(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2022-12-26
(45)【発行日】2023-01-10
(54)【発明の名称】非線形性測定方法および非線形性測定装置
(51)【国際特許分類】
G01M 11/02 20060101AFI20221227BHJP
【FI】
G01M11/02 K
(21)【出願番号】P 2019517718
(86)(22)【出願日】2018-05-11
(86)【国際出願番号】 JP2018018333
(87)【国際公開番号】W WO2018207915
(87)【国際公開日】2018-11-15
【審査請求日】2021-04-21
(31)【優先権主張番号】P 2017094730
(32)【優先日】2017-05-11
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
(73)【特許権者】
【識別番号】000002130
【氏名又は名称】住友電気工業株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100088155
【氏名又は名称】長谷川 芳樹
(74)【代理人】
【識別番号】100113435
【氏名又は名称】黒木 義樹
(74)【代理人】
【識別番号】100136722
【氏名又は名称】▲高▼木 邦夫
(74)【代理人】
【識別番号】100174399
【氏名又は名称】寺澤 正太郎
(72)【発明者】
【氏名】長谷川 健美
(72)【発明者】
【氏名】林 哲也
【審査官】田中 洋介
(56)【参考文献】
【文献】特開2015-230263(JP,A)
【文献】米国特許出願公開第2004/0061846(US,A1)
【文献】特開2017-037013(JP,A)
【文献】特開2012-225984(JP,A)
【文献】特開2008-020743(JP,A)
【文献】特開2012-202827(JP,A)
【文献】特開2014-153116(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
G01M 11/00-11/08
JSTPlus/JST7580(JDreamIII)
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
第1端と、前記第1端に対向する第2端と、前記第1端と前記第2端の間に延在するとともに導波モードが相互に結合する複数のコアと、前記複数のコアを取り囲む単一クラッドと、を備える測定対象光ファイバの光学的非線形性を測定するための非線形性測定方法であって、
前記測定対象光ファイバの前記第1端において前記複数のコアのうちの何れか一つの特定コアに光学的にそれぞれ接続されたレーザ光源および検出部を用意する準備ステップと、
前記レーザ光源からのレーザ光を、前記第1端から前記特定コアに入射させる光入射ステップと、
前記特定コアへの前記レーザ光の入射に応じて前記第1端において前記特定コアから出射された光を前記検出部で受光し、前記検出部により受光された光に含まれる波長成分のうち前記測定対象光ファイバの光学的非線形性によって生じた特定波長成分の
ブリルアン後方散乱光の強度を求める光検出ステップと、
前記特定波長成分の
ブリルアン後方散乱光の強度に基づいて、前記測定対象光ファイバの光学的非線形性を求める解析ステップと、
を備えた非線形性測定方法。
【請求項2】
前記特定コアに入射される前記レーザ光のパワーを測定する入射光パワー測定ステップを更に含み、
前記解析ステップは、前記特定波長成分の強度および前記レーザ光のパワーに基づいて、前記光学的非線形性を求める、
請求項1に記載の非線形性測定方法。
【請求項3】
前記光入射ステップにおいて、前記レーザ光が、前記レーザ光源と前記第1端との間の光路の一部を構成するとともに前記検出部と前記第1端との間の光路の一部を構成する共通光路として、既知の光学的非線形性を有する参照用光ファイバを介して、前記特定コアに入射され、
前記光検出ステップにおいて、前記第1端において前記特定コアから出射する光が、前 記参照用光ファイバを介して前記検出部により受光され、
前記解析ステップにおいて、前記測定対象光ファイバの光学的非線形性が、前記参照用 光ファイバの既知の光学的非線形性に対する相対値として、求められる、
請求項1または2に記載の非線形性測定方法。
【請求項4】
前記光入射ステップにおいて、前記レーザ光としてパルスレーザ光が、前記第1端から前記特定コアに入射され、
前記光検出ステップにおいて、前記特定波長成分の強度の時間的変化が求められ、
前記解析ステップにおいて、前記特定波長成分の強度の時間的変化に基づいて前記測定対象光ファイバの長手方向に沿った各位置での光学的非線形性が求められる、
請求項1~3の何れか一項に記載の非線形性測定方法。
【請求項5】
第1端と、前記第1端に対向する第2端と、前記第1端と前記第2端の間に延在するとともに導波モードが相互に結合する複数のコアと、前記複数のコアを取り囲む単一クラッドと、を備える測定対象光ファイバの光学的非線形性を測定するための非線形性測定装置であって、
前記測定対象光ファイバの前記第1端において前記複数のコアのうちの何れか一つの特定コアと光学的に接続されたレーザ光源であって、前記第1端から前記特定コアに入射されるべきレーザ光を出射するレーザ光源と、
前記測定対象光ファイバの前記第1端において前記特定コアと光学的に接続された検出部であって、前記特定コアへの前記レーザ光の入射に応じて前記第1端において前記特定コアから出射された光を受光するとともに、受光された前記光に含まれる波長成分のうち前記測定対象光ファイバの光学的非線形性によって生じた特定波長成分の
ブリルアン後方散乱光の強度を求める検出部と、
前記特定波長成分の
ブリルアン後方散乱光の強度に基づいて、前記測定対象光ファイバの光学的非線形性を求める解析部と、
を備えた非線形性測定装置。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、結合した複数の空間モードを有する空間多重光ファイバを測定対象とし、該測定対象光ファイバの光学的非線形性を測定するための非線形性測定方法および非線形性測定装置に関するものである。
【背景技術】
【0002】
1本の光ファイバの中に複数の空間モード(複数のコアおよび/または複数の導波モード)を有する空間多重光ファイバ(SDMF: Spatial Division Multiplexing Fiber)は、情報伝送量の空間密度を高めることができる。そのため、係るSDMFは、地中管路および海底ケーブルなどの限られた通信路の面積の利用効率を高める技術として期待されている。
【0003】
例えば、複数のコア間で導波モードが結合した結合コア型マルチコア光ファイバ(CC-MCF: Coupled-Core Multi Core Fiber)は、複数のコア間における相互の間隔が短いので、情報伝送量の空間密度を高める効果が高い。結合した複数のコアを伝搬した複数の導波モードの信号を区別するためのMIMO(Multi-Input Multi-Output)信号処理技術と併用されることで、CC-MCFは、高密度で大容量の伝送を可能にする。
【0004】
特に、CC-MCFのコア間における結合の強さを適切に設定するとともに、CC-MCFの曲がり又は捻れによってランダムなモード結合を生じさせることで、モード間の遅延時間差(DMD: Differential Mode Delay)の蓄積の速度をファイバ長の1/2乗に低減することができる。このような光ファイバは、MIMO処理コストを低く抑えることができる利点がある。
【0005】
このような光ファイバは、結合モード結合コア型マルチコア光ファイバ(CM-CC-MCF: Coupled-Mode Coupled-Core Multi Core Fiber)と呼ばれ、非特許文献1に開示されている。CM-CC-MCFは、典型的には1m-1以上のコア間モード結合係数または10km-1以上のコア間パワー結合係数を有する。
【0006】
光伝送システムの光伝送路として現在広く用いられているシングルコア光ファイバと比べると、CM-CC-MCFは、コアの空間密度がより高い点において重要であるだけでなく、モード結合によって光が複数のコアに分散して存在することによって光学的非線形性が低下する点においても重要である。
【0007】
なお、「光学的非線形現象」は、光電界によって媒質の屈折率が変化することによって生じる広汎な現象を意味し、媒質における光学的非線形現象の起こり易さの程度を「光学的非線形性」と呼ぶ。広く用いられているシリカガラス系の光ファイバで(Silica-based Optical Fiber)では、光電界の2乗に相当する光強度に比例する屈折率変化成分である非線形屈折率n2が、光学的非線形性において支配的である。また、光ファイバのコアに導波されるモードの光強度は、空間的に不均一な分布を有する。しかしながら、実効断面積(Effective Area)Aeffを用いることで、コアに導波される光のパワーPに基づいて等価的な光強度P/Aeffを導出することができる。したがって、光ファイバの光学的非線形性を表す評価指標として、非線形屈折率n2に替えて非線形定数γ=k(n2/Aeff)を用いることが便利でありかつ一般的である。ここで、kは導波光の波数である。
【0008】
光ファイバでは、非線形定数γで表される光学的非線形性によって、自己位相変調、相互位相変調、四光波混合などの非線形光学現象が生じる。この非線形光学現象によって伝送信号が歪み、該信号歪みによって非線形雑音が生じ、該非線形雑音によって伝送システムの信号対雑音比(OSNR : Optical Signal to Noise Ratio)が低下する。そして、伝送システムのOSNRが低下すると、実際の伝送容量が理論値より低下する。結果、伝送システムの価値が低下する。したがって、光ファイバの光学的非線形性を測定し、その測定結果に基づいて伝送システムを設計および構築することが重要である。
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0009】
【文献】Tetsuya Hayashi, et al., “Coupled-Core Multi-Core Fibers: High-Spatial-Density Optical Transmission Fibers with Low Differential Modal Properties,” Proc. ECOC 2015, We.1.4.1 (2015).
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0010】
発明者らは、上述の従来技術について検討した結果、以下のような課題を発見した。すなわち、従来のシングルコア光ファイバの光学的非線形性を測定する一般的な方法の一つとして、自己位相変調法が知られている。自己位相変調法では、既知の光パワーを持つ測定光を測定対象光ファイバの一端に入射させ、該測定対象光ファイバの他端から出射された測定光のスペクトルを分析する。このスペクトル分析では、測定対象光ファイバ内で自己位相変調によって新たに生じた微弱な光が、出射された測定光から分離され、かつ定量される。これにより、測定対象光ファイバの非線形定数γを求める(determine)ことができる。この他に相互位相変調法、四光波混合法などの非線形性測定方法も知られている。これらの光学的非線形性を測定する従来の測定方法は、何れも、測定光を光ファイバの一端に入射させて該光ファイバの他端から出射された測定光を分析するという点では本質的に差異がない。
【0011】
しかしながら、上述のような光学的非線形性を測定する従来の測定方法は、CM-CC-MCFの光学的非線形性の測定に適用することが難しい。何故なら、複数のコアを有するCM-CC-MCFの入射端の一つのコアに入射された光は、コア間でモード結合して、出射端の複数のコアから分散して出射されるからである。また、CM-CC-MCFの出射端における複数のコアのうち何れか一つのコアから出射された光だけを観測すると、観測結果が安定しない。何故なら、CM-CC-MCFの温度および測定光の波長などの変動によって、CM-CC-MCFにおけるモード結合がランダムに変動するからである。
【0012】
上記の課題は、CM-CC-MCFの出射端において全てのコアから出射された測定光の電界を同時に観測することにより、モード結合の問題を回避することができる。しかしながら、同時に観測された複数の測定光のスペクトルを分析することで自己位相変調成分を抽出するには、分光計を大型化する必要があるため、複数の測定光の同時観測は容易ではない。
【0013】
本発明は、上述のような課題を解決するためになされたものであり、導波モードが相互に結合する複数のコアを備える測定対象光ファイバの光学的非線形性を簡易な構成でかつ容易に測定することを可能にするための非線形性測定方法および非線形性測定装置を提供することを目的としている。
【課題を解決するための手段】
【0014】
本発明の非線形性測定方法は、第1端と、第1端に対向する第2端と、第1端と第2端の間に延在するとともに導波モードが相互に結合する複数のコアと、複数のコアを取り囲む単一クラッドと、を備える光ファイバを測定対象とし、該測定対象光ファイバの光学的非線形性の測定を可能にする非線形性測定方法であり、少なくとも、準備ステップと、光入射ステップと、光検出ステップと、解析ステップと、備える。準備ステップは、測定対象光ファイバの第1端において複数のコアのうちの何れか一つの特定コアに光学的にそれぞれ接続されたレーザ光源および検出部を用意するステップである。光入射ステップは、レーザ光源からのレーザ光(測定光)を、第1端から特定コアに入射させるステップである。光検出ステップは、特定コアへのレーザ光の入射に応じて第1端において特定コアから出射された光(後方伝搬光)を、検出部が受光するステップである。更に、光検出ステップは、検出部により受光された光に含まれる波長成分のうち測定対象光ファイバの光学的非線形性によって生じた特定波長成分の強度を求めるステップである。解析ステップは、特定波長成分の強度に基づいて、測定対象光ファイバの光学的非線形性を求めるステップである。
【発明の効果】
【0015】
本発明によれば、導波モードが相互に結合する複数のコアを備える測定対象光ファイバの光学的非線形性を簡易な構成でかつ容易に測定することができる。
【図面の簡単な説明】
【0016】
【
図1】は、本実施形態に係る非線形性測定装置1を用いた測定系の一構成例を示す図である。
【
図2】は、測定対象光ファイバ2の長手方向に沿ったブリルアン後方散乱光のパワー分布の例を示す図である。
【
図3】は、本実施形態に係る非線形性測定方法の一例を説明するためのフローチャートである。
【
図4】は、本実施形態に係る非線形性測定装置1を用いた測定系の他の構成例を示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0017】
[本願発明の実施形態の説明]
最初に本願発明の実施形態の内容をそれぞれ個別に列挙して説明する。
【0018】
(1) 本実施形態に係る非線形性測定方法は、第1端と、第1端に対向する第2端と、第1端と第2端の間に延在するとともに導波モードが相互に結合する複数のコアと、複数のコアを取り囲む単一クラッドと、を備える光ファイバを測定対象とし、該測定対象光ファイバの光学的非線形性の測定を可能にする。当該非線形性測定方法は、その一態様として、少なくとも、準備ステップと、光入射ステップと、光検出ステップと、解析ステップと、備える。準備ステップでは、測定対象光ファイバの第1端において複数のコアのうちの何れか一つの特定コアに光学的にそれぞれ接続されたレーザ光源および検出部が用意される。光入射ステップでは、レーザ光源からのレーザ光が、第1端から特定コアに入射される。光検出ステップでは、特定コアへのレーザ光の入射に応じて第1端において特定コアから出射された光が、検出部で受光される。また、光検出ステップでは、検出部により受光された光に含まれる波長成分のうち測定対象光ファイバの光学的非線形性によって生じた特定波長成分の強度が求められる。解析ステップでは、特定波長成分の強度に基づいて、測定対象光ファイバの光学的非線形性が求められる。
【0019】
(2)本実施形態の一態様として、当該非線形性測定方法は、光入射ステップにおいてレーザ光源から出射され、特定コアに入射されるレーザ光のパワーを測定する入射光パワー測定ステップを更に含んでもよい。この場合、解析ステップでは、特定波長成分の強度およびレーザ光のパワーに基づいて、測定対象光ファイバの光学的非線形性が求められる。
【0020】
(3)本実施形態の一態様として、レーザ光源および測定対象光ファイバの第1端の間の光路と、検出部と該第1端の間の光路は、既知の光学的非線形性を有する参照用光ファイバを利用して部分的に共通化されてもよい。共通化された光路に係る参照用光ファイバが配置された構成において、光入射ステップでは、レーザ光源から参照用光ファイバを介して第1端に到達したレーザ光が、該第1端から特定コアに入射される。一方、光検出ステップでは、測定対象光ファイバの第1端において特定コアから出射する光が、参照用光ファイバを介して検出部により受光される。解析ステップでは、参照用光ファイバの既知の光学的非線形性に対する相対値として、測定対象光ファイバの光学的非線形性が求められる。
【0021】
(4)本実施形態の一態様として、光入射ステップにおいて、レーザ光としてパルスレーザ光が、第1端から特定コアに入射され、光検出ステップにおいて、特定波長成分の強度の時間的変化が求められてもよい。この場合、解析ステップでは、特定波長成分の強度の時間的変化に基づいて測定対象光ファイバの長手方向に沿った各位置での光学的非線形性が求められる。
【0022】
(5)本実施形態に係る非線形性測定装置は、上述の非線形性測定方法を実現するための装置であって、その一態様として、少なくとも、レーザ光源と、検出部と、解析部と、を備える。測定対象は、第1端と、第1端に対向する第2端と、第1端と第2端の間に延在するとともに導波モードが相互に結合する複数のコアと、複数のコアを取り囲む単一クラッドと、を備える光ファイバ(測定対象光ファイバ)である。レーザ光源は、測定対象光ファイバの第1端において複数のコアのうちの何れか一つの特定コアと光学的に接続される。また、レーザ光源は、第1端から特定コアに入射されるべきレーザ光を出射する。検出部は、測定対象光ファイバの第1端において特定コアと光学的に接続される。また、検出部は、特定コアへのレーザ光の入射に応じて第1端において特定コアから出射された光を受光する。更に、検出部は、受光された光に含まれる波長成分のうち測定対象光ファイバの光学的非線形性によって生じた特定波長成分の強度を求める。解析部は、特定波長成分の強度に基づいて、測定対象光ファイバの光学的非線形性を求める。
【0023】
以上、この[本願発明の実施形態の説明]の欄に列挙された各態様は、残りの全ての態様のそれぞれに対して、または、これら残りの態様の全ての組み合わせに対して適用可能である。
【0024】
[本願発明の実施形態の詳細]
以下、本実施形態に係る非線形性測定方法および非線形性測定装置の具体的な構造を、添付図面を参照しながら詳細に説明する。なお、本発明はこれらの例示に限定されるものではなく、請求の範囲によって示され、請求の範囲と均等の意味および範囲内での全ての変更が含まれることが意図される。また、図面の説明において同一の要素には同一符号を付して重複する説明を省略する。
【0025】
光ファイバの光学的非線形性を表す評価指標として一般的な非線形定数γの場合について言及すれば、非線形定数γは上述のk(n2/Aeff)なる式で規定される。この式中の波数kは測定光の波長であり既知である。n2は測定対象光ファイバにおけるコアの材料から既知である。実効断面積Aeffは未知である。CM-CC-MCFでは、前記したようにモード結合によって非線形性が低下するため、等価的に実効断面積Aeffがモード結合に影響される。また、モード結合はCM-CC-MCFに付与される曲げや捻れにも影響される。そのため、実効断面積Aeffを事前に予想することはシングルコア光ファイバの場合より難しい。
【0026】
ガラス中の音響波によるブリルアン散乱も、実効断面積Aeffに反比例して生じる非線形光学効果の一つである。ただし、ブリルアン散乱では、非線形定数γによる効果と異なり、音響波の周波数に相当した周波数シフトが生じる。周波数シフトはシリカガラスでは約10GHzである。これは光周波数としては微小な差である。したがって、測定対象光ファイバに入射された測定光から生じたブリルアン後方散乱光のモード結合の生じ方は、測定光のモード結合の生じ方と同じであると見なすことができる。以下に説明する本実施形態に係る非線形性測定方法および非線形性測定装置は、測定対象光ファイバ内で生じるブリルアン後方散乱光(後方伝搬光)の強度に基づいて、測定対象光ファイバの光学的非線形性を求める(determine)。
【0027】
図1は、本実施形態に係る非線形性測定装置1を用いた測定系の一構成例(測定光のパワー測定を行う構成例)を示す図である。
図2は、測定対象光ファイバ2の長手方向に沿ったブリルアン後方散乱光のパワー分布の例を示す図である。また、
図3は、本実施形態に係る実施形態の非線形性測定方法の一例を説明するためのフローチャートである。
【0028】
非線形性測定装置1は、測定対象光ファイバ2の光学的非線形性を測定する装置であり、レーザ光源11、検出部12、解析部13、光結合器14を備える。光結合器14は、複数の光ファイバ15~18を介して、レーザ光源11、検出部12、および測定対象光ファイバ2の特定コア(
図1に示されたコアのうち測定光が入射されるコア)21のそれぞれと光学的に接続されている。すなわち、レーザ光源11は、光ファイバ15、光結合器14、および光ファイバ17を介して測定対象光ファイバ2の特定コア21に光学的に接続され、検出部12は、光ファイバ16、光結合器14、および光ファイバ17を介して測定対象光ファイバ2の特定コア21に光学的に接続される(準備ステップ)。
【0029】
光ファイバ15はレーザ光源11から出射される測定光を光結合器14へ伝搬する伝送路であって、その一端はレーザ光源11の光出射端に光学的に接続される一方、他端は光結合器14に光学的に接続されている。光ファイバ16は光結合器14を経由したブリルアン後方散乱光を検出部12へ伝搬する伝送路であって、その一端は検出部12の入射端に光学的に接続される一方、他端は光結合器14に光学的に接続されている。光ファイバ17は光結合器14を経由した測定光と測定対象光ファイバ2の特定コア21から出射されたブリルアン後方散乱光をそれぞれ逆方向に伝搬する伝送路であって、その一端は特定コア21に光学的に接続される一方、他端は光結合器14に光学的に接続されている。
【0030】
なお、
図1に示された構成例では、測定対象光ファイバ2に入射される測定光のパワー(入射光パワー)を検出部12で直接モニタする構成(入射光パワー測定ステップST30)として、光結合器14を経由した測定光を検出部12に導くための光ファイバ18が開示されている。しかしながら、後述するように、検出部12とは別の検出手段により入射光パワーを測定する構成、入射光パワー測定ステップST30自体が実施されない構成等では、光ファイバ18は不要となる。
【0031】
測定対象光ファイバ2は、第1端2aと、該第1端2aに対向する第2端2bと、第1端2aと第2端2bとの間に延在するとともに導波モードが相互に結合する複数のコア21,22と、これら複数のコア21,22を包囲する単一のクラッド29と、を備えるCC-MCFである。測定対象光ファイバ2は、1m
-1以上のコア間モード結合係数または10km
-1以上のコア間パワー結合係数を有するCM-CC-MCFであってもよい。なお、測定対象光ファイバ2には2以上のコアが含まれるが、
図1の例では、2以上のコアのうち二つのコア21,22のみが示されている。
【0032】
図1に示された非線形性測定装置1において、レーザ光源11は、測定対象光ファイバ2の光学的非線形性を測定するためのレーザ光(測定光)を出力する。レーザ光源11は、単一の光周波数を有するレーザ光を出力するのが好ましく、パルスレーザ光を出力するのが好ましい。
【0033】
光結合器14は、光ファイバ15を介してレーザ光源11と光学的に接続され、光ファイバ16を介して検出部12と光学的に接続され、また、光ファイバ17を介して測定対象光ファイバ2の第1端2aにおいてコア(特定コア)21と光学的に接続される。光入射ステップST10において、レーザ光源11から出力されるレーザ光は、光ファイバ15、光結合器14、光ファイバ17の順に伝搬し、測定対象光ファイバ2の第1端2aからコア21に入射される。
【0034】
測定対象光ファイバ2の複数のコアとして、
図1の例では、第1端2aからレーザ光が入射される特定コア21と、他のコア22が開示されている。特定コア21と他のコア22との間で導波モード結合が生じることから、レーザ光は、測定対象光ファイバ2の長手方向に沿った或る区間ではコア21に局在したモードM1として伝搬し、別の或る区間では複数のコアに分散したモードM2として伝搬し、更に別の或る区間ではコア22に局在したモードM3として伝搬する。
【0035】
測定対象光ファイバ2では、レーザ光がコアを伝搬することによりブリルアン散乱が生じ、長手方向の各位置においてブリルアン後方散乱光が生じる。ブリルアン後方散乱光の光周波数は、レーザ光源11から出力されるレーザ光の光周波数より低いが、周波数シフトは無視できるほど小さい。したがって、導波モード結合の相反性(すなわち、逆方向に伝搬させれば元の経路を辿ること)が成立する。このような導波モード結合の相反性により、測定対象光ファイバ2の各位置で生じた後方散乱光は、第1端2aにおいてコア21から出力されて光ファイバ17に帰還する。
【0036】
測定対象光ファイバ2の第1端2aにおいて特定コア21から出力されたブリルアン後方散乱光は、光ファイバ17、光結合器14、光ファイバ16の順に伝搬し、検出部12により受光される。光検出ステップST20において、検出部12は、受光した光に含まれる波長成分のうち測定対象光ファイバ2の光学的非線形性によって生じた特定波長成分(ブリルアン後方散乱光成分)の強度を求める。検出部12は、光周波数選択性および高速応答性を有し、ブリルアン散乱により生じた後方散乱光のパワーの時間的変化を検出する。なお、
図1に示された構成例では、光結合器14を通過するレーザ光の一部は、光ファイバ18を介して検出部12で受光され、レーザ光パワーが求められる(入射光パワー測定ステップST30)。
【0037】
解析ステップST40において、解析部13は、検出部12で求められたブリルアン後方散乱光の強度に基づいて測定対象光ファイバ2の光学的非線形性を求める。測定対象光ファイバ2において導波モード結合がランダムに変動しても、測定対象光ファイバ2の第1端2aにおいて特定コア21から出射されるブリルアン後方散乱光の強度は安定的である。この点で、本実施形態に係る非線形性測定装置1および非線形性測定方法は、透過法に基づく従来技術と相違する。したがって、本実施形態では、導波モードが相互間で結合する複数のコアを備える測定対象光ファイバ2の光学的非線形性を簡易な構成でかつ容易に測定することができる。
【0038】
また、本実施形態では、
図2に示されたように、測定対象光ファイバ2の第1端2aにおいてコア21から出力されるブリルアン後方散乱光のパワーを時間の関数として測定する。これにより、測定対象光ファイバ2の長手方向に沿った各位置でのブリルアン散乱の発生効率、すなわち、測定対象光ファイバ2の長手方向に沿った各位置での局所的な実効断面積A
effを求めることができる。一例として、上述のように、ブリルアン散乱は実効断面積A
effに反比例して生じる非線形光学効果の一つであり、検出部12で得られるブリルアン後方散乱光の強度P
OUTとレーザ光源11から出射される入射光パワーP
INとの間には、P
OUT=k
p・(P
IN/A
eff)なる関係(k
pは既知の比例定数)が成立することが知られている。したがって、ブリルアン後方散乱光の強度P
OUTと入射光パワーP
INの関係から実効断面積A
effが求められれば、結果的に非線形定数γを測定対象光ファイバ2の光学的非線形性として求めることが可能になる。
【0039】
実効断面積A
effの絶対値を求めるためには、測定対象光ファイバ2に入射されるレーザ光のパワー(入射光パワー)の情報が必要になる。そこで、入射光パワー測定ステップST30において、特定コア21に入射されるレーザ光のパワーが測定される。入射光パワー測定は、レーザ光源11と測定対象光ファイバ2との間の光路上に光学的な分岐器を挿入して入射光パワーが測定される。
図1に示された構成例では、光結合器14が分岐器して機能する。また、
図1に示された構成例のように入射光パワーを直接モニタする構成以外でも、入射光パワー測定ステップST30は実施可能である。例えば、検出部12におけるブリルアン後方散乱光の強度測定(光検出ステップST20)の後に、
図1中の破線19で示された位置で、測定対象光ファイバ2を端部で切断し、レーザ光源11から到達するレーザ光のパワー(入射光パワー)を測定することでも入射光パワー測定ステップST30が実施可能である。
【0040】
なお、測定対象光ファイバ2に入射されるレーザ光のパワーの情報を取得するためには、入射光パワー測定ステップST30は必ずしも必要ではない。例えば、レーザ光源11の駆動電流や飽和特性の情報からレーザ出力を推定することは可能である。また、既知の光学的非線形性または既知のAeffを有する光ファイバを利用して測定対象光ファイバ2の光学的非線形性を求めることも可能である。
【0041】
図4は、本実施形態に係る非線形性測定装置1を用いた測定系の他の構成例(測定光のパワー測定が不要な構成例)を示す図である。特定コア21に入射されるレーザ光のパワーの測定に替えて、
図4に示された構成例では、既知の光学的非線形性または既知のA
effを有する参照用光ファイバ3が、非線形性測定装置1と測定対象光ファイバ2との間に挿入されている。すなわち、
図4に示された構成例では、レーザ光が、レーザ光源11と測定対象光ファイバ2の第1端2aとの間の光路の一部を構成するとともに検出部12と該第1端2aとの間の光路の一部を構成する共通光路として、参照用光ファイバ3が挿入されている。なお、
図4に示された非線形性測定装置1には、入射光パワーをモニタするための構成(光ファイバ18からなる伝送路)は含まれていない。参照用光ファイバ3は、一またはそれ以上のコア31と、該コア31を包囲する単一のクラッド39とを備える。参照用光ファイバ3のコア31の組成は、測定対象光ファイバ2のコア21,22の組成と略同じであるのが好ましい。
【0042】
この
図4に示された構成例では、レーザ光源11から出力されたレーザ光は、参照用光ファイバ3を介して、測定対象光ファイバ2の第1端2aから特定コア21に入射される。一方、測定対象光ファイバ2の第1端2aにおいて特定コア21から出射されたブリルアン後方散乱光は、参照用光ファイバ3を介して、検出部12により受光される。また、参照用光ファイバ3において生じたブリルアン後方散乱光も検出部12により受光される。そして、解析部13により、参照用光ファイバ3および測定対象光ファイバ2それぞれで生じるブリルアン後方散乱光の強度比に基づいて、参照用光ファイバ3の既知の光学的非線形性に対する相対値として測定対象光ファイバ2の光学的非線形性が求められる。
【符号の説明】
【0043】
1…非線形性測定装置、2…測定対象光ファイバ、2a…第1端、2b…第2端、3…参照用光ファイバ、11…レーザ光源、12…検出部、13…解析部、14…光結合器、15~17…光ファイバ、21,22…コア、29…クラッド、31…コア、39…クラッド。