(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2022-12-23
(45)【発行日】2023-01-06
(54)【発明の名称】金属黒鉛質ブラシ
(51)【国際特許分類】
H01R 39/26 20060101AFI20221226BHJP
C22C 1/05 20230101ALI20221226BHJP
H01R 39/20 20060101ALI20221226BHJP
B22F 5/00 20060101ALI20221226BHJP
C22C 32/00 20060101ALI20221226BHJP
C22C 9/00 20060101ALI20221226BHJP
【FI】
H01R39/26
C22C1/05 R
H01R39/20
B22F5/00 S
C22C32/00 B
C22C9/00
(21)【出願番号】P 2019122666
(22)【出願日】2019-07-01
【審査請求日】2022-04-15
(73)【特許権者】
【識別番号】000006655
【氏名又は名称】日本製鉄株式会社
(73)【特許権者】
【識別番号】000220435
【氏名又は名称】株式会社ファインシンター
(74)【代理人】
【識別番号】110003155
【氏名又は名称】特許業務法人バリュープラス
(74)【代理人】
【識別番号】100089462
【氏名又は名称】溝上 哲也
(74)【代理人】
【識別番号】100129827
【氏名又は名称】山本 進
(72)【発明者】
【氏名】古賀 脩平
(72)【発明者】
【氏名】山岡 晃司
(72)【発明者】
【氏名】國枝 良太
(72)【発明者】
【氏名】天野 怜
(72)【発明者】
【氏名】長谷川 浩司
(72)【発明者】
【氏名】島添 功
【審査官】山下 寿信
(56)【参考文献】
【文献】特開平05-190240(JP,A)
【文献】国際公開第2011/024659(WO,A1)
【文献】特開2017-118620(JP,A)
【文献】特開2007-097244(JP,A)
【文献】国際公開第2006/080554(WO,A1)
【文献】特開2001-298913(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
H01R 39/26
C22C 1/05
H01R 39/20
B22F 5/00
C22C 32/00
C22C 9/00
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
メジアン径D50が50μm以下かつD95が75μm未満の、Cu粉末および/またはCu合金粉末を65~80質量%、メジアン径D50が10~80μmかつD95が175μm未満の黒鉛粉末を15~20質量%、を含む原料粉末を、成形した後焼結して得られる焼結体から成り、Tiを1.0~6.0質量%、Sを0.1~2.2質量%含み、前記焼結体の内部に、Tiの硫化物を含む塊状物が存在、および/または、Cuおよび/またはCu含有合金の粒界に、Tiの硫化物が存在する構造を有することを特徴とする金属黒鉛質ブラシ。
【請求項2】
前記焼結体に、Moを0.3~3.5質量%含むことを特徴とする請求項1に記載の金属黒鉛質ブラシ。
【請求項3】
前記Moの含有は、メジアン径D50が1~20μmかつD95が50μm以下のMoS
2を0.5~5.5質量%添加した原料粉末を、成形した後焼結することによって行うことを特徴とする請求項2に記載の金属黒鉛質ブラシ。
【請求項4】
前記焼結体に、0.5質量%以上、5.0質量%以下のSnを含むことを特徴とする請求項1~3の何れかに記載の金属黒鉛質ブラシ。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、例えば、車体やモーターからの帰線電流を車軸・車輪を通じてレールへ戻す、鉄道車両の接地装置を構成する接地ブラシとして使用される、金属黒鉛質ブラシに関するものである。
【背景技術】
【0002】
前記接地ブラシは、ばね装置によって車軸に嵌められた集電環に押付けられ、鉄道車両の走行によって集電環との接触面が摩耗して擦り減った場合でも、接地ブラシを一定圧で集電環に押付ける構成となっている。
【0003】
前記接地ブラシに適用される金属黒鉛質ブラシでは、潤滑性を高めて耐摩耗性を得るために、金属硫化物の潤滑剤を添加する技術が数多く報告されている。例えば、特許文献1では、硬質成分のWCと、金属硫化物の潤滑材のMoS2とWS2を含有させることで、耐摩耗性と潤滑性を保持する金属黒鉛質ブラシが開示されている。
【0004】
また、例えば、直流モーターのブラシとして、潤滑性を維持しつつ、摩擦熱と電流の抵抗熱による電気抵抗の上昇を抑制する方法として、特許文献2では、金属粉と混合する炭素質粒子の粒径を所定の範囲にした、金属炭素質ブラシが開示されている。
【0005】
しかしながら、100Aを超えるような大電流が流れ、高速回転する回転体と摺動する場合、金属黒鉛質ブラシの摺動面では、金属黒鉛質ブラシに含まれるCuが強く酸化したとみられる変色箇所がある。
【0006】
このことから、摺動する際、金属黒鉛質ブラシの摺動面では少なくとも300~500℃を超える温度になると考えられる。
【0007】
しかしながら、一般的な金属硫化物潤滑剤であるMoS2やWS2は、大気中400℃前後で酸化分解が促進されるため、潤滑効果が十分に得られず、耐摩耗性が低下するおそれがあり、かつ、潤滑性が低下する。従って、金属黒鉛質ブラシの摺動面と接する回転体の摺動面を強く摩耗させたり疵つけたりする攻撃性が高くなるおそれがあった。
【0008】
また、前記鉄道車両の接地装置のように、大電流が流れ高速回転体と接触する、金属黒鉛質ブラシの摺動面では、金属黒鉛質ブラシの構成粒子の脱粒跡と推定される、最大径100μm超のピットが頻繁にみられた。さらに、粗大な摩耗粉や、高速回転体に付着した凝着物が引っ掻いたと推定される、幅数十μm~数mmのスジも多数みられた。
【0009】
金属黒鉛質ブラシの摺動面に、多数の大きなピットやスジが形成された場合、高速回転体とブラシの接触面積が小さくなり、接触箇所への電流集中が起こり、抵抗熱がより発生し易くなる。そのため、金属黒鉛質ブラシの摺動面付近の材料組織が高温によって破壊され易い状態になり摩耗が促進するとともに、粗くなった金属黒鉛質ブラシの摺動面、および粗大な摩耗粉との接触で、摺動相手である高速回転体の摺動面が攻撃を受け易くなる問題があった。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0010】
【文献】特開平6-165442号公報
【文献】国際公開第2013/190822号パンフレット
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0011】
上記のような事情に鑑み、本発明の金属黒鉛質ブラシは、大電流が流れる高速回転体との摺動面において、大気中で高温になっても、金属黒鉛質ブラシに十分な潤滑性をもたせて耐摩耗性を維持し、かつ、金属黒鉛質ブラシと接触する高速回転体への攻撃性を低くすることを目的としている。
【課題を解決するための手段】
【0012】
本発明の金属黒鉛質ブラシは、
(1)メジアン径D50が50μm以下かつD95が75μm未満の、Cu粉末および/またはCu合金粉末を65~80質量%、メジアン径D50が10~80μmかつD95が175μm未満の黒鉛粉末を15~20質量%、を含む原料粉末を、成形した後焼結して得られる焼結体から成り、Tiを1.0~6.0質量%、Sを0.1~2.2質量%含み、前記焼結体の内部に、Tiの硫化物を含む塊状物が存在、および/または、Cuおよび/またはCu含有合金の粒界に、Tiの硫化物が存在する構造を有すること、
(2)さらに、前記焼結体に、Moを0.3~3.5質量%含むこと、
(3)前記Moの含有は、メジアン径D50が1~20μmかつD95が50μm以下のMoS2を0.5~5.5質量%添加した原料粉末を、成形した後焼結することによって行うこと、
(4)さらに、前記焼結体に、0.5質量%以上、5.0質量%以下のSnを含むこと、
を主要な特徴としている。
【発明の効果】
【0013】
本発明によれば、大電流が流れて高速回転する条件下での回転体との摺動面において、Cuが強く酸化されるような高温が生じる条件下でも、優れた耐摩耗性をもち、かつ、前記回転体への攻撃性が低い、金属黒鉛質ブラシを得ることができる。
【図面の簡単な説明】
【0014】
【
図1】実施例1~6及び比較例1~6の摩耗試験における通電電流値に対するブラシの摩耗量の変化を示した図である。
【
図2】(a)は実施例1、(b)は実施例4、(c)は実施例6の、ブラシ摺動面の表面を50倍の倍率で観察したときの写真である。
【
図3】(a)は比較例1、(b)は比較例5、(c)は比較例6の、ブラシ摺動面の表面を50倍の倍率で観察したときの写真である。
【
図4】(a)は実施例1、(b)は実施例4、(c)は実施例6の、ブラシ摺動面の試験前後の形状測定プロファイルを示した図である。
【
図5】(a)は比較例1、(b)は比較例5、(c)は比較例6の、ブラシ摺動面の試験前後の形状測定プロファイルを示した図である。
【
図6】(a)は実施例1、(b)は実施例6の、ブラシ焼結体部位の断面を200倍の倍率で観察したときの写真である。
【
図7】実施例6の断面SEM観察写真及び元素マッピングで、(a)は断面SEM観察写真、(b)はTiの元素マッピング、(c)はCuの元素マッピング、(d)はMoの元素マッピング、(e)はSの元素マッピングである。
【発明を実施するための形態】
【0015】
以下、本発明の金属黒鉛質ブラシについて詳細に説明する。
【0016】
本発明の金属黒鉛質ブラシは、
メジアン径D50が50μm以下かつD95が75μm未満の、Cu粉末および/またはCu合金粉末を65~80質量%、メジアン径D50が10~80μmかつD95が175μm未満の黒鉛粉末を15~20質量%、を含む原料粉末を、成形した後焼結して得られる焼結体から成り、Tiを1.0~6.0質量%、Sを0.1~2.2質量%含み、焼結体の内部に、Tiの硫化物を含む塊状物が存在、および/または、Cuおよび/またはCu含有合金の粒界に、Tiの硫化物が存在する構造を有することを最も主要な特徴としている。
【0017】
上記特徴により、大電流が流れて高速回転する条件下での回転体との摺動面において、Cuが強く酸化されるような高温条件下でも、従来の金属黒鉛質ブラシよりも、優れた耐摩耗性をもち、かつ、摺動相手である回転体への攻撃性を低減することができる。
【0018】
本発明では、メジアン径D50が50μm以下かつD95が75μm未満の、Cu粉末および/またはCu合金粉末を65~80質量%、メジアン径D50が10~80μmかつD95が175μm未満の黒鉛粉末を15~20質量%で含む原料粉末を使用している。これにより、大電流が流れて高速回転する条件で、回転体と摺動する金属黒鉛質ブラシの摺動面において、粗大摩耗粉の発生を抑制し、形成されるピットを小さくして、摺動相手である回転体への攻撃性を低減することができる。
【0019】
金属黒鉛質ブラシでは、Cu粉末および/またはCu合金粉末と黒鉛粉末は、焼結体が正常に得られるような焼結温度では、反応して結合することはない。焼結体の機械的強度と耐摩耗性には、Cu粉末および/またはCu合金粉末どうしの結合の寄与が大きいが、Cu粉末および/またはCu合金粉末のみでは、潤滑性が悪く、摺動相手である回転体への攻撃性が大きくなるため、黒鉛により潤滑性を付与している。
【0020】
そこで、本発明では、金属黒鉛質ブラシの、機械的強度と耐摩耗性、摺動相手である回転体への攻撃性のバランスをとるように、原料粉末における、Cu粉末および/またはCu合金粉末と黒鉛粉末の粒径(メジアン径D50およびD95)と含有量を、前記した範囲に決定している。
【0021】
本発明において、Cu粉末および/またはCu合金粉末は、メジアン径D50が50μm以下かつD95が75μm未満としている。メジアン径D50およびD95がこれらより大きいと、摩耗粉が大きいことによる摺動相手である回転体への攻撃性を無視できなくなる。一方、メジアン径D50およびD95が小さいほど、摩耗粉が微細になり、前記回転体への攻撃性がより低減されると推測できるが、あまり微細に過ぎると、成形性が著しく悪化したり、大気中で酸化し易くなって不活性雰囲気中での取り扱いが必要になるなど、一般的な粉末冶金工程で製造することができなくなる。また、一般に、Cu粉末および/またはCu合金粉末は、微細な粒径ほど高価なため、材料コストを抑える観点からも、過度に微細な粉末を使用するのは好ましくない。所望のブラシ性能を得ることだけでなく、生産性とコストを考慮すると、Cu粉末および/またはCu合金粉末のメジアン径D50は20~50μm、D95は75μm未満が適当である。なお、D95の下限値は、メジアン径D50およびD95の定義から自動的にメジアン径D50の数値以上となる。
【0022】
本発明では、Cu粉末および/またはCu合金粉末を、原料粉中に65~80質量%含有させる。これより少ないと、ブラシの電気抵抗率と機械的強度が不十分になるおそれがある。また、これより多いと、黒鉛粉末を十分に含有することができず、ブラシの潤滑性が不足し、摺動相手である回転体への攻撃性が大きくなるおそれがある。
【0023】
本発明に使用するCu粉末は、電解金属純Cu粉末であり、純度は99.9%以上のものが望ましい。Cu含有合金粉とは、CuとSn、Zn、Al、Ni、Co、P、Be、Ti、Zr、Crとの1種または複数から成る合金粉を指す。なお、Cu含有合金は、機械的性質及び電気特性、生産性とコストから、CuとSnの青銅系、CuとSnとPのリン青銅系、CuとZnの黄銅系が望ましい。
【0024】
Cu含有合金粉は、原料粉末として加えても良いし、Cu粉末と合金成分の金属粉末を原料粉末に混合して、焼結により合金化しても良い。
【0025】
本発明では、黒鉛粉末は、メジアン径D50が10~80μmかつD95が175μm未満のものを使用する。メジアン径D50が10μm未満であると、混合するCu粉末および/またはCu合金粉末の粒子間を分断するように入り込み、一般的な金属黒鉛質ブラシを得る焼結温度ではCuと黒鉛は結合できないため、焼結時にCu成分の結合が不十分になり、ブラシの電気特性と機械的強度が低くなるおそれがある。一方、メジアン径D50が80μmを超えると、粗大な黒鉛粉が含まれる量が多くなり、ブラシとして使用したとき、摺動面で黒鉛粒子が脱落して大きなピットが形成され、ブラシの摩耗促進および摺動相手である回転体への攻撃性増大につながるおそれがある。また、D95が175μmを超える場合も、同様の理由から望ましくない。
【0026】
本発明では、黒鉛粉末を、原料粉中に15~20質量%含有させる。これより少ないと、ブラシの潤滑性が不十分になり、摺動相手である回転体への攻撃性が増大してしまう。また、これより多いと、Cu成分を十分に含有することができず、電気抵抗率の増加と、機械的強度の低下が無視できなくなる。
【0027】
本発明では、焼結体中に、TiおよびSを含有させる。Tiは、Sとの硫化物として存在するものでも良い。
【0028】
Tiの硫化物としては、TiS、TiS2、Ti2S3、Ti3S4など整数比の硫化物、その他に、Ti1.08S2のような不定比硫化物を含む。
【0029】
Tiの硫化物のほとんどは、MoS2と同じく、六方晶系で、層状の結晶構造をもち、結合の弱い層間がずれることで、高い潤滑作用を示す。
【0030】
Tiの硫化物、例えば、TiS2では、大気中での酸化分解が開始される温度は、約380℃とMoS2と同等であるが、最表面に酸化被膜を形成して、内部の酸化が進みにくくなる特徴をもつため、高温条件下の大気中でも高い潤滑性をもつ。
【0031】
Tiの硫化物を含む塊状物は、球状、板状、棒状、ひも状、多角形状、或いは不定形の、単一の塊、或いは、これらの形状をもつ塊の集合物を指す。
【0032】
Cuおよび/またはCu含有合金の粒界とは、Cuおよび/またはCu含有合金の粒子の境界を指す。
【0033】
本発明は、上記構成に加えて、前記焼結体に、Moを含有させてもよい。Moは、MoS2の粉末が由来となる。
【0034】
すなわち、Moは、硫化物として、原料混合粉から添加される。添加する硫化物としては、MoS2が望ましい。
【0035】
MoS2の、大気中での酸化分解が開始される温度は、約380℃であるが、大電流が流れる高速回転体との摺動面では、Cuが酸化変色される部分があることから、少なくとも300~500℃の温度に到達していると考えられ、MoS2は酸化分解が進み、潤滑性が不十分になるおそれがある。
【0036】
本発明では、MoS2をSの供給源を主目的として添加する。もちろん、酸化分解されていないMoS2は、分解に至るまで、潤滑剤として作用することが期待できる。
【0037】
金属黒鉛質ブラシの焼結体は、通常は、成形体を還元性あるいは不活性雰囲気中で加熱し焼結するが、成形体中に残存する水や酸素によって、MoS2が酸化分解されて、Sが遊離し、還元性ガスや水の水素と結びついてH2Sが発生する。このとき、焼結体の中に、Moよりも硫化物を形成しやすい成分がなければ、H2Sは焼結体から放出される。
【0038】
Tiは、硫化物の標準生成エネルギー変化量が、Mo、Cu、C、Snなど、金属黒鉛質ブラシに含まれる他の成分よりも大きく、硫化物をより形成しやすい。そのため、焼結において、Tiを共存させることで、MoS2の分解で生じたH2Sの多くが、Tiと反応し、Tiの硫化物を形成する。
【0039】
Tiの硫化物は、本発明の焼結体の内部に塊状物として存在、および/または、Cuおよび/またはCu含有合金の粒界に存在する。Tiの硫化物は、塊状物だけで存在する方が、ブラシの耐摩耗性をより高めることが期待できる。Tiの硫化物が、Cuおよび/またはCu含有合金の粒界にも存在した状態では、Cuおよび/またはCu含有合金の粒子間結合が細くなっていると考えられ、粒子間結合が弱い状態である。通電電流がより大きいと抵抗熱もより高くなるので、Cuおよび/またはCu含有合金の結合が破壊され易くなると考えられる。そのため、Tiの硫化物が、Cuおよび/またはCu含有合金の粒界にも存在することで、分散性が向上して潤滑性が高くなるが、その効果から期待されるほどブラシの耐摩耗性は高くならない。
【0040】
Tiの硫化物は、粉末で原料混合粉に添加することで、焼結体中に含有させることができる。しかしながら、Tiの硫化物はとても高価であるため、材料コストの観点から、Tiを単体金属粉末として原料混合粉に添加し、焼結により硫化物とすることが好ましい。
【0041】
また、Tiの硫化物は、焼結後の再圧縮で機械的に押し延ばされ易く、押し延ばされたり、断裂したCuおよび/またはCu含有合金の粒界に入り込むことで、その粒界に分布するようになる。これに対し、焼結と同様に、還元性あるいは不活性雰囲気中で、焼結温度と同温以上、より好ましくは焼結温度よりも20~100℃程度高温で再熱処理を行うと、Cuおよび/またはCu含有合金の粒子間結合が再形成され、Tiの硫化物が粒界から押し出され、Cuおよび/またはCu含有合金の粒界に分布し難くなる。このような材料構造にすることで、ブラシの耐摩耗性を期待通りに高めることができる。
【0042】
本発明では、焼結体中に含ませる、Tiは1.0~6.0質量%、Sは0.1~2.2質量%とする。Tiは、Sとの硫化物として存在するものを含む。TiとSの含有量が前記範囲より少ないと、高温条件下での潤滑性が、十分に得られないおそれがある。また、前記範囲より多いと、ブラシの電気抵抗率の増加と、機械的強度の低下が無視できなくなる。また、Tiは、単体金属だと、相手材である回転体の摺動面に対し、凝着物を削り除去するクリーニング効果を示すが、Tiが前記範囲よりも多く、Sが前記範囲よりも少ないと、前記回転体への摩耗作用が強くなり過ぎ、攻撃性が増大するおそれがある。また、Tiが前記範囲よりも少なく、Sが前記範囲よりも多いと、Tiによるクリーニング効果が無くなり、前記回転体への凝着が起こりやすく、ブラシの摩耗が促進されるおそれがある。
【0043】
本発明において、焼結体に含有させるMoは、0.3~3.5質量%とする。この範囲に規定するのは、先に説明したように、所望の潤滑性を得るためである。すなわち、0.3質量%よりも少ない場合は所望の潤滑性を得ることができない一方、3.5質量%より多い場合は、MoS2の添加量が過剰になり、焼結性を悪化させて材料物性が不十分になるおそれがあるからである。
【0044】
その際、前記Moの含有は、メジアン径D50が1~20μmかつD95が50μm以下のMoS2を0.5~5.5質量%添加した原料粉末を、成形し、焼結することによって行うことができる。メジアン径D50が1μm未満であると、原料混合粉中での分散性がより向上できることが期待されるが、凝集しやすくなるなど、ハンドリングが難しいため、製造工程にその対策が必要になり、さらに、原料粉として過度に高価になり、生産性とコストに悪影響を及ぼしかねない。一方、20μmより大きいと、原料混合粉中での分散性の低下が無視できなくなる。さらに、D95が50μmよりも大きいと、焼結での分解跡にできる空孔による機械的強度の低下と電気抵抗率の上昇が無視できなくなる。また、MoS2の添加量が0.5質量%未満であると、本発明における潤滑効果が十分に得られない一方、5.5質量%よりも多いと、焼結性を悪化させ、材料物性が不十分になるおそれがある。
【0045】
本発明において、前記焼結体に、0.5質量%以上、5.0質量%以下のSnを含ませてもよい。より好ましくは、0.5質量%以上、2.0質量%以下である。Snの含有量が0.5質量%未満であると、CuをSn合金化することによる機械的強度の向上効果が不十分である一方、5.0質量%より多いと、CuをSn合金化したことによる硬さ向上が過剰となり、摺動相手となる回転体への攻撃性の増大が無視できなくなる。また、電気抵抗率の増大も無視できなくなる。
【0046】
以下、本発明の金属黒鉛質ブラシの製造方法について説明する。
【0047】
本発明の金属黒鉛質ブラシは、各原料成分を含む原料混合粉を成形した後焼結することで得られる焼結体から成る。
【0048】
原料成分として、例えば、Tiの金属粉末、MoS2の粉末、黒鉛、銅粉と、必要に応じ、SnやZnの金属粉、PとしてCu3Pなどのリン銅粉末を添加して混合し、原料混合粉とする。混合に際し、ステアリン酸亜鉛、オレイン酸アミドなどの、分散剤を適量で添加することが好ましい。
【0049】
前記原料混合粉を成形する。成形に際して、必要に応じて公知の有機バインダー、焼結助剤等を適宜添加してもよい。成形方法は、粉末冶金分野で従来から知られている方法を採用でき、例えば、プレス法、CIP法、HIP法、MIM法等により成形することができる。成形圧は、通常3~8ton/cm2程度とすれば良いが、最終的に得られる焼結体のかさ密度が、通常4.7~6.5g/cm3程度、好ましくは5.1~5.6g/cm3となるように設定できれば上記成形圧の範囲外であってもよい。
【0050】
得られた成形体を、還元性雰囲気(アンモニア分解ガス、炭化水素の変成ガス、水素ガス等)、または不活性ガス雰囲気で、焼結温度700~1100℃にて、30~180分間の焼結を行う。この焼結で、成形体中に残存する水と酸素により、MoS2が分解し、Tiが硫化物を形成する。焼結での加熱の方法は、所望の密度および材料特性が得られるなら、特に制限はない。
【0051】
本発明の焼結体において、Tiが硫化物を形成させるために、MoS2の粉末を添加せず、Tiの金属粉末を添加した、原料混合粉末を成形して得られた成形体を、還元性ガス、または不活性ガスに、CS2やH2Sなどの硫化物ガスを含めた雰囲気にて、焼結温度700~1100℃にて、30~180分間の焼結を行ってもよい。これにより、Tiの金属粉末が、硫化物ガスと反応し、Tiの硫化物を形成させることができる。しかしながら、成形体中の他の成分まで硫化させないよう、条件制御に注意が必要なことや、可燃性かつ腐食性の硫化物ガス雰囲気を管理できる設備が必要であり、MoS2の粉末を添加する方が、還元性雰囲気または不活性雰囲気で焼結できる焼結炉であれば、種類を特に選ばないことから、生産性とコストがより優れている。
【0052】
得られる焼結体は、焼結時に、主に黒鉛が成形加圧の歪みを開放するため、成形体よりも膨張することが多い。そのため、所望の密度および材料特性が得られないときは、適宜、再圧縮、さらに必要に応じて再熱処理を行い、所望の密度および材料特性が得られるようにする。
【0053】
また、焼結中における焼結体の膨張を防ぐ方法として、適当な荷重をかけながら焼結を行う加圧焼結を適用できる。これによれば、焼結での膨張を抑え、高密度な焼結体が得られるので、その後の再圧縮や、再熱処理の工程を省略できる。しかしながら、加圧焼結炉は、バッチ式で、炉内空間を加圧用治具が占める割合が大きいので、ワークの処理量を多くするのが難しく、プッシャー炉などに比べて、焼結工程での処理効率が低下することを考慮しなければならない。
【0054】
以上、本発明の実施形態について説明したが、本発明はこうした例に何ら限定されるものではなく、本発明の要旨を逸脱しない範囲において種々なる形態で実施し得ることは勿論である。
【実施例】
【0055】
以下、実施例に基づき、本発明の実施形態をより具体的に説明するが、本発明はこれらの実施例に限定されるものではないことは言うまでもない。
【0056】
[実施例1~6及び比較例1~6]
下記表1に示す配合で、各成分を、Vミキサーを用いて30分間攪拌混合した後、4ton/cm2の加圧力で、100×50×11mmのサイズの板状に成形した。得られた成形体を、アンモニア変成ガス雰囲気中にて、実施例1~6、比較例1~4及び6は850℃、比較例5は880℃にて、各々120分間の焼結を行った。その後、2.0ton/cm2の加圧力で再圧縮を実施し、実施例6はここで工程を終了とした。その後、実施例6を除いた各水準に対し、アンモニア変成ガス雰囲気中にて910℃にて各々120分間の再熱処理を行い、実施例1~5、及び比較例1~6の焼結体を得た。得られた焼結体の組成を下記表2に示す。下記表2において表示する組成は、各化合物の組成ではなく、焼結体中に含まれる各金属元素の質量比で表示する。また、実施例および比較例で使用したCu粉末と黒鉛粉末の粒度分布を下記表3に示す。
【0057】
【0058】
【0059】
【0060】
すなわち、実施例1~6は本発明の要件をすべて満たしているのに対し、比較例1はSを含まない点で本発明の要件を満たしていない。また、比較例2はTi及びSの配合量が本発明の要件を満たしていない。また、比較例3,4はTiの配合量が本発明の要件を満たしていない。また、比較例5は原料粉末中のCu粉末のメジアン径D50とD95が本発明の要件を満たしていない。また、比較例6は原料粉末中の黒鉛粉末のメジアン径D50とD95が本発明の要件を満たしていない。
【0061】
(材料特性評価試験)
得られた各実施例及び比較例の焼結体について、電気抵抗率(μΩ・cm)、曲げ強さ(kgf/cm2)、ロックウェル硬さHRLを測定した。各測定方法は、以下の通りである。
【0062】
≪電気抵抗率≫
すり板を55×10×10mmの試験片とし、精密給電位差計を用い、電極間距離を15mmとして、前記試験片の異なる2面内においてそれぞれ測定し、その平均電位差より電気抵抗率を算出した。
【0063】
≪曲げ強さ≫
焼結体を55×10×10mmの試験片とし、支点間距離が40mm、支点の曲率半径が1.5mmの支持台に、前記試験片を、成形加圧面を上面として水平に置き、アムスラ型材料試験機(標準容量200kgf-cm)に取付けた、先端の曲率半径3.0mmの加圧くさびで、試験片の中央に毎秒約2kgf/cm2で加圧し、試験片が破壊したときの最大荷重を測定し、下記式にて曲げ強さを算出した。なお、下記式中の、σは曲げ強さ(kgf/cm2)、Pは試験片の破壊最大荷重(kgf)、Lは支点間距離(mm)、Bは試験片の幅(mm)、Hは試験片の厚さ(mm)である。
σ=(300・P・L)/(2・B・H2)
【0064】
≪ロックウェル硬さHRL≫
金属黒鉛質ブラシの焼結体は、一般的な金属焼結体に比べてかなり柔らかいため、金属材料に関するロックウェル硬さの測定方法を示すJIS Z 2245の評価は適切ではないので、プラスチックに関するJIS K 7202の示す方法により評価した。
【0065】
材料特性の評価結果を、下記表4に示す。
【0066】
【0067】
表4より、実施例1~6、比較例1~6とも、密度、硬さ、電気抵抗率、曲げ強さは目標値の範囲内であることを確認した。
【0068】
(摩耗特性評価試験)
得られた実施例と比較例の焼結体から、試験用ブラシを作成した。作成した試験用ブラシについて、通電回転摩耗試験機にて摩耗試験を実施した。摩耗試験は、材質STK500のφ234mmの鉄鋼環を、周速21.1m/sで回転させ、そこへ試験用ブラシを49Nの荷重で押付けながら摺動させて実施した。鉄鋼環は、先に実施した試験の影響を避けるため、試験毎に表面を研磨して摺動痕を無くしてから使用した。摩耗試験を実施するにあたり、新品ブラシの摺動部分は、加工誤差のため、初期は、しばしば鉄鋼環と接触しない面積の方が多く、そのまま通電した場合、ブラシと鉄鋼環の隙間でアーク放電が発生して、ブラシ性能に関係ない要因で摩耗が進行するため、摩耗試験前に、試験用ブラシを取付けた後、ブラシと鉄鋼環の摺動面の接触面積が約80%以上になるまで、無通電にてならし運転を行った。ならし運転終了後、摩耗試験として、摺動時間は100時間で、通電電流は、無通電、140A、240Aにて行った。摩耗量は、試験ブラシのならし運転後と摩耗試験後の全長の差を測定し、評価した。
【0069】
焼結体の試験ブラシの摩耗特性評価の結果を、下記表5および
図1に示す。
【0070】
【0071】
表5および
図1より、本発明で規定する要件をすべて満たす実施例1~6は、本発明で規定する要件の何れかを満たさない比較例1~6に比べ、摺動摩耗量が抑えられていることが分かる。
【0072】
摩耗特性評価試験に使用した鉄鋼環は金属黒鉛質ブラシよりも硬く、はるかに耐摩耗性が高いため、ブラシの鉄鋼環への攻撃性を直接に評価するには、年単位の試験時間が必要となる。そこで、評価までの時間短縮のため、ブラシ摺動面の表面状態を評価し、間接的に鉄鋼環への攻撃性の評価を行った。ブラシの摺動面に、より多くより大きいスジがみられる場合、鉄鋼環への摩耗粉の凝着が多いことを示すと考えた。また、より多くより大きなピットがみられる場合、より大きな摩耗粉が発生して鉄鋼環を疵付け易いと考えた。ブラシ摺動面の評価は、金属顕微鏡による表面観察および形状測定による凹凸測定によって行った。評価結果を
図2~
図5に示す。
【0073】
本発明で規定する要件をすべて満たす実施例1,4,6は、
図4より明らかなように、ブラシ摺動面の表面状態が円滑で、
図2にみられるように、ブラシの摺動面に大きいスジが見られなかった。一方、本発明で規定する要件の何れかを満たさない比較例1,5,6は、
図5より明らかなように、ブラシ摺動面の表面状態が滑らかではなく、
図3にみられるように、ブラシの摺動面に大きいスジが見られた。
【0074】
(材料構造評価)
得られた実施例1および実施例6の焼結体の破断面を鏡面研磨し、金属顕微鏡により組織観察を行った。その結果を
図6に示す。実施例1では、Cu合金粒子間に粒界はほとんど見られないが、実施例6では、それが多数見ることができる。また、粒界には、薄い灰色の黒鉛とは明らかにコントラストの異なる形成物が存在しており、実施例1とは、配合組成が同じであるが、材料組織は明らかに異なっていることが確認できる。
【0075】
実施例6について、SEM-EDSによる元素マッピング解析を行った。その結果を
図7に示す。
図7より明らかなように、実施例6では、Cu合金粒子の粒界において、Moが無く((d)図)、TiとSの分布が明確に重なる箇所が広く連続して確認された((b)図および(e)図)。また、Ti含有の塊状物においても、同様に、Sが強く検出された((e)図)。このことから、添加したMoS
2が分解し、遊離したSが、新たにTiと硫化物を形成したことが予想できる。
【0076】
以上、説明したように、本発明によれば、焼結体中に、塊状物、およびCu合金の粒界にTiの硫化物を存在させることができるので、摺動面が高温になる使用条件においても、優れた耐摩耗性を実現する。