘着するように設計されているので、シリコーン油が、変位ぬれを介して、優先的に表面をぬらすことができるように、フラッシュ水に少量のシリコーン油を取り入れることによって潤滑剤層を補充することができる(図13)。本発明の実験測定は、潤滑剤の変位ぬれについて、式(4)を満たすこと(すなわち、ΔE=91.3mN/m>0)を示した。実験的に、表面が水によって事前にぬれているときでさえも、シリコーン油がPDMSグラフトセラミック表面をぬらし、その後、水をはじく官能性層を形成することをさらに示した(図13)。
【0062】
実際の水流(すなわち、1ガロン/分~2.8ガロン/分)および合成糞便の衝突に対するLESSコーティングの耐久性を調査した。
【0063】
水流試験について、LESSコーティングガラススライドを、流量1ガロン/分および2.8ガロン/分の流れシステムに入れる。本発明のセットアップは、1ガロン毎分(すなわち、3.8L/分および水力直径に基づいて計算された、レイノルズ数Re約4570)から2.8ガロン毎分(すなわち、約10.6L/分およびRe約13100)までの流量を生じることができる。これらの流れによって生じる、想定される壁面せん断応力は、(1ガロン毎分で)0.093Paから(2.8ガロン毎分で)0.78Paまでの範囲であり、典型的な便器のものと同様である。ガラススライドおよび一方のスライドを潤滑化したガラススライドの重量を測定した。フラッシュ前、およびフラッシュ後5分毎に、LESSコーティングガラススライドの重量を測定した。コーティング面積(A)1875mmおよび潤滑剤密度(ρ)0.95g/mLがあれば、h=(Wbefore-Wafter)/ρ/Aによって、重量差(Wbefore-Wafter)と共に潤滑剤高さ(h)を計算することができる。
【0064】
合成糞便の衝突試験について、ヒトの合成糞便約5グラムを高さ400mmから、傾斜角45°の表面に落とした。次いで、LESS被覆表面を、流量1ガロン/分の、清浄用流れシステムに入れた。本発明の試験の間に合成糞便と混合された、蛍光追跡染料を用いて糞便残留物の完全な除去を検証した。衝突およびフラッシュサイクルの前後で、水滴10μLを用いて表面の滑り角を測定した。滑り角>65°であるならば、LESS被覆表面は、完全に劣化すると考えられた。
【0065】
本発明の結果によれば、LESSコーティングは、流量2.8ガロン/分で、水を100回より多く連続的にフラッシュした後でさえも(図14)、同様に、さらなる補充を要する前に、様々な固形分含量の合成糞便の、衝突およびフラッシュサイクル約8~36の後でさえも(図15)、依然として機能的であることができる。未被覆ガラス表面と比較して、LESS被覆表面は、異なる固形分含量の、様々な合成糞便に対して、最大90%までの水消費量を減らす。また、SLIPS試料にも同様の特性評価を行い、粘着試験での観察と一致する傾向である、下層の基材の粗さが増すと共に水消費量が増加することを明らかにした。
【0066】
本発明の測定はまた、下層の表面構造を含むSLIPSおよび未処理ガラスが、液体定着平滑表面(LESS)よりも、糞便残留物を取り除くために、より多くのフラッシュ水を消費する可能性があることも示した。
【0067】
実際の便器の水フラッシュは、開水路流れとしてモデル化された単純なものであることができる。
【0068】
便器をフラッシュする状態をシミュレートするために、流量を制御することができる開水路流れシステムを設計した。試料(すなわち、合成糞便)を設置する、流れ高さを測定した後、水力直径
【0069】
【数1】
およびレイノルズ数
【0070】
【数2】
を計算することができる。
【0071】
【表5】
【0072】
全ての流量で同様であるが、レイノルズ数は、4000よりも大きく、流れは乱流である。壁面せん断は、以下のように計算される。
【0073】
【表6】
【0074】
本発明の開水路フラッシュシステムの壁面せん断は、実際の便器のせん断と同程度の桁である。したがって、開水路フラッシュシステムは、実際の便器フラッシュの状態を現実的にシミュレートすることができる。
【0075】
このフラッシュシステムに関して、試験で、1.0gpm、1.5gpm、2.0gpm、および2.5gpmなどの、4種の流量が選択された。4種の異なる表面(ガラス、マイクロ粗面化滑性液体注入多孔質表面(MR-SLIPS)、ナノ多孔質滑性液体注入多孔質表面(NP-SLIPS)、LESS)を試験した。それぞれの表面を、45°の傾斜で位置づけ、高さ400mmの、様々な固形分含量(10%~60%)の糞便を衝突させた。合成糞便をUV粉末と混合して(固形分含量中0.1重量%)、表面の糞便残留物の可視性を高めた。様々な流量で、表面について、いずれの残留物も完全になくなるのに要する時間を数え、次いで、必要な、対応する水量を計算した。
【0076】
図16aおよび図16bは、表面から固形分含量10%および20%の糞便を取り除くのに要する水消費量を示す。液体定着平滑表面(LESS)は、最も少ない水量を要するが、未処理ガラスは、最も多い水量を使用する。MR-SLIPSは、2つの理由で、ガラスとほぼ同じ水量を要する。第1に、固形分含量10%および20%の糞便はより粘性特性を示し、それらが粘性流体のようにふるまうことを意味する。この粘性流体は、MR-SLIPSの多量の潤滑剤を取り去り、したがってより多くの糞便残留物が表面に粘着する可能性がある。第2に、粘性糞便は、多量の潤滑剤を取り除き、下層の表面構造を露出した。糞便残留物が表面構造に付着すると、それらを取り除くのはより難しい。
【0077】
水消費量が、固形分含量10%において、固形分含量20%の約10分の1であることは注目すべきことである。固形分含量20%の糞便は、固形分含量10%のものよりも、さらにより弾性があるが、依然として粘性流体のようにふるまう。この特性により、表面への、糞便残留物のより強い粘着が引き起こされることになり、残留物を取り除くためにより多くの水消費量をもたらす。糞便の弾性が固形分含量40%まで増すにつれて、水消費量は増加する。
【0078】
合成糞便の固形分含量が30%および40%まで増加するとき、合成糞便は、滑性表面(MR-SLIPS、NP-SLIPS、およびLESS)からはじかれたが、ガラス表面には付着した。下層の基材の様々な表面粗さのために、様々な量の残留物が滑性表面に残された。これら表面の全てを比較すると、ガラス表面が、残留物を取り除くのに、最も多量の水を要した。水消費量は、液体注入滑性表面の下層の表面粗さと共に増加した。一般に、LESSで合成糞便(固形分含量30%~40%)を清浄するのに必要とされる水消費量は、ガラスの水消費量の約10%だけである(図16cおよび図16d)。
【0079】
固形分含量50%および60%の合成糞便は、固形分含量40%の合成糞便を取り除くのに要する水消費量の約1/2~約1/3を必要とする。より高い固形分含量の合成糞便は、固形分含量30%および40%の合成糞便よりもより弱い粘着性である。
【0080】
固形分含量40%の合成糞便の状況と同様に、固形分含量が50%および60%まで増加するとき、糞便は、滑性表面(MR-SLIPS、NP-SLIPS、およびLESS)を跳ね返ったが、ガラス表面には一部付着した。一般に、LESSの合成糞便(固形分含量50%~60%)を清浄するのに要される水消費量は、ガラスの水消費量に対して約5%だけである(図16eおよび図16f)。
【0081】
ブリストル便スケールによって定められる、便または糞便の7種(1.分離した硬い塊、例えば、ナッツ(通過が難しい);2.ソーセージ形だが塊が多い;3.ソーセージのようであるが、表面に亀裂を有する;4.ソーセージまたはヘビのようであり、滑らかかつ柔らかい;5.境界が鮮明な柔らかいブロブ;6.境界を有する、フワッとした部分、泥状便;7.水っぽい、固体部分がない)がある。固形分含量10%~60%の合成糞便は、全ての7種の型の便をほぼ含む。便または糞便の7種の型の中で、4型および5型が、最も健康で、一般的な便であり、6型および7型は、恐らく下痢である。一方で、4型および5型は、便器を清浄するのにより多い水消費量を要することになる。LESSは、清浄な表面を保持するために、従来の便器表面の水消費量の20%よりも少ない量だけを必要とすると考えられる。
【0082】
便器/男性用小便器
便器/男性用小便器にLESSコーティングを施す一例は、表面清浄、表面官能化、および潤滑剤コーティングを含む。表面清浄は、便器/男性用小便器を清浄するためにエタノールワイプを使用することを含む。便器/男性用小便器が使用され、着色がみられる場合、表面官能化するステップの前に、市販の酸清浄剤を用いて着色を取り除くことが勧められる。表面を清浄し、乾燥させると、便器/男性用小便器表面に、シラン溶液(例えば、イソプロパノールアルコール、ジメチルジメトキシシラン、および酸触媒、例えば、硫酸で構成される)を噴霧し、または塗り付けて、恒久的な官能性層を形成することを含む、表面官能化を進めることができる。乾燥させると、表面に、適合する潤滑剤、例えばシリコーン油(粘度20cSt、Sigma Aldrich、CAS番号63148-62-9)を噴霧し、または塗り付けて、LESSコーティング工程を完成させることができる。潤滑剤を、必要に応じて、外部供給源(例えば、潤滑剤貯蔵器)から、再度塗布し、または補充することができる。こうして調製されたLESSコーティング便器は、ヒトの尿をはじき、ヒトの糞便の付着を大きく減らす。
【0083】

ヒトの排泄物をはじくことに加えて、LESSはまた、液体(例えば、雨)、氷、霜、虫の残留物、および鳥の糞をはじくために、窓またはカメラレンズ上に塗布することもできる。一適用例として、車のフロントガラス(モデル:マツダCX-5、2013)にLESSコーティングを塗布した。初めに、フロントガラスを、エタノール清浄ワイプで清浄して、表面の残留物を取り除いた。次いで、前述したシラン溶液(イソプロパノールアルコール、ジメチルジメトキシシラン、および酸触媒、例えば、硫酸で構成される)を、フロントガラスに噴霧し、または塗り付け、完全に乾燥させるように約20分間放置した。乾燥させると、この溶液は、フロントガラスに恒久的な疎水性コーティングを形成することになる。次いで、シリコーン油を、フロントガラスに噴霧し、または塗り付けて、コーティング工程を完成させた。この潤滑剤層を、必要に応じて、外部供給源(例えば、フロントガラスワイパー流体貯蔵器)から、再度塗布し、または補充することができる。この特定の実施例において、コーティングは、4℃および相対湿度約60%の環境条件の下、施された。
【0084】
窓またはレンズの光学的透明度を保持するために、LESSコーティングに用いられる潤滑剤は、ベースのガラス基材と同等の屈折率を有する必要がある。例えば、典型的なガラスは、屈折率n約1.4~1.5を有し、典型的な、適合する潤滑剤は、差+/-0.1以内である屈折率を有することになる。潤滑剤の例には、シリコーン油(n約1.4)および植物油(n約1.46~1.47)が挙げられる。
【0085】
未コーティングフロントガラスおよび市販のコーティング(例えば、Rain-X)で処理されたフロントガラスと比較して、LESSコーティングフロントガラスは、より優れた、雨滴をはじく性能を有する。具体的には、フロントガラスが静止位置にあるとき、約1~3mmの水滴がフロントガラスから滑降し始めることになる。車が速度約20~25mphで動いていると、約1~2mmの水滴がフロントガラスからはじかれ始める。速度約30~35mphで、水滴の大部分(大きさ<約1mm)がフロントガラスからはじかれることになる。約45mphを超える速度で、水滴の全て(大きさ<約1mm)が、ガラスに衝突した直後にはじかれることになる。比較すると、速度が約40mphに達するときでさえも、未コーティングフロントガラスに、雨滴(大きさ>約1cm)が残ったままであり、文献の実例によれば、Rain-Xコーティングフロントガラスの、約5mmより大きい水滴が、速度約30mphを超えてはじかれ始める。
【0086】
抗結霜/抗着氷
さらに、LESS処理表面は、霜/氷形成を遅らせることができ、除氷時間を顕著に減らすことができる。一例として、LESSコーティングシリコンは、未コーティング平滑シリコンと比較して、氷形成を遅らせることができる。具体的には、氷は、未処理シリコンウエハで、約9.7±0.4分までに、およびLESSコーティングシリコンで、13.7±1.1分までに25mm×25mmの範囲を覆う。一方で、LESSコーティングシリコンの除氷時間は、未処理シリコンの1.5±0.1分と比較して、1.3±0.1分である。
【0087】
LESSコーティングシリコンは、二段階噴霧塗布法によって、室内条件(23℃および相対湿度50%)で製作した。具体的には、平滑シリコンウエハを、エタノールおよび脱イオン水で清浄した。次いで、シラン溶液を、清浄済み平滑シリコンウエハに、溶液を噴霧することによって塗布した。表面を乾燥させた後、潤滑剤(例えば、シリコーン油)を表面に噴霧してLESSコーティングを完成させた。
【0088】
抗着氷試験は、傾斜角90°のペルチェプレートで実施した。表面を、室内環境(23℃および相対湿度30%)で約-5℃まで冷却した。その時間を測定するために、着氷および除氷をカメラで記録した。
【0089】
LESSコーティングフロントガラスの抗霜性能を示すために、屋外試験を実施した。試験は、州立大学、PAで、冬季の早朝に実施した。具体的には、-2℃、相対湿度100%で、処理済みフロントガラスと未処理フロントガラスの両方で、フロントガラスが霜で覆われた。フロントガラスワイパーで2回拭き取った後、LESSコーティング表面は、すぐに霜が取り除かれ、視覚的に透明になったが、未処理領域は、ひどく霜に覆われたままであり、極めて低い可視性であった。これによれば、霜は、未処理表面と比較して、LESS処理済みフロントガラスで極めて低い粘着を有する。
【実施例
【0090】
以下の実施例は、本発明の、ある好ましい実施形態をさらに説明しようというものであり、本来制限されるものではない。当分野の技術者は、単なる日常的な実験を用いて、本明細書に記載の、特定の物質および手順の、多くの均等物を認識し、または確認することができるであろう。
【0091】
MR-SLIPSの作製方法
マイクロ粗面化表面構造を有する滑性液体注入多孔質表面(MR-SLIPS)を以下のステップで作製した。第1に、レーザー粗面化を、レーザー切断機(Universal Laser vls2.0)で、最大出力の35%(25W)および最高走査速度の90%でガラススライドに施した。第2に、ガラススライドを、HF(6:1)の緩衝酸化物エッチングによって、20分間さらに粗面化した。第3に、表面を、酸素プラズマで10分間水酸化し、次いでコーティング溶液に浸漬した。乾燥させた後、潤滑剤としてシリコーン油を表面に噴霧した。
【0092】
NP-SLIPSの作製方法
ナノ多孔質表面構造を有する滑性液体注入多孔質表面(NP-SLIPS)を以下のステップで作製した。第1に、ガラススライドを、100℃で、1Mの重炭酸ナトリウム水溶液に24時間浸した。第2に、表面を酸素プラズマで10分間水酸化し、次いでコーティング溶液に浸漬した。乾燥させた後、潤滑剤としてシリコーン油を表面に噴霧した。
【0093】
表面粗さ測定
グラフトPDMSガラススライドおよびナノ多孔質ガラススライドの表面粗さを、原子間力顕微鏡(AFM)によって、タッピングモードを用いて測定した。走査範囲は2×2μmであった。ナノ多孔質ガラススライドおよびマイクロ粗面化ガラススライドの表面粗さを、Zygo光学プロフィロメーターによって測定した。測定範囲は、475×475μmであった。AFMによる測定は、0.1ナノメートルスケールの粗さを与えるが、光学プロフィロメーター(Zygo)は、1ナノメートルスケールの粗さを与える。
【0094】
X線光電子分光法(XPS)測定
未処理石英ガラススライドおよびグラフトPDMSコーティング石英ガラススライドを、XPSで、直径1mmの円の範囲および深さ10nmで、3つの異なる場所で特性決定した。
【0095】
粘弾性測定
振動レオロジー試験を、TA Instruments DHR-2レオメーターを用いて実施した。試料を、23℃で、ペルチェプレートに保持した。物質を調べるために、振動周波数掃引を実施した。角周波数範囲は、0.1~100rad/秒であった。全ての試験が線形範囲内であることを確実にするために、振動ひずみを0.5%に設定した。
【0096】
結果によれば、固体濃度が増すにつれて、合成糞便は、位相角の減少と共に、合成糞便が柔らかい固体から硬い固体へ変化するとき、より高い弾性率(G’)およびより高い粘性率(G’’)を有する。
【0097】
粘着測定
TA Instruments DHR-2レオメーターを用いて、プローブ法を用いて、軸方向の粘着力を測定した。合成糞便を、PDMSの型(25mm×25mm×4mm)に入れて、容量を保ち、23℃で保たれた、より低いペルチェプレートに配置した。試料表面(25mm×25mm)を、レオメーター上部ヘッドに固定した。第1に、上部ヘッドにより、表面を下に500μm/秒で動かし、合成糞便を高さ1mmまで押し付けた。最大の予荷重力をこの段階で測定した。第2に合成糞便を5分間放置して緩和させた。最後に、レオメーター上部ヘッドを、完全に分離するまで、上へ10μm/秒で動かした(軸方向力が0に減った)。剥離の仕事、すなわち最終段階で上部ヘッドによって行われた仕事を計算して、粘着特性を特徴づけた。
【0098】
水消費量測定
開水路清浄システムには、以下の部材:流れ供給源として水槽、パイプ、ポンプ、バルブ、清浄開水路として正方形ダクト、3Dプリンターによって印刷された試料台が含まれる。
【0099】
雨水の細菌付着実験
雨水をPark Crestテラス、州立大学、PA、USAの屋根から集めた。実験で用いる前に、雨水を4℃で保った。フラッシュ実験の前に、開水路システムをアルコール(70%)で殺菌した。固体寒天は、ミュラーヒントンブロス粉末(21g/L)および寒天粉末(1.5重量%)をDI水中に混合し、2時間殺菌することによって、製作した。寒天が凝固する前に、ガラススライド(50×75mm)にそれを注ぎ、寒天を凝固させた。次いで、固体寒天の厚い膜が生成された。寒天膜を表面(ガラス、MR-SLIPS、NP-SLIPS、LESS)に粘着させ、雨水(1gpm、10秒)でフラッシュし、37℃で48時間培養した。ガラススライド(25×75mm)をベース基材として用いたので、25×25mmの範囲内で細菌コロニーを数えた。それぞれの表面において、実験用に少なくとも2つの異なる試料を用いた。エラーバーは、少なくとも6つの異なる範囲の細菌コロニーを数えた結果の標準偏差である。
【0100】
大腸菌(E. coli)汚染尿の細菌付着実験
大腸菌(E. coli)培養溶液を濃度5×10cfu/mLで合成尿中に混合した。この大腸菌(E. coli)汚染尿100mLを試験表面に注いだ。固体寒天は、ミュラーヒントンブロス粉末(21g/L)および寒天粉末(1.5重量%)をDI水中に混合し、2時間殺菌することによって製作した。寒天をガラススライド(50×75mm)に注いで凝固させた。その後、固体寒天の厚い膜が形成された。寒天膜を表面(ガラス、MR-SLIPS、NP-SLIPS、LESS)に粘着させ、雨水をフラッシュし(1gpm、10秒)、試料を37℃で24時間培養した。ガラススライド(25×75mm)をベース基材として用いたので、25×25mmの範囲内で細菌コロニーを数えた。それぞれの表面において、実験用に少なくとも2つの異なる試料を用いた。エラーバーは、少なくとも6つの異なる範囲の細菌コロニーを数えた結果の標準偏差である。
【0101】
滑り角測定
細菌汚染尿10μLを試験表面(ガラス、MR-SLIPS、NP-SLIPS、LESS)にのせた。ゴニオメーターを用いて滑り角を測定した。ステージを速度0.03°/秒で徐々に傾け、1秒毎に画像をとった。次いで、画像を評価し、液滴が動き始めた傾斜角を決定した。この傾斜角が滑り角として定められる。
【0102】
様々な、滑性表面の細菌汚染
一連の実験は、様々な滑性表面の細菌汚染を調べるために実施された。第1に、本発明者は、潤滑化する前に、アルコール(70%)ワイプで拭き取ることによって、MR-SLIPS、NP-SLIPS、およびLESSを殺菌し、次いで、殺菌済みシリコーン油でそれらを潤滑化した。その後、細菌培養のために、固体寒天膜をこれらの表面に粘着させた。MR-SLIPSおよびNP-SLIPSは共に、細菌汚染を示したが、LESSは、観測可能な細菌汚染はなかった。第2に、本発明者は、潤滑化する前に、アルコール(70%)に1時間含浸することによって、MR-SLIPS、NP-SLIPS、およびLESSを殺菌した。その後、細菌培養のために、固体寒天膜をこれらの表面に粘着させた。MR-SLIPSは、深刻な細菌汚染を有した。NP-SLIPSは、顕著な細菌汚染を有した。LESSだけが、細菌汚染を含まなかった。結果を図12に示した。第3に、本発明者は、MR-SLIPSを殺菌することに注目した。潤滑化前に、MR-SLIPSを、アルコール(70%)および漂白剤それぞれに1時間含浸させることによって、分けて殺菌し、次いで、150℃で10分間加熱乾燥させた。本発明者は、粗さを有する滑性表面を殺菌することが非常に難しいことに気づいた。漂白剤だけが、細菌汚染を完全に取り除いた。
【0103】
走査型電子顕微鏡(SEM)
導電性30nm白金膜を含む、粗面化したガラスのSEM画像をZeiss走査型電子顕微鏡でとった。
【0104】
導電性30nm白金膜を含むガラスの細菌のSEM画像をZeiss走査型電子顕微鏡でとった。
【0105】
合成糞便の成分
全ての実験に用いられた合成糞便の成分を以下の表に列挙する。栄養パーセントは、ヒトの糞便と同様である。例えば、Rose et al., The Characterization of Feces and Urine: A Review of the Literature to Inform Advanced Treatment Technology. Critical Reviews in Environmental Science and Technology 45, 1827-1879, (2015)を参照されたい。
【0106】
【表7】
【0107】
本発明の好ましい実施形態、および本発明の多様性である実施例のみを、本開示で示し、説明する。本発明は、様々な他の組合せおよび環境を用いることができ、本明細書で表された、本発明の概念の範囲内で、変更および改変が可能であることを理解されたい。したがって、例えば、当分野の技術者は、単なる日常的な実験を用いて、本明細書に記載の、特定の物質、手順、および装置の、多くの均等物を認識し、または確認することができるであろう。こうした均等物は、本発明の範囲内にあると考えられ、以下の特許請求の範囲に含まれる。

本発明は次の実施態様を含む。
[請求項1]
基材の平滑表面上のコーティングであって、前記表面上の化学層、および前記化学層を覆う潤滑剤層を含み、前記表面が、約4μm未満の平均粗さR を有する、コーティング。
[請求項2]
前記表面が、約500nm未満の平均粗さR を有する、請求項1に記載のコーティング。
[請求項3]
前記表面が、約100nm未満の平均粗さR を有する、請求項1に記載のコーティング。
[請求項4]
前記化学層が、シランまたはシロキサンから形成される、請求項1から3のいずれか一項に記載のコーティング。
[請求項5]
前記化学層が、ポリジメチルシロキサンである、請求項1から4のいずれか一項に記載のコーティング。
[請求項6]
前記潤滑剤が、ペルフルオロ油またはシリコーン油または鉱油または植物油またはその任意の組合せである、請求項1から5のいずれか一項に記載のコーティング。
[請求項7]
前記潤滑剤が、シリコーン油である、請求項1から6のいずれか一項に記載のコーティング。
[請求項8]
請求項1から7のいずれか一項に記載のコーティングを備える、便器または男性用小便器。
[請求項9]
請求項1から7のいずれか一項に記載のコーティングを備える、ガラス製の窓。
[請求項10]
請求項1から9のいずれか一項に記載のコーティングを使用する方法であって、前記コーティングに水性流体を塗布して、その上の固体または液体を取り除くステップを含む、方法。
[請求項11]
前記化学層に、前記潤滑剤を再度塗布する、または異なる潤滑剤を再度塗布するステップをさらに含む、請求項10に記載の方法。
[請求項12]
粘弾性物質を処理する方法であって、請求項1から9のいずれか一項に記載のコーティングに粘弾性物質を接触させるステップと、続いて前記コーティング上の前記粘弾性物質に水性流体を塗布して、前記コーティングから前記粘弾性物質を取り除くステップとを含む、方法。
[請求項13]
撥性表面を調製する方法であって、前記表面にコーティング組成物を塗布して、前記表面上に化学層を形成するステップと、前記化学層に潤滑剤を塗布するステップとを含む、方法。
[請求項14]
前記コーティング組成物が、(i)重合性シランもしくはシロキサンまたは両方、(ii)溶媒、および(iii)触媒を含む、請求項13に記載の方法。
[請求項15]
前記化学層に、前記潤滑剤を再度塗布する、または異なる潤滑剤を再度塗布するステップをさらに含む、請求項13または14に記載の方法。
図1
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