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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2022-12-22
(45)【発行日】2023-01-05
(54)【発明の名称】イノシトール誘導体の製造方法
(51)【国際特許分類】
   C12P 19/18 20060101AFI20221223BHJP
   C08B 37/00 20060101ALI20221223BHJP
   A61K 8/73 20060101ALI20221223BHJP
   A61Q 19/08 20060101ALI20221223BHJP
【FI】
C12P19/18
C08B37/00 G
A61K8/73
A61Q19/08
【請求項の数】 7
(21)【出願番号】P 2019539713
(86)(22)【出願日】2018-09-04
(86)【国際出願番号】 JP2018032682
(87)【国際公開番号】W WO2019045112
(87)【国際公開日】2019-03-07
【審査請求日】2021-08-11
(31)【優先権主張番号】P 2017169773
(32)【優先日】2017-09-04
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
(73)【特許権者】
【識別番号】000002004
【氏名又は名称】昭和電工株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100141139
【弁理士】
【氏名又は名称】及川 周
(74)【代理人】
【識別番号】100163496
【弁理士】
【氏名又は名称】荒 則彦
(74)【代理人】
【識別番号】100134359
【弁理士】
【氏名又は名称】勝俣 智夫
(72)【発明者】
【氏名】藤田 一郎
(72)【発明者】
【氏名】山木 進二
【審査官】大久保 智之
(56)【参考文献】
【文献】特開昭63-196596(JP,A)
【文献】特開平09-003089(JP,A)
【文献】米国特許第05376537(US,A)
【文献】特開昭63-133998(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C12P 19/18
C08B 37/00
JSTPlus/JMEDPlus/JST7580(JDreamIII)
CAplus/MEDLINE/EMBASE/BIOSIS/WPIDS(STN)
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
イノシトールとβ-シクロデキストリンとをシクロデキストリングルカノトランスフェラーゼの存在下で5~300時間反応させて前記イノシトールに糖が結合したイノシトール誘導体を生成させ、前記イノシトール誘導体と前記シクロデキストリングルカノトランスフェラーゼとを含む溶液を得る工程と、
前記溶液中の前記シクロデキストリングルカノトランスフェラーゼを、限外ろ過膜を用いて濃縮液中に留めることにより除去する工程と、を含み、
前記溶液中の前記シクロデキストリングルカノトランスフェラーゼの失活処理を行わない、
イノシトール誘導体の製造方法。
【請求項2】
前記限外ろ過膜の分画分子量が1000~100000である、請求項1に記載のイノシトール誘導体の製造方法。
【請求項3】
前記限外ろ過膜を用いた前記シクロデキストリングルカノトランスフェラーゼの除去を、0~60℃の温度条件下で行う、請求項1又は2に記載のイノシトール誘導体の製造方法。
【請求項4】
前記限外ろ過膜を用いた前記シクロデキストリングルカノトランスフェラーゼの除去を、クロスフロー型の限外ろ過で行う、請求項1~3のいずれか一項に記載のイノシトール誘導体の製造方法。
【請求項5】
前記イノシトールと前記β-シクロデキストリンとを反応させる反応を、温度が20~80℃であり、且つpHが3~9である条件下で行う、請求項1~4のいずれか一項に記載のイノシトール誘導体の製造方法。
【請求項6】
前記イノシトールとβ-シクロデキストリンとを反応させる反応を、前記β-シクロデキストリンの消失を確認できるようになるまで行う、請求項1~5のいずれか一項に記載のイノシトール誘導体の製造方法。
【請求項7】
前記イノシトールがmyo-イノシトールである、請求項1~6のいずれか一項に記載のイノシトール誘導体の製造方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、イノシトール誘導体の製造方法に関する。
本願は、2017年9月4日に、日本に出願された特願2017-169773号に基づき優先権を主張し、その内容をここに援用する。
【背景技術】
【0002】
イノシトールに糖類が結合したイノシトール誘導体は、肌に潤いを与え、皮膚を健やかに保つ効果があることが知られている(特許文献1)。このようなイノシトール誘導体の合成方法としては、イノシトールとオリゴ糖の一種であるシクロデキストリンとをシクロデキストリングルカノトランスフェラーゼ(以下、「CGTase」ともいう。)の存在下で反応させ、イノシトール残基が結合した糖あるいはオリゴ糖を得る方法が知られている(特許文献2)。
CGTaseを用いた酵素反応において、反応終了後に酵素を失活させる方法としては、反応液を加熱する方法や、酸、アルカリなどの薬剤を添加する方法が一般的である。たとえば、特許文献1と特許文献2では、イノシトールとシクロデキストリンをCGTase存在下で反応させた後、反応液を沸騰させることで酵素を失活させている。
一方、CGTaseを用いた酵素反応で、酵素を失活させずに生成物を回収する方法も知られている。たとえば、特許文献3では、デンプンにCGTaseを作用させてサイクロデキストリンを製造する方法において、反応系から限外濾過法によりサイクロデキストリンを分離することが記載されている。また、特許文献4では、デンプンとショ糖との混液からなる基質にCGTaseを作用させ、生成したマルトオリゴスクロースを限外濾過膜にて分離することが記載されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0003】
【文献】特許第4624831号公報
【文献】特開昭63-196596号公報
【文献】特開昭63-133998号公報
【文献】特開平1-179698号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
しかしながら、加熱や薬剤添加により酵素を失活させた場合、酵素成分の変成物の混入や、生成物であるイノシトール誘導体の着色、変質が起こることがあった。また、特許文献3及び特許文献4のように、活性酵素を限外ろ過膜により分離する方法は、単に反応液中から酵素を除去する目的で行われており、生成物の精製度の向上までは考慮されていなかった。さらに、活性酵素による過反応が起こるリスクもあった。
そこで、本発明は、生成物であるイノシトール誘導体を変質させずに活性酵素を除去してイノシトール誘導体の精製度を向上させ、高品質のイノシトール誘導体を得ることのできる、イノシトール誘導体の製造方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0005】
本発明は以下の態様を含む。
(1)イノシトールとデキストリンとをシクロデキストリングルカノトランスフェラーゼの存在下で反応させて前記イノシトールに糖が結合したイノシトール誘導体を生成させ、前記イノシトール誘導体と前記シクロデキストリングルカノトランスフェラーゼとを含む溶液を得る工程と、前記溶液中の前記シクロデキストリングルカノトランスフェラーゼを、限外ろ過膜を用いて除去する工程と、を含み、前記溶液中の前記シクロデキストリングルカノトランスフェラーゼの失活処理を行わない、イノシトール誘導体の製造方法。
(2)前記限外ろ過膜の分画分子量が1000~100000である、(1)に記載のイノシトール誘導体の製造方法。
(3)前記限外ろ過膜を用いた前記シクロデキストリングルカノトランスフェラーゼの除去を、0~60℃の温度条件下で行う、(1)又は(2)に記載のイノシトール誘導体の製造方法。
(4)前記限外ろ過膜を用いた前記シクロデキストリングルカノトランスフェラーゼの除去を、クロスフロー型の限外ろ過で行う、(1)~(3)のいずれか一項に記載のイノシトール誘導体の製造方法。
(5)前記イノシトールと前記デキストリンとを反応させる反応を、温度が20~80℃であり、且つpHが3~9である条件下で行う、(1)~(4)のいずれか一項に記載のイノシトール誘導体の製造方法。
(6)前記デキストリンがβ-シクロデキストリンである、(1)~(5)のいずれか一項に記載のイノシトール誘導体の製造方法。
(7)前記イノシトールがmyo-イノシトールである、(1)~(6)のいずれか一項に記載のイノシトール誘導体の製造方法。
【発明の効果】
【0006】
本発明により、精製度が高く且つ高品質のイノシトール誘導体を得ることのできる、イノシトール誘導体の製造方法が提供される。
【発明を実施するための形態】
【0007】
一実施形態において、本発明は、イノシトールとデキストリンとをシクロデキストリングルカノトランスフェラーゼの存在下で反応させて前記イノシトールに糖が結合したイノシトール誘導体を生成させ、前記イノシトール誘導体と前記シクロデキストリングルカノトランスフェラーゼとを含む溶液を得る工程(以下、「工程I」という。)と、前記溶液中の前記シクロデキストリングルカノトランスフェラーゼを、限外ろ過膜を用いて除去する工程(以下、「工程II」という。)と、を含み、前記溶液中の前記シクロデキストリングルカノトランスフェラーゼの失活処理を行わない、ことを特徴とするイノシトール誘導体の製造方法を提供する。以下、各工程について説明する。
【0008】
[工程I]
工程Iは、イノシトールとデキストリンとをシクロデキストリングルカノトランスフェラーゼ(CGTase)の存在下で反応させて前記イノシトールに糖が結合したイノシトール誘導体を生成させ、前記イノシトール誘導体と前記CGTaseとを含む溶液を得る工程である。
【0009】
(イノシトール)
イノシトールとは、C(OH)で表される環状六価アルコールである。イノシトールには、cis-イノシトール、epi-イノシトール、allo-イノシトール、myo-イノシトール、muco-イノシトール、neo-イノシトール、chiro-イノシトール(D体及びL体が存在する。)、scyllo-イノシトールの、9つの立体異性体が存在する。
【0010】
本工程において用いるイノシトールは、上記の異性体のうち、生理活性を有するmyo-イノシトールであることが好ましい。イノシトールは、米糠から抽出する方法、化学合成法、及び発酵法等により合成することができる。また、市販のものを用いてもよい。myo-イノシトールの構造式を以下に示す。
【0011】
【化1】
【0012】
(デキストリン)
デキストリンは、デンプンを化学的又は酵素的方法で低分子化したものの総称である。
本工程において用いるデキストリンは、特に限定されないが、イノシトール誘導体の生成効率の観点から、例えば、重合度7以上のデキストリンの含有率が85質量%以上、好ましくは90質量%以上、より好ましくは98質量%以上であるものを用いることができる。
また、デキストリンは、イノシトール誘導体の生成効率の観点から、シクロデキストリンであることが好ましい。シクロデキストリンは、D-グルコースがα-1,4-グリコシド結合により結合して環状構造をとった環状オリゴ糖である。シクロデキストリンとしては、特に限定されないが、α-シクロデキストリン、β-シクロデキストリン、γ-シクロデキストリン等を挙げることができる。これらの中でも、工業的に安価で安定供給可能なことから、β-シクロデキストリンを用いることが好ましい。
【0013】
デキストリンは、デンプンを化学的又は酵素的方法で低分子化することにより得ることができる。また、シクロデキストリンは、デンプンにシクロデキストリングルカノトランスフェラーゼを作用させることで得ることができる。デキストリン又はシクロデキストリンは、市販のものを用いてもよい。
【0014】
(イノシトール誘導体)
本実施形態の製造方法により製造されるイノシトール誘導体は、イノシトールに糖が結合したイノシトール誘導体である。イノシトール誘導体において、糖は、イノシトールの水酸基に結合している。糖は、イノシトール分子内に6つ存在する水酸基のいずれか1つに結合していてもよく、いずれか2つ以上に結合していてもよい。
【0015】
本実施形態の製造方法により製造されるイノシトール誘導体において、イノシトールに結合する糖は、グルコース又はグルコースを構成単位として含むオリゴ糖である。例えば、1分子のイノシトールに1又は複数のグルコースが結合していてもよく、1分子のイノシトールに1又は複数のオリゴ糖が結合していてもよく、1分子のイノシトールに1又は複数のグルコース及び1又は複数のオリゴ糖が結合していてもよい。イノシトール誘導体において、1分子のイノシトールに結合したグルコース又はオリゴ糖の合計は、単糖単位に換算して1以上であり、例えば2以上であってもよく、例えば3以上であってもよく、例えば4以上であってもよい。
【0016】
本明細書において、単糖とは、それ以上加水分解されない糖類を意味し、多糖を形成する際の構成要素となる化合物を意味する。単糖は、糖類の最小構成単位であるということもできる。また、本明細書において、「単糖単位」とは、単糖に相当する化学構造を意味する。「単糖単位」は、単糖に由来する化学構造であるということもできる。例えば二糖を単糖単位に換算すると2であり、三糖を単糖単位に換算すると3である。例えば、α-シクロデキストリンを単糖単位に換算すると6であり、β-シクロデキストリンを単糖単位に換算すると7であり、γ-シクロデキストリンを単糖単位に換算すると8である。
【0017】
本実施形態の製造方法により製造されるイノシトール誘導体は、単糖単位に換算して異なる数の糖が結合したイノシトール誘導体の混合物であってもよい。例えば、イノシトール誘導体は、イノシトール1分子あたり、1の単糖単位の糖が結合したものと、2の単糖単位の糖が結合したものと、3の単糖単位の糖が結合したものと、4の単糖単位の糖が結合したものと、5以上の単糖単位の糖が結合したものと、の混合物であってもよい。
【0018】
(シクロデキストリングルカノトランスフェラーゼ:CGTase)
CGTaseは、α-1,4-グルコシド結合の形成により、α-1,4-グルカン鎖を環状化する反応を触媒する酵素である。CGTaseは、デンプン等のα-1,4-グルカン鎖を有する基質に作用して、シクロデキストリンを生成する。CGTaseとしては、これまでに、バチルス(Bacillus)属、ブレビバクテリウム(Brevibacterium)属、クロストリジウム(Clostridium)属、コリネバクテリウム(Corynebacterium)属、クレブシエラ(Klebsiella)属、ミクロコッカス(Micrococcus)属、サーモアナエロバクター(Thermoanaerobacter)属、サーモアナエロバクテリウム(Thermoanaerobacterium)属等の細菌に由来するものが知られている。
【0019】
イノシトールとデキストリンとを、CGTaseの存在下で反応させると、CGTaseがデキストリンに作用し、イノシトールを受容体としてグルコース残基の転移が起こり、イノシトール誘導体を生成する。
【0020】
本工程において用いるCGTaseは、イノシトール及びデキストリンから上述のイノシトール誘導体を生成できるものであれば、特に限定されない。上記のような細菌に由来するCGTaseを用いてもよく、それらの天然CGTaseを改変したものを用いてもよい。CGTaseとしては、例えば、特開昭63-196596号公報、及び国際公開公報第96/33267号に記載のもの等を例示することができるが、これらに限定されない。CGTaseは、市販のものを用いてもよい。
【0021】
(イノシトール誘導体生成反応)
イノシトールとデキストリンとをCGTaseの存在下で反応させて、イノシトールに糖が結合したイノシトール誘導体を生成させる反応(以下、「イノシトール誘導体生成反応」という。)は、一般的な酵素反応において用いられる方法を特に制限なく用いて行うことができる。具体的には、イノシトール、デキストリン及びCGTaseを、適切な溶媒下で混合し、一定時間経過させることにより、イノシトール誘導体生成反応を行うことができる。
【0022】
イノシトール誘導体生成反応において、基質及びCGTaseを混合するための溶媒は、一般的な酵素反応に用いられる緩衝液等を特に制限なく用いることができる。そのような緩衝液としては、例えば、クエン酸緩衝液、リン酸緩衝液、トリス塩酸緩衝液、HEPES緩衝液等を挙げることができるが、これらに限定されない。
【0023】
イノシトールとデキストリンとの混合比率は、特に限定されず、製造したいイノシトール誘導体の種類に応じて適宜設定すればよい。イノシトールの比率を高くするほど、イノシトール1分子あたりに結合する糖の単糖単位数は小さくなる。逆に、デキストリンの比率を高くするほど、イノシトール1分子あたりに結合する糖の単糖単位数は大きくなる。
例えば、イノシトールに対するデキストリンの質量比(デキストリン/イノシトール)としては、1~12、好ましくは2~6、より好ましくは3~5を例示できる。
【0024】
イノシトールの反応溶液中での濃度は、特に限定されないが、バッチ生産量の向上及び反応の長時間化の回避の観点から、1~400g/L、好ましくは10~300g/L、より好ましくは50~200g/Lを例示できる。
デキストリンの反応溶液中での濃度は、特に限定されないが、反応効率の保持及び生産コストの抑制の観点から、10~1500g/L、好ましくは100~1000g/L、より好ましくは200~800g/Lを例示できる。
デキストリンの投入方法は、一括投入でもよく、初発投入後に追添してもよい。デキストリンを追添する場合、追添のタイミングは、特に限定されないが、例えば反応開始から4時間後、8時間後、11時間後等を例示できる。好ましくは、デキストリンを一括投入するのがよい。
【0025】
CGTaseの反応溶液中での濃度は、特に限定されないが、0.01~100g-SS/L、好ましくは0.05~50g-SS/L、より好ましくは0.1~10g-SS/Lを例示できる。
【0026】
イノシトール誘導体生成反応時の反応条件は、CGTaseの種類に応じて、適宜設定すればよい。市販のCGTaseを用いる場合には、製造者の推奨条件に従って、反応条件を設定することができる。例えば、反応温度として、20~80℃、好ましくは30~70℃、より好ましくは40~60℃を例示できる。また、反応pHとして、pH3~9、好ましくはpH4~8、より好ましくはpH5~7を例示できる。反応温度及びpHがこの範囲内であると、CGTaseの酵素活性が高い状態で維持され得る。
【0027】
イノシトール誘導体生成反応の反応時間は、特に限定されず、CGTaseの種類、反応液の量等に応じて、適宜設定すればよい。イノシトール誘導体の生成効率及び未反応物の残存抑制の観点から、反応時間は、5~300時間、好ましくは30~70時間、より好ましくは40~60時間を例示できる。また、例えば、HPLC、LC-MS等で反応液中のデキストリン濃度を測定し、デキストリンの消失を確認できるようになるまで反応を行うようにしてもよい。
【0028】
このようにしてイノシトール誘導体生成反応を行うことにより、反応液中にイノシトール誘導体が生成し、イノシトール誘導体とCGTaseとを含む溶液(以下、「イノシトール誘導体/CGTase溶液」ともいう。)を得ることができる。本工程により生成するイノシトール誘導体は、通常、単糖単位に換算して互いに異なる数の糖が結合したイノシトール誘導体の混合物である。
【0029】
[工程II]
工程IIは、上記工程Iで得られたイノシトール誘導体とCGTaseとを含む溶液中の前記CGTaseを、限外ろ過膜を用いて除去する工程である。
【0030】
本工程では、上記工程Iで得られたイノシトール誘導体/CGTase溶液を供給液として、限外ろ過を行う。また、本実施形態の製造方法では、工程Iの後に、CGTaseの失活処理を行わない。イノシトール誘導体生成反応後に、CGTaseの失活処理を行わずに、限外ろ過膜を用いて濃縮液中にCGTaseを除去することにより、ろ液中に回収されるイノシトール誘導体を変質させることなく、精製度の高い高品質のイノシトール誘導体を得ることができる。本明細書において、「供給液」とは限外ろ過に供する液体を意味し、「ろ液」とは限外ろ過膜を通過した液体を意味し、「濃縮液」とは限外ろ過膜を通過しなかった液体を意味する。
【0031】
本工程で用いる限外ろ過膜は、特に限定されないが、クロスフロー型の限外ろ過に使用可能なものが好ましい。クロスフロー型の限外ろ過では、ろ過対象の供給液を限外ろ過膜の膜表面に対して平行に流す。これにより、限外ろ過膜の孔径よりも小さい溶質分子や供給液の一部がろ液となり、膜の孔径よりも大きな分子が濃縮される。クロスフロー型の限外ろ過に使用可能な限外ろ過膜は、各種市販されているため、それらを適宜選択して用いればよい。
【0032】
本工程で用いる限外ろ過膜の分画分子量は、1000~100000の範囲内とすることができる。分画分子量が1000未満であると、ろ過速度が遅くなりイノシトール誘導体の精製効率及び生産性が低下する。また、分画分子量が100000を超えると、ろ液中にCGTase由来の不純物が混入する可能性が高くなる。限外ろ過膜の分画分子量は、好ましくは1000~100000であり、より好ましくは1000~70000であり、さらに好ましくは3000~20000であり、特に好ましくは4000~15000である。
【0033】
本工程における限外ろ過の方法は、特に限定されないが、クロスフロー型の限外ろ過とすることが好ましい。クロスフロー型で限外ろ過を行うことにより、限外ろ過膜表面への不純物の付着を低減し、目詰まりの発生を抑制することができる。
【0034】
限外ろ過時の温度条件は、例えば、0~60℃とすることができ、工程Iの反応温度よりも低い温度であることが好ましい。前記温度条件の下限以上であると、供給液の流動性が保たれ、ろ過を効率よく行うことができる。また、前記温度条件の上限以下であると、供給液中のCGTaseによる過反応を抑制できる。限外ろ過時の温度条件は、好ましくは0~50℃、より好ましくは0~40℃である。
【0035】
本実施形態の製造方法では、上記工程Iの後、CGTaseの失活処理を行わないため、反応後の溶液に酸やアルカリ等の薬剤を添加する必要がない。そのため、限外ろ過時の供給液のpHは、上記工程Iにおける反応液のpHと大きく異なることはない。例えば、限外ろ過時の供給液のpHとしては、pH3~9を例示できる。
【0036】
上記のように限外ろ過膜を用いて、上記工程Iにより得られたイノシトール誘導体とCGTaseとを含む溶液を供給液として限外ろ過を行うことにより、CGTase及びこれに由来する不純物は濃縮液中に留まる一方、イノシトール誘導体はろ液中に移動する。
そのため、ろ液を回収することにより、CGTase及びこれに由来する不純物を含まない精製度の高いイノシトール誘導体を得ることができる。
【0037】
本工程で得られる限外ろ過のろ液は、CGTase活性が検出されないことが好ましい。前記ろ液におけるCGTase活性の検出は、例えば、前記ろ液の一部を採取してイノシトール(例、myo-イノシトール)を最終濃度10g/Lとなるように添加し、50℃で1時間以上反応させ、その後、液中のイノシトール含量を測定することにより、行うことができる。
イノシトール含量の測定には、例えば、高速液体クロマトグラフィーを用いることができる。前記反応の前後で、イノシトール含量に実質的な差がない場合には、CGTase活性が検出されない、と判定することができる。なお、「実質的な差がない」とは、例えば、前記反応前後に検出されたイノシトール含量の差が、前記反応前に検出されたイノシトール含量(100%)に対して5%以下程度であることを意味する。好ましくは3%以下であり、より好ましくは2%以下であり、さらに好ましくは1%以下である。
【0038】
本工程の後に得られるイノシトール誘導体精製物におけるCGTase及びこれに由来する不純物(可溶ペプチド)の合計含有量は、例えば、3質量%以下であり得る。好ましくは1質量%以下であり得、より好ましくは0.5質量%以下であり得る。
【0039】
本実施形態の製造方法では、上記工程Iで得られたイノシトール誘導体/CGTase溶液中のCGTaseの失活処理を行わないことを特徴としている。本明細書において、「失活処理」とは、加熱又は薬剤処理により、CGTaseを変性させ、CGTaseの酵素活性を失わせる処理を意味する。失活処理後の酵素活性は、失活処理前の酵素活性の30%以下であることが好ましく、20%以下であることがより好ましく、10%以下であることがさらに好ましく、5%以下であることが特に好ましい。失活処理としては、加熱処理(例、70℃以上)、酸処理(例、pH2以下)、アルカリ処理(例、pH10以上)、有機溶媒処理(例、フェノール、クロロホルム)が挙げられる。本実施形態の製造方法では、CGTaseの失活処理を行わないことにより、イノシトール誘導体/CGTase溶液中のイノシトール誘導体の変質を抑制することができる。
【0040】
CGTaseの失活処理を行うことなく、イノシトール誘導体/CGTase溶液を供給液として限外ろ過を行うことにより、本工程では、濁り及び着色のほとんどない透明なろ液を得ることができる。例えば、ろ液のOD660、OD440、及びOD280は、それぞれ、濁り、着色、及び可溶ペプチド含量の指標となり得る。本工程における限外ろ過のろ液のOD660は、ろ液中の固形分1gあたり、0.01以下であり得、好ましくは0.008以下である。また、前記ろ液のOD440は、ろ液中の固形分1gあたり、0.02以下であり得、好ましくは0.019以下であり、より好ましくは0.016以下であり、さらに好ましくは0.015以下である。また、前記ろ液のOD280は、ろ液中の固形分1gあたり、4.0以下であり得、好ましくは3.8以下であり、より好ましくは3.7以下であり、さらに好ましくは3.6以下である。
【0041】
ろ液の固形分1gあたりの各OD値は、660nm、440nm、及び280nmにおけるろ液の各吸光度を測定し、当該測定値をろ液の固形分濃度で割ることにより求めることができる。なお、OD440及びOD280については、限外ろ過のろ液を0.45μmのメンブレンフィルターでろ過し、得られたろ液の吸光度を測定する。限外ろ過のろ液の固形分濃度は、例えば、ケット式水分計を用いて、105℃、60分の条件で、前記ろ液の蒸発残分を測定することにより、求めることができる。
【0042】
[他の工程]
本実施形態の製造方法は、上記工程I及び工程IIに加えて、他の工程を含んでいてもよい。他の工程としては、例えば、化学物質の精製手段として一般的に用いられる各種工程、イノシトール誘導体の種類を分析する工程、結合する糖の単糖単位の数毎にイノシトール誘導体を分離する工程等が挙げられる。これらの他の工程は、公知の方法を用いて行うことができる。例えば、上記工程IIの後に、得られたろ液の凍結乾燥や噴霧乾燥を行うことにより、イノシトール誘導体の白色粉末を得ることができる。
【0043】
なお、本実施形態の製造方法では、上記工程I及び工程IIの間にその他の工程を含んでもよいが、CGTaseの過反応を防ぐ観点から、工程Iの後すぐに工程IIを行うことが好ましい。また、本実施形態の製造方法は、他の工程を含む場合であっても、当該他の工程としてCGTaseの失活処理を行う工程は含まない。
【0044】
本実施形態の製造方法では、CGTaseの失活処理を行っていないため、失活処理に起因するイノシトール誘導体の変質を防ぐことができる。また、イノシトール誘導体生成反応後に、限外ろ過膜を用いて濃縮液中にCGTaseを除去することにより、ろ液中にCGTase及びこれに由来する不純物を含まない精製度の高いイノシトール誘導体を得ることができる。
【0045】
本実施形態の製造方法により製造されたイノシトール誘導体は、精製度が高く且つ高品質であるため、化粧料、医薬品、食品等の様々な用途に用いることができる。
【実施例
【0046】
以下、実験例により本発明を説明するが、本発明は以下の実験例に限定されるものではない。
【0047】
[分析方法]
(吸光度)
試料の固形分1gあたりのOD660、OD440、及びOD280の測定は以下の方法で行った。なお、OD660、OD440、及びOD280は、それぞれ、試料の濁り、着色、及び可溶ペプチド含量の指標となる。
【0048】
ケット式水分計(ハロゲン水分計HG63-P、メトラートレド社製)を用いて、105℃、60分の条件で、試料の蒸発残分(=100%-含水率%)を測定した。これを、試料の固形分濃度(w/w%)とした。
OD660については、1cm角石英セルに、試料を3mL以上入れて、分光光度計(型番U-1800、日立製作所製)で660nmの吸光度を測定することにより求めた。
OD440及びOD280については、試料を0.45μmのメンブレンフィルターでろ過し、得られたろ液を1cm角石英セルに3mL入れて、分光光度計(型番U-1800、日立製作所製)で440nm及び280nmの吸光度をそれぞれ測定することにより求めた。
上記のように求めた各吸光度を、試料の固形分濃度で割ることにより、試料の固形分あたりのOD660、OD440、及びOD280をそれぞれ算出した。
【0049】
(残存CGTase活性)
試料に、myo-イノシトールを終濃度10g/Lとなるように添加し、50℃で1時間以上反応させて、myo-イノシトール添加後の反応前後(反応前:myo-イノシトール添加直後;反応後:50℃で1時間反応後)の生成物を高速液体クロマトグラフィーで分析した。分析は、Shodex高速液体クロマトグラフィーを用いて、以下の分析条件で行った。反応後のmyo-イノシトールのピークが、反応前と比較して、変化がなかった場合にはCGTase残存活性を「なし」と判定し、ピークが減少していた場合にはCGTase残存活性を「あり」と判定した。
<分析条件>
カラム:ShodexKS802
溶離液:水
流速:0.5mL/分
オーブン温度:75℃
検出:RI(示差屈折率)
【0050】
(主成分分析)
Shodex高速液体クロマトグラフィーを用いて、以下の分析条件で、試料の主成分分析を行った。
<分析条件>
カラム:Shodex HILICPak VN-50 4D ×1
溶離液:CHCN:水=60:40(V:V)
流速:0.3mL/分
オーブン温度:40℃
検出:RI(示差屈折率)
【0051】
[実施例1~7]
表1に示す条件で、5L培養槽(型番MD-300、株式会社丸菱バイオエンジ製)を用い、myo-イノシトール(築野ライスファインケミカルズ製)とβ-シクロデキストリン(塩水港精糖製)とをCGTase(ノボザイム社製)の存在下で反応させ、イノシトール誘導体を生成させた。表1中の「反応液組成」は終濃度を示す。
【0052】
【表1】
【0053】
反応終了後、CGTaseの失活処理は行わず、限外ろ過膜(分画分子量6000:SIP-1013、分画分子量13000:ACP-1010D、分画分子量50000:AHP-1010、旭化成株式会社製)を用いて、表2に示す各条件でクロスフロー型の限外ろ過を行った。限外ろ過の方法は以下のとおりである。反応液2.2Lに水を3.0L加えた希釈液を、限外ろ過膜をセットした膜装置の原液タンクに加えた。循環ポンプを稼働して原液を循環させながら1.1Lになるまで濃縮し、ろ液を回収した。その後、原液タンクに1Lの水を添加してさらにろ液を回収する工程を5回繰り返した。全ろ液を混合し、9.1Lの回収ろ液を得た。これによりろ液中にイノシトール誘導体を回収し、CGTaseは濃縮液側に残ることで分離除去された。
【0054】
限外ろ過後、ろ液中のCGTaseの残存活性を確認した。
また、限外ろ過後のろ液について、反応生成物であるイノシトール誘導体の着色及び変質、並びにCGTase由来の可溶ペプチドの存在を評価するために、ろ液の固形分1gあたりのOD660、OD440、及びOD280を測定した。限外ろ過前の反応液についても、同様に、反応液の固形分1gあたりのOD660、OD440、及びOD280を測定した。
また、限外ろ過前の反応液及び限外ろ過後のろ液について、主成分分析を行い、主成分であるイノシトール誘導体の組成変化を評価した。液体クロマトグラフィーにより検出されたピーク数、各ピークのリテンションタイム、及び各ピークの面積比率を前記両試料間で比較し、ピーク数及び各ピークのリテンションタイムが両試料間で一致し、かつ、両試料間における各ピークの面積比率の差が、限外ろ過前の反応液で検出された値(100%)に対して10%以内であった場合に、主成分の組成変化を「変化なし」と判断した。
【0055】
結果を表2及び表3に示す。表2及び表3中、「反応液」は、イノシトール誘導体生成反応後限外ろ過前の反応液を示し、「ろ液」は限外ろ過後のろ液を示す。「処理時間」は、全ろ液を混合した回収ろ液を得るまでの時間を示す。
【0056】
【表2】
【0057】
【表3】
【0058】
表2及び表3に示す結果より、イノシトール誘導体生成反応後に、限外ろ過を行うことにより、ろ液中のCGTase活性を消失できることが確認された。また、主成分分析、及び吸光度測定の結果から、イノシトール誘導体を変質させることなく、精製度の高いイノシトール誘導体が得られることが確認された。
【0059】
[比較例1~8]
上記表1に示す条件で、myo-イノシトールとβ-シクロデキストリンとをCGTaseの存在下で反応させ、イノシトール誘導体を生成させた。
【0060】
反応終了後、表4及び表5に記載の各条件で、CGTaseの失活処理/分離処理を行った。表4及び5中の各分離処理について、限外ろ過膜を用いた処理は、実施例1~7と同様に行った。遠心ろ過は、ろ材にろ布を用いたバスケット型の遠心ろ過機(小型遠心分離機H-110A、ろ布型番:コットン26、株式会社コクサン社製)を用いて行った。精密ろ過は、旭化成社製の精密ろ過膜(PSP-113)を用いて行った。
【0061】
その後、実施例1~7と同様に、失活処理/分離処理後のろ液中の残存CGTase活性の測定を行った。
また、分離処理後のろ液の固形分あたりのOD660、OD440、及びOD280の測定を行った。失活処理/分離処理前の反応液についても、同様に、反応液の固形分1gあたりのOD660、OD440、及びOD280を測定した。
また、失活/分離処理前の反応液及び失活/分離処理後のろ液について、主成分分析を行い、主成分であるイノシトール誘導体の組成変化を評価した。主成分の組成変化を「変化なし」とする判断基準は、上記実施例1~7と同様とした。
結果を表4及び表5に示す。表4及び表5中、「MW」は分画分子量を示す。「反応液」は、比較例1~6については、失活処理後分離処理前の反応液を示し、比較例7及び8については、イノシトール誘導体生成反応後分離処理前の反応液を示す。「ろ液」は分離処理後のろ液を示す。
【0062】
【表4】
【0063】
【表5】
【0064】
表4及び表5に示すように、比較例1~8では、いずれも、失活/分離処理後に主成分の組成変化が認められた。また、比較例1~8では、実施例1~7と比較して、いずれもOD440の値(着色)が増大した。比較例2、4、6及び7ではOD660の値(濁り)も、実施例1~7と比較して増大し、比較例2、4~8では、OD280の値(可溶ペプチド)も、実施例1~7と比較して増大した。また、限外ろ過に替えて、遠心ろ過又は精密ろ過を行った場合(比較例7、8)には、ろ液中のCGTase活性が残存した。以上の結果より、限外ろ過以外のろ過方法では、CGTaseを除去できないことが確認された。また、失活処理を行った場合には、イノシトール誘導体に変質が生じ、分離処理を行っても着色等を除去できないことが示された。
【産業上の利用可能性】
【0065】
本発明により、精製度が高く且つ高品質のイノシトール誘導体を得ることのできる、イノシトール誘導体の製造方法が提供される。