(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2022-12-26
(45)【発行日】2023-01-10
(54)【発明の名称】原子干渉計の回折像検出方法、原子干渉計、原子ジャイロスコープ
(51)【国際特許分類】
G01C 19/60 20060101AFI20221227BHJP
【FI】
G01C19/60
(21)【出願番号】P 2019044721
(22)【出願日】2019-03-12
【審査請求日】2022-01-07
【国等の委託研究の成果に係る記載事項】(出願人による申告)平成29年度、国立研究開発法人科学技術振興機構、「未来社会創造事業」、「大規模プロジェクト型」、「自己位置推定機器の革新的な高精度化及び小型化につながる量子慣性センサー技術」、「冷却原子・イオンを用いた高性能ジャイロスコープの開発」、「原子ビームジャイロ型慣性航法装置の実証機試作」 産業技術力強化法第19条の適用を受ける特許出願
(73)【特許権者】
【識別番号】000231073
【氏名又は名称】日本航空電子工業株式会社
(73)【特許権者】
【識別番号】304021417
【氏名又は名称】国立大学法人東京工業大学
(74)【代理人】
【識別番号】100121706
【氏名又は名称】中尾 直樹
(74)【代理人】
【識別番号】100128705
【氏名又は名称】中村 幸雄
(74)【代理人】
【識別番号】100147773
【氏名又は名称】義村 宗洋
(72)【発明者】
【氏名】細谷 俊之
(72)【発明者】
【氏名】井上 遼太郎
(72)【発明者】
【氏名】上妻 幹旺
(72)【発明者】
【氏名】田中 敦史
【審査官】飯村 悠斗
(56)【参考文献】
【文献】特表平05-501453(JP,A)
【文献】特表2008-544284(JP,A)
【文献】特開平04-167560(JP,A)
【文献】R. Delhuille,High-contrast Mach-Zehnder lithium-atom interferometer in the Bragg regime,Applied Physics B,74,Springer Nature,2002年04月01日,489-493
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
G01C 19/00-19/72
G01B 9/02
G21K 1/00
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
アルカリ土類金属原子、アルカリ土類様金属原子、アルカリ土類金属原子の安定同位体、あるいはアルカリ土類様金属原子の安定同位体である個々の原子が同じ状態にある原子線を連続生成する原子線生成装置と、
低次Bragg回折条件を満たす3個以上の進行光定在波を生成する進行光定在波生成部と
、
前記原子線と前記3個以上の進行光定在波とが相互作用した結果の原子線を得る干渉部と、
前記干渉部からの前記原子線を観測する観測部と
を含む原子干渉計の回折像検出方法であって、
前記原子線生成装置が、前記原子線の原子数密度が一様である範囲を含む原子数密度分布を前記観測部の位置で持つ前記原子線を生成する第1ステップと、
前記進行光定在波の全てが存在しない状況下で、前記観測部が前記干渉部からの前記原子線を観測し、回折像が形成されていない前記原子数密度分布を得る第2ステップと、
前記進行光定在波の全てが存在する状況下で、前記観測部が前記干渉部からの前記原子線を観測し、前記低次Bragg回折条件による回折像が前記範囲内で形成された原子数密度
分布を得る第3ステップと、
前記第2ステップの処理で得られた前記原子数密度分布と前記第3ステップの処理で得られた前記原子数密度分布との差に基づいて前記回折像を得る第4ステップと
を有する回折像検出方法。
【請求項2】
請求項1に記載の回折像検出方法において、
前記範囲は、前記進行光定在波の全てが存在しない状況下で前記原子線の原子数密度が前記原子線の進行方向と直交する方向に一定である範囲である
ことを特徴とする回折像検出方法。
【請求項3】
個々の原子が同じ状態にある原子線を連続生成する原子線生成装置と、
3個以上の進行光定在波を生成する進行光定在波生成部と、
前記原子線と前記3個以上の進行光定在波とが相互作用した結果の原子線を得る干渉部と、
前記干渉部からの前記原子線を観測する観測部と
を含む原子干渉計であって、
前記原子は、アルカリ土類金属原子、アルカリ土類様金属原子、アルカリ土類金属原子の安定同位体、あるいはアルカリ土類様金属原子の安定同位体であり、
各前記進行光定在波は低次Bragg回折条件を満たし、
前記原子線生成装置は、前記原子線の原子数密度が一様である範囲を含む原子数密度分布を前記観測部の位置で持つ前記原子線を生成し、
前記低次Bragg回折条件による回折像は、前記範囲内で形成さ
れ、
前記観測部は、前記進行光定在波の全てが存在しない状況下で観測を行って第1の原子数密度分布を取得し、前記進行光定在波の全てが存在する状況下で観測を行って第2の原子数密度分布を取得し、前記第1の原子数密度分布と前記第2の原子数密度分布の差を用いて前記回折像を得る
原子干渉計。
【請求項4】
請求項
3に記載の原子干渉計において、
前記範囲は、前記進行光定在波の全てが存在しない状況下で前記原子線の原子数密度が前記原子線の進行方向と直交する方向に一定である範囲である
ことを特徴とする原子干渉計。
【請求項5】
原子ジャイロスコープであって、
請求項3
または請求項4のいずれかに記載の原子干渉計を含み、
前記原子干渉計に含まれる前記観測部は、前記干渉部からの前記原子線を観測することによって角速度または加速度を検出する
原子ジャイロスコープ。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、原子干渉計に関し、特に回折像検出技術に関する。
【背景技術】
【0002】
本願よりも前に出願された国際出願PCT/JP2018/027827号明細書に、本発明に関連する発明としてマッハ-ツェンダー型原子干渉計900(
図1参照)が開示されている。
【0003】
マッハ-ツェンダー型原子干渉計900は、n次(ただし、nは2以上の予め定められた正整数である)のBragg回折を利用する。マッハ-ツェンダー型原子干渉計900は、原子線生成装置100と干渉部200と進行光定在波生成部300と観測部400を含む。原子線生成装置100と干渉部200と観測部400は図示しない真空チャンバー内に収容されている。
【0004】
原子線生成装置100は、原子線源111と原子線コリメーター113を含む。原子線生成装置100は、個々の原子が同じ状態にある原子線100a(熱的原子線または冷却原子線)を連続生成する。熱的原子線は、例えば、純度の高い金属塊115を原子線源111で昇華させて得られた高速の原子気体を原子線コリメーター113に通すことによって生成される。原子線コリメーター113は、例えば、よく知られているように、原子線100aの進行方向に間隔を空けた複数のスリットで構成される。また、冷却原子線は、例えば、高速の原子気体を図示しないゼーマンスローワー(Zeeman Slower)あるいは2次元冷却装置に通すことによって生成される。本願よりも前に出願された国際出願PCT/JP2018/027825号明細書に、本発明に関連する発明として、原子線の原子が、アルカリ土類金属原子(カルシウム、ストロンチウム、バリウム、ラジウム)、アルカリ土類様金属原子(アルカリ土類金属原子と同様に、基底状態において電子スピンによる磁気モーメントを持たない電子配置を持つ原子であり、ベリリウム、マグネシウム、イッテルビウム、カドミウム、水銀などを例示できる)、アルカリ土類金属原子の安定同位体、あるいはアルカリ土類様金属原子の安定同位体であることが開示されている。特に、アルカリ土類金属原子、アルカリ土類様金属原子、アルカリ土類金属原子の安定同位体、あるいはアルカリ土類様金属原子の安定同位体、のうち核スピンを持たない原子は、環境磁場の影響を全く受けない。
【0005】
進行光定在波生成部300は、n次Bragg回折条件を満たす3個の進行光定在波(第1の進行光定在波200a、第2の進行光定在波200b、第3の進行光定在波200c)を生成する。n次Bragg回折条件を満たす進行光定在波については後で説明を加える。
【0006】
原子線100aは干渉部200で3個の進行光定在波200a,200b,200cを通過する。アルカリ土類金属原子、アルカリ土類様金属原子、アルカリ土類金属原子の安定同位体、およびアルカリ土類様金属原子の安定同位体は超微細構造を持たないので、マッハ-ツェンダー型原子干渉計900では、同じ内部状態における異なる2個の運動量状態|g, p0>と|g, p1>との間の光照射による遷移が利用される。干渉部200は、原子線100aと3個の進行光定在波200a,200b,200cとが相互作用した結果の原子線(回折像)100bを得る。
【0007】
原子線生成装置100からの原子線100aが第1の進行光定在波200aを通過すると、初期状態が|g, p0>にある個々の原子の状態は|g, p0>と|g, p1>との重ね合わせ状態に変化する。第1の進行光定在波200aと原子との相互作用を適切に設定すると、第1の進行光定在波200aを通過した直後の|g, p0>の存在確率と|g, p1>の存在確率の比は1対1になる。原子は、対向して進む2n個の光子の吸収・放出を通して、|g, p0>から|g, p1>に遷移する際に光子2n個分の運動量(=p1-p0)を得る。したがって、状態|g, p1>の原子の運動方向は、状態|g, p0>の原子の運動方向から大きくずれる。つまり、原子線が第1の進行光定在波200aを通過すると、原子線100aは、1対1の割合で、状態|g, p0>の原子からなる原子線と状態|g, p1>の原子からなる原子線に分裂する。第1の進行光定在波200aは、π/2パルスと呼ばれ、原子線のスプリッターとしての機能を持つ。状態|g, p1>の原子からなる原子線の進行方向はn次Bragg回折条件に基づく方向である。0次光の方向(つまり、Bragg回折しなかった状態|g, p0>の原子からなる原子線100aの進行方向)とn次Bragg回折条件に基づく方向とが成す角は、0次光の方向と1次Bragg回折条件に基づく方向とが成す角のn倍である。つまり、状態|g, p0>の原子からなる原子線の進行方向と状態|g, p1>の原子からなる原子線の進行方向の広がり(換言すると、乖離)を大きくできる。
【0008】
分裂後、状態|g, p0>の原子からなる原子線と状態|g, p1>の原子からなる原子線は、第2の進行光定在波200bを通過する。このとき、第2の進行光定在波200bと原子との相互作用を適切に設定すると、第2の進行光定在波200bを通過することによって、状態|g, p0>の原子からなる原子線は通過過程で状態|g, p1>の原子からなる原子線に反転し、状態|g, p1>の原子からなる原子線は通過過程で状態|g, p0>の原子からなる原子線に反転する。このとき、前者については、|g, p0>から|g, p1>に遷移した原子の進行方向は、上述のとおり、状態|g, p0>の原子の運動方向からずれる。この結果、第2の進行光定在波200bを通過後の状態|g, p1>の原子からなる原子線の進行方向は、第1の進行光定在波200aを通過後の状態|g, p1>の原子からなる原子線の進行方向と平行になる。また、後者については、原子は、対向して進む2n個の光子の吸収・放出を通して、|g, p1>から|g, p0>に遷移する際に2n個の光子から得た運動量と同じ運動量を失う。つまり、|g, p1>から|g, p0>に遷移した原子の運動方向は、遷移前の状態|g, p1>の原子の運動方向からずれる。この結果、第2の進行光定在波200bを通過後の状態|g, p0>の原子からなる原子線の進行方向は、第1の進行光定在波200aを通過後の状態|g, p0>の原子からなる原子線の進行方向と平行になる。第2の進行光定在波200bは、πパルスと呼ばれ、原子線のミラーとしての機能を持つ。
【0009】
反転後、状態|g, p0>の原子からなる原子線と状態|g, p1>の原子からなる原子線は、第3の進行光定在波200cを通過する。この通過時点にて、反転後の状態|g, p0>の原子からなる原子線と反転後の状態|g, p1>の原子からなる原子線は互いに交差する。このとき、第3の進行光定在波200cと原子との相互作用を適切に設定すると、状態|g, p0>の原子からなる原子線と状態|g, p1>の原子からなる原子線との交差領域に含まれる個々の原子の|g, p0>と|g, p1>との重ね合わせ状態に応じた原子線(回折像)100bが得られる。第3の進行光定在波200cを通過した後に得られる原子線100bの進行方向は、理論的には、0次光の方向と平行な方向とn次Bragg回折条件に基づく方向のいずれか一方または両方である。この原子線100bが、干渉部200の出力である。第3の進行光定在波200cは、π/2パルスと呼ばれ、原子線のコンバイナーとしての機能を持つ。
【0010】
マッハ-ツェンダー型原子干渉計900に、第1の進行光定在波200aの作用から第3の進行光定在波200cの作用までの原子線の2個の経路を含む平面内の角速度または加速度が加わると、第1の進行光定在波200aの作用から第3の進行光定在波200cの作用までの原子線の2個の経路に位相差が生じ、この位相差が第3の進行光定在波200cを通過した個々の原子の状態|g, p0>の存在確率と状態|g, p1>の存在確率に反映される。したがって、観測部400は、干渉部200からの原子線100b(つまり、第3の進行光定在波200cを通過した後に得られる原子線100b)を観測することによって角速度または加速度を検出する。例えば、観測部400は、干渉部200からの原子線100bにプローブ光408を照射して、状態|g, p1>の原子からの蛍光を光検出器409によって検出する。光検出器409としては、光電子増倍管、蛍光フォトディテクタなどを例示できる。また、本実施形態によると空間分解が向上する、つまり第3の進行光定在波を通過した後の2個の経路(状態|g, p0>の原子からなる原子線と状態|g, p1>の原子からなる原子線)の間隔が広いので、光検出器409としてCCDイメージセンサを用いることもできる。あるいは、光検出器409としてチャンネルトロンを用いる場合は、第3の進行光定在波を通過した後の2個の経路の一方の原子線を、プローブ光の替わりにレーザー光等によってイオン化し、チャンネルトロンでイオンを検出してもよい。
【0011】
上述のとおり、第1の進行光定在波200aはスプリッターとしての機能を持ち、第2の進行光定在波200bはミラーとしての機能を持ち、第3の進行光定在波200cはコンバイナーとしての機能を持つ。このような諸条件を満たす3個の進行光定在波(第1の進行光定在波200a、第2の進行光定在波200b、第3の進行光定在波200c)はそれぞれ、ガウシアンビーム(Gaussian Beam)のビームウェスト、波長、光強度、さらに、対向するレーザー光間の差周波数をそれぞれ適切に設定することによって実現される。なお、ガウシアンビームのビームウェストは光学的に設定でき(例えばレーザー光をレンズで集光する)、ガウシアンビームの光強度は電気的に設定できる(例えばガウシアンビームの出力を調整する)。3個の進行光定在波200a,200b,200cを生成する進行光定在波生成部300の光学的構成自体は公知であるから説明を省略する(
図1では、概略としてレーザー光源、レンズ、ミラー、音響光学変調器(AOM(Acousto-Optic Modulator))などが図示されている)。
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0012】
原子線100aは、通常、微小立体角で広がり、原子線100aの進行方向と直交する方向(以下、単に直交方向と呼称する。)の速さ成分を持つ原子を含む。このため、3個の進行光定在波200a,200b,200cと相互作用しなかった原子に起因して、原子線100aは観測部400の位置にて広がりを持つ。
【0013】
n次(n≧2)のBragg回折を利用するマッハ-ツェンダー型原子干渉計900によると、干渉部200からの原子線100bにおいてn次Bragg回折条件に基づく原子の進路はnの値に応じて0次光の方向から乖離する。したがって、nの値が大きければ、n次Bragg回折条件に基づく原子の進路は原子線100aの広がりの外側に形成される。つまり、n次Bragg回折条件に基づく原子の進路は原子線100aに埋没しないので、観測部400は回折像を精度良く観測できる。しかし、高次Bragg回折条件を実現するためには、高出力のレーザー光が必要になる。このため、省電力の観点から、nの値は小さい方が好ましい。
【0014】
nの値が小さい場合においてn次Bragg回折条件に基づく原子の進路が原子線100aに埋没しないためには、原子線100aを十分にコリメーションする必要がある。しかし、原子線100aの進行方向に間隔を空けた複数のスリットを用いて原子線100aを十分にコリメーションすると、原子線100aのフラックスが低下し、原子干渉計のSN比が悪化する。
【0015】
本発明は、原子線のフラックスを確保でき且つ低次Bragg回折条件下でも良好に回折像を観測できる、原子干渉計における回折像検出技術を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0016】
本発明の回折像検出方法は、原子干渉計の回折像検出方法である。当該原子干渉計は、アルカリ土類金属原子、アルカリ土類様金属原子、アルカリ土類金属原子の安定同位体、あるいはアルカリ土類様金属原子の安定同位体である個々の原子が同じ状態にある原子線を連続生成する原子線生成装置と、低次Bragg回折条件を満たす3個以上の進行光定在波を生成する進行光定在波生成部と、原子線と3個以上の進行光定在波とが相互作用した結果の原子線を得る干渉部と、干渉部からの原子線を観測する観測部とを含む。そして、当該回折像検出方法は、(1)原子線生成装置が、原子線の原子数密度が一様である範囲を含む原子数密度分布を観測部の位置で持つ原子線を生成する第1ステップと、(2)進行光定在波の全てが存在しない状況下で、観測部が干渉部からの原子線を観測し、回折像が形成されていない原子数密度分布を得る第2ステップと、(3)進行光定在波の全てが存在する状況下で、観測部が干渉部からの原子線を観測し、低次Bragg回折条件による回折像が前記範囲内で形成された原子数密度分布を得る第3ステップと、(4)第2ステップの処理で得られた原子数密度分布と第3ステップの処理で得られた原子数密度分布との差に基づいて回折像を得る第4ステップと、を有する。
【0017】
また、本発明の原子干渉計は、個々の原子が同じ状態にある原子線を連続生成する原子線生成装置と、3個以上の進行光定在波を生成する進行光定在波生成部と、原子線と3個以上の進行光定在波とが相互作用した結果の原子線を得る干渉部と、干渉部からの原子線を観測する観測部とを含む。原子は、アルカリ土類金属原子、アルカリ土類様金属原子、アルカリ土類金属原子の安定同位体、あるいはアルカリ土類様金属原子の安定同位体である。各進行光定在波は低次Bragg回折条件を満たす。原子線生成装置は、原子線源と、原子線源からの原子線の進行方向に配置された2個以上のスリットを含む原子線コリメーターとを含む。原子線は、原子線コリメーターによって、低次Bragg回折条件による回折像が原子線の内部に含まれる程度にコリメーションされる。
【0018】
また、別の観点から述べると、本発明の原子干渉計は、個々の原子が同じ状態にある原子線を連続生成する原子線生成装置と、3個以上の進行光定在波を生成する進行光定在波生成部と、原子線と3個以上の進行光定在波とが相互作用した結果の原子線を得る干渉部と、干渉部からの原子線を観測する観測部とを含む。原子は、アルカリ土類金属原子、アルカリ土類様金属原子、アルカリ土類金属原子の安定同位体、あるいはアルカリ土類様金属原子の安定同位体である。各進行光定在波は低次Bragg回折条件を満たす。原子線生成装置は、原子線の原子数密度が一様である範囲を含む原子数密度分布を観測部の位置で持つ原子線を生成する。低次Bragg回折条件による回折像は、当該範囲内で形成される。
【発明の効果】
【0019】
本発明によれば、原子干渉計において、原子線のフラックスを確保でき且つ低次Bragg回折条件下でも良好に回折像を観測できる。
【図面の簡単な説明】
【0020】
【
図1】関連発明のマッハ-ツェンダー型原子干渉計。
【
図2】実施形態のマッハ-ツェンダー型原子干渉計。
【
図3】原子線生成装置が生成する原子線の原子数密度分布。
【
図4】回折像が形成された原子線の原子数密度分布。
【発明を実施するための形態】
【0021】
マッハ-ツェンダー型原子干渉スキームを例に採って本発明の実施形態を説明する。なお、
図2は実施形態の理解のためのものであり、図示される各構成要素の寸法は実際の寸法と異なる。
【0022】
本実施形態のマッハ-ツェンダー型原子干渉計は上述のマッハ-ツェンダー型原子干渉計900と部分的に同じであるから、ここでは両者の相違点を説明する。両者に共通する技術事項については上述のマッハ-ツェンダー型原子干渉計900の説明をここに組み込み、これによって共通事項の重複説明を省略する。
【0023】
この実施形態では、進行光定在波生成部300は、n次Bragg回折条件を満たす3個の進行光定在波(第1の進行光定在波200a、第2の進行光定在波200b、第3の進行光定在波200c)を生成する。この実施形態ではn=1を想定するものの、nの値は小さい値が好ましい(例えばnは1,2,3,4のいずれかの値である)。
【0024】
原子線生成装置100は、進行光定在波の全てが存在しない状況下において観測部400の位置で所定の原子数密度分布を持つ原子線100aを生成する(ステップS1)。「所定の原子数密度分布」は、「原子線100aの原子数密度が一様である範囲Wを含む原子数密度分布」である。「原子線100aの原子数密度が一様である範囲W」は、例えば、位置に係らず原子数密度の変化が微小範囲に収まる範囲であり、好ましくは
図3に示すように、原子線100aの原子数密度が原子線100aの進行方向と直交する方向に一定である範囲である。
図3は、原子種をカルシウムとし、原子線源111での加熱温度を513℃とし、原子線コリメーター113を構成する二つのスリットの各幅を0.1mmとし、二つのスリットの間隔を280mmとし、原子線コリメーター113から第1の進行光定在波200aまでの距離を126mmとし、第1の進行光定在波200aと第2の進行光定在波200bの間隔を252mmとし、第2の進行光定在波200bと第3の進行光定在波200cの間隔を252mmとし、第3の進行光定在波200cから観測部400までの距離を504mmとしたときの原子数密度のシミュレーションである。
図3において横軸の「位置」は、原子線100aの中心から直交方向への距離を意味する。「所定の原子数密度分布」は、さらに好ましくは再現性を持つ。つまり、原子線100aは、進行光定在波の全てが存在しない状況下における観測部400の位置で、異なる時刻においてほぼ同じ原子数密度分布を持つ。
【0025】
このような所定の原子数密度分布を持つ原子線100aは、例えば、従来と同様に、複数のスリットで構成される原子線コリメーター113で、低次Bragg回折条件を満たす進行光定在波200a,200b,200cによる回折像100cが原子線100aの内部に(より正確には範囲Wに)含まれる程度にコリメーションされることによって形成される。この結果、原子線100aと低次Bragg回折条件を満たす進行光定在波200a,200b,200cとが相互作用した結果である回折像100cは、範囲W内で原子数密度の変化として現れる(
図4参照)。回折像100cの原子数密度のピーク値は原子干渉計に加わる角速度あるいは加速度に応じて変化する。
図4では、一例として、原子数密度のピーク値が最大となる時(これは明干渉であり、上記シミュレーションにおいて入力角速度が0 mrad/secの時に相当する)の回折像100cと、原子数密度のピーク値が最小となる時(これは暗干渉であり、上記シミュレーションにおいて入力角速度が0.48 mrad/secの時に相当する)の回折像100cを示している。
【0026】
したがって、正確な回折像100cを得るためには、進行光定在波の全てが存在しない状況下での範囲Wの原子数密度を取得すればよい。このため、観測部400は、進行光定在波の全てが存在しない状況下で、干渉部200からの原子線100aを観測し、進行光定在波による回折像100cが形成されていない原子線100aの原子数密度分布(
図3参照)を得る(ステップS2)。
【0027】
さらに、観測部400は、進行光定在波の全てが存在する状況下で、干渉部200からの原子線100aを観測し、低次Bragg回折条件を満たす進行光定在波200a,200b,200cによる回折像100cが範囲W内で形成された原子線100aの原子数密度分布(
図4参照)を得る(ステップS3)。
【0028】
そして、観測部400は、ステップS2の処理で得られた原子数密度分布とステップS3の処理で得られた原子数密度分布との差に基づいて、低次Bragg回折条件を満たす進行光定在波200a,200b,200cによる回折像100cを得る(ステップS4)。このように、ステップS3の処理で得られた原子数密度分布から、ステップS2の処理で得られた回折像100cの無い原子数密度分布を除去することによって、正確な回折像100cを得ることができる。
【0029】
なお、ステップS2の処理とステップS3の処理の順序を逆にしてもよい。
【0030】
また、マッハ-ツェンダー型原子干渉計900を原子ジャイロスコープとして利用する場合、観測部400は、さらに、ステップS4の処理で得られた回折像100cから角速度または加速度を検出する処理を行ってもよい。原子干渉による回折像から角速度または加速度を検出する処理は良く知られているので説明を省略する。
【0031】
上述の原子干渉計の例では、3個の進行光定在波を用いて、1回の分裂と1回の反転と1回の混合を行うマッハ-ツェンダー型原子干渉スキームを利用しているが、このタイプに限定されず、例えば、複数回の分裂と複数回の反転と複数回の混合を行う多段のマッハ-ツェンダー型原子干渉スキームを利用してもよい。このような多段のマッハ-ツェンダー型原子干渉スキームについては、参考文献1を参照のこと。
(参考文献1)Takatoshi Aoki et al., “High-finesse atomic multiple-beam interferometer comprised of copropagating stimulated Raman-pulse fields,” Phys. Rev. A 63, 063611 (2001) - Published 16 May 2001.
【0032】
また、本発明の原子干渉計は、マッハ-ツェンダー型原子干渉計に限らず、例えばラムゼー-ボーデ型原子干渉計であってもよい。
【0033】
この他、本発明は上述の実施形態に限定されるものではなく、本発明の趣旨を逸脱しない範囲で適宜変更が可能である。例えば、原子線100aは、上述の熱的原子線に限らず、冷却原子線でもよい。
【符号の説明】
【0034】
100 原子線生成装置
100a 原子線
100b 原子線
100c 回折像
111 原子線源
113 原子線コリメーター
115 金属塊
200 干渉部
200a 第1の進行光定在波
200b 第2の進行光定在波
200c 第3の進行光定在波
300 進行光定在波生成部
400 観測部
408 プローブ光
409 光検出器
900 マッハ-ツェンダー型原子干渉計