(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2022-12-23
(45)【発行日】2023-01-06
(54)【発明の名称】ポリヒドロキシアルカン酸からなるナノファイバー構造体、および、不織布
(51)【国際特許分類】
D04H 1/435 20120101AFI20221226BHJP
D01F 6/62 20060101ALI20221226BHJP
D04H 1/4382 20120101ALI20221226BHJP
D04H 1/728 20120101ALI20221226BHJP
D04H 3/011 20120101ALI20221226BHJP
D04H 3/016 20120101ALI20221226BHJP
D04H 3/16 20060101ALI20221226BHJP
【FI】
D04H1/435 ZBP
D01F6/62 305Z
D04H1/4382
D04H1/728
D04H3/011
D04H3/016
D04H3/16
(21)【出願番号】P 2018522202
(86)(22)【出願日】2016-06-07
(86)【国際出願番号】 JP2016066904
(87)【国際公開番号】W WO2017212544
(87)【国際公開日】2017-12-14
【審査請求日】2019-06-07
【審判番号】
【審判請求日】2021-09-02
(73)【特許権者】
【識別番号】302064588
【氏名又は名称】株式会社 フューエンス
(74)【代理人】
【識別番号】110002826
【氏名又は名称】弁理士法人雄渾
(72)【発明者】
【氏名】クマール ケー スデッシュ
(72)【発明者】
【氏名】井上 浩三
(72)【発明者】
【氏名】新田 和也
【合議体】
【審判長】井上 茂夫
【審判官】稲葉 大紀
【審判官】藤井 眞吾
(56)【参考文献】
【文献】特開2013-87392(JP,A)
【文献】国際公開第2012/118090(WO,A1)
【文献】特表2013-534462(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
D04H 1/00-18/04
D01D 1/0-13/02
D01F 6/62
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
ポリヒドロキシアルカン酸からなるナノファイバー構造体であって、
前記ポリヒドロキシアルカン酸が、ヒドロキシブチレートとヒドロキシヘキサン酸とのコポリマーであり、
前記ナノファイバー構造体の繊維径が、1μm以下であり、
自然環境下の土壌中で微生物により分解される特性を持ち、
前記ナノファイバー構造体の空隙率が、50%以上であり、
前記ナノファイバー構造体が、不織布であ
り、
撥水性を有し、前記ナノファイバー構造体の表面に対する純水の接触角が、
100度以上である、
ことを特徴とするナノファイバー構造体。
【請求項2】
ポリヒドロキシアルカン酸からなるナノファイバー構造体であって、
前記ポリヒドロキシアルカン酸が、ヒドロキシブチレートとヒドロキシヘキサン酸とのコポリマーであり、
前記ナノファイバー構造体の繊維径が、1μm以下であり、
然環境下の土壌中で微生物により分解される特性を持ち、
前記ナノファイバー構造体の空隙率が、50%以上であり、
前記ナノファイバー構造体が、不織布であり、
油吸収性を有する、
ことを特徴とするナノファイバー構造体。
【請求項3】
ポリヒドロキシアルカン酸からなるナノファイバー構造体であって、
前記ポリヒドロキシアルカン酸が、ヒドロキシブチレートとヒドロキシヘキサン酸とのコポリマーであり、
前記ナノファイバー構造体の繊維径が、1μm以下であり、
自然環境下の土壌中で微生物により分解される特性を持ち、
前記ナノファイバー構造体の空隙率が、50%以上であり、
前記ナノファイバー構造体が、不織布であり、
有機溶剤吸収性を有する、
ことを特徴とするナノファイバー構造体。
【請求項4】
ポリヒドロキシアルカン酸からなるナノファイバー構造体であって、
前記ポリヒドロキシアルカン酸が、ヒドロキシブチレートとヒドロキシヘキサン酸とのコポリマーであり、
前記ナノファイバー構造体の繊維径が、1μm以下であり、
自然環境下の土壌中で微生物により分解される特性を持ち、
前記ナノファイバー構造体の空隙率が、50%以上であり、
前記ナノファイバー構造体が、不織布であり、
前記ナノファイバー構造体の表面が、
プラズマ処理、コロナ放電、電子線照射、または、レーザー照射の表面修飾等により親水性を有する、
ことを特徴とするナノファイバー構造体。
【請求項5】
ポリヒドロキシアルカン酸からなるナノファイバー構造体であって、
前記ポリヒドロキシアルカン酸が、ヒドロキシブチレートとヒドロキシヘキサン酸とのコポリマーであり、
前記ナノファイバー構造体の繊維径が、1μm以下であり、
自然環境下の土壌中で微生物により分解される特性を持ち、
前記ナノファイバー構造体の空隙率が、50%以上であり、
前記ナノファイバー構造体が、不織布であり、
吸着材を含む、
ことを特徴とするナノファイバー構造体。
【請求項6】
ポリヒドロキシアルカン酸からなるナノファイバー構造体であって、
前記ポリヒドロキシアルカン酸が、ヒドロキシブチレートとヒドロキシヘキサン酸とのコポリマーであり、
前記ナノファイバー構造体の繊維径が、1μm以下であり、
自然環境下の土壌中で微生物により分解される特性を持ち、
前記ナノファイバー構造体の空隙率が、50%以上であり、
前記ナノファイバー構造体が、不織布であり、
該ナノファイバー構造体の一部が、融着しフィルム状である、
ことを特徴とするナノファイバー構造体。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、ポリヒドロキシアルカン酸からなるナノファイバー構造体、および、不織布に関するものであり、特に、油や有機溶媒の吸収性を持ち、かつ、自然環境下では微生物などにより速やかに分解される特性を持つポリヒドロキシアルカン酸からなるナノファイバー構造体、および、不織布に関するものである。
【背景技術】
【0002】
種々の有機高分子から製造される不織布は、近年その用途は広がり、繊維産業(芯地分野)から、衛生材料、医療資材、自動車内装資材、産業資材(フィルター・ワイピングなど)、土木資材、農業資材、ジオテキスタイル(土壌補強用繊維シート)、環境など様々な産業で種々の用途に使われている。今後も、不織布は、毎年継続的な生産拡大が予測されている。その中でも、ポリプロピレン(PP)不織布の伸びが大きく、10%近くの成長が期待されている。
【0003】
しかし、このような有機高分子製の不織布産業の成長は、同時に大きな問題もはらんでいる。不織布の主成分である有機高分子は、石油資源から精製・合成されており、将来的な資源の枯渇と、使用済みの製品の処理、という問題が発生している。使用済みの製品(廃棄物)の処理は、ペレット化などの処理をして資源としてリサイクル使用すること、焼却処理すること、埋め立て処分することなどである。資源としてリサイクルされるものは、廃棄物全体からしてごく少量であり、多くは、焼却処理か、埋め立て処分されるのが現状である。焼却処理は、CO2を大量に排出するため、地球温暖化への影響を及ぼすことが、非常に重要な問題である。また、埋め立て処分も、石油由来の樹脂は非常に分解されにくいため、土中にほぼ永遠に残存し、地球環境を永久に汚すこととなる。
【0004】
これらの問題の解決法の一つが、不織布の原料に生分解性ポリマーを使用することである。既に、ポリ乳酸やポリヒドロキシアルカン酸などの生分解性有機高分子を用いた樹脂製品の開発も進められている。ポリヒドロキシアルカン酸の開発は長年国内外の企業で進められてきたが、微生物による生産・精製のコストがかかり、実用化は遅れていた。
【0005】
しかし、近年、株式会社カネカがポリヒドロキシアルカン酸から製造する樹脂製品の事業化を進めていると発表している。ただし、同社は、所謂樹脂製品を目標としており、上記のような不織布分野の開発は行われていない。
【0006】
上述した生分解性ポリマーの従来技術の非特許文献としては、例えば、「ドイツのバイオテック社と「カネカ バイオポリマー アオニレックス?」の商品開発に関する包括契約を締結(http://www.kaneka.co.jp/service/news/150217)」(非特許文献1)、「科学技術振興機構が植物由来生分解性樹脂製造技術開発の成功を認定(http://www.kaneka.co.jp/service/news/140710-2)」(非特許文献2)、「微生物による生分解性プラスチック製造(Microbiol. Cult. Coll. 29(1):25-29, 2013)」(非特許文献3)、「世界初。100%植物由来で軟質性、耐熱性を有するバイオポリマーを本格展開(http://www.kaneka.co.jp/service/news/n090206.html)」(非特許文献4)などがある。
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0007】
【文献】「ドイツのバイオテック社と「カネカ バイオポリマー アオニレックス?」の商品開発に関する包括契約を締結」ウェブサイト:http://www.kaneka.co.jp/service/news/150217)
【文献】「ドイツのバイオテック社と「カネカ バイオポリマー アオニレックス?」の商品開発に関する包括契約を締結」ウェブサイト:http://www.kaneka.co.jp/service/news/150217)
【文献】「科学技術振興機構が植物由来生分解性樹脂製造技術開発の成功を認定」ウェブサイト:http://www.kaneka.co.jp/service/news/140710-2
【文献】藤木哲也著、「微生物による生分解性プラスチック製造(Microbiol. Cult. Coll. 29(1):25-29, 2013)」
【文献】「世界初。100%植物由来で軟質性、耐熱性を有するバイオポリマーを本格展開」ウェブサイト:http://www.kaneka.co.jp/service/news/n090206.html
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
不織布、特にポリプロピレン(PP)不織布は、ある市場レポートによるとその市場規模は今後も毎年約8%増え、2020年には約300億米ドルに達すると予測されている。その主な用途は、おむつ(幼児・高齢者)等の衛生用品、ジオテキスタイル、環境汚染物質処理、自動車産業、家具などであり、これらは特に人口増加の高いアジア太平洋地域での成長によるとされている。
【0009】
また、不織布の生産量は2013年の5.94百万から2020年には9.97百万トンに増加すると予測されている。石油資源由来のPPを使う限り、地球温暖化を防ぐ世界的な合意に反してCO2排出量も大きくなることであり、効果的な対策が必要である。本願発明者らは、微生物による生分解性ポリヒドロオキシアルカン酸(PHA)の生産と精製プロセスを安価に行う技法を確立し、様々な用途への応用研究を進めていた。
【0010】
そして、本願発明者らは、上記課題を解決すべく研究および思索を重ねた結果、生分解性ポリヒドロオキシアルカン酸をナノファイバー化して、種々の特性を持つナノファイバー構造体(不織布など)として利用する技法を見出すに至った。
【0011】
本発明の目的は、ポリヒドロオキシアルカン酸からなるナノファイバー構造体を提供することである。発明の他の目的は、ナノファイバー構造体を不織布として開発し、現在の合成樹脂不織布のもつ問題点を解消することである。
【課題を解決するための手段】
【0012】
上述した諸課題を解決すべく、第1の発明によるナノファイバー構造体は、
ポリヒドロキシアルカン酸(1種類、または複数の種類)からなるナノファイバー構造体である。
【0013】
また、第2の発明によるナノファイバー構造体は、
前記ポリヒドロキシアルカン酸が、
ポリヒドロキシブチレートを主成分とする、
ことを特徴とする。
なお、構造体は、ポリヒドロキシブチレートを主にし、他のヒドロキシアルカン酸
(例えば、ヒドロキシヘキサン酸とのコポリマー)を配合することが好適である。
【0014】
また、第3の発明によるナノファイバー構造体は、
前記ナノファイバー構造体の繊維径が、
1μm以下である、
ことを特徴とする。
【0015】
また、第4の発明によるナノファイバー構造体は、
自然環境下の土壌中で微生物により分解される特性を持つ、
ことを特徴とする。
【0016】
また、第5の発明によるナノファイバー構造体は、
前記ナノファイバー構造体の空隙率が、
50%以上である、
ことを特徴とする。
空隙率を高いため、構造体は、通気性が高くなり、重さが軽くなる。
【0017】
また、第6の発明によるナノファイバー構造体は、
撥水性を有し、
前記ナノファイバー構造体の表面に対する純水の接触角が、
100度以上である、
ことを特徴とする。
【0018】
また、第7の発明によるナノファイバー構造体は、
油吸収性を有する、
ことを特徴とする。
【0019】
また、第8の発明によるナノファイバー構造体は、
有機溶剤吸収性を有する、
ことを特徴とする。
【0020】
また、第9の発明によるナノファイバー構造体は、
前記ナノファイバー構造体の表面が、
プラズマ処理、コロナ放電、電子線照射、または、レーザー照射の表面修飾により親水性を有する、
ことを特徴とする。
表面修飾で親水性を持たせたことによって、衛生製品などで利用可能となる。
【0021】
また、第10の発明によるナノファイバー構造体は、
吸着材を含む、
ことを特徴とする。
吸着剤は、例えば、活性炭またはゼオライト等であり、ナノファイバー内及び表面に含むものである。
【0022】
また、第11の発明によるナノファイバー構造体は、
該ナノファイバー構造体の一部が、融着して、フィルム状を呈している
ことを特徴とする。
【0023】
上述したように本発明の解決手段をナノファイバー構造体として説明してきたが、本発明はこれらに実質的に相当する、ナノファイバー構造体を製造する方法としても実現し得るものであり、本発明の範囲にはこれらも包含されるものと理解されたい。
【発明の効果】
【0024】
本発明によれば、柔軟で、油や有機溶媒の吸収性を持ち、かつ、自然環境下では微生物などにより速やかに分解される、CO2ガスの増加をもたらさない特性を持つナノファイバー構造体(膜)を提供することが可能となる。ナノファイバー構造体は、種々の産業において不織布として利用可能である。
【図面の簡単な説明】
【0025】
【
図1】
図1は、エレクトロスプレーデポジション装置の基本的な構成を示す概念図である。
【
図2】
図2は、材料とする実施例1で作製したナノファイバー構造体のSEM写真である。
【
図3】
図3は、
図2に示したPHAナノファイバー構造体の電子顕微鏡写真(SEM写真)である。
【
図4】
図4は、実施例1のナノファイバー膜の生分解性を示す図である。
【
図5】
図5は、実施例1のナノファイバー膜の撥水性を示す図である。
【
図6】
図6は、実施例1のナノファイバー膜の油水分離性と油吸収性を示す図である。
【
図7】
図7は、実施例1のナノファイバー膜の有機溶媒吸収性を示す図である。
【
図8】
図8は、ナノファイバー膜の一部が融着してフィルム状を呈するナノファイバー膜(ナノファイバー構造体)の電子顕微鏡写真(SEM写真)である。
【
図9】
図9は、吸着材の微粒子を含むナノファイバー膜の電子顕微鏡写真(SEM写真)である。
【発明を実施するための形態】
【0026】
以降、諸図面を参照しながら、本発明の実施態様を詳細に説明する。
【0027】
本発明の実施例に用いたポリヒドロキシアルカン酸は、本願発明者の一人が所属するマレーシア国セインス大学が特許を得ている微生物培養法と精製法により製造された試料である。上記試料からのナノファイバー製造は、エレクトロスプレーデポジション(ESD)法、メルトブローン法,或はその他のナノファイバーを製造する方法であればよいが、ESD法或はメルトブローン法が好適と言える。
【0028】
<エレクトロスプレーデポジション法>
本発明の実施態様の説明に先立ち、本発明の実施態様で使用するエレクトロスプレーデポジション法(ESD法)の原理およびエレクトロスプレーデポジション法を実施できるエレクトロスプレーデポジション装置(ESD:静電噴霧装置)を説明する。
【0029】
<エレクトロスプレーデポジション装置>
図1は、エレクトロスプレーデポジション装置の基本的な構成を示す概念図である。図に示すように、容器CNTは、試料溶液SLを収容している。試料溶液SLは、例えば、有機高分子溶液あるいはポリマー溶液などである。本実施態様では、試料溶液としては、溶媒に溶かしたポリヒドロキシアルカン酸、即ち、ポリヒドロキシアルカン酸溶液である。
【0030】
ESD法は非常に複雑な物理現象であり、そのすべての過程は解明されていないが、一般的には次のような現象と考えられている。試料溶液は細いキャピラリー状のノズルNZLに収められ、これと対向するターゲット基板TS(対向電極)に対して数千~数万ボルトの電圧が印加される。キャピラリー先端では電界集中の効果により強力な電界が発生し、液体表面に荷電を持つ微小液滴が集まりコーンが形成される(Taylor Coneと呼ばれる)。さらにこの先端から試料溶液が、表面張力を打ち破りジェットとなる。ジェットは強く帯電しており、静電気力の反発によりスプレーとなる(クーロン爆発)。スプレーにより形成された液滴は非常に小さく、短時間のうちに溶媒が蒸発乾燥し、微細なナノパーティクルや、ナノファイバーとなる。もちろん、蒸発・乾燥しないウェット状態で堆積させることも可能である。この帯電した微細なナノパーティクルや、径の細いナノファイバーは、静電気力により対向電極として機能するターゲット基板TSに引き寄せられる。堆積するパターンは、図示しない絶縁体マスクや補助電極により制御することが可能である。試料は、液状であれば溶液に限らず、分散液でも問題ない。
【0031】
また、好適には、容器CNT内の試料溶液は空気圧・シリンジポンプやプランジャー等(吐出手段、図示せず)で、ノズルNZL側に向けて押し出しの圧力を加える。押し出しの圧力は、例えば、ステッピング・モータとネジ送り機構(図示せず)によって与えられる。押し出し圧力を受けた試料溶液SLは、容器CNT内で内圧が増加し、ノズルNZLの先端から排出される。上述したように、試料溶液を吐出する速度を調整する調整機構(ステッピング・モータとネジ送り機構)を設けることによって、適切な吐出速度に調整することが可能となる。
【0032】
ノズルNZLは、金属製であり、高電圧電源HPSからプラスの電圧が導体のワイヤWLを介して供給されている。高電圧電源HPSのマイナス側は、ターゲット基板TS(対向電極となる基板)に繋がっている。高電圧電源HPSから電圧を印加することで、ノズルNZLを経由して試料溶液SLにはプラスの電圧が印加され溶液はプラスに帯電される。なお、試料溶液SLに与える電圧の極性はマイナスであってもよい。
【0033】
また、ナノファイバー構造体を作製する場合は、ターゲット基板TS上に不織布を置いて、不織布上にナノファイバー構造体を堆積させることが好適である。また、電圧の高低、試料溶液の濃度、試料のポリヒドロキシアルカン酸の種類、溶媒の種類、など様々な条件を調整して、ナノファイバー構造体を作製する。
【0034】
スプレーされた材料は繊維や液滴となり、帯電による反発によって飛んでいる間に分裂を繰り返し、ナノファイバーやナノ粒子を形成する。スプレーされた材料は、ナノサイズで表面積が大きいため、基板に届いたときにはほぼ乾燥した状態になる。スプレー条件により形状やサイズを変えることができ、例えば高分子溶液を使った場合、分子量を大きく濃度を高くすれば太いナノファイバー、分子量を小さく濃度を低くすれば細いナノファイバー、またはナノ粒子が形成される。その他に、ノズル-基板間の電圧や距離、周辺温度や湿度など様々な条件が影響してくる。本実施態様では、試料として種々の溶媒可溶性のポリヒドロキシアルカン酸を用い、様々の条件下でナノファイバーを作製し、撥水性・通気性・親水性などの確認を実施例記載の方法で行った。エレクトロスプレーデポジション装置としては、上述の装置だけでなく他のタイプのESD装置も使える。特に量産目的には出願人らが開発した、特許5491189記載の気流を用いる方法が好適である。
【0035】
また、量産時には、上記ESD装置以外に、メルトブロー法を利用した不織機布製造装置を使用することも好適である。
【0036】
<実施例1> ESD法によるナノファイバー化
図2は、
図1のESD装置により作製されたポリヒドロキシアルカン酸ナノファイバー膜(PHAナノファイバー構造体)の写真である。試料溶液は、ポリヒドロキシアルカン酸(PHA)を10重量%としたクロロフォルム溶液を用いた。製造には、ESD装置(ES-4000、フューエンス社製)を使用し、電圧50KV、流量10μl/分でスプレーした。図に示したナノファイバー膜の膜厚は、20μmである。このナノファイバー膜は、極めて薄く、ファイバー径が小さいにもかかわらず、自立膜であり、他の不織布やフィルムなどに積層したり、他の部材や器具に組み込んだりすることも可能であり、非常に有用である。
【0037】
図3は、
図2に示したPHAナノファイバー構造体の電子顕微鏡写真(SEM写真)である。写真の倍率は1000倍である。また、ナノファイバーの平均径は約1μmであった。図に示すように、ファイバーが網目状にからまった多孔性の膜であり、空隙率が高く、軽い構造体を形成しているのが観察できる。PHAナノファイバー構造体は、多孔性を利用して、フィルターとして利用することが可能である。このナノファイバー径、空隙率、密度などは、目的に応じ種々の溶液組成やスプレー条件を変えることにより可変であり、制御可能である。
【0038】
<実施例2> 生分解性
図4は、実施例1のナノファイバー膜の生分解性を示す図である。実施例1で得たナノファイバー膜(ナノファイバー構造体)を土壌中に放置することによる微生物等による生分解性を検討した。図の(a)は、ナノファイバー膜を土壌に入れた直後の写真である。図の(b)は、(a)をそのまま12日放置した後の写真である。これら写真の比較から分かるように、ポリヒドロキシアルカン酸ナノファイバー膜は、かなり速やかに土壌中で分解される。このように、PHAは自然界の植物原料から微生物発酵により生産でき、そして、土壌の微生物によって分解され、自然界に返すことが可能であるため、温暖化ガスを増加させず永続的に使用可能な資源として、ナノファイバー膜を利用することが可能である。
【0039】
<実施例3> 撥水性
図5は、実施例1のナノファイバー膜の撥水性を示す図である。
図5は、実施例1で得られたナノファイバー膜上に、ピペットにより1滴ずつ純水を滴下した直後の写真である。滴下純水WDは、写真に示すように、膜上に液滴として留まる。この接触角を目視で計測したところ、10滴の計測で87.5-130.5°の値が得られ、平均113.7°であった。ナノファイバー膜は、撥水性を示した。
【0040】
<実施例4> 油水分離性と油吸収性
図6は、実施例1のナノファイバー膜の油水分離性と油吸収性を示す図である。実施例1で得られたナノファイバー膜を、メチレンブルー水溶液とサラダ油を入れた容器に、上から被せるように入れた。
図6の(a)が、ナノファイバー膜を容器に入れる前の写真である。メチレンブルー水溶液とサラダ油が分離したまま混在している。
図6の(b)が、ナノファイバー膜を容器に入れた1分後の写真である。図の(b)に示すように、ナノファイバー膜はメチレンブルー水溶液の上に浮き、ナノファイバー膜の上に、サラダ油OLだけが残っていることが観察された。
図6の(c)が、ナノファイバー膜を入れた後10分経過したときの写真である。
図6の(c)の写真に示すように、10分以内にナノファイバー膜はサラダ油のみを吸収し、最終的には、サラダ油を全て膜内に吸収したことが観察できた。また、ナノファイバー膜は、メチレンブルー水溶液は全く吸収しなかった。即ち、ポリヒドロキシアルカン酸ナノファイバー膜は水と油を分離する機能を有し、かつ、油のみを選択的に吸収する機能を有することが分かった。
【0041】
<実施例5> 有機溶媒吸収性
図7は、実施例1のナノファイバー膜の有機溶媒吸収性を示す図である。図の(a)が、実施例1で得られたナノファイバー膜を、メチレンブルー水溶液MBとヘキサンHXを容器に入れる前の写真である。このときは、メチレンブルー水溶液MBとヘキサンHXは、2つの層に分離している。図の(b)が、ナノファイバー膜を容器に入れて10分経過したときの写真である。図の写真に示すように、10分以内にヘキサンHXはナノファイバー膜に吸収され尽くしたのが観察される。メチレンブルー水溶液MBの量は、変化しないため、ナノファイバー膜は、有機溶媒のヘキサンのみを選択的に吸収し、水は吸収しないことが分かった。即ち、ナノファイバー膜は、優れた有機溶媒吸収性を示すことが分かる。
【0042】
<実施例6> 一部フィルム状であるナノファイバー膜(ナノファイバー構造体)
図8は、ナノファイバー膜の一部が融着してフィルム状を呈するナノファイバー膜(ナノファイバー構造体)の電子顕微鏡写真(SEM写真)である。図に示すように、手前がフィルム状であり、奥側には、ナノファイバー膜があるのが観察される。このフィルム状部は膜自体の強度を向上させるために有用である。
【0043】
<実施例7> 吸着材含有ナノファイバー膜
図9は、吸着材の微粒子を含むナノファイバー膜の電子顕微鏡写真(SEM写真)である。図に示すように、ナノファイバーFBR1、FBR2に吸着材の活性炭微粒子AC1,AC2が絡みついて保持されているのが観察される。また、活性炭微粒子は、ナノファイバーの中にあるものや、表面上にあるものもある。吸着材は、ナノファイバー膜の間を通過する有機溶媒に溶けた成分(不純物、或いは、分離したい成分など)を、効果的に吸収する。吸着剤は、例えば、活性炭またはゼオライト等を、用途により選択できる。
【0044】
最後に、本発明の各実施例によるナノファイバー膜(ナノファイバー構造体など)の利点を指摘する。ナノファイバー膜の原料である生分解性ポリヒドロキシアルカン酸(PHA)は自然界の植物成分からを原料として生産できる。そして、生分解性ポリヒドロキシアルカン酸を用いて、ナノファイバー構造体を作製し、広く不織布用途に用いることで、炭酸ガス増加を抑制することが可能となる。
【0045】
従来品であるポリプロピレン不織布は柔軟で強度があり、他の材料との密着性もいいので種々の用途に使われてきた。特に、ポリプロピレン不織布は、油分を吸収することから油吸着材としても使われている。本発明の実施例によるナノファイバー構造体の素材であるポリヒドロキシアルカン酸、或いはポリヒドロキシ酪酸などは、油のみならず有機溶剤及びその溶剤に可溶な有毒有機化合物を吸収することが、実験によって明らかになっている。
【0046】
例えば、この性質を用いて有機溶媒及びそれに熔けた有機化合物により汚染された海洋・河川・湖沼・地下水などを本発明の実施例によるナノファイバー構造体に通せば、汚染物資を濾過・吸収させ、清浄な水にすることが可能である。
【0047】
上述したように、本発明によるナノファイバー構造体(ナノファイバー膜)は、主に不織布として様々な用途に利用されることが期待される。
【符号の説明】
【0048】
CNT 容器
HPS 高電圧電源
NZL ノズル
SL 試料溶液
TS ターゲット基板
ESD エレクトロスプレーデポジション装置
WL ワイヤ