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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2022-12-26
(45)【発行日】2023-01-10
(54)【発明の名称】高強度ボルト用鋼及びその製造方法
(51)【国際特許分類】
   C21D 8/06 20060101AFI20221227BHJP
   C22C 38/00 20060101ALI20221227BHJP
   C22C 38/34 20060101ALI20221227BHJP
【FI】
C21D8/06 A
C22C38/00 301Z
C22C38/34
【請求項の数】 8
(21)【出願番号】P 2018221563
(22)【出願日】2018-11-27
(65)【公開番号】P2020084276
(43)【公開日】2020-06-04
【審査請求日】2021-09-15
(73)【特許権者】
【識別番号】000003713
【氏名又は名称】大同特殊鋼株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】110001184
【氏名又は名称】弁理士法人むつきパートナーズ
(72)【発明者】
【氏名】木南 俊哉
(72)【発明者】
【氏名】井上 圭介
【審査官】相澤 啓祐
(56)【参考文献】
【文献】特許第6992535(JP,B2)
【文献】特開2003-147480(JP,A)
【文献】特開2005-082820(JP,A)
【文献】特開2007-254774(JP,A)
【文献】特開2013-139631(JP,A)
【文献】特開2005-029870(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C21D 8/00- 8/10
C22C 38/00-38/60
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
き戻しマルテンサイト組織からなり引張強度を1400MPa以上とするとともに通常速度法(CSRT法)により計測された局所限界水素濃度を1.5ppm以上とする高強度ボルト用鋼の製造方法であって、
質量%で、
C:0.55%を超えて0.80%以下、
Si:1.0%を超えて2.9%以下、
Cr:0.80%以上1.50%以下、
Al:0.010%以上0.060%以下、
N:0.005%以上0.030%以下、
残部Fe及び不可避的不純物からなる成分組成を有する鋼からなる鋼塊を準備し、
オーステナイト領域である加熱温度に昇温した上で再結晶化をさせない所定温度以下かつマルテンサイト変態開始温度以上の加工温度で加工率50%以上の塑性加工を与えてから焼入れし、さらに焼き戻しをすることで前記焼き戻しマルテンサイト組織を得ることを特徴とする高強度ボルト用鋼の製造方法。
【請求項2】
前記加熱温度は900℃以上、前記所定温度は850℃であることを特徴とする請求項1記載の高強度ボルト用鋼の製造方法。
【請求項3】
前記焼き戻しは500℃以上の温度で保持することを特徴とする請求項1又は2に記載の高強度ボルト用鋼の製造方法。
【請求項4】
前記成分組成において、質量%で、
Mo:0.80%以上1.50%以下、及び/又は、
V:0.05%以上0.50%以下、
をさらに含むことを特徴とする請求項1乃至3のうちの1つに記載の高強度ボルト用鋼の製造方法。
【請求項5】
前記成分組成において、質量%で、Mn:0.80%以下、Nb:0.10%以下、Ti:0.10%以下、P:0.015%以下、S:0.010%以下、のうち1種又は2種以上を含むことを特徴とする請求項1乃至4のうちの1つに記載の高強度ボルト用鋼の製造方法。
【請求項6】
き戻しマルテンサイト組織からなり引張強度を1400MPa以上とする高強度ボルト用鋼であって、
質量%で、
C:0.55%を超えて0.80%以下、
Si:1.0%を超えて2.9%以下、
Cr:0.80%以上1.50%以下、
Al:0.010%以上0.060%以下、
N:0.005%以上0.030%以下、
残部Fe及び不可避的不純物からなる成分組成を有し、
通常速度法(CSRT法)により計測された局所限界水素濃度を1.5ppm以上とすることを特徴とする高強度ボルト用鋼。
【請求項7】
前記成分組成において、質量%で、
Mo:0.80%以上1.50%以下、
をさらに含むことを特徴とする請求項6記載の高強度ボルト用鋼。
【請求項8】
前記成分組成において、質量%で、Mn:0.80%以下、Nb:0.10%以下、Ti:0.10%以下、P:0.015%以下、S:0.010%以下、のうち1種又は2種以上を含むことを特徴とする請求項6又は7に記載の高強度ボルト用鋼。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、引張強度を800MPa超とする高強度ボルト用鋼及びその製造方法に関し、特に、1400MPa以上の引張強度を有するとともに耐遅れ破壊性に優れる高強度ボルト用鋼及びその製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
引張強度において800MPaを超える高強度ボルト(高力ボルト)が土木・建築分野などで用いられている。このような高力ボルトにおいては、しばしば水素の拡散に起因する遅れ破壊が問題となる。特に、引張強度を1400MPa程度以上までに高めた高強度ボルトの開発も求められており、このような高強度化に併せて遅れ破壊を抑制するこが高強度ボルトの素材である高強度ボルト用鋼に求められる。
【0003】
例えば、特許文献1では、引張強度120~140kgf/mm級の高強度ボルト用鋼に関して、一般に引張強度120kgf/mmを超えると耐遅れ破壊性が著しく劣化することを述べている。ここでは、C:0.3~0.5%、Si:0.1%以下、Mn:0.1~0.5%、P:0.015%以下、S:0.010%以下、Cr:0.3~1.5%、Mo:0.1~0.5%の成分組成を有する鋼を用いて、造塊、鍛造、焼きならしを施した後、850℃から焼入れした後に焼き戻す高強度ボルト用鋼の製造方法を開示している。酸素との親和力の強いSi及びMnを減じて粒界酸化を抑制して耐遅れ破壊性を向上させるとしている。
【0004】
また、特許文献2では引張強度1500MPa以上の高い引張強度を有する高強度ボルト用鋼について、耐遅れ破壊性を高める製造方法を開示している。少なくとも、Ni:0.8~2.4%、V:0.15~0.40%を含ませた鋼について、1175K(902℃)以上の温度から焼入れ、850K(577℃)以上の温度で焼き戻しをする。二次硬化に寄与するVの炭化物に水素を捕捉させるようにしたことで、耐遅れ破壊性を向上させ得る。
【0005】
このような引張強度1400MPa以上の高強度鋼に関し、耐遅れ破壊性を向上させることについて研究がなされている。
【0006】
例えば、非特許文献1では、圧延によるオースフォーミングを用いた高強度炭素鋼の製造方法を開示している。ここでは、0.42%のCを含有するJIS SCM440鋼を用い、1050℃に加熱して810℃を仕上げ温度とした減面率50%の圧延をして水焼入れを行うオースフォーミングの後、焼き戻しによって引張強度を1450MPaに調整している。オースフォーミングをしない場合に比べて、旧オーステナイト粒界上のフィルム状セメンタイトを低減させ、粒界を強化することで耐遅れ破壊性を向上させることができるとしている。
【0007】
ところで、破壊は統計処理によって確率的に評価されるが、遅れ破壊については、浸入水素量と破壊頻度に基づく限界散性水素濃度によって評価されることになる。また、遅れ破壊が顕著となる鋼においては、鋼材全体の平均水素量である限界拡散性水素濃度に代えて、破壊起点となり得る部位の水素濃度に着目した局所限界水素濃度によって遅れ破壊に対する耐性を考慮することも提案されている。かかる局所限界水素濃度の取得方法としては、定荷重試験(CLT:Constant Load Test)、低ひずみ速度法(SSRT:Slow Strain Rate Technique)、通常速度法(CSRT:Conventional Strain Rate Technique)、4点曲げ法(4 Point Bending method)などが提案されている(非特許文献2及び3)。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0008】
【文献】特開昭61-117248号公報
【文献】特開平8-225845号公報
【非特許文献】
【0009】
【文献】S.Yusa,K.Tsuzaki and T.Takahashi共著、「オースフォーム処理を行った高強度炭素鋼の遅れ破壊特性に及ぼす焼戻し条件の影響」、CAMP-ISIJ、一般社団法人日本鉄鋼協会、Vol.12(1999)-1296
【文献】「高力ボルトの遅れ破壊特性評価ガイドブック」、日本鋼構造協会JSSCテクニカルレポート、No.91(2010)
【文献】「高力ボルトの遅れ破壊評価法ガイドライン」、日本鋼構造協会(2014)
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0010】
ここまで引張強度1400MPa以上の高強度ボルト用鋼については、特許文献2に示すように、Niの添加によって機械強度を得た上で耐遅れ破壊性を確保していた。しかし、Niは材料としては高価であり、これを低減したいとの要望がある。
【0011】
本発明は、上記したような状況に鑑みてなされたものであって、その目的とするところは、Ni量を減じつつ、1400MPa以上の高い引張強度と優れた耐遅れ破壊性を得られる高強度ボルト用鋼及びその製造方法を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0012】
本願発明者らは、Ni量を減じ、または、これを添加せずとも高い引張強度と優れた耐遅れ破壊性を得られる高強度ボルト用鋼を得るべく、オースフォーミングの適用の可能性について鋭意検討した。その結果、0.55質量%を超えて多くCを含有させた鋼においてはオースフォーミングの適用で上記したような特性を有する高強度ボルト用鋼を得られることを見出した。
【0013】
すなわち、本発明による高強度ボルト用鋼の製造方法は、主として焼き戻しマルテンサイト組織からなり引張強度を1400MPa以上とするとともに通常速度法(CSRT法)により計測された局所限界水素濃度を1.5ppm以上とする高強度ボルト用鋼の製造方法であって、質量%で、C:0.55%を超えて0.80%以下、Si:1.0%を超えて2.9%以下、Cr:0.80%以上1.50%以下、Al:0.010%以上0.060%以下、N:0.005%以上0.030%以下、残部Fe及び不可避的不純物からなる成分組成を有する鋼からなる鋼塊を準備し、オーステナイト領域である加熱温度に昇温した上で再結晶化をさせない所定温度以下かつマルテンサイト変態開始温度以上の加工温度で加工率50%以上の塑性加工を与えてから焼入れし、さらに焼き戻しをすることで前記焼き戻しマルテンサイト組織を得ることを特徴とする。
【0014】
かかる発明によれば、Niを添加せずとも高い引張強度と優れた耐遅れ破壊性を有する高強度ボルト用鋼を製造できる。
【0015】
上記した発明において、前記加熱温度は900℃以上、前記所定温度は850℃であることを特徴としてもよい。かかる発明によれば、加工温度での加工によって確実に粒界を強化させて耐遅れ破壊性を向上させ得る。
【0016】
上記した発明において、前記焼き戻しは500℃以上の温度で保持することを特徴としてもよい。かかる発明によれば、焼き戻しマルテンサイト組織を確実に得て、引張強度と耐遅れ破壊性を確保し向上させ得る。
【0017】
上記した発明において、前記成分組成において、質量%で、Mo:0.80%以上1.50%以下、及び/又は、V:0.05%以上0.50%以下、をさらに含むことを特徴としてもよい。また、前記成分組成において、質量%で、Mn:0.80%以下、Nb:0.10%以下、Ti:0.10%以下、P:0.015%以下、S:0.010%以下で含み得ることを特徴としてもよい。かかる発明によれば、上記した引張強度と耐遅れ破壊性とのそれぞれを確保した上で、さらに引張強度及び/又は耐遅れ破壊性を向上させ得る。
【0018】
さらに、本発明による高強度ボルト用鋼は、主として焼き戻しマルテンサイト組織からなり引張強度を1400MPa以上とする高強度ボルト用鋼であって、質量%で、C:0.55%を超えて0.80%以下、Si:1.0%を超えて2.9%以下、Cr:0.80%以上1.50%以下、Al:0.010%以上0.060%以下、N:0.005%以上0.030%以下、残部Fe及び不可避的不純物からなる成分組成を有し、通常速度法(CSRT法)により計測された局所限界水素濃度を1.5ppm以上とすることを特徴とする。
【0019】
かかる発明によれば、Niを添加せずとも高い引張強度と優れた耐遅れ破壊性を有する高強度ボルト用鋼とし得る。
【0020】
上記した発明において、前記成分組成において、質量%で、Mo:0.80%以上1.50%以下、及び/又は、V:0.05%以上0.50%以下、をさらに含むことを特徴としてもよい。また、前記成分組成において、質量%で、Mn:0.80%以下、Nb:0.10%以下、Ti:0.10%以下、P:0.015%以下、S:0.010%以下で含み得ることを特徴としてもよい。かかる発明によれば、上記した引張強度と耐遅れ破壊性とのそれぞれを確保した上で、さらに引張強度及び/又は耐遅れ破壊性を向上させ得る。
【図面の簡単な説明】
【0021】
図1】実施例及び比較例に用いた鋼種A~Dの成分組成の表である。
図2】実施例及び比較例の製造条件と各種試験結果の一覧表である。
図3】CSRT法用試験片の側面図(a)及び部分拡大図(b)である。
図4】曲げ遅れ破壊試験片の側面図(a)及び部分拡大図(b)である。
図5】曲げ遅れ破試験の説明図である。
【発明を実施するための形態】
【0022】
本発明による1つの実施例としての高強度ボルト用鋼の製造方法について、図1を用いて説明する。
【0023】
本実施例における高強度ボルト用鋼の製造方法においては、まず、所定の成分組成の鋼塊を準備する。かかる成分組成は、詳細には、質量%で、C:0.55%を超えて0.80%以下、Si:1.0%を超えて2.9%以下、Mn:0.8%以下、P:0.015%以下、S:0.010%以下、Cr:0.8%以上1.5%以下、Al:0.01%以上0.06%以下、N:0.005%以上0.03%以下を含有する。このような成分組成の鋼として鋼種Aを図1に例示した。
【0024】
また、かかる成分組成としては、さらに、質量%で、Mo:0.8%以上1.5%以下、V:0.005%以上0.5%以下、Nb:0.1%以下、Ti:0.1%以下、のうち1種又は2種以上を含むこととしてもよい。このような成分組成の鋼として鋼種Bを図1に例示した。
【0025】
続いて、オースフォーミングを施す。詳細には、上記した鋼塊をオーステナイト領域である900℃以上の加熱温度まで加熱する。特に、加熱温度については、焼入れ前の炭化物を固溶させて母相のC濃度を高め、オーステナイト単相組織を得るようになされる。続いて、所定範囲の加工温度において加工率50%以上で塑性加工する。加工温度はオーステナイトの加工硬化を得られるように再結晶化をさせない温度、例えば850℃以下とされるとともに、オーステナイト相での塑性加工をさせるためにマルテンサイト変態開始温度以上とされる。例えば、加熱した鋼塊を上記した加熱温度から空冷し、加工温度に達したところで加工するとよい。棒状体であれば熱間押出加工などを用い得る。加工後の冷却は水焼入れなどの焼入れとする。
【0026】
次いで、焼き戻しを行って焼き戻しマルテンサイト組織を得る。焼き戻しでは例えば保持温度を500℃以上とし得る。ここでは2次炭化物を析出させることが好適であり、これによって耐遅れ破壊性を向上させ得る。
【0027】
以上のような製造方法によれば、1400MPa以上の引張強度と1.5ppm以上の局所限界水素濃度を有し、耐遅れ破壊性に優れる高強度ボルト用鋼を得ることができる。
【0028】
[製造試験]
上記した製造方法により製造した高強度ボルト用鋼について引張強度、局所限界水素濃度、曲げ遅れ破壊強度を測定した結果について説明する。
【0029】
図1に示す鋼種A~Dを用い、図2の実施例1及び2、比較例1乃至6に示す製造条件でそれぞれ試験片を作製した。
【0030】
まず、鋼種A~Dの鋼塊を50kgの真空溶解炉で溶製し、熱間鍛造により直径32mmの棒鋼とした。次いで、焼きならし処理として920℃に加熱して2時間保持した後に空冷し、さらに球状化焼きなまし処理として760℃に加熱して3時間保持した後に-15℃/時間の冷却速度で650℃まで冷却した後空冷した。得られた素材から直径23.7mm長さ48mmの試験片用の素材を切り出した。
【0031】
切り出した素材のそれぞれにオースフォーミング加工を施した。詳細には、電気加熱炉を用いて素材を所定の加熱温度で30分間保持した後、空冷しつつ所定の加工温度に達したところで熱間押し出し加工を行い所定の加工率を与え、ダイスからのノックアウト後に直ちに水焼入れを行った。熱間押出加工には600トンクランクプレス機を使用し、80~100mm/sの加工速度とし、ダイスとの間の潤滑には水溶性黒鉛及び二硫化モリブデンを用いた。また、素材の温度は放射温度計を用いて測定した。ここで、所定の加熱温度、加工温度、加工率は上記したように図2に示す通りである。なお、比較例1及び2の加工率「0」はオースフォーミング加工をしていないことを示すものである。また、加工率は押し出し加工による減面率を表す。
【0032】
さらに、それぞれの素材を焼き戻しした。保持温度は、図2に焼き戻し温度として示す温度である。
【0033】
この素材から、図3に示すCSRT法用試験片10、図4に示す曲げ遅れ破壊試験片20、引張試験片(図示せず)をそれぞれ切り出した。CSRT法用試験片10は、切り欠き底φ6mm、切り欠き半径0.25mmの環状切り欠き11を有する環状切り欠き試験片とした。曲げ遅れ破壊試験片20は、切り欠き底φ4mm、切り欠き半径0.1mmの環状切り欠き21を有する環状切り欠き試験片とした。引張試験片は平行部の直径を6mmとするJIS14A号平滑引張試験片とした。
【0034】
CSRT法用試験片10を用いて、CSRT法(A conventional strain rate technique)によって局所限界水素濃度(Hc)を測定した。120時間の陰極チャージによって水素を試験片内に侵入・拡散させ、直ちにクロスヘッド速度1mm/minでの引張試験を行い、破断応力を測定した。破断直後に試験片の破面から10mmの位置で切断して得た切断片についてガスクロマトグラフを用いて拡散性水素量を求めた。拡散性水素量としては、昇温速度100℃/hで600℃までの昇温脱離水素分析を行い、300℃までに放出される水素量とした。得られた破断応力と拡散性水素量の両対数をとり両者の関係を線形近似し、水素を侵入させなかった未チャージ材の破断応力の0.6倍の破断応力となる拡散性水素量を局所限界水素濃度Hcとして図2に示した。
【0035】
図5に示すように、遅れ破壊強度は曲げ遅れ破壊試験によって測定した。モーメントアーム31によって錘32による曲げ応力を曲げ遅れ破壊試験片20に付与して、曲げ強度を測定する。まず、静曲げ強度を測定した上で、0.1規定の塩酸を滴下して静曲げ強度の0.8~0.2倍の応力を負荷し、遅れ破壊の破断時間を求めた。なお、破断しない場合は試験の打ち切り時間を100hとした。遅れ破壊強度は30h破断強度と静曲げ強度との比をとって30h曲げ遅れ破壊強度比として図2に示した。なお、30h曲げ遅れ破壊強度比を0.6以上とするときに耐遅れ破壊性に優れるものとして合格とした。
【0036】
また、上記した引張試験片を用いた引張試験においては、破断応力を引張強度として図2に示した。
【0037】
図2に示すように、実施例1及び2のいずれも引張強度は1400MPa以上であり、通常速度法(CSRT法)により計測された局所限界水素濃度は1.5ppm以上であった。つまり、引張強度と耐遅れ破壊性の両者において優れている。
【0038】
これに対し、比較例1及び2では、引張強度は1400MPa以上であるものの、同様に計測された局所限界水素濃度は1.5ppmを下回り、曲げ遅れ破壊強度比においても劣る。これは、オースフォーミング加工を行わなかったためと考えられる。
【0039】
比較例3及び4でも、局所限界水素濃度は1.5ppmを下回り、曲げ遅れ破壊強度比においても劣る。オースフォーミングの加工温度を850℃超としたため、加工中の再結晶化が進んだものと考えられる。
【0040】
比較例5及び6は、局所限界水素濃度及び曲げ遅れ破壊強度比では優れるものの、引張強度が1400MPaに満たなかった。それぞれ、Siの含有量の少ない鋼種C、及び、Cの含有量の少ない鋼種D(図1参照)を用いているためと考えられる。つまり、鋼種C又は鋼種Dでは高強度ボルト用鋼としては適さないものと考えられる。
【0041】
ところで、ボルトに外部から侵入する水素による局所侵入水素濃度(H )は、一般に高々1ppm程度であり、局所限界水素濃度Hcが1.5ppm以上あれば遅れ破壊の発生する確率は相当低いことになる。この点、上記したように実施例1及び2では、局所限界水素濃度を1.5ppm以上とできて、良好な結果であったことが判る。
【0042】
以上のように、実施例1及び2の製造方法であれば、1400MPa以上の引張強度を有し耐遅れ破壊性に優れる高強度ボルト用鋼を得ることができる。
【0043】
ところで、上記した実施例を含む耐遅れ破壊性に優れる高強度ボルト用鋼とほぼ同等の引張強度と局所限界水素濃度とを与え得る鋼の組成範囲は以下のように定められる。
【0044】
まずは、必須添加元素について説明する。
【0045】
Cは、焼入れ焼き戻し後の鋼の硬さを高めて、1400MPa以上の引張強度を確保するために必要である。一方で、過剰に含有させると延性や靭性を低下させ、さらに耐遅れ破壊性も低下させ、ボルト成型時の鍛造性や転造性などの製造性も低下させてしまう。これらを考慮して、Cは、質量%で、0.55%を超えて0.80%以下の範囲内である。
【0046】
Siは、鋼を溶製する際に脱酸剤として用いられるとともに固溶強化によって鋼の機械強度を向上させる。一方で、過剰に添加すると粒界酸化を助長して耐遅れ破壊性を低下させるとともに熱間加工性も低下させてしまう。これらを考慮して、Siは、質量%で、1.0%を超えて2.9%以下の範囲内である。
【0047】
Crは、焼入れ性を高めてマルテンサイト組織を得るため、焼き戻し処理時における軟化抵抗を高め、またパーライト組織及びベイナイト組織の変態温度を低下させて機械強度を高めるために有効な元素である。一方で、過剰に含有させると、加工性や靭性を低下させてしまうことがあり、粒界酸化を促進させて遅れ破壊強度を低下させてしまう。これらを考慮して、Crは、質量%で、0.80%以上1.50%以下の範囲内である。
【0048】
Alは、鋼の脱酸剤として用いられるとともに酸化物や窒化物を形成することで結晶粒の微細化に寄与して靭性を向上させ、耐遅れ破壊性の低下を抑制できる。一方、過剰に含有させると硬質の非金属介在物を生成し疲労破壊の起点となって疲労寿命を低下させてしまう。これらを考慮して、Alは、質量%で、0.010%以上0.060%以下の範囲内である。
【0049】
Nは、Alと窒化物や炭窒化物を形成して結晶粒の微細化に寄与して機械強度を向上させ得る。また、拡散性水素のトラップサイトの形成に寄与して耐遅れ破壊性を向上させ得る。一方で、過剰に含有させると非金属介在物を生成して疲労破壊の起点となって疲労寿命を低下させてしまう。これらを考慮して、Nは、質量%で、0.005%以上0.030%以下の範囲内である。
【0050】
次に、任意添加元素について説明する。
【0051】
Moは、炭化物を形成し析出させることで鋼の焼入れ性を改善して機械強度を向上させるとともに、焼き戻し時の硬さの低下を抑制する。また、その析出物の界面を拡散性水素のトラップサイトとし、耐遅れ破壊性を向上させ得る。よって、任意に添加されてもよい。一方で、過剰に含有させると材料コストを増大させ、熱間加工性や切削性を低下させてしまう。これらを考慮して、添加する場合において、Moは、質量%で、0.80%以上1.50%以下の範囲内である。
【0052】
Vは、微細な炭化物として析出することで、機械強度を高めるとともに拡散性水素のトラップサイトを形成し、耐遅れ破壊性を向上させ得る。よって、任意に添加されてもよい。一方で、過剰に含有させると材料コストを増大させ、熱間加工性や切削性を低下させてしまう。これらを考慮して、添加する場合において、Vは、質量%で、0.05%以上0.50%以下の範囲内である。
【0053】
Mnは、焼入れ性を向上させて機械強度や靭性の確保のために任意に添加され得るが、過剰に含有させると、過剰な機械強度の上昇による旋削加性等の製造性の低下や、ミクロ偏析の増大などによる靭性の低下をもたらしてしまう。これらを考慮して、Mnは、質量%で、0.80%以下の範囲内である。
【0054】
Nbは、VやTiとともに又は単独で炭窒化物を形成し析出させて析出強化に寄与するとともに、かかる炭窒化物を拡散性水素のトラップサイトとすることで耐遅れ破壊性を向上させ得る。一方で、過剰に添加してもその効果は飽和してしまう。これらを考慮して、Nbは、質量%で、0.10%以下の範囲内である。
【0055】
Tiは、VやNbとともに又は単独で炭窒化物を形成し析出強化に寄与するとともに、かかる炭窒化物を拡散性水素のトラップサイトとすることで耐遅れ破壊性を向上させ得る。一方で、過剰に添加すると窒化物を形成して非金属介在物として疲労破壊の起点となって疲労寿命を低下させてしまう。これらを考慮して、Tiは、質量%で、0.10%以下の範囲内である。
【0056】
Pは、オーステナイト粒界に偏析し結晶粒界を脆化させて機械強度を低下させるため含有量を低下させることが好ましい。一方で、過度の精錬はコスト増につながる。これらを考慮して、Pは、質量%で、0.015%以下の範囲内である。
【0057】
Sは、熱間加工性を害し、Mnなどと結合して非金属介在物を生成し靭性や耐遅れ破壊性を低下させるため含有量を低下させることが好ましい。一方で、切削加工性を向上する効果を有するとともに過度の精錬はコスト増につながる。これらを考慮して、Sは、質量%で、0.010%以下の範囲内である。
【0058】
以上、本発明の代表的な実施例を説明したが、本発明は必ずしもこれらに限定されるものではなく、当業者であれば、本発明の主旨又は添付した特許請求の範囲を逸脱することなく、種々の代替実施例及び改変例を見出すことができるであろう。

図1
図2
図3
図4
図5